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スポンサー大統領選挙2007

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スポンサー大統領選挙2007
アウトソーシングはアメリカにとって有害であるか
齊藤 豊h
1. はじめに
本論文の目的は、ビジネス・プロセス・アウトソーシング(以下、BPO と略す)をはじめと
するサービス・アウトソーシングの発展が、アメリカで新たな貿易問題や労働者問題となって
いるかどうかを考察することである。今回の調査の方法としては、アメリカが発表している公
的な統計を主に使う。情報通信技術(Information Communication Technology 以下、ICT と
略す)の発展によって、従来は貿易の対象とならなかったサービスが、グローバル社会の中で
重要な貿易品目となってきた。ICT の発展によって変わってきたサービス産業の貿易における
位置付けや役割を研究することは今後、重要性を増してくる。夏目啓二(2002)1は、IT 革命と
いう切り口で、1990 年代後半から 2001 年までのアメリカにおける臨時雇用労働者について論
じているが、
「5 おわりに」のなかで、大手 IT 企業が先導するアメリカ市場への IT 労働者
の移入やアジアにおけるアウトソーシングの台頭が、アメリカの IT 労働者に与える影響が増
えていることを示唆しているが、まさに今、それが現実の問題として、注目を集めている。今
回はアメリカ市場を中心にした BPO について論ずるが、BPO 輸出に力を入れているインドや
中国を中心にした研究、ICT 産業の特殊性を中心にした研究など BPO の研究は継続しなけれ
ばならない。これらの研究は全く新しいものではなく、過去に何度となく行われてきた産業の
変化とその変化に対する経済学における研究の上に存在するものである。ICT によって経済社
会が 180 度変化したわけではない。
2003 年頃からアメリカでは、アウトソーシングはアメリカにとって有害であるのか(Does
Outsourcing Harm America?)という議論が起きた。これは 2004 年の大統領選挙の争点とし
て民主党が持ち出し、共和党との間でアメリカの労働力を蝕んでいるか否かで議論となった。
しかし、現職であった共和党のブッシュ大統領が勝利し、アウトソーシングに関する議論は一
旦、沈静化することとなったが、その後も徐々に議論は高まっている。ニュース2などでインド
など海外へのアウトソーシングがコストカットにつながると報道されればされるほど、アメリ
カ国内産業の労働事情がアウトソーシングによって悪化しているという主張が強くなっている。
今回のアウトソーシング問題は、アメリカが優位を持っている ICT を含む最先端科学技術が海
外へ流出することにより、専門知識が必要な職業が同じく海外へ流出したり、逆に海外から専
門職労働者が入国したりすることが懸念されている。論文集 Does Outsourcing Harm
America?
h
1
2
3
3
には、アウトソーシングの是非について肯定 6 本、否定 6 本の合計 12 本の論文が
立教大学大学院博士課程後期課程在籍
夏目啓二(2002)114-115 頁
例えば、Gongloff, Mark(2004)などを参照。
Dunbar, Katherine Read (Eds.) (2006) 執筆者にヒラリー・クリントンが含まれている。
1
掲載されており、是非が検討されている。この論文集は、アウトソーシング全般に関して論じ
られている。12 本の論文の中には、自由貿易に与える影響や労働力に与える影響が含まれてい
る。しかし、全ての議論が経済学的な視点より政治的な視点で議論されており、議論の土台と
して、公的な統計を用いていなかったり、用いていても自分の議論に有利なデータのみを用い
ていたりと満足できるものではなかった。そこで、本論文で、アメリカの公的統計を用いてサ
ービス貿易および労働者の移入の状況を調査・検討し、この議論の決着を図る。
日本においてサービス貿易について論じた先行研究として『サービス多国籍企業とアジア経
済』4がある。この本の第 1 部において、サービス貿易の概念と歴史的経緯が論じられており、
第 2 部では、アジアに視点を移して、サービス貿易の現状が論じられている。また、
『IT サー
ビス貿易の概念整理と国際比較』5では、第 4 章でサービス貿易について本論文で用いたのと同
じ公的統計が使われており、豊富な図表が示されているが、議論が浅く、研究資料の域をでて
いない。本論文では、アメリカの公的統計を中心にしてアメリカの状況の調査・分析を行うこ
とで、アメリカがサービス・アウトソーシング貿易においてアジア諸国よりも大きな輸出国で
あることを示し、アメリカがサービス・アウトソーシングにおいて、優位に立っている状況を
明らかにする。
サービス貿易を研究している者は、アウトソーシングはインドや中国などのアジアが主流で
あるという固定観念からか、
今までアメリカについてその実態が議論されることは少なかった。
インドでサービス・アウトソーシングのサービス量が急激に大きくなったことは間違いないの
かもしれないが、それがアメリカの同サービス量と比べて大きいのか、小さいのかということ
は議論されていない。
2.サービス・アウトソーシングの概念
アウトソーシングとは、企業が自社の中心的なビジネスであり、利益の源泉であるコア・コン
ピタンスに経営資源を集中するためにコア・コンピタンス以外の業務を切り出して社外の企業
へその業務を委託することである。アウトソーシングされる業務は、部品や製品の製造から法
務サービス、経理サービスなど製造業関連からサービス業関連まで多岐に渡っている。近年で
は、従来は対面で行っていたサービスを ICT の発達を利用して遠隔地で行うアウトソーシング
である BPO が隆盛を極めつつあり、この BPO を中心としたサービス・アウトソーシング産業
がアメリカの貿易に影響を与えている。サービス貿易のルール化は終末期にあった GATT で議
論され、WTO の枠組みに組み込まれた。
『世界貿易機関を設立するマラケシュ協定』の「付属
書一 B サービスの貿易に関する一般協定」により定義されている6。国際投資貿易研究所(2005)
4
5
6
関下稔他編(2006) 9-136 頁
国際投資貿易研究所(2005) 61-121 頁
WTO(1994) pp285-317
2
7や板木(2006)8により、サービス貿易の概念化の試みが行われている。
アウトソーシングを引き受ける企業をアウトソーサーと呼び、そのビジネスをアウトソーシ
ング・ビジネスと呼ぶ。アウトソーシングは、企業内で完結していた労働を企業外の活用を含
めて見直し、労働配分の適正化を目的として行われているといえる。経営者が取りうる労働配
分の適正化の手段は二通りある。外部にその業務を委託するアウトソーシングか、社内に低コ
ストの労働者を雇い入れ、従来の労働者と入れ替える方法かのいずれかである。
アウトソーサーは、世界中に存在する。アウトソーシング依頼元企業の国以外の国で行うア
ウトソーシングのことをオフショアリング、もしくは、オフショア・アウトソーシングと呼び、
自国内で行うアウトソーシングのことを単にアウトソーシングと呼んだり、オンサイト・アウ
トソーシングと呼んだりする。アウトソーシングせず、自社内で行うことをインソーシング(内
製)と呼ぶ。インソーシングを国内外で区別することはあまりないが、インソーシングについ
ても国内で行う場合と海外で行う場合がある。
表 1:アウトソーシングの分類
業務の実施場所
業務の実施者
国内(オンサイト)
海外(オフショア)
自社
インソーシング
(オフショア)インソーシング
アウトソーサー(関係会社)
アウトソーシング
オフショア・アウトソーシング
アウトソーサー(独立企業)
アウトソーシング
オフショア・アウトソーシング
通常、企業においてアウトソーシングの検討がなされるとき、まず、対象となる業務をイン
ソーシングのままいくのか、アウトソーシングするのかの二者択一を行う。そして、選ばれた
インソーシング、アウトソーシングのいずれかについて国内(オンサイト)で行うのか、海外
(オフショア)で行うかの二者択一が行われる。企業経営者が取りえるソーシング戦略は大き
く分けて、オンサイト・インソーシング、オフショア・インソーシング、オンサイト・アウト
ソーシング、オフショア・アウトソーシングの4つがあることになる。ここで気をつけなくて
はいけないのは、自社の関係会社に作業依頼をする場合、インソーシングではなく、アウトソ
ーシングと分類されることである。インソーシングはあくまで自社内で行う場合のみを指す。
なお、これらの定義は、ビジネス上の慣行からつけられており、状況によって呼び方に違いが
ある。学問的な定義はまだ固まっていない。
BPO は、近年の急激な ICT の発達により実現可能になったサービス・アウトソーシングで、
7
8
国際投資貿易研究所(2005) 10-27 頁
板木雅彦「世界経済のサービス化とグローバル化」関下稔他編(2006) 1-39 頁
3
多国籍企業や大企業を中心に採用されている9。BPO も実施場所が国外である場合は、オフシ
ョア BPO と呼ばれる10。現在では、ICT は企業活動の重要なインフラの一つになっている。業
務の流れを ICT で制御することが容易になったので、業務毎にビジネス・プロセスを定義し、
それを ICT でコントロールすることで企業内の日常業務が行われている。このビジネス・プロ
セスを単位として、アウトソーサーにサービス業務の委託を行うのが BPO である。ビジネス・
