...

多面的・多角的な見方・考え方を育てる国語科の授業づくり

by user

on
Category: Documents
10

views

Report

Comments

Transcript

多面的・多角的な見方・考え方を育てる国語科の授業づくり
【平成24年度
国語科研究主題】
多面的・多角的な見方・考え方を育てる国語科の授業づくり
~「読むこと」領域における効果的な学習課題を求めて~
1.はじめに
考力に基づく判断や,他者と切磋琢磨しつつ異なる文
本年度から中学校学習指導要領が完全実施となっ
化や歴史に立脚する人々との共存など,変化に対応す
た。すべての教科の基盤となる,日常生活に生きる力
る能力が求められている。
を育てる教科として,より国語科の担う役割,責任は
また,インターネットや携帯端末が普及した情報化
大きいものとなるだろう。本校国語科では,早くから
社会の現代において,個に立ち止まって,じっくりと
学習指導要領の示す新たな方向性を理解し,具体的な
それに向き合うことよりも「速さ」や「わかりやすさ」
指導法を模索し,研究を重ねてきた。本年度は,教科
ばかりが求められる時代になってきた。この「速さ」
書も大幅に改訂され,現場の教師にとっても悩み戸惑
「わかりやすさ」を追求するあまり,数字や映像だけ
うことの多い年になるのではないかと思う。そうした
が一人歩きして,その裏側にあるたくさんの「思い」
方々の授業づくりの一助となれるように,さらに国語
や「考え」を無視していることがあまりにも多いよう
の本質的な部分にせまり,研究を進めていきたいと考
に感じる。
えている。
2.本校国語科がめざすもの
(1)本校国語科の考える「国語科の本質」とは
本校国語科では,国語を「言葉の運用による人生そ
のものである」ととらえている。
生まれたばかりの子どもは,自分の意思表示をする
ために,親から言葉を「聞い」て覚える。言葉を覚え
た子どもは,言葉を使って「話す」ことで,自分の思
いを伝えるようになる。そして,字を覚え,自分で「読
む」ことで,また少しずつ世界を広げていく。さらに,
そこで本校国語科では,これからの未来を担ってい
「書く」ことを通して自分の思いを伝えられることも
く生徒たちに,様々な立場や視点から物事を多面的・
知る。
多角的に見たり,考えたりすることで,自分の考えを
深めていくことを大切にしてほしいと考えた。そして,
そうして人間は,生まれてから死ぬまで,言葉によ
って自分のまわりに広がる世界を理解し,言葉で世界
その中で「自分と違う考え方を知る」「受容的に違う
を語る。時には言葉で自分を励まし,行動する。言葉
立場や意見を受け入れ,自分の考えをきちんと発信す
で思いを語り,人間関係を結んでいく。
る」ことを通して,事実をあらためて見つめ直し,自
分の考えを再構築してほしいと考えた。
つまり,国語とは,物事の概念化を通して,世界を
理解し,自分の思いや考えを深める「自分の世界観の
また,OECD(経済協力開発機構)の2003年
構築」だととらえている。「INPUT→THINK
PISA調査の結果から,日本の「読解力」が大きく
→OUTPUT」というスキルを重ね,生きる力をつ
落ち込んでいることがわかってきた。PISA型「読
けて成長していくのである。
解力」の3つのプロセス「情報の取り出し」「テキス
昨今,文学的文章の読解偏重授業からの脱却を求め
トの解釈」
「熟考・評価」のうち,特に「熟考・評価」
て「国語=日本語」とする考え方がある。もちろん,
に課題が見られた。また,自由記述形式の問題に対す
コミュニケーションのツールとしての「日本語」はと
る無答率の高さにも課題が見られた。つまり,テキス
ても大切である。しかし,「国語科の本質」とは,そ
トに書かれていることを理解することはできるけれ
れだけではない。
「日本語によるコミュニケーション」
ど,書かれた情報と自分の知識や経験とを結びつけて
を重ねながら,「自分の世界観」を構築し,「ものの見
自分の考えを表現することが苦手な生徒が多いという
方・考え方を広げ,深めていく」ことが大切なのであ
ことである。
したがって,学習指導要領に示されているように,
る。
授業の中に,自分の知識や経験を結びつけられるよう
(2)本校国語科がとらえた「今日的課題」
な言語活動を,扱う教材の特長に合わせ,取り入れて
近年,知識基盤社会の到来,グローバル化の進展な
いくことが大切であると考えた。
ど,急速に社会が変化する中,幅広い知識と柔軟な思
-1-
(3)本校生徒の課題とめざす生徒像
え方を育てる国語科の授業づくり」とした。このよう
本校生徒は,知識量が豊富な生徒が多いと感じる。
な国語科で培われた力が,他教科でも生かせるように
しかし,入学直後の生徒を見ていると,全体の傾向と
なれば,生徒も実感をもってその成果を知ることがで
して「聞き手の立場や思いを考えずに,自分の考えや
きるだろう。研究目的は以下の通りである。
思いだけを一方的に話す」「自分の思いを面と向かっ
【目的】
異なる視点・立場から考える課題を意識的に設
定していき,言語活動の中で違う視点・立場に触
れる機会を増やすことで,課題に対して多面的・
多角的に見たり考えたりすることができるように
すること。
て話すことができない」という課題をもっている生徒
が多いように感じる。つまり,コミュニケーション力
の不足により,独善的な考えに固執してしまう生徒が
多いという傾向が見られる。
また,過程よりも結果を重視するあまり「早く正解
が知りたい」「自分の考えだけが正しいという思いこ
中学校で学習する究極の目標は「よりよい生き方の
み」が多いという傾向がある。
探求」ということである。そのために国語科でどんな
そこで,1つの事象を深く追究し,じっくりと様々
取組をしていけるかを考えたとき,「多面的・多角的
な視点や立場から考え,さらに他者との意見交換を通
なものの見方ができる」ようになることで,思考力・
して,違う視点や立場からの見方・考え方を知り,自
判断力が育成されるのではないかと考えた。(図1)
分の意見や考えを構築できる生徒を育成したいと考え
ている。
よりよい生き方
(生きる力)
文化的な考え方
道徳的価値判断
自分の行動の選択(判断)
実生活への活用
他教科への活用
よりよい見方・考え方の追究
(思考)
他者理解
人間関係力
【研究テーマ】
多面的・多角的なものの見方・考え方ができる
教材との出会い
学習課題
3.これまでの研究過程と成果
自分の考えや意見を正
受容的な考え方で聴く
(1)これまでの経緯
しく伝える表現力
スキルトレーニング
本校国語科では,平成19年度から22年度まで,
様々な言語活動 (表現)
「音声コミュニケーションを高める授業づくり」とい
うテーマで研究を進めてきた。その中で,「コーチン
(図1)研究構想図
グが国語の授業に有効である」ということが検証でき
また,「多面的・多角的な見方・考え方」ができて
た。特に「受容的に相手の意見を聴く」ことが,コミ
いても,正しく表現することができなければ,それを
ュニケーションの基本であるという大前提のもと,
「コ
広げ,深めていくことはできない。この「表現力の育
ミュニケーション活動」を積み重ねていくことで,授
成」も急務だと考えた。
業の中での話し合い活動がとても良いものになるとい
「多面的・多角的な見方・考え方」を,本校国語科
うことがわかってきた。そこで,この「コーチング」
では,次のようにとらえている。
の手法を生かしながら,さらに発展させ,国語の本質
●多面的…様々な考え方を認め,それぞれの良さ
を理解すること。
●多角的…異なる立場や視点から考えること。
にせまっていくために研究を進めていこうと考えた。
そして,多様な「言語活動」を開発し,それを授業に
取り入れる中で,様々な立場や視点から物事を多面的
・多角的に見たり,考えたりすることのできる生徒を
例えば,生徒が書いた意見文を読み合う授業をおこ
育てていこうと考えたのである。このような考えから,
なったとする。「多面的」な見方・考え方ができてい
昨年度研究主題を新たに「多面的・多角的な見方・考
る状態とは,次のような表れであると考えている。
-2-
「書き出しの工夫をしてみよう」という学習課題に
から多面的・多角的に考える」課題や,
「『なぜ』
『ど
対して,
「セリフ」から始める方法にしたAさんと「投
んな』という問いかけにより,多面的・多角的に
げかけ」から始める方法にしたBさんがいたとする。
考える」課題が有効である。
どちらも「工夫」があり,それぞれの工夫をきちんと
●「話すこと・聞くこと」や「書くこと」領域で
理解でき,自分とは異なる方法でも,それぞれの良さ
は,課題そのものが言語活動と直接結びつくため,
を認めることができている状態である。
活動時(特に交流)に「多面的・多角的な見方・
考え方」が育つ。
一方,「多角的」な見方・考え方ができている状態
とは,書かれた意見文を読み,その主張に対して別の
つまり,学習課題の設定は多面的・多角的な見方・考
立場から考える意見を出すことができる状態である。
え方を育てるためにはとても大切なものであり,その
本校では,この両面が車の両輪のように大切だと考え,
提示のしかた次第で,追究が大きく変わってくるとい
両方が身につくようにしていきたいと考えた。
うことである。
(2)昨年度の成果
②受容的に聴く活動の継続と表現力の育成
生徒へのアンケート結果から,次のようなことがわ
まず,「多面的・多角的な見方・考え方」には大き
かってきた。
く分けて2つのものがあることがわかってきた。
●コミュニケーション活動を行うことで,受容的
a「同じ題材を違う視点から読み取る」
に聞くことができるようになり,受容的に聞くこ
【読解における多面的・多角的な見方・考え方】
とができるようになれば,『多面的・多角的な見方
b「同じ課題を違う方法で追究する」
・考え方』ができるようになる。
【活動における多面的・多角的な見方・考え方】
●しかし,それは一朝一夕にできることではなく,
これは,PISA型読解力の図からもわかるように,
3年間を通して継続することが大切であり,3年
「INPUT」→「THINK」→「OUTPUT」
間続けてようやくその成果が認識できるようにな
という流れの中で,
「INPUT」と「OUTPUT」
る。
