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第3章 非正規労働者の組織化事例 事例1:パート組合員を専従役員に
第3章 非正規労働者の組織化事例 事例1:パート組合員を専従役員に登用し、処遇改善を図るラルズ労働組合 1.はじめに 札幌市を中心に北海道内に「ラルズマート」や「ビッグハウス」 「スーパーアークス」など のスーパーマーケット 62 店舗を展開するラルズでは、正社員の約 5 倍いるパート社員全員 がラルズ労働組合の組合員になっている。 ラルズ労組では、 「パートの組合員が執行部にいなくては意味がない」として、8 年前から執 行委員にパート社員を加えた。同時に、執行委員会などもパート社員が活動しやすい時間帯に変 更。2011 年夏からは専従役員も置き、パート社員の生の声を執行部が直接吸い上げている。 非正規労働者が組合の機関会議や労使交渉の場に参加して、処遇改善や意見反映に努めて いるケースである。 2.基礎情報 ⑴ 組合員数(および非正規労働者の組合員数) 表 3-1-1 ラルズ労働組合の概要 名称 結成 アークスグループ労働組合連合 ラルズ労働組合 1989年11月16日 ※短時間パートナーの組織化は2001年、執行委員の登用は2004年から 組合員数 5,973人(2011年8月末現在) (内訳) 正社員1,006人 契約職員30人 ユニオンショップ パートナー4,822人 アシスタントメイト(週19時間以内)278人 メイト(週20~25時間、103万円の年収制限あり)3,004人(うち60歳以上542人) パートナー(週25時間以上、年収制限なし)1,520人(うち60歳以上290人) パートナーリーダー(週30時間以上)20人 ※正社員の管理職は、222人 ※この他、学生バイトと派遣社員がいる(組織化対象外) 組合役員数 正社員21人、パートナー7人(専従役員は正社員4人、パートナー1人) ⑵ 非正規組合員の範囲・内訳 ラルズのパート社員は、 「パートナー」と呼ばれており、週労働時間と業務内容により下記 の4区分に分れている(契約は6カ月更新) 。ユニオン・ショップ協定ですべて組織化されて いる。 契約社員は、①60 歳以降の再雇用者、②試用期間1年の中途入社の者、③鮮魚の対面販売 コーナーで刺身を切るなど職務内容が特化されマネジメント(管理的業務など)はしないが -15- 一定レベルの技能を有する者――で構成されており、このなかには組合員になっていない者 もいる。①はすべて組織化しているが、②は試用期間満了後には正社員となって組合員にな るため、試用期間中の組織化対応は特にしていない。契約社員は一時期ユニオン・ショップ 協定から外れていたため、3 年前から同意書を送り、組織化を促進したが、一部、同意を得 られなかった人も存在する。 このほか、学生アルバイト(6 カ月契約)と欠員がでた際に臨時補充する派遣社員がごく 少数いるが、組織化対象ではない。 パートナーの平均勤続年数は約 5 年半。個々人の勤続年数は長期化傾向にあり、10 年を超 えて働いている人が増加傾向にある一方で、新店舗の開設に伴う採用で 1 年未満の者も少な くない。 年齢別では 40 歳台がもっとも多い。男女比は、男性が契約社員含め約 500 人。それ以外 の大部分を女性が占めている。 ⑶ 執行部 組合役員は、正社員 21 人、パート社員 7 人の 28 人で構成している。 ⑷ 上部団体 アークスグループ労働組合連合 日本サービス・流通労働組合連合(JSD) ⑸ 非正規労働者の就業状況と基本的な処遇 ①アシスタントメイト 労働時間が週 19 時間以内で、主に早朝の品出しなどを担当する。雇用保険は未加入で ある。 ②メイト 週 20~25 時間の間で働き、年収 103 万円に収まるようシフトを組むパートである。 ③パートナー 週 25 時間以上で働く年収制限のないパート社員である。 メイトとパートナーは労働時間でのみ区分されている。仕事内容については、職種で差 異の有無がある。例えば、レジの場合は働く時間が長いか短いかの違いのみで仕事内容に ほとんど差はない。他方、牛乳や豆腐を扱う部門などでは、短時間で働く人は発注をしな くてよいが、6 時間以上働く人は発注をしなければならないなど部門によっては両者の役 割が異なる場合がある。 -16- ④パートナーリーダー パートナーがキャリアアップしたもので、5 年前から導入されている。 パートナーリーダーになるには、週 30 時間以上で、マネジメント業務を含め正社員に 限りなく近い働き方ができることが条件となる (ただし、 同社にはいわゆるフルタイムパー トは存在せず、パートナーリーダーでも 1 日 7.5 時間の労働時間に留めている) 。 パートナーの評価は S~C の4段階評価の A 以上で店長の推薦を得られる者が希望すれ ば、試験を受けることができ、人事面接と適性テストをパスすることでリーダーに登用さ れる。 パートナーリーダーには店舗の異動が伴う。ただし、その範囲は近隣店舗に限られ、職 種変更もない。それ以外のパートナーに店舗異動はなく、たまに転居などで別店舗で働き たいとの希望は出た時には、ケースバイケースで店長同士が調整する。 なお、パートナーリーダーから正社員への転換制度もあるが、 「毎年何人」などのルールが 定まっているものではなく、期中に新店舗が開設した際に不足分を補充するなど不定期で行 われている。 さらにいえば、 登用時の処遇についても決まった細則などがあるわけではない。 大卒のパートナーを登用した時と高卒パートナーを登用した時に、それぞれ俸給表のどこに 貼り付けるかなどは店舗によってバラつきが残っている。 ⑹ 賃金 パートナーの時給の構成は「基本時給」に「 (各地域の競合店との兼ね合いで定める)地域 手当」が加給される。例えば、新しく入店したパートナーは、原則、一番下の号俸に位置づ けられるが、地域でのバランスを取るために地域ごとに手当を調整・加算していることにな る。このほか、水仕事の水産関係と金銭を取り扱うレジは 30~50 円の加算が行われること もある。 パートナーの時給は職能給で階段を上っていく形である。契約期間の半年ごとに S~C の 4 段階評価が行われ、その結果が次期の時給に反映される。例えば、S は 6 円、B は 2 円な どとピッチ幅が付けられており、理論上は上の号俸になると(C 評価で 1 ピッチ)下がるこ ともあり得る仕組みになっている。 また、パートナーリーダーの時給は 200 円加給することで、高卒初任給の時間換算を上回 るよう設定されているが、それ以外の属人的な手当はない。 <参考>正社員の人事制度 正社員の人事評価制度は一般職と管理経営職に分かれている。一般職は職能給、管理経営 職は職務給でイスに値段をつけている形。このうち一般職は、号俸を 5 つぐらいのテーブル に分け、パートナー社員同様、それぞれ職能が評価を受けて階段を上っていく。あとは昇格 -17- 試験もしくは一定要件を満たすことで上の号棒にジャンプアップしていく仕組みである。基 本的には一般職は成果・業績より能力で評価され、管理経営職の上位クラスはほぼ業績のみ の評価となっている。 3.非正規労働者の組織化の動向 ⑴ 組織化の背景と理由 ラルズ労働組合は 1989 年、大丸スーパーと金市館が合併してラルズという会社ができた ことに伴い、結成された。当時、それぞれに労働組合があり、大丸スーパー労組の組合員は 正社員のみだったが、金市館ではパート社員も組織化していたなど、組合員の範囲が違って いた。このため、ラルズ労組結成時は形式上、ユニオン・ショップ協定としながら、短時間 パートナーについては組織化の対象から除く形でスタートを切った。 その後、労使交渉でパートナーの処遇改善が進むにつれ、それに準じた短時間パートナー の処遇も改善されることになった。そこで、一部のパートナー組合員から、 「組合費を払って いない短時間パートナーの分まで、組合が交渉して処遇改善するのはおかしい」との疑問の 声が徐々に広がっていった。 当時はパートナーリーダーも不在で、正社員とパートナーの労働時間や仕事の中味は大き く異なっていた。それに引き替え、パートナーと短時間パートナーは、同じ身分・働き方を していたことから、非組合員にまで改善内容が波及することに矛盾と抵抗を感じる人が少な くなく、当時、執行部ではその問題をどう捉えるかの議論を相当重ねていた。 その後、 グループ組合の短時間パートナーが個人加盟のユニオンに入り、 交渉が複雑になっ たことが経営側の理解を深めるなどの追い風となり、 2000 年に短時間パートナーも全員組織 化することを決めた。今ではすべてのパートナーを組織化している。 ⑵ 組織化の取り組み/ユニオン・ショップ協定で組織化 ラルズ労組の組織化は、ユニオン・ショップ協定に基づき、ラルズで働くことと組合加入 をワンセットとしていた。ただし、企業再編で新たに吸収合併した会社のパートナーを組織 化する際には、 「納得してもらえるまで何度でも足を運んで説明を繰り返し、同意書に判子を 押して貰うやり方」を採っている。 ⑶ 組織化後の取り組み/パートナーの要求の吸い上げと反映 ラルズ労組は、パートナー組合員の具体的な要求の声を吸い上げるため、全店舗で職場会 (職場集会)を開催してヒアリングを行ったり、毎年 10 月に組合員アンケートを実施するこ とでパートナー組合員の意見の把握に努めている。 また、 アンケートの質問項目は多岐に渡っ ており、その内容は賃金や労働時間をはじめ、労使交渉で取り上げてほしいことや今の労働 条件、職場環境の不満など 30 項目に及ぶ。 -18- ヒアリングやアンケートなどで集めた意見を執行部で整理する際、 「執行部のメンバーに、 当事者であるパートナーがいないことでよいのか」との疑問が高まり、2004 年からパートナー の組合員に執行部入りを求めることにした。当初、1 人が執行部入りしたが、1 人だけでは発 言しにくい雰囲気が見られたため、2006 年からは 4 人に増やし、現在の 7 人に至っている。 人数を増やしてきた背景には、 「多様な働き方をしているパートナーの声を反映させるには、 それぞれの雇用区分から各職場の立場で発言してもらうことがベスト」と考えたからでもあ る。現在の 7 人はパートナー2 人、メイト 5 人で、部門別の内訳は食肉(1 人) 、レジ(3 人) 、 グロサリー(1 人) 、ドラッグ(1 人) 、専従役員(1 人)となっている。 こうして把握したパートナーのニーズは要求書に盛り込み、会社側に提出する。春闘では 賃金交渉に特化し、 その他の評価やワークルールなどの制度面での交渉は上部団体の JSD の 方針通り、通年交渉と位置付け、会社側と交渉を重ねている。 具体例を一つあげれば、近年、正社員の採用試験に不合格だったことから、当面はパート ナーで仕事を続けつつ、正社員への転換をめざそうと考えている人がいて、特に男性パート ナーの登用ニーズが高くなっている。このため労組では、パートナーリーダーから正社員へ の転換制度の整備について、育児・短時間勤務などとともに通年交渉の主力課題に据えて取 り組んでいる。 ⑷ 今後の課題 ①春闘と最低賃金の関係 組合の基本スタンスとしては、最低賃金があがったら、その分のベアを求める。しかし、 ここ数年の地域最低賃金の上昇スピードが凄くて、交渉が追いつかない実態にある。 例えば 5 年前に入店したパートナーと今年入ったパートナーとの間には、かつては年功 に近い形の賃金格差があったが、近年の最低賃金の大幅な引き上げに見合った賃上げが確 保できず、年功差が僅かなものに過ぎなくなっている。ある程度、勤務年数のあるパート ナーからすると、こうした状況は「昨日今日入社したばかりの子と同じなのか?」とモチ ベーションを下げる要因になってしまう。 そこで、一昨年まで短時間パートナー以外の人に支給されていた賞与をなくして時給に 割り返して落とし込み、最低賃金レベルより上のレベルに各人の時給を持っていくよう調 整している。このような事情により、現在、賞与の支給はパートナーリーダーに限定され ている。 また、昨今の最低賃金の上昇に伴い、年収 103 万円以内で働くメイトの時給をあげてい くことになる。この際、時給が低い人は問題ないが、高い人は「頭切り」するしかなくなっ てしまう。年収 103 万円以内という前提条件がある人は、1 日 5 時間、時給 780 円以上の 契約はできない。しかし、それでは、この層の賃上げの上限は 780 円なのか?となってし まう。 -19- ただし、この問題は「税と社会保障の一体改革」と関係してくる可能性もある。仮に、 パートナーが労働時間週 20 時間で年金をかけるか否の選択を迫られることになった時、 年齢の高い層は「何を今更」となるだろうし、若い人は検討の余地がでてくるだろう。労 組としては、改革の具体的な内容が明らかになってから対応策を検討する方がよいと考え ている。 そういった可能性も踏まえ、今は年収 103 万円の枠内で働きたい人は 1 日 4 時間の契約 だけに制限することを検討したいと思っている。現行の時給水準をみると、週 20 時間な ら 103 万円以内に収まる計算になる。しかし、今のメイトは 20~25 時間の間で働いてい る。それを 20 時間に限定して、メイトとして残るかパートナーになるのかを選択しても らい、そのうえで、それぞれの賃金要求を組み立てたいと考えている。 ②正社員との賃金格差 パートナーリーダーの年収が 200 万円程にとどまっていることも課題の一つである。組 合員の間には、正社員より労働時間は多少短いものの同じ仕事をしているのに、あまりに も賃金に開きがあるとの声も出ている。 他方、パートナーリーダーの間に能力差が広がりつつあるのも課題になっている。5 年 前にできたこの制度は、労組にとっては、正規と非正規の均衡・均等処遇をしていく軸に なるはずであった。実際、徐々に人数も増え、そのなかには順調にレベルアップしている 人もいる。その一方で、パートナーリーダーに何を求めてよいかなどのコンセンサスを得 ないまま見切り発車したことがネックになっている。同社は伝統的に仕事の覚え方が OJT 中心であるため、パートナーリーダーを育成する店長の意識や担う業務などが店舗によっ てバラつきが生じている。その結果、リーダーとして相応しい人が育つ職場がある半面、 未だに『あの人がパートナーリーダーでいいのか?』といった疑問の声が出ている職場も ある。 同労組は年に 1 度、リーダーを集めた情報交換会で状況を把握し、どういったステップ を踏むべきかを会社側に提案し、労使で検討作業を重ねている。 ③納得性の高い賃金・評価制度の構築 ラルズでは現在、正社員とパートナー双方の人事賃金制度を見直している。どちらも大 きなフレームをグループで統一させ、細部の取り扱いについては実態に合わせて各社で決 定するのを基本方針としている。例えば、正社員については、一般職は職能給、管理経営 系は職務給といったフレームだけ決め、その具体的な中味は各社で定めていくといった考 え方である。 そのフレームづくりの際に、パートナー社員間のニーズが多様化していることが、大き な課題になっている。パートナーのなかにはひとり親家庭などで生計を立てている人も多 -20- く、こうした層にとっては賃上げが一番の望みであり、少しでも多く働いて収入を増やし たいと考える。その一方で、そこまで仕事に求めない代わりに現状維持で十分という人も いれば、前述の 103 万円の収入制限のある人、 「扶養に入っているから月に数万円で十分」 という人など、パートナーとして働くうえでの考え方が非常に多様化しており、労働組合 としては、組合員の多様な要望に「可能な限り、応えたい」と考えれば考えるほど、 「一律 で同じ評価・制度で対応するのは難しい」との結論に達する。 こうしたなか、ラルズは 2011 年、青森の小売店と統合した。その会社は、仕事を覚え れば収入増につながる職責給をパート社員にも導入してモチベーションアップにつなげて おり、その影響もあって経営側は職責給の導入に前向きな姿勢を示しているという。 そこで、同労組はいま、働き方に合わせて職責給や職務給などを上手く振り分けられる ような制度の導入の必要性を訴えている。 一方的な議論にならないように考える背景には、 「合併する会社は職責中心の制度の構築から教育を含め、 もの凄く手間とお金をかけて運用 しているので、パート社員のモチベーションも高い。組合員にもそういった制度を求める 声があり、良い面は取り入れていかねばと思っている。その半面、いままでそういった認 識で働いて来なかった当社のパートナーたちが抜本的な制度変更を本当に受け入れられる のか」との懸念が拭えないことがある。 また、会社側には、評価者のトレーニングの充実など、パートナーの育成に従来以上に 力を入れることも強く求めていく方針である。今は仮に同じ仕事をこなしていても、店舗 によって評価がぶれている状態にあり、パートナー同士に不公平感が生じている。 「これが 払拭できないままだと、仮に新しい人事制度の仕組みができても運用で機能しなくなる。 少なくとも店舗ごとのバラつきが解消されるよう、グループ全体の統一した評価制度の検 討を進めている」 。 ④契約時間の短縮と労働時間 契約関係では、会社から契約時間の短縮を迫られるケースが目立っていて、労組にとっ て大きな課題と捉えている。売り上げ高が前年比で落ち込むなか、パートナーの半年ごと の契約更新時に 15 分の契約時間の削減を打診されることがある。 その一方で、休憩時間が長くなっていることも問題になっている。顧客の少なくなる時 間帯に、通常の1時間休憩より 15 分長く休憩をとらされることがあり、その 15 分休憩を こまめに 1 日数回取らされることで、1 日 2 時間近く休憩させられていたケースもある。 拘束時間を変えずに休憩に入らされて実質の労働時間と賃金を減らされたり、収入を変え ない場合でも、例えば日中に 30 分の休憩を入れ帰宅時間を 30 分後ろ倒しさせられること もある。繁閑に合わせてアジャスター的に使われていることが、最近の新たな課題として 浮上している。 -21- 4.非正規労働者の組合員について ⑴ 組合内での取り扱い 組合費については、労組立ち上げ当初は JSD 目安の 2%に合わせていたが、その後、徴収 基準を下げている。現在、正社員が基本給の 1.8%なのに対し、パートナーは契約基本月額 の 1.5%。加えて、共済会から一律 600 円を徴収している。 ⑵ 執行部への参画状況/パートの中央執行委員と専従役員の誕生 松坂委員長が書記長時代、単組の集まりで、 「パート社員の組織化をしているのに執行委員 に当事者がいないのはおかしい」との声があがり、 「その通りだ」と思った。JSD 定期大会 の分科会でパート社員の賞与を検討しているときにも、 「当事者不在のまま勝手に決めていい のだろうか?」との疑問が沸き上がったという。 その後、2011 年の JSD の中央執行委員会で「女性枠でパートの組合員を出せるところが あったら出して欲しい」 との要請が持ち上がったことを契機に、 店舗のレジでパートナーリー ダーを務めていた松田氏に白羽の矢を立てた。執行委員になって半年近くを経て仕事に慣れ てきた頃、毎月の出張など負担も大きいし、しっかり組合活動に取り組むためにもと、専従 役員になることを勧めた。 ⑶ 日常の組合活動の変化/執行委員会の半分は昼開催 パートナーの執行委員の増加に伴い、毎月 1 回、正社員の仕事が終わる夜の時間帯に開催 していた執行委員会を日中に切り替えることにした。現在は年間の半分近くが日中開催に なっている。 執行委員会は組合活動であるため、事前に休暇を取得して参加する。その時間帯は無給に なるので、1 回の会合に活動手当 3,000 円程、合宿などの泊まりで 1 万円程を支給している。 また、執行委員になると、プライベートで自分の休みが取りにくくなるのが悩みの種。執 行委員会の半分が昼間の開催になったとはいえ、残りの半分は夜間の開催で、帰宅が深夜に 及ぶこともある。パートナーの執行委員が活動するには、家族の理解が不可欠になるため、 パート執行委員にはある程度、子育ての見通しが立った人に声をかけている。 ⑷ パートの専従役員が感じていること 松田執行委員が専従役員になって感じていることは、組合員との対話が増えたことだとい う。職場会などで組合員と話すと、自分が組合員のときに思っていたのに言えてなかったこ とを感じる。また、パートナーから専従になったことで「パートでも専従になれるんだ」と 組合に関心を持ってくれ、そこから話が聞けたこともある。パートナーにとっては遠い存在 だった労働組合の距離感が(松田氏の存在で)少し近くなったと親しみを感じてくれた人も いた。興味深いのは、正社員の組合員からも声がかかるようにもなった。 「組合ってどんなこ とをやっているの」と聞かれ、驚くこともあるという。 -22- 相談は、職場会(大会・評議会直前の春秋年 2 回開催で、全員が顔をそろえる)の場や、 月 1 回、担当する店舗を回る時に出てくる。店舗はエリアで分けて、執行委員 5 人で 70 店 舗をまわる。1 人 10~15 店舗で、担当は半年に一度シャッフルする。これは共済のお金を 直接、渡す機会であると同時に、 「最近はどうですか?」と声掛けする貴重な機会でもある。 なお、相談は電話で組合に寄せられることも少なくない。 こうしたチャンネルで相談を受けるなかで、最近、増えていると感じるのが、上司のパワ ハラや言葉遣いに関するものである。多くの店舗の組合員から聞かれるし、アンケートでも 毎回出てくる問題である。 対応としては、まず詳しく話を聞き、本人に「どうして欲しいのか」を尋ねる。相談を受 けたことを店長に話してよいか否か、どこまで解決したい問題なのかなど、本人の意思をき ちんと確認をする。 「なかには、店長に組合から注意して欲しいという人もいるが、大半は話 を聞いてあげるだけで満足するから」 。 悩みを話す場がなくて悶々としている組合員が多いこ とを感じるという。 ⑸ 上部団体との関係/組織化をめざす組合に パート社員などの有期雇用労働者は、契約期間の定めがあるため、最終的に雇用面での心 配は拭いきれない問題がある。事実、地方店の店舗閉鎖などでは、雇用維持の交渉を行うも のの、他に雇用を移す場がなかったり、周囲に本人が異動できそうな他店舗がないなど、ど うしようもない場合もありえる。ただ、そうした時も、連合や JSD などの上部団体の応援も あり、同一エリアの他企業に雇用の受け皿確保の取り組みができているのは組合として大き なメリットとなっている。 最近も、ラルズは基本的に札幌市で展開しているが、一部、衣料品を扱っている店舗があ り、そこが衣料品の業績低迷のため 3 年前に閉店した。その時には 30~40 人の雇用が失わ れたが、UI ゼンセン同盟の力添えもあり、ツルハ、札幌ドラックストア、地元のスーパーな どに雇用確保を依頼して、条件に合致した一定の雇用を確保することに成功した。 他方で逆のパターンもある。 2009 年 9 月に札幌駅前の西武百貨店が閉店になった際には、 同労組にも打診があり、人事に店舗の採用情報を確認した。そのときには最終的に良い条件 を提示できなかったが、他社の閉鎖に伴う雇用確保に組合としても全力を注いでいる。 「店舗閉鎖等で退職を余儀なくされた時など、組合に相談することで、時間をかけ、会社を 交えて本人と三者でじっくり話し合うことができ、 互いの理解のもとでうまく収められたり、 そこの部門で合わなければ他部門で働き続けるなど、会社側から条件を引き出せることもあ る。無論、合致しないこともあるが、少なくとも『辞める』 『辞めない』の選択肢だけでなく 幅が広がる。そういった意味では組合が一定の役目を果たしている」 。 -23- 事例2:職場特性を踏まえたパート組合員の課題に取り組むコープさっぽろ労働組合 1.はじめに 消費者一人ひとりが出資金を持ち寄り、利用・運営しながら暮らしを向上させていくこと を目的とする生協(生活協同組合) 。北海道全域を活動エリアとするコープさっぽろは 1990 年代の経営危機の困難を経て V 字回復を図ってくるなかで、正職員の採用を抑え、非正規労 働者に任せる仕事を増やしてきた。その一方で、他の道内生協との経営統合や生協以外の小 売店との提携などの改革も進めている。 このため、 入協時には補助的な仕事をするつもりで入った人が、 自然と責任ある仕事を担っ ていたり、正職員で就職できなかった人がとりあえず、非正規で入ってくるなど、職場の環 境も働く人の意識も多様化している。 コープさっぽろ労組の事例は、相次ぐ他の生協との経営統合のなかでオープンショップで の組織化対応に奔走しながら、新人からベテラン、収入制限のある人から正職員への登用を めざす人まで多種多様な非正規労働者のニーズを捉えたうえで、経営側に現場の問題点を訴 え、理解を深めているケースである。 2.基礎情報 ⑴ 組合員数(および非正規労働者の組合員数) 表 3-2-1 コープさっぽろ労働組合の概要 名称 結成 コープさっぽろ労働組合 1970年10月26日 ※パート部会の結成は1981年 組合員数 6,399人(2011年9月末現在) (内訳) 正規職員1,211人(正規職員はユニオンショップ) 契約職員533人(勤続1年以上が対象、オープンショップ) パートナー4,655人(勤続3カ月以上が対象、オープンショップ) 全職員数 12,463人(2011年10月現在) (内訳) 正規職員1,390人 契約職員1,063人 パートナー8,679人 アルバイト1,331人 ※アルバイトは組織化対象外 組合役員数 正職員3人、パート部会19人(パート部会は専従3人、特別三役16人) -24- ⑵ 組合員の範囲 正職員の場合は、副店長までが組合員で、正職員の店長は対象外。ただし、契約社員が店 長(およそ 10 人前後)の場合は組織化対象となっている。 オープンショップ制のため、パートナー職員、契約職員とも約 5 割の組織率であるが、 契約職員は入協から 1 年間正式加入はできず、 パートナーにも 3 カ月の試採用期間があり、 その間は組織化の対象から外していることを勘案すれば、実質の組織率はもっと高いこと になる。 ⑶ 執行部 組合役員は、正職員 3 人、パートタイマー19 人の 22 人で構成している。 ⑷ 上部団体 日本サービス・流通労働組合連合(JSD) ⑸ 業種・業態および非正規労働者の就業状況 コープさっぽろは 1990 年代の経営危機を経て V 字回復を図ってくるなかで、正職員の採 用を抑える一方で、パートナーに任せる仕事を増やしてきた。 パートナーが担う職種は多種多様で、店舗系、宅配系、工場系、それぞれの本部機能を担 う本部スタッフなどがある。 また、 非正規労働者のみで運営している店舗や部門も結構ある。 店長が契約職員で、サービス、デリカ部門はパートリーダーが部門運営しているといった店 舗も珍しくない。 一方、契約職員は、①日用品の有資格者、②定年後の再雇用(職員は 60 歳定年で 65 歳ま で契約社員として再雇用契約を結ぶことができる) 、③勤務地限定社員、④パートから試験を 受けて登用されたエキスパート職員、などに分かれている。このうちもっとも多いのは、③ の全道の各地区で採用された現地採用組。 契約職員は月給制で給与体系は各類型で異なるし、 採用困難地域では給与をプラスするなど、地域でもバラつきがみられる。同事業所内でも、 宅配や店舗など職種によっても違ってくる。 そんな両者の賃金は、パートナーが時給制で契約社員は月給制の違いはあるものの、仕事 の内容自体は(契約社員が店長になった時以外は)ほとんど変わらない。賞与もパート、契 約社員ともに支給されていない。