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重度・重複障害のある生徒の意思の表出を喚起するための支援の在り方
重度・重複障害のある生徒の意思の表出を喚起するための支援の在り方 ― 素材の感触を味わうことを中心にした造形活動を通して 広島県立盲学校 皆本 ― 典子 【要約】 本研究は,重度・重複障害のある生徒の意思の表出を喚起するための支援の在り方を,素材の感 触を味わうことを中心にした造形活動を通して追究したものである。文献研究から,意思の表出 を 喚起するためには,興味が発達するように働きかけ,欲求を顕在化することが大切であることが分 かった。また,快刺激への志向性を高めることは外界への志向性を高め,触覚防衛の緩和としても 効果的であり, さらに感覚統合の力も高めることが分かった。実態把握により,対象生徒は触覚防 衛が出やすく内閉的な状態になりやすく,常同行動が多いことが分かった。 そこで,対象生徒にとって快の刺激であると思われる土粘土による造形活動に取り組んだ。研究 授業では,生徒の心理的変容をとらえ授業環境と展開を工夫した。その結果,自発的な活動が増え, 積極的に意思を表出する姿が見られ, 粘土を素材にした造形活動の有効性が認められた。 【キーワード】 1 重度・重複障害児 造形教育 触覚防衛 主題設定の理由 近年,盲学校,ろう学校及び養護学校では,幼 児児童生徒の障害が重度・重複化,多様化してい る。所属校においても視覚障害, 知的障害, 聴覚 障害及び肢体不自由など複数の障害がある幼児児 童生徒が増え,障害が重度化する傾向にある。盲 学校,聾学校及び養護学校学習指導要領解説―総 則等編―では障害の重度・重複化の対応として, 生きる力をはぐくむために自立を目指した主体的 な活動の推進の必要性が示されている。広島県障 害児教育ビジョンでも幼児児童生徒一人一人の教 育的ニーズに応じた教育内容の創造が示されてい る。個に応じた指導をするためには「自立を目指 した主体的な活動」がどのようなものか,一人一 人について具体化し,教育内容を創造していく必 要がある。 対象生徒は重度の知的障害と視覚・聴覚の障害 を併せ有している。感情の表出はあるが,その原 因や意味が分かりにくく共感することが難しい。 周囲への主体的な働きかけが少なく,常に介助を 待っている受動的な姿勢が多く見られる。 そこで,本人にとっての「主体的な姿」とは意 思を表出した姿であると考え,本人の主体性を促 すために,好きな物や事柄を見いだし,興味や関 心を広げその活動に対する意欲を高めることによ り,意思の表出を喚起することができると考えた。 特に他の活動に比べて興味をもっている様子が見 られる造形活動を通して,本人の感受性を刺激す ることのできる素材や授業の展開について,有効 性を検証し,支援の在り方を研究したいと考え本 研究題目を設定した。本研究の構想を図1に示す。 - 113 - 積極的に意思を表出した姿 触 覚 覚 興味の 育ち 統 防 衛 の 活動の質 的な高ま り 感 覚 遊 び 活動の量 を 的な充実 中 心 に し た 適切な素 造 材との出 形 会い 活 動 外界へ 意欲の の志向 高まり 性の高 感 まり 快刺激 合 への志 向性の の 高まり 力 興味の 芽生え の 緩 和 育 感覚の 潜在的 成 受容 興味 様々な素 材の体験 図1 実 態 把 握 *生徒の変 化に応じた 対応 *指導内容 の工夫 *分かりや すい活動内 容の設定 *コミュニケ ーションの 工夫 かかわり方 の工夫 活動内容 生徒の実態 主体的な働きかけが少なく受 動的,興味関心が分かりにく く,外界への志向性が弱い *共感的な 働きかけ 個別の指導 計画の作成 研究構想図 2 文献研究 ア (1) 障害者の自立について 盲学校,聾学校及び養護学校学習指導要領解説 ―自立活動編―では,今回の改訂の背景として, 国際的な障害者に対する取組みが進められてきた 中で,障害者の自立の概念が従前よりも広くとら えられるようになってきたことや,障害者基本法 の改正が行われたことなど,社会的な背景の変化 を挙げている。さらに,障害者を取り巻く社会環 境や障害に対する考え方,幼児児童生徒の障害の 重度・重複化,多様化等,実態が大きく変化して きていることを踏まえ ,「養護・訓練」が「自立 活動」となった経緯について「自立を目指した主 体的な取組を促す教育活動であることなどを一層 明確にする観点から ,『養護・訓練』という名称 を『自立活動』と改めた。」としている。