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竹 内 真 理 - 岡山大学学術成果リポジトリ
6引 『岡山人学法学会雑誌』第53巻第3・4号(2004年3月) 国家安全戦略を素材として − 竹 内 真 米国の法政策に対するイエール学派の影響とその批判的検討 − 一イエール学派の国際法理論 はじめに 〓 ﹁テロとの戦争﹂と国家安全戦略 二 国家安全戦略の構想 0 イラク攻撃における米国の法政策 三 国家安全戦略の批判的検討 日 実行の検討 〓 学説の検討 おわりに はじめに 理 国際法学におけるイエール学派︵イエール大学の所在地にちなんで、ニュー・ヘイブン学派とも呼ばれる︶とは、 ︵1ノ で、法を総合的な政策科学竺部と見なすものである。この学派は、一方で、﹁人間の尊厳﹂という価値を実現する 主に一九五〇、六〇年代に、マィレス・マクドゥーガル及びハロルドニフスウェルを中心に提唱された学問的立場 二四七 開 法(53¶−3・4)66Z 二四八 ための継続的な政策決定プロセスとして法を捉えることによって、価値中立的な規則の総体として法を捉える伝統 的な法実証主義を退ける。他方で、この ﹁人間の尊厳﹂ という目的的価値は、自然法主義のように、高次の法を理 性の導きによって﹁発見する﹂ ことによって得られるものではない。法の目的は、社会の期待を経験的に観察する ことで﹁構築される﹂ のである。このような立場は、米国のリアリズム法学に基礎を置き、さらにそれを包括的な 体系にまで高めようとする、極めてユー一−クな試みであった。 ﹁人間の尊厳﹂という もっともイエール学派は、国際法の学説の中で主流を占めるには至らなかった。その影響は、米国の学説、また また て∵二 は、人望のある指導者だったマクドゥーグルに直接の教えを受けた者に限られているし 3 マクドゥーガル、ラスウェルらの 価値は、半ば絶対的な価値として掲げられ、またその曖昧さから悪意的︰主観的な通用を免れえず、実際には冷戦 時代における米国の政策を正当化する抗弁として度々用いられることになった。 ︵d∴ 主張は、冷戦時代のショウビニズムであったに過ぎず、冷戦の終結と共にその使命を終えたとする評価すらある。 それでは、イエール学派の主張は今日まったく意義を失ってしまったかといえば、そうともいえない。確かに、 学説においては従われていないとはい、え、イエール学派の主張は、米国の政策決定者の意識の中に脈々と受け継が れてきているように思われるのである。その最近の顕著な例が、二〇〇二年九月に発表された、米国の国家安全戦 r5︶ 略である。 国家安全戦略は、冷戦後、新たに米国が直面した危機に対応するための法政策ドクトリンの表明である。まず、 ことであり、そのために具体的に達成 この 戦略の目的は、世界を﹁より安全であるばかりでなくより良いものにする﹂ の尊重を掲げるじ ︵6︶ ﹁人間の尊厳﹂ ︵7︶ すべき目標として、政治経済的自由、他の諸国家との平和的な関係、並びに ﹁封\ ﹁何ものにも代え難い価値﹂を認めるかどうかが、同盟側と敵対側とを分けるメルクマールとなる。また、戦略は、 現在の状況を﹁テロとの戦争﹂と位置づけ、それに対応する具体的な手段として、必要とあれば先制的に自衛権を 663 米国の法政策に対するイエール学派の影響とその批判的検討 り 攻撃を準備 があれば自衛権を行使できるけれども、こうした急迫した危機の概念は、今日の敵 − 行使することを宣言している。戦略によれば、冷戦が終了した一方で、ならず者国家やテロリストが登場し、それ ー に伴って危機の性格が変化した。また、国際法上、現実の攻撃がなくても、﹁急迫した攻撃の危険﹂ するための軍隊の移 動 な ど の能力と目的に適応させられなければならない。彼らは大量破壊丘ハ器を選択可能な手段として捉えており、必要と /川︶ あればそれを使用することを恐れないからであるゥかかる新たな危機に対応するためには、﹁たとえ敵の攻撃の時期 という価値を掲げ、それに同調するかどうかで敵と味 および場所が不明確なままであるとしても﹂先制的に行動することが必要なのである。 この国家安全戦 略 に つ い て 、 何 よ り も ま ず ﹁ 人 間 の 尊 厳 ﹂ 方を分ける考え方に、イエール学派のレトリックを見ることができる。次に先制自衛については、そもそも先制自 衛が国際法上認められるかどうか自体を巡って学説には争いがあるので、先制自衛の権利が国際法上確立している しかしいずれにせよ、戦略の自衛概念は、先制自 という要件を全く無意味にしてしまうものであり、むしろ新たな という認識の当否 自 体 が ま ず 問 わ れ る べ き で あ る か も し れ な い り 衛を肯定する学説が 主 張 し て き た ﹁ 急 迫 の 危 機 ﹂ ︹‖ ︶ 先制行動概念を提唱するものであるといえる。このように現状や目的に照らして法の概念を操作する手法にもまた、 イエール学派の方法論が反映されていると見ることができる。 このような戦略の主張については、イエール学派に対してなされてきた批判がそのまま当てはまるだろう。しか し、にも拘らず注目したいのは、第一に、戦略の主張が、現実の米国の行動に反映されているという事実であるっ 実際に、二〇〇三年三月に開始されたイラク攻撃は、国家安全戦略に表明された先制行動の考え方を実行に移した かかる状況において、米国の行動が国際社会に与える影響は無視できるものではないっ だとすれば問題 ものである。第二に、現在の国際社会において、かつてないほどに米国に権力が一極化しているという現状も指摘 できようじ は、イエール学派的な主張を反映した米国の実行が、国際法にどのような影響をもたらすのか、あるいはもたらさ 二四九 岡 法(533・4)664 二五〇 ないのか、そして批判されるべきであるとすれば、どのように批判するのが適切なのか、ということになろヤ 以上の点を踏まえて、本稿では、まずイエール学派の国際法理論を、法の適用・評価の仕方に着目しつつ概観す る。次に、国家安全戦略の発表、イラク攻撃に至るまでの過程を、国内平面、国際平面の双方に着目しつつ辿る。 最後に、これらの観察に基づいて、国家安全戦略並びにそこに反映されたイエール学派の主義主張を批判的に検討 イエール学派の国際法理論 することを試みる。 一 イエール学派の創始者であるマタドゥーガル、ラスウェルが共同著作を発表し始めたのは、第二次世界大戦の貴 中である。ヨーロッパにおける全体主義、共産主義の台頭を目の当たりにして、彼らの緊急の課題は、民主主義の 価値を擁護することのできる法律家や政策決定者をいかにして育成するかであり、具体的にはロー・スクールのカ ト▲\ 〓 リキュラム再編をどうするかであった。彼らによれば、戟後のロー・スクールに必要なのは、法理論や法技術を機 械的に教えることではない。むしろ必要なのは、﹁民、芋王義の価値を政策に反映することのできる法律家﹂の訓練で ﹁5ノ あり、そのために求められるのは、社会の目的を明確にし、過去の決定と将来の可能性とを考慮し、さらに現実社 ︵PO−icyScience︶ と呼んだ。 会で目的を実現するために必要な科学的知識と技術とを身につけることであっか。こうした総合的な学問体系を、 彼らは政策科学 政策科学の端緒は、第二次大戦以前に、米国のリアリズム法学によって既に開かれていた。リアリズム法学の洞 察は、第一に、法規則は実際の適用に当たって常に具体的な解決策を提示できるわけではない、したがって必然的 に選択の余地を伴う、第二に、選択に当たっては、政治や道徳といった外在的な要素が作用し、結果として法は社 665 米国の法政策に対するイエール学派の影響とその批判的検討 ︵16︶ 全の目的を達成するための道具として用いられているというものである。もっともこうしたリアリズムの洞察は、 法が実際に社会で通用される様を観察することによって得られた、いわば法の描写的な側面でしかなかった。言い 換えれば、リアリズム法学は、法が目的達成の道具として用いられていることを指摘しはするものの、自らその日 ︵18︶ ︵MightmakesRight︶﹂を認めることになりかねず、ひいては全体主義や共産主義の台頭を許 ︵17︶ 的を明確化することはしなかったのである。このように、現状をあるがままに描写しようとするリアリズムの立場 は、﹁力は正義なり するために、リアリズム法学によって得られた洞察を価値体系の中に組み込もうとしたものであったと言える。 ︺. すことにつながると懸念されるようになっていた。マクドゥーガル、ラスウェルらの試みは、こうした欠点を克服 ︵20︶ 政策科学の手法を取り入れたイエール学派の法理論の特徴は、法を、規則の総体としてではなく、継続的な政策 決定プロセスとして捉える点にある。ここには、リアリズムによって提唱された規則懐疑主義が反映されている。 すなわち、規則の内容は常に明確であるわけではなく、規則を参照し決定をなすにあたっては、常に選択という要 素が付きまとう。そもそも何が関連規則であるかというのも実は選択の結果なのである。さらに規則そのものは、 何がより望ましい決定であるかについての手がかりを与えてくれるわけではない。したがって、選択をする場合に は、必然的に法の人道的、道義的、社会的な目的を考慮しなければならないのである。しかしながらこれは、決定 − 民主主義の価値 − を促進 権者が、自らが望ましいと考えるいかなる選択をもなしうるという意味ではない。過去の決定も同様に参照されね ︵21︶ ばならないし、また、なされる決定が、人間の尊厳や自由社会という基本的価値 するという目的に資するものかどうかも考慮されねばならない。こうして、最終的な政策決定に至るまでのプロセ ス全てが、法の営みな の で あ る 。 ︵22︶ こうしてなされる決定は、さらに権威︵authOrity︶と実効性︵cOコtrO−︶とを伴っていなければならない。権威的 であるというのは、誰が決定権者であるか、どのような基準が通用されるのか、どのような手続きに則って決定が 二五一 開 法(533・4)666 一▲一五二 行われるのか、という点についての社会の期待や見込みと実際になされる決定とが一致していることを指す。実効 ︵23︶ 的であるということは、決定権者の意図した結果が、現実の力によって支持され実現されることを指す。言い換え れば、法は﹁権威と力 と の 連 動 体 ﹂ な の で あ る 。 このようなイエール学派の法理論については、法は、政治や道徳からは区別されなければならないという反論が 当然予想される。これに応えてヒギンズは、法と政治は切り離すことができず、むしろそれを正面から認めたうえ で、決定を左右する政治的要素を、﹁系統的に︵systen−atica専︶﹂かつ﹁公然と︵Open−y︶﹂扱うことが重要なのだ ︵24 とする。