それでいて雇用形態が分かれているのは、採用が各地の職 場判断で地域事情に沿った形で行われているからである。一例をあげれば、道東地区の店舗 で 4 時間契約のパートを募集したことがあったが誰も応募してこなかった。そこで、長時間 働く契約社員の位置づけで募集したところ、ようやく応募が集まった。同生協には、1 日 7 時間働くパートナーが結構いるという。 また、近年は道内の採用環境の厳しさから、新卒(高卒)を契約社員で採用している事業 -25- 所が増えた。このため、契約社員は男性が増えている傾向にある。パートについても、男性 が増えつつある。 パートナーの大半はいわゆる 103 万円調整で働くことを望んでいて、週 19~25 時間で契 約するケースが多い。 年収制限があるため、 少し時給が上がると思うように働けなくなるし、 実際、年末になると 103 万円調整で働けない人もいる。 また、パートナーに関しては、出入りが激しく、入ってくるのと同じ数だけ辞めていく。 全道で毎月 200 人近く入協して、ほぼ同じ人数が辞めていく。年間で全体の 2 割強が入れ替 わる計算になる。 一方、契約社員の賃金は月給制で一年契約で金額が決まる。一律なので評価による給与の 増減はないのが基本だが、更新時に契約条件が向上するケースもある。また、店舗によって は、部門マネージャーに登用され手当を付けているケースもあるが、組合が直接、関与する ことはない。 なお、パートナーと契約社員の間には、異動面において多少の相違点がある。契約社員に も地域限定社員はいるが、エキスパート職員になるとエリア内での異動がありうる。他方、 パートナーはリーダーになっても店舗内の異動にとどまり、別の店舗に移ることはない。 パートナーからエキスパート職員への登用はおよそ 4 年前からスタートした。始まった当 初は年に約 80 人が登用されていたが、今は十数人に絞られている。トータルでは 200 人近 くが登用されている。登用には、 「本人希望+上司の推薦」に加えて、筆記試験と面接をパス することが必要になる。年齢、受験回数の上限は特に設けてないが、57、58 歳が暗黙の上限 年齢になっている。 また、契約社員が正社員に登用されるケースも、同様の選考過程を経る。毎年 100 人ぐら いが応募して合格者は 20 人弱と、険しい道のりである。こちらの受験回数は 3 回まで。制 度上の年齢制限は設けていないが、正職員として働き続けることができる年齢を考慮して、 52 歳が暗黙の上限年齢になっている。 コープさっぽろにおける正規雇用から非正規雇用へのシフトの流れは現在も色濃く残って いる。登用となると難しい面もあるが、現在、正規に次ぐ職場の 2 番手に契約社員もしくは パートナーリーダーを充てるべく、非正規労働者の教育・育成を推進している。 3.非正規労働者の組織化の動向 ⑴ 組織化の背景と取り組み 冒頭に記したように、コープさっぽろのパートナーや契約職員のなかには、労組に加入し ていない人も少なくない。それはコープさっぽろの統合を重ねてきた歴史にも一因がある。 札幌、苫小牧、十勝、北見など、統合でエリアが拡大するなか、労働組合活動に携わってい ない地区の取り組みは時間も労力も必要になる。組織化に関する取り組みでは、労働組合に 対する認知を広める取り組みからスタートすることで、 労組の活動を積極的に紹介している。 -26- イラストを盛り込んだ案内パンフを作成するなどして、 組合の重要性について言葉ではなく、 目でみて理解してもらえるよう心がけている。 ⑵ 組織化後の取り組み ①春闘期における賃金改善 賃金面については、コープさっぽろの基本時給は契約更新時には上がらないため、時給の改 善は春闘マターになる。実際、2011 春闘の交渉では、下期からの時給額 5 円増を獲得した。 ただし、103 万円以内の収入制限を必要とするパートナーが多いことを踏まえると、賃 上げは喜ばしい半面、労働時間短縮につながる問題になりかねない。事実、かつては制限 内で可能な限り働きたいと考える人などから「時給をあげてもらわなくていい」という声 も一部にあったという。 しかし、コープさっぽろ労組では、 「時給が上がることで本人が悩むのはおかしい。時給 上昇分を踏まえて、パートナーの働く時間を調整するのは上司の仕事。103 万円の収入調 整にも一定の幅はあるわけだし、一人ひとりの置かれた状況を適切に把握して各人の時間 の長さを考えてシフトを作成し、ローテーションを組むことが先決で、これは会社側の役 割だろう。働く側にとって仕事に対する評価でもある収入は多い方が良い。1 時間の労務 単価をしっかり評価してもらうことが大切」との判断と整理をしている。 同労組では、有給休暇も含め、上司がどこまで職場の個々人の状況を理解しているかが 重要だとしている。例えば、2011 春闘で下期から時給が 5 円あがったら、4 時間働く人は 1 日 20 円、1 カ月 400 円、年間 5,000 円近くの収入増になるなどの計算や見通しは立てら れる。会社側はそれを踏まえたうえで、各人にどんな仕事をさせ、どうすればモチベーショ ンを保てるのかを考えるべきとのスタンスを取っている。 ②職場ニーズの把握と相談活動 パート部会では、職場アンケートの実施とともに、職場での取り組みとして、各職場か ら 2~5 人程度の連絡委員を選出して 2 カ月に一度、全道各地区で連絡委員会を開いて各 職場の問題点を話し合っている。このような形で職場を巻き込んで多くの組合員に携わら せる背景には、職場の問題解決はもちろんのこと、組合役員の後継者育成も視野に入れて いるからである。 また、事務所に寄せられる電話に応じたり、集会後に時間を取って話を聞くなどの個別 相談にも応じている。こうした相談の大半は、職場の上司・同僚との人間関係にまつわる ものでデリケートな問題が多いという。 職場の人間関係の問題には、本人の意向を最大限に尊重する立場を取っている。組合か らアプローチして良いのか否か。アプローチする場合も、わからないように目立たないよ うに解決に乗り出してほしいのかなど、相談者が何を望んでいるのかをしっかり見極め、 -27- ケースバイケースで対応する。 例えば、 「地区で解決してほしい」といった相談であれば地区本部長に伝えるようにした り、目立たないような解決を望んでいる案件で、そこの店長と執行役員が顔見知りなら 「ちょっと」と声掛けしてさりげなく伝えたりする。なかには、 「上司を替えて欲しい」と 言ってくる人もいるそうだが、そういう場合には「それはありえないこと」とはっきり伝 えるようにしている。 ただし、実際には、自分が特定されるようなやり方を望む人はほとんどいないし、大抵 は「組合に話してスッキリした」となることが多い。 ⑶ 今後の課題 ①多様な意識に違いへの対応 パートナー組合員のニーズが、入協時点での意識の違いも反映しつつ、多様化している ことがあげられる。かつてのように、多くの正職員がいて、パートナーに補助労働の指示 だけを出していた時代とは異なり、今は前述のようにパートナーの仕事が増えている。そ れは、最初の入協時には補助的労働のつもりで入ってきて、気が付いたら責任を伴う仕事 を任されている人が多いことにつながっている。 しかし、 パートナーの意識はさまざまで、 補助的な仕事のままがよいという人もいれば、 正職員の採用がなかったのでやむなくパートをしているような上昇志向の人も増えてきた。 収入面でも 103 万円以内で割り切る人もいれば上限なく欲しい人もいる。考え方も内実も 一人ひとり違うなかにあって、一律の同じ賃金体系で働くことで無理が生じている。 パートナーの処遇を同じように改善しようとしても難しいし、かといって現状は明確に 線引きして切り分けられるような働き方をしているわけでもない。そこの折り合いをどう つけていくかが労組の大きな悩みになっている。 ②賃金・評価制度のあり方の模索 また、賃金面では、基本時給がベテランも新人も同じことにまつわる問題がある。 かつて同生協では、基本時給に「経験給」を導入していた時期もあったが、経営破綻時 に廃止した。その後、能力のある人に加給されていた「能力手当」を導入したが、一昨年 の人事制度改定で廃止し、それを「技能知識手当」 「仕事の姿勢・態度評価に基づく加給」 に2分割することにした。前者は一定技能を有すると上司が評価すれば、10~60 円が加給 されるもの。後者は絶対評価で、0~10 円の 5 円刻みで加給された。ところが、評価に対 する不満が多く出たことなどから今後、どういった姿がベターなのかを労使で協議するこ とになっている。 とはいえ、手当の在り方については、具体的な解決策はまだ見えていない状況にある。 評価者教育はもちろん、それ以前に評価時期が正職員の異動時期と重なるので、これまで -28- の仕事ぶりをみていない上司が評価をしなければならないといった課題も浮き彫りとなっ ている。さらに、評価制度についての理解が足りない上司も散見され、例えば技能知識手 当が 10 円付いていた人が、同じ仕事をしているのに 0 円になったこともあった。そうな ると、 「昨年の上司は評価してくれたのに、今年の上司は評価してくれない」 「上司がかわ るたびに、評価の仕方やポイントがかわる」などとなり、最後は「上司の好き嫌いで評価 されている」と疑心暗鬼になってしまう。 加えて、 この課題はパートナー側だけでなく、 さまざまな事業所があるなかでパートナー に何を望むかによっても変わってくる。パートナーに対し、 「ただ、言われたことだけして くれたらよい」という職場がある一方、 「仕事の知識を持って、やり方や中味を工夫しても らいたい」とする職場もあるからである。手当の在り方だけを考えるのではなく、そういっ た職場の問題なども併せて考え、解決を探っていかないと制度を運用する段階で噛み合わ なくなってしまうと捉えている。 いずれにせよ、労組側が経営側に言えることは、 「上司に対する評価者教育をしっかりし て欲しい」ということに尽きると考えている。 「評価に問題がある場合は、経営側にきちん と伝えて、上司に落とし込むよう伝えるようにしているがなかなか解決しない。上司が評 価のあり方を十分に理解することなしに、 適切な運用などできるはずもない」 からである。 ③有給休暇取得と不払い残業 現場で働くパートナーの抱える問題のなかで、組合が早急に解決を考えなければならな いものとして有給休暇の取得と不払い残業の問題がある。 有給休暇については、人手が足りなくて取得できない職場であれば、どうするかを店舗 全体で考えていかねばならないはずだが、なかには「有休は取らないのが美徳で当たり前」 と考えるパートナーもいる。また、助け合う職場がある半面、業務が一部の人に偏ってい るところもあるなど、職場による違いもある。 「取らない」パートナーの存在に加えて、 「取 れない」のか「取らない」のかの見極めも必要になっている。 さらに、正職員が減っても生産性の向上が求められるなかで、商品の発注・品出しなど パートナーへの仕事の比重が増え、職場で終業のタイムカードを打刻した後に無給で仕事 を続けるパートナーが後を絶たず、上司も実態に気がつかない問題もある。 「パートナーは 自分の店のことを隅から隅まで知り尽くしているし、放っておけないとの想いが端からは 想像できないほど強い。 こうした場合、労働組合としては「仕事を残して帰ることはできないのか」と話をする が、パートナーからは、 「次の日に自分が大変になるだけ」との答えが返ってくる。 これらの問題の解決には、現場で働くパートナーの意識改革も必要になってくる。 実際、アンケートや連絡委員会で出される意見からは、上司との人間関係や職場での働き 方と処遇、技能・知識手当、評価のあり方など、多岐に渡る問題が浮き彫りになっている(表 -29- 3-2-2) 。こうした「意見を吸い上げ、取り組んではいるものの、なかなか解決が図れない」 諸課題について、同労組では、 「本気で人事や店長などに伝えて、人員配置からローテーショ ンの組み方など精査してもらわねばならない」として、経営側の意識改革の取り組みの強化 を訴えている。 表 3-2-2 アンケートおよび連絡委員会で出された主な意見(抜粋) <評価について> ・評価がいいかげん。同一項目で評価基準が違う。 ・小型店特有の作業のなかで、評価のくくりが曖昧。 ・上司からの一方的な評価で、自分のできていることができていないと評価され、とても不満に思い、仕事に対す る意欲をなくした。 ・最低賃金が上がっているにも関わらず、日用品は重労働で評価は最悪。今に賃金の逆転現象が起こりそう。意欲 は失せる。 ・技能知識評価の内容をしっかり見せて欲しい。詳細を文書なりで報告して欲しい。 ・評価に値するほどの仕事をもらえていないので、仕事に対する意欲向上に繋がっていない。 ・マネージャーの異動が多く、本当に自分のことがわかって評価されているのか。事務的評価になっているのでは ないか。 ・仕事ができなくても時給が上がる人が理解できない。 ・意欲を失う事に繋がる可能性の方が高い。今のやり方では乱暴ではないか(プライドを傷つけている)。 ・マネージャーによる評価が公正になされているか疑問。食べ物を差し入れする人が優遇されている状況が見受け られる。 ・今は全員が同じ評価で、仕事を積極的にする人・まるっきりやる気のない人も同じで、やる気が失せる。 ・仕事に対する意欲が沸くようにしてもらいたい。 ・教えると一度も言われたことがないのに、簡単に時給を下げる良い方法だ。 ・マネージャーの好き嫌いですべてが決まってしまい、納得できない。何年いても変化なし。退職も考えている。 ・どこまで達成したら評価されるのか、基準が知りたい。 <被評価者面談について> ・紙を渡されて面談したが、ざっと目を通すほどで内容があまり詳しくわからない。 ・面談はなかった。 ・部門のなかで面談をした人、していない人がいる。 ・何の面談をしているのか、はっきりわからない。 ・マネージャーが替わってうやむやになっている。 ・マネージャーが一年以上とどまることなく替わり、そのたびにちょっとの面談だけ。 ・パートがパートの面談をしたくない。 ・小型店は評価基準を大型・中型と別にしてほしい。評価加算がない。 ・面談しても評価結果がわからない。知らされない。 ・面談は、上司の評価というより、本人の言い分だけが通り、反映された。 <上司との関係について> ・若いマネージャーになり、まだコミュニケーションが取れていない。 ・上司のデスクワークが多く、事務所にいる時間が長い。 ・上司が男性と女性では違う。 ・上司が前の上司をけなす。イヤダ。 ・マネージャーとコミュニケーションが取れず、精神的に病んだ。自分から聞くようになってから、褒められるよ うになった。 ・上司の機嫌を取りながら仕事をしている。 ・店長が替わり希望者への契約時間変更が行われている。あまりに拙速で、仕事ができない人も長時間契約になっ ており問題。 ・店長に挨拶しても返ってこない。「お先に失礼します」と行っても返事も労いもない。自分は嫌われているので はないかと思ってしまう。 ・忙しくなると、マネージャーの機嫌が悪くなるので話しかけづらい。 <有休休暇・休憩・残業等の処遇について> ・有休が取れない(30時間契約の人)。前年、今年も捨てている。 ・有休が取れないシフトである。有休を入れてくれるマネージャーと入れてくれないマネージャーがいる。 ・有休は嬉しいが、休まれると困る。 ・有休を買い上げてくれるようにして欲しい(ボーナスがないのだから)。 ・有休になっているが、仕事には出てきている。 ・有休がつけられない状態。流してしまう。 ・勤怠締めでは、発生した残業が修正されて、まるで計画通りに管理されているようになっている。 ・サービス残業が多い。 ・ギリギリの人数なので、急に休むと大変。 ・午後1時の退勤予定が、午後4時まで作業をすることがある。休憩はない。 ・19時間契約者の時間は守られていない。 ・基本時給が上がったら、手当が削られた。 ・リーダー手当がついたら、調整給がなくなった。 資料出所:コープさっぽろ労組の資料から筆者作成 -30- 採算の悪い店舗は人が少なく、労働時間と業務量のバランスが悪いから、本来なら労働時 間の契約変更をするのが筋だが、そこには売り上げの問題が立ちはだかっている。加えて、 問題になるような店舗は、品揃えが少ないから客足も途絶えて他店に流れるような悪循環も 併せ持っている。 パートナー出身の執行役員からすれば、パートの気持ちや頑張りで持ちこたえている店舗 も少なくないといった実情や、パートナーの気持ちについては、自らの経験上、熟知してい る。 「実際、誰もいないし、組合が代替の人を出してあげられるわけでもない。組合役員がこ んなことを言ってはいけないのだろうが、もし今、自分がその店で働いたら、同じように無 給で働いてしまうかも知れないと思ったりもする」という。 そのほか、雇用保険に入っていない週 19 時間契約のパートナーが、契約時間を変更せず に 20 時間以上で働いていたケースもある。 これは残業代が支払われていて収入になるため、 パートナー本人が問題と感じにくい側面もあるが、経営側に対しては「雇用保険逃れではな いか」と指摘している。 4.非正規労働者の組合員について ⑴ 組合内での取り扱い コープさっぽろ労組のパート部会は1981年に結成。 専従は1983年から存在している。 今、 部会には専従 3 人、役員 16 人(すべて女性)がいる。パート部会の特別三役は、パートナー、 シニアパートナー、エキスパート職員に分かれているが、意識して振り分けたものではない という。なお、エキスパート職員は、就任当時はパートナーだった人が契約社員に登用され たケース。部会では、時間給者の処遇改善を主目的としている。 パートナー組合員の組合費は 1%、 契約社員は 1.5%。 正社員はユニオンショップ制で 1.5% となっている。経営破綻前は正規・パートとも 2%だったが、経営危機後、1%に引き下げた 経緯がある。その後、正規は 1.5%に引き上げたが、パートナーについては据え置いている。 ⑵ 執行部への参画状況 パート部会の三崎会長は中央執行委員を 3 年経験した後、前パート部会長の定年に伴い、 会長に就任した。現場にいる時からパートリーダーの 1 期生だったこともあり労働時間は長 く、労組の役員になってもあまり抵抗はなかったという。 現在は、全道に足を運び、各店舗を自ら回るやり方を引き継いでいるが、今は後継者の育 成も考え、すこしずつ変えている。その一環となるのが前述の職場の連絡委員会の取り組み である。 ⑶ 日常の組合活動 パートナーに出張はないが、執行委員はそうはいかない。例えば、生協の統合がある度に、 -31- 専従もパートナー役員は皆、家族の理解も得て、泊まりの出張も含め、全道に足を運んでき た。やはり、パートナーはパートナーの役員にしか話せないこともあるし、相談しやすい面 もある。ただし、取り組みの手法を変えてきたことで、今は「正職員の役員にも話せる」と いわれることが格段に増えたという。同労組では、 「正規・非正規が一緒に活動していること が浸透してきた証左である」と受け止めている。 ⑷ 有期労働者の雇用確保と均衡処遇の考え方 有期契約労働者の雇用確保については、 「心配がまったくないとは言わないが、試採用期間 中にきちんと働いて本採用になれば、辞めさせられることはあまりない」とする。 パートナーが職場に根付いて現場で力を発揮していくことが雇用を守ることにもなるし、 労働組合はそれを前提に、組合員になったパートナーの雇用をしっかり守ることを常に念頭 に置いている。 また、均等・均衡処遇に関しては、正規職員と有期契約労働者は、全道異動があるか否か で全然違うと考えている。 同じような仕事をしていることだけに焦点を当てれば、 賃金面などでの格差は存在するが、 そこには生活環境等が大きく変わる全道にまたがる広域異動の有無が加味されていない。ま た、仮に転居を伴わなくても、正職員は店舗をどんどん変わっていく。契約社員も地域限定 でも同エリアの異動を伴うが、パートナーは店舗限定である。このため、例えポテンシャル が高くても、異動を避けてパートナーのままで働く人も結構いる。均等・均衡処遇を論じる 際には、異動をどう考えるかが最大のポイントになる。 -32- 事例3:外食業の Y 社労働組合における非正社員の組織化事例 1. はじめに(事例の特徴) Y 社は全国に 707 店舗(うち直営 650 店舗)を構える、大手外食チェーン(売上高 606 億円)である。1979 年の第一号店開設以来、九州地域を中心に拡大を続け、1990 年代後半 から全国展開するようになった。24 時間営業化や深夜料金の撤廃(1999 年) 、 (消費税増税 に伴う)全商品の 5%値下げ(2000 年) 、400 円未満のメニュー開発(2003 年)など、業界 を先駆けた顧客サービスの充実と、効率的な経営手法で他社をリードしてきた。 だが、2000 年代の後半に入ると、消費不況に伴う客足の伸び悩みや、デフレによる価格競 争の激化等により経営が悪化。2008 年には初の当期純損失を計上し、2009 年にかけて不採 算店舗の閉鎖や一部店舗の営業時間短縮、これに伴う正社員・非正社員の純減等を余儀なく された。結果として Y 社の経営は V 字回復し、現在、従業員総数・約 8,300 人(正社員約 1,180 人(うち管理職約 200 人) 、非正社員約 7,150 人(年間平均人数) )で、売上高 1 千億 円の目標を掲げて奮闘する最中にある。 こうしたなか、1991 年に旗揚げしたY社労働組合は、経営者の理解と支援で当時としては 珍しく、結成と同時にユニオンショップで、非正社員( 「クルー」と呼称)の一斉組織化に漕 ぎ着けた。船出は順調だったが、その後、全国的な店舗拡大や 24 時間・365 日営業化、低 価格路線の追求など、Y 社の急成長に伴う環境変化の荒波に飲まれ、組合員と経営側の狭間 でどう舵を切るかの困難に直面するようになる。 時間的拘束や責任に比した処遇の低さや休日・休暇の取得し難さ等を理由に、正社員の離 職率が約 3 割にのぼる一方、組合員の 9 割超を占める非正社員の間でも、入れ代わりの激し い店長(正社員)を務める人材の質の劣化に不満が鬱積している。Y 社労組は、正社員の処 遇改善を優先課題に据え、非正社員の理解を取り付けるとともに、組合三役が一年間ですべ ての職場を巡回( 「組合ミーティング」と称す)し、コミュニケーションの円滑化等に奔走す る毎日である。 2. 非正規労働者の組織化に至るまでの経緯 Y 社労働組合は 1991 年に結成され、UI ゼンセン同盟(全国繊維化学食品流通サービス一 般労働組合同盟)に加盟した。正社員の間で生活防衛から組合結成の動きがあり、一方で非 正社員の戦力化をめざしていた当時の社長(創業者)から、是非一緒に非正社員も組織化し て欲しいという要望が寄せられたため、労組結成と同時に、非正社員のユニオンショップで の組織化も実現した。 当時は店舗数も 50 程度で、正社員組合員約 100 人に対し、非正社員組合員約 1,250 人程 度でスタートした。その後、徐々に 707 店舗まで拡大するなか、組合員範囲については、正 社員を「 (一般から店長、12 店舗程度の店長教育等を担当するスーパーバイザー、40~80 店 -33- 舗の売上高等を統括するエリアマネジャーと昇進するところ)副長・店長まで」とし、非正 社員を「 (時間給が低減されている)高校生、及び同年齢までの専業者を除くすべて(ただし、 掛け持ち等で既に他の労働組合に加入しているか、月労働 40 時間以内の労働者は本人が希 望すれば脱退可能) 」として、正社員組合員約 1,000 人、非正社員組合員約 1 万 5,000 人(頭 数)の大所帯に成長した。 3. 非正規労働者の組織化に伴う困難と理由 Y 社労働組合は順調なスタートを切ったが、その活動を具体的に構築する上ではさまざま な困難に直面した。まず、主婦等の短時間パートが多い非正社員の、労組活動への参画をど う促すかが課題となった。 Y 社では、1 店舗当たりに正社員店長が 1 人(売上高に応じて副長含め正社員 2 人配置も あり得る) 、これに非正社員が頭数で 22~23 人配置されている。非正社員の内訳は、深夜 0 時~翌朝 9 時まで・週 5 日勤務する社会保険適用者が 3 人(母子家庭や未就職若年フリータ ー等が多い)のほか、昼間の時間帯は主婦パート中心で 8 人程度、夕方の時間帯は学生が 8 人、副業者が 2 人、主婦が 2 人の計 12 人程度で運営しているイメージである。非正社員の 平均労働時間はおおむね短く、1 日当たり 3~4 時間弱にとどまっている。 こうしたなか、執行委員は当初、正社員組合員だけで構成していたが、組合費徴収が正社 員・非正社員とも基本給の 1.5%(ただし正社員は上限 3,500 円、非正社員は上限 2,000 円) と同率である以上、権利・義務関係も同様なのだからと、1990 年代後半から積極的に参画を 働き掛け、現在では執行委員のほぼ均しく半数を、非正社員に担ってもらうようになった(図 3-3-1 参照) 。 現在の最上位は、非正社員から組合専従となり、正社員として採用された女性・副委員長 である。組合三役の重要な仕事である「組合ミーティング」 (後述)等のため、ほぼ通年で全 国へ出張続きにならざるを得ず、女性にはなかなかハードルが高い。だが、専従は少数精鋭 のため特別扱いの余裕はない。同人物も最初は電話対応など事務員として入り、徐々に活動 に慣れていったが、家族の理解を取り付けるのは難しかった。彼女の後に続く存在を今後、 どう育成するかが課題である。 一方、Y 社が店舗拡大戦略を打ち出すなか、全国に配置されるようになった組合員の現状 や意見をいかに把握・集約し、団体交渉や労使協議等にどう効果的に活かしていくかも大き な課題だった。執行委員会は当初、福岡のみで開催していたが、店舗数の増大につれ執行委 員数も右肩上がりで、それぞれが意見するだけで会議時間が割かれてしまい、次第に不完全 燃焼するようになっていった。そこで、執行委員会の開催を 5 つの地区単位(団体交渉や労 使協議会等の主体。1 地区当たり 12~13 人で、全体で 56 人。各地区で正社員と非正社員半々 で構成)に分け、その議論を中央執行委員会(労使専門委員会等の主体)に持ち寄る方式へ 移行させた(図 3-3-1 参照) 。それぞれ交互に、2 カ月に 1 回のペースで開催する。 -34- 図 3-3-1 Y 社労働組合の組織構造 定期大会 年1回開催 会計監査 年1回開催 (2月) 中央委員会 2カ月に1回 開催 中央執行委員会(各地区2人で構成) 労使専門委員会 ・・・ や事務折衝の主体 三役会(委員長、副委員長2、 書記長、副書記長) 団体交渉や 北 九 州 エ リ ア 中 国 エ リ ア 四 国 エ リ ア 近 畿 エ リ ア 中 部 エ リ ア 東 日 本 エ リ ア 本 社 大 分 工 場 大 分 配 送 セ ン タ 熊 本 工 場 ー 中 九 州 エ リ ア 熊 本 配 送 セ ン タ ・・・ 労使協議会 の主体 専門委員会 (労使協議会 の前後段で 会社と協働で 人事労務委 員会、職場環 境委員会、福 利厚生委員 会を定期的 に 開催) 愛 知 工 場 ー 西 九 州 エ リ ア ー 東 九 州 エ リ ア ー 南 九 州 エ リ ア ー ー E地区執行委員会 ー ー ー D地区 執行委員会 ー ー ー C地区 執行委員会 ー ー B地区 執行委員会 ー ー A地区 執行委員会 ー 2カ月に1回 開催 店舗数 86 62 83 81 76 76 49 53 52 41 ー ー ー ー ー ー 正社員数 115 91 125 113 106 113 73 73 92 68 135 15 8 14 9 15 臨時雇用者数 (8時間換算) 執行委員数 (うちクルー) 868 6 (3) 653 4 (2) 854 6 (3) 877 5 (2) 820 6 (3) 802 6 (3) 502 4 (2) 580 4 (2) 588 4 (2) 443 4 (2) 39 2 (0) 34 1 (0) 14 2 (1) 28 13 1 (0) 36 1 (0) ・・・ 職場委員 (店長及び 店長代行) さらに、巨大組合に成長するなか、組合員間の結束力やコミュニケーションを高める労組 活動をどう展開するか、とりわけ非正社員には多様な属性が含まれるため、いかに組合費の メリット・リターンを感じてもらうかにも腐心してきた。 