(注1) さらに「ここでいう『自立』とは,幼児児童生 徒がそれぞれの障害の状態や発達段階等に応じ て,主体的に自己の力を可能な限り発揮し,より よく生きていこうとすることを意味している 。」 とし ,(注2)自立の意味を明らかにしている。 (2) 主体的な姿について 盲学校,聾学校及び養護学校学習指導要領解説 ―自立活動編―では,障害のある幼児児童生徒の 実態が,重度・重複化,多様化していることを踏 まえ,個に応じたきめ細かな指導の充実と重度・ 重複化への対応として,自立を目指した主体的な 活動の推進が示されている。したがって ,「自立 を目指した主体的な姿」を個別に明らかにする必 要がある。 本研究の対象生徒は主体的に動く場面が極めて 少なく,人や物へのかかわりが消極的である。ま た,回避や拒否の意思の表出はあるが,欲求に基 づいた意思の表出は少ない。しかし,食物に対し ては要求活動を示すので,周りの者にも本人の食 物への興味ははっきりと分かる。しかし,その他 のことへの興味や関心が分かりにくい。 そこで,対象生徒の主体的な姿とは,積極的に 意思を表出している姿であると考え,興味や関心 を広げ,活動への意欲を高めることにより,やっ てみたい,かかわりたいという意思を表出させる ことができ,主体的に生きる力をはぐくむことが できるのではないかと考えた。 まず,重度・重複障害児の自立の出発点として 興味をもつようになることを位置付けた,実践的 な先行研究から考察した。 興味とは何か 中司利一は「興味とは『主観的に価値のある対 象に対する心理的関与の志向性』であるとされて いる。この定義を分かりやすく解釈すると次のよ うになる。それは,興味とは自分にとって心地よ いとか楽しい,あるいはよかったというような情 緒的又は価値的な心理状態を持つ対象(ものやで きごと)に心がひかれる傾向のことである」と述 べている。(注3) また中司は「興味は人の行動を変更させたり, あるいは開始させ,その行動を継続させる力を持 っている 。」と述べ ,(注4)「『 はじめから持たれて いる興味』と『育てられた(発達した)興味』の 二つの種類があると考えられる」と述べている。 (注5)そして,この育てられた興味があることに着 目し ,一般的に環境に対する興味や関心が乏しく, 自ら環境に働きかけることが少ないと言われてい る重度・重複障害児に対して,興味が発達するよ う働きかけることの大切さを指摘している。 イ 興味の構造 大沼直樹は,アメリカの教育哲学者デューイの 興味論からヒントを得ながら,興味と本能を直結 した表裏一体のものとして把握し,興味の構造を 原興味・現興味・方法的興味に分けている。 また大沼は「原興味」を人間が潜在的にもって いる興味とし,その潜在的興味が触発されて顕在 化したものが「現興味」であり,これは「つくら れていく興味」であるとしている。 「方法的興味」は,今ある興味であり「つくら れてきた興味」である。例えば,調理などの授業 において,現にある子どもの食べることへの興味 を動機付けに活用し,調理への意欲をもたせるな ど,興味が方法として使われることを指している。 したがって,「動機付けの興味」ともいえる。 さらに大沼は「興 味には『つくられ て き た 興 味 』と『 つくられていく興味』の二面性がある」 と述べ ,(注6) 子どもの「つくられてきた興味」の 活用(方法的興味)にのみ視点が置かれ,かかわ り手が子どもの興味を意図的,計画的にはぐくむ という「つくられていく興味」の視点が見落とさ れがちであったことを指摘している。 ウ 興味をはぐくむとは 興味をはぐくむとは,学ぶ主体である子どもの 欲求を誘発するような環境を設定して,欲求自体 を顕在化することである。 大沼は「乳幼児や障害の重い子どものように, - 114 - 体験の少なさに伴い興味の対象自体が極端に少な い彼らにとっては ,『つくられてきた興味』だけ でなく,子どもの『欲求』に着目した『つくられ ていく興味・育む興味』にこそスポットが当てら れるべきなのである。」と述べている。(注7) 大沼は,興味を生きる基礎として位置付け,興 味自体を「人間の欲求 」,すなわち「目的」とと らえなおしている。そして,興味をはぐくむため には,教育の場で子どものどのような「自発的欲 求」に着目し ,どのような教材を示せばよいのか, 事例研究を通して考察している。 その中で大沼は ,「重度・重複障害児の自立の ひとつに『興味を持つようになる能力・興味的自 立』があるということ」を明らかにしている。