プロセスとは、企業内の業務を詳細に分析し、業務間の依存関係を考慮しながら業務を区切っ
たものである。通常、1単位のビジネス・プロセスは、情報のインプット、業務処理、情報のア
ウトプットから構成されている。企業で行われる日常業務は、この 1 単位のビジネス・プロセ
スが複数組み合わされて構成される。BPO により、従来、アウトソーシング不可能であった対
面で行う事務作業についてもアウトソーシングが可能になった。BPO は業務をプロセスと呼ば
れる小さな工程に切ってその小さな工程をアウトソーシングするため、アウトソーサーはその
前工程および後工程との間が時間的な損失無くつながるように BPO を実施しなくてはならな
い。業務の即時継続性が問題となるのである。これは、財の貿易には見られなかった特長であ
る。財の貿易には、輸出国から輸入国への財の移動時間がかかる。例えば、アメリカが日本か
ら自動車部品を輸入してアメリカ国内で完成車として組み立てを行う場合、部品の生産と完成
車の生産にある程度の時間的結合は見られる。しかし、それは月単位、もしくは、週単位や日
単位の時間で表現されるが、BPO の時間的結合は、分単位、もしくは、1 時間単位で表現され
る。例えば、社内情報システム利用に関するヘルプデスクをインドにオフショア BPO してい
る場合、依頼元企業がインドのアウトソーサーに電話して自分が解決して欲しい問題を話すと
その場で回答を得ることができなくてはいけない。時間的損失をなくすには、リアルタイムも
しくはそれに近いレベルでアウトソーシングが行われなければならず、アウトソーサーとの間
で密なコミュニケーションが発生する。ここで問題になるのは、ハードウェア、ソフトウェア、
ネットワーク環境といったコミュニケーション基盤としての ICT 環境とアウトソーサーの各
担当者の英語力と専門知識力である。従来の国際電話とは比較にならないほど安価な IP 電話
の設備や E メール・システムがコミュニケーション基盤であり、これらはグローバルに広がっ
たブロードバンド・ネットワークとしてのインターネットを利用している。ここ数年で、アジ
ア地域におけるコミュニケーション基盤の発達は目覚しく、アメリカと遜色ない程度に出来上
がっている。したがって、現在では BPO を行っている国々の間でのコミュニケーション基盤
の違いは殆ど見られず、
アウトソーサー選択の基準としては数年前より重要度を落としている。
アウトソーシングを財とサービスに分けた場合、BPO はサービス・アウトソーシングに属す
Nandu, Thondavadi. Albert, George (2004) pp129-196
BPO のオフショアリングを定義する日本語は定まっておらず、
ここでは、
「オフショア BPO」
をその用語として使用する。海外では、"Business Process Offshore Outsourcing"、"Offshore
BPO"などの用語が使われている。
9
10
4
る。アウトソーシング先は、地理的条件やコミュニケーションの容易さからは、自国内企業が
最も有利ではあるが、コストカット、高品質、業務継続の維持が可能であれば海外で行われて
も問題はない。アウトソーシング依頼元企業とアウトソーサーが資本関係のある関係会社であ
る場合も少なくない。資本関係があるアウトソーサーは、アウトソーシング依頼元企業の情報
システム部門やその他の部門が独立する形で設立され、依頼元企業と IBM などの大手アウト
ソーシング企業との合弁企業となる場合が多い。依頼元企業は、間接部門を外部に出すことで
コストカットが可能であり、資本を入れることで、関係会社としての支配力の行使が可能であ
る。大手アウトソーサーにとっては、合弁企業の設立により、長期的な収入源を確保したこと
になる。合弁企業の設立は、依頼元と大手アウトソーサーの間で Win-Win の関係になること
を目的に行われている。
従来、貿易が不可能であったサービスが BPO により、貿易可能になったことで、それらが
貿易品目に加わり、国際収支統計にも変化が起きている。サービス貿易については終末期にあ
った GATT で議論され、WTO の枠組みに組み込まれたのだが、サービス貿易統計の初期段階
であるためか、WTO と IMF の間ではサービス貿易の定義に違いがあり、それぞれに準拠した
各国の統計に含まれるデータに違いがある。各国の統計においても例外事項が多くある場合が
ある。
GDP や国際収支などの統計でも従来の調査との整合性を保つためにアウトソーサーのビ
ジネス結果は、様々な項目に分散されてしまったり、サービス産業を加えた国際産業分類の変
更などが発生したりしたために統計を用いてアウトソーシング産業全体をマクロ的、時系列的
に把握するのは難しい。したがって、アウトソーシング・ビジネスの研究では、現状の統計で
用いられる北米産業分類システム(North American Industry Classification System 以下、
NAICS と略す)や国連によるすべての経済活動のための国際標準産業分類(International
Standard Industrial Classification of All Economic Activities 以下、ISIC と略す)等の国際
産業分類の解説や IMF が発行している国際収支マニュアル11を理解した上で必要に応じて合
算、分割を行い、統計ごとに書かれているフットノートなどに書かれた例外情報を見逃さない
ようにして調査・分析をする必要がある。
BPO は、顧客企業がビジネスを行う上で必要な財務、法務、コンピュータ・サービスなどの
サービスをアウトソーサーが提供するサービスであり、
サービス・ビジネスとして分類される。
ここでは、アメリカ商務省経済分析局が毎月提供している Survey of Current Business を用い
て貿易に関する検証を行う。
図 1 に示す様に Survey of Current Business 内に U.S. international services があり、この
中に Cross-Border Trade and Sales Through Affiliates がある。この Cross-Border Trade and
マニュアルとは、U.N. Department of Economic and Social Affairs, Statistics Division
(2002)や U.S. Department of Commerce, Bureau of Economic (2002)、および、IMF
Committee on Balance of Payments Statistics (1993)をさす。
11
5
Sales Through Affiliates の中の Other Private Services の中に Business, Professional, and
Technical Services12がある。この Business, Professional, and Technical Services には、
Computer and information services カテゴリ、Research, development, and testing services
カテゴリ、Management, consulting, and public relations services カテゴリ、Construction,
architectural, and engineering, services カテゴリなどのカテゴリがある。Computer and
information services カテゴリは、
Computer and data processing services 項目、
Database and
other information services 項目の 2 つに分解されている。これらの項目により、詳細なサービ
ス・アウトソーシング貿易に関する情報を得ることができる。
図 1:Survey of Current Business におけるサービス・アウトソーシング関連項目
U.S. Department of Commerce, Bureau of Economic Analysis, Balance of Payments
Division (2005)を参照。
12
6
現在、アメリカ国内で、オフショア BPO がアメリカから雇用を奪っていくという主張が出
ている13。しかし、オフショア BPO は、アメリカの雇用機会を減らすほどの脅威のある産業に
育っているのであろうか、次の章では、この点を中心にして、アメリカにおけるサービス・ア
ウトソーシングの状況を検討する。
3.サービス・アウトソーシングの貿易および国内産出状況
アメリカにとってアウトソーシングが有害であると叫ぶ識者14の第一の攻撃対象は、アメリ
カ国外へのオフショアリングである。経済ニュースその他から一般的に入手できる情報から想
像すると、アメリカ国内で発生するアウトソーシングの大半は、サービス業関連はインド、製
造業関連は中国をはじめとする海外にオフショアリングされることが多いと思われている。こ
こでは、アウトソーシングのうち、BPO を中心とするサービス・アウトソーシングに絞って、
オフショアリングが多いのか少ないのかに関する調査・検討を行う。オフショア BPO に関し
ては、インドを主体とした研究が数多く存在している15。これらの本の中では、インド側の統
計が使われており、サービス貿易が急増している実態を示している。
BPO は、インターネットを介してリアルタイムでアメリカ国内とインドなどの諸外国の間を
結んでサービスの提供が行われていると思われているが、産業別の貿易状況と GDP 統計をみ