正社員組合員に、組合情報の発信源である職場委員を務めてもらい、会社主催の会議終了 時等に定期的に「職場委員集会」を開いたり、執行部が年間を通して必ず 1 回は各職場に出 向く、 「組合ミーティング」 (所要 1 時間程度、組合主催で勤務時間として計上されないため、 組合から 1,000 円の Y 社食事券を支給)の開催を重ねてきた。 組合ミーティングでは、仕事が終わった後に非正社員等に集まってもらい、日頃の不満・ 不安等に耳を傾け、店長との仲介役だったり、経営側への情報の橋渡し役を担う。専従 5 人 で担当するが、1 日 2 店舗が限界のため、基本的に常時、半数がどこかを巡回している状態 である。寄せられる情報は、仲間同士のいざこざだったり、経営方針が現場に下りていく過 程での説明不足だったり、店長との契約トラブル等に因るものが多い。中でも契約トラブル は、若い店長が少しでも人件費を安く上げたいと、新規採用を重用した結果、ベテランが労 働時間を確保できなくなったというようなケースが多い。そういうときは、突然の病気等で 休まざるを得なくなった場合、ベテランを含めて多様な選択肢を持っておかないと店舗運営 は回らない、長い目で判断した方が良いと、かつて店舗にいた大先輩という立場も含め諭し てゆくことになる。 このほか、Y 社労働組合では、組合費のメリット・リターンを広く感じてもらえるよう、 フリーダイヤルでの相談窓口、慶弔見舞金制度や宿泊・テーマパークの利用補助制度、親睦 -35- 会、永年勤続表彰などさまざまな福利厚生の拡充に加え、機関誌や壁新聞の発行を通じた労 組の活動、組合員の声の紹介等の充実にも努めている。 4. 組織化後の非正規労働者の待遇改善に係る取り組み状況 非正社員の処遇(図 3-3-2 参照)は、基本時間給に勤続に応じた昇給16があり、実在の最高 時給は勤続 15 年以上(約 300 人)が 980 円、勤続 10 年以上(約 1,900 人)で 900 円台まで 高まっている。3 カ月の労働時間の平均が月 50 時間以上の勤務者を対象に、非正社員にも夏・ 冬それぞれ一時金も支給される。実際に一時金を手にしているのは、非正社員の約 6 割である。 図 3-3-2 Y 社における処遇状況 正社員 勤務 労働時間 副店長、店長、スーパーバイザー、 エリアマネジャーに昇進可能 本社勤務・転勤あり 60歳定年(クルーとして再雇用可) 1日8時間(店舗は12~20時が メーン、本社は9:30~18:30)を 基本とする変形労働時間制 年間所定2,080時間、年間休日105日 (旧ナイト社員) 約100人 パートクルー・アルバイトクルー 60歳再雇用 昇進なし。原則、採用店舗で勤務 有期契約(1年)毎更新・65歳定年 1日8時間 週3日・1日3時間から勤務可能 (基本時給+ 年齢給+ 勤続給)× 労働時間数 基本時給×労働時間数 昇給あり(入社3カ月後に時給10円増、 以降5年目まで1年当たり時給10円増。 6年目以降は評価により昇給があり得るとされている) (月8~10日のローテーション制) 基本給 手当 基本給+職能給+調整給 昇給年1回 役職・職務手当、資格手当、 地域手当、クリーニング手当 単身赴任手当、家族手当、 社宅手当(妻帯者で3万円等)、 深夜勤務手当、インセンティブ手当 (3カ月に1回・最大4万円) 日祝手当(時給50円増) 正月勤務手当(1/1~1/3に勤務した場合に時給50~300円支給)※ 盆勤務手当(8/13~8/15に勤務した場合に時給50~100円増)※ ※一定要件を満たしている者(正月勤務手当は9月末以前入社、 盆勤務手当は4月末以前入社で、ともに支給は18歳以上) (夏期6/1以降、冬期12/1以降の入社者で前3カ月の ひと月当たり平均勤務が50時間以上を要件とし) 入社1年以上 16,500円 (7・12月に支給) 入社3年以上 23,000円 深夜0時~翌日9時(実働8時間)・ 雇用、労災、健康、 社会保険 週5日勤務のナイト勤務者のみ加入 厚生年金保険 食事優待制度(30%オフ)、(勤務当日の)従業員食事割引制度(40%)、制服貸与制度、 福利厚生 育児・介護休業制度、社員持株制度、社宅制度 週所定1日・年間所定72日まで・勤続6カ月以内の1日付与~週所定 5日・年間所定217日以上・勤続6年以上の20日付与まで 有休取得時は「過去3カ月分給料計÷過去3カ月の出勤日数×60%」 あるい は「過去3カ月分の給料計÷過去3カ月の暦日数」の 年間20日(繰り越し可) 年次有給休暇 いずれか大きい額に「過去3カ月の勤務時間数÷交通費支給日数」 の時間分を乗じた算出額が支給される (有効期間は権利発生から2年間) 結婚時5日、配偶者出産時1日、父母等死亡時2~4日、 産前・産後並びに生理休暇、育児時間(無給) 特別休暇 転居時1~2日、災害時、裁判員時は会社が認めた日数等 一時金 年間3.2カ月 (2011年度実績) 慶弔見舞金 結婚祝金、出産祝金 傷病・疾病見舞金、災害見舞金、 弔慰金 新入社員研修、社内研修、 エリアマネジャーによる講習研修 SVによる巡回教育、衛生・食材 加工面専門者による巡回教育等 有 (勤続年数に 応じて異なる) 教育体系 退職金 就業規則 組合費 (入社後2回目の 給与から天引き) 労 組 提 供 16 社員就業規則 33,000円 結婚祝金、弔慰金 基本的に店長や先輩クルーによるOJT教育 オペレーションコンテストなど集合教育・表彰も実施 無 ナイト社員就業規則 (基本給+職能給)×1.5% (上限3,500円) クルー就業規則 基本給×1.5%(上限2,000円) 永年勤続表彰 入社から20年経過(組合員歴12年以上)者を対象に表彰状と金一封 入社から10年経過(同8年以上)者を対象に金一封 慶弔見舞金 本人の結婚時、子女の結婚時、本人・配偶者の出産時、傷病で15日以上休業時、住宅被災時、本人死亡時、 配偶者・父母等死亡時、自動車被害時 ※正社員、クルー等とも共通要件・共通支給額 現在、非正社員に評価制度はないが、労働生産性の向上を目指し、また、改正パートタイム労働法等への対応の ため、2014 年度の導入準備を進めている。社歴の浅い正社員が多いため、非正社員の評価も公平に行えず、ベ テランの不満を高めてしまうのではと、現場の混乱を危惧した経営陣が実施を見送っているが、一昨年には店長 の指導強化に向け、スーパーバイザー制も導入しているところである。 -36- 非正社員とはいえかつては正社員に任されていた棚卸業務や精算業務、中には発注業務ま で担っている人もいるし、また 24 時間 365 日営業のため、実質的には店長代行を任されて いるような人もみられるが、労働時間を長くするとか、シフトに多く入れるようにするといっ た側面で便宜が図られるにとどまっている。 非正社員の処遇水準は、九州地域の外食産業としては既に高位であり、また人数規模が大 きいだけにたとえプラス 10 円でも数千万単位の原資を用意しなければならず、さらなる引 き上げ交渉はなかなか厳しいのが現状である。だが、非正社員の定着率は非常に高い。例え ば本年、10 年勤続表彰を受けた約 900 人の約 95%が非正社員であり、20 年勤続表彰の約 5 0 人はすべて非正社員である。 なお、Y 社に非正社員から正社員への転換制度はないものの、非正社員からの正社員採用 実績は非常に多くなっている。 「実質的な拘束が長くなるし、転勤を命じられる可能性も出る し、数値責任を持たされるようにもなるが、正社員として高い意識を持って働きたいという 人が応募している」 。本人の希望に応じ、中途入社(基礎的な知識や学力等を問う筆記試験と 将来についてのレポート等)のルートに乗せる格好だが、 「中途入社の半分以上を占めるので はないか」ともみられる。とりわけ女性正社員の中には非正社員出身者が多く、執行委員に も名を連ねているし、現在、非組であるスーパーバイザーにも少なくない。中途採用時の年 齢制限はないが、多いのは 40 歳台前半である。 一方、正社員の処遇(1~8 等級までの職能等級制度:基本給+職能給+役割・職務など各 種手当)には数年前に競争原理が導入され、前年比で利益を確保できた場合等に 3 カ月に 1 度、インセンティブ手当が支給されるようになった。正社員には評価制度があり、年 2 回の 業績(ボーナス)評価と、年 1 回の等級・号俸の格付け評価が行われる。店舗の売上高等が 悪化しても降級・降給は原則無いが、正社員の平均勤続年数は 6 年 2 カ月17と短くなってい る(離職率は約 1 割) 。24 時間 365 日営業18の中で店長を務めるため、実働8時間勤務が原 則とはいえ、何かと店舗に掛かり切りになり、家族の理解が得られず転職を勧められるケー スや、働きぶりや他社に比して処遇水準(平均年収約 415 万円)が低すぎるのではないかと 不満19を持つケース、また、30 代半ばを過ぎた時点で定年(60 歳)まで同じ働き方が続けら れるのかという将来不安に陥るケースでの離職が多いようだ。そのため同社の店長の平均年 齢は 24~26 歳と、業界平均(33 歳)より圧倒的に若い。 こうした中で、かつては公平性の観点から、正社員・非正社員に均等に原資配分する形で 組合が実施した調査によると、正社員の勤続年数分布は、2 年未満が 1 割弱、2 年以上 5 年未満が約 3 分の 1、 5 年以上 10 年未満が約 4 割などとなっている。 18 このこと自体に、労組として反発は持っていない。深夜閉店するためには警備保障を入れ、食材も捨てなければ ならないため、煩わしい開閉作業を考えるぐらいなら、清掃しながら 24 時間オープンしていた方が効率が良い というのが、創業当時からの労使一致したスタンスである。 19 組合が実施した調査によると、 「仕事に見合うだけの賃金をもらっている」 「残業を含めて今の労働時間は適当だ と思う」 「休日や休暇は満足に取ることができる」などの設問で、 「そう思う」正社員の割合が低くなっている。 17 -37- 処遇改善要求を掲げていたが、赤字経営を経験した 3 年前から、正社員の処遇改善を優先20さ せる方針に転換し、非正社員についてはもう、現状維持以上の要求を出していない。それど ころか、有給休暇取得時の賃金支給率を(10 割から)法定通りの 6 割に引き下げる、改悪提 案まで受け容れざるを得なかった。だが、とりわけ現在のクルー制度に改定される以前から 勤務している旧ナイト社員やベテランのクルーにとっては、他社と比べて優遇された存在だ という認識が根付いており、また、非正社員から「店長教育をしっかりやってよ、新しい店 長が来るたび、どんどんレベル下がってるじゃない」という辛口の批判が多いことを受け、 逆に「店長人材の質を向上させるには、正社員の処遇にもう少し原資を上乗せして労働環境 を改善しなければならない。正社員が定着しないと、非正社員が気持ちよく働ける職場環境 づくりも儘ならない」というスタンスで説得しており、非正社員全般の理解は得られている という。 5.今後の課題 Y 社労使の喫緊の課題は、労働時間管理の適正化である。過度な残業を防ぐため、労使協 議会で昨年度より、36 協定の違反者がいないか、法定・所定休日がしっかり取得できている かなどの状況確認を含め、定期的な話合いを行っている。この間、調査上の実績は着実に改 善してきたものの、 今後は有給休暇の取得促進、 さらには労働時間短縮が課題になってくる。 ただ、人件比率 1/3、原価率 1/3、販売管理比率 1/4 で利益率 1/12 という、究極まで 合理化された運営体制にとっては、接客係でもある店長の時短=経費増加に直結し、結局は 自らが手にするインセンティブ手当の減少等につながる悪循環に陥るため悩ましい課題であ る21。 今後、売上高 1,000 億円を目指してさらなる効率化等を進める中にあって、企業利益と持続 可能な働き方をどう両立させてゆくか、正社員の 65 歳定年化を含め、組合員の将来展望を どう描いてゆくかも重要な課題である。 20 とはいえ、正社員についても実際に獲得しているのは労働条件面の改善にとどまっている。例えば、 「社宅手当」 (転勤時に妻帯者で 4 万円を支給)の漸減提案を押し戻し、現状維持を取り付けたほか、私有車の業務使用時に おける事故対応(労災給付)や、ハラスメント通報窓口の設置等も実現した。また、企業業績が非常に厳しい中 で評価結果も低位に抑えられ、結果的に 4→5 等級へ昇級できない人が滞留(約 200 人)していたため、昨年そ こは運用で半数くらいを上げてもらうなどした。 21 組合が実施した調査によると、実際の残業時間と申請している残業時間の差の月当たり計は「10~20 時間未満」 が全体の約 4 分の 1 を占め、 「10 時間未満」が約 18%、 「40 時間以上」や「20~30 時間未満」がそれぞれ約 17% などとなっているが、残業申請していない理由を聞くと、 「納得できる成果を出すため自主的にしている」が約 29%と高く、解決は非常に難しい問題であることが分かる。 -38- 事例4:ユニオンショップで1年更新の契約社員を組織化した三井生命労働組合 1.はじめに 大手・中堅企業の労働組合は、組合員は未だ正社員中心のユニオンショップで、有期契約 労働者は蚊帳の外であることが多い。三井生命労働組合も数年前までは、非正規労働者は組 織化の対象外だった。 しかし、平成不況期後の保険料収入の減少と運用損失計上で企業業績が低迷を続けるよう になったことに伴い、1995 年頃から一般職の業務を代替する契約社員が増加し、職場によっ ては、有期契約労働者の占める割合が過半数に迫るところもでてきたことなどから、契約社 員の組織化を決断した。 三井生命労組の事例は、長期にわたる組織化対象者へのアプローチをはじめ、正社員の組 合員への報告や経営側との協議などの丁寧な取り組みを経て、ユニオンショップ協定の範囲 を契約社員に拡大したケースである。 2.基礎情報 ⑴ 組合員数(および非正規労働者の組合員数) 表 3-4-1 三井生命労働組合の概要 名称 三井生命労働組合 結成 1998年9月11日 ※結成年月日は合併後の年月日。内務担当職の組織化は2010年10月から 組合員数 11,643人(2012年1月現在) (内訳) 総合職・一般職:3,150人 営業職員数:7,767人 内務担当職:726人(1年契約の契約社員、ユニオンショップ) ※正社員の管理職は、1,256人 ※このほか、約300人のパートがいる。組織化対象外 組合役員数 17人(本部 中央執行委員数) ⑵ 組合員の範囲 三井生命で働く有期契約労働者は、1 年更新のフルタイムで働く契約社員(月給制、内務 担当職)とパート(時給制)の 2 種類が存在する。組合員化したのは契約社員。契約社員に -39- ついては、1998 年頃からだんだん増えてきた状況で、現在は全社で 800 人前後いる状況に なっている。 有期契約で働く人は、契約社員とパートのほか、派遣社員がいるが、派遣社員を受け入れ る部署は主にシステム系に限られていて人数も非常に少ない。 ⑶ 執行部 組合役員は、17 人(本部の中央執行委員)で構成している。 ⑷ 上部団体 全国生命保険労働組合連合会(生保労連) 3.非正規労働者の組織化の動向 ⑴ 組織化の背景と理由 会社が一般職社員の採用を抑制するなかで、契約社員の人数が増加してきた。1995 年から 正式な一般職採用を取りやめ、約 10 年前から採用をリスタートしている。 業務内容は、本社では一般職社員と契約社員との間に若干の相違はあったものの、営業の 現場・営業事務では一般職社員の穴埋めのような形で、 ほとんど同じ業務内容になっている。 給与等の処遇面については、両者間で差が生じているものの、福利厚生など実際の運行面で はほとんど差が出ていない。 今や、一般職社員 1,400 人弱に対し、契約社員は約 800 人で、ここ最近の契約社員の増加 に伴い、事務を取り扱っている本社の事務センターなど一部の部署では契約社員やパート社 員といった非正規労働者の占める割合が全従業員の過半数に迫る状況になっている。こうい った人員構成面での問題も踏まえ、 「契約社員を組合員化していくべきではないか」となり、 2006 年より契約社員の組合員化を進めることを検討するようになった。 ⑵ 組織化の取り組み ① 3 年間にわたる意見聴取 まず、組合で職場の声を聞くため、オルグという形で現場に出向くことになった。具体 的には、営業所に事務員として内務担当職がいるので、組合役員が営業所に行った際、他 の組合員の話を聞くついでに「同じような仕事をしているから、参考として意見を聞かせ て下さい」といって、職務上の悩みを含め、意見や要望を聞き取った。そのうえで、 「組合 として組合員化を検討しているが、それについてどう思うか」といったアンケートを 3 年 かけてとっていった。 -40- 当初は、 「そもそも組合が何をしているのかわからない」といった意見が多かった。話を 聞くなどして実態の把握などに努めていたが、それでも「組合に積極的に入りたい・入り たくない」まで至っていない状況で、 「組合に関して関心がない」というのが現実的な本音 だと思ったという。ちなみに、3 年間の意見の聴き取りのなかでは「関心はあるが、よく わからない」という意見が一番多かった。 事実、意見や要望もポツポツとは出ていたものの、そもそも内務担当職は一般職と同じ ような仕事をしているため、意見として一般職とそれほど異なるものは出てこなかった。 組合員ではなかったこともあり、職制面や給与面、処遇面での改善要望もそれほど出てこ なかった。 ②内務担当職全員を対象とする説明会の実施 その後、2009 年 7 月の運動方針を決める中央大会で、内務担当職の組合員化に向けて 組合として正式に取り組むことを決議した。そして、同業他社で既に有期雇用労働者を組 織化している労組の意見を聞き、①対象になっている人たちに対し、組合がどういうもの なのかの理解を得なければいけない、②なるべく多くの人、できれば全員の加入をめざし て取り組んだ方が良い、③対象者には手紙を送るだけでなく、直接会いに行った方が良い ――などのアドバイスをもらった。こうした点を踏まえ、組合がなぜ内務担当職を組織化 しようとしているのか、どんな組織でどういった活動をしていくのかといった内容につい て、 すべての対象者に理解してもらいたいと考え、 全員を対象に説明会を開くこととした。 説明会では、 「労組は労働条件や職場環境の改善を中心に取り組んでいるが、要は普段の 仕事で『こうして欲しい』と思うことや、困っていることがすべて課題だから全部教えて 欲しい。吸い上げて会社に伝えるし、そういう役割がある」との内容を話すことになった。 説明会は 2009 年 10 月から翌年 6 月まで、大手町・御茶ノ水の本社ビルで計 15 回、千 葉県柏市の事務センターで 21 回、早稲田ビル等で計 10 回など相当多く実施している。契 約社員の終業時間は 17 時なので、当初は 17~18 時の間に時間を設定したが、育児などの 事情で出席できない人もいたため、解決策として昼間休憩中にも説明会を開いて参加を促した。 また、営業部の事務員は月に一度、事務研修会があるため、なるべくその時に合わせて 説明会を設定し、北海道から沖縄まで全国 73 支社すべてに出向いて話した。それでも、 どうしても都合が合わなかった人については、 直接営業部を訪問して説明した。 その結果、 最終的には 91.3%の人に直接、資料を渡して説明を行い、可能な限りの質問も受けた。その うえで、その場では言いづらいこともあると思い、参加した人を対象にアンケートも実施した。 その結果、説明会の参加人数は(今よりも内務担当職の人数が多かったので)合計 808 人に達した。それに対するアンケートの回答は 478 枚で、 『組合に対する理解度はどうな りましたか』という設問に対して『理解が深まった』が約 25%、 『少し理解が進みました』 -41- も約 70%あった。他方、明確な反対意見は 42 枚と 1 割弱。この時点で、組合に対する理 解が一定程度進んだと判断した。 ③疑問や反対意見への対応 説明会では、三井生命労組では労働条件や職場環境の改善などを中心に取り組んでいる ことを説明した。要は、日頃、働いていて感じたり思ったりする「こんなことをして欲し い」 「あんなことをして欲しい」というのに取り組むのが組合の始まりである旨、説いたう えで、 「普段の仕事で困っている事すべてが課題なので全部教えてください。それが出発点 です。例えば労働条件だったりするかも知れませんが、何か困っている点もわれわれが吸 い上げて会社に伝えますし、そういう役割があります」と話してきた。 そのうえで、反対意見を持った人がいることについては事実として受け止め、その一方 でユニオンショップであることは、きちんと伝えてきた。組合費とメリットについては、 「組合に入ったら何をしてくれるのか」とか「組合費として月々いくら払って、組合員にな るといくら分が返ってくるのか」などと問われて、返答に窮したこともあった。組合費の 試算も含め、具体的なものがまだないなかで進めていかねばならなかったので、当時は正 直に 「何ができるか今は言えないが、 皆さんのために力を尽くす」 「皆さんの意見を聞いて、 頑張るので信じて欲しい」としか言いようがなかった。 執行部はこの間、対象者の参加状況や質疑内容、全般的な傾向と感触などを集約した報 告を組合員宛にオルグ等で 2 回行い、2010 年 7 月の定期中央大会で組合員化を進める決 議を取った。翌月には経営側に取り組みの経過を説明。組合の決議を踏まえて、労働協約 改訂協議・合意を経て、内務担当職全員の更新時期の同年 10 月、契約書に「ユニオンシ ョップを導入するので組合に加入する」との一文が加わることになった。また、対象者で ある内務担当職にも、説明会開始時、取り組み開始後半年が経過しての中間報告、基本的 に全所属説明会実施後の最終取り組み結果報告、中央大会での決議報告など、全員に対し て個別に手紙を送付して、適宜その状況について報告をしている。 ④正社員の組合員からの反応 組織化の方針を決める段階での正社員の組合員からの反応については、 賛否両論あった。 例えば「組合として、今在籍している組合員をもっと大事にすべきであり、組合員の拡大 をしなくてもいいのではないか」という反対の声があがった半面、 「同じ場所で働く従業員 の間で格差があるのはいかがなものか」 「同じような仕事をしているのであれば、同じよう な教育でやった方がやりやすい」という意見もあった。また、営業所の所属員のほとんど が組合員であり、1 人だけ組合員ではない内務担当職がいる場合、コミュニケーションを 図るための組合の行事などはその人だけが取り残される現象が起きることになる。 「そうい うのはどうなのか」という話もあった。そのなかには、一般職の組合員から「正直、組合 -42- に加入しても仕方がないのでは」との組合にとっては残念な意見も含まれていた。同労組 では、 「この意見は、一般職に組合員の存在意義をそんなに理解してもらっていないことに つながるので、その対応などを考えねばならない問題」との認識でいる。 ⑶ 組織化後の取り組み ①多様なチャンネルによる意見集約 三井生命労組は通常、各職場別に組合の代表者(部会長)が、そこに所属している組合員 の意見を集約する。部会の上部組織には支部があり、さらに上に本部を置くといった3層構 造になっており、 「部会→支部→本部」と順を追って意見集約をしていく流れができている。 ただし、職場にはさまざまな職制の人が働いている。支社営業部を例に取ると、組合員 比率は営業職員が圧倒的に多く、内務担当職が抱えている課題と営業職員が抱えている課 題が全く違うなかで、仮に部会長が営業職員であった場合、内務担当職が意見をいっても 部会長に理解を得るのが難しかったりすることもありえる。このため、同組合は職責登録 ということである程度職制を絞り、 (一般職と内務担当職を合わせた)固定給の人を対象に 年 1 回、オルグを実施している。 その場ではまず、労組側から全体的な話もするが、その後、一般職と内務担当職を分け て個別に課題を聞く。分ける理由は、課題も異なるし、互いに同席していると言いづらい 話もあるかも知れないとの配慮によるものである。 また、営業部の人に対しては、直接出向いて意見を吸い上げる機会を設けている。前述 の 2006~08 年のアンケートの取り組みを継続して行っている格好。大体 4 年で全営業所 を一通り回る形で、2011 年も約 120 カ所を手分けして回っている。 その際、そこにいる契約社員に対しても同様に個別に話を聞いていく状況にある。すな わち、労組としては拠点については 4 年に 1 回くらい、全員と面談する形になっている。 ②賃金体系の見直しや福利厚生面拡充の取り組み 具体的な処遇改善について、これまでのアンケートで多かったニーズは、①地域別の賃 金体系を見直してほしい、②支社営業部では同じような仕事をしているので、一般職と同 じような待遇にして欲しい、③内務担当職は適用対象外となっている社内預金などの福利 厚生面での拡充――などである。 地域別の賃金体系は、規定上、各地区に給与体系あり、金額が決まっている。このため、 例えば「同じ仕事をしていて、一般職は全国一律なのに、内務担当職は地区で賃金が違う のはどうしてなのか」との疑問が生じてくる。内務担当職から一般職への任用試験は今も 実施していて、普段の仕事ぶりをみたうえで上司が推薦して、試験を受ける形を取ってお り、年に 1 回開催されている。なお、内務担当職組合員化後の春闘においては福利厚生面 での対応が図られた。 -43- また、内務担当職を組織化以後、組合員同士がコミュニケーションを図るためのレクリ エーションへの参加人数も増えてきているという。 ⑷ 今後の課題 ①雇用安定の取り組み 雇用の安定は非常に大きい問題であると同時に、今後どうなるか予測のつかないことで もある。現状は特段の問題なく働いていれば、ある程度反復更改の希望は通っている。加 えて、内務担当職から一般職への登用も毎年行っていて、そういった制度を利用して無期 契約に変わる人も一定程度いるので、そこはニーズも踏まえて取り組めることがあれば考 えていきたい。 また、これはとても難しい話で、まだ先の話になるが、例えば更新期間の延長化も今後 の検討課題だと思っている。有期契約労働者の一番の心配事はいつ雇い止めになってしま うか。ならば組合にとって最大の課題も、その不安感の解消策となる。今も長い人は 10 年とか 15 年、毎年更新手続きをしている。ある程度の年数を経た人については、その人 が希望するなら更新期間を長くする選択肢もあって良いのではないか。 他社では一定年数、 更新した人を一般職にしているところもある。これは制度の話になるのでまだ白紙だが、 考え方としては要望を聞いていきたい。 いずれにしても、有期雇用の不安感はそこが大きいので、それを解消するために何が一 番良いのか、何ができるのかが一番の課題だという。 ②組織化の課題 三井生命労組の組合員化の対象は、直接雇用労働者。今後の課題は、パート労働者(300 人)と、最近増加傾向にある継続雇用の労働者への対応である。