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The Human Education Being Kind to Monodzukuri
シリーズ 未来を担う人づくり ものづくりを大切にするひとづくり ─ 近畿大学理工学部 非平衡プロセス研究室 ─ 近畿大学 教授 木 口 昭 二 将来とも日本の曲げてはならない重要な背骨である「ものづくり」。そのためには、ものづくりの現 場に多くの若い人々が入ってくることが必要である。私の専門は「鋳造」。理工系学部の機械工学科 のなかで、いかに鋳造に興味を持つ人材を育てるか、その取組みを紹介する。 1.はじめに なお、研究室では次の四つの心を大切にし、いわば 近畿大学は、中小企業の町である東大阪にある。 これを唯一の約束事としている。 ① 探究: 真理を探究する心 2002 年に理工学部を改組して、一学年 1200 人の定員 ② 自主: 自主性を尊重する心 で 8 学科構成である。私の所属する機械工学科は、そ ③ 約束: 約束を厳守する心 の中でも一番の大所帯であって、一学年 190 人の定員 ④ 挨拶: 挨拶は心を映す鏡 である。これを 27 名の教員(専任、特任を含めて) で教育・研究を担当しているが、本学では少人数教育 を徹底するため大体一人の教員が一年生から 8 名程度 3.ひとづくりで大切なこと を担当する(これをチュウターといって卒業研究配属 研究室に配属されて、二つの大切なことがある。第 前まで続く)。 一には、卒業研究に取組む姿勢・目的意識で、学生には、 ここ数年、就活が早まり四年生前半の授業が満足に 「専門力を展開し、製造・開発・研究によって生じる できない状況にある。そのため、研究室への卒論配属 問題設定とその解決に応用できる能力、さらには自ら を三年生後期とし、卒研ゼミとして四年生前半分を の創意工夫により課題や問題に対して切り開いていけ 補っている。その分、学生とのコミュニケーションは る創造力を習得する」というように教えている。第二 十分に取れることになる。平成 21 年度の当研究室は、 には早く自らの職業観・社会観を養うことの重要性を 博士課程前期 4 名、四年生 8 名、三年生 13 名となっ といている。そのため、皆には以下のような人になっ ている。 て欲しいし、そういうひとづくりを目指している。 (1)「私がやりますと手をあげる人」 2.研究室について ・「やります」と言えるだけの知識と能力が自分に 非平衡プロセス工学研究室には、とにかく「金属が ・やる気と責任感を発揮 好き」、「○○が好き」といったように、何事にも興味 あるという自覚 (2)「志」を持つ人 を持つ好奇心旺盛で積極的な学生が集まってくる。鋳 造は、少し前には重厚長大型産業としてやり玉にあげ られていたが、今ではむしろそのリサイクル性の良さ が注目されて、世の中の評価が一変するほどの勢いで ある。研究室のキーワードは 3 つ。「環境」、「リサイ クル」、そして「鋳鉄」である。いずれもものづくり を基本において、研究に真正面から取り組んで、創造 性の育成に努め、これを付加価値として、世の中に多 くの優秀な人材を輩出したいと思っている。 写真 1 平成 20 年度研究室在籍生 (平成 21 年 3 月 19 日 卒業式において) 50 シリーズ 未来を担う人づくり ・何でも吸収しよう、成し遂げようという意欲 係して、球状化を一層複雑なものにしている。本研究 → こういう人材こそが未来を切り拓く技術者に では、真空溶解を利用して、黒鉛球状化と C、Si 量と の関係、冷却速度の影響などを、大気溶解と比較検討 なり得る している。 (3)「不思議」と「感動」を持つ人 (4)レーザ顕微鏡によるその場観察 ・不思議だと感じることは科学の原点 ・不思議だと感じることから出発して、成し遂げた 金属の凝固や破壊あるいは固相変態は、間接的に観 ことに感動する。その感動こそが次に何かをしよ 察するのみで、なかなか直接観察が難しい。本研究で うとする力になる。 は、レーザ顕微鏡と高温装置を組み合わせることに →「技術の駆動力」 よって、鋳鉄の凝固過程、鋳鉄の破壊過程およびパー ライト組織の分解過程を直接観察することにより、新 4.研究内容 たな知見を見いだすことを目的として実施している。 鋳造現象を主体として、環境や CO2 排出の抑制、 (5)溶融金属のセラミックスコーティングの濡れ性に リサイクルへの貢献あるいは最新機器により、これま (6)摩擦攪拌プロセスによる鋳鉄の表面改質に関する 関する研究(大阪大学との共同研究) 研究(大阪大学との共同研究) でにわからなかった現象の解明さらに材料の高付加価 値化(大阪大学接合研;藤井英俊准教授との共同研究) 本研究は、いずれも大阪大学接合科学研究所藤井英 を目指す研究に取組んでいる。 俊准教授との共同研究である。材料の高付加価値化を 以下に主な研究テーマの概要を紹介する。 目指すことは、ある意味では現在の材料研究に与えら (1)素形材成形プロセスのエネルギーコスト比較 れた最大の命題である。この研究では、鋳鉄という非 ある製品を成形する際に、どの素形材プロセスを選 常に表面改質をし難い材料を用いて、化学成分、基地 択すればよいのか多くの要因があげられるが、これま 組織、加工条件等を変化させて、摩擦攪拌プロセスを でややもすると見逃されてきたのがエネルギーコスト 利用した最適な表面改質法の設定に取組んでいる。 である。この研究では、ネットシェイプで成形した時 (寸法精度よく)に、鋳造というプロセスがいかにエ ネルギーコスト上有利なプロセスであるかを、他の素 5.主要設備 形材プロセスと比較して調査し証明している。 高温溶解炉付きレーザ顕微鏡(写真 2 キーエンス社 (2)鋳物材質の重量および機能コストテーブル 製)、EDAX(写真 3 キーエンス社製)、高温真空溶解 商取引上便利であるから、鋳物はトンいくら、キロ 炉(写真 4 富士電波工業製)、高温溶解炉(水上電気 いくらというのが世間相場である。これではいつまで 製作所製)、一方向凝固炉(水上電気製作所製)等の たっても鋳物の正当な評価は得られない。本来、製品・ 設備を有している。 部品のコストはどのように決まるのか、これから出発 して、重量の大小、肉の厚みあるいは機能の付加など、 考えられる要因をあげて、コストテーブルを作成し、 6.おわりに 鋳物の適正価格評価を目指す。 タイトルにも記載したように「ものづくり」は「ひ (3)鋳鉄の真空溶解に関する研究 とづくり」である。若い人材が入ってこない産業に未 鋳鉄で晶出する黒鉛は、本来は球状であることがエ 来はない。幸いなことに、鋳造産業は多くの若い人材 ネルギー的にも最も安定であることから十分に理解さ が入ってきつつある。そのためにも、ひとづくりが大 れる。現実には製造過程で原材料にいろいろな元素が 切である。一方、研究の分野では、経済産業省の支援 混入したりあるいは冷却速度が変化してつくられるこ もあって、いままでにないフォローの風が吹いている。 とが多い。そのため、球状となるべき黒鉛が片状とし だからこそ、産学官の連携がこれまで以上に重要な意 て晶出する。これに、鋳鉄溶湯中の酸素量が密接に関 味を持っている。 写真 2 高温溶解炉付きレーザ顕微鏡 写真 3 EDAX 写真 4 高温真空溶解炉 51