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(3)道東地方の土壌凍結深減少の気候学的要因の解明および冬

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(3)道東地方の土壌凍結深減少の気候学的要因の解明および冬
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温暖化条件下の積雪・土壌凍結地帯の長期変動傾向の予測と農業に及ぼす影響評価
(3)道東地方の土壌凍結深減少の気候学的要因の解明および冬の気候変動予測可能性の検討
独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構 北海道農業研究センター
寒地温暖化研究チーム
廣田知良・根本学・岩田幸良
平成 17~19 年度合計予算額
58,121 千円(全課題分)
(うち、平成 19 年度 当初予算額
17,619 千円(全課題分))
[要旨]
北海道・道東地方の土壌凍結深の減少傾向は 1980 年代の後半から生じており、この時期は北陸
地方平野部の積雪深の減少傾向を示す時期やオホーツク海沿岸部の流氷量の減少傾向を示す時期
とも一致した。また、北海道・道東地方の土壌凍結深変動に影響する同地方の積雪の変動要因を
解析した。道東地方の降雪は北海道中央部の脊梁山脈の存在により、日本海側のように冬の寒気
の吹き出しによる季節風がもたらす降雪ではなく、西高東低の冬型の気圧配置が崩れて温帯低気
圧の通過による降雪が支配的である。そこで、冬季の温帯低気圧の道東地方への冬の進入回数を
調べたところ土壌凍結深の発達に影響する 12 月に増加傾向であった。これらの現象から道東地方
の土壌凍結深の減少は 1980 年後半からの冬の東アジアモンスーンの弱化傾向に伴う温帯低気圧
の初冬の時期の進入回数の増加が要因と考えられた。さらに、道東の土壌凍結深の変動傾向の気
候変動を、異常気象や気候変動と密接な関連があるとされている ENSO(エルニーニョ・南方振動)との関
係に着目して解析した。エルニーニョ現象を示す良い指標となる南方振動数(SOI)と道東地方の年最大
土壌凍結深の年々変動の関係は、冬の東アジアモンスーンが弱化傾向となる 1980 年代後半から有
意な関係(p<0.05)にあった。さらに、1993 年以降になると(1993-2004)、道東の土壌凍結深と 12 月の海水
面温度の月平均値との関係では、インドネシア北部の海域(2°N-2°S, 122°E-137°E)と予測可能といえるほ
ど高い相関関係があることがわかった。つまり、インドネシア北部の海域海水温度を監視することで、初冬
の 12 月の時点において道東地方の冬の最大土壌凍結深を予測できる可能性がある。
[キーワード] 土壌凍結、積雪、温帯低気圧、予測可能性、ENSO
1.はじめに
北海道・道東地方は、課題1から、土壌凍結深の顕著な減少傾向にある地域が道東地方の広範囲で
生じていることが明らかにされ、かつこれが北海道開拓以来、はじめて生じていることが明らかになった。
土壌凍結深の減少傾向は地球温暖化の影響も考えられるが、原因は明確ではなく、かつ土壌凍結深の
減少傾向が今後も続くか否かも不明である。また、土壌凍結深の減少傾向が続くか、それとも周期的な変
動現象なのかによって、この地域での気候変動に対する農業の適応策は大きく変わりうる。そこで、道東
地域における土壌凍結深の変動傾向の要因を、グローバルやアジアスケールでの気候変動と関連づけ
て解析を行い、今後の気候変動条件(温暖化条件)で土壌凍結深がどのように変動するかについて予測
の可能性も検討し、積雪・土壌凍結地帯における農地環境の将来予測や今後の適応策に資することを
目的とする。
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2.研究目的
道東地方における土壌凍
結深の減少傾向は、冬季の気
温上昇が直接の原因ではなく、
初冬の積雪深の増加により土
壌が断熱される時期が早まった
ことによることを課題1より示
した。道東地方の降雪は北海
道中央部の脊梁山脈の存在に
より、日本海側のように冬の
寒気の吹き出しによる季節風
がもたらす降雪ではなく(図
1)、西高東低の冬型の気圧配
置が崩れた祭の温帯低気圧の
通過による降雪が支配的である
1)
。温暖化傾向の中で、初冬の道東への温帯低気圧の進入が増え
