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感情的な自伝的記憶における検索誘導性忘却効果

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感情的な自伝的記憶における検索誘導性忘却効果
感情的な自伝的記憶における検索誘導性忘却効果
キーワード:感情,自伝的記憶,検索誘導性忘却効果,抑制
行動システム専攻
笛田
祐加
問題と目的
果物カテゴリ
一般的に,ポジティブな自伝的記憶の方がネガティ
武器カテゴリ
ブな自伝的記憶に比べて思い出されやすい。そして,
Rp+項目
Rp-項目
Rp+項目
このような特徴が生じるのは,我々が望ましい自己イ
バナナ
オレンジ
ナイフ
メージを保つために,良い自己イメージと一貫性のあ
るポジティブ記憶を思い出しやすくし,自己イメージ
検索練習
抑制対象
ピストル
を悪化させる恐れのあるネガティブ記憶を抑制するた
めと言われている(Sedikides & Green, 2009)。
ネガティブ記憶の抑制についての一連の研究では,
意図的にネガティブ記憶を抑制することが困難である
Figure 1. 検索経験パラダイムにおける項目タイプの
具体例.
ことが分かっており,ネガティブ記憶は非意図的・間
接的に抑制されていると指摘されている(木村, 2004)。
非意図的・間接的な抑制の現象として近年取り上げ
られている現象が,検索誘導性忘却効果(Anderson,
Rp-項目を抑制することが,最終テスト段階にまで影響
Bjork, & Bjork, 1994; 月元・川口, 2006)である。検索
するために生じると説明されている。
誘導性忘却効果とは,ある項目を繰り返し検索するこ
ネガティブ記憶を間接的に抑制する方法として効果
とで,関連したその他の項目が抑制され記憶成績が悪
的なものは,ポジティブ記憶を代替的に検索すること
化する現象である。検索誘導性忘却効果を調べるパラ
で間接的にネガティブ記憶を抑制する方法である
ダイムは検索経験パラダイムであり,(1)学習段階,(2)
(Joormann, LeMoult, Hertel, & Gotlib, 2009)。今まで,
検索練習段階,(3)最終テスト段階の 3 フェーズで構成
感情的な自伝的記憶において検索誘導性忘却効果が生
される。刺激としては,主に,カテゴリとその下位項
じるかどうか検討されてきたが,ネガティブ記憶の間
目とのペアが用いられる(例:果物-レモン,果物-バナ
接的な抑制として効果的な方法である,ポジティブ記
ナ,武器-ナイフ,武器-ピストル)。学習段階では,参
憶を検索練習することで関連項目のネガティブ記憶を
加者に,カテゴリと下位項目とのペアを学習させる。
抑制できるかどうか検討した研究は今のところ Harris,
続いて,検索練習段階では,刺激のうち半分のカテゴ
Sharman, Barnier, & Moulds.(2010)のみである。なお,
リの中の半分の項目について語幹手がかり再生を繰り
Harris et al.(2010)の実験結果,ポジティブ記憶を検索
返し行わせる(例:果物-レ___)。その際には,検索
練習することを通してネガティブ記憶を抑制でき,ネ
練習させる項目を Rp+項目(例:レモン),検索練習させ
ガティブ記憶において検索誘導性忘却効果が生じた。
る項目と同じカテゴリで検索練習は行わない項目を
しかしながら,Harris et al.(2010)は抑うつ傾向の高い
Rp-項目(例:バナナ),Rp+項目及び Rp-項目と異なる
人 に つ い て の 検 討 に と ど ま っ て お り , Harris et
カテゴリの項目を Nrp 項目(例:ナイフ,ピストル)と
al.(2010)の結果が抑うつ傾向の高い人に限られたもの
定める(Figure1 参照)。その後,15 分程度記憶テストと
かどうか,抑うつ傾向の高低に限らず普遍的なものか
関連の無い妨害タスクを行わせた後,最終テスト段階
どうかが不明であった。そこで,本研究では,抑うつ
では,カテゴリ名のみ提示した状態で学習段階での項
傾向の低い参加者において,検索練習項目と関連項目
目を再生させる。その結果,Rp-項目の成績が Nrp 項
とが異なる感情価の自伝的記憶における検索誘導性忘
目の成績よりも悪くなった時に検索誘導性忘却効果が
却効果を検討した。
生じたとみなせる。なお,検索誘導性忘却効果は,検
索練習段階において,Rp+項目を検索する際に関連した
実験
抑うつ傾向の低い参加者において,検索練習項目と
関連項目とが異なる感情価の自伝的記憶における検索