﹁系統的に﹂というのは、全ての政治的要素を適切に考慮し考量することをいい、﹁公然と﹂というのは、 決定権者自身が政治的要素に正面から取り組むという条件に服していることをいうのだと説明される。このことは ︵25︶ また、最終的になされた選択は、公の検討と議論とに開かれていなければならないということを意味するのである。 このように法概念を構成することは、必然的に学者の役割の見直しへとつながる。すなわち、法は単なる規則の 総体ではないのだから、学者に課せられた役割は、具体的問題に適用可能な規則を発見することに留まらない。マ ︿26 ︵27ノ クドゥーガル、ラスウェルによれば、学問の役割は、﹁実効的な政策の創出および評価に不可欠な、相互に関連する 諸活動の複合体﹂をなしているのである。これは具体的には、H目的の明確化、0傾向の描写、臼決定を条件づけ る要素の分析、佃将来の発展の策定、㈲政策代替案の考案と検討の五つである。こうして、学者であっても、この ような役割を通して、必然的に政策決定過程に関与することになるのである。もっとも学者は、決定権者そのもの からは区別されなければならない。決定権者の関心が権力にあるのに対して、学者の関心は啓蒙にあるからである いわば後者は、オブザーバー的な役割を果たしているのである。オブザーバーの役割は、決定権者が行った選択を とは違うものでなければならない。かかる二墓相の獲得を通して初めて、学者は、決定権老自身が認識することので 正当化することではなくて、それを分析し批判することにあるのだから、彼らが使う一一墓相は、決定権者の使う言語 完誓 667 米国の法政策に対するイエール学派の影響とその批判的検討 ﹁㌍ きない共通価値を 特 定 し 明 確 化 す る こ と が で き る の で あ 聖 以上により、イエール学派の試みは、法を権威と実効性とを伴った継続的な政策決定過程と捉えた上で、実現さ れるべき価値体系の中で、決定を左右する変数を明確化し、分析・評価の基準を明らかにしようとした試みであっ たと位置づけられる。それでは、このような法理論は、現実の国際法実行を分析・評価する際に、どのように用い られるのだろうか。 この点についてまず指摘できるのは、マクドゥーゲル、ラスウェルらの国際社会についての認識が、全体主義の ︵31︶ 拡大および東西の対立する勢力圏の間での核戦争の危機という、二つの危機感に支、ろられていたことである。そこ で、民、干王義の価値を擁護し世界を核戦争の危機から救うためには、﹁人間の尊厳﹂を基礎とする世界公序を促進す ることが不可欠であると考、ろられていたのである。このような認識は、具体的な実行の評価に当たって、世界公序 このこと ︿㍑ノ といういわば集団の価値を個々の価値に優先させるという、非リベラルな立場へとつながることにな脊 を端的に示しているのが、公海上での水爆実験についてのマクドゥーガルの評価である。 3 3 これはもっぱら、広大な危険水域の設定は公海自由の原則 一九五四年に米国がビキニ環礁で行った水爆実験について、マクドゥーガルは、実験に伴って公海上に米国が設 定した広大な危険 水 域 の 設 定 を 擁 護 す る 論 戦 を 張 っ た っ すなわち、海洋法は、単なる規則の総体ではなくて、一方で、ある国家の政策決定者 ︵34し とその帰結としての使用の自由に反するとする、マーゴリスの批判に応えたものであった。マクドゥーグルの主張 は、要旨次のとお り で あ る り が海洋の利用に関する要求をなし、他方で、他の国家や国際機関の政策決定者が、それを世界秩序や対抗する利害 関係に照らして考量・評価し、最終的にそれを受け入れたり拒否したりするという過程そのものである。この過程 例えば大陸棚に対する主張の結果、航行、漁業などの使用が妨げられるけれども、これは領海とは において、航行や漁業の自由と他の要求とを妥協させ調和させるための基準として、﹁合理性﹂の基準が支配的に用 いられてきたっ 二五三 岡 法(533・4)668 二五四 違って限定的な主張であり、合理的であるがゆえに是認されようとしていか。このように考えると、水爆実験のた めの危険水域設定は、確かに一時的に他のものをそこから排除する効果を持つのであるが、これは合理的なもので あるとみなしうる。世界における侵略の危機が増大する中で、こうした主張は、自由社会に属する諸国家が敵に侵 ノ そして、こうした目的と他の国家の航行や漁業に対 略を思いとどまらせるに足る報復的力を欠くことのないよう、また抑止が失敗した場合には自衛のために武器を欠 くことのないように と い う 目 的 の た め に と ら れ た 措 置 で あ る ‖ ー を他の価値に優先させていることに他ならない。そもそもマクドゥーガルらが掲げる価 いのである。したがって、必然的にこのような主観的・悪意的な評価を許すことになってしまうのであ脊 値はあまりに広く設定されている上に、それら諸価値がどのように相互に関連するのかについては説明されていな 防衛のためと称され る ルがいう﹁合理性﹂基準とは、利益衡量の体裁をとってはいるけれども、実際には安全という価値1日出社会の 論するのである=このような実行の評価の仕方には、次の二つの反論が考えられるり第一に、ここでマクドゥーガ こうしてマクトゥーかルは、水爆実験に伴う危険水域の設定を合理的であり、したがって合法なものであると結 する妨害が一時的であるということとを考え合わせると、これは合理的な摺置であるとみなしうるのであか√U 地 法であるかのように扱われている。だとすれば、こうした黙認や是認をあらゆる場合に合理性基準の確認†段とし なす行動について、異議を唱えることのできる国家は限られているだろう。さらに合理的であることはあたかも合 る手段として、他国の黙認や是認が用いられていることである。米国のような強国が安全保障の目的を口実として も、だからといってそれは権利侵害を正当化することにはならないのである。加えて問題なのは、合理性を確認す に対する妨害が一時的であるというのは、政策決定者の目から見れば﹁合理的﹂と評されるのかもしれないけれど を払い、他国の権利に対して自らが負っている義務を考慮に入れていないと批判されうる。他の国家の航行や漁業 諏︻ 第二に、第一の点とも関連して、このような評価の仕方は、政策決定過程におけるクレイムの合理性にのみ注意 「 669 米国の法政策に対するイエール学派の影響とその批判的検討 て用いることは、法に対する力の優位を認めることにつながるであろう。 イエール学派の主張は、﹁人間の尊厳﹂という抽象的に設定された民主主義の価値をいわば絶対視し、その達成の ために法を手段として用いるかのようなものであって、現実には冷戦時代の米国の政策を正当化する抗弁として度々 用いられることになった。もっとも、マクドゥーガル、ラスウェルらの当初の目的が、全体主義に対抗して民主主 義の価値を主張することのできる法律家の育成にあったことを考慮すれば、これは当然の成り行きであったともこ一一日 える。 否、そうともいえない。冷戦は終了したとはい、え、米国はテロリズムという新たな敵 それではイエール学派は、冷戦の終了と共にその使命を終えたのであろうか。これは冷戦時代のショウビニズム に過ぎなかったのだ ろ う か い 以下では、 に直面し、そこにこそ、イエール学派のレトリックの存在意義が再び見出されているように思われるのである。そ れをもっとも如実に表しているのが、二〇〇二年九月の国家安全戦略に示された先制行動概念であるり は、ハイジャックした航空機を標的に目が 章を改めて、国家安全戦略に至る経緯、並びにそこに示された先制行動の概念がイラク攻撃という現実の行動に反 国家安全戦略の構想 ﹁テロとの戦争 ﹂ と 国 家 安 全 戦 略 二 映されるまでの過程 を 辿 っ て み る こ と に し よ う 。 H 二〇〇一年九月一一日に米国を襲ったテロ攻撃︵以下九二一攻撃︶ けて突っ込ませるという前代未聞の方法によるものであり、全世界に大きな衝撃を与えた。翌一二日、ブッシュ米 二五五 岡 法(533・4)670 大統領は、攻撃は 単 な る テ ロ 行 為 で は な く ﹁ 戦 争 行 為 らない。 〓 r調 二五六 ﹁テロとの戦 であったと官言し、同日パウエル米国務長 と述べた。それ以降米国は ︵actsOfwar︶﹂ ∴ [人統領が] 認める国家、組織、あるいは の発生をその要件としているけれども、その主体は国家 に相当するとみなしうるとしても、かかる主体をかくまう行為について、自衛権を発動できるかどうかは別の問題 としている。仮に第一の点について、九二一攻撃の規模に照らして、非国家主体の行為であっても﹁武力攻撃﹂ は疑義が呈されようっ第二に、決議は、テロ攻撃を行った組織や私人を﹁かくまった﹂ものを、自衛権の発動対象 であると解される。したがって組織や私人のような非国家主体を攻撃の主体とし、自衛権の発動要件とすることに 連憲章第五一条は、 自 衛 権 の 行 使 に あ た っ て ﹁ 武 力 攻 撃 ﹂ る。すなわち、第一に、この共同決議は、テロ攻撃?王体について、国家、組織、私人の区別を設けていない。国 このようなテロリズム防止のための広範な武力行使については、既存の国際法規則との間でい︿つかの問題があ 権しているり 国におけるさらなる国際テロリズム行為を行うのを防ぐために、あらゆる必要かつ適切な武力を行使することを授 私人に対して、又はそのような組織あるいは私人をかくまった国家、組織、あるいは私人に対して﹂、それらが合衆 一日に起きたテロ攻撃を計画し、授権し、関与し、あるいは援助したと 際テロ行為を抑止し防止するための行動をとる権限を有するとしている。その上で本文において、決議は、﹁九月一 を保護する権利を行使するための必要性と妥当性とを与えられたとし、大統領は、憲法の下で、合衆国に対する国 七日、両院によって採択された共同決議は、まず、前文で、九・一一攻撃によって、A〓衆国は自衛権および自国民 ﹁テロとの戦争 ﹂ における米国の最初の行動は、九・一一攻撃を行った者に直接に向けられた。攻撃後の九月一 争﹂を掲げて様々な行動をとることになる。国家安全戦略は、こうした一連の流れの中に位置づけてみなければな 官も﹁われわれはこれが戟争であるかのように対応しなければならない﹂ 抑 671米国の法政策に対するイエール学派の影響とその批判的検討 なのである。テロ組織をかくまうだけでは、侵略の定義に関する国連総会決議における侵略行為を構成しない。