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2014 年度 奥田研究室ゼミ生研究発表論文集

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2014 年度 奥田研究室ゼミ生研究発表論文集
2014 年度
奥田研究室ゼミ生研究発表論文集
共愛学園前橋国際大学 国際社会学部
国際社会学科 心理・人間文化コース
Kyoai Gakuen University Okudapsylab
Web:http://okudapsylab.jp
facebook:https://www.facebook.com/okudapsylab
Twitter:@okudapsylab
Copyright(c) 2007-2015 okudapsylab. All Right Reserved.
は じ め に
本論文集は, 共愛学園前橋国際大学国際社会学部国際社会学科心理・人間文化コース,奥田雄一郎研究室の 2014 年
度の活動のまとめとして,3 年生の共同研究論文・レヴュー論文,4 年生の卒業論文要旨を掲載したものである.
2014 年度の奥田研究室は,3 年生7名,4 年生 11 名,それに加えて本研究室卒業の大学院生 2 名(早稲田大学大学院・
青山学院大学大学院)の 20 名での開始となった.
3 年生は,今年度も英語コース,情報・経営コース,心理・人間文化コース,児童教育コースといった様々な専攻で
学んできた学生たちが集まった.4 月前半にはまずお花見で 3・4 年の親交を深め,4 月後半には 4 年生の卒業論文構
想発表,奥田による研究発表を行った.2014 年度は,「地方にこもる若者たち(阿部,2012)」「Digital youth
(Subrahmanyam & David Smahel,2010)
」の輪読を行うとともに 5 月には 4 年生を中心とした「COMMONS
COLLECTION 2014」
,尾瀬での「梅雨合宿」
,
「米澤誠先生講演会」
,6 月には「奥田ゼミ杯争奪バトミントン大会」
,
「留学生宅でホームパーティ」
,
「恋愛映画×ワールドカフェイベント」
「前橋市長タウンミーティング」への参加,
「世
界報道写真展 2014」の見学を行った.また,7 月には「前橋七夕まつり」に参加,奥田の担当する「社会文化心理学」
の授業において「超国際体験学習 Z」
,
「Read for Future」
,
「COMMONS MARKET」という 3 つのイベントが開催さ
れた.また,卒業生を含め数十名で奥田の誕生日を渋谷において祝ってくれたのも,とても嬉しかったです.8 月には,
順天堂大学島内教授が主宰している ICHPS に学生たちと参加させていただき,また,例年同様夏合宿として早稲田大
学,
青山学院大学,
中央大学,
東京学芸大学など多くの学生達に参加してもらい,
奥田研究室夏合宿を行った
(於新潟).
9 月には,
毎年恒例のフィールドワークとして,
東京/横浜でのインタヴュー体験を含めたフィールドワークを行った.
後期においては,前期に引き続きジェネリックスキルやアカデミックスキルのレクチャーを行うとともに,7 名のメ
ンバーが 2 つのグループに分かれ,心理学の専門的な研究法のトレーニングを目的とした共同研究を中心に行った.
そうした中で 11 月には 2013 年度にも行った学生の学生による学生のためのゼミ選択支援企画「ゼミプロ」を 3 年生
中心に行い,12 月には最終合宿として 4 年生らがゼミ代表を決定するための冬合宿を行った(於鬼石)
.1 月には 4 年
生を中心として,こちらも 2012 年度に本研究室の学生が行った学生の学生による学生のための就職支援企画「きゅる
きゅる大学生」を行った.
後期ゼミにおいては,4 年生の卒業論文執筆,3 年生のレヴュー論文執筆,3 年生の共同研究というそれぞれのメン
バーにとって大きな課題があった.今年度は,全ての 4 年生が卒業論文執筆というゴールに辿りつけなかったことは指
導教員として力不足を痛感した.それでもそれぞれのメンバーが「論文は一人で書くのではなくゼミのメンバー全員で
書くもの」という,これまでの先輩たちが創ってきてくれた伝統を感じ取ってくれたと信じている.同級生だけではな
く,本研究室を卒業して大学院生や社会人となった先輩たちが,差し入れや添削といった形で常にバックアップをして
くれ,同級生たちや先輩たちがコメントし,常に応援してくれる.そうした環境の中で論文執筆という一つの大きなプ
ロジェクトを完了できたことは,メンバーにとって大きな力になったことであろう.今年度は全員揃っての卒業,とい
うわけには行かなかったのがとても残念ではあるが,卒業する 4 年生達は奥田ゼミで培ったこうした「ひとりではなく
みんなで」という精神を持って,社会でその力を発揮していってくれることを願っています.
3 年生,4 年生,そして大学院生たちや社会人の先輩たちという多くの人々のおかげで,今年度も奥田研究室の成果
として胸を張って公表できる論文集ができたことを,みなさまにここにお知らせいたします.
2015.01.31
共愛学園前橋国際大学
奥田 雄一郎
目 次
第一部 共同研究 第 1 章 赤城 史哉・今井 淳太・野田 有希・梁 奕良
2 0 7 / 3 6 5 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 1
第 2 章 西澤 有加・平田 恵介・毛 薇壹
嫌なやつの奇妙なコミュ力・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 7
第二部 三年生レヴュー論文 第 1 章 赤城 史哉(Fumiya Akagi )・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 13
チームワークの苦手な大学生たちへ 第 2 章 今井 淳太(Junta Imai)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 18
若者にとっての「憧れ」としての遠い戦場 第 3 章 西沢 有加(Yuka Nishizawa)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 23
「インターネット生放送」について研究してみた 第 4 章 野田 有希 (Yuki Noda)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 28
友達って使い分けるものなの? 第 5 章 平田 恵介(Keisuke Hirata)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 33
僕はこの論文で挫折を経験したけど,みんながいたから・・・ 第 6 章 毛 薇壹(Mao weyiyi)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 38
欲しいなら買えばいいんじゃない 第 7 章 梁 奕良(Yiliang Liang)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 43
ボーカロイドという歌い手 第三部 卒業論文要約 第 1 章 新井 美紀(Miki Arai )・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 48
失恋経験の受容が失恋後の精神的成長に及ぼす影響 第 2 章 顧 エイ華(Eika Ko )・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 54
青年の自己愛傾向のサブタイプによる達成行動阻害要因の検討 第 3 章 下村 美奈子(Minako Shimomura)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 60
規定あだ名と創作あだ名が大学生の居場所感・自己開示行動に与える影響 第 4 章 鈴木 友樹(Tomoki Suzuki )・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 66
カフェスタッフのリデザインーワークショップという学びの手法を用いてー 第 5 章 土屋 悠子(Yuki Noda)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 72
優しい関係による恋人関係の継続要因の検討 第 6 章 堤 梨恵(Rie Tsutsumi)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 78
現代社会におけるヤンデレの構造 第 7 章 萩原 健一(Kenichi Hagiwara)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 84
能動的音楽選択が気分誘導に与える効果
第一部 第 1 章 207/365 赤城 史哉・今井 淳太・野田 有希・梁 亦良 1.はじめに 「207 日」
.これは,K 大学における学生の休日日数である.なんと,大学生は 1 年間の半分以上を「休日」
として過ごしている.彼らは,多大な休日をどのように過ごして居るのだろうか.Figure 1 によると,大学生の
大半は「買い物」
「遊ぶ」等のアクティブで充実した休日を過ごしているようである.
Figure 1 大学生の休日の行動(コスモ http://www.cosmo-com.jp/topics/?p=14 1 月 22 日閲覧)
一方で,Case 1 のように「無駄に休日を過ごしてしまう」大学生も存在する.
Case 1 休みの日を無駄に過ごしてしまう大学生
(Yahoo!知恵袋 http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11132148881 2015 年 1 月 22 日閲覧)
大学生です.
何も予定がない休みの日にいつも,一日中パジャマ姿で家で寝て,ゴロゴロしてしまいます.
やらなければならない課題など,どんどん溜まってきているのに,何もする気が起きず,
テレビを見るのも,ご飯を食べるのも億劫で,
ただひらすらベッドの上で一日中ゴロゴロとして一日を過ごしてしまう自分がすごく嫌です.
たまっている課題を片付けるために設けた休日なのに,毎回同じパターンで無駄に過ごしてしまいます.
これまでは,ただの怠けだと思っていたのですが,
トイレに行くのも,ご飯を食べるのも,テレビを見ることさえも億劫だというのは,精神的な病気でしょうか?
1
Figure 1 においては,休日を活動的に過ごす現代の大学生像が見える一方で,Case 1 においては非活動的に,無駄
に休日を過ごし,後悔までしてしまっている大学生像が見える.一体どのような大学生が,充実していない無駄な休日
を過ごしてしまっているのであろうか.
2.問題と目的 「休日の過ごし方」は,学術的文脈において「余暇」という概念に位置づけられており,余暇を過ごすことは「余暇
消費」と呼ばれている.現在の余暇教育の先駆者といえるフランスの社会学者 Dumazedier(1974)は,
「余暇とは,
個人が職場や家庭,社会から課せられた義務から解放されたときに,休息のため,気晴らしのため,あるいは利点と無
関係な知識や能力の要請,自発的な社会参加,自由な想像力の発揮のために,まったく随意に行う活動の総体である」
と定義している.上記の定義によると,余暇消費は気晴らし,休息の為に行われている活動と捉えられている.では,
実際はどのような余暇消費の分類がなされているのであろうか.佐橋(2010)の調査においては,余暇消費の志向パ
ターンに 5 つの分類が指摘されている(Table 1)
.
Table 1 余暇志向パターンの分類(佐橋,2010) 分類
特徴
消極型
外出せず一人で,無気力・消極的に過ごす.
低活動・対人関係依存型
外出せず無気力・消極的な余暇消費傾向があるが,複数人での余暇消費を好む.
自己啓発型
長期的展望(自分の将来のためになる)余暇消費をする.
高活動・対人志向型
積極的に(自分主導で)
,より外出して,余暇消費をする.複数人での余暇消費を好む.
最適型
一人でも複数人でも積極的に(自分主導で)
,より外出して余暇消費をする.
Dumazedier(1974)が余暇を活動的であるべきものとして定義していたのに対し,Table 1 の余暇志向パターンの
分類においては,外出せず一人で無気力に余暇を消費する層がみられる.従って,現代社会において「何もせず余暇消
費をしてしまう層」は一定数存在する事が考えられる.
では,一体何が彼らの活動的な余暇消費を阻害し,彼らに「何もしない余暇消費」を強いているのであろうか.代表
的な余暇活動の阻害要因として,Crawford & Godbey(1987)が指摘する個人的,対人的,構造的という 3 つの阻害
要因が知られている(Table 2)
.
Table 2 余暇活動の阻害要因(林,2010 を元に筆者らが作成) 分類
特徴
個人的要因
パーソナリティ,レジャーに対する態度や価値観,興味の欠如など個人の内部に生じる心理傾向
対人的要因
家族や友人等他者との社会的相互作用から生じるものであり,一緒に活動する相手がいない等の要因
構造的要因
時間や費用の不足,活動環境へのアクセスの困難さといった主に外的な状況要因
余暇消費における阻害要因に対する認識の度合いは,社交性の強さとも関連する傾向がみられている(佐藤・佐橋,
2008)
.それは他者あるいは社会との関係性を良好に構築できるかどうかであり,その点からすれば阻害要因の多くは
人間関係に起因すると推測される(佐藤・佐橋,2008)
.
「社会との関係性を良好に構築する」技能と類似する概念としては,
「社会的スキル」が挙げられる(香川,2006)
.
しかし,社会的スキルの実行は「シャイネス」により抑制されると言われている(香川,2006)
.
2
シャイネスとは,
「社会的不安と対人的抑制という特徴をもつ情動的−行動的症候群である」
と定義されている
(Leary,
1986)
.さらに,シャイネスは状態シャイネスと特性シャイネスの 2 つに区分される.状態シャイネスは,ある特定の
社会的状況の中でのみ生起するものであるが,特性シャイネスは特定の状況を超えて比較的安定して存在する一種の人
格特性と考えられている(相川,1991)
.従って,どのような人々が,余暇を無駄に消費してしまうのかを検討するた
めに,特性シャイネスに着目する必要があるであろう.
以上のことから,
「特性シャイネス傾向が高い人は,低い人に比べ非活動的余暇消費傾向の高い」ことが考えられる.
本研究は,以上の仮説を検証することを目的とする.
3.方法 研究協力者:K 大学の学生 457 名に調査を依頼し,有効回答 435 名,無効回答 22 名であった.学年の内訳は,1 年生
205 名,2 年生 153 名,3 年生 66 名,4 年 29 名(Figure 2)
,コースの内訳は英語 129 名,国際 62 名,
情報・経営 118 名,心理・人間文化 66 名,児童教育 77 名,無記名 5 名であった(Figure 3)
.
Figure 2 調査協力者の学年別度数 Figure 3 調査協力者のコース別度数 手 続 き:2014 年 12 月に K 大学の 7 つの講義内の開始時間からおよそ 15 分を利用し,質問紙調査を実施した.質
問紙配布の際に,研究の目的や回答方法の教示を口頭で行い,質問紙配布後は回答者からの質問を随時受
けられるよう待機し,実施後にその場で回収を行った.得られた回答は,IBM SPSS Statistics 22 を用い
て分析を行った.質問紙の内容に関しては「調査内容」の項に記す.
調 査 内 容:①非活動的余暇消費傾向尺度(筆者らが独自に作成)
1「あてはまらない」
,2「ややあてはまらない」3「どちらでもない」
,4「ややあてはまる」
,5「よく
あてはまる」の 5 件法である.筆者らが独自に定義した「非活動的余暇消費」の傾向を測定するために,
独自に作成した.対象者が自身の余暇の過ごし方を「非活動的」と認識しているか否かを測定する,非活
動的余暇消費傾向因子のみの 1 因子 5 項目で構成されている(Table 3)
.
Table 3 非活動的余暇消費尺度質問項目一覧
番号
質問項目
1
無駄に休日を過ごしてしまうことが多いと感じる
2
充実した休日を過ごしていると感じる(R)
3
休日が終わる際,
「無駄に一日を過ごしてしまった.
」と思うことがある
4
休日を何もせず過ごしてしまうことが多いと思う
5
私は人と広くつき合うのが好きである(R)
(R)は逆転項目
3
②特性シャイネス尺度(相川,1991)
1「あてはまらない」
,2「ややあてはまらない」3「どちらでもない」
,4「ややあてはまる」
,5「よく
あてはまる」の 5 件法である.特性シャイネス因子のみの 1 因子 16 項目で構成されている(Table 4)
.
Table 4 特性シャイネス尺度質問項目一覧(相川,1991)
番号
質問項目
1
私は新しい友人がすぐできる(R)
2
私は人がいる所では気おくれしまう
3
私は引っ込み思案である
4
私は人の集まる所ではいつも,後ろの方に引っ込んでいる
5
私は人と広くつき合うのが好きである(R)
6
私は他人の前では,気が散って考えがまとまらない
7
私は内気である
8
私は誰とでもよく話す(R)
9
私は自分から進んで友達を作ることが少ない
10
私は,はにかみやである
11
私は初めての場面でも,すぐに打ちとけられる(R)
12
私は人前に出ると気が動転してしまう
13
私は自分から話し始める方である(R)
14
私は人目に立つようなことは好まない
15
私は知らない人とでも平気で話ができる(R)
16
私は人前で話すのは気がひける
(R)は逆転項目
4.結果 特性シャイネス尺度得点の平均値 3.15 で研究対象者を 2 群に分類し,1.00〜3.15 までを特性シャイネス傾向低群,
3.16〜5.00 までを特性シャイネス傾向高群とした(Figure 4)
.特性シャイネス傾向低群・高群を独立変数,非活動的
余暇消費尺度の「非活動的余暇消費因子」を従属変数とした t 検定を行った.その結果,
「非活動的余暇消費因子」に
おいて特性シャイネス傾向低群・高群の群間に有意な差が見られた(Figure 5)
.
Figure 4 特性シャイネス傾向高群と特性シャイネス傾向低群 2 タイプの人数内訳 4
(n=219)
(n=216)
) ) t(433)=5.59,p<.001
(n=216)
(n=216)
Figure 5 シャイネス傾向低群とシャイネス傾向高群 2 タイプにおける非活動的余暇消費傾向尺度得点 5. 考察 本研究の結果,
「特性シャイネス傾向の高い人は,低い人に比べ非活動的余暇消費傾向が高い」という仮説は支持さ
れた.従って,社交スキルの高低が,余暇消費のあり方に影響を与えていることが示唆されたといえよう.Case 1 で
紹介された事例における大学生は,
「休日を無駄に過ごしてしまう」ことに対して非常に後悔しており,休日を有意義
に過ごしたいと強く願っていた.本研究の結果から,彼も特性シャイネス傾向の高い人々であるといえよう.福田・寺
崎(2012)は特性シャイネス傾向の高い人々の主観的幸福感を高めるためには,対人交流を多く伴う肯定的活動の頻
度を高めることが重要であると指摘している.
以上のことから「無駄に休日を過ごしてしまう」大学生たちに,多少気が乗らなくても,
「複数人で過ごす余暇」を
過ごしてみることを提案する.
引用文献 相川充 1991 特性シャイネス尺度の作成および信頼性と妥当性の検討に関する研究,心理学研究,62,149-155.
コスモ http://www.cosmo-com.jp/topics/?p=14 1 月 22 日アクセス. Crawford, Duane W., and Godbey, Geoffrey 1987 Reconceptualizing barriers to family leisure LeisureScience, 9,
119-127.
デュマズディエ 1972 余暇文明へ向かって 中島巖訳,東京創元社. 林幸史 2011 観光行動の促進要因と阻害要因−JGSS-2010 のデータを用いて−,日本版総合的社会調査共同研究拠点研
究論文集,11,59-69. 福田正人 寺崎正治 2012 シャイネスが日常活動及び主観的幸福感に及ぼす影響,川崎医療福祉学会誌,21,
226-233.
香川あすか 2006 社会的スキル,シャイネスが孤独感,携帯メールの利用に及ぼす影響,関西大学社会学部紀要,
38,22-27. Leary, M. R. 1986 Affective and behavioral components of shyness: Implicantions for theory, measurement, and
research. In W. H.. Jones, J.M. Cheek & S. R. Briggs(Eds.), Shyness: Perpectives on research and treatment.
New York: Plenum Press, 27-38.
5
佐藤薫・佐藤由美 2008 研究報告,スポーツ活動参加促進に向けた予備的研究,−余暇志向尺度の開発と方向
性がスポーツに繋がる可能性の検討,研究紀要,5,173-85. Yahoo!知恵袋 http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11132148881 2015 年1月 22 日アク
セス.
6
第 2 章 嫌なやつの奇妙なコミュ力
西沢 有加・平田 恵介・毛 薇壹 1.はじめに 世の中には,他者のことを見下し,批判や悪口を言う人がいる(事例 1)
.
事例 1:A さんの悩み投稿の一部 Yahoo!知恵袋より
(Yahoo!知恵袋 http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1414879694 2015 年 1 月 12 日閲覧)
すぐ人をばかにするママ友.人の噂が大好きなママ友.お付き合いは疲れますよね.
きっと皆さんの周りにもいらっしゃいますよね.
さらりと流し,深く付き合わずいわれた事など考え込まない.が鉄則ですかね.
皆さんの周りにいるこんな方々,皆さんはどうやってお付き合いをされていますか?
ちなみに,
「すぐ人を小ばかにするママ友」は私よりも5歳年下.
何かにつけ自分の基準(どの程度の基準かはさておき)よりも「下」だとわかったら,大人でも子供でもバサバサ斬り
ます.
自分の知りえたどんな些細な情報でも,次から次へと会う人々に言っちゃう困った人です.いいことならいいのですが,
ちょっとでも悪いととらえられると,後が大変.
体験談をお待ちしています. <後略>
事例 1 は,Yahoo!知恵袋(http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1414879694 2015 年 1 月 12
日閲覧)に寄せられた A さん自身の悩みについての投稿の一部である.事例 1 のような人は,なぜ他者の不幸を目に
した際に,そうした話を第三者に話してしまうのであろうか.
2.問題と目的 事例 1 にあげたような他者を見下す人々を,心理学においては仮想的有能感の高い人々と呼び(速水,2006)
,仮想
的有能感が高い人ほど,他者を見下す行動を行いやすいとしている.仮想的有能感とは,自己のポジティヴな経験に関
係なく,他者の能力を批判的に評価,軽視する傾向に付随して習慣的に生じる有能さの感覚を指す(速水ら,2004)
.
また,事例1のようなコミュニケーションは,一般的にはうわさと呼ばれる.うわさとは,社会的に広がりをもった人
間関係のネットワークの中を次々と流れていく,確実な知識を土台にもたない曖昧な情報である(木下,1977)
.また,
うわさは3種類に分けることができる(川上,1997)
.第一に,事件の直後のような特定の社会状況の中で顕在化し,
不特定多数の人々の間を伝播する社会情報に関するうわさの「流言型」
,第二に,日常生活の中で最も多く語られ,身
近な集団の中でしか意味を持たない他者に関するうわさの「ゴシップ型」
,最後に,事実かどうかは関係なく,会話の
楽しみによって話され,繰り返し何度も現れる特徴を持っているうわさの「都市伝説型」がある(川上,1997)
.
一方,斎藤(2002)によれば,うわさの大半が悪口である.悪口は,川上(1997)のうわさの分類に当てはめると
「ゴシップ型」となる.以上のことから本研究においては,若者が日常会話で話すうわさに悪口も含めるものとする.
若者が日常会話で話すうわさについて松田(1988)は,日常的なコミュニケーションの 1 つで会話を楽しみ,場を盛
り上げ,人間関係を円滑にすると示唆している.加えて,悪口は仲間同士の結束が強くなる(斎藤,2002)ことから,
ネガティヴなうわさをする人々はコミュニケーション・スキルが高いのではないだろうかと筆者らは考え,調査を行う
ことにした.
7
3.仮説 仮想的有能感が高いうわさ好きな人とコミュニケーション・スキルとの関連性を明らかにするために,仮想的有能感
の高低及び,うわさをする,しないといった点から群分けし,下記の仮説を立てた.
仮想的有能感が高く,ネガティヴなうわさ話をする人は,仮想的有能感が低く,ネガティヴなうわさをあまりしない
人と比べると,コミュニケーション・スキルが高い.
4.方法 研究協力者:K 大学の学生 457 名に調査を依頼し,有効回答 435 名,無効回答 22 名であった.学年による内訳は,1
年生 205 名,2 年生 153 名,3 年生 66 名,4 年 29 名(Figure 1)
,コースによる内訳は英語 129 名,国
際 62 名,情報・経営 118 名,心理・人間文化 66 名,児童教育 77 名,無記名 5 名であった(Figure 2)
.
Figure 1 調査協力者の学年別度数 Figure 2 調査協力者のコース別度数 手 続 き:2014 年 12 月に K 大学の 7 つの講義内の開始時間からおよそ 15 分を利用し質問紙調査を実施した.質問
紙配布の際に,研究の目的や回答方法の教示を口頭で行い,質問紙配布後は回答者からの質問を随時受け
られるよう待機し,実施後にその場で回収を行った.得られた回答は,IBM SPSS Statistics 22 を用いて
分析を行った.質問紙の内容に関しては「調査内容」の項に記す.
調 査 内 容:1) コミュニケーション・スキル尺度 ENDCOREs(藤本・大坊,2007)15 項目,5 件法(1.あて
はまらない,2.ややあてはまらない,3.どちらでもない,4.ややあてはまる,5.よくあてはまる)
である.
【自己統制】
【表現力】
【解読力】
【自己主張】
【他者受容】
【関係調整】の 6 因子で構成されている.
本尺度は質問項目が多いため,研究協力者の負担を考慮し,いかの項目を削除した.以下に削除した質
問項目を示す.
【自己統制因子】
:①自分の衝動や欲求を抑える,②まわりの期待に応じた振る舞いをする.
【表現力因子】
:①自分の気持ちをしぐさでうまく表現する,②自分の気持ちを表情でうまく表現する.
【解読力因子】
:①相手の気持ちをしぐさから正しく読み取る,②相手の気持ちを表情から正しく読み取る.
【自己主張因子】
:①納得させるために相手に柔軟に対応して話を進める.
【他者受容因子】
:①相手の意見や立場を尊重する.
【関係調整因子】
:①意見の対立による不和に適切に対処する.
2) 仮想的有能感尺度(速水,2006)
11 項目,5 件法(1.あてはまらない,2.ややあてはまらない,3.どちらでもない,4.ややあてはま
る,5.よくあてはまる)である.仮想的有能感を測定する【仮想的有能感】の 1 因子で構成されている.
8
3)ネガティヴなうわさ尺度
筆者らが作成した尺度であり,4 項目(1.あなたは友達と他の友人の悪口を話すことがある.2.あなた
は人の悪口を話している時,楽しいと感じることがある.3.あなたは友達と他の友人を非難する話で盛り
上がることがある.4.あなたは,誰かが失敗したときそのことについて友達と話すことがある)である.
ネガティヴなうわさ尺度は 5 段階評価(1.あてはまらない,2.ややあてはまらない,3.どちらでもな
い,4.ややあてはまる,5.よくあてはまる)で,ネガティヴなうわさをしているか否かを測定する【ネ
ガティヴなうわさ】の1因子で構成されている.
5.結果 うわさをよくする
仮想的有能感尺度得点における平均値の 2.69
で研究対象者を 2 群に分類し,1.00〜2.69 までを
高
仮想的有能感低群,2.70〜5.00 までを仮想的有能
い
感高群とした.また,ネガティヴなうわさ尺度得
ゴシップ型
見下し型
点おける平均値の2.64 で研究対象者を2 群に分類
し,1.00〜2.64 までをネガティヴなうわさ低群,
仮想的有能感
2.65〜5.00 までをネガティヴなうわさ高群とした.
低
高 (他者軽視)
第一に,仮想的有能感が高くうわさをする群を「見
い
い
下し型」
,第二に,仮想的有能感が高くうわさをあ
が低くうわさをする群を「ゴシップ型」
,そして最
後に,仮想的有能感が低くうわさをあまりしない
傍観型
無関心型
まりしない群を「傍観型」
,第三に,仮想的有能感
低
い
Figure 3 ネガティヴなうわさ及び仮想的有能感
4群
群を「無関心型」として独自で 4 つの群を作成し
た(Figure 3)
.研究協力者を 4 群に分類した結果
を Figure 4 に示す.以上の,見下し型,傍観型,
ゴシップ型,無関心型の 4 群を独立変数とし,コ
ミュニケーション・スキルを従属変数とした一元
配置の分散を行った.
その結果【自己統制因子】と【表現力因子】に
おいて群間に有意な差が見られなかった(Figure
5)
.
Figure 4 無関心型,ゴシップ型,傍観型 および見下し型 4 タイプの人数内訳
9
5
4
3.39 3.36 3.36
3.24
3
2.72
2.96 2.94 2.94
無関心型
( n=131)
ゴシップ型
( n=85)
傍観型
( n=81)
見下し型
2
( n=146)
1
自己統制
F(3,439)=0.81,n.s.
表現力
F(3,439)=2.64,n.s.
Figure 5 仮想的有能感及びうわさの 4 群と【自己統制因子】
【表現力因子】
(分散分析:Tukey 法)
【解
読力因子】において,各群間に有意な差が見られなかったが,
【自己主張因子】において「無関心型」と「見下し型」
,
「無関心型」と「ゴシップ型」
,
「傍観型」と「見下し型」以上の 3 群の間に有意な差が見られた(Figure 6)
.
F (3,439)=1.27,n.s. F(3,439)=17.18,p<.01
Figure 6 仮想的有能感及びうわさの 4 群と【解読力因子】
【自己主張因子】
(分散分析:Tukey 法)
【他者受容因子】において「無関心型」と「見下し型」
,
「傍観型」と「見下し型」以上の 2 群の間に有意な差が見られ
たが,
【関係調整因子】において群間に有意な差が見られなかった(Figure 7)
.
10
F(3,439)=4.49,p<.05
F(3,439)=2.52,n.s.
Figure 7 仮想的有能感及びうわさの 4 群と【他者受容因子】
【関係調整因子】
(分散分析:Tukey 法) ネガティヴなうわさ及び仮想的有能感の 4 群「無関心型」
「ゴシップ型」
「傍観型」
「見下し型」それぞれにおけるコ
ミュニケーション・スキル尺度 ENDCOREs の各因子の得点を Table 1 に示す.
Table 1 仮想的有能感尺度及びネガティヴなうわさ尺度とコミュニケーション・スキルとの関連(多重比較:Tukey)
自己統制
1 無関心
2 ゴシップ
3 傍観
4 見下し
F値
(n=132)
(n=85)
(n=81)
(n=147)
(3,439)
3.39(0.84) 3.36 (0.85)
3.36 (0.81)
3.24 (0.86)
0.81
n.s.
多重比較
表現力
2.72(0.81) 2.96(0.76) 2.78(0.81) 2.94(0.81)
2.64
n.s
解読力
3.45(0.91) 3.64(0.82) 3.46(0.80) 3.58(0.75)
1.27
n.s
自己主張
2.45(0.79) 2.95(0.68) 2.66(0.89) 3.08(0.76)
17.18
***
2.4>1,4>3
他者受容
3.89(0.59) 3.80(0.63) 3.95(0.57) 3.67(0.72)
4.49
**
1.3>4
関係調整
3.70(0.61) 3.61(0.78) 3.77(0.62) 3.52(0.80)
2.51
n.s
*p<.05 **p<.01 ***p<.001
8.考察 本研究においては,「見下し型」は「無関心型」と比べてコミュニケーション・スキルが高いという仮説に基づいて
見下し型(仮想的有能感が高く,うわさをよくする人々),無関心型(仮想的有能感が低い,うわさをあまりしない人々),
ゴシップ型(仮想的有能が低く,うわさをよくする人々),傍観型(仮想的有能が高く,うわさをあまりしない人々)
の 4 群を作成し,見下し型と無関心型の間のコミュニケーション・スキルの差異について検討を行った.
その結果,コミュ二ケーション・スキル尺度 ENDCOREs 尺度(藤本・大坊,2007)の自己統制因子・表現力因子・
解読力因子・自己主張因子・他者受容因子・関係調整因子という 6 つの因子のうち①自己主張因子においてゴシップ型
11
と無関心型の間,見下し型と傍観型の間,無関心型と見下し型の間に有意な差が見られ,②他者受容因子において見下
し型と無関心型の間,見下し型と傍観型の間に有意差が見られ,自己統制,表現力,解読力,関係調整においては各群
の間に有意な差が見られなかった.以下に①と②について考察する.