の両面で「多面的・多角的な見方・考え方」をおこな
つまり,1時間の授業・1つの単元では実感できなく
うからであり,授業の中でもこの2つをバランスよく
ても,3年間続けていくことで,確実に成果が上がる
組み立てる必要があるということがわかってきた。
(図
ということである。
③多様な言語活動の導入,実践
2)
私たちは「多面的・多角的な見方・考え方」を育て
るために,それぞれの単元において言語活動をおこな
い,その活動を切り口に「多面的・多角的な見方・考
自分の考えをわかりや
すく表現する
え方」を生徒に意識させてきた。
情報(材料と自らの知識や経験)を
根拠に判断し自分の考えをもつ
情報を見つけ出し選び
出し,集める
情報を推論して,意味
を理解する
その中で昨年度おこなってきた多様な言語活動が有
効であることもわかってきた。
昨年度おこなった言語活動の例を示す。
★「オツベルと象」
→宮沢賢治の様々な作品を読み,意見を交流
させる活動
★「スピーチをしよう」
→調べ学習をおこない,話の組み立てを考え
て話す活動
★「小さな手袋」
→親へのインタビューを聞き合ったり作文を
書いたりする活動
★「ポスターセッションをしよう」
→ポスターを作ったり,それを発表したりす
る活動(社会科とのクロスカリキュラム)
★「形」
→「形」について作文を書く活動
★「俳句の世界」
→短冊をつくり、セッションをする活動
(図2)PISA型読解力のプロセス
また,昨年度1年間は,次の3つの手立てを通して
研究を進めてきた。
①違う立場に立って考える場・学習課題の設定
②受容的に聴く活動の継続と表現力の育成
③多様な言語活動の導入,実践
①違う立場に立って考える場・学習課題の設定
それぞれの単元における学習課題について,生徒に
各学期の最後にアンケートを実施し,「自分の考えを
広げる(多面的)・深める(多角的)ことができる課
また,次のようなこともわかってきた。
題だったか」を振り返らせた。
そこから,次のようなことがわかってきた。
●「あなたは~」という課題で,文章から離れて
●「読むこと」領域では,「様々な登場人物の視点
現実の世界で考え,活動することが「多面的・多
-3-
角的な見方・考え方」を育てる活動になる。
【目的】
物事の多様な側面に着目し,さらに異なる視点
・立場から考える学習課題を意識的に設定して,
その中で違う視点・立場に触れる機会を増やすこ
とで,課題に対して多面的・多角的に見たり考え
たりすることができるようにすること。
一方,昨年度の研究から,次のような課題が浮かび
上がってきた。
●どのような学習課題の立て方をすれば,どの単
元でも「多面的・多角的な見方・考え方」が育つ
ようになるのか。
●どのような手立てを講じれば,個人追究の段階
この目的をもとに,既述の通り本年度は,学習課題
から「多面的・多角的な見方・考え方」が育つよ
の設定に重点をおいて研究を進めてきた。
うになるのか。
(3)具体的方法
4.本年度の研究
(1)本年度の研究について
本年度は,昨年度からの研究主題「多面的・多角的
まず,学習課題については,以下のことを前提とし
て設定する必要があると考える。
な見方・考え方を育てる国語科の授業づくり」につい
て,継続して取り組んできた。特に手立てとして挙げ
A.学習者の「知りたい」「分かりたい」「上達した
た3つの柱のうちの①「違う立場に立って考える場・
い」という願いを達成する契機となるものである
学習課題の設定」については,さらなる研究が必要で
こと。
あることを強く感じ,実践を重ねてきた。
B.生徒にわかりやすいように,短く明確に表現し
本年度,新学習指導要領の完全実施に合わせ,教科
たものであること。
書が大幅に変わった。扱う教材が変わっても,ふさわ
C.提示のしかたやタイミング,発問のステップな
しい学習課題を設定することができるように,研究を
ど,効果を十分に考慮したものであること。
進めてきたのである。
D.常に目標の実現を目指し,なおかつ生徒の思考
ところで,学習課題を設定する際,考えなければな
の流れに基づいて設定されたものであること。
らないことは,その課題が一つの単元の中でどのよう
な役割を果たしているのかということである。最終的
これらのことをふまえ,学習指導要領の指導事項や
な目標に迫るための課題を順を追って設定していく必
生徒の実態に合った学習課題を設定していく。そして
要がある。そして,それらは「話すこと・聞くこと」
本年度は,そこから,どのような学習課題の立て方を
「読むこと」「書くこと」の各領域によって,様々な
すれば,どの単元でも「多面的・多角的な見方・考え
パターンがあるのではないかと考える。研究を進める
方」が育つようになるのかを検討していった。学習課
うえで,それらを一括りにして考えるより,領域別に
題の設定については,以下の5つの思考パターンに分
考えたほうがより各領域の特性に合った学習活動が可
類されると考えた。(図3)
能になるのではないかと考えた。
そこで,本年度はまず「読むこと」の領域に絞って
研究を進めていくことにした。研究主題のサブテーマ
は「『読むこと』領域における効果的な学習課題を求
めて」である。単元を通して「多面的・多角的な見方
・考え方」を育てるために,「読むこと」領域におい
て,どんな学習課題が考えられ,それぞれがどんな教
材,どんな場面に適しているかを研究した。そして,
それらを意図的に使い分けることができるようにした
(図3)
いと考えた。
ここで重要なのは,毎時の学習課題すべてを「多面
なお,「読むこと」領域における「多面的・多角的
的・多角的な見方・考え方」を育てる課題とするので
な見方・考え方」を,本校国語科では,次のようにと
はなく,単元の流れの中で一つそうした課題を設定す
らえている。
ることで,単元を通して最終的に「多面的・多角的な
見方・考え方」ができるような単元構想を立てるとい
●多面的…1つの事象の中の複合的な要素を取り
うことである。具体的には,情報を「INPUT」す
出し,その多様な側面に着目すること。
る「内容理解(基礎・基本)の学習課題」を最初に設
●多角的…主人公あるいは筆者以外の異なる立場
定し,その学習を受けて「THINK」する「多面的
や視点から考えること。
・多角的な見方・考え方を育てる学習課題」を設定す
る。そして,最後の発展学習として「OUTPUT」
(2)研究目的
する「関心・意欲の学習課題」を設定するという流れ
-4-
である。このとき「多面的・多角的な見方・考え方を
である。一度言葉を置き換えたり,立場を変えたりし
育てる学習課題」は,生徒の思考に沿いつつ,さらに
て考えることで,まさに違った立場から物事を見たり
その思考を揺さぶるものであることが求められると考
考えたりすることができる。例えば,自分の意見に対
える。
①「5W1H」の学習課題
して反論があった場合に,反対する人の立場になって
もう一度考える,あるいは,そうした反論を事前に予
「時」「場所」「登場人物」「出来事」などを整理し
想して考えてみることも,この「他者思考」の学習課
たり,文章構成を確認したりする学習課題である。ま
題につながる活動であると考える。
た,「筆者」の言動や主張の根拠を探るのもこの学習
⑤「発展」の学習課題
課題である。学習活動において根本となるものであり,
事実や,これまでの経緯をもとに,将来,未来を予
この学習課題なくして次の活動は考えられない。この
想したり,これまでに学習したことを実生活にどう生
学習課題のあり方について検討をしていきたいと考え
かしていくかを考えたりして,それを表現していく学
た。
習課題である。例えば,説明的文章の「水田のしくみ
②「関連」の学習課題
を探る」の学習では,筆者の文章構成や表現の工夫を
「登場人物の関係性」
「出来事・事実のつながり」
「事
考えたうえで,
「図表や写真のもつ効果や役割を考え,
実・意見のつながり」などを確認する学習課題である。
教科書本文に見合う図表を書こう。」という学習課題
例えば,文学的文章における「人物相関図を作ろう」
を設定する。実際に自ら表現することで,単元におい
「あらすじフローチャートを作ろう」といった学習課
て「多面的・多角的な見方・考え方」によって得たも
題は,これの最もシンプルで直接的な型であると考え
のを,自らの実生活に生かすことができるのである。
る。単純に登場人物や出来事を羅列するのではなく,
それらがどうつながっているのかを確認していくので
ある。文章の内容理解には,ここまでが要求されるは
ずである。
③「比較」の学習課題
「作品」
「作者」
「登場人物」
「時系列」
「空間」など,
比較対象となる複数のものを取り出して,どんな違い
があるか,どんな共通点があるか,どちらが…かとい
うことを考える学習課題である。これには類比(似た
ものを比べる)と対比(反対のものを比べる)の2つ
があると考える。例えば,類比で考えるとするならば,
漢詩の学習では,「漢詩を作った日本の人たちはどん
5.手だての有効性の分析について
(1)追究用紙による分析
なところにあこがれて作ったのだろうか」という課題
を設定し,教科書に掲載されているものだけでなく,
手だての有効性については,個人・小集団・一斉で
菅原道真や伊達政宗,正岡子規など,日本人がつくっ
の追究のそれぞれの場面における授業記録により分析
た漢詩も資料として用意し,比較して読み取りをさせ
をおこなってきた。具体的には,授業後に追究用紙を
ることで,ただ中国の漢詩を読むのとは違った視点か
回収し目を通すことで,生徒個々の思考の変容をつか
ら漢詩を読むことができ,その魅力を実感させること
んでいくのである。特に,違う立場や視点で見ること
ができる。
対比の学習課題では,例えば,古文の「敦盛の最期」
の学習において「敦盛と直実のどちらが魅力的か」と
ができるようになったのが,どの学習課題のどの学習
形態であったのか,一度習得した「多面的・多角的な
見方」が,次の教材でも生かせていたかなど,生徒が
いう課題を設定し,それぞれの登場人物の人物像を照
「様々な立場や視点で考えられるようになった」とい
らし合わせ考えることで,様々な価値観やものの見方
う自覚が出てきたかどうかを分析していきたいと考え
・考え方に触れることができる。また,「選ぶ」こと
た。
も大切な要素の一つだと考える。「敦盛派」「直実派」