仮に組織化を進めるのであ れば、仕事や待遇、勤務時間などが明確に異なるうえに考え方も「扶養の範囲内で働く」と の意識があって給与も時給制のパート社員よりも、定年とともに組合員籍は外れ、嘱託のよ うな形でフルタイム勤務で継続雇用されている高齢者(50~60 人)の方が先決になる。現 状は具体的な策を見出せているわけではないが、今後検討すべき課題との認識である。 4.非正規労働者の組合員について ⑴ 組合内での取り扱い 組合費については、最終的に上部団体である生保労連の「一般職の半分相当」の算出目安 を踏まえ、一般職の計算方法の半分で徴収することになった。 ⑵ 経営側との関わり 内務担当職の組合員化の成功については、経営側の協力姿勢がある。取り組みの当初から -44- 労使の話し合いがあり、前述の研修会後の説明会の開催なども事前に労使協議の場で会社側 に協力の申し入れを行い、その開催にあたっては、人事から各支社の事務責任者に対し、配 慮を求めるメールを送信するなどの協力もなされている。 -45- 事例5:流通業・無店舗販売業の X 社労働組合における非正社員の組織化事例 1.はじめに(事例の特徴) X 社は、カタログ・インターネットを通じた、衣類・化粧品、生活用品等の通信販売や、 販促業務の代行サービス、生命・損害保険や旅行の代理店業務等を手がける、売上高約 550 億円の流通業・各種商品販売企業(従業員約 2,700 人)である。1970 年代初めに香川県で創 業し、1993 年に JASDAQ 上場、2002 年に東証一部上場を果たした。 2006 年に労働者派遣・業務受託事業、受注代行事業(コールセンター) 、出荷・検品事業、 商品販売事業、 融資事業の 5 事業を本体から切り離し、 全額出資の各子会社を設立してグルー プ企業群を形成した。2005 年に一時、インターネット系グループ企業の傘下に入り、2010 年からはテレビ系持株グループ企業傘下の完全子会社となって現在に至る。 X 社労組は 1993 年の結成後、正社員のリストラや分社化など、経営変革の渦に飲み込ま れながら徐々に縮小。一方で各子会社が、創業以来活用してきた「準社員」 (結成時から組織 化)に代えて、割安な処遇条件で直接雇用し始めた「パートナー」 「パートタイマー」等社員 の急増に対し、過半数代表としての地位が脅かされるという危機感を強めた。併せて、正社 員や準社員(後に契約社員へ改称)から、定年到達者が増え始める時期にも重なり、2008 年からこれらの組織化に着手した。その努力は 2 年後に結実することとなるが、その後、物 流アウトソーシング事業子会社を他社へ営業譲渡(売却)する話が持ち上がり、新たに組織 化したパートナー・パートタイマー等組合員の大半を失いかねないという事態に晒されている。 経営の柔軟性の前で、 企業内労組の取り組みがいかに困難なものであるかを示唆している。 2.非正規労働者を組織化した動機と組織化に至るまでの経緯 結成から 6 年で専従体制、ユニオンショップ協定化 X 社労組は 1993 年、オープンショップで結成された。JASDAQ 上場に際し、企業オーナー が UI ゼンセン同盟(全国繊維化学食品流通サービス一般労働組合同盟)に相談した。当時、 職場における恒常的な仕事(カタログ作成、受注、検品・出荷、経理業務等)の大半は「正 社員」と「準社員」 (1年毎反復更新の実質無期・フルタイマー)で担い、繁忙期のみ期間限 定で、主婦等パートタイマーや学生アルバイトを活用していた。労組結成当初より準社員も 組織化対象に入っており、組合員数は正社員 1,632(加入率 82.1%)に準社員 656 人(同 58.4%) 、組織率は 73.5%からスタートした。 翌年から UI ゼンセン同盟に加盟し、その後、執行部の頑張りで組織拡大活動が進められ、 1998 年 3 月末には正社員組合員 1,674 人 (加入率 94.9%) 、 準社員組合員 1,043 人 (72.5%) 、 契約社員組合員 17 人(77.3%)で、組織率は 84.8%まで高められた(図 3-5-1) 。これに伴 い 1999 年には、悲願だったユニオンショップ協定化と専従者体制が実現した。 -46- 図 3-5-1 X 社労組を取り巻く状況変化と組合員数の推移 3,000 人 2,677 2,500 2,288 656 2,386 733 正社員 2,664 2,73417 13 準社員(2005年以降は契約社員へ改称) 2,428 14 912 2,000 2,665 928 956 パート・アルバイト(2005年以降はパートナー社員等へ改称) 2,333 1,043 2,069 2,074 769 1,984 877 761 1,500 751 706 1,902 680 1,266 1,183 386 1,181 1,018 1,000 1,765 1,737 1,695 1,674 1,645 1,632 1,653 500 608 1,456 548 451 1,308 1,323 1,278 1,222 658 633 567 915 946 64 942 85 379 331 287 241 536 551 570 556 0 パートナー社員等の組織 拡大を労使協定化 定年再雇用者の 組織化を労使協定化 経営資本やオーナーの 変更に伴い、本体傘下に 5事業を分社化 正社員の早期希望退職 ( 二回目) を実施 正社員の早期希望退職 ( 一回目) 及び準社員の 雇止めを実施 ユニオンショップ協定締結・ 専従体制開始・法人登記 UIゼンセン同盟に加盟 労組結成 ※1993年は9/14時点、それ以外は各年3月末時点の数値 ※1993年は9/14時点、それ以外は各年3月末時点の数値 正社員リストラ・定年と準社員→パートナー等社員への置換で募る危機感 一方、この時期、不況による業績悪化等で、正社員の早期希望退職(2 回)や準社員の雇 止め(1 回)が実施された。その後、2006 年に労働者派遣・業務受託事業、受注代行事業、 出荷・検品事業、商品販売事業、融資事業を、本体から切り離す 5 分社化が実施された22。 分社化に際し、組合員は正社員・準社員(これを機に「契約社員」へ改称)とも、各事業 会社に(転籍ではなく) 「出向」という形で配置されることになった。しかし次第に、事業会 社の中には契約社員に代えて、 「パートナー社員」や「パート社員」など処遇・労働条件を抑 制した新たな区分で、 自社で独自に直接雇用するところが現れ始めた。 旧準社員は組織化後、 10 年超を経過して、処遇改善も着実に進み、時間給は 1,000 円超、一時金も退職金もある状 況で、会社にとっては人件費が割高な存在に映っていた。パートナー等社員の新規雇入れに より、企業内組織率はみるみる低下し始めた。 「先代のつくった基盤がどんどん崩され、過半 数代表をとれない事業所も出始めるなか、このままではいかん」という危機感が募った。 22 なおこの間、パートタイム労働法の改正指針(2003年策定)等を踏まえ、正社員と準社員の仕事のあり方についても整理 が図られた。正社員は商品・企画やマーケティング、システムエンジニア、セールスプランニング、ソリューション営業、 経営・事業戦略、広報、法務、経理・人事等の管理部門をローテーションし、管理職候補として育成するいわゆる「総合 職」として、一方で準社員はコールセンターのオペレーターや検品・出荷、物流のラインの作業員など「現業部門」を中 心に、役割に任命されることがあっても「リーダー職」(非正社員のとりまとめ役)までとして明確に区分された。 -47- 折しも、正社員・契約社員の 60 歳定年後の処遇を検討しなければならない時期に差し掛 かかり、2006 年には「継続雇用制度」の導入が経営課題となった。再雇用者を組織化しなけ れば、組織率の低下にさらに拍車がかかることが危惧されたため、併せて再雇用後の組合員 範囲についても労使協議を進めることになった。だが、希望者全員の再雇用を拒む会社側と なかなか折り合いがつかず、労組は再雇用者の組合員資格を後回しに粘り強く交渉し、結果 として希望者全員の(法定を上回る)65 歳までの継続雇用制度の導入に漕ぎ着けた。 その後、再雇用者の組合員資格については、2008 年の労働条件闘争で改めて要求を掲げ、 併せて組合員範囲のパートナー等社員への拡大も盛り込んだ。交渉の結果、同年7月より新 たに「嘱託組合員」の組織化が実現したが、パートナー等社員の組織化については「継続協 議」となった。 パートナー等社員の大量雇止めを機に組織化の取り組みが本格化 そんな矢先(2008 年末) 、パートナー等社員が数十人規模で、契約非更新にされる事態が 発生した。当時、労働組合へも「説明事項」という位置づけで、会社側から事前説明があっ た。非組合員とはいえ、同じ職場で働く仲間として気持ちの良い話ではない。同情した契約 社員組合員から、何とか助けられないかと懇願されたが、 「気持ちは理解するが、手出しはで きない立場にある」旨を伝えるにとどめざるを得なかった。 労組に入っていなければ協議もなく雇止めにされかねない――。この一件は、パートナー 等社員自身の雇用不安を煽ることとなり、 「早く組合員になりたい、 労使協議を調えて欲しい」 というニーズに押され、翌年(2009 年)の労働条件闘争では、労組としてより強硬的な姿勢 で臨むことを決めた。 まず、組合員範囲を、2008 年に要求していた「社会保険適用以上のパートナー社員・パー トタイマー」から、 「雇用保険加入のパートナー社員・パートタイマー」まで拡大した(図 3-5-2) 。また、 「加入意志 70%以上の確認が採れた時点でユニオンショップ協定を締結する」 よう求めるとともに、1 年間棚晒しにされてきた経緯があっただけに、 「6 月末までに労使合 意できない場合は、組合独自で(オープンショップを辞さぬ覚悟で)加入活動を開始する」 旨も書き添えた。 その結果、会社側回答(5 月末)には「組合が行う加入活動について、業務時間外に会社 施設利用の申し出があった場合は、正当な理由がない限り了承する」と追記され、態度が軟 化し始めた。これに伴い、労組は 6~7 月にかけて、加入説明会を精力的に開催。終了後に 加入意志確認を行い、対象者 70%以上の了解を取り付けた。 その後、多少の経緯23を経て、結局、会社側も協約改定に向けて動き出すことになった。 23 会社側が本当に 7 割以上の賛同者がいるのか、残り 3 割にはどういった意見があるのか等を確認したいと申し出 てきた。これが確認されればユニオンショップの協定化に応じるという条件で、9 月にアンケート調査を実施す ることになった。その結果がどうだったかの検証データは、労組がいくら求めてもついに示されなかった。 -48- ただ、会社側は組合員範囲として、 「社会保険適用以上」のみを主張。労組が要求した「雇用 保険加入以上」との間で詰めの交渉が行われた(2010 年 2 月) 。また、加入のタイミングに ついても、会社側は「反復更新後 1 年以上となった契約更新時から」と主張。労組側は、UI ゼンセン同盟傘下の流通系では「6 カ月契約更新時」や「3 カ月後」が多い事実を基に交渉 したが、実態として1年未満の離職率が高かったことなどから、新規組合員範囲は「雇用保 険に 1 年以上継続加入している者及び雇用契約を 1 年以上継続更新した者」とすることで労 使合意し、晴れてパートナー等社員約 360 人の組織拡大が実現した。 図 3-5-2 X 社労組組織の現況 分社1 組織率は65.4% 労働者派遣・業務受託事業 未組織者の存在と 組織化のターゲット 社会保険加入約80人 雇用保険加入者約180人 いずれも非加入 約15人 分社2 組織率は16.5% (香川勤務)社会保険加入約40人 いずれも非加入 数人 (香川勤務)雇用保険加入約65人 (札幌勤務)社会保険加入約80人 いずれも非加入 約190人 (札幌勤務)雇用保険加入約60人 (沖縄勤務)社会保険加入約230人 いずれも非加入 約120人 (沖縄勤務)雇用保険加入数人 X社本体 組織率は 77.0% 受注代行事業 (コールセンター) 2011年12月現在で 正社員組合員は543人 契約社員組合員は218人 嘱託社員及びパートナー社員の組合員は385人で 総計1,146人。X社の雇用者総数は2,743人 (うち管理職は112人)のため 組織率は41.8%(各社の組織率は図中) 第一段階対象範囲(計約360人) 第二段階対象範囲(計約370人) ※組織化対象の数値は2009年2月時点のもの 3.非正規労働者の組織化を実現するまでのアプローチ手法 産別内労組間の情報交流によるノウハウの水平展開 パートナー等社員の組織化に着手するに当たり、非正規労働者の組織拡大を積極的に進め てきた、UI ゼンセン同盟傘下の複数の流通系労組にノウハウの指南を受けた。情報を収集す るうちに、基礎的な知識を含めて徐々に教育してゆく必要性を感じ、同労組が組織拡大のた めに作成したパンフレットやビデオ等を参考に、①労働組合とは何か(組合が必要な理由、 組合の歴史、組合員とは、労組にまつわる法律関係、組合員の権利と義務) 、②どんな活動を しているのか(労働条件の改善、政治活動の推進、苦情処理活動、教育、研修活動、文化・ レクリエーション活動、情報・宣伝活動等) 、③運営はどうなっているか(組合費の使途、組 合の組織構造、規約・規程、決議機関、各種会議等)――など幅広い情報を含む、 「X 社労組 ガイドブック」を作成した。 また、負担(組合費納付)に対して、享受できるものがどの程度あるかを具体的に示すた -49- め、共済に加入できる利点――見舞金制度や慰労金制度、各種施設割引など UI ゼンセン同 盟のスケールメリットを活かしたサービスについて、説明資料を準備した。 その上で、具体的な進め方としては、まず活動計画案に盛り込み、定期大会で審議・決定 した。その後、小委員会(図 3-5-3)を開催し、職場委員に具体的にどう動いてもらうかを 確認していった。 図 3-5-3 X 社労組の執行部体制や組織構造 <X社労組の構成員> <X社労組の組織構造> 各専門部会(適宜開催) 執行委員 13人 執行委員長1人(専従) 書記長1人(専従)、副執行委員長1人 執行委員10人(うち契約社員1人) 書記1人(専従) 執行委員会 契約社員やパートナー社員等 の中央・職場委員は28人 中央委員会 中央委員 約30人 (1カ月2回) 総務部会 労政部会 文化・ レクリエー ション部会 小委員会(1カ月1回) 職場委員 約60人 (年1回・毎年5月) 組合員 約1,150人 職場会(年2回) 本体 分社1 分社2 運営委員会 運営委員会 運営委員会 ・・・・・ 大会 そうして 2009 年 6 月から順次、対象となるパートナー等社員に、加入説明会への出席を (印鑑持参で)依頼した。加入説明会は、1 事業所当たり 2 日間費やして 1 日 3~4 回、ちょ うど仕事が終わるタイミングか出勤直後に、30 分程度の開催を重ねた。物流事業でラインが 止まるのは日曜のみ・5 班のシフト制なので順繰りに行い、コールセンターは 9 時出勤で 15 時上がりの人や昼出勤で 21 時上がりの人など多様なタイプがあるため、来られそうな日時 を予めアンケート調査して調整した。 加入の説得に当たっては、直前の雇止め事案を引き合いに出し、 「昨年末あんなことがあっ たやろ。組合員だったら少なくとも事前に、今回の非更新者はこれで、こういう合理的理由 からですと話があるんや。そういう意味で、つらかったな。もう二度とあってほしくないな」 などと共感を得ていった。 また、説明会終了後に捺印してもらう「加入意志確認書」の取り方に秘訣があった。正式 な加入届は、ユニオンショップ締結後、再提出してもらうのだが、事前の加入意志確認書を 説明会の日時別に作成し、連記式にしておいた。そして加入意志を確認できている人を名簿 の上位にしておくことで、説明会終了後の捺印がスムーズに運んだ。欠席者が出てもこれを 持って説明に行けば同意が得られた。 4.組織化を行う上での困難と理由 組合費設定の難しさ 組織化の説得に当たっては、労組に対し初めから抵抗感を持っている人もいて、全員の賛 同を得られたわけではなかった。また、組合費の負担に対しては、説明を重ねて理解を得な -50- ければならなかった。UI ゼンセン同盟の共済のスケールメリットも活用し、 「組合費で 1,500 ~1,600 円支払っても、 例えば保険を書き換えて年間2 万円以上安くなれば元がとれるやろ。 一般生保に比べると掛金がだいぶ安いのに保障が充実しているから、保険を切り換えるだけ でも得やな」などという説法も用いた。 組合費は、正社員が月例給の算定基礎額の 1.7%、一時金の支給額の 0.5%を徴収するのに 対し、契約社員及びパートタイマー等社員は基本給(契約時間給×所定労働時間数。ただし 自主欠勤・指定早退を除く)から 1.2%、勤勉手当(一時金)から 0.5%に設定した。権利・ 義務関係が同じである以上、組合費もできるだけ同率にしていくべきという前提で、2011 年の定期大会では正社員の月例給徴収率を 0.1%引き下げ、一時金を契約社員と同じ 0.5%に 揃えた。 「引き続き 1.7%と 1.2%の折り合いを、いつかつけなければならないだろうが、まっ たく同率にしている他の流通系労組の様子をみると容易ではないと思えてくる。納めてもら う以上、意見も大きくなるのが当然だ」 。 5.組織化後の非正規労働者の待遇改善に係る取り組み経緯と現状 契約社員とパートナー等社員の処遇格差をあえて明確化 今回の組織拡大に先立ち、パートナー等社員のあらゆる処遇・労働条件の現状について調 べ上げ、あえて契約社員との比較で詳細に示すことにした(表 3-5-1) 。 「当事者は、就業規 則にあまり興味を持つこともなく、自分がどういう現状に置かれているか、他者との比較で どうなっているか分かっていない。客観的に並べたらこうなるというのを一覧できるように した」 。時間給から手当関係、割増賃金の算定基礎、勤勉手当(一時金)や退職慰労金、休暇・ 休業の付与方法に至るまで、あらゆる処遇要素を調べ上げるのは骨の折れる作業だったが、 これから組織化しようとするパートナー等社員の客観的な姿を、17 年の労組活動の歴史で積 み上げた契約社員との比較で見せ、これから優先順位を決め徐々に要求を掲げていこうと呼 び掛けた。 その上で、初回の交渉となった 2011 年の労働条件闘争では、対象となる新たな組合員の 意見を、多くの時間をかけできるだけ集約するよう努めた。通常、労働条件改定要求の構築 に当たっては、職場会や全員アンケート調査の結果を反映する。これに加え、今回は現場に いる副委員長(非専従)に昼食時など休憩時間に歩き回ってもらい、意見を直接吸い上げな がら要求案を練り上げていった。要求ニーズは、やはり時間給の引き上げや雇用の安定化に 集中した。ただ、原資のかかるものばかりでは、何も取れない恐れもある。そこで、契約社 員組合員との処遇格差の中から、優先的に改善したいものに対する意見を収集し、要求に盛 り込んでいった。 「他の雇用区分に既に出しているものや、少し運用を変えれば良いものは相 対的に獲得しやすい」 。 結果的に盛りだくさんになり、会社側からは「まあ、こんなようけ出してくるな」と嫌が られた。だが、 「今回はとにかく要求を掲げていかないと、何や要求もしてくれんのかという -51- 話になりかねん。ましてや過半数以上、この人達で」との思いがあった。交渉を重ねた末、 パートナー社員も有休が半日単位で取得できるようになるとともに、年末年始手当も支給さ れることになった(表 3-5-2) 。 表 3-5-1 労組が調べた契約社員及びパートナー等社員の処遇状況24 分社2(受注代行業) 分社1 香川 札幌 沖縄 労働者 労働者 業務 パートナー パート社員 雇用区分 契約社員 契約社員 派遣業 派遣業 受託業 (コールセンター) (コールセンター) (グループ内) (グループ外) 社員 ○ ○ ○(今回組織化) 組合員範囲 × × 雇用元会社 契約期間 時間給 皆勤手当 精勤手当 本体 (旧準社員) 1年毎更新 825~ 740~ 1,105円 1,800円 有(5,000円) 結婚・出産祝金 弔慰金 傷病見舞金 有(2㎞以上・1㎞刻み) 有(2㎞以上・5㎞刻み) 有 無 (5,000円) 有(1/1は5,000円、12/31及び1/1~2は3,000円) 無 所定労働時間超から 時間外、深夜は法定通り(1日8時間週40時間超から各25、50%増) 各25、50、35%増 休日は週1日の法定休日が取れていない場合のみ35%増 18時以降25%増 無 35%増 有 (夏・冬) 有 18時まで200円、18時以降400円 不明 無 社保加入者のみ有 無 有(各3万、1万円) 有(1~ 15万円) 有(5,000 円~) 傷病休暇 有 災害見舞金 有(2万円) 有 有(1~ 5万円) 無 有(各3万、1万円) 無 有(1~5万円) 無 無 有(1万円) 特別休暇 その他 子の看護休暇 有(1万円~) 無 無 特別有給休暇 (アニバーサ リー休暇) (結婚・出産、 忌引、ボラン ティア等) 840~ 1,200円 無 (3,000円) 日祝勤務割増 賞与 (勤勉手当) 退職慰労金 780~ 2,400円 無 有 通勤手当 グループ リーダー手当 年末年始手当 時間外、深夜、 休日割増 夜間勤務割増 (今回組織化) 3カ月あるいは6カ月契約毎更新が多い 840~ 820~ 750~ 940円 940円 1,900円 有 有 (有給) (無給) 無 有 (有給) 産前産後休暇、介護休暇、育児休暇、母性保護措置等はすべて法定通り(無給) 有(小学3年生以下・無給・ 有(小学就学始期まで・無給・ 4/1~3/31で期間換算) 1/1~12/31で期間換算) 組織化後は雇止め時の取扱いや日々の教育指導にも変化 また、組織化後は雇止め時の取扱いも明らかに変化した。組合員の雇止めを行う場合、本 人に 1 カ月前の通告を行う前に、対象者リストが人事部から提示される。労組は過去の指導 24 なお、非正社員から正社員への登用制度は、就業規則上の規定はあるが、実質的なルートとしては機能していない。 労組としては、正社員採用や社内公募に際し、募集内容を広く提示するよう要求し、会社側の了承も取り付けたが、正 社員と非正社員の仕事は明確に区分けされてきた経緯があるため、非正社員当事者にとってもハードルは高いという。 -52- 実績も併せて求め、今回急に持ち出したような案件があったら、1 年間はそのまま据え置い てもらうよう要請する。その上で、労組からも本人に、 「こういうことでちょっと問題がある と指摘されているよ、今期はつないだけど来期中に変われなかったら非更新もあり得るとい うことを念頭に、頑張ってくださいね」と警告を発する。先月言って今月で終わりといった、 理由も曖昧な無碍なやり方は許さないが、猶予しても変化がみられなくて非更新になった場 合は、組合としても致し方ないと考えている。会社側と文書手交までしているわけではない が、労使の約束手続きとして確立されている。これに伴い、会社のパートナー等組合員に対 する接し方にも変化が現れ始めた。日々の教育履歴をしっかり記録するようになり、明確な 指導が行われるようになってきたという。 表 3-5-2 2011 労働条件闘争における要求内容と妥結結果 要求内容 ① パートナー・パート等組合員の時間給を20円引き上げる ② ③ ④ ⑤ ⑥ ⑦ ⑧ ⑨ 契約社員組合員の出産祝金を第1・2子は2万円、第3子以降10万円 への増額、パート等組合員に対する出産祝金の新設 傷病休暇制度の改定による、失効積立有給制度の確立(使用事由に 家族の介護等を追加、対象者にパートナー・パート等組合員を追加) 特別有給休暇制度の改定(パートナー・パート等組合員に対する内容 を、契約社員組合員に揃える。義理を含む子が出産した場合に通算 3日付与) 嘱託、パートナー・パート等組合員の時間外・休日勤務の割増賃金 を、所定労働時間(短時間労働者の場合は通常労働者の所定労働 時間)を超えた時間から支払うよう改定する。休日の算定は、法定外 休日に対しても35%増とする 雇用契約期間の延長(採用から1年を過ぎて契約更新される時点か ら1年毎契約へ パートナー組合員の年次有給休暇の半日単位の取得を可能化(ただ し契約時間が5時間40分に満たない場合は1日単位とする) 小学3年生までの子を扶養するパートナー・パート組合員に対して、1 年につき10日(ただし小学就学前の子が1人いる場合は年5日、2人 以上いる場合は年10日を就学前の子のために確保する)の看護休暇 を付与する。介護休暇は要介護状態の家族の人数に係わらず1年に つき10日限度で付与する パートナー組合員に対しても年末年始手当(12/31および1/2~3は3 千円、1/1は5千円)を支給する 妥結 × × × × × × ○ × ○ 6.非正規労働者の組織化が組合活動に与えた影響 一体感の醸成、労組機能の再点検等 組織拡大が与えた良い影響としては、①職場の大半を組合員が占め、一体感が生まれるよ うになったこと、②職場の問題点等が、職場委員を通じて組合に届きやすくなったこと、③ 組合主催行事の参加者が大幅に増えたこと、④担当役員の力量や職場委員の動きなど、労組 の組織機能について改めて点検することができたこと――などが挙げられる。 「これまでは非組として除外されていた回覧物も、どんどん回るようになった。今の季節だ と割安でクリスマスケーキの販売もする。組合員としてすべて享受できるようになったこと で、あんたら違うでみたいな職場の疎外感が取り払われた」 。年 2 回、予算をつけ必ず実施 -53- している職場会も変わり始めた。 「現在はほぼ全員に来てもらえるようになり、横のつながり を含めて確実にコミュニケーションが円滑になった」 。 また、労組自身にとっても良い気づきがあった。 「恥ずかしながら、こんなガイドブックを 作ろうと思ったこともなかった。今はホームページも立ち上げ、教宣物も含めて工夫を凝ら し、新入組合員研修で使っている。あって当然の組合ガイドブックも、なかったこと自体に 気づいていなかった」 。結果として、組織の力量も判明した。 「職場委員の力=組織の力で、 誰が強い職場委員なのか、どこがまとまっていないのか、署名活動なりカンパ活動なり、政 治活動をするのもすべてそう。職場委員の力量に応じて集まり方が全く違う。職場委員の教 育こそ必要なんだと、執行部が勉強させてもらった」 。 一方、組織化で大変になったこともある。一つは、職場会などのチャネルを通じて上がっ てくる苦情の多さだ。暑い、寒いから始まって、貸与される靴がすぐ壊れる、じゅうたんが 汚れているといった、日常の些細なことが多い。ほとんど会社側に要求するまでもなく、正 社員組合員から上司に言って解決できるものが 9 割を占める。労組として声を上げるべき、 本質的な問題は残り 1 割程度しか含まれていないが、 「彼ら・彼女らにとって、言えるとこ ろができたのはすごく良いこと」 。小さな不満、苦情等の解消が、結果として職場のリスク低 減に寄与する。 また、組織化によって新たに派生してきた問題もある。労組の過半数(現在、正社員 543 人に対し非正社員は 603 人(52.6%) )を有期組合員が占めることになったため、各種交渉 事に対する機関決定手続きを、慎重に行う必要が出てきた。 「例えば正社員の定昇がとまりそ うやと。契約社員の時給アップが採れなくてもストライキ権の確立までは踏み切らないが、 正社員の定昇なんかやって当たり前という感覚。闘うぞといっても、スト権確立に 4 分の 3 以上の賛成が必要ですがどうしましょうという話になる」 。 また、 「例えば一時金の要求を掲げる際、過半数の賛成が得られるかも疑問だ。