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Ⅲ 紙上採録

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Ⅲ 紙上採録
Ⅲ 紙上採録
平成 24 年度サマーセミナー
当財団では、毎年千葉県内の養護教諭等の方を対象に子どもたちの健やかな成長について考
える「サマーセミナー」を開催している。平成 24 年 8 月 7 日に開かれたサマーセミナーでは
二 つ の 講 演 が 行 わ れ た。 本 号 で は そ の 一 つ、 森 本 浩 司 先 生 が 講 演 さ れ た「 心 身 症 ― そ の 実 際
と対処 法」につ い て採録 した。 森 本 浩司 先生 は 稲 毛海 岸 神経 科ク リニ ック 院長 とし て、日 々
患者さ んと向き 合 ってい る臨 床経 験 豊 富 な ス ペ シ ャ リス ト。講 演は、 実際 の症 例か ら予 防法
な ど 実 践 的 な 内 容 が ふ ん だ ん に 盛 り 込 ま れ、 教 育 現 場 で 役 立 つ 大 変 有 意 義 な も の と な っ た。
講演Ⅰ 心身症―その実際と対処法 … …………………………………………………… 39
紙上採録 サマーセミナー講演
心身症―その実際と対処法
稲毛海岸神経科クリニック院長・千葉県医師会理事 森本浩司先生
サマーセミナーの風景
意外に知られていない心身症の概念と
メカニズム
本日のテーマは心身症ですが、そもそも心身
症とは何でしょうか。端的に言い表すと、「現
れた状態は身体疾患」、「発病、経過、治療に心
理的要因が深く関与している。」とまとめられ
ます。
心身症は精神科的な疾患名のように思われが
ちですが、実は心身症という病気はなく、病名
もありません。心身症は概念で、病名としては
胃潰瘍や過換気症候群、じんましんや過敏性大
腸症候群といったものがつけられます。
次に、心身症のメカニズムですが、これも非
常にシンプルです。
①精神的なストレス、肉体的なストレスなど
さまざまなストレスがある。
②そのストレスが原因となって自律神経の機
能不全が起こる。
③自律神経支配下の諸器官の機能障害が起こ
る。
④お腹をこわす、頭が痛いといったさまざま
な身体症状となって現れる。
自律神経は、心臓、腸、胃など体のいろいろ
な器官を自動的に動かしている神経系です。手
足を動かす神経系とは別で、自分の意思で動か
したり止めたりすることはできません。ストレ
スが要因となって、自律神経支配下の心臓、腸、
胃といった諸器官の機能障害が起こり、結果と
して身体に症状が現れる、これが心身症のメカ
ニズムです。
心身の相関が崩れて、理屈抜きに
動けなくなる子ども
理論的な話はこれくらいにして、ここからは、
当院にはどのような子どもが来るかという具体
的な話をしていきましょう。
今日会場にいらっしゃる先生は、生徒たちの
「気持ち悪い」という訴えをよく聞くのではな
いでしょうか。「どこが気持ち悪いの?」と聞
くと、煮え切らない答えが返って来る。「胸?