(注8) さらに,いくつかの教材に興味をはぐくむ要素が 存在することを実践的に立証し,感覚運動遊びや 他の遊びにおいて,子どもの様々な欲求・意欲を はぐくむ要素があることを示唆している。 (3) 重度・重複障害者の指導について ア 重度・重複障害とは 盲学校,聾学校及び養護学校学習指導要領解説 ―総則等編―では「『 重複障害者』とは ,『当該 学校に就学することとなった障害以外に他の障害 を併せ有する児童又は生徒』であり『他の障害』 とは,視覚障害,聴覚障害,知的障害,肢体不自 由及び病弱について,原則的には学校教育法施行 令第22条の3において規定している程度の者の障 害を指している 。」としている 。(注9) 一方で,指 導上の必要から,必ずしもこれに限定される必要 はないともある。 すなわち,重度・重複障害とは障害が二つ以上 重なっていることと,発達的側面や行動的側面か らみて障害の程度が極めて重い状態を指してお り,幅広い概念としてとらえられる。盲学校,聾 学校及び養護学校学習指導要領解説―総則等編― では「『 生きる力』を培うためには,一人一人の 障害の状態等に応じたきめ細かな指導を一層充実 することが重要である 。」とされている 。(注10) し たがって,生徒の実態を的確に把握することは大 変重要である。 イ 感覚統合 私たちは,普段生活の中で様々な感覚を使いこ なして生きている 。「五感」と呼ばれる意識に上 りやすい感覚のほかに,ほとんど意識せずに使っ ている感覚がある。それは,人の行動や仕草,動 作,身のこなしなどをコントロールしている重要 な感覚で , 「 触覚( 有害な刺激の回避 ,弁別)」 「固 有覚(筋緊張・関節の状態を把握)」「前庭覚(バ ランス感覚 )」の三つに分類される。感覚統合と は,これらの脳に入ってくる様々な感覚の情報を その必要度や緊急性に分け,秩序立てたものに構 成する働きである。例えば,人混みで,人とぶつ からないように歩くことができるなど,普段意識 せずに行っていることが,感覚統合である。 子どもは,成長過程でその発達段階に応じた様 々な運動や遊びにより刺激を感覚として入力し, 感覚統合の力を発達させる。障害のある子どもに はこの力の弱さや,バランスの崩れがある。障害 のある子どもを理解するとき,この意識に上らな い感覚について知っておくことが大切である。 ウ 触覚防衛 「触覚」は,全身の皮膚や粘膜にあるセンサー で,圧覚,温覚,冷覚,痛覚,くすぐったいなど の感覚がある。対象生徒は視覚,聴覚にも重度の 障害があり,情報を収集するために使われる感覚 は主に触覚であると考えられる。 そこで,本研究では触覚を主とした感覚の統合 のつまずきについてとりあげる。 「触覚防衛」とは,何かに固執して触り続ける というように, 自己刺激的に触覚を使うことには 積極的だが,触られるなどの外からの触覚刺激を 嫌う状態である。また,情緒的に不安定であった り,自律神経系のバランスが崩れている時ほど, 強く出やすい。 エ 触覚防衛のメカニズム 感覚には「 原始的・本能的働き 」の原始系と「 認 知的・識別的な働き」の識別系がある。触覚には この二つの働きの違いが特徴的に表れやすい。 原始系では,あいまいな「触覚刺激」には「防 衛・逃避反応」が出やすく,避ける,嫌がるとい った行動になる。自分にとって好ましい対象には 「取り込み反応」が出る。自分から触ることがで きるが,触られることを嫌がるのはこの状態であ る。また,同じ刺激でも,受けた本人の心理・情 緒的な構え方で,反応の出方が変化してしまう。 原始系はサバイバル状態を生き抜くために必要 な働きであった。したがって,攻撃を受けたら致 命傷になる身体部位(顔面・首筋・脇腹)や,攻 撃に用いる身体部分(爪や口)ではより強く「防 衛・逃避反応」が表れる。 識別系は対象物の素材や形,大きさなどを弁別 するという知的な働きがある。識別系が働くため - 115 - には,触られている所に,注意が向いていること が必要である。ソフトに触られた場合,感じ分け ることは難しいので,刺激に一定の圧力が必要で ある。さらに自分から触るという自発運動が伴え ば,識別しやすくなる。図2は原始系と識別系の 働きを表している。 の状態が改善され ,『触覚防衛』を軽減していく ことが推測される」と述べている。(注12) すなわち, 受け入れやすい快の刺激を体験することにより快 刺激への志向性を高め,自分から触ることへの興 味を促し,享受できる触材のレパートリーや触る 頻度を増やしていくことが大切であると考える。 本研究の対象生徒はその実態から,触覚防衛が 出やすい状態にあることが推測される。