...

第15回文化庁メディア芸術祭 受賞作品一覧2

by user

on
Category: Documents
8

views

Report

Comments

Transcript

第15回文化庁メディア芸術祭 受賞作品一覧2
!!""#$%&'()*+,-./0123!
■アート部門
賞
作品名
作者名
国名
分類
大賞
Que voz feio(醜い声)
山本 良浩
日本
映像
優秀賞
新人賞
particles
真鍋 大度 / 石橋 素
日本
メディアインスタレーション
The Saddest Day of My Youth
Brian ALFRED
アメリカ
映像
つながる天気
片山 義幸
日本
Web
BLA BLA
Vincent MORISSET
カナダ
Web
Monkey Business
Ralph KISTLER / Jan SIEBER
スペイン
インタラクティブアート
SENSELESS DRAWING BOT
菅野 創 / 山口 崇洋
日本
インタラクティブアート
HIMATSUBUSHI
植木 秀治
日本
映像
作者名
国名
分類
日本
Web
■エンターテインメント部門
賞
作品名
大賞
SPACE BALLOON PROJECT
優秀賞
大八木 翼 / 馬場 鑑平 / 野添 剛士 /
John POWELL
べろべろ
田中 秀幸
日本
映像
相転移的装置
勝本 雄一朗
日本
遊具
日本
Web
日本
その他
The Museum of Me
アナグラのうた∼消えた博士と残された装置∼
田中 耕一郎 / 谷川 英司 / 斎藤 精一 / 坂本 政則 /
村山 健
犬飼 博士 / 柴崎 亮介 / 飯田 和敏 / 有山 一郎 /
笠島 健司 / 禿 真哉
デジタル戦士サンジゲン
仲村 海斗
日本
ゲーム
Hietsuki Bushi
Omodaka
日本
映像
リズムシ
成瀬 つばさ
日本
キャラクター
賞
作品名
作者名
国名
分類
大賞
魔法少女まどか☆マギカ
新房 昭之(監督)
日本
テレビアニメーション
博嗣
日本
劇場公開アニメーション
沖浦 啓之
日本
劇場公開アニメーション
山村 浩二
日本
短編アニメーション
フランス
短編アニメーション
新人賞
■アニメーション部門
鬼神伝
優秀賞
ももへの手紙
マイブリッジの糸
Folksongs & Ballads
川
Mathieu VERNERIE /
Pauline DEFACHELLES / Rémy PAUL
やさしいマーチ
植草 航
日本
短編アニメーション
Rabenjunge
Andrea DEPPERT
ドイツ
短編アニメーション
rain town
石田 祐康
日本
短編アニメーション
賞
作品名
作者名
国名
分類
大賞
土星マンション
岩岡 ヒサエ
日本
単行本・雑誌
あの日からのマンガ
しりあがり 寿
日本
単行本・雑誌
皺
パコ・ロカ (著)/ 小野 耕世、高木 菜々(訳)
スペイン
単行本・雑誌
新人賞
■マンガ部門
優秀賞
新人賞
功労賞
秘密 トップ・シークレット
清水 玲子
日本
単行本・雑誌
ファン・ホーム - ある家族の悲喜劇 -
アリソン・ベクダル(著)/ 椎名 ゆかり(訳)
アメリカ
単行本・雑誌
なかよし団の冒険
西村 ツチカ
日本
単行本・雑誌
まげもん。
昌原 光一
日本
単行本・雑誌
マスタード・チョコレート
冬川 智子
日本
Web・Mobile
木下 小夜子
アニメーション作家 / プロデューサー
4!
平成23年度[第15回]文化庁メディア芸術祭
アート部門 受賞作品
大 賞 ( 1 作 品 )
作品名:
Que voz feio(醜い声)
[キ・ボズ・フェイオ(ミニクイコエ)]
受賞者名:
山本 良浩
[ヤマモトヨシヒロ]
<映像>
【作品概要】
時間、話者、字幕など様々なレベルでの「差」を体験する映像作
品。別々の場所にいる双子の女性が柔らかな物腰で幼少期に起き
た、とある事件を語り出す。鑑賞者は2画面の映像、音声、字幕
を同時に受け取ることによって、彼女たちが同じ事件のことを語
りながらも内容に微妙な差異があることに次第に気付いていく。
片方の映像から得られる情報に注視すると他方からの情報が疎か
になり、双子の語る記憶と同様に、細部が混ざり合い、曖昧に
なっていく。
【贈賞理由】
2つの画面を投影したシンプルな展示は、作品の孕む「相似」と
「差異」、双方の要素を浮かび上がらせる。映像にクローズアップ
されるのは、顔立ちのそっくりな双子の女性。2人は「醜い声」
になった理由だと思い当たる、幼少期の一つの思い出をそれぞれ
に語り出すのだが、しかし話は微妙に食い違っていく。一つの事
件は2つの記憶を介することで次第にズレが明らかになる。柔ら
かなトーンのポルトガル語による彼女たちの語りは、翻訳され、
字幕となって映像に伴うものの、片方を追えばもう一方の字幕を
追えず、同時に両方の理解は叶わない。記憶とは現実を映すもので
はなく、時間の経過の中で曖昧さを増していくものだ。双子の告
白は、さらに音声と文字、母国語と翻訳、幾重にも違いを内在す
る。私たちは過去の認識を共有できるのか、その可能性と不可能
性さえも静かにあぶり出す、知的で繊細な視点が際立つ。
© 山本 良浩
【プロフィール】
山本 良浩 [ヤマモトヨシヒロ]
千葉生まれ。武蔵野美術大学映像学科卒業。東京藝術大学先端芸
術表現専攻修士課程在籍。イメージフォーラム・フェスティバル
2011のジャパン・トゥモロー(一般公募部門)にノミネート。イ
メージ、音、文字、展示形式など、映像を「見る」という行為を
異なる認識の多重体と捉え、短編映像作品とインスタレーション
を制作。
5!
優 秀 賞 ( 4 作 品 )
<メディアインスタレーション>
作品名:
particles
[パーティクルズ]
受賞者名:
真鍋 大度 / 石橋 素
[マナベダイト / イシバシモトイ]
【作品概要】
点滅する光源が空中を浮遊し、幻影的な残像を作り出すライトイ
ンスタレーション。八の字型螺旋構造をもつレールの上を、LED
を内蔵した多数のボールが次々に通過していく。ボールが様々な
タイミングと色彩で発光することにより、光の粒子が浮遊し、空
中に多様な形態を描き出す。レールの構造特性と通信制御技術を
融合し、光の明滅を三次元空間としてデザインされており、観客
の位置によってイルミネーションの見え方が変化する。
【贈賞理由】
制御された夥しい点滅光源が、空中をダイナミックに動き回り、
幻想的な光の空間を生み出すインスタレーションである。発想と
定着が高度に合致しており、テクノロジーを正確に用いて、意図す
る表現を生み出すメディアアート表現として高い水準にあると判断
された。実際の装置は、空中に設置された八の字ループのレール
の上を、緻密なコントロールで送り出される無数のボールが転
がっていくというもの。ボールの中に仕組まれたLEDは通信制御
で発光のタイミングが制御されており、飛翔する光の群舞を、実
在する大きな三次元空間として体感できる。観客の視点の移動に
従って運動する光源の群れの見え方も変わっていく。インスタ
レーションならではの魅力あふれる作品である。
© Daito Manabe (4nchor5 La6 / Rhizomatiks)
<映像>
作品名:
The Saddest Day of My Youth
[ザ・サッデスト・デイ・オブ・マイ・ユース]
受賞者名:
Brian ALFRED
[ブライアン・アルフレッド]
© Brian ALFRED
【作品概要】
作者が少年期にテレビを通してリアルタイムで目撃したスペース
シャトル・チャレンジャー号の爆発事故をモチーフに描かれたアニ
メーション作品。すべてのフレームをドローイングで制作し、抽
象的な形と色彩のみで淡々と展開するアニメーションに、事故当
時のリアルなナレーションを効果的に用いている。実際の事件を
モチーフとすることで、人類の発展と同時にもたらされる悲劇を象
徴的に突き付ける。
【贈賞理由】
ブライアン・アルフレッドの新作に文化庁メディア芸術祭の優秀賞
を与えることができ、とてもうれしく思っている。その理由は、
彼が「我々が生きている世界」を同時代アーティストとして見事
に表現していると思うからだ。世紀末を過ぎ、21世紀という「新
世紀」を生きる我々。カタストロフィを体験しつつも、「終わり
なき日常」を生きる我々。しかし、実はその、すぐに「フラット
化する世界」にも、特異点=ゼロ点がある。彼の場合、それは子
ども時代に見た、1986年のスペースシャトル・チャレンジャー号
爆発の悲劇なのだろう。この事件はテレビを見ていた子どもたち
にトラウマを形成し、多くの都市伝説を生んだ(乗組員は実は別
世界/パラレルワールドで生きている、などの捏造された物語)。
「悲しく/美しい」彼の本作品は、同時代的なクリエイションの
本質をはっきりと示す秀作である。
6!
