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中国進出日本企業における中国人従業員の

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中国進出日本企業における中国人従業員の
中 国 進 出 日本 企 業 にお け る中 国 人 従 業 員 の
モ チベ ー シ ョンの 向 上 と維 持
海
野
素
央
本 稿 は,中 国 に進 出 して い る 日本 企業 の 日本 人 マネ ジ ャーが 中国 人 従 業 員
の モ チベ ー シ ョ ンを どの よ うに して高 め て い るの か につ いて,上 海,杭 州,
嘉 興,大 連 で実 施 した ヒア リン グ調 査 の 結 果 に基 づ いて 紹 介 す る。 この 調 査
で は 中国 人 従 業 員 に も ヒア リン グを 行 った の で,日 本 人 マ ネ ジ ャー と業 務 を
遂 行 して い く中 で,ど の よ うな 場面 で モ チベ ー シ ョ ンが 低 下 した の か に つ い
て も述 べ て み る。 さ らに,中 国 人 従 業 員 を 対 象 に した文 化 的 価 値 観 に関 す る
ア ンケ ー ト調 査 の結 果 に つ い て も説 明 す る。 その 上 で,彼 等 の モ チ ベ ー シ ョ
ンの有 効 な高 め方 と維 持 の 仕 方 の 双 方 につ い て考 え う。
中 国 人 従 業 員 の モ チ ベ ー シ ョ ン の 高 め 方 と維 持 の 仕 方
事 例l
A社
は,1995年
産 を して い る。A社
担 当,中
に上 海 に 進 出 した。 主 に,軍 用 の ス ピー カ ー の 開 発 ・生
の総 経 理(社 長 に相 当),副 総 経 理,部 長 各3名,室
国人 課 長 各3名,関
連 会 社 総 経 理 の計11名
長,
を対 象 に ヒア リ ン グ調
査 を 実施 した 結 果 に基 づ いて,ど の よ うに して 中 国人 従業 員 の モ チ ベ ー シ ョ
ンを 向 上 させ,維 持 して い るの か以 下 に整 理 して み た。
第1に,抑
A社
圧 の 中で の動 機 づ けで あ る。
の工 場 で は,100人
(365)191
民 元 か ら500人 民 元 ま での 罰 金 を設 けて い る。 作
政経論叢
業 中 に 私 語 を し た,工
第73巻 第3・4号
場 内 に ゴ ミを 捨 て た,工
コ を 吸 っ た 等 の 行 動 に 対 して は,100人
い で デ ー タ を 捏 造 し た 場 合 は,500人
700人
民 元 で,こ
れ を1元13円
に な る 。 こ の 内,1,300円
場 内 で タバ
民 元 の 罰 金 が 課 せ られ る。 測 定 しな
民 元 の 罰 金 にな る。 ワ ー カ ー の 月 給 が
の レ ー トで,日
か ら6,500円
る 。 こ の 額 は,従
業 員 に と っ て は,相
に 本 人 の 名 前,日
時,理
由,罰
場 内 を 走 っ た,工
本 円 に 換 算 す る と,9,100円
が 罰 金 と し て 差 し引 か れ る こ と に な
当 の 打 撃 に な る。 処 罰 に 際 して は,紙
金 の 額 等 を 明 記 し,本
人 に 署 名 さ せ た 上 で,
他 の 従 業 員 の 目 に つ く場 所 に 掲 示 し て い る 。
こ の よ う に し て,罰
こ れ を こ こ で は,否
第2に,褒
を 与 え る こ と に よ って,行
動 の是 正 が 動 機 づ け られ る。
定 的動 機 づ け と呼 ぶ。
賞 な ら び に 表 彰 に よ る 動 機 づ け で あ る。
自 分 の 担 当 以 外 の と こ ろ で 不 良 品 を 発 見 し た 場 合 に は,50人
わ れ る 。 同 様 に,発
見 者 の 名 前,顔
て い る 。 しか し,過
去 に,こ
例 が あ っ た 。 そ の 手 口 は,仲
写 真,日
時 等 を 掲 示 し,品
の 管 理 方 法 を 悪 用 し て,褒
民 元 が支 払
質 表彰 を 行 っ
賞 金 を 搾 取 して い た
間 で 不 良 品 を 意 図 的 に 生 産 し,"発
見"し,仲
間 で 賞 金 を 配 分 して い た とい う もの だ った。
ま た,小
集 団 活 動 を 通 じた 褒 賞 金 な ら び に 表 彰 も実 施 し て い る。 最 近,行
わ れ た 会 社 主 催 の プ ロ ジ ェ ク トに は,全
社 で30チ
ム は1,200人
秀 な チ ー ム メ ンバ ー の写 真 や改 善 案
民 元 を 獲 得 し た 。 ま た,優
を 掲 示 した 。 こ れ ら は,一
さ ら に,中
ー ム が 参 加 し,優
秀 な チー
定 の 効 果 を 上 げ て い る。
国 人 従 業 員 か ら選 抜 し た 者 を,本
社 で 行 わ れ る 研 修 に 参 加 さ せ,
モ チ ベ ー シ ョ ン の 向 上 を 図 っ て い る 。 日本 に 行 く こ と が 中 国 人 の 現 地 従 業 員
に は ヒ ー ロ ー の 条 件 に な るか ら で あ る 。 こ の 場 合,第1の
罰 に 対 して,肯
定
的 動 機 づ け とい え る。
第3に,詳
細 な ル ー ル や 仕 組 み に よ る動 機 づ け で あ る。
各 自 が 工 場 の 入 り 口 で 静 電 気 の チ ェ ッ ク を し,表
192(366)
に記 入 す る。 そ れ を 班 長
中国進出 日本企業 における中国人従業員 のモチベー シ ョンの向上 と維持
が確 認 す る。 材 料 の 購 買 に 関 して は確 認 す る仕 組 み が で きて い る。 明 日の材
料 が 購 買 され て い る か否 か を確 認 を す るた め に,表
に掲 載 さ れ た各 材 料 の項
目 に購 買 され て い る場 合 は ニ コニ コマ ー クを,さ れ て い な い場 合 は怒 って い
るマ ー クを つ け る仕 組 み を作 って い る。
「日本 で は こ こ ま で や らな くて もや るの に」 とA社
また,5S(整
理,整 頓,清
潔,清
掃,躾)を
の製 造 部 の部 長 は言 う。
徹 底 さ せ る た め に,A社
で
は,ほ うき と塵 取 りを 中国 人 従 業 員 の 目に み え る位 置 に置 いて い る。 さ らに,
中国 人 従 業 員 が作 業 中 に 指 に はめ る ゴ ムを ロ ッカ ー ル ー ム に捨 て る対 策 と し
て,部 長 の1人 は,ロ ッカー を オ ー プ ンな 配 置 に変 え る こ とを考 え て い る。
'
躾 に関 して は,作 業 中 の 正 しい姿 勢 が 良 い製 品 を作 る基 礎 に な る とい う考 え
方 を浸 透 さ せ よ う と,部 長 が 作 業 中の 姿 勢 の悪 い ワー カ ー を 注意 して 回 って
い る。
第4に,面
通 常,日
前 で の 叱 責 の 回 避 と動 機 づ け で あ る。
本 の 職 場 で は叱 責 は,部 下 を発 憤 さ せ た り,職 場 の 雰 囲 気 を 引 き
締 め た り,同 様 の 失 敗 を 繰 り返 さ な い よ うに意 識 づ け る こ とを 目的 と して,
しば しば行 われ る。 日本 で は,一 昔 前 まで は,他 の従 業 員 の面 前 の 叱 責 さえ,
受 容 され て い た 。 しか し,種 々 の調 査 に よ って,明
責が一
特 に,面 前 で の 叱責 が 一
らか に され た よ うに,叱
効 果 を持 つ の は,日 本 と韓 国 ぐ らい の
もの で あ る。
ヒア リン グを した3人 の 中 国人 の課 長 に よ れ ば,面 前 で 日本 人 上 司 か ら叱
責 を され る と,意 欲 を失 う と言 う。 中 国 で は,面 子 を 重 ん じる文 化 が あ るの
で,面 子 を 潰 さ れ る こ とに対 す る反感 は,日 本 人 が 想 像 す る以 上 に強 い。 多
くの 叱 責 さ れ た部 下 が,そ の 場 で辞 職 の意 を 表 わ す こ と さ え あ る。 こ う した
経 験 か ら,叱 責 と い う動 機 づ け に 対 して は,現 場 の マ ネ ジ ャー達 は,慎 重 に
な って きて い る。 最 も,簡 単 な工 夫 と して,個 人 的 に,個 室 で 叱責 した り,
提 案 す る な ど の方 法 が と られ て い る。
(367)193
政 経論叢
第5に,中
第73巻 第3・4号
国 人 従 業 員 間 の 妬 み に 対 す る 対 策 と 動 機 づ け で あ る。
あ る 中 国 人 従 業 員 が,一
所 懸 命 仕 事 を した り,昇
員 か ら妬 み を 買 う。 例 え ば,現
進 昇 格 す る と,他
の 従業
地 人 の リー ダ ー と サ ブ リ ー ダ ー の 自転 車 が パ
ン ク さ せ ら れ た 。 リー ダ ー や サ ブ リー ダ ー は,そ
の よ う な 目 に あ う と,現
地
人 の 部 下 達 に 指 示 命 令 を 出 し て 仕 事 を や ら せ よ う と い う意 欲 が 低 下 し て し ま
う 。 そ こ で,A社
で は,駐
輪 場 に 監 視 カ メ ラ を 設 置 した り,リ
ブ リー ダ ー の 駐 輪 場 に は 囲 い を 設 け た 。 監 視 カ メ ラ に,あ
ー ダ ー とサ
る 女 性 従 業 員 が,
カ ッ タ ー ナ イ フ で リー ダ ー の 自転 車 を パ ン ク さ せ て い る 姿 が 映 っ て い た 。 そ
こ で,こ
A社
の 女 性 従 業 員 を解 雇 した こ と もあ る。
の 日 本 人 マ ネ ジ ャ ー に よ れ ば,以
て い る が,企
上 の よ う な動 機 づ け の 方 法 を と っ
業 文 化 の 浸 透 に よ る 動 機 づ け は,か
人 マ ネ ジ ャ ー は,口
な り 難 し い 。A社
を 揃 え て 次 の よ う に 表 現 を 変 え て 言 う。
・「日 系 の 自動 車 メ ー カ ー さ ん で 働 い て い る 中 国 人 は ,み
よ 。T社
もH社
の 日本
ん な似 て い ます
も 。 社 風 は 浸 透 し に くい で す 」
・「社 風 は 染 み つ か な い で す 。 ワ ー カ ー ク ラ ス は ,1年
契 約 で す か ら」