このこと を念頭に置いたかかわり方が大切であり,触覚防 衛への対応策としても,感覚遊びの要素のある造 形活動が有効であると考えられる。 3 図2 原始系・識別系の働き 原始系,識別系の両者のバランスを保っている 状態が感覚が統合されている正常な状態である。 脳に何らかの障害があり,両者のバランスが崩 れ,原始系の暴走状態によって生じてくる症状が 「触覚防衛」である。 触覚防衛が出やすい状態にある生徒には,その 子にとって「分かりやすい刺激」が入るように工 夫することが大切である。 オ 触覚防衛と発達のゆがみ 子どもの発達には,かかわる者との共感関係が 重要である。 「 触覚防衛 」はその症状が重いほど, この共感関係を作るプロセスを壊してしまい,対 人関係にゆがみをつくってしまう。物とのかかわ りのゆがみも生じ,遊ぶ(触る)場所や遊びの種 類が限られ,遊び経験の偏りとして現れ ,創造的, 発展的な遊びの経験が阻害されてくる。 木村順は「この症状が,どれほど子どもの発達 するチャンスを奪い取っているのかを考えると, 少しでも早期に,指導者が発見し,適切な対応を していく必要性を強く感じる」と述べている。(注11) カ 触覚防衛への対応策 木村は,触覚防衛を緩和するための対応策とし て,触覚の使い方を自分から能動的に触っていく 「アクティブタッチ」と受動的に触られる「パッ シブタッチ」に分けて示している。比較的知的機 能の高い子どもにはフィンガーペインティングや 粘土遊びなどの感覚遊びが有効であるとし ,「こ の原理は『アクティブタッチ』の興味を促しその レパートリーや頻度を増やしていくことが 『識 別系』の機能を高め,その結果 ,『原始系優位』 焼成用粘土を素材にした造形活動の意義 描いたり,創ったりする行為は,人間の最も自 立的で主体的な行為である。また,様々な素材に よる造形活動は,その過程において感覚遊びの要 素を豊富にもっており,十分体験することで心理 的解放や感覚統合の力の発達を促すことができ る。このように造形活動は,子どもたちの心身の 発達に深くかかわっている。また,文化の継承者 であり担い手でもある子どもたちが,感覚遊びの みを目的にするのではなく,ものを創り表現する ことを目的とした造形活動に取り組むことの意義 は大きい。 本研究では造形活動の素材として焼成用粘土を 取り上げた。焼成用の粘土は,外力によって自由 に形を変えることのできる可塑性のある素材であ る。砂を加えたり,水分を加減することにより, 粉,泥,塊状になり,暖めたり冷やしたりするこ ともできる。また,ちぎったり,丸めたり伸ばし たり,自由に形作ることができ,壊したり作り直 したりできる。さらに焼成することで,素焼き, 本焼きとまったく異なる質感のものとなる。 このように,粘土を素材とした活動は多様な質 感や温感,形態の変化を自然に,また積極的に体 験することができ,触覚だけでなく,筋肉,運動 感覚にも働きかけることができる。 健常児に比べ ,発達段階に応じた体験が少なく, 興味そのものが育つ機会が少ないと考えられる重 度・重複障害のある生徒にとって,多様な質感, 形態の変化を体験することができる素材は,興味 の対象を見いだす可能性をもっていると思われ る。また,生徒の障害の状態や手指等の身体の機 能,発達段階に応じて素材を工夫することにより, 生徒が自分の意思の力によって働きかけ,その変 化を体験することができる。したがって,生徒の - 116 - 主体的な活動を自然に導き出すことができると考 える。さらに,できた物を焼成し,作品として残 すことで,鑑賞することができ,見る人と制作者 との間に共感関係を生むこともできる。 以上のことから,焼成用粘土の造形活動は対象 生徒の興味関心を育て活動意欲を高め,主体的な 姿を導き出す可能性を十分備えていると考えた。 4 生徒の実態把握 本研究の対象生徒は高等部3年の男子である。 表1 重度の視覚・聴覚・知的障害があり,自発的な行 動が極めて少ない。視覚や聴覚は測定が困難であ る。遠城寺式乳幼児分析的発達検査によると,運 動面は約3歳,社会性の基本的習慣は約2歳6ヶ 月,発語は約6ヶ月の発達段階となったが,視覚 ・聴覚の障害が大きく影響し,検査できない項目 が多く,分析が困難であった。より的確な実態を 把握するために,行動観察と保護者,担任等から 情報収集を行った。表1は実態を整理したもので ある。 実態整理表 (視力)検査困難。光覚あり。懐中電灯の光で顔を背ける。普段はほとんどまぶたが降りているが,緊急時や意識が外に向い 視覚 ているときは,開眼し注視している。 聴覚 (聴力)検査困難。特定の音に反応。