(2)「多面的・多角的な見方・考え方」をはかる調査
など自分で選んで立場を決めるのである。自分の選択
の実施
であるからこそ,文章と真剣に対峙し,他を説得させ
生徒の追究用紙の記述だけでは,どうしても客観性
うる根拠を探す必要が生まれるのである。
に欠ける部分が生じてくる。そこで,客観的評価・分
④「他者思考」の学習課題
析のために,「多面的・多角的な見方・考え方」が身
もし○○だったら,△△になるか。あなたが○○の
についたかどうかをはかる調査を,年に2回おこなっ
立場だったらどうするかということを考える学習課題
た。研究の成果と同時に,生徒自身も自分の国語力向
-5-
上を実感できれば,さらなる意欲の向上につながるの
表現や描写の効果について,視点を変えて考え,それ
ではないかと考えた。以下は,1学期末におこなった
らを交流することで,読みを深めようとしている。
調査の問いと分析表である。(図4)
(関心・意欲・態度)
・登場人物が,それぞれ他の人物とどのように関わっ
★あなたはどう考えますか
ているのかを,文章中の表現や描写に基づいて整理し,
A君は,この夏休みを利用して,一人で北海道
のおじいさんの家に遊びに行こうと考えました。A
内容を理解している。
君のお父さんは,
「よいでしょう。行ってきなさい。
○葬式に「私」が参加したことについて,それぞれの
ただし,行き方やかかる料金など,必要な情報はす
登場人物がどのように感じているのかをとらえ比較
べて自分で調べてから行くことが条件です。」と言
し,知識や経験と関連付けて自分の考えをもっている。
(C読むこと(1)イ)
いました。あなたは,A君のお父さんの方針につい
(C読むこと(1)エ)
てどう考えますか。また,なぜそう考えたのか理由
・対義語として扱われる2つの語句について,様々な
も書いてください。
例を用いることで,その意味を理解し,語感を磨いて
いる。
(伝統的な言語文化と国語の特質に関する事項(1)イ(イ))
(2)教材観
①教材「蒼いみち」について
出典「蒼いみち」では,社会人3年目の「私」(レ
ナ)が主人公となっている。勤務は南青山にある,父
親の学友が立ち上げた会社で,正社員6名とアルバイ
(図4)分析表
トの女の子3名の少人数でやりくりしているファッシ
分析表の縦軸は「物事を多面的に見ることができて
ョン関係の小さな商社である。そこで「私」は自分の
いるか」をはかる基準であり,横軸は「物事を多角的
会社で扱う服を雑誌社やセレクトショップなどに紹介
に考えることができているか」をはかる基準である。
縦軸にたくさん○がつく生徒ほど,多面的な見方がで
する仕事をしている。小学校3年生のとき母親が病気
きている生徒であり,横軸にたくさん○がつく生徒ほ
で亡くなったので,父親に育てられたが,その父親は,
ど,多角的な考え方ができている生徒であると考えら
今カメラの部品会社のドイツ駐在員としてドイツに行
れる。最終的には,このように学習課題がなくても,
っているので,「私」は一人暮らしをしている。そし
その場に応じて物事を「多面的・多角的」に見たり考
て,「私」には,6歳の頃から兄妹のように一緒に遊
えたりできるようにすることが,将来の生徒たちに必
んでくれた草野冬彦こと「フユちゃん」という親友の
要な「生きる力」を育むことにつながるのではないだ
男の子がいた。今も毎週金曜の夜は,行きつけのレス
ろうか。
トラン(Far Away)で一緒に食事をして過ごしてい
6.今後の研究の見通し
る。今までの人生のいろんな場面で常に一緒にいた。
今後の本研究の見通しとして,以下のように考えて
お互い年頃になっても,“自然と仲が良い”関係が続
いる。
いている。この幼馴染みで周囲からは恋人同士としか
平成23年度
学習課題,言語活動の開発
平成24年度
新教科書への対応
見られていない二人のなんともモラトリアムな関係
を,本編では穏やかに描いている。その日も「私」は
「フユちゃん」との食事の約束をしていて,そのこと
(学習課題「読むこと」領域)
平成25年度
平成26年度
をきっかけにふと「フユちゃん」と過ごした小学校時
学習課題「話すこと・聞くこと」
領域について
代を回想するのであった。本教材は,その回想シーン
学習課題「書くこと」領域につい
を抜粋したものである。
犬のバッジーとの出会いと別れを通して,友情を深
て
める二人。互いに幼くして肉親を亡くし,「人生は出
そして,本校での実践をもとに,研究協力委員の先
会いと別れの連続」であることを,二人は実感をもっ
生方にも実践を積み重ねていただき,その成果と課題
て知っている。そうした二人の関係や登場人物の心情
を明らかにしていきたいと考えている。
の変化を,描写の効果や登場人物の言動の意味を考え
7.2年「蒼いみち(小澤征良)」における授業の実
ることで,着実に読み取らせたい。
際
②教材「蒼いみち」を選択した理由
(1)単元目標
本教材は,本年度の教科書改訂によって新たに加わ
・物語づくりのために,登場人物の特徴を表している
-6-
った文学的文章の教材である。授業実践事例もほとん
る単元の学習課題の流れ」を先に示した図3のように
考えている。
本単元の学習課題の流れは次の通りである。
どなく,公立中学校においても,早急に教材研究・開
発を進めることが求められている。また,教科書の単
元の目標にも掲げられているように,「言語による描
①【5W1Hの学習課題】②【関連の学習課題】
「人物相関図とあらすじフローチャートを作成しよ
う。」
写を手がかりとしながら,表現の工夫や効果を考える
ことで思考力を育成することに加え,交流を通して自
分と異なる立場の読み,様々な読みと出会い,『多角
的に考える』力を育成する」ことが可能な教材であり,
本校国語科が研究主題としている「多面的・多角的な
まず,簡単に「時」
「場所」
「登場人物」
「出来事」,
不明語句を確認する。(5W1H)次に,人物相関
図では,主な人物を書き出して,その間の関係性を
見方・考え方を育てる授業づくり」にも適した教材で
「→」などを使って記述していく。例えば登場人物
あると考えた。話の展開が少なく,また,直接的な感
AがBに対して不信感を抱いているという状況があ
情表現が少ない中で淡々と進行していく文章である。
れば,「→」の上に「不信感」と書き添える。さら
まず内容理解の段階では,登場人物がそれぞれ他の人
に登場人物の特徴などを吹き出しで書き足してい
物とどのように関わっているのかを整理させる。そし
く。あらすじフローチャートでは,初めに淡々と事
て,描写の工夫や効果を考え,登場人物の心情を着実
実だけをフローチャートとして描いていく。そして
にとらえさせたい。具体的には,文章中の「その瞬間
ポイントとなる心理描写,情景描写などを吹き出し
~やっぱりフユちゃんなんだ,と。」の部分の「私」
で書き足していく。(関連)この人物相関図とあら
の思いを,それ以前の「私」の思いと関連させながら
すじフローチャートを描くだけでかなり内容は理解
読み取らせたいと考える。
できるし,図にすることでしっかり内容が整理され
③多面的・多角的な見方・考え方をさせる場面
第7・8時では,「「私」が葬式に参加したことはよ
いことだったのだろうか。」という学習課題で追究す
る。おそらく答えは「よいことだった」である。しか
し,「私」にとって「よいことだった」だけでは,本
当の意味でこの課題を達成しているとは言えない。な
ぜなら,それが誰にとってどのように「よいことだっ
た」のかを追究していくと,多様な見方・考え方がで
きるからである。一度立ち止まって「フユちゃんにと
っては…」「おばちゃまにとっては…」と,様々な視
点から読み直すのである。そうすることで,どうして
も語り手である「私」に寄り添って読んでしまいがち
な物語を,「多角的」に読むことができると考える。
そして,この課題の求めるものは,「多角的」な読
みにとどまらない。例えば「フユちゃん」の視点で考
えたとして,「
「私」が葬式に参加したこと」が「よい
ことだった」と言える理由は1つではない。「バッジ
ーとのお別れを一緒にすることができたから」「お袋
を元気づけられたから」「また家族を失う悲しみや不
安を共有することで,絆を強めることができたから」
などである。まさに「多面的」に見ることができるの
である。
このように,「多面的・多角的」に物語を読み,3
つの異なる視点が,決して対立するのではなく,かみ
合っていくことで,それぞれがそれぞれを思いやって
いる登場人物の関係性が明確に見えてくるのではない
かと考える。
(3)単元構想
①単元構想で配慮したこと
単元を構想するにあたり,国語科では,
「読むこと」
領域における「多面的・多角的な見方・考え方を育て
て,記憶に残りやすくなる。また,この手法のもう
一つの利点は,その生徒がどれだけ内容を理解でき
ているかを教師が一目で把握できるということであ
る。※(図5)(図6)
また,続いて学習指導要領の指導事項,文章の解
釈(C読むこと(1)イ)にあたる学習課題として,
「「私」は「フユちゃん」と「おばちゃま」のこと
をどのようにとらえているのだろう。」という課題
を設定する。「私」は小学生の頃,「フユちゃん」の
ことを「学年で一番怖い男の子」として見ていた。
その「私」が,中学校を卒業する回想の場面では,
涙する「フユちゃん」を見て,
「ああ,やっぱり…」
と納得するのである。そうした変化を確実に捉えさ
せたい。また,「おばちゃま」に対する「同等にし
ゃべってくれる人」などの表現や“いなくなる夢”
にも着目させ,文章に表現されている「私」の心情
に迫ることができるようにしたいと考えている。
③【比較の学習課題】④【他者思考の学習課題】
「「私」が葬式に参加したことはよいことだったの
だろうか。」
既述した「多面的・多角的な見方・考え方を育て
る学習課題」である。まず,「よいことだった」と
いえる根拠を探すことで,生徒は文章と真剣に対峙
する。そして,おそらくそのままいけば,語り手で
ある「私」が語っている範囲で,様々な理由を挙げ
ていくことになるであろう。しかし,セリフも心情
描写も乏しいこの場面において,重要なのは,いか
-7-
に本文には書かれていない心情を,その登場人物に
成り代わってとらえることができるかということで
ある。そのための手立てとして,まず,個人追究の
