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オペラの風景(28)「トリスタンとイゾルデ」と《愛の妙薬》 本文 div

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オペラの風景(28)「トリスタンとイゾルデ」と《愛の妙薬》 本文 div
オペラの風景(28)「トリスタンとイゾルデ」と《愛の妙薬》
本文
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トリスタンとイゾルデの壁画
「トリスタンとイゾルデ」は情熱的恋愛の代表的な話です。これ話がケルト民話だと
知らない人でも、麻薬が使われたのは知っていましょう。ネトレプコ扮するアディー
ナが「トリスタン物語」を読んで面白がっている。彼女に恋するネモリーノ(ヴィラ
ソン)。二人は幼馴染なのに思春期になると関係は微妙。彼はイカサマ薬屋から(惚れ
られ薬《愛の妙薬》)をなけなしの金で買って飲む。薬の効果は顕著。伯父の遺産がネ
モリーノに入る噂が広がり、彼はモテモテになる。噂をしらない彼はこれを「薬の効
果」と信じる。二人は紆余曲折で結ばれる。
(このオペラ「愛の妙薬」
(1832 年ドニゼ
ッティ作)は DVD になっています。
)
ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」
(1865 年作オペラ)は同じ原話ですが、うん
ざりするほど真面目な話です。
《愛の妙薬》はイゾルデの母が娘が年長の王との婚姻す
るため調合した麻薬。二人が同時に飲むことで肉体的に変化が起きて、夫婦は永久に
円満となる。オペラではこの妙薬を下女フランゲーネの深慮で、憎からず思っていた
トリスタンとイゾルデに使って起きた事件。胸の思いを素直に出せず、自死寸前の二
人の仲は意外な方向に発展し、二人の愛は哲学的深まりをみせ、完全な愛を求めて二
人は死に至る。その経過がこのオペラです。
《愛の妙薬》は薬の心理的効果を強調したコメディですが、
「トリスタンとイゾルデ」
は二人の前史と薬の効用、死に至るほどの愛の深まりが劇になっています。
ワーグナーは普通オペラとか楽劇とか呼ぶ音楽劇を「3幕の劇進行」と名づけていま
す。
歌と合唱とオーケストラで劇は出来ていますが、ワーグナーの前作「タンホイザー」
や「ローエングリン」のように聞くと「劇進行」は全く面白くありません。前作オペ
ラはヴェルデイのオペラと似た仕方、つまりアリアや、歌手の動作を気にして、オー
ケストラを伴奏的な役としてきいて楽しめますが、この「3幕の劇進行」では関心が
持続出来ません。どうして違うのか。先ず台本の筋を《椿姫》と比べながら、特異性
を追ってみます。
(椿姫との比較)
(第1幕)
「椿姫」も一目惚れオペラです。一方的にアルフレードが1年間思っていた
時期はあったもののヴィオレッタが彼と一度口をきいて「不思議だわ、不思議だわ」
になります。
「トリスタンとイゾルデ」の第1幕は殆んどが前史の紹介です。王妃として迎えられ
たイゾルデは、船中トリスタンが挨拶に来ないのを怒る。彼が命を二度まで彼女に助
けられ、しかも彼女の恋人モロオルトを殺している。そんな前史がありながら、長い
舟旅の間中、彼女を避けていた。二度も下女に命令したのに、舟がタンタジェルにつ
く直前彼は現れた。彼女の指摘に、彼は毒薬を飲む決意をし、彼女も意にそわない結
婚ゆえ、その半分を飲む。下女フランゲーネは、命じられた毒薬の代わりに媚薬(愛
の妙薬)を用意した。死んだつもりが、目を開けた二人は熱烈な恋に落ちる。つまり
強烈な一目惚れで、港についても二人は正気にもどらない。迎えに来た王は事態の異
常を察知し、疲労を理由にその場をとりつくろう。
様々な出来事のため(前史)
、お互い好きだといえないが、そのバリアーを崩したのが
「愛の妙薬」である麻薬。麻薬を飲んだ以後、時間の進行が止まり、お互いに好きだ
好きだと言い合っているだけです。愛の感情の様々な相がオーケストラで示されます。
1幕最後から、2幕の 2 場まで劇は外見的には止まります。
ここは薬の有無に関係なく、一つの強烈な恋の表現で、もはや言葉はいりません。
イゾルデ(I)
「トリスタン!」
、トリスタン(T)「イゾルデ!」、(I)
「不実な人!」
、
(T)
「幸せな人」・・・・・・・・・・・・・
(I)と(T)「ああ心の 波がたかまる! 感覚すべてが よろこびにふるえる!