・「社 風 は 現 地 従 業 員 に は 落 ち ま せ ん 」
・「ワ ー カ ー ク ラ ス に 社 風 を 浸 透 さ せ る の は 無 理 で す 」
・「ビ ジ ョ ン の 浸 透 は 無 理 で す ね 」
上 の コ メ ン トか ら,日
較 的,浸
本 人 労 働 者 の 場 合,全
て の 階 層 に わ た り,社
透 して い る と い う こ と が 分 か る 。 そ れ は,短
風が比
期 的 な契 約 で は な い終
身 雇 用 が も た ら す 長 期 的 な信 頼 関 係 に 価 値 を 置 い て き た 日本 企 業 の 文 化 と 関
係 が あ る。
本 社 と 同 じ よ う な 考 え 方,価
る 動 機 づ け は,T社
やH社
信 念 を ス タ ッフ に浸 透 さ せ る こ と によ
の み な らず,A社
本 人 マ ネ ジ ャ ー は 主 張 す る。
194(368)
値観
で も 困 難 で あ る と,A社
の 日
中国進 出 日本 企業におけ る中国人従業員の モチベ ーシ ョンの向上 と維 持
次 に,上 で 挙 げ た 動 機 づ け と関 連 の あ る管 理 方 法 に つ い て以 下 で み て い こ
う。
一 般 に,日 系 企 業 の就 業 細 則 には,罰 金 規 定 や 解 雇 の場 合,対 象 とな る行
為 や行 動 につ い て の規 程 が あ る。
大 連 で ダ ンボ ー ル を製 造 して い る 日系 企 業B社
で は,工
場 内で唾を吐 い
た り,禁 煙 場 所 以 外 で 喫 煙 を した り,寮 の 門 限 を 破 っ た場 合 は,50人
民元
の 罰 金 が 課 せ られ る。 喧 嘩 を した 場合 は,即 時 に,解 雇 に して い る。
B社 総経 理 は,モ
チベ ー シ ョ ンに 関 して,一 般 ワー カー と ス タ ッ フを 区別
して 考 え て い る。 労 働 人 口 が豊 富 で交 代要 員 が い る一 般 ワー カ ー に は,労 働
の 対 価 と して 給 料,食 事,住 居 を 提供 して お り,モ チ ベ ー シ ョ ンは期 待 して
い な い 。一 方,ス
タ ッフ に 関 して は,① 役 職 な らび に 仕 事 の 内 容,② 給 料,
③ 会 社 にお け る本 人 の将 来 像 の3点 に 重 点 を 置 き な が ら,モ チベ ー シ ョ ンの
向上 に取 り組 ん で い る。B社 総 経 理 によ れ ば,中 国人 ス タ ッ フと 日頃 の コ ミュ
ニ ケ ー シ ョンが で き て い れ ば,他 社 か ら① と② の 面 で 良 い 条 件 を 示 され て も
断 るが,そ
うで な い と直 ち に転 職 して しま う傾 向 が あ る。A社
と 同様,期
待 して い る ス タ ッフ に は 日本 本 社 や 中 国 国 内 で の研 修 に 参 加 させ た り,彼 等
の ス キ ル の 向上 の 機 会 を 与 え て い る。
大 連 で 携 帯 電 話 部 品 を 生 産 して い るC社
(2002年),中
の 副 総 経 理 の 場 合,調
査 当時
国人 従 業 員 の モ チベ ー シ ョ ンが 低 い とい う問 題 に 直 面 して い
た。 彼 の と った モ チベ ー シ ョ ン向上 の対 策 は,合 理 化 提 案 の 導 入 で あ る。 中
国人 従 業員 に職 場 の 改善 につ いて 提 案 を求 め る と い う もの で あ る。 過 去 の 実
績 に よ れ ば,実
に,年 間 約3,000件
に も上 る改 善 案 が寄 せ られ た。 そ の 中か
ら,担 当事 務 局 の 中 国 人 ス タ ッフが 優 秀 な提 案 を選 りす ぐ り,そ れ らを 日本
語 に訳 す。 最 終 的 な 決定 は,部 課 長 が 出席 す る会 議 で な さ れ,激 励 賞,建 設
賞,合 理 賞,革 新 賞,成
果 賞 の 各 賞 に選 ばれ た 提 案 を した従 業 員 が 表 彰 され
る。 副 総 経 理 は,率 先 垂 範 して合 理 化 提 案 の 会 議 に 出席 して い る。 とい うの
(369)195
政経論叢
第73巻第3・4号
は,中 国人 マ ネ ジ ャー 達 に合 理 化 提 案 を 重 視 して い る とい うメ ッセ ー ジを送
りた い か らで あ る。
以 上 は,功 が あ れ ば 約 束通 り賞 を与 え,罪 が あ れ ば 必 ず 罰 す とい う 「信 賞
必 罰 」 に よ る動 機 づ け で あ る。 言 い換 え れ ば,善 悪 を 明 確 にす る管 理 方 法 で
あ る。
ヒア リ ング を した 中 国人 の課 長 の1人 は,口 頭 で は 効 果 が な く,罰 金 を課
す方 法 が 中 国人 に は有 効 で あ る と主 張 し,上 記 の 管理 方 法 を支 持 した。 他方,
日本 の コ ンサ ル タ ン ト会 社 で,中 国 に進 出す る 日本 企 業 を対 象 に 経 営 支 援 を
行 って い る中 国 人 ア ドバ イザ ー は,合 弁 企 業 設 立 を予 定 して い る中 小 企 業 の
社 長 に対 し,中 国 人 従 業 員 の 動 機 づ け と して,「 縛 り」,即 ち,ル ー ル に よ る
強 制 と い う手 法 を挙 げ た。 この 中 国人 ア ドバ イザ ー も詳 細 な ル ー ル に よ って,
中国 人 の現 地 従 業 員 を縛 り,抑 圧 した 中 で 動 機 づ け を行 うの が効 果 的 で あ る
と考 え て い るポ
ミ ッ シ ョ ン(使 命),ビ
ジ ョン,ス
ピ リ ッ トの 浸 透 の メ リ ッ トに は,文 化
的背 景 の相 違 に もか か わ らず,共 通 の 価 値 観 や信 念 を持 って い る こ と に よ り,
業 務 が容 易 に な る と い う大 き な メ リ ッ トが あ る。 日系 自動 車 メ ー カー の 中 に,
そ の企 業 が 重 視 す る考 え 方,価 値 観,信 念 を ウ ェイ とい う形 で整 理 し,そ の
浸 透 を 図 って い る企 業 が あ る。 そ の 企 業 の トップ は,文 化 的 背景 の 異 な る現
地 の トップ も,本 社 と同 じ考 え 方,価 値 観,信 念 を持 って意 思 決 定 して 欲 し
い と望 ん で い る。A社
の 日本 人 マ ネ ジ ャ ー の1人
も,本 社 の 日本 人 と 同 じ
考 え 方 や 価 値 観 を 持 って意 思 決 定 す る現 地 従 業 員 を育 て た い と言 う。 しか し,
彼 は,中 国 人 の現 地 従 業 員 に 価値 観 や信 念 を 浸 透 させ る こ と は,相 当 困難 で
あ る と認 め て い る。
価 値観,信 念,ス
ピ リ ッ トの 浸透 に よ る動 機 づ けの手 法 は,日 系 企 業 に と っ
て か な り難 しい。 で は,こ れ らを浸 透 させ るた め の 方 法 はな いだ ろ うか 。
196(370)
中国進 出日本企業 における中国人従業員のモチベー シ ョンの向上 と維持
第1は,そ
の企 業 が尊 重 す る価 値 観,信 念,ス
ピ リ ッ トに基 づ い た行 動 を
した現 地 従 業 員 を評 価 す る仕 組 み を 作 る必 要 が あ る。 その 要 と して,そ
業 が重 視 す る価 値観,信 念
の企
ス ピ リ ッ トを反 映 した項 目を 人事 評 価 に入 れ る。
例 え ば,協 働 を重 視 す る組 織 な ら ば,「 自部 署 内 の メ ンバ ー と成 功 事 例 や失
敗 事 例 の 共 有 化 を 図 っ て い るか 」 「関 連 部 署 の メ ンバ ー に も成 功 事 例 や失 敗
事 例 を 紹 介 し,有 益 な 情 報 や 意 見 の 交 換 を積 極 的 に行 って い る か」 とい った
評 価項 目が あ る。
第2は,価
値 観,信 念,ス
ピ リ ッ トを浸 透 させ るた め の フ ァ シ リテ ー シ ョ
ン ・チ ー ムを本 社 内 に作 り,現 地 で浸 透 度 の調 査 を実 施 す る方法 が あ る。 フ ァ
シ リテ ー シ ョ ン ・チ ー ム は,ト ップ に浸 透 度 を 報 告 し,そ れ が 低 い場 合 には,
そ の 対 策 を練 る。
第3は,現
念,ス
地 の トップ や現 地 従 業 員 の 直属 の上 司 が,現 地語 で 価 値 観
ピ リ ッ トを説 明 で き,ス
信
ピー チ や 会話 の 中 にそ れ らを散 りば め る。 片
言 や 下 手 な現 地 語 で も構 わ な い の で,ト
ップが 価 値 観
信 念,ス
ピ リ ッ トの
浸 透 に真 剣 に取 り組 ん で い る とい う姿 勢 を 現 地 従 業 員 に示 す べ きで あ る。
第4は,現
地 の トッ プや 現地 従 業 員 の 直 属 の上 司 は,価 値 観,信 念,ス
ピ
リ ッ トと一 致 した行 動 を と る。 例 え ば,事 例2で 紹 介 す る総 経 理 に は,価 値
観 と行 動 の一 致 を 見 る こ とが で き る。
第5は,社
内報 に価 値 観,信 念,ス
ピ リ ッ トに 関す る説 明 を掲 載 す る。 ま
た,そ れ らに 触 れ た 経 営 陣 や 従 業 員 の肯 定 的 な コ メ ン トを掲 載 す る。
少 な くと も,以 上 の5点
が,継 続 して実 施 され て い な け れ ば,文 化 的 背 景
の異 な る現地 従 業 員 に は,そ の企 業 が重 複 す る価 値 観,信 念,ス
ピ リ ッ トは
浸 透 しな い。
叱 責 に関 して は,先 に述 べ た よ うに,中 国 人 従 業 員 を 面 前 で 叱 る と,彼
ら
の モ チベ ー シ ョ ンが低 下 す るの で 注意 を 要 す る。 彼 らの 面 子 を 保 つ た め に,
面 前 で 叱 責 せ ず に個 室 で行 う。 あ るい は,叱 責 を しな いで 提 案 す る形 で 中 国
(371)197
政経論叢
第73巻第3。4号
人 従 業 員 を動 機 づ け るの も賢 明 な方 法 で あ る。
漸 江 省 で 家 電 用 ワ イ ヤ ー ハ ー ネ ス を 生 産 して い る 日系 企 業D社
の副 総 経
理 は,指 示 命 令 した資 料 を作 成 して こな か った 中 国 人 部 下 に 対 し,面 前 で 人
差 し指 を 使 って 叱 責 した。 叱 責 さ れ た部 下 は,副 総 経 理 に 涙 を 流 しな が ら反