まず,①見下し型と無関心型の間において,無関心型に比べ見下し型の自己主張因子得点が高かった点について考察
する.橋本(2013)は相互協調的自己観の背後にある評価観念や迎合性といった従来の日本的規範を意識すると,他
者が自己よりも相対的に有能であるにも関わらず自己主張することは,規範に反するので抑制されることを明らかにし
ている.また逆にそのような規範下で自己主張することを正当化するためには,他者の有能性を低評価する必要が生じ
ると考えられる(橋本,2013).以上のような見下しの感情が,仮想的有能感が高い人の特徴である自己のポジティ
ヴな経験に関係なく,他者の能力を批判的に評価したり軽視したりする傾向と合致したのではないかと考えられる.
次に,②見下し型と無関心型の間において,見下し型に比べ無関心型の他者受容因子得点が高かった点,及び見下し
型と傍観型の間において,見下し型に比べ傍観型の他者受容因子得点が高かった点について考察する.本研究の定義か
ら,無関心型も傍観型もうわさをしないことが共通点として挙げられる.他者を受容する人は,他者の行動や基準が自
分自身の持つものと相反していると思える時でも,他者を拒否したり,憎んだり,否定的な判断を下さない(田場・倉
戸,1995).つまり他者を受容する人は,他者のネガティヴな行動などを視察した場合でも,その状態に対してうわ
さのような何かしらの行動を起こして批判しないことが考えられる.したがって,無関心型と傍観型が見下し型より他
者受容因子得点が高かったことが推察される.
9.引用文献
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活科学部紀要,43,225-236.
高木邦子 2006 仮想的有能感と性格−YG 性格検査と自己認識欲求からの検討−,東海心理学会第 55 回大会発表論文
集,55.
Yahoo!知恵袋 2008 すぐ人をばかにするママ友.
人の噂が大好きなママ友.
お付き合いは疲れますよね.
http://deta
il.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1414879694 2015 年 1 月 12 日アクセス.
12
第二部 第 1 章 チームワークの苦手な大学生たちへ
赤城 史哉
1.はじめに グローバリゼーションが激化する現代社会において,仕事で成果を出すには「個人」ではなく「チーム」で仕事をす
る視点が今後必要になると言われている(ベストチーム・オブ・ザ・イヤー2014 http://team-work.jp/team.html 2014
年 12 月 29 日閲覧)
.労働政策研究・研修機構(2013)が日本全国の企業 2 万社を対象としたアンケート調査において
も,正社員に求めている能力・資質として,56.4%もの企業が「組織協調性(チームワーク能力)
,柔軟性,傾聴・対
話力」を挙げている.また,2006 年から提唱された社会人基礎力(経済産業省,2008)においても,
「チームで働く
力」が重要視されている.
このように,現代社会においてチームで働く力が重要視される傾向を受け,近年の大学教育においては「アクティブ
ラーニング」が導入され始めている(河合塾,2011)
.アクティブラーニングを取り入れた授業においては,従来の講
義型の授業のように受動的な学習ではなく,ディスカッションやグループワーク等を通して受講者が主体的に学習する
ことが重要視されている(溝上,2011)
.こうしたアクティブラーニングの中でも近年,特に PBL(Project / Problem
based learning)と呼ばれる教育実践が注目されている(奥田・小柏,2011)
.奥田・小柏(2011)は国内外の諸研究
を元に,PBL の 5 つの特徴を整理している(Table 1)
.
Table 1 PBL の 5 つの特徴(奥田・小柏,2011)
番号
特徴
1
少人数のグループで行われる活動である
こと
2
課題設定が学生中心に行われていること
3
教員の主導ではなく学生が主体的に活動
を構成していくこと
4
PBL という活動を通して,学生らに何ら
かの発達的変化があること
5
活動の結果何らかの成果物を作り上げ,
次の課題に向けた評価を行うこと
詳細
3 名から 8 名程度の小集団を形成し,そのグループを単位として全体の活動が行われている.特に,
既知の友人同士といった同質のメンバーではなく,学年や専門性の異なる新規のメンバーによって集
団が形成される点に重点を置いている場合が多い.
教員が抽象度の高いテーマを提示し,そのテーマの中から学生が自分たちのグループの課題を選択す
るものから,中には完全に学生らが自ら課題を設定する場合まである.いずれにせよ学生ら自身が中
心となって課題を設定することが重視されている.
定義によっては教員の学生に対するかかわりを 10%未満に抑えることと指定している定義もあるほ
ど,教員主導の活動運営ではなく,あくまで学生らが自ら設定した課題の解決に向けて主体的に活動
を構成していくことが求められている.
コンピューターリテラシーなどの専門的なスキルや社会人基礎力といったように,PBL という自薦
を通じて獲得されると想定されるものは異なるものの,活動以前と以後で,学生らに何らかの発達的
変化があることが期待されている.
活動の最終段階では何らかの製品の開発,ポートフォリオやホームページなどの制作物,実践的問題
の解決といった成果物の作成が求められる.また,活動終了後には学生ら自身による活動全体への反
省的評価が求められる.
PBL を用いた授業実践としては,例えば奥田(2014)による大学内でイベントを企画する実践的授業などの事例が
挙げられる.PBL は,学士力の育成に効果的な,魅力的な教育方法であり,その導入を検討する大学や教員は多いだ
ろうと言われている(中山,2013)
.そうした PBL の導入が進む一方で,成功事例だけではなく,失敗事例も報告さ
れ始めている.文部科学省(2014)は,PBL の失敗事例として「グループワークへの貢献活動に濃淡が出てしまう」
「リーダー不在で,グループワークが進められない」や,
「グループ学生メンバー間に人間関係のいさかいが生じ,作
業や成果物水準が低下する」などを報告している.
企業など大学外の団体と合同で PBL を行っている場合などは,活動にある程度の品質も求められるため,上述のよ
うな「活動の濃淡」や「人間関係のいさかい」によりクオリティの低い成果物を出してしまうことは避けなければなら
ない(文部科学省,2014)
.従って PBL の担当教員は,上記のような問題に対処するため,失敗要因とその影響を把
握し,適切な介入する必要があると考えられる.
13
2.PBL におけるグループの心理学的位置づけ PBL という授業実践において,学生は少人数のグル
ープを組むことが前提とされている
(奥田・小柏,
2011)
.
!
また,文部科学省(2014)が報告している失敗事例は,
グループで取り組んでいるが故の物が多い.従って,
PBL におけるグループが学術的にどのように位置づけ
!
られているのか,整理する必要があるであろう.
心理学において,複数の人々の集まりは「群衆」も
Figure 1 集団の定義の概念図
(山口,2008 を元に筆者が作成)
しくは「集団」と位置づけられている(山口,2008)
.
広田(1981)は「集団」を「二人またはそれ以上の人々
から構成され,それらの人々の間に相互作用やコミュニケーションがみられ,なんらかの規範が共有され,地位や役割
の関係が成立し,外部との境界を設定して一体感を維持している人々から成立する社会的システム」と定義している.
もっとも,集団はその形成から時間が経過するにつれ,成熟していくものであり,Figure 1 におけるⅢ,Ⅳ,Ⅴの要素
は成熟するにつれて備わってくる要素といえる(山口,2008)
.一方で,ただ同じ場に集まっただけの複数の人々は「集
合」もしくは「群衆」と呼ばれ,
「集団」とは区別して扱われている(山口,2008)
.さらに,より相互作用性の強い
集団として,
「チーム」が存在する(山口,2008)
.
チームは集団の 1 つの形態として,どのように定義されているのであろうか.最も広く用いられているチームの定義
として,Salas ら(1992)が提唱した「チームとは,価値のある共通の目的の目標や目的の達成あるいは職務の遂行の
ために,力動的で相互依存的,そして適応的な相互作用を行うふたり以上の人々からなる境界の明瞭な集合体である.
なお各メンバーは課題遂行のための役割や職能を割り振られており,メンバーである期間は一定の期限がある.
」が存
在する.PBL におけるグループも,授業期間内という一定の期間があり,
「課題の達成」という目標が存在する(奥田・
小柏,2011)ことから,この「チーム」という定義に位置づけることが出来よう.では,チームが効果を出すに至る
までは,どのような過程があるのであろうか.
3.チームが効果を出すに至るまで チームの効果性に関する実証的検討は, McGrath(1984)や Hackman(1987)による入力(input)—プロセス
(process)—出力(output)モデル(以下,I—P—O モデルと称する)
(Figure 2)を指針として進められてきた(三沢
ら,2009)
.入力と出力の間に存在し,チームの成果の優劣を左右する重要なプロセス変数の代表例が,チームワーク
である(三沢ら,2009)
.三沢ら(2009)はチームワー
入力 I n p u t
クの諸定義(Dickinson & McIntyre,1997;Kraiger &
Wenzel,1997)を整理し,
「チーム全体の目標達成に必
!
! • 
! • 
! • 
!!
! !!
要な共同作業を支えるために,メンバー間で交わされる
対人的相互作用であり,その行動の基盤となる心理的変
!
!
!
!
!
!
数を含む」という包括的な定義をしている.本論におい
出力 o u t p u t
!
!
!
• 
• 
プロセス process
!
!
ても,三沢ら(2009)に倣い,同様の定義を用いる.で
は,チームワークが効果を出すにあたり,どのような要
Figure 2 I-P-0 モデル (三沢ら,2009 を元に筆者が作成) 因が重要なのだろうか.
4.チームワークに影響する要素 チームワークに対する諸研究において,様々なチームワーク構成要素の分類がなされている(三沢ら,2009)しか
し,三沢ら(2009)は,その多くの枠組みは,単なる要素のリストアップに過ぎないと指摘している.それらの枠組
14
ー
ー の 志 向 性 、チ ーム ・リ ーダ ーシ プ 、 コ
チ
訓 練場面 特 有 な も の に 制 限 さ れ る 。国 内 に チ ー
ー シ ン は 、チ ーム 活 動 全 体 の 基 盤 と な る 。 の 測 度 が 存 在 しな い 現 状 を 考 慮 す れ ば、広 範 な
ーム 内 で 良 好 な 対 人 関 係 を維 持 し、 施 可 能 な 測 定 法 を 採 用 し、汎 用 性 の 高 い 測 度 を
チ
志 向性 は 、
みの中において,各要素が関連しあって効果性の過程までも考慮されている枠組みが,Dickinson
&McIntyre(1997)
ー
一っ は
極 的 に 取 りが提唱した,チームワーク要素モデルである(Figure
組 も う と す る 態度 で あ り 、メ ン
必 要 が あ る だ ろ う。 こ の た め の 方 策 の
3)
.また,チームワーク要素モデルの各要素は,三沢ら(2009)
ーク の 各 要 素 が チ ーム 全 体 と し て 発 揮 さ れ て
.関 係 上 の
れ た 心 理 的により詳細に解説されている(Table
ワ
変 数 で あ る 例 え ば 、対2)
人
も考 慮 して
い る点 に
あ る。
る チ ーム ワ
実施 可能 な 業 態 が 少 な く、測定 す
ム
ッ
ョ
バ
。
入力
コ
ミュ
ニ
ケ
スル
ーシ
ョ
愚 撃
ン
コ
ミュ
ープ ト
ケー
出力
ッ
ニ
シ
ミュ
=
ン
ョ
畢 墨
ニ
ケ
ー
シ
ョ
ン
畢 畢
ム ワ ーク 要素 モ デ ル (
Dickinson& McIntyre,1997)
& Mclntyre,
1997 )
図 1 チ ー
Figure
3 チームワーク要素モデル(Dickinson
Table 2 チームワーク要素モデルを構成する要素の解説(三沢ら,2009)
要素
変数
チームの志向性
心理的
リーダーシップ
行動的
コミュニケーション
行動的
モニタリング
行動的
フィードバック
行動的
支援行動
行動的
相互調整
行動的
解説
チーム内で良好な対人関係を維持し,職務に積極的に取り組もうとする態度.
例:対人関係上の和を重視する態度や,チーム目標達成への意欲など.
リーダーがメンバー間の相互作用に対して発揮する影響力.
例:職務遂行に必要な事柄の詳細な説明,チームとしての方針の明確化など.
チームワークの要素同士を結びつける重要な働きを担う.
NNII-Electro
工 工 Eleotronio
例:報告,連絡などの情報伝達行動など.
互いの仕事の進捗状況をモニターし,現在のチームの状況を把握する行動.
例:メンバー間での仕事の偏りや,各自の仕事が滞りなく進んでいるかの確認.
職務上の問題を解決するため,メンバー間で情報や改善案を与え合う行動.
例:他メンバーのミスの指摘,職務上のトラブルの改善策の提案.
特定のメンバーに偏った作業の手伝い,他メンバーのミスの挽回等の援助.
全体の進捗状況に応じて,全体的な活動を調整しあう行動.仕事のスケジュールやペース配分を調整するこ
とで,メンバーの努力はチーム全体の成果へ結実する.他の要素が機能して初めて成り立つ.
一
上述のチームワーク要素モデルにおいて,
「メンバー間での目
!
的・目標の共有」が強くチームワークの機能に影響することが考え
られる.なぜなら,チームワーク要素モデルにおいて,
「チームの
!
!
志向性」
・
「リーダーシップ」
・
「コミュニケーション」はチーム活動
全体の基板とされており(三沢ら,2008)
,その中でも「チームの
志向性」要素における「チームの目標達成の意欲」
,及び「リーダ
ーシップ」要素に見られる「チームとしての方針の明確化」は,共
!
!
通して「チーム内における目的・目標の共有」が影響されると考え
Figure 4 チームの概念モデル(堀ら,2007)
られるためである.
「チーム内における目的・目標の共有」の重要性は,チームワー
クの機能を表している他の諸概念においても共通的に見られる.例えば,佐相ら(2006)は具体的なチームワーク行
動を整理し,チームを方向付けるための要因として,目標・目的を共有することの必要性を指摘している.さらに,
Cannon ら(1993)が指摘した共有メンタルモデルの概念においては,チームの成員が課題遂行に対する知識やイメー
ジを共有することの重要性が指摘されている.堀ら(2007)が提唱したチームの概念モデル(Figure 4)においては,
15
プロセス(チームが相互作用するあり方,チームワーク)が機能するための必須の物として,目標と目的の存在が示さ
れている.以上のことから,
「チーム内における目的・目標の共有」は「チームワークが機能するか否か」に多大な影
響を及ぼしていると言えよう.
5.まとめと今後の展望 本論においては,PBL におけるグループ活動の失敗の要因を検討することを目的として,心理学におけるチーム研
究について概観してきた.その結果,①PBL におけるグループは心理学において「チーム」に分類されること,②チ
ームが出す効果は,チームワークが機能しているか否かに影響されること,③チームワークは,
「チーム内における目
的・目標の共有」の有無に強く影響することが考えられることが明らかとなった.
しかしながら,従来のチームワーク研究の多くは「看護師」や「軍隊」などの仕事集団が対象になっていた(山口,
2008)
.従って現在大学で行われている PBL 実践において,チーム内における目的・目標の共有の有無とチームワー
クの関係を改めて検討する必要があると考えられる.
PBL は大学生の「チームワーク能力」の育成を目的とされた授業実践である.しかし,例えば企業とのコラボレー
ションといった PBL においては,大学側の都合で「一定のクオリティ」を求められた上,グループワークが上手くい
かないことを「失敗」と企業側から見なされてしまう.PBL 受講生たちはアンビバレントな状況に置かれていると言
えよう.
以上のことから,PBL を受講する全ての大学生たちのために,学生の視点から「PBL において受講生グループが陥
りやすい失敗要因とその影響」についての知見を提供し,PBL を担当する教員が学生グループのより生産的な学習の
支援の可能性を検討していく必要がある.
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17
第 2 章 若者にとっての「憧れ」としての遠い戦場
今井 淳太
1.はじめに 筆者は戦争に興味がある.とはいえ,ここで言う興味とは,戦争行為によって人を傷つけるということに対する興味
ではなく,その原因や状況,戦争という大きな社会現象が人生に与える影響に対する興味のことを指す.こうした戦争
への興味は不謹慎だろうか.もちろん戦争は悲劇であり,悪である.戦争で家族を失い,人生を狂わされ,苦しみ,嘆
いている人が大勢いることもわかっている.
しかしながら,戦争は決してあってはならないことだということを,しっかりと教育された我々の世代にとっても戦
争は無関係なものなどではない.例えば,北海道大学の学生が 2015 年 1 月 22 日現在で ISIS(イスラム国)と呼ばれ
るテログループへの参加を諮るというニュースが報道された.学生本人によると「ISIS に加わり,戦闘員として働き
たかった」というような発言もあった(産経ニュース http://www.sankei.com/affairs/news/141006/afr1410060103-n
1.html 2014 年 12 月 26 日閲覧)
.終戦から 70 年以上が経ち,
「戦争」というものが身近なものではないはずの我が
国においてなぜこのような若者が現れたのだろうか.
戦争に行きたい,戦闘に加わりたいといったふうに,戦争に魅力を感じることは現代の若者に共通する特徴なのか.
それとも ISIS に参加しようとした若者は,現代社会においては誤差に過ぎない,一握りの特殊な人間だったと考えれ
ばよいのだろうか.本論においては戦争の定義,現代日本における若者像,青年期の課題,ならびに戦争が若者に与え
る魅力について概観し,なぜ戦争に魅力を持つ若者が現れるのかについての検討を行う.
2.戦争とは 戦争の定義には種々のものがあり,政治経済的,地政学的,生産的,軍事学的,社会学的,心理学的,哲学的観点等
あらゆる定義がなされている.戦争について研究するにあたり,まずは本論においての戦争の定義の概観と整理を行う.
戦争は,角川国語辞典によると①たたかい,いくさ,②武力による国家間の争い,また,その状態と定義されている
(久松ら,1990)
.戦術家の視点としては Clausewitz(1832)によると「戦争とは政治におけるとは異なる手段をも
ってする政治の継続に他ならない」(兵頭,2011)であり,石原(2001)も「戦争とは武力をも直接使用して国家の持
っている国策を遂行する行為だ」としている.脇本(2013)は外交交渉における戦争の位置づけとして,対立した国家
間においての強制的な実力行使が戦争としている.国際交渉には多種・他局面あり,同様にその解決にも多種あり,戦
争はその中でも「実力行使」という極端な解決方法ということである.
本研究においては,なぜ戦争に魅力を持つ若者が現れるのかについて検討が目的であるため,紛争やテロなどの若者
が関わるあらゆる戦争を包括する必要がある.したがって本論においての戦争の定義は,成果目標を獲得するための武
力をともなった争いとする. 3. 戦争と青年期 多くの戦争において,戦闘行為に従事する兵士の多くは若者たちである.例えばアメリカにおいては徴兵が18歳か
ら開始される(Grossman,2004)
.アメリカが参加した戦争を年代ごとに見ていくと,独立戦争(1775-83)
,第二次
米英戦争(1812-14)
,米墨戦争(1846-48)
,南北戦争(1861-65)
,米西戦争(1898)
,第一次世界大戦(1814-18)
,
第二次世界大戦(1939-45)
,朝鮮戦争(1950-53)
,ベトナム戦争(1961-73)
,というように兵士としての仕事が果た
せそうな年齢の若者が育った段階で次の戦争が起こっている(Lummis,2014)
.したがって,戦争という問題は青年
期という視点抜きには考えることはできない.
18
Erikson(1959)によると青年期とは,
「自分とは何か」
「これからどう生きていくのか」
「どんな職業についたらよ
いのか」
「社会の中で自分なりに生きるにはどうしたらよいのか」といった問いを通して,自分自身を形成していく時
期である.そして,
「これこそが本当の自分だ」といった実感のことを自我同一性(アイデンティティ)と呼ぶ.また
アイデンティティの地位として①アイデンティティ達成,②モラトリアム,③早期完了(フォークロージャー)
,④ア
イデンティティ拡散,の 4 つの地位が挙げられる.また,Blustein(2006)は働くことの定義として,仕事に付随する
心理学的意味に焦点を当てており,働くこと(working)は,社会的相互作用においてアイデンティティを確立する 1
つの方法として,人々を規定する役目を果たすと指摘している.つまり「これからどう生きていくのか」という「問い」
に対して「戦い」ということが対応してしまうことも考えられるので,特に自らのあり方を考慮する青年期という時期
から戦争の魅力を検討する必要がある.
4. 戦争の魅力 はじめににおいて,現代における戦争と若者の事例として,ISIS への参加を希望した大学生の事例を挙げた.ISIS
とは,真のイスラム法に則った世界唯一のイスラム国家と自称するイスラム過激派組織である(黒井,2014)
.この ISIS
はシリア・イラク出身者から構成されているが,最近では外国人戦闘員が増えており世界中から 1 万 5 千人以上の外国
人が戦闘員となるためシリアに入国している(リスクマネジメント最前線 http://www.tokiorisk.co.jp/risk_info/up_file
/201410211.pdf#search='イスラム国+ICSR' 2015 年 1 月 11 日閲覧)
.
外国人戦闘員の出身国籍を参照すると北アフリカを含む中東・アラブ諸国が 11097 人で全体の 70%にのぼり
(Figure
1)
,欧米諸国が 4200 人となっている(Figure 2)
.また外国人戦闘員の年齢層は 10 代,20 代である(JBPRESS http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/42239. 2015 年 1 月 11 日閲覧).
大多数が青年期の人間で構成されている ISIS の外国人戦闘員だが,では我が国において同じく青年期である ISIS に
参加しようとした若者は,なぜ参加を決意したのだろうか.ここでは,現代日本における若者像を概観していく.杉井・
Figure 1 ISIS の行った内戦に対する外国人の参加推移
(欧 Figure 2 ISIS の行った内戦に対する外国人の参加推移 (中東及び周辺国) 米諸国)
(日経ビジネス, 2014 (日経ビジネス, 2014 http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20140902/2706 http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20140902/2706
71/?rt=nocnt 2015 年 1 月 17 日閲覧)を元に筆者が作成
71/?rt=nocnt2015 年 1 月 17 日閲覧)を元に筆者が作成 19
星野(2014)は戦争を促す可能性の 1 つとして欲求不満があると指摘している.欲求の中でも承認欲求は誰にでもあ
り,人は多かれ少なかれ他者からの承認を求めている(Homans,1974)
.山竹(2011)は承認の不安には①自分の考
えに自信がなく,②絶えず誰かに認められていなければ不安で仕方がない,③ほんの少し批判されただけでも,自分の
全存在が否定されたかのように絶望してしまうという 3 つの不安があると指摘している.こうした仲間の承認を得るた
めに自分の本音を抑え,場の空気を読み取りつつ,絶えず仲間が自分に求めている言動を外さないように気を遣ってい
る中身のないコミュニケーションのことを「空虚な承認ゲーム」としている(山竹,2011)
.つまりコミュニケーショ
ンが承認を得るための大事な基準と考えられる.しかし承認を得るための基準はコミュニケーションだけなのだろうか.
Maslow(1943)は人間の欲求を低次から高次へと 5 つに分類し,これらの欲求はピラミッド型の階層をなしている
と考え,欲求階層説を提唱した(Figure 3)
.5 つの欲求は,基底層より①生理的欲求,②安全の欲求,③所属と愛情の
欲求,④自尊と承認の欲求,⑤自己実現の欲求の 5 層から構成され,上位の欲求は下位の欲求が充足されて初めて発生
すると考えた.そして第4の自尊と承認の欲求は,名声・権威・地位を得たい,尊重されたい,有能でありたい,人か
ら認めてもらいたいなどの多くの形をとり,組織においては上司から褒められたい,仕事を評価されたいなどの欲求に
つながる(Maslow,1943)
. Figure 3 マズローの欲求階層説(Maslow,1943) このように「仕事を評価される」など自分の実績に対する承認においてはコミュニケーションだけでなくとも,承認
欲求は充足されるのである.もし「自分の実績」よりも「空虚な承認ゲーム」のほうが承認を獲得する上で重要になっ
ているとしたら,それは一体なぜなのか.特定の価値観が共有された社会ならその価値観に沿った行動の価値を信じる
ことができ,結果的に周囲の承認を得る可能性も高い(山竹,2011)
.また社会全体を 1 つの価値観で統一しようとい
う「大きな物語」が(Lyotard,1984),「特定の価値観が共有された社会」を醸成したと考えられる.日本において
社会共通の価値が崩れはじめたのは 1970 年代以降である(見田,2006).このような現象を東(2001)は「虚構の時代」
と提唱しており,
「大きな物語がフェイクとしてしか機能しない時代」だと指摘している(東,2001)
.では戦争があ
る個人にとっての大きな物語となった場合にはどのような特徴があるのだろうか.石川(2012)は戦争やテロ行為は
人々に物語を提供し,それは希望の物語であるがゆえに,魅力的なものとなるとしている.石川(2012)の論を鑑み
れば,社会共通の価値観が崩れ,価値の基準が不透明な現代において,自分自身の存在意義,役割,位置づけ,置かれ
ている環境などの理由を問う時,
「戦争」や「戦い」は,それに明確に答える為のまたとない機会となる.このことは
テロ組織 ISIS における外国人戦闘員の年齢層及び若者の参加者数からも導き出されるのではないだろうか.また国枝
(2015)は,若者が ISIS に参加する動機を①信仰上の理由,②社会への不満,③金・刺激目当てだとしている.当該
イスラム過激派への外国人戦闘員の 70%が中東出身であるため,信仰上の理由が動機というのは頷ける.しかし「欧
米の若者,特にそれまでキリスト教徒だった人やあまり宗教に関心が無い若者までが参加してしまう動機を考えると,
社会との「疎外感」からの「帰属先の喪失」を経て ISIS という帰属先を選ぶという図式が浮かび上がる」と主張して
20
いる(国枝,2015)
.疎外感は周囲からの承認欲求が充足されないことから感じることであり,外国人戦闘員の年齢層
である 10 代,20 代という時期から鑑みると,ISIS という帰属先が見つかり,それによって承認欲求が満たされるこ
とで魅力的に映るのかもしれない. しかし若者が戦争という生死を賭けた,危険な社会現象に自ら進んで向かう理由は「承認」のためだけなのだろうか.
Gray(2009)は戦争の持つ 3 つの魅力として①目撃することの楽しみ,②仲間意識の楽しみ,③破壊の楽しみを挙げ
ている.①については自分に危険の及ばない遠くの戦場の景色や,歴史的瞬間に立ち会ったという感覚である.②で言
う仲間意識とは,何か具体的な目標に向かって他者と行動しており,しかもその目標は絶対的な犠牲を払わねば達成で
きないような場面において発露されるものだが,一般社会の組織と違う所は軍隊では死を仲間内で共有していることで
ある.③の破壊の楽しみとは,戦場で大砲を扱うことや,爆撃などの激しい現場体験に喜びを見いだす感情である.こ
れらは主に米国からの意見であるが,日本でもフランス外人部隊という傭兵に元自衛隊員が訓練を実際に活かせる場所
として入隊するケースもある(宮下,2006)
. また Dixson(1941)は戦争経験のあるアメリカ軍兵士の心境ついて「彼らの人生における一つの偉大なる叙事詩的
出来事」であると説明している.第二次世界大戦に参加したある兵士は「私はごくささやかながら,歴史上の記念碑的
事件を目撃し,同時に参加したことを本気でよかったと思っています」と振り返る(Terkel,1984)
.第二次世界大戦
からおよそ 60 年後のイラク戦争帰還兵は「戦争が恋しかった.あのスリルと興奮は恋しかった」と肯定的に言及して
いる(Kyle,2012)
.もちろん戦争に対して嫌悪を抱く元兵士もたくさんいる(神谷,2013).しかし実体験から戦争
に魅力を感じる人たちも確かに存在するのだ.
以上のことから青年期の若者が戦争に惹かれる理由は大きく分けて 3 つあると考えられる.第 1 に承認欲求を満たす
ため,第 2 に戦争を目撃することや破壊の楽しみなどの戦争自体が持つ魅力,第 3 に自分の人生に戦争という「叙事詩
的出来事」を加えたいという欲求の 3 つである.
5. 今後の展望 ISIS に実際に参加した若者達は,本当に望むものを手に入れたのだろうか.それとも阿鼻叫喚の戦場や,イメージ
とは全く違うテロ組織の実態に失望したのだろうか.古市(2013)は,戦争とはきっと,遠く離れれば離れるほど,
まるで知らなければ知らないほど,盛り上がれるものなのだろうと主張している.
「戦争」がほど遠いという距離感覚
も人を惹き付けてしまう一因なのかもしれない.それならば「戦争」からほど遠い我が国においても,決して「遠い」
ということは,戦争に対する防波堤にはなりえないのではないだろうか.
先述したように,なぜ戦争に魅力を持つ若者が現れるのかについての検討を行うため,戦争という視点から青年期の
若者にアプローチすることは意義があると思われる.さらに,日本は唯一の被爆国であり,戦争という問題と真摯に向
き合う必要があるのではないだろうか.にも関わらず日本において戦争をタブー視する傾向(倉山,2014)があり,
バイアスとして戦争研究は不謹慎という雰囲気が存在する.そのため今後の展望としては,我が国だからこそ光の当て
てこられなかった戦争体験や戦争の魅力についてレビューを進めるとともに,人生に「叙事詩的出来事」を加えたいと
いう欲求,といった他の視点からの,なぜ戦争に魅力を持つ若者が現れるのかについての検討が必要だろう.
6. 引用文献 東浩紀 2001 動物化するポストモダン,講談社現代新書.
Blustein,D.L. 2006 The psychology of working:A new perspective for career development,counseling and
public Policy,Mahwah.New Jersy:Lawrencw Erlbaum Associates,Publishers.
Erikson,H.E. 1968 Identity: youth and crisis, Norton(岩瀬庸里(訳)アイデンティティ, 金沢文庫.1982)
アイデンティティ, 金沢文庫.) 21
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析, 人文書院.1970)
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國分康孝・伊藤順 康(訳)論理療法-自己説得のサイコセラピイ-,川島書店,1981 )
.
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大学出版.1995) 畑野快 2010 アイデンティティ形成プロセスについての一考察,発達人間学論叢,13,31-38. 兵頭二十八 2011 [新訳]戦争論,PHP. 星野了俊 杉井敦 2014 防衛大学校で戦争と安全保障をどう学んだか,祥伝社. 久松潜一 佐藤兼三 1990 角川国語辞典,角川書店. JBPRESS 2014 欧州に忍び寄るイスラム国の脅威 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/42239 2015 年1月 11 日
アクセス.
