...

乙女ゲーム世界で主人公相手にスパイをやってい

by user

on
Category: Documents
10

views

Report

Comments

Transcript

乙女ゲーム世界で主人公相手にスパイをやってい
乙女ゲーム世界で主人公相手にスパイをやっています【
連載版】
味敦
タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト
http://pdfnovels.net/
注意事項
このPDFファイルは﹁小説家になろう﹂で掲載中の小説を﹁タ
テ書き小説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。
この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また
は﹁小説家になろう﹂および﹁タテ書き小説ネット﹂を運営するヒ
ナプロジェクトに無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範
囲を超える形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致し
ます。小説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。
︻小説タイトル︼
乙女ゲーム世界で主人公相手にスパイをやっています︻連載版︼
︻Nコード︼
N2290BO
︻作者名︼
味敦
︻あらすじ︼
この世界は乙女ゲームであるらしい。そして私の従兄はヒロイン
の担任教師であり、攻略対象の一人なのだという。メイン舞台に上
がらない脇役であることを生かし、ヒロインの行動を逐一メールし
て、イベント回避のための協力を行う私。
現実の、ロリコンワイセツ教師には明るい未来は待っていない。良
くて転勤、普通で辞職、へたをすれば警察に突き出されて全国ネッ
トで犯罪者だ。未成年相手に我慢する自信のないダメ従兄のため、
1
今日も私はスパイを続けるのだ。
﹁乙女ゲーム世界で主人公相手にスパイをやっています﹂の連載版
です。短編とは一部設定が異なる部分があります。︵主人公の苗字
など︶
☆8月23日書籍化しました。それに伴いまして本編と番外編の一
部を取り下げさせていただきました。番外編の更新は続けていきま
す。
2
7月:七夕小話
7月7日は七夕である。このイベントを知らない者は、日本には
いないと思う。
もちろん私も幼少期から、毎年笹の葉に短冊を提げていた。途中
からちょっと面倒になったりもしたんだけど、うちの場合、母親が
こういう﹃飾り物﹄が好きだったりするので、毎年新しい笹を買っ
てくる。そうすると、飾りも毎年作らないといけないんだよね。ま
あ、あまり小難しい飾りではないよ。折り紙で、輪つなぎとか、あ
みかざりとか、星とか、吹き流しとか提灯とかを作るんだ。
もし作り方を知らない人がいたら、ネットで検索してみて?びっ
くりするくらい簡単に、しかもそれっぽく作れるから。
短冊には穴を空けて、モールを通して括りつける。けっこう力作
になっちゃうと、毎年処分するのが惜しいんだけど、まあ、そこは
それ。
梅雨明けしてないことが多いから、驚異的な雨率を誇るこの日。
毎年毎年、織姫と彦星は天気予報とにらめっこしているに違いな
いと思うんだよね。
確かカップルになったことに浮かれた二人は毎日遊び呆けて仕事
を放棄した。それを咎められて天帝に引き裂かれてしまったのだ。
新婚だからということで許されたのは最初だけ、いつまでも仕事に
戻らないから怒ったんだろう、無理もない。
うん、私も今、盛大に抗議したい。
織姫と彦星よ、なぜ夏休みまで待ってくれなかったのだ。学期末
試験!学期末試験があるのに!私にとって、実に貴重な日曜日だっ
たのだ。勉強させろよ、おい。七夕飾りとか作ってる暇はないんだ
よ。
3
そんなわけで、私の願い事は﹃試験が無事に終わりますように﹄
﹃補習になりませんように﹄である。ぜひとも夜には晴れて欲しい。
﹁色気のない⋮⋮﹂
和兄が私の短冊を見て、そんなことをのたまった。失礼な。うち
の母親みたいに、﹃来年の結婚記念日には二人で温泉に行きたいで
す︵ハートマーク︶﹄なんて書くようなキャラじゃないのである。
母親の願い事は直接父親に言うべきだと思うよ。うん。ちなみに父
親は﹃家族がいつまでも幸せでありますように﹄と書いている。ま
ともだ。祖父は﹃健康第一﹄。それって願い事かな、標語じゃない?
﹁そういう和兄はどうなのよ?﹂
﹁これ﹂
そう言って和兄が笹に結びつけた短冊には、﹃一年が無事に過ぎ
ますように﹄と書かれてあった。⋮⋮もっとストレートに、﹃マリ
ア嬢が別の攻略対象と結ばれてくれますように﹄って書かないと通
じないと思うんだけどな。でもそう書いたら、母親に﹃それ、誰?﹄
と首をかしげられるのは間違いない。和兄がロリコンになりかねな
い校内一の美少女という説明で通じるだろうか。
﹁逆方向の色気ではあるけどさ。織姫と彦星だって困るんじゃない
の?﹂
ちなみに本来の七夕は、むしろ詩歌や書道などの技芸の上達を願
う日だったらしい。織姫が機織りなので、特に裁縫の腕の上達に効
果あるのだそうだ。
﹁今現在で一番切羽詰ってるというとこれだしな﹂
和兄はそう言って、﹁で﹂と続けた。
﹁特訓の方は、どうなんだ?言っておくが、テスト期間はそれに集
中するべき時間なんだからな?負担になるようならきっちり断れ。
ゴネるようなら俺からも叱っておくぞ?﹂
﹁そう思うなら、和兄が勉強手伝ってくれてもいいじゃない﹂
﹁さすがに、テスト期間中はダメだ。あとでカンニングだとか情報
漏えいだとか疑われても嫌だろう﹂
4
まあ、そのとおりである。
そんなわけで、来週頭からテスト終了まで約二週間の間、和兄は
我が家には寄りつかないと決めているらしい。
ロリコン予備軍のくせに変なとこは堅いんだから。いっそもう少
しお堅くなれば、マリア嬢だって脈なしだと諦めそうなのに。
﹁練習は、まだいいんだよ。けど、毎日っていうのがねえ⋮⋮﹂
ふう、と私はため息をついた。
﹁⋮⋮毎日、放課後⋮⋮?﹂
和兄はなんだか複雑そうな声で呟いて眉根を寄せたが、﹁⋮⋮ま
あ、学校だからな﹂と小さな声でぼやいた。
﹁まあ、これで飾りつけも終わったし。私は買い物に行くけど、和
兄はどうする?家でのんびり?﹂
﹁出かけるのか?﹂
意外そうな顔をした和兄に、私はうなずいた。前述のとおりの事
情なので、しばらく放課後に学校帰りの買い物はできそうにないの
である。まとめ買いをしておきたい。
﹁ルーズリーフとシャーペンの芯が、そろそろないんだよね。駅前
にある文房具屋さんまで行ってこようと思って﹂
﹁荷物持ちしてやろうか﹂
﹁別にいいよ、そこまで重くないし﹂
言いかけた私は、ふと別の可能性に気づいて首をかしげた。
﹁駅前のケーキ屋さんの七夕限定スイーツは、今年はプリンじゃな
かったと思うよ﹂
和兄は黙りこんだ。やっぱりそれが目当てだったんだろう。
さてさて、駅前の文房具屋さんである。
学校の最寄り駅と違い、私の家からの最寄り駅前にある文房具屋
さんはさほど大きくはない。半分は本屋になっているけど雑誌コー
ナーで占められてるし、新刊本以外を見つけるのはほぼ不可能とい
5
う代物だ。参考書とかが欲しければ学校の最寄り駅か、あるいはシ
ョッピングモールまで出かけた方がいい。
欲しいのはルーズリーフとシャーペンの芯だけだったので、さっ
そくそれを手にする。せっかくお買い物に来たんだし、他にも買う
ものないかなと思いながら視線を巡らせると、見覚えのある人物が
いた。
﹁月島先輩⋮⋮!?﹂
月島元生徒会長。聖火マリア高等学校の三年生である。
いやはや、驚いた。もしかして、駅一緒?家が近かったりするの?
私が声を上げたせいか、月島元生徒会長が気づいて振り返る。ど
こからかかった声か分からなかったのか、しばらく周囲を見回して
⋮⋮やがて私に気づいて穏やかに微笑んだ。
﹁やあ、こんにちは。学校外で会うのははじめてだね﹂
ぐはああ、いい声!ホンットにいい声だよなあ。なんか嬉しい。
ついでに私服姿もはじめて見た。言っては悪いが、こちらは地味
である。若いんだからもう少し若々しい格好でもいいんじゃないか
と思うんだけど、ゴルフ場ルックみたいと言ってイメージが伝わる
だろうか?良く言えばイギリスブランドばかり載ってるファッショ
ン雑誌に出てきそうな、シンプルなスタイルだ。本当にブランド物
かどうかはよく分からない。
私はひそかにテンションを上げつつ、月島元生徒会長の腕の中に
あったものに気づいて首をかしげた。
﹁筆ですか?﹂
そうなのである。書道とかに使う筆だ。あまり日常的なものじゃ
ない気がする。選択書道とかとってるのかな。
﹁ああ。買い物か。⋮⋮うん、七夕だろう?﹂
﹁短冊を書くのに、筆を使うんですかっ!?﹂
私が思わず声を上げちゃったのは無理もない。というか、身近に
短冊を筆で書くような人がいなかった。筆ペンならともかく筆だよ、
筆。普段、どれだけ使い慣れてればそんな連想になるんだろうか。
6
﹁その方が雰囲気が出るだろ?﹂
月島元生徒会長はそう言って穏やかに微笑んだ。
﹁まあ、ただのこだわりだから、筆でないといけないってものじゃ
ないと思うけどね﹂
﹁はあ⋮⋮﹂
いやあ、でも、すごいわ。ちょっと感動。毎年笹を飾る私の家だ
って、短冊に書くのに筆でないといけないなんて縛りは存在しない。
こだわり派だなあ。
﹁月島先輩って、文字も綺麗そうですよね⋮⋮﹂
書道何段とか持ってるんだろうか。ますます隙のない人である。
﹁そんなことはないよ。筆でないと、なんて言うのは父や祖父だし
ね。趣味で短歌を詠んだり写経したりとかしてるから、そのせいだ
ろう﹂
うむむ、なんということだ。うちの祖父とは教養レベルが違う気
がしてきた。
あ、ゴメン。別に悪く思ってたりしないからね。大好きだよ、お
じいちゃん。
﹁気合が入ってるんですねえ﹂
私は感心しつつ、ついでに尋ねた。
﹁じゃあ、飾りとかもいろいろ作るんですか?﹂
﹁いや⋮⋮﹂
月島元生徒会長は首を振った。
﹁あまり、そういうのは得意じゃないんだよ、だからいつも短冊だ
け。笹も、祖父の家にある竹に直接という形だしね﹂
それはまたちょっと惜しい。
﹁それなら、折り紙で飾りを作ってみるのはどうでしょう?意外と
簡単に作れるんです﹂
短冊に書くのに筆を使う人にとって、あまりに惜しいことじゃな
いか?そう思った私が、こんなことを言い出したのは、単にさっき
飾りを折ったばかりだったので調子に乗っていたというだけの話で
7
ある。
決して、月島元生徒会長とお茶してみたいと思ったわけではない
のだ。あとから考えれば、小学生レベルの折り紙創作を、さも自慢
げに申し出てしまったことに顔から火が出るほど恥ずかしい気がす
る。
﹁そうなんだ?⋮⋮教えてもらってもいいかい?﹂
なんとなんと。私は月島元生徒会長のお申し出のおかげで、駅前
のケーキ屋さんの喫茶コーナーでお茶をしつつ、かつ折り紙でいく
つかの飾りを折り、提供するということになった。
うん、さすがに折り紙とハサミは買いました。だってケーキ奢っ
てくれるっていうからさ。そのくらいはしないとマズいでしょう。
七夕限定のスイーツは、今年はゼリー。二色になってて、上に載
ってるのはスカイブルーみたいな色をしたゼリーで、金粉がまぶし
てあった。たぶん、天の川をイメージしてあるんだろう。味はほど
ほどだけど、いやあ、その。月島元生徒会長と同席ってだけでテン
ションが高かったから、めちゃめちゃ美味しかった。ファン心理っ
てやつかな、これ?