るとすれば、今後も積雪深増加の早期化と土壌凍結深減少傾向が続くことが予想される。これは、
道東地方の冬の予測可能性を示す重要な仮説となると同時に、道東の気候変動予測には地球規模
の大気循環の場との関連の解明が不可欠であることを示す。そこで、道東地方における土壌凍結
深の減少が今後も続くのか否かを1)課題1で作成した積雪・土壌凍結深の長期データセットに
よる長期変動解析、2)温暖化条件で道東に降雪をもたらす冬季の温帯低気圧の通過回数の増加、
3)あるいは日本近海や極域、遠洋の海水面温度と道東での降雪量の関連等、地球規模の気候変
動との関連性の解析によって明らかにする。さらに、道東での土壌凍結深の長期傾向の要因解明
ばかりでなく、土壌凍結深の年々変動の予測可能性も検討する。
3.研究方法
(1)まず、道東地方の土壌凍結深の減少傾向が地域固有のローカルな現象なのか、あるいは、
より大きな気候スケールに関連する現象なのかを、日本の他の地域で近年生じている雪氷に関す
る他の気候変化の事例と比較して考察した。また、道東地方の降雪の大部分は西高東低の典型的
な冬型の気圧配置がくずれ、温帯低気圧の道東への進入により生じる。そこで、温帯低気圧の道
東への冬の進入回数を過去 30 年(1976-2005)の天気図を用いて解析した。なお、対象は、天気図
から帯広上空を温帯低気圧が通過したと認められ、かつ帯広での降水量が 5 mm 以上あるいは降
雪深が 10 cm 以上の日とした。
(2)さらに道東で生じている土壌凍結深の減少の要因を検討するため、特に気候変動や世界の
異常気象の発生の様々な関連があると考えられている ENSO(エルニーニョ・南方振動)2)や海水面温度
との関連について解析した。エルニーニョについては、気象庁をはじめとする世界の気象機関がエルニー
ニョを示す良い指標となる南方振動指数(SOI)のデータを 1950 年前後から公開している 2)。これらのデー
タと課題1で得られた北海道道東地方の年最大土壌凍結深の長期傾向の関係を解析した。また、道東地
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方の土壌凍結深の傾向と海水面
温度については、対象解析領域
を限 定 せず、太 平 洋 領 域 あるい
は世界の海水面温度との関係を
調べた。海水面温度として用いた
データは気象庁より提供されてい
る COBE-SST を用いた(月別値,
全球,1°×1°期間は 2004 年ま
で)3)4) 。土壌凍結深については課
題1で作成 した土壌凍 結深モデ
ルによる道東地方 24 地点平均の
最大土壌凍結深のデータを用い
た。解析する時期としては、土壌
凍結の発達に決定的な影響を与
える初冬の 12 月に焦点を絞っ
た。
そして、これらの(1)、(2)の結
果)から道東 地方の土壌 凍結深
減少の気候学的要因の考察と冬
の気候変動予測可能性を検討し
た。
4.結果・考察
(1) 課題1で示したように、
道東地方の土壌凍結深の減少傾
向は 1980 年代の後半から生じ
ている。一方、北陸地方平野部
の降雪深(積雪深) 5) とオホー
ツク海沿岸部の流氷量
5)6)
も近
図 2 a) 十勝地方帯広における土壌凍結指数、b) 北陸地方
平野部の降雪深、c) オホーツク沿岸の流氷量の年々変動
b)とc)は 20 世紀の日本の気候、気象庁(2002)に一部データ
を加えたもの Hirota et al.2006)
年、統計的に有意(p<0.05)に減
少しており、これらの減少傾向を示す時期も、1980 年代後半から生じており、十勝の土壌凍結深
が減少傾向を示し始めた時期と一致した(図 2)7)。つまり、北陸地方平野部の降雪深の減少やオ
ホーツク海沿岸部の流氷量の減少、そして十勝の土壌凍結の減少について、相互の関連性が示唆
され、かつこれらの現象は東アジア地域の冬のモンスーンの勢力の強さと密接に関係すると考え
られる 8)。すなわち、
1)冬の東アジアモンスーンの勢力が強い場合(典型的な西高東低の気圧配置が多い)、冬のモン
スーン勢力が強い → 日本海側の北陸の降雪は大 → 日本国内の太平洋側は晴れの日が多い →
北海道・道東は雪が少なく土壌凍結が発達する。
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2)冬の東アジアモンスーン勢力が弱い場合(西高東低の気圧配置が崩れることが多い)、冬のモ
ンスーン勢力が弱い → 寒気の吹き出しが弱いため、日本海側は気温および海水面温度上昇要因