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調査研究ジャーナール 2013 Vol.2 No.1
胃? 喉?」と問いかけても、本人も分からない
様子。他にも、お腹をこわす、あるいは動悸や
息苦しさを訴える子もいます。ところがそれら
の症状は、学校を休むと治ってしまうことが多
いのです。その点は、当人たちにとっても悩み
の種になっています。学校に行こうとすると辛
いのに休むと楽になる、それで自分がふがいな
く感じるのです。
「心身相関」というように、心と体は何もな
ければ相関関係にあり自然に流れているのです
が、ある時を境にして心と体の関係が途切れて
しまうことがあります。
例えば、友だちと喧嘩して眠れない、あるいは、
成績が伸びなくて不安だから睡眠を削って勉強
しようという時に、心身相関の限界内であれば、
寝不足でも眠くないし頭も体もしっかりしてい
ます。ところが心身相関の限界を超えると、眠
れない、食欲がない、頭が働かない、胃が痛い、
お腹が痛い、頭が痛い、学校に行けない、何も
手につかないといった状態になります。心身相
関の流れがうまくいかなくなることは理屈抜き
で起こります。そうなってしまうと、自分でど
う頑張っても、動けないものは動けないのです。
学校に行けない子には、単に根気がなく怠け
ているタイプの子もいます。しかし、限界を超
えたために動けなくなっているタイプの子もい
るのです。目の前の子がどちらのタイプなのか
見極めることが難しかったとしても、少なくと
も心身症により理屈抜きで動けない状態がある
のだということをぜひ知っておいていただきた
いと思います。
事例 1
〜友だちとの関係がうまくいかず、
学校に行けない〜
では、具体的な事例を挙げてお話をしていき
ましょう。まず 1 例目として、高校 3 年生の女
の子、A 子さんの話をします。主訴は、睡眠障
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害、不安、吐き気、腹痛で受診してきました。
A 子さんは、普段から仲良くしていた女の子の
友だちが急に態度を変え、冷たくなったことを
きっかけに主訴の症状を認めるようになり、次
第に学校を休むようになっていきました。私は、
A 子さんの話を聞く中で、彼女は怠けではなく、
本当に限界を超えて動けないのだと判断をし
て、薬を処方しました。薬といっても心身症の
薬ではなく、単に眠れるための薬、吐き気やお
腹の痛みを取る薬です。なぜ薬を出したかとい
えば、通学を続けるためです。そのうちに、友
人の方から謝ってきたことが契機となり、A 子
さんの症状は回復し、治療も終了しました。
A 子さんがその後どうなったかというと、友
だちとは仲直りをしたけれど、元のようには仲
良くできなかったそうです。ただ、彼女は逞し
いことに、他に友だちを作りました。仲直りを
した友だちとはそこそこの距離を保ちつつ、他
の友だちと仲良くしながら学校を卒業したので
す。高校を卒業した春に治療も薬も終了にした
のですが、その時に彼女は「学校に行けてよかっ
た。大学にも受かったよ」と喜んでいました。
そして学校の先生になりたいという夢も語って
くれました。辛いことがあって学校は嫌いに
なったのだろうと思っていたら、そんなことは
なかったのです。ハッピーエンドの例ばかりで
はありませんが、中にはそういったケースもあ
ります。
事例 2
〜母親の心の安定を図ることで症状が改善〜
2 例目としてお話しするのは、小学校 5 年生
の女の子、B 子ちゃんです。お母さんに連れら
れて私のクリニックに来院しました。主訴は、
腹痛、下痢で、それが原因で不登校になってい
ました。朝になると腹痛、下痢を起こすように
なり、学校へ行っても授業中に手を挙げて何度
もトイレに駆け込まなくてはならず、学校が怖
くなったそうです。
B 子ちゃんにもごく少量の薬を出しました。
なぜならば、直前まで学校に通えていましたし、
本人もお腹さえよくなれば学校に行きたいと
言っていたからです。薬を服用することで腹痛、
下痢は止まり、学校へ毎日登校できるようにな
りました。
それと平行して、B 子ちゃんのケースでは、
母親への働きかけも行いました。小学校 5 年生
くらいの児童には、お母さんのことが心配で学
校に行けないケースが非常に多いのです。これ
はその典型で、彼女自身の問題ではなく、お母
さんの不安が強く、過度に心配をする方で、B
子ちゃんはお母さんが気がかりで学校に行けな
かったのです。ですから B 子ちゃんには、「お
薬を飲んで学校に行こうね。お母さんの面倒は
ちゃんと見るから大丈夫だよ」と伝え、私はお