論 した。
面 前 で の 叱 責 は,部 下 の モ チベ ー シ ョ ンの低 下 に止 ま らず,人 間 関係 を崩
壊 させ て し ま う危 険 性 を 含 ん で い るの で 回 避 しな け れ ば な らな い。 個 室 に 呼
ん で叱 責 な い し提 案 す る形 を と るの が 賢 明 な 方 法 で あ る。
優 越 感 に つ い て も述 べ る必 要 が あ る。 言 う まで も な く,中 国 人 従 業 員 を見
下 した態 度 を とれ ば,負 の方 向 へ 動機 づ け て しまい,生 産 性 の 低 下 を招 く。
自文 化 中心 主 義 的 な 態度,ス
テ レオ タ イ プ(固 定 観 念)を
も った 見 方,偏 見
の あ る態 度,差 別 的 な行 動 は,効 果 的 な異 文 化 間 コ ミュニ ケ ー シ ョ ンに対 す
る阻 害 要 因 とな り,相 手 を負 の方 向 へ動 機 づ け て し ま う可 能 性 を 含 ん で い る
の で 留 意 しな けれ ば な らない 。
特 に,日
中 関 係 に は,「 過 去 の歴 史 」 とい う厄 介 な 問題 が 存 在 す る。 日本
経済 新 聞 社 の 日本 と 中国 の ビ ジネ ス マ ンを対 象 に行 った ア ンケ ー ト調 査 ω で
は,歴 史 問 題 に つ い て,「 ビ ジネ ス へ の 影 響 が な くな って い る」 と 日本 人 の
回答 者 の約6%が
答 え てい る の に対 し,中 国人 で は,そ の 数 は,13%で
「今 よ り改 善 さ れ るが 影 響 は 残 る」 と回 答 した 中 国 人 は,実 に,69%に
あ り,
及ん
だ。 あ る 日本 人 出 張 者 は,杭 州 を 訪 問 した 際,今 だ に 「日本 鬼 子 」 とい う言
葉 が 存 在 して い るの に驚 いて い る。 ど この 国 で あれ,現 地 従 業 員 に対 す る優
越 的 な態 度 は,動 機 づ けの面 か らい う と,逆 効 果 を 生 み やす い の で あ る が,
中国 の場 合 は,特 に,両 国 の特 殊 の 事 情 か ら,タ ブ ーの 一 つ で あ る。
余 談 で は あ る が,日 系 企業 の 中 国 人 マ ネ ジ ャー か ら調 査 の 中で 興 味 深 い話
を聞 い た の で,紹 介 しよ う。
こ の中 国 人 マ ネ ジ ャー に よれ ば,彼 女 が 中国 人 の 業者 と価 格 交 渉 をす る と,
198(372)
中国進出 日本企業 における中国人従業員 のモチベー シ ョンの向上 と維持
中 国 人 の 業 者 は,歴 史 問 題 を取 り出 し,彼 女 を 説 得 しよ う と した。 しか し,
日系企 業 に 勤 め る この 中 国 人 マ ネ ジ ャー は,そ の よ うな 中 国 人 と 出会 う と失
笑 を 禁 じ得 な い と言 う。 と い うの も,日 系 企 業 は,雇 用 契 約 を 遵 守 す るが,
一 般 に ,交 渉 中 の 地 元 企 業 は,残 業 代 を支 払 わ な い ど こ ろか,給 料 さえ も支
払 わ な い な ど,悪 辣 な 経 営 で 知 られ て い るか らで あ る。
リウ(c.Liu)等
は,日 本 人 マ ネ ジ ャー に対 す る歴 史 的 な不 信 が 存 在 す る
中 で,ど の よ うな リー ダ ー シ ップ が効 果 的 か につ い て述 べ て い るω。 彼 等 に
よ れ ば,中 国 人 従業 員 は,日 本 人 マネ ジ ャー と協 力 的 な 目標 を持 って い る と
信 じて い る時 や,相 互 に 利益 を も た らす こ とに対 して は,彼 等 の 能力 を 活 用
す る傾 向 が あ る。 中 国 人 従 業 員 は,中 国人 マ ネ ジ ャー に 対 して も同様 の 行 動
をす る。
つ ま り,歴 史 問題 が存 在 す る中 で,日 本 人 マ ネ ジ ャー が で き る こ とは,①
中 国人 従 業 員 に 優越 的 な 態 度 を と らな い こ と,② 中 国人 従 業 員 と協 働 しな が
ら達 成 す る 目標 を設 定 す る こ と,③ 目標 の 達 成 が双 方 に と って有 益 で あ るよ
う にす る こ とで あ る。 リウ等 が,協 働 は知 性 や 感 情 の面 で チ ャ レ ン ジ ン グで
あ る と述 べ て い る通 り(3),確か に中 国 人 従業 員 との コ ラボ レー ト(協 働)は,
日本 人 マ ネ ジ ャー に と って チ ャ レ ンジ ングで あ る。 それ は,事 例1か
ら も明
らか で あ る。 上 記 の3点 は,中 国 人 従 業 員 を動 機 づ け る 際,鍵 に な る点 で あ
る と強 調 して お き た い。
ワ ン(Y.Wang)は,中
国 の 国 営 企 業 と外 資 系 企 業 で 働 く従 業 員 を 対 象
に コ ミッ トメ ン トにつ い て調 査 を 行 っ たω。 彼 の調 査 に よれ ば,国 営 企 業 で
働 い て い る 中国 人 従 業 員 は,外 資 系 企 業 で 働 い て い る 中 国人 従 業 員 よ り も受
動 的 な い し継 続 的 コ ミッ トメ ン トが 強 い。 国 営 企 業 で働 い て い る 中 国人 従 業
員 は,失 業 を恐 れ て い る が,現 在 の 会 社 で 最 大 限 の努 力 を しな い。 彼 等 は会
社 に貢 献 しよ う とい う意 識 が薄 い が,組 織 に留 ま ろ うと して い る。 そ の意 味
で,「 ぶ ら下 が り組 み 」 と表 現 で き る。
(373)199
政経論 叢
第73巻第3・4号
一 方 ,ワ ンに よれ ば,外 資 系 企 業 に勤 め て い る 中 国人 従 業 員 は,国 営 企 業
に勤 め て い る 中 国人 従 業 員 よ り も価 値 観 に よ る コ ミ ッ トメ ン トが高 い⑤。 外
資 系企 業 で は,会 社 に対 す る貢 献 が大 き け れ ば評 価 も高 くな る,従 業 員 の 行
動 は厳 しい ル ー ル に よ って抑 制 さ れ る,と い う特 徴 が 存在 して い る。
で は,何 故,米 系 企 業 で は ビジ ョ ンや経 営理 念 に現 れ た価 値観 を現 地 従 業
員 に浸 透 させ る こ と が,日 系 企 業 ほ ど困難 で は な い の だ ろ うか。
そ れ は,中 国 の優 秀 な人 材 や指 導 者 の子 弟達 が 米 国 の 大学 に 留 学 し,そ の
後,中 国 に戻 り米 国 系企 業 に就 職 し,米 国 企 業 を 支 え て い る こ と と無 関 係 で
は な い(6)。彼 等 は,米 国 的 な 考 え 方,や
り方,価 値 観 を理 解 し,組 織 の 中 で
そ れ に基 づ い た行 動 を とる と考 え られ る。 他 に も,日 本 人,中 国 人,米 国 人
の3者
の 中 で は,文 化 的 に 自律性 の 程 度 が,日 本 人 が 相 対 的 に低 い。
一 方 ,日 本 の大 学 に 留 学 し,中 国 に戻 り日本 企 業 に就 職 した 中国 人 の 中 に
は,日 本 的 な価 値観 や や り方 は,馴 染 ま な い もの と して捉 え て い る者 が い る。
例 え ば,そ れ に は,品 質,作 業 標 準 書,「 報 ・連 ・相 」 等,経
営 上,日 本 人
が必 須 と して い る もの が 含 まれ る。 これ につ いて は,後 で 述 べ る。
上 で は,日 本 人 マ ネ ジ ャー に焦 点 を 当 てて い る が,以 下 は,中 国人 従 業 員
が 日本 人上 司 と仕 事 を して,ど の よ うな点 が や りに くい の か,具 体 的 な場 面
を 挙 げ て も ら った の で紹 介 しよ う。
A社 の 中 国 人 の 課 長 の1人
は,日 本 人 上 司 との コ ミュニ ケ ー シ ョ ンで 困
難 に直 面 した例 を挙 げ た。
例 え ば,ワ ー カ ー の 教育 水 準 が低 い た め に,日 本 人 上 司 の 指 示 を 中国 語 に
訳 して も,ワ ー カ ー が 理解 で き な い 場 合 が あ る。 役 人(中 国 人)が
間接 的 な
表 現 を使 い な が ら,賄 賂 を 要 求 して い る場 合,ど の よ うに して 訳 せ ば よ い の
か分 か らな い場 合 も あ る。
ま た,電 力 不 足 に関 して 日本 人 上 司 と の間 に問 題 が生 じて い る。 電力 の供
200`(374)
中国進 出 日本企業 における中国人 従業員のモチベ ーシ ョンの向上 と維 持
給 が,当 然,途
絶 え て しま う。 日本 人 上 司 は,「 何 故,突 然 停 電 して しま う
の か」 と中 国 人 の課 長 に質 問 をす る。 返 事 に 困 って い る と 「聞 け ば分 か る こ
とで は な い か 」 と 日本 人 上 司 は言 う。 この 中 国人 の 課長 に よれ ば,停 電 が生
産 に影 響 を与 え るの で,外 資 系 企 業 に と って大 き な 問題 で あ る と い う認 識 は
役 人 に は な い。 役人 は,電 力 に関 す る情 報 を流 さな い の で,日 本 人 上 司 か ら
そ の件 で責 め られ る と困 惑 す る。
さ らに,部 品 の入 手 に 関 して も同 様 の 問 題 が 生 じて い る。 日本 人 上 司 は,
「い つ部 品 が 入 って くる のか 」 と質 問 し,電 力 不 足 の 問 題 の 場 合 と 同様,「 役
所 に 聞 けば 分 か る で は な い か」 と言 う。 しか し,税 関 の 担 当者 は,納 期 に 関
し曖 昧 な 返 事 を す る だ け で あ る。 そ こで,中 国 人 の 課 長 が 問 い た だす と,税
関 の 担 当者 は 決 ま っ て,「 あ した」 「あ した 」 「あ した」 と返 事 を す る だ け で
あ る。 この言 葉 を 耳 にた こが で き る ほ ど聞 か さ れ て い る 中国 人 の 課 長 は,税
関 の担 当者 を 「あ した の ジ ョー」 と呼 ん で い る。 この 中 国人 の 課長 は,税 関
と 日本 人 上 司 との 板 ば さみ にな って い る。
以 上 は,日 本 人 上 司 と中 国 人 の 課 長 の コ ミュニ ケ ー シ ョンが 噛 み合 って お