段階から,追究用紙に枠を用意し,誰にとって「よ
いことだった」のかを選んで書かせるようにする。
自分が誰の視点から考えているのかを明確にさせて
おくことが大切だからである。(比較)さらに,そ
こから自分が選んだ人物以外の登場人物であればど
うなのか,また,もし「私」が葬式に参加しなかっ
たらどうだったのかなどの視点から加えて追究して
いくことで,生徒は個人追究の段階からより「多面
的・多角的」に物事を見たり,考えたりすることが
できるようになると考えている。(他者思考)
⑤【発展の学習課題】
「もう一つの『蒼いみち』を創ろう。」
(図5)生徒が書いた人物相関図
本文を4つの場面に分け,それぞれに1つの場面
を選択して,「私」以外の視点から物語をリライト
する。「私」以外の視点から書くという状況におく
ことによって,語り手とその他の登場人物をフラッ
トに考えることができ,改めて語り手の効果を確認
することができる。また,主人公を「フユちゃん」
として「フユちゃん」視点で考えたり,「おばちゃ
ま」視点で考えたり,あるいは「バッジー」視点で
考えたりすることで,もう一度物語を多角的にとら
えることが可能である。さらに,小説にはあまり描
かれていない場面も思い描くことができる。これを
単元を貫く言語活動とすることで,興味・関心をも
ち,目的意識をもって学習に取り組むことができる
のではないかと思う。
また,「物語をリライトする」ということは,「I
(図6)生徒が書いたあらすじフローチャート
NPUT」した内容を,自分の中で組み立て直して,
「OUTPUT」するという行為である。そのため
には,登場人物の行動や表情,セリフの言い回し,
情景を表す描写などを具体的にイメージして表現に
結びつけていかなければならない。このように「I
NPUT」と「OUTPUT」を一連のプロセスの
中で意識的におこなう単元構想を組んでいくこと
が,今求められている読解力を養う有効な手段であ
ると考える。
※1 参考文献:永田豊志著『頭がよくなる「図解思
考」の技術』
-8-
②指導と評価の計画
③授業の実際および生徒のあらわれ
【第1時】
【第1時
らないので,一日一日を大切に,一人ひとりの命を大切
にしていきたいと思った。
範読後の感想】
・バッジーとの別れがあったことで,新たな「フユちゃ
・「フユちゃん」が泣いている場面が最も印象に残った。
ん」との関係を築くことができたので,バッジーの死は
別れの悲しみがある中で,「私」が「フユちゃん」のこと
かわいそうでとても悲しいことだけど,よいきっかけだ
を深く知って関係がさらに深くなった。出会いというの
ったのではないかと思った。
は,単純に人と人が会うのではなく,その人の本当の部
「バッジーの死」が「私」と「フユちゃん」との関
係に変化をあたえたということを読み取っている生徒
が多かった。さらにそれを実体験と結びつけて共感的
に読んでいる生徒もいた。「フユちゃん」が「私」の
ことをどう思っているかという視点で,追究してみた
いという意見もあって,授業構想が生徒の思考に沿っ
たものになっていることを証明できた。
分に出会うこともあると思った。「フユちゃん」が「私」
に対してどう思っているかが,疑問として残った。
・私が最も印象に残った場面は,「フユちゃん」の「別に
お袋のせいじゃないのにさ~信じられねえけど」という
セリフです。「フユちゃん」はとても温かい心の持ち主だ
ということがわかって,私まで温かい気持ちになりまし
た。私も,一ヶ月前に飼っていた猫を亡くしました。と
ても悲しくて涙が止まりませんでした。病気だったので
すが,おばあちゃんが「病気になったのは私のせいだ」
と一番泣いていて,とてもこの話に似ているなと思いま
した。いつ大切な人と別れなければいけなくなるかわか
-9-
【第2~4時】
【追究用紙「授業のまとめ」より】
・些細な表現でも,登場人物の気持ちや状態,性格など
を伝えることができるんだなと思いました。動作だけで
はなく,色とか物とかからも,たくさん読み取ることが
できて,すごいと思いました。逆にそこが違う表現だっ
たら,また違う感じ方になってしまうところが多かった
ので,気にせずに読んでしまうところも,重要だったり
するんだなと思いました。
【追究用紙「授業のまとめ」より】
・筆者は,
「ピンクの花柄のタオル」や「抜け殻のような」
・小学校のときの私のフユちゃんへの思いは,意識して
いたものではないと思います。ただいつもなぜか近くに
や「墨汁のように暗くて小さな墓穴」でバッジーの死を
いて,離れたいと思わない存在。私も小1~小3ぐらい
んだ」という単語は出てきていません。不思議に思いま
のときは,周りにいた子に対して,「友達」というよりは
した。
「近くにいる子」という認識をもっていたと思います。
そういった漠然としたイメージの人が,心からわかって
・今回の授業で,「蒼いみち」の1ページにどれだけの表
現があるのだろうと感じました。特にフユちゃんは多く,
心から信用している人になるきっかけとなったバッジー
作者は最初フユちゃんの本当の姿をちらつかせながらも,
の死は,フユちゃん,私にどのような影響を及ぼしたの
かを知りたいです。
フユちゃんの違う姿を書き,最後にフユちゃんの優しさ
強調していると感じました。しかし,この物語には「死
がずんずん表れるような文を作っていると思いました。
・今回の全体追究を通して,私とフユちゃん,私とおば
ちゃまが家族のような存在であると感じました。また,
作者がどのような意図でそれぞれの表現を使ってい
るのかを考えることで,より言葉や表現の一つ一つに
注目して文章を読み取ることができるようになったと
思われる。さらに,この学習活動のもう一つのねらい
は,言語活動「もう一つの『蒼いみち』を創ろう」に
つなげることである。この学習をしたことで,自分が
書き手になったときに,表現や描写の効果についてよ
く考え,言葉を吟味して物語をリライトすることがで
きるようになったのではないかと考える。
【第7~8時】
私のフユちゃんに対する気持ちの変化を読み取ることが
できました。この変化の決め手となった,バッジーの葬
式の場面も追究してみたいです。
・小学校時代の作者は,「怖い」としか言っていないけれ
ど,フユちゃんのバッジーを見つけたときの表情や,遊
んでいるときの言動から,何となくフユちゃんの優しさ
を知っていて,一緒にいたのだと思います。どちらもそ
れぞれ親を亡くしていて一人っ子であるため同じ境遇だ
ということもあり,小さい頃からフユちゃんと私には兄
妹以上に強い絆があったのかな?と思いました。
・まだフユちゃんとおばちゃまがどう思っているのかが
わからないので,そういうところを深く読み取っていき
たいです。
小学校時代の「私」が「フユちゃん」のことをどう
とらえていたのかについては,「優しさ」にどこまで
気づいていたかということが議論になった。「おそら
く意識はしていなかったが,何となく感じていた」と
いうところが大半の意見であった。最終的には,だか
らこそ中学を卒業する年の「やっぱりフユちゃんなん
だ」という言葉につながっているのだという見解であ
った。「バッジーの葬式の場面も追究したい」「フユち
ゃんとおばちゃまは私のことをどう思っているのか」
など,生徒の関心が以降の学習課題に合致したものに
なっていることは,単元の流れで考えたとき,学習課
題が生徒の思考に沿ったものになっていることの裏付
けとなるのではないかと考える。
【第5~6時】
【追究用紙「授業のまとめ」より】
・私は最初,おばちゃまにとって「私」が葬式に行った
ことは,よかったのか,悪かったのか,よくわかりませ
んでした。「私」が来て安心したかもしれないし,「私」
が泣いてしまったことで,自分をさらに追い込むことに
なるかもしれないと思っていました。しかし,今回の全
体追究で,「顔を合わせたとたん涙ぐんで」という表現か
ら,「私」が来たことで感情が出せたのでよかったのだと
いう意見があり,私は「そういう考え方もできるんだ」
と意外な視点にびっくりしました。
・Tくんの見方がすごいと思いました。過去2人がよく
けんかをしていた描写で,レナがいて空気が和んでいた
ことから,今回もレナがいたから温かいお葬式ができた
のだという意見でした。すごく納得できました。レナが
いなかったら,きっとフユちゃんも感情を表に出せなか
ったし,おばちゃまも自分を責めてばかりのぎこちない
お葬式になったと思います。
・「私」にとっては,バッジーとの別れに区切りをつけら
れたことはよかったと思うけれど,2人のことを考えれ
- 10 -
ば,あまり泣きたくなかったところもあり,複雑だと思
けんかを中断せずにはいられない。それでもどうすれば
った。
よいかわからず,戸惑っているレナちゃんを見ると,今
・3人とも,結局は笑顔で見送ることができ,自分の感
度はおかしく見えてきた。そして,我慢できずに笑って
情を出すことができたので,全員にとって,(もちろんバ
しまう。それは息子も同じのようだ。のんびり寝ている
ッジーにとっても)よいことだったとわかりました。フ
バッジーと,大笑いする親子,そして,きょとんとする
ユちゃんは,母子家庭だから,特におばちゃまを支えよ
レナちゃん。お決まりのパターン。だが,この3人と1
うという意識が強かったのだと思います。しかし,おば
匹がかもし出す雰囲気が私は好きだ。この時間がいつま
ちゃまにとっては,フユちゃんの責めない優しさが,か
えって重荷になっていたのだと思います。「私」がその2
でも続いてくれれば…。
次の日もレナちゃんが遊びに来てくれていた。レナち
人の架け橋となり,2人の気持ちを明るくできたので,
ゃんの家は母親がいないから,寂しいのだろうか。レナ
幼なじみを超えたすごく強い友情で結ばれているとわか
ちゃんは息子の友達だ。それでも,私にとって「ただの
りました。
息子の友達」とは違う気がしてならない。
「レナちゃん。」
前時に個人追究・小集団追究の段階で,
『もし「私」
が葬式に参加していなかったら』という視点で考えら
れている生徒が多数いたことは評価できる点であると
考える。さらに,留意すべきは個人追究で〈「おばち
ゃま」にとってよいことではなかった〉と考える生徒
が予想以上に多くいたことである。当初の計画では,
「誰にとってどのようによいことだったのか」を追究