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第 3 章 「インターネット生放送」について研究してみた 西沢 有加 1.はじめに 近年,インターネットの発展に伴いインターネット生放送というサービスが普及し始めた.インターネット生放送サ
ービスは,2006 年に「stickam」というウェブサイトで開始され,2007 年には「Ustreem」
「Livetube」
「Justin」
「ニ
コニコ生放送」など様々なウェブサイトによってサービスが開始されている.ニールセン・オンラインのインターネッ
ト利用動向調査によれば,インターネット生放送の代表各であるニコニコ生放送と Ustreem の訪問者は,2009 年 4 月
から 2010 年 4 月にかけて 3 倍近く増加している(Figure 1)
.2010 年 4 月の訪問者はニコニコ生放送で 138 万人,
Ustream は 99 万人に達した
(MdN DESIGN http://www.mdn.co.jp/di/newstopics/13429/ 2015 年 1 月 18 日閲覧.
)
また,2010 年には「TwitCasting」とい
う,SNS の Twitter と連動してインターネ
ット生放送することができるサービスが
開始された.
「TwitCasting」は開始 2 年後
の2012年には利用人数200万人に達した.
ユーザー層の多くは,24 歳以下の若者たち
であり,
『MEN’S KNUCKLE』や『CUT
iE』などといった若者向けファッション雑
誌においては「身の回りで流行しているも
の 1 位」
「読者モデルが夢中になるアプリ」
といった記事からもわかるように若者世
代でも流行している.
(ITmedia http://w
ww.itmedia.co.jp/news/articles/1307/05/n
Figure 1 ニコニコ生放送と Ustream の訪問者数推移 ews022.html 2015 年 1 月 3 日閲覧)
.
2013 年 12 月 9 日からは,またニコニコ生
放送において,個人で有料チャンネルというものが始まり,チャンネルへの登録人数によって,運営側からお金が入る
といったシステムも誕生するなど,インターネット生放送で活躍する場もできはじめた(ニコニコ大百科 http://dic.n
icovideo.jp/a/ニコニコユーザーチャンネル 2015 年 1 月 18 日閲覧)
.
インターネット生放送においては,様々な人々が様々なジャンルの放送をしている.例えば,ただ話しているような
雑談系配信や,テレビゲームなどのゲームを実況して配信するゲーム実況系配信,または歌や踊り,演奏などといったパ
フォーマンスを見せている人々など,様々な内容のインターネット生放送が配信されている.生放送を取り扱うウェブ
サイトによりカテゴリの違いはあるが,最もユーザーが多いニコニコ生放送においては一般,やってみた,ゲーム.動
画紹介,
顔出し,
凸待ち,
R‐18 のようにカテゴリの分類がされている
(ニコニコ生放送 http://live.nicovideo.jp/ 2015
年 1 月 18 日閲覧)
.
こうした状況に対し,筆者が最も興味を持ったのは「顔を出して生放送している人々」である.松村ら(2004)に
よればインターネットなどの電子メディアにおける最大の特徴は,自分の正体を明かさないで投稿できる匿名性にある.
しかし顔を出すという行為には匿名性があるとは思えない.そういった中で人気のあるなしに関わらず,なぜ人々はイ
ンターネット上で自らの顔を出してまで自分を主張するのであろうか.本論においては,
「インターネット生放送にお
いて,匿名性がないような顔を出すといった行為をなぜ行うのか」を検討する. 23
2.インターネット上におけるコミュニケーションとしてのインターネット生放送 従来のインターネット・コミュニケーションについての研究の多くは,メールやチャット,掲示板などといった文
字媒体で行われるやりとりがほとんどであった.本人にとって言いづらい情報であればある程,インターネットにおけ
るコミュニケーションの方が,話し手にとっての精神的負担が軽い(杉谷,2010)
.ネットコミュニティにおけるコミ
ュニケーションは世間のしがらみや他者からの評価懸念にとらわれて普段は表出しにくい「本当の自分」について表現
されやすい(三浦,2008)
.加えて対面で会話するよりもチャット等のインターネットを用いた会話の方が,相手に情
報の伝達度が高い(杉谷,2010)
.なぜなら,表情やジェスチャーなどの非言語的な手がかりが乏しいインターネット
においては,余計な情報に認知容量を奪われることなく,相手の発言だけに集中することが出来るため正確な理解と記
憶が可能になるからである(杉谷,2010)
.
会話時の不安レベルについて,対人コミュニケーションに対してインターネット・コミュニケーションは,満足いく
まで編集してから発信することができ,相手から表情を読まれないという安心感があることから,緊張を生じにくく自
由な発信が促進される(木村・都築,1998)
.しかしながら,本論の対象としているインターネット生放送においては,
視聴者はコメントを送る前にコメントを編集することはできるが,配信者は放送中に放送内容を編集する事が出来ない.
配信者は発言したままの状態で発信を行うので「満足いくまで編集できる」という点において,リアルタイムで行うイ
ンターネット生放送には,これまでのインターネット・コミュニケーション研究の知見を,単純にあてはめることはで
きない.
3.インターネット生放送の配信者に対する調査 インターネット生放送において,配信者はどのようなコミュニケーションを行っているだろうか.津田ら(2011)
が行ったインタヴュー調査がある.その調査対象の基本属性について(Table 1)
.
Table 1 調査対象者の基本属性(津田ら,2011)
性別 年齢 職業 放送歴 放送頻度 利用する生放送サービス 放送内容 A 男性
25
学生 1年
ほぼ毎日 ニコニコ生放送 音楽 B 男性
41
会社員 1 ヶ月
週 12 回(週末) USTREAM
視聴者参加放送 インターネット生放送を利用し始めた動機としては,A さんは「他の人が放送しているのを見て,自分もできると思
いやってみた」, また B さんは「多くの人に伝えたい事案があり,生放送を介して飲み会している様子を見て,実際に
生放送を使ってみたところ,案外良さそうだったので始めた」という形で,インターネット生放送を利用し始めた動機
を語っていた.こうした語りから他者の放送に刺激を受けたことがインターネット生放送を利用し始めた動機となる 1
つの要因である事がわかる(津田ら,2011)
.
また,その他の特徴としては,A さんの場合,
「1 番さん,こんばんは」などといった視聴者への挨拶を怠らない姿
勢が見られた(津田ら,2011)
.こうした姿勢は,視聴者毎に割り振られる番号で呼ぶことによって「特定の視聴者と
話すのではなく,平等に話しかけることで内輪感をできるだけ出さないようにしている」配慮である(津田ら,2011)
. また特定の視聴者とだけコミュニケーションしない為に「専門用語はあまり使わないようにしている」という回答から A さんが多くの視聴者とコミュニケーションをとるために工夫していることが分かった(津田ら,2011)
. また,B さ
んの「全く知らない人たちとインターネットを介して場所と時間を共有できる.実際に放送してみてあまり親しくない
人ともコミュニケーションをとれることがわかった」という語りからは,親しくない視聴者の意見も取り入れている姿
が伺える(津田ら,2011)
.
24
さらに A さん B さん両者とも,放送活動の継続の動機づけとして,
「コメントされることが嬉しく,放送を続けるモ
チベーションになる」
「放送に対して何も反応がないと話のネタに困る」と語り,視聴者の反応や,視聴者から寄せら
れるコメントに最も注目していることが明らかとなった(津田ら,2011)
.
A さん B さん両者ともにインターネット生放送で情報発信するメリットとして,リアルタイム性のあるフィードバ
ックを挙げている.インターネット生放送においては視聴者と放送中にコミュニケーションを取ることによって放送中
に改善点や要望などを受け取り,放送をリアルタイムで再構築することができる.コンテンツ完成後に投稿する You
Tube やニコニコ動画などにおいては,動画の完成度が求められるために作成者への負担が大きい.それに対してイン
ターネット生放送においては放送者が気軽に放送でき,しかも視聴者からの反応を即座に受け取れることがインターネ
ット生放送を利用する大きな要因ではないかと考えられる(津田ら,2011)
. 4.インターネット上における自己開示 なぜ人はインターネット上で自分のことを発信したいのであろうか.こうした自分を他者に向けて発信するという
行為は,心理学においては自己開示という概念に相当すると考えられる.自己開示とは個人的な情報を他者に知らせる
行為である(Jourard,1971)
.Tidwell & Walther(2002)によれば,対面コミュニケーションの 4 倍の量の自己開
示がインターネット上で行われている.自己開示を抑制する傾向が強い人は,自分の欲求や感情や考えが明確になると
ともに,気分がすっきりし,不安が減り,加えて,自己開示を抑制する傾向が強い人は人生に迷っており,人生に満足
しておらず,人生に前向きになれず,自分の過去を肯定的に評価できない傾向がある(榎本,1997)
.
例えばインターネット上で自己開示方法の 1 つとしてウェブブログというものがある.川浦ら(1999)によると,
ブログの書き手は,ブログに日記を書く事によって他者に対して自己をうまく表現できているという満足感から,ブロ
グを書くとされている. インターネット上における自己開示状況について,田渕・則定(2012)は国立大学の学生 141 名に調査を行った.
Figure 2 に示したのは,ブログ上や SNS 等を利用している人の自己開示状況である. Figure 2 ブログ・SNS 等の利用状況(田渕・則定,2012) 5.インターネット上で自己開示をより多く行う人の心理 では,日常場面ではなく,特にインターネット上で自己開示を行う人々の心理に見られる特徴には,どのようなもの
があるのだろうか.インターネットでのブログや SNS 等の利用状況は男女合わせて 141 中 86 名であり,ブログ・SNS
等を利用している者の 88%が,ブログ・SNS において自己開示を行っている(田渕ら,2012)
.Western Illinois
University(2012)が Facebook における自己宣伝活動および反社会的な行動について行った調査がある.その結果,
25
虚栄心,優越感,自己陶酔,自己顕示欲などが高い自己誇大顕示欲が強い人は自己宣伝活動を盛んに行っており,
「自
分は尊敬されて当然だ」といった感覚や,他人を意のままに操り利用しようとする意欲の高い他者奪取・自己権利主張
傾向が高い人は反社会的な行動に出やすい(Western Illinois University,2012)
.また,Ryan & Xenos (2011)によれ
ば自己愛傾向が強い Facebook 利用者ほど写真の投稿や近況アップデートが多くなる.また自己開示を行う人は,
Facebook 以外のサービスにおいても同様の利用の仕方をしている(Ryan & Xenos ,2011). 6.今後の展望 本論においては,インターネット生放送においても特に「顔を出して放送する」という行為に焦点を当ててレヴュー
してきた.自己開示とは個人的な情報を他者に知らせる行為である(Jourard,1971)
.本論において,様々な心理学
研究を概観した結果,インターネット生放送で顔を出して放送するといった行動は「顔」という個人情報を他者に知ら
せる行為であるため自己開示と関連している可能性が示唆された. 例えば,先行研究によると SNS 上においておよそ 9 割の人が自己開示を行っている事が明らかになった(田渕ら,
2012)
.
中でも自己愛や誇大自己顕示欲が強い人ほどSNS 上で自分を主張するとされる
(Western Illinois University,
2012)
.したがってインターネット生放送において顔を出すといった行動は自分を主張する行動であると考えられる.
しかし生放送で顔を出すといった行動のそのものに焦点を当てた研究はまだなされていない.ニコニコ生放送と
Ustreem への訪問者は,2009 年 4 月から 2010 年 4 月にかけて 3 倍近く増加している(MdN DESIGN http://www
.mdn.co.jp/di/newstopics/13429/ 2015 年 1 月 18 日閲覧)
.また,
(NAVER まとめ http://matome.naver.jp/odai/2
139753941653903601 2015 年 1 月 18 日閲覧)において顔を出して生放送をする危険性について指摘されている.
しかしながら,顔を出して生放送を行っている人々は確かにいる.今後の課題として,顔を出して生放送をする人につ
いてより詳細に検討していきたい.
7.引用文献 榎本博明 1997 自己開示の心理学的研究,北大路書房.
ITmedia 2013 ユーザーは年々倍増,誰でも「キャス主」に ツイキャスが目指すリアルタイムコミュニケーション
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Jourand, S.M. 1971 The transparent self, Van Nostrand Reinhold, New York.
川浦康宏 山下清美 川上善郎 1999 人はなぜウェブ日記を書き続けるのか:コンピューターネットワークにおけ
る自己表現,社会心理学研究,14,133‐143.
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27
第 4 章 友だちって使い分けるものなの?
野田 有希
1.はじめに 「私って,損得で友だちを選んでいると思うんだよね.それってどうなのかな?」ある日,筆者は友だちから突然,
こんなふうに相談された.筆者は,これまで「損得」という視点から友人関係を捉えては来なかったため,
「損得で友
だちを選ぶ」という友だちの考えに正直驚いてしまった.このような友だちの突然の質問をきっかけに,筆者は自分の
友人関係にはどのような特徴があるのかを振り返ってみることにした.すると,確かに筆者もそれぞれの場面に応じて
「得」する友人と関わってきたと考えることもできるかもしれないと感じた.ある意味で言えば,筆者も無意識に友だ
ちを「損得」という視点で使い分けていたと言えるかもしれない.このような友人関係に対する使い分けはなぜ生じて
しまうのだろうか.
2.従来の心理学における友人関係研究の問題点 青年期の友人関係は,これまで心理学において膨大な研究がなされてきた.本節においてはまず,こうした友人関係
についての研究を概観する.
青年期の友人関係とは,青年にとって最も重要な関係のひとつである(永田,1989)
.例えば,青年期の友人関係の
特徴は Table 1 に示したように,心の友と呼ばれる内面的な事柄の共有に代表され,意義や契機,持続性など様々な側
面から検討がなされてきた(井上,1966)
.
Table 1 青年期の友人関係の特徴(井上,1966) 特徴 青年期の友人関係 関係の名称 心の友 意義 人格的影響を及ぼしあう 選択 厳選する 契機 人格的尊重と共鳴 持続性 生涯の友となるほど持続する可能性 性 異性への憧憬・恋愛への発展 また,そうした友人関係の特徴に加え,青年期における友人関係とは,不安定な時期にいる青少年にとって自分を理
解し,支えてくれる重要な存在である(梅木,2000)
.加えて,青年期における友人関係の発達的変化としては,吉田
(2003)が,特に青年期においては,遊び仲間から特定の友人としての付き合いに変化していき,対等な人間関係と
して悩みを語り合う関係であることを明らかにしている.
前述したように,青年期の友人関係についてはこれまで心理学において様々な側面からの検討がなされてきた.しか
しながら,それらの友人関係の研究の多くは,数十年という時代が経過し,様々な状況が時間とともに変化しているに
もかかわらず,そうした時間的特徴を考慮せず,青年期の友人関係の特徴を数十年変らないものとして捉えてきた.そ
のため,本研究においては現代という時代性に着目する.次節においては現代社会という時代性に着目した青年期の友
人関係についての研究を概観する.
28
3.現代社会における青年期の友人関係の特徴 現代社会における青年期の友人関係の特徴を検討した研究のうち,現在注目されているものとして「優しい関係(土
井,2008)
」
,
「友人の選択(松田,2000)
」という二つの視点がある.
第一に,
「優しい関係」とは,友人との意見の対立の回避を最優先する,若者達の人間関係の特徴のことである(土
井,2008)
.優しい関係とは,友人が相手に意見をはっきり伝えることで相手を傷つけてしまうかもしれないという優
しさと,友人に自分自身が傷つけられてしまうかもしれないと恐れて,友人の欠点などを話すことができない優しさの
二つがある(土井,2008)
.
第二に,
「友人の選択」とは,友人関係を形成するコミュニティが複数であるがゆえに,サークル,授業を一緒に受
ける友だち,登下校を一緒にする友だちといったように,場面に応じて友人を選択することである(松田,2000)
.
上記の土井(2008)や松田(2000)といった研究からは,従来の青年期の友人関係とは異なり,現代という時代に
特徴的な青年期の友人関係の形が伺える.特に,松田(2000)からは,現代社会における若者たちが,様々なコミュ
ニティに所属しながら,それぞれのコミュニティにおいて独自の友人関係を形成している姿が推察される.こうした視
点から,前述した現代の若者の「損得で友だちを選ぶ」という現象はどのように考えることができるのだろうか.
例えば,現代社会においてはケータイが普及したことより,一つの場所にいながら若者は様々なコミュニティと同時
に繋がっている.こうした状況を鈴木(2008)は多孔化と呼んでいる.つまり,一つの場所にいながら,バイト先の
友人,サークルの友人,授業を一緒に受けている友だちと友人とケータイを通じてつながることが可能となった.以前
の社会であれば,このように一つの場所にいながら複数のコミュニティとつながる,ということは不可能であった.し
かし,現代社会においてはこうした技術的進化により,一人の若者が所属することのできるコミュニティは飛躍的に増
加していると考えられる.
4.自己の多元化 こうした多孔化という現代的な状況により,若者たちが所属するコミュニティは飛躍的に増加し,それに伴いそうし
たコミュニティで関わる友人も増えていることが推察される.こうしたコミュニティの増加,そこで関わる友人たちの
増加に伴い,それぞれの場面で異なる顔,異なる自分を使い分けることを Tesser et al.,(1984)は,自己の多元化と
呼んでいる(Figure 1)
. Figure 1 辻(1999)による多元的自我の図式
Figure 1 辻(1999)による多元的自我の図式
例えば,奥田(2009)は「現代の若者の「私・自分」といったアイデンティティ感覚が従来のように「単一・一貫」
したものから,より柔軟な「状況的・多元的」なものへと変化しつつあるという理解は心理学を初め,多くの分野で共
有されつつある認識である」と指摘している.こうした自己の多元化と呼ばれる現代的特徴は,青年期の友人関係にど
のように影響するのだろうか. 先述のように,現代社会における多孔化によって増加した所属コミュニティにおいて,若者たちはそれぞれ多元化し
29
た自己に応じて友人関係を形成していく.つまり,それぞれのコミュニティにおいて,異なる顔で友人関係を形成して
いくのである.では,そうした場においてどういう基準で友人を選択していくのだろうか.
こうした友人選択の基準として,興味深い事例がある.それが「メリット友だち」と呼ばれる現象である. 5.メリット友達 友人の選択において自分をサポートとしてくれる友人として,メリットをもたらしてくれる友人「メリット友達(メ
リ友)
」が存在する(東京広告協会,2012)
.
「メリット友達」とは,大学における TPO に応じて目的別に存在してい
る.東京広告協会(2012)は,都内の大学生 800 名を対象として,大学生の友人関係に関する意識調査を行った.
〈全体 n=800〉 Figure 2 目的別の友達の有無(東京広告協会,2012) Figure 2 に示したように,東京広告協会(2012)によると,友達をネットでしか話さない「ネット友達」
,ご飯をた
べるときにだけ会う「食事友達」
,趣味の時だけしか会わない「趣味友達」
,テストの時だけ連絡をとる「テスト友達」
,
授業の時だけ一緒にいる「授業友達」
,の5つのタイプのメリット友達が存在する.
「メリット友達」とは,TPO に応
じて自分をサポートしてくれる友達のことである.
友人を選択する時,自己評価を維持,高揚できるような友人を選択している傾向がみられる(石田,2006)
. 八城(2010)は,友人選択の理由として「相手の性格」
「物理的接近」
「外見的魅力」
「内面的類似性」
「遊び仲間とし
ての適性」
,相互的接近,同情愛着,尊敬共鳴,集団的共同などの「サポート源」の 6 つを挙げている.サポート源の
友人とは,自分にとってメリットをもたらす友人を選ぶことである.
「サポート源」とは,自分にはない考えを持って
いる,自分の短所やミスを教えてくれる,というように自分の不足した部分を補うような友人のことを指す.つまり,
現代社会における若者は,友人選択の際に自分にとってメリットがある人を友人として選択する.では,自分にとって
選択した友人の中でメリットをもたらす友人とは,いったいどのような友人のことを示すのだろうか. 6.友人と目標の関連 前節で述べたメリット友達という現象は,心理学における社会的目標研究の視点から考えることができる.社会的目
標研究は,社会的熟達目標と社会的遂行目標の二つに区別されている(Dweck &Leggeltt,1988)
.第一に,社会的熟
達目標とは,ポジティブな友人関係を築くことに焦点化し,関係それ自体を目的として行動する目標である.第二に,
30
社会的遂行目標である.社会的遂行目標は Dweck & Leggeltt(1988)によって二つに分類されている.一つ目の接近
目標とは,他者からの肯定的な評価や人気を得ることに焦点化し,社会的な有能さを示すために行動する目標である.
二つ目の回避目標とは,他者からの否定的な評価を避けることに焦点化し,社会的な能力の低さを示さないように行動
する目標である(Dweck & Leggeltt,1988)
.前節で述べてきた友人の選択においては,自分の好みや都合で友人を選
んでいることから,社会的熟達目標に当てはめることができると考えられる. Table 2 個人の目標(Patrick et al.,(2002)を元に筆者が作成) 目標
内容
親密目標 親密な友人関係を築こうとする 地位目標 他者からの人気を得ようとする 作用目標 権力や他者からの尊敬を得ようとする
服従目標 他者からの怒りを避けようとする
共同目標 他者との親密な関係を築こうとする 分離目標 他者と一定の距離を置こうとする Patrick et al.,(2002)は,6 つの目標を挙げている(Table 2)
.第一に,親密的な友人関係を築こうとする「親密目
標」
,第二に他者からの人気を得ようとする「地位目標」
,第三に権力や他者からの尊敬を得ようとする「作用目標」
,
第四に他者からの怒りを避けようとする「服従目標」
,第五に他者との親密な関係を築こうとする「共同目標」
,最後に,
他者と一定の距離をおこうとする「分離目標」である.
7.おわりに 本論においては,友人選択の際の基準として,自分が「得」するための友人である「メリット友達」が存在すること
が明らかなった.とはいえ,全ての若者たちが全く同じように友人たちを柔軟に使い分けているとは考えにくい.その
ため,今後の課題としては,どのようなタイプの若者たちは使い分けていないのか,また,そうした使い分けによって
若者の人間関係にとはいえ,全ての若者たちが全くおなじように友人たちを柔軟に使い分けているとは考えにくい.そ
のため,今後の課題としては,どのようなタイプの若者たちはより友だちを使い分け,どのようなタイプの若者たちは
使い分けていないのか.また,そうした使い分けによって若者の人間関係にどのような影響があるのかを検討していき
たい.
8.引用文献 土井隆義 2008 友だち地獄-空気を読む時代のサバイバル-,ちくま新書. Dweck, C. S, . &Leggeltt,E. L. 1988 A social cognitive Approach to motivation and personality.
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32
第 5 章 僕はこの論文で挫折を経験したけど,みんなが居たから・・・
平田 恵介
1. はじめに 「挫折」という言葉を聞いてどんなイメージを持つだろうか.一般的に,挫折とは「生きていく中で,様々な困難に
遭遇し,挫折を経験して弱い自分や情けない自分に直面すること」(古木・森田,2009)であり,経験したくないも
のとして捉えられる.筆者は,これまでの大学生活の中で様々な活動に参加し,そうした活動の中で様々な挫折を経験
してきた.このような挫折を味わった経験を経た今,筆者は最終的に挫折の経験を通して成長したのか,またどのよう
に挫折を乗り越えてきたのかという疑問を持った.以上のことから本論においては,青年期における挫折と成長の関連,
挫折を乗り越える力,成長へのプロセスの 3 点について概観する.
2. 青年期における成長の契機としての挫折 青年期における挫折は成長とどのような関連があるのだろうか.青年期においては,多くの若者達が友人関係や学業
などの場面において挫折を経験する(古木・森田,2009).このような挫折の背景としては,青年期は心の動揺と緊
張によって特徴付けられる疾風怒濤の時代であり(Hall,1907),挫折は時として青年の人格的成長に寄与し,その
思考や行動にも少なからざる影響を及ぼす(神谷・伊藤,1999)という背景がある.したがって,挫折経験は青年期
において重要な発達課題であり,成長の契機場面に成り得ると考えられる.特に,挫折のようなネガティヴな体験をポ
ジティヴに再解釈する行動が精神的成長をもたらす(Park & Murch,1996).精神的成長とは「青年が心理的に適応
した状態にあるために必要な精神的発達や社会的能力をより身につけた状態に至ること」である(山影,2010).こ
のように,従来の精神的成長に関する研究において,挫折のようなネガティヴな経験をどのように解釈するかによって,
その経験が成長の契機場面と成り得るかが決まってくると考えられる.では,挫折のようなネガティヴな体験をどのよ
うにして乗り越えることができるのであろうか.次節において,挫折を乗り越える力について述べる.
3. 挫折を乗り越える力 挫折経験者のほとんどがその経験時に心理的ストレス反応を感じている(近藤・宮戸,2010).青年期においては
単に挫折のようなストレス状況を経験するのではなく,ストレス状況を克服する,つまりコーピングが重要である.コ
ーピングとは,自らの資源に負担をかけたり,それを超越すると評価した特定の外的・内的要求を何とか処理しようと
する認知的・行動的努力を指す(Lazarus & Folkman,1984).
挫折の状況であったとしても,目の前の状況に打ちのめされて立ち直れないでいる人もいれば,何事もなかったかの
ように易々と乗り越えて成長していく人もいる(中西・玉瀬,2014).両者のコーピングの違いとは一体何なのであ
ろうか.本節においては近年のストレスコーピング研究で注目されている(宮地,2005)レジリエンス(Masten &
Garmezy,1990)と,レジリエンスと類似する概念である(中野,2007)ハーディネス(Kobasa,1979)という概
念を取りあげる.
まず,レジリエンス(Masten & Garmezy,1990)という概念がある.レジリエンスの定義としては Masten &
Garmezy(1990)の「困難あるいは脅威的な状況にも関わらず,うまく適応する過程,能力,あるいは結果」という
定義が最も代表的であるが,いまだ体系化はされておらず,数多くの定義が併存する(中西・玉瀬,2014).本論に
おいては 2 つの特徴を取り上げる.第一に,レジリエンスの高い者は挫折を克服しやすいこと,また,それにはポジテ
ィヴな時間的展望や,アイデンティティの獲得が関連している(萩原・加藤 2013).第二に,レジリエンスは,人が
自分を保つために環境との関わりを調整する働きと,気持ちの持ち方を調整する働きをもつ幅広い概念として捉えられ
33
ている(中西・玉瀬,2014).これらの特徴から,レジリエンスが高いということは,ネガティヴなストレスに対し
てうまく適応するための特性を持っているといえよう.
次に,ハーディネス(Kobasa,1979)が挙げられる.ハーディネスとは,高ストレス下で健康を保っている人々が
持つ性格特性である(Kobasa,1979).ハーディネスが高い人はネガティヴなストレスをストレスフルな出来事と知
覚しないと考えられる(Banks & Gannon,1988).小坂(2007)においては,大学生でハーディネスが高い人は低
い人に比べて,ストレス反応が有意に低いことが明らかにされている.Kobasa(1979)によると,ハーディネスは主
に 3 つの要因(コミットメント,コントロール,チャレンジ)から構成されている(Table 1).
Table 1 ハーディネスの 3 つの要因(Kobasa(1979)を元に筆者が作成) 3
3 .
3
3
1
.
3 ,
3
2
3
. 3
3
田中・桜井(2006)は大学生のハーディネスとストレスの認知やストレス反応の関係を検討し,ハーディネスには
ストレス軽減の効果が見られることを明らかにしている.加えて,ハーディネスの 3 つの要因によってストレス軽減の
効果の違いが見られる.コミットメント及びコントロールに関してはストレス軽減効果が顕著に見られ,チャレンジに
関してはそれほど効果が見られなかった(田中・桜井,2006).城(2010)においては,大学における経験やサーク
ル活動の経験といった日常的な経験が,出来事の推移に対して影響を与えることを明らかにしている.更に,3 つの要
因のうち,コントロールは,日常的な経験や,容易に達成できるような克服経験を積むことで高められ,コミットメン
トは,重要でネガティヴな出来事を克服することで高められる可能性が示唆された.すなわち,ハーディネスが高い人
は,ストレス状況に直面した時に種々のコーピングを積極的に採用し,ストレス反応を軽減させていると考えられる.
以上のようなレジリエンスとハーディネスという 2 つの特性の特徴から,レジリエンスとハーディネスは包括的に
ストレス反応を軽減するという類似点がある.
一方,
この 2 つの特性には相違点がいくつか存在する.
例えば小塩
(2011)
が,「レジリエンスは強風を受け流しながら耐える“しなやかな木”にたとえ,ハーディネスはどんな風が吹いてきて
も動じることのない“太くて頑丈な木”」と見立てている.このように,レジリエンスはストレスから立ち直る強さを
表し,ハーディネスはストレス状況に挑戦する強さを表すという点で,両者は違う概念として区別されている.さらに
具体的な相違点としては,レジリエンスは挫折のようなストレスを直接的に軽減するが,ハーディネスにはその効果が
認められない(中西・玉瀬,2014)(Table 2).
Table 2 レジリエンスとハーディネスの特徴の差異(小塩(2011)と中西・玉瀬(2014)を元に筆者が作成)
2011
“
”
“
”
2014
本節においては,ストレスの反応を軽減する効果を持つ特性であるレジリエンスとハーディネスについて概観した.
34
では,挫折はどのようなプロセスを経て自己成長感へと至るのか.次節においては挫折から自己成長感を感じるまでの
プロセスを述べる.
4. 挫折から成長へのプロセス これまで青年期における挫折の成長契機や,挫
折を乗り越える力について概観してきた.では現
実場面において,人々はどのような過程を経て挫
折を乗り越えていくのであろうか.Figure 1 が示
e
e
すように,古木・森田(2009)によれば,まず挫
e
,
折を経験した直後には「良い結果を出せない苦し
さ」を経験する.その経験の後,自信を失ったり,
自分を否定してしまうといったような「自分を信
,
じられない状態」へと移行していく.そして,そ
の状態を経た後は 2 つの状態に分かれていく.一
方は「楽観的態度」であり,もう一方は,挫折を
し,自分やその問題から回避的になる「問題の切
e e
e
り離し」である.しかし,どちらの状態に移行し
ても,家族や友人といった「他者の受容的態度」
e
や同じ境遇の他者である「ピアの存在」に支えら
れる.特に,
「問題の切り離し」からの場合は,
「向
上心を持たせてくれる他者の存在」からの影響が
示唆された.そして「自分自身との直面化」の段
e
階,更には,挫折してしまった事柄について再度
努力をしてやり遂げたり,別の分野で新たな努力
Figure 1 挫折から成長へのプロセス をすることによる「新たな努力による自信の回復」 (古木・森田(2009)を元に筆者が作成) の段階へと移行する.その状態を経て,先に挙げ
た「他者の受容的態度」や「ピアの存在」といった支えの中,現在の自分への満足や挫折経験を良い経験・思い出と捉
えることができるようになり,挫折をしたことにより自分が成長できたという感覚である「自己成長感」を持てるよう
になる.以上が挫折から自己成長感を感じるまでのプロセスであるが,こうしたプロセスは「他者の受容的態度」や同
じ境遇の他者である「ピアの存在」が不可欠であることが考えられる.