るとアメリカ国内で BPO されていることの方が多く、しかも、貿易額では、アメリカが諸外
国からアウトソーシングを輸入している金額より、アメリカが諸外国に輸出している金額の方
が大きい。アメリカは、ICT を活かした BPO の発祥の地ともいえる国であり、IBM、EDS な
どの BPO 大手企業はアメリカ国内に本社が存在しており、ヨーロッパ、日本などからオフシ
ョア BPO を受けている。現状では、統計資料からアメリカにとって BPO は、輸入産業ではな
く、輸出産業だという実態が浮かび上がる。
表 2 は、商務省の月報である Survey of Current Business の中にあるデータを用いて作表し
た。輸出と輸入に分け、財・サービス・所得収支、サービス収支、ビジネス・プロフェッショ
ナル・技術サービス産業収支の金額を示している。ビジネス・プロフェッショナル・技術サー
ビス産業収支については、
さらに細かい分類を行い、
それぞれを関係会社と独立企業に分けた。
アメリカ商務省経済分析局の定義によれば、関係会社とは議決権行使が可能な 10%以上の資
本が投下された企業である。全世界の行にあるコンピュータと情報サービスの合計欄(85 億 1
百万ドル)は、コンピュータとデータ処理サービス項目とデータベースと他の情報サービス項
目の関係会社欄と独立企業欄の合計が記載されている。しかし、関係会社欄はデータ処理サー
13
日本政策投資銀行ワシントン駐在員事務所(2005)1 頁(要約)
、15-18 頁
例えば、Lou Dobbs "Outsourcing harms America" Dunbar, Katherine Read (Eds.) (2006)
pp11-23
15 例えば、榊原英資(2001)、小島卓(2002)、小島眞(2004)、伊藤洋一(2007)などによる。
14
7
ビス項目とデータベースと他の情報サービス項目に分解されていない。全世界の行のデータ処
理サービス欄(39 億 87 百万ドル)とデータベースと他の情報サービス欄(26 億 14 百万ドル)
は、独立企業分のみの金額である。よって、全世界の行にあるこの 2 つの欄の合計金額(66
億 1 百万ドル)はコンピュータと情報サービスの合計欄と一致しない。一致させるためには、
関係会社の行にあるコンピュータと情報サービスの合計欄(19 億ドル)を含めなくてはいけな
い。ヨーロッパおよび各国の値は独立企業分のみである。
表 2:アメリカの 2004 年度サービス・アウトソーシング貿易統計(抜粋)
輸出
ビジネス・プロフェッショナル・技術サービス
コンピュータと情報サー
ビス
管理、
建設、
財、サー
研究、
装置の
オペレ
コンサ
建築、
ビ ス 、 所サービ
設置、
コンピュ デ ー タ 開 発 と
ーショナ
ルティン 法務サ エ ン ジ 産業工
得収支合ス合計 合計 広告
他
維持管
ータとデ ベ ー ス テ ス ト
ル・リー
グ と 広ービス ニアリン 学
計
理と修
合計 ー タ 処と 他 の サ ー ビ
ス
報サー
グ・サー
理
理 サ ー 情報サ ス
ビス
ビス
ービス
ビス
1,526,855 323,362 71,009
全世界
489
8,501
3,987
関係会社
(1)
(1)
37,236 (1)
独立企業
(1)
(1)
33,773
489
6,601
3,987
ヨーロッパ
495,347 138,312 13,474
カナダ
252,041 29,701
インド
(2)
(2)
106,681 36,004
日本
1,900 (1)
2,614
9,807
4,452
8,500
2,500 (1)
2,614
1,307
1,952
3,923
2,991
842
5,117
5,439 26,656
(1)
3,923
2,991
(1)
842
(1)
5,117
8,234 26,656
2,795 (1)
(1)
221
3,281
1,957
1,324
691
653
2,004
942
231
1,654
2,441
3,305
91
1,145
767
377
85
143
340
126
51
273
411
1,356
641
725
4
226
209
18
20
22
14
107
21
61
44
207
2,786
30
326
109
218
236
47
658
71
148
1,011
85
174
輸入
ビジネス・プロフェッショナル・技術サービス
財、サー
ビ ス 、 所サービ
得収支合ス合計 合計
計
コンピュータと情報サー
ビス
広告
2,110,559 290,312 40,737
全世界
合計
923
関係会社
(1)
(1)
28,218 (1)
独立企業
(1)
(1)
12,519
923
管理、
建設、
研究、
装置の
オペレ
コンサ
建築、
設置、
コンピュ デ ー タ 開 発 と
ーショナ
ルティン 法務サ エ ン ジ 産業工
他
テ
ス
ト
維持管
ータとデ ベ ー ス
ル・リー
グ と 広ービス ニアリン 学
理と修
ー タ 処と 他 の サ ー ビ
報サー
グ・サー
ス
理
理 サ ー 情報サ ス
ビス
ビス
ービス
ビス
5,804
1,719
3,800 (1)
2,004
283
(1)
4,727
5,023
2,900
3,500 (1)
1,523
754
462
162
673
1,719
283
1,827
754
462
(1)
162
(1)
673
1,184 21,026
1,023 (1)
(1)
161 21,026
ヨーロッパ
614,519 123,629
5,224
416
401
193
207
1,274
584
442
171
97
269
28
カナダ
294,697 21,071
2,873
89
1,189
1,165
24
172
336
58
75
18
191
18
528
514
4
148
316
15
306
7
9
8
47
36
21
52
5
48
42
5
10
1
インド
日本
(2)
(2)
200,884 21,254
単位:百万USドル
注:(1) 分割不可能 (2) 不明もしくは非公開
出典:"U.S. International Services: Cross-Border Trade 1986-2004, and Sales Through Affiliates,
1986-2003", Survey of Current Business(2005)アメリカ商務省経済分析局および、
"U.S. International Transactions Accounts Data", Survey of Current Business
(2006)アメリカ商務省経済分析局
著者が出典より、2004 年度データの一部分を抽出して作表
8
2 (2)
31 (2)
1,543
731
(2)
(2)
2004 年度のアメリカの Survey of Current Business における財・サービス・所得収支は、
総輸出 1 兆 5,268 億 55 百万ドルに対し、総輸入 2 兆 1,105 億 59 百万ドルである。このうち、
サービス収支は、
輸出 3,233 億 62 百万ドルで総輸出に占めるサービスの割合は 21.2%であり、
輸入 2,903 億 12 百万ドルで総輸入に占める同割合は 13.8%である。このうち、サービス・ア
ウトソーシング貿易額は、輸出 710 億 9 百万ドルで総輸出に占めるサービス・アウトソーシン
グ貿易の割合は 4.7%であり、サービス収支に占める同割合は 22%である。輸入は、407 億 37
百万ドルで同割合はそれぞれ 1.9%、14%である。
表 2 にはないが、
同じ統計にある同年の財収支は、
輸出 8,075 億 16 百万ドル、
輸入 1 兆 4,729
億 26 百万ドルであり、代表的な財のひとつである自動車の貿易は、輸出 892 億 13 百万ドル、
輸入 2,281 億 95 百万ドルである。自動車貿易が総輸出に占める割合は 5.8%であり、財収支に
占める割合は 11%である。輸入の同割合は、それぞれ 10.8%、15.5%である。サービス・アウ
トソーシング貿易は、輸出面では自動車貿易と遜色なくアメリカの代表的な輸出産業のひとつ
であるといえ、輸入面からみると自動車貿易とは反対に影響力は小さい。
サービス・アウトソーシングのオフショアリング先をオフショアリング依頼元との資本関係
で見たのが、関係会社・独立企業の区分である。輸出に関しては、関係会社と独立企業の割合
が 50:50 に近いのに対して、輸入は関係会社からの輸入が 2 倍以上多い。輸入が関係会社を通
したものが多いということから、アメリカ国内の BPO 依頼元は、アメリカ国内に拠点を持つ
IBM や EDS などアメリカ系アウトソーサーやタタやウィプロなどのインド系アウトソーサー
に BPO を発注し、アウトソーサーが海外の関係会社にさらに BPO を発注しているか、依頼元
自身で海外に関係会社を設立して、そこに BPO を発注していると推測できる。
サービス・アウトソーシング貿易の地域・国別の状況をみると対ヨーロッパと対日本は全体
傾向と同じであり、アメリカの輸出額が輸入額を大きく上回っている。しかし、対カナダでは
輸出入額の差は少なくなっている。コンピュータと情報サービス項目は輸出入とも 11 億ドル
を超えており、コンピュータと情報サービス産業の最大の貿易相手国となっている。その中で
特にコンピュータとデータ処理サービス項目では、輸入額が超過している。インドは、その絶
対額が少ないもののコンピュータとデータ処理サービス項目においてカナダ同様に輸入額が超
過している。
表 3 は、同じくアメリカ商務省が発表しているアメリカの GDP 統計からの抜粋である。こ