らず,そ
の点 が課 長 の意 欲 を殺 ぐ要 因 にな って い る例 で あ る。
こ こ で2点,中
第1点
A社
は,ア
国 人 従 業 員 の モ チ ベ ー シ ョ ンの 向 上 に 関 して 付 け 加 え た い 。
イ コ ン タ ク ト(視 線 の 一 致)で
あ る。
の あ る 部 署 の 朝 礼 を 行 っ て い る 日本 人 上 司 を 観 察 して,一
た こ と が あ っ た 。 彼 は,中
を と っ て い た が,通
つ気づ い
国 人 の通 訳 を通 じて部 下 達 と コ ミュニ ケ ー シ ョ ン
訳 と ア イ コ ン タ ク トを し て,肝
心 の部 下達 とは ア イ コ ン
タ ク トを し て い な か っ た 。 メ ッセ ー ジ の 送 信 者 で あ る 日本 人 上 司 は,通
ア イ コ ン タ ク トを と る の で は な く,受
訳 と
信 者 で あ る 部 下 達 と ア イ コ ン タ ク トを
と ら な け れ ば な らな い。 コ ミュニ ケ ー シ ョ ンを通 じて 中 国人 の 部下 達 の モ チ
ベ ー シ ョ ン を 向 上 させ る に は,ア
(375)201
イ コ ン タ ク トが 欠 か せ な い 。 些 細 な こ と の
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第73巻第3・4号
よ う に思 え るか も しれ な いが,こ れ は 通訳 を通 じた コ ミュニ ケ ー シ ョ ンの 基
本 で あ る。
第2点
は,人 事 評 価 に おい て,明 確 で 具 体 的 な 基 準 を設 け るこ とで あ る。
個 人 の達 成 や 評 価 に価 値 を 置 く文 化 で は,チ ー ム に よ る達 成 や評 価 を 重 視
す る文 化 と は異 な り,基 準 は 明確 で 具 体 的 で な け れ ば な ら な い。A社
引 を し て い る 日系 企 業E社
と取
で も,不 明確 な 評 価 基 準 は 中 国 人 従 業 員 の モ チ
ベ ー シ ョンを 低 下 させ る との 理 由か ら,総 経 理 が 評 価 基 準 を作 り直 した 。 そ
の背 景 に は,中 国 人 従 業 員 が 給 料 を見 せ 合 い,不 平 不 満 を言 う とい う問 題 が
あ った。
この 日系 企 業E社
の 総 経 理 は,給 料 を 決 定 す る た め の 項 目を 数 値 化 して
い る。 例 え ば,給 料 に関 して い え ば,健 康 な体 で あ れ ば100人 民 元,発 展 途
上 国 の 高 校 を卒 業 した 場 合 は300人
1,500人 民 元,10代
民元,先
進 国 の 大 学 を 卒 業 した場 合 は
で 海 外 留 学 した 場 合 は500人 民 元,日
本 の本 社 で 研 修 を
受 け た 場 合 は300人 民 元 な ど で あ る。 能 力 給 に 関 して は,日 本 語 の 日常 会 話
が で き る場 合 は200人 民 元,日 本 語 の検 定 の資 格 を 持 って い る場 合 は400人
民 元,ネ
イ テ ィ ブ レベ ル の 日本 語 が で き る場 合 は1,000人 民 元,日
企 業 に6ヵ 月 以 上 勤 務 した こ とが あ る場 合 は200人
本 で 日本
民 元 が,基 本 給 に加 算 さ
れ る。 この よ うに,数 値 で示 し,給 料 に不 平不 満 を 言 う中国 人 の現 地 従 業 員
を 説 得 して い る。
給 料 と人 脈 を巡 って,こ の 日系 企 業E社
で生 じた 出 来事 を紹 介 した い。
中国 社 会 は人 脈 が 評 価 され る社 会 で あ る と言 わ れ る。 あ る 問題 が生 じた 時
に,中 国人 の ス タ ッフが 税 関 の 友 人 を オ フ ィ ス に呼 ん で き て,総 経理 に 紹 介
した。 この ス タ ッフは,自 分 の人 脈 を 総経 理 に 印象 づ け よ う と した 。 しか し,
総 経 理 は ス タ ッフの 人 脈 を使 わ な い よ う に して い る。 とい うの は,人 事 評 価
の 際 に,給 料 を 上 げ る材 料 に な って しま うか らで あ る。
さ ら に,も う一 点 加 え てみ た い。
202(376)
中国進出 日本企業 における中国人従業員 のモチベー ションの向上 と維持
この 日系 企 業E社
で は,日 本 に留 学 経 験 の あ る 中 国人 の課 長 ク ラ ス と,
留 学 経 験 の な い 他 の 中国 人 ス タ ッフ の 間 に軋 蝶 が生 じて い る。 留 学 経 験 の な
い 中 国 人 ス タ ッフが,留 学 経 験 の あ る 中 国人 の課 長 の 日本人 に対 す る接 し方
を 観 察 して,「 何 故,日
本 人 に そ ん な に卑 屈 な 態 度 を と るの か 」 と言 うの で
あ る。 総 経理 に よれ ば,留 学 経 験 の な い 中 国人 ス タ ッフ は,中 国 人 の 課 長 の
指示 命 令 に従 わな い場 合 が あ り,中 国 人 の課 長 は,日 本人 上 司 と 中国人 ス タ ッ
フ の板 ば さみ に な って い る。
「中 国人 は偉 大 で あ る の に,ど
う して,日 本 人 よ りも給 料 が 低 いの か,疑
問 に思 って い る よ うで す 。(日 本 に留 学 経 験 の あ る中 国 人 の)課 長 は,他 の
中 国人 の ス タ ッ フか ら尊 敬 され て い ませ ん 」
E社 総 経理 は言 う。
こ れ で は,こ の 中 国人 課 長 は,部 下 を 動 機 づ け る こ と はで き な い。
次 に,A社
と は 異 な る マ ネ ジ メ ン トを し て い るF社
を 紹 介 し て み よ う。
事 例2
上 で み て き た よ う に,一
般 に 中 国 に 進 出 し て い る 日系 企 業 で はA社
う に,「 信 賞 必 罰 」 の マ ネ ジ メ ン トを 行 っ て い る 。 し か し,こ
の よ
れ に 対 し疑 問
を呈 す る声 も あ る。
軍 用 の バ ッ ク ミ ラ ー を 中 国 で 生 産 して い るF社
す る前 に,コ
の 総 経 理 は,中
国に赴任
ン サ ル タ ン トか ら罰 に よ る 管 理 を 勧 め ら れ た 。 しか し,こ
の総
経 理 は そ の よ うな 管 理 方 法 を とっ て い な い。
「罰 金 は モ チ ベ ー シ ョ ンに は つ な が らな いの で,罰 金 を と って い ま せ ん」
(377)203
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正 確 に言 え ば,罰 は 強制 的 動 機 づ け で あ り動機 づ け に は な る が,能 動 的 な
らび に 自発 的 動 機 づ け で は な い。 人 工 的 に 強 要 され る こ と に よ っ て動 機 づ け
られ るの で あ る。 仕 方 な く強 要 され た よ うに 行動 を す る。 あ る い は,行 動 を
や め るの で,否 定 的動 機 づ け とい え る。
F社 で は,罰 で はな く,賞 の みを 与 え て い る。 そ の 代 表 例 の 一 つ に総 経 理
賞 が あ る。 第1回
目の 受 賞者 は,48歳
の 掃 除担 当 のパ ー ト勤 務 の社 員 で あ っ
た。 彼 女 は,目 に一 丁 字 もな い が,笑 顔 で他 の社 員 や 顧 客 に挨 拶 をす る。 総
経理 は,特 に,社 員 が お客 様 に対 して,笑 顔 の挨 拶 を す る こ と を強 く望 ん で
い る。 月 給500人
この よ う に,F社
民 元 の彼 女 は,総 経 理 賞 と して100人
長 元 を 得 た。
は能 動 的,自 発 的,肯 定 的 な モ チ ベ ー シ ョ ンに焦 点 を 当
て た 管 理 方 法 を と って い る。
「(中国 人 従 業 員 が)間 違 った行 動 を と るの は,単
に知 らな い場 合 が 多 い で
す。 教 え て も ら って い な いか ら,ど う して い い の か 分 か らな い の です 。 例 え
ば,挨 拶 や 協 働 作 業 が何 た る か を知 らな い の で す」
F社 総 経 理 は,忍 耐 強 く人 材 を育 て て い く必 要 性 を 繰 り返 し強 調 す る。 罰
金 に よ る強 制 的 な行 動 の是 正 は,安 易 な方 法 に 映 って い る。
第2に,会
社 の 中 で,総 経 理 は,父 親 の よ うな 役 割 を 引 き受 け て い る。
F社 が 進 出 して い る市 に は,係 長 ク ラ ス で月 給 を1,500人 民 元 と り,F社
の そ れ よ り も200人 民 元 高 い企 業 が あ るが,F社
い。F社
の 係 長 ク ラ ス は転 職 を しな
で は,総 経 理 は,中 国 人 従 業 員 に と って 父 親 的 な 存 在 で,父 親 の役
割 を 果 た し,現 地 従 業 員 か ら尊 敬 さ れ て い る。 地 縁 や 血 縁 を重 視 して い る 中
国 人 従 業 員 の モ チ ベ ー シ ョンの 向上 と維 持 を 考 え る上 で,筆 者 は,特 に,こ
の 点 に注 目 した。
F社 で は,こ の 総 経 理 は,プ ラ イ ベ ー トな事 柄 で も,従 業 員 の相 談 に の っ
204(378)
中 国進 出 日本 企 業 に お け る中 国 人 従 業 員 の モ チベ ー シ ョ ンの 向上 と維 持
た り,懇 切 に 指 導 を し た り して い る。 こ の 父 親 的 な マ ネ ジ メ ン トは,リ
ーダ ー
シ ッ プ と絡 め て 後 述 す る。
第3に,将
来 に 対 す るイ メー ジづ く りを積 極 的 に行 って い る。
現 在,中
国 人 従 業 員 に,彼
等 自 身 の 将 来 像 を 描 く よ う に 導 い て い る 。F社
の こ の 総 経 理 は,「 将 来 を 予 想 さ せ る 指 導 」 を 行 っ て い る と言 う。
例 え ば,中
・総 経 理
国人 従 業 員 と以 下 の よ うな コ ミュニ ケ ー シ ョ ンを と っ て い る。
「中 国 の 自動 車 産 業 は こ れ か ら ど う な る か な 」
・中 国 人 従 業 員
・総 経 理