現在、一時 金は正社員と契約社員にしか支給されていない。でも、機関決議は全体で行わなければなら ない。関係ない人にもそうや、それでいけと賛同してもらわないかん。組織としてやるんや から、同じ気持ちになってというのは大変。本来的に企業内組合が 2 つあっていいとは思わ んが、今後は何か規約上変えていかないと立ちゆかんのかなとも思う。でも、何言っとんの、 36 協定の当事者は私らやでと。私らだけで過半数代表を持っているんやと言われたら、太刀 打ちできない。そういう運営上の難しさが残された」 。 そうした危機感は、組織化前の正社員組合員の間には無かったという。 「本社ビルには正 社員しかおらんから、関心がなかったんでしょう。でも、組織化してみたら、あれっと思 うことが出てきた」 。労組の財政問題もそうだ。有期組合員の組合費は低減されているだけ に、組織化すればするほど労組の財政力は弱くなる。 「これまでの活動の中で闘争資金を 1 0 日分ぐらい積み上げてきた。先輩から引き継いだお金も入っているし、いざという時に 使うのは一緒やと言っても、組合員歴が長い者と組合員歴が短い者が同じように使えるの -54- はおかしいやろと主張する人もいる。組織化するとそういう風になるのかと、初めて気づ いた」ことだった。 7.今後の課題 組織化を終えて安堵していた矢先、2011 年 11 月 30 日付けで、分社子会社のうち物流ア ウトソーシング事業部分の営業譲渡が発表(基本合意書が締結)され、現在、転籍条件につ いて労使協議を行っている最中にある。出荷量の季節変動が大きいため、外注することで安 定的な労働力確保とコストの変動費化を狙うという。 組合員約 480 人が対象となっているが、雇用は全員受け容れの方向で進んでいる。ただこ のうち、2010 年 6 月から新たに組織化したパートナー等組合員も約 300 人含まれている。 これから少しずつ、 パートナー等社員の処遇を契約社員に近づけるべく取り組んでいこうと、 労使で新たに協議会も立ち上げて検討を始めていただけに、このような事態になってしまい 困惑している。譲渡先の処遇・労働条件は、 (契約社員ではなく)パートナー等社員のものが ベースになっており、結果的に引き下げ提案。 「労働条件闘争であれだけ要求を出し、会社が 危機感を強めたことが、営業譲渡の引き金を引いたのではという懸念が拭えない」 。 現在となっては、 転籍対象組合員のため、 充分な条件を整えるべく協議していくしかない。 逆に、そうした転籍条件を、新たに組合員となったパートナー等社員の分も含めて協議でき るような環境が整っていて良かったと考えるようになった。 「組織拡大していなかったら、言 われた通りで行けと。嫌なら拒否してもいいんや、で終わる話。それを少しでも僕らが加算 金なり、何かできることがあるやろうと協議できるのは、組合員になっていたから」こそだ。 また、新会社にはそもそも労組がないが、新たな労使関係の中ですぐ結成できるよう準備 も進めているという。 「対象者の中に、副委員長と旧準社員出身の執行委員がおるんです。営 業譲渡という手段に対して、労組の無力さを痛感するしかないけど、彼らを中核としてあっ ちへ行ってもすぐ組織を立ち上げて、 交渉窓口を受け持てるようにしたい。 過半数どころか、 9 割ぐらい組織化済みの状態で行くんやから」 。 一方、X 社労組にとっても未だ取り組み課題は残された。沖縄(フルタイムが多い)と北 海道(週 20 時間程度も多い)に配置されている、コールセンターのパートナー等社員(約 370 人)の組織化である。各県の企業誘致策に応じ、採用賃金の安さや求職者の多さ、通信 費の優遇等が魅力でそれぞれ 2000 年、2006 年に開設したもの。大手グループ傘下に入って も、これらの魅力が買われ増床を続けており、人員も右肩上がりのため組織化しなければと 焦燥感が募る。だが、正社員組合員はそれぞれ 1 人ずつしか配置されておらず、仮に組織化 したとしても遠隔地で世話活動が儘ならない。対応方策が思いつかないのが現状である。 -55- 事例6:毎日新聞労働組合による規約を改正しての契約社員の組織化 1.はじめに 編集・事務補助、印刷、出版、メディア部門など、さまざまな業務の工程で非正規社員が 活用されている新聞業界。この業界で、ほぼ 10 年前から契約社員の組織化に着手し、活動 の先鞭をつけた労組の一つが毎日新聞労働組合(中田卓二執行委員長、約 2,100 人)である。 同労組は、組合規約も整備し、学生アルバイトを除けば、契約社員はすべて組合に加入する ことができる。組織化によって、契約社員の働き方や労働条件に関する課題を把握すること ができた半面、待遇改善に向けた取り組みは道半ばだ。今後、処遇や雇用面で具体的な成果 を獲得することが、契約社員の組織率向上のカギになっている。 2.組織化のきっかけ 毎日新聞労組は、組合規約で、学生アルバイト以外であれば、毎日新聞社で働くすべての 契約社員が労組に加入できると定めている25。雇用形態別の組合員の範囲は下の枠内のとお りである。契約社員の組織化に着手したのはほぼ 10 年前の 2001 年で、民間の他の業界と比 べても取り組みを始めたタイミングは早い。 <雇用形態と組合員範囲> 毎日新聞労組は、非正規雇用社員、関係企業社員の組合員化のため、何回かに分 けて組合規約改定を行った。現在は次のとおりとなっている。 ◆毎日新聞社員 = 労協のユニオンショップ規定により、原則全員が組合員 ◆特別勤務員、契約社員、派遣社員(恒常的に週 30 時間勤務) = 組合加入が可能(オープンショップ) ◆関係会社従業員 = 組合加入が可能(オープンショップ) 現在、100 人を超える契約社員、関係会社社員が組合員となっている。契約社員のなかで、 毎日新聞本体の編集・制作に従事している人はごくわずかだが、学生新聞や出版、デジタル メディア局などでは、取材や編集といった仕事でも活躍している。 契約社員の組織化に取り組むことになった発端は、2000 年 12 月の英文紙「毎日デイリー ニューズ」の休刊提案である(01 年 3 月末で休刊) 。当時、デイリーニューズには 40 人ほ どのスタッフが従事していたが、その多くが外国人の特別嘱託社員(以下、嘱託=契約は 1 年更新)と、雇用期間が短いアルバイトだった。 25 学生アルバイトは、編集局のアルバイトで夜の大学に行っていた人が多かったことから除外した。 -56- 提案の中で会社は、嘱託、アルバイトの雇用契約を打ち切ると労組に伝えた。当時、契約 社員は全国に約 300 人おり、デイリーニューズで働いていた 40 人は契約社員全体の 1 割超 を占めていた。それに加え、なかには長年勤務し、会社への貢献度も高い人がいたことから、 毎日労組は「何とか雇用継続できないか」と会社に要求した。 対象となった契約社員は組合に駆け込んできた。しかし、当時の毎日新聞労組は社員だけ を対象に会社とユニオンショップ協定を結んでおり、 組合規約上、 契約社員は加入できなかっ た。そのため、組合側の取り組みは限定的にならざるを得ず、結局、組合に助けを求めてき た契約社員の一部は、外部のユニオンを頼ることになった26。 またこのとき、印刷部門の別会社化の提案(2000 年 10 月西部本社=北九州、2001 年 8 月中部本社=名古屋)も問題化していた。 「他の部門でもいつ、今回のようなリストラの波に 飲まれるかわからない」と危機感を強めた労組は、2001 年 2 月から契約社員の組織化の検 討を開始した。 組織化の取り組みの経過は下のとおりである。労組は規約の改定作業を急ピッチで進め、 改定案は 2001 年 5 月の臨時中央委員会では 1 票足りずに否決されるという曲折もあったも のの、2001 年 9 月の定期大会で正式に承認された。 <取り組み経過> 2000 年12 月 22 日 英字紙「毎日デイリーニューズ」休刊提案 2001 年 2 月 21 日 臨時中央委員会で組織拡大構想(契約社員組織化)を提案 4 月 10 日 臨時中央委員会で規約改定案(契約社員組織化)を正式提案 5 月 28 日 臨時中央委員会で規約改定案(契約社員組織化)を採決するも、 1票足りず否決 9月1日 「アルバイト雇用新規定」が発表される → 01 年 10 月以降 の新規採用アルバイトの雇用期限を最長 3 年に 9 月 19 日 定期大会で規約改定を再提案、成立 12 月 1 日 契約社員の組合加入募集開始 中央委員会での規約改定に向けて毎日新聞労組がまず行ったのは、当時すでに非正規社員 を組織化していたスーパーや百貨店など他業種の労組からのヒアリングである。同じ新聞業 界では、関連会社の社員を組織化していた宮崎日日新聞労組の取り組みを参考にした。 また、それまで、毎日新聞社で働く契約社員の労働条件や職場環境を網羅的に把握したこ とがなかったため、労組として、契約社員を対象にした懇談会やアンケート調査を初めて本 26 独自に交渉し、最終的には金銭解決の道を選んだという。 -57- 格的に実施し、積極的に声を吸い上げた。その結果、 「何年働いても昇給がない」 「2 年前か らボーナスが 1 割カットされたまま」 など、 それまで必ずしも明らかになっていなかった生々 しい実態が相次いで報告された。 契約社員 170 人が回答したアンケートでは、 「雇用・契約・労働条件に不安・不満があり ますか」との問いに対し、7 割以上が「ある」または「時々感じることがある」と答えた。 労組に加入して組合を「相談窓口」として利用したいかどうかを尋ねたところ、6 割超が「利 用したい」と回答し、労組への期待の高さをうかがわせた。どのような問題で相談したいか との問いでは「給料など待遇」がトップに挙がった。 3.組織化直後の状況 規約改定を受け、2001 年 12 月から募集を開始し、7 カ月がたった時点で、46 人の契約社 員が毎日新聞労組に加入した。加入した理由は、 「突然雇用が打ち切られるのでは、不安」 「他 職場で働く契約社員の情報や会社方針が聞ける」 「周りの情報がまったく分からない。組合を 通じて職場の声が聞ければ」 「突然、給料が 3 割カット。会社に何も言えなかった。組合を 通じて自分の思いを伝えたい」などであった。また、組合員となった契約社員の相談内容な どから、問題は契約更改時(3 月)に集中して発生していることがわかってきた。 相談内容としては、契約更改の拒否や、組織再編による異動・減収などが多かった。労組 はその対応策として、契約社員懇談会を開催し、顧問弁護士を招いて勉強会を行った。役員 と専従書記で個別相談にも応じた。また、アンケートに基づく経済面での要求を作成した。 ただ、正直いって、この時期(2001 年~2002 年ごろまで)は、労組の取り組みも手探り の状態であった。契約社員の状況を把握できたのはよかったが、雇用形態も労働条件も人に よってバラバラであり、所属長の契約社員への対応に問題があるケースもみられた27。 4.処遇改善の取り組み 組織化後の処遇改善や雇用安定の取り組みでは、これまでに、さまざまな困難が生じてい る。2004 年には、会社から契約社員の人件費を 3 割削減する方針が打ち出された。この時、 労組は契約社員の組合員を中心にアンケート調査を実施するとともに(約 50 人が回答)28、 「契 約社員の差別を許すな」との巻紙署名も実施し、1,000 人を超える署名を集めたが、押し返 すことはできなかった。 何よりも大きな障壁となっているのが、2001 年に導入された契約社員の雇用期限を最長 3 年とする会社規定である。この規定により、契約社員は 3 年勤務すると、正社員の試験を受 27 上司が口約束で、長期雇用だと勝手に言ってしまう問題や、人間関係の問題など。編集ではない部署に編集出身 の上司が来た場合に、上司が編集の風土(時間との闘いなのでスピードを重視する)を持ち込み、部下とぶつか るケースもあったという。 28 アンケート結果からは、改めて、雇用形態や賃金を含めて労働条件がバラバラであることや、昇給や一時金がな いことなどが浮き彫りとなった。 -58- けて合格しなければ、フリーランスになるか、他社に移るしかない。労組は、社員の採用試 験に契約社員が応募した際は、契約社員としての実績を重視した試験を実施するように要求 しているが、会社側は「社員採用における公平性」を理由に要求を拒んでいる。 雇用契約の 3 年上限により、こんな問題も生じた。デジタルメディア部門では、契約社員 が一定のスキルに達するのが、勤続して 3 年ぐらいであった。そのため、 「ちょうどスキル が高まったころに雇い止めになってしまい、雇用期間の制限と業務の性質が矛盾する事態が 生じた」 (中田委員長) 。会社もこの対応策として、デジタルメディア局内に別会社を設立し、 契約社員を直接雇用の正社員に切り替えることにした。しかし、かれらの待遇は、昇給や一 時金がないなどほぼ契約社員並みに据え置かれたままの状態が続いている。 また、契約社員のなかには、仕事のうえで社員と変わらない戦力になっている人も少なく ない。なかには「正社員から『何年も毎日新聞社で仕事をしてほしい』と頼られるほど能力 の高い人もいる」 (中田委員長) 。 これらを踏まえ、労組は、処遇改善などの問題に特化した労使懇談会を年 1 回開き、契約 社員を取り巻く問題の是正を申し入れるとともに、定例の団体交渉などで必要に応じて会社 側の考え方をただしている。 5.組織化したことでの悩み 2011 年の秋・年末闘争では、労組は、①社員登用に向けての(契約社員としての)実績を 重視した採用試験の実施、②賃金水準の引き上げと契約更新時の昇給、③有給休暇の半日単 位での取得、④新聞(毎日新聞)購読料の補てん――を会社側に要求した。2012 春闘では、 これらの項目に加え、 「業務で利用する携帯電話などの機材購入、使用料への社員並み補助」 を追加することを決めた。仕事で自分の携帯電話を使用する場合があるのは社員と変わらな い。契約社員はそもそも賃金水準が低いにもかかわらず、社員と同様の補助制度がないため に「持ち出し」になるのはおかしいと労組は主張している。 中田委員長は 「契約社員の声を踏まえた要求を掲げても、 それが会社側に認められないと、 加入しても意味がないと受け止められてしまうことを危惧する。また、社員も採用数や待遇 改善を抑えられている現状で、契約社員の要求を重視し過ぎると、ほかの組合員の反発を招 きかねないジレンマもある。今後の戦術をどう構築するかが課題」と、契約社員の組織化の 難しさを吐露する。加えて、マスコミという業界の特質もあって、契約社員の働き方に対す る意識はさまざまである。 ずっと毎日で働きたい人もいれば、 毎日での経験を生かしてステッ プアップしたい人もいる。部局によっても個々の意識やニーズは異なるとみられ、労組とし てなかなか契約社員の要求を一本化しづらいのが実情である。ただ、中田委員長は「組合に 入れば、雇用をはじめさまざまな問題で会社側と正式に交渉できる。契約社員が不安定な立 場に置かれているなか、組合に加入する意義は大きい」と加入メリットを強調している。 -59- 6.関係会社の組織化の取り組み 新聞産業では、1990 年代以降、印刷部門を中心に、部門の別会社化などの組織改革が進め られた29。毎日新聞社でも、2002 年以降、印刷部門の別会社化が各地域で進められ、労組は 別会社社員の組織化にも取り組んだ。 労組は 1999 年 5 月、会社から、北海道での印刷部門の別会社化について提案をうけた。 別会社化の提案はこれが最初で、その後、提案は西部本社(2000 年 10 月) 、中部本社(2001 年 8 月、東京本社(2002 年 10 月) 、大阪本社(2004 年 4 月)と続いた。印刷部門で働いて いる社員については、別会社化に伴い「転籍」させるという内容であった30。 中部(名古屋センター)での労使交渉の経過を例にとると、労組は当初、社員の転籍に反 対した。しかし、交渉が膠着するなか途中で条件闘争に移行し、賃金水準そのものは 8 割に 低下するものの、少しでも多くの転籍プレミアム(一時金)を獲得することに闘争の力点を シフトさせた。交渉が決着すると、中部本社では、印刷局員のほとんどが転籍を選択した(名 古屋センターは 2002 年 11 月稼働) 。 センターが稼働する時点では、労組規約の組合員の範囲で、 「関係会社の従業員」は含まれ ていなかった。本来であればただちに組合員を継続できる取り組みも同時に行わなければい けなかったが、当時、労組は転籍後の組合員化までは手が回らなかった。結局、転籍した毎 日新聞労組組合員は、退職とともに組合員資格が消滅してしまった。 中部本社のケースの反省から、2002 年の東京での別会社化の提案の際には、労組は、印刷 局員をいきなり転籍させるのではなく、1 年間「出向」とすることを労使交渉のなかで認め させた。労組規約の組合員の範囲については、2002 年のうちに「関係会社の従業員」も含む 形で改正した。東京の印刷センターは 2003 年 5 月から稼働したが、労組は 04 年 4 月に東京 センターに労組の分会を設立した。1 年間の出向期間が切れた 4 月の翌 5 月に、印刷局員は 転籍となり、毎日労組に残らないことを自ら選択した者を除いては、分会に加入した31。 一方、いったん組合員資格が消滅するという苦い経験を味わった名古屋センターでは、 2003 年 8 月に分会を設立した。しかし、いったん組合員資格消滅となった影響を引きずり、 組合への再加入率は半数以下にとどまった。加入率の低さが要因なのか、分会設立後も会社 側との労使交渉は難航した32。同センターでは 2011 年秋、ようやく、団体交渉に関する協定 の締結にこぎ着けた33。 労組は、印刷センターでの労働条件について、毎日新聞社並みに近づけることを改善要求 の基本に掲げている。センターの労働条件は、基本的に毎日新聞社の 8 割の水準にとどまる 29 新聞労連『権利を手にするために―労働組合作りの手引き』より。 業界全体でみると、毎日の印刷分離のケースは、社員を転籍させたのが特徴であった。印刷分離の動きは他社で もあったが、他社は、成果主義賃金を入れて、トータルの賃金を抑制することでコストカットを実施するケース が多かったという(毎日新聞労組書記局・栗原四郎氏) 。 31 本稿の冒頭で紹介したように、関係会社ではオープンショップ。 32 センターの役員のなかには、 「分会はなきもの」とみなす者もいたという。 33 それまでは、交渉といっても、会議室以外の場所でいい加減に行うようなケースもあったという。 30 -60- からである。だが実際は、それ以下に抑えられている面が多いと労組はみており、今後も改 善要求の取り組みを強化していく構えである。 -61- 事例7:出版労連・ 「出版ネッツ」によるフリーライター等の組織化 1.はじめに 出版業界には、 フリーランスの多くのライターや校正者、 デザイナーなどが活躍している。 フリーであるから、これらの労働者は、特定の企業と雇用契約を締結する雇用労働者ではな い。1 社または複数の会社から、業務を請け負って仕事をしている人たちである34。出版業界 には 20 年以上も前から、こうしたフリーランスで活躍している人たちを組織化している労 働組合がある。出版労連傘下の「出版ネッツ」であり、報酬の不払いなどの問題では、発注 元に団体交渉を申し入れて解決をめざすこともある。 2.組織の概要 出版ネッツが結成されたのは、1987 年。正式名称は「ユニオン出版ネットワーク」で、 2012 年 1 月現在で執行委員長は北健一氏が務めている。北委員長自身はフリーのジャーナ リストである。 現在の組合員数は約 250 人。各組合員の職能分野は、 「編集」 、 「執筆(執筆、ジャーナリ スト、小説家など) 」 、 「校正」 、 「デザイン」 、 「イラスト」 、 「マンガ」 、 「撮影」 、 「DTP・出版・ 制作」 、 「通訳」 、 「ビデオ編集」などと多岐にわたる。高齢化や病気、異業種への転換などに より組合員の自然減はあるが、毎年 20 人のペースで組合員は増えている。 出版ネッツは、出版業界の産業別労働組合で約 6,000 人を組織する出版労連の一構成組織 である(図 3-7-1) 。出版労連は、1975 年のピーク時には 1 万 4,700 人の組合員数を誇った が、その後、組合員数は減少の一途をたどっており、出版ネッツと「出版情報関連ユニオン」 (略称:出版ユニオン)という 2 つの個人加盟組合の拡大・強化は、出版労連の運動方針で も重要な位置を占めている35。 出版ネッツの執行委員会の組織・運営についてみていくと、執行委員会の構成は、委員長、 副委員長(2 名、うち 1 名は出版労連の書記次長) 、書記長、書記次長(4 名) 、執行委員(5 名)となっている。執行委員会は隔月で 1 回程度開催している。執行委員会の間に、書記長 と書記次長で書記局会議を開いている。 大会代議員が全員という特色がある。数年前、代議員制導入が当時の執行委員会によって 大会で提案されたが、可決に至らなかった。組合員には、直接参加して意見を述べたり、自 己実現したいという気持ちが強く、事情が大きく変わらない限り、そこを大切にしながら運 営していくのが出版ネッツに合っているという。 34 フリーランスの人たちの働き方は、1 社に常駐するケース(実態は雇用となっていることも多い) 、専属的に請 け負っているケース、単品ごとに請け負うケース、作業の一部を担うケースなど、働き方は多岐にわたる。 35 出版労連 2012 年度定期大会議案書より。 -62- 図 3-7-1 出版労連の組織(2011 年 6 月現在) 出版労連本部 【中央執行委員会】 【専門部】 小共闘会議 【書記局】 地域協議会 約6,000人 企業別組合 出版ネッツ 出版ユニオン 組合員 組合員 組合員 約250人 約350人 東京出版 合同労組 組合員 両労組は一本化の予定 出所:出版労連 2012 年度定期大会議案書から作成 出版労連との関係では、出版ネッツは出版ユニオンとともに出版労連によって直接つくら れた組合であることから、上で述べたように、現在、副委員長を出版労連から出してもらっ ているほか、執行委員会に出版労連副委員長、労連中央執行委員、労連組織争議対策部員(2 名)が参加し、活動をサポートしている。北委員長は、産別組織から物心両面の援助を得ら れることが、まったく独立した個人加盟組合より恵まれている、としている。 1996 年には関西支部「出版ネッツ関西」がつくられ、関東と関西のそれぞれの支部が、地 域での活動の核となっている。 3.組織化(結成)のきっかけ フリーランスの独立自営の労働者が、 なぜ労働組合を結成することになったのか。 当初は、 仕事を確保していくことや職能向上を目的とする「職能組合」をめざした。 1980 年代、出版業界では、 「ぴあ」に代表されるような情報誌が伸び始めた。こうした雑 誌は、記事の内容よりも、情報の多さが売りであり、ライターは書く技術がなくてもページ をつくれるようになった。別の言い方をすると、未熟練の労働者でもできる仕事になってき た。そこで、こうした労働者を組織化して、技能を高めていこうという点をモチーフの1つ として出版ネッツが結成された。 出版業界は、もともと、いわゆる正社員が多くない職場である。構図で言うと、下請け、孫 請けの構造であり、出版社があって、プロダクション会社があり、その下にフリーランスで働く 人たちがいる。印刷、製造、流通部門は、出版会社からは切り離されている。なお、流通や倉 庫といった部門にはパート・アルバイト社員も多いが、本体の編集制作の現場では多くはない。 本来は、働く者の職能的地位の向上をめざす出版ネッツだったが、近年は出版不況ととも に、取り組みの内容も多様になってきている。この業界では、景気が悪くなると、販売部数 とともに広告が減り、広告収入が落ち込む。収入が落ち込めば経費を削減しなくてはならな くなるが、そのしわ寄せがどこに向かうかというと、個別契約している末端のライターやデ ザイナーなどだという。そのため、組合内外からの報酬不払いの問題や、契約打ち切り、ダ -63- ンピングなどの労働相談が増加している。発注企業と団体交渉を行うこともめずらしくなく なっており、トラブルが起きた際の万が一のサポート役という役割が、以前にも増して重要 になっている。 2011 年度に寄せられた相談件数は 18 件である。相談内容の内訳をみると、 「不払い」が 7 件(39%)ともっとも多く、 「常駐フリー・委託契約(実態からは雇用関係がある判断され る)の契約解除」36や「退職勧奨」の 3 件(17%) 、 「著作権侵害・二次使用問題」が 2 件(11%) などとなっている。前年度からの継続分も含めて、2011 年度中に結果が出た 21 件のうち、 7 件は出版ネッツが関与して解決した。出版ネッツがアドバイスを行い、本人が交渉して解 決したのが 6 件ある。 契約先の会社からみれば、フリーランスとの関係が契約上も、また実質的にも雇用関係に 該当しない場合は(純粋な契約委託業務などの場合) 、団体交渉を申し込んで、企業は誠意を もって対応してくれるのだろうか。出版業界では、出版労連の知名度はそれなりに高く、 「出 版労連です」といえばたいていの会社は敵対的ではない。2011 年度に出版ネッツが関与して 解決した 7 件のうち、5 件は団体交渉で解決した。ただ、労働組合になじみのない企業では、 交渉がもつれることもある。最近の例でいうと、ある有名ファッション誌の休刊に伴う未払 い事件がある。 米国で創刊されたある有名ファッション誌の日本版が 2009 年、営業赤字に陥った。しか し、同誌を発行する A 社を傘下におさめるホールディングス会社は、同誌を休刊とせずに、 グループ外に設立された C 社37に事業譲渡した。雑誌の編集部員はもともと、ホールディン グス会社のまた別の子会社 D 社の社員であったが、同誌の事業譲渡とともに D 社を解雇さ れ、 C 社に採用された形となった。 同誌の発行は C 社においても行き詰まることになり、 2010 年 12 月号で休刊することが決定。社員は解雇され、未払い賃金を抱えた社員編集部員が出 版労連に相談に訪れ、社員編集部員の紹介をきっかけに、同誌の仕事をしていたフリーラン スのライターやカメラマン、イラストレーターやデザイナーなどが出版ネッツに加入した。 C 社およびホールディングス会社は出版ネッツとの団体交渉を拒否した。C 社がフリーラ ンスへの報酬をすべて一般債権に分類しており、債権が回収できなくなる可能性もあったこ とから、 出版ネッツは団交拒否が不当労働行為にあたるとして、 労働委員会に申立を行った。 会社前での宣伝や記者会見、公労使委員の会社に対する説得に加え、個人事業主らにも団体 交渉権があるとした最高裁での新国立劇場運営財団事件判決なども追い風となり、2011 年4 月、和解協定締結にこぎつけ、その後和解が履行された。出版ネッツとしてはじめて労働委 員会を活用した事案であった。 36 常駐フリーとは、構内請負のような労働者で、社員ではなくフリーランスの身分にもかかわらず、机も与えられ て編集室で作業している人などをさす。昔の編集長に頼まれて仕事を始め、ずっと常駐しているケースなどがあ るという。しかし、最近は景気も厳しいので、常駐フリーの人にも契約打ち切りやダンピングが発生していると いう。 37 資本関係上では、ホールディングス会社とは無関係。 -64- 4.加入のメリット フリーランスのライターらが出版ネッツに入るメリットとしては、まず、共済組合( 「出版 共済」 )への加入がある。出版ネッツへの組合費は月 2,000 円で、このうち 620 円は共済に あてられる。 