誘導性忘却効果を検討した。
方法
家に関する記憶
Rp+項目
Rp-項目
家に関する
家に関する
ポジティブ
ネガティブ
記憶
記憶
実験参加者 大学生及び大学院生 142 名が実験に参加
した。そのうち,日本語版の自己評価式抑うつ尺度
検索練習
抑制対象
(Self-rating Depression Scale,以下 SDS)(福田・小林,
1973)の得点が 50 点未満の,抑うつ傾向が低かった
大学生及び大学院生計 105 名を分析対象とした。
刺激
感情的な自伝的記憶を用いた。なお,同一参加
友達に関する記憶
者に,ポジティブ記憶を検索練習することで関連した
Rp+項目
Rp-項目
ネガティブ記憶を抑制できるかどうか,ネガティブ記
友達に関する
友達に関する
憶を検索練習することでポジティブ記憶を抑制できる
ネガティブ記
ポジティブ記
かどうか,を調べるために,同一参加者にポジティブ
憶
憶
記憶及びネガティブ記憶を検索練習させられるように
刺激をカテゴリと感情価とで振り分けた。その結果,
検索練習
抑制対象
Rp+項目としてポジティブ記憶 4 個及びネガティブ記
憶 4 個,Rp-項目としてポジティブ記憶 4 個及びネガテ
ィブ記憶 4 個,Nrp 項目としてポジティブ記憶 4 個及
勉強に関する記憶
びネガティブ記憶 4 個を用いた。なお,用いた自伝的
Nrp 項目
Nrp 項目
記憶のカテゴリは家・友達・勉強の 3 カテゴリであっ
勉強に関する
勉強に関する
た(Figure 2 参照)。
ポジティブ記
ネガティブ記
憶
憶
手続き
検索誘導性忘却効果を検討するための実験パ
ラダイムである検索経験パラダイム(Anderson et al.,
1994) を用いた。(1)気分評定,(2)自伝的記憶の想起,
(3)特定の自伝的記憶の繰り返し検索,(4)妨害タスク,
(5)最終テストの計 5 フェーズから構成された。
Figure 2. 本実験において用いた,検索経験パラダイム
(1)気分評定 日本語版 PANAS(佐藤・安田,2001)及び
の項目タイプの具体例. 本実験では,同一参加者に,
日本語版の自己評価式抑うつ尺度を行わせた。
1 カテゴリのポジティブ記憶及びもう 1 カテゴリのネ
(2)自伝的記憶の想起 小冊子を用い,自伝的記憶計 24
ガティブ記憶を検索練習させた。
個を想起させた。小冊子は 24 ページで構成されており,
各ページにはカテゴリ名及び感情価が手がかり単語と
して記載された(例えば,家-ポジティブ記憶)。
その自伝的記憶を特定できるキーワードを小冊子及び
記載された手がかり単語に対応した自伝的記憶を 1
別紙に記入させた。(例えば,家-ポジティブ記憶という
ページにつき 1 個想起させ,各ページにその自伝的記
手がかり単語に対し“家族でディズニーランドへ行っ
憶を簡単な文章で書きださせた。(例えば,家-ポジティ
た”という自伝的記憶を思い出した人は“ディズニー
ブ記憶という手がかり単語に対し,
“家族でディズニー
ランド”というキーワードを設定した。)
ランドへ行った”という自伝的記憶を書き出させた。)
(3)特定の自伝的記憶の繰り返し検索
その際,想起させた自伝的記憶の感情価 (1:ポジティ
ジティブ記憶 4 個及び異なるカテゴリのネガティブ記
ブ~7:ネガティブ) ,重要さ (1:重要である~7:重
憶 4 個の計 8 個の自伝的記憶のキーワードが書かれた
要でない) ,思い出しやすさ (1:思い出しやすい~7:
別紙を用いて,そのキーワードが指す自伝的記憶を計 3
思い出しにくい) を 7 段階評定させ,その出来事を体
回繰り返し検索させ白紙に書き出させた。検索順序は
験した大まかな時期を同ページに記入させた。さらに,
ランダムとし,同じ感情価の記憶を繰り返し 2 回以上
1 カテゴリのポ
検索しないようにさせた。なお,キーワードを手がか
目の再生数(M = 3.00, SD = 1.03)が Nrp 項目の再生数
りとして与えられてもそのキーワードが指す自伝的記
(M = 3.28, SD = 0.83)よりも有意に少なかった(全て p
憶を想起できない場合には,第 2 フェーズで用いた小
< .001)。
冊子を見るよう指示し,キーワードから特定の自伝的
検索練習の効果の検討
記憶を必ず想起させた。
項目の平均再生数との間に見られた差について,この
(4)妨害タスク
差が同じ感情価間に見られるのかどうか調べる目的で,
自伝的記憶とは関係のない数学的課題
Rp+項目の平均再生数と Nrp
(数独)を 15 分間解かせた。
対応のある t 検定を行ったところ,Rp+項目のポジティ