母さんと定期的に面接をするようにしました。
子どもの年齢が幼ければ幼い程、母親と子ども
は一心同体です。お母さんの安定を図るだけで、
子どももすっかりよくなって学校に行けるよう
になったという症例は少なくありません。
事例 3
〜クラスの雰囲気と本来の自分との
ギャップに悩む〜
3 例目でお話しするのは、高校 2 年生の男子、
C 夫君のケース。主訴は、気持ち悪い、腹痛、
下痢、緊張でした。以前から上記の症状はあっ
たものの、なんとか頑張って学校に通っていま
したが、登校できない日が段々と増えてきたた
め、自ら受診してきました。この子にも症状を
軽減するための薬を出しました。
話を聞く中で、C 夫君にとってのストレスは、
大人しく緊張しやすい「元来の自分」とクラス
の賑やかな雰囲気とのギャップであろうと考え
ました。
C 夫君は、とても真面目な子です。悪い言い
方をすれば、暗くて、友だちが少ない子です。
この、真面目、暗い、友だちが少ないという子は、
学校ではとても過ごしにくいようです。小学生
の子どもが私に言ったことがあります。子ども
の世界には身分制度があって、一番上は、元気
で周りを笑わせる明るいキャラで、最下層は、
真面目で友だちが少ない暗いキャラだと。でも
考えてみてください、それは子ども時代の話で
す。社会に出て、お笑いのキャラで元気に騒い
でいるだけの子が、いい社会人、いいサラリー
マンになれるでしょうか。真面目でコツコツ
やってきて、どちらかといえば暗いくらいの子
が社会では認められると思いませんか。それな
のに、刑事ドラマでも、はみ出し刑事がヒーロー
になったり、サラリーマンドラマも上司に対し
て暴言を吐いたり、机をひっくり返したりする
人がヒーローになったりする。だから若者も含
めて、みんなが無意識に無理矢理そんなキャラ
クターに自分をはめ込もうとしている。それが
いいものを持っている子をつぶしていると思え
てなりません。
C 夫君は、元来の自分とクラスの空気との
ギャップにひたすら悩まされていたのです。で
すから私は、C 夫君に先ほどのような話をしま
した。「君はきっと口数が少なくて、本を読む
のが好きで、友だちが少ないんでしょ? それで
いいじゃない」と。C 夫君は、薬でとりあえず
の症状を押さえながら、そんな話をしていくこ
とで、心身症からの脱出を図りました。
カウンセリングでは傾聴に加えて
推察して返すことも大事
3 つの実例をお話ししたところで、次に対処
法について考えたいと思います。心身症の対処
法は大きく分けて、治療的側面と予防的側面で
考えることができます。
まず、治療的側面で第一となるのが、生活環境、
人間関係、本人自身などストレスの原因と思わ
れることの解決です。加えてカウンセリングと
薬物療法ですが、薬は必ずしも必要ではありま
せん。カウンセリングにも難しい技法はないの
ですが、そのかわり出会った最初の段階で、子
どもやその家族のことをきちんと把握して、ど
こに問題があるのかを確認しながら話を聞くこ
とが必要です。後から段々と話を聞いていこう
という姿勢ですと、うまく話を引き出せないこ
とが多いですね。
カウンセリングでは、相手に共感してひたす
ら話を聴く「傾聴」も大事ですが、心因になっ
ていそうな問題点をこちらから返す技術も大切
です。先ほどの高校 2 年生の C 夫君の例でいえ
ば、「君はしゃべるのが苦手なの? 友だちが少
ないの?」という話です。そういったことは、
彼ら自身で気づかないこともありますし、気づ
いていたとしても自分からは話したくないもの
です。こちらから推察してあげると、そこから
話が深まるということはよくあります。そう
いった話の聞き方はぜひ心に留めておいてくだ
さい。
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調査研究ジャーナール 2013 Vol.2 No.1
最大の予防法は、早寝・早起き・朝ご飯
次に予防的側面ですが、これはとても大事で、
今日はこの話がメインだといってもいいくらい
です。心身症の予防に直結するのは、何といっ
ても生活習慣を見直すこと。生活習慣の中でも、
特に気にして欲しいのが「睡眠の量とリズム」
「食事のムラ」「インターネット」です。
まず「睡眠の量とリズムの問題」。健康な成
人の被験者を集め、いろいろな睡眠時間を取ら
せてから、運動能力や仕事の能力を測る実験を
したところ、100%のパフォーマンスを発揮で
きる睡眠時間は、7 〜 9 時間であることが分か
りました。6 時間を切ると能率や集中力がグッ
と落ちます。興味深いのは、自覚的な感覚につ
いて質問をしたところ、7 〜 9 時間睡眠の人た