5. おわりに 本論においては,挫折と成長の関連や,挫折を乗り越える力,挫折のプロセスについて概観してきた.レジリエンス
やハーディネスのように,人には挫折のようなネガティヴイベントを,自分で乗り越える何かしらの強さを持っている
のではないかと推測することができる.しかし,
「他者の受容的態度」や同じ境遇の他者である「ピアの存在」など,
挫折を乗り越えるにあたって「他者」からの影響も大きいことがわかる.つまり,挫折を乗り越えるプロセスには個人
内の要因だけではなく,個人外の要因も関連してくるということである.筆者も挫折を乗り越えてきた要因として,
「他
者の受容的態度」に救われ,挫折から立ち直った経験がある.挫折を経験してからその経験について他者に語り直しを
したり支援を求めたりすることは,社会的環境にいる限り十分に起こり得ることであろう(神原,2010)
.そのような
個人を取り巻く他者からの多様な支援(石毛・無藤,2005)を受けることが,挫折の意味付けやそれに付随する感情
35
の変化にも影響を与えることが考えられる.
今後の展望としては,挫折を自力で乗り越える力としてのレジリエンスやハーディネスのような特性と,挫折のプロ
セスにおける他者の存在がどのように関わっているのかを検証していきたい.
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37
第 6 章 欲しいなら買えばいいんじゃない
毛 薇壹 1.はじめに 以前の社会は,生産行動を行う者(生産者)と消費を行う者(消費者)とが多くの場合一致するという自給自足経済
社会であったのに対し,近代社会においては,消費(消費者)はほとんどの場合企業などの組織(生産者)が提供する
商品を消費者が購買することを通じてなされる(竹村,2000)
.現代社会においては,生活を維持するためには,人々
が消費行動を行わなければならなくなっている.
筆者の場合,お気に入りの物がある度に,金額を考えずに購入してしまう.物を購入する際は特に計画を立てること
はなく,品物を欲しくなれば,即決で購入する.佐々木(1988)によれば,人は買い物によって,気分転換や欲求不
満の解消,あるいは大きな楽しみを得ることができる.筆者にとっても買い物は気分転換となり,楽しみを得ることが
できる.そのため,前述したように,商品を見て気に入ったら購入をしてしまうのである.しかし,筆者と友人の購買
行動を比較すると,消費行動が全くと言っていいほど異なる.筆者の友人たちはたとえ好きな物があったとしても「自
分に合っているのか」
,
「長持ちする商品なのか」
,
「値段が高いのか」など,いろいろ考慮したうえで購入を諦めること
が多い.筆者の友人たちの話を聞くと,
「大好きだが,自分の状況を考えた上で好きな気持ちを抑え,我慢し,諦める
ことを選択した」と述べていた.なぜ筆者の消費行動と友人たちの購買行動は異なるのだろうか.
本論文においては,このような消費行動の差異に影響する要因について概観する.
2.消費行動に影響する要因 Engel et al.,(1968)は「消費行動とは,経済財やサービスを獲得,使用する個人の活動であり,これらの行動の先
に立つ,あるいはこれらの行動を決定する意思決定プロセスを指す」と定義している.また Schiffman&Kanuk(1978)
は「消費行動とは,消費者が自分のニーズを満たしてくれると考える製品,サービス,アイディアなどを探索,購入,
使用,評価するために示す行動である」と定義している.このように,消費行動というのは,ただ消費者が商品を購入
するという行動だけではなく,消費者が消費行動を行うまでに様々なことを考慮し,購入に至る意思決定までのプロセ
スも含んでいる.
従来の研究においては,このような消費行動について,収入,職業,階層,性,年齢,人種などの社会経済的特性に
影響されていると指摘されてきたが,戦後の経済発展の中において,これらのセグメンテーション軸の有効性が低下し
はじめた(飽戸,1968)
.その最大の要因は,消費者の支出に占める自由裁量支出の比率の増大であり,加えてクレジ
ットや割賦販売など,一時点の収入が必ずしも一致しない購買方法の普及である(飽戸,1994)
.このため,収入のよ
うな外的な要因よりも,消費者個人の嗜好や態度などの内的な要因すなわちライフスタイルの方が消費者行動をよりよ
く説明できるのではないかという認識が生まれた(飽戸,1994)
.次節からはこうした内的な要因について概観する.
3.ライフスタイルと消費行動との関連 ライフスタイルとは,人の生活の仕方,つまり人の心理,物理的な環境への対処の仕方である.具体的には人のお金
や時間の使い方,選択する財やサービス,行動の組み合わせるとして表われるものである(飽戸・松田,1989;飽戸,
1994)
.
内閣府による「国民生活に関する世論調査」においては,国民の今後の生活の仕方とする「心の豊かさ」に重きをお
きたいか「物の豊かさ」に重きを置きたいかを尋ねている(http://www.sorifu.go.jp/survey/kokumin/index.html 201
5 年 1 月 3 日閲覧).電通(1976,1996)は 1976 年と 1996 年における「電通生活意識調査」を行った.その結
38
果,家庭志向においての意識変化(Figure 1),マイペース志向においての意識変化(Figure 2),個性志向におい
ての意識変化(Figure 3)が明らかとなった.家庭志向において「仕事より家庭」を重視する人とマイペース志向にお
いて生活も「マイペースでのんびり」という人が増加するなど自分なりの物差しを大切にする人が増えている.加えて
消費意識でも個性志向におき「個性的なものを選ぶ」という人が増加した.これらの調査結果からは,物が一通り揃っ
た人々が自分自身の重視したい領域をもち,好きなことをしたり物を買ったりしていることが伺える.収入を得る場と
しての仕事よりも収入を消費する場である家庭を大切にし,自分のペースで暮らし,個性的なライフスタイルが存在す
る.つまり,以前は多くの人々が自分なりの生活を過ごすことができず,仕事,家庭など様々な要因に左右された消費
行動を行わざるを得なかったが,しかし,1996 年以降は自分なりのライフスタイルを求める様子が見られ,人々は個
性的なライフスタイルにより異なる消費行動が行われるようになった.
電通(1976,1996)からは,人々が時代とともに個性的なライフスタイルを求める人々の姿が伺えた.しかし
ながら,
すべての人々がそうした個性的なライフスタイルを取ることができるわけではない.
将来に不安を感じ,
貯蓄する人々のライフスタイルも存在していることが考えられる.つまり,一人一人のライフスタイルとその背後
にある価値観が消費を規定するようになってきたと考えられる.Sheth(1991)は消費行動に影響を与える消費者の価
値観については研究価値があると指摘している.次節においては,消費者の価値観が実際にどのように消費行動に影響
を与えているかについて概観する.
Figure 1 家庭志向においての意識変化(電通,1976,1996)
Figure 2 マイペース志向においての意識変化(電通,1976,1996)
39
Figure 3 個性志向においての意識変化(電通,1976,1996)
4.価値観と消費行動との関連 従来,消費行動はマーケティング分野を中心に研究されてきた.企業経営者などから,
「消費者の価値観が多様化し
ているために,消費者のニーズを把握することが難しくなっている」という声が聞かれるようになって久しい(長嶋,
2010)
.この考え方の背景には,生活者の価値観が消費者の意識・態度・行動に影響するという前提があるが,人々の
価値観によって消費のパターンや内容を変わってくることは経験的にも容易に想像ができる(長嶋,2010)
.飽戸(1968)
は価値志向が消費行動と関連することを指摘している.Inglehart(1997)は,
「イデオロギーの終焉」と世代論に基づ
いて人々の価値意識が「物質的なものから脱物質主義的なものへ変容している」と述べている.人々の考え方が物の存
在や価値に重きを置く「物質主義的なもの」から,物質ではなく,精神,内面と言った脱物質的なものに重きを置く「脱
物質主義的なもの」へ変化した.例えば,
「脱物質主義」はタバコ,アルコール,ストレスや大気汚染,食品汚染など
健康に影響を及ぼすものに関心が高く,スポーツをよく多く行っている(飽戸,1968)
.つまり,人々の価値志向によっ
て,消費行動が異なることが考えられる.
また,飽戸・松田(1989)は「ニュー・ジャパニーズ・ウェイ・オブ・ライフ(NJWJ)調査」において,各価値観類型
の特徴をレジャー活動により分類している.飽戸・松田(1989)は,
「経済に恵まれなくても,気ままに楽しく暮らせ
ればよいと思う」
「結婚しても,必ずしも子供を産む必要はない」などの 18 の文章に対して賛否を問い,この回答結果
に基づいて対象者を「脱伝統家庭型」
「人生享受型」
「消極無志向型」
「自己充足型」
「伝統出世型」
「エグゼクティブ型」
「都会派プロフェッショナル型」という 7 つの価値類型に分類した.各価値類型と消費行動の関連をレジャー活動に通
して明快な対応を提示している(Table 4)
.なお Table4 では,おもなレジャー活動のうち,活動率 25%以上のものを
記載した.
全体的に古い価値意識をもち積極性に乏しい「脱伝統家庭型」
「消極無志向型」
「伝統出世型」は,手芸・編み物,料
理,園芸・庭いじりが上位を占めている.他方,積極主流志向,出世志向の強い「エグゼクティブ型」ではマージャン
やゴルフが,伝統にこだわらず新しいものを取り入れていこうとする「自己充足型」はスキー,スポーツ・レクリエー
ション旅行やテニスなどの活動率が高くなっている.また,マーケットリーダーである「都会派プロフェッショナル型」
は,幅広いレジャーや趣味を行っている.
40
Table 4 消費者価値類型とレジャー活動の関係(飽戸・松田,1989 をもとに作成)
価値類型
脱伝統家庭型
属性
おもなレジャー活動
女,30・40 代,主婦
手芸・編み物(26.9%),料理(26.4%)
園芸・庭いじり(31.0%),料理(30・3%),
消極無志向型
手芸・編み物(27.2%)
園芸・庭いじり(39.5%),料理(32.7%),手芸・
伝統出世型
50 代以上,低学歴,地方居住
編み物(25.1%)
マージャン(37.1%),ゴルフ(28.1%),園芸・
エグゼクティブ型
男,30・40 代,高学歴,管理職,高収入
庭いじり(25.2%)
スキー(34.9%),料理(34.9%),スポーツ・レ
自己充足型
20 代以下,学生,事務職,首都圏居住
クリエーション旅行(32.5%),手芸・編み物
(29.7%),マージャン(29.7%),テニス(29.7%),
球技(26.5%)
料理(40.1%),スポーツ・レクリエーション旅
行(40.1%),スキー(39.4%),マージャン
都会派プロフェッシ
20 代以下,高学歴,学生,23 区内居住
ョナル型
(35.8%),テニス(35.4%),球技(35.1%),周遊
旅行(28.8%),バソコン(28.5%),水泳(28.5%),
チェス・オセロ(26.2%)
人生享受型
男,単身者,低学歴,技能・労務職,
料理(28.3%),スポーツ・レクリエーション旅
低収入
行(27.1%),園芸・庭いじり(26.5%)
つまり,価値観は多様な種類があり,その型により人々の消費形態は異なっていると考えられる.例えば,Table 4
のデータから鑑みると,自己充足型と都会派プロフェッショナル型のレジャー活動は他の 5 つの型より多く活動を行
われていることから,充実した生活が送られていると考えられる.つまり,それぞれの人々が属する層の価値観に
よって,レジャー活動に関して多く消費することが考えられる.このように,価値観はもう一つの内的要因として,人
の消費行動に影響を与えていることが考えられる.
5.おわりに 従来,消費行動は社会心理学の一つの分野として研究がなされてきたさ.本論文を通し,筆者の最初の問いである.
「何故友人たちは筆者とこれほど購買行動が異なるのか」について,経済面への外的要因以外に,ライフスタイルと価
41
値観などの内的要因が消費行動に大きく影響を与えていることが推察された.例えばライフスタイルにおいては,マイ
ペース志向や個性志向のライフスタイルを持つ人が,家庭志向のライフスタイルを持つ人より,筆者のように金額など
を考えずに消費行動を行いやすいことが見られている.価値観にも同じように,人生享受型の価値観を持つ人は脱伝統
家庭型などの価値観を持つ人より,筆者のように金額などを考えずに消費行動を行いやすいことが考えられる.
今後の展望としては,ライフスタイルと価値観のような要因は具体的にどのようには消費行動に影響を与えるかにつ
いて検討する.
6. 引用文献 飽戸弘 1968 投票行動の社会心理学,放送学研究,19,69-103.
飽戸弘 1994 消費者行動の社会心理学,福村出版.
飽戸弘 松田義幸 1989 「ゆとり」時代のライフスタイル―7 タイプにみる生活意識と行動―,日本経済新聞社.
Bales, R. F. 1950 Interaction process analysis: A method for the study of small groups,Cambridge, MA:
Addison-Wesley.
J. K. Engel, D. T. Kollat, R. D. Blackwell 1968 Consumer Behavior,Holt,Rinehart and Wiston,INC.
Leon G. Schiffman & Leslie L. Kanuk 1978 Consumer Behavior,Prentice−Hall,4.
長島直樹 2010 生活者の価値観変化と消費行動への影響,富士通総研経済研究所,363,1-30.
P. D. Bemett 1989 Dictionary of Marketing Terms,AMA,40.
Report of the Definitions Committee 1948 Committee Reports,Journal of Marketing,13,202-217.
佐々木土師二 1988 購買態度の構造分析,関西大学出版部.
内閣府 2000 国民生活に関する世論調査 http://www.sorifu.go.jp/survey/kokumin/index.html 2015 年 1 月 3 日
アクセス.
Sheth,Jagdish N., Newman, Bruce I., Gross, Barbara L. 1991b “Why We Buy What We Buy: A Theory of
Consumption Valued”,Journal of Business Research,22,159‐170.
竹村和久 2000 消費行動の社会心理学,北大路書房.
42
第 7 章 ボーカロイドという歌い手 梁 奕良
1.はじめに 母国の中国において大学生をしていた際,
「初音ミク」という人の声を模した電子音によって歌を歌う女の子のキャ
ラクターについては知ってはいたが,はじめは特段そのキャラクターに対して,筆者は好きとか,嫌いなどといった感
情を有してはいなかった.しかし,大学の教授が見せてくれた初音ミクのコンサート映像によって,筆者の初音ミ
クへと向ける思いは一変した.空気に映され,踊りながら歌っている 3D 映像の初音ミクに,大勢の人々が盛り上がっ
ていた.この出来事がきっかけとなり,筆者はボーカロイド音楽に興味をもち,最後には「初音ミク」のファンとなっ
た.
2012 年年間カラオケランキング発表 JOYSOUND(http://joysound.com/ex/st/special/feature/2012year_ranking/i
ndex.htm 2015 年 1 月 14 日閲覧)によれば,ボーカロイドの曲「千本桜」は 3 位,
「マトリョシカ」は 9 位,
「パン
ダヒーロー」は 26 位でカラオケランキングにランクインした.また,ニコニコ動画で楽曲が無料で配信されているも
のの中には,無料で視聴できるにも関わらず CD の売上が著名なアーティストを上回るケースまで存在する(初音ミク
“ボーカロイドアルバム”
が徳永を押さえ,初首位 http://www.oricon.co.jp/news/76554/full/ 2015 年1 月14 日閲覧)
.
「Google Chrome“あなたのウェブを,はじめよう.
”キャンペーン CM ソング」として書き下ろされた一曲「Tell you
world」は YouTube にて再生数が 1000 万を達成し,邦楽歌手史上最多世界 217 カ国で配信されている(Livetune さん
が 手 が け た ミ ク が 歌 う ボ カ ロ 曲 「 Tell Your World 」 が YouTube で 1000 万 再 生 達 成 !
http://39mikustream.blogspot.jp/2014/11/livetunetell-your-worldyoutube.html 2015 年1月 14 日閲覧)
.上述のよ
うに,ボーカロイド音楽は既に日本のみならず,世界各地の音楽業界に影響を与えていると言えよう.
本論においては,ボーカロイドの歴史,ボーカロイドにおける N 次創作について検討を行う.
2.VOCALOID とは 初音ミクが発売される以前にも,
既に同様のボーカル音源ソフト
は発売されていた.
ボーカロイドとはヤマハ株式会社が開発した素
片連結型の歌声合成技術及びその応用商品の総称である(剣持・大
下,2008)
. ボーカロイドのようなボーカル音源ソフトは,2015
年までは日本や海外を含めて 48 種類発売されている.世界初の
ボーカロイドソフトは,イギリスの Zero-G 社が開発した「LEON (レオン)
」と「LOLA(ローラ)」である.商品のパッケージには Figure 1 レオンとローラ キャラクターが描かれているのではなく,唇が描かれている(Figure 1)
.
「LEON(レオン)
」と「LOLA(ローラ)」
には,後に発売される初音ミクとは違い,キャラクター設定がないため,売り上げが伸びなかった(柴,2014)
.また
ボーカロイドは楽器の音をコンピュータ上で再現するバーチャル音源の延長線上でしか無かったため,売れ行きは決し
てよいものではなかった(柴,2014)
. 3.ボーカロイドの変遷 2004 年 11 月クリプトン社から女声ボーカロイドソフト「MEIKO」が発売された.
「MEIKO」のパッケージには活
発な女の子が描かれている.バーチャル音源市場においては,年間 1000 本を売り上げれば大ヒット商品と言われてい
るが,
「MEIKO」はその 3 倍の規模で 3000 本が売れた(柴,2014)
.日本にはキャラクター文化やオタク文化マーケ
43
ットがあり,商品のイメージとしてのデザインにやはりふさわ
しいのはマンガやアニメである(柴,2014)
.しかし,2006 年
2 月にクリプトン社より発売された男声ボーカロイドソフト
「KAITO」
は,
年間わずか 500 本の売り行きであった.
「KAITO」
は「MEIKO」と同じボーカロイドエンジンが搭載されており,
「MEIKO」を購入したボーカロイドユーザーは新規性のある製
品を好むユーザーが多かったため,
「KAITO」の売れ行きは芳し
くなかった.この「KAITO」の売上の不調を契機として,ボーカロイド市場がどんどん小さくなっていったため,ボ
ーカロイドは注目されなくなってしまった(柴,2014)
.初音 Figure 2 MEIKO と KAITO
ミクと比較して,
「MEIKO」と「KAITO」に搭載された初代「VOCALOID」歌声合成エンジンはメロディーと歌詞
を入力することでサンプリングされた人の声を元にした歌声を合成することができるが開発途上の技術であったため,
発音がやや不自然であり,人間の肉声を「置き換える」という用途には苦しい一面もあった(柴,2014)
.
「VOCALOID」
によって作られたボーカロイドソフトウェアは物珍しさから注目を集めることはあったが,音にこだわりのあるミュー
ジシャンからは注目される事は無かった(柴,2014)
.2007 年 1 月には,ヤマハ株式会社は新たな歌声合成エンジン
「VOCALOID 2」を発表した,
「VOCALOID 2」は「VOCALOID」と比較してより人間の声に近く,よりなめらか
なで自然な歌声を再現することができる.2007 年に「ボーカロイド」市場の低迷で,売れ行きが悪く,開発チームの
縮小や様々な問題を抱えたクリプトン社は,
「VOCALOID 2」の発売に合わせ,
「架空のキャラクターが歌う」という
コンセプトを打ち出したソフトウェアの開発プロジェクトをスタートさせた.クリプトン社代表取締役伊藤博之氏は歌
声を合性するソフトウェアの新しいプロジェクトを提案するためには,従来のプロ歌手やアナウンサーより,声優のほ
うが声の方向性やバリエーションがふさわしいという新しい価値を世の中に提示したかった故にシンガーではなく声
優を採用したと決めたのである(柴,2014)
.2007 年 8 月,声優の藤田咲さんが「初音ミク」のキャラクター・ボイ
ス担当に選ばれた.こうして「初音ミク」は生まれた.声優を採用するという話題性,日本のオタク文化との融合,人
間に近い自然な声が再現できる点が,ブームになっている重要な要因と考えられる(柴,2014)
.
ソフトウェア毎に得意なジャンル,得意な音域,得意な曲のテンポ,得意な言語などに差異がある(初音ミク V3⁄
HATSUNE MIKU V3 http://www.crypton.co.jp/mp/pages/prod/vocaloid/index.jsp 2015 年 1 月 15 日閲覧).例えば
「初音ミク」の声質はとてもチャーミングで,伸びやかに天まで昇るような高音域,清楚で可憐な中高音域がとても魅
力であり, アイドルポップスやダンス系ポップスに得意である(http://www.crypton.co.jp/mp/pages/pro d/vocaloid/in
dex.jsp 2015 年 1 月 15 日閲覧).同様,Table 1 で示した通り,2010 年 4 月に発売された「初音ミク・アペンド」は
初代「初音ミク」の改良版である.
Table 1 初音ミクバージョン (バーチャルシンガー・ラインナップ|クリプトン
http://www.crypton.co.jp/mp/pages/prod/vocaloid/index.jsp 2015 年 1 月 14 日 を元に筆者が作成) バッケージ ライブラリ アイドルポップス / ダンス系ポップス 初音ミク 初音ミク・アペンド 得意ジャンル Sweet フレンチポップ,バラード,エレクトロニカ等 Dark バラード,ジャズ,フォーク,アンビエント等 Soft ソフトロック,バラード,フォーク,アンビエント等 Light ポップス,ロック,ダンス,テクノポップ等 Vivid ポップス,テクノポップ,トラッド等 44
Solid 初音ミク V3
ENGLISH 初音ミク
V3 バンドル
ENGLISH ハウス,テクノ,クロスオーバー等 ORIGINAL アイドルポップス/ダンス系ポップス SWEET 「初音ミク V3」 ポップス,ロック,ダンス,エレクトロ等 フレンチポップ/バラード,エレクトロニカ等 DARK バラード,ジャズ,フォーク,アンビエント等 SOFT ソフトロック,バラード,フォーク,アンビエント等 SOLID ポップス,ロック,ダンス,エレクトロ等 初代「初音ミク」より異なる音声「Sweet」
,
「Dark」
,
「Soft」
,
「Light」
,
「Vivid」
,
「Solid」が提供されている.2011
年 6 月にヤマハ株式会社より発売された「VOCALOID 3」は,早口の表現や音色の変化が滑らかになるよう改良され
た.クリプトン社は歌声合成エンジン「VOCALOID 3」に合わせ,2013 年 8 月に「初音ミク V3 ENGLISH」や 2013
年 9 月に「初音ミク V3」を発表した(柴,2014)
.
「初音ミク V3 バンドル」の特徴は英語用音源が搭載されている.
4.自由な創作の承認による連鎖創作 2015 年現在,ボーカロイドが最も関わっているとされるサイトとして,ニコニコ動画というサイトがある.ニコニ
コ動画で「初音ミク」を検索すれば,
「初音ミク」が登録されている動画は 12 万件を超えるまでになっている.ボーカ
ロイドソフトを購入したユーザーの多くが,自ら作成したボーカロイド楽曲をニコニコ動画などのサイトにアップロー
ドするのである.原点となる創造物から登場人物や世界観などを借りてボーカロイド購入者が創作した創作物のことを
「二次創作物」と呼ぶ.
(小山,2013)
.また,二次創作からの三次創作物,四次,五次創作物はすべて「二次創作物」
と呼ぶ, もしくは多重に引用されていることを意図的に示すために「N 次創作物」と呼ばれている(小山,2013)
.
では,初音ミクと N 次創作は一体どのような関わりがあるのか.VOCALOID というジャンルにおいて,N 次創作
は盛んに行われている.
「N 次創作」の派生元となるオリジナル局を配信している Songrium(ソングリウム)」という
Figure 3 楽曲と派生作品登録数 Web 上の動画共有サービス会社のサイトによると,
(データで視る VOCALOID http://doc.songrium.jp/stat/ 2015
年1月 22 日閲覧)2014 年 2 月まで楽曲は約 11 万曲が登録され,2014 年 3 月まで楽曲による派生作品は約 52 万件が
登録された.前述した,JOYSOUND において,2012 年の年間カラオケランキングに 3 位にランクインした「千本桜」
に関わる派生作品は 7332 件が登録されている.VOCALOID 楽曲と派生作品は 2014 年 2 月時点で一日あたり約 50
以上の楽曲,250 以上の派生作品が,毎日公開されている計算になっている.楽曲の動画や派生作品はそもそもソフト
ウェアを発売する会社にキャラクターなどを借りて作ったものではあるが,クリプトン社は公序良俗に反しない,お金
を取らないものであれば,かなり広い範囲で二次創作の自由を認めている(柴,2014)
.そうした意味では,ボーカロ
イド楽曲業界は,既存の作品による二次創作に関する著作権に対しては寛容であるともいえる.今まで著作権を巡って
45
の裁判や争いを見ると,クリプトン社はあえて二次創作を認め,自由な創作ができる条件ならびに環境を用意してきた.
加えて,細かく設定していないキャラクターを採用したおかげで,ボーカロイドを元にしたイラストや小説,漫画やぬ
いぐるみ,加えて時計やフィギュアなど,あらゆるコンテンツが世の中に広がっているこのように, クリプトン社のガイ
ドラインは大成功と言えるのだろう(柴,2014)
.
動画投稿サイトのニコニコ動画では,VOCALOID の楽曲を創作の素材として,
「歌ってみた」や手描きのアニメー
ション,ギターやピアノで「演奏してみた」などの派生作品が生み出されてきた.VOCALOID による N 次創作にお
いては,ユーザー同士が「コラボレーション的に作品を制作していく」という,創作のコミュニケーションが存在して
いる.そこには,元の作品が与える感動をより多くの人に広めたい,より多くの人と共感したいといったユーザーの気
持ちもあるように感じる(後藤,2013)
.
「初音ミク」の本質は,コミュニティにある(後藤,2013)
.
「初音ミク」を
通じてやりとりされるものは,コミュニケーションであり,感謝の気持ちであり,共感である(後藤,2013)
.N 次創
作の本質もコミュニティである(後藤,2013)
.N 次創作には「
『この作品に対して,私はこういう作品を二次作品と
して応えよう』といった掛け合い」(後藤,2012)のような側面があり,作品を通じたコミュニケ―ションがそこには存
在している.VOCALOID を通した創作活動によるコミュニティは,N 次創作による掛け合いと,感動を共有したいと
いうユーザーやクリエイターの強い思いによって,より大きな広がりを見せているのかもしれない(後藤,2012).
5.N 次創作による価値共創 近年では,ボーカロイドによるN次創作の派生作品が次々と発表され,中には企業から注目され,商品化されるケー
スも少なくない.派生作品の生産化と企業による商品化において,消費者は受動的な存在ではなく,協働し共に価値を
創造する存在として捉えている(斉藤,2014)
.価値共創とは消費者は単に商品を消費する存在ではなく,価値創造プ
ロセスのパートナーとして,商品開発やサービス,新しいアイディアの創出などに一緒に取り組むことである(斉藤,
2014)
.ただ,ボーカロイドにおける価値共創は企業の指示がなく,自己増殖的である(斉藤,2014)
.ボーカロイド
N次創作における自己増殖的とは外的要因によらず,創作の連鎖が起ることである.先述のように,クリプトン社は積
極的に自由な創作を認めている,つまり,創作の連鎖を途切れさせないことによって,自己増殖的なN次創作は,社会
現象として持続させ,同時に,新しいビジネスチャンスとなると言えよう(伊藤,2012).
6.まとめと展望 日本初ボーカロイドソフトウェア「MEIKO」は,新しいもの好きのユーザーに一時的に注目されたが,歌声と話題
性によってボーカロイドが急激に落ち込んでいた.つまり,初音ミクが登場していなかったとしたら,ボーカロイドの
歴史自体が途絶える可能性があり,話題になることもないまま,ひっそりと歴史を終える可能性があったと考えられる.
そうした意味では,初音ミクがボーカロイドという業界を救ったといえよう.
また,近年のボーカロイドは N 次創作によってアニメ化,小説化,ゲームなど消費が多様化している.では人々は,
なぜこのような商品を消費するのであろうか.今後の展望として,人々の消費の特徴に関して検討していきたい.
7.引用文献 土井隆義 2014 AKB48 の躁,初音ミクの鬱:コミュ力至上主義の光と影,社会学ジャーナル,39,1-22. 後藤真孝 中野倫靖 濱崎雅弘 2014 初音ミクと N 次創作に関連した音楽情報処理研究 VocaListener と Songriu
m,11,739-749. 濱野智史 2012 「ニコニコ動画はいかなる点で特異なのか『擬似同期』
『N 次創作』
『Fluxonomy(フラクソノミー)』
」
『情報処理』
,53 ,489-494
濱崎雅弘 武田英明 西村拓一 2010 動画共有サイトにおける大規模な協調的創造活動の創発のネットワーク分析,
46
ニコニコ動画における初音ミク動画コミュニティを対象として:ニコニコ動画における初音ミク動画コミュニティ
を対象として,25,157−167.
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第三部 第 1 章 失恋経験の受容が失恋後の精神的成長に及ぼす影響
新井 美紀
1.はじめに 『失恋ショコラティエ』という作品がある.長年片思いをしていた女性に告白をして振られてしまった主人公が,失
恋後にパリで修行を積み,立派なショコラティエへと成長を遂げる物語である.筆者はこのマンガを読み,
「失恋をし
て落ち込むだけではなく,失恋を自分の力に変えて成長をしている彼はすごい」と感じたのと同時に,
「どうせマンガ
だからだろう.実際に失恋したら,こんなポジティブでいられる訳がない」と感じた.
失恋を経験するだけで,すべての人がマンガの世界のように簡単に変化を遂げることができるのだろうか.もし,失
恋を経験するだけですべての人が簡単に成長することが可能だとしたら,失恋をした主人公が成長を遂げる物語などヒ
ットしなかっただろう.少なからず,失恋をしても成長に繋がらない人も存在しているはずだ.
では,上述したマンガのように,失恋をただの悲しい出来事ではなく,成長に繋がる出来事にするためには一体何が
必要なのだろうか. 2.心理学における恋愛研究と失恋研究の位置付け 心理学において,恋愛は「異性間における美的根本
特色を持つ,全人的結合の欲求を根ざす全ての感情と
行動(西平,1981)
」や「愛の三角理論(Sternberg,
1986)
」
,
「色彩理論(Lee,1977)
」など多くの定義付
けや理論の提唱がなされている.しかしながら,恋愛
は絶えず変化する関係である(高坂,2011)ことから
恋愛について狭義に定義付けを行うことは困難である.