会社に雇用されるサラリーマンと違い、フリーランスで働く人にとって、病気やけがをし て働くことができなくなることは、無収入となり痛手が大きい。組合員になれば、万が一の ことがあっても共済から入院や治療にかかる給付のほか、休業補償を受けることができる。 共済組合加入以外のメリットとしては、 「スキルアップ」がある。 「寄り合い」と呼ぶ勉強 会や、 出版労連が主催する出版技術講座などが開かれ、 職能を高める機会が提供されている。 また、組合員が相互に相談できる仕組みもある。仕事や生活上の問題で困ったときに、メー リングリスト(ML)などを通じて気軽に相談することができ、最近では、ML を通じて組 合員の間で仕事をするケースも多くなっている。ML には組合員の 9 割強が参加しており、 1 日当たりでみると 49 通の投稿が飛び交っていることになる。 『forum』という機関誌も毎 月発行されている。 レクリエーションイベントも活発である。お花見、温泉部、ボーリング、山歩きなどがあ り、普段は一人で仕事をしている組合員が直接、他の組合員と交流できる貴重な機会となっ ている。関西支部が 2 年に一度開催している「出版ネッツ関西フェスタ」は、2011 年は 5 月に 2 日間の日程で開催されたが、 組合員以外も含めてのべ 700 人以上が参加。 名刺交換パー ティーやセミナーなどが催され、出版ネッツの知名度を上げることができるとともに、6 人 の新規加入者を迎えることができた 5.今後の組織運営上の課題 組合員は、フリーランスとして個別に活躍している職業人である。どのように、組合員か ら執行委員を選出するのであろうか。執行委員は、年に 1 回開催される定期大会の際、参加 者全員の無記名投票で選ぶ。 適任者の探し方については、大会の前に、その時の執行委員が適任と思われる人に声をか けることが多い。具体的には、支部委員やフェスタなどのイベントの運営、トラブル相談や forum(機関誌)編集の担い手などとして頑張っている人などから、適任者を探す。自ら立 候補してくれる人もいるが、それは少数である。 執行部役員は、どのように交渉術を身につけるのか。現在の北委員長も、組合に入るまで 団交経験はなく、また団交現場そのものを取材したこともなかったという。ただ、出版ネッ ツでは、 「執行委員=団交要員」とは限らない。相談とその解決のために「トラブル対策チー ム」という専門チームを設けている。チームのメンバーは 11 人(関東 8 人、関西 3 人) 。そ の会議(月 1 回開催)で、ケース協議をしたり、振り返りを行ったり、また、専用メーリン グリストでの情報交換や経験者の下での相談・交渉への参加を通じた OJT(オンザジョブト -65- レーニング)を通じて、知識・スキルをだんだんと身に付ける。 また、出版労連には組織争議対策部と労働相談室があり、団交や労委事件などの際は、適 宜サポートしている。労働相談室では、相談員研修も開いている。 近年の成果としては、相談に来て組合に加入した人が、解決後、相談員になって活躍する ケースが増えてきていることだという。 6.今後の組織拡大と処遇改善 組合員の増やし方について、組織拡大とは言わずに、 「楽しく、役立つ NETS」と PR し ているうちに、自然と人が集まってくるという。組合員が友達を誘ったり、口コミやイベン ト参加が加入のきっかけとなる場合もある。ネットで HP を見て、加入を決める人もいる。 出版労連には、もう 1 つ、1 人でも入れる労組「出版情報関連ユニオン」 (略称:出版ユニ オン)があり、2012 年に 10 周年を迎える。こちらは雇用関係のある労働者の組合であり、 現在の組合員数は約 350 人である。駆け込み型の相談から加入したケースでは、解決後に脱 退する人もいるが、ネットの場合と同じく、共済のほか、スキルアップや交流、レクリエー ションなどに魅力を感じて残る人も少なくない。 出版ネッツはフリーランスの組合なので、企業に賃上げ交渉をする訳ではない。また、ネッ ツが個々の契約の価格を上げていくのは難しいので、ネッツとしては最低賃金を引き上げて いく運動にも取り組んでいる38。最賃の動向は、フリーランスの契約価格にも影響があると いう。北委員長によると、国民春闘共闘などの要請活動のなかで公正取引委員会は、 「請負代 金を所要作業時間で割った時間単価」が最賃を下回ることは、下請法(下請代金支払遅延等 防止法)に抵触する「買いたたき」と判断する重要な要素と回答したという。 38 最賃改定は、2012 年度出版労連の運動方針において、出版ユニオンの今後の活動の柱の1つに位置づけられて いる。 -66- 事例8: 「委任契約」で就労するピアノ教室講師が組合を結成 1.はじめに 音楽教室の講師は全国で約 5 万人程度いるとみられている。そのなかでも大多数を占める のがピアノ講師である。子供のレッスンだけでなく、最近は主婦やサラリーマン、さらにシ ルバー世代でピアノを習い始める人も増えており、ピアノ教室講師の活躍の場は着実に広 がっているといえる。 そのピアノ教室の講師だが、どのような契約内容で仕事をしているかはあまり知られてい ない。ピアノ講師になるためには、楽器メーカーなどが独自に設定する講師認定試験に合格 すれば、講師になることができる。こうした講師は音楽教室との間で、一般的には専門技能 を持つ独立した事業者に特定の業務処理をまかせる「委任契約」を結んでいる。いわば「個 人請負型就業者」ということになる。 「委任契約」をめぐっては、教室側からの一方的な契約変更に端を発した争いが表面化する ことが多い。こうしたなか、ピアノ講師が労働組合を結成して、団体交渉を行うことによっ て、契約内容の不利益変更に歯止めをかけたのが、東京・世田谷に本社のあるヤマハミュー ジックストア・スガナミ楽器店のケースである。 2.組合結成は契約内容変更の提案がきっかけ 同社とピアノ講師は、1 年契約の「覚書」 (契約書)を取り交わして、生徒にピアノ・レッ スンを行う。報酬は、レッスン料から設備費を控除した額の約 50%とグレード評価、年次稼 働評価、土日稼働手当(現在、日曜稼働のみ)が支払われる。ちなみに、グレード評価とは、 演奏力や音楽知識などを審査する検定試験を通じて評価されるものである。 組合結成のきっかけは 2005 年に会社から示された契約条件の変更だった。 「新規グレード の導入」 「レッスン回数の変更」 「年次評価の廃止」などの提案があり、翌年の4月からの実 施を求めた。一般的にはなじみの薄い事項が多いが、 「新規グレード」の導入では、 「取得で きない場合、大きく金額が下がる」と明記されていた。 「年間レッスン回数を 40 回から 42 回に増やし報酬は同額」に加え、勤続の長い在籍者を評価する「年次評価」の廃止も盛り込 まれていた。その理由について会社側は、講師の評価は「年次(勤続年数)だけで判断する のではない」 「個人事業主なので会社との契約に基づいて一年毎の更新のため年次評価は廃止 する」と説明。さらに、会社側は「土日手当の廃止」も打ち出した。理由は、土日に指導可 能な講師が多くなったことだった。 これに対して講師側は、 「年間 2 回のレッスンが無報酬となり、事実上 5%カット」となり、 「新設評価」が不利益・不透明であること、また、講師の集まりである「講師会議」における 会社回答が不誠実・不適切であり、事実に反していることが多く、 「講師会議」として撤回を 求めた。 -67- しかし、今後、会社とどのように協議していけばいいかわからず、連合東京傘下の連合ユ ニオン東京(以下「ユニオン東京」という)に相談に行った。 ユニオン東京は、ピアノ講師は「委任契約」であるものの、労働組合法上の労働者になり うると判断。集団的労使関係の構築に向け組織化し、組合を結成したうえで、団体交渉によ る解決を図るべきだろうと提案した。そして、要求事項を会社の主張である「労働力の無償 提供」の是正と「適正な人事評価」に絞り、組合の結成をピアノ講師に促した。 また同時に、この間の「講師会議」の対応を踏まえ、 「ピアノ科講師有志一同」 (以下「有 志一同」という)という組織名で会社に対して不利益変更に関する「文書」回答を求める二 段階作戦で対応することを進言した。この「有志一同」方式は、組合結成へ向けた前段階の 従業員代表選挙等の時に使う戦術で、これをベースに組合結成のオルグを進め、公然化させ るプロセスをたどる。 講師側は、上記の事項に関して「有志一同」として「文書」 (2006 年 2 月 20 日)による 改善を要求した。これに対して、会社は、講師会議の場(2 月 23 日)で「有志と言っても誰 だかわからない。大変失礼な話だ」と述べるなど、講師側に納得できる回答はなかった。こ のため、講師側は、 「有志一同」から「労働組合」の結成ヘと動く。 一方、組合結成に向けた「準備会」は、資料作成と過半数獲得に向けて講師の分析に取り 組みつつ、 「有志一同」の「文書」に関する会社の対応の不誠実さを確認した翌 21 日に「YMS スガナミユニオン」を非公然に結成した。 3.組合結成後の処遇改善の取り組み 組合の活動方針の柱としては、①安心して働ける職場づくりヘの取り組み、②健全な労使 関係の確立に向けた取り組み、③組織拡大の取り組み――の 3 本柱とした。 その具体的な要求事項の実現については、①取得グレード評価と調整手当、②年次評価の 存続、③レッスン回数、④年間退会率有料手当、⑤稼働日数評価、⑥リーダー手当――等に 絞り込んだ。 この方針を踏まえ、ユニオンのメンバーは、未加入の講師に組合結成の必要性を説き、オ ルグ活動を展開。そして 2006 年 3 月 9 日、会社に組合結成を通告し、団体交渉を申し入れ た。結成からわずか 3 週間の短期間で組合は公然化した。 組合結成後にもたれた第 1 回団体交渉において、レッスン回数年間 42 回の提案は撤回さ れ、40 回に戻された。その後、組合と会社側は団交を繰り返し、結成から 5 カ月後に組合結 成のきっかけとなった問題の解決を内容とする「合意書」 ( 「協定書」 )を確認し、 「労使協議 会に関する協定書」等も締結した。 「合意書」の内容としては、①(生徒の)退会率 2%未満の場合、基本謝礼に 2%付加、② 3 年次以降、一律で生徒数×100 円を加算、③日曜日稼動手当として月額 2,000 円を加算、 ④総合判断により評価された場合、基本謝礼に 0.5~1%を加算、⑤リーダーを2名選出し、 -68- 手当として月額 5,000 円の支払い、⑥調整手当の未払い分(3 日稼動・対象講師)の支払い ――等が盛り込まれた。 また、 「労使協議会に関する協定書」を締結し、会社が経営状況、社則、制度を明確にし、 業務運営について労使協議の場を設置することを明記。さらに、その目的、協議事項、効力、 開催等に関して記載された。このほか、原則無報酬の「各種発表会、コンクール、コンサー ト謝礼」の有償化に関する「協定書」も取り交わし、①子供の発表会:参加生徒1名につき 謝礼額 700 円→1,000 円に改訂、 ②スタディコンサート:参加生徒 1 名につき謝礼額 400 円、 ③プレコンクール(現コンペティシヨン) :謝礼額 500 円、④YPF(ヤマハピアノフェスタ) : 謝礼額 400 円――等も確認、この他、11 あるセンターすべてに組合掲示板の設置も合意された。 4.組織化に向けた取り組みと職場の声 組合は、結成に向けてだけでなく、その後も、ユニオン未加入の講師に対して、組合の必 要性と役割を説明し、 「組合への理解と加入」を呼びかけた。 まず、ユニオン結成前はピアノ科講師会議での会社の姿勢は頑なであり、問題の解決は困 難であることを強調。そのうえで、労働組合には団体交渉権があり、労働組合を作って団体 交渉によって労働協約を締結することができること、また、会社側と対等な関係になること ができる点を説明した。 しかし、委託契約の身分で、労働組合ができるかとの疑問に対しては、プロ野球選手会の 例を引き、ピアノ講師も「労働組合法上の労働者」であり労働組合は結成できることを理解 してもらった。さらに、労働組合と会社は敵対的とのイメージを払しょくするため、 「組合は 会社と対決するのではなく、すべて話し合いで問題を解決し、会社を発展させ雇用を守り、 労働条件を改善する」と説明し、理解を求めた。 こうした努力が実を結び、組合結成直後に、組合員数は過半数を制し、1 年後は 7 割に拡 大、現在の組織率は 8 割(約 40 人)に達しているという。 こうした労働組合の活動を通じた職場環境の改善に関して次のような意見が組合員から出 されている。 「相談できる場所ができたことで、安心して仕事ができるようになった」 「講師同士の交流が増えたことで、情報や意見の交換ができるようなり、視野が広くなっ た」 「報酬がより良く改定され、明確になった」 「会社との関係が良好になり、意見・要望が取り入れられるようになった」 「働きやすい環境になった分、仕事に対するモチべーションが上がった」 -69- 5.組合結成後、良好な労使関係を構築できた背景 このように組合活動が順調に拡大してきた背景には、 「講師側の新設評価導入に反対の意思 と組合こそが問題解決できる手段であり、その先には良好な労使関係を目指す方針があった からだ」 (ユニオン東京)としている。 さらに、集団的労使関係での解決を目指した点を指摘できるだろう。担当した連合東京の 古山修組織化推進局長は、 「組合が多数派となり成果を上げているのは、常に良好な労使関係 を作ることに心がけてきたこと、そして労働者性に関しては、雇用契約か否かではなく、労 組法上の労働者であることを認めさせ、組合と会社が対等な関係で団体交渉を行うことを目 指した結果といえる」と振り返る。 ユニオン東京としては、講師が雇用契約か否かを会社と争うつもりは当初からまったくな く、会社側に労組法上の労働者を認めさせることに重心を置いてきた。契約は、委任契約と いえるものの、 「講師の契約のすべてが会社から一方的に決められている」 「講師は楽器店の 組織に組み込まれ、必要不可欠な労働力として存在している」ことを根拠に、講師は指揮命 令や報酬の労務対償性を伴う、使用従属関係にあり、 「労働組合法上の労働者であることは争 いようがない」と判断した。 また、個別労使紛争による解決では、企業社会の問題を放置し、 「具体的要求事項」の根本 的な解決に結びつかないと考えた。そのため、組合を結成して集団的労使関係のなかで、会 社と対等な関係となり、団体交渉を通じて、契約の一方的な打ち切り等の不利益変更に歯止 めをかけ、労働条件の改善に取り組む必要があった。 その後、組合は「合意書」の改訂にも毎年に取り組んでいる。退会率における除外理由に、 引っ越し、複数枠受講のいずれかの枠の退会、また会社からの強制退会等を追加させた。 6.今後の課題 組合は、会社側との団体交渉・労使協議会を通じて、着実に成果を上げ、同時に労使自治 を形成してきた。とはいえ、未だ組合と会社との間では、認識の違いがあることから、交渉・ 協議を繰り返しながら誤解を解き、相互理解を深めていく考えである。会社は、 「日本経済が 悪くなる中で、スガナミも例外ではなく経営悪化を余儀なくされ、経費削減を考えて運営し ているので、組合も考えてほしい」と団交の場で繰り返し主張している。 これに対して、組合は、イベント等の参加者、教室の生徒を増やすなど労使協力を通じて、 この厳しい状況を乗り切っていきたいと考えている。 また、会社からは「総合判断をシンプルにしたい」という提案が出されており、その改訂 の作業を進めている。また、報酬の適正化等にも取り組んでいる。 総合判断の内容としては、①子供の発表会の参加率、②大人の発表会の参加率、③グレード の受験者、④スタディコンサート、⑤講師会議の出欠席、⑥センターとの関わり、⑦クレーム などをあげているが、会社側のシンプルにとの提案を踏まえ、早期の合意をめざしている。 -70- 報酬の対価の適正化に向けては、生徒に質の高いレッスンとサービスを提供した結果が、 会社の評価となり、生徒が増えて、それが会社の発展につながるという方向性を確認してい る。講師の立場からも各種イベントに有意義な提案をしたうえで、報酬の対価の適正化を要 求していく方針である。 さらに、ユニオン東京としては今後、同業他社の仲間を守る取り組みにも力を入れていく 考えである。 「同業他社の仲間ヘの働きかけも必要である。組合の存在は、知っているが踏み 込めないのが現状といえる。組合がない会社では、今回のユニオン結成のきっかけとなった ような不利益変更、契約不更新が常態化している。このため、集団的労使関係の構築による 解決というアプローチについて、働きかけをしていかなければならない」 (古山氏) 。 ユニオン東京では、こうした委任契約の労働者であっても、企業内で集団的労使関係を形 成するために組織化し、労組法上の労働者性を認めさせ、対等な関係で団体交渉を行うこと を軸とした取り組みを強化する考えである。 -71- 事例9: 「連合静岡メイト」での未組織労働者とのつながりの取り組み 1.はじめに 労働組合に駆け込んでくれれば、組合としてサポートできる。しかし、未組織労働者をは じめ一般の人にとっては、その組合という「壁」がなかなか乗り越えられない――。そんな 課題を克服するための新たな試みが、 連合静岡で始まった。 相談ごとや悩みを抱えるものの、 自分の会社に組合がない労働者などに会員登録してもらい、連合静岡との緩やかなつながり のなかでサポートし、必要があれば組合に迎え入れる。2010 年 4 月からスタートした「連 合静岡メイト」の取り組みに寄せる事務局の期待は高い。 2. 「連合静岡メイト」結成のきっかけ 連合静岡(正式名称「日本労働組合総連合会静岡県連合会」 )は、47 都道府県すべてに設 置されているナショナルセンター連合の地方組織(地方連合会)の 1 つである。県内の 37 の産業別組織39が加盟し、組織人員は 2012 年 1 月現在、約 20 万人である。県内には静岡地 協、浜松地協など 10 の地域協議会を持つ。 近年の組織人員の推移(各 8 月末時点)をみると、2006 年=19 万 212 人、07 年=19 万 537 人、08 年=19 万 4,567 人、09 年 19 万 9,920 人、10 年=20 万 4,832 人と、僅かずつで はあるが毎年増加している。2006 年 10 月には、1 人でも加盟することができる「連合静岡 ユニオン」 (以下、ユニオン)を結成した。ただ、連合静岡のこれまでの組織化の取り組みは、 単位労働組合の組織化が中心であり、地方連合会のなかでは、ユニオン結成のタイミングは 遅い方であった40。 メイトを結成することになったきっかけは何だったのか。それは、これから説明する連合 静岡における労働相談件数の状況と関わりがある。まず、近年の労働相談件数の推移(各 9 月末時点)からみていく。2007 年以降の相談件数を順に並べると、2007 年=790 件、08 年 =1,087 件、09 年=986 件、10 年=1,078 件、11 年=889 件となっている。リーマン・ショッ クによる国内景気の悪化により、08 年以降は相談件数が 1,000 件台にまで一気に増加した。 労働相談件数の推移を相談者の雇用形態別にみると(表 3-9-1) 、2008 年 10 月 1 日~09 年 3 月 31 日までの期間では、リーマン・ショック後のいわゆる派遣切りの問題が顕在化し たこともあり、 「派遣労働者」からの相談割合が全体の 20%を超えた。11 年 4 月 1 日~11 年 9 月 30 日の期間になると、エコカー減税やグリーン家電普及促進事業「エコポイント」 によって自動車や電機産業を中心に生産が回復するなか、派遣社員にかわって雇い入れられ た契約社員が、今度は震災や超円高の影響で雇い止めなどをうけるようになり、 「契約社員」 の相談件数が前期に比べて 2 倍に急増した。 39 40 中心的な産別は、自動車総連、JAM 静岡、UI ゼンセン同盟、電機連合、県教組、自治労、電力総連など。 「おそらく 30 番台位であろう」 (小西一也・連合静岡副事務局長/連合静岡ユニオン書記長) -72- 表 3-9-1 相談者の雇用形態別にみた労働相談件数割合の推移(%) 08 年 10 月~ 09 年 4 月~9 09 年 10 月~ 10 年 4 月~9 10 年 10 月~ 11 年 4 月~9 09 年 3 月末 月末 10 年 3 月末 月末 11 年 3 月末 月末 正社員 39.6 56.3 51.3 63.6 56.2 54.8 パート 16.0 12.3 19.9 12.3 17.4 14.7 3.5 5.9 4.8 4.0 5.5 3.7 派遣社員 22.3 7.3 6.0 5.5 4.1 6.6 契約社員 7.4 7.0 5.8 5.7 6.0 12.8 嘱託社員 0.3 1.4 1.3 1.3 1.5 2.6 10.8 9.8 10.9 7.7 9.4 5.1 アルバイト その他 資料出所:連合静岡の資料から筆者作成 そんななか、先ほど説明したユニオンが 2006 年に立ち上げられたが、組合員は 100 人程 度であり、ユニオンへの加入件数も、2007 年=40 人、08 年=65 人、09 年=93 人、10 年 =96 人、11 年=95 人と、年間で 100 人に達していない。ユニオンでは、相談者が駆け込ん できて、組合員となって紛争になったとしても、6 カ月もあれば解決に至る41。解決すると、 退会する人が多い42。 「静岡県に 160 万人の勤労者がいる。構成産別に組織化されていない人のなかで、連合静 岡に相談を寄せてくる人は年間で約 1,000 人。ユニオンの組合員になって問題を解決したい とする人は、100 人。では、残りの 900 人は、そのままにしておいたらどうなってしまうの か」 (小西一也・連合静岡副事務局長/連合静岡ユニオン書記長) 。連合静岡ではそんな課題 意識を抱えるようになった。 また、 2008 年には秋葉原連続通り魔事件、 2010 年にはマツダ工場での殺傷事件が起きた。 両事件に共通したのは、犯人(被告)が元派遣社員であることであったが、連合静岡の小西 副事務局長は、被告が人との関係が希薄であったことも要因だったのでは感じている。とく に、秋葉原連続通り魔事件の被告は、静岡県内の自動車関係の工場で働いていたことから、 他人事には感じられない。 「正社員は、家族のほか、同僚など相談できる相手がいるけれど、 こうした非正規の労働者は継続的な労使関係を持つことができず、相談できる人を持つこと もできず、孤立しているのでは」 (小西副事務局長) 。こうした未組織の労働者にとって、誰 かとつながりを持てる場、相談できる場が求められているのではないか――そんな問題意識 もあいまって、連合静岡の「壁」にも、また、ユニオンの「壁」にも入れない人(未組織労働 者)が誰でも緩やかに労働の問題について情報交換できるメイト構想の具体的検討が始まった。 41 42 ユニオンでは、組合員になる際、入会時に 6 カ月分の組合費(ひと月 1,000 円、計 6,000 円)を前納してもらう。 2011 年 12 月までの脱退者数の累積は 160 人。 -73- 図 3-9-1 連合静岡メイト概念図 静岡160万勤労者 ○未組織労働者のエリア ○労働組合で守られているエリア 労働者 主婦 連合静岡 労働相談 労働者 単位労働組合 学生 情報と場の提供 連合静岡メイト 求職者 ○つながりのエリア 20万人 連合静岡ユニオン 約100人 労働者 失業者 労働者 組合員減 組織化 労働者 資料出所:ヒアリング時の入手資料から簡略化して筆者作成 3.検討経過 メイトの検討は、2009 年 11 月の執行委員会からスタートした。地協の事務局長会議を開 催し、地協内の意見も聞いた。三役・執行委員会では産別の意見を集約した。組織拡大委員 会では、連合静岡の既存の組織拡大の方向性との整合性に関することなどを議論した。 メイト構想について、当初、執行委員などからは、なかなか理解を得られなかった。一番 の理由は、ユニオンは組織設立の意義も活動内容もわかりやすいのに対し、メイトはわかり づらい部分が多いというものだった。 そんな執行委員などに対して、小西副事務局長ら事務局はこう説明した。メイトがなけれ ば、静岡県内で、連合静岡加盟の単組に組織されている 20 万人とユニオンの 100 人以外は、 団体交渉をすることもできず、正式なルートで社長に堂々と意見することもできない。中小 企業では、有給休暇すらとれないというケースもざら。未組織労働者にとっては、労働に関 する知識があるかないかだけでも、自分たちの労働条件を守っていく上で大きな差となる。 「電話での労働相談で十分ではないか」との意見もあるが、電話での労働相談はほとんどが 匿名での相談であり、通常、先方は名前も連絡先も名乗らないことがネックになる。相談者 とは、電話を切ってしまえば、そこで切れてしまうだけの関係であり、たとえ相談後に連合 静岡側が情報提供したいと思ったり、続けてサポートしたいと思った場合でも、もうコンタ クトすることができない。しかし、連合静岡メイトがあれば、彼らが組合という「壁」を乗 -74- り越えなくとも、その場限りの関係でなく、つながりを継続することができる。 また、メイトは、与えるだけのサービスだけではなく、得られるものもあるサービスだと いう点も丁寧に内部に説明した。実際、現状で、連合静岡として非正規労働者も含む未組織 労働者のニーズを捉えられているかというと、定期的な労働相談キャンペーンは行っている ものの、彼ら・彼女らの生の声は聞き切れていないというのが本音である。メイトがあれば、 会員に対するアンケートを実施して、未組織労働者の生の声を吸い上げることができる。ま た、その声(情報)を、連合本部や他の組織にも伝え、今後の運動にも活かすことができる。 こうした事務局の説明努力によって、メイト創設に向けての内部理解は進んだ。最後まで 意見が二分したのは、会費をとるか、とらないかという会費問題であった。会費は、年 1,000 円としたが、1,000 円に見合うサービスが提供できるのか、などの意見があがった。しかし、 会報を送付するなど、最低限の必要経費は必要となる。また、 「いまの時代、友達と会うにも、 そのぐらいの交通費や交際費はかかる」 (杉本敬子・連合静岡中小労働部長) 。1,000 円なら、 それほど負担にならないだろうということで、会費の問題も決着した。 4.具体的なサービスの内容 ほぼ半年の検討を経て、2010 年 4 月、連合静岡メイトは誕生した。メイトには、経営者 は加入できないが、仕事に就いていない求職者でも、学生でも、主婦でも入ることができる。 年会費は、すでに述べたとおり 1,000 円。年1回、毎年 10 月 1 日を更新時期としている。 創設時の会員募集は、新聞折り込み広告などを活用した。広告は 50 万部刷った。また、 年に数回ある街頭での労働相談キャンペーンで宣伝した。2012 年 1 月のヒアリング時点で の会員数は、179 人である。なお、メイトの創設後、ユニオンの組合員はメイト会員も兼ね ることになったことから、179 人のうち半分以上は従来からのユニオン組合員である(ユニ オンとメイトとの組織上の関係は次項で詳しく述べる) 。 メイトの会員になるメリットは、主に 3 つある。1 つが、会員限定のウェブサイトを利用 することができること(図 3-9-2) 。2 つめが、会員だけの特典も用意されていること。3 つ めが、連合静岡のスタッフがサポートしてくれることである。 会員限定のウェブサイトでは、会員が①「つながる」 、②「学べる」 、③「踏み出せる」― ―ことを可能にする 3 種類のコンテンツが用意されている。 例えば、 「つながる」 では、 「CLUB HOUSE」というコーナーがある。