こでの調査資料として、2006 年 12 月 11 日に発表された産業別付加価値16(Value Added by
Industry)の 2003 年から 2005 年までのデータを用いる。
産業別付加価値は、名目 GDP と同様に産業別生産額から中間生産物の価格を差し引いて算
出されている。表 2 との相関をみるために表 3 の中から 2004 年度のデータをみていく。名目
U.S. Department of Commerce, Bureau of Economic Analysis, Balance of Payments
Division (2006a)を参照。
16
9
GDP の中には、純輸出分としてネットの国際収支(総輸出−総輸入)が含まれてはいるが、名
目 GDP 内のある項目に占める Survey of Current Business の同じ項目の割合を出し、その割
合を元にして産業毎の対比を行う。この作業により算出された数値を基にしてサービス・アウ
トソーシングに関する輸出と輸入の影響力を探る。
表 3:アメリカ名目 GDP 産業別付加価値(抜粋)
Value Added by Industry
名目 GDP
2003
1 Gross Domestic Product
2 Private industries
12
13
21
45
Manufacturing
Durable goods
Motor vehicles, bodies and trailers, and parts
Information
46
Publishing industries (includes software)
47
Motion picture and sound recording industries
48
Broadcasting and telecommunications
49
Information and data processing services
59
60
61
Professional and business services
Professional, scientific, and technical services
Legal services
62
Computer systems design and related services
Miscellaneous professional, scientific, and
63
technical services
89Addenda:
90 Private goods-producing industries/1/
2004
2005
10,960.8
11,712.5
12,455.8
9,542.3
10,221.5
10,892.2
1,359.3
1,434.8
1,512.5
771.8
819.6
854.3
124.1
109.8
95.4
489.1
529.2
555.2
123.5
133.6
150.2
38.3
39.9
40.5
277.9
301.4
304.1
49.3
54.2
60.4
1,248.9
1,346.4
1,458.8
733.1
794.9
864.1
154.2
169.1
180.9
124.3
131.1
140.8
454.6
494.6
542.5
2,113.3
2,289.9
2,480.1
91 Private services-producing industries/2/
7,429.1
7,931.6
Information-communications-technology-producing
92
421.2
448.5
industries/3/
単位:10 億ドル
出典:米国商務省経済分析局ウェブサイト 公開日: December 11、2006
URL:
http://www.bea.gov/bea/industry/gpotables/gpo_action.cfm?anon=149&table_id=18886&
format_type=0
注:
Value Added by Industry
産業別付加価値は、産業別の総生産額から中間生産物の価格を差し引いた値を表す。産業別付加
価値の合計が名目 GDP 金額になり、産業別付加価値は名目 GDP を細分化したものである。
1. agriculture, forestry, fishing, and hunting; mining; construction; and manufacturing
から構成される。
2. utilities; wholesale trade; retail trade; transportation and warehousing; information;
finance, insurance, real estate, rental, and leasing; professional and business
services; educational services, health care, social assistance; arts, entertainment,
recreation, accommodation, and food services; and other services, except government
から構成される。
3. computer and electronic products; publishing industries (includes software);
information and data processing services; and computer systems design,
related services から構成される。
著者が米国商務省経済分析局ウェブサイトより、条件を指定してデータを抽出して作表した。原表の一部抜粋である。
8,412.2
486.7
産業別付加価値によれば、2003 年度から 2005 年度までで大きな変化はなく、2004 年度の
10
データに特異性はみられない。2004 年度の名目 GDP は 11 兆 7,125 億ドルである。Survey of
Current Business の総輸出額(財・サービス・所得輸出合計額)は、1 兆 5,268 億 55 百万ド
ルであり、名目 GDP の 13%であり、同総輸入額は 2 兆 1,105 億 59 百万ドルであり、名目 GDP
の 18%である。
ICT 系データ処理サービス(Information and data processing services)産出額は 542 億ド
ルであり、ICT 系システム設計関連サービス(Computer systems design and related services)
産出額は 1,311 億ドルであり、Survey of Current Business の ICT 系オフショア BPO である
コンピュータと情報サービス項目にほぼ該当する金額はこの両者を合算した 1,853 億ドルとな
る。Survey of Current Business のコンピュータと情報サービス輸出額は 85 億1百万ドルで
あるので比率は 4.6%になり、同輸入は 58 億 4 百万ドルであるので比率は 3.1%となる。同様
に法務サービス産出額は 1,691 億ドルであり、同輸出額は 39 億 23 百万ドルであるので比率は
2.3%であり、同輸入額は 7 億 54 百万ドルであるので比率は 0.4%になる。また、構成項目が若
干異なるが、同プロフェッショナル・科学・技術サービス産出額は 7,949 億ドルであり、同ビ
ジネス・プロフェッショナル・技術サービス輸出額は 710 億 9 百万ドルであるので比率は 8.9%
であり、同輸入額は 407 億 37 百万ドルであるので比率は 5.1%になる。
ICT のオフショア BPO 輸出の比率が 4.6%で輸入の比率が 3.1%である。ICT のオフショア
BPO に関して、その貿易量は小さく、産業内の貿易は活発ではないといえる。
アメリカにおけるビジネス・プロフェッショナル・技術サービス統計を使って、ICT 関連の
みの項目について年毎の推移をまとめたのが、表 4 である。1986 年から収集された統計であ
るが、1986-2000 年までの関係会社間取引データが存在しないため、全体として関係会社間の
取引を含まないで作表した。この表では、アメリカにおける BPO 輸出の伸びに比べて BPO 輸
入の伸びが低いことがわかる。なお、2001 年以降の関係会社間の取引をみると関係会社間取引
を加えた場合には全体として輸入額が増加するが、過去に輸出額を超えたことはない。
以上、Survey of Current Business、名目 GDP の調査によって、アメリカにおけるオフシ
ョア BPO は、少なくとも現状までは輸出主導であり、アメリカの雇用を脅かすものではなく、
むしろ、アメリカの雇用を増やす役割を担っていると結論付けることができる。増えた雇用の
中身が、アメリカ国民なのか、海外からの移入者なのかはここからは判断できない。
表 4:アメリカのオフショア BPO の推移(ICT 関連サービス)
11
アメリカオフショアBPOの推移
出典:"U.S. International Services: Cross Border Trade 1986-2004, and
Sales Through Affiliates, 1986-2003",
4,500
金額(単位:百万USドル)
4,000
Survey of Current Business
2005年10月発表版
U.S. Department of Commerce,
Bureau of Economic Analysis,
Balance of Payments Division.