あこがれの愛が
ゆたかに花咲、 やつれる恋が しあわせに燃える
胸をそそる!ああ、この楽しさ! イゾルデ、トリスタン この世をのがれて、 私
のもの 貴女ばかりをただ思う、 この上ない愛のよろこび! 」
アイルランドからイングランドの西端コンワル地方への船旅の最後、オーケストラは
激しく、甘く二人を挑発します。
港について、二人は別れさせられます。
(第2幕1場)
「椿姫」では1幕最後で愛を認め、幕間で同棲3ヶ月が経過し、第2幕
が始まるとすぐ父ジェロモンというお邪魔虫が登場してしまいます。だからアルフレ
ードとヴィオレッタが同時に味わう愛の喜びは殆んど表現されていません。2幕最初
にアルフレードが「僕は幸せだなあ」と一人で歌ういますが。義父に「別れる」と約
束した後、ヴィオレッタが「どうしてないているの」
(アルフレード)の質問に答える
所だけが、二人が語りあう唯一の愛の表現です。
「涙が必要だったのよ・・・・・いまは気が鎮まったわ・・・・・・おわかりね?・・・・笑って
いるでしょ・・・・・・ここにいるわ、あの花と一緒に、いつもあなたのおそばに。私を愛
してね、アルフレード、私が貴方を愛していると同じだけ、さようなら」
この場面はちぐはぐではあるけれど、愛の表現としては最高だと私は思います。2幕
の真ん中、オペラ全体としても真ん中です。
トリスタンとイゾルデ、二人の恋には「愛の妙薬」を飲ませたフランゲーネの他に、
王と腹黒い家臣メロートの関わることが第ニ幕第一場で説明されます。しかし彼らは
「椿姫」の父ジェロモンのように、二人の恋を邪魔するものとして表に姿を見せませ
ん。
「オペラ」
(椿姫)では邪魔者ジェロモンとの戦いが第2幕1場では中心です。
「椿姫」
の2幕1場では、ヴィオレッタの愛は、身を引く根拠を深い感情を述べることで、表
現されます。美しく深いアリアです。
「美しくきよらかなお嬢さんにお伝えください
ひとりの生けにえの不幸がはじまって、
のこされたたったひとすじの幸せの光を・・・・・・
あなたにお捧げして、死んでいくのです。」
「劇進行」
(トリスタンとイゾルデ)での2幕1場では邪魔者二人の行動は愛の進行の
裏側で起きているものとして説明されるに過ぎず、表はイゾルデのトリスタンへの愛
が綿々と語られるだけです。
2幕2場の愛
(第2幕第2場)
「オペラ」では恋人二人の愛の表現が背後に暗示されます。ヴィオレ
ッタは手切れ金をぶつけられ
「アルフレード、アルフレード、この心の愛のすべてを わかっては下さらないのね。
あなたのさげすみをかってまでも、この愛をあかしていることを御存知ないのね」
「劇進行」では、イゾルデからトリスタンへの合図の松明が消えたとき、トリスタン
が駆け込んできて、「イゾルデ!」と叫ぶ。 イゾルデはとびついて「トリスタン!」
それから暫時二人の間に交わされる言葉は会話になっていません。
(I)(イゾルデ)「貴方は」
(T)(トリスタン)「あなたも私のものですね!」
(I)
「こう
して捕まえていていい?」 (T)「これ、ほんとうかしら?」
(I)
「やっと、ようや
っと」
会話らしくなるのは数分後です。
(T)「明かり、明かり!
ああ明かりが
なんと長い間きえなかったことか!
