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「プロが語る」特選インタビュー集

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「プロが語る」特選インタビュー集
転載フリー版
本 PDF は、一切の改変を加えないことを条件に転載・再配布を許諾します。
別冊
「プロが語る」特選インタビュー集
「インターネットの父」「ARM チップの共同設計者」「IBM 半導体部門責任者」。道を極めた人
の話は面白い。彼らが語る、IP アドレスの枯渇問題、チップ設計の現実、ムーアの法則が限
界に達した理由とは? Computer Weekly 日本語版で特に人気があったインタビュー記事
を集めた。
目次
「インターネットの父」ヴィントン・サーフ氏が語るインターネット 40 年と未来
インターネットの父であり、Google のチーフインターネットエバンジェリストのヴィントン・サー
フ氏に、ハッキング、プライバシー、IP アドレスなどの問題について話を聞いた。
ARM チップ共同設計者ファーバー氏が語る、チップ業界のイノベーション
ARM チップの共同設計者、スティーヴン・ファーバー氏が Computer Weekly のインタビューに
応じた。彼が見るモノのインターネットの展望とチップ業界の現状とは?
ムーアの法則の終焉──コンピュータに残された進化の道は?
「ムーアの法則は既に限界に達している」
。米 IBM のマイヤーソン氏に、原子レベル、量子力学の
世界に突入しつつあるチップ開発の現状を聞いた。ムーアの法則はなぜ限界なのか? そして未来
は?
「別冊 Computer Weekly」は、これまでに公開したコンテンツを特定のテーマにまとめて再編集したものです。
別冊 Computer Weekly「プロが語る」特選インタビュー集
VINTON GRAY CERF
「インターネットの父」ヴィントン・サーフ氏
が語るインターネット 40 年と未来
インターネットの父であり、Google のチーフインターネットエバンジェリストのヴィントン・サーフ氏に、
ハッキング、プライバシー、IP アドレスなどの問題について話を聞いた。
(初出:Computer Weekly 日本語版 2013 年 9 月 25 日号)
Cliff Saran
1973 年 9 月 10 日、ヴィント
ン・サーフ氏は英サセックス大学
において、未来に大きな影響を及
ぼすことになる研究を初めて公
に発表した。現在のインターネッ
トを形成する基になった研究だ。
サセックス大学で開催された
INWG(国際ネットワーク作業部
会)の特別会議において、サーフ
氏は共同執筆者のロバート・カー
ン氏と共に、複数のネットワーク
を 1 つにまとめたネットワーク
での通信方法についての文書「A
Protocol
for
Packet
Network
Interconnection」(パケットネッ
トワークの相互接続プロトコル)
ビットであることだ。これでは 43 億個の終端し
を配布した。
TCP/IP によって実現される、
この“複数のネッ
トワークから成るネットワーク”が、現在のイン
ターネットである。それから 40 年がたとうとし
ている現在、インターネットプロトコルの
TCP/IP が、現代社会のあらゆる領域にどれほど
深く浸透しているかは測り知れない。そして、
このトレンドは、さまざまな機器がネットワー
クに接続された「モノのインターネット
(Internet of Things)
」という形で、驚異的な規
模でさらに拡大しつつある。
かサポートできない。1973 年当時はそれで十分
だと思ったが、2011 年にもともとのインター
ネットアドレスの在庫は枯渇した」とサーフ氏
は話す。では、なぜ、1998 年に IETF が 128 ビッ
トのインターネットアドレス空間を採用して 43
億個から 340 澗個(340 兆の 1 兆倍の 1 兆倍)
の端末をカバーできるほど拡張されたのに、イ
ンターネットは IPv6 に移行していないのか?