3,500
3,000
2,500
2,000
1,500
1,000
500
19
86
19
88
19
90
19
92
19
94
19
96
19
98
20
00
20
02
20
04
0
年
Receipts Computer and
data processing services
Receipts Database and
other information services
Payments Computer and
data processing services
Payments Database and
other information services
4.オフショアリングに代わる方法としての労働者の移入
オフショア BPO に代わる方法としては、BPO をアメリカ国内で行う方法と自社内でインソ
ーシングする方法がある。アメリカにとってアウトソーシングが有害であると主張する識者に
とって、第二の攻撃対象がアメリカへの労働者の移入である。アメリカ国内のアウトソーシン
グ・ビジネスは非常に活発であり、主にアメリカ国内の企業やヨーロッパ、日本の企業から BPO
の発注を受けている。日経 BP 社が 2003 年 7 月 8 日に Web 上の ITPro で流したニュース17で
は以下の様に報じている。
「Gartner 社が 2003 年 4 月に実施した調査では、BPO サービスを
導入している米国企業 250 社のうち、すでに海外へアウトソーシングしている企業は 1%、今
後 2 年間に海外へアウトソーシングする予定の企業は 19%だった」
。オフショア BPO は関心
を集め、
将来的に増える予測があるものの 2003 年時点では調査対象となったアメリカ企業 250
社のうちの 1%しかオフショア・アウトソーシングを行っておらず、大半がアメリカ国内でア
ウトソーシングされていることを示している。これは、前述した 2004 年度の名目 GDP におけ
る ICT 系サービス産出額とオフショア BPO 輸入額との比較結果で出た 3.1%という値に近い。
輸入には頼っていないことがわかる。
アウトソーシング企業が求める労働者は、専門知識を持った高機能労働者であり、かつ、低
コストの人間である。アメリカ国民として、大学や大学院を卒業した人間は専門知識をもって
いるが、給与が高く、彼らだけを使っていてはビジネスとして成立しない。これら高機能高コ
スト労働者の代わりとなる高機能低コスト労働者は、海外で英語による高等教育を受けてアメ
リカに移入してくる人間である。多国籍企業がインドなどで現地採用して、アメリカ国内に送
り込むのである。これらの人々の動向を調査するには、アメリカの H-1B ビザ取得者数を調べ
17
早坂利之(2003)を参照。
12
ればよい。H-1B ビザは、専門職労働者向けの一時入国ビザで、アメリカ国内で調達できない
高機能な専門職労働者の不足を補うことを目的にし、アメリカ国内企業がスポンサーとして身
元保証人を引き受けることで発給される。新規ビザの有効期限は 3 年間で、さらに継続ビザと
して 3 年間の延長を行うことができる。ビザは入国の際に必要であり、発給は入国に先立って
行われるため、
発給されたものの入国しない者やビザ有効期間内にアメリカから祖国に帰国し、
アメリカに再入国しない者を正確に把握することはできない。また、グリーンカードの取得や
その他の方法によるビザや永住権の取得者のうちで、専門職労働者の数を把握できる資料はな
く、アメリカ国内に滞在する海外からやってきた専門職労働者を正確に把握するすべはない。
ここでは過去 3 年間の H-1B ビザ発給者数を専門職労働者の移入の最大数として考える。
表 5:2004 年度アメリカ H-1B ビザ取得者上位 20 カ国
市民権の地域 / 国
専門職業を持っている労働者
(H1B 、 H1B1)
83,536
32,134
24,077
17,917
15,447
14,636
14,322
14,259
11,498
11,026
9,969
9,812
9,111
7,738
6,324
6,132
6,096
5,195
5,112
3,996
1インド
2イギリス
3カナダ
4メキシコ
5フランス
6中国(中華人民共和国および台湾)
7日本
8ドイツ
9ベネズエラ
10コロンビア
11アルゼンチン
12ブラジル
13大韓民国
14オーストラリア
15イスラエル
16イタリア
17スペイン
18トルコ
19フィリピン
20ロシア
単位:人、%
出典:Office of Immigration Statistics, Department of Homeland Security,
2004 Yearbook of Immigration Statistics (2005) Department of
Homeland Security, p106 Table 25
注:上記出典を用いて、筆者が H-1B 上位 20 カ国を抽出し、編集した。
尚、全ての国々の合計は、21 位以下の国々も含む。
%(全ての 国々の合計 =
387,147)
21.6%
8.3%
6.2%
4.6%
4.0%
3.8%
3.7%
3.7%
3.0%
2.8%
2.6%
2.5%
2.4%
2.0%
1.6%
1.6%
1.6%
1.3%
1.3%
1.0%
表 5 は、2004 Yearbook of Immigration Statistics18による 2004 年度の H-1B ビザ発給先国
の上位 20 位までを抽出したものである。 2004 年の 1 年間だけでインドが全体の 21.6%、
83,536 人を専門的な職を持っている労働者としてアメリカに送り込んでいるのがわかる。他の
国よりもはるかに多くの高機能低コスト労働者がインドから移入していることは事実である。
18
U.S. Department of Homeland Security, Office of Immigration (2005) p106, Table 25
13
2 位はイギリスであり、
英語を話すということから多くの人材が入っているが、
その数は 32,134
人であり、インドの半分にも満たない。3 位のカナダと 4 位のメキシコはお隣同士の国で
NAFTA を形成する同盟国であるので人材の移入が多いのは納得できるが両国を合わせてもイ
ンドの半分にも満たない。5 位から 8 位までは英語が得意とはいえないが、高等教育が充実し
ており、専門知識を持った人間が多くいる国である。5 位から 10 位までの国の合計人数でやっ
と 1 位のインドの人数に近づく。
表 6 は、アメリカの H-1B ビザでの取得者数の推移である。ビザはその制度の変更が激しい
ため、統計データの継続的な把握に制約が多い。2004 年度の統計では、1989 年以降のデータ
が掲載されているが、1997 年のデータは掲載されておらず、国別の H-1B ビザ発給数も 1998
年以降しか利用できない。インドは、この期間、毎年、発給数第 1 位で H-1B ビザ発給数全体
の 20-30%を占めている。その推移から、インドからの専門職労働者の比率が上昇していると
いうことはなく、横ばいもしくは減少していることがわかる。日本政策投資銀行ワシントン駐
在員事務所(2005)19では、アメリカの ICT 関連雇用者数を 2000 年末と 2003 年末で比較し、
アメリカの ICT 関連雇用者数がオフショアリングにより減っていると論じている。しかし、こ
の期間もインドからの専門職労働者の移入は減少していない。もし、雇用の減少がオフショア
リングによるものであれば、インドからの専門職労働者の移入も減少するはずである。雇用者
数の減少の主原因はオフショアリングではなく、2001 年の IT バブル崩壊の影響によるものが
大きい。
2004 年時点のアメリカ国内の労働者数は、約 1 億 5 千万人20であり、失業者は約 700 万人