優 秀 賞 ( 4 作 品 )
<Web>
作品名:
つながる天気
[ツナガルテンキ]
受賞者名:
片山 義幸
[カタヤマヨシユキ]
【作品概要】
2010年8月から2011年7月までの1年分の天気模様をつなげてひ
とつに編集した映像と、写真を連続で並べてアーカイブ化した
Webサイト。東日本を襲った2011年3月11日の大震災もまたいで
撮影されているが、それでも当然のように続いていくごく平凡な
日常の風景を切り取り、つなぎ合わせることによって、私たちの
世界の輪郭を穏やかに描き出している。
【贈賞理由】
この作品は、2010年8月から1年間の毎日の天気がシームレスに
アーカイブされている。日常的に空を見上げて、どこまでも広が
る空間を意識したことは誰もが経験したことがあるだろう。そし
てそれが常に移り変わっていることも私たちはよく知っている。
それらを切り出した写真や絵画、映像などもまた、日頃から見る
機会は多い。しかしながら、それらは常に断片としての意味を与
えられて提示されていることも、私たちは知っている。「空はこ
んな広がりではない」と思うが、でも仕方がないとも思う。『つ
ながる天気』では、見事に空の変化と広さをアーカイブした。天
気の変化によって空の広大さが表現されている。Webのどこまで
も続きそうな接続感の中で、どこまでも続き、どこまでもつなが
る天気を見ることができる。
© 片山 義幸
<Web>
作品名:
BLA BLA
[ブラブラ]
受賞者名:
Vincent MORISSET
[ヴァンサン・モリセー]
Screen grabs from BLA BLA
© National Film Board of Canada
【作品概要】
人 間 の コ ミ ュニケ ー シ ョ ン の 基 本 原 理 を 探 求 し た、 V i n c e n t
MORISSET監督とthe National Film Board of Canada制作によ
る「コンピュータ用映像作品」。ユーザーが何もしなければ、画
面上のキャラクターはのんびりと次のインタラクションが起きる
のを待っている。画面をクリックすると、シンプルで整頓された
シーンからたちまち新たな体験が生み出される。6つの章からなる
ストーリーは、言語学習や会話、感情の表現など、それぞれコ
ミュニケーションにおいて生じる様々な場面を描き出している。
【贈賞理由】
『BLA BLA』は、ブラウザ上で各ユーザーがマウスをクリックし、
キャラクターが様々に変化することを楽しめるインタラクティブ
作品だ。チャプターは6つあり、「コトバ」や「会話」など人間
のビヘイビア(習性)についてがモチーフとなる。不思議な味のあ
るキャラクターやユーモラスな画面展開も魅力だが、何度やって
も「飽きない」のはなぜかと考えた。多くの「インタラクティ
ブ」と称する作品が様々な「可能性」への道を開こうとしながら、
多 く が 「 退 屈 」 や 「 凡 庸 さ 」 に 落 ち 入 り が ち な の に 対 して、
『BLA BLA』がそこに落ち入っていないその秘密。それは作者と
チームが、人間のコミュニケーションが複雑な言説(コトバだけ
でなく、目の動きや微妙なレスポンス)の総体であると捉え、研
究し、この作品に結実させたからに違いない。
7!
新 人 賞 ( 3 作 品 )
<インタラクティブアート>
作品名:
Monkey Business
[モンキー・ビジネス]
受賞者名:
Ralph KISTLER / Jan SIEBER
[ラルフ・キスラー / ヤン・ジーベル]
【作品概要】
かわいいサルの人形が、人間の体のしぐさを真似るインタラク
ティブ・インスタレーション。サルの内部には、指示通りに動く
よう構成された、センサーやマイクロコントローラーで稼働する
10個の制御装置が埋め込まれ、人間の動きを滑らかにトレースす
る。人間そっくりのロボットよりもぬいぐるみの方に人間らしさ
や愛着を覚えてしまうというアイロニカルなアプローチを、サルの
姿を借りて提示した作品。
【贈賞理由】
模倣行為の核心は、模倣される対象と模倣する主体がそもそも異
質である点にある。その2つはまったく似ていない。模倣行為にお
いてだけその類似性、同質性は実現される。そっくりなものを作
ることとそっくりなふるまい、この2つは根本的に違う。それを理
解せずにいかに無駄なヒューマノイドロボットの研究が積み重ね
られてきたか。異なるものの間に同質性=共感性を実現する̶̶
これはコミュニケーションの基本であり、メディアの役割は本来こ
こにあったはずだ。だから猿楽(猿真似)から異次元の幽玄を媒
介する芸能=能楽への展開もあった。猿のぬいぐるみが人の仕草
をそのまま模倣する『Monkey Business』。そのお茶目さは真
な愛、真理の探求に必ず付随する性質でもあった。その仕草のけ
なげさは人の精神の尊厳そのものを示している。
© Ralph Kistler and Jan Sieber
<インタラクティブアート>
作品名:
SENSELESS DRAWING BOT
[センスレス・ドローイング・ボット]
受賞者名:
菅野 創 / 山口 崇洋
[カンノソウ / ヤマグチタカヒロ]
【作品概要】
二重振り子のカオス性をもった動きを利用し、スプレーを用いて
抽象的なラインに描画するドローイングマシン。電動スケート
ボードが左右に運動することによって、振り子の振れ幅を増幅さ
せ、運動量がある閾値を超えると、瞬く間に壁面へ描画を行う。
「グラフィティ」のタギング行為における人間の身体や主張を排
除し、描画プロセスのダイナミズムや即興性、記号性といった要
素のみを提示することで、その行為の本質を探る。
【贈賞理由】
このグラフィティアーティストには、肩ひじ張った主張や作為はな
い。あるのは純粋に描こうとする行為のみである。しかしながら、
このアーティストは人間でもないのに、極めて感覚的だ。一見して
カオティックに描かれる規則性は、人間の腰の動きと肩を軸とし
た腕の動きを統合した運動と同様の、二重振り子の運動によって
作り出されている。グラフィティアーティストにとって、この極限
のダンスこそが理想であり、社会の壁にぶつける肉体的メッセー
ジでもある。それでも彼は人間ではない。しかしながら、審査委
員たちには、ここで描かれ表現されているグラフィティから情動
を感じざるを得なかった。人間と同スケールのグラフィティーを
描き出すこの寡黙なアーティストにエールを送りたい。
© So KANNO, Takahiro YAMAGUCHI /
photo by Yohei YAMAKAMI
新 人 賞 ( 3 作 品 )
<映像>
作品名:
HIMATSUBUSHI
[ヒマツブシ]
受賞者名:
植木 秀治
【作品概要】
列車に乗車している際に誰もが想像してしまうような情景をコミ
カルに映像化した作品。車窓から見える光景に合わせて、ブルー
バックで合成された白い人影のキャラクターが家屋や電柱の上を
飛び跳ねていく。東京から静岡まで新幹線で1時間ほどの道のり
を実際に撮影し、同尺の映像を飛び回る人影と巧みに組み合わせ
て制作された。
[ウエキヒデハル]
【贈賞理由】
視界を流れていく風景というのはまさに映像的だ。1964年の開業
以来、都市化する日本の風景を車窓に映してきた新幹線。この流
れる風景に着想を得た本作品は、白い人影が東京駅から静岡駅ま
で、新幹線に並んで走り抜ける。街と街が切れ目なく繋がる日本
独特の風景の中を、人影はビルからビルへ、屋根から屋根へと飛
び移り、線路や電線の上を小走りし、トンネルもするりと抜ける。
さらに新富士辺りで現れる富士山にもひと登り。遅れをとったり
離れすぎたり、時々画面から消えてしまったりもしながら、日常
風景に紛れ込んだその小さな介入者は、加速する移動の時代を
ユーモラスに擬人化する。どの土地でも画一化が進む風景、ルー
ティンの背景に埋没し、凡庸になりゆく身の回りの景色を微笑ま
しいものに変える、脱力系の魅力を放つ長編映像である。
© 植木 秀治
平成23年度[第15回]文化庁メディア芸術祭
エンターテインメント部門 受賞作品
大 賞 ( 1 作 品 )
作品名:
SPACE BALLOON PROJECT
[スペース・バルーン・プロジェクト]
受賞者名:
大八木 翼 / 馬場 鑑平 / 野添 剛士 /
John POWELL
[オオヤギツバサ/ ババカンペイ / ノゾエタケシ / ジョン・パウエル]
<Web>
【作品概要】
「この星の想いをつなぐ」をテーマに、スマートフォンGALAXY
S Ⅱ を 特 殊 な バ ル ーン に 載 せ 、 アメ リ カ ・ ネ バダ 州 か ら 上 空
30,000mの成層圏へとフライトさせたプロジェクト。約90分のフ
ライトの模様は衛星通信経由のUSTREAMを通じて配信 。ま
た、Twitterなどで募集した「宇宙へ届けたいメッセージ」が飛行
中のGALAXY SⅡに表示され、宇宙からの景色と共にリアルタイ
ムで世界中に届けられた。過酷な通信環境の中、プロジェクトを
成功させるべく尽力した日米のスタッフを応援するツイートも数
多く寄せられ、総視聴者数は38万人を突破した。
【贈賞理由】
インターネットを使った同時視聴の体験の共有と、ソーシャルメ
ディアを使った自分だけの体験。それをスマートフォンを題材にし
た広告の巨大プロジェクトとしてまとめ上げながら、作り手の顔
が見える手作り感もあった。様々な意味でこのプロジェクトは
「2011年」を象徴するものであった。振り返ってみると今年印象
に残った作品は、映像を使おうが、アプリとして登場しようが、
そのアウトプットを「イベント」という形をとったものが多かっ
た。メディア環境の変化が、人々に「それ」を求めさせたのであ
ろう。この作品は、そうした人々の求めに最も的確かつ最大の効
率で応えたものだ。ミュージシャンの人選や、スタッフたちの見
え方など、細部にまで気の配られた気持ちの良い作品に仕上がっ
た。
© SAMSUNG TELECOMMUNICATIONS JAPAN
【プロフィール】
大八木 翼 [オオヤギツバサ]
1980年、山形生まれ。クリエイティブディレクター、コピーライター。
馬場 鑑平 [ババカンペイ]
1976年、大分生まれ。クリエイティブディレクター、ウェブディレクター。
野添 剛士 [ノゾエタケシ]
1975年、兵庫生まれ。クリエイティブディレクター。
John POWELL [ジョン・パウエル]
1962年、アメリカ生まれ。JP AEROSPACE社CEO。
8!
優 秀 賞 ( 4 作 品 )
<映像>
作品名:
べろべろ
[ベロベロ]
受賞者名:
田中 秀幸
[タナカヒデユキ]
【作品概要】
阿部サダヲ、宮藤官九郎らが率いるロックバンド・グループ魂の
ミュージックビデオ。夜の新宿・歌舞伎町を正体不明の毛むく
じゃらの生きものが楽曲に合わせて歌いながら練り歩く映像は、
薄暗い路上を行き交う人々と、ぎらつくネオンが対照的に映しだ
され不思議な哀愁を感じさせる。シンプルな手法で撮影された映
像に、さらなる奥行きを与えた作品。
【贈賞理由】
夜を超えて、「前へ進め」と力強く叫ぶ歌がある。夜の街を、前
へ前へと力強く歩み続ける映像がある。歌の力と映像の力の幸福
なコラボレーションによって、約6分間にわたって(ほぼ)ワン
カットで前へ進む「べろべろ」を描いた力強いミュージックビデ
オである。映像そのものの表現をみれば、極めてユニークなアイ
デアと演出で描かれた作品だといえる。しかし、同時にこの佳曲
に込められた魂をストレートに伝えようという姿勢に迷いがない。
だから、歌に込められたメッセージを、映像の力によってより強
い感動に導くことに成功している。ちなみに「震災後の日本」と
いう視点は、今回の審査において考慮されていない。この楽曲も
震災前に作成された曲である。しかしこの作品は、震災に関わる
数多の「応援ソング」以上に、今、我々に「前へ進む」ための勇
気を与えてくれるのではないかと思う。
© キューンレコード
<遊具>
作品名:
相転移的装置
[ソウテンイテキソウチ]
受賞者名:
勝本 雄一朗
[カツモトユウイチロウ]
【作品概要】
氷・水・水蒸気の「相転移」のように、情報的にも物質的にも変
幻自在なデジタルメディアを生み出そう、という意図のもとに制作
された電子遊具シリーズ。形状と柔軟性が多様に変化するイン
ターフェース「ニンジャトラック」、合体と変形によって遊び方が
変わるミニカー「キャタピー」の2つがラインアップされている。
【贈賞理由】
蝶番で縦横に連結され、自在に変形する遊具である。しなる が
スイッチを押すと剣となり、リコーダーを折り曲げるとサクソフォ
ンに変化し、電子楽器にもなる。各種センサーとサーボモーター
を有したこの特殊な構造体は、創意工夫と遊び心に満ち れてい
る。軟らかい水も氷となれば硬くなるような変化を「相転移」と
呼ぶことにちなんで作品名を『相転移的装置』と命名していると
ころから、作者は情報や物質の有り様を革新しようとしているか
にみえる。このようなテクノロジーヒエラルキーの改革がこれから
のアートをダイナミックに変えていくかもしれない。昨今のディス
プレイ上の映像表現至上主義に対し、遊具本来の「手触り感」を
追求している点も高く評価したい。今後も新しいアート装置が発
表されていくことへの期待を与えてくれた作品である。 © Yuichiro Katsumoto, Keio-NUS CUTE Center
9!