する課題として考えていたが,「よいことではなかっ
た」という見方も根拠がはっきりとしていて,容易に
は否定できない。多面的・多角的な見方・考え方を養
うためには重要な視点であると判断した。確実に意見
を引き出して,議論をさせていき,最終的には,「誰
にとってもよいことであったといえる」結論に結びつ
けていった。本時の学習課題は,小集団追究までの段
階でかなり十分な議論がなされていたために,全体追
究が報告会のような場となってしまったことが,反省
点として挙げられる。
【第9~11時】
「もう一つの『蒼いみち』をつくろう」という本単
元を貫く言語活動である。「私」以外の登場人物の視
点にたち,その人物の特徴を表している表現や描写の
効果について,これまでの学習を生かして考え,本文
をリライトしていく。そして,それらを交流すること
で,読みを深めることを目標とした。話し合いのポイ
ントは次のように設定した。
「はい?」
レナちゃんはこの草野家に来ると笑ってくれる。家族
のように思ってくれているのだろう。それならば,伝え
なければならない。
「おばさんはね,昔から心臓が悪いって言われていてね
…。」
その後,何を話したのかはよく覚えていない。でも,
そのときのレナちゃんの顔はよく覚えている。あのかわ
いく明るい少女に,つらい母親との過去を思い出させて
しまったのかもしれない。でも,レナちゃんがもっと悲
しまないよう,つらい経験を増やさないよう,そのとき
の私は言うしかなかったのだ。このことで,レナちゃん
が思う私が変わってしまっても,よい方向に向かうこと
を願うしかなかったのだ。
【追究用紙「授業のまとめ」より】
・物語の世界が立体的に見えてくるような感じがした。
それぞれの登場人物を偏りなく感じるのも面白いと思っ
た。
・「私」以外の視点に立つことによって,例えば,お葬式
の場面では,同じ場所で同じ風景を見て,同じように時
を過ごしていたはずなのに,それぞれに感じ方が違うと
いうことがよくわかりました。「私」の視点だけではわか
らないことがたくさんあると気づくことができました。
・初読のときには絶対にできなかった「想像して書く」
《話し合いのポイント》
・本文との整合性はどうであったか。
・登場人物の特徴や心情がわかりやすく伝わってき
たか。
ということができてよかった。特に『「私」が葬式に参加
したことはよいことか』という追究では,フユちゃんの
行動について考えることができたと思う。バツが悪そう
に現れたのは,急に呼び出したことを反省しているだけ
でなく,悲しませてしまうことがわかっているのに呼ん
だことを後悔しているなど,簡単に表現されている部分
の裏にある複雑な気持ちが少しわかったと思う。また,
【生徒作品(第2の場面・おばちゃま視点)】
私には一人息子の冬彦と犬のバッジー,そしてレナち
今までの「小さな手袋」などで学んだ情景描写から読み
ゃんがいる。夫は息子を生んだばかりのときにこの世を
取るということを生かして,作者の意図しているところ
去った。だから,息子には寂しい思いもさせただろうし,
まで読み込んでいけたのでよかった。「ピンクの花柄のタ
迷惑をたくさんかけているだろう。そんな私と息子にと
オル」という表現の中にも,いろいろな気持ち,そして
って,バッジーとレナちゃんの存在は,どんなに大きい
状況までもがこめられているということがわかった。
ことだろう。
仕事が休みの日にレナちゃんが遊びに来てくれた。で
も,私たちはいつものように「けんか」をしてしまった。
私の声は大きい。息子もなぜだか声が大きい。だから他
の人から見ると,派手にけんかをしているように思うだ
生徒の追究用紙の記述からもわかるように,生徒は,
視点を変えて物語を読むことで,文章には書かれてい
ない,物語の新たな一面が見えてくることを実感でき
たようである。
ろう。レナちゃんも例外ではなかった。「あ,あの…。」
レナちゃんはかわいらしい。だからおろおろされると,
- 11 -
④成果と課題
ア 「内容理解」~「多面的・多角的な見方・考え方」
~「関心・意欲」の単元展開の有効性
「多面的・多角的な見方・考え方」を育てるために
究の報告会のような授業となってしまった。意見が交
わった瞬間を逃さず焦点化する,教師の巧みな切り返
しがあれば,生徒の思考は揺さぶられ,問いに対して
より深く追究していくことができる。例えば本時では,
は,まずその土台となる「内容理解」が不可欠である。
「おばちゃま」の心臓病に関することや,「私」の涙
そして,特に本単元のような文学的文章の教材におい
の理由などについても言及していけば,また違った展
ては,「内容理解」の学習課題として,人物相関図や
開があっただろう。そうした意味で,本時の補助発問
あらすじフローチャートが非常に有効であることがわ
や切り返しは,生徒の思考を揺さぶるようなものでは
かった。初めは生徒にも戸惑いがあって,時間がかか
なかったのだと考える。今後,全体追究での補助発問
るが,要領をつかむと,手際よく作業が進むようにな
や切り返しのあり方などを考えていきたい。
8.1年「ユニバーサルな心を目指して(三宮麻由子)
」
における授業の実際
(1)単元目標
・
「バリアフリー」「ユニバーサルデザイン」を扱う本
に興味をもち,自分の考え方を広げるために進んで読
書しようとしている。
(関心・意欲・態度)
・
「美しいカタカナ言葉」「美しい手応えのある社会哲
学」という抽象的な意味を理解し,筆者の主張を正し
く理解することができる。
(C読むこと(1)イ)
○道路の段差をなくすことの影響について,様々な立
場から多角的に考えることができる。
(C読むこと(1)オ)
・
「バリアフリー」「ユニバーサルデザイン」について
辞書の意味と筆者の定義を正しく理解することができ
る。 (伝統的な言語文化と国語の特質に関する事項(1)イ(イ))
(2)教材観
①教材「ユニバーサルな心を目指して」について
本教材は,視覚に障害のある筆者によって書かれた
文章である。筆者は「バリアフリー」や「ユニバーサ
ルデザイン」という美しいカタカナことばを取り上げ
る。ところが,それらの中には,中途半端な配慮で障
害者が安心して使えないものもある。バリアフリーや
ユニバーサルデザインは,現状ではさまざまな問題を
抱えているのである。その問題を少しでも解決してい
くには,どのようにしていけばよいのか。環境を作る
人も使う人も,それが実際に使われる場面を想定し,
その中で発想することによって,それは初めて生かさ
れるものになるのではないか。筆者の問題提起を,筆
者自らの体験した生々しい例を通して検討していく構
成になっている。
筆者自身の具体的な体験に基づいて語られる内容は
きわめてリアリティがあり,切実である。生徒たちは,
ここに示される事実や見方に,新鮮な発見をするはず
である。自分たちの立場の発想とは違う見方を発見で
きる点で,認識そのものに働きかける内容を持ってお
り,説明的文章を読むことの意味や学ぶ価値を感じ取
ることのできる教材である。本教材を,他者や社会に
も目を向ける契機としていきたい。
小学校の福祉教育で,多くの生徒は「アイマスク体
験」や「車いす体験」を経験してきている。そこでは
多くの場合,障害者の不自由さを実感し,もっと健常
者が障害者に対する理解を深め,思いやりをもって関
わることが大切であるということを学ぶ。これはこれ
で,とても大切なことであり,意義も大きい。しかし,
り,短時間で物語の全体像を把握することができるよ
うになる。また,小集団でそれらを見せ合うことで,
さらに「内容理解」が深まることもわかった。
また,本教材であれば,人物のつながりを表す線の
太さや,「私」の母と「フユちゃん」の父の存在など
に注目している小集団をピックアップし,全体に紹介
することで,次の課題につなげることもできるので,
生徒の思考を「多面的・多角的」なものへと導いてい
くために効果的な役割を果たしたと考えている。
イ
多面的・多角的な見方・考え方を育てるために異
なる視点をあらかじめ提示することの有効性につい
て
異なる視点をあらかじめ提示するというのは,「他
者思考の学習課題」の手法の一つである。本校の求め
る「多面的・多角的な見方・考え方」とは,交流によ
って,見方・考え方が広がったり深まったりすること
だけではなく,個人追究の段階から,物事の多様な側
面に着目できたり,様々な登場人物の視点や立場で考
えることができたりすることである。そうした点から
本時のあらわれを分析すると,追究用紙の記述からも
わかる通り,この手立てによって,個人追究の段階か
らかなり「多面的・多角的な見方・考え方」ができて
いるのではないかと思われる。小集団追究や全体追究
の様子を見ても,それぞれが三者すべての視点から考
え,他の立場の意見を予測してあったことから,自分
の意見を言いっぱなしで他の意見と絡まないというこ
とがなかった。
また,この手立てについては当初から,授業者が投
げかけることで生徒は言われるままに思考するのであ
って,自ら考えようとしているとはいい難いのではな
いか,という懸念があった。しかし,これ以降の授業
で,こうした手立てがなくても,自ら異なる視点に立
って追究している生徒の様子が見られたことから,や
はり,くりかえし手立てを講じていくことが,「多面
的・多角的な見方・考え方」を育てるために有効であ
ると感じた。
ウ 思考する全体追究について
本時では,全体追究において,根拠となる叙述は同
じであっても,読み取った内容や導き出した答えが違
うという状況があったとき,そこを焦点化することが
できなかったことが課題である。それによって,読み
の深まりがあまり感じられない議論となり,小集団追
- 12 -
「ユニバーサルデザイン」の発想は,「障害者を健常
者が助ければよい」という単純なものではない。「ユ
ニバーサルデザイン」は「みんながハッピーになれる
設備や商品」のことである。つまり筆者の言うように,
視覚障害者だけでなく,健常者も高齢者も,聴覚障害
者,肢体障害者,知的障害者も,ベビーカーを押す母
親も,好奇心旺盛な幼児もすべてその対象となる。
「バ
リアフリー」や「ユニバーサルデザイン」の考え方を,
『「美しいカタカナ言葉」から「美しい手応えのある
社会哲学」へ変身させる』ためには,障害者の立場か
ら一面的にとらえ,ただ心情的に同情するのではなく,