したがって,本研究において恋愛は,広辞苑第 6 版に
記されている「男女が互いに恋慕うこと」という広義
な意味を使用する.
Figure 1 失恋研究の位置付け(松井,1993) 松井(1993)は心理学において恋愛を研究する意義
として,以下の 2 点をあげている.第一に,恋愛が青年に与える影響の重大性である.恋愛は多くの青年にとって一般
的な現象でありながら,重大な危機状況にもなりうる対人関係であることから,青年に与える影響も大きいこと.また,
詫摩(1985)が大学生を対象に「青年心理学の内容で興味を持っているもの」を調査したところ,6 割以上の学生が「恋
愛と結婚」と回答しており,このことからも恋愛は青年にとって関心の高い内容であることがうかがえる.第二に,恋
愛関係の特殊性である.恋愛は親子関係やきょうだい関係のように生まれながらに決定されている対人関係ではなく,
自分の考えや好みに従って自分で関係を構築していく対人関係であること.したがって,恋愛関係を構築する中で,ひ
とりひとりの主体性が反映されやすい特殊な人間関係であるといえる.
本研究が対象とする失恋の上位領域である恋愛に関する研究は大きく分けると,第一に対人魅力の研究と,第二に恋
愛中に起こる独特な心理に関する研究に分類することができる(松井,1993)
.松井(1993)は2つの領域の関係を
Figure 1 のように整理した.魅力のある性格や初対面の異性の魅力などの研究領域は,対人魅力と恋愛関係の両方にま
たがっているものの,恋愛感情に関する研究は恋愛研究独自の研究領域である.すなわち,本研究が対象とする失恋に
関する研究は,Figure 1 における,恋愛研究の領域に位置付けられる問題である.
48
3.本研究における失恋の定義 これまで,多数の失恋研究がなされてきた.社会心理
学事典において失恋は,
「恋愛関係の形成,あるいは維持
が困難となり,関係をおわりにすること」と定義されて
いる.飛田(1992)と加藤(2006)は,失恋をより詳細
に分類している.飛田(1992)は,一定期間の親密な関
係の存在の後に関係が崩壊した失恋と,親密な関係なし
に熱情が冷却した片思いを区別した.加藤(2006)は,
Figure 2 失恋の分類(加藤,2006) 飛田(1992)の分類をさらに詳細に区分し,はじめに,失恋には付き合った後に別れた失恋と,実らなかった失恋の
片思いの 2 つに分類し,さらに付き合った後に別れた失恋を離愛,実らなかった失恋を片思いと分類した.さらに離愛
を自分から別れを告げる,別れを告げられる,理由が明確でないに分類をした(Figure 2)
.したがって,本研究にお
いては,加藤(2006)の定義における失恋は,加藤(2006)の定義に倣い,片思い,自分から別れを告げる離愛,相
手から別れを告げられる離愛,理由が明確でない離愛の区別をし,この 4 つの失恋形態の総称を失恋とする. 4.対象喪失としての失恋 対象喪失は,愛情や依存の対象をその死によって,あるいは生き別れによって失う体験(小此木,1979)と定義さ
れている.対象喪失は,愛情や依存の対象をその死によって,あるいは生き別れによって失う体験(小此木,1979)
と定義されている.対象喪失は,失った対象によって①愛情・依存の対象の喪失,②住み慣れた環境や地位,役割,故
郷などからの別れ,③自己を失う体験,あるいは自己を一体化させていた国家や理想の喪失の 3 カテゴリーに分類され,
本研究において対象となる失恋は,こうした対象喪失の分類における①愛情・依存の対象の喪失に該当する.
愛情・依存の対象を失う対象喪失は人間にとって悲しい出来事である.小此木(1979)は,愛する人と別れたその
時点,あるいは誰かの死の前後の短い間の経験だけが,対象喪失体験のすべてではないとしている.交際相手や好意対
象から別れを告げられた,または自ら別れを告げたその瞬間だけではなく,対象喪失による悲しみはその後も継続する
ためである.また,小此木(1979)は,対象喪失によって引き起こされる一連の心理的反応を悲哀と定義した.その
後,悲哀に関する段階モデルを Harvey(1995)と平山(1997)が提唱している(Table 1).
Table 1 対象喪失からの立ち直りプロセス Harvey(1995)
平山(1997)
①ショック・驚愕 ①ショック・否認 ②現実の否認 ②苦悶 ③新しい関係の探求 ③抑うつ ④ゆるやかな回復 ④無気力 ⑤現実直視 ⑥見直し ⑦自立・立ち直り 人は対象喪失の悲しみから,どのようにして立ち直るのだろうか.上述した対象喪失からの立ち直りのプロセスを経
ていく中で,対象を失った悲哀は青年の精神や健康状態に様々な影響を与える.Parkes(1972)がパートナーを失っ
49
た男女に行った調査においては,配偶者の死去から 6 ヶ月以内に死亡する確率が他のパートナーを失っていない人々に
比べ 40%高いことが明らかにされている.パートナーを失った悲しみが直接精神に影響するだけでなく,人生のパー
トナーである旦那や妻を亡くした悲しみから逃れたいという気持ちから喫煙や飲酒量が増える,急に過食になり肥満に
なるといった生理的変化にも影響を及ぼすことが示唆された.加えてマイナビニュース(http: //news.mynavi.jp/c_cora
nking/2010/09/29_1.html2014 年 10 月 13 日閲覧)においては,失恋をした時の影響として「やる気がなくなる」や「う
わの空になる」などのネガティブな影響が挙げられており,飛田(1997)が失恋の影響は当事者ばかりでなく,周囲
の人々をも巻き込み,最悪の場合,自殺といった社会的事件や問題となることを指摘している.警察庁安全局生活安全
企画課(2010)のデータによれば,失恋が原因で自殺にまで至ったケースのおよそ半数は 29 歳までの青年である.平
凡な出来事ではあるが,失恋は青年にとって非常に重要な問題であることが上記のデータから推察できる.そのため,
現代の日本にはチカラコーポレーション」のように,失恋をした社員の心を癒すための有給休暇を用意している企業も
存在している(産経ニュース west http://sankei.jp.msn.com/west/west_economy/news/140215/wec14021512000007
-n1.htm 2014 年 9 月 24 日閲覧)
.
失恋が青年に与えるのはネガティブな影響だけではない.宮下ら(1991)は,青年期前半の失恋経験は,ネガティ
ブで心理的苦痛を伴う側面と同時に肯定的な側面ももたらすとしている.例えば,社会的スキルの向上(掘毛,1994)
,
精神的成熟(Harvey,2002)
,人生の意味を見いだし自己への洞察を深めることができる(Tashiro & Frazier,2003)
など,失恋をすることによって得られるポジティブな側面は,多くの先行研究で述べられてきた.
5.予備調査 本研究においては,失恋を経験したことのある者を調査対
象としている.そのため,予備調査として第一に「失恋を経
験した者」が調査対象者のうちどの程度を占めるのか,第二
に失恋形態にはどのようなパターンがあるのかを明らかにす
ること,そして最後に本調査において用いる質問項目の選定
を目的とした予備調査を行った.調査対象者は,K 大学の学
生 301 名に調査を依頼し,有効回答は 277 名であった.その
結果,予備調査において,Figure 3 に示すように調査対象者
Figure 3 失恋経験の有無 のおよそ 6 割程度が失恋を経験していた.また,失恋経験者の
うち,片思い 4 割,離愛 5 割,その他が 1 割程度の割合で存在
しており,加藤(2005)が行った予備面接においても同様の結
果が得られているため,失恋形態の分類は行うことができたと
いえる(Figure 4)
. 山口(2007)や加藤(2005)など,本研究同様に失恋を経験
した人を対象とした調査がいずれも一般的に大学生の 80%程度
が失恋しているのに対し,本調査においては,60%に満たなか
った.その要因として,質問紙の不備が挙げられる.予備調査
Figure 4 失恋の形態 においては,はじめに「失恋の有無」を「はい」
,
「いいえ」で
回答をしてもらい,
「はい」と回答した者にのみ失恋の形態について尋ねた.そのため,
「告白をして(されて)交際を
した後,自分から別れを告げた」や「自然消滅」など,本研究において「失恋」と定義している「自分から別れを告げ
た離愛」や「理由が明確でない離愛」が「失恋」して認識されず,本来失恋の対象者となる者が質問に回答していなか
った可能性が示唆される.そのため,失恋の有無をはじめに「はい」
,
「いいえ」で問わず,失恋の形態を尋ねる際に「失
50
恋は経験したことがない」と加え,質問紙の改善を行うことが課題としてあげられた.
6.本調査 失恋が青年に与える影響は,多くの先行研究においてネガティブな影響とポジティブな影響の両側面から述べられて
きた.こうしたネガティブな影響を与える失恋と,ポジティブな影響を与える失恋はどのような点が異なるのだろうか.
異なる点の一つとして「失恋経験の受容の有無」が挙げられる.小此木(1979)が指摘するように,対象喪失を悼む
営みが未完成なままになる心理状態は,心の狂いや病んだ状態を引き起こす.対象喪失を悼む営みが未完成な状態,す
なわち,失恋経験を受容できていない場合にはネガティブな影響を与え,失恋経験の受容ができている場合にはポジテ
ィブな影響を与えることが推察される.しかし,多くの先行研究においては,失恋の有無が青年期の若者に与える影響
について,ポジティブな影響,ネガティブな影響の両側面から言及がなされているが,失恋に対する受容が与える影響
については検討がなされていない.小此木(1979)の指摘を踏まえると,失恋の受容は,失恋後の心理的反応を考え
るうえで重要な概念である. また,対象喪失という悲しい出来事を受容することは,青年の精神的成長に繋がることが推察できる.本研究におい
ては,加藤(2005)が,失恋に対して当事者である青年がどのようなコーピングを行うのかという問題は,青年期の
精神・身体的健康を考える上で重要なテーマであると指摘していることから,「ポジティブな影響」を「青年の精神的
成長」とし,本研究における精神的成長は,青年が心理的に適応した状態にあるために必要な精神的発達や社会的能力
を身につけた状態に至ること(山影,2010)と定義をする.
本調査においては「失恋経験の受容度が高い人の方が,失恋経験の受容度が低い人よりも失恋後に成長をする」とい
う仮説を検証することを目的とした.
調査協力者 K 大学の学生 225 名に調査を依頼し,有効回答 209 名,無効回答 14 名であった.本研究においては,失恋の受容の
有無による精神的成長を検討するため,有効回答 209 名のうち,失恋経験のある 152 名のみを分析対象とした.
手続き 2014 年 11 月から 12 月にかけて K 大学の 5 つの講義内の時間の開始からおよそ 15 分を利用し実施した.質問紙の
配布を行い,受講者には一斉に回答を依頼した.質問紙配布の際に,研究の目的や回答方法,
「失恋というプライベー
トな内容を聞くため,回答したくない項目に関しては回答をしなくても良い」という旨の教示を口頭で行い,質問紙配
布後は回答者からの質問を随時受けられるよう待機し,実施後にその場で回収を行った.
得られた回答は,IBM SPSS Statistics 22 を用いて分析を行った.質問紙の教示,内容に関しては調査内容に記す.
調査内容 (1)フェイスシート:学年,性別について回答を求めた.
(2)失恋の形態:失恋の形態について,1「片思いをしていた相手に告白をして振られた」
,2「告白せず,片思いして いた相手のことを諦めた」
,3「告白をして(されて)交際した後,相手から別れを告げられた」
,4「告白をして
(されて)交際した後,自分から別れを告げた」,5「その他」
,6「失恋はしたことがない」の中から選択で回答
を求めた. (3)失恋を経験してからの経過時間:最近経験した失恋をより想起させるために,
(2)の失恋の形態において,1「片 51
思いをしていた相手に告白をして振られた」〜5「その他」と回答した者にのみ,失恋からの経過時間を 1 ヶ月単
位での記述式で回答を求めた. (4)日本語版外傷体験後成長尺度(田口・古川,2006)
:自己を取り巻く状況への気づき,自己能力の発見・確 信の 2 因子 19 項目で構成されている.本調査前に 3 名の学生に回答を依頼したところ,
「信心深くなった」とい
う質問はイメージがしづらく回答が困難であり,調査結果に支障をきたす可能性があったため,質問紙から除外
した.本調査においては,
「自己を取り巻く状況への気づき因子」10 項目,
「自己能力の発見・確信因子」8 項目
の計 18 項目を用いて調査を行った.1「全くあてはまらない」
,2「あてはまらない」
,3「ややあてはまらない」
,
4「ややあてはまる」
,5「あてはまる」
,6「非常にあてはまる」の 6 段階評定である. (5)失恋に対する受容尺度:石川(2013)の過去に対する捉え方尺度を元に筆者が作成.石川(2013)の過去 に対する捉え方尺度の「過去への態度因子」を参考に,過去全般に対する受容ではなく,失恋のみに限定できる
よう質問項目の加筆,修正を行った.1「あてはまらない」
,2「ややあてはまらない」
,3「どちらでもない」
,4
「ややあてはまる」
,5「あてはまる」の 5 段階評定である. 7.結果 失恋に対する受容因子得点を平均値である 3.25 で研究対象者を 2 群に分け,1.00〜3.25 までを失恋に対する受容低
群,3.26〜5.00 までを失恋に対する受容高群とした.
失恋に対する受容得点の低群・高群を独立変数,日本語版外傷体験後成長尺度の「自己をとりまく環境への気づき因
子」
,
「自己能力の発見・確信因子」をそれぞれ従属変数とした t 検定を行った.その結果,
「自己をとりまく環境への
気づき因子」
,
「自己能力の発見・確信因子」ともに,受容低群・受容高群の群間に有意な差が見られた(Figure 5・6)
.
n=63
n=77
n=65
t(138)=5.05,p<.001
Figure 5 失恋に対する受容の高低と
自己をとりまく環境への気づき因子得点
n=77
t(140)=5.10,p<.001 Figure 6 失恋に対する受容の高低と
自己能力の発見・確信因子得点
8.考察
本研究の結果,
「失恋経験の受容度が高い人の方が,失恋経験の受容度が低い人よりも失恋後に精神的成長をしたと
感じる」という仮説は支持された.従来の先行研究においては,失恋を経験することにより成長できると述べられてき
たが,本研究の結果からは,単に失恋を経験するだけではなく,失恋経験の受容の有無が青年の精神的成長に影響して
いることが明らかとなった.
本節においてはなぜ「失恋経験の受容度が低い人よりも失恋後に成長をしたと感じる」という仮説が支持されたのか
について考察をする.失恋は青年にとって平凡な出来事であるが,当事者に強いショックを与える出来事である.時に
は自殺をも引き起こすような出来事を受容していくためには,
「失恋に対して肯定的な意味づけ」を行うことが必要で
52
あることが推察される.人は一瞬ごとに変化する日々の行動を構成し,秩序づけ,
「経験」として組織化し,それを意
味づけながら生きている(やまだ,2000)
.個々の要素が同じでも,それを自己にどのように関連付けるのかによって,
人生全体の意味は大きく変化する.つまり,失恋に対して「あの時の失恋には意味があったのだ」と失恋に対して肯定
的な意味づけを行うことにより,過去の出来事に捉われることがなくなる.そのため,失恋を受容することができ,精
神的成長に繋がったのではないだろうか.
9.おわりに 多くの先行研究においては「失恋を経験することで起こる影響について,ネガティブな影響とポジティブな影響の両
側面から言及がなされてきたが,失恋を経験することが重要なのではなく,失恋という出来事を受容することが重要で
あることが本研究において明らかとなった.
はじめに述べた『失恋ショコラティエ』の主人公は,失恋してしまったことを受容し,失恋に対して肯定的な意味づ
けを行えるようになったからこそ,立派なショコラティエになることができたのである.結果的に思いが叶うことはな
かったが,彼にとって失恋は,人生において意味のある重要な出来事になったことだろう.
10.引用文献 Ameba 2013 「振られたけど成長できた!」と片思い・失恋を感謝できたポイント9パターン http://news.ameba.jp/20131113-46/ 2014 年 9 月 30 日アクセス.
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17–32. 53
第 2 章 青年の自己愛傾向のサブタイプによる達成行動阻害要因の検討
顧 エイ華
1.青年期における自己愛傾向 小塩(1998)は,青年期は人格特性の1つとされる自己愛傾向の高まる時期であると指摘している.また小塩(1998)は,
青年期における自己愛傾向は自分自身への関心の集中と,自信や優越感などの自分自身に対する肯定的感覚,さらにそ
の感覚を維持したいという強い欲求によって特徴づけられると述べている.こうした自己愛傾向の高まりについて高橋
(2008)は,青年期には急激な心身の発達によってさまざまな葛藤が起きる時であり,このようになりたいと願う理想的
な自己像と現実的な自己像がそぐわなくなる時でもあるため,青年は自分自身へ強い関心を向け,新たな自己像を形成
していかなければならないと解釈している.この時期に自己愛傾向が強いことが,必ずしも自己愛人格障害に移行する
ことを意味するものではない(小塩,1998).従って,現代青年の心性を研究する上で,人格障害としてではなく,青年
期に高まる「一般的な心理的機能としての自己愛」に注目することは,意味のあることだと考えられる.
本研究における「青年の自己愛傾向」は,このような青年期に生じる「一般的な心理としての自己愛」を指している.
2.自己愛の 2 つのタイプ—誇大型と過敏性 Gabbard(1989,1994)は自己愛を Table 1 で示したように「無関心型」
「過敏型」2 つのタイプに分類している.
「無
関心型」は周囲を気にかけないような自己愛を,
「過敏型」はそれと適合しない,他者の反応に敏感で傷付きやすく,
抑制的な自己愛を示すものとしている.本研究においては,
「無関心型」
「過敏型」を近年の先行研究において頻繁に使
用されている「誇大型」
「過敏型」と統一して呼ぶことにする.
3.自己愛の自己調整プロセス 近年の理論的な自己愛研究においては,自己愛は主に自己調節という機能的視点から扱われており,また自己調整へ
の欲求だけではなく,それを達成しようとする過程までを含んで概念化されている.例えば Strolow(1975)は,それま
での自己愛概念の用法を整理した Pulver(1970)を参照しながら,自己愛を「自己像がまとまりと安定性を保ち,肯定的
情緒で彩られるように維持する機能」と定義している.Westen(1990)は,自己愛,自己中心性,自己概念,自尊感情
などの概念を整理するなかで,
「自己愛は自己への認知的・情緒的なとらわれと厳密に定義されるべきである」と指摘
している.また,中山(2008)によれば,自己愛的な人は非常に肯定的な自己評価を維持するという目標に向かい,様々
な認知的・行動的な自己調整方略を用いていると考えられるのである.
このような自己愛的自己調整プロセスについて,中山(2008)は認知的自己調整,対人的自己調整,行動的自己調整の
3 つの方略に分けて整理している(Table 2).
54
従来の自己愛研究においては,認知的自己調整による外的原因帰属,対人的自己調整による攻撃性などについての研
究はなされているが,それらの諸研究に対して行動的自己調整についての知見は少ない.しかし,自己愛の行動的自己
調整は自己愛傾向の青年に実際の能力を向上させる重要な役割を担う方略であるため,本研究においては,行動的自己
調整について,注目して検討を行う. 3.達成行動を阻害する要因 田中ら(2003)によれば,学習や教育を考える上で,学習者の動機づけは中核的な役割を担う.動機づけを表す構成概
念の一つとして達成目標が取り上げられる.達成目標とは,人がある結果を求める背後にあるより一般的な目標を指す
(Dweck,1992).このような達成目標を規定する1つの要因として,達成動機が挙げられる(Elliot & Church,1997).
達成動機とは,有能さに関連する行動を活性かさせたり,ポジティブやネガティブな可能性に個人を適応させたりする
領域固有の動機づけの傾性のことであり,これには成功を収めることへの願望を表す「達成欲求」と,失敗を避けるこ
とへの願望を表す「失敗恐怖」の2つが位置づけられている(光浪,2010).達成欲求は「達成した時に誇りを体験でき
る能力」
,失敗恐怖は「目標が達成出来なかった時に恥を体験できる能力」と定義される(Atkinson,1964).
従来の研究のような「達成欲求」と「失敗恐怖」を含める達成動機によって,成功に向けて実際に行動を行うことが
達成行動である.青年期は学業や将来に向けての就職活動のような,人生において大事なことに向かわなければならな
い時期であるため,強い達成動機を持ちながら,成功に向けて達成行動を行うことが重要な課題である.
しかし,樋口(2004)は達成動機と達成行動との関連については,達成動機が高いことで,より多く達成行動が導かれ
るという単純なものではないと指摘している.その理由としては,Atkinson(1958)の様々な調査の結果によって,例え
達成動機が高くても失敗回避動機がそれより強く働いたなら,結果として達成行動が弱められる.また,Horner(1968)
は達成行動を導く要因として,
「達成欲求」と「失敗恐怖」に続く「成功回避(成功することによって,他人からの嫌が
らせや嫉妬などを指す社会的拒絶を恐れる気持ち)」という概念を提示した.
一般に人がある目標を立て,その実現を目指して達成行動を行う場合,それはある意味達成行動を妨げる様々な障害
を取り除いていく過程として捉えることが出来る(樋口,2004).従って,青年の達成行動をうまく達成させるために,
その達成行動を阻害する要因を,樋口(2004)は Table 3 で示した 9 つの因子に整理した.
55
4.自己愛傾向が達成行動に与える影響 現実の自己を変えることなく認知を歪めたり他人に働きか
けたりすることによって自己評価の安定を図ろうとする認知
的自己調整・対人的自己調整に対して,達成行動は,実際に
能力を向上させることに関わる行動をとることにより自己評
価を高揚あるいは維持・回復させる行動的自己調整の方略で
ある(中山,2008).Wallace & Baumeister(2002)は,自己愛
傾向がチャレンジレベルの高い場合のパフォーマンスと関連
していることを明らかにしている.すなわち,自己愛傾向の
高い人は自己高揚の可能性が高い場合の達成行動において特
に,努力や集中力を発揮する.
それに対して,前田ら(2005)は,自己愛傾向における過敏型自己愛傾向が強いほど,失敗回避動機,達成動機,評価
懸念,セルフハンディキャッピング傾向が強いことが示している.その理由として,前田ら(2005)は過敏型自己愛傾向
の高い人は,他者から認められたいという動機づけを保持し,自らに対する誇大な感覚を有りしてはいるものの,他者
からの否定的な評価に対する不安が強いため,結果としては自己防衛的な方略を採用しやすいことを主張している.
つまり,自己愛傾向の高い人は自己高揚の可能性の高いチャレンジレベルの高い場合での活躍を強く望んでいるが,
過敏型自己愛傾向の高い人は,成功が予想できる場面には積極的にチャレンジするものの,失敗が予想できる場面には
他者からの否定的な評価に対する不安が強いため,積極的にチャレンジしにくいことが考えられる.
5.問題と目的 先述したように,自己愛傾向の高い人は自己高揚の可能性の高いチャレンジレベルの高い場合での活躍を強く望んで
いるが,そうした自己愛傾向の高い人の中でも過敏型の人は,成功が予想できる場面には積極的にチャレンジするもの
の,失敗が予想できる場面には他者からの否定的な評価に対する不安が強いため,積極的にチャレンジしにくいことが
考えられる.しかし,現代社会においては過敏型高いからといってチャレンジを避け続けるわけにもいかない.例えば,
青年期においては進学や就職などの機会において,積極的にチャレンジすることが社会から求められる.現代社会のよ
うな“競争社会”において,積極的にチャレンジするという達成行動に対する対処は,青年にとって重要な課題であろう.
また,自己愛傾向のサブタイプによって,チャレンジするという達成行動が異なっている.例えば,誇大型は,目標
を達成することによって自己価値・自己評価が高揚できるため達成行動を多く取ることが考える.加えて周囲に気をか
けない特徴を持つことによって,達成行動阻害要因の「競争相手に対する気遣い」
「失敗によって受ける恥」
「他者から
の嫌がらせ」のような,他者の評価や他者に対する気遣いの要因に阻害されにくいことが考えられる.
一方,過敏型は,誇大型との共通点である自己価値・自己評価を維持・高揚することによって,高い目標を達成する
欲求はあると考えられる.しかし,遠田(2008)によると,過敏型は恥感情を感じやすいと主張している.また前田ら
(2005)は,過敏型が他者から認められたいという動機づけを保持し,自らに対する誇大な感覚を有してはいるものの,
他者からの否定的な評価に対する不安が強いため,結果としては自己防衛的な方略を採用しやすいことを主張している.
すなわち,過敏型は失敗の恐れがある達成場面において,恥をかけないように目標をあきらめるような自己防衛の手段
を取りやすいことが考えられる. 自己防衛手段によって,自己価値・自己評価を下げないように維持する.
以上のことから,本研究は自己愛を中山・中谷(2006)の評価過敏性—誇大性自己愛モデル(Figure 4)によって,青年の
自己愛を誇大性が高く評価過敏性が低い「誇大型」
,評価過敏性が高く誇大性が高い「過敏型」
,誇大性と評価過敏性両
方高い「混合型」
,誇大性と評価過敏性両方低い「低自己愛群」の 4 群に分類し,これら 4 つの自己愛のサブタイプを
独立変数とし,過敏型のほうが,誇大型より,達成行動が阻害されやすいという仮説を検証する事を目的とする.
56
6.方法 手続き:
2014 年 11 月にかけて K 大学の学生 330 名に質問紙の調査協力を依頼し,配布・回収した.有効回答は 325 票であ
った (無効回答 5 票).2つの講義内の時間の開始からおよそ 15 分を利用し実施した.質問紙の配布を行い,受講者に
は一斉に回答を依頼した.質問紙配布の際に,研究の目的や回答方法を口頭で教示を行い,質問紙配布後は回答者から
の質問を随時受けられるよう待機し,実施後にその場で回収を行った.得られた回答は,IBM SPSS Statistics 22 を用
いて分析を行った.
調査内容:
1—a)樋口(2004)によると,場面が異なることによって達成行動を阻害する要因が異なる.本研究においては自己愛
傾向が達成行動阻害要因に与える影響を明らかにすることが目的であるため,調査協力者に特定の場面を想定し
てもらった.樋口(2004)を元に作成した達成場面は以下に示した.
あなたは現在高校 3 年生です.新学期になり,あなたは友達から 40 人のクラスの学級委員の選挙に立候
補するように推薦されました.その時、あなたは立候補してみたいと思いました.一方で,選挙にはすでに
A 君(さん)が立候補しています.A 君(さん)はクラスの人気者であり,選挙に勝って,学級委員になるかも
しれません.それにも関わらず,あなたは立候補をするかしないかで迷った結果,あなたは立候補を辞める ことにしました.さて,あなたが上記の状況で立候補を辞めたとしたら,その理由は右のページの 24 項目 の中,どれに当てはまると思いますか.
1−b)達成行動阻害要因尺度(樋口,2004)を元に作成した尺度.1「当てはまらない」2「あまり当てはまらない」3「ど
ちらでもない」4「やや当てはまる」5「当てはまる」の 5 段階評価であり,8 因子 24 項目構造である.
2)評価過敏性—誇大性自己愛尺度(中山・中谷,2006).1「当てはまらない」2「あまり当てはまらない」3「どちら
でもない」4「やや当てはまる」5「当てはまる」の 5 段階評価であり,
「評価過敏性」と「誇大性」の 2 因子 18
項目構造である.
7.結果 本研究で用いる独立変数を作成するために,中山ら(2006)の評価過敏性—誇大性自己愛傾向モデルを参考とし,評価
過敏性得点の平均値(2.85)を用いて青年の評価過敏性高群と評価過敏性低群の 2 群を分け,誇大性得点の平均値(2.27)
を用いて誇大性高群と誇大性低群に分類した.その後,評価過敏性が高く誇大性が低い群を「過敏型」とし,誇大性が
高く評価過敏性が低い群を「誇大型」とした.また,評価過敏性と誇大性
両方高い群を「混合型」とし,評価過敏性と誇大性両方低い群を「低自己
愛型」とした.評価過敏性と誇大性の高群・低群によって分類した 4 群の
人数分布を, Figure 5 に示す.
次に,上記の 4 群を独立変数とし,
「達成行動阻害要因尺度」各因子の
合成得点を従属変数として一元配置分散分析を行った結果,達成行動阻害
要因尺度の「競争相手に対する気遣い」
「失敗によって受ける恥」
「他者か
らの嫌がらせ」
「怠惰さ」
「自信の欠如」
「成功後の負担の増加」の各因子
において,各群の間に有意な差が見られ,動機づけの欠如」と「重要性の
欠如」の各因子においては,各群の間に有意な差が見られなかった. 57
58
誇大型は「達成行動阻害要因尺度」の「競争相手に対する気遣い」
「失敗によって受ける恥」
「他者からの嫌がらせ」
「怠惰さ」
「自信の欠如」
「成功後の負担の増加」6 つの因子において,過敏型との間に有意な差が見られた.しかし,
「動機づけの欠如」と「重要性の認知の欠如」においては有意な差が見られなかった.従って「誇大型の人のほうが,
他の下位型より,達成行動が阻害されにくい」という仮説はすべての因子においては支持されなかったが,過敏型の人
のほうが誇大型の人に比べ,達成行動が阻害されやすいことが明らかとなった.
8.考察 本研究において明らかになった,達成行動阻害されやすい過敏型の青年の達成行動を向上させる必要性がある.桜井
(1984)によれば,賞賛することは内発的動機づけ(自発的で目標を設定しそれを達成しようとする動機づけ)を高める効
果を持つと提示している.つまり,賞賛することは目標を向けて行動することに良い影響をもたらすことが考えられる.
過敏型の青年は,他者から自己価値・自己評価を低められるような証拠がないことを確認することによって自己価値,
自己評価を肯定的なものとして維持しようとするという特徴をもつため,他の青年よりも,賞賛を多く求めていること
が考えられる.過敏型の青年になるべく賞賛を与えることは,過敏型の達成行動を向上させるには不可欠な手段ともい
えよう.
9.引用文献 Atkinson, J.W. 1964 An Introduction to Motivation,Van Nostrand, 131-133.
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59
第 3 章 規定あだ名と創作あだ名が大学生の居場所感・自己開示行動に与える影響
下村 美奈子
1.
「あだ名」の定義 劉(2009)は,相手を呼びかける際に使う言葉で,誰を指しているのかが明確になる言葉を「呼びかけ語」と定義
している.
「あだ名」は,そうした「呼びかけ語」の 1 つに分類される.呼びかけ語には,Table 1 に示した 6 つの種
類がある.