同 決議第三条㈲は、私人の行為について、﹁[侵略行為に]相当する重大性を有する武力行為を他国に対して実行する 武装した集団、団体、不正規兵、又は傭兵の国家による若しくは国家のための派遣、又はかかる行為に対する国家 の実質的関与﹂を挙げているけれども、この中には、私人をかくまう行為は含まれていないのである。第三に、こ れらの国家、組織、私人が合衆国におけるさらなる国際テロリズム行為を行うのを防ぐというのは、いわば先制自 衛の主張である。先制自衛については、国連憲章上の﹁武力攻撃が発生した場合に﹂という要件に反するとして反 対する学説がある一方で、憲章以前に存在していた慣習法上の自衛権が存続し、慣習法上の要件に従って﹁急迫の 危機﹂ がある場合には自衛の行使が認められるという学説が存在し、未だに決着を見ていない。 このように国際法上聞題のある武力行使概念は、その後国家実行に反映された。テロ攻撃から約一ケ月後の一〇 月七日に、テロ組織のアル・カイーダおよびアフガニスタンの事実上の統治勢力タリバーンに対して開始されたア フガニスタン攻撃に際して、米国代表は、安保理宛ての書簡の中で、国連憲章第五一条にしたがって行動を開始し た旨を通知し、その理由を次のように説明した。すなわち、九・一一攻撃にはタリバーンにより支援されたテロ組 織アル・カイーダが主要な役割を果たしている。そして引き続きアル・カイーダにより引き起こされている脅威は、 アフガニスタンの事実上の統治勢力であるタリバーンが、領域の一部を作戦基地として使用することを許可してい ることによる。ここを拠点として、アル・カイーダは世界中でテロ活動を行うテロリストを支援しているのである。 こうした事実認定に基づき、米国は、九・一一攻撃に応えて、並びに個別的又は集団的自衛の権利に従って、米国 におけるさらなる攻撃を防止し抑止するために行動を開始したのである。さらに米国は、他の組織および他の国家 に関してさらなる自衛権の行使を行う可能性に触れ、またアル・カイーダがアフガニスタンを拠点として世界中で テロ活動を行うテロリスト達を支援していることにも触れている。 二五七 同 法(533▲4)6了2 二五人 このような、アフガニスタン外のテロ組織に関する自衛行動の示唆は、その後﹁ならず者国家﹂﹁大量破壊兵器﹂ と結び付けられることで、国家安全戦略へと結実することになる。 ー l一〇〇二年一月二九日に行った一般教書演説の中で、ブッシュ米大統領は、イラン、北朝鮮、およびイラクとい う、﹁ならず者国家﹂とその同盟者たるテロリストとが、世界の平和を脅かす﹁悪の枢軸﹂を構成すると述べた。も っともこの時点では、これら国家が人嵩破壊兵器を手に入れようとすることで危険を揃いていること、そして彼ら がテロリストにそれら大量破壊兵器を与える可能性が示唆されるに留まっていた。 同年六月一目、ブッシュ大統領は、一般教書演説における認識を元にして、冷戦後の新たな政治ドクトリンを発 行動することであり、この国家は行動するのであると結ばれている。 ガードは適用されないという考え方の反映であるとされていた。これらは、まさに、イエール学派的な政策の反映 柑 援用するようなものだと評しているっ またこれは残虐なテロリストに対する戦争においては、一定の制限やセーフ 規則は二の次であって、まず初めに行動ありき、それから可能であれば、自らの行動を止当化するために国際法を 存の国際法規則や手続きを回避することができる。このような同盟政策のあり方について委員会は、既存の国際法 れている。こうした政策によって、米国は、自国が単独で行動しているという外見を免れることができる一方、既 り、﹁決まった枠組みを持たず、米国の政策に協調しようとするかポぃかによって相手を選別すヮヱものであると許さ ニのような九■一一攻撃後の米国の同盟政策は、二〇〇二年⊥ハ月に英国下院の外交委員会が公表した報告書によ ト テロリストに与える可能性のある場合には、有効ではないり こうして、新たな時代において、安全への唯一の通は 味も持たないり 第二に、封じ込めは、人量破壊兵器を持った不安定な独裁者がそれをミサイルに搭載するか味方の ものだった∪ ドクトリンによれば、第一に、抑止は、守るべき国家や市民を持たないテロリスト組織には、何の意 表した。これは、冷戦時代の抑止と封じ込め政策が、新たな危機に直伸して見直しを迫られていることを表明する 右 673 米国の法政策に対するイエール学派の影響とその批判的検討 であるということができるだろう。 さらに、同年九月二〇日の国家安全戦略は、この政治ドクトリンを、ならず者国家とテロリストに対する先制行 動という法政策にまで具体化したものであると一言える。 国家安全戦略は、冷戦後の新たな危機に対応する手段として先制的に行動する必要性を強調する。特徴的なのは、 差し迫った脅威がなくとも行動をとる可能性が示唆されていることである。戦略によれば、ならず者国家やテロリ ストは、通常の手段を用いて行動しない代わりに、テロ行為や大量破壊兵器の使用に細る。冷戦期には、大量破壊 兵器は最後の手段であり、諸国家はかかる手段に訴えることを回避しようとする傾向にあった。ところが、現在の 敵であるならず者国家やテロリストは、人量破壊共器をむしろ選択可能な手段の一つとして捉えており、必要とあ ︹鱒㌧ ればそれを使用することを恐れない。かかる危機の前には、行動を起こさないことのりスクは大きくなる。ゆえに、 自らを守るためには、﹁たとえ敵の攻撃の時期及び場所が不明確なままであるとしても﹂行動をとることが重要であ その上で、本文においては、イラクにより引き起こされている継続的な脅威に対して米国の国家の安全を守 二五九 がそれを大統領に対して授権したのは憲法違反であるという疑義が提出され、民主党議員らが裁判所に申し立てを 領に授権されている。なお、この決議については、戦争を宣言する権限は憲法により議会に与、ろられており、議会 るため、または、イラクに関する全ての安保理決議を執行するため、必要かつ適切な軍事力を使用する権限が大統 いるU べ、さらに、イラク政権は他国及び自凶人民に対して大量破壊丘ハ器を使用する能力と意思を有していると主張して て国連査察官の活動を妨害してきたことが、米国の国家の安全及び国際の平和と安全に脅威をもたらしていると述 家安全戦略をイラクという特定の国家へ適用したものである。この決議は、前文で、イラクが安保理決議に違反し 戦略発表後まもない一〇月に連邦議会によって採択された、大統領に対するイラクへの武力行使授権決議は、国 リ、﹁かかる敵対行為を出し抜きそれを防ぐために、必要とあれば、合衆国は先制的に行動すか﹂のである。 訓 開 法(533・4)674 二六〇 ﹁52 行った。もっとも裁判所はこれを政治問題の法理によって退け、合憲性の問題に踏み込むことをしなかった。 以上の経緯から概観されるように、武力行使授権決議時点でのイラクに関する米国の政策は、一方でイラクが安 保理決議に反して国連の査察を受け入れてこなかったことを以って、国際の平和と安全を脅かすものであるとみな すと共に、他方で同じ行為が米国自身の安全にとっても脅威であるとみなし、後者についても武力行使の可能性を 示唆するものであった∵言い換えれば、安保理決議の履行確保のための武力行使ばかりでなく、イラクに対する先 制行動もまた、留保されていたのである。そして、イラクが﹁悪の枢軸﹂国家であると認定されていること、﹁イラ クたより引き起こされている継続的な脅威﹂という痍然とした脅威に対して武力行使が授権されていること、アル・ カイーダがイラク国内におり、またイラクは他のテロ組織を支援しかくまっているという現状認識が述べられてい ることを考慮すると、この武力行使概念は、国家安全戦略において主張されているような先制行動に相当するもの であるといえよう。 もっともその後のイラクに対する査察の再開という事態を受けて、国際場裏での議論の小心は、安保理決議の遵 守確保問題に移っていくように見える。それでは、その中で米国の先制行動に関する法政策はどのように変化した イラク攻撃にお け る 米 国 の 法 政 策 のか、あるいはしな か っ た の か 。 以 下 検 討 し て み よ う 。 0 ︵以下UNMOVIC︶、国際原子力機関 ︵以下IAEA︶、及びイラクの間で行わ 重大な違反を犯し続けてきていると認定する一方、イラクに対して軍縮義務を遵守するための最後の機会を与える ︹51︶ れた査察再開に関連する会合の基本合意を受けたものであった。決議は、イラクが関連する諸決議の下での義務の 事前に国連監視検証 査 察 委 員 会 二〇〇二年一一月八目の安保理決議一四四一は、イラクに対する査察の再開に向けての転機となった。これは、 53 675 米国の法政策に対するイエール学派の影響とその批判的検討 ことを決定している。具体的には、二つの義務が設定されている。一つは、イラクの軍縮義務の提出計画であり、 イラクは、この決議の目付から三〇日以内にUNMOVIC、IAEA、安保理に対して、軍縮計画についての正 ﹁さらなる 確、十分、かつ完全な宣言を行う義務を有すると決定されている。さらに、その宣言に虚偽の申告や削除があった 場合、またはこの決議の遵守あるいは遵守についての完全な協力がなされなかった場合には、それらが 重大な違反﹂を構成するとされている。もう一つは、査察受け入れ義務であり、イラクはUNMOVIC及びIA EAに対し、関連施設への、即時、無妨害、無条件かつ無制限なアクセスを認めるべきであることが決定され、査 に直面するであろうことを想起している。 察は決議採択から四五日以内に開始されることが指示されている。さらに決議は、イラクがさらに義務違反を行い 続ければ、﹁深刻な結果﹂ 全会一致で採択されたこの決議は、実質的にイラクに対する最後通牒に等しいものである一方、イラクの義務違 反が招くであろう﹁深刻な結果﹂ が何を意味するのかを巡って安保理理事国の間でも一致が見られず、その後の安 保理内での亀裂を招く二囚ともなった。ここで留意すべきは、決議一四四一に示された義務をイラクが十分に履行 していないという点について、当事者の認識は一致していたという点である。実際に、決議に示されたスケジュー ルに従って一二月七日にイラクにより提出された軍縮計画義務の印象について、UNMOVICのブリックス議長 二︺ は、禁止されている兵器の開発計画について、新たな重要な情報はそれほど提供されておらず、また新たな文書や 証拠が提出されたわけではないという印象を述べていた。パウエル米国務長官は、イラクの宣言における系統だっ ︹舗一 た欠落は、偶然の見落としではなく実質的な削除であり、決議一四凶一にいう﹁さらなる重大な違反﹂を構成する、 と表明した。したがって対立点となったのは、かかるイラクの義務違反にどのように応えるべきかであった。 