「IPv6 は普及していない」というのがサーフ氏
の答えだ。IPv6 対応のソフトウェアは OS や
ルータにインストールされているが、「ISP が
IP アドレスの枯渇
IPv6 の対応に消極的だ。インターネットアドレ
「私が心配しているのは、アドレス空間が 32
ス空間を拡張する手段は IPv6 以外にないため、
別冊 Computer Weekly「プロが語る」特選インタビュー集 1
VINTON GRAY CERF
これは絶えず問題になっている」とサーフ氏は
類から 2300 種類になった。これはよい動向のは
説明する。
ずだが、サーフ氏は次のように話す。
「TLD 拡大
サーフ氏は、ネットワークアドレス変換(NAT)
は、インターネットアドレスを便宜的に増やす
手段でしかなく、
「NAT は構造的にもろい」とす
る。1000 万個程度のアドレスが割り当てられて
いる通信事業者は、NAT 以外に拡張できる手段
がないので NAT を使い続けているが、サーフ氏
に言わせれば、やはり NAT は適切なソリュー
リョンではない。
「なぜ NAT が使われたかは理
の副作用は、どの TLD を使えばよいかユーザー
が分からないことだ。そのため、検索エンジン
に頼ることになる」
。つまり、現在 Google のチー
フインターネットエバンジェリストであるサー
フ氏のビジネスにとっては TLD の拡大は歓迎さ
れるが、ユーザーにとっては手放しで便利だと
はいえない可能性がある。
国家支援のハッキングとセキュリティ
解できる。しかし、NAT によってアドレスをカ
インターネットの父へのインタビューで、プ
スケードするのは、確実に大惨事を招く。われ
ライバシーとセキュリティの話をしないわけに
われは IPv6 に移行するよう精力的にロビー活動
はいかない。
をしていて、成果も出ているが、なかなか先に
進まない」
サーフ氏は、2002 年の「The internet is for
everyone(万人のためのインターネット)」(訳
訳注:RFC 3271 の
こと。日本語訳。
注)の中で、
「インターネットは万人のものであ
る。しかし、その利用者が自身のプライバシー
「私が心配しているのは、ア
とトランザクションの機密性を確保できなけれ
ば、そうはならない」としている。
ドレス空間が 32 ビットであ
サーフ氏のこの懸念は変わっていない。
「独裁
ることだ。これでは 43 億個
政権は、YouTube などの Web サイトをブロッ
の終端しかサポートできな
クしている。コンテンツの削除やフィルタリン
グを試みたり、ユーザーを犯罪者扱いしようと
い。1973 年当時はそれで十
する国は驚くほど多い。そういった国ではブロ
ガーは監獄に入れられ、Facebook の“いいね”ボ
分だと思ったが、2011 年に
タンを押したら、反体制者だと見なされること
もともとのインターネットア
もあり得る」
ドレスの在庫は枯渇した」
最近、PRISM(アメリカ国家安全保障局が運
営する通信監視プログラム)の存在が暴露され、
グローバリゼーション
主権国家がどの程度インターネットをコント
インターネットのグローバリゼーションに関
ロールしようとしているかが明らかになった。
しては、ユーザーが問題を感じる可能性をサー
しかし、サーフ氏は、より広義のハッキングコ
フ氏は指摘する。ICANN はトップレベルドメイ
ミュニティーの方が、国家支援のハッキングよ
ン名(TLD)と国際化ドメイン名を拡張してい
りもはるかに大きな問題だという。
「ハッキング
る。ラテン文字セットだけでは、母語を表現で
を実行できるのは国だけではない。OS に侵入し、
きないユーザーもいるからだ。プロセスに時間