ここでは、本当にあった相談者やユニオン組合員の成功 事例や、労働組合結成の成功事例が掲載されており、ほぼ毎月、新しい情報が追加掲載され る。職場で同じような内容の悩みや問題を抱える会員は、成功事例を読んで、自分の問題を 解決するヒントを見つけることができる。また、同じ悩みを持つ人(しかも解決に成功した 人)がいたことを知れば、解決に向けて勇気と安心を感じることもできる。 -75- 図 3-9-2 連合静岡メイトの会員用トップページ 「つながる」の分野ではまた、顧問契約している産業カウンセラーが執筆するブログ「ココ ロ通信」がある。月 1 回、更新しており、会員の勇気づけ、気づきを目的としている。また、 「Café MATE」という誰でも気軽に参加できるブログも設けている。ここは、喫茶店のよ うな何でもないことを会員同士がおしゃべりする場を意識した。今のところ、会員からのコ メントは多くなく、事務局のスタッフが日頃の生活のなかでの感想などを投稿しているが、 将来的には双方向性の会話が飛び交うような場にしたいと事務局では考えている。 「つながる」でのコンテンツ一覧 ■CLUBHOUSE(クラブハウス) 職場の問題に直面した先輩たちのサクセスストーリーをご紹介。本当にあった成功体験談を 毎月連載しています。 ■ココロ通信 あるカウンセラーのつぶやきを毎月お届け。ココロによく効く、本格派コラムです。 ■コミュニティ blog cafe MATE 連合静岡メイト・スタッフがマスターを務めるコミュニティ。気軽にコメント参加できる人 気コンテンツ。 -76- 2つめの「学べる」の分野では、連載マンガ「めーと☆相談室」を提供している(図 3-9-3) 。 マンガには、若い女性の連合静岡アドバイザー(架空)と男性のベテラン先輩アドバイザー (架空)が登場し、よくある相談に対応していく。マンガを読んで、楽しみながら労働に関 する知識を深めることができる。ホームページで 1、2 位を争う人気コーナーである。マン ガの作成は、マンガが描けるユニオンの組合員に依頼している。月 1 話のペースで、新しい 話が追加されてきている。 図 3-9-3 連載マンガ「めーと☆相談室」のトップページ 「レスキュールーム」というコーナーでは、働いていて知らないと損をする情報が提供され ている。実際に掲載されている情報から例をとると、労災保険、未払賃金の立替払い制度、 ジョブカード制度などがある。それぞれ、わかりやすく、制度の内容から、どう利用できる のか、利用の方法、手続きの仕方などが解説されている。このコーナーのコンテンツは、 「生 活保護支援ネットワーク静岡」が提供してくれている。 「学べる」の分野ではこのほか、厚生 労働省が提供している労働法規のデータベースを紹介し、そこへの入り口(リンク)を設け ている。 -77- 「学べる」でのコンテンツ一覧 ■連載マンガ め~と☆相談室 よくある労働相談の内容を、マンガで分かりやすく解説。毎月登場するエピソードが人気上 昇中です。 ■レスキュールーム 生活保護支援ネットワーク静岡からの最新情報を掲載。今、助けが必要な人たちへの情報サ ポートを提供します。 ■労働法規データベースリンク コンテンツを読みながら、すぐに法律を確認できるように厚生労働省のデータベースにリン ク。 最後の「踏み出せる」の領域では、 「教えてゼミナール」というコーナーで、労働契約、賃 金、雇用・退職、労働時間など、各項目の法的なポイントをケース・スタディで解説してい る。例えば、労働契約における「試用期間中は解雇自由」というテーマでは、 「試用期間中は いつでも解雇できるのか」という問いが立てられ、法的なポイント、代表的な裁判例・判例、 アドバイスが情報提供されている。このコーナーでのケースの設定は、実際の労働相談の事 例から選別している。 「あなたの労働相談デスク」はユニークなコーナーである。会員によるアンケート相談とい うものを行っている。このコーナーで、会員は相談を投稿することができる。例えば、 「自己 都合で辞めようと会社に話をしたら、勝手に辞められては迷惑だと、賃金の支払いを拒否す ると言い出した」など。相談を受け取った事務局は、他の会員に対して、相談のケースにつ いて、あなたならどう対応しますかというのをアンケートで聞く(三択で選ばせる。選択肢 は事務局で作成) 。相談を投稿した会員は、その結果を見て、他のみんなならどう対応するか を知って参考にすることができる。 もちろん通常の個別相談もできる。この場合は、会員が相談をメールで送信すると、それ を受け取った連合静岡ユニオンのスタッフが担当する相談員を選任し、メールで回答する。 ただし、メールでの回答は 1 回きりである。さらに相談したければ、対応方法が電話か面談 に移行する。 -78- 「踏み出せる」でのコンテンツ一覧 ■おしえてゼミナール 労働問題のケーススタディ。実際の事例を取り上げ、法的なポイントとアドバイスを解 説しています。 ■みんなの談話室 労働問題の話題を取り上げるブログ。コメント欄で話し合いも。会員同士の意見交換の 場を目指しています。 ■あなたの労働相談デスク あなたが今、仕事で職場で悩んでいること。どんなことでもメールで受け付けます。 一方、会員だけの特典としてのメリットでは、情報誌を年に 4 回送付している。また、会 員限定ウェブサイトのサービス内容のところですでに紹介したブログ「ココロ通信」を執筆 している産業カウンセラーによる無料カウンセリングを受けることができる。 最後の連合静岡スタッフによるサポートに関しては、メイト会員がユニオン加入を希望し たり、自分の会社で組合を立ち上げることを希望した場合には、スタッフがきめ細やかに支 援する。 「労働組合がこうした取り組みを始めるうえで、労働組合につながる筋道をつくって おくことは当然に必要」 (小西副事務局長)だからである。組合をつくっていきなり会社と交 渉するのは無理という人は、まずはユニオンに加入してもらってサポートしていく。 5.メイトの組織形態 組織上、メイトは単独の組織ではなく、連合静岡ユニオンが運営する形をとっている(ユ ニオン内部の組織という位置づけ) 。 労働組合の組織形態にするとなれば、 労働組合法に則り、 例えば年に 1 回、会員が集まる大会を開催しなくてはならない。だが、緩やかな会員ネット ワークをめざすメイトでは、そうした組織運営は不可能である。そこで、ユニオンが運営す る組織とし、事務局も、連合静岡ユニオンの書記長である小西氏らが担うようにした。こう いう組織事情から、ユニオンの組合員は、メイトの会員も兼ねるようになっている。 連合静岡のホームページからメイトのページ(http://www.rengo-shizuoka.jp/mate/)を覗 くと、内容は実に充実している。事務局の計らいで会員しか見られないページにも、特別に ログインして閲覧させてもらったが、コンテンツが豊富なだけでなく、見やすく、デザイン も工夫し洗練されている。ウェブサイトの整備・運用だけでも、メイト会員からの会費だけ ではとてもここまではやりきれないが、活動費もユニオンと一体だから不足することにはな らない。 6.会員の内訳と会員からの反応 では、実際にはどんな人たちが会員になっているのか。ユニオンの会員も含めての内訳で -79- あるが、 「正社員」 (128 人)が多い。 「パート」 、 「契約社員」 、 「派遣社員」は合わせて 30 人 弱であり、正社員が圧倒的に多数を占めている。正社員以外の雇用形態の人の割合が低い点 について、事務局では「パートなどの社員は、職場でいやなことがあれば辞めてしまうという 選択肢もある。その結果、正社員が多くなるのではないか」 (杉本中小労働部長)と推測する。 男女の内訳は、女性が 50 人で男性の方が多い。年齢層は、30 歳代~50 歳代が中心である。 創設から 1 年たった時点で、会員に対するアンケートを実施した。加入した理由を尋ねた ところ、もっとも多かった答えが「安心感」であった。このほかでは、 「いろいろな情報を得 られてラッキーだ」という回答があった。 「会員であることの証が欲しい」という声もあり、 さっそく事務局で対応して「会員カード」を作った。 7.会員拡大に向けて 連合静岡で掲げるメイトの会員数の目標は 2,000 人である(連合静岡の組合員数のちょう ど 1%) 。会員数を増やす取り組みとしては、年に 2 回(2 月と 11 月)おこなう連合の労働 相談キャンペーンの時期に配布するチラシ(40 万部配布)のなかで、メイトのことを載せて、 紹介している。また、毎月 25 日(サラリーマンの給料日)のあとの月曜日の新聞に、メイ トも含んだ連合静岡の広告を掲載している43。 ネット上での宣伝では、連合静岡のウェブサイトで紹介しているほか、リスティング広告 を載せている。リスティング広告とは、グーグルやヤフーなどの画面で、キーワード検索す ると、画面の端に表示されるその検索ワードに関連する広告のリストである。事務局では、 このリスティング広告の効果は大きいとみている。調べたところ、3 カ月で 200 万回、メイ トの広告のタイトルが表示され、中身には 330 回のクリックがあり、ここから 11 人が会員 となった。 現在、メイト募集のキャッチフレーズは、 「 『組合がないから』と、あきらめていませんか?」 を使用している。理由はわからないが、このキャッチフレーズを使用し始めてから、会員数 が伸びてきた。なお、現在のところ、メイト会員を労働相談の面で具体的にサポートした事 例は出ていない。メイト会員からユニオンの組合員に移行したという実績もまだ出てきてい ない。 連合静岡メイトのキャッチフレーズ 「組合がないから」と、あきらめていませんか? 有休休暇がない、給与をもらえない、突然クビと言われたなど、 「組合がないから」とあきら めていませんか? 連合静岡メイトは、必ずそんなあなたのお役に立ちます。 43 チラシや新聞は他の部局の予算になっているので、独自の負担は大きくないという。 -80- 8.今後に向けての課題 創設から 1 年たって、会員を更新しなかった人が 20~30 人程度いた。創設時には大々的 に宣伝したので、メイトの趣旨をよく理解しないで加入した人もいた可能性があると事務局 ではみている。また、会員のうち、20 人弱は電子メールのアドレスを持っていない。ウェブ サイトを使ったサービスが中心となるだけに、メアドを持っていない会員の継続可能性は、 あまり期待できないと事務局もみる。 ウェブサイトの閲覧頻度は、1 人の会員が月 2 回程度と、それほど頻繁にアクセスされて いないことも分かった。ただ、事務局としては、この点では、致し方ない面もあると理解す る。 「はっきり言って、ポジティブな商品か、ネガティブな商品かと言われれば、ネガティブ な商品です。見て楽しいという性質のウェブサイトではない。仕事を終えて家に帰って、リ ラックスしているときにこのページを見るだろうか」 (小西副事務局長) 。 事務局では、2 年目以降は、会員との「リアルなつながり」に力をいれることにしており、 会員によるオフ会をぜひ開催したいと考えている。オフ会には、会員の友達も参加してよい ことにするほか、労働組合関係者などのゲストスピーカーも呼ぶことも考えている。オフ会 を通じて、会員同士のヨコのつながりを強化できるとともに、新規会員を増やす機会にもなる。 オフ会のもう 1 つの大きな狙いは、 普段、 労働組合とは接点を持たない会員やその仲間が、 労働組合や組合関係者と直に接触する機会を持てることである。おそらく、組合に関わった ことのない人にとっては、組合にはどのような人がいて、どんな話をするかも想像がつかな い。小西副事務局長は「組合ファンクラブのようなものをつくるのも組織化と言えるのでは ないか」と考えている。実際に組合をつくることが容易ではないことをわかっているからこ その発想である。ただし、それには、一定程度の規模を形成することが不可欠である。小西 副事務局長は「まだ、200 人弱だが、2,000 人になったら無視できない声となる」とメイト の今後について明るく展望している。 -81- 事例 10:自治労における非正規職員の組織化・処遇改善の取り組み方針・経過と、 Z 市職員労働組合(自治労傘下)における取り組み事例 1.自治労における臨時・非常勤等職員に対する取り組み44 推定 60 万人まで増大した臨時・非常勤等職員 地方公務員定数の削減等を通じ、いわゆる公務職場でも非正規化が進展してきた。不足す るサービスの担い手が、定数にカウントされない45「臨時・非常勤等職員」 (総称)で置換さ れるようになったためだ。 地方公務員等を組織する単位組合の産業別組織である、自治労(全日本自治団体労働組合) の実態調査(2008 年)によると、約 6 割の自治体が臨時・非常勤等職員を有し、自治体に 勤務する(管理職を除くと)人員数の約 1/3 に相当する、推定約 60 万人が働いているもの とみられている。 公務職場のうち臨時・非常勤等職員化がもっとも進んでいるのは、住民に直接、サービス を提供する出先職場である。既に、各種相談員や学童指導員の 9 割超、図書館や公民館の職 員の 6 割超、保育士や学校給食調理員の 5 割超が臨時・非常勤等職員で占められている。 勤務の基幹化も進んでいる。勤務時間の長さはフルタイムが約 28%、常勤職員の 4 分の 3 (おおむね週 30 時間)以上が約 35%で、合わせて約 6 割である。契約(任用)期間は 1 年 が約 42%、 6 カ月が約 26%、 6 カ月未満が約 22%だが、 実際の勤続期間は 5 年以上が約 18%、 3 年以上 5 年未満が約 14%で計約 3 割、これに 1 年以上 3 年未満の約 29%を合わせると約 6 割となる。 「臨時・非常勤等職員はもはや、 公務職場に恒常的に欠かせない重要な労働力になっている」 。 官製ワーキングプアと称される処遇 対して、臨時・非常勤等職員の処遇の現状は「官製ワーキングプア」と称されてきた。同 じく自治労調査によると、基本給の支払形態は時給制あるいは日給制が約 3 分の 2 だが、時 間当たり賃金は 800 円未満が約 24%、800 円以上 900 円未満が約 31%で、合わせて半数を 超える。また、月給制は約 3 分の 1 で、具体的水準は 14 万円以上 16 万円未満が約 26%で もっとも多く、16 万円以上 18 万円未満と 12 万円以上 14 万円未満がそれぞれ約 17%と、 これらで約 6 割を占める。 時給 850 円として週 35 時間の勤務でも年収は 130 万円に満たず、 44 自治労全体の取り組みについての執筆に当たっては、ヒアリング調査内容に加え、自治労から資料提供しても らった「組合って力ですパート 2 臨時・非常勤等職員組織化事例集」 「組合って力ですパート 3 臨時・非常勤等 職員の組合活動事例集」 「自治体をともに支える非正規職員(臨時・非常均等職員の実態調査報告) 」 「臨時・非 常勤等職員の手引き」のほか、近年における自治労中央委員会議案集及び一般経過報告書、自治労「第 2 次組織 強化・拡大のための推進計画の総括と第 3 次組織強化・拡大のための推進計画」も参照した。 45 地方自治法第 172 条では、職員定数を条例で定めるとしているが、 「臨時または非常勤の職についてこの限りで はない」として除外している。また、自治体の予算・決算では、1 年以内の任期とされる臨時職員の人件費は、 物件費として計上される事情もある。 -82- 月給 15 万円では年収 180 万円程度と、臨時・非常勤等職員の約 7 割が 200 万円以下にとど まるとみられている。さらに、通勤費の支給率は半数弱(47.2%) 、一時金は 3 割未満(27.1%) で、昇給制度、退職金制度の導入率はそれぞれ 9.3%、2.4%などとなっている。 こうした処遇の現状の一因は、臨時・非常勤等職員の法的な位置づけ(と活用実態の乖離) にあることが指摘されてきた。臨時・非常勤等職員は、主に①地公法第 22 条を根拠に任用 される「臨時職員」 (民間でいういわゆるフルタイム契約社員で推定約 30 万人) 、②地公法 第 3 条 3 項を根拠に任用される「特別職非常勤職員」 ( (本来は)専門性の高い仕事に従事す るいわゆるパートタイム契約社員で約 20 万人) 、③地公法第 17 条を根拠に任用される「一 般職非常勤職員」 (いわゆるパートタイム契約社員で約 10 万人)――等に分類される。 法令上、①はあくまで臨時として「6 カ月を超えない期間で任用し、それを 6 カ月を超え ない範囲で更新できるが再度更新は不可」 (すなわち勤続 1 年以内まで)とされている。② や③は「再度更新可能」だが、恒常的な存在であってはならないという観点から、3 年ある いは 5 年等の勤続年限が設けられることが多い。また、①は常勤(フルタイム)であること から「給料」 「旅費」のほか「扶養手当、期末・勤勉手当等諸手当または退職手当」が支給で きるとされている(自治法第 204 条)が、非常勤(パートタイム)である②や③に対しては、 (勤務(役務)に対する給付としての) 「報酬」 (日給払いが原則)の支給、並びに「費用弁償」 を行えるのみとされている(自治法第 203 条) 。 個別単組では 1980 年代から取り組み実績 こうしたなか、自治労傘下の個別単組では 1980 年代46から、臨時・非常勤等職員の組織化 と独自の処遇改善に取り組んできた。臨時・非常勤等職員は現業職種の廃止や外部委託化の 推進、事務系職場の IT 化等を通じて徐々に増え始め、1990 年代に入りいわゆる三位一体改 革で地方交付税・補助金が削減されると、地方公務員の欠員補充や指定管理者制度の導入等 で急増することとなった。 これに伴い、自治労では「地域公共サービス産別建設方針」の中で、臨時・非常勤等職員 を組織化の重点課題の一つに位置づけた。また、臨時・非常勤等職員を多く組織する全競労 (全国競争労働組合)との組織統合を果たす(2002 年)とともに、臨時・非常勤等職員全国 協議会を結成(2003 年:準備会は 1992 年より)して、全国規模の集会や総務省交渉、相互 交流や支援などを強化していった。 2008 年には初の全国実態調査に取り組み、推定 60 万人にものぼる臨時・非常勤等職員の 46 自治労のいわゆる非正規職員問題に対する取り組みの歴史は長く、そもそもは戦後、地方公務員制度が未だ整備 されないなか、急激な行政ニーズの増大に対し、正式な手続きを経ずに任用されたいわゆる「臨職問題」との対 峙まで遡る。自治労草創期の大きな課題だったが、闘争を通じて 1956 年には旧自治省通知「定数外職員の定数 化について」 (いわゆる臨職三原則(①恒久的職務への臨職の従事は妥当性を欠く②臨職を順次、定数化する③ それまで臨職の待遇は一般職員との均衡を図る) )を引き出し、①相当長期間勤務している②勤務実績が良好で ある③職務遂行能力が実証される――ことを定数化の選定基準(旧自治省通知、1961 年)とし、数万人規模の 非正規職員の正規化を実現して「決着が着いた」とされていた。 -83- 存在を明らかにした。これを受け、組織化重点単組を設定し、専門のオルガナイザーも配置 して組織化を加速させた。また、 「 (臨時・非常勤等職員がここまで増えたことについて)国・ 地方自治体当局の責任を追及するとともに、労働組合にもその責任の一端がないとは言えな い事実を重く受け止め、①法改正47②雇用継続48③処遇改善49の取り組みをいっそう強化す る」闘争方針を据え、統一的・抜本的な処遇改善に本格的に取り組み始めた。 要求・交渉を行う単組が着実に増加 こうした経過を通じ、自治労全体で臨時・非常勤等職員を組織化する単組数は 100 弱、組 織化した組合員数は約 2 万人弱まで増えた(2009 年調査時点) 。組織化重点単組の指定数も 年々増え、2010 年には 125 単組まで拡大した(後述する Z 市職員労働組合も該当する) 。 なお、臨時・非常勤等職員の組織化手法は、正規職員と同じ自治体労働組合に加入(その 場合でも当事者が声を上げやすいよう、臨時・非常勤職員支部・分会等を形成することが多 い)するか、臨時・非常勤等職員で独自の職員団体・労働組合を結成し、 (既存の)自治体労 働組合との連合体を形成する、主に2通りある(図 3-10-1) 。自治労では、臨時・非常勤等 職員もできるだけ正規職員と同じ組合に加入する方法を勧めているが、臨時・非常勤等職員 だけで組合を作る方が運動を進めやすいという考え方もあるため自主性に委ねられている。 一方、組織化の有無に依らず、臨時・非常勤等職員の処遇改善や任用継続について、要求 書を掲げる単組は全体の 6 割超にのぼり、交渉を行う単組も 5 割超と着実に増えてきた。こ れに伴い、自治労が求める臨時・非常勤等職員の「賃金・労働条件の最低到達条件」の達成 率も、徐々に上昇してきている(表 3-10-1) 。 また、個別単組の運動実績の積み重ねにより、水平展開のモデルとなるような処遇改善事 例も蓄積されてきた。例えば、単組 A では臨時職員に対する「非常勤職員化(による実質的 な雇用安定)と月給化等を柱とする労働協約の締結」を契機に、退職慰労金の支給拡大、有 給休暇の日数増と長期勤続休暇の新設、64 歳への定年延長等を勝ち取った。また、単組 B では非常勤職員に対して、一般、主任、総括など上級職に格付ける制度(による実質的な昇 ①非常勤職員の諸手当支給制限撤廃(地方自治法第 203 条の 2 及び第 204 条の改正) 、②パート労働法の趣旨の 地方公務員臨時・非常勤等職員への適用、③任期の定めのない短時間公務員制度の創設――を求め、政党対策の 強化や公務員連絡会・地公部会と連携した対総務大臣交渉等を進めている。 48 恒常的な業務にも係わらず更新年限が設けられていないか点検し、その廃止を求めるとともに、臨時・非常均等 職員の任用更新に当たり、不必要な空白期間(1 日、1 週間、1 カ月など)を設定することがないよう撤廃を求 めている。 49 「賃金・労働条件の最低到達条件」を実現するとともに、既に達成している単組では「正規職員との均等待遇を 目指した取り組みを行う」 。最低到達条件には、①労働基準法や総務省通知を最低基準とした通勤手当(費用弁 償) 、時間外勤務手当(追加報酬)の全額支払いや、病気休暇、忌引休暇をはじめとする諸休暇制度の整備、② 単組は臨時・非常勤等職員の実態把握を行うとともに、処遇等のあり方について正規職員を含めた職場討議を実 施し組織化を推進、③自治体最低賃金として 970 円/時間(高卒初任給で目標とする「国公行(一)1 級 13 号 の 14 万 9,800 円」を基本に÷(20 日×7 時間 45 分)で算出)を目指した取り組み(組合員自らの視点で事務 事業の見直しを行い、またこれまで行われた正規職員の人員削減による人件費総額の減少分を労使で確認し、処 遇改善の財源とするよう求める)――を挙げている。 47 -84- 給制度)の導入に加え、月額報酬の引上げや超過勤務手当(追加報酬)の確保、病気休暇の 有給化や慶弔休暇の日数拡充、研修の実施や職員互助会への加入等に漕ぎ着けた。さらに単 組 C では臨時職員に対し、勤務実績を加味する経験者採用枠を創設させるなどして、正規職 員への応募機会を拓いてきた。このほか、臨時・非常勤等職員の組織化を通じ、民間転籍・ 業務委託を阻止したケースや、派遣会社への移籍から直営に復帰させたケース、市町村合併 で切り崩された処遇・労働条件を復元させたケース等もみられている。 図 3-10-1 自治体における臨時・非常勤等職員の組織化方法 <正規職員と臨時・非常勤等職員が同じ組合に加入する場合> 臨時・非常勤職員支部 その他の支部・分会 ○○市職員労働組合 自治労○○県本部 その他の評議会 <臨時・非常勤等職員で独自の組合を作る場合> 臨時・非常勤職員組合 ○○市労連(連合会) 自治労○○県本部 ○○市職員労働組合 ※連合体(○○市労連)が自治労加盟する場合(実線)と、基本組織(○○市職)と臨時・非常勤職員組合 それぞれが直接、加盟する場合(点線)がある ※労組法が適用される特別職非常勤職員等の組織化に当たっては、人事委員会や公平委員会で職員団 体登録を拒否される場合もあるため、職員団体と労働組合の連合体(混合組合:○○職員労働組合)とす ることがある(形式分離) 表 3-10-1 自治労が求める臨時・非常勤等職員の賃金・労働条件の到達状況 賃金・労働条件の最低到達条件 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ◎ ● ○ ○ ○ ○ ○ 全単組比 獲得割合 2% 9% 11% 14% 6% 7% 11% 3% 5% 4% 自治体最低賃金を970円/時間化 通勤手当の全額支払い 時間外勤務手当の全額支払い 年次有給休暇(繰り越し含む)の制度化 産前・産後休暇の制度化 病気休暇の制度化 忌引き休暇 短期介護休暇 子の看護休暇 育児・介護休業(休暇)の制度化 健康診断につき6カ月以上勤続(見込み)・週勤務20 22% 時間以上の職員に実施 雇用保険・健康保険・厚生年金を法定基準を最低に加 23% 週の所定労働時間が定められている場合の月給制化 3% 勤続年数に応じた定期昇給分の加算 1%(36単組) (以下、恒常的な業務に就いている職員について) フルタイム(準じる含)職員から正規職員への転換措置 0%(10単組) 雇用更新年限の廃止と継続 1%(40単組) 雇用更新に際し「空白期間」や他部署への「たらい回 2% し」の廃止 処遇改善や任用継続のため予算確保を行うこと 3% ○は2011自治体確定闘争後の報告(2012年1月時点)、◎は2010自治体確定闘争後の報 告(2011年1月時点)、●は2009自治体確定闘争後の報告(2010年1月時点)――に基づく -85- 賃金シェアも視野に 1999 年から 11 年間で 7 回のマイナス人事院勧告が実施され、自治体の財政難を理由に独 自の賃金カット(削減幅としては大阪府の▲14%が最大)も常態的(自治体の約 6 割)に行 われる中にあって、自治労は 2010 年の定期大会で、 「正規と非正規が賃金をシェアし、全体 として処遇改善と安定雇用を図る方策を大胆に採用すべきだ」 (中央執行委員長あいさつ)な どと提起した。これを踏まえ各単組の間では、正規職員の賃金が削減される中で臨時・非常 勤等職員の賃金カットを防衛したり、正規職員の賃金カット分を臨時・非常勤等職員の処遇 原資に挿げ替えるといった、実質的な均衡待遇も追求され始めている50。 産別としての本格的な賃金シェアについては、 「 (2013 年に予定される人勧制度の廃止に伴 う)自律的労使関係確立以降の取り組み課題」としているが、法制・原資上の制約の中で、 正規職員が臨時・非常勤等職員に手を差し伸べ、その処遇を共に改善してゆこうとする自治 労の今後の取り組み動向が注視される。 2.組織化重点単組・Z 市職員労働組合における取り組み ⑴ 非正規職員の組織化動機・経緯とアプローチ手法 工業港湾都市である Z 市の人口は、基幹産業である鉄鋼業の合理化等を通じ、ピーク時の 18 万人超(昭和 40 年代)から、現在は約 9.3 万人とほぼ半減した。その影響は当然、市の 財政事情にも及び、正規職員数が約 1/3 まで縮減される一方、穴埋めとして臨時・嘱託と 称される非正規職員が大量に任用されてきた。大規模な民間委託で究極までスリム化された 後、正規職員の退職非補充51で臨時・非常勤等職員が増え始め、給食センターの要員の約 9 割、学校用務員の 6 割弱、保育所の約半数を占めるほか、国保等サービスセンター関係や本 庁の事務補助分野にまでみられるようになっていった。