他にも夏限定メニューなんかもあるようだ。ケーキとかプリンと
か。メニューを見ているだけで楽しくなってしまうのは、スイーツ
好きな女の子ならではだと思うね。
月島元生徒会長は、小さいころに折り紙などをあまりしたことが
ないらしい。
﹁鶴くらいは折れるけどね﹂
﹁けっこう意外です。なんでもお得意かと思ってました﹂
私が言うと、彼はわずかに苦笑した。
﹁そんなことはないよ。わりと日常的な悩み事も多いし。もう少し
生徒会長として頼りになる人物になりたかったんだけどね﹂
いやいや、新しい生徒会長の水崎先輩に比べたら、信頼感ハンパ
8
ないんですけどね。
調子に乗って、知る限りの七夕飾りを折った私は、それを月島元
生徒会長に渡して満足げであった。尊敬する人の役に立てるという
のはいいね。あと、ゼリーも美味しかったし!
紙袋いっぱいに飾りを押しこんで。ほんの少し押しつけがましか
ったかな、なんて思いもしたが頭から外しておく。少なくとも月島
元生徒会長は迷惑そうではないのだし。
﹁先輩の願い事も叶うといいですね﹂
私が言うと、月島元生徒会長は少し意外そうな表情を浮かべた。
﹁どうして、願い事があるって分かるんだ?﹂
今度は私が意外そうな顔をする側だ。
﹁そんなに七夕に気合が入ってるんですから、そういうことだと思
ったんですが、違うんですか?﹂
﹁⋮⋮﹂
月島元生徒会長は微笑んだ。少しはにかんだような、それでいて
寂しそうな微笑みだった。
﹁そうだな。叶うといいんだけどな﹂
その後、少しだけ喋った後、月島元生徒会長は店を離れた。なん
でもこれから行くところがあるらしい。たぶん、七夕準備の途中だ
ったんだろうから、引き留めてしまって悪かったなあ。
私はほくほくした気分で帰宅することにし、ルーズリーフとシャ
ーペンの芯、ついでに必要ないのに買い足してしまったハサミをし
まい直してふと考えた。
このハサミは、さすがに文房具代としてお金を出してはくれない
だろう。お小遣いの残りが乏しいというのに、ちょっと衝動買いが
過ぎたかもしれない。
折り紙を折ったりするのにかかった時間は三十分足らず。ゼリー
をご馳走になった時間を含めて二時間しない買い物タイムだったと
思う。
9
家に帰った私は、苦々しい顔の和兄に出迎えを受けて首をかしげ
た。
﹁文房具屋行くだけにしては遅かったんじゃないか?﹂
﹁そうだねえ、途中で知り合いに会っちゃったから﹂
肯定してうなずいた私は、和兄に向かって笑いかけた。
﹁七夕限定のゼリーが美味しかったよ﹂
﹁⋮⋮おまえな。寄り道するなら⋮⋮﹂
そう言って口を開きかけた和兄は、わずかに迷った後、そのまま
苦笑いをしてごまかした。
﹁まあ、いいか。楽しかったんだな?﹂
おそらく久しぶりに会った中学の友人とでも思ったんだろう。駅
前で会うなら、りっちゃんとかそのあたりの方が可能性としては高
かったんだし。
﹁うん﹂
にこりと笑った私は、それ以上の会話は切り上げた。買い物に長
く時間を使っちゃったので、それどころではないからだ。
﹁ところでさ、和兄?今日はこの後用事ある?﹂
﹁?いや、特にはないが⋮⋮﹂
﹁なら、数学教えてよ。明日からはテスト期間仕様かもしれないけ
ど、今日はまだ、いいんでしょ?﹂
私がおねだりする目で言うと、和兄は口元に小さな笑みを浮かべ
た。
﹁調子に乗るな﹂
言葉こそ否定だが、これは肯定だ。そんな優しい顔して、意地悪
言ったって通じないね。
それが分かったので私は隠し持っていたケーキ屋さんの袋をじゃ
あん!と取り出して見せた。
﹁お礼は駅前のケーキ屋さんの、﹃夏限定マンゴープリン﹄です!﹂
私が言うと、和兄は目を見開き、それから目を細めて笑った。
﹁おまえ、礼と言いながら金は俺に払わせる気だろう?﹂
10
あたりまえじゃん。少ないお小遣いを、これ以上減らしてなるも
のか。
□■□
月島元生徒会長の願い事が叶うのには、七夕だけでは足りなかっ
た。
でも、一年はかからなかったから、たぶん、織姫と彦星も頑張っ
てくれたんだと思う。
﹁私の折った飾りの分も、効果があったらいいんだけどな﹂
私の願い事が叶わなかった分も、こっちにプラス加点があったと
思うわけだよ。
なぜなら学期末試験の結果は散々で、数学だけとはいえ、見事に
補習になったからだ。ぐすん。
11
7月:弁当小話︵前書き︶
とある噂話と、お弁当の話
12
7月:弁当小話
﹁あれ、詩織ちゃんのお弁当、いつもと雰囲気が違わない?﹂
裕美ちゃんがそう言ったのは、確か5月の半ばごろのことだった。
お昼休みのお弁当タイムを一緒に過ごすのにも慣れてきたころで
ある。図書委員会に入った裕美ちゃんは、週に二日ほど図書室当番
になるから、それ以外の日は私と一緒に食べている。私は視界の端
で同じようにお弁当を広げるマリア嬢と京子嬢を観察しながら、世
間話と洒落込むのだ。
この他には、委員長と一緒に食べることも多い。委員会の用事が
お昼休みにある時なんかがそうだ。手早く動くために、打ちあわせ
しながら食べているわけである。
﹁うん、今日は私の作品だからね﹂
私が言うと、裕美ちゃんは目を丸くした。
﹁詩織ちゃんが作るの?すごーい!﹂
﹁別にすごくないよ?見てのとおり、茶色いし﹂
そもそも裕美ちゃんがパッと見て違いに気づく有様である。どこ
となく全体的にこげ茶色。うん、要するにちょっと焦げ気味なので
ある。
﹁詩織ちゃんは普段、おうちのお手伝いとかしてるの?﹂
﹁うん?料理ってこと?あまりしないなあ⋮⋮、私の家って、台所
は母親の場所なんだよね。お菓子作りする時は台所使わせてもらう
けど、それ以外の時にはあまり入らないようにしてる﹂
まあ、言い訳である。母親だって私が自発的に手伝いを申し出れ
ば喜んで受け入れるはずだけど、単にやらないのだ。めんどくさい
んだもん。
﹁でも、それだと母親の負担が大きすぎるでしょ?そんなわけで、
父親が月に一度﹃母の日﹄を作っててね、その日は、朝から晩まで
13
母親はなんにも家事をしないの﹂
ついでに言うと、その日の夕飯は、夫婦でレストランとかに行く
のである。たまの贅沢ってことらしい。子供のころはなんとも思っ
てなかったんだけど、毎月コースメニューを食べているかと思うと
うらやましい。ぜひとも今夜は私も連れて行ってくれないだろうか。
とはいえ、残された私と、祖父と和兄は、私が自作したカレーあ
たりを食べるのが定番だ。和兄はともかく祖父の分の食事準備があ
るので、両親は私を連れて行ってはくれないだろう。
﹁その日はお弁当も、自分で作るんだよ﹂
とはいえ、中学までは給食だったので、その必要はなかったんだ
けどね。
説明を終えた私は、こげ茶色のデコレーションをしたお弁当を平
らげることにした。火加減が今ひとつ決まってないので見栄えが悪
いけど、ちゃんと味見してるので味付けは問題ない。
﹁へえ∼。じゃあ、今夜は詩織ちゃんが夕ご飯も作るんだね﹂
まあ、そうなる。メニューは今月もカレーのつもりだったけど、
なんだか少し見栄を張りたくなってきたので、酢豚あたりに変えて
おこうかなあ。それとも夏だしもっと爽やかなメニューの方が良か
ったかな?なんてことをもやもや考えつつ、私は話題を切り返した。
﹁ちなみに裕美ちゃんは?おうちのお手伝いとかするの?﹂
﹁え?私?うーんと、おかあさんに言われたら手伝う感じかな﹂
裕美ちゃんはそう言って、わずかに目を泳がせた。
そんな会話をしてから、二か月近く経ったころである。
家庭科の調理実習なども経験し、クラスメイトの料理の腕前もだ
いたい把握してきたある日。
私は、委員長と二人でお弁当を広げていた。本日は残念なことに
裕美ちゃんは図書当番なのだ。生徒会総選挙が終わって、もっと楽
になるかと思いきやとんでもなかった。学級委員はいつでも雑用係
14
なのである。仕事は減らないのにやることは増えるってどういうこ
とだ。私が過労で倒れたら誰が責任をとってくれるというのか。 仕方がないので昼休みにテスト勉強をしたり、委員長と打ち合わ
せをしたりしているわけだけど。
﹁どうしたの、委員長﹂
他人のお弁当の中身について言及するという行動に出たのは、お
弁当派だったはずの委員長が、コンビニで買ってきたと思われるパ
ンの袋を机の上に並べたせいだ。
飲み物は校内で買えるやつである。この夏場に入ってもホットコ
ーヒーだ。よく売ってたな。
﹁購買のパンって、昼休みに入るなり急がないと買えないだろう?﹂
委員長はそう言って、﹁だからあらかじめ買っておいたんだよ﹂
と続けた。
確かに委員長は運動がダメなので、速度が要求される購買競争に
は不利だ。そこらへん、自分のことをよく分かっている委員長であ
る。
﹁そういうことじゃなくてさ。いつもお弁当持ってきてるじゃない﹂
﹁ああ⋮⋮﹂
﹁バランス良さそうなお弁当で、感心してたんだけど。おかあさん
が体調でも崩してるの?﹂
私が尋ねると、委員長は少し黙りこんだ。言いづらそうに視線を
さ迷わせた後、苦笑いを浮かべてから答える。
﹁実は、母が実家に戻っててね﹂
﹁えっ⋮⋮﹂
思わず声を失ったのは言うまでもない。私、とんでもない地雷を
踏んだんじゃあるまいか。
青ざめた私の顔色をどう受け止めたのか、委員長は笑った。
﹁ああいや、そういう⋮⋮別に夫婦喧嘩したとかって話じゃないん
だよ。年の離れた弟が産まれたんで。身体が落ち着くまでは向こう
にいるって﹂
15
﹁そうなの?いいなぁ!おめでとう!!﹂
パンと両手を叩いて私が喜ぶのに、委員長は渋い顔をした。
﹁そんなに喜ぶことかな﹂
﹁えー、だって私一人っ子だから、年下の兄弟ってうらやましいけ
どなあ﹂
でも弟よりは妹が欲しいな。いろいろ着せ替えとかして遊ぶの。
ふふ。
ついでに、私が必要以上に喜んだのは、別の理由があった。だっ
てさ、﹃実家に戻った﹄なんて聞いたら、離婚でもしたのかって思
うじゃないの。聞いちゃマズイこと聞いたらしいと思った直後に逆
方向の理由だったんでホッとしたんだよ。
委員長は恥ずかしそうに目をそらした。
﹁いや、正直なところけっこう複雑だよ?16にもなって、いまさ
ら弟がって言われてもさ。⋮⋮弟っていうより、なんか息子くらい
年が離れてるじゃないか﹂
﹁いいじゃない。なにが嫌なの?﹂
﹁恥ずかしくない?赤裸々なことを言えば、いい年した両親が、仲
良くした結果ってことだろう?﹂
﹁親が仲良くて恥ずかしがる必要はないと思うね﹂
うちの両親なんか、あれだけ仲が良くてどうして子どもが私一人
なのか疑問なくらいである。
﹁⋮⋮﹂
委員長は少しばかり納得のいかない表情を浮かべていたが、やが
て﹁ふう﹂と息を吐いた。年頃の男の子としてはいろいろ複雑なの
だろう。
﹁まあ、この件に関する個人的な感想はさておいて、そういうわけ
なんで、しばらく弁当は期待できないんだよ﹂
﹁なるほどね。⋮⋮でも、それならせめて野菜は加えた方がいいよ
?サラダがダメなら野菜ジュースにするとかさ。それにそのパン、
菓子パンばっかりじゃない。それじゃおなかにたまらないでしょ﹂
16
私としてはコンビニで買うならせめておにぎりにした方がいいと
思うわけだ。
﹁⋮⋮新見さんて、けっこう説教好きだよね﹂
委員長は笑って言った。うむむ、確かにそうかもしれない。
でもねえ、運動をしない委員長なら、せめて食事バランスに気を
つけないと。年を経った後に後悔するかもよ?