さまざまな立場から考えることがとても重要であり,
障害者だけでなく,健常者や設置者の立場も考える必
要がある。そして,街を変えるには莫大なコストがか
かることも忘れてはならない。中学生になった生徒た
ちには,小学校での学習をふまえた上で,より現実的
に,より多角的にレベルアップした理解ができるよう,
深く考えさせていきたい。
そう考えると,筆者の言う『どんなものでも,つく
る人はそれが生かされる場面を想定し,生かす人は普
及やマナーの実行を通じて,それらのものに自分のこ
ととしてしっかり関わるという「発想」をもつ』とい
う言葉がさらに重みをもってくるはずである。つまり,
「作り手」のハード面だけでなく,「生かし手」のソ
フト面も大切だということが理解できる。
一方で,「障害者用トイレが,おむつ台を設置する
などユニバーサルデザイン化し,『どなたでもご利用
いただけます』と表示されたことで,自分たちが使い
たいときに待たなければならなくなった」という障害
者の声があることも事実である。
「作り手」
「生かし手」
に加え「使い手」のソフト面についてはどうなのか,
という疑問があってもおかしくはない。本教材にその
視点での記述はないが,一面的な理解にとどまらず,
筆者の言う『お互いさま』の心こそが,ユニバーサル
デザイン社会を築くカギになるということを生徒に考
えさせたい。
②教材「ユニバーサルな心を目指して」を選択した理
由
ア「読む」ということ
「読むこと」とくに説明的文章について,授業で扱
う際に考えなければならないのは『内容面』と『表現
面』についてのことである。説明的文章の授業という
- 13 -
と,「段落ごとに要約する」「意味段落に分け,文章構
成を考える」「筆者の主張(要旨)をつかむ」という
『形式面』や,「問題提起からの書き出し」「ナンバリ
ングを使った例の出し方」などの『表現面』の部分ば
かりが行われてきた。このことについて,愛媛大学の
三浦教授は前頁のように述べている。
つまり,説明的文章において,「内容を深めて楽し
む」という側面と「内容を支える表現をとらえる」と
いう側面をバランスよく組み合わせることが必要なの
である。生徒たちの大半は,小学校の「総合的な学習」
で障害者体験(車いす・アイマスク)を経験している。
そのため,ユニバーサルデザインやバリアフリーに対
する知識はある程度もっている。その意味で,本教材
「ユニバーサルな心を目指して」は,内容面において
も「深める」ことに堪えうる教材である。
イ いろいろな立場から考えられるテーマ
本教材は,視覚障害者である筆者の視点から書かれ
た文章である。「ユニバーサルデザイン」とは,「みん
ながハッピーになれる設備や商品」のことである。つ
まり筆者の言うように,視覚障害者だけでなく,健常
者も高齢者も,聴覚障害者,肢体障害者,知的障害者
も,ベビーカーを押す母親も,好奇心旺盛な幼児もす
べてその対象となる。まだまだ発展途上の「ユニバー
サルデザイン」について,いろいろな立場から考える
ことで,自分の身のまわりのことについてもあらため
て考えさせる機会を与えることができる教材である。
また,言語活動として「ユニバーサルデザインやバ
リアフリーに関する本を読み,その文章などを引用し
て自分の考えをまとめる」という活動をおこなう。本
教材の視覚障害者という視点だけでなく,他のさまざ
まな視点から書かれた本を読むことで,さらに多面的
・多角的に自分なりの考えを深めさせていきたい。
③多面的・多角的な見方・考え方をさせる場面
●説明的文章における『多面的・多角的な見方・考
え方』とは?
a 多面的な見方・考え方
→筆者の表現や構成などの工夫を複合的にとら
え,その効果を分析すること。
説明的文章において,『多面的・多角的な見方・
考え方』とは,「内容面」「表現面」の2つに分け
て考えられる。『多面的な見方・考え方』を考える
場合,ほとんどは「表現面」における場合である。
『水田のしくみを探る(岡崎稔)』では,「読者に
分かりやすく伝えるために,岡崎さんが工夫した
ことは何だろう」という課題である。この課題に
対しては「最初に問題提起をして読者を引き込む」
「ナンバリングを用いて,水田が土で作られてい
る理由を3つに整理している」「写真や図表を用
いることで,データや構造を視覚化している」な
どの答えが考えられる。これは,「書くこと」領
域とも密接につながってくるものであり,『IN
PUT(読むこと)』⇄『OUTPUT(書くこと)』
- 14 -
として,生かすことができる。
b
多角的な見方・考え方
→筆者の立場を別の視点から検証しながら,自分
の考えを論理的に構築すること。
一方,『多角的な見方・考え方』を考える場合,
ほとんどは「内容面」における場合である。説明
的文章は,筆者がある立場に立って論理的に書い
た文章である。その立場を,別の立場から検証し
ながら考えを構築したり,論理の飛躍や整合性を
考えながら,批判的な読みを行うことによって培
われる。
これは,社会科とも似た考え方であるが,ディ
ベートのように「賛成・反対」という2つの立場
だけでなく,ジグソー学習のように複数の立場や
視点から物事を考え,それを組み合わせたり合意
を形成したりすることで,より良いものを生み出
そうとすることも可能である。
たとえば『ユニバーサルな心を目指して(三宮
麻由子)』は,視覚障害者という立場から書かれ
た文章である。よって聴覚障害者や肢体障害者,
高齢者や乳児連れの母親の立場などは入っていな
い。「すべての人が不自由なく利用できる駅のホ
ームとは,どんなホームなのだろうか」という課
題を考えることで,筆者の「視覚障害者」という
立場だけではなく,様々な立場から多角的に考え
ることができる。
本単元で「多面的・多角的な見方・考え方」をさせ
る場面は2つある。1つは本時の「道路の段差をなく
すことが,なぜ中途半端な配慮なのだろうか」という
課題である。車いす利用者や高齢者,ベビーカー利用
者にとってはとても良いと思われる「道路の段差をな
くす」ことであるが,視覚障害者という視点に立つと,
道路の段差がなくなると,車道と歩道の区別がつかな
くなり,誤って車道に出てしまう危険性が増す。また,
歩道沿いの商店主にとっては,道路の段差がなくなる
と,車道にたまったホコリや雨水が店の前にたまって
しまう恐れが出てくる。また,自動車の運転手は,道
路の段差がなくなると歩道に乗り上げて路上駐車をし
やすくなり,かえって歩道を狭めてしまう結果になり
かねない。
本教材では,中途半端な配慮の例として「道路の段
差」と「車いすで利用できるエレベーター」が挙げら
れているが,「エレベーター」についての根拠しか具
体的に述べられておらず,「道路の段差」について生
徒が自分で考える機会を与えることで,多面的・多角
的な見方・考え方をさせていきたい。
2つ目は,単元の最後でおこなう「読書活動」であ
る。さまざまな立場からの本を読むことで,「バリア
フリー」「ユニバーサルデザイン」について,新たな
発見をし,多面的・多角的な見方・考え方が育まれて
いくとともに,自分の中での理解が深まると考えられ
る。
また,本単元は(1)でも述べたように,「説明的
文章の『内容面』で多角的な見方・考え方をさせる」
という提案授業である。生徒は7月に同じ説明的文章
「水田のしくみを探る」で「説明的文章の『表現面』
で多面的な見方・考え方をさせる」(資料『授業実践
例Ⅱ』参照)授業を行った。説明的文章は,各領域の
専門家や知識人が知識や経験に基づいた主張をもって
書いた文章であるため,知識や経験が圧倒的に少ない
生徒にとっては,「そうなんだ」と安易に納得してし
まい,受動的になりがちなため,「立場を変えて『多
角的な見方・考え方』をさせる」授業はおこないづら
い。そんな一方通行の受動的な説明的文章の授業から
脱却したいという授業者の思いから,本単元を構想し
た。
(3)単元構想
①単元構想で配慮したこと
研究概要に述べられている『「読むこと」領域にお
ける「多面的・多角的な見方・考え方」を育てる単元
の学習課題の流れ』
(P7)に沿って,単元を構想した。
まず,教師の範読,不明語句調べをおこなったあと,
❶『内容理解 基礎・基本の学習課題』として,①「筆
者はこの文章を通して何を伝えたかったのだろうか」
という学習課題を設定する。要旨を考えさせる中で,
「バリアフリー」と「ユニバーサルデザイン」の違い,
「美しいカタカナ言葉」と「美しい社会哲学」の違い
など,筆者が伝えたいことについて,理解を深めさせ
たい。この課題に対しては,以下のような考えが予想
される。
バリアフリーやユニバーサルデザインの考え方
を,「美しいカタカナ言葉」から「美しい手応え
のある社会哲学」に変えていかなければならない。
結論が最終段落に書かれているということが読み取
れる生徒は,この部分を挙げてくる。個人追究でこの
部分を挙げてきた生徒については,机間指導の中で
「『美しいカタカナ言葉』ってどういうもの?」「『美
しい手応えのある社会哲学』ってどういうもの?」と
声をかけたり,辞書の意味を調べさせたりすることで,
抽象的な言葉の意味を正しく理解させる。そして,小
集団追究の中で,正しく理解できていない生徒は理解
している生徒の説明を聞くことで自分の理解を深め,
理解できている生徒に対しては「つまり?」と問い返
すことで,自分の言葉でわかりやすく表現させていき
たい。全体追究では,「バリアフリー」と「ユニバー
サルデザイン」の考え方の違いを確認し,筆者の表現
方法(p80,81 の「みんなが」にわざわざ傍点が施され
ていることなど)についても引き出すことで,さらに
理解を深めていきたい。
次に,②「筆者はなぜこの具体例を挙げたのだろう
か」という学習課題を設定する。これは,この文章に
おける「表現面」についての内容理解の課題である。
視覚障害者である筆者の生活経験から,現状の
「バリアフリー」や「ユニバーサルデザイン」に
は『穴』があり,その『穴』を少しでも小さく
するために『発想』を大切にしてほしいというこ
とを,身近でわかりやすい例から理解してもらう
ため。
筆者は,「一般論ではなく,『それが生かされる場面
を想定』することが大切だ」と述べている。具体例を
挙げるということが,まさに『場面の想定』となる。
ここでは「エレベーター」と「点字ブロック」の二つ