対立は深刻を極めた。一方で、軍事行動に反対する側は、大量破壊兵器の存在は確定的でないとして、査察の強 化を主張した。ブリックス議長やIAEAのエル・バラディ議長は、査察が一定の成果を挙げていることを強調し、 二六一 開 法(533・4)676 二六二 イラクが禁止兵器を保有Lているかどうかについては即時に確定的に答えることはできず、さらなる時間が必要で 二月一E口のブリ あると主張した。二〇〇三年一月二七日の安保理のブリーフィングにおいて、ブリックス議長は、イラク当局が、 ︵57︺ 少なくとも関連施設へのアクセスの認可という手続き面において協力していることを評価したり ックス報告書は、イラクが、アル・サモンドニ型ミサイルの変形版であって安保理決議六八七で禁止されている一 五〇キロメートル以上の射程酢牡を持つものを保有していることを確認する一方、かかるミサイルに搭載される人 巌破壊丘ハ器の存在可能性については、確定的に答えられないとしていか。さらに三月七日のブリックス報告書は、 一月末からイラクの態度に改善が見られることを指摘し、実際アル・サモンド二型ミサイルが国連の監視下で解体 されていると述べて、軍縮が実際に行われつつあると、‡張している。 榊 他方で、米英両国は、これらの報告に満足せず、イラクが大量破壊兵器を隠し持っているということを、独自に 証明しようと試み始めた。英政府ほ、二〇〇二年九月に既に、﹃イラクの人量破壊兵器﹄と超された文書を発左して、 その中で、﹁イラクの軍隊は命令があれば四五分で化学兵器あるいは生物兵器を配備できる﹂という見解を示してい と題された文吉を発表し、イラクがいか もっともこの二月三日文書は、直後に割窃であ たが、二〇〇三年二月三日にさらに ﹃イラク︰隠匿、欺瞞、脅迫の構造﹄ ‖ にして国連の査察を回避Lようとしているかを証明しようとしたり ることが発覚し、撤回された。またパウエル米国務長官は、二月五じに安保理において報告を行い、亡命者の証言 ︹眉 や衛星の映像を使って、イラクが大量破壊兵器を隠L持っており、査察を逃れるためにそれを移動させていると主 張した。もっともこうした努力は反対側を説得するには至らなかった。 ﹁一斗 このような状況の打開策として浮上したのが、﹁第二の決議﹂構想である。二月二四日に、米、英、スペインは新 たな安保理決議案を回覧した。決議案は、前文で、イラクが一連の安保理決議に違反していることに触れ、これが 第七章下での行動であるとLた上で、本文では、イラクが決議一川四一によって与えられた最後の機会を利用しな 67了 米国の法政策に対するイエール学派の影響とその批判的検討 かったと決定し、この問題を引き続き議題とすると決定するだけの、簡素なものだった。提案国の英政府によれば、 イラクに対する軍事行動に対する法的根拠は既に一連の決議によって与えられており、この決議はあくまで武力行 6 6 ︵65︶ 便の政治的な正当性を得るためのものであったけれども、他方でこれを実質的な武力行使授権決議であるとする見 解もあった。いずれにせよ、この決議案は事態を打開するには至らなかった。同二四日にロシア、ドイツ、フラン てh∵ スの三ケ国は共同覚書を発表し、その中で、武力行便のための要件は尽くされていないとし、イラクの軍縮は査察 ︵︶ により達成されるべきであることを強調した。さらにこの三ケ国は、三月五Llに外務大臣による共同声明を発表し、 査察が一定の成果を挙げていると述べ、提案されている決議の採択を阻止するため、ロシア及びフランスが拒否権 を行使することを示唆した。三月一〇日には、シラク仏大統領が、テレビインタビューの中で、状況がいかなるも のであれフランスは決議案に反対票を投じると述べ、決議案の不採択はほぼ確実になっかじ かかる状況の下、決議の採択は不可能と判断した米、英、スペインの三ケ国は、決議案を撤回し、さらに三月一 ための厳粛な義務を履行するという声明を発表しかcこれは実質的に国連の枠の外で行動するという意思の表明で 六日には三ケ同首脳がポルトガル領アゾレス島で会談を行って、イラク人民が新たなイラクを建設するのを助ける ︿Tl二 あり、また軍事行動が、イラクの体制変更を含むことを示唆するものだった。翌一七日にブッシュ大統領は、サダ ム・フセインとその息子らに対し、四八時間以内にイラクを立ち去るよう通告した。これが即時に却下されると、 大統領は一九日に戦争開始を青まHし、戦闘が始まった。 それではこの武力行使の止当化はいかに主張されたのか。米国の先制行動の主張は維持されたのだろうか。この 点につきまず指摘できるのは、米国以外で武力行使の合法性を主張した国家は、安保理決議によって武力行使が授 権されているという議論のみに依拠しているということである。言い換えれば、他国は、自衛の行使に訴えなかっ たのである。実際、攻撃当初から軍事行動の主要な参加国であった英国及びオーストラリアは、攻撃開始に際して 二﹂ハ三 開 法(533・4)678 二六四 r7 安保理議長に宛てた書簡において、それぞれ自国の行動を一連の安保理決議によって正当化していたし米、英と協 調行動を取り続けてきたスペインも、攻撃開始直前の安保理内の議論で、武力行使の法的根拠が一連の決議により ︼肝 ︹7﹁ご 与えられていることを主張した。さらに米国自身も、安保理宛ての書簡の前半において、やはり決議による授権を その要 援用した。このような決議に基づく正当化は、イラク攻撃に先立って、米国の行動に同調するかどうかを問う動議 ︹75い が英国議会に提出された際、政府見解として発表された法務長官の意見にもっとも詳細に述べられているり 旨は、第一に、安保理決議六八七は停戦の前提条件として、イラクに対し軍縮の義務を課しているけれども、イラ クがこの義務に反したことによって停戦の基礎が失われ、決議六七八における武力行使の授権が復活する、第l一に、 武力行使に関して新たな決議は必要ではなく、決議一四四一は新たな決議を求めるものとは解されない、というも のであった。 かかる主張については、いくつかの反論が可能である。第一に、決議六八七の義務違反によって停戦の基礎が失 われるという主張は、条約の重大な違反があった場合の条約の全部または一部の運用の停止という条約法の原則を 類推したものと解されるけれども、決議と条約とを同一視することはできず、かかる粕推は適当ではない。安保理 決議は国家の同意にかかわりなく課されるものであって、対等な当事者間の同意を基礎とする条約とは性質を異に するからである。確かに停戦状態は、安保理決議によってイラクと他の国家との間に作りだされているけれども、 それはイラクと他の国家との同意によってもたらされたものではないのである。第二に、仮に停戦の基礎が失われ るとしても、決議六七八における武力行使の授権は、主張されているような軍縮義務の遵守の確保とは関係がない ということができる。そもそも決議六七八は、イラクの占領からクウェートを解放するための武力行使を授権して いるのであって、彼の決議によって課されることになる軍縮義務の遵守の確保を念頭においていないからである。 第三に、軍縮義務の遵守の確保のための武力行使が仮に認められるとしても、いずれにせよそれは体制変更を正当 679 米国の法政策に対するイエール学派の影響とその批判的検討 化するものではない。英国とオーストラリアは、安保理宛の書簡の中で、自国の行動が軍縮義務の遵守を確保する すなわ ために必要最小限のものであるべきことを認めているのだから、同一の行為によって体詣り変更を行うことは、信義 誠実の原則に反するともいえよう。実際にこのことは、英国ブレア首相自身も議会発言の中で認めている′∪ ち、米国の行動に同調するかどうかについて政府が動議を提出した際、議会での投票に先立ってブレア首相は、体 制変更を武力行使の正当化理由としてあげてこなかった理由について、﹁われわれは、法的根拠としての[一連の安 保理決議] に設定された文言の範囲内で行動しなければならない﹂からであると述べた。これは、体制変更の法的 根拠が、決議によって与えられていないことを明示に認めたものである。もっともブレア首相は、フセイン政権の 残虐性を目の当たりにして体制変更なしに軍事行動を終えることはできないと述べて、あくまで法的根拠とは無関 係に、体制変更を行う意志を示していた。 他方で米国は、独白に、先制行動の主張とも見られる正当化も行っている。安保理宛ての書簡の後半部分では、 軍事行動は、これまでイラクが外交交渉や経済制裁、その他の平和的手段に応えてこなかったことに対する適切な 反応であり、これは、イラクにより引き起こされている脅威から米国および国際社会を守るため、また地域の国際 の平和と安全を回復するために必要な措置であるとの説明がなされている。米国はもはや国連憲章第五一条を援用 していないり したがって、﹁自衛権の行使に当たって加盟国がとった措置﹂の安保理への報告であると見なすことは できない。しかしながら、この主張にいう、﹁イラクにより引き起こされている脅威から米国および国際社会を守る ための措置﹂は、先に見た二〇〇二年一〇月の大統領に対する武力行使授権決議に対応しており、したがって国家 安全戦略を軸とする先制行動の概念が反映されているということができる。このことは、米政府の国内向けの武力 ㌫=︺ 行使の正当化を見ることによっていっそう明らかになる。実際、攻撃開始直前の三月l七日に国民に宛てて行った 演説の中で、ブッシュ大統領は、軍事行動は、イラクの援助により化学・生物兵器を手に入れたテロリストがそれ 二六五 同 法(533・4)680 二六六 ら兵器を便川する危険を取り除くための行動であると説明し、さらに、合衆国は自らの国家の安全を確保するため 武力を行使する権限を有し、そのための義務は最高司令官としての大統領に課されている、と主張していた。また 大統領は、三月ニー日に、両院議長に対して、イラクによって引き起こされている脅威に対し、外交努力によって はもはや国家の安全を保護することができず、最高司令官としての権限、並びに武力行使授権決議に従って軍事行 、 動を開始したことを通知しかcこの時点で大量破壊兵器の存在はまだ立証されていないCにも拘らず、テロリスト がそれらを手に人れる危険を取り除くために、またイラクによって引き起こされている脅威に対して軍事行動を起 こすということは、まさに国家安全戦略に示された先制行動の概念を反映したものであるといえるだろう。 こうして、国家安全戦略の先制行動の考え方は、現実の実行に反映されたのである。もっとも米国は、国内向け にこそこうした先制行動の必要性を強調したものの、安保理宛ての書簡においては暖味な脅威に言及するのみで、 国際法平面における明確な正当化を行わなかった。