(5)最終テスト
ブ記憶(M = 3.83, SD = 0.49)と Nrp 項目のポジティブ
3 つのカテゴリ名 (家・友達・勉強) を
1 つずつ呈示し,第 2 フェーズにおいて想起させてい
記憶(M = 3.50, SD = 0.77)との間に有意差が見られた,
た自伝的記憶をできるだけ多く想起させ,各カテゴリ
t(104) = 4.77, p < .001。また,Rp+項目のネガティブ
名のみが書かれた用紙に記入させた。最終テストの制
記憶(M = 3.57, SD = 0.79)と Nrp 項目のネガティブ記
限時間は各カテゴリにつき 3 分間であった。
憶(M = 3.13, SD = 0.84)との間に有意差が見られた,
t(104) = 4.41, p < .001。つまり,繰り返し検索したポ
ジティブ記憶が Nrp 項目のポジティブ記憶よりも再生
結果
最終テストにおける平均再生数を算出した。なお,
数が多く,繰り返し検索したネガティブ記憶が Nrp 項
その際には,感情 2 種類(ポジティブ・ネガティブ)と項
目のネガティブ記憶よりも再生数が多く,検索練習の
目タイプ 3 種類(Rp+項目・Rp-項目・Nrp 項目)の計 6
効果がポジティブ記憶及びネガティブ記憶の両方で生
条件の平均再生数を算出した(Figure 3)。
じた。
検索誘導性忘却効果の検討
さらに,Rp-項目の平均再
生数と Nrp 項目の平均再生数との間に見られた差につ
いても,この差が同じ感情価間に見られるのかどうか
調べる目的で,対応のある t 検定を行ったところ,Rp-
4
項目のポジティブ記憶(M = 3.21, SD = 0.94)と Nrp 項
目のポジティブ記憶(M = 3.50, SD = 0.77)との間に有
平 3
均
再
生 2
数
ポジティブ
ネガティブ
意差が見られた,t(104) = -3.19, p < 01。また Rp-項目
のネガティブ記憶(M = 2.84, SD = 1.09)と Nrp 項目の
ネガティブ記憶(M = 3.13, SD = 0.84)との間に有意差
(
が見られた, t(104) = -2.84, p < .01。つまり,Rp-項目
個 1
)
のポジティブ記憶の方が Nrp 項目のポジティブ記憶よ
りも再生数が少なく,Rp-項目のネガティブ記憶のほう
0
Rp+項目
Rp-項目
Nrp項目
Figure 3. 感情と項目タイプの組み合わせにおける平
均再生数(エラーバーは標準偏差を示す)
条件間の平均再生数の差 感情 2 種類(ポジティブ・ネ
ガティブ)×項目タイプ 3 種類(Rp+項目・Rp-項目・Nrp
項目)の 2 要因分散分析を行ったところ,感情の主効果
(F(1,104) = 33.47, p < .001),項目タイプの主効果
(F(2,208) = 44.12, p < .001)が有意であった。項目タイ
プの主効果についてライアン法による多重比較を行っ
たところ,Rp+項目の再生数(M = 3.67, SD = 0.67)が
Rp-項目の再生数(M = 3.00, SD = 1.03)及び Nrp 項目の
再生数(M = 3.28, SD = 0.83)よりも有意に多く,Rp-項
が Nrp 項目のネガティブ記憶よりも再生数が少なかっ
た。すなわち,ポジティブ記憶と ネガティブ記憶の両
方において検索誘導性忘却効果が生じていた。
考察
本研究では,抑うつ傾向の低い実験参加者について,
ポジティブ記憶を検索練習させることで同カテゴリの
ネガティブ記憶を抑制できるかどうか,その一方でネ
ガティブ記憶を検索練習させることで同カテゴリのポ
ジティブ記憶を抑制できるかどうか,という異なる感
情価間での検索誘導性忘却効果を検討した。その結果,
抑うつ傾向の低い人では,Rp+項目としてポジティブ記
憶を繰り返し検索すると同カテゴリの Rp-項目である
ネガティブ記憶の再生数が Nrp 項目のネガティブ記憶
の再生数よりも少なくなるという検索誘導性忘却効果
が生じ,Rp+項目としてネガティブ記憶を繰り返し検索
の抑制が確認できない可能性がある。
することを通して同カテゴリの Rp-項目であるポジテ
今後は,最終再生段階において,カテゴリ名及びキ
ィブ記憶が Nrp 項目のポジティブ記憶より再生数が少
ーワードの頭文字を提示する語幹手がかり再生を方法
なくなるということも生じた。つまり,抑うつ傾向の
として用い,再生順序を統制しても検索誘導性忘却効
低い人はポジティブ記憶とネガティブ記憶どちらでも
果が生じるかどうか確認する必要がある。また,潜在
異なる感情価間での検索誘導性忘却効果が生じていた。