2010 年時点で、正規職員 625 人に 対し、嘱託職員(地公法第 3 条 3 項 3 号に基づくいわゆる特別職非常勤職員)452 人、臨時 職員(地公法第 22 条第 2 項に基づく)34 人で、非正規職員比率は 44%と半数に迫った。 こうしたなか、Z 市職員労働組合は、2007 年より自治労道本部(臨時・非常勤等職員総数 は 2 万人超)の組織化重点単組に指定された責任感を直接の動機とし、また、リーマンショッ ク(2008 年秋)に起因する激震型不況に伴う派遣村ショックを目の当たりにし、 「足元の職 場の似たような存在をこれ以上放置しておけない」という使命感から、2009 年 3 月より組 織化に向けた準備をスタートさせた。自治労本部の「臨時・非常勤等職員の組織化重点単組 対策会議」で組織化のノウハウを学び、組合内部でも独自の学習会を重ねていった。 組織化対象は、嘱託職員約 450 人のうち弁護士など本来的な特別職非常勤職員(学識・経 さらに 2012 春闘方針では、賃金シェアの方法として「例えば、独自カット終了時に回復分の一部を配分、正規 職員の諸手当の見直しに当たりその財源を使った配分等」することなども挙げている。 51 正規職員の定年退職者から再雇用・再任用嘱託で残る分を差し引いた上で、新規・正規職員採用数は半数程度と し、不足する労働力分を臨時・嘱託職員で補充してきた。ただ、臨時・嘱託職員の補充は労働時間換算ではなく 頭数でなされるため、結果として正規職員の労働強化も図られてきた。 50 -86- 験者を想定)を除く、 「勤務時間が常勤職員の 3/4」である約 250 人に設定した。だが、そ れらの所在は本庁だけでなく、広域センタービル、保育所(4 箇所) 、給食センター、学校用 務員・事務員、外部職場など計 8 箇所にわたることから、組織全体で取り組む体制が必要と なった。そこで 2009 年 5 月に、各職場を横断する「嘱託職員組織化プロジェクト」を起ち 上げた。委員長を総責任者とし、執行部役員、青年部、女性部、現業評議会のほか役員 OB も加え、総勢 20 人でプロジェクトチームを形成した。 「臨時・嘱託職員の権利手帳」の作成・ 配布から、アンケート調査(2009 年 6~12 月)を通じた就労・処遇の実態把握、組織オル グの計画・分担まで主要な役割を担うことになった(開催は 2010 年 5 月まで計 7 回) 。 アンケート調査(回答者は 176 人:男性 13 人、女性 163 人)の結果、3 人に 1 人が主た る生計者として、月額約 13 万円で生活している深刻な実態が浮き彫りになった。勤続年数 も給食センターで最長 27 年、本庁でも同 20 年に及び、10 年程度が広範にみられた。雇止 めへの不安を筆頭に賃金の引上げ、一時金支給への要望等が多く寄せられた。ただ、アンケー ト調査時点で、組合への加入希望者は給食センター1 人、学校用務員 2 人、広域センタービ ル 8 人、保育所 5 人の計 16 人にとどまった。 2009 年 11 月の組合大会で、嘱託職員の組織化に向けた最終方針を確認した。その際、最 大の争点は組合費をいくらにするかということだった。正規職員と同じ 2%で計算すると 2 ~3,000 円になってしまうため、上部負担金を含め軽減・経過措置を施しつつ、時間給程度 (13 万 3,300 円÷21 日÷5.81 時間=1,092 円)に抑えることとした。2010 年 2 月の中央委 員会で、嘱託職員の徴収月額は、組合費 1,000 円+自治労共済掛金 300 円の計 1,300 円(当 面)とする方針52を決定した53。 そのうえで、2010 年 4 月から約 4 カ月にわたり、加入活動を展開した。アンケート調査結果 を踏まえ、雇止めや低賃金の不安解消に向け、ともに取り組む必要性を呼び掛けていった。職場 ごとに 3~4 回ずつ丁寧に回り、信頼関係を築く中で 8 月末までに 78 人の加入を実現した。 自らの問題は自らで解決する――嘱託職員協議会の結成 自らの問題はやはり自ら動いて解決すべき、自主性を尊重しようという考え方で、Z 市職 員労働組合の下部組織として、嘱託職員協議会を結成する方針を確認した。まずは協議会準 備会の幹事体制作りに向け、主要な職場で懇談会を開催。役員をするくらいなら組合を辞め ると言い出すのではという懸念もあったが、意外とスムーズに 11 人(男性 3 人、女性 8 人) の幹事が集まった。2010 年 9~11 月にかけて顔合わせ、役員の選出、協議会結成の確認等 を行い、そうして嘱託職員協議会の結成総会が、11 月 25 日に市内ホテルで、約 60 人(嘱 託職員 40 人)の参加で開催された。協議会結成に至った経緯、結成の趣旨が提起され、規 約案とともに、満場一致で承認された。 52 53 組合費は低減するが、慶弔費支給など権利関係は同等である。執行委員にも立候補可能だが、未だ実績はない。 嘱託職員の組織化に伴い、組織運営面・財政面での負担は増大してきている。 -87- ⑵ 組織化を行う上での困難と理由 嘱託職員の組織化に当たっては、執行部内でも「雇止め阻止や処遇改善に過度な期待を抱 かせるのでは」という躊躇や、 「若者層の組合離れが進むなか組織として支えていけるのか」 といった不安など、さまざまな影響を懸念する声が挙がった。だが、目前には臨時・嘱託職 員比率が 4 割以上となっている現実があり、また、官製ワーキングプアとマスコミで揶揄さ れるなか、組織労働者として見捨てておくわけにはいかないという結論に達した。また、 「執 行部三役以外に、当局との調整を含めこの課題に専門的に動ける役員 OB・特別執行委員が いてくれた」ことも大きな支えとなった。 嘱託職員組織化プロジェクトの議論の過程では、現業評議会や青年部等に理解を浸透させ る難しさもあった。嘱託職員と仕事の重複部分が多い現業職員からは、 「組合はもう我々を切 り捨てるのか」といった悲観的な見方も寄せられたが、 「ひとたび民間委託が決まれば、一気 に雇用が喪失される事態になりかねない。現業職は若手の担い手が減少し、今後どう活動を 継続するかが課題となるなか、嘱託職員と積極的に連帯していかなければ働く場の維持さえ 儘ならない」などと説得した。また、 「頑張って勉強し競争試験で入ってきた自分達と、面接 だけで入ってきた嘱託職員は根本的に異なる。嘱託職員は、現在の賃金・労働条件で納得し て入ってきたはずで、格差があっても当然だ」 「財政危機に伴い独自の賃金 1~4%カット (2004 年度~)に加え、退職金の 9%カットなど正規職員の処遇も厳しいなか、嘱託職員を 組織化すると処遇原資が奪われてしまうのではないか」などと反発する若手正規職員に対し ては、 「過去の政策のツケが臨時・非常勤等職員に回っているのに、組合として放っておける のか」 「裾野の処遇が良くなれば全体として引き上がってゆく。要員計画の改善を当局に訴え るためにも、正規職員の穴埋めで採用され、似たような仕事をするようになっている嘱託職 員を仲間に取り込んでおかなければならない」などと説得していった。 ⑶ 組織化後の非正規職員の待遇改善に係る取り組み経緯と現状 Z 市職員労働組合では嘱託職員を組織化する以前から、民間委託先を含めた自治体関係労 働者の一環として、臨時・嘱託職員の処遇改善(賃金アップ等)を要求し、前進することも あったが、当事者の声ではないため限界があった。しかし今回、嘱託職員が組合に加入して 協議会を結成し、嘱託職員の生の声を反映した要求を取りまとめられるようになったため、 Z 市に対してすぐさま賃金・労働条件の改善要求を提起し、団体交渉に入っていった。 2010 年 11 月 30 日、嘱託職員協議会幹事 11 人全員で、Z 市職員労働組合三役とともに、 副市長に要求書を提出した。 「恒常的な業務に従事する嘱託職員についてはただちに正規職員 とすること」をはじめ、 「任用期限を設けず本人が希望する場合は雇用を継続すること」や「賃 金・労働条件を正規職員に準じて大幅に引き上げること」を要求。賃金・労働条件について は、最優先課題として①基本賃金の大幅引き上げ(最低でも正規職員の 9 割)や年齢・勤続 年数に応じた初任格付け、定期昇給制度の確立、②(年金支給開始年齢の引上げに伴い)雇 -88- 用期間の 65 歳までの延長、③期末手当(6、12 月)や寒冷地手当の正規職員並み完全支給、 その他諸手当の制度化・支給、④諸休暇制度の確立、⑤退職手当の制度化・支給――を挙げ たほか、嘱託職員の首切りにつながる職場の民間委託等は行わないこと、賃金・労働条件に 変更がある場合は組合と事前協議することなども求めた。 交渉の結果、2011 年 2 月に 4 月からの雇用年限の延長(現行 60 歳のところ 61 歳へ) 、病 気休暇制度の新設(負傷・疾病のため療養する必要がある場合 10 日間まで取得可、無給) について前進回答を引き出した。また、翌年の交渉では雇用年限のさらなる延長(61 歳→65 歳へ)をはじめ、産前・産後休暇や育児時間休暇、生理休暇(いずれも無給)の獲得に漕ぎ 着けた(表 3-10-2) 。 表 3-10-2 Z 市における臨時・嘱託職員の処遇状況 臨時職員 嘱託職員(非常勤職員) 規定 「臨時的任用に関する取扱要綱」 任用期間 6カ月(更新1回まで・勤続最長1年) 勤務時間 フルタイム(38時間45分) 「非常勤職員任用等取扱要綱」 1年間(更新可能・同一職種内での 異動あり・満60歳を超えて更新不可) 常勤職員の1週間当たりの勤務時間 の3/4(29時間)を超えない範囲 時間外・ 休日労働 あり得る 健康診断 雇用保険、健康 保険、厚生年金 災害補償 2011年4月から61歳への延長獲得、 → 2012年4月からさらに65歳への延長獲得 無 時給または日給で支給 時給の場合、清掃作業員で743円以下、 事務補助・技術補助・用務員で769円 以下、調理作業員で794円以下、介護職 員で821円以下、幼稚園教諭・栄養士で 基本賃金 847円以下、准看護師で1,010円以下、 保育士・運転手(大型一種)で1,049円 以下、看護師・医療技術者(有資格)で 1,090円以下、薬剤師・保健師・助産師で 1,123円以下、電工で1,287円以下等 時間外手当、休日勤務手当、夜勤手当、 諸手当 宿日直手当、特殊勤務手当 通勤費 通勤手当あり(片道2㎞以上で支給) 任用期間及び通算勤続期間に応じ、 年次有給休暇 最大付与10日(繰越含む) 特別休暇 交渉経過 地方自治法第203条第1項に基づく報 酬として、例えば事務補助員等で月額 報酬 13万3,300 円、保育士(35時間)で 17万1,500円、学校給食センター調理 員で14万2,100円等 費用弁償として支給 週勤務日数及び勤務年数に応じ 最大付与40日(繰越含む) 忌引休暇、夏季休暇、 子どもの看護休暇あり (育児休業・介護休暇制度(無給)あり) 年1回(該当時間は特別休暇)あり 2011年4月から病気休暇として 無給で10日間獲得。2012年4月から 産前・産後休暇や育児時間休暇、 生理休暇(いずれも無給)も獲得 勤務時間3/4以上で適用 「Z市公務災害補償等に関する条例」適用 さらに、嘱託職員を組織化していたことで、保育所の民間委託に際し同一の労働条件での 移行を確保できたほか、給食センターの民間委託問題でも、1 年余りにわたって粘り強い交 渉を重ね、現在いる嘱託職員の雇用継続と、一定の賃金水準確保(時給 800 円提示のところ 1,160 円)を約束させることができた。 このほか、組合員の雇止め事案が発生する場合には、組合に事前に打診・協議し、異動先 があれば提示し、本人に選択してもらう旨の労使確認も行われている。この間、発生したの は野犬掃討員の廃止案件(嘱託職員組合員の対象者は 1 人)のみだが、これまでは即雇止め -89- だったのが、組合への事前協議の申入れ時に「安直な雇止めはできない」と当局の配慮が示 され、結果としてより条件の良い職場へスムーズに移行することができた。未だ萌芽に過ぎ ないが、嘱託職員を取り巻く環境は明らかに変わり始めている。 こうした交渉成果を踏まえ、組合に対する期待感も高まっており、嘱託職員の追加加入が 相次いでいる。Z 市職員労働組合の現状は、 (一般)嘱託職員 91 人を含め、正規職員が 371 人、再任用職員 7 人、正規再雇用嘱託職員 40 人の計 509 人で、組織率は 49%(管理職・非 組を除くと 55%)となっている。 ⑷ 今後の課題 嘱託職員の組織化対象約 250 人のうち、現在は未だ 1/3 程度の加入にとどまるため、当 面は過半数以上を目指した組織化が課題となっている54。だが、嘱託職員と一口に言っても 20~50 代まで幅広い年齢が含まれ、学卒後未就職者や家計補助的な主婦のほか、主たる生計 者である中高年転職者や母子家庭など、属性もさまざまなだけに組合加入の意識に大きな差 がみられるのが実情である。また、交渉成果を見据えながら、加入者は徐々に増える傾向に あるが、肝心の賃金面での改善が進んでいない。とはいえ、時給等の改善は要綱改定で可能 だが、一時金の制度化等は議会で条例改正の承認を得なければならないという高い障壁がある。 さらに、民間委託に伴う雇止め不安が常につきまとうなか、財政状況の好転が望めるわけ ではなく、正規職員を増やす(新規採用を増やすか、嘱託職員等を正規職員へ登用する)取 り組みも見通しは明るくない。正規採用の経験者枠の創設(年齢制限緩和)等も考えられる が、抜本的な改善には任期のない短時間公務員制度の導入等が求められる。 嘱託職員協議会代表幹事は、 「正規職員と同じ仕事を任される一方、身分保障は 1 年しか なく、賃金は生計を担える水準にない。何と不条理だろうという不満は以前からあったが、 それを具体的に吐き出す場面も、そういう問題意識を嘱託職員同士で共有する機会もなかっ た。道は険しいが、正規職員の力を借りながら一歩ずつ、処遇改善の歩みを進めてゆきたい」 と話している。 54 また、 (勤続1年上限のため現状、組織化対象にはなっていない)臨時職員の、嘱託職員の採用に向けた試行的 雇用期間(働きぶりを観察)のような取り扱いも看過できず、今後の課題となっている。 -90- 事例 11:業務委託企業による「行政関連ユニオン」を結成 ――官製ワーキングプアの負の連鎖を断つ―― 1.はじめに 1980~90 年代にかけて、従来は市町村の正規職員が行ってきた業務を民間に委託する動 きが広がっていった。ゴミの収集・運搬、清掃工場の業務、学校給食の調理、公立病院の医 療事務、公共施設のビル管理などの業務が対象となった。こうした委託業務を受託する業者 は原則として「競争入札」で決められ、自治体は落札業者と契約を結ぶ。 しかし、一般競争入札による契約が拡大するにつれ、落札価格が入札のたびに下落し、適 正な水準を下回るケースがみられてきた。その結果、公共サービスを実際に担う労働者の雇 用が不安定化し、賃金の低下を引き起こすいわゆる「官製ワーキングプア」の温床となる新 たな問題がクローズアップされてきた。 こうしたなか、連合東京では複数の受託業者を束ねる「行政関連ユニオン」を 2010 年3 月に結成した。その活動の柱を、①賃金不払い、契約の不履行、解雇等の解決、②委託企業 と連携し行政との適正な契約、③集団的交渉権と労働条件・協約の拡張適用、④公契約条例 の制定――などとすることを確認した。 2.きっかけは倒産企業の未払い賃金問題 連合東京がこの問題にかかわるきっかけとなったのは、業務受託企業の倒産問題だった。 2009 年 9 月、清掃等の業務委託契約をしている東宝クリーンサービス(以下「東宝 CS」とい う)は、従業員約 1,000 人の給与 3 カ月分、総額 2 億 3,000 万円の支払いが滞り、倒産の危機 にあるとの情報が、板橋学校労組(現・現業労組板橋)から連合ユニオン東京に寄せられた。 倒産の確率が高いことから連合ユニオン東京は、労働債権確保に向け、連合ユニオン東京 東宝CSユニオンを同月10日に結成し、 団体交渉の申し入れと組合への加入活動を開始した。 しかし、東宝 CS は、団交に応ずることなく同月末に倒産した。 その後、東宝 CS ユニオンは労働債権の確保に向けて管財人との交渉に入り、 「賃金確保法」 を早期に適用することを要請した。また、業務を引き継いだ業務委託企業(以下「委託企業」 という)に対して雇用確保(いわゆる居抜き)を求め交渉に入った。この結果、東宝 CS ユ ニオンは、労働債権の 8 割の確保と雇用確保等を実現した。ただし、組合加入がなかった職 場では、雇用継続がされなかったケースもあった。 東宝 CS ユニオンとしての問題は解決したものの、こうした倒産の背景には、競争入札に よる際限なき値下げ競争があった。この案件を担当した連合東京の古山修・組織化推進局長 が、組合の必要性を痛感したのは、まず委託企業で働く労働者が、常に雇用不安と向き合っ ていることがある。雇用不安の最大の理由は、受託契約が基本的に単年度契約であるためで ある。 -91- さらに、委託企業の再委託も横行しているという。たとえば、D 社は再委託先の企業を複 数もち、D 社の従業員を再委託先の企業で働かせ、さらに D 社と個人の間は業務委託契約と なっている。こうした違法企業の排除、さらに偽装請負といった違法・脱法的な行為の是正 も必要になる。 3.官製ワーキングプアを生む「ダンピング」と「単年度契約」 こうした負の連鎖には、適正価格での入札が行われない、いわゆる「ダンピング問題」の 横行がある。これが「官製ワーキングプア」を生む引き金となる。たとえば、清掃業務を委 託する企業とある区の入札価格は、2005 年に 7,000 万円だったものが、09 年には 4 割減の 4,300 万円までダウンしている。委託企業の業務は基本的に労働集約型で、人件費が委託料 の 7~8 割を占めるといわれる。このため、こうした競争入札のシステムに乗っている限り、 経営難に陥る企業が後を絶たない。 業務委託の契約は、自由競争を基本原則としているものの、委託企業と行政との関係は、 対等とはいえない。一般的に行政は契約に先立ち、特定委託企業に「参考見積額」を出させ、 適正価格の積算根拠とする。しかし、前述の 4 割ダウンのケースでは、2006 年は、委託企 業の見積りミスと言われているものの、2,450 万円で落札しており、前年度との比較では、 6.5 割の大幅ダウンとなった。こうした落札のケースをみると、 「現実」と「仕様書」の乖離 は明らかで、労働集約的な委託業務の場合、落札価格=適正価格とならず、それが「官製ワー キングプア」の負の連鎖につながる懸念が拡大する。 また、賃金面だけではなく、こうした契約形態は、雇用不安を生む。委託企業で働く労働 者が常に雇用不安と向き合う最大の理由は、先に触れたように受託契約が基本的に単年度契 約であることだ。 「独特の『居抜き』という継続雇用の慣行はあるが、仕様書に記載はない。委託企業(雇用 主)が代わっても長期に同じ職場で働き続けたいという期待は当然発生する。ところが、現 場の労働者は、最低賃金をどうにか超える程度で働いており、社会保険、労働保険にも加入 していないケースが多い。競争入札のあり方が問われており、業務委託契約を結ぶ企業と争 うだけでは、解決の糸口はつかめない」 (古山組織化推進局長)との結論に至る。 「東宝 CS ユニオンの取り組みは、行政と委託企業の契約と労働環境の整備に関して警鐘を 鳴らしたもの」 (古山氏)と重くとらえ、東宝 CS ユニオンは結成から 6 カ月後、発展的に解 散し、新たに「行政関連ユニオン」の結成に向けて動き出す。 4.行政関連ユニオンの結成と取り組み 行政関連ユニオン(以下「ユニオン」という)は、2010 年 3 月に結成、①賃金不払い、 契約の不履行、解雇等の解決、②委託企業と連携し行政との適正な契約、③集団的交渉権と 労働条件.・協約の拡張適用、④公契約条例の制定――等を活動方針として確認した。 -92- ユニオン結成後取り組んできているのは、⑴契約不履行問題、⑵委託企業への「アンケー ト調査」 、⑶委託元の「区」との折衝――等である。 ⑴ 契約不履行問題への取り組み 前述の東宝 CS 倒産後、ユニオンはその業務を引き継いだ北斗、さらに次に受託したアィ ディ日本サービス(ID)に働く労働者の契約不履行問題に取り組んだ。ID に働くAさんは 東宝 CS から北斗に、そして ID に居ぬきで移ったが契約不履行があった。そのため、ユニ オンは ID と団交をもったが、事実上、団交拒否されたため、東京都労働委員会に対し、 「不 当労働行為救済申し立て」を行った。ID の問題は、都労委での第 1 回調査で「関与和解」 により「一部未払い給与の支払い」で解決した。 また、3 番目の受託企業である大庭ビルメインテナンスとは、居抜きからはずされたユニ オン副委員長 T さんの問題をめぐって団体交渉し、バックペイの一部と再契約を実現してい る。さらに、業務内容の変更に伴う手当の支払いを要望している。 ⑵ 委託企業への「アンケート調査」 先に指摘した「現実と仕様書」の乖離及び単年度契約の問題点を明らかにし、雇用の安定 と基準額の適正化等に向けて、ユニオンでは委託企業ヘの「アンケート調査」を実施してい る。 「アンケート調査」は、主旨と活用を明確にし、調査項目に関しては3項目を柱としてい る。アンケート調査の要旨は、下記の通りである。 【主旨】 1)委託企業は、行政との関係で対等ではない。 2)背景には、委託企業が分断され一企業と行政との圧倒的力関係の違いの中で形式的 な入札が行われている。 「生存権と法令遵守」という基本は守られていない。 3)適正な契約には、行政と委託企業が対等な関係でなければならない。 4)ユニオンは、委託企業に対する「アンケート調査」を行政に反映させていく。 【活用】 1)ユニオンは、本「アンケート調査」を下に、委託企業、委託契約、労働者の実態等 を分析する。 2)分析結果は、委託契約の改善のために活用する。 3)具体的活用は下記の通り。 ①行政との交渉において、協議事項として活用する。 ②交渉における確約事項は、 「協約」として締結する。 ③委託企業とユニオンは、行政に対して共同で改善を求めていく。 【調査項目】 1.入札は、適切に行われていると思いますか? ⑴ □YES or □NO ⑵ NO と答えた方のみ具体的な理由をお書きください -93- ⑶ 入札価格は適正と思いますか? 1)□YES or □NO 2)NO と答えた方のみ具体的な理由をお書きください 2.行政との契約の前提である入札の条件を守っていますか? ⑴ 下記の入札条件に関して YES の場合レ点でチェック(複数回答可) 1)入札条件は、下記⑶で示した板橋区に対する 9 項目の内容。 ⑵ 上記 9 項目で NO の場合、理由をお書きください 3.貴社には労働組合がありますか? ⑴ □YES or □NO ⑵ YES NO 双方の方から回答願います 1)労働組合は、必要である □YES or □NO ‐ 2)労働組合を作りたい □YES or □NO 3)労働組合の活用を考えますか □YES or □NO ⑶ 発注元の区への要請と折衝 ユニオンは発注元の区ヘの要請と折衝を繰り返している。 このうち、 板橋区との折衝では、 ユニオンから具体的な要望事項を提出した。 依頼書の形で「清掃業務委託契約における労働環境の整備について」と題して、 「仕様書」 に下記の9項目の追記を求めるものだ。提出の主旨は、 「清掃業務等委託業務に従事する者の 労働環境ヘの配慮や改善についで社会的要請が高まった」とした。 その9項目は、①就業規則、雇用契約、労使協定等の労働条件の内容は適正である、②就 業規則が労基署に提出されており、労働者に周知する、③労働災害等業務災害ヘの対策がで きている、④労働時間が適正に管理されている、⑤休暇・休日の取得状況及び管理は適切で ある、⑥給与の支払いが適切に行われている、⑦社会保険・労働保険ヘの加入と手続きを適 正に行う、⑧「雇用契約書」を労働者に交付している、⑨労働基準法等労働関係法令を遵守 している――との内容である。 5.今後の具体的な課題と展開 委託企業と行政との交渉・折衝及び「アンケート調査」で改めて明らかになったことは、 やはり先に触れた「現実と仕様書」の乖離だった。そして、①入札価格の適正化、②委託企 業の法令遵守、③労働者の雇用の確保と労働条件の改善――といった点が課題であり、改善 が必要なことが明らかになった。 -94- とくに「アンケート調査」の結果から、委託企業、委託契約、労働者の実態等を分析した結 果、入札価格の適正化に関しては、人件費、各種保険、事務所費等の販管費が大きなウエート を占めており、それらを根拠とした「参考見積額」が基準となること、さらに委託企業の法令 遵守に関しては、殆どの委託企業で守られていない(守れない)ことが明らかになった。 こうした分析結果は、①行政との交渉で協議事項とする②交渉での確約事項は「協約」と して締結する③委託企業とユニオンは行政に対して共同で改善を求め、委託契約を改善させ る――といった形で具体的に活用する。 さらに、労働者の雇用の確保と労働条件の改善に向けては、単年契約による雇用不安を解 消することから開始し、適正価格の判断基準を明確にすることで雇用の安定と労働条件の改 善を実現していくことが求められるとしている。 こうした課題の解決に向けた具体的対応としては、以下の取り組みに着手することが必要 だとする。 ⑴ 委託企業を束ねる ⑵ 行政との交渉 ⑶ ユニオン・委託企業・自治体の三者共闘による国への働きかけ まず、ユニオンはこの間、委託企業と交渉を持ち、委託企業の要望等を聞く「アンケート 調査」に取り組むなかから、委託企業を束ねることが有効だとの結論に達した。そのうえで、 委託企業とユニオンは、 「行政に対して共同で改善を求めていく」ことが不可欠で、その過程 で、集団交渉権も獲得する。そして、二者が共闘して行政との交渉にあたり、課題を改善し ていく。そして、委託企業とユニオンの二者が共闘して行政との交渉にあたり、諸課題を解 決・改善し、締結した協約の「拡張適用」を求め、適用対象者を拡大するといった構図を描 いている。 さらにその先には、ユニオン―委託企業―行政の三者共闘で、国に対して適正価格の判断 基準を示し、入札価格と労働環境の改善を図っていくことまでも展望する。 ユニオン東京の古山氏は、 「行政が悪で委託企業・労働者が善などという考えは持っていな い。行政と交渉をすると『行政としても、どうにか改善したいという思いがある』ことを強 く感じる」という。現状を嘆くのではなく、現状を変える主体となるのは労働組合であり、 その組合は企業の枠を越え業種別に束ね、行政との対等な関係を形成する。 ユニオンの結成に当たって、 「公契約条例」の制定を求めてはいるものの、条例が制定され れば問題が根絶されるとは考えていない。ユニオンが取り組む賃金水準は、 「最賃ではなく、 同一産業と規模をベースとする」 (古山氏)からである。 そのためにも、行政にぶら下がる企業を横断的につなげ、集団的交渉権を勝ち取ることが 不可欠で、それを束ねるのが「行政関連ユニオン」となる。古山氏は、 「ユニオンは企業を攻 めるだけでは自滅の道を歩む。行政とも共闘(三者共闘)して国に対して適正化を申し入れ ることが必要」と力説する。 -95- JILPT 調査シリーズ №96 非正規労働者の組織化に関するヒアリング調査 発行年月日 2012 年 3 月 30 日 編集・発行 独立行政法人 労働政策研究・研修機構 〒177-8502 東京都練馬区上石神井 4-8-23 (照会先) 印刷・製本 研究調整部研究調整課 TEL:03-5991-5104 ヨシダ印刷株式会社 ©2012 JILPT * 調査シリーズ全文はホームページで提供しております。 (URL:http://www.jil.go.jp/)