「成 長 す る と 思 い ま す 」
「自動 車 産 業 が 発 展 し て い る 時 に ,技
術 を 学 ん で お く必 要 は な い
か な」
・中 国 人 従 業 員
「あ る と思 い ま す 」
F社 総 経 理 は,コ
正 に,コ
ー チ(総
ー チ ン グ と い う言 葉 を 一 言 も使 用 し な か っ た が,こ
経 理)と
コ ー チ ン グ を 受 け る コ ー チ ー(中
コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ンで あ る 。 コ ー チ は,命
れ は,
国 人 従 業 員)の
令 者 で は な く,効 果 的 に 質 問 を し,
コ ー チ ー に 気 づ か せ る 手 法 を と る。 こ れ は,コ
ー チ ー を 動 機 づ け る コ ミュニ
ケ ー シ ョ ンで あ る 。
将 来 像 と 個 人 の 利 益 を 絡 め た コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン の 繰 り 返 し も,中
業 員 の モ チ ベ ー シ ョ ン の 向 上 と維 持 に 効 果 的 で あ る。 例 え ば,F社
国人従
の総経理
は 以 下 の よ うな 言 い方 を用 いて い る。
・「T社 の 生 産 方 式 を 学 べ る」
・「今 よ り も も っ と豊 か な 生 活 が 待 っ て い る 」
・「技 術 を 覚 え る こ と が 将 来 の 自 分 の た め に な る 」
・「お 金 を も ら い な が ら覚 え ら れ る 」
第4に,成
長 や 発 展 を 目 に み え る 形 で 提 示 して い る 。
成 長 し た 中 国 人 従 業 員 の 給 料 を 上 げ,失
こ れ がF社
(379)205
の 管 理 方 法 で あ る 。F社
敗 した従 業 員 の給 料 は下 げ な い。
に は,月
給800人
長 元 で 雇 用 した従 業
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員 が,1年
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半 で 経 理 課 長 に 昇 格 し,給 料 が4倍
に な っ た例 が あ る。
第5に,経
営 理 念 の 浸 透 に よ る 動 機 づ け を して い る 。
F社
営 理 念 に,孔
は,経
信 」 を 掲 げ て い る 。F社
子 が 提 唱 し た 道 徳 概 念 で あ る 「仁 ・義 ・礼 ・智 ・
の 総 経 理 は,こ
れ ら の 概 念 を 行 動 と 結 び つ け て,中
国 人 従 業 員 に 理 解 さ せ て い る 。 例 え ば,あ
を せ ず に,錆
る 中 国 人 従 業 員 が,適
と り の 作 業 を し て い た 。.そ こ で,彼
能 性 が あ る の に も か か わ ら ず,そ
の 上 司 に,錆
切 なマス ク
が 体 に入 る可
の よ う な 仕 事 を し た い か 否 か 尋 ね た 。 自分
が や り た く な い 仕 事 を 部 下 に や ら せ る べ き で は な い と い う こ と に 気 づ か せ,
部 下 に 対 し て 思 い や り を 持 っ て 接 す る(仁)よ
第6に,参
F社
は,検
加 型 の マ ネ ジ メ ン トを 行 っ て い る 。
の 工 場 の 中 に は,日
本 か らの輸 入 品 の 検査 を 行 な う部 屋 が あ る。 当初
査 室 の 建 築 を 外 注 す る 予 定 で,見
と 提 示 さ れ た 。 中 国 人 従 業 員 達 は,そ
中 国 人 従 業 員 達 に,こ
は,自
う に促 した。
積 も り を と っ た と こ ろ,1万
の 額 を 不 当 に 高 い と 感 じ た 。 そ こ で,
の 検 査 室 の 建 築 を 任 せ る こ と に した 。 中 国 人 従 業 員 達
分 達 で そ の 部 屋 を 設 計 し,5,000人
そ の 部 屋 を 見 せ て も ら っ た が,実
が な か っ た 。 ドア ー も な く,ビ
民 元 で 作 り上 げ た 。
に 簡 素 で,2,3人
で 作 業 を行 う広 さ し
ニ ー ル 製 の 間 仕 切 りが 掛 け て あ っ た 。 しか し,
そ こ で 軍 用 の バ ッ ク ミ ラ ー を 検 査 して い た 作 業 員 の 表 情 は,実
参 加 が,彼
人民元
に 明 る か っ た。
女 等 の モ チ ベ ー シ ョ ン を 向 上 さ せ た こ と は 明 らか だ っ た 。
因 み に,こ
の 部 屋 は,倉
庫 の 一 角 に 新 設 さ れ た の で あ る が,そ
こ だ け,製
造 部 と 同 様 に エ ア ・ コ ン デ ィ シ ョ ナ ー が 設 置 さ れ て い た 。 そ の エ ア ・コ ンデ ィ
シ ョ ナ ー は,検
査 作 業 に お け る ミス を 防 止 す る た め に,総
経 理 室 か ら移 設 さ
れ た もの で あ った 。
こ の 総 経 理 の 決 定 は,二
そ の1は,検
の2は,総
206(380)
査,即
ち,品
つ の 重 要 な メ ッセー ジを 中国 人 従 業 員 に伝 え た。
質 管 理 が 重 要 な 作 業 で あ る と い う メ ッ セ ー ジ,そ
経 理 が 中 国 人 従 業 員 に 配 慮 を して い る と い う メ ッ セ ー ジ で あ る。
中 国進 出 日本 企 業 に お け る中 国 人 従 業 員 の モ チ ベ ー シ ョ ンの 向上 と維 持
そ れ ら が 従 業 員 に 高 い 意 欲 を 与 え た の も事 実 で あ る。
中 国 に 限 ら ず,参
ば,米
加 は,現
地 従 業 員 の モ チ ベ ー シ ョ ン の 向 上 を 導 く。 例 え
国 に 進 出 して い る あ る 日系 の 自 動 車 部 品 メ ー カ ー で は,現
部 下 に,ポ
ロ シ ャ ツ の デ ザ イ ン を さ せ,そ
る。 こ の こ と は,一
カ ー で は,ユ
A社
地従業員の
れ を ユ ニ ホ ー ム と し て 支 給 して い
読 して 何 の こ と も な い よ う に 思 わ れ る が,あ
る 日系 の メ ー
ニ ホ ー ム の 着 用 に 失 敗 し て い る。
で も実 施 して い た が,小
で は,現
在,14チ
選 び,本
社 が3チ
集 団 活 動 や 本 社 研 修 も参 加 と い え よ う。F社
ー ム が 競 い 合 っ て い る 。 総 経 理 と 副 総 経 理 が3チ
ー ム の 中 か ら1チ
ー ム を 選 ぶ 。 勝 ち 残 っ た1チ
ー ムを
ー ム は,九
州 で 行 わ れ る 大 会 に 参 加 で き る。
「賞 金 が 出 るん だ 。 日本 に も行 け る ん だ」
あ る 中 国人 従 業 員 が,筆 者 に 笑 顔 で 語 った 。
第7に,自
分 の価 値 を 上 げ る仕 事 に対 して は,積 極 性 を示 す とい う特 徴 を
活 用 して い る。
一 般 的 に ,中 国 人 従 業 員 は,自 分 の 利 益 に な る こ とに は 敏感 に反 応 し,意
欲 を示 す。 例 え ば,日 本 人 上 司 が,朝 礼 の時 間 に,来 月 か ら品 質 管 理 と営 業'
の 日本 人 駐 在 員 が 来 る と発 表 す る と,総 務 部 の 中 国 人 従 業 員 が,同 部 に も駐
在 員 を置 き,自 分達 を 指導 す る よ う に させ て 欲 しい と要 望 した。 これ に対 し,
総 経 理 は,駐 在 員 の1名 増 員 は難 しい が,長 期 出 張 に よ る対 応 は可 能 で あ る
と答 え,彼 女 の 意 欲 を殺 が な い よ うに した。
第8に,現
地 の トップが 自己動 機 づ け を行 って い る。
部 下 の モ チベ ー シ ョ ンを高 め る前 に,リ ー ダー は 自 己の モ チ ベ ー シ ョ ンを
高 め る こ とが で き な け れ ば な らな い 。F社 総 経 理 は,自51自
身 も 「仁 ・義 ・
礼 ・智 ・信 」 の 精 神 を持 って,中 国 人 従 業 員 に 接 しよ う と心 が け て い る。F
(381)207
政 経論 叢
社 は,今 後,中
第73巻第3・4号
国 で の 生 産 を 拡 大 す る予 定 で あ る。 新 しい工 場 を建 設 す る土
地 も購 入 済 み で あ る。 初 代 総 経 理 は,そ
の土 地 を 前 に,「 中 国 で の ビ ジ ネ ス
は成 功 した と言 わ れ た い」 と語 った。F社
の 中 国 ビ ジネ ス を 成 功 に導 くと い
う堅 い 決 意 が,彼 を モ チ ベ ー トして い るの で あ る。
上 の 中 で,第2の
父 親 的 態 度 と リー ダ ー シ ップ につ い て説 明 を加 え た い。
中 国 人 に 対 す る 効 果 的 な リ ー ダ ー シ ッ プ を 研 究 し て い る フ ァ ー(J.Farh)
等 は,父
親 的 態 度 に よ る リー ダ ー シ ッ プ を3つ
の 要 素 に分 類 して い る(7)。フ ァ ー
等 が い う父 親 的 態 度 に よ る リー ダ ー シ ッ プ の3つ
リー ダ ー シ ップ,②
慈 悲 的 リー ダ ー シ ッ プ,③
権 威 主 義 的 リ ー ダ ー シ ッ プ は,部
に,関
道 徳 的 リー ダ ー シ ッ プ で あ る。
下 に よ る 議 論 の 余 地 を 認 め ず,
悲 的 リ ー ダ ー シ ッ プ で は,部
下 や そ の家 族 の幸 福
心 が 向 け ら れ て い る 。 道 徳 的 リ ー ダ ー シ ッ プ は,部
示 す 。 ま た,道
徳 的 リー ダ ー シ ッ プ で は,リ
下 に優 れ た美 徳 を
ー ダ ー に対 す る 同一 性 や尊 敬 が
生 じ る。 権 威 主 義 的 リ ー ダ ー と 道 徳 的 リ ー ダ ー の 相 違 は,権
は,部
権威主義 的
下 に 対 す る 絶 対 的 な 権 威 や コ ン トロ ー ル
.に基 づ い て い る 。 権 威 主 義 的 リ ー ダ ー は,部
服 従 を 要 求 す る 。 一 方,慈
の 要 素 と は,①
威 主 義 的 リー ダ ー
下 に 罰 を 与 え る こ と に よ り,部 下 の 行 動 を 変 え る の に 対 し,道