﹁でも、大変だね。毎朝学校に来る前に買うの?﹂
﹁駅でね。⋮⋮買うのは大変じゃないけど、飽きるね。さすがに﹂
﹁ちなみに何日目?﹂
﹁もう一週間﹂
委員長はそう言って、コンビニ袋を見下ろした。スーパーのお惣
菜コーナーで調達するならともかく、コンビニのパンではバリエー
ションに欠けるのだろう。せめてそこはコンビニ弁当とコンビニお
にぎりを混ぜて、日替わりにすると良かったと思う。
﹁なら、明日は別のにしてみる?﹂
私が言うのに、委員長は首をかしげた。
﹁私、明日﹃母の日﹄なんだよね﹂
意味が分からなかったらしく、委員長は目を二度ほど瞬かせた。
﹁詩織ちゃん、迂闊すぎ﹂
翌日、私は裕美ちゃんに端的なお叱りを受けた。
再びお弁当タイムである。﹃母の日﹄であった私は、相変わらず
ちょっと茶色めのお弁当を広げながら首をかしげた。
﹁⋮⋮えっと。どういう意味?﹂
﹁噂話を増長させてどうするの。っていうか、当分消えないよ?あ
れ﹂
﹁えっと、待って。何が?﹂
﹁くっ、しかも気づいてないとか。詩織ちゃんの親御さんにはもう
少し情操教育を施しておいてほしかった⋮⋮っ!﹂
17
はあ、と裕美ちゃんは首を振り、私の短慮を説明してくれた。
﹁ええとね、まずね。詩織ちゃん。今日は、詩織ちゃんはお弁当を
作ってきたんだよね?﹂
﹁うん﹂
﹁そのついでに、ある人物のお弁当まで作ってきたよね?﹂
﹁そうだね﹂
﹁彼にお弁当を渡したの、いつ?﹂
﹁朝だよ。だってお昼に行動が一緒になるとは限らないでしょ?﹂
つまり、そういう話だ。同じ食事ばかりで辟易してるようだった
から、委員長に毛色の違うものを食べさせてあげようかと思っただ
けである。特別に作るのだと面倒だけど、私の分を作るついでだっ
たから。
﹁しかも、皆がいる前で渡したよねっ!?﹂
裕美ちゃんは批難するように声を上げた。
私は、毎朝わりと早めに登校している。理由は簡単で、満員電車
に乗りたくないからだ。
ジョギングのおかげか朝に強い方なので、一走りして、シャワー
を浴びて、それから登校するわけだ。
今日は﹃母の日﹄だったので、ジョギングはお休みしてその時間
を朝食とお弁当作りに当て、約束していたので委員長の分も作った。
まあ、私の分のついでだからして、おかずは一緒である。茶色具合
も似たようなもんだ。
台所へ覗きに来た母親には﹁和翔くんの分も作るの?﹂とかって
驚かれたけど、﹁クラスメイトの分﹂というと納得してくれた。
登校してきた委員長を見つけた私は、彼の前にツカツカと進み寄
り、カバンの中からお弁当箱を取り出したのである。
﹁ハイ、約束のやつ﹂
私が差し出したそれを、委員長は目を丸くしながら受け取った。
私の顔とお弁当箱とを何度か往復して見た委員長は、うなるよう
18
な声を漏らした。
﹁⋮⋮まさか本当に作ってくるとは思わなかったな﹂
﹁なんでよ。やる気なかったら約束しないよ?﹂
だいたい、それってヒドイでしょうが。果たすつもりのない約束
をされて、真に受けて食事を用意して来なかった場合困るじゃない
か。食事抜きってわけにもいかないだろうし、その場合は苛烈な購
買競争に足を踏み入れないといけなくなるのだ。
﹁いや、そういう意味じゃなくて⋮⋮﹂
委員長はしばらくの間、迷ったような表情を浮かべた後、観念し
たような顔で笑った。
﹁ありがとう。心して食べるよ﹂
どういう意味だ。
﹁⋮⋮別に食べておなか壊したりしないからね﹂
﹁そういう意味じゃないけど。⋮⋮まあ、いいか﹂
少しばかり照れたように、頬のあたりを赤く染めた委員長は、私
から受け取ったお弁当箱をカバンに入れた。
まあ、私が作って来ないと思ってたのだとしたら、きっとカバン
の中には買ってきたパンが入ってるんだろうし、持ちづらそうだけ
ど、どうでもいい。
﹁空箱の返却は明日でいいからね﹂
私はそう言ってひらひらと手を振り、自分の席へと戻った。
⋮⋮と、こんな風である。
確かに人前ではあったけど、裕美ちゃんに批難されるような特別
なことをしでかしたんだろうか?
﹁まあ、男の子にお弁当作ってあげるとかって、好意があると思わ
れても仕方ないよね﹂
えー。どうしてだ。横からひょいと割りこんできたデザイナーく
んに、私は納得ができかねる顔をした。
﹁火村くんなんか、ほぼ毎日もらってるじゃないの﹂
19
﹁まあね。あ、この卵焼きもらっていい?﹂
﹁すでに食べてるし﹂
デザイナーくんは、お父さんの単身赴任に付いてきちゃったとい
う経緯だからして、実は父子二人暮らしである。両方とも料理はし
ないタイプらしくて、朝ご飯も昼ご飯も家では食べないんだそうだ。
そうすると、どうなるか。デザイナーくんの場合は、彼に好意的な
女の子たちが作ってくれるお弁当の差し入れを食べたり、それがな
い時はお弁当を食べてる女の子グループに割りこんで、おかずをつ
まんでいくのである。足りなければパンを購買で買ったりもしてる
だろうけどね。もちろん、私と裕美ちゃんのお弁当も、ほぼ毎日ち
ょっとずつつまんでいかれている。
﹁詩織ちゃんの作品を食べるのははじめてだけど。卵焼きの味付け
はこっちの方が好みだなあ﹂
デザイナーくんはそう言って、へらへらと笑う。
母親の作より味付けが好みだと言われて、嬉しくないわけがない。
思わず照れてしまった私は、誤魔化すように話を返した。
﹁あれこれ食べてるのに、味覚えてるの?﹂
デザイナーくんはにこりと笑った。
﹁もちろん﹂
こういうところが、デザイナーくんがモテる理由だろうか。
﹁まあ、けど。しばらく噂がなくなるのは諦めた方がいいんじゃな
い?﹂
デザイナーくんはそう言って笑って、チラッとクラスの片隅でお
弁当を広げている委員長を見やった。
とはいえ、大したことはないだろうと思っていたのだ。
別に私と委員長が甘い間柄じゃないことは、裕美ちゃんとかはよ
く知ってるし。
ところがである。
20
裕美ちゃんは週に二度ほど図書委員の仕事で席を外す。そういっ
た場合に、一緒にお弁当を食べる人を求めて、私は別の女子グルー
プに紛れこむことがある。幸いにしてB組は気さくな性格をしてい
て、自分のグループ以外とお弁当を食べたくないといったメンバー
はいないのだ。
マリア嬢だってそうだ。京子嬢の報道部は、週に二度、必ずお昼
ななせ
の放送当番があるので、その日のマリア嬢は他のグループと一緒に
食べているわけである。
たまたまその日、私とマリア嬢が一緒になったのは、七瀬さんと
いう子を中心とした女子グループであった。
七瀬さんはB組女子の中でも運動が得意な方である。陸上部に所
属している。勉強は不得意なんだけど、数学の成績は私よりはいい
ので、補習組にはならない。体育祭でも大活躍だったし、今度の球
技大会にも活躍してもらう予定だ。
﹁でさあ。結局のところ、新見さんって、渋谷くんといつから付き
合ってるわけ?四月?﹂
やけに大きなおにぎりを頬張りながら、七瀬さんは聞いた。彼女
のお弁当はダイナミックである。全部おにぎり。たぶん、具は変え
てあるんだと思うけど、炭水化物に特化しすぎであると思う。
﹁は?﹂
私は目を丸くした。
﹁付き合ってないよ?﹂
﹁えー、そんなことないでしょ。手作りのお弁当を渡す仲じゃない
の﹂
にやにやと笑いながら、七瀬さんは言った。
﹁確かにお弁当は作ったけど⋮⋮﹂
私が戸惑いながら首をひねるのに、七瀬さんグループはそろって
目を輝かせた。ついでにマリア嬢の目も期待するかのように煌めく。
21
﹁だって、ほら、放課後とか一緒に帰ってるじゃない?部活してる
とたまに見かけるもん﹂
﹁?委員会の後だけね。遅くなるから駅まで送ってくれることが多
いけど﹂
﹁いつも一緒にいるし﹂
﹁?仕事が一緒だからね?﹂
﹁席も近いし﹂
﹁むしろ遠いと思うよ?教室の端と端くらいは離れてるから﹂
﹁ああ、もおっ!新見さん、ノリが悪い!﹂
怒られた。どうしてだ、理不尽だ。
﹁そこはもっと、こうね、﹃そ、そんなことないよ﹄とかって恥じ
らうべきだよ!ほら、愛川さん、実演!﹂
﹁えええええ!?﹂
﹁あなたまでノらないって言うの!?﹂
﹁そ、そんなこと言われても。ま、待ってね。ええと⋮⋮﹂
話題を振られて困り果てたマリア嬢は、それなりに必死に考えた
らしい。わずかに顔を赤らめて、右の手を小さく拳の形にすると、
口元に当て、ちらっと上目使いをしつつ、恥ずかしそうに言った。
﹁﹃そ、そんな、こと、ないよ⋮⋮?渋谷くんとは、友達だもん﹄﹂
ぐはああああああああああああああああああ。
可憐過ぎる。なんだそれは!!