の例が挙げられているが,生徒にとっては「なるほど」
「確かに」と思う例になっている。この具体例を読み
取ることができたところで,生徒はこの文章の内容や
筆者の主張をおおむね理解できたことになるであろ
う。また,
「具体例について考える」ことが,次の「道
路の段差をなくすことについて考える」次の課題につ
ながっており,生徒の思考をスムーズにする流れとな
っている。
次に,❷『多面的・多角的な見方・考え方を育てる
学習課題』として,④「道路の段差をなくすことは,
なぜ中途半端な配慮なのだろうか」という学習課題を
設定する。本教材では,中途半端な配慮の例として「道
路の段差」と「車いすで利用できるエレベーター」が
挙げられているが,「エレベーター」についての根拠
しか具体的に述べられておらず,「道路の段差」につ
いては具体的な根拠は述べられていない。生徒は「車
- 15 -
いす」の視点から考え,「道路の段差をなくすことは
いいことなのではないか」と一面的な見方しかできな
いことが予想される。しかし,視覚障害者という視点
に立つと,道路の段差がなくなると,車道と歩道の区
別がつかなくなり,誤って車道に出てしまう危険性が
増すということを理解させたい。
そして,単元の出口に❸『関心・意欲の学習課題』
として,⑤「『バリアフリー』や『ユニバーサルデザ
イン』について,自分の考えをレポートにまとめよう」
という読書・表現活動につなげたいと考えている。こ
こでは,言語活動例ウ「課題に沿って本を読み,必要
に応じて引用して紹介すること」をおこなうこととす
る。本教材では,視覚障害者である筆者の立場からバ
リアフリーやユニバーサルデザインを考えたが,他の
立場から書かれた本も多く出版されている。多面的・
多角的な見方・考え方をし,そこから得た自分の考え
をOUTPUTするという活動である。
その際,教師側が事前に本校図書室にある「バリア
フリー」「ユニバーサルデザイン」関係の本をピック
アップし,活動時に提示するとともに,全員に「心の
バリアフリー(乙武洋匡)」
「旅で決意した自立生活(三
日月ゆり子)」
「健常者の立場になってみれば
(福留均)」
を印刷して配布する。さまざまな立場からのさまざま
な主張を読み,自分の考えをまとめてレポートにまと
めることで,説明的文章を「表現面」だけでなく「内
容面」からも深く読ませていきたい。 なお,言語活
動として行う活動は,生徒がすでに学
習した内容でなくてはならないことはもちろんであ
る。「レポートにまとめる」という活動については,
すでに「書くこと」領域『一枚レポートを書こう』で
学習しているため,スムーズな活動ができると思われ
る。その中で,参考文献からの引用をさせ,なぜ自分
がそういう考えになったのかの理由づけを明確にして
いきたい。
②指導と評価の計画
- 16 -
『一 枚 レ ポー トを
書こ う 』 で生 徒が
書いたレポート
③授業の実際および生徒のあらわれ
【第1時】
てみると『多面的・多角的に考えて,自己中心にならな
いように幸せな暮らしにしたい』ということだと思いま
す。
【生徒の「バリアフリー」
「ユニバーサルデザイン」
のとらえ】
《バリアフリー》
・障害者への不自由を取り去り,健常者と障害者
の差をなくす設計をすること。
・高齢者や障害者が健常者のように生活できない
原因をなくすこと。
・障害のある方々のために,生活しやすく不自由
なく生活できるような環境を提供すること。
・
「全ての人が不自由なく普通の生活を送れるよ
うにしよう」ということ。
・障害がある人とない人が対等な立場で考えられ
ているということ。
・本来同じ人間である障害者の方々を特別扱いせ
ずに接しよう。
《ユニバーサルデザイン》
・すべての人を対象につくったデザインや商品の
こと。
・「全ての人が同じ商品を使って生活できる」と
いうこと。
・一つの物で誰でも使えるように工夫すること。
・もともとみんなが使いやすいように考えられた
デザインのこと。
・障害のある人もそうでない人も同じように利用
できる物や環境をつくること。
・高齢者や障害者のために配慮され,なおかつ健
常者でも利用できる製品や環境のこと。
「ユニバーサルデザイン」のほうは正しい認識
が見られたが,「バリアフリー」のほうは限定的
なものや精神的なものと認識している生徒が多か
った。授業の最後に「『バリアフリー』と『ユニ
バーサルデザイン』が同じになっている」と,単
元を貫く言語活動のレポート作成に向けて,投げ
かけをしておく。
・筆者は私たちに何を伝えたかったのか…「つくる人」
が多面的・多角的に生かされる場面を想定し,「生かす
人」は障害者へのマナーを守り,「使う人」は白杖につ
まずかないように遠慮する…「お互いさま」の心をもつ
ことが大切なんだと思いました。「美しい横文字・カタ
カナ言葉」から「美しい手応えのある社会哲学」へ,つ
まり誰もが暮らしやすい世の中をつくっていくことが大
切なんだなと思いました。
ほとんどの生徒は個人追究の段階で,教科書の最後
の部分を抜き出すだけでなく,文章のさまざまな部分
から筆者の「伝えたいこと」を書き出していた。しか
し,『美しいカタカナ言葉』『美しい手応えのある社会
哲学』などの抽象的な言葉については,そのままの状
態で記述していた。そのため,個人追究や小集団追究
で補助発問『「美しいカタカナ言葉」
「美しい社会哲学」
とはわかりやすく言うとどういうことか』を投げかけ,
考えさせた。全体追究では,現状をふまえてどんな社
会にしていくべきかという筆者の主張をとらえること
ができた。
【第3~4時】
【追究用紙「授業のまとめ」より】
・自分のいちばんの考えは「伝えたい人がそれぞれ違う」
ということです。伝えたい人が違えば伝えたいことも違
うと考えました。エレベーターは『つくる人』へ,点字
ブロックは『生かす人』へ「今すぐできること」だと思
いました。Uくんが初めに「公共施設」という言葉を出
しました。僕はその考えがなかったので,すごいと思い
ました。いろいろな意見が出てきて,考えが深まるので,
【第2時】
いいことだなと思いました。
筆者の表現の工夫,2つの例の違いと共通点など,
とても理解が深まる課題であった。
【第5~6時】
【追究用紙「授業のまとめ」より】
・小集団の中では「社会哲学」という言葉に悩まされて
いました。でも全体追究の中でそれがわかりました。そ
れは『誰もが幸せな暮らしやすい世の中』ということで
す。「思いやりの交換」という所から「社会哲学」まで
つながっている,そういうことを実感しました。筆者の
言いたいことは,私なりにみんなが言ったことをまとめ
- 17 -
て,その部分を目立たせている人がいたので,私もやっ
ておけば,もっとわかりやすかったかなと思いました。
レポートを書いたことで,いろいろな人の立場になって
考えることができたのでよかったです。どんな立場の人
も,お互いに理解して,誰もが気持ちよく過ごせる社会
にどんどん近づいていくといいなと思いました。
単元の最初に「バリアフリー」「ユニバーサルデザ
【追究用紙「授業のまとめ」より】
イン」について書かせた (p16) 中では,その2つの
・私は,この授業をする前までは,「ぜったい段差はな
いほうがいい」と思っていました。でも,いろんな人の
立場や状況から考えてみると,あったほうがいい場合と,
ないほうがいい場合があるということがわかりました。
あったほうがいい場合としては,例えば視覚障害者の立
場から見ると,段差があれば道路と歩道の区別がつくと
いうことがあり,ないほうがいいという場合では,例え
ば車いすの人の立場から考えると,段差がない方が歩道
に上がりやすいということになります。つくる人は,
「あったほうがいい」人たちと,「ないほうがいい」人た
ちの両方の立場になって考えていかなければならないこ
とがわかりました。そういう声に応えた道路というのも
もうできていて,つくった人は本当に多面的・多角的な
見方をしていたんだなあと思いました。私も,もし何か
をつくる立場になったら,多面的・多角的に考えるよう
にしたいと思いました。
・③(視覚障害者・車いす以外の視点)や④(写真にう
違いを明確にできない生徒や,理解していても表層的
な生徒が多かった。しかし,視覚障害者である筆者の
書いた文章を読み,その主張を理解し,さまざまな立
場から考えることで,単元の最後に書かせた一枚レポ
ートでは,深い理解のもとでまとめられたものが多か
った。
つっていない人の視点)では,自分が考えなかった立場
でいろいろな見方があったので,おもしろかったです。
特に,商店主の立場では,車で来たお客さんと歩いてき
たお客さんの両方の視点で考えていたので,
「なるほど」
と思いました。
文章中の「道路の段差をなくすことが中途半端な配
慮である」という,具体例の書かれていない筆者の言
葉について考えさせる学習課題の提示をおこなった。
道路の段差のイメージをわかせるために,2枚の写真
を提示し,「さまざまな立場(多角的)」から「さまざ
まな状況(多面的)」について考えさせた。「授業のま
とめ」にもあるように,生徒は最初,「道路の段差を
なくすことは良いことだ」と表層的に考えていた。し
かし,
「中途半端」だという筆者の言葉に疑問を抱き,
さまざまな立場や状況について考えるにつれて,筆者
がなぜ「中途半端」だと思うのか理解できるようにな
った。説明的文章の内容面について,多面的・多角的
に考えることで,おもしろさを感じ,また自分の生活
を振り返るきっかけとしていた。
【第7~9時】
前時までの学習をふまえて,
『私の考える「バリアフリー」
「ユ
ニバーサルデザイン」』というレ
ポートを書く活動をおこなった。
その際,事前に教師側で準備し
た書籍を資料として,さらに「多面的・多角的な見方」
から「バリアフリー」「ユニバーサルデザイン」をと
らえさせた。
【追究用紙「授業のまとめ」より】
・内容面では,ユニバーサルデザインとバリアフリーの
共通点や違いを明確に書いている人がたくさんいて,見
やすかったです。表現面では,大事なところに線を引い
生徒のつくった一枚レポート
④成果と課題
ア 「内容理解」~「多面的・多角的な見方・考え方」
~「関心・意欲」の単元展開の有効性
PISA型読解力のプロセスに基づき,情報を「I
NPUT」する「内容理解(基礎・基本)の学習課題」