事実このような広範な先制行動を止当化する規範は見当たらな いであろう。しかし留意すべきは、米国がむしろかかる先制行動を新たな主張としてなしているということであるh であるなら そして、この事例が明らかにしているのほ、米国が、必要とあれば先制行動に訴えることも辞さないという政策を 一貫してとり続けてきていることであり、今後もこうした姿勢を崩さないであろうということである㌧ ば、そのことが国際法にとってどのような影響を与えるのかについて検討することが必要であろう。 三 国家安全戟略の批判的検討 日 学説の検討 前章で見たように、国家安全戦略は、先制行動を正当化するに当たってもはや既存の法規別に依拠しておらず、 681米国の法政策に対するイエール学派の影響とその批判的検討 むしろ新たなクレイムとしての性格を持つものであったっ 際法に対してどのような影響を及ぼすかである。 問題はこうしたクレイムがどのように評価され、また国 また、米国の政策決定に携わった経験のある の観点からも、このように広範な先制行動のクレイムは 学説の評価は、概ね否定的である。ミヒヤエル・ボーテは、既存の規則に照らして、国家安全戦略を正当化する 根拠は一切ないとして、さらにあるべき法︵訂ふヨさ早 9 7 必然的に権限濫用を招くことになるので望ましくない、と結論する︹ リチャード・ガードナーやミリアム・シャビロも、一定の先制行動の必要性を認めつつ、国家安全戦略に示された ようなクレイムは、他の国家に同様の行動に訴える口実を与えることになり、相互性の観点から望ましくないと結 論する。 確かに、相互性の観点から望ましくない主張については、他の国家はそれに追随しない可能件が高くなる。した がって、新たなクレイムが新たな法に結実する可能性は低くなるということができるかもしれない。実際、イラク 攻撃に当たって、他の国家は先制行動概念を用いていないのである。 しかしながら他方で、アフガニスタン攻撃の際の自衛権の主張については、他の国家がこれを黙認あるいは追随 したという評価がなされていることにも留意しなければならない。例えばマイケル・バイヤースは、アフガニスタ ンの例を成功した法創造の例であるとし、成功の決め手は、アル・カイーダとタリバーンとを結びつけたことであ ︵机︶ るとする。Lたがって、テロリストを支援してもか︿まってもいない国家に対しては、自衛権が発動されないこと が保証されたため、他国はこのクレイムを受け入れ、その結果として自衛権概念は、国家主導のテロリズムに対す ︵氾︶ る先制自衛を含むように拡大されたのである。また、クリスティヌ・グレイほ、より憤垂にではあるが、かつて多 くの国家は、先制自衛の法理に対して疑問を抱いていたけれども、アフガニスタン攻撃に際しては、これを認めて へ犯︶ いるとしている。他方で、マルセロ・コーエンは、冷戦後、それまで米国の政策に異議を咽えていた国家はもはや 二六七 開 法(533・4)682 二六八 異議を唱えなくなったということを認めつつ、それは必ずしも黙認を意味するわけではないとする。例えばアフガ Of︶﹂と述べたことは、法的な意味での黙認とはならず、したがって法の拡大にはつながらないと主張する。 ニスタン攻撃に際して安保理議長が﹁理事会メンバーは、米国と英国によってなされた報告を歓迎した︵w。r。ap甥。i。tiく。 ′肌︶ それでは、アフガニスタンにおける自衛主張とイラクにおける先制行動主張とが国際法に及ぼす影響の違いは、 単に他国の態度によってのみ決まるのであろうか“それでは相互性の観点から望ましくないクレイムについても、 もし他の国家が追随すれば、新たな法に結実するのだろうか︹J こうした評価の仕方の根底にある問題は、まさにイエール学派の問題点と共通する。新たなクレイムとそれに対 する黙認や追随とによって新たな法が発展するという法の捉え方は、まさにイエール学派のそれだからである。し かし既に述べたように、このような法発展のモデルは、権利の要求にのみ着日し、権利要求をなす同家が他の国家 に対して負っている義務という観点を欠くものである。法規則が変化するということは、権利に伴い義務もまた変 だとすれば、このように黙認・追随という 化するということである。その点に対する配慮を欠くイエール学派の法モデルは、国際社会の現状に照らしてみれ ば、いわば法に対する力の優位を認めることにつながるものであった﹂ 安素を扱うことは、いわば彼らの法発展モデルを無自覚に取り入れることであり、したがって、イエール学派的な 主義主張を反映した実行を批判的に評価するための手段とはなりえないのである。確かにコーエンのいうように、 黙認の要件を狭く解することで、不要に法が変化・拡大したとみなされてしまう事態を防ぐことができるかもしれ ない。しかしながら、たとえそうだとしても、﹁政治的な意図があって黙っていること﹂と﹁法的な同意を意味する 黙認﹂との境界はどのようにして引かれるのだろうか。﹁歓迎すると述べること﹂が法的な意味での黙認を意味しな いのに、なぜ、﹁何も述べないこと﹂が法的な黙認になるのか。そもそも黙認の本質は、異議を唱えないことという ﹁外見的行為﹂にあるのだから、﹁内面的意図﹂は問題とされないはずである。コーエンの主張には限界があるとい 683 米国の法政策に対するイエール学派の影響とその批判的検ii寸 わぎるを得ないり それでは、こうした法発展のモデルを採用しないとして、これらの実行はどのように分析し評価されるべきなの だろうか。政策科学が法を規則でなくプロセスとして捉える理由の一つは、規則は過去の決定の蓄積であり、それ ︵和 を支える文脈が変わってもなお規則に依拠することは、国際法が今日の問題に応えることができないということを 意味し、ひいてはそれを理由として従われなくなるということであった。テロリズムや大量破壊兵器の問題が、今 日の国際法にとって大きな課題であることについて、異議を唱える者はいないだろう。この上うな状況において、 既存の規則はもはや意味を持たないのであろうか。 この点について検討する手がかりとなるのは、アフガニスタン攻撃における諸国の自衛概念に対する態度を比較 検討することであるように思われる。このとき米国によって用いられた自衛権の概念は、先に見たように国家安全 戦略の先制行動へとつながりうる広範なものであった。他方で、同様に作戦に参加した英国も自衛権を援用してい るけれども、それは米国よりも狭いものでありかつ慣習法上の自衛権であるとされている。さらに英国は、国家安 全戦略についても検討を加えており、この中で述べられているような危険があるとしても、自国の日衛概念を変更 する必要はないと述べているのである。言い換えれば、英国は、社会の状況が変わったことを認めたうえで、法を ︵鋪︶ 自衛権の発動対象は、米英共に、アル・カイ 変更する必要性を認めていないのである。以下では、こうした認識を手がかりに英行を検討することで、国家安全 実行の検討 戟略における先制行動概念を批判的に検討する視点を探ることにする。 口 アフガニスタン攻撃の際の自衛概念を、もう一度想起してみよう∪ −ダのテロリストキャンプとタリバーン政権の軍事施設の両方であった。米国の安保理宛書簡によれば、九・一一 一⊥ハ九 開 法(533・4)684 二七〇 ︵f亡rtherattacksOntheUnitedStates︶ 攻撃の首謀者は、アル・カイーダであり、タリバーンはそれを支援し領域使用を認める立場にあった。また自衛権 の目的は、攻撃への対応と、米国に対するさらなる攻撃 することであった︹ これは第一に、テロ攻撃を行った非国家主体とそれを支援しかくまう組織の双方に対して自衛 権を行使することであると共に、第二に、それらに対して先制自衛を行使することでもある。さらにこうした事情 に加えて、米国は、他の組織および他の国家に関してさらなる自衛権の行使を行う可能性に触れ、またアル・カイ ーダがアフガニスタンを拠点とLて世界中でテロ活動を行うテロリスト達を支援していることにも触れている。 他方で英国は、安保理宛書簡の中で、自国の軍隊の配備を、個別的及び集団的自衛の権利として、テロ攻撃に続 紺︶ を防ぎかつ抑止 き、かつ同一の淵源 ︵sOurCe︶ からの継続的な攻撃を防ぐためのものであると主張した。英国はまた、翌八日にも 書簡を送り、自国政府が到達した結論として、〓オサマ・ビンニフティンと彼が率いるアル・カイーダとが、二〇 〇一年九月一一目の惨事を計画し実行したこと、nオサマ・ビンエフディンおよびアル・カイーダは、さらなる惨 事を引き起こす意思と資源とを有していること、0共国と英国民が潜在的な標的であること、佃オサマ■ビンエフ ディンがこれら行動を起こすことができたのは、タリバーン政権と協力関係にあったからであることの四つをあげ たり 両国の主張に共通するのは、アル・カイーダという非国家主体と、タリバーンといういわばそれを支援しかくま う主体の両方に対して、先制自衛が主張されているということである。テロ組織をかくまう行為について、それだ けでは、侵略の定義には当てはまらないことは先に述べた。しかし、この点については、第一に、英国政府が、ア ル・カイーダが九二一攻撃を計画し実行したということが明らかになった時点で、タリバーン政権にビンエフデ ㈹︶ が認められると言え ィンをかくまうか引き渡すかを決定する時間を与えたと述べていることが参考になる。引渡しを求められてそれに 応じないのは、単に私人をかくまう行為であるのではなく、その行為に対する﹁国家の関与﹂ 685 米国の法政策に対するイエール学派の影響とその批判的検討 ′90︶ ハ 別 るだろう。第二に、安保理決議一三六八が既に、テロ行為の実行者、組織名、支援者を援助し、支援し、かくまう ︵92 行為についても責任を課すと述べており、またEU諸国もそれを根拠として、米国の先制行動の正当化を認めてい ることも指摘に値するだろうロ それではアル・カイーダというテロ行為の ﹁淵源﹂に対する先制自衛はどのように位置づけられるのか。この点 について指摘できるのは、二〇〇二年九月二五日の外務委員会においてストロー英外相が、アフガニスタン攻撃は カロライン号事件を先例とする慣習法上の自衛権であったと述べていることであかりここでウェブスターによって 示されている自衛の必要とは、﹁目前に差し迫った重大な自衛の必要があり、手段の選択の余地なく、熟慮の必要も 射㌧ なかったこと﹂ であり、これは慣習法上の自衛権の要件とされてきた。カロライン号事件に示されている自衛の必 要が、領域侵害を正当化するものであったということは、既にいくつかの研究によって示されている。もとより こうした憲章以前の自衛の概念が戦争の違法化を経て憲章後にどのように存続しているのかについては、別個さら なる検討を要するであろう。