ブラウザを悪用する巨大な力を個人が有してい
はかかったが、TDL は大幅に拡張され、300 種
る。少人数のハッカーグループがボットネット
別冊 Computer Weekly「プロが語る」特選インタビュー集 2
VINTON GRAY CERF
をコントロールできるため、かなり厄介だ。個
いか指図されるのは嫌なものだ」とサーフ氏は
人のハッカーに、さまざまな問題を引き起こす
言う。例えば、オンデマンドビデオサービスを
力がある」
提供する通信事業者は、Netflix のような競合
インターネット研究者がハッキングをコント
ロールし、インターネットが安全だと見なせる
ようになるまで後 10 年、インターネットが 50
周年を迎えるまで待たねばならないかもしれな
い。サーフ氏は次のように語る。
「ハッカーはソ
フトウェアのバグを突いてくるため、セキュリ
ティが完全に解決されることはないだろう。し
かし、セキュリティのメカニズムを強化するシ
ステムを設計することはできる。それらを組み
合わせて、攻撃の阻止に有効な対策を生み出せ
るだろう」
サービスへのアクセスをブロックしたり、ユー
ザーの接続速度を制限したりすることが考えら
れる。サーフ氏は、
「これはインターネットの使
用を規定することになるため、ネット中立性に
反する」としながらも、インターネットアクセ
スを制御できる“安全地帯”が必要なことも認め
ている。
「特定のモバイルアプリを排除するのは
ネット中立性を侵害しているが、中には危険な
アプリもあるので、特定のアプリを実行させな
い仕組みも必要だ」
サーフ氏は、国際電気通信連合(ITU)のイン
ターネット標準への関与について、過去に批判
的な意見を述べている。ITU は基本の電気通信
規格、無線周波数、キャパシティービルディン
「インターネット標準は全て
グに携わっている。しかし、サーフ氏によると、
無償で提供されている。イン
「ITU の標準策定および条約機構は、低レベル
ターネット標準化団体がライ
の通信標準ばかりを扱い、インターネットとは
センスを求めることはない。
ザーのみならず、コンテンツにまでその権限を
関係がない。だが ITU は、インターネットユー
及ぼそうとしている」という。
自由に実装できることが大切
オープンであることの威力
だ。オープンプロトコルを基
インターネットプロトコルは、1960 年代の
にプロプライエタリソフト
IBM から現在の Apple と Google まで、IT の巨
ウェアを開発しても、何の問
して成し得ないであろう完全な普及を果たした。
人たちの栄枯盛衰を横目に、IT の巨人たちが決
ここまで普及できたのはなぜか?
題もない」
「インター
ネット標準は全て無償で提供されている。イン
ターネット標準化団体がライセンスを求めるこ
インターネットの支配者は誰か?
サーフ氏はネット中立性を強く支持している
が、インターネットには常にアクセスを制限し
ようとする圧力がかかっている。
「インターネッ
とはない。自由に実装できることが大切だ。オー
プンプロトコルを基にプロプライエタリソフト
ウェアを開発しても、何の問題もない」
トの価値は自由なアクセスにある。インター
ネットは完全につながっている。ネットワーク
プロバイダーに、どのサイトにアクセスできな
別冊 Computer Weekly「プロが語る」特選インタビュー集 3
STEPHEN FARBER
ARM チップ共同設計者ファーバー氏が
語る、チップ業界のイノベーション
ARM チップの共同設計者、スティーヴン・ファーバー氏が Computer Weekly のインタビューに応じ
た。彼が見るモノのインターネットの展望とチップ業界の現状とは?