優 秀 賞 ( 4 作 品 )
<Web>
作品名:
The Museum of Me
[ザ・ミュージアム・オブ・ミー]
受賞者名:
田中 耕一郎 / 谷川 英司 / 斎藤 精一 /
坂本 政則 / 村山 健
[タナカコウイチロウ / タニガワエイジ / サイトウセイイチ /
サカモトマサノリ / ムラヤマケン]
【作品概要】
Facebook上の「ソーシャルライフ」をテーマとしたプロモーショ
ンサイト。Facebookを連携させると、これまでのFacebook上で
行ったアクティビティやフレンドの写真、その他の情報や動画が
まるで自分だけの美術館の作品として様々な形で展示されていく。
自己と他者の変わりゆくつながりとコミュニケーションそのもの
をビジュアライズすることで、一期一会の映像体験が生み出され
る。
【贈賞理由】
2011年のトピックとして、mixi、Twitter、FacebookなどのSNS
が現在の生活に不可欠なインフラとして浸透したことが挙げられ
る。そのSNS内の個人情報を利用した広告キャンペーンがブーム
になった。友人のサムネイル画像、ユーザーの写真やコメントを
ネタとして使うという企画が多く、既出感は否めなかったが、こ
の『The Museum of Me』は自分の履歴や画像が各展示室にハイ
クオリティなFacebook連動ならではの作り込みで展示されている。
こ の 「 個 人 そ れ そ れ が ミ ュ ー ジ アム だ 」 と い う コ ン セ プ ト は、
ミュージアムが本来持っている公共性や開示性が、加熱するソー
シャルプロモーションに対して、ある冷静な視点を提示している点
において評価したい。ラスト、それぞれの友人たちとのネット
ワークがFacebookのプロフィール写真に構築されていることに感
動を覚える。それはネット上の個人存在を暗示しているかのよう
だ。
© Projector / インテル コーポレーション
<その他>
作品名:
アナグラのうた
∼消えた博士と残された装置∼
[アナグラノウタ∼キエタハカセトノコサレタソウチ∼]
受賞者名:
犬飼 博士 / 柴崎 亮介 / 飯田 和敏 /
有山 一郎 / 笠島 健司 / 禿 真哉
[イヌカイヒロシ / シバサキリョウスケ / イイダカズトシ /
アリヤマイチロウ / カサジマケンジ / カムロシンヤ]
【作品概要】
日本科学未来館の展示スペースにおいて、空間全体を展示の舞台と
した作品。「空間情報科学で世界を良くしようとした5人の博士が
生活をしていた場所」という設定のもと、多数のセンサーやプロ
ジェクター、PCなどが設置され、プレイヤーの行動が情報を生み
出し、それが周囲に影響し、また自身の行動をも変化させるよう
な仕掛けが盛り込まれている。コンピュータという情報科学機器
そのものの中に人間が入り、人間の情報と身体と世界の関係を浮
き彫りにした意欲作。
【贈賞理由】
日本科学未来館の常設展示物だが、これまでの博物館展示物の枠
組みを大きくはみ出した作品になっている。今後ますます重要に
なるであろう「空間情報科学」という領域の研究を、大人にも子
どもにもわかりやすく体験させる装置。しかしその演出には、大
胆なSF設定のストーリーが用意され、ゲームデザイナーたちがこ
れまでのゲーム制作で得た知見が利用されている。博物館展示物
でありながら、非常に作家性の強いものとなっており、そこは賛
否が分かれるポイントだろう。しかしところどころの博物館展示
が、そうした作家性を許容、もしくは求めるような段階に入って
いることも確かだろう。ゲームデザイナーがこうしたプロジェクト
で個性を発揮する。ゲームの側からすれば、これは「ゲーム」の新
しい形にも見える。今回いわゆるコンシューマゲームのエント
リーが低調だったが、そのことと共に考えてみたい。
© 日本科学未来館
:;!
新 人 賞 ( 3 作 品 )
<ゲーム>
作品名:
デジタル戦士サンジゲン
[デジタルセンシサンジゲン]
受賞者名:
仲村 海斗
[ナカムラカイト]
【作品概要】
戦隊物のテレビ番組をモチーフに、番組のシナリオに沿って戦闘
が進んでいく3Dアクションゲーム。レッド、ブルー、グリーンが
それぞれの役割を与えられ、敵との戦闘シーンと敵のエネルギー
を奪い返すシーンとを交互に場面転換させながら、頭脳戦での戦
いを演出する。ゲーム画面は日曜早朝の戦隊物テレビ番組を意識
したものになっており、表示されている時間とナビゲーターの番
組欄が連動している。行うべき内容をプレイヤーが予め把握し、
番組欄のシナリオ通りに戦闘をクリアしていかないと先に進めな
いというシステムなど、シナリオに遊び心を含んだ作品。
【贈賞理由】
テレビ番組は、たとえそれがどんな難解な殺人事件でも放映終了
予定時間までには名刑事が解決してしまうというジレンマをもっ
ている。さて、このゲーム作品は、粗削りではあるが、このテレ
ビのメタファーを逆手にとったものだ。必ずしも制作者が意図し
たものではないかもしれないが、このゲーム作品の受賞理由はそ
こにある。例えば「新聞の番組欄」というメタファーを利用して、
プレイヤーがこれから体験するであろうゲームシナリオを客観的
に画面上に表示してしまうという斬新なインターフェースは、ただ
奇をてらった表面的なものにとどまらず、プレイヤーの視認に大
きな影響を与える効果をもっているのである。
© 新潟高度情報専門学校
<映像>
作品名:
Hietsuki Bushi
[ヒエツキブシ]
受賞者名:
Omodaka
[オモダカ]
【作品概要】
寺田創一による宮崎県の民謡「ひえつき節」をモチーフとした楽曲
と、ひらのりょうによる色彩豊かな手描きのアニメーションが融
合したOmodakaのミュージックビデオ。民謡歌手・金沢明子の唄
う独特の節とビートが刻まれた楽曲に合わせて、「農業と宇宙」
をテーマとしたビジュアルで時代や空間を超えた幻想的な心象イ
メージを表現。ノスタルジーと斬新さが同居した不可思議な世界
が生まれている。
【贈賞理由】
多数の応募があったミュージックビデオ作品の中でも、特に新鮮
な魅力をもって評価されたのがOmodakaの『Hietsuki Bushi』で
ある。この原曲となった『ひえつき節』は収穫したヒエを食用に
つく際の労働を癒す仕事唄で、昭和という時代を映し出す戦後の
代表的な民謡の世界と、思春期のラブレターを渡す甘酸っぱいラ
ブストーリーというミスマッチな関係を強引に同じ土俵にのせて、
パラレルに不思議なストーリーが展開する。ライオン風のキャラ
と農作業をする農婦がぶつかったり、多次元の世界を行き来しな
がらキャラクターたちが集結し、男女的キャラの世界に戻ってく
るなど、何度も繰り返し見たくなる仕掛けにはまっていく。この
複雑な構成を描き切った若い才能と、勇気をもってこの才能を見
出し、果敢にテクノ民謡と斬新な映像の融合を目指すOmodakaを
高く評価したい。
© 2011 ひらのりょう
::!
新 人 賞 ( 3 作 品 )
<キャラクター>
作品名:
リズムシ
[リズムシ]
受賞者名:
成瀬 つばさ
[ナルセツバサ]
【作品概要】
ボタンを押すと、音と共に手描きのキャラクター「リズムシ」が
踊り出す楽器とアニメーションの要素を兼ね備えたiPhoneアプリ。
同じキャラクターを用いて、スケッチを画面に描いて音を鳴らせ
る「オトスケッチ」やラップDJが楽しめる「ラップムシ」など、
様々なシリーズを発表し、総計200万ダウンロードを超える人気
アプリとなった。アプリをきっかけに女性誌の連載やTシャツなど
のプロダクト販売など、多岐にわたる展開を見せている。
【贈賞理由】
数ある音楽アプリの中でも2011年3月に発表された「リズムシ」
シリーズは、現在総計200万以上ダウンロードされている。音楽
アプリはクールでカッコいいものだという既成概念を壊し、日本
人が洋楽にノってしまう照れや深層にあるコンプレックスをも
取っ払ってくれるデザイン力とユーモアが評価された。ユルキャ
ラという安易な発想ではなく、誰でも描けるような鉛筆で描かれ
たリズムシというキャラクターを媒介にして、音楽を構成するサ
ンプリング音、楽器音そのものを触ってみる楽しさに集中できる
よう、巧みに構成されている。圧倒的に支持される魅力的な音楽
アプリをたった一人で作ってしまった美術大学院生に今後の活躍
を期待したい。
© 成瀬 つばさ
:4!