Table 1 呼びかけ語の分類(広辞苑第 6 版を元に筆者が作成) 名前 意味 あだ名 あざけりの意味や愛称として用いられる 呼び名 特に実名に対して呼びならわす ニックネーム あだ名や愛称 愛称 親愛の気持ちをこめてつけた呼び名 蔑称 相手を蔑んで言う呼び名 通称 世間で普通に呼んでいる名 本研究においては,Table 1 に示した「愛称」や「蔑称」なども含め幅広く検討するため,あざけりや親愛の意味も
含めている「あだ名」という語を用いる.
あだ名について,野中(2011)は,あだ名の付け方を 12 個のカテゴリーに分類している(Table 2)
.本研究におい
ては,あだ名の定義を野中(2011)に従うものとする.
Table 2 あだ名の分類(野中(2011)を元に筆者が作成) カテゴリー
・名字のみの変形
・名前のみの変形
・名字と名前の変形
・ちゃん付け
・くん・さん付け
・身体的特徴をふまえたもの
・部活動での役職
・出身地をふまえたもの
・似ている有名人をふまえたもの
・性格的特徴
・衣服等の装いの特徴をふまえたもの
・行動エピソードをふまえたもの
2.あだ名の対人関係に対する影響 呼称には社交的な要素やコミュニケーションの潤滑油としての役割があり,人間関係の調和を図っていくために非常
に大切な要素である(周,2002)
.相手の名前がわかれば「その相手」に呼びかけていることが明示されるため,対人
関係を語る上で「名前」は無視できない.したがって,あだ名が対人関係に何らかの影響を及ぼすことが推測される.
例えば,企業などでも用いられているものとして,
「さん付け」運動というものがある.
さん付け運動とは,社員は同じ立場にあり身分の上下はないという趣旨から,社内ではお互いに役職名で呼ばずに「さ
ん」で呼び合おうという運動(石崎ら,2005)のことである.
「さん付け」運動の効果については,業績との因果関係
があるとは断定できないが,対人関係において主に以下のような効果があるのではないかと述べられている(Table 3)
.
60
Table 3 「さん付け」運動による効果(JIJICO(2013)を元に筆者が作成) ・役職・年齢に関係なく自由に意見を言えるようになる
・職場の雰囲気が柔らかくなり,ギスギス感がなくなる
・役職の降格などにも対応しやすくなる
・マナーの向上につながる
しかし,あだ名によって起こったネガティヴな影響も存在する.大野木(1997)は,女子学生を対象にあだ名に関
する調査を行い,主な結果として以下に示したあだ名の良い効果・悪い効果を明らかにしている(Table 4)
.
Table 4 女子学生におけるあだ名に関する研究(大野木(1997)を元に筆者が作成) 良い効果
悪い効果 ・あだ名が付くと,皆に親しまれるので,自分の対人
行動にも良い効果がある. ・あだ名が付くと,最初は当惑するが,やがて愛着が
わいてくる. ・あだ名がない人は,ある人をうらやましく思うこと
がある. ・あだ名がつくと,本名を覚えてもらえないとか,自己 イメージへの誤解を感じる. ・変なのは嫌,しかたがないと諦める. 他にも,嫌なあだ名を付けられたことによって,いじめあるいは自殺にまで至ってしまうケースも存在する(Case 1)
.
【Case 1】
東書 E ネット 2013 中 3 男子自殺といじめに
「因果関係」
=足立区第三者委.
http://ten.tokyo-shoseki.co.
jp/news/detail.php?newsId=20131122175953 2014 年 12 月 15 日アクセス.
答申書は,いじめは少なくとも中学1年時から自殺直前まで,同級生数人による「侮辱的な呼び名で呼ぶ行為」
で繰り返されていたと指摘.遺書には「一番つらいと思ったのはあざけりと同情」
「死にたいと思う原因はこれ
くらい」と記されており,同調査委員会は,侮辱的なあだ名で呼ぶいじめが自殺の要因の一つと判断した.
3.あだ名と居場所感 現代の青年は対人関係が希薄化し,自己開示や傷つき・傷つけられることを避け,表面的で円滑な関係を求める傾向
が高まっている(和田,1990)
.そういった関係においては,青年は相手を過剰に気遣い,自分の本心を打ち明けず相
手に同調している.対人関係がうまくいかない生徒が学校において安心できる「居場所」として「保健室」が挙げられ
る(高井,2008)
.
「
『居場所』という言葉は本来『居る場所』つまり『いるところ,いどころ』
(広辞苑第 6 版,2008)という意味を
持つ言葉であるが,現在では物理的な空間を指し示すだけではなく心理的な意味をも表すように」なりつつある(石本,
2010)
.心理的な意味における居場所とは,
「諸活動の拠点となる心理,物理的空間であり,これを中心として日常生
活は営まれ,対人関係が形成される」
(中村,1998)
.円滑な対人関係が進められていれば,当人たちにとってそここ
そが「心理的な居場所」であるのだろう.
こうした心理的な居場所と類似した概念に「居場所感」というものがある.居場所感とは,そこでは自分らしくいら
れる,もしくは安心できるという,特定の空間と結びついた心地よさのことである(飯田ら,2011)
.なお,則定(2007)
は,居場所感は以下の 4 つの因子から成り立つとしている(Table 5)
.
61
Table 5 居場所感の 4 因子(則定(2007)を元に筆者が作成)
因子 被受容感 本来感 役割感 安心感 内容 ・ありのままの自分を受け入れられている ・自分らしくいられる ・役に立っている ・落ち着く 学校不適応対策調査研究協力者会議報告(文科省初等中等教育局中学校課,1992)においては,
「青年は他者などの
相互作用により“今,ここにいる自分”を確認し,そこから存在感を実感することができる」と,居場所感と同様の概
念を重要視している.また,田島(2000)は高校生・大学生を対象に,居場所と抑うつ感との関連を検討しており,
居場所がある人は自分に対する肯定感が強く,居場所がない人は自分に対して否定的で,抑うつ感が高いとしている.
先述の Case 1 においては,男子中学生は嫌なあだ名で呼ばれる関係性に居場所感を見いだせず,自分に対して否定的
になり抑うつ感が高まり,自殺に至ってしまったと考えられる.このように,居場所感とあだ名は無関係ではない.
4.あだ名と自己開示 榎本(1982)は現代の若者の表面的な関係性において,
「人は情緒的満足を得られず常に不充足感を抱き,その健全
な成長が妨げられることを指摘すると共に,そのような状態からの脱却における自己開示の重要性」を言及している.
自己開示とは,Fisher(1984)によると,
「自己に関連する新奇な,通常はプライベートな情報を,一人あるいはそれ
以上の他者に正しく,誠実に,意図的に伝達する言語行動」のことである.こうした「自己開示」は,あだ名を考案す
る際に役立つ.
あだ名の考案に役立つ情報とは例えば,その人の本名,性格,行動エピソードなどである.つまり,あだ名がある関
係性においては,既に少なからず自己開示が行われる程度の関係性が形成されていると考えられる.このように,自己
開示とあだ名は無関係ではない.しかし,身体的特徴などからあだ名の命名が行われた場合は,自己開示がほとんど行
われずにあだ名が命名されることとなる.そういった「自己開示を介さず命名されたあだ名」は,呼ばれる人に関する
情報が不足しておりその人を的確に表すことができず,Case 1 のような「侮辱的なあだ名」や Table 4 にある「自己
イメージへの誤解」などが生じてしまうことが考えられる.
5.あだ名と信頼 田中・下田(2013)は,自己開示が友人への信頼・安定を高め,グループの凝集性を高めることを指摘している.
天貝(1995;1997)は,信頼感を「自分あるいは他人(他の対象)に対して抱く信頼できるという気持ち」と定義し,
安定した信頼感を持つ場合,人は他者をより支持的であると感じ,対人問題を感じることが少ないことを指摘した.加
えて,
「自分を出す」ことはしばしばリスクを伴うことであり,非常な勇気を必要とし,自分自身に強い信頼感をもっ
ていなければできないことである(一丸,2000)
.このことから,自分への信頼感によって相手に自己開示を行い,自
己開示を行うことで親密な対人関係を築いていくことを経て,他者への信頼感が築き上げられていくと考えられる.
このように,信頼感とあだ名は無関係ではない.先述した Table 4 にある「あだ名が付くと,最初は当惑するが,や
がて愛着がわいてくる」ことからも,あだ名そのものやあだ名が用いられる関係性に親密さや愛着を覚え,徐々に信頼
感が芽生えていくことが考えられる.
6.問題と目的 予備調査においては,本調査においてあだ名のどのような機能に着目するかを検討するため,大学生があだ名につい
てどのように感じているのか,どのような動機で他者にあだ名を付けるのか,についてインタヴュー調査を行った.
62
その結果,B さんの語りには,
「同じ呼び名でも,アルバイト先で呼ばれる時とサークル活動で呼ばれる時とでは,サ
ークル活動内の方が暖かみがある」という旨の語りがあった.
「あだ名」と一口に言っても,野中(2011)が定義した
ような様々なカテゴリーがあるように,あだ名の種類によってその影響は異なる.従って,あだ名の中でもどのような
あだ名がどのような影響を及ぼすのかを区別して調査をする必要性がある.
対面した相手を,どのような方法によって呼びかけるかについては,呼びかける側と呼びかけられる側の関係性や,
呼びかけが行われる時の状況などの要因によって,選択が行われている(田中,1999)
.この指摘を先述した B さんの
語りにあてはめるならば,アルバイト場面においては「社員とアルバイト」あるいは「アルバイト同士」という関係性
になり,同じ職場でお店のためにそれぞれの業務をこなすだけの関係性である.休憩時間や飲み会など以外では会話を
することも少ないため,自己開示を行う機会が少なく,親密感がわきにくいことが推測できる.一方で,大学のサーク
ルなどにおいては,会話をする時間がアルバイト場面に比べて多くあるため,名前やあだ名が呼ばれる機会や自己開示
の機会もでき,親密感がわきやすくなる.こういったコミュニケーションを行う頻度の違いが名前やあだ名を呼ばれる
機会および自己開示の機会の違いにつながり,親密感の違いにつながっていくことが推測できる.
加えて,そのあだ名がルールとして設定されたものか,呼ぶ人と呼ばれる人の合意によって創り出されたものかによ
って,呼ばれる人の対人関係への印象や参加の程度が異なっていることが推測される.なぜならば,合意によって創り
出されたあだ名が存在する関係性においては,あだ名を創作するための情報提供(自己開示)が行われていることが推
測されるからである.もしそのあだ名が創作されたものではなくルールとして設定されたものであるならば,そこまで
自己開示を行い自らの情報を差し出す必要性はない.従って,自己開示が行われた上であだ名が考案されている関係性
のほうが居場所感を感じ,更なる自己開示を行いやすいのであろう.
以上のことから,本研究ではあだ名を 2 種類に分ける.1 つめはルールとして設定されたあだ名であり,これを「規
定あだ名」とする.2 つめは呼ぶ人と呼ばれる人の合意によって創り出されたあだ名であり,これを「創作あだ名」と
する.
以上のことから,本研究においては以下の仮説を検証することを目的とする.
仮説 「ルールとして設定されたあだ名(規定あだ名)に比べて,呼ぶ人と呼ばれる人の合意によって創り出された
あだ名(創作あだ名)で呼ばれる方が,大学生の居場所感・自己開示/信頼の程度が高い」
7.方法 調査協力者 K 大学の学生で,規定あだ名と創作あだ名の両方を持つ者を本研究の対象とした.規定あだ名あるいは創作あだ名の
うち片方しか持たない者,およびいずれも持たない者は本研究の対象外とした.質問紙は 2014 年 12 月に,学生 137
名に配布し,規定あだ名と創作あだ名の両方を持つ調査協力者は 70 名であった.
手続き K 大学の 2 つの講義内にて質問紙を配布し,回答していただいた.また,場面を変えて同じ項目を尋ねているので,
回答が偏らないために,質問紙の半数は規定あだ名,創作あだ名の順に尋ね,残りの半数は創作あだ名,規定あだ名の
順に尋ねるといったように,順序効果に配慮した工夫を行った.所要時間は配布・回答・回収を含めて 15 分程度であ
った.
調査内容 (1)規定あだ名を持っているか,創作あだ名を持っているかについて「はい」
「いいえ」の 2 件法で回答を求めた.
(2)創作あだ名が使われている集団における日頃の友だちづきあいについて「1.あてはまらない」から「5.あて
はまる」の 5 件法で回答を求めた.項目は吉岡(2001)の友人関係尺度から「自己開示・信頼」因子を用いた.
63
(3)創作あだ名が使われている集団に対して,回答者がどのように感じているかについて「1.あてはまらない」か
ら「5.あてはまる」の 5 件法で回答を求めた.項目は則定(2007)の青年版居場所感尺度を用いた.なお,則
定(2007)の尺度の質問内容は,
「○○と一緒にいると,ありのままの自分を表現できる」といったように,個
人を対象としているものであったため,
「そのコミュニティにいると,ありのままの自分を表現できる」という
ように,集団を対象とするものに変更を行った.
(4)規定あだ名が使われている集団における日頃の友だちづきあいについて「1.あてはまらない」から「5.あて
はまる」の 5 件法で回答を求めた.項目は(2)と同様に,吉岡(2001)の友人関係尺度から「自己開示・信頼」
因子を用いた.
(5)規定あだ名が使われている集団に対して,回答者がどのように感じているかについて「1.あてはまらない」か
ら「5.あてはまる」の 5 件法で回答を求めた.項目は(3)と同様に,則定(2007)の青年版居場所感尺度を
用いた.
8.結果 IBM SPSS Statistics 22 を用いて,規定あだ名と創作あだ名を独立変数とし,友人関係尺度を従属変数とし,創作
あだ名と規定あだ名における平均値に差がみられるかについて t 検定を行った結果,創作あだ名の方が,規定あだ名に
比べて,有意に友人関係尺度点が高かった(Figure 1)
.
同様に,規定あだ名と創作あだ名を独立変
数とし,青年版居場所感尺度を従属変数とし,
創作あだ名と規定あだ名における平均値に差
がみられるかについて t 検定を行った結果,
創作あだ名の方が,規定あだ名に比べて,有
意に居場所感尺度点が高かった(Figure 2)
.
t(69)=5.60,p<.001
Figure 1 創作あだ名と規定あだ名における 友人関係尺度(自己開示・信頼)の平均値の差異 9.考察 本研究においては,あだ名を規定あだ名と創
作あだ名の 2 種類に分類し,居場所感・自己開
示/信頼の程度の差異を検討した.分析の結果,
創作あだ名の方が規定あだ名に比べて有意に居
場所感・自己開示/信頼の程度が高いことが明
らかになった.
「ルールとして設定されたあだ名(規定あだ
名)に比べて,呼ばれる本人とメンバーの合意
によって創り出されたあだ名(創作あだ名)で
呼ばれる方が,若者の居場所感・自己開示/信
頼の程度が高い」という仮説が支持された理由
t(69)=5.76,p<.001
Figure 2 創作あだ名と規定あだ名における 居場所感尺度の平均値の差異 を考察する.
創作あだ名の考案には呼ばれる人に関する情
報が用いられる.
「あだ名を考案する」という共通の目的のために,共に試行錯誤していくことで,コミュニケーショ
ンが進む.更に,考案されたあだ名に愛着がわくようになり(大野木,1997)
,繰り返し用いられることで関係性がよ
64
り親密化していくことが推測される.人は,互恵的かつ動的な相互作用プロセスを通して,他者との親密な対人関係を
育んでいく(Reis & Shaver,1988)という指摘からも,
「あだ名を共に考案する」という相互的なやり取りが対人関
係を親密化させていることが考えられる.
規定あだ名においては,
「相手を特定できれば良い」という必要最低限の条件のもとであだ名が付けられていると考
えられる.従って,その関係性において自己開示は必要なく,あだ名を考案するプロセスもほとんど存在しない.その
ため,規定あだ名が用いられる集団に対して居場所感を感じたり自己開示をしたりすることがあまり見受けられないの
は,
「そう呼ぶように決まっているから呼ぶ」あだ名やそのあだ名が用いられる関係性に対して愛着がわかないためで
あろう.親密な友人関係とは,多様な内容を共有しているという関係である(池田ら,2013)という指摘から,規定
あだ名が用いられる関係においては共有されている内容が少ないために,関係が親密化せず,居場所感を感じたり信頼
感を持って自己開示を行ったりすることができていないことが考えられる.
あだ名を考案するために行われたコミュニケーション,つまり「あだ名」というその人を指すものを,呼ぶ人・呼ば
れる人同士で「共に創っていく」という「共同作業」が,関係を親密化させる鍵であると考えられる.更に,共に創っ
たものが繰り返し用いられることで,あだ名およびあだ名が用いられる関係性に愛着がわくことが考えられる.情報の
共有は,ビジネスにおいては組織の能力を向上し,プライベートにおいては人間関係を親密にする(杉川ら,1996)
という指摘からも,相手が誰であるのかという情報やその名前やあだ名の元となるその人に関する情報が共有されるこ
とによって,対人関係が親密化していくことが考えられる.
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65
第 4 章 カフェスタッフのリデザイン―ワークショップという学びの手法を用いて―
鈴木 友樹
1.Student Café とは 本学の 4 号館「KYOAI COMMONS」(Figure 1)内に「Student Café」(Figure 2)という学生カフェがある.学生が
カフェの運営をはじめ,シフト管理,商品の宣伝活動まで行っている.Student Café はラーニング・コモンズ(Learning
Commons)と呼ばれる施設内にある.ラーニング・コモンズとは,
「学生が自主的に問題解決を行い,自分の知見を加
えて発信するという学習活動全般を支援するための施設とサービス」である(米澤,2006).そしてラーニング・コモン
ズにおけるカフェは,社交的な施設(米澤,2006)やコミュニケーションを誘発する環境(奥田,2012)を提供するもので
ある. Figure 1 KYOAI COMMONS
Figure 2 Student Café
Student Café は,生活・交流・学習といった 3 つ特徴を備えたカフェである(柳澤,2010).第一に生活の場として
は,学生たちが飲食を利用しながら,授業の合間の休憩や読書したりすることができるという特徴を有する(柳澤,2010).
第二に交流の場としては,Student Café は,ただスペースを確保するだけでなく,カフェがあることで学生がそこに
集まり留まるための仕掛け「マグネット」をつくることができる場としての機能をもつ(柳澤,2010).Student Café
は大学内の交流だけではなく,大学と地域の交流の場,対話の場として,大学と社会のインターフェイスとしての役割
を担っている.例えば,他大学の同様の事例としては,東京大学福武ホールの UT カフェにおいて,様々な領域で活
躍している東京大学の研究者をゲストで招いた対話形式のイベント(UTalk)を地域社会に向けて開催している(https://f
ukutake.iii.u-tokyo.ac.jp/utalk/ 2014 年 12 月 18 日閲覧).そして第三に学習の場としては,2 つの機能がある.第一
に,カフェを利用する学生に対しては,カフェを介して他者と共に学習を行ったり,グループワークを行ったり,ディ
スカッションを行ったりといった教室以外の学習環境を提供することができる.第二に,カフェを運営する学生に対し
ては,心理学や経営学といった講義において受動的に学んだ知識を,カフェの現場において能動的な学習へアウトプッ
トしていくことができる.また,こうした学習を一人のものとせず,カフェの運営におけるカフェスタッフ同士の会議
や顧客とのコミュニケーションといった様々な共有媒体を介して,協同学習を行うことにより,思考の整理や他者から
のフィードバックを得ることができる(三宅,1997).したがって,Student Café の学習を通じて,学生は自ら主体的に
行動していく力や協同学習によって自分の考え対する問題解決活動を行っていくのである.では,こうした学習をサポ
ートするカフェにおいては,いったいどのような背景があるのだろうか.
2.正課外活動としてのアクティブラーニング 本学の Student Café においては,学生たちがカフェスタッフとしてカフェを運営しており,こうした活動は高等教
育における正課外活動に相当する.近年,こうした正課外活動が大学の教育観の変貌に伴って重視されてきた.
66
高等教育は近年,教員による「知識の伝達としての教育」から,学生による「主体的・能動的な学習」へとその教育
観を変化させつつある(奥田,2012).このような高等教育における学びの動向から,知識や専門的技術の習得を目的と
する正課活動だけでなく,学生が自主性をもって主体的に参加することができる正課外活動の充実も求められている
(時任ら,2013).学生は正課外活動を通じて,自ら考え,学び,協働といった活動を行っていく.このような学生によ
る主体的・能動的な学習は,総じてアクティブラーニング(Active Learning)と呼ばれる(中央教育審議会,2012).アク
ティブラーニングとは,
「能動的な学習」のことであり,学習者が一方的に学生に知識伝達をする講義スタイルではな
く,学生の能動的な学習を取り込んだ学習を総称する用語である(溝上,2010).アクティブラーニングが高等教育に広
がったのは,知識を使える人材を養成することが求められるようになったためである(溝上,2010).学生は主体的に学
んだ知識を使いこなしながら,知識のインプット・アウトプットのプロセスをコントロールしていく.これまでの「知
識の伝達としての教育」においては,先生としての教員がこうしたプロセスをコントロールしていたのに対し,アクテ
ィブラーニングにおいては学生の側が自らインプットする情報を選択・収集し,プレゼンテーションや制作物,イベン
トといった多様な形でアウトプットを行う(奥田,2012).
このように,学生はアクティブラーニングにおける正課外活動を通じて,学んだ知識を使い,自分で考え,共同体内
で発信していくことで学習を深めていく.したがって近年の高等教育において,正課の教育のみならず,正課外の活動
も重視されてきているのである.
3.様々な学習観 先述のように近年の学習観の変化に伴い,高等教育においては正課外活動が注目されつつある.こうした正課外活動
の重要性という視点を理解するためには,心理学における学習観の動向を理解する必要がある.
従来の学校教育は主に,知識獲得の行為として学習を個人の問題として捉えた行動主義的学習観(Skiner,1954)と認
知主義的学習観(Piaget,1983)の 2 つの学習観を背景としてきた(美馬・山内,2005).そして,行動主義的学習観から,
認知主義的学習観を経て, 近年,その学習観は社会構成主義的学習観(Lave & Wenger,1991)へと変化してきている.
第一に,行動主義的学習観とは,学習を刺激と反応結合としてとらえ,特定の刺激(S:Stimulus)と特定の反応(R:
Reaction)が結びつくことによって生じる学習である(渡部,2010).行動主義的学習観における学習とは,正しい「知
識」を教え込み,学習の結果「できる」ようになることである(苅宿,2012).
第二に,認知主義的学習観とは,
「理解(わかる)」ことを通した「知識の獲得」であり,学習の結果「わかる」ように
なることである(苅宿,2012).つまり認知主義的学習観とは,行動主義的学習観における知識の獲得により,
「できる」
だけにとどまらず,理解すること,
「わかる」ことの学習観である.
それに対して近年,第三の社会構成主義的学習観に基づいた学習の在り方が注目を浴びている.社会構成主義的学習
観とはどのような学習観だろうか.ロシアの心理学者ヴィゴツキーは,
「人は社会・文化の中で媒介物(媒介者)を通して
知識を構成する.そこで重要なのは,仲間,教師,道具,社会的人工物(制度)である」という社会構成主義の考え方を
打ち出した(美馬・山内,2005).社会構成主義的学習とは,ヴィゴツキーの理論を起源としたものであり,
「社会や文
化的文脈の中で自己と他者が互いに関わりあうことによって認知機能が発達する」という考え方である(佐藤,2002).
一人の学習を対象とした行動主義的学習観「できる」や,認知主義的学習観の「わかる」に比べて,社会構成主義的学
習観とは共同体に参加し生まれる「分かち合う」学習なのである(苅宿,2012).
そうした社会構成主義的学習観に基づいた教授法の一つにワークショップ(以下 WS)がある (広石,2005).では具体
的に,WS とはどのような概念だろうか.次節において,WS に関する知見を整理していきたい.
4.ワークショップとは 近年,
「新しい学びの手法」として WS が注目を集めている.
「ワークショップ」という言葉は,かなり広義な意味で
67
使われている.Figure 3 に示したように,現在 WS は多岐に渡る領域で行われ,
「ワークショップ」という言葉は,か
なり広い意味で使われている(中野,2001).
WS とは「参加体験型のグループ学習であり,講義など一方的な知識伝
達のスタイルではなく,参加者が自ら参加・体験して共同で何かを学びあ
ったり創り出したりする学びと創造のスタイル」(中野,2001)であり,
「コ
ミュニティ形成のための他者理解と合意のエクササイズ」(苅宿,2012)
である.WS には教師と呼ばれる人たちは存在せず,代わりにファシリテ
ーターと呼ばれる支援者が活動をコーディネートし,参加者はグループに
よる対話を通じて自発的に学びを深めていく.
Figure 3 ワークショップの分類 (中野,
2001)
5.予備調査 Student Café における売上の低迷を問題とし,顧客が捉えた Student Café のイメージと顧客満足度から Student
Café の現状が明らかにすることを目的とし,予備調査を行った.その結果,
「顧客期待」や「顧客満足」という,マー
ケティング領域においても重視される「顧客視点」の重要性が確認された.Student Café における売上の低迷に対す
る解決策の一つとして,
「顧客視点」に着目するという点が挙げられた.そのため,本調査においては学生スタッフら
の「顧客視点」の学習を,心理学的視点から支援することを目指す.カフェスタッフがこのような学習をする上で,ど
のような手法を用いることが適切であるだろうか.
6.本調査 Student Café においては,これまで「顧客視点」を捉える活動が行われてい
なかったため,現状に対して,顧客の意見を集めたボトムアップ的な運用が検討
されていない.このような問題点を解決するために,本調査においては,カフェ
スタッフが Student Café の「顧客視点」を学習することを目的とする(Figure 4).
そこで,カフェスタッフによる「顧客視点」の学習に関して,WS という学び
の手法を用いる.なぜなら,WS は参加者による主体的な参加体験型の場として
の特徴を有しているからである (中野,2001).カフェスタッフは,
「顧客視点」
を,単に一方的な知識伝達のスタイルとして学習するのではなく,能動的に学び
を使いこなしていくことができる.その結果,WS を導入することにより,カフ
Figure 4 本調査の目的
ェスタッフの「顧客視点」習得は本質を掴んだ深い学びとなることが期待できる.
以上のことから,本調査においては,WS という学びの手法を用いることによって,カフェスタッフが「顧客視点」
を学習することを目的とする.
7.方法 調査協力者: 参加者 7 名のうち,カフェスタッフは 6 名であり,残りの 1 名は元スタッフであった.参加者の属性としては,
「情
報・経営」コースの学生が 2 名,
「心理・人間文化」コースの学生が 5 名であった.また学年の内訳は 2 年生が 3 名,
3 年生が 3 名,4 年生が 1 名の 3 つの学年で構成された.性別はすべて女性であった.
手続き: 2014 年 12 月上旬,共愛学園前橋国際大学ラーニング・コモンズ(KYOAI COMMONS)における Group Work Area
で,カフェスタッフを参加者とした,WS を実施した.
68
本研究の WS においては,カフェスタッフが KJ 法を実践した.KJ 法とは,名刺程度の大きさのカードに転記した
データをグループ分けし,グループごとの関係を図解化した上で,文章化し解釈を行うものである(川喜田,1967).具
体的には,カフェスタッフが予備調査におけるアンケートの自由記述より得られた回答を体系化してまとめた.
WS の Pre-Post における,カフェスタッフの「顧客視点」の獲得傾向の変化の測定として,カフェスタッフ 6 名を
対象としたアンケートを行った.アンケートにおける「顧客」の定義を,カフェスタッフの友人や知り合いのみではな
く,本学の学生全体を示すものとした.カフェスタッフには WS の Pre-Post でアンケートを配布し,その場で回答し
てもらい,回収した.回答に要した時間は 5 分程度であった.
調査内容: WS のタイムテーブルは,つくって・語って・振り返る(美馬・山内,2005)という 3 段階を元に,構成されている.
[ 1 ] アイスブレイク(15 分):参加者の緊張をほぐし,話やすい雰囲気をつくるため,珈琲体験を行った.
[ 2 ] Pre アンケート(5 分):カフェスタッフの「顧客視点」の獲得傾向の変化を検討するために,筆者が作成した顧客
視点傾向尺度を使用した.顧客視点傾向尺度は,SOCO 尺度(Saxe & Weitz,1982)と日本型ホスピタリティ尺度(山
岸・豊益,2009)から,
「顧客視点」を捉えている項目のみからなり,7 段階評定の 8 項目から構成される.
[ 3 ] 導入(10 分):WS の目的,
「顧客視点」の重要性,プログラムの構成,KJ 法についての説明を行った.
[ 4 ] つくる(45 分):参加者を 2 つのグループに分け,KJ 法を行った.カフェスタッフは,事前に,筆者が予備調査
で得られた自由記述のデータを元に作成した,500 枚以上からなるトランスクリプトの KJ 法を行った.
[ 5 ] 語る(25 分):グループのメンバー1 人 1 人が意見を出し合い,考えられる原因と改善点を 1 つの付箋にまとめた.
[ 6 ] 振り返る(15 分):グループごとに,これまで作り上げた KJ 法の発表を行った. [ 7 ] Post アンケート(5 分):[ 2 ]で実施した Pre アンケートの対となる Post アンケートを実施した.カフェスタッフ
が WS 実施後すぐに回答できるよう項目の語尾を過去形に調整した. 分析: カフェスタッフの「顧客視点」獲得が達成されたかを検討するために,以下の 2 つの側面から測定を試みた.
1) アンケートを用いたカフェスタッフの量的な測定
IBM SPSS Statistics 22 を用いて,Pre と Post を独立変数とし,顧客視点傾向尺度を従属変数として t 検定を行っ
た.Pre と Post で有意な差が見られた場合,同じくカフェスタッフが WS を通じて「顧客視点」を獲得したこととす
る.
Pre-Post のカフェスタッフにおける顧客視点傾向尺度の平均値の差の比較を行った.Pre より Post の得点が高い場
合,カフェスタッフが WS を通じて「顧客視点」を獲得したこととする.
2) 自由記述のアンケートを用いたカフェスタッフの質的な検討
先述した Post のアンケートにおいて,自由記述の質問項目を設けた.
8.結果 1) WS を通じてのカフェスタッフの量的な変化
本研究においては,WS を通じたカフェスタッフの変化を測定するために,顧客視点傾向尺度の側面から以下の2つ
の検討を行った.
