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帯広畜産大学の国際協力活動 帯広畜産大学学長 長澤 秀行 帯広畜産
帯広畜産大学の国際協力活動 帯広畜産大学学長 長澤 秀行 帯広畜産大学は、昭和16年に帯広高等獣医学校として創設された国立大学法人で は唯一の獣医農畜産学系単科大学です。学生総数は大学院も含めて約1400人と小 粒で、これまで、約1万7千人の人材を世に送り出しています。本学の基本理念は、 動植物生産から食品加工までの過程における「食の安全監視」に関わる高度専門職業 人の養成と、応用開発研究成果による地域社会並びに国際社会に対する学術貢献です。 法人化後、本学も例に漏れず広報活動に力を入れていますが、とかち帯広空港には「食 を支え、食を守る」というキャッチフレーズの看板広告を出しています。 日本の食料倉庫と呼ばれている北海道東部の「十勝」地域というフィールドを活用 し、本学の特色は教員の基礎研究成果を学生達が一緒になって応用展開する実学重視 の人材育成にあります。その基盤に立って、本学は外国人留学生を多数受け入れてい ますので、学生は自然に国際交流の環境の中で育ってきました。そのため、卒業生の 中には国際協力活動を指向する者が多く、JICAの青年海外協力隊員を目指す者も 多いのが本学の特徴の一つと言えます。大学創設以来、入学者の8割程度は北海道以 外から集まっていますので、北の最果てを目指すパイオニアスピリットが高じて、開 発途上国での国際協力活動へと進展しているような気がします。平成14年度には本 学の国際協力実績に対して外務大臣表彰を受け、平成17年にはJICAと帯広畜産 大学が日本の大学の先頭を切って包括的協力協定を締結しました。 JICAと本学との協同事業には、数々の実績がありますが、更に組織的に事業を 展開する目的で、平成19年度概算要求事項として連携融合事業を文部科学省に提案 して認められました。この事業は、JICAが保有する開発途上国を中心とした国際 開発、技術援助、調査研究と、大学が実績を有する研究推進、人材育成及び国際協力 実績が連携融合するプログラムです。開発途上国研修員への教育、現地教育による人 材育成、共同研究による現地住民への成果還元など、我が国の開発援助(感染症対策、 農村開発等)の観点に沿った成果が期待され、結果として、国内のみでは実行不可能 な食料安全保障に関して国際的に通用する国内外の人材育成が可能となることが大 いに期待されています。 言うまでもなく、食料は人類の生命維持に欠くことができないものであるだけでな く、健康で充実した生活の基礎として重要なものであり、国民に対して食料の安定供 給を確保することは、国の基本的な責務です。しかし、世界の人口は開発途上国を中 1 心に大幅に増加し、現在8億人に達している世界の飢餓、栄養不足人口は今後、増大 することが予想されます。我が国においては、食料の輸入への依存度は極めて高く、 食料自給率の向上を目指して、国内農業の食料供給力の確保・強化を図ることが重要 です。今後、開発途上国においても畜産物の消費が拡大することが予想されますが、 畜産物の生産には大量の飼料用穀物を必要とすることから、世界の食料需要は大幅に 増加すると考えられます。 動物性蛋白質資源としての家畜を例にとると、世界の家畜飼育頭数の70%以上は 開発途上国で飼育されていますが、その生産性は先進国の30%にしか過ぎません。 その主原因は各種微生物感染症による家畜の発育不良並びに斃死です。微生物感染症 の50%以上が原虫病を主体とした寄生虫感染症による被害であるために、開発途上 国に対する国際学術協力の主眼は寄生虫・原虫病の撲滅対策におかれるべきだと考え ます。世界的自由貿易体制の拡大、動物及び乳・肉加工食品の国際的流通機構の簡素 化、迅速化などから、国際学術研究の動向として、人獣共通感染症の高度診断・予防 法の確立と食の安全性に関する国際的標準化が進行中です。