に → 北陸地方の降水は降雪が占める割合が小さくなり、積雪深は減少 → 一方、温帯低気圧の
発生、道東への進入は増加するため → 太平洋側でも降雪が多くなる → 北海道・道東は多雪傾
向になり土壌凍結は発達しない、との因果関係の成立が考えられる。
実際、過去 30 年間の温帯低気圧
の道東への進入回数を調べると、土
壌凍結深の発達に大きな影響を与え
る 12 月は増加傾向であった(図 3)。
つまり、初冬の西高東低の典型的な
冬型の気圧配置が崩れることが多く
なることにより、冬の道東地方への
温帯低気圧の進入は増加する、いわ
ゆる東アジアモンスーンの勢力が近
年の弱化傾向になることにより、初
冬の積雪深が増加して、ひいては道
東地方の土壌凍結深の減少傾向にな
図3
帯広に侵入した温帯低気圧の回数
ったといえる。
図4 南方振動指数(SOI)と道東の年最大土壌凍結深平均値(Dmax)の年々変化(1975-2005)
(2) 図4に南方振動指数(SOI)と道東地方の土壌凍結深の 24 地点平均値との関係を示す(図
4)。注目すべき事として 1989 年以降、両者の関係は有意(p<0.05)になることがわかった。すな
わち、1980 年代後半以降の土壌凍結深が減少傾向をはじめた時期から、ENSO との関係が強化さ
れていることを示す。
さらに、道東の土壌凍結深と海水面温度の関係を調べたところ、エルニーニョ監視区域で
NINO.WEST と呼ばれている海域 2)の西側半分のインドネシア北部の海域と高い相関関係があり(図 5)、
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特にインドネシア北部の海域
(2°N -2°S, 122°E-137°E :
図 5 のW1領域)とは有意な
関係であり(p<0.01;
1978-2004)、さらに、1993 年
以降になると(1993-2004)道
東の土壌凍結深と海水面温
度の関係では、予測可能
(r2=0.68)といえるほど高い相
関関係が得られた。
道東の土壌凍結深と南方
振動指数(SOI)が 1980 年
後半以降、両者の関係が強
化されている時期は、1980
図 5 北海道・道東地方の土壌凍結深と太平洋西部の海水面温
度の相関関係分布図 (1993-2004)
年代後半は北海道を含む日本付近の気温の急上昇の時期 5)、また、日本と同緯度帯の太平洋中西部
(30°N-45°N, 130°E-155°W)の海面水温急上昇の時期とも重なる 9)。この 1980 年代後半の日本周辺の気
温急上昇はあるいは海面水温急上昇の要因は北極振動(AO)と関連が深いとされている 9)。また、1993
年以降はこの海域を含む熱帯に地方にあたる太平洋の南西部の海水面温度が急上昇した時期と重なる
(図 6)。つまり、道東地方の近年の土壌凍結深の減少は寒冷気候帯と熱帯の気候変動の双方の相互作
用を受けた結果として表れていると解釈できることを示唆すると共に、この相互作用の結果として、近年、
道東の土壌凍結深変動が
インドネシア北部の海域と
のテレコネクションがさ
らに強まり、予測可能と
いえるほど高い相関関係
になったと解釈できること
を示唆する。
結論として、12 月のイン
ドネシア北 部 の海 域 の海
水面温度から道東地方の
土壌凍結深の予測可能性
が、現在の気候条件下で
は高いことを見出した。し
たがって、今後、この手法
の適用範囲や大気要因側
からの気象学的根拠の追
求を重ねることにより、道
東地方の土壌凍結深の季
節予報の可能性も十分に
図 6 道 東 地 方 年 最 大 土 壌 凍 結 深 とインドネシア北 部 海 域 (2°N
-2°S, 122°E-137°E) の海水面温度との関係(図 5 の W1 領域)
(a) 散布図(1993-2004)、(b) 時系列グラフ(1978-2004)
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あると考える。
5.本研究により得られた成果
(1)道東地方の土壌凍結深の減少傾向は 1980 年代の後半から生じており、この時期は東アジア地
域の冬のモンスーンの勢力の強さと関係する北陸地方平野部の積雪深の減少傾向を示す時期やオ
ホーツク海沿岸部の流氷量の減少傾向を示す時期と一致していた。これは、道東地方の土壌凍結
深の減少傾向がローカルな現象ではなく、冬の東アジアモンスーン規模での気候変動との関連を
示唆する。
(2)道東地方の土壌凍結深の減少の要因である初冬の雪について解析した。道東地方の降雪は、