日が沈んだとき、 昼がさったが、
嫉妬の息を
なおも絶やさず、
威嚇の印を 松明につけて 私が近づけないように 恋人の戸口をかざすとは
(I) [けれど恋人の手は その明かりをも消したのよ 腰元が邪魔したけれども 私は
ひるまなかったわ、 愛の女神に力づけられ守らあれて 私昼 に反抗したのよ」
この後の二人の会話は呟くように、囁くようにピアニシモで進行し、音にならないほ
どです。この間フランゲーネの忠告が二度入るが、二人の愛の告白は抱き合ったまま。
2場全体に続きます。
二人が同じことを言い合っているのですから、話は少しも進行しません。劇は本来違
ったことを言い合って、変化していく筈ですが、この場面はそうではなく、劇は停滞
しています。ワーグナーの独創ここに極まれり、の感があります。ここでは内面的な
感情の動きが強調されるようですが、これは次回議論します。
劇が停滞していると劇の見かけの進行は余りにも単純です。2場で言えば、フランゲ
ーネが「警戒してください」と声をかけるだけです。二人は無視します。
「オペラ」に
つきものの紛争は起こっていません。ここの心理的過程は音楽を聴いて理解するしか
ありませんが、ここの音楽が甘いだけでない、複雑な表現をみせているのに気づくた
めには1幕全体を通じて述べられる、前史、つまり舟に乗って王のお嫁にくるまでの
話しを理解しておく必要があります。前史の殆んどはイゾルデ姫の独白として触れら
れます。
(2 幕3場以降の展開)
「オペラ」
(椿姫)の3幕は死の準備と死で、格別の愛の表現はありません。誤解がと
け、父が愚かさを悟り、アルフレードも後悔し、涙をそそる円満な終末になります。
死の恐怖下十分劇的です。
「劇進行」では 2 場で愛のよろこびを歌い、前述のようにそれが死に通じるものとト
リスタンは思っています。王と奸臣メロートが二人を探しに森に着き、不倫の現場を
見つけ、王に切々と諭されますが、トリスタンは弁明をしません。死に憧れていたか
らで、イゾルデが彼についてくるのを承諾し、彼はメロートの刃に身を投げ出します。
ここは外見的にも劇的に進行します。
第 3 幕はフランスのブルゴーニュ地方カレオール、タンタジェルの森で傷を負ったト
リスタンを忠臣クルヴェナールがここに連れてきました。トリスタンの死とイゾルデ
への憧れが述べられます。1幕でのイゾルデが前史を述べるのに対応していますし、
外見的にはドラマは進みません。そこへ彼の依頼で舟でイゾルデが到着します。そし
て「愛の麻薬」
」の話の経過をフランゲナールから聞いた王は、罪を許し二人の恋を公
認するため、はるばるやってきますが、時既に遅く、トリスタンは死に、イゾルデも
後を追います。最後は少し外見的に劇が進行します。
このように「二つの音楽劇」を比べると、外見的には「椿姫」が遥かに変化に冨み、
面白くみられます。「劇進行」は外見的変化は乏しく面白くないものです。
「トリスタ
ン物語」は 1000 年の時間に耐えて残っているのですから、外見的変化も面白い話で
す。そこから話題をとったワーグナーの狙いは外見的なところになかったと考えざる
をえません。名前を「楽劇」ではなく「劇進行」と変えてまでして、
「トリスタン」を
取り上げたのは内面的劇進行に異常な関心を寄せたからでしょう。作品が150年も
生き残っているのは傑作だったことを明かしています。トリスタンの内面的劇進行の
秘密はどこにあるか、それは恋愛の異常さ、つまりドラマに入る前の前史が極めて特
異なことに強く負っているのは確かです。
トリスタ
ンとイズー
(前史、二人の出会い、恋の宿命)
「トリスタンとイゾルデ」はケルト神話で、原作者は不明ですが、ウエールズと南西
イングランド(コーンワル地方の地名は今もある)にいたケルト民族の間に伝わった
ものとされています。これが色々な国国に伝わりました。アングロ・ノルマン系にはベ
ルールやトーマスが12世紀に書いた詩があります。その後ベルールに近い話をドイ