そんな顔されて否定されたら、誰も信じない。誰が見たって﹃成
立寸前、でもまだ一歩踏み出せないの﹄な公認カップルである。
私がのたうち回るだけではなかった。七瀬さんグループは総じて
撃沈した。あまりの美少女ぶりっ子ぶりに、もはや太刀打ちは困難
だ。何の話題をしていたのか、忘れる勢いである。少なくとも七瀬
さんは、私をからかおうとしたという主題は忘れただろう。マリア
嬢、ぐっじょぶ。
22
﹁くうっ。あたしが甘かったわ。ここまでの人材だったなんて。京
子に言って、演劇部への加入をすすめるよう言っとくわ﹂
﹁え。あの、別にわたし、演劇部に入るつもりはないんだけど⋮⋮
?﹂
十分な演技派であると思われる。将来の女優さんになる日を楽し
みにしていよう。
﹁それと新見さんは、いつ陸上部に入ってくれるの?﹂
﹁⋮⋮副学級委員長の間は、考える余裕もないかも﹂
なお、七瀬さんは体育祭以来、私を陸上部に勧誘しようと熱心だ
ったりもした。
﹁ということがあってねえ﹂
雑談代わりに話題を持ち出しつつ、笑う私に、委員長は苦虫を噛
んだような顔をした。
﹁それを僕に言ってどうしろっていうのさ?﹂
﹁別にどうしろとも言ってないよ?でもさ、誤解は解いた方がいい
と思うんだけど。なんかいい方法ないかな﹂
﹁誤解を解くのに?﹂
放課後である。例によって委員会で遅くなった私は、委員長と一
緒に連れ立って帰る途中だった。
七瀬さんには悪いが、私と委員長との間に、甘酸っぱいものなど
存在しないのである。というか、世の中の仕事の同僚すべてにそん
なものがあっては、社会は機能しなくなると思うんだよね。
男女の間にあるのは恋や愛だけではなく、ビジネスライク的な何
かの方が多いに違いない。
﹁⋮⋮僕は別に誤解されたままでも困らないけどね。それで被害を
こうむってないし﹂
肩をすくませながら委員長が言う。
﹁実は被害受けてるかもよ?委員長に片思い中の女の子とかが、勝
23
手に誤解してアピールできずにいるかも﹂
私が言うと、委員長はちょっと気の毒そうな目を向けてきた。
﹁⋮⋮そうだね。逆パターンもあるかもな﹂
やれやれ、とばかりにため息をついて、委員長は続けた。
﹁まあ、松本まで誤解してるようだし、何か手段を講じた方がいい
かもしれないけど﹂
では実際どうするかというと、なかなか良い手段が浮かばない。
﹁誤解を解く一番楽な方法は、別に恋人を作ることじゃないか?﹂
委員長が言った。
﹁それができれば苦労はないと思うけど。委員長、心当たりの女の
子でもいるの?﹂
﹁いないけど﹂
﹁ダメじゃん。それに、単に他に恋人作って否定するんだと、今度
は委員長、二股ってことになるんじゃない?﹂
﹁どうして新見さんはフリーだっていう前提なんだ?新見さんも恋
人を作ればいいだろ﹂
﹁相手の心当たりがないし﹂
とりあえずこの案はボツだな。お互いに顔を見合わせてそういう
結論になったんだろう。別の手段を考えて、二人で首をひねる。
﹁ならいっそ、本当にしてみるとか﹂
﹁は?﹂
﹁僕と付き合ってみる?﹂
﹁冗談で言ってるでしょ﹂
﹁まあね﹂
それも却下だ。そういうのは冗談でやるべきものではない。
いくつか案を考えたけど、結局これといった作は思いつかないま
ま、駅にたどり着いた。
委員長の最寄り駅は、沿線ではあるんだろうけど、どの駅なのか
は知らない。いつもホームで解散だしね。
24
﹁仕方ないね。誤解が解けなくて困ったら、お互いに協力して口添
えするってことで﹂
現状と変わらない結論である。私は同意してうなずいた後、﹁あ﹂
と思い出して口を開いた。 ﹁そういやさ、先日の空箱返却の時に、袋に入ってたやつ、これ何
?﹂
カバンの中から取り出した小さな袋を見て、委員長の表情が変わ
った。
お弁当の空箱は、翌日返却された。紙袋に入っていたのでそのま
ま受け取って帰ったところ、中に違うものが入っていることに気づ
いたのである。
小さな青い紙の袋で、金色のシールで封印がされているというそ
っけないものだけど、メッセージカードとかそういった雰囲気。
﹁入れ間違えかと思って中は確認してな⋮⋮、っ⋮⋮?﹂
別人宛だと困ると思って、開封してなかったのだ。そう説明をし
ていた私は、驚きに声を途切れさせた。
﹁⋮⋮っ﹂
みるみるうちに顔を赤らめた委員長は、慌てたように顔をそむけ
る。
﹁⋮⋮委員長?﹂
﹁⋮⋮あー、くそ。柄にもないことするべきじゃなかったな﹂
ぼそりと呟いた委員長は、額に手をやって二度ほど首を振り、そ
れから苦笑いをして私を見た。
﹁お礼。⋮⋮さすがにちょっと、あのクラスの雰囲気だと言いづら
かったんで。まあ、その﹂
﹁⋮⋮私宛だった?﹂
返答は苦笑いだ。
﹁⋮⋮ええと。開けてもいい?﹂
﹁さすがに目の前では止めて欲しいな。気恥ずかしい﹂
委員長は笑って、﹁まあ、大したことは書いてないよ﹂と続けた。
25
﹁それじゃ、僕はこの辺で。また明日ね﹂
軽く片手を挙げて、委員長はホームの雑踏の中へと消えていく。
残された私は⋮⋮、どうにも気になってその場でメッセージカー
ドを開封した。
中にあったのは、こんな文章だ。
﹃新見さんへ
ありがとう、美味しかった。
火村は卵焼きって言ってたけど、僕としては唐揚げが良かった
な。
また作ってくれない?
渋谷﹄
⋮⋮うむむむむ。これ、面と向かって言われるより、よほど恥ず
かしいのはどうしてだ。
むしろ口にして欲しかった。そうしたら簡単に返答して終わりに
できたのに。
解散地点から身動きできずに数分間。
私が考えたのはこんなことだ。
教室の端っこで素知らぬ顔していたくせに、実は私と裕美ちゃん
のお弁当タイムが聞こえていたんだろうか、あの男。
元から噂に強い委員長だが、むしろこれは地獄耳の域である。
翌日私は彼にこう告げた。
﹁来月は夏休みなんで、その次の月にならいいよ?﹂
それがメッセージカードへの返事だと気づいた委員長は、なんと
も微妙な表情を浮かべた。嬉しいのか悲しいのかよく分からないと
いった感じ。まあ、二カ月も先なので、その時彼が覚えているかど
うかは、知らないけどね。
26
私と委員長の仲を取沙汰した噂話については、夏休みの間に静ま
ったらしい。人のうわさも75日とはよく言ったものだ。
お弁当作りどころじゃない噂話が蔓延したせいなんだけど、この
時点での私はそんな未来を予測することなど到底できなかったのだ。
27
4月:友達小話︵前書き︶
まとまりのない小話です。エピソード集みたいな感じ。
詩織サイドと裕美サイドがあります。オマケに委員長サイドつき。
28
4月:友達小話
□■□ side 詩織 □■□
﹁それでは各委員を決めたいと思います﹂
ロングホームルームの司会を務める渋谷委員長がそう言って、私
は黒板に委員会の名前を転記していった。
聖火マリアには日々忙しい委員会と、年に一度だけ忙しい委員会
があるようで、補足説明としてそれも説明する。和兄から渡された
委員会メモには細々とした情報が書かれており、これをクラス全員
分コピーした方が早かったのにと思ったりもした。
それによると、忙しいの筆頭は学級委員である。年間に何度かあ
る学校全体の行事について、すべて出番があるらしい。マジか。
担任紹介の冒頭で学級委員を決めた理由が分かった。この用紙を
見た後に決めようとすると、皆嫌がって逃げるからだ。
私が愕然としているというのに、委員長は平常運転だ。
﹁では、続いて立候補を募ります。決まらなかった委員会について
は、ジャンケンで決めてしまいましょう。予定があってどうしても
できない事情のある人は、自分の予定範囲で可能な委員会に先に入
ってしまってください。ジャンケン後に﹃これこれいう理由で無理﹄
という言い訳は聞きませんので﹂
委員長はそう言って、クラス中を見回した。
図書委員の立候補を募った際、小さく手を挙げた女の子がいた。
机の上に置いた手を、ほんの少し挙げて、チラッと委員長を見上
げる。
綺麗な黒髪をした、メガネをした女子生徒。座っている状態でも
かなり小柄なのが見て取れる。童顔というわけじゃないのに、全体
的に小さい。おとなしそうな雰囲気で、本が好きと言われれば納得
29
するような。
それが佐々木裕美ちゃんだった。
﹁あれっ、そのストラップって⋮⋮﹂
次に話題を振ってくれたのは、実は裕美ちゃんの方からである。
入学式初日の友達作りに出遅れた私は、お昼休みは積極的に女子
の輪に加わることにしている。ありがたいことに京子嬢が名前呼び
をはじめてくれたおかげで、女子の輪に加わるには問題ない程度の
親しみを、彼女たちは持ってくれたようなのだ。
﹁ストラップ?﹂
その日のお昼休みに私がお邪魔させてもらったのは、裕美ちゃん
とは中学が一緒だった女の子グループだったらしい。なるほど、顔
見知り同士で寄り添ってしまう理由は分かる。 彼女が指摘したのは、私が携帯電話につけていたストラップだ。
ターコイズの石がついたもので、シンプルなチェーンタイプ。キラ
キラしていて可愛いので気に入ってるものである。
食事が無事に終わったところで、マリア嬢の動向を和兄に報告し
ておこうと携帯電話を取り出したところだったのだ。
﹁それって12シリーズあるやつでしょ?新見さんて、誕生日は1
2月なの?﹂
﹁知ってるの?﹂
﹁ほらほら、私も﹂
そう言って裕美ちゃんは自分の携帯電話を見せた。彼女の携帯電
話についているストラップは、ルビー。石部分以外は私が持ってい
るのとほぼ一緒のデザインである。
﹁佐々木さんは、7月?﹂
﹁そうなんだよー﹂
にっこりと裕美ちゃんは笑って、それからしばらく私と裕美ちゃ
んはストラップの話で盛り上がった。どこで買ったのかとか、購入
30
した時のエピソードとかだ。
ストラップがおそろいだった縁ということで、裕美ちゃんと私は
名前呼びで呼び合うことになり、それが私と彼女との友情のはじま
りと言えた。ちなみに私のストラップは、たまたま駅前を歩いてい
る時に衝動買いしたというもので、面白いエピソードはなかったの
だけど、こうなってはもはや、裕美ちゃんとの友情のために外せな
いね。
さて、裕美ちゃんの容姿について、私は一目見てうらやましいと
思っていることがあった。
黒髪である。
私の髪は淡い色で、猫っ毛なので、日本美人みたいな黒い髪の毛
に憧れがあるのだ。両親も従兄も茶色で癖っ毛ぎみなので、これは
もはや遺伝としか思われず、よって将来的に艶やかなストレート髪
に変化してくれる見込みはない。ストレートパーマをかけたら違う
かもしれないけど、そこまでしようとは思っていない。
﹁いいよねえ、黒髪﹂
私がうっとりと見惚れて言うと、裕美ちゃんはぱちくりと瞬きし
た後、﹁うーん﹂とうなった。
﹁単に、伸ばしたままなんだけどね。本当は、色を抜いたりだとか、
ちょっとしてみたいんだけど⋮⋮﹂
﹁えええええ。もったいない。止めた方がいいって!そんなにきれ
いな髪なのに!﹂
絶対髪が痛むと思う。いや、オシャレに興味を持つことは大事な
んだけど、どうせなら自分の長所を生かす方向にした方がいいと思
ってしまうのは私が黒髪贔屓なせいなのかな。確かに色を抜いた方
が垢抜けた感じにはなると思うけど。
私が大慌てで止めたので、裕美ちゃんはちょっと笑った。
﹁まあ、その、ね?興味はあるけど、黒髪もけっこう気に入ってる
から、いいかなって。⋮⋮それに違う髪型にしたければ、手段はい
31
ろいろあるし﹂
裕美ちゃんはぼそっと付け足す。
﹁うんうん、そうして。だって枝毛とかもなさそうだし、お手入れ
気を使ってるんでしょ?﹂
私が聞くと、裕美ちゃんはまた驚いたように目を丸くする。
﹁よく分かるね?﹂
﹁そりゃあ﹂
私だって身なりには気をつけているつもりである。そうすると、
他人が気をつけているかどうかも、意外と分かるのだ。
観察するに、裕美ちゃんは、お肌の手入れについては手が回って
いないが︵おそらく夜更かし生活を送っているのだと思われる。若
いうちはともかく、年を経った後に響くと思われるので、早寝早起
きをオススメしたい︶髪の毛の手入れをちゃんとしている。
ちなみに容姿についてB組でもっとも手抜かりがないのはマリア
嬢だ。彼女はお肌も髪の毛も、一切手を抜いていない。感心するこ
としきりである。日常的に意識してないと、ああはできない。男子
たちは、単純に彼女が美少女なので目を奪われているけど、女子は
むしろ彼女が身だしなみに気を使っているところを評価しているの
である。たまに、どんな手入れをしているのかアドバイスを聞きに
いく子もいる。
﹁詩織ちゃんはふわふわだよね、やわらかそう。触ってみてもいい
?﹂
﹁いいよ﹂
了解をとってから、裕美ちゃんは私の髪を撫でた。
﹁うわっ、やわらかっ⋮⋮。気持ちいいかも。すっごい猫っ毛だね﹂
そうなんだよね。そのせいかちょっと広がり気味である。
私としては梅雨時のちょっぴり艶々キューティクルバージョンの
方が気に入りなのだが、通常モードの髪も、それはそれで触り心地
がいいらしい。これは和兄のコメントなので、頭から信じてはいな
いんだけど。
32
﹁えー、そうなの?わたしもわたしも﹂
一緒に食事中だった残りの女子たちも加わって、最終的に私の髪
はくしゃくしゃになった。お昼休み終了間際にトイレに駆けこんで、
必死に直したのは言うまでもない。
裕美ちゃんとよく喋るようになって、数日後。せっかくだから一
緒に帰ろうよ、という流れになった。
ふふふ、念願の下校デートだ。ぜひともこのまま仲良くなりたい。
彼女も電車通学だというので、ごく自然な流れで駅まで同行する。
さらっと口にしているが、ここまで持ってくるのにはけっこう緊張
を伴った。私だって友達が少ないわけじゃないんだけど、誰とでも
仲良くなれるほど社交的ってわけでもない。
裕美ちゃんと連れ立って歩いていた時である。
横断歩道の途中で、裕美ちゃんが小さな悲鳴を上げて足を止めた。
﹁痛っ⋮⋮﹂
どうしたんだろうと思ったら、ポケットから布のようなものを取
り出して、メガネを外して拭きはじめる。
風と一緒にゴミでも飛んできたかな?メガネが曇ったのかな?