ダ ー は,罰
は,部
下 の 行 動 を 変 え る が,部
き な い と 信 じ て い る 点 で あ る 。 そ こ で,道
え る 最 も効 果 的 な や り方 は,美
フ ァ ー 等 の 調 査 に よ れ ば,中
下 の 思 考 まで 変 化 させ る こ と は で
徳 的 リー ダ ー は,部
っ て,一
下の行動を変
徳 に よ っ て 導 く こ と で あ る と考 え る 。
国 人 に 対 して,権
威 主 義 的 リー ダー シ ップ は,
有 効 で は な い 。 こ の リ ー ダ ー シ ッ プ に お い て は,リ
の レ ベ ル が 低 く,従
徳 的 リー
般 的 に は,生
ー ダ ー と部 下 と の 同 一 性
産 性 が 低 い ⑧。 言 い 換 え れ ば ,部
下 の 組 織 に 対 す る 高 い コ ミ ッ トメ ン トを 引 き 出 せ な い 。 そ れ に 対 し,慈
リ ー ダ ー シ ッ プ と 道 徳 的 リー ダ ー シ ッ プ は,中
る と い う結 果 を 得 て い る 。
208(382)
悲的
国 人 部 下 に対 して効 果 的 で あ
中 国 進 出 日本 企 業 に お け る 中 国 人従 業 員 の モ チ ベ ー シ ョンの 向 上 と維 持
筆 者 の 報 告 か ら も お 分 か り 頂 け る よ う に,F社
で あ る 総 経 理 は,見
事 に 中 国 文 化 に 対 応 し た リー ダ ー シ ッ プ を 築 き,成
に 管 理 を 遂 行 し て い る の で あ る。 しか し,彼
理 が 成 功 し て い る の は,管
る 。 即 ち,2004年,現
の 慈 悲 的 ・道 徳 的 リ ー ダ ー
功 裡
自身 が 現 在 の こ う した父 親 的 管
理 対 象 者 の 年 齢 や 人 数 に よ る 面 が あ る と認 め て い
在,50人
程 度 の比 較 的若 い 労 働 者 で あ る。
「仁 ・義 ・礼 ・智 ・信 」 の 精 神 に 基 づ い た りー ダ ー シ ッ プ を と っ て い るF
社 の 総 経 理 の 管 理 方 法 は,道
徳 的 リ ー ダ ー シ ッ プ で あ る と い え る 。 ま た,
「仁 」 の 実 践 に も か か わ っ て い る が,彼
し て い る。 そ の 点 で は,慈
は,中
国 人 従 業 員 の 幸 福 に 関心 を 示
悲 的 リ ー ダ ー シ ッ プ の 面 も備 え て い る 。
以 上 は,事 例 を 通 じて,中 国 人 従 業 員 の モ チ ベ ー シ ョンを 向 上 させ,そ
を維 持 す る要 因 や,低 下 させ る要 因,即 ち,デ
て き た が,以 下 で は,そ れ に つ い て2>3補
まず,褒 賞 金 に つ いて で あ る。A社
優 れ た 提案 や 活 動 に対 して,賞
れ
ィモ チ ベ ー シ ョ ンの 要 因 を み
足 して み た い。
やB社
に 限 らず,多
くの 日系 企 業 で,
が 与 え られ て い る。 日系 企 業C社
で は,激
励 賞,建 設 賞,合 理 賞,革 新 賞,成 果 賞 を 設 け,各 賞 に選 ば れ た提 案 を した
中 国 人 従 業 員 を表 彰 し,彼 らの モ チベ ー シ ョ ンの 向 上 を 図 って い る。 これ ら
の 表 彰 制 度 は,止 め て し ま う と,・か え って 現 地 従 業 員 の モ チ ベ ー シ ョンを 低
下 させ,逆 効 果 に な って し ま うの で,継 続 して や らな け れ ば な らな い。 そ の
点 が,難iし い とい え る。
さ らに,モ チ ベ ー シ ョンの 低 下 を招 く要 因 に は,本 社 の現 地 に対 す る理 解
の欠 如 が あ る。 これ は,中 国 に進 出 して い る 日本 企 業 に 限 っ た こ とで は な く,
他 国 に駐 在 して い る海 外 駐 在 員 も経 験 す る。
例 え ば,ド イ ツ に8年 間 駐 在 経 験 の あ る 日本 人 元 駐 在 員 は,現 地 従 業 員 の
立 場 を 本 社 の上 司 に説 明 した 時,「 お前 は い っ か ら ドイ ツ人 に な った ん だ」
「ドイ ツ 人 の 味 方 を す る の か」 等 の 言 葉 が返 っ て き た と 当時 を振 り返 る。 米
(383)209
政経論叢
第73巻第3・4号
国 ア ラ バ マ 州 に駐 在 経 験 の あ る 日本 人 元 駐 在 員 は,「 そん な こ とを 言 って い
る と窓 際 だ ぞ」 と本 社 か ら脅 迫 め い た こ とを言 わ れ た 。
この よ うな 例 は,枚 挙 に暇 が な い。 彼 等 は,一 様 に ,そ の 時,意 気 阻 喪 を
感 じた と言 う。 この よ うに,本 社 の理 解 の欠 如 と本 社 と現地 との意 識 の ギ ャ ッ
プ は,駐 在 員 の 意 欲 を 低 下 させ る。
タ イ に進 出 して い る 日系 自動 車 メ ー カー の 日本 人 マ ネ ジ ャー は,本 社 と現
地 従 業 員 の板 ば さみ に な って い る。 彼 は,本 社 の 役 割 は資 本 を投 入 し,現 地
子 会 社 に マ ネ ジメ ン トを 任せ,結
果 責 任 の み を 問 うの が 理 想 的 で あ る と主 張
す る〔9)。
しか し,現 実 に は,商 品 の導 入 な らび に開 発 の プ ロセ ス に関 す る権
限 や情 報 は,本 社 に集 中 して い る の で,日 本 人 マ ネ ジ ャー が 現 地 従 業 員 の責
任 感 や モ チ ベ ー シ ョ ンを 高 め よ うと して も,効 果 が上 が らな い。 彼 に よれ ば,
特 に,本 社 か らの 情 報 が 現地 従 業 員 に流 れ な い場 合,現 地 の 職場 に お け る コ
ミ ュニ ケ ー シ ョンが 円滑 で な くな る。 権 限 の 本 社 集 中 や情 報 の共 有 化 の 欠 如
に対 して は,現 地 従 業 員 の 中 か ら不平 ・不 満 が 出 て お り,現 地 従 業 員 の意 欲
を 殺 ぐ形 に な って い る。
同 じ くタ イ に進 出 して い る 日系 企 業 の店 次 長 は,本 社 に勤 務 して い る特 定
の 従業 員 の みが 海 外 駐 在 員 に な る の で は な く,海 外 駐 在 の 経 験 を よ り多 くの
従 業 員 に経 験 して も らい た い と語 って い る。 老 の 背 景 に は,本 社 と現 地 と の
認 識 の ギ ャ ップ と い う問 題 が この 企 業 に も存 在 して い るか らで あ る。
これ らの 日本 人 マ ネ ジ ャー の 経 験 を聞 くと,本 社 と現 地 法 人 は,異 文 化 の
よ うに 思 え て くる。 レ ン ウ ィ ック(G.Renwick)も,ト
ップ が 海 外 拠 点 を
視 察 す る こ とを 強 く薦 め て い る⑩。
あ る 時,IT業
界 を代 表 す る 日系 企 業 の 本 社 社 長 が,米 国 に進 出 して い る
日系 自動 車 メ ー カ ー を訪 問 した。 そ こで,こ の 社 長 が 痛 感 したの は,本 社 が
重視 す る価 値 観 の浸 透 と促 進 は,イ
ンタ ー ネ ッ トを 通 じた 教 育 で は限 界 が あ
る とい う こ とで あ った とい う。 現 地 で の トップ と 日本人 マ ネ ジ ャ ーな らび に
210(384)
中国進出 日本企業 における中国人従 業員 のモチベー シ ョンの向上 と維持
現 地 従 業 員 との フ ェ イ ス ・ トゥー ・フ ェイ スの 関 係 は,イ
ンタ ー ネ ッ トを通
じた コ ミュニ ケ ー シ ョ ンよ り も,相 互 理 解 にお いて は るか に勝 る の で あ る。
最 後 に,外 省 人 の配 置 で あ る。 外 省 人 と は,こ こで は,日 系 企 業 が進 出 し
て い る省 以 外 の 省 か ら,出 稼 ぎで 来 て い る 中国 人 を 示 す 。 先 ほ ど紹 介 した家
電 用 ワイ や 一八 ー ネ ス を 製 造 して い る 日系 企 業D社
で は,外 省 人 の 配 置 を
機 種 に よ っ て変 え て い る。
異 文 化 ビ ジネ ス環 境 で は,民 族 や部 族 間 の 対 立 が,生 産 性 の低 下 を 招 く場
合 が あ るか らで あ る。 故 に,職 場 内 で の 民 族 や 部 族 を考 慮 に入 れ た マ ネ ジメ
ン トを行 う必 要 が あ る。
日系 企 業 の 中 に は,職 場 内 で の 民 族 や 部 族 間 の対 立 に,苦 慮 して きた 企 業
もあ る。 中 国 の事 例 で は な い が,イ
ン ドネ シ ア で は,マ
レー 系 が 多数 派 を 占
め る部 署 の 中 に,中 国 系 の 従 業 員 を配 置 して しま った こ とに よ り,少 数 派 と
な った 中国 系 の従 業 員 の モ チ ベ ー シ ョ ンが 低 下 した とい う例 が あ る。 そ こで,
マ レー系 と 中国 系 の従 業 員 の バ ラ ンスを 考 慮 に入 れ た配 置 を した。 す な わ ち,
部 署 に お け る民 族 別 構 成 を 均 等 に近 づ け る よ う に した の で あ る(2002年
査)。 他 に も,ナ イ ジ ェ リア に お いて,4部
調
族 が プ ロ ジ ェク トに取 り組 ん で
い た が,異 な る部 族 の 女 性 従 業 員 同士 が激 しい 殴 り合 い の 喧 嘩 を す る と い う
事 件 が 起 き た た め,部 族 を部 署 別 に配 属 した例 が あ る(同 年 調 査)。
これ は,民 族 的 対 立 を 回避 す る初 歩 的 な方 法 で あ る。 しか し,異 文 化 環 境
で は,さ
ら に進 ん で 融 合 に よ る シナ ジー効 果 を生 み 出 す 方 向 で マネ ジメ ン ト
を 行 わ な けれ ば な らな い。 この 問題 に 関 して は,な か な か 有 効 な マ ネ ジメ ン
トが 見 出せ な い と い う の が現 状 で あ る。
中 国 人 通 訳 と モ チ ベ ー シ ョン
次 に,こ れ ま で の研 究 で は,一 般 に 論 じ られ て こな か っ た通 訳 の モ チ ベ ー
(385)211
政経論叢
第73巻 第3・4号