平成23年度[第15回]文化庁メディア芸術祭
アニメーション部門 受賞作品
大 賞 ( 1 作 品 )
作品名:
魔法少女まどか☆マギカ
[マホウショウジョマドカマギカ]
受賞者名:
新房 昭之(監督)
[シンボウアキユキ(カントク)]
<テレビアニメーション>
【作品概要】
平凡な中学生の鹿目まどかは、ある日不思議な夢を見る。翌朝登
校すると、夢で見た少女・ほむらが転校してくる。戸惑うまどか
にほむらは意味深な言葉をかける。その放課後、まどかは「魔女
の結界」に迷い込んでしまい、絶体絶命のピンチを魔法少女マミ
に助けられるのだった。やがて知る「魔法少女」という存在の真
実。時間と人間模様が複雑に交錯する舞台で、真実に触れたまど
かが取る選択とは?
【贈賞理由】
昨年に続くテレビシリーズの大賞だ。今回は漫画・小説の原作も
のではなくアニメ用オリジナル作品という点が高く評価された。
アニメでは定番の「魔法少女もの」の設定を逆用し、観客が信じ
るジャンルの根幹さえゆさぶる批評的なワナを巧妙に仕掛けた意
欲作だ。可愛く見える生物キュゥべえは、願いの実現と引き換え
に魔法少女となって魔女と戦う「契約」をもちかける。「願望」
に潜む恐ろしさとそれを超える「奇跡」の感動……いずれも人の
心が生むものであり、表裏一体となっている。1週間経たないと続
きがわからないテレビ放送の「メディア特性」を徹底活用し、心
のせめぎあいのエスカレーションを美しい映像とともに極めて
いった。本作品には、何かを変えてみたいという変革のエネル
ギーが満ちあふれている。時代を変える触媒となる期待をこめ、
大賞を贈る。
© Magica Quartet / Aniplex・Madoka Partners・MBS
【プロフィール】
新房 昭之 [シンボウアキユキ]
アニメーション監督、演出家。近年ではアニメ制作会社のシャフ
トを拠点とし、1クールで監督作品が2本放送されることがあるな
ど多作で知られる。代表作に『化物語』『さよなら絶望先生』
『ひだまりスケッチ』『荒川アンダー・ザ・ブリッジ』など。
© Magica Quartet / Aniplex・Madoka Partners・MBS
:5!
優 秀 賞 ( 4 作 品 )
<劇場公開アニメーション>
作品名:
鬼神伝
[オニガミデン]
受賞者名:
川
博嗣
[カワサキヒロツグ]
【作品概要】
ある日、目立った才能のない平凡な男の子・純は、平安時代にタ
イムスリップしてしまう。そこは大陸の文明によって平安京を取り
仕切る貴族=「人」と、自然の神々に生かされている民=「鬼」
が、互いに相容れぬ理想を抱き、争う世界だった。突然突きつけ
られた過酷な状況に戸惑い逃げ出そうとする純が、真 に生きる
古の人々に触れ、自ら考え行動することの大切さを知り成長する
姿を描く。美しい京都を舞台に、日本古来の伝承を現代に蘇らせ
た歴史大河アニメーション作品。
【贈賞理由】
力作である。存分に動画枚数を使った群衆シーンやエフェクトア
ニメーションは圧巻で、久しぶりに劇場用アニメの醍醐味が充
した作品だった。デジタル全盛の時代に、あえて真正面から作画
枚数に挑んだ制作者の態度は評価されるべきであろう。物語はや
や類型的で、キャラクターの造形も手堅く、新鮮味はないが、む
しろ定番として小中学校や公立図書館に収蔵しておきたい作品。
作品全体を覆う日本的意匠も丁寧に描かれており、海外での公開
を含む作品展開が望まれる。
© 高田崇史・講談社 / 鬼神伝製作委員会
<劇場公開アニメーション>
作品名:
ももへの手紙
[モモヘノテガミ]
受賞者名:
沖浦 啓之
[オキウラヒロユキ]
© 2012『ももへの手紙』製作委員会
沖浦啓之(原案・脚本・監督) 安藤雅司(作画監督)
大野広司(美術監督) 原由子(主題歌) 制作: プロダクション I.G
【作品概要】
「ももへ」とだけ書かれた手紙を遺し、お父さんは天国に旅立っ
てしまった。「ほんとうはなんて書きたかったの?」心ない言葉
をぶつけ、仲直りしないまま父を亡くしたももは、その想いを抱
えたまま、母・いく子と瀬戸内の島に移り住む。そこで出会った
のは、不思議な妖怪「見守り組」。食いしん坊でわがまま、でも
愛嬌たっぷりの彼らには、実は大切な使命があった……。瀬戸内
の小さな島を舞台に、主人公・ももに訪れる不思議な日々を描い
た家族の愛の物語。
【贈賞理由】
日本が研鑽してきたリアル系アニメーション。そのクオリティの頂
点に位置する作品で、リアルさを生活と同居するファンタジーも
のに応用した。デフォルメを抑制し、骨格や筋肉などを感じさせ
るリアルなキャラクターを用いることで、瀬戸内海の日常空間の
中で妖怪たちが騒動を起こすという非日常性に説得力と実感をも
たせている。妖怪の言動のユーモラスさや主人公の亡き父への後
悔、母の抑制的な家族愛など言葉にしづらい感情の機微は、1枚ず
つ丹念に描かれたレイアウトとアニメーション作画が支えている。
原案・脚本・監督を兼ねる沖浦啓之によるオリジナルのストー
リーは幅広い観客層に訴求するが、その魅力と感動が「動く絵で
再構築された日本」と直結している点は、実に貴重に思える。ア
ニメーション表現の力と可能性を改めて実感させた作品である。
:6!