である。H-1B ビザの主な対象となるプロフェッショナル・ビジネス・サービスのアメリカ国
内就業者数は約 1700 万人であり、ビザ発給者全体の 35 万人は就業者数の 2%にあたる。これ
以外の製造業、建築業などに従事する専門職にも H-1B ビザが発給されるが、製造業、建設業
を合わせたアメリカ国内就業者総数は 5 千万人を超える。専門職労働者である年間 35 万人の
移入がこれら 1,700 万人もしくは 5,000 万人に与える影響を大きいとみるか、小さいと見るか
により、アメリカへの専門職労働者の移入がアメリカ国内労働市場を悪化させている、させて
いないというそれぞれの結論に結びつき、論争が起き、問題視されている。アメリカの H-1B
ビザの発給状況および専門職労働者の不足という労働市場の状態を見る限りにおいて、アメリ
カ国内のアウトソーシング・ビジネスに海外から高機能低コスト労働者が移入し、アメリカの
専門職労働市場からアメリカ国民を押しのけているとは言いづらい。アウトソーシング有害論
の攻撃対象の裏付けになる数値にはなっていない。
表 6:アメリカ H-1B 取得者数推移
19日本政策投資銀行ワシントン駐在員事務所(2005)4-7
20
頁。
U.S. Department of Labor, Bureau of Labor Statistics (2006)を参照。
14
アメリカH- 1Bビザ取得者数推移
700,000
600,000
500,000
400,000
300,000
200,000
100,000
0
19
98
19
99
20
00
20
01
20
02
20
03
20
04
35.0%
30.0%
25.0%
20.0%
15.0%
10.0%
5.0%
0.0%
Specialty occupations (H1B)
India
%=India/All H1B
単位:人および%
出典: Yearbook of Immigration Statistics
U.S.Department of Homeland Security
のNONIMMIGRANTS ADMITTED
AS TEMPORARY WORKERS, EXCHANGE
VISITORS, AND INTRACOMPANY
TRANSFEREES BY REGION AND
COUNTRY OF CITIZENSHIPデータを用い
て作表した。
http://www.dhs.gov/ximgtn/statistics/
publications/yearbook.shtm
5.海外直接投資の状況
オフショアリングの全体像をみるには、海外直接投資についても調査を行わなくてはならな
い。アメリカから見た海外直接投資は、対外直接投資としてアメリカ企業が海外に拠点を設け
るため、もしくは、対内直接投資として海外企業がアメリカに拠点を設けるために資本の投下
を行い、企業支配力の行使を目的に行われる。新規企業を設立することもあれば、既存企業を
買収することもある。アメリカの直接投資に関しては様々な先行研究がある。アジアのサービ
ス貿易やオフショアリングに関しては、井出21やチョウドリ22が論じている。しかし、いずれの
研究でもストックとフローの両面および対内、対外の両面の 4 つの視点から論じたものはない
ので、アメリカ商務省経済分析局の海外直接投資に関する統計23を用いて、ストックとフロー
を対外・対内の分類で見ることにする。オフショアリング関連で注目すべき分類は以下の 4 つ
である。
・ U.S. Direct Investment Abroad, Capital Outflows Without Current-Cost Adjustment
・ U.S. Direct Investment Position Abroad on a Historical-Cost Basis
・ Foreign Direct Investment in the U.S., Capital Inflows Without Current-Cost
Adjustment
・ Foreign Direct Investment Position in the United States on a Historical-Cost Basis
表 7:対外直接投資状況
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
井出文紀「サービスのオフショアリングとアジア」関下稔他編(2006) 138-161 頁に掲載
チョウドリ・マハブブル・アロム(2006) 27-28 頁
23 アメリカ商務省経済分析局 の Web サイトで筆者が条件を指定し、データを取り出した。
U.S. Department of Commerce, Bureau of Economic Analysis, Balance of Payments
Division.(2006b)
21
22
15
U.S. Direct Investment Abroad, Capital Outflows Without Current-Cost Adjustment
全産業合計
全世界合計
209,392
142,627
124,873
134,946
129,352
222,437
アジア・パシフィック
30,831
22,449
12,927
23,277
16,592
78,409
インド
269
92
214
919
354
1,119
情報産業
全世界合計
14,180
16,531
-2,838
-1,200
3,918
-3,526
アジア・パシフィック
4,468
21
107
-1,048
1,349
-675
インド
-25
-107
-52
7
-9 (D)
(D)
-12,714
12,999
736
6,932
3,115
プロフェッショナル・科学・技術サービス産業
全世界合計
7,238
5,441
3,739
アジア・パシフィック
840
-501
1,048
インド
29
-6
-19
U.S. Direct Investment Position Abroad on a Historical-Cost Basis
全産業合計
全世界合計
1,215,960
1,316,247
1,460,352
アジア・パシフィック
190,621
207,125
227,418
インド
2,390
2,379
2,496
情報産業
全世界合計
50,062
52,345
42,996
アジア・パシフィック
6,238
6,068
6,115
インド
-28
-144
-155
-1,082
1,704
99
3,156
1,676
123
8,389
1,774
379
4,281
436
43
1,616,548
270,086
4,232
1,769,613
270,830
4,868
2,051,204
362,833
7,677
2,069,983
376,849
8,456
49,155
7,297
55,479
9,684
2,048
45,167
13,712
764
49,202
13,514
792
41,723
5,218
143
46,728
6,962
149 (D)
プロフェッショナル・科学・技術サービス産業
全世界合計
29,968
32,868
34,306
31,068
35,832
アジア・パシフィック
8,607
8,350
9,013
9,791
11,616
インド
155
158
108
231
377
単位:百万USドル (簿価・ネット・ベース)
注:(*) 0ではない、-$500,000 から +$500,000 の範囲を示す
(D) 個別企業のデータの公表を避けるためにデータが表示されないようにされたことを示す
出典:米国商務省経済分析局ウェブサイト
URL: http://www.bea.gov/bea/international/ii_web/timeseries2.cfm?