シ ョ ン に つ い て 考 え て み た い 。 日 本 人 マ ネ ジ ャ ー は,効
あ に,通
果 的 に通 訳 を 使 う た
訳 の モ チ ベ ー シ ョ ンを 考 慮 に 入 れ る 必 要 が あ る。
二 人 の 中 国 人 通 訳 が 直 面 した"事
件"を
紹 介 し よ う。
事 例3
まず,大 連 に進 出 して い る あ る 日系 企 業 で 生 じた 事 件 で あ る。 製 品 の上 に
座 って い る 中 国人 従 業 員 を み て,他 の 従 業 員達 の前 で,日 本 人 マ ネ ジ ャー が
激 怒 した 。 日本 人 マ ネ ジ ャーか らす れ ば,製 品 の上 に座 って い る とは言 語 道
断 の 行 為 で あ った。 しか し,中 国 人 通 訳 か らす れ ば,中
振 り舞 って い るだ けで あ って,特
国人 従 業 員 は 自然 に
に悪 い とい う意 識 を持 って い る様 子 はみ え な
か った。 日本 人 マ ネ ジ ャー は,中 国人 の通 訳 に対 し,彼 が どれ ほ ど怒 って い る
かを 中 国 語 で,そ の 従 業 員 に伝 え る よ う に指 示 した 。 訳 は実 際 よ りも 「柔 ら
か く」 な って しま った。 中国 人通 訳 に よれ ば,非 常 に辛 い体 験 だ った と言 う。
次 も 日系 の 食 品 メ ー カ ーで 起 き た"事 件"で あ る。 あ る時,日 本 人 技 術 者
が,食
品 に 異 物 が 混 入 して い る の を 発 見 した。 こ の 日本 人 技 術 者 は 工 場 長
(中 国 人)を
して,前
呼 び 出 し,他 の5人 の 中 国 人 マ ネ ジ ャー の 前 で,叱 責 した。 そ
の例 と同 じ よ うに,こ の 日本 人 技 術 者 は,中 国 人 通 訳 に,そ の激 怒
して い る感 情 を 中 国語 で伝 え るよ うに 指 示 した。 日本 人 技 術 者 の責 任 の追 及
は続 い た。 中 国人 通 訳 は,あ た か も 自分 が 叱 責 され て い るよ うな思 い が して,
涙 を こ ぼ して し ま った 。 この"事 件"を 境 に,日 本 人 マ ネ ジ ャー 全 体 と 中 国
人従 業 員 全 体 の関 係 炉悪 化 した。 結 局,異 物 混入 は,現 場 の 責 任 で は な い こ
とが 判 明 し,日 本 人 技 術 者 は工 場 長 に謝 罪 した。
この二 つ の"事 件"は,何
を物 語 って い るの だ ろ うか。
製 品 の 上 に腰 掛 け る行 動 が 許 し難 い と感 じ られ た り,異 物 混 入 が 食 品 メー
カ ー に と って,致 命 的 な過 失 で あ る と責 任 を追 及 す る の は,日 本人 に と って
212(386)
中国進出 日本企業 における中国人従業 員のモ チベー シ ョンの向上 と維持
は,当 然 の こ と で あ る。 しか し,こ こで 登 場 した 日本 人 マネ ジ ャー達 は,面
前 で 中国 人 従 業 員 を叱 って は い け な い とい うル ー ル を 犯 した。 そ の 結 果,中
国人 従 業 員 の 面 子 を潰 し,彼 らの尊 厳 を ひ ど く傷 つ けた の で あ る。 中国 人 に
限 らず,米 国 人,タ
イ人,イ
ン ドネ シア 人 な ど も,組 織 にお け る上 下 関 係 よ
り も,個 人 の 尊 厳 を 重 視 す る傾 向 が あ る。 他 の従 業員 の 面 前 で 上 司 か ら叱 責
され て も我 慢 しよ う とす る伝 統 的 な 日本 人 とは,明
らか に 相違 す る。 叱 責 の
よ うな 否 定 的 な フ ィー ドバ ック を,即 時 に与 え る こ とは,相 手 の行 動 を是 正
す る上 で 効 果 的 で は あ る が,繰
り返 し述 べ て い る よ うに
文化 的な
要 素 を考 慮 に 入 れ て,個 室 で 叱 責 した り提 案 す る形 を とる方 が,リ ス クは 少
な い の で あ る。
さ らに,こ の 二 つ の"事 件"は,中
国 人 通 訳 は,日 本 語 を話 して も,あ
く
ま で も中国 人 で あ り,同 胞 に対 す る 同情 が 深 い とい う点 を気 づ か せ て くれ る。
一 方 で,通 訳 の 中 に は,留 学 経 験 や 居 住 経 験 に よ って,相 手 国 に対 し特 別 な
感 情 を抱 い て い る場 合 もあ る。 こ の よ うな ケ ー ス で は,否 定 的 に伝 え た い 内
容 が,中 立 的 な 内容 に 訳 され る こ とが 多 い。
中 国人 従 業 員 に対 す る激 怒 を 伴 っ た面 前 で の叱 責 は,中 国人 通 訳 に 日本 人
マ ネ ジ ャー に対 す る不 信感 を 生 み,通 訳 の モ チベ ー シ ョ ンを低 下 さ せ た。 二
つ の"事 件"で 信 頼 を失 った の は,実 は,日 本 人 マ ネ ジ ャー の 方 で あ った。
その 代 償 は大 き か った。
以 下 で は,現 地 で の合 弁 会 社 設 立 の 交 渉 の場 面 を観 察 した結 果 に基 づ いて,
日本 側 と 中国 側 の双 方 に と って 効 果 的 な 交 渉 と は ど の よ うな もの か を,コ
ン
サ ル タ ン ト兼 通 訳 に焦 点 を 当 て て考 え て み た い。
事 例4
お 茶 の仕 上 げ 機 械 を生 産 して い る 日本 企 業G社
(387)213
は,中 国企 業H社
と合 弁
政 経論叢
第73巻第3・4号
企 業 を設 立 す るた め に,合 弁 契約 書 の 作 成 の 作 業 に入 った。G社
長 と コ ンサ ル タ ン ト兼 通 訳(中 国 人),H社
か らは,社
か らは 重事 長(会 長 に相 当)と
総 経 理 が 出席 した。
中 国 人 に して は長 身 で やせ 型,物 静 か な話 し方 を す る重事 長 の 専 門 は,エ
ン ジニ アで あ る。 以 前,日 系 企 業 に勤 務 して い た が,日 本 語 は話 せ な い。 一
方,温
厚 な 印 象 を 与 え る総経 理 は,日 本 に留 学 して い た経 験 が あ り,日 本 語
を あ る程 度 話 す。 総 経 理 の専 門 もエ ン ジニ アで あ る。 以 前,日 系 自動 車 部 品
メ ー カ ー か らH社
に転 職 した が,日 系 企 業 は ル ール が細 か す ぎ て 自分 に は
合 わ な か っ た と言 う。 さ らに,当 時,中 国人 従 業 員 に,会 社 の トイ レの ドア
に 名 指 しで 悪 口 を書 か れ たの も,転 職 の き っか けに な った と言 う。'重事 長 も
総 経 理 も年 齢 は30代 後 半 で あ る。
合 弁 企 業 設 立 の 契 約 書 の作 成 の 作 業 は,順 調 に進 ん だ が,合 弁 企 業 の 名前
を巡 って意 見 の相 違 が生 じ,日 本 側 と中国 側 に,新 会 社 に対 す る認 識 のギ ャ ッ
プが 存 在 して'いる こ とが 明 らか に な った 。 中 国 側 は,お 茶 を仕 上 げ る機 械 の
みを 製 造 す る の で は な く,パ ッケ ー ジの 機 械 も製 造 した いの で,業 種 を茶 業
用 の 機 械 にす る の で は な く,機 械 設 備 に した い と主 張 して き た。 その 場 合,
合弁 会 社 の名 前 の一 部 は,機 械 整 備 有 限 公 司 にな る。 茶 業 用 の機 械 だ けで は,
利益 を 出 す の は難 しい とい う の が そ の理 由 で あ った。
しか し,日 本 側 は,リ
ス ク を低 減 す る た め に 投 資 は少 な く考 え て い た 。G
社 社 長 は,お 茶 を 仕 上 げ る機 械 以 外 に他 の機 械 を扱 った場 合,コ
ン トロー ル
が効 か な くな るの をお それ て いた。 社 長 の案 が 通 れ ば,合 弁 会 社 の名 前 の一
部 は,茶 業 有 限 公 司 に な り,ビ ジネ スが 限 定 され る。
「信 頼 が 大 切 な の で,大
き くや ら な い で,小
そ の よ う な考 え を持 って,G社
214(388)
さ く て も ビ ジ ネ ス を 継 続 す る」
社 長 は この交 渉 に臨 ん で い た 。
.中国進出 日本企業 にお ける中国人従業員 のモチベー シ ョンの向上 と維持
この合 弁 会社 設立 の 交 渉 で パ ワ ーを 握 っ た の は誰 で あ る と思 うか。
答 え は一
本 来,コ
日本 側 が 連 れ て き た コ ンサ ル タ ン ト兼 通 訳 で あ る。
ンサ ル タ ン ト兼 通 訳 は,合 弁 会 社 を設 立 させ るた めの助 言 者 であ っ
て 主 導 者 で は な い。 あ くま で,主 役 は,日 本 側 と中 国 側 の代 表 で あ る。 コ ン
サ ル タ ン ト兼 通 訳 は,フ
ァシ リテ ー タ ー(促 進 者)に
徹 し,信 頼 関 係 が で き
る よ うに促 進 す る役 割 を 果 たす べ き で あ る。 これ が,第1の
例 え ば,ホ
ワイ トボ ー ドが 用 意 され て いれ ば,コ
ポ イ ン トで あ る。
ンサ ル タ ン ト兼 通 訳 は そ
れ を活 用 し,日 本 側 と中 国 側 の意 見 の 相 違 点 や 類 似 点 を 日本 語 と中 国語 で整
理 して,両 者 が協 働 しな が ら相 違 点 を解 決 して い く環 境 を創 る。 合 弁 会 社 設
立 の 交 渉 に お い て も協 働 の環 境 が双 方 の モ チ ベ ー シ ョンを 高 め,建 設 的 で肯
定 的 な意 見 や アイ デ ア を 引 き 出す の で あ る。 今 回 の交 渉 で は,そ の よ うな ス
キ ル や知 識 が コ ンサ ル タ ン ト兼 通 訳 に は欠 如 して い た。
ま た,日 本 側 も中 国 側 も コ ンサ ル タ ン ト兼 通 訳 に使 わ れ る の で は な く,彼
を 使 う よ うに しな け れ ば な らな い。繰 り返 し述 べ る が,主 役 は,あ くま で も,
日本 側 と 中国 側 の代 表 な の で あ る。
第2の
ポイ ン トは,合 弁 会 社 設 立 の契 約 書 に掲 載 され て い る詳 細 な部 分 に
つ い て議 論 す る前 に,日 本 側 と 中国 側 の代 表 は,新 会 社 に 対 す る ビ ジ ョ ンや