北海道中央部の脊梁山脈の存在により日本海側のように、冬の寒気の吹き出しによる季節風がも
たらす降雪ではなく、西高東低の冬型の気圧配置が崩れた際の温帯低気圧の通過による降雪が支
配的である。そこで、過去 30 年間に渡る道東の天気図および気象データから、降雪をもたらす冬
季の温帯低気圧の道東(帯広)への進入回数の長期変動傾向を解析したところ、道東における土
壌凍結深の発達に大きな影響を与える温帯低気圧の初冬の 12 月に増加傾向があることがわかっ
た。
(3)道東地方の土壌凍結深は 1980 年代後半以降の減少傾向をはじめた時期から ENSO との関係が強
化されている。特にインドネシア北部の海域 NINO.WEST の西側(2°N-2°S, 122°E-137°E)との海水面温
度との偏差の関係については 1993 年以降、両者の関係が予測可能といえるほど強い相関関係にある。
6.引用文献
1) 大川隆. 北海道の動気候. 北海道大学図書刊行会, 246 pp. (1992)
2) 気象庁 監視指数. http://www.data.jma.go.jp/gmd/cpd/data/elnino/index/dattab.html (2008 年 5 月 8
日確認)
3) Ishii, M., A. Shouji, S. Sugimoto, and T. Matsumoto, 2005: Objective analyses of SST and marine
meteorological variables for the 20th century using ICOADS and the Kobe collection.
International of Journal Climatology. 25, 865-879.
4) 気象庁
総合診断表
1.1 海面水温. http://www.data.kishou.go.jp/shindan/sougou/html/1.1.html
(2008 年 5 月 11 日確認)
5) 気象庁編. 20 世紀の日本の気候. 財務省印刷局, 116 pp. (2002)
Web site <http://www.data.kishou.go.jp/climate/cpdinfo/20th/nindex.htm>, (2008 年 5 月 8 日確認).
6) Tachibana, Y., M. Honda, and K. Takeuchi. The abrupt decrease of the sea ice over the southern part of
the Sea of Okhotsk in 1989 and its relation to the recent weakening of the Aleutian low. Journal of
the Meteorological Society of Japan, 74, 579-584. (1996)
7) Hirota, T., Y. Iwata, M. Hayashi, S. Suzuki, T. Hamasaki, R. Sameshima, and I. Takayabu:
Decreasing soil-frost depth and its relation to climate change in Tokachi, Hokkaido, Japan. Journal of
the Meteorological Society of Japan. 84,821-833. (2006)
8) Nakamura, H., T. Izumi, and T. Sampe. Interannual and decadal modulations recently observed in the
3-33
Pacific storm track activity and east Asian winter monsoon. Journal of Climate, 15, 1855-1874.
(2002)
9) 見 延 庄 士 郎 : 北 太 平 洋 に お け る 気 候 の 数 十 年 ス ケ ー ル 変 動 に 関 す る 研 究 . 天 気 , 55,
135-147(2008).
[研究成果の発表状況]
(課題(1)でまとめて記載した。課題(1)と(3)は担当者が同じであり、文献や資料はすべ
ての課題を含むものもあるため。)
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