ツ語圏で12世紀末にアイルハルトが書いています。13世紀始めドイツの吟遊詩人
ゴットフリート・フオン・シュトラースブルグがドイツ語でトーマスに近いものを書
き、ワーグナーが読んだのは、シュトラースブルグの現代語訳だったとされています。
今、日本で手に入りやすいのは岩波文庫の「トリスタン・イズー物語」
(ヴェティエ編)
は、フランス語圏の訳が失われたので、彼がベルールやトーマスの本から編集したそ
うです。これで前史の説明をします。
数多くのトリスタン伝説には共通の話はこうだそうです。
コーンワル地方のタンタジェル tantagel に城をもつマルク王は妃になるイズー姫を
迎えに、甥のトリスタンを、アイルランドのウエクスフォード wexford へ行かせた。
甥が姫をつれての帰途下女の手違いから、新婚の初夜二人が飲むべき媚薬をトリスた
ンに飲ませてしまう。この薬は生死を越えて生涯愛し合う力を持ち、ふたりは抱き合
う。当座は誤魔化し、王と姫は結婚するが、やがて王の知る所となり、二人は森へ追
放される。惨めな生活をしていた二人が偶然王とであい、イズーは王の哀れみで城に
帰るが、トリスタンは海の彼方に追放される。忠実な部下クルヴェナールの案内で彼
の祖国フランス・ブルターニュ地方のカレオールに逃げる。トリスタンとイゾルデは
情熱の限りを尽くして出会う努力をするが、トリスタンは異郷で死に、駆けつけたイ
ズーもその後を追う。二人の魂は死によって永久に結ばれる。
二人、特にイズー姫は複雑な前歴をもつので、
「劇進行」理解には前史をに詳しく述べ
ます。
イズー姫の婚約者モルオルトがアイルランドのウエックスフォードからイングランド
のタンタジルに税の徴収にきます。長年滞っていたから、300人もの15歳の奴隷、
多額の金銀を含む過酷な徴税で、タンタジル王は到底受け入れられない。他の方法は
モルオルトとの戦い勝つだけ。しかしモルオルトの外見から諸侯は尻ごみする。一人
トリスタンだけが、名乗りをあげ、二人は離れ小島サン・サムソンで戦った。
</
コンワルとウエックスフィルド
島からタンタジェルに戻った船にはトリスタンが乗っていた。彼は人人の熱烈な歓迎
を受けた。城に入り、報告するとトリスタンは王の腕に倒れた。血がドクドクとなが
れた。彼の傷口の血はモルオルトの切っ先に塗られたアイルランドの魔薬のせいで何
時までも止まらなかった。悪臭を放つので、一人野原に寝かされ、王と2人の家臣だ
けが介護に当った。死を待つだけなのを彼は知り、王に小船に乗せて海に放つよう頼
んだ。
一方モルオルトの家臣は彼の遺骸を乗せて、イズー妃の待つウエクスフォードについ
た。少々の傷なら麻薬で直せるィズー妃も、このたびは放棄し、頭蓋に食い込んだ刀
の破片を取り出し、宝のように象牙の小箱に収めただけだった。
トリスタンの執拗な要求に王は屈した。トリスタンは7日7夜櫂もなしに、海上をさ
すらい、ウェクスフォードについた。自らをタンタルスの名乗り、イズー妃の治療を
受けるのに成功した。
イズー妃は彼の刀の刃こぼれをモルオルトの頭蓋からとった破片と照合し、タンタル
スがトリスタンであるのをしったが、秘法を尽くして治療に当たった。
血を腐敗させた麻薬を開発した知識は腐敗した血を正常化する麻薬の開発にも成功し、
タンタルスの健康はもどった。そこでイズー妃は彼に復讐の刃を振り下ろそうとした
が、彼の視線の力に負けた。彼女は彼を愛してしまった。トリスタンは秘かにアイル
ランドを脱出し,苦労してマルケ王のもとにたどり着いた。
これはワーグナーの「劇進行」台本にない部分も含んでいます。
「劇進行」ではイズー
が前史を語っているから、トリスタン側の出来事をイズー姫は知らないからです。
帰国後トリスタンが王の妃にイズー姫を推挙して、訪ねる 2 度目のアイルランドでの
出来事も「劇進行」では殆んど取り上げられていません。
そもそもが、イズーを王の妃として推薦する動機が「劇進行」の台本では明らかにさ
れていません。命を助けてくれた、黄金の髪の美女にトリスタンが抱いた感情は愛に