しかし重要なのは、第一に英国があくまで法の枠内で自衛を主張していることであり、 第二に英国のいう慣習法上の自衛は、他の国家の領域内でなされるものであって、必然的に他の国家との関係にお ける正当化を伴っているということである。 これに対して、米国の主張する先制自衛の中身は、﹁自国領域に対するさらなる攻撃を防ぐための﹂ものである‖ 英国の主張する先制自衛が、領域を支配する主体の協力が得られない中で、同一の淵源から継続してなされる攻撃 を防ぐための行為という限定的なものであったのに対して、ここで米国の主張する先制自衛は、自国の利益の擁護 先制的に行動する という観点からのみなされるものであって、もはや発動される主体や場所を限定していない。他の国家が認めてい るのは、このような広範な主張でないことは明らかである。 国家安全戟略上の先制行動概念は、こうした自衛概念の延長線上にあるということができるゥ 二七一 同 法(53−3・4)686 二七二 というばかりでなく、他の国家の権利侵害の正当化の必要を認めていないのである。外交委員会は、このような米 国の国家安全戦略に示された先制自衛の概念について、米国の国家安全戦略に示された新たな危機は広く認められ ているとしても、自衛権の拡大は国際法に重大かつ潜在的に危険な結果を及ぼすとしていた。また、英国政府は、 国際法上、攻撃が急迫しているときにも先制的に自衛権を行使しうるし、これは通常の危機ばかりでなくテロリズ しかしながら、こうした ムからの急迫した危機にも適用しうるとしつつ、米国の国家安全戦略の発表後も自国の政策を再検討する必要はな ﹁師 いとしていたのである。こうした英国の主張の前提は、あくまで、カロライン号事件を先例とした慣習法上の自衛 概念が憲章後も存続しているというものであって、それ自体争いがあるのは確かであるし 慣習法の主張は、国連憲章が武力行催を全面的に禁止した一方で、その禁止を免れた自衛権という性格を持ってお り、その意味で国連憲章の枠組みの中で捉えられるものである。これに対して、国家安全戦略の先制行動概念は、 こうした枠組みを無視するものであり、国連憲章上の武力行使禁止の意義自体を失わせてしまうものであろう.新 たなクレイムに伴う法の発展をいう場合には、今一度その主張をこのような国連憲章の枠組みの中に位置づけてみ なければならないのであるい おわりに ㌧ ︵afutureヨakingmachine︶﹂と称し、﹁安定化装置 ︵astabi−iNiコgmeChanism︶﹂ 二〇〇三年のイラク攻撃最中の四月上旬に行われた米国国際法学会において、フィリップ・アロソトは、米国の 法概念を﹁将来を作り出す機械 である欧州の法概念と対比させた。すなわち後者にとって法は、過去の蓄積の上に成り立つものであるのに対して、 前者にとっては、将来へ向けられた道具なのである。 687 米国の法政策に対するイエール学派の影響とその批判的検定寸 マクドゥーガル、ラスウユルによって提唱されたイエール学派の法概念は、まさにこうした米国流の伝統の中に 位置づけることで理解される。彼らによれば、法は継続的な政策決定過程であり、そして国際法は、こうした政策 決定過程が﹁合理性﹂規準によって調整され、生成発展してゆく過程なのである。もっとも実際には、こうした合 理性基準は、民主主義の価値を擁護するためというじ実S下、安全保障の価値を他の価値に優先させるものでしか なかった。国家安全戦略も、こうしたイエール学派的な法概念の延長線上に位置するものと見ることができる。 国家安全戦略は、既存の権利の拡大主張というより、むしろ新たな主張という性格を有するものであった。この 点について学説は、このような広範な権利主張には概ね慎重な態度をとっていた。他方で、新たな権利主張には、 黙認・追随があるかどうかでその国際法上の影響を図ろうとするのも、学説の共通の特徴である。しかし、このよ うな法発展のモデルは、権利の要求にのみ着目し、権利要求をなす国家が他の国家に対して負っている義務という こうした問題 観点を欠くものであって、まさにイエール学派のそれに他ならない。このようなモデルは、イエール学派的な主義 主張を反映した国家安全戦略のような実行を批判的に評価するための手段とはなりえないのであるヘリ 点を克服するためには、新たなクレイムと主張されるものを、それが位置する文脈の中に位置づけてみなければな らない。それはまた、規則の違反とそれに対する黙認とによって法が発展するという単線的なモデルを見直すこと になるだろう。 イエール学派もしくはその影響を受けた学者の著作は多数に上るが、その某本概念を知るためには、何よりも、マクドゥー ガル、ラスウェルらによる共同作業を参照することが有用である。See−H.D.Lasswe−−andM.McDO亡讐−∴Le讐−EducatiOn ︵1︶ ↓he ldentificatiOn and Appraisa−OfDiくerSe Sys︵ems Of PubHc Order∴hereinafter−Diくer紹Sys︻e∃]、∽山ゝ鳶昇§ a邑PubHcPO−icy∴hereinafterlLe笥lEducatiOn]㌫N憲訂トき1甘毒害二−票望Nコ︺︰M.McDOtlga︻aコdH.D.Lasswe−r 旨§萱言予ぎざ喜誉喜こど三−漂豆−⋮M.McDOuga−︼H一D.Lasswe〓︼andW.M.Reisヨan∵TheOriesAbOuこnternatiOna− 二七三 開 法(53、3・4)688 ︵2︶ 一3︶ ︵4︶ ︵5 二七四 員、ミ軍書ぎ喜、卜賢二−芸望−琴難解な用語法で知られるイエール学派の概念を、簡潔かつ適切に紹介したものとして、see﹀ Law︰PrO−OguetCaCC〓figurati完Jurisprudcncc∴hereinafter︼TheOriesAb2tlnte∃at小○コa一Law]定て茸百計き§要 R.Fa宗㍉︷astiコgt訂Spe〓︰TheNewHa完コSch00−OflnterコatiOコa−﹁aw∵−≡∴詩話﹂打苓ゝ遥S昌二−芸ひこ芸−︰G﹂.H. R.Higgins㌦ざg茎:杓き宰琵.⊥ぎぎさ注ぎ買ごど≒ら更ござ幸二爵こみP二−若草イエール学派の批判的な紹介として、see− くaコHO阜細孔緊註軋長、、買S芸ヽ︹孜鼠∼ミ箪更訂喜∼卜≧二−芸箪especia寺︶︹Fapterい.なお、米国法軒学の全体の潮流とそ るnR取近の紹介では、イエール学派を同じ冷戦時代のソヴィエト法学と対比させて論じた1.ScObbie一れSOヨeCOmmOnHeresies こにおけるイエール学派の位置づけを知る⊥で、N.Du各ury㌦gぎま亀b要乱雲こを富まぎ蒜−諾望は極めて有益であ Fa声蒜叫㌣at−芸?00一もっとも、イエール学派の理論は、その後の米国の他の理論に影響を及ぼしたという評価もある〝 abOut︻コ︷erコa︷iOコa−Law︰SuコdryThe雪etica−Perspecti完S∴iコM.E畠nS︵edしⅦ、ミ屯⊇已叫富已卜白岩︵NO岩︶諾があるり Fa−k∵ひ∼軋.一at−深戸Seee一g.一A.Dさ︼l︼atO▼−ThelコくaSiOコ已PaコaヨaWaSaLawfu−Resp〇コSe︷○↓yraココ︶1∵芝b言q3.≧︶∼ R﹂.Beck−A.C.Arend−a邑R.D.く.Lugt﹂已S象を賀こぎ訂︵−若草at〓N. Uu舛bury一S−岳貞=言te−Ⅶat−芸・↓一NON. ゝミニミ、こ\、、、羊こミ、㌣、ミ、㌣、軍二蓬ここ亭 当∼凡>ぎぎ、乳5宗︻ミ.甘5へ岩厨l■鼠忘m︹ざぎ札短へ∼訂:∼﹁﹄≡空、㌣ミN︵︶Sept一N茎NこhereiコafterLぎへぎ∼ミ哲c∼S.ヂ旨象垂■∵ トひ牛乳.−at−. a畠i訂b−eat∧http︰\\www.whi︻ehCuSe.gCV\コSC\コSS.htヨー.∨ 、賢札.−atい. ︵6︶ ︵7︶ P ヽ賢q.−at良一 議註.﹀at−㌢ 諸説.、at ︵′8︶ ︵9一 ∴川 のようなaコ ︵ i c す a t O r y aCti呂と区別して、preempti完aCti〇nという概念を用いているり これはいわば、危険が生じる前に ‖、 慣習法上の自衛櫛として士張されてきた先制自衛の概念は、通常an︵icipatOr︶1se軍defenseとされるが、国家安全戦略はこ その芽を摘んでしまおうという考え方で、本来的なn街という概念を越、生しいる。学説の中には、このさブな行勤概念をpree∃p︷山ve Hussei コ ︰ S e ︹ u r i t ︶ 1 C O u コ C i ︻ M a n d a t e and Preempti<n Se宇Defense。−当\ご莞、詩聖−甘弓莞\鼠、ミ箪喜き喜、卜聖二N葺︰ニ se宇defeコSeとしてH衛の範暗に含めているかのようなものもあるけれども︵seee.g.−ローWedgw00d∴TheFa〓已Saddaヨ Ul謡︶、本稿でほ、自衛と区別する意味で、国家妄全戦略が想定している行動を先制行動と呼ぶことにする。 689 米国の法政策に対するイエール学派の影響とその批判的検討 ニ. こうした問題に対する取り組みとしては、既に、M.00yersandG.N各e︵eds■二ざ落札哲蚤こ厨蔓萱卓聖註罫ユダ要旨ぎ UnitedStatesaftertheendOftheCO−dWarニーコditsimpact at N缶. N畠. OコinternatiOna〓aw∵蒙㌣a二ヨ∴草二S一T00pe− ドゥオーキンは、こうしたリアリストの法の捉え方を、あたかも歴史家が法を外から眺めるように見ているだけで、法議論 米国のリアリズム法学一般については、see㌧声D.A.F﹁詫maコ一卜、茎数、ミ⊇札琶叫叫喜叫Qゝへ温⊇告勇二諾hed.N害−︶﹀Chapter ト貿札.J 旨註.、at ■Leg巴EducatiOコ∵h芭還コOte−︸ptN芸・り ︰”︼†小. つOWerfu−butuコperSuaSi霊こ↓herO−eOftheUコitedStatesiコtheeくユutiOコ〇fcustOヨaryiコterコati昌a〓aw一∵訂札.︶atN00∵ b︶こhe 鼠、ミS邑叫芸已卜聖二N茎望がある′、所収論文の申で特に本稿と関連するのものとして、see▼M.G.KOheコ∴TheuseOffOrCe ︵lZ︶ ︵空 リ7リズム法学あ特徴は、次の二郎に端的に表されている。﹁リアリストとは、自らのイデオロギー的、暫学的見解がいかな と評価されている。See﹀ScObbieこ∼も這nOte−↓at↓戸 諌註.,at−篭. ↓heOriesabOut lnternatiOコa︼Law∵一色還コOte−﹀atN冨. 二七五 N≡. ト已札.