を最初に設定し,その学習を受けて「THINK」す
る「多面的・多角的な見方・考え方を育てる学習課題」
を設定し,最後の発展学習として「OUTPUT」す
る「関心・意欲の学習課題」を設定するという流れで
授業をおこなった。本単元でも「視覚障害者」という
自分と異なる立場から書かれたテキストであったこと
で,筆者の主張や考え方を理解した上で,自分の考え
方を構築し,レポートで表現するという,生徒の思考
に沿った単元になった。
その中で「多面的・多角的な見方・考え方を育てる
学習課題」として与えた「なぜ,道路の段差をなくす
ことは中途半端な配慮なのだろうか」は,「障害者=
車いす」というイメージの強い生徒たちにとって,
「道
路の段差をなくすことは良いことに決まっている」と
いう先入観に対して,その思考を揺さぶるものであっ
たため,驚きと新たな発見があり,「多面的・多角的
な見方・考え方」を育て,主体的な追究を生んだと思
われる。
イ 多面的・多角的な見方・考え方を育てるために異
なる視点をあらかじめ提示することの有効性
- 18 -
本文だけを根拠とすると,視覚障害者である筆者の
視点からしか考えることができない。しかも,この文
章には「道路の段差をなくすことが中途半端な配慮で
ある」ことの理由が書かれていないため,イメージす
ることができない。そのため,状況が異なる2枚の写
真を準備し,「筆者の視点」「車いす(一部の配慮され
ている人と記述あり)の視点」「写真に写っているそ
れ以外の視点」「写真に写っていない人の視点」と区
別して提示したことで,多面的・多角的な見方・考え
方をすることができた。
ウ 生徒の必要感を伴う単元構想について
「言語活動」として,『「バリアフリー」「ユニバー
サルデザイン」について,自分の考えをレポートにま
とめる』活動をおこなったが,旧来の「教材→発展」
という流れになってしまい,「単元を貫く言語活動」
とはいえなかった。生徒が「なぜこの活動をするのか」
「この活動をすることによって,自分にどんな力がつ
くのか」という単元の見通しをもたせることにより,
さらに主体性が向上するのであって,授業者の「『言
語活動』のとらえ」を明確にし,生徒の必要感を大切
にした単元構想をさらに研究していかなければならな
い。とくに,「読むこと」領域は「話すこと・聞くこ
と」「書くこと」領域と異なり,「課題=言語活動」と
はならないため,単元構想が難しい。さらなる単元開
発をしていきたい。
9.本年度の成果と課題
昨年度から研究主題「多面的・多角的な見方・考え
的・多角的な見方・考え方」ができるのであって,純
粋に「多面的・多角的な見方・考え方を育てる学習課
題」とは言いづらいのではないかと考えた。それに対
して「他者思考」の学習課題であるが,こちらは自分
とは異なる者の視点や立場で考える学習課題なので,
個人追究の段階から
「多面的・多角的な見方・考え方」
が可能であると言える。そして,本年度の実践を通し
てわかってきたことは,このような「他者思考」の学
習課題で追究を繰り返していくと,そうした課題でな
かったとしても,自然と「多面的・多角的な見方・考
え方」ができるようになってくるということである。
【『蒼いみち』生徒の「他者思考」の学習課題で考えた追究用紙】
方を育てる国語科の授業づくり」のもとに,私たちは
2年間,授業実践をおこなってきた。本年度も研究発
表会の2つの授業をはじめ,1年間の授業実践の中で,
新たにたくさんのことがわかってきた。
(1)成果
①単元の学習課題の流れについて
段階的に学習課題を設定することで,単元を通して
何を身につけさせたいのかが明確になった。また,学
習指導要領の趣旨に沿った国語科の授業づくりと,多
面的・多角的な見方・考え方を育てる授業づくりが,
無理のない形でともに達成でき,本校の研究のみで完
結してしまうことのない,理にかなった指導計画が可
【『平家物語』生徒の「比較」の学習課題で考えた追究用紙】
能になったのではないかと考えている。
上の『蒼いみち』の授業では,「あなたが選ばなか
②比較・他者思考の学習課題について
まず,「比較」の学習課題を設定することで,生徒
った他の登場人物にとっては,どうであったのか考え
は,それぞれの立場や内容を照らし合わせて考えるこ
てみよう。」という「他者思考」の学習課題をあえて
とになる。その中で,自分の立場を選択し,明確にす
設定し,意図的に個人追究で「多面的・多角的な見方
ることで,多分に他者を意識するようになる。当然,
・考え方」ができるように手立てを講じている。一方,
他を説得するための根拠を真剣に探すようになるし,
下の『敦盛の最期』の授業では,「あなたは熊谷次郎
それぞれが自分の意見に「こだわり」のようなものを
直実と平敦盛のどちらに魅力を感じますか。」という
もつようになる。だからこそ,意見交換の場では,活
「比較」の学習課題に対して,まず自分の立場を明確
発に議論が進み,様々な価値観やものの見方・考え方
にして考え,さらに対立する意見をもつ人の理由と根
に触れることができるのだと考えた。しかし,この「比
拠についても,個人追究の段階から,すすんで予想し
較」の学習課題では,交流の場があって初めて「多面
て考えられている。教師の導きがなくても,自らこの
ような見方・考え方ができるようになってきていると
- 19 -
いうことは,これまでの大きな成果であると考えてい
る。
(2)課題
①板書の工夫・教師の出番~思考する全体追究のため
に~
これは昨年度から課題に挙がっていることだが,個
におこなわれた校内研修の公開授業を参観していただ
き,生徒のあらわれについてご教示いただいた。さら
に,本校の研究だけでなく,大学の先生の研究を実践
する場として,センター紀要の執筆や,教科内容指導
論の講義など,大学との連携を密にしてきた。
(2)地域との連携
研究協力委員・島田市教科指導員の先生方には,研
人→小集団→一斉という本校の授業形態の中で,「全
体追究が,小集団追究の報告会のようになってしまう」
という状況が本年度もあった。小集団追究・全体追究
のどちらの授業でも
「多面的・多角的な見方・考え方」
にふれ,「自分の考えを広げ,深める」ようにしてい
くためにはどうすればよいか。そのためには,全体追
究で小集団追究での課題からステップアップする,あ
るいは違う視点を与える課題を教師が提示する必要が
あるのだと考える。そうすることで「思考する全体追
究」になっていくのではないだろうか。また,そのた
めには「板書の工夫」も必要である。教師はファシリ
究の方向性や公開授業について,様々なご助言をいた
だいた。焼津中学校
であると考えている。「補助発問」も含め,来年度以
中
っていただき,ご多忙の中,様々な形で研究にご協力
いただいた。特に7月におこなわれた校内研修では,
授業を参観していただき,その内容について的確なご
助言をいただいた。また,島田市教科指導員の先生方
には,5月におこなわれた指導員研修会において授業
を参観していただき,研究の方向性や生徒のあらわれ
について様々なご意見をいただいた。
さらに,志太地区では,各市ごとに「国語の会」な
テーターとして全体追究をコーディネートし,全体追
究での思考の流れを大切に授業を進めていくのが理想
五島恵先生,青島北中学校
山紀宏先生には,今年度から新たに研究協力委員とな
る国語教師の研究サークルが存在するのだが,そのサ
ークルに積極的に参加し,実践報告などをおこなって
いる。また,小笠地区公立中学校の校内研修に講師と
降も研究を進めていきたいと考えている。
して参加し,言語活動についての説明と実践紹介をお
②「多面的」と「多角的」教材の扱いについて
研究協議会でもご指摘がありましたが,毎教材で「多
こなった。
大学での研究の実践の場や,地域のモデル校として
面的・多角的」を求めるのではなくて,教材によって
は「この教材は多面的」「この教材は多角的」とどち
らか一方に絞って授業構想を練ることも,効果的なの
ではないかと考えている。そうすることで,教材の扱
いにも無理がなくなり,そのための手立てについても
より多くのことが考えられるようになるのではないだ
ろうか。今後検討していきたいと考えている。
の本校の役割をふまえ,これからも大学や地域との連
携を意識した活動をおこなっていきたい。
11.おわりに
最後に,本校国語科の研究に対して,客観的なご示
唆をいただいた静岡県総合教育センター授業づくり支
援課指導主事の鈴木泉先生をはじめ,研究協力委員,
島田市教科指導員,研究助言者の先生方,また,研究
③「読むこと」領域における生徒の必要感に沿った「単
元を貫く言語活動」の設定
発表会において,「読むことの指導と評価」について
のご示唆をいただいた
「話すこと・聞くこと」,あるいは「書くこと」領
域の授業においては,それ自体が言語活動となるので,
労せず,あまり違和感をもたずに活動に入ることがで
文部科学省国立教育政策研究
所学力調査官・教育課程調査官
杉本直美先生,そし
て研究発表会に参加してくださった皆様に,心より感
謝申し上げます。
きるのだが,「読むこと」領域の授業においては,ど
(冨田文成・杉山晃弘)
のような言語活動がふさわしいのか,非常に頭を悩ま
すことがある。例えば,本年度の取り組みとして挙げ
た説明的文章の「レポートにまとめる」活動や,文学
的文章の「リライトする」活動も,本当にそれらが生
徒の必要感に沿ったものだったのかと考えると疑問が
残る。社会に出てから役に立つ力がついたという思い
がもてる言語活動を工夫していかなくてはならないと
本研究にご協力いただいた先生方
研究発表会講演会講師
文部科学省国立教育政策研究所
学力調査官・教育課程調査官
杉本 直美 先生
研究協力委員
五島
恵 (焼津市立焼津中学校)
中山 紀宏(藤枝市立青島北中学校)
島田市教科指導員 長坂 幸二(島田市立川根中学校)
沖
剛 (島田市立湯日小学校)
共同研究者
中村ともえ(静岡大学教育学部准教授)
考えている。
10.大学や地域との連携
(1)大学との連携
研究助言者として,静岡大学教育学部国語教育講座
より,中村ともえ先生(教育学部准教授)から,研究
の方向性や教材の選定,授業案,研究発表会の運営な
ど,様々な視点で指導助言をいただいた。また,7月
- 20 -
Fly UP