違いないのに、彼女を王の妃に推挙するのは大変屈折した愛の表現です。トリスタン
の王への忠誠だけが表向きの理由です。つまり妃を亡くした王の後妻としてイズーが
最適と判断するのが忠誠の証です。こんな愛の表現をイズーが兎も角受け入れたのは
トリスタンの怪物退治という事件があったからです。これも台本にはありません。
彼は結婚をイズー姫に申し入れをする具体的な術も無く、アイルランドに上陸して、
門前で異様な噂をきく。朝になると祠から怪物が出てきて、人身御供の娘を食って帰
るという噂である。娘がいないと門の出入は一切できないので、王は「退治した騎士
にイズーを嫁に与える」というオフレをだした。今まで 20 人もの騎士が怪物退治に
挑戦したが皆が負けた話を聞いて、トリスタンは敢えて挑戦を決める。翌朝彼は見事
怪物を殺したが、切り取って持ち帰った舌からでる毒で瀕死の状態となった。イズー
はこの噂を聞いて彼を探し、毒に苦しむ彼をみつけ、帯刀の刃こぼれから、モオルト
を殺したトリスタンと知りながら治療をし、全治させる。完治した彼を浴槽の中に襲
ったが、彼が述べる今日までの経過、すなわち、ツバメが運んだ二筋の黄金の髪の毛
からイズーを思い、今回の挙に出たこと、2 度目の助命をえて感謝していること、死
は恐れないことを述べた。この弁明にイズーは納得した。トリスタンは王の前で彼女
を彼のものではなく、彼の主君の妃として招き、アイルランド、コンワル両国の友好
に資したい、とのべ、許された。
2 人は舟の旅でコーンワルに向った。ここから「劇進行」は始まる。
コーンワル地方ランズ・エンド
こんな前史がトリスタンとイゾルデ(イズー姫)の記憶にどろどろとした形で固定さ
れていて、それらが展開する恋愛のあり方に影響を与えます。さらには当時、ショー
ペンハウエルの思想に心酔していたワーグナーには、この話に含まれる、愛が死に通
じるという、「爆薬のような思想」が大変魅力的でした。
「究極的には愛は死において
のみ実現する」という見解をワーグナーは採用します。この考えは全く中世的ではな
く、19世紀市民的モラルです。ワーグナは「劇進行」の中で、この思想を音楽で徹
底的に表現しようとしたというのは定説となっています。
そうだからと言って「劇進行」の筋は古伝説とそう違っていません。つまり、一見お
とぎ話風のケルト伝説にも、二人の出会いに立ち入ってみると、
「複雑な事情を含み、
大思想の契機となるものさえそこにはあります。
この話、いつもわからないのは何故3幕でイゾルデが舟に乗ってやってくるという筋
立てです。森の中での密会の現場を見つかって、その場でトリスタンはメロートの刃
に身をなげるが、イゾルデは王に許されたと、ワーグナーは理解したのでしょう。
ケルト民話では一旦二人は森の中に追放され、鹿狩りで口をそそぐ、貧困生活に陥り
ます。だが幸福な暮しを続け、やがて困り果てたところを王に見つかり、イゾルデは
許されるが、トリスタンは外国へ追放され、彼は小ブルターニュのカルオールで暮す
ことになっている。再会をこころみ、短期間の成功はあっても、二人が結ばれること
はなく、最後はトリスタンが蛮族退治で受けた傷で死ぬ。知らせを聞いたイゾルデ妃
は毒抜きのためカルオールにおもむくが間に合わなかった。死体に取りすがったイズ
ー妃はトリスタンの口から毒を吸って死ぬ。
これは岩波文庫(ベティエ編)の筋です。これをワーグナー流に短縮した結果、
「劇進
行」のようになったと、私は理解します。それにしても、19章のうち、9章以下を
大幅に削除、変更して、意図した内的劇進行に仕上げたワーグナーの台本制作力は見
事です。
以上の経過をしると、
「劇進行」では、複雑な前歴を配慮した特異の熱愛に応しい心理
的な動きが音楽的に表現されているのは予想できます。これは1冊の本 が出来るほ
ど複雑な問題を含みますが、次回に私の理解を述べます。
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