記憶課題を最終再生段階において用いることで,異な
Harris et al.(2010)は,抑うつ傾向の高い人ではポジ
る感情価間の抑制が顕在的な検索プロセスに限定的に
ティブ記憶を検索練習することを通してネガティブ記
作用するものかどうかも合わせて検討していき,感情
憶を抑制できることを示した。一方,本研究では,抑
的な自伝的記憶の異なる感情価間における間接的な抑
うつ傾向の低い人で,さらにネガティブ記憶を検索練
制のメカニズムをさらに詳細に検討する必要がある。
習することを通してポジティブ記憶を抑制することも
示した。これは,抑うつ傾向の高い人に比べ,抑うつ
主要引用文献
傾向の低い人の方が検索誘導性忘却効果が良く生じる
Anderson, M. C., Bjork, R. A., & Bjork, E. L.(1994).
という先行研究と一致する。なお,この結果が生じる
Remembering can cause forgetting: Retrieval
のは,抑うつ傾向の低い人の方が,抑うつ傾向の高い
dynamics
人に比べて侵入思考や侵入想起が生じにくく,Rp+項目
Experimental Psychology. Learning, Memory, and
の検索練習中に,関連項目である Rp-項目を侵入想起せ
Cognition, 20, 1063-1087.
in
long-term
memory.
Journal of
ずにうまく抑制できたためだと考えられる。さらに,
Harris, C. B., Sharman, S. J., Barnier, A. J., &
Storm & Jobe(2012)はネガティブ記憶が検索誘導性忘
Moulds, M. L. (2010). Mood and Retrieval-induced
却効果の抑制を受けるために思い出されにくくなると
Forgetting
指摘していた。本研究では,抑うつ傾向の低い人でも
Autobiographical Memories. Applied Cognitive
ネガティブ記憶が検索誘導性忘却効果の抑制を受ける
Psychology, 24, 399-413.
ことを示しており,Storm & Jobe(2012)の指摘を実証
of
Positive
and
Negative
Joormann, J., LeMoult, J., Hertel, P. T., & Gotlib, I.
的に調べることができたと考えられる。
H.
問題点と今後の展望
Material in Depression. Journal of Abnormal
しかしながら,本実験の手続き
では,最終再生段階において再生される項目の順序を
(2009).
Training
Forgetting
of
Negative
Psychology, 118, 34-43.
統制することができていなかった。そのため,検索練
Sedikides, C. & Green, J. D. (2009). Memory as a
習を行い思い出されやすくなった Rp+項目が最終再生
Self-Protective Mechanism. Social and Personality
段階において最初の方に想起され,一方で検索練習を
Psychology Compass, 3, 1055-1068.
行わなかった Rp-項目の再生がされ難くなる,という出
Storm, B. C., & Jobe, T. A. (2012). Retrieval-Induced
力抑制が生じる可能性を排除できなかった。また,検
Forgetting Predicts Failure to Recall Negative
索誘導性忘却効果は,再生テストのように顕在記憶課
Autobiographical Memories. Psychological Science,
題では確認できる現象であるが,プライミング課題の
23, 1356-1363
ような潜在記憶課題では確認できない現象である(月
元・川口,2004)。すなわち,本実験で異なる感情価間
の抑制が顕在記憶課題において確認できたけれども,
異なる感情価間の抑制は顕在的な検索プロセスに限定
的に作用するものであり,潜在記憶課題においてはそ
木村晴 (2004). 望まない思考の抑制と代替思考の効果
教育心理学研究, 52, 115-126.
月元敬・川口潤 (2006). 検索誘導性忘却研究の展望
人間環境学研究, 4, 31-41.
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