このような立場は、何が決定を左右する要素であるかをはっきりさせることで、少なくとも分析と評価を容易にする Higgins−望もヨコOte−−年﹁㌢ HiggiコSこ竜ヨコOte−−即tA. ゴiくerSeSysteヨ∵叫賢札J a什u一−†︵ご↓heOriesabOut−−1teコlaこCコa−Law∵誉亘−at hDi一品rSeSysteヨ∵h芭ヨコOte︼−at〓∵↓heOriesabOutlコtematiOコa−Law∵h亀還コOte−−atN宗. 訂爵トきござS賀︵−芝ゴーい合一at−いぃu. 軍McDO亡笥−∵TherawSch00−○〓heFuture︰FrOヨLega−Rea−is∃tOPO−icyScienceiコtheWOユdCOmヨuコ百︸一芸 ︵19︶ D亡Xbury一誓さヨnOte−もt−巴. と考える者のことである。﹂See一W.Twining、爽篭、ト訂慧亭ヾN§札註n知完済≠蓉∼重莞ミ︵−器箪at声 るものであれ、その時々に妥当している法に常に注口し、口に映るものをできるだけそのまま描写しようとすることを重要だ ︵18︶ の枠組みを無視していると評している。See,R.DwOrkiコー㌢≒こぎ官有こ諾箪a二戸 ︵17︶ 16151413 25 24 23 22 21 同 法(53・3・4)690 ︵鱒︶ 二七六 の創出か、イエール学派の使う用語を不必要に難解にしてしまい、学 See−D亡各uryこ思達nOte−−at忘年 ト㌻㌣ a t N 含 . 皮 肉 な こ と に 、 こ の よ う な ﹁ メ タ 言 語 ﹂ もっともこのような学者の立場について、ダクスベリーは次のように批判するり﹁法学者は、冷静な視点から法過程を眺める 生から敬遠 さ れ る 原 因 と な っ た の で あ る n M.McDOuga−∵↓he Re−atiOコOf Law tO SOnia−PrOCeSS︰↓rend in TheOries ab呂t Law∵当 ことができると見なされる一方で、彼らはその法過程が拠って立つ社会文化並びに価値から中立ではありえず、したがってそ ︵㌍︶ H. D . L a s s w e 〓 a n d れらを客観的に眺めることができないのであるごSee﹀Du各亡r︶1、ゎ芭⊇nO︷e−一a二軍 ︵30︶ G.﹁DOrSey∴TheM︹DOu習TLasswe〓PrOpOSa〓○出uこdaWOr己Pub〓︹Orderl完N﹄≡qきへ∼苫き§喜、♀旨、S邑計喜、 ﹁ミニ、ノ、†ミ、、ミ、ノざ、叱、∼、、、≒きミニ、二〓コニニい. 卜b賀︵︼慧座こ声atた. ︹31︶ ︵32︶ コ亡舛b亡ry∴主音=弓te−一at−芦 ︵㍊︶ H声S.McDOuga−aコdN.A.Sch−ei∵TheHydrOgenBOヨbTestsinPerspentiノ1e︰﹁aWfu−MeasuresfOrSe︹urity∵芝∴訂爵 き更訂空こ計⊇ミミ⊥蚤当温旨茎こ計三−冨史u麗.なお、一九★四年二月一‖に、危険水城の外方一九海里を航行していた 卜莞トーささ⊇革〓−誤望雲∞.Seea−sO﹀M.Mcウ〇亡ga−∵TheH且r品enBOmb↓estsandthe−nternatiOコa−LawOftheSea∵忘 おいて、米国側は、実験の結果生じた侮告または担架[に対する補侶として二︹XU万ドルを、法律上の昔任とは関係な︿、e宮gratia 邦五福竜丸が被爆し、=本と米国との朋での外交﹂父渉に党旗した。九五ム年一〓叩Hに両国間に取り交わされた交換公文に 二二≠丁⊥﹁川九頁。 TestsandInternatiOコa︻Law、二道=芦さ∵r芸一.訂ミ≦ミ︵−設望のNp ︵一九五六年︶ マクドゥーゲルは、この特定の問題は既に解決済みであるとして特に立ち人った検討をしていない。第五福竜丸事件につ として提供することを約L、日本側は、この金瓶の受諾を全ての請求に対する完全な解決として受諾するものと諒解するとL たリ Hydr〇genB昌︼b ﹁公海における水爆実験﹂同﹃海洋の国際法構造﹄ E.Ma r g O − i s ∴ T h e いては、小 田 滝 、認札.ニーL霊﹂. McDOuga−a已Sch−ej一簑官貞コ皇e︺u︸at宗?彗u. ご﹂ギ︹﹁′︵.、三こ芦、J≒こ・、、ミ、、、∼、、Jミミ∵ヽき、、︹ノ㌧、ミこ三\\ミミ、きさ、㌻≡ミミ〇ここミ、ソニミニ¥、、㌻、、、、、ミ、二二享﹂T くanH00f▼∽芭⊇コOte︻もt舎ムN. N− P ReヨarksF墓OWiコgaMeetingWiththeNati呂a︸SenurityTeam㍍epこN㌔茎−▲い↓︻寿屯か甘C毒さ詳き喜ミこ㌔乳計ミぎ きヨ芸藁葺ニー↓SeptemberN害︼︶−uON. ︵39︶ at 38 37 36 35 34 691米国の法政策に対するイエール学派の影響とその批判的検討 A亡thOriNati〇⊃f〇rUseO叫Mi≡a壱FOrCe−ResO−utiOコNu︸Pub.L.NCJO﹁芦〓uStat.NN三N茎〓.決議採択に至るまでの ︵40︶ C.≡we〓﹂コte∃iewbyABCNews一Sep二N−N茎−▲aくaj︼ab−eat∧http∵\\www.state一讐ミsecretary\rm\N茎−\畠監巨ヨ∨ ︵生 OfFOrCeAgaiコSこnternati呂a−↓errOris諷∵岩bぎ宝塞こぎす票数表札卜岳ござ喜云 ︵N呈N︶コ. 経緯については、see.D.AbraヨOWitz∵↓hePreside阜theCOngreSS﹀andUseOfFOrCe︰Lega−andP〇litica︼COnSideratiOコ inAuthOriNiコg亡se ︵42︶ Letterdated↓〇︹︷OberN︹喜frOヨthePermaコentReprese−︼tatiくeC〓heUnitedStatesOfAヨericatOtheUコitedNatiOコS COヨヨenCe∃eコtAddressattheUnitedStates?li︼itaryAcade∃yinWestPOintJuコe−∴童話∴琵﹁首鼠せC喜色貴誌芸 StateOftheUniOnAddress一NりJaコ亡ar︶1N含N︸い∞−吉乳首︹許さ計算貞旦⊥ゞ諷詠蚤註﹂ぎ室烹まニFeb.h㍍含NこNP、 addressedtOthePresidentOftheSecurityCOunCこ一U.N.D宍.S\N含−\芝︵二↓OctOberN含−︶. ︵43︶ ミ.さ:ミこ、、\、、\、ゝミ⋮、こ、、二;.ごってゞニド二千二. ︵44︶ Aga訂st TerrOrism︵NOJ亡neN菩N︶−HCい00サ エOuSe已COmmOnS−FOreignA認airsSe︼ectCOヨmittee㍍e<eコthRepOユ[SessiOコN冨TON]−FOreigコPO−icyAspectsOf the﹂彗ar ︵墾︶ FOrCeAgainstIraqResOどLiC〓C叫N菩N.P亡b.﹁NO﹂弓卜誓い﹂−のStat﹂忘00︵N書N︶. DOe<.BushてJ彗F.S亡pl︶.Nd.芦affirmed﹀UNNF︺d﹂三−stC山rN茎半裁判所によれば、外交関係は政治事項に関連L、 AuthOrizati〇コf弓UseOfMこitary ン、、さこミ、\.′ニさ÷/エ、、ミ完∵已︼い. ンヾ、、\こま∵′ミミ†.ぎミ長一∴さ︼い. 一計札.−para.NNN. 旨註.一para.NN−. ︵46︶ 旨叫㌣para.NNP ︵準 二七七 C.POWe〓.PressCOコfereコCeOコIraqDec−aratiOn∵忘Decemb几rN茎N㍉eprOd亡Cedin一−COnteヨpOra壱PracticeOfthe Weap︵︶コSdec−arati昌︸aくaこab−eat∧htt︻︶︰\\ww声unmOまc.〇rg\∵> 声望iゲBriefingtheSec亡rityCOuコCこ﹂uDecemberN含N︰lns−︺eCtiOnSiコlraqandapre−imiコaryaSSeSSmeコtOfIraq﹀s ↓extOfBliミETBarade〓etterdated00Oct︵︶berN書Nもnne琵dt〇U.N.DOC.SC\RES\−£−. U.2.DOC.S\RES\−忘二00NOく.N害N︶一 り、政治部門か自ゝりの竜仕を放棄したと見なしうる場合にのみ、司法の介人が可能となる。その⊥で、本作においては、議会 と大統領との間には、かかる明日かつ決定的な食い違いは見出されないと結論された、リ その解決のための権限は政治部門である行政府と立法肝とに与えられている。その両者の聞に明白かつ決定的な食い違いがあ 52 5150 49 48 47 55 54 53 榊 法 し53−3・4)692 Uコite d S t a t e s Re︶atiコgtO ∧http︰\\w一くW.un∋○くic.〇rg\∨ Iコterコa︷iOnal 二七八 Law∵讐∴どきS。2、∼官等芸、鼠旨符⊇ミ訂喜∼トSナ▼︵Nコ董ニーり.atた声 ︵57︶ H.Bliゲ守iefingO〓heSecuri︻︶1C〇〓コCュ㍍↓Jaコuar︶1N芸︺︰AコupdateOコiコSPeCtiOコS一aノ象︼ab︼eat ︵58︶ H.BニゲRepOr=OtheSec亡rit︶1COuコCi−∵〓Feb2a︻一yN害ulaくai−ab︼eat八http︰\\t芦〇rg\depts\uコmOま︹\訂de省h︵mV 苦はまた、安保理決議一二八四に触れ、そこに子宝されたタイム二7.−ブルでは、uNMOくICの作業計画は三日に安保理に提 ︵59︶ H.望iメRepOrttOtheSec亡ri︵yCOuコCi−㌔P−archNコ声a責i︼ab−eat∧h︵tp︰\\uコ.〇rg\depts\uコヨ○≦.C\iコdeデhtヨ>報吾 G≡毒3ミ亭守こSep︹e2berNO声aくai−ab−cat 出されることになっており、さらにその後一二〇口以内に安保理内で検討されることになっているとし、査察には時間がかか ∧http︰\\www.fc〇.習く.uk\f二es一> 訂ミニき魯葺:斗秦琵hざす註箋㌧ゴ訂巨資望萱ミ鼠主計哲‡ ることを強調しているし ︵鮒︶ theSecurityCO亡コCこ一u inlraq“HC平︹T1. FebruaryN書︺﹀aくai︸ab−e at この経緯については、HOuSeOfCOmヨ○コS−F〇rei讐AfhairsCOmmittee−NinthRepOrt[SessiOコN茎㌣≡]Ⅶ↓heDecisiOn r61︶ ﹂芯註.﹀at↑P ︵62︶ ︹〇gCt〇War ∧http㌧\ww声S︹ateぬ○ノJ\secretar︶∵イnくNっっu\−ココ音f.htmV ︵63︶ C.POWeニーRemarkstC S\N書聖N−h二NA Feb.