(初出:Computer Weekly 日本語版 2014 年 2 月 19 日号)
Cliff Saran
ARM チップの共同設計者であるスティーヴ
から見た ARM のアプローチのすばらしさは、
ン・ファーバー氏とソフィー・ウィルソン氏が、
アーキテクチャを単純化したシンプルなシステ
Economist 誌が表彰する 2013 年の「イノベー
ム 、 縮 小 命 令 セ ッ ト コ ン ピ ュ ー タ ( RISC :
ション賞」を受賞。2013 年 12 月 3 日にロンド
Reduced Instruction Set Computer)にある。米
ンの英国映画テレビ芸術アカデミー(BAFTA)
Intel や米 AMD の x86 プロセッサファミリーと
で授賞式が行われた。この機会に、Computer
は全く対照的だった。x86 ファミリーのチップ
Weekly はコンピュータのイノベーションにつ
は 、 従 来 の ア ー キ テ ク チ ャ で あ る CISC
いて、ファーバー氏に話を聞いた。
(Complex Instruction Set Computer)を採用し
ファーバー氏は、家庭用マイクロコンピュー
訳 注 : 英 Acorn
Computers が 設
計・製造したコン
ピュータ。
タとして知られた BBC Micro(訳注)の主任設
ていた。
CISC 命令セットは RISC よりも強力だ。
ただし多くの電力を消費するため、結果として
計者だった。
そして 30 年前の 1983 年 10
月、同氏は Acorn RISC Machine
プロジェクトに参加した。この
プロジェクトから生まれたのが
ARM チップだ。
ARM チップは、
現在では iPhone から車載イン
フォテインメントシステムまで、
100 億個を超える機器や端末に
搭載されている。ARM 社は累計
で 400 億個のプロセッサを出荷
してきた。ざっと数えて、地球
上の人間全員がこのチップを 6
個ずつ持っている計算だ。一般
的なスマートフォンには 10 個
以上の ARM プロセッサが搭載
され、さまざまなジョブが実行
されている。
プロセッサの設計という観点
別冊 Computer Weekly「プロが語る」特選インタビュー集 4
STEPHEN FARBER
稼働時に熱を持つ。
る。同氏は次のように語る。
「このような技術を
進化させる中で、英国は大きな役割を果たして
きた。地球上のほとんど全ての携帯電話には、
ケンブリッジに拠点を置く会社で設計された
「われわれはコンピューティ
ARM プロセッサが搭載されている」。また、イ
ングの世界を 2 世代進化させ
ンターネットは米国防総省の国防高等研究計画
局(DARPA)で開発されたものであるにもかか
てきた」
わらず、同氏は次のように主張する。
「インター
ネットが現在のように広く普及したのは、Web
コンピュータ業界への英国の貢献
ところで、マンチェスターの町を有名にした
ものは、サッカーだけではない。 ファーバー氏
は英 ICL 社の会長であり、マンチェスター大学
のコンピュータサイエンス学部でコンピュータ
エンジニアリングの教授も務めている。マン
チェスター大学は、世界初のプログラム内蔵式
コンピュータ、愛称「Baby」が生まれた場所だ。
現代コンピューティングの父、アラン・チュー
リングも晩年はこの大学で過ごした。
の基礎となるプロトコルを発明した、欧州原子
核研究機構(CERN)のティム・バーナーズ=
リーの功績だ」
モノのインターネット(IoT)から
生まれる新たな機会
一方ファーバー氏は、モノのインターネット
(IoT: Internet of Things)は英国のコンピュータ
業界にとって大きな将来性を秘めていると考え
ている。同氏はこんな話をしてくれた。
「これま
でのコンシューマー向け電子機器市場では、コ
英国のコンピュータ業界はそう悪くないと、
ンピュータは人間(ユーザー)につながってい
ファーバー氏はみている。「われわれはコン
るものだった。IoT の場合は機器が、人間の手を
ピューティングの世界を 2 世代進化させてきた」
離れてモノの世界だけで動作する。機器は必ず
と同氏は語る。
「英国内のコンピュータ業界で企
しも人間とつながっているとは限らない」
。だか
業合併が相次ぎ、ICL が誕生した。当時はメイ
ら現在は、インテリジェントな電球も商品化さ
ンフレームなどの大型機を重視していた」
(同氏)
れている。
が、1990 年代に入るとコンピューティングの主
流がメインフレームからコンシューマー向けの
電子機器、そして Web へと移っていったと
ファーバー氏は話す。
「自宅の冷蔵庫やコンロが全てインターネッ
トに接続されて、帰宅する前に電話から、自宅
の暖房のスイッチを入れて部屋を暖めておける
ところを想像するといい」
(同氏)
「Web がコンシューマー向けの電子機器(デ
バイス)を統合した。これが現在のような、ス
マートフォンで何でも好きなことができる状況
につながっている」
(同氏)
IoT のために、いずれ住宅の配線の方式が劇的
に変わるだろうと同氏は指摘する。電器類は全
て、統合された主電源に接続され、電源コード
がイーサネットにも対応して、電力とデータが
デバイスから Web へのアクセスを実現する
同時に各機器に送られるという。
「だから、電灯
には、コンピューティングと通信の両方の技術
のスイッチと電球もその家のネットワークに接
が必要だ。コンピューティング技術の歴史にお
続される機器の一部となって、ケーブルを通じ
いて、英国の役割はテクノロジーを誰でも利用
て機器同士が相互に通信する。電灯のスイッチ
できるものにすることだとファーバー氏は考え
と電球を物理的に直接つなぐ必要はなくなる」
別冊 Computer Weekly「プロが語る」特選インタビュー集 5
BERNIE MEYERSON
ムーアの法則の終焉──コンピュータに
残された進化の道は?