痛いというコメントからするとゴミ説が有力だとは思うのだが、
だとするとメガネを拭く理由がよく分からない。
だが、ともかく。
立ち止まるには場所が悪かった。
信号機が点滅をはじめ、私は焦る。残り十メートル程度ではある
が、いつ車が来るか分からないのだ。
﹁裕美ちゃん、ゴメン。ちょっと急ぐよ﹂
彼女の視力がどの程度か分からないので、強引に腕をとって歩き
はじめる。
判断が間違ってなかったことは、すぐに分かった。さすがに自動
33
車だったら急ブレーキをかけてくれたかもしれないのだが、ものす
ごい音を立てて走り抜けていったバイクがあったのだ。む、しかも
ヘルメットをしていない。
駆け抜ける風のせいでスカートがまくれ上がり、私は眉根を寄せ
た。
バイク自体は轟音と共にあっというまに見えなくなったが、巻き
上げた風で裕美ちゃんは布を手放してしまったらしい。
﹁あ、あ、あ!﹂
ひらひらと飛んでいく布が、横断歩道の中ほどへと消えていく。
信号が変わると同時に走り抜けていった自動車に踏まれ、見るも無
残な姿に成り果ててしまった。
﹁あぅぅ⋮⋮﹂
肩を落とした裕美ちゃんは、仕方なくメガネをつけ直そうとした。
﹁危ないなあ﹂
ふと、覚えのある声が聞こえて、私はそちらを振り向いた。
下校途中だったのだろう、渋谷委員長がいた。走り抜けていった
バイクを目で追いかけながら、ぼそりと呟く。
﹁信号無視にノンヘルメット。ナンバープレート見たけど指摘した
い?﹂
﹁え⋮⋮﹂
﹁ぶつかってはいないから、罪に問うことは難しいと思うけどね﹂
﹁い、いや、いいよ。メガネ拭きなら買い直せばいいし⋮⋮﹂
裕美ちゃんが首を振る。いくらかは知らないが、メガネ拭き一枚
で裁判沙汰にはならないと思う。
﹁あ、でも渋谷くんメガネ拭き持ってる?貸してくれない?﹂
﹁いいよ﹂
委員長はあっさりとうなずくと、カバンの中から黒いメガネケー
スを取り出した。
改めてメガネを拭く裕美ちゃんをじっと見やる。
34
彼女のメガネは太ブチで、そのせいかすごくメガネの印象が強く
なる。メガネ姿もチャーミングではあるんだけど⋮⋮。
思わずマジマジと見つめていた私を不審に思ったらしい。裕美ち
ゃんはメガネをつけ直した後に首をかしげた。
﹁どうしたの?﹂
﹁ねえねえ、もう一度外してみてくれない?﹂
﹁?﹂
言われるまま、裕美ちゃんはメガネを外してくれた。
﹁ねえ、委員長。どう思う?﹂
﹁どうって⋮⋮﹂
委員長はコメントに困ったように苦笑した。
﹁思ったとおりに言えばいいんじゃないかな﹂
うーむ、そう?そう思う?でもなあ、さすがにまだ親しくなりは
じめの現在、ちょっと照れが混じるんだけど。
コホンと咳払いをしてから、私は裕美ちゃんの手を両手で握った。
﹁へっ!?﹂
﹁裕美ちゃん。メガネなしの方が可愛い!コンタクトに変える気は
ないの!?﹂
手を取られた裕美ちゃんは困惑したらしい。目をぱちくりさせた
後、軽く笑った。
﹁お金がないから無理﹂
がふぅ。即答であった。
﹁コンタクトって、けっこうお金も時間もかかるんだよね。洗浄液
とかさ。定期的に検査しないといけないって聞くし⋮⋮。おねえち
ゃんが、っとと、姉がコンタクトだから多少は知ってるんだけどね。
痛そうでちょっと怖いし⋮⋮。今はお小遣いを趣味に使いたいから、
当分メガネを変える予定はないかなー﹂
﹁そ、そっかあ⋮⋮﹂
正直なところ、残念。
だけど、さすがにこれはごり押しできない。
35
﹁ええと、それで、その⋮⋮﹂
裕美ちゃんは頬をわずかに赤らめつつ言った。
﹁そろそろ手を離してくれない?﹂
おっとと、手を握りしめるのはさすがにちょっと大胆すぎたかも
しれないな。
□■□ side 裕美 □■□
高校の入学式当日、佐々木裕美は自分が人生の賭けに勝った、と
さえ思った。
誰と賭けたかと言えば、姉である。
素敵な高校生活やカッコイイ男の子との出会いに憧れを持つ裕美
を、姉はことごとく冷めたコメントで返してきた。
いわく、﹃高校生なんて、昨日まで中坊だった連中よ?いきなり
素敵な男になってるわけないでしょ﹄﹃先生だってくたびれた中年
ばっかりなんだからね﹄﹃いーい?裕美、いい加減漫画やゲームで
夢ばっかり見てないで少しは勉強もしなさい﹄
言っていることが間違っているわけではないだろうが、もう少し
夢見がちなコメントをくれてもいいと思うのだ。
姉だって高校生になる時はさぞかし夢を見ていたに違いないと言
うのに。
だが、入学式当日、裕美を待っていたのは、担任は美形でクラス
にはイケメンがいるという状況だった。
その上、クラスには学年でも一人混じっていたらすごいだろうと
思われる美少女が、三人もいた。
いや、美少女なのは裕美本人ではないし、だからこそ別に裕美が
人生の勝ち組になったわけではない。
だが、少なくとも、これは中学とはまったく異なる環境だったの
36
だ。
︵高校生活は絶対、これまでとは違う!︶
それはもはや確信だった。
裕美の見たところ、クラス一の美少女は愛川マリアと言った。容
姿がすでにレベル違いである。華のある美少女で、男も女も振り向
かずにはいられない。最低でもモデルだとかそういった経歴があり
そうなのに、そういったことはないらしい。世の中は見る目がない
んだろうかと裕美は思った。
クラス二番手の美少女は、祭京子と言った。名前は賑やかそうだ
が、本人はショートヘアのスポーティな印象を受ける美少女だ。愛
川マリアのことが気に入ったらしく、さっそく彼女に近づいている。
美少女は行動力も並ではないらしい。美少女同士が並んでいる様子
は目の保養だったが、美少女同士で固まられるとガードが堅くて困
りものだと裕美は思った。
クラス三番手は新見詩織といい、裕美のクラスの副委員長に就任
した。どことなく真面目そう、優等生な印象を受ける美少女だから、
担任教師もそう思ったのだろう。学級委員なんて面倒そうな役職を、
さほど嫌がりもせずに引き受けた様子に、裕美だけではなくクラス
全員が感心したに違いなかった。
入学式から数日間、裕美は出身中学が同じ女の子たちとグループ
を組んでいた。
顔見知りと一緒にいる方が気楽だという、ただそれだけの理由だ。
親友同士というわけでもないので、お互い新しい友達を増やす努力
はしている。
そんなある日の昼休み、転機が訪れた。
新見詩織の携帯電話ストラップが、裕美のものと同じだったのだ。
よくは覚えていないが、一つ五百円程度のストラップで、星座別
に12種類あった。裕美は7月生まれなのでルビー︵本物かどうか
37
は怪しい。値段から考えてもほぼ間違いなくガラス玉のはずだ︶の
ついたものである。新見詩織の色はターコイズ。ということは彼女
は12月生まれに違いない。
そこまで頭の中で考えてから、裕美は彼女に声をかけた。
﹁あれっ、そのストラップって⋮⋮﹂
﹁ストラップ?﹂
﹁それって12シリーズあるやつでしょ?新見さんて、誕生日は1
2月なの?﹂
﹁知ってるの?﹂
﹁ほらほら、私も﹂
裕美は自分の携帯電話から揺れるストラップを見せながら、期待
を込めて新見詩織を見つめた。
どこで買ったのか、購入時のエピソードなどを話しながら、期待
していたのは恋バナだった。裕美でさえ、このストラップの入手に
ついては﹃友達から誕生日にもらった﹄というエピソードつきだ。
残念ながら贈り主は女の子である。近所の店で買われたものだった
ので、値段だって把握している。
だが新見詩織の場合、きっと、贈り主は男の子だろう。そんな裕
美の期待は、即座に砕かれた。
﹁ああ、うん。これは駅前でね、衝動買いしたの。文房具を買いに
行った時だったかな。確かシャーペンの芯を買い足しに行ったのに、
予定外に予算使っちゃって、母親に頼まれたお使いを優先したら結
局シャーペンの芯は買えなかったんだよね﹂
しかも面白くもないオチがついている。
裕美は内心でがっかりしたが、それはそれだ。
ストラップがおそろいだった縁ということで、新見詩織とは名前
呼びで呼び合うことになり、翌日から裕美は彼女とお昼を一緒にす
ることが多くなった。
新見詩織は裕美の黒髪が気に入ったらしい。
38
黒髪の艶は、背も低く胸もささやかな裕美にとって唯一の自慢で
きるところなので、褒められて悪い気はしない。
お返しに話題を振ろうとして新見詩織の髪の毛を観察する。
淡い色をした髪は色を抜いたりしているわけではなく、天然もの
であるらしい。ふわふわとやわらかそうでぬいぐるみみたいだ。
﹁詩織ちゃんはふわふわだよね、やわらかそう。触ってみてもいい
?﹂
﹁いいよ﹂
了解をとってから、髪に触れた裕美は驚いた。
細くてやわらかくて、指触りがいい。その上、撫でられるのが気
持ちいいのか、うっとりと目を細める様子が、なぜか猫を思わせる。
ずっと撫でていたいが、この顔を長くされると危険な気がした。副
委員長として雑用をしている際は、どちらかというと自立心が強い
優等生のような雰囲気なのに、髪を撫でたとたん、まるで甘えたよ
うなしぐさをするのだ。顎の下を触ったら、ゴロゴロ言ってくれる
んじゃないかという期待さえ湧いてしまう。
︵うわー、うわー、うわー⋮⋮、もしかしてこの子って⋮⋮︶
調子に乗った裕美の横から、他の女の子たちも加わってきて、最
終的に新見詩織は鳥の巣みたいにくしゃくしゃにされたのだが、彼
女は若干苦笑して髪型を直しに行っただけで、少しも怒らなかった。
クラスの端の方でお弁当を広げていた男子の一部が、新見詩織の