苫○叫︶. ︵64︶ Spain一LnitedKiコgdOm已BritaiコaコdNOrtherコIre訂コd一aコdUコitedStatesOfAヨeユca︰draftresO−utiOコ一U.N.DOC. HC会ぃ−para.笠. ﹁第∴の決議﹂ HO亡SeOfCOm⊇OnS一F〇re首コAffairsCOヨヨ≡ee一↓eコthRepOrt[SessiOコN毒N〇㌍FOreignPOニcyAspectsOごheWar aga訂st↓errOrisml ︵65︶ See﹀U.N.DOn.S\Pく.島貫atご00NO完mberN書N︶.したがってこの 例えばフランス政肘は、決議一四閃一の採択に当たって、この決議から自動的に武力行使を止当化するような要素が排除さ れていることを歓迎すると述べていたU ︵66︶ であった。 が、実質的な武力行使授権決議であり、これか阻止されれば、武力行使に対する安保理の授梅は与えられないことになるはず thePres己eコtO〓he SecurityCOuコCこ−U.N.DOC.S\N害い\N−A︵NAFebruaryN〇C箪 frOヨthePermaコentRepreseコtatiくeSOfFrance﹀Gerヨaコy−aコdtheRussiaコFederatiOコtOtheUコited ︵67︶ ︼昔eコCh・German・RussiaコMemOraコduヨOnCOコtiコuiコginspectiOコSiコIraq∴道﹃ebr亡aryN害やaココe莞dtOthe−etterdated N≡u NatiOnSaddressedtO N−February 693 米国の法政策に対するイエール学派の影響とその批判的検討 the Perヨaneコt Representatiノ1eS Of FraコCe一Gerヨaコy−and the Russian MarchN害箪 FederatiOコt〇the Uコited ︵槌︶ JOintstateヨeコtbyMr一deくi︼︼epin一Mr﹂くaコ〇くandPlr.Fischer∴∵≦archN吉山もnne諾dtC︹he−etterdatedひMarch N含︺昔Om R晋t−b−iquesur↓F−etFraコCeN一−ユヨarSN芸︺一aくa二ab−eat addr窪SedtOthePresidentOftheSecurityCOuコCこ一U.N.DOC一S\NO己\N∽ごu Nat山〇コS ThePresideコt−sNewsCOnferenceWithPriヨeMiコisteこOSeManue−DuraOBarrOS00fPOrtuga−﹀PresidenこOSeMaria ∧http=\\speciaLdip−○ヨatique.gO⊂く一fr\artic−e芦htヨケ∨ ︵69︶ LePr訝ideコtde︼P ︵70︶ N茎u〓山戸 AznarO︻Spaiコ一aコdPriヨeMiコister↓Cコy望airOftheUコitedKiコgdOヨintheAzOreS﹀POrt亡苛−㍍心耳訂さ、CQS㌢訂、ぎ∼ NOrtherコ︻re−aコdtOtheUコited NatiOnSaddres紹dtO旨ePresidentOftheSecur首COunCi−−U.N.DOC.S\ MarchN含︺昔昌ニhePerヨaneコtRepre搾ntati完OftheUコi︵edKingdOヨ○叶Great AddresstOtheNatiOコOnIraq“宣arch−三買声法主蔚きC董卓計算京旦⊥ざ各ぎ主文hざさ買ぇ︵NAMarchN害︺〓芦 鼠七蒜諷詠ミ計∼b≒N真宗冴︵N組March ︵71︶ 甲itainaコd ︵72ニ共同の書簡につき、LetterdatedNO N茎u\︺∽三N−MarchN00︺ごォーストラリアの書簡につき、LetterdatedNOMarchN芸︺frOm旨ePerヨanentRepresentatiノ﹁e Nココ︺︶. OfAustra︼iatO︹heUコitedNatiOコSaddressed︵OthePres註entOごheSecurityCOunCi︼−U.N.DOC.S\N茎︺\︺浩︵NつMarch LetterdatedNOMarchN芸ごrOヨthePermanen︵RepresentatiくeOごheUnitedStatesOfAmericat三heUnitedNatiOnS ︵73︶ U.N.DOC.S\Pノ1.烏N−一a二∽︵−止MarchN茎箪 ︵74︶ Agains二raq∴reprOducedざ∽Nト︸N、S邑訂喜、S邑C喜畠聖賢ぎ∵訂華爪㌢聖野i SecurityCO亡コCェ︸U.N.DOC.S\N茎︺\U㌍︵N−MarchN毒草 LOrdGO︼dsヨith∵TheUseOfFOrCe addre扮edtOthePresid昏tCごhe ︵N芸霊∞〓. ︵75︶ Addresst〇theZatiOnOnIraqこ尽、6nOteコもtぃい00∴芦 ︵76︶ ロC.Deb∵づと.皇︼YCOLヨN︵−00富archN≡箪 ︵鱒﹀ ﹁ettertOCOコ彗eSSiOna〓eadersrepOrtingOnthecOヨヨeコCeヨentOfmi−itary〇peratiOコSagai︼邑Iraq﹀MarchN−てJ言U﹀ ︵77︶ at麗00︰声 M.BOthe∴TcrrOrismandth︹Le笥−ityOfPre・eヨptiくe﹃OrCe︼﹂心内§与罠︸∼旨零式∼鼠訂訂⊇註箋已ト聖二N芸望NNメat 法事妥盲︹蔓草家ぎ云こざ卦ぎ註㌣ぎ≒勇二MarchN小一N言U︶︺誌. ︵79︶ に︰いf. ︵80︶ RN.Gardコer−2eitherBushコ○ニhe。Jurisprudes=。定、lb豆乳︵・聖こ訂S買ご斗ヒ落さ§許ぎこぃ≡二望冨〓蕪 二七九 同 法(533・4J694 ︵81︰ 二八〇 Sapir︹︶﹂raq︰↓heShiftiコgSaコdsOfPreeヨpti諾Se−f・DefeコSe∵誉声㌦豆a〓実車キューバ危機当時、米国潜省副次官補で ガードナーらが懸念 あったリチャード・ガードナーほ、国務省法律顧問のエイプラム・チエイス、法律副顧問のステファン・シュウェ1ベルらと 相談の上、国連において自衛権を援用することは望ましくないという点で合意に達したと回顧しているリ ついてソ連による同様の反応を招くことになりかねないということだった。もっとも、憲章第五三条の下での地域機構の強制 していたのは、キューバにおけるソ連のミサイル配備に対して自衛権を発動すれば、トルコにおける米国のミサイルの配備に 行動には安保理の承認が必要であり、それがない状況で第車二条を援用することについては、問題があった。しかLガードナ u00↓−ひ00∽. 一によれば、自衛権の援用を回避することて米国は、少なくとも﹁ハンドラの席﹂を開けずに済んだのである。Gardコer−誉チ M.Byers∵Preempti諾Se−f・defense︰HegemOコy−Eq亡a−ityandStrategyOfLega−Change一﹂−当季冒S註ふこざ寮訂 at 、禁札.﹀at−遥. 七計\訂息ぎ︵N言じこコ﹀at−コ. KOhenこ芭、だコOte↑Nu at NNサ N芸−こ芭責nOte烏. N芸−frOヨthe謬rmanent Representatiノ1e Of the PresidentC〓heSecurityCOunCi−︸U.N.DOC.S\Nコ≡\P㌫二元〇ct〇berN宣−︶. dated00OctOber United KingdOm tO旨e United Nati昌S C.Gra︶∴TheUseOfFOrCeandtheInternatiOna−﹁ega−Order∵inM.E昌nS︵ed↑、ミ§注ぎ岩、卜き一︵N茎望法貨at更正. ︻亡ggins︼S芭還nOte︼﹀at u. Letterdated↓OctOber Letterdated¶Cct旨erN茎トfrOヨtheChargmduarfahresa.i.〇fthePnrヨaコeコtP−issiOnOfthe︷.ぎ訂dKiコgd︹︶nニOthe Letter RepOrtSP餌﹁謡∴革para.いロandい?い一paraS∴Tひ. aCtiOコagaiコSニhe↓a−ibaコfO〓○まngtheterrOris︷at︷acksiコtheUnitedStateⅥもコ︻le諾dtOthe−e︷tcrda︷ed U.N.DOC.S\N書−\芸↓︵00OctOberN害ご. 00Oc言berN芸−frOヨthePerヨaコen︷Represeコtati/1e〇fBe−giuヨt︷こheUコitedNatiOnSaddressedt〇theSecretaryGeコera−1 Uコiロコ︼On StatemeコtO〓heGenera−AffairsCOunCi︼OftheEurOpeaコUコiOコissuedOコ∞OctOberN署−−○コbeha−fOftheEurOpean U.N.DOC.S\RES\−い宗︵−N Septcmbcr山喜−︶. HOStageCaSe︵−芸○こCJ H.C.Deb.言−.U詔c︵︶−.00H︵加OctOberN苦−︶. addressedtOthe ︵錮し Uコited7atiOnSaddressedtO︻hePresideコtOftheSecrlrityCOunCi−一U.N一DOC.S\N茎−\芝二↓OctberN苦−︶▲ 87 86 85 84 83 82 92 91 90 as 695 米凶の法政策に対するイエール学派の影儲とその批判的検討 ︵93︶ ︵94︶ a︵∧http︰\\www七ub︼icatiOコS■paユia∃ent.uk\pa\cヨ\cmfaff.htm> J.Straw−U−呂CrreCtedEくjdencebefOretheHOuSeOfCOmmOnSFOreignAffairsSe−ectCOヨmittee−N∽SeptemberN書Nl T.Keaユel一∴RaisiコgtheCarO−iコe∴l↓享が︵・毒紅毛訂訂ミ温ぎ∼已卜包芦一ゝミ⊇ミ㌻−箋空uN∽. aくai一ab ︼ e HOuSeOfCOmヨ○コSちOreignAffairsCOmヨittee㍍e︹○︻乙Rep〇rt∴SessiOコN茎㌣志]﹀FOrCign冒−icyA竃eCtSOftheWar Seea︼sO,Anコe・Ma−オS−aughter一人AコAヨericaコ≦siOコOfIコterコatiOna−Law∼∵賛チat︻Nひ. P.A〓Ott−hiコterコatiOna︼LawaコdAmericaコMiコd∵たぎ∵マ宍寧註童:旦已訂箪望:ぎ重責∵茅温風?蔓薫−Nqもt︼芦 AgainstTerrOrisn︼−Cm誓ぃP ︵95︶ ︵96︶ 一−八一