優 秀 賞 ( 4 作 品 )
<短編アニメーション>
作品名:
マイブリッジの糸
[マイブリッジノイト]
受賞者名:
山村 浩二
[ヤマムラコウジ]
【作品概要】
1878年に馬の連続動作を撮影することに成功し、映画の誕生に多大な影
響を及ぼした写真家エドワード・マイブリッジの人生と、現代の母と娘の
情景を描き、時空を超えた2つの世界の対比によって「時間」に思いをめ
ぐらせるアニメーション。カリフォルニアと東京、19世紀と21世紀を往
き交いながら、マイブリッジの波乱に満ちた人生を幻想的に描く一方、慈
愛にあふれた母娘の光景が印象的に登場する。「時間は止められるの
か?」という問いをモチーフとした、日本とカナダの共同製作作品。
【贈賞理由】
19世紀初頭の写真家、エドワード・マイブリッジの残した動物や人の連
続写真にお世話になったアニメーターはアニメーション史の中にも数多く
いるに違いない。そのマイブリッジの価値ある仕事と不幸な人生、そして
1870年代と現代の母娘の人生を、時間を記号として記録した 懐中時
計 というモチーフを軸に表現するだけでなく、奇妙な構成を持ったバッ
ハの「蟹のカノン」の曲に合わせて糸を繋いでゆく……まるでパズルのよ
うな作品である。しかも、連続写真で知られるマイブリッジの人生を、静
止画を断続的に撮り、投影することで、映像という時間表現(=アニメー
ション)にしたのが、アニメーション作家であることも興味深い。
この作品を見ていると、人が様々な運命を背負って生きるということさえ
も、断続的な記録のひとコマとして過ぎ去ってゆく時間である、というよ
うな哲学的な情感が伝わってくる。そんな振り幅の広い題材を12分50秒
という短編として挑んだ山村浩二というアニメーション作家の仕事の深さ
にも触れた思いがした。
© 2011 National Film Board of Canada /
NHK / Polygon Pictures
<短編アニメーション>
作品名:
Folksongs & Ballads
[フォークソングズ・アンド・バラーズ]
受賞者名:
Mathieu VERNERIE /
Pauline DEFACHELLES / Rémy PAUL
[マチュー・ヴェルヌリー / ポリーヌ・ドゥファシェル / レミ・ポール]
【作品概要】
孤立した港町で暮らすある年老いた漁師の日常を、卓越した画力
で細部まで丁寧に描き出した全編CG作品。朝日が昇る瞬間の空の
景色、夕焼けに頰を照らされスープをすする老婆、夜のパブに集う
男たちなど、様々な情景を通して、アイルランドのフォークソング
が 印 象 的 に 響 き 渡 る 。 フ ラ ンス の ア ニ メ ー シ ョ ン 専 門 学 校 ・
Supinfocom Valenciennes在学当時の作者たちによる卒業制作作
品。
【贈賞理由】
イリアンパイプスとアコーディオン、アイルランドのフォークソン
グだ。舞台はフランス・ブルターニュ地方の辺境か? フランスと
いうよりもスコットランド辺りの荒涼とした海岸線の風景だ。鉛
色の空をかもめが低空でかすめる。ケルト人の血を引く頑固な海
の男の孤独な一日が今日も始まる。やがて日が暮れるとお決まり
のアイリッシュパブに転がり込む。酔いつぶれたアコーディオン
弾きが目を覚ます明日の朝までが海の男の至福の時だ。確かなア
ニメートの腕に裏打ちされた3DCGの画面力で一気に戦慄のラス
トシーンまで持っていく。学生の卒業制作作品とはにわかに信じ
がたい力量に審査委員の票が集まった。正直に言って、フランス
のいくつかの専門学校のCG作品は完成度が高く、世界中の長編映
画制作スタジオに向けた、リクルート用作品としての意識も強い
とみた。
© SUPINFOCOM VALENCIENNES
:7!
新 人 賞 ( 3 作 品 )
<短編アニメーション>
作品名:
やさしいマーチ
[ヤサシイマーチ]
受賞者名:
植草 航
[ウエクサワタル]
【作品概要】
のどかな田園やビルが入り組む不思議な街を歩き続ける少女の後
ろを、怪獣たちが追いかけるユーモラスなアニメーション作品。
空想に耽る少女の思考や感情をモニターの画面や怪獣の姿になぞ
らえて視覚化し、少女の閉ざされた内面世界をテンポの良い楽曲
にのせて鋭く描き出した。淡い色彩とデザイン性の高い繊細な
タッチの線が、独特の世界観と透明感を生み出している。
【贈賞理由】
グラフィカルなレイアウトと軽快な音楽、ミュージックビデオ的
なテンポの演出で、現代の若者の虚無的で殺伐とした心象風景を
表現することに、一定の水準で成功している。ただし、二次元的
なレイアウトの意図は理解できるが、この作風のままではいずれ
演出的な限界が見えている。この先を目指すのであれば、おそら
くは影響を受けたと思われる森本晃司の作品のように、より映画
的なカメラワークやレイアウトの方向へ進む必要があるだろう。
キャラクターの造形も平均的で、こちらもより独創的な表現を目
指すべき。その意味で佳作であり、未だ習作の域にとどまってい
ると思われる。
© Wataru Uekusa All Rights Reserved.
<短編アニメーション>
作品名:
Rabenjunge
[ラーベンユンゲ]
受賞者名:
Andrea DEPPERT
[アンドレア・デッペルト]
© Filmakademie Baden-Württemberg, Institut für Animation,
Visual Effects und digitale Postproduktion
【作品概要】
木彫りの人形たちが、巧みな3DCG合成によって動き回る幻想的なアニ
メーション作品。村の少年たちから まれていたRabenjunge(カラスの
少年)が、ある日やってきた美しい少女と出会うところから物語が展開し
ていく。木片や草などの素材を用いた手作りの舞台を背景に、実写で撮影
された人形の表情や動きをCG合成し、アナログとデジタルの境界を超え
た不思議な世界を生み出している。
【贈賞理由】
この作品を「ANIMATION」と呼ぶか、従来の概念では計りがたい。幻想
絵画の妖精が「生きた表情を持つ操り人形」となって物語を紡ぎ出す、そ
んな夢を見たような映像なのだ。かつて人形劇はフィルムやテレビでアニ
メーション番組が普及する以前、世界中で子どもたちに「動くキャラク
ター劇」を鑑賞できる表現として繁栄(日本でも人形劇からアニメーショ
ン表現に転身した作家はいる。)したが、この作品はそんな時代へのノス
タルジーと、東欧に見受けられる含み毒のテイストが共存した美しい大人
のファンタジーとなっている。作家の出身校、ドイツ Film Academy
Baden-Württemberg は多くの才能を世界に輩出しており、コンピュー
ター生成によるデジタル映像とアナログな素材、映画の制作技術などが柔
軟に駆使される作風が特徴ともいえる。実際は合成用に撮影された操演パ
ペットに3DCG生成した顔の表情をマッピングし、背景美術にデジタルコ
ンポジット、という行程を踏んでいる本作品は「ストップモーションによ
るアニメーション」とは呼べない。しかし本来息づくイメージを映像にす
るという意味では「アニミズム」への現代ならではのアグレッシブなアプ
ローチとも解釈できる。初見時の映像世界が放つ気配のクオリティも秀逸
であり、その評価をもって贈賞理由とする。
:<!
新 人 賞 ( 3 作 品 )
<短編アニメーション>
作品名:
rain town
[レインタウン]
受賞者名:
石田 祐康
[イシダヒロヤス]
【作品概要】
いつからか雨が止まなくなり、住民が郊外や高台へと移り住んで
いった街、rain town。打ち捨てられ、誰もいない廃墟と化した
「雨の街」の奥深くへと迷い込む少女。そこで出会う、かつての
街の記憶を持つ一人ぼっちのロボット。どこか寂しさとノスタル
ジアを感じるほの暗くも美しい世界の情景を、静謐な音楽と降り
しきる雨の音のみで優しく描いた作品。
【贈賞理由】
雨の光景がひたすら印象的である。距離をおいて捉え続ける被写
体たちは音も含め存在感を放たず、風景の一部のようだ。作者は
この作品を通じて何を言いたかったのだろうか。雨とは何を意味
するのだろう? メタファーへの憶測をよそにこの映像世界の中で
はただ淡々と時間が流れ、鑑賞者は次第に身を委ねる心地良さに
包まれてゆく。そんな「世界」をアニメーション表現で創造しよ
うとしたのかもしれない。昨年の優秀賞『フミコの告白』石田祐
康による新人賞受賞である。異例との声も上がったが「新人」の
規定をめぐる今年度アニメーション部門審査委員による見解で
「年齢は無関係、審査委員総意による評価すべき新しい才能」と
して慎重に討議された末の堂々の結果だ。演出技法や制作フロー、
テーマへのアプローチを解析・証明しつつ着実に作品を創り続け
るこの若いアニメーションクリエイターの成長が楽しみである。
©石田祐康 / 京都精華大学
:=!