思わぬ表情を見てごくりと息を呑んだようだったのだが、裕美は特
に言及はしないでおいた。女の裕美だって思わず危険な香りを嗅い
だくらいだ、無理もないと思ったのだ。
新見詩織とよく喋るようになって、数日後。裕美は彼女に一緒に
下校しないかと誘われた。
話を聞けば電車通学だというし、それならば駅まで一緒に行くの
は自然なことだ。バス通学の場合、すぐ間近に停留所があるので、
39
ほとんど歩く時間がないのである。
聖火マリアには、正門と裏門とがある。どちらも広い道路に面し
ていて、自動車の往来があるため、車に気をつけるようにと注意勧
告されている。小学生じゃないんだから、と裕美は思っていたが、
横断歩道で青信号を待つくらいの分別はつけている。
だが、急に目にゴミが入った時までは、その限りではない。
横断歩道の途中で、強い風が吹いてきたと思った瞬間だった。
春の風というものは時に強く、目にゴミが入るととんでもなく痛
いのだ。姉に言わせると、コンタクトの場合もっと痛いのだという。
なぜか自慢げに教えてくれたが、﹃もっと痛い﹄と言われてコンタ
クトに憧れを持つ者なんていないと思う。
目にゴミが入った時は、とにかく泣いて涙で洗い流すのが早い。
だがメガネをしたまま泣くと、レンズに涙がついてしまい、メガネ
が曇ってしまう。
とっさに目を潤しながらメガネを外した裕美は、いつものように
レンズを拭こうとした。
焦ったような声が聞こえてきたのはその時だった。
﹁裕美ちゃん、ゴメン。ちょっと急ぐよ﹂
新見詩織はそう言うと、裕美の腕を強引に引いて歩き出した。
﹁えっ?﹂
ぐいぐいと横断歩道を渡りきった瞬間である。先ほどまで二人で
いた場所をバイクが通り過ぎていった。
メガネを外していた裕美には運転手の顔など少しも分からなかっ
たが、鋭く睨む新見詩織の雰囲気からして、運転手は速度を落とす
気配がなかったのかもしれなかった。
︵あ、もしかして私ひかれかけた?︶
もしかして今、自分は命を救われたんだろうか。そう思いはした
が、新見詩織の表情からは大事の様子は伺えなかった。
40
バイクの巻き上げた風がメガネ拭きを運んでいき、裕美もまた、
そちらに慌てて今の衝撃を忘れた。
﹁危ないなあ﹂
タイミングよく声をかけてきたのは渋谷委員長だった。
どうやら彼も下校途中だったのだろう。声をかけるタイミングを
はかっていたのかどうかは分からない。通り過ぎていくバイクを目
で追いかけた後、彼は言った。
﹁信号無視にノンヘルメット。ナンバープレート見たけど指摘した
い?﹂
いやいやいや、と裕美は慌てる。指摘するって、それはつまり警
察に連絡をするという意味だろう。別にぶつかったわけでもないし、
何より警察と連絡なんてとりたくない。
渋谷からメガネ拭きを借りた裕美は改めてレンズを拭きはじめ、
それを見ていた新見詩織が表情を変えた。
マジマジと顔を覗きこんでくる気配に、裕美は思わず身を引いた。
﹁どうしたの?﹂
﹁ねえねえ、もう一度外してみてくれない?﹂
﹁?﹂
メガネのない自分が珍しいのだろうか。珍しいってほどまだ知り
合い歴は長くないんだけど。そう思いながらメガネを外した裕美は、
驚いた。
渋谷相手に迷うようなしぐさを見せた後、新見詩織は裕美の手を
握りしめてきたのだ。
﹁裕美ちゃん。メガネなしの方が可愛い!コンタクトに変える気は
ないの!?﹂
目をキラキラさせてそう言った新見詩織の表情に嘘はなかった。
裕美は少しばかり姉を思い出しながら、軽く笑った。
﹁お金がないから無理﹂
返答に、新見詩織はガクンと肩を落とした。よほどメガネなしの
41
姿が気に入ったのだろうかと思うと、悪い気もしない。
︵おねえちゃんに言われなきゃ、高校デビュー的にコンタクトに挑
戦したいと思ったこともあったんだよね︶
お小遣いの優先順位を趣味に回しているのでお金がないのは確か
なのだ。
︵使い捨てのやつとかで、コスプレの時だけでも試してみようかな
?︶
果たして新見詩織がその姿を見ることがあるかどうかは別として。
﹁ええと、それで、その⋮⋮﹂
裕美は頬をわずかに赤らめつつ言った。
﹁そろそろ手を離してくれない?﹂
この大胆さを男子に発揮したら、見かけとのギャップもあってけ
っこうな男子が被害に遭うのではないかとふと思ったが、まだ判断
するには早計だと口にするのは控えることにした。
裕美が、新見詩織の行動は単に色恋に疎いがゆえであることに気
づくのには、それから一か月かからなかった。
□■□ side 渋谷 □■□
新見詩織と佐々木裕美の出会いには、劇的なものは何もなかった。
同じクラスになった者同士、携帯電話のストラップがおそろいだ
ったというだけの縁だ。だがお互いに琴線に触れるものがあったの
か、昼休みも含めて一緒にいることが多い。
渋谷にとって、彼女たちは女友達というカテゴリに属する。
学級委員の職務上の問題から、新見と一緒にいることが多くなり、
彼女と仲良くなった佐々木とも話すことが増えた、という自然な流
れである。
新見はよほど彼女が気に入ったのか、一緒にいるとよく佐々木の
42
話題を出す。
7月が誕生日らしい、という前置きをしながら、彼女が誕生日プ
レゼントについて悩みだしたのがいつごろのことだったか、渋谷は
よく思い出せない。
﹁予算はね、ある程度割いてもいいんだ。けどさ、ほら、裕美ちゃ
んは自分が欲しいものは発売日に即買っちゃう方なんだよね。さり
げなく観察してるんだけど、雑誌とかで目を留めてるやつはたいが
い、発売日には手に入れてるみたいだし。オススメ本については借
りてみたりもしてるんだけど、あまり詳しくなれてないし﹂
新見がどう思っているか知らないが、佐々木はオタクにカテゴラ
イズされるタイプの女子である。興味範囲が狭く深いのだ。この手
の女子は、自分の趣味に対してはどこまでも追求する。にわか知識
で便乗しようとするとかえって逆効果なので、今の新見にはオスス
メできない。
一方の新見はと言えば、興味範囲が広く浅い。あまり入れ込まな
いタイプであるようで、いろいろなことを知っているが、どれも本
職には劣る、といった感じだ。目下のところ一番興味を惹いている
のは愛川マリアの行動のようなので、強いて言えば人間観察が趣味
なのかもしれない。
﹁何がいいと思う?﹂
何度目かな、と思いながら渋谷はため息をついた。
あれこれ考えはするものの、良案が思いつかないらしく、二転三
転した後に、こうやって渋谷に話題を振ってくる。他のことならば
ともかく、佐々木が喜ぶ誕生日プレゼント案なんて渋谷には手にお
えない。
﹁どうしてそこで、僕に聞くかな。女の子の喜びそうなものなんて
僕の方が知りたいよ﹂
﹁そこで諦めたらいい大人になれないと思うわけよ。どうせ贈るな
ら喜んでもらいたいんだもん。なんかいい案ない?﹂
43
﹁女の子同士なんだから、新見さんが欲しいと思うものにすれば?﹂
﹁え?新しい服﹂
即座に返ってきた返答に、渋谷は少し黙りこんだ。女子の服の相
場なんて知らないが、男子のものより高そうということだけは分か
る。
﹁⋮⋮まあ、高校生同士で贈り物にするには、ちょっと予算が高い
かもしれないね﹂
﹁そうなんだよねえ。サイズの問題とかもあるし。あと、趣味の違
いとかもあるから﹂
仕方なく渋谷はヒントを散らすことにした。この手の回答は自分
でたどり着いてもらわねばどうしようもない。後で責任がとれない
から。
﹁新見さんにとっての、彼女の特徴ってなに?﹂
﹁外見って意味?うーん、小柄で、すっごく綺麗な髪してて、メガ
ネで、私と同じストラップ使ってて⋮⋮﹂
指折り数えているうちに答えが見えてきたらしい。もう少し早く
こうしておけばよかったと渋谷は思った。
﹁そっか。髪飾りなら。多少趣味と合ってなくても服装に合わせて
変えられるし、いいかもしれない!﹂
天啓のように思いついたらしく、新見はさっそくメモをとった。
嬉々として手帳を取り出し、週末のスケジュール調整に入ったとこ
ろを見ると、ショッピングモールかどこかに探しに行くのだろう。
やれやれ、と渋谷が肩の荷を落としかけた時だ。
﹁あ、せっかく裕美ちゃんの誕生日教えてあげたんだから、委員長
も用意するんだよ?プレゼント﹂
当然のような顔をして、新見は言った。
﹁え?﹂
﹁なんだったら一緒に探しに行く?﹂
次いで提案された言葉に、渋谷は耳を疑った。
44
﹁⋮⋮⋮⋮え?﹂
﹁ショッピングモールはね、けっこう女の子向けアクセサリーが充
実してるんだよねー。ふっふふふ、お年玉貯金はまだあったっけ?
いざとなったらお小遣い前借りするって手もあるし﹂
﹁ちょ、待っ⋮⋮﹂
﹁ん、何?﹂
不思議そうに首をかしげる様子を見て、他意がないのは理解でき
た。そして、買い物をしている様子を想像してもいないのだろうと
いうことも。
同世代の男女二人が休日のショッピングモールで一緒に買い物を
している様子を、誰かに目撃でもされた場合、その誰かがどう考え
るかということが、まったく考慮から抜けている。
﹁⋮⋮君、僕の性別完全に忘れてるだろう﹂
渋谷が絞り出した声は、不本意ながら苛立ちを含んでいた。
指摘は検討違いだったらしく、﹁委員長は男にしか見えないけど﹂
というコメントと共に首をかしげている。
本当にこの女は高校生かと渋谷は心の中で叫びたくなった。
鈍い。疎い。他のことはそうでもないのに、色恋沙汰に限定して
!一体どこの誰だ、この女をこんなに鈍く育てた阿呆は!