更に、我が国において、 BSE問題に端を発した食品を巡る社会問題は、SARS、鳥インフルエンザ等の動 物食品由来感染症の出現や産地偽装、無許可添加物混入事件等の食品を扱う人々のモ ラル低下など、続発している現状にあります。我が国の食の安全に関する社会不安に 対して、政府は食品の安全性の確保に関する基本原則の確立、食品の安全性を確保す るための組織体制の整備、関係法令の抜本的な見直し、リスク分析手法の採用を始め とした今日的な食品安全のための社会システムの確立が不可欠としています。これら に対処するためには、国際的教育研究拠点による先端的食品安全科学研究の推進及び 食の安全監視に関わる国際的に通用する専門職業人の養成が必須です。 そこで、本学では、我が国で初となる獣医領域と畜産領域の融合分野である畜産衛 生に特化した大学院博士課程を新設し、高度人材育成を平成16年からスタートしま した。この博士課程を活用して、これまでの実績を基盤としたJICAとの連携協力 により、地球規模問題である食料安全保障、すなわち食料の生産向上と安全性確保に ついて開発途上国に対して学術支援を行い、併せて、食料安全保障に係る国際的に通 用する人材を育成することを目的としたプログラムの推進を大学の重要事項に設定 したのです。 8月23日付けの読売新聞に前山形大学学長の仙道富士郎先生が投稿されていま した。仙道先生は、現在、JICAのシニア海外ボランティアとしてパラグアイで活 動中です。仙道先生は、意識が高く、すばらしい行動力を持った青年海外協力隊員に 対して、帰国後の受け皿がないことが残念であることを指摘されていました。事実、 我が国では、国際協力活動は個人レベルで行われることが多く、青年海外協力隊ある いはJICA専門家は、豊富な海外経験と問題意識を有しながら、帰国後に受け入れ る機関がなく、現場の課題は未解決のままであることが多かったと思われます。また、 大学においても国際協力活動は組織的な対応ではなく研究者レベルであり、教育課程 2 への活用は充分とは言えない現状にありました。 本学は、国際協力に関して正確な知識と高度な経験実績を有する研究者による教員 組織を構築し、国際協力に関するカリキュラムにより学部及び大学院レベル、及び若 手研究者に対する人材育成を行うとともに、青年海外協力隊あるいはJICA専門家 を制度的に大学院に受け入れて、国際協力活動に意識の高い研究者、大学教員、専門 技術者を養成することによってのみ、組織的かつ継続的に国際協力に関わる「真の人 材育成」が可能であると確信しています。平成18年度から、青年海外協力隊あるい はJICA専門家経験者を中心とした国際協力経験を有する者を対象に、大学院特別 選抜制度を導入しました。併せて、授業料相当分の奨学金貸与を行い、大学院修了後 の国際協力活動を返還免除の条件として義務づけることにより、継続的な国際協力に 係る人材育成の推進も図っています。 また、学部学生がJICAの青年海外協力隊短期派遣制度により、正規隊員として、 これまで30人あまりがフィリピンのプロジェクトサイトで開発途上国の畜産現場 を体験しています。正規隊員とは言いながら学部学生ですので、知識技術レベルは不 十分ですし、夏期休業期間を利用した4週間から6週間という短期間です。しかし、 プロジェクトの意義を現場に問うことや、単純な質問を現場で活動中のJICA青年 海外協力隊の隊員に聞くことにより、あらためて現地の地域住民やJICAスタッフ がプロジェクトの本来の意味を再認識するといった効能があるようです。学生はそれ ぞれ農家にホームステイしながら、開発途上国の課題を学ぶ彼らのバイタリティには 脱帽してしまいます。中には、帰国後の報告会の中で、日本の国際協力活動の問題点 を指摘したり、課題解決などを提案する者もいて、頼もしい限りです。 今後も帯広畜産大学は獣医・農畜産分野において、単に食料の生産性を上げること を目的とするのではなく、環境問題、エネルギー問題、国際紛争、地域活性化、等々 の地球規模問題の解決を視野に入れた人材育成を目指し、食の安全確保に関する取り 組みを中心に国際協力活動を推進していきたいと思います。 3