まず,
WS実施前とWS実施後を独立変数とし,
顧客視点傾向尺度の合成得点を従属変数として t 検定を行った(Figure
5).その結果,カフェスタッフの顧客視点において,WS 実施前に比べて WS 実施後は有意に得点が高かった. 次に,顧客視点傾向尺度の合成得点を算出し,カフェスタッフ 6 名の WS 前と WS 後の得点を比較した結果,すべ
てのカフェスタッフにおいてそれぞれ得点が上昇していた(Figure 6). 以上の 2 つの結果から,WS を通じてカフェスタッフは「顧客視点」を獲得したといえよう.
69
7
6
5
4
3
2
1
t(5)=3.53,p<.05
Figure 5 WS 前後における顧客視点傾向の変化
Figure 6 カフェスタッフの顧客視点傾向の変化
2) WS を通じてのカフェスタッフの質的な変化
カフェスタッフ 6 名から得た自由記述による回答結果において,
「顧客視点」の契機で特に特徴的であった記述に着
目していく.
カフェスタッフ a の「また,スタッフの衛生面,活気のなさ,身内だけワイワイしているというような印象を改善し
ていかなければならないことが,このワークショップによって湧き出てきた」とカフェスタッフ f の「調理が見えてし
まうのはどうか,内輪ネタになっている等,気づけなかったことに気づくことができた.また営業時間を長くことに関
しては,お客側も気にしていることであると気づいた.
」の記述において,カフェスタッフ a と f は WS によって「身
内」や「内輪ネタ」といった内的な側面から,外的な「顧客視点」を得たことがわかる.
カフェスタッフ e の「学生が希望しているものを“やりたい”から“実際にやってみたい”とより思えるようにな
った」の記述において,
「学生が希望しているもの」
,つまり「顧客視点」を読み取ったことで「やりたい」から「実際
にやってみたい」といった能動的な傾向が見られた.
以上のように,WS を通じてカフェスタッフは「顧客視点」を獲得したといえよう.
9.考察 本研究においては,カフェスタッフの「顧客視点」の学習を,3 つの視点から検討した.量的な測定として,第一に,
カフェスタッフの「顧客視点」において,Pre と Post で有意な差が見られた.第二に,Pre-Post の顧客視点傾向尺度
得点の平均値において,すべてのカフェスタッフで得点の上昇が見られた.質的な検討として,第三に,Post のアン
ケートより,カフェスタッフには質的な変化が見られた.以上のように,カフェスタッフは WS を通じて「顧客視点」
を獲得したことが示唆された.そして WS 後のカフェスタッフの「顧客視点」においては,単に知識伝達型として得た
ものではなく,本質を掴んで深く得たものであると考えられる.本研究における WS を 3 つの側面から検討していきた
い.
まず,第一に,制作の中でカフェスタッフの立ち上がる動作や身を乗り出す動作が見られた.カフェスタッフによる
能動的な学習(中野,2001)やアクティブラーニング(溝上,2010)が行われたことにより,
「顧客視点」の深い学習が誘
発されたと考えられる.
また,第二に,カフェスタッフが,本学の学生が捉えた Student Café の現状から,原因を見つけ出した.カフェス
タッフが既存の視点を捉え直す.つまりアンラーンが行われたことで,
「顧客視点」の深い学習が誘発されたと考えら
れる.アンラーンとは学び直しであり,
「まなび」を通して身に付けてしまっている「型」について,あらためて問い
直し,
「解体」して,組み替えることを意味する(苅宿ら,2012).
70
さらに,第三に,カフェスタッフは顧客の意見とのズレを経験し,具体的に新しい対策を生み出すことができた.し
たがってカフェスタッフが拡張的学習を行ったことにより,
「顧客視点」の深い学習が誘発されたと考えられる.拡張
的学習とは,複数の活動システムの「対象」
,あるいは意義・意味同士が対峙・対立・融合することによって,活動シ
ステムが拡張していく過程を表す概念である(Engeström,1987).以上のことから,カフェスタッフは「顧客視点」の
本質を掴み,深く学習したといえよう.
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71
第 5 章 優しい関係による恋人関係の継続要因の検討 土屋 悠子 1. 青年期における恋愛の位置づけ 青年期に入ると人は異性への関心が高まり異性と親密な関係になることを求めるようになり,異性との親密な関係を
もつ者も少なくない(髙坂,2013).恋愛は青年にとって重大な関心事のひとつであり,また異性との恋人関係を構築・
継続することは青年の人格発達や日常生活に強く影響している(松井,1996;詫摩,1986).
2. 恋人関係の継続とアイデンティティとの関連 アイデンティティとは自分とは何者であるかという,自己に内包された問いである(Erikson,1950)
.青年期の恋
愛は青年の自我発達と関連している.青年自身の拡散した自我像を恋人へ投射させることによってアイデンティティを
意味づけようとするのである(Erikson, 2010).Evans(1967:1981)は異性との親密な関係を築くためには確固とし
たアイデンティティが必要だということを明らかにしている.加えて高坂(2010)は,恋人関係の継続には本人のア
イデンティティの確立の程度よりも恋人のアイデンティティの確立の程度や,恋人がどの程度アイデンティティを確立
できているかを感じられるかということが重要であるとしている.
3. 恋人関係の継続と性別的役割との関連
赤澤(2006)は,男女が互いの性別的役割を認知することでそれぞれの性別的役割行動の遂行が促され,関係が継
続していくとしている.女性は異性関係の交際初期において,交際を継続させるために伝統的な性別的役割に反するよ
うな行動や望ましくない行動を抑制することで,男性役割行動や否定的な行動の遂行度が高まる.一方で男性は交際相
手の女性が親密交際行動や女性役割行動を遂行するほど親密交際行動の実行度を高めている.具体的な性別的役割の例
として女性は男性と比べて自身の恋人関係に対して注意を払う傾向があること
(Acitelli, 1992)
,
さらに Cate ら
(1995 )
によれば女性は男性に比べ関係をポジティブに考えようとする傾向が明らかになっている.
4. 恋人関係の継続と自己拡張との関連 Aron ら(1986:1997)は,時間の経過が恋人関係や夫婦関係において関係の低下を招くことについて,人は自己を拡
張するという基本的な動機があると述べた.恋人達は様々な経験をともにし,会話をすることで他者を自己の中に取り
込み「自己拡張」をしている.しかし,恋人関係でお互いをよく知ることは相手からの「自己拡張」経験を次第に少な
くするため,ポジティブな感情の経験が減少し,代わりに飽きや退屈といったネガティブな感情が関係内に生じやすく
なる.
5. 優しい関係としての恋愛
前節で述べてきたように,関係継続の要因は主にアイデンティティの確立(髙坂, 2010)や性別的役割の認知(Acitelli,
1992),恋人に対する自己拡張(Aron & Aron, 2000) などの個人内の要因を中心として研究がなされてきた.しかしな
がら,恋人関係という 2 者間の関係が,一方の個人内の要因で全て説明することができるのだろうか.恋人間の関係継
続を検討する際には,そうした個人内の要因だけではなく,現代社会という時代性や,関係論的な視座が必要であろう.
例えば,現代社会に特徴的な若者たちの人間関係の特徴として「優しい関係」
(土井,2008)がある.
「優しい関係」
とは若者たちが身近な人間関係において葛藤や摩擦が生じた場合においても,それらの対立の回避を最優先する若者の
人間関係のあり方を指す(土井,2008).
こうした「優しい関係」という現代社会の若者たちの関係性は,友人関係のみならず若者たちの恋人関係の継続にも
72
同様に大きな影響を与えるであろう.よって本研究では「優しい関係」という関係性が重視される現代社会において,
恋人たちがどのようにその恋人関係継続しているのかを検討する.
6. 問題と目的
予備調査においては,恋人たちがどのようにその恋人関係を継続しているのかという現状を探索的に把握するために,
恋人関係における「関係の危機」をどのように回避しているのかという点に焦点化した半構造化面接を行った.その結
果,関係継続の要因として若者たちが恋人との「関係の危機」に直面した際には,第一に関係の継続の判断を自分で行
うことはせず,決定権を相手に委ねるというかたちで関係を継続している.第二に危機後に時間を置き,お互いに話し
合いをせず危機を曖昧にしていること, 第三に関係継続後の関係性の変化として関係の危機を表面化させず,自己解決
していることの以上 3 つの要因が抽出された .
本調査においては予備調査で抽出した 3 点の関係継続の要因を元に,予備調査で得られた関係継続の要因がその他の
事例においてもみられるのかを検証するため予備調査同様に恋人関係を継続しているペアに半構造化面接を行い,優し
い関係における「関係の危機」の語りから抽出し,予備調査の結果と照合し,関係継続の要因を明らかにする.
7. 方法 研究協力者 Table 1 関係継続しているペア
研究協力者は,mediba mobile リサーチ(2010)
の若者の平均交際期間の結果を元に,16.9 ヶ月間
研究協力者
性別
交際期間
危機の回数
恋人関係が継続している大学生 2 ペア 4 名 (男:2
B
男性
約3 年2 ヶ月
1回
名,女 2 名)を対象とする(Table 1)
.
C
男性
約1 年9 ヶ月
3回
E
女性
約2年
2回
手続き
調査期間は 2014 年 11 月下旬~12 月上旬であった.調査前には事前に協力者に本研究の概要,録音などについて研
究協力のお願いの資料をもとに調査内容を説明し,研究内容に承諾してもらった方のみ,研究協力同意書に署名しても
らい調査を行った.面接は K 大学近隣の喫茶店と,K 大学の教室において,個別に行った.調査時間は事前質問の時
間を含め,1 人あたり約 30~45 分であった.面接内容は iPod touch とスマートフォンに搭載されているボイスメモ機
能を使用し,会話は全て録音した.質問形式は半構造化面接であり,関係を継続しているペア(1 名ずつ)に質問項目
として「パートナーに関する質問―恋人との交際期間や出会いなど経験回数」
,
「危機に関する質問―危機に陥ったきっ
かけ,危機に対する対処」を中心として面接を行った.
分析 インタビュー調査で得られた会話データを元にトランスクリプトを作成した.作成したトランスクリプトを各協力者
へ一度送り,協力者に個人が特定されるような名前や所属などの情報や表現などを確認していただいてからデータとし
て扱った.3 人の「関係の危機」への対処とその後の当事者の関係性を比較するため,トランスクリプトを 1 人ずつ項
目ごとに切片化し,KJ 法を用いて抽出した継続の要因を予備調査で得られたデータと比較し,要因を検証する.
8. 結果と考察 本調査においては関係継続の要因として以下の項目が研究協力者の語りから抽出された.
本研究で得られた結果は予備調査の結果と異なっており,予備調査で抽出された「関係の継続の判断を自分で行うこ
とはせず,決定権を相手に委ねるというかたちで関係を継続している」という要因は抽出されなかった.本調査では新
73
たに三つの要因が抽出された.第一に危機後に時間を置き,お互いに話し合いをせず危機を曖昧にしている.第二に関
係継続後の関係性の変化として関係の危機を表面化させず,自己解決している.そして第三に危機が話し合われても解
決されないまま,どちらかが自分の望みを諦めて,折れる形でその関係を継続している.協力者の語りを以下に示し要
因を導く.
B さんは,現在の恋人との交際期間は約 3 年であり,恋人との間で起った関係の危機は 1 回である.B さんは恋人側
から「恋人でなく家族みたい」
,という不満を受け,別れを切り出された.しかし,話し合い後,関係が続いていく中
で起こる衝突は「危機」で経験した「恋人じゃなくて家族」という問題が繰り返し起こっている.
CaseB-1 B さんが危機で受けた恋人からの不満が繰り返し起こっているという語り
B さん:まぁ軽くケンカしたり,同じようにその時のときめきが無いやらなんやら家族みたいっていうそーゆーの
でそれは変わらなかったりで同じような話はしたことがある何回も.でも,そーいうのは一晩だけそうい
う話をしてその一晩だけで次の日からはまた普通になったり,
面接者:次の日から普通になるってどういう事なんだろう?
B さん:もうなんていうのもう何もそういう話をして無かった勢いで普通いつも通りみたいになる.
面接者:向こうが怒ってるとか自分が怒ってるとかっていうのは確かめたりとかしないの?
B さん:しない.普通だから.もぅ本当にその時にその話してまぁ結論っていう結論はその時の話で出ないけどで
も,寝て起きたらもう普通みたいになる.俺的にはその話をまたなんか出すとまた彼女のほうも落ちてその
なんか話がぐずぐず続いてくだろうなって思って俺はそれが嫌だからしたくないし,出さない.
CaseB-1 は B さんの経験した 3 回目の危機についての語りである.
「その時にその話してまぁ結論っていう結論はそ
の時の話で出ないけどでも,寝て起きたらもう普通みたいになる」と語っていることから恋人側の不満は解消されてい
ないことがわかる.また,この「普通」になるという状態に対し,B さんは「その話をまたなんか出すとまた彼女のほ
うも落ちてそのなんか話がぐずぐず続いてくだろうなって思って俺はそれが嫌だからしたくないし,出さない」という
事からお互いに危機を曖昧にしている.また,彼女に対し不満を表面化しないことが B さんの語りから得られた.以
下は関係継続の要因についての語りである.
Case B-2 B さんが語る関係継続の要因 質問者:なるほど.ときめかない.恋人じゃない.家族みたいっていうのは自分がどう変わっていきたいみたい
な話したのかな?
B さん:それはね.話したんだけど俺はどうすればいいのか今だにわからない.
質問者:向こうがどうして欲しいのかは聞いた?
B さん:どうして欲しいとかわからない.ただ単にときめきたいだけ.家族みたいだからっていうのしか言わな
いからどうして欲しいとか自分でもわからないんだよ.だから俺もそれはわかないし,どうすればいい
のか.だから,うん.俺は家族みたいとかっていうのが悪いことだからって思ってないからどうすれば
いいのか俺はわからない.だからときめきが無いとか俺が解決するには俺と別れて他の男と付き合わな
いとこれは解決されない問題なんだと思ってる俺は.
質問者:この話がきっかけでやばかったのが一回だけの危機って事であと 10 回くらい同じような事があった.っ
てことなんだけどほぼこれなのかな?
B さん:ほぼほぼこれ 全部同じ,でそれが直っていないから同じ話を繰り返しているだけであって
<中略>
B さん:たぶんね.でも俺はこれはどうにもならないと思ってるから俺にはどうにもできないと思ってるからそ
こはもうなんていうんだろ…直せないからどっちが折れるしかない.俺が別れてもいいっていうか(彼
女が)満たされない事をあきらめるか.しかないと思ってる俺は.向こうが諦めるか,別れるか.
CaseB-2 は B さんが危機に直面した際に恋人との間で解決されていない事への語りである.
「恋人でなく,家族のよ
う」という理由で別れたいという恋人に対し, B さんが問題に対してどのようにすれば解決すればいいのかという事
74
について解決策が思いつかないということを自覚していることがわかる.さらに,問題に対し,
「どっちが折れるしか
ない.俺が別れてもいいっていうか(彼女が)満たされない事をあきらめるか.しかないと思ってる俺は.向こうが諦
めるか,別れるか」と語っているがどちらの要望も曖昧にしつつ関係を継続させている.
次に C さんの経験した危機を示す.C さんは,現在の恋人との交際期間は約 1 年 9 ヶ月であり,恋人との間で起っ
た関係の危機は 3 回である.1 回目の危機は C さんが「異性と 2 人で出かけた事」
,2 回目の危機は C さんの恋人が受
けた「周りからの噂」が原因となったが1回目と 2 回目においては話し合いの末,解決に至っている.続く,3 回目の
危機は C さんの恋人が「異性からアプローチ」を受けたが話し合いはなされていない.以下には C さんが経験した 3
回目の危機を示す.
CaseC-1 は C さんの経験した 3 回目の危機についての語り C さん:まぁ連絡取るとかはしてたけど向こうからきた場合のみってカンジです.なんか割と気持ちの変動がある
たびにこういうのがあるかんじなんであんまりこっちからアプロ-チをかけすぎるとこっちが痛い目をみる
と思ったので
面接者::アプローチをかけすぎると痛い?
C さん:なんかこう,関係は続けたいけどとりあえず消しておこうみたいなかんじです
面接者::消しておこう?
C さん:さっきいったみたいに頑固なんで働きかけるだけ空回りして頑固で無駄に終わるんでまぁ待とうみたいな
面接者:会わないようにしていたっていうことかな.
<中略>
C さん:一応なんか向こうも納得したみたいです.納得はして…でもそれ(関係を続けること)は結局つらくなる
のは俺になるとは思うって言ってくれたんですけどうーんなんか今までもなんかそういうのあったし,変
わんないだろうと思い,なんかその辛いっていう比較も大差ないと思いまぁいいかなと.
CaseC-1 は C さんの経験した 3 回目の危機についての語りである.恋人との話し合いに対して「頑固なんで働きか
けるだけ,空回りして頑固で無駄に終わるんでまぁ待とうみたいな」という語りから C さんが恋人に働きかけて危機
に向き合おうとしているが,恋人がその働きに応じず「危機の曖昧化」がなされている.さらにその後,
「今までもな
んかそういうのあったし,変わんないだろうと思い,なんかその辛いっていう比較も大差ないと思いまぁいいかな」と
今まで危機を経験してきているにも関わらず関係を継続している.
E さんは現在の恋人との交際期間は約 2 半年であり,恋人との間で起った関係の危機は 2 回である.1 回目と 2 回目
の危機は E さんが恋人に嫉妬し,精神的苦痛を感じたことで対し耐え切れなくなった恋人側から別れを切り出されて
いる.1 回目の危機は E さんが話し合いの末を 10 個の改善策を提示し,それを実行していくと宣言したことで関係継
続に至った.以下は 2 回目の危機とその後の関係性の変化の語りである.
CaseE-1 E-1 は E さんが経験した 2 回目の危機についての語りである.
E さん:でも,やっぱりやめてほしいってなんか被害妄想をするだけならまだいいけどそれを彼氏に言っちゃう「も
う絶対こうでしょう?」って言っちゃうから大きいケンカになりました.
面接者:彼氏に言っちゃった結果どんなかんじになりましたか?
E さん:またもう耐え切れないみたいな.1 回目と同じでもうそこからは 1 回目と同じですね.
面接者:耐え切れないって言って 1 回目と同じってことはまた直したいところを挙げていったかんじかな?
E さん:このいやもう 3 日とかかな,話し合い.
<中略>
面接者:日を置いて解決したって事なんだけど最終的にはどんな感じに解決しましたか?
75
E さん:うーんどうしたんだっけ…最終的にあっでもそれで謝ってもう絶対しないからって言ってもうその誠意を
見せるじゃないけど同じこと絶対繰り返すでしょう?って言われてたから次同じ事したら別れるから本当
にしないからっていうのでもとに戻りました.
面接者:次は約束してるから無いと思うけどもし,なっちゃったらどうする?
E さん:でも,それは約束だし,結局同じ事を一緒にいるかぎり繰り返すから私も別れるかな.ただ,自分は誰と
付き合ってもそうなんだなって思うからなんだろな…って思います.
E-1 は E さんが経験した 2 回目の危機についての語りである.
「そう,それでまたもう耐え切れないみたいな.1 回
目と同じで,もうそこからは 1 回目と同じですね」
.と語っていることから 1 回目と同様に嫉妬が原因となっている.2
回目も関係への改善策を挙げたが E さんの「そういう事するのが初めてじゃないからもう信じられないよ.みたいな,
絶対同じ事繰り返す」と恋人から言われ 2 回目の危機においては時間的距離をおいて復縁となっていることがわかる.
CaseE-2 危機後の E さんの関係性の変化についての語りである.
面接者:危機を乗り越えたあと,2 人の関係性ってどう変わりましたか?
E さん:なんか,1 回目の時の話し合いではもうやらないからって嫉妬とかしないからって言ってたのに結局小っ
ちゃい事が色々あって結局こうなったんですけど本当に最近は何も無いですね自分が変わったのかな?
本当になんかなんもない.思わなくなって.
面接者:何も思わなくなったってことなんだけど具体的に他に何か変化はあったかな?
E さん:なんだろう…何も思わなくなった.被害妄想とかも無くなったし,嫉妬とかすることもあんまり無くなっ
たから彼氏に文句を言う事.ふふ.文句っていうかケンカになるような事をいう事が無くなってもうケンカ
本当にしなくなりました.
面接者:1 回目,2 回目って色々経験して彼に対して思うことがあったときって今はどうしてる?
E さん:あーなんか文句を言って今まで傷つけてたなっていうのは今までなったからなんだろう嫌な事っていうか
不満なことがあったときにとりあえず自己解決じゃないけどこれってこういうことじゃないかなって不
満って自分は思っちゃったけどそれって理由があるんじゃないかって思って最近あんまり言わない.本人
に言わないかもしれない.
<中略>
面接者:次に何かおきたらっていう何か不安とかはありますか?
E さん:その話し合って結局別れないってなった時はいいんだけど不安とか文句とかを自分で考えるようにしてい
るときにそれでも納得がいかないことってあんまり無いんだけど本当に納得がいかなくてそれを言っち
ゃったらどうなるんだろうっていう不安はある.
CaseE-2 は危機後の E さんの関係性の変化についての語りである.E-1 の語りにおいて「もう絶対にしない」
「次に同
じ事をしたら別れる」と約束したあとの関係性の変化が語られている.E さんは E-2 において「なにも思わなくなった」
と語っている.恋人との間に起こる不安や不満について「とりあえず,自己解決じゃないけどこれってこういうことじ
ゃないかなって不満って自分は思っちゃったけどそれって理由があるんじゃないかって思って最近あんまり言わない.
本人に言わないかもしれない」と不満を自己解決し,表面化を避けているようにしていることが考えられる.
9. 総合考察 本研究においては「優しい関係」という人間関係の視点から恋人関係の継続要因を検討した.予備調査と本調査で得
られた要因について比較検討を行い,研究協力者 A~E さんにおいて以下のような共通している項目を関係継続の要因
とする.
Table 2 調査の結果 ①関係の継続の判断を自分で行うことはせず,決定権は相手に委ねるという形で関係を継続している ②危機後に時間を置き,お互いに話し合いをせず危機を曖昧にしている ③関係継続後の関係性の変化として関係の危機を表面化させず,自己解決している ④危機が話し合われても解決されないまま,どちらかが自分の望みを諦めて,折れる形でその関係を継続している 76
Table 3 調査の結果のマトリクス 予備調査と本調査で Table 2 に示した関係
関係継続の要因
継続の要因をカテゴリー化し各協力者の語り
A
B
C
E
から抽出された①~④の項目参照し照合する ①一時的に相手に関係の決定権を委ねる
○
×
×
×
Table 2 おいて③は関係性の変化のため除外
②時間を置く
○
○
○
○
する.
③話し合いをしない
○
×
○
×
④最終的にどちらかが折れる(諦める)
○
○
○
○
本研究の結果から,優しい関係(土井,2008)という視点から,現代における若者の恋人関係の継続を検討した結
果,恋人たちが危機に直面した際には「時間を置き」
,
「どちらかが折れる」というかたちで関係が継続していることが
明らかとなった.また,その後の関係性の変化として関係の危機を表面化させず,自己解決している.
「優しい関係」
(土井,2008)において関係への葛藤から生じる違和感や怒りなどの感情は解消の機会を失うことで
内部に溜め込まれる.このことから危機が表面化されずに自己解決になっていると考えられる.本研究において見られ
た,恋人関係の継続要因として危機が曖昧化され,
「話し合われない」という結果は,土井(2008)が指摘する「優し
い関係」において対立点をぼかすために互いの関心の焦点を関係自体からそらす「ぼかし表現」とも考えられる.
青年期は親から心理的に自立し,自己形成へと向かう時期にあたり,友人関係は情緒的なあり方として重要な位置を
占めている(橋,2004)
.このことから友人関係の維持に執拗なまでに気を遣う優しい関係(土井 2008)における恋
人関係の継続要因は大学生という青年期後半の極めて特徴的な継続のあり方とも考えられるだろう.
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77
第6章 現代社会におけるヤンデレの構造
堤 梨恵
1.はじめに 社会の心理学化が進行する 2005 年頃,オタク達によって「ヤンデレ」という概念が生み出された(ヤンデレ http://ja.wikipedia.org/wiki/ヤンデレ 2014 年 12 月 7 日閲覧).ヤンデレとは,サブカルチャーにおけるアニメや
マンガ,小説等において,「誰か(殆どの場合主人公)に対して好意を抱いている(デレ)が,その強すぎる好意
が直接的または間接的な原因となって精神を蝕み,精神的に病ん(ヤン)でしまう状態の進行,或いはなってしまった
状態」を示すカテゴリの一つであり,
「相手のことが好きすぎて殺してまでも手に入れようとする思考」を持つキャラ
クターのことである(ヤンデレとは http://dic.nicovideo.jp/a/ヤンデレ 2013 年 12 月 31 日閲覧)
.
ヤンデレのキャラクターには,現実世界においては異常とされる行動をとる傾向がある.ヤンデレの起源とされる桂
言葉には,桂言葉の恋人の浮気相手の一人である西園寺世界の腹部を切り裂き,西園寺世界の妊娠を確認するという有
名なシーンが存在する.腹部を切り裂くという猟奇的な描写により放送局が放送を自粛するなど,その異常性が浮き彫
りになった(「中に誰もいませんよ…」鮮烈な結末を迎えた「School Days」の最終話が GyaO で本日から配信 http://gigazine.net/news/20090216_school_days_finales/ 2014 年 12 月 6 日閲覧)
.また,ヤンデレという概念が広く
知られるにつれ,猟奇的な行動をとる原因が恋愛でないキャラクターであってもヤンデレとされるようになった(ヤン
デレとは http://dic.nicovideo.jp/a/ヤンデレ 2013 年 12 月 31 日閲覧)
.
本研究においては,上述のように異常な行動をとるヤンデレが,なぜ人々に積極的に消費されているのか,を解明す
る事が目的である.
2.残されたサブカルチャー的問題としてのヤンデレ サブカルチャーにおけるアニメやマンガ,コスプレなど,そしてそうしたコンテンツを消費するオタクに関連する領
域については様々な研究がなされている.東(2001)は,オタクとは「コミック,アニメ,ゲーム,PC,SF,特撮,
フィギュア他など,サブカルチャーに耽溺する人々のこと」と定義し,物語ではなくキャラクターなどの耳,目,髪型
といった断片から,自らの趣向を触発する断片を消費対象とする「データベース消費」によってアニメやマンガ,小説
などサブカルチャーを消費していると指摘した.岡部(2008)は,腐女子について「やおい」や「ボーイズラブ(BL)
」
(男性同士の同性愛が描かれたマンガや小説などの総称)の作品などを愛する女性を指す名称であると定義し,また腐
女子の消費について東(2010)は,男性キャラクター同士の関係性に関心を向けて消費する「相関図消費」をしてい
ると指摘している.また,アニメやマンガなどのキャラクターに扮装する活動であるコスプレについては,そうしたコ
スプレを行うもの自身に関する研究がなされている(松浦・岡部,2014)
.以上のように,オタクや腐女子,コスプレ
といった様々な若者文化については多くの研究がなされてきたが,一方でヤンデレについての研究は驚くほどに少ない.
3.心理学化する社会 オタクによってヤンデレという概念が生み出された 2005 年頃は,社会の理学化が進行していたと考えられる.社会
の心理学化とは,
「教育・福祉・家庭など社会の様々な領域で心理療法の技術が多く使用されるようになり,文化の中
で心理療法的言説の比重が大きくなってくるような事態」のことを指す(樫村,2003)
.斎藤(2003)は,社会全体の
心理学化の風潮により,サブカルチャーを中心に「心の闇」や「トラウマ」などを表現することが一般化していると指
摘した.例えば,
「ケータイ小説」や「ギャル雑誌」などにおいても,
「心の闇」や「トラウマ」などの表現が多用され
ている(速水,2008)
.
ケータイ小説・ギャル雑誌・音楽の文化を概観すると,
「心の闇」や「トラウマ」などの表現が描かれている現象に
78
は,社会の心理学化が影響しているといえよう.
4.ヤンデレは形態素に宿るのかー予備調査ー ケータイ小説やギャル雑誌と同様にヤンデレ作品においても,むしろ過剰なまでに「精神的に病む」という表現が強
調されている.また,サブカルチャーにおいて「トラウマ」や「心の闇」などは,ケータイ小説やギャル雑誌などのテ
クストによって表現される傾向があると考えられる.ヤンデレについても同様に,
「精神的に病む」という表現がテク
ストによってなされている可能性がある.従って本研究の予備調査においては,ヤンデレの小説をテキストマイニング
の手法を用いて分析することによって,ヤンデレとされるものの特徴の抽出を試みた.分析には,フリーソフト「KH
Coder」
(KH Coder Index Page http://khc.sourceforge.net 2014 年 8 月 14 日閲覧)を使用した.
標本は,同人作品投稿サイトの中でもアクセス数の多い「pixiv(同人作
品投稿サイト)
」
(イラストコミュニケーションサイト[pixiv(ピクシブ)] http://www.pixiv.net 2014 年 11 月 12 日閲覧)にて,
「ヤンデレ 1000user」でキーワード検索し,
「1000user」タグが付けられた評価の高い
作品のみを抽出した.評価の高い作品の方が,消費者に受け入れられている
一般的なヤンデレであると考えられるからである.分析に使用した標本は
75 作品であった.本調査においては,一般的な品詞である名詞,動詞,形
容詞,形容動詞のみを使用した共起ネットワーク分析を行った(Figure 1)
.
分析の結果,ヤンデレの小説に使用される形態素には,他のメディアと比べ
Figure 1 共起ネットワーク分析結果
て特徴的な語彙の連関があることが明らかとなった.
5.現代社会におけるヤンデレの構造ー本調査ー 予備調査において行った,ヤンデレ小説に使用されている語彙そのものの調査においては,なぜ人々によってヤンデ
レが消費されているか,という疑問に対する解答は得られなかった.従って,ヤンデレを消費する人々に対し具体的な
ヤンデレの消費理由を問う必要がある.本調査においては,ヤンデレを消費する理由について,半構造化面接とパズル
課題という質的な方法により検討した.
6.方法 ・研究協力者
本調査においては,アニメ,小説,マンガなどのサ
ブカルチャーに深く関心を持つ者を対象とした(Table
1)
.ヤンデレは,オタクや腐女子,またケータイ小説
を消費する人々によっても消費されている.これらの
属性を全くの別物として扱うのは非常に困難である.
例えば腐女子の場合には,やおいという「女性のオタ
ク文化の中心的なもの」を消費しており,自身をオタ
クであると認知している者も多数存在する
(東,
2010)
.