渋谷はため息をついた。
﹁⋮⋮分かってるよ。新見さん相手に動揺してる僕が馬鹿なんだろ
うな﹂
あーあ、と渋谷は呟いて首を振った。
結論から言って、新見と一緒に出かけるはめにはならなかった。
少し遠くの駅に気に入りのアクセサリー屋があるとかで、親戚に車
を出してもらったと言っていたからだ。ホッとしたような、残念な
ような、複雑な気分であった。
情報としては知っていた佐々木の誕生日に、渋谷は何も用意しな
かった。代わりに、当日の話題でさりげなく誘導し、あたかも今知
45
ったような顔で﹁おめでとう﹂の一言を告げた後、飲み物を一缶奢
っただけだ。
新見はそれを友達甲斐がないと思ったらしい。真意を尋ねてきた
のでこう答えた。
﹁物を贈らない方がいいっていう選択肢も、世の中にはあるんだよ。
僕は佐々木さんとまで距離感を間違えたくはないからね﹂
肩をすくめながらそう答えた渋谷は、いつものとおり苦笑してい
る。
距離感を間違えたかもしれない、と薄々感じているケースが、約
一例、あるだけに。
46
9月:インタビュー小話
9月の冒頭のことだった。京子嬢がこんなことを言い出した。
﹁うちの学校って、イケメンが多いじゃないの。それでね、報道部
では﹃校内のイケメン特集﹄ってのをやってるのよね﹂
﹁やってるって、すでに?見たことないんだけど﹂
﹁まあ、鋭意インタビュー中ってところ。なかなか情報も集まらな
いし、どこでイケメンの線引きするかって問題もあるから、なかな
か特集記事としては組めないんだけど、例えばうちのクラスなら火
村くんとか土屋くんとかね。日比谷センセ︱も入ったりするけど﹂
なるほど、マリア嬢の攻略対象であればハズレはないだろう。
﹁それでね、詩織に協力してもらいたいことがあるのよ。代わりに、
集めた情報のうち一つを教えてあげるから﹂
﹁え、なんで私?﹂
私は別にイケメンに興味とかないんだが。そう思いながら京子嬢
を見返すと、彼女はこう続けた。
﹁生徒会室にコネがあるでしょ?水崎先輩と金城先輩にインタビュ
ーがしたいんだけど、さすがに生徒会室じゃあ、部外者による突撃
取材はできないのよね﹂
﹁あそこって別に部外者立ち入り禁止じゃないよ?﹂
﹁けど、ファンクラブの立ち入りが不可になったじゃない?そのせ
いで、生徒会公務に無関係なインタビューとかもダメになっちゃっ
たのよ。迷惑な話よねえ﹂
まあ、居場所がハッキリしている分、押しかけやすい場所なんだ
し、それくらいの配慮は必要かもしれないな。
﹁だとすると、私が仲介してもダメなんじゃないの?﹂
﹁詩織が用事がある時に、便乗して中に入ろうってことよ。質問は
47
あたしが勝手にするから﹂
うーん、それを承諾していいものかどうかは謎だけど。
﹁まあ、付き添いたいってことなら、断る理由もないかなあ﹂
その会話をしてから数日後の放課後のことである。
日常の中の雑談なんて、すっかり忘れた気分でいたところ、委員
長から生徒会室への提出書類を頼まれた。
﹁これさ、今日中に出さなきゃいけないんだけど、ちょっと先生に
呼ばれてるんだよ。頼まれてくれない?﹂
﹁いいよ﹂
別にたいした手間でもないし、田中先輩にご挨拶がてら届けてこ
よう。
そう思い、教室を出ようとしたところ、ガッシリと肩を掴んでき
た人物がいた。京子嬢である。
﹁ふっふふーん、さっそくいいタイミングが来たじゃないの﹂
インタビュー用らしいメモ用紙とICレコーダーを私に見せなが
ら、京子嬢は言った。
生徒会室は西校舎は三階にある。京子嬢と一緒に向かうのはもち
ろんはじめてだったのだが、彼女は西校舎には頻繁に足を運んでい
るらしい。
﹁報道部の活動場所にはね、西校舎も入るのよ。あまり人数が多く
ないから、部長に連絡をとることも多いし﹂
報道部の部長さんには会ったことがないのだが、三年生なんだと
いう。
﹁部長さんてどんな人?﹂
私が尋ねると、返答はこうだった。
﹁そこそこ仕事はできるし、そこそこ頼りになるし、そこそこカッ
コイイわよ﹂
48
微妙⋮⋮。京子嬢に言わせるとそこそこな先輩らしい。彼女はわ
りと人物評価が辛いのでそのせいかもしれないが、気の毒な。
生徒会室には、京子嬢の期待どおり水崎先輩と金城先輩、それに
田中先輩がいた。一年生の役員たちは今日はいないらしい。
﹁失礼します。書類を提出に来ました﹂
頭を下げながら入室すると、田中先輩が穏やかに微笑んだ。
﹁あら、いらっしゃい﹂
水崎先輩と金城先輩は、応接スペースのソファに座っていた。二
人が囲んでいるのは来客用のローテーブルと⋮⋮、トランプである。
カードゲームでもしてたんだろうか。けど、田中先輩がいるんだし、
別にサボってたわけでもないのかな。息抜き?
﹁報道部の祭京子と申します!実はお二人にインタビューしたいこ
とがありまして!﹂
京子嬢は二人の様子を見て、仕事中ではないと結論づけたのだろ
う。笑みを浮かべながらICレコーダーを取り出すとそう言った。
﹁インタビュー?﹂
水崎先輩がいぶかしげな顔をして金城先輩を見やった。金城先輩
は静かに首を振る。
﹁報道部の部長からは聞いておりませんよ。アポイントメントはな
いんでしょうね﹂
﹁ふーん⋮⋮﹂
水崎先輩は少し考え、それからこう続けた。
﹁おまえたち、ポーカーは分かるか?﹂
は?
私が目を丸くしたのが分かったのだろう、水崎先輩は手に持って
いるトランプを示しながらもう一度言った。
彼が手に持っているのは、エースのフォーカードだ。ポーカーだ
とすればわりと強い役である。
﹁ポーカー、ですか。ええ、まあ、分かりますけど﹂
49
﹁オレに勝てたら一つずつ質問に答えてやろう。それでどうだ?際
限ないのも問題だから、十回勝負な﹂
そう言って、金城先輩を見やる。金城先輩は軽く肩をすくめた後、
大人しくカードをシャッフルしはじめた。
﹁え、えーと⋮⋮﹂
おまえたちってことは、今のは私も入ってるのか?
戸惑う私を尻目に、京子嬢は目の色を輝かせた。彼女の立場から
すればそうだろう。勝ち続ければ最大で十個、質問に答えてもらえ
るわけだ。どんな質問をするつもりか知らないが、水崎先輩は自分
から仕掛けた勝負で負けたからといってごねたりはしないだろうか
ら、無茶な質問でも可能かもしれない。
﹁負けた後に、その質問はノーコメントとか言いませんよね?﹂
京子嬢は言質をとるべくそう尋ねた。水崎先輩がムッとした表情
を一瞬浮かべるのを見て、勝利を確信したような笑みを浮かべる。
﹁その勝負、喜んで受けさせてもらいます!﹂
結論から言おう。
水崎先輩は強かった。カードの引きがとんでもなく良い。十回や
って、そのうち八回がロイヤルストレートフラッシュだなんて、そ
んな馬鹿な。
﹁そ、そんな⋮⋮﹂
惨敗を喫した京子嬢は、打ちのめされたかのように肩を落とした
が、彼女のカードの引きだって悪くはなかった。十回中、一回は彼
女のエースのフォーカードで勝負がついたのだ。
え、私?うん、役がまともにそろわなくて最大でスリーカードと
かだった。金城先輩は地道にフルハウスなどを連発していた。
﹁なかなかやるな﹂
水崎先輩はそう言って、満足げに笑った。
﹁約束どおり、一つは質問に答えてやろう﹂
﹁で、ではっ⋮⋮﹂
50
京子嬢はごくりと息を呑んでメモ用紙を取り出すと、考えてあっ
たらしい質問のうち、一番要望が多いだろうと思われる質問を繰り
出した。
﹁好きな女性のタイプを、教えてください!﹂
うん、確かにそれは要望が高いだろう。だけど、残念だけど、京
子嬢。私はその質問は悪手だと思うわけだ。
水崎先輩の好きな女性のタイプなんて、見れば一目瞭然である。
取り巻きであるファンクラブの女性たちが、全員派手目なメイクを
していてスタイルがよく、色素の抜いたふわふわ髪であることを考
えれば結論は簡単に出る。あと、マリア嬢を気に入っている理由も
含めれば完璧だ。
どちらかというと﹃恋人はいますか﹄の方が良かったんじゃない
かと思うのだが、その回答もまた﹃いない﹄のはずなので面白みは
ない。
﹁気の強い美人だな﹂
水崎先輩はあっさりと言った。
京子嬢は喜んでメモ書きをしているが、十回もポーカーをやった
ことに対する報酬としてはあまりにも軽い返答な気がする。
⋮⋮ふむ、良し。
﹁金城先輩は?﹂
答える気のなさそうだった金城先輩に、いかにも自然な様子で尋
ねてみると、彼は少しばかり苦笑を浮かべてから答えた。
﹁素直な女の子でしょうか﹂
よしよし、これで二人分だぞ、京子嬢。
﹁そういえば、水崎先輩。どうしてまたトランプしてたんです?﹂
私が尋ねると、水崎先輩は、﹁ん?﹂とばかりに視線を向けてき
た。
﹁修学旅行では、皆で一度にやれるゲームの方がいいんだろう?﹂
﹁それでトランプですか?修学旅行って、11月ですよね?まだ先
じゃあ⋮⋮﹂
51
﹁オレはこの手のゲームはほとんどやったことがないからな、ルー
ルを把握しておかないとまずいだろう﹂
﹁なるほど﹂
ええかっこしいで負けず嫌いなところのある水崎先輩のことであ
る。トランプのルールが分からないとまごつく様子は見せたくない
だろうし、それは納得だが。
⋮⋮11月の修学旅行に備えて今から予習してるのか⋮⋮。
これは生徒会の仕事をサボっているというのではないだろうか。
ちらりと田中先輩に視線を向けると、彼女は小さく微笑んでいた。
この件については黙認しているらしい。彼女自身は加わっていない
ところを見ると、推奨もしてないんだろうけど。まあ、微笑ましい
というのは分からないでもない。
﹁金城先輩も、あまりやったことがないんですか?﹂
﹁ルールはある程度把握していますが、実際に誉とやることはなか
ったですね。一対一でやるルールは、あまり多くないでしょう?﹂
確かにそうかもしれない。ババ抜きなんかをタイマンでやったら、
意味がない。
﹁修学旅行、楽しみにされてるんですねえ﹂
私が感心したように呟くと、水崎先輩はわずかに頬を赤らめて、
それからそっけないふりをしてこう言った。
﹁わざわざ普通科高校に来たんだ、それくらいは構わないだろ﹂
キラッと京子嬢が目を輝かせる。
﹁そういえば、どうして水崎先輩はこの学校にきたんです?﹂
おおお、と私は思わず京子嬢を見やった。確かに不思議だ。聖火
マリアは私立で、もともとはミッション系という特徴はあるにして
も、ごく普通の高校である。マリア嬢の攻略対象がこの学校にいる
ことについてはなんら疑問が湧いていなかったけど、彼らはどうし