平成23年度[第15回]文化庁メディア芸術祭
マンガ部門 受賞作品
大 賞 ( 1 作 品 )
作品名:
土星マンション
[ドセイマンション]
受賞者名:
岩岡 ヒサエ
[イワオカヒサエ]
<単行本・雑誌>
【作品概要】
地球全体が自然保護区域となり、地上に降りることが許されなく
なった時代、人間は遙か35,000メートル上空の建造物で暮らして
いた。上層・中層・下層に分かれた巨大なリングシステムで主人
公・ミツは生まれ育った。ミツは中学卒業と同時に、亡き父と同
じ職業「リングシステムの窓を拭く仕事」に就くこととなる。職
場の師匠や近所の人々、仕事の依頼主たちとの出会いを通して、
仕事への誇りや自信を獲得していくミツの成長を丁寧に描いた物
語。
【贈賞理由】
近未来、人類が押し込まれるかもしれない地球外コロニーが、フ
リーハンドで見事に構築されている。例えば、印象的なのはパイ
プで組まれた足場のような立体的街路、人が滑って転ばないよう
に、ゴムのような材質のシャツを一面に敷くシーン。矛盾だらけの
階層社会で、無理やり住まわされてはいるが、自分たちで築き上
げた愛着ある土地。そこで育まれた少年の新たな決意が、周囲と
の紐帯の中で醸成されていく過程が感動的である。
© 岩岡ヒサエ / IKKICOMIX(小学館)
【プロフィール】
岩岡 ヒサエ [イワオカヒサエ]
2002年、『ゆめの底』で講談社アフタヌーン四季賞佳作を受賞し
デビュー。2005年から月刊「IKKI」にて『土星マンション』を連
載開始。現在、朝日新聞出版「ネムキ」にて『星が原あおまん
じゅうの森』連載中。代表作に平成17年度文化庁メディア芸術祭
審査委員会推薦作品『しろいくも』、平成18年度文化庁メディア
芸術祭審査委員会推薦作品『ゆめの底』など。
:8!
優 秀 賞 ( 4 作 品 )
<単行本・雑誌>
作品名:
あの日からのマンガ
[アノヒカラノマンガ]
受賞者名:
しりあがり 寿
[シリアガリコトブキ]
【作品概要】
タイトルにある「あの日」とは「3.11」を意味し、文字通り震災
直後から驚異的なスピードで制作・発表された作品をまとめた短
編集。朝日新聞の夕刊に毎日掲載された4コマ漫画には、自ら被
災地へボランティアとして足を運んだ経験を踏まえながら、当時
の人々のリアルな心理や行動を描写。また、原子力問題を取り上
げ、著者独特の不条理とナンセンスを交えたファンタジー作品に
仕立てている。
【贈賞理由】
今まで現実と信じていた世界が夢だったのか、悪夢のような今こ
そが現実なのか? マスメディアから創作物に至るまで、すべてが
空々しい絵空事と化してしまったあの日。夢を紡ぐ創作者たちは
皆、翔ぶための羽を折られた。けれどもこの作者は、目の前に
やって来る信じがたい日常をそのままにのみ込み、批判や絶望に
囚われることなく漫画に記録していった。原発事故という、あの
日から日本人すべてが背負ってしまった恐れ、絶望、悲しみと新
たな気付きが、様々な表現で立ち現れる。原発さえもキャラ化し
てしまう漫画というスタイルが、最も深刻なこの事件を非常にリ
アルに写し取ったことに驚きを禁じえない。日々薄れてはゆくが、
忘れてはならないあの時の感情がよみがえり、再生への祈りに満
ちた癒しさえ感じさせる。マンガのもつ力を改めて認識させる本
年度ならではの作品。
©しりあがり寿 / エンターブレイン
<単行本・雑誌>
作品名:
皺
[シワ]
受賞者名:
パコ・ロカ (著) /
小野 耕世、高木 菜々 (訳)
[パコ・ロカ / オノコウセイ、タカギナナ]
Copyright text and illustrations
© 2011 by Paco Roca. All rights reserved
【作品概要】
息子夫婦に連れられて老人ホームに入ることになった元銀行員の
エ ミ リ オ。 多 くの 入 居 者 が そ れ ぞ れ の 「 老 い 」 を 生 き る 中 で、
「アルツハイマー」という残酷な現実と向き合い、次第に記憶を
失っていく。2007年にフランスで刊行後、スペイン、イタリアで
も出版され大きな話題を呼んだ。人生の長さとともに刻まれる
「しわ」のように、さりげない描写を静かに積み重ね、マンガな
らではの手法で「老い」という現代的なテーマを見事に描き出し
た。
【贈賞理由】
日本ではあまりなじみのなかった、スペインのストーリーマンガ
作品。本格的な翻訳出版は、これが初めてという。認知症の兆候
が出始め、老人ホームに入所することになった元銀行員のエミリ
オは、そこで暮らす老人たちの様々な老いの姿と出会い、自身の
症状の進行と向き合うことになる。同室のミゲルは、小ずるく皮
肉屋だが何かとエミリオを気遣い、2人は心を許し合う。やがてエ
ミリオの認知症が抜き差しならなくなった時、ミゲルが見せた友
情は、読むものの心に響く。登場人物たちが本人の記憶の中の年
格好で描かれたり、主人公の症状の進行とともに風景や人物の顔
が空白になっていったりと、単純なコマ割りに織り込まれたマン
ガならではの表現も見事だ。「老い」と「認知症」というシリア
スなテーマを扱いながら、その描写は時にユーモラスで、優しく
温かい。
:9!
優 秀 賞 ( 4 作 品 )
<単行本・雑誌>
作品名:
秘密 トップ・シークレット
[ヒミツ トップ・シークレット]
受賞者名:
清水 玲子
[シミズレイコ]
【作品概要】
難事件に立ち向かう「科学警察研究所 法医第九研究室」の捜査員
の活躍を描く近未来漫画。死亡してしまった事件の犯人や被害者
の脳を「MRIスキャナー」にかけ、生前の記憶を映像化し、普通
なら知りえない他人の脳内の「秘密」を元に事件の真実に迫る。
繊 細 な 線 な が ら 、 作 り 込 ま れ た 世 界 観 と 登 場 人 物 ら の 魅 力 が、
「サスペンス」の枠だけにはとどまらない芯の太い物語を駆動さ
せる。白泉社刊行の隔月誌『メロディ』で連載中。
【贈賞理由】
実に緻密に構成された、近未来サイコ・サスペンス。舞台は50年
後の日本、死亡した被害者や犯人の脳から5年前までの視覚記憶を
映像として再生し、事件の隠れた真相に迫る「MRI捜査」の技術
が確立。担当する独立捜査機関の責任者である切れ者・薪警視正
と彼を慕う捜査官たちの、手がかりなき犯罪への挑戦が描かれる。
犯罪捜査のため、他者の過去や私生活の「秘密」を暴くことは、
どこまで許されるのか。人は果たして、それを知ることに耐えら
れるのか。物語は、権力と正義をめぐる根源的な問いを突きつけ
る。時にグロテスクな描写と華麗な絵柄との見事なバランス、上
質のストーリーテリングとキャラクターの魅力、扱うテーマの現
代性などに高い評価が集まった。主人公自身の「秘密」をめぐる
物語もいよいよクライマックス。満を持しての受賞といえる。
© 清水玲子 / 白泉社
<単行本・雑誌>
作品名:
ファン・ホーム - ある家族の悲喜劇 -
[ファン・ホーム - アルカゾクノヒキゲキ -]
受賞者名:
アリソン・ベクダル(著) /
椎名 ゆかり(訳)
[アリソン ・ベクダル / シイナユカリ]
【作品概要】
著者と同名の、片田舎の葬儀屋の長女として育てられたアリソン
を通して綴る自伝的グラフィック・ノベル。共に同性愛者で、また
文学を愛する者として、共感を覚えながらもすれちがい続けた父
と娘。とうとう和解を得ないまま父を喪ってしまったアリソンが、
互いをつなぐ微かな糸を手繰る様子を、膨大な文学作品を引用し
ながら繊細な筆致で描く。「ニューヨーク・タイムズ」紙など
数々のメディアがその年のベストブックと絶賛し注目を集めた。
【贈賞理由】