左耳は内耳損傷のため聞こえない。そばで突然大きな音がしても反応しない。右耳を押 さえて発声したり,耳や頭,顎を叩いて響く音を聞いている。 右耳に向かって声をかけると体を背ける。 (体調)欠席は少なく大きな病気になることはないが,自傷がひどく傷の手当てが必要なときがある。虫歯になりやすい。 (睡眠)時々リズムが乱れ夜中に起きていることがあり,登校後寝入ってしまうこともある。 健康 (排泄)ほぼ自立。定時にトイレに連れて行くと一人でできる。自分で行くこともたまにある。大便は援助が必要。 日常 (食事)部分的に援助が必要。食欲旺盛,手探りで食べ物を確認。苦手な物もあるが食べられる物が増えている。スプーンで 生活 すくって口に運ぶが,続けてすくわない。口に詰め込んでしまう。咀嚼が少なく丸飲みにする。菓子袋に触れると中から取り 出し匂いをかいで,好きな物であれば食べる。 (着脱)動作を誘導するとできる。服の前後の認識,ボタン,ホックの操作は難しい。 感覚 認知 運動 集団 (触覚)対象を触って確認するが探索の動きは少ない。しがみついたりすることはあるが,概して触られることが好きではな い。特に耳,口,首,指先を嫌がる。 (運動)動作が大変ゆっくりである。一人で歩け,一人で階段を昇ることができるが,下りは援助が必要。トランポリンでバ ランスをとることもできる。まれに跳ぶこともある。座り込んでいることが多く自分から動くことは少ない。 (人とのかかわり)そばにいるものを確認するためや,移動や食事などの自分にとって援助が必要な場面ではかかわりを求め 社会性 るが,積極的にかかわられることを嫌がる場面が多い。まれに,教師とのやりとりを楽しむこともある。 言語 (表出言語)いくつかの喃語があり,時々耳を押さえながら発声し聞いているが,発声で意思を伝えている様子はない。言葉 による指示理解は困難。 (常同行動)食事の場面以外では,自発的な動きは極めて少なく,最も多い行動は常同行動である。床にあぐら座位をとり, 体を前後にリズミカルに揺らし,右中指で前歯をはじく,こめかみや顎,頭,耳を叩く等の自己刺激行為を継続している。情 緒が安定しているときは,穏やかな表情で一定のリズムを保っているが,不安定になると,早く,強くなり,自傷へ移行する 行動 情緒 こともある。表情も険しくなる。両手がふさがれたとき,意識が外に向いているとき以外はずっと続けている。何もしていな いときは覚醒レベルが低下していることが多い。 (自傷)常同行動から移行することが多い。大変激しい自傷となる場合もある。虫歯の痛み,かぜをひくことによる体調不良, 常同行動を無理に止められたり,怖いこと,嫌なことを強いられたときに自傷となっている。 (情緒)機 嫌がよいときには,発声が多く笑顔や笑い声が多い。常同行動の激しさや自傷,他傷,表情の険しさから不機嫌で あることが分かるが,原因となるものが分からないことも多い。発声が次第に叫びになるときは興奮状態である。 数年前の情報と比べると,自発的な動きや意思表示が減少し,依存的で内閉傾向が強くなっていることが分かったが,最近 その他 少しずつ自発的な行動と思われるものも増えてきた。 虫歯の治療が進むにつれ自傷が少なくなり,笑顔が多く,情緒的に安定している日が多くなっている。 対象生徒に最も多い行動は,身体を前後に揺す りながら前歯を指ではじく,顎や頭,耳を叩く常 同行動である。常同行動とは出現頻度がほぼ一定 で反復的でリズミカルな行動のことである。 本人は視覚・聴覚からの十分な情報が得られ ず,分かりやすい情報を得ることが難しい。した がって情緒的に不安定になりやすく,触覚防衛が 出やすい状態であると思われる。そこで情緒の安 定を図るために,自発的に動かないことで環境か らの刺激が少ない状態をつくり,常同行動に没頭 し,内閉的な状態にして自らを守っていると考え られる。また,数年前には今より活動的で,もっ と多くの探索活動が見られた。このことから,対 象生徒は本来,外界への志向性があるが,本人に - 117 - とって適切な刺激がないので,その代償として継 続的自己刺激活動である常同行動に没頭している と考える。さらに体調が良くないとき,怖い,痛 いなどの不快な思いをしたときに,常同行動から 自傷行為になっている。触覚防衛の状態が強く出 て,より内閉的な状態になり,常同行動で落ち着 くことができず,自傷行為に移行したことが推測 される。 触られたくない思いの背景には,本人 にとって大変不快な経験があると考えられる。 このような触覚防衛の状態を緩和するために も,快の刺激の体験を積み重ねることで快刺激へ の志向性を高め ,さらに享受できる刺激を増やし, 意識を外に向けていくことが必要である。 