「ムーアの法則は既に限界に達している」。米 IBM のマイヤーソン氏に、原子レベル、量子力学の世
界に突入しつつあるチップ開発の現状を聞いた。ムーアの法則はなぜ限界なのか? そして未来
は?(初出:Computer Weekly 日本語版 2014 年 5 月 21 日号)
Cliff Saran
IT 業界の将来は、ハードウェアの
画期的な進化(ブレークスルー)と革
新的なソフトウェアにゆだねられて
いる。
ハードウェアのブレークスルーを
けん引してきたのは、驚異的な洞察力
の持ち主で、1965 年に米 Intel の共同
創設者となったゴードン・ムーア氏だ。
だが、米 IBM のイノベーション担当
副社長であるバーニー・マイヤーソン
氏は、(ムーア氏が半導体チップにつ
いて提唱した)ムーアの法則は既に限
界に達しており、将来のチップには当
てはまらないと考えている。
マイヤーソン氏は、10 年以上の長
きにわたってシリコンゲルマニウム
などの高パフォーマンス技術の開発
の最前線に立ち続け、2003 年からは
IBM のグローバル半導体研究開発部
作れるので、チップの製造能力が倍増すること
門の責任者を務めている。
になる。
同氏は「ゴードンは天才だ。何十年も変わら
しかし、チップに搭載するトランジスタの密
ない真実を人生の中で発見した、数少ない人物
度を倍増させることを繰り返すと、やがてチッ
のうちの 1 人だ」とムーア氏をたたえる。しか
プに搭載されるトランジスタの数は昔の 100 万
し、ムーアの法則を裏付けてきたチップ製造テ
倍にもなる。そこで消費電力と熱の問題が発生
クノロジーは変わり、今やこの法則は限界に達
する。これを克服し、当初のチップは消費電力
してしまったとマイヤーソン氏は感じている。
が 10 ワットだったが、
今や 10 ミリワットのチッ
ムーアの法則に従って、チップの設計者たち
は 1 年半ごとにチップの密度を 2 倍にしてきた。
プが普及しているとマイヤーソン氏は語る。
「かつて、ノート PC を起動したときに突然
以前と同じ量の材料からチップが数的には 2 倍
別冊 Computer Weekly「プロが語る」特選インタビュー集 6
BERNIE MEYERSON
火花が出るという、ものすごくワクワクする体
分に縮めてトランジスタの密度を 2 倍にしよう
験が簡単にできる時代があった。だが発火する
とするなら、それは核分裂ということになる。
チップでは、製品のリピーターになってくれる
試してみたくなったときにはぜひ教えてほしい。
ような顧客は獲得できない」(マイヤーソン氏)
私は避難するから。トランジスタのスケーリン
半導体業界ももちろん、火を噴くチップを容
認したわけではなかった。その後、研究者のボ
ブ・デナード氏がチップのスケーリング理論を
確立した。この理論のおかげで、チップの設計
者はユーザーにやけどを負わせることなく、シ
リコンチップに搭載するトランジスタの数を倍
増させ続けることができた。こうしてムーアの
グに関するムーアの法則は、残念ながら 10 年前
に有効性を失った。チップに搭載するトランジ
スタの数を仮に 2 倍に増やすことができたとし
ても、30 年前と同じ方法に従うわけにはいかな
くなったからだ。30 年前なら、設計者は単純に
チップの大きさを従来品の半分にすればよかっ
たのだが」
法則に従って、2 倍の数のトランジスタを搭載
マイヤーソン氏によると、2005 年のチップに
しながら消費電力は従来品と変わらない新世代
は既に、厚さがわずか原子数個分のパーツが存
のチップが 1 年半(18 カ月)ごとに生み出され
在したという。トランジスタのパーツがそこま
たと、マイヤーソン氏は語る。同氏によると、
で薄くなると、動作が変わってくると同氏は話
デナード氏の理論はある時期までは有効だった