ちは当然「調子がいい」「集中できた」という
回答なのですが、6 時間を切っている人たちか
らも「調子がいい」「集中できた」という回答
が出たことです。睡眠時間を減らしたことによ
る能率の低下は、本人たちは気がつかないので
す。その結果、自分でも理由の分からない不調
に陥ってしまう人がいるのです。子どもたちも
同様です。睡眠時間を確保しただけで、心身症
の症状がグンとよくなったというケースはこれ
まで何度もありました。
次に「食事のムラ(量、内容、リズム)の問題」
です。これは学校現場でもっと強調してもいい
のではないでしょうか。摂食障害に陥って私の
クリニックを訪れる子のほとんどは、過激なダ
イエットや食べて吐くことが体に悪いというこ
とさえ知りません。食べ物を丁寧に食べること
を教えていたら、目の前のこの子たちは心身症
を回避できたのではないだろうかと思うことが
よくあります。
そして「インターネット、メールの問題」。画
面を見続けるストレス、内容から受けるストレ
スとコンピューターから受けるストレスは見過
ごせません。実際、私のところに来る成人の患
者さんでコンピューターを長時間凝視する仕事
に就いている人はとても多くいらっしゃいま
す。コンピューターが悪いのではなく、明るい
画面を見続けることがよくないのでしょう。時
間を決めて画面に向かう、休憩を入れるなどを
指導すると、ストレスはグンと軽減できるはす
です。 予防についていろいろと話しましたが、上記
のことをあえてシンプルに申し上げるとすれ
ば、心身症の予防は“早寝・早起き・朝ごはん”、
これに尽きると思います。
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食の知識を得ることで、
多くの子どもが救われる
今回は、本日ご参加の先生方から事前にたく
さんのご質問をいただきました。特別支援学校
の先生からは、「身体症状を訴えているが、心
因性を疑われる時のポイントを知りたい」とい
う質問をいただきました。これは大事なことで
すが、心因性が疑われても、まず体の検査が優
先されるべきです。私のクリニックに来る患者
さんにも、不調の原因は心ではなく体の問題
だったという方がいらっしゃいます。最初から
気持ちの持ちようだと片付けるのではなく、心
の問題と体の問題は五分五分だと思っても、ま
ず体を先に気にかけるようにしてください。体
に問題がないことを確認した上でこころの問題
として取り組むべきだと思います。
同じく中学校の先生からいただいた質問は、
「2年生女子で毎日不調を訴える子がいる。きっ
かけは学級内での友人とのトラブル。仲直りし
た後も不調を訴えるのだが、どのような対処法
があるだろうか」というものです。
本当に仲直りできているのか、あるいは他の
ストレスはないのかと考えてみた方がいいかも
しれません。先ほどの A 子さんのケースでもお
話しましたが、仲直りは、そう簡単にできるも
のではありません。他のグループに入れてもら
うとか、あるいは一人でいられるようにバック
アップしてあげるとか、別の道筋を作ってあげ
ることも大事だと思います。
最後に中学校の先生からいただいた質問です。
「摂食障害を疑われる子どもへの対応に苦慮し
ている」という内容でした。摂食障害について
は、予防に尽きます。予防については、何より
も食に関する内的動機づけ、つまり自分から進
んでこうしようと思えることが不可欠です。そ
のためには食の大切さ、ダイエットに潜む危険
などの健康教育を先生方が率先して行うことが
大切です。
先ほども申し上げましたように、子どもたち
は正しいダイエット法やダイエットに潜む危険
について何も知りません。にもかかわらず、夏
休みに 5 キロ、10 キロの減量を目指している
子はたくさんいます。摂食障害はダイエットか
ら始まることがよくあります。食とダイエット
に関して学校でお話ししてみてはいかがでしょ
うか。心身症を予防する上でも、食について子
どもたちに正しい知識を与えることはとても重
要で、養護教諭の皆様が学校の中で果たす役割
はとても大きいはずです。
森本浩司先生の略歴
昭和 62 年 3 月
昭和 62 年 4 月
昭和 63 年 4 月
昭和 63 年 10 月
平成 11 年 7 月
平成 14 年 4 月
平成 18 年 4 月
現在に至る
富山大学医学部医学科 卒業
千葉大学医学部付属病院精神科 勤務
千葉県救急医療センター 勤務
千葉県精神科医療センター 勤務
稲毛海岸神経科クリニック 開業
千葉市医師会理事(学校保健)
千葉県医師会理事(学校保健)
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