econtypeid=1&dirlevel1id=1&Entitytypeid=1&stepnum=1
筆者が米国商務省経済分析局ウェブサイトより、条件を指定してデータを抽出して作表した
直接投資は、
フローとしての直接投資額とストックとしての直接投資残高が最も基本的なデ
ータとなる。これを簿価ベース、ネットで集計したのが上述の分類にあたる。なお、これらの
統計は、輸出と輸入が別れた表となっているため、輸出入の両面を記載した国際収支表とは違
い、海外流出分をマイナス表記で表していない。例えば、U.S. Direct Investment Abroad,
Capital Outflows Without Current-Cost Adjustment のプラス標記は海外流出分となる。これ
らの統計を全産業、情報産業(Information)
、プロフェッショナル・科学・技術サービス産業
(Professional, scientific, and technical services)の 3 つの区分で分け、さらに全世界、アジ
ア・パシフィック地域、インドの 3 つの区分で分けて作表した。産業を情報産業とプロフェッ
ショナル・科学・技術サービス産業に特定したのは、BPO を中心としたサービス・アウトソー
シングに分析の的を絞るためである。商務省経済分析局にある対外直接投資データは 1998 年
度、同対内直接投資データは 1996 年度までは SIC ベースでの集計であり、それ以降の同海外
直接投資データは NAICS ベースの集計となっている。ここでは、統計の連続性を考慮し、
16
NAICS ベースの集計である 1999 年以降を用いて分析を行う。
表 7 を用いて、対外直接投資の全世界・全産業の総額をみていくと 2005 年度の直接投資額
は-127 億 14 百万ドルである。2004 年の直接投資額が 2003 年度に比べて、172%の伸びがあ
ったのでその反動として、2005 年度はマイナスになったと推測できる。1999 年から 2004 年
までの直接投資額の上下は、1,248 億 73 百万ドル(2001 年)から 2,224 億 37 百万ドル(2004
年)の間である。
2005 年度の直接投資残高は 2 兆 699 億 83 百万ドルで 2004 年度とほぼ同じ水準を保ってい
る。1999 年から 2005 年までは順調に残高を伸ばし、7 年間で 170%の伸びを示している。2005
年の全世界・情報産業の直接投資残高は、全世界・全産業の 2.7%を占めている。全世界・プロ
フェッショナル・科学・技術サービス産業の直接投資残高は、同 2.4%とほぼ同様な水準を示し
ている。しかし、情報産業が 1999 年からほぼ横ばいであるのに対し、プロフェッショナル・
科学・技術サービス産業は、1999 年から 2005 年で 164%の伸びを示している。BPO を中心と
したサービス・アウトソーシングの規模は確実に大きくなっている。
2005 年度の情報産業の対外直接投資は、
全世界への直接投資額が 69 億 32 百万ドルであり、
そのうち、アジア・パシフィック地域への投資が 31 億 15 百万ドル、44.9%と約半分を占める。
この内訳は表 6 にはないが、香港へ 13 億 62 百万ドル、シンガポールへ 6 億 31 百万ドル、日
本 5 億 18 百万ドルとなっており、
この 2 カ国 1 地域への投資額でアジア・パシフィックの 80.6%
を占めている。インドへの投資額は 1999 年以降、マイナスもしくは 7 百万ドル程度であり、
残高も 2004 年までは最高で 1 億 49 百万ドルと大きくないが、2005 年に突如として 20 億 48
百万ドルを計上しており、大型の投資案件があったことをうかがわせる。
プロフェッショナル・科学・技術サービス産業に関する対外直接投資をみていくと年々増加
しているのがわかる。1999 年から 2005 年までの全世界への直接投資額は上下にばらつきが多
く、一定の結論を得ないが、アジア・パシフィック地域は、毎年、全世界への投資額の 10%か
ら 53%を占めており、その重要性がわかる。さらに直接投資残高の伸びは前述のように 164%
であるが、アジア・パシフィック地域では 157%、インドへは実に 511%に伸びている。これは、
BPO を中心としたサービス・アウトソーシングについては、アジア・パシフィックの中ではイ
ンドを最重要視しており、投資が増えていると見ることができる。
表 8 で対内直接投資の状況をみていこう。1999 年から 2005 年までの全世界・全産業からア
メリカへの直接投資は、531 億 46 百万ドル(2003 年)から 3,140 億 7 百万ドル(2000 年)
の間の金額で行われており、年毎のばらつきが大きく、一定の傾向をみない。そのうち、アジ
ア・パシフィックは、21 億 4 百万ドル、1.3%(2001 年)から 137 億 55 百万ドル、25.9%(2003
年)の投資を行っている。インドからの直接投資は 1999 年から 2001 年まで、金額が公表され
ておらず、値を求めることができず、2002 年はマイナスなので同様に値を求めることができな
い。2003 年から 2005 年までの間は、それぞれ 1 億 25 百万ドル、2 億 78 百万ドル、7 億 25
17
百万ドルと年率で 222%、
261%に増え、
2003 年から 2005 年の 2 年間では 580%も伸びている。
同期間の年平均成長率は 240.7%になる。
表 8:アメリカへの海外直接投資状況
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
Foreign Direct Investment in the U.S., Capital Inflows Without Current-Cost Adjustment
全産業合計
全世界合計
283,376
314,007
159,461
74,457
53,146
122,377
99,443
アジア・パシフィック
15,876
19,912
2,104
13,008
13,755
21,867
21,681
インド
n.s.
n.s.
n.s.
-16
125
278
725
情報産業
全世界合計
81,894
25,207
51,472
5,153
1,380
8,646
2,296
アジア・パシフィック
-726
6,760
4,055
1,234 (D)
(D)
(D)
インド
n.s.
n.s.
n.s.
2 (*)
1
66
プロフェッショナル・科学・技術サービス産業
全世界合計
5,826
34,136
9,309
1,122
1,974
1,750
6,895
アジア・パシフィック
-242
782
771
70
-78
1,033
1,245
インド
n.s.
n.s.
n.s.
-1
93
224
701
Foreign Direct Investment Position in the United States on a Historical-Cost Basis
全産業合計
全世界合計
955,726
1,256,867
1,343,987
1,327,170
1,395,159
1,520,729
1,635,291
アジア・パシフィック
178,749
192,647
179,228
192,457
204,708
231,500
252,584
インド
n.s.
n.s.
n.s.
227
352
630
1,355
情報産業
全世界合計
78,035
146,856
146,913
136,362
135,841
137,871
142,556
アジア・パシフィック
9,850
16,158
15,095(D)
(D)
(D)
(D)
インド
n.s.
n.s.
n.s.
5
5
6
72
プロフェッショナル・科学・技術サービス産業
全世界合計
11,682
30,492
31,477
34,640
38,280
アジア・パシフィック
1,241
1,107
1,933
1,336
1,142
インド
n.s.
n.s.
n.s.
87
179
単位:百万USドル (簿価・ネット・ベース)
注:(*) 0ではない、-$500,000 から +$500,000 の範囲を示す
(D) 個別企業のデータの公表を避けるためにデータが表示されないようにされたことを示す
n.s. いくつかの理由により、データは公表されない
出典:米国商務省経済分析局ウェブサイト
URL: http://www.bea.gov/bea/international/ii_web/timeseries2.cfm?