す。
が、もはや限界に達しているという。
半導体の誤動作
「絶縁層(二酸化ケイ素)の厚さが原子数個
分となると、これはもう量子力学の世界だ」
(マ
「トランジスタのスケーリン
イヤーソン氏)
。絶縁層の厚さを従来の半分にす
ると、導電性は 2 倍ではなく 1 万倍になる。こ
グに関するムーアの法則は、
れを Fowler-Nordheim(FN)トンネル現象とい
残念ながら 10 年前に有効性
う。
「過去 30 年にわたって絶縁層に使用されてい
を失った。」
た二酸化ケイ素は、現在はもう使われていない。
現在のトランジスタを調べれば分かる。これに
原子レベルの小型化へ
チップは際限なく小型化できるものではない。
「この問題は、1 枚の紙を半分に折りたたむ場
合に似ている。例えば 50 ポンド紙幣を半分に折
りたたんでいくとする。8 回までは折ることが
できるが、それ以上は、ちょっとした核爆発装
置でも使わない限り無理だ」とマイヤーソン氏
は指摘し、続けて次のように語る。
代わって、半導体業界が絶縁体に現在使用して
いる素材は、酸化ハフニウム(IV)とケイ酸ハ
フニウム(IV)だ。これらは(二酸化ケイ素と
は)全く異なる素材なので、デナード氏がシリ
コンチップについて特定したスケーリングは当
てはまらない」
最近、半導体チップは新しい世代が登場する
「トランジスタのサイズを半減させていくと、
やがて層の厚さが原子 1 個の直径に等しい部分
がトランジスタ内にできる。その層をさらに半
たびに性能は低下しているという。
「新しいもの
は実は速度は落ちる。熱も持つし消費電力も大
きい」とマイヤーソン氏は話す。
別冊 Computer Weekly「プロが語る」特選インタビュー集 7
BERNIE MEYERSON
シリコンの次に来るもの
問い合わせを送信したとすると(2 台目のサー
半導体業界は新たなテクノロジー、プロセス、
バが 100 ヤード、すなわち約 91 メートル離れて
業界の構造を生み出す必要に迫られている。
いる場所にあると仮定する)
、問い合わせを送信
ファブリケーションのテクノロジーとして現在
したマシンは回答を受け取るまでに 1 万 8000
注目されているのは 14 ナノメートルチップだ。
マシンサイクル以上アイドル(待ち)状態とな
「今後 2~3 世代のチップとシリコンは量子力
る。
学の世界に行ってしまい、通常のトランジスタ
のような動作ではない。だから今までの常識は
マイヤーソン氏は次のように語る。
「われわれ
はこれまで経験したことのない、新たな問題に
もう通用しない」とマイヤーソン氏は語る。
取り組まなければならない。今まではデータセ
同氏はそんな現在の状況を「IT のポストシリ
ンターの拡張を続けてきたが、現在は複数の企
コン時代」と呼んでいる。ただしマイヤーソン
業で、データセンターを縮小しようとしている。
氏は、現在のテクノロジーが、シリコンに代わ
単純に、通信にかかる時間を削減したいからだ。
る素材のチップが大量生産される段階まで進化
そのうち、現在サーバラックを何段も占める無
しているとは考えていない。
「シリコンはなくな
数のコンピュータで処理している作業を、厚さ
るわけではない。しかし現在のポストシリコン
わずか 2.5 ミリのチップ 1 個でやってのける時
時代では、シリコンであることのメリットはな
代が来る。これも進歩だろうが、ムーアの法則
い。速くもなく、安くもなく、トランジスタの
に従っているわけではない」
レベルで優れているわけでもないのだから」
(マ
マイヤーソン氏は、
(システムの)統合を実現
イヤーソン氏)
することによって膨大な数の IT イノベーション
今後は、認識コンピューティング(cognitive
が起こると考えている。
「かつては、IT 事業の年