対象生徒は促されずに続く活動がほとんどない が粘土を手に取るとちぎり続けていた。このこと から,粘土には本人にとって快の刺激があると考 えた。したがって,粘土を素材にした活動で,興 味をはぐくみ,意欲を高め ,「やりたい」という 積極的な意思の表出を喚起できるのではないかと 仮定し,研究授業に取り組んだ。 5 研究授業の実施 (1) 授業計画 ア 日時 平成14年12月3日~平成15年1月10日 イ 題材 土粘土による造形活動 ウ 学年 所属校 高等部第3学年(1名) エ 目標 〇 土粘土の様々な素材の感触を体験することに より,感じ分ける力を育てる。 〇 好きな感触の素材を見つけ,その感触を十分 楽しむことにより,活動への意欲を高める。 〇 積極的に素材に働きかけ,形が変化すること のおもしろさを知ることにより,主体的な姿勢 を育てる。 オ 指導 計画 時 1 2 3 4 5 6 活動内容 目標 指導上の留意点 ・粉,粒,泥,塊状の土を触る。 ・様々な素材の変化を楽しむ。 ・水を加えて練り,粘土にする。 ・活動の始まりと終わりをはっきりさせる。 ・素材を提示する位置を定位にし,分かりやすくする。 ・一緒に活動しながら共感し,コミュニケーションを図る。 ・むりやり触らせない。 ・異なる質感の土に触る。 ・感じ分ける力をつける。 ・活動の始まりと終わりをはっきりさせる。 ・好きな感触の素材で遊ぶ。 ・好きな素材を選ぶ。 ・素材を提示する位置を定位にし,分かりやすくする。 ・一緒に活動しながら共感し,コミュニケーションを図る。 ・むりやり触らせない。 ・堅さの異なる塊粘土を触る。 ・好きな素材を選んで感触を十分 ・好きな素材での活動を十分させる。 ・ちぎったり丸めたりする。 味わう。 ・一緒に活動しながら共感し,コミュニケーションを図る。 ・量の異なる粘土を触る。 ・好きな堅さの粘土を見つける。 ・好きな素材での活動を十分させる。 ・ちぎったり丸めたりする。 ・道具を使って作品を作る。 ・道具の使用をむりじいしない。 ・作品を作る道具(綿棒)を使う。 ・一緒に活動しながら共感し,コミュニケーションを図る。 ・板状の粘土を触る。 ・形状の異なる粘土を体感する。 ・探索活動が出るよう提示の仕方を工夫する。 ・ちぎったり丸めたりする。 ・型を使った制作を体験する。 ・一緒に活動しながら共感し,コミュニケーションを図る。 ・型を使って作品を作る。 研究授業の分析と考察 造形活動の有効性を測るため対象生徒の心理的 変容を ,「教師の働きかけ 」「生徒の行動 」「常同 表2 時 活動内容 ・あいさつ ・粉状の土の感 触を体験する。 1 ・粒状の土の感 触を体験する。 ・泥状の土の感 触を体験する。 ・塊状の土の感 行動 」「表情 」「発声」を観点にした行動観察に より分析した。表2は第1時,第3時,第5時の 授業の様子を表にまとめたものである。 行動観察表 A(身体を前後に揺らす)B(歯をはじく)C(顎や頭を叩く)D(耳を圧迫する) 常同行動 表情 発声 教師の働きかけ 生徒の行動 ・席へ誘導する。 ・いすを探して座り,常同行動をする。 AB ・けがをしている手に手袋をはめる。 ・手袋をはめさせてくれるが,取ろうとす 不快 る。(取れない) ・両手を持ち始まりのサインをさせる。 ・手を引きかけるができない。誘導に従う。 活動の切 ・器の上に手を誘導し,ざるの土を手の甲, ・手を開いたままじっとしている。手指で れ目にA 真剣 手のひらに振りかける。 ざるの底を触る。手の方に顔を向けている。 B が出る ・器に落ちた土を触らせる。 ・手指を動かしたり,土をつまんだりする。 が,少な 真剣 ・器を変えて触らせる。 ・土をつかんで,他に移そうとする。 い。 ・手に湯をかける。 ・手を開く。 笑顔 ・湯の入った土を練らせる。 ・触りながら次第にどろどろになってくる 不快 ぶー と手を引こうとする。 ・湯をかけながら手を洗う。 ・手を出す。 笑顔 ・手を拭く。 ・手を引っ込めようとする。 ・塊の粘土に触らせる。 ・手に触れるとちぎって投げ飛ばす。左右 粘土がな 少し笑 - 118 - 3 触を体験する。 ・片づけ ・粘土板を運ばせ,水道方向に誘導し手を 洗わせる。 ・あいさつ ・両手を持って,終わりのサインをさせ る。 の手に持ち替えて,なくなるまで続ける。 くなると 顔 ・水道方向に体が向くと,腕を伸ばして蛇 A B 少し開 口を探し,水を出し,少し手を濡らす。 眼 ・手を引こうとするが誘導に従ってサイン をする。 ・席へ誘導する。 ・側に寄って声をかける。 ・あいさつ ・両手を持ち始まりのサインをさせる。 ・軟らかい粘土 ・粘土板の上の粘土の入った袋に触らせ の体験をする。 る。 ・袋の中に手を誘導する。 ・手に付いた粘土を取る。 ・机に寄りかかり両肘をついて常同行動を A B する。そばに来た先生を触る。 ・誘導に従いサインをする。 ・片手で袋を触る。 B ・少し堅い 粘土 ・粘土板の上の粘土の入った袋に触らせ の体験をする。 る。 ・粘土板から落ちた粘土を板に戻す。 ・堅い粘土の体 ・粘土板の上の粘土の入った袋に触らせ 験をする。 る。 ・粘土板から落ちた粘土を板に戻す。 ・粘土を丸める。 ・手のひらを広げて丸めさせる。 ・すぐ側で声をかけながら丸める。 ・片づけ ・粘土板から粘土を片づける。 ・あいさつ ・粘土板を運ばせ,水道方向に誘導し手を 洗わせる。手首を持って洗う。 ・両手を持って,終わりのサインをさせ る。 5 ・袋の中から粘土を取り出す。 ・ちぎるが軟らかいので投げられない。 ・手に付いた粘土を渡す。 ・袋に触ると自分で中から粘土を取り出し ちぎり出す。手持ちの粘土がなくなると, 常同行動をする。 ・粘土が手に触れるとちぎる。 ・袋に触ると自分で中から粘土を取り出し, 勢いよくちぎり投げ飛ばす。時々手が止ま るが粘土に触れるとちぎり続ける。 ・手を引いて,常同行動をする。 ・丸めている手を触りながら笑い出す。 ・板の上を両手でなでて,探す。 ・水道方向に体が向くと,腕を伸ばして蛇 口を探し,水を出し,少し手を濡らす。 ・手を引こうとするが誘導に従いサインを する。 ・机上に粘土板と袋に入った粘土を置いて ・自分で移動していすに座り,両手で机上 おく。 を探し,袋を見つける。 ・中から粘土を取りだして,ちぎり始める。 ・粘土の袋を取り上げようと引っ張る。少 ・袋を引っ張り返す。(引っ張り合い) し引っ張り合う。 ・あいさつ ・両手を持ち始まりのサインをさせる。 ・誘導に従いサインをする。 ・板状の粘土の ・板状に伸ばした粘土を置く。 ・粘土が手に触れるとすぐに勢いよくちぎ 体験をする。 ・粘土板から落ちた粘土を板に戻す。 って投げる。 ・かなり小さくなってもちぎり続ける。 ・型に押しつけ ・型の上に手を誘導し,一緒に押さえつけ ・少しの間,押さえさせるが,手を引く。 て器を作る。 る。 ・立たせて,押さえつけさせる。 ・一緒に押さえた後,一人で押さえる。 ・様子を見る。 ・型をはがし,粘土をちぎる。 ・もう一度,型の上に手を誘導し,一緒に ・一緒に押さえる。型をはがそうとする。 押さえつける。 ・粘土を集める。 ・集めている手に触る。 ・片づけ ・粘土を片づけることを知らせる。 ・粘土を取ろうとせず,手を引っ込める。 ・粘土板を運ばせ,水道方向に誘導し手を ・腕を伸ばして蛇口を探し,水を出し,少 洗わせる。 し手を洗う。 ・あいさつ ・両手を持ち終わりのサインをさせる。 ・誘導に従いサインをする。 (1) 活動の流れと環境の設定 始まりと終わりを分かりやすくするため,サイ ンの定着を図った。環境を把握しやすくするため 教室,席の位置,素材の提示場所,かかわる人の 位置をほぼ一定にした。両手を拘束されることに 抵抗を示すこともあったが,次第にリラックスし て動きに従うようになった。また自主的に着席し , 机上のものを探すなどの探索の動きも多くなっ た。サインの意味はまだ理解していないが,同じ 環境設定や授業展開を繰り返すことにより,活動 の見通しをもつことができ,安心して活動できる ようになったと考える。 (2) 教師の働きかけ 指示を分かりやすくするため,身体の定位でサ インし,対象物に触らせながら指示した。快の経 験を重視し,心理的変容の把握に努め,拒否的な ぼーっ として いる 。 B,時々 笑顔 AC 真剣 真剣 BC 笑顔 笑い 探索が終 声 わるとB 少し開 眼 B 笑顔 笑顔 笑顔 笑顔 活動の 切 れ目にA BDが出 笑顔 る。 笑顔 笑顔 笑い 声 あー 笑い 声 笑顔 笑顔 B 笑い 声 笑顔 活動をむりじいしないようにした。あえて活動の じゃまをするなど揺さぶりをかけると,活動への 欲求を表し,ちぎりたいという意思が分かった。 言葉としての認識は困難と思われるが,音の雰 囲気を感じ取ることができると仮定し,話しかけ て共感し,楽しい雰囲気を作ることに努めた。そ の結果,かかわる者とのやりとりに笑顔が出るこ とが多くなり,共感関係をもつことができたと思 われる場面もあった。外界への志向性が高まって いるときは,周囲の楽しい雰囲気を聴覚からも感 じ取っていると考えられる。 (3) 外界への志向性と意思の表出 第1時は手指の損傷のため,常同行動が難しい 状態だった。このため両手が机上に出ていること が多く,表情の変化や顔の向きから,結果的に意 識が活動に集中していたと考えられる。 - 119 - 第2時は,不機嫌で常同行動に没頭し,止める と自傷になることもあった。体調の崩れと疲れが 影響していると考えられる。しかし,粘土に触る とちぎる活動を始めていた。 第3時は,入室時は覚醒レベルが低い状態であ ったが,粘土に触れちぎり始めると次第に表情が 豊かになり,常同行動も減少していった。 第4時は,活動は力強く継続するが興奮気味で, 発声が次第に叫びになり,常同行動から自傷に移 行することもあったので活動を中止した。 第5時は授業前から機嫌が良く笑顔が多く,声 がよく出ていた。始まりのあいさつの前に机上の 粘土を見つけ,制止を振り切り活動に入ってしま った。意識がかかわる者や粘土などの対象に向か っており,常同行動も少なかった。 以上の経過から常同行動が少なく情緒が安定し ている状態は,意識が対象に向かいやすく,外界 への志向性が高い状態であると考えられる。第5 時は,表情が大変豊かで,周囲とのかかわりを楽 しんでいる様子も多く,自主的な探索行動や主体 的な活動が最も多かった。したがって,外界への 志向性が高まり ,「やりたい」という積極的な意 思を表出したものと考える。 (4) 素材の有効性について 多様な質感や形状を体験させることができ,本 人が最も好む活動は,やや堅めの粘土をちぎる活 動であることが分かった。活動時の表情も次第に 豊かになり,意欲的な動きが増えた。覚醒レベル が低いときや常同行動が多く内閉的なときでも, 粘土に触ると自主的に活動を始めていた。これら のことから粘土は,興味を育てることができ,活 動への意欲を引き出すことができる素材であった と考える。 さらに,生徒がちぎ った粘土を生かして作 品を作ることができた。 より多くの人に鑑賞さ れることにより,共感 関係を広げ,作品を通 して人とのつながりをつ 生徒作品 くることができると考え る。重度・重複障害のある生徒が直接社会に働き かける機会は少ないが,これらの作品を通してア ピールすることにより,間接的に社会に参加する ことができる。このことから,作品化には意義が あると考える。 7 まとめと今後の課題 本研究の結果,コミュニケーションが難しく実 態がとらえにくいと思われている重度・重複障害 のある生徒も,その行動に多くのメッセージをも っていることが分かった。生徒の実態を的確に把 握するためには,メッセージを読みとろうとする 姿勢と的確に受け止め理解する感性が必要であ る。さらに,障害に対する知識を深め,多角的な 方面からの情報と見方を総合的に判断することが できる力量が必要であると考える。 今回の研究で,行動分析により対象生徒の実態 が明らかになった部分もあるが,実態把握及び授 業分析について,客観性が十分であるとはいえな い部分もある。より正確な実態把握の方法や授業 分析について研究を深め,学部間の連携をとり, 一貫した指導体制を推進していく必要がある。 また,焼成用粘土を素材にした造形活動は,活 動に対する意欲を高め,意思の表出を喚起するた めに,有効であることが明らかになった。他の素 材の有効性についても研究し,重度・重複障害の ある生徒の主体的な姿をはぐくむために,造形教 育においてできることを追究していきたい。 【引用文献】 (注1) 文部省『盲学校,聾学校及び養護学校学習 指導要領解説―自立活動編―』海 文堂出版 平成12年 p.8 (注2) 上掲書 (注1) p.8 (注3) 中司利一「感覚運動遊びと興味」日本アビ リティーズ協会 『養護学校の教育と展望』 №113 1999 p.6 (注4) 上掲書 (注3) p.6 (注5) 上掲書 (注3) p.7 (注6) 大沼直樹「興味を育むということ」日本ア ビリティーズ協会 『養護学校の教育と展望』 №113 1999 p.31 (注7) 上掲書(注6) p.32 (注8) 上掲書 (注6) p.135 (注9) 文部省『盲学校,聾学校及び養護学校学習 指 導 要 領 解 説 ― 総 則 等 編 ― 』海 文 堂 出 版 平成12年 p.165 (注10) 上掲書 (注9) p.6 (注11) 木村順「触覚と周りの世界との関係をつく る」日本アビリティーズ協会『 養 護学校の 教育と展望』 №105 1997 p.17 (注12) 上掲書(注11) p.16 - 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