econtypeid=1&dirlevel1id=1&Entitytypeid=1&stepnum=1
筆者が米国商務省経済分析局ウェブサイトより、条件を指定してデータを抽出して作表した
38,209
1,909
404
41,879
3,050
1,105
情報産業において、1999 年から 2005 年まで、毎年の全世界からの対内直接投資額は、2001
年の景気後退の前と後で極端な差が出ている。1990 年 7 月に始まった景気拡大・好況期は、
2001 年 3 月に終了し、景気後退・不況期に入った。しかし、わずか 8 ヵ月後の同年 11 月には
新たな景気拡大期に入り、現在まで続いている24。この景気後退・不況期はいわゆる IT バブル
の崩壊である。1999 年から 2001 年まではそれぞれ、818 億 94 百万ドル、252 億 7 百万ドル、
24
全米経済研究所の景気循環を参照。National Bureau of Economic Research.(2006)
18
514 億 72 百万ドルの直接投資があったのに対して、2002 年から 2005 年は、それぞれ、51 億
53 百万ドル、13 億 80 百万ドル、86 億 46 百万ドル、22 億 96 百万ドルと、IT バブル不況前
の最大投資額であった 1999 年の 818 億 94 百万ドルの 1.7%(2003 年)から 6.3%(2004 年)の水
準に落ちている。直接投資残高でみた場合、1999 年から 2005 年の間は、1999 年から 2000
年で、188%とほぼ倍増しているが、その後、2000 年から 2005 年までの間は、1358 億 41 百
万ドル(2003 年)から 1469 億 13 百万ドル(2001 年)の間の水準を収まっている。
このことから、
2001 年の IT バブル不況は、海外の投資家からの投資額の減額を余儀なくされたが、既にアメ
リカに投資した資金の引き上げまでには至らなかったことを示している。これは、2001 年のア
メリカのマイナス成長が 8 ヶ月と短期に終了したことが大きな要因となっていると考えられる。
プロフェッショナル・科学・技術サービス産業への対内直接投資額は、2001 年前と 2001 年後
では、情報産業ほどの差が出ていないものの IT バブル不況の影響がみてとれる。しかし、対
内直接投資残高は、1999 年から 2005 年まで上昇傾向が続いており、その増加率は 358.5%で
あり、この 6 年間の年平均成長率は 123.7%であり、成長著しい産業であることがここからも
みてとれる。アジア・パシフィック地域からの投資額も同様に上昇している。直接投資は、2002
年、2003 年と減速したものの 2004 年に 10 億 33 百万ドル、2005 年に 12 億 45 百万ドルと急
成長している。対内直接投資残高についても 2002 年、2003 年と下がったものの 2004 年から
増加に転じている。1999 年から 2005 年の増加率は 245.8%である。インドからは、2003 年
93 百万ドル、2004 年 2 億 24 百万ドル、2005 年 7 億 1 百万ドルとそれぞれ年率で 241%、313%
の増加があり、アジア・パシフィック地域からの直接投資の急激な増加の背景にインドからの
直接投資があることがわかる。インドからの直接投資残高を見ると 2002 年の 87 百万ドルから
2005 年の 11 億 5 百万ドルへと 4 年間で 1,270%の驚異的な伸びを示している。しかし、この
伸びは元の値が小さかったからであり、この伸びがあっても絶対額としては大きくない。
以上のようにここ 2-3 年のアメリカとインドの間の BPO を中心としたサービス・アウトソ
ーシング産業に関する対外・対内直接投資の伸びが双方とも急激であるので、全体に占める割
合が低いにも関わらず、インドへのアウトソーシングの脅威という突出したイメージを作り出
していると考えられる。この急激な増加が、アメリカの識者を刺激し、アウトソーシング有害
論の一翼を担っているのは間違いない。
しかしながら、海外直接投資からみた情報産業、サービス・アウトソーシング産業の状況は、
全世界・全産業からみた相対的な金額および絶対額としても大きくなく、アメリカにとってア
ウトソーシングが有害である論拠にはなりえない。
6.おわりに
今までみてきた貿易統計、労働者の移入、海外直接投資の 3 点の状況から現状のアメリカに
とってアウトソーシングが有害であるという証拠は出てこなかった。むしろ、アメリカ自身が
19
アウトソーシングの輸出で新規雇用を生み出し、恩恵を得ているのではないかという見方ので
きる証拠が出てきた。本論文の結論は、BPO をはじめとするサービス・アウトソーシングは、
現状のアメリカにとって有害ではないということになる。
BPO は業務内容がユーザーに密着しており、従来の財の貿易に比べて、汎用的ではないとい
うところに特殊性がある。オフショア BPO で重要なのは、コストカットにつながる労働生産
性の向上、リスク管理を含めた業務品質の維持と顧客企業における事業の継続である。輸出国
のアウトソーサーがこの 3 点を提供して初めて輸入国が現れる。多くの場合、この 3 点は、法
体系や商習慣などの違いにより、特定の輸入国に対してのみ有効であり、同じ内容のものを他
の国に持っていっても役に立たない。BPO にはサービスの汎用性がないのである。BPO は、
昨今のグローバル規模での汎用化された部品の調達により、財としての ICT 製品が低価格にな
ってきたモジュラー理論25が当てはまるほど、汎用化はされていない。BPO をはじめとするサ
ービス・アウトソーシング産業を行う発展途上国がその産業の繁栄によって経済成長すれば、
国民所得が上昇し、低賃金を根拠とした労働生産性の違いによる優位は崩れる。すでにインド
と中国の平均的プログラマーの給与は同一水準であり、全世界の最低ランクを脱している。こ
れらの国では、最先端産業従事者と農業従事者との間の貧富の差が激しい格差社会となってお
り、全産業の平均賃金を先進国と比べれば依然として差は大きいが、BPO などの最先端産業に
従事する者同士の給与水準は、全世界で上昇し、その差を縮めている。
オフショア BPO をはじめとするサービス・アウトソーシング貿易が今後発展していくには、
低コスト、高品質、サービス継続性の向上の追求をしつつ、汎用化することが重要である。従
来の低コストの柱であった専門職労働者の低賃金に代わる要素が必要となっている。アメリカ
では、家庭に入った主婦を在宅勤務で雇い、自宅にあるブロードバンド・インターネットを利用
して業務を行わせて、低コストを実現している企業も出始めている26。 アメリカには、過去
の経験から高コスト下で労働生産性を向上させるノウハウがあり、最先端分野での技術力も高
く、応用力も高い。アメリカが今後もサービス・アウトソーシング輸出国として発展途上国の
追随を許さない可能性は高い。
アメリカから海外に仕事を依頼するオフショア BPO の拡大は難しいという見方もある。
2001 年の 9 月 11 日の同時多発テロにより、貿易を含む海外とのすべてのやり取りを規制する
法律が整備され、企業においても顧客情報など個人の情報が漏洩する危険を憂慮している。さ
らに企業におけるコンプライアンスが株主の関心事となり、国家、企業、国民のマインドすべ
てが保守的になってきている。
地政学的リスクもアメリカ企業に二の足を踏ませる一因となる。
インドはパキスタンなど隣国と紛争があり、中国は未だ社会主義国ということで、アメリカ企
業にとって、万が一の場合を考えると多くの業務をこれらの国にオフショア BPO するのはリ
25
26
例えば、善本哲夫・新宅純二郎・小川紘一 (2005) の報告による。
Friedman, Thomas L. (2005) pp36-38
20
スクが高いのである。CIO Magazine の"2006 Global Outsourcing Guide"27によると、各国の
アウトソーサー選択の指標として平均給与、英語熟練度、地政学的リスクがあげられている。
アメリカ企業が海外のアウトソーサーを選ぶ場合はコスト以外に英語熟練度、地政学リスクを
重視していることがわかる。
アウトソーシングの費用対効果が芳しくなかったという経験に基づく理由もある。1989 年に
アメリカコダック社が IBM 社にアウトソーシングをしたことが契機となり、多国籍企業にお
ける大型アウトソーシングが数々行われたが、数年前より、コダックを含めたこれらの大型案
件は見直しされ、アウトソーシングを止め、インソーシングへ戻っていく例が多数出てきた28。
企業がオフショア BPO の採用に慎重になってきて、国内での BPO、もしくは、インソーシン
グの採用が多くなっている。
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Field, Tom(1999)
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ター
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23
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