computing)のような新しいタイプのコンピュー
間売り上げのうち 20%が技術(の進化)による
タが現れると同氏は予測する。認識コンピュー
もので、残りの 80%はソフトウェアとインテグ
ティングの例としては、2011 年にアメリカのテ
レーションで稼いでいた」
(マイヤーソン氏)
レビのクイズ番組『Jeopardy!』で(人間のチャ
ンピオンと対戦して)優勝した、米 IBM の
「Watson」が挙げられる。Watson は人間の脳
と似た、シナプティック(synaptic)と呼ばれる
ポストシリコン時代では、ムーアの法則に
よってもたらされた、その 20%の売り上げはも
う期待できないので、他の方法でどうにか埋め
合わせをしなければならない。今後は、FPGA
新しいアーキテクチャで構築されている。
( Field Programmable Gate Array ) や GPU
一方、通信速度の限界も取り組まなければな
(Graphics Processing Unit)などの複雑なソフ
らない課題の 1 つだ。光速でも全く遅すぎると
トウェアシステムや専門化したプロセッサが現
マイヤーソン氏は語る。
在よりも主流的な位置を占めるようになり、IT
マイヤーソン氏によると、IBM のマシンが 1
マシンサイクルを完了する(すなわちマシン
業界はパフォーマンスの面でさらなる進化を続
けるとマイヤーソン氏は予想している。
コード命令を 1 つ実行する)間に、光は 10 セン
チ進む。このペースでは、仮にサッカーコート
と同じ大きさのデータセンターで、1 台のマシ
ンがフィールドの反対側にあるマシンに対して
別冊 Computer Weekly「プロが語る」特選インタビュー集 8
Computer Weekly 日本語版
最新バックナンバー
下記 PDF のダウンロードには、TechTarget ジャパン会員への登録(無料)が必要です。
Computer Weekly 日本語版
1 月 6 日号:EMC の買収
で Dell に何が起きる?
巻頭特集は、Dell のマイケル・デル CEO インタビュー。EMC を
買収したデル氏の本音を直撃。EMC と Dell の統合はうまくいく
のか?
他にパスワード廃止に向けてさらに前進した FIDO 標準
の現状、オブジェクトストレージ導入事例、企業の生産性が向上
しない理由などの記事をお届けする。
Computer Weekly 日本語版
12 月 16 日号:ベンダー
ロックインからの脱出
顧客に不要な製品を勧めるベンダーへの対処法、OSS 導入を推進
してベンダー依存を断ち切るイタリアの事例を紹介。一方、特定
ベンダーに一元化するコンバージドインフラへの投資が増えてい
る現状をリポート。ヤクルトのデータアナリティクス事例も紹介
する。
Computer Weekly 日本語版
12 月 2 日号:暴挙か?
Google の Office 365 攻略作戦
巻頭特集は、Office 365 に対抗するために Google が打ち出した
新戦略について。Google は Microsoft に勝てるのか?
他に、暗
号化がセキュリティ対策を阻害している現状、Opera の人材管理
製品導入事例。Opera が Oracle を選ばなかった理由とは?
ま
た、PCIe SSD の技術解説をお届けする。
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「プロが語る」特選インタビュー集(転載フリー版)
編集:TechTarget ジャパン
発行:アイティメディア株式会社
別冊 Computer Weekly「プロが語る」特選インタビュー集 9
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