この作品は読み込めば読み込むほどに「はまる」。最初はマンガ
で描くべき作品だったのか? という根源的な疑問が湧き、次には
文字を追うほどに、ここに絵が付加されていなかったらどうだっ
たかと考えてしまう。読む側に与える効果を考え尽くした日本の
マンガに比べて読みづらさがあるにもかかわらず、この作品の深
度に驚きながらやめられずに読み進めた。扱ったテーマがリアル
で、描写が正直であることも興味を引く理由ではあるが、賞する
理由の最も大きなことは、日記と文章と絵、この3つの要素がこ
のように絡み合わなければ、この作品は描けなかったのだという
確信だった。決して美しいとか説得力があるとかいう一般的なこ
とでなく、「必然」という強い力により、飾り気が一切なくハー
ドとさえいえるこの物語を、完璧に終結させたことは称賛に値す
る。
Copyright © 2006 by Alison Bechdel
新 人 賞 ( 3 作 品 )
<単行本・雑誌>
作品名:
なかよし団の冒険
[ナカヨシダンノボウケン]
受賞者名:
西村 ツチカ
[ニシムラツチカ]
【作品概要】
どこかいびつな男女の関係を独特の画風でポップかつ大胆に描き
出している。いじめ、ロリコン、盗撮などといった現代的なテー
マを、独創的な視点でメルヘンとも表現しうる世界に変換。切れ
味の鋭いセリフ表現や独特の「間」の持たせ方、ブラックなドラ
マ展開などが若い世代の読者を中心に共感を得ている。豊かな感
受性に彩られたデビュー間もない新進気鋭のマンガ家の才能が
れる、著者初の単行本となった短編集。
【贈賞理由】
奇妙な作品群のすべてに通底するのは、登場人物が加害者であれ
被害者であれ、その表情に漂い続ける不思議なまでの「思い詰
め」と緊張感である。それはある意味、『叫び』で知られた画家、
ムンクの抱く「憂鬱感」に近いものかもしれない。人は、次の瞬
間に何をするか分からない生き物で、その点が他の動物と決定的
に違う。そうした怖さの中で人間は互いに付き合っていかねばな
らない。その不条理を冷静に描き続けられる作者の腰の据わりと、
何より絵の大胆さとスピード感は素晴らしく、将来大化けする可
能性まで秘めている「大型新人」といえるだろう。
© 西村ツチカ 2010
<単行本・雑誌>
作品名:
>?@ABCDE#
FGHIJ
[オアツラエニンジョウマクノウチ マゲモン]
受賞者名:
昌原 光一
[マサハラコウイチ]
© 昌原光一 / リイド社
【作品概要】
江戸のとある長屋を舞台に繰り広げられる、様々な人間模様を描
いた短編集。親子、夫婦、友人など、各々の「絆」を通して、希
望とやさしさに満ち満ちた江戸の日常を綿密な筆致で描き尽くし
ている。デフォルメされたキャラクターの活き活きとした表情の
豊かさや、写実的で精微な町並みの描写、光と影の表現方法は、
江戸という遥か遠い昔の風景と、そこに生きる人々の交流を読者
の眼前に再現する。
【贈賞理由】
「しみじみ」は「ほのぼの」ではない。心の中に一生闇を抱え込
んでいる場合もあれば、人知れぬ痛みに耐え続けていることもあ
る。本作の舞台の多くは江戸の下町。登場するのは落語や人情噺
に出てくるような人物たちであるが、この作者独特の突き放すで
もなく、なつくでもない絶妙の距離感と、冷酷にも見え、それで
いて決して見放すことのない鋭い人間観察が、他に類のない不思
議な切れ味と温かさを醸し出す。『まげもん。』はそうした読後
感を与えてくれる作品であり、底の浅い人情噺とは一線を画して
い る 。 連 作 短 編 集 で あ り 、 画 風 も 内 容 も 時 に ガ ラ ッ と 変 わ る。
キャラクターは極端なまでにデフォルメされるし、画面も絵本の
ようになったり細密画に近い風景まで現れるが、当時の人々が確
かに暮らしたであろう「江戸の夜」を実感させてくれる画力はス
ゴイ。
新 人 賞 ( 3 作 品 )
<Web・Mobile>
作品名:
マスタード・チョコレート
[マスタード・チョコレート]
受賞者名:
冬川 智子
[フユカワトモコ]
【作品概要】
高3の夏、突如として美大受験を目指し、美術予備校に通い始めた
「つぐみ」は、周囲の環境に溶け込めず浮いてしまいがちな女の
子。予備校でもただ黙々と絵を描くばかりで、同級生に愛想を振
りまくことのない彼女の振る舞いは、担当講師である矢口の心配
事の一つだった。社会になじめない風変わりな少女が、周囲の
人々と関係しあい成長を遂げていく様子を通して、恋と友情とい
う普遍的な青春のテーマを色鮮やかに表現した。
【贈賞理由】
携帯電話の極小画面でマンガを表示する課題に様々なアプローチ
がなされている。その中でシンプル・イズ・ベストと言わんばか
りに、彼女は1コマずつクリックしてめくるスタイルをとっている。
人付き合いの苦手な人間が、手探りで外界と接し、互いに相手を
どう感じているかを認識していく。彼女の描くぶっきらぼうで冴
えない女性主人公だからこそ、その期待感と不安感をバーチャル
体験できるのではないだろうか。
© ソニー・デジタル エンタテインメント / 冬川智子
44!
平成23年度[第15回]文化庁メディア芸術祭
功労賞
功 労 賞 ( 1 名 )
受賞者名:
木下 小夜子
(アニメーション作家 / プロデューサー)
[キノシタサヨコ]
photo by 松浦 康高
【プロフィール】
東京生まれ。女子美術短期大学造形科卒業。1970年代より、アニ
メーションやメディアを基軸とした制作、開発、教育、振興など、
幅広い事業を国内外で展開し、その領域はアニメーションのみな
らず、ドキュメンタリーやフィクションなどを含む映像分野全般
に及ぶ。故木下蓮三氏と共に制作した短編アニメーション
『MADE IN JAPAN』(1972)、『日本人(ジャポネーゼ)』
(1977)、『ピカドン』(1978)、『最後の空襲くまがや』
(1993)、『琉球王国―Made in Okinawa』(2004)などが、
各国の国際映画祭にてグランプリや優秀賞を多数受賞。1985年、
広島国際アニメーションフェスティバルを企画・実現して以後、
総指揮を歴任。国内外の美術館や映画祭のプログラムを多数制作
するほか、芸術大学や映画祭などでの講義・講演・ワークショッ
プ・審査員歴多数。2006∼09年、国際アニメーションフィルム
協会(ASIFA)会長を務め、現在副会長。同日本支部(ASIFAJAPAN)会長。日本アニメーション学会顧問。大阪芸術大学客員
教授。女子美術大学理事。同大学同窓会会長。
【贈賞理由】
木下小夜子氏は1980年代初めから、夫でアニメーション作家の故
木下蓮三氏と共に、蓮三氏が制作した短編アニメーション『ピカ
ドン』をきっかけとして、広島で国際アニメーション映画祭の開
催を実現するため多大な尽力をされた。1985年、ついに国際アニ
メーション協会ASIFAの公式承認を得た第1回広島国際アニメー
ションフェスティバルを開催するに至り、以来、隔年開催を続け、
来年で第14回大会を迎えるに至るまで、フェスティバルディレク
ターとして、現在もエネルギッシュな活動を続けられている。一
言で国際映画祭といっても、大半のイベントが大手広告代理店や
マスコミ主導の商業色が強いものだった当時、広島という特別な
場所で「Love & Peace」を掲げ、広島市との二人三脚で始められ
た、このアートアニメーションの映画祭は、観客動員から企画・
運営に至るまで、そしてこの25年間のプログラムがどれだけ日本
の、そしてアジアのアニメーション作家を志す若者たちを刺激し
てきたことか、その功績は計り知れない。
Fly UP