てこの学校に来たんだろう。
﹁僕と誉は、幼稚舎からとある私立学校にいたんですよ﹂
代わりに答えたのは金城先輩だった。
52
﹁ですが、そちらは上流階級といいますか⋮⋮日本でも飛びぬけて
裕福な方々ばかりが集まる学校でしてね。感覚がおかしくなると将
来水崎財閥を背負う者としては問題があるという会長のご方針で、
普通科高校に進むようにと言われたんです﹂
わずかに苦笑いしつつ、金城先輩は続けた。
﹁この学校にしたのは⋮⋮、どうしてでしたっけ?﹂
水崎先輩は少しばかり首をひねった後、こう答えた。
﹁よくは覚えてないな。ただ、校名を聞いた時になんとなく気に入
ったからここにしたんだ﹂
その返答に京子嬢は拍子抜けしたような、それでいて納得できな
いような顔で首をひねった。
﹁では次に⋮⋮﹂
京子嬢がさらなる質問を重ねようとした時だ。
ピピピピ⋮⋮
電子音が聞こえて私は顔を上げた。出所は会長席の上に置かれた
ストップウォッチである。
﹁休憩時間終了。そろそろ二人とも仕事に戻ってちょうだい﹂
田中先輩がそう言うと、水崎先輩はおとなしく立ち上がった。ど
うやら仕事にメリハリをつけるために休憩時間を設けていたらしい。
単に﹁仕事しろ﹂だけだと効果がないと踏んでいるのだろう。さす
がである。
生徒会室から戻る途中、京子嬢はしきりに首をかしげていた。
﹁高校選択の理由かー、詩織はどうしてここにきたの?﹂
﹁私は制服が可愛いのと部活動が盛んだったのが気に入ったのと、
学力レベルがちょうど良かったからだったかな﹂
一番大きい理由については伏せつつ答えると、京子嬢は納得した
顔をする。
﹁そうよね、あたしも制服だったのよ。女子にはこの理由が多いん
じゃないかしら。でも男子はねー﹂
53
京子嬢は首をひねる。確かに、この学校、女子の制服は可愛いん
だけど、それとお揃いの男子の制服は、あまり男子受けするように
は見えないのだ。ちょっと恥ずかしいデザインというか。汚れが目
立ちそうというか。
﹁土屋くんは、分かりやすかったのよ﹂
﹁え?﹂
﹁学校選択の理由よ。集めた情報のうち一つを教えてあげるって言
ったでしょう?﹂
言ったけど、どうせなら好物とか、そういうものを聞いてみたか
ったんだけど。
﹁⋮⋮まあ、いいか。土屋くんはどういう理由なの?﹂
﹁水泳部があったから﹂
﹁え?﹂
水泳部のある学校は、他にもいろいろあると思うんだけど。
水泳に熱心な学校には、競泳部と一般部で分かれている学校もあ
るらしい。聖火マリアの場合は全部一緒くたで競泳がメインだ。
﹁うちの学校の水泳部は、プールも年中使えるし、大会成績もいい
でしょ。土屋くんが小さいころから通ってた水泳教室がね、うちの
コーチが所属してる水泳クラブらしいのよ。それで、うちに来いっ
てスカウトされたんだって﹂
﹁へー﹂
すごく納得である。土屋少年、入学前から期待の星だったんだな。
﹁なお、土屋くんの好みのタイプはこうよ。﹃言えるかそんなもん
!﹄﹂
ぶっ。
いや、ゴメン。思わず吹き出しちゃった。土屋少年、分かりやす
すぎ。
﹁火村くんはまだ聞いたことがないんだけど⋮⋮、ああ、C組の桂
木くんの志望理由は面白かったわね﹂
﹁面白い?﹂
54
私は首をかしげた。ちなみにデザイナーくんは、うちの教会の十
字架が好きだったという理由だ。かなり変わっている。それよりも
面白い理由なんて早々ないと思うんだけど。女の子の好みは知らな
いが、女の子なら誰でもOKみたいな気はする。
﹁学校のオープンキャンパスに来た時にね、日比谷センセ︱と話を
したんだって。その時に、悩み事を聞いてもらえたのがきっかけな
んだってさ﹂
﹁⋮⋮へ?﹂
﹁ちなみに好きなタイプはこうよ。﹃考えたことがない﹄まあ、イ
メージどおりの回答かな、これは﹂
メモを読み上げながら、京子嬢は苦笑した。
月島兄弟の志望理由までは、京子嬢は知らなかった。
インタビュー内容としてはちょっとズレているせいだろう。高校
選択の理由なんて、﹃好きな女性のタイプ﹄や﹃好きな食べもの﹄
ほどの重要性があるとは思えなかったし。月島元生徒会長の好みの
タイプは気にならないでもないが、知ったところでどうしようもな
いので置いておこう。
だけど、桂木くんについての情報は、ちょっと気になる内容だっ
た。家に帰った私が、話題を振る動機には十分なくらいに。
﹁ねえ、和兄。去年のオープンキャンパスについてのことって覚え
てる?﹂
﹁目立つことなら覚えてると思うが。なんだ急に?﹂
和兄は首をかしげて私を見た。
唐突な質問であることには自覚がある。
聖火マリアのオープンキャンパスは、年間に何度か開催されてい
る。だから、桂木くんがやってきたというのがいつのことかは分か
55
らないし、和兄だって何年も教師をやってるんだから、そこに来た
中学生のことを覚えているっていう保証はない。
それでも聞いてみたくなったのは、たぶん、彼の悩み事というの
が少し引っかかったからだと思う。
友達が悩んでるかもしれないっていうのは、気になるじゃない。
何か役に立てないかなって。
﹁京子嬢からね。去年、桂木くんがオープンキャンパスに来てたっ
ていう話を聞いたんだけど﹂
私が言うと、和兄はしばらくの間記憶をたぐるような顔をした。
﹁⋮⋮ああ。いたな、確かに﹂
おお、すごい。さすがにイケメン、パッと見でも印象深かったん
だろうか。
一度思い出してしまえば次々と蘇るのが記憶というものらしい。
和兄は合点がいった顔で何度かうなずきながら続けた。
﹁覚えてる覚えてる。確か6月だ。聖火マリアのオープンキャンパ
スは、教師一人につき数組の中学生って感じで校内を案内するんだ
けどな、友達の男子中学生と一緒に参加してたはずだ。確か学ラン
着てたぞ。中学生としちゃ背が高かったから覚えてる﹂
﹁その時、なんか変わったことあった?﹂
﹁変わったこと?﹂
和兄はおうむ返しに言葉をつむいだ後、さらに首をひねった。
﹁⋮⋮別に面白いことはなかったと思うが。同じ組の女子中学生が、
やつのことばっかり見てて親御さんが困ってたとか、その程度だ。
まあ、その分親御さんから質問がいろいろあったから、それは問題
なしとして。桂木とは、少し話をした程度だったし⋮⋮﹂
﹁京子嬢が言うにはさ、桂木くんはその時、和兄に悩み相談をして、
それがうちに来たきっかけなんだって﹂
和兄は私の言葉に目を見開いた。
﹁⋮⋮⋮⋮へえ﹂
沈黙はかなり長かった。その果てに出てきたのは、相槌みたいな
56
声で、その後、和兄は一人で納得したような顔で苦笑した。
﹁⋮⋮なるほどな、苦労してるな、あいつも﹂
﹁?思い当ることあり?桂木くんの相談てなんだったの?﹂
﹁言わない﹂
﹁え﹂
さらっと拒否が返ってきて、私はむしろ驚いてしまった。
目を丸くしているだろう私に、和兄はお説教するような顔で言っ
た。
﹁詩織、どんな内容だろうと人の悩み事を、そうやすやすと他の人
間に言うわけないだろう﹂
﹁あ﹂
確かにそうだ。信用して悩み相談を持ちかけたのに、よそでペラ
ペラしゃべるようなことされたら、幻滅するどころじゃ済まない。
﹁⋮⋮そうだね、ゴメンなさい﹂
桂木くんに土下座したい気分で私が頭を下げると、和兄はポンと
私の頭に手を置いた。
﹁それに、相談というほどのものじゃない、一言二言質問されただ
けだ。俺の回答がなんかのヒントのなったのかもしれないけどな。
入学してからは、個別に俺に相談に来たりはしてないし。あいつな
りに、整理がついてるんじゃないか?﹂
和兄はそう言って、当時を思い出すような遠い目をした。
﹁懐かしいな。もう一年経つのか﹂
それで、と和兄は話題を変えた。
﹁なんだって祭はそんな話をしたんだ?﹂
﹁あ、うん。﹃校内のイケメン特集﹄だって。好きなタイプとか、
学校志望の理由とか。和兄も聞かれた?﹂
私の質問に、和兄は一瞬眉根を寄せた。
﹁⋮⋮たまに来るな。適当にあしらってるから答えてないが。なん
だ、それで桂木にインタビューでもしにいったのか﹂
﹁私が付き合ったのは生徒会の二人にだけどね。手伝ったお礼にっ
57
て土屋少年と桂木くんの情報をもらったの。和兄もそのうち聞かれ
るだろうから、回答用意しといたらどうかな。ちなみに、和兄の高
校選択の決め手はなんだったの?﹂
私が尋ねると、和兄はあっさりと答えた。
﹁奨学金﹂
﹁え﹂
﹁聖火マリアは、一定以上の成績をキープする条件で、学費がほぼ
全額タダになる奨学金制度があるんだよ。俺の場合はそれだ。まあ、
このくらいならインタビューされても特に困らないな﹂
﹁ふーん、そっか。じゃあ、続いての質問。日比谷センセ︱の好み
のタイプは?﹂
おそらく質問されるだろう筆頭を口にすると、和兄は苦々しい表
情を浮かべてじと目で私を見た。
﹁⋮⋮おまえ、それ、俺に聞くか⋮⋮?﹂
﹁え?﹂
﹁ああ、ハイハイ。分かってるよ。そうだな、その質問には適当に
反応できる答えを用意しとく。祭にはこう伝えとけ、﹃インタビュ
ーしたいならいつでも来い、けど他の生徒の邪魔にならないように﹄
ってな﹂
後日、京子嬢は和兄独占インタビューの権利を勝ち取ったと嬉し
そうに報告してくれたが。それによると和兄の好みのタイプは﹃特
になし﹄らしい。
用意しておいたんじゃなかったのか、なんかもう少しノリよく答
えたらどうなんだ。言い換えればあれか?女なら誰でもいいって意
味じゃないだろうな。
私がわずかに気分を害した顔をしているのを見て、京子嬢はこう
続けた。
﹁だって、﹃インタビュー記事として載せるならこうとしか答えら
58
れない﹄って言うのよ。そういう言い方されちゃうとねえ?記事に
はしないから教えてくださいって言いたくなっちゃっても仕方ない
でしょう?まあ、答えてくれなかったけど﹂
にやにやと笑みを浮かべながら京子嬢は言った。
﹁あれは絶対に、本命が⋮⋮ううん、きっと恋人がいるわね﹂
証拠を掴んでやる、と実に楽しそうに彼女は笑った。
それは9月のこと。忙しい文化祭準備がはじまる、寸前の出来事
だった。
59
PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n2290bo/
乙女ゲーム世界で主人公相手にスパイをやっています【
連載版】
2016年7月7日20時38分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
60
Fly UP