Table 1 研究協力者一覧
番号
性別
年齢
属性
ヤンデレに関心が
1
女性
22
オタク
有る
2
女性
19
腐女子
有る
3
女性
17
腐女子
有る
4
女性
22
ライトオタク
無い
5
女性
22
腐女子
無い
6
女性
22
腐女子
無い
つまり,
「オタクであり腐女子である」といったように,所属する属性が一つに限られない消費者が多数存在する可能
性が考えられるのである.従って本研究においては,ヤンデレに関心を持つ人々の属性を限定せずに調査を行った.
・手続き
2014 年 11 月中旬から 12 月初旬にかけ,調査内容やデータの使用に関して事前に説明し,了承が得られた 6 人の研
79
究協力者に対しそれぞれ個別に調査を行った.パズル課題の結果はスマートフォンのカメラ機能を用いて写真を撮るこ
とによって記録し,面接の会話はスマートフォンと ipod touch のボイスレコーダー機能を用いて記録した.
1.パズル課題
単語カードを 8 枚使用して,
「いつ・どこで・誰が・なにを・どうした」という構成の文を,自由に 3 回組み立てて
頂いた.1 語につき 1 得点を与え,使用された語の属性によってそれぞれ集計した.なお,日時と接続詞に関しては,
小説の属性に関わらず一般的に使用される語であるため得点を与えなかった.
作成した単語カードに使用した語は,
「ヤンデレ」
「メンヘラ」
「日常系」の要素を取り扱った小説からそれぞれ抽出
した.メンヘラの小説は,pixiv において「メンヘラ 100user」というキーワードを用いてキーワード検索し,ヒット
した標本を抽出した.また,日常系の小説は,
「小説を読もう!」
(小説を読もう! http://yomou.syosetu.com 2014
年 12 月 12 日閲覧)というウェブサイトにおいて,
「全てのジャンル」
,
「短編のみ」という 2 つの条件を設定し,
「日
常系」でキーワード検索した.検索結果からブックマーク数が二桁以上の作品を標本として抽出した.
上述のように抽出した標本を用いて,名詞,動詞,形容詞,形容動詞のみを使用して共起ネットワーク分析を行ない,
共起ネットワーク分析の結果より語を抽出した.単に出現する回数の多い語では,小説の属性に関わらず一般的に使用
される語である可能性が高いため,文章の中で意味のある語を抽出するために,共起ネットワーク分析の結果より形態
素を抽出した.
2.半構造化面接
面接については,面接中に質問内容について柔軟に対応し内容を深めることが出来る半構造化面接を採用した.
「見
て頂いたヤンデレ作品について」
,
「ヤンデレにハマったきっかけなど」
,
「オタク,あるいは腐女子になった経緯につい
て」などについて質問した.
面接前に調査者が用意したヤンデレを取り扱った作品を見て頂き,その後面接を行った.Table 2 においては,ヤン
デレに関心が有るという意味で,属性に「
(ヤ)
」と表記している.調査者が用意した作品は,ドラマ CD『ヤンデレ惨
〜ヤンデレの女の子に死ぬほど愛されて夜も眠れない CD3』
(
【EDGE RECORDS】ヤンデレ惨〜ヤンデレの女の子に
死ぬほど愛されて夜も眠れない CD3 http://www.edge-records.jp/title/nemurenai02/yandere03/ 2014 年 12 月 16
日閲覧)
,小説『ヤンエロ〜愛するが故に〜』
(ヤンエロ〜愛するが故に〜 http://www.stanetto.com/yanero/ 2014
年 12 月 16 日閲覧)
,マンガ『未来日記』の作品である.用意した作
Table 2 刺激の分布
品は Table 2 に示した通りに配分した.なお小説は,その場で一冊読
んでいただくのは研究協力者に非常に大きな負担がかかるため,本調
刺激
属性
属性
査においては,
ヤンデレのシーンが中心に描かれている第 3 部のみを
CD
オタク 1(ヤ)
ライトオタク 1
読んで頂いた.また物語の理解に偏りが出る事を防ぐため,小説を読
マンガ
腐女子 1(ヤ)
腐女子 1
む前に,第 3 部直前までのあらすじをまとめた 1 枚のレジュメを読
小説
腐女子 2(ヤ)
腐女子 2
んで頂くという措置をとった.
7.結果と考察 ・パズル課題
Table 3 に示した通り,研究協力者に選ばれた語の集計結果より,ヤンデレを消費する者は,メンヘラ得点とその他
得点よりもヤンデレ得点が高い.従って,ヤンデレを消費する者は,ヤンデレの小説から抽出した語を選ぶ傾向がある
という事が明らかとなった.
・半構造化面接
80
Table 3 パズル課題得点
まず,面接調査によって得られた音声データを
トランスクリプトしたものから,ヤンデレの消費
協力者属性
ヤンデレ得点
メンヘラ得点
その他得点
についての語りを抽出した.次に,特にヤンデレ
腐女子 1(ヤ)
6
1
4
を消費する 3 名が共通して消費しているヤンデレ
腐女子 2(ヤ)
5
4
3
の要素を抽出し,ヤンデレをあまり消費しない 3
ライトオタク 1
4
3
5
名と比較して考察(Table 4)
.特にヤンデレを消
腐女子 1
3
9
0
費する者は「監禁」
「逃げられない感じ」を消費し,
腐女子 2
5
4
5
ヤンデレをあまり消費しない者は前述の 2
つの要素を消費しないという点において,
ヤンデレの消費に関して顕著な差異が見
Table 4 ヤンデレ消費の比較
消費
属性
監禁
逃げられない感じ
ヤンデレを消費する
オタク 1(ヤ)
○
○
腐女子 1(ヤ)
○
○
腐女子 2(ヤ)
○
○
腐女子 1
×
×
腐女子 2
×
×
ライトオタク
×
×
られた.従って,面接の結果を「監禁」
「逃
げられない感じ」の 2 点に着目し,考察し
た.以下より,面接結果の解説及び考察を
ヤンデレを消費しない
示す.
Case O—1:好きなヤンデレのタイプについ
ての語りから
面接者:
なんか好きなタイプのヤンデレっていうか
O さん:
ああ好きなのは,そうだな女の子だったら,なんか,殺す勢いでこう,病んでく,感じ.うーん,なんて
いうんだろ,うーん,難しいなー,そうだな女の子だったら殺す勢いが好きだなー.男の子だったら閉じ
込める方がいいな.うん.殺されるより閉じ込められる方が良いな.
Case F1—1:好きなヤンデレのタイプついての語りから
面接者:
殺さない系,殺さないでどうするん.
F1 さん: 殺さないでどうするん,まあ監禁とかそんくらい?まで.
O さんと F1 さんは同様に,ヤンデレターゲットを殺さずに監禁するタイプのヤンデレを好んで消費していると語っ
ている.
Case F2—1: 好きなヤンデレについての語りから
面接者:
女の子が病んでるって,どんなのが多いの?
F2 さん: 女の子が病んでるやつ,<中略>もう出られないようにしてあげるんだからーみたいなやつが,妹とか,
系では多いよね
F2 さんは,妹のヤンデレを特に消費しており,妹のヤンデレに特徴的な行動として,
「もう出られないようにしてあ
げるんだからー」というように,ヤンデレターゲットである兄を監禁するというものがあると語っている.
81
Case O—2:ヤンデレが近づいてくるという語りから 1
面接者:
最後,最後見つかるんですか
O さん:
最後多分,みーつけたで終わったと思うんだけどちょっと,最後どっちだったっけなー見つかったんだっ
けな,見つけてないんだっけなー,なんか,でも,主人公の,主人公っつか姉の,姉が机の下で震えてる
ってのをみ,覚えてるなーっての,なんか,楽しそうに言ってくるんですよ.近づいてくるんですよだん
だん.それが分かるのが,ちょっと楽しかった.
Case F1—2:ヤンデレが近づいてくるという語りから 2
F1 さん:
逃げ出したら追ってきた
面接者:
マジで.えどんな感じで?
F1 さん:
どんな感じ?やなんか,良くあるじゃん,ん,なんか,なんだろ,落ち着いた感じ?逆に怖い落ち着いた
感じ.落ち着いた感じで,コツコツ追ってくる感じ.あのー,足音ね.そんな感じ.追ってくる感じ.な
んか,逃げても逃げても逃げ切れない感じ.これ絶対無理だって感じ.
Case O—2 によれば,O さんは,段々近づいてくるのが分かるのが楽しいと語っている.また Case F1−2 によれば,
F2 さんは好みのヤンデレについて,ヤンデレが「落ち着いた感じ」の様子で追いかけくる場面が「逃げ切れない感じ」
であったと語っている.
Case F2—2:血縁関係に起因する逃げられなさの語りから
面接者:
この妹系のヤンデレは,他のやつと比べて,なんか違うん?
F2 さん: やっぱりー,血がつながってるから,簡単には断ち切れないっていうか.なんか恋人同士だったらはっき
りいってさ,そのさ,ヤンデレでこう束縛されて色々された後でもまだ逃げ道はあるけど,妹って,そん
なさ,すぱっとキレる物じゃないじゃん,色んなさ,もう,色んな物がこう重なって,で逃げられないっ
ていう精神も,妹だからっていうのこう,ある訳じゃん,前提がある訳じゃん.だからーバカにむげにも
出来ないし,でも逃げたいし,でも逃げなきゃだしーみたいな,でもー妹だから逃げちゃだめだしみたい
な,で,妹もガンガン攻めてくるし足,よくわかんないあし切断しようとするし,ご飯を流し込もうとし
たりするし,みたいなー色んなこのもやもやーみたいなのが固まったやつが好き,っていうか.
F2 さんは,ヤンデレの中でも特に妹ものを消費しているのは,妹ものは血縁関係のない他のヤンデレと違って逃げ
られないからであると語っている.
現代社会においては,さとり世代と呼ばれる若者達が存在する.さとり世代の若者は,1990 年代初頭以降の個人が
尊重される社会に産まれ,あらゆるものを自由に選択出来る社会で育った.あらゆるものが自由に選択出来るという事
は,あらゆるものを自分で選択する必要があるという事でもある.原(2013)は,自信を持って選択出来る若者は一
部の優秀な人間のみであり,また「ある程度行動が社会によって決められていた時代の方が楽だったのでは」とする学
生の意見から,自由を求めたかつての若者と比較して,ある程度社会や大人から強制されたい可能性があると指摘して
いる.
また現代社会において,人々は幼い頃から常に「うまくやらなければならない」というプレッシャーを受けており,
初めて何かを行う場合には緊張や慎重さが強くなる(森,2008)
.2007 年 4 月 21 日に発生したサンダーバード事件に
82
おいて乗客が被害者を助けなかった理由の一つとして,乗客が失敗を恐れたという要因が挙げられる(森,2008)
.
更に森(2008)は,現代においては「きびしいやさしさ」という新しい優しさの形があると主張している.きびし
いやさしさとは,
「傷は一生残るものである」という考えが根底にあり,相手を傷付けないように予防するという優し
さである(森,2008)
.
「謝るぐらいなら,最初からあんなことするな!」という発言が,きびしいやさしさの例であ
る(森,2008)
.高校生や大人によって至る所でこの発言がなされており,森(2008)は,若者を中心に既に定着した
一種の社会的なルールであると指摘している.きびしいやさしさというルールには,万が一にも傷付けられた場合には,
謝罪しても許さないという厳しさがある(森,2008)
.相手が傷つく行動をあらかじめ全て予測する事は不可能である
にも関わらず,不可能な事であっても相手を傷付けないように予防しなければならないという,厳しい対人関係のルー
ルなのである(森,2008)
.
上述した事例より,若者は,社会によってある程度の強制があった方が楽であると捉えており,また人間関係に注意
を払い,失敗や他者を傷付ける事を回避しようとする傾向があると考えられる.
本調査のインタビューにおいては,特にヤンデレを消費している 3 名の語りから,ヤンデレは「監禁」や「逃げられ
ない状況」という要素が重要であるという語りが得られた.また,特にヤンデレを消費する 3 名の語りから,ヤンデレ
の物語をヤンデレターゲットの視点から消費していると考えられる.
ヤンデレに「監禁されている」
,あるいは「逃げられない」という状況においては,自らが選択する事は不可能であ
る.つまり,自ら選択する必要がないと言い換える事が出来る.従って自らが選択する事が不可能である限り,自らの
選択によってヤンデレとの人間関係が「失敗」する事はない.つまり消費者は,ヤンデレからの「逃げられなさ」を消
費しているのである.
8.引用文献 東浩紀 2001 動物化するポストモダン-オタクから見た日本社会,講談社.
東浩紀 2010 妄想の共同体―〈やおい〉コミュニティにおける恋愛コードの機能東浩紀・北田暁大編,思想地図〈vol.5〉
特集・社会の批評.
原田曜平 2013 さとり世代——盗んだバイクで走り出さない若者達,角川 one テーマ 21.
速水健朗 2008 ケータイ小説的.—“再ヤンキー化”時代の少女たち,原書房.
樋口耕一 2014 社会調査のための軽量テキスト分析 内容分析の継承と発展を目指して,ナカニシヤ出版.
イラストコミュニケーションサイト[pixiv(ピクシブ)] 2005 http://www.pixiv.net/mypage.php 2014 年 8 月 3 日ア
クセス.
松浦李恵 岡部大介 2014 モノをつくることを通した主体の可視化:コスプレファンダムのフィールドワークを通
して,認知科学,21,141-154.
森真一 2008 ほんとはこわい「やさしさ社会」
,ちくまプリマー新書.
岡部大介 2008 「腐女子」のアイデンティティ・ゲーム——アイデンティティの可視/不過視をめぐって——,認
知科学,15,671−681.
斎藤環 2003 心理学化する社会-なぜ,トラウマと癒しが求められるのか-,PHP エディターズグループ.
小説を読もう! 2014 http://yomou.syosetu.com 2014 年 12 月 12 日アクセス.
ヤンデレ 2014 http://ja.wikipedia.org/wiki/ヤンデレ 2014 年 12 月 7 日アクセス.
ヤンデレとは(ヤンデレとは) 2008 http://dic.nicovideo.jp/a/ヤンデレ 2014 年 12 月 18 日アクセス.
83
第 7 章 能動的音楽選択が気分誘導に与える効果
萩原 健一
1.はじめに
人々は,何故音楽を聴取するのだろうか.文化人類学や歴史学,考古学といった様々な分野において明らかされてき
たように,人間は古来より東西どの文化においても音楽と共に暮らしてきた.人間の歴史は音楽とともにあったと言っ
ても過言ではないだろう.筆者はこうした人間と音楽の関係,特に,人々が音楽を聴取することによってもたらされる
効果について興味がある.
近年,音楽はこれまでの歴史上類を見ないほど,人々にとってより身近なものとなっている.現代社会において,音
楽が人々にとって身近なものとなった大きな要因の一つとしては,携帯音楽
プレイヤー等の登場といった技術の発達があげられるだろう.
例えば SONY
が 1979 年 7 月に発売した WALKMAN は,その 1 号機においては数曲をテ
ープに録音する程度のものであったが,2014 年現在も進化を続け,現在に
おいては誰もがお気に入りの楽曲を数千曲,数万曲という単位で音楽をどこ
でもいつでも持ち歩けることを可能にした. (Figure 1)また,1970 年当時
と比べた際の大きな時代的変化としてインターネットの登場があげられる.
こうしたインターネットの登場も,人々と音楽との距離を縮めた要因の一つ
Figure 1 SONY の WALKMAN
である.
インターネットの登場という時代の変化は,音楽と人との在り方を大きく変化させた.1990 年代に音楽メディアと
して主流であった CD を購入するという事による楽曲の獲得も,現代社会におけるインターネットを通じる楽サービス
の形を変えた.音楽は CD を買う形買うものからダウンロードという形での楽曲の獲得へ移行した.現代社会において
は Apple の iTunes Store からのダウンロードといった有料音楽配信や,Soundcloud のようなストリーミング配信サ
イトの登場したことにより,誰もが多様なジャンルの音楽に用意に触れることが可能になった.
また,インターネットの登場に加え,現代人にとって音楽が身近になっているもう一つの要因として,小川(1995)
が提唱する「音楽化社会」が挙げられる.現代社会において,我々は街でショッピングに行う際にも,レストランで食
事をする際にも店内 BGM を無意識のうちに聴取している.あるいは,家の中にいる際にも,テレビやラジオなどのメ
ディアを通じて常に音楽を耳にしているだろう.つまり現代社会において人々は,自ら能動的に音楽を持ち歩くだけで
はなく,日々の暮らしの中で「受動的」にも音楽を聴取しているのである.このような個人が自らのウォークマンなど
からその時の気分によって好きな音楽を選んで聴取するような「能動的音楽聴取」スタイルと,店内での BGM を無意
識のうちに聴取するといった「受動的音楽聴取」スタイルがあるが,2 つの間にはどのような違いがあるのだろうか.
本論においてはこの「能動的音楽聴取」と「受動的音楽聴取」にどういった違いがあるかを検討する.
2.音楽の心理的効果について
人間にとって音楽はどのような心理的効果があるのだろうか.これまで,人間と音楽との関係については,心理学だ
けではなく様々な分野において膨大な研究が行われてきた.
山崎(2009)は現代において,子どもの情操涵養を育てる手段としての音楽教育,音楽の聴取や楽器の演奏を通じ
た心身の健康の回復を図ろうとする音楽療法,様々な場面における BGM の使用など,音楽と感情が強く結びついてい
る事を前提とした幅広い社会的活動が行われていると指摘している.つまり,現代社会においては子どもの発達や教育,
心理療法を中心とした精神的健康,加えて様々なメディアやコンテンツにおける音楽の効果といったように,様々な領
域において,音楽が用いられている.
84
また,松本ら(2012)は音楽が人間にもたらす効果として「多種多様な音楽を様々な場面で使用し,音楽を聴く事
によって気分を紛らわす事」
,
「気分を高揚させる事」など,音楽によって人々の気持ちが変化する事があると述べてい
る.確かに人々は気分が落ち込んだ際に音楽を聞き,愉しい時にも音楽を楽しみ,その生活の様々な部分において音楽
によって感情をマネージメントしているといえよう.
以上の諸研究の知見から,第一に,音楽を聴くことで聴取者は感情や気分の変化があること,第二に,人々が日々の
生活の中で音楽による寛恕や気分の変化を自覚し利用していることが示唆される. 3.気分誘導効果についての定義 前節においては,音楽と人間との関係に関する様々な研究の知見を概観することによって,音楽によって聴取者の感
情や気分が変化する可能性について述べてきた.本節においては,前節における知見を元に,音楽による人々の気分誘
導効果に関係する要素について検討するものとする.
音楽は,どのように人々の気分に影響するのだろうか.単純に音楽と一言にいっても,音楽には様々な要素が含まれ
ている.従来の研究によれば,音楽の人々への気分誘導効果には,曲の調,和声,リズム,音の高さといった,様々な
音楽の性質が複雑に関係していることが明らかにされている(松本,2002)
.また楽曲には音楽的特質の他にも,好み
の音楽ジャンルなどによる個人的特性や,感情価(affetive value)といった感情的性格も含まれる(Henvener, 1936)
.
ここでいう感情価(affective value)とは「聴取者が楽曲にどのような印象をもったか」を表すものである.
本論においては松本(2002)と Hevener(1936)の主張から,感情価(affctive value)が音楽による気分誘導が行
われる代表的な要素であるものとみなす.Figure 2 に示したの,松本(2002)と(Henvener,1936)が示した気分誘
導効果の要素をまとめたものである.
Figure2 松本(2002)と(Henvener,1936)が示した気分誘導効果の要素
4.能動的音楽聴取による気分誘導
これまで概観してきたように,音楽の感情的性格が気分に影響を及ぼすことについては,これまでの様々な諸研究に
おいても検討されてきており,
「聴取音楽に対する好き嫌いも音楽の感情価(affecttive value)に影響を及ぼす事は明
らかである」とされている(谷口,1995)
.
なぜなら聴取音楽は個人的特性に影響し,聴取音楽を好む分「よりポジティブに影響」し,好まない分「よりネガテ
ィブ」に影響すること示されているため,聴取音楽に対する好悪が,音楽の感情価に影響を及ぼす(谷口,1996)
.
「はじめに」においてみたように,現代社会において人々は,日々の生活の中で様々な音楽を暮らしの中で受動的に
聴取していると同時に,自らが選択して能動的にも聴取している.
Mood Management Theory によれば,
能動的に音楽を聴取する行動は
「個人は不快な気分を無くすようにつとめる.
85
少なくとも低減させる様につとめる,個人はいい気分を保つ様につとめ,その気分の強さを維持すようにつとめる」と
いう快楽原理に基づき,不快な気分を最小にし,快の気分を最大するために,可能な範囲で人は内的および外的刺激状
態を調整する(Zilmann,1988)
.
こうした理論的視点からも,日々の生活の中で人々が受動的にだけではなく,自らが選択し能動的に音楽を聴取する
事は個人が日常的に行っている事が示唆される. 5.気分誘導効果実験に対する現状と問題点 心理学において,これまで述べてきた人間と音楽との関連,音楽と気分との関連といった研究は数多く行われてきた.
そうした音楽と人間,音楽と感情との関連を検討する心理学分野として気分誘導効果に関する研究がある. 音楽を使った気分誘導効果に対する研究においては主に,その研究手法として「対象者に音楽を聴取してもらう」こ
とによって気分誘導を行う研究がほとんどを占めている.また音楽を使った気分誘導効果に関する実験の際には,松本
ら(2012)の研究のように研究協力者に対して「聴取させる音楽」を実験者側が設定している場合が多い. しかし現代社会において,人々が日々の生活の中でメディアや BGM 等によって受動的に音楽を聴取する機会は多々
あるものの,自らが選択して能動的に音楽を聴取する機会の方が圧倒に多数を占めていると考えられる. それにもかかわらず,音楽による気分誘導効果の研究において「聴取させる音楽」を実験者側がトップダウン的に設
定する場合,実験における刺激としての音楽は,研究協力者にとっては生態学的妥当性の高い能動的な音楽の聴取では
なく,受動的に音楽を聴取している受動的音楽聴取である.こうした,実験室的な状況においては,3 節であげた気分
誘導効果において音楽的特質と感情的性格については検討できるが,個人的特性については検討が不十分だと考えられ
るため「能動的に音楽を聴取する」場面と「受動的に音楽を聴取する」場面を分けた上で,音楽による気分誘導効果に
ついて検討する必要性があると言えよう. 6.本研究の目的
前章まで個人の音楽聴取による気分誘導効果についての説明,誘導実験に対する問題点の指摘をしてきたが,本説で
はこれらを整理し,本研究の目的を導く.
最初に提案された音楽の気分誘導効果に対する実験法は Sutherland(1982)の「参加者自身が気分に合わせた音楽
を自分で選択する」という方法である.また,Clark ら(1983)の研究においてはでは聴取させる音楽は実験者によっ
て決められていたが,気分の操作を目的としている旨は参加者に告げられた.それに対して,Pignatiello ら(1986)
は,要求特性の影響をなくすため,音楽聴取が気分誘導気分誘導に関係する事を告げず,参加者には「音楽を注意して
聴いてください」とだけ教示した.気分誘導実験の方法は以上 3 つのいずれかに準じていることは湊・服部(2011)
が述べている.本研究における音楽の気分誘導効果について,
「能動的に音楽を聴取する」場合と「受動的に音楽を聴
取する」場合で個人にどういった影響を及ぼすのかを検討するともに,音楽の気分誘導効果における個人的特性の要素
についてもアプローチしていくため,「受動的に音楽を聴取する」場合について Clark ら(1983)が考案した「聴取さ
せる音楽を実験者側が選定する」手続きを用い,
「能動的に音楽を聴取する」場合を Sutherland ら(1982)が考案し
た「参加者自身が気分に合わせた音楽を自分で選択する」手続きを用い,このふたつを組み合わせ,本調査において「能
動的音楽聴取は受動的音楽聴取とりも気分誘導効果が高い」という仮説について検討することを目的とする.
7.方法 ・調査協力者:本研究においては,現代人にとって音楽が身近になっていると小川(1995)が提唱する「音楽化社会」
の中にいるため全ての人が対象となった.K 大学の学生,他大学の学生に対し実験および質問紙調査についての概要を
説明し,研究への参加に同意が得られた 20 名を調査協力者とした.有効回答 20 票を得た.回答に要する時間は 10 分
86
程度であった.
・実験日および実験場所:実験は 2014 年 12 月 6 日~15 日に行った.実験場所は KYOAI COMMONS を利用した.
・映像・音楽刺激:松本ら(2012)の研究をもとに,悲壮的な気分を誘導する映像として映画「火垂るの墓」の DVD
から悲しくなるようなシーンを 2 場面選択し使用した.それぞれ映像 1(以下 M1 条件)と,映像 2(以下 M2 条件)
と設定した.また受動的音楽刺激には,ハイドンの弦楽四重奏曲第 17 番へ長調「セレナード」の第1楽章を使用した.
森(2010)によれば「歌詞は多くの人にとって重要視されている」事が明らかにされており,歌詞を重視する理由と
して挙げられる理由は音楽聴取時に感情移入することが示されている.そのため,風間・椎塚(2006)があげた「歌
詞が存在しない」というクラシック音楽の特徴をふまえて受動的音楽刺激が選定された.クラシック音楽はハイドンの
弦楽四重奏曲第 17 番へ長調「セレナード」の音源は MP3 形式でクラシック名曲サウンドライブラリー
(http://classical-sound.seesaa.net/article/217718913.html 12 月 3 日 閲覧)より入手した.
・使用装置:映像の再生には MacBook Pro 付属の DVD プレイヤーを使用し,
音楽の再生は MacBook Pro 付属の iTunes
を使用した.
・実験手続き:実験にあたっては,場面をかえて同じ項目を訪ねていることから,アンケート用紙2枚目右枠に「A」
「B」
「C」
「D」と記号を記載して4つの群を作成し,順序効果を考慮して実験を進めた.参加者は1度の実験に1名
または2名で行った.20 名の参加者は各パターンで5名ずつに分けて実験した.
「A」
「B」
「C」
「D」それぞれの実験
順序は以下の通りである.
「A」M1 条件→能動的音楽選択→M2 条件→受動的音楽選択
「B」MI 条件→受動的音楽選択→M2 条件→能動的音楽選択
「C」M2 条件→能動的音楽選択→M1 条件→受動的音楽選択
「D」M2 条件→受動的音楽選択→M1 条件→能動的音楽選択
以上の手続きから,M1条件について能動的音楽選択群が 2 群,受動的音楽選択群が 2 群作成され,M2 条件につい
ても同様に能動的音楽選択群が 2 群,受動的音楽選択群が 2 群作成された.これら M1 条件および M2 条件について作
成された能動的音楽選択群の計 4 群を「能動的音楽選択場面」
,受動的音楽選択群の計 4 群を「受動的音楽選択場面」
とし,分析を行った.
・調査内容:回答者の気分を図るために寺崎ら(1991)の多面的感情尺度(Multiple Mood Scare:MMS)
「不安」
「倦
怠」
「活動的」
「非活動的」の 4 因子,各因子 4 項目を使用した.回答に際しては,1「良くならない」
,2「あまりよく
ならない」
,3 すこしよくなった」
,4「よくなった」の 4 件法で尋ねた.多面的感情尺度は「不安でいる」
,
「悩んでい
る」
,
「悲観している」
,
「気が沈んでいる」の 4 項目からなる【不安因子】
,
「つまらない」
,
「退屈な」
,
「ぼんやりした」
,
「無関心になった」の 4 項目からなる【倦怠因子】
,
「のんびりした」
,
「ゆったりした」
,
「気がやわらいだ」
,
「気がゆる
んだ」の 4 項目からなる【非活動快因子】
,
「元気いっぱいになった」
,
「気持ちがよくなった」
,
「爽やかになった」
,
「機
嫌が良くなった」の 4 項目からなる【活動快因子】の 4 因子 16 項目で構成された.
8.結果と考察
・分析 IBM SPSS Statistics 19 を用いて,収集されたデータについての全ての分析を行った.
能動的音楽選択場面と受動的音楽選択場面を独立変数とし,多面的感情尺度(寺崎ら,1991)の合成得点を従属変
数とし,t 検定を行った.その結果,能動的音楽選択場面と受動的音楽選択場面の場面間に有意な差が見られた(Figure
3).
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n=20
n=20
t(19)=3.90,p<.001
Figure 3 能動的音楽聴取と受動的音楽聴取における多面的感情尺度の平均値の差異
・考察 本研究の結果,
「悲壮的感情の際,能動的に音楽を聴取する方が受動的に音楽を聴取する事よりも気分誘導効果が高
い」という仮説は支持された.以下に悲壮的感情の際,能動的に音楽を選択し聴取する方が,受動的に音楽を聴取する
よりも気分誘導効果が高いという仮説が支持された理由を考察する. 第 3 節で述べた通り,能動的に音楽を聴取する行動は Zilmann(1998)の Mood Management Theory によって「個
人は不快な気分をなくすようにつとめる」
「少なくとも低減させる様につとめる」
「個人はいい気分を保つ様につとめ,
その気分の強さを維持すようにつとめる」という快楽原理に基づき,不快な気分を最小にし,快の気分を最大するため
に,可能な範囲で人は内的および外的刺激状態を調整するものであるとされている.以上のことから,能動的音楽聴取
の場合,実験で用いた「火垂るの墓」の刺激映像によって実験対象者に不快な気分が生起したため,そうした感情を払
拭するための音楽を自ら選択することで,不快な気分を低減させて快の気分につとめようとしたと考えられた.
また,音楽の気分誘導において,曲の調,和声,リズム,音の高さといった音楽的性格が重要であるとした松本(2002)
や,その音楽がもつ性格をどのようにとらえるかといった感情価が重要であるとした Henvener(1936)の議論をふま
え,本研究の受動的音楽聴取においては,比較的音楽的性格が整っており,一般的に穏やかな感情価をもつとされるク
ラシック音楽であるハイドンの弦楽四重奏曲第 17 番へ長調「セレナード」の第1楽章を刺激として選定し調査を行っ
た.しかし,比較的音楽的性格が整っており,一般的に穏やかな感情価をもつとされるクラシック音楽であっても,そ
れが受動的音楽聴取であった場合,実験参加者の個人的特性に応じた能動的音楽聴取に比べると,気分誘導効果が有効
に示されないということが明らかになった.したがって,気分誘導効果は,音楽的性格(松本,2002)や感情価(Henvener,
1936)よりも,個人的特性によってより強められるものと考えられた. 8.引用文献 Clark,D.M.
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クラシック名曲サウンドライブラリー http://classical-sound.seesaa.net/article/217718913.html 2014 年 12 月 3 日
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