ミッ シ ョ ンを交 換 し,共 有 す る必 要 が あ っ た点 で あ る。
実 際,2日
目 に,新 会 社 の経 営 理 念 に つ い て 日本 側 の 考 え を 質 す 発 言 が 中
国 側 か ら出 た。 法 的 な面 が先 行 して しま い,細 部 に こ だ わ り,新 会 社 の将 来
像 が 描 か れ て い なか った の で あ る。 従 って,合 弁 契 約 書 の 詳 細 な部 分 を詰 め
よ う とす る段 階 に お い て,両 者 の認 識 の相 違 が現 わ れ て しま っ たの で あ る。
第3の ポ イ ン トは,通 訳 を使 う場 合,ワ
ンセ ンテ ンス な い し短 い セ ンテ ン
ス で話 す よ うに 心 が け る こ とで あ る。 量 が 多 い場 合 に は,何 回 か に 分 けて,
通 訳 さ せ る よ うに す る。 そ れ は,通 訳 が 訳 しきれ な い か らで あ り,通 訳 の モ
チベ ー シ ョ ンを低 下 さ せ る要 因 に もな るか らで あ る。
(389)215
政 経 論叢
ま た,意
外 に 思 わ れ る か も しれ な い が,ビ
な っ て い る 外 来 語,外
慮 し て,で
第4の
第73巻 第3・4号
識 的に
国 語 を 中 国 人 通 訳 が 知 ら な い 場 合 が あ る 。 こ の 点 も考
き る 限 り,外
ポ イ ン トは,通
で は な く,相 手 側,例
ジ ネ ス の レベ ル で は,常
来 語 な ら び に 外 国 語 の 使 用 を 控 え る よ う に す る。
訳 を 使 用 す る 場 合,通
訳 に ア イ コ ン タ ク トを す る の
え ば,.日 本 側 が 意 見 を 主 張 し て い る 場 合 は,中
ア イ コ ン タ ク トを す る べ き で あ る 。 こ れ は,繰
り返 し述 べ る が,通
国側 に
訳 を介 し
た コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ンの 基 本 で あ る 。
但 し,あ
く,即
る 日 本 人 マ ネ ジ ャ ー に よ れ ば,交
時 に 回 答 で き な い 場 合,通
渉 の 際,相
手 側 か らの質 問 が鋭
訳 と ア イ コ ン タ ク トを と る こ と に よ っ て,
時 間 を 稼 ぐ の も一 つ の ス キ ル で あ る 。 ま た,彼
は,通
手 と の 信 頼 関 係 が 崩 れ る よ う な 重 要 な 場 面 で は,む
トを と る よ う に 努 め る と 語 っ て い る 。 こ の よ う に,通
訳 に 誤 訳 を さ れ る と相
しろ通 訳 とア イ コ ンタ ク
訳 を 介 す る 交 渉 に は,
ケ ー ス バ イ ケ ー ス で 対 処 が で き る能 力 が 必 要 と さ れ る 。
中 国 人 の 文 化 的 価 値 観 と モ チ ベ ー シ ョン
今 回 の調 査 で は,上 海,杭 州,嘉 興 に進 出 して い る 日系 企 業 で 働 く中 国 人
従 業 員 を対 象 に,文 化 的 価 値 観 に関 す る ア ンケ ー ト調 査 も実 施 した の で,そ
の結 果 を簡 単 に 報 告 した い。 文 化 的 価 値 観 と は,あ る文 化 に お い て重 視 され
る価 値 観 や 優 先 順 位 の高 い価 値 観 の こ とで あ る。
調 査 用 紙 は,ホ フ ス テ ッ ド(G.Hofstede)の
「文 化 的 争 点 に関 す る質 問」
を使 用 し,「 権 力 格 差 」 「個 人 主 義 一 集 団 主 義 」 「不 確 実 性 の 回 避 」 「男(性)
ら しさ一 女(性)ら
しさ」 の4種 類 の文 化 的 価 値 観 を み て み た。 な お,調 査
用 紙 の 質 問 事 項 は,中 国 語 を 用 い,114名
の現 地 従 業 員 か ら解 答 を得 た。 そ
れ ぞ れ の 文 化 的 価 値 観 の特 徴 は,以 下 の通 りで あ る(ω。
216(390)
中 国 進 出 日本 企 業 に お け る 中 国人 従 業 員 の モ チ ベ ー シ ョンの 向 上 と維 持
(1)権
力格 差
権 力 格 差 の小 さい文 化 で は,人 々の 間 の 平 等 は,最 小 限 に す べ きで あ る と
い う考 え が支 配 的 で あ る。 そ の よ うな 文 化 で は,部 下 は相 談 され る こ とを 期
待 して い る。 ま た,権 力 格 差 の 小 さい 文 化 で は,階 層 的 構 造 は,単 に,社 会
や 組 織 を 機 能 させ る た め の便 宜 的 な もの に す ぎな い 。
一 方 ,権 力 格 差 の 大 き い文 化 で は,人 々 の不 平 等 は,期 待 され 望 ま れ る。
そ の よ うな文 化 で は,部 下 は何 をす る か命 令 さ れ 乙 こ とを 期 待 して い る。 さ
らに,権 力 格 差 の 大 きな 文 化 で は,階 層 的 構 造 が あ る こ との主 た る理 由は ,
誰 が 誰 に対 し権 威 を持 って い るか を,誰
し もが 知 る こ と が で き る よ う に とい
う考 え が 強 い。
(2}個
人主義一集団主義
個 人 主 義 志 向 の 文 化 で は,ア
コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン は,状
イ デ ン テ ィ テ ィ は 自分 自 身 に 根 ざ して い る 。
況 に 左 右 さ れ に く い 傾 向 が あ る。 マ ネ ジ メ ン トと
は,「 個 人 の 管 理 」 で あ る と い う考 え が 支 配 的 で あ る 。
他 方,集
団 主 義 志 向 の 文 化 で は,ア
イ デ ンテ ィ テ ィは 自分 が所 属 す る社会
的 ネ ッ トワ ー ク に 根 ざ し て い る。 常 に 調 和 を 保 た ね ば な らず,直
接 的対 決 は
忌 避 さ れ る 。 マ ネ ジ メ ン トと は,「 集 団 の 管 理 」 で あ る と い う考 え が 支 配 的
で あ る。
(3)不 確 実性 の 回 避
不 確 実 性 の 回避 の 弱 い 文 化 で は,不 確 実 性 は人 生 に は一 般 的 で あ り,毎 日
受 け入 れ られ て い る。 一 方,不 確 実 性 の 回 避 の 強 い文 化 で は,人 生 に 内在 す
る不確 実性 は,戦 わ な けれ ば な らな い継 続 的 な 脅 威 と して 捉 え る傾 向が あ る。
一 般 に,不 確 実 性 の 回避 の強 い文 化 は,リ ス ク回避 の 文 化 で あ り,不 確 実 性
(391)217
政 経論 叢
の 回 避 の 弱 い 文 化 は,リ
(4)男(性)ら
男(性)ら
第73巻 第3・4号
ス ク テ イ キ ン グ で あ る と 言 わ れ て い る。
し さ 一 女(性)ら
しさ
しさ の 強 い 文 化 で は,男 女 の 役 割 が 明 確 に区 別 され て い る。 男
(性)ら しさの 強 い 文 化 で は,対 立 は 徹 底 交 戦 に よ っ て解 決 す る。 ま た,国 際
紛 争 は,力 の 誇 示 か戦 闘 に よ って,解 決 され ね ば な らな い とい う考 え が強 い。
一 方 ,女(性)ら
しさの 強 い 文 化 で は,男 女 の 役 割 に明 確 な 区別 が な い。 女
(性)ら しさの 強 い文 化 で は,対 立 は 妥協 と交 渉 に よ って解 決 され る。 さ らに,
国際 紛 争 も妥 協 と交 渉 に よ って 解 決 され ね ばな らな い とい う考 え が支 配 的 で
あ る。
ホ フス テ ッ ドの 調 査 に よれ ば,日 本 は権 力 格 差 が や や大 き く,や や 集 団 主
義 で,不 確 実 性 の 回 避 と男(性)ら しさの 強 い文 化 で あ るu;)。彼 の調 査 には,
中 国 は 含 まれ て いな い。 その 代 りに,彼 の 調 査 に あ る香 港 の 文 化 的 価 値 観 を
み る と,権 力 格 差 は大 ぎ く,集 団 主 義 が 強 く,不 確 実 性 の 回避 が 弱 い 男(性)
ら し さの 文 化 とな っ て い る。
今 回 の上 海,杭
州,嘉
興 で 実 施 した 調 査 で は,7.0%の
力 格 差 に価 値 を 置 い て い る の に対 し,27.2%の
値 を 置 いて い な い(表1)。
中国人従業員 が権
中 国人 従 業 員 が権 力 格 差 に価
個 人 主 義 一 集 団主 義 に 関 して も,僅 か6.1%の
地従 業 員 が 個 人 主 義 志 向 で あ る の に対 し,18.4%の
中国 人 従 業 員 が 集 団 主 義
志 向 で あ り,集 団 主 義 が個 人 主 義 を上 回 って い る。 一 方,不
対 して は,15.8%の
確 実 性 の 回避 に
現 地 従 業 員 が 不 確 実 性 の 回 避 が 強 い の に 対 し,21.1%の
中 国 人 従 業 員 が 不 確 実 性 の 回 避 が 弱 い 。 さ ら に,僅 か4.4%の
が 男(性)ら
現
し さ に価 値 を置 い て い る の に対 し,41.2%の
中 国人 従 業 員
中国人従 業員 が女
(性)ら しさ に価 値 を置 い て い る。
現 地 で 行 った調 査 を み る 限 りで は,ど ち らか と言 え ば,集 団 主 義 志 向が 強
218(392)
中国 進 出 日本 企 業 に お け る 中 国人 従 業 員 の モ チ ベ ー シ ョンの 向 上 と維 持
表1在
中 日系 企 業(上 海 ・杭 州 ・嘉 興)に 勤 務 す る
中国 人 従 業 員 の 文 化 的 価 値 観(r.=ll4)
文化 的
価値観
小
(弱)
や や小
(や や弱)
人数(%)
やや大
中程 度
人数(%)
大
(強)
(や や 強)
人数(%)
人数(%)
人数(%)
権力格差
1(0.9)
30(26.3)
75(65.8)
8(7.0)
0(0)
個人主義
0(0)
21(18.4)
86(75.5)
7(6ユ)
0(0)
不確実性
の 回避
1(0.9)
23(20.2)
72(63.1)
18(15.8)
0(0)
男(性)
ら し さ
3(2.6)
44(38.6)
62(54.4)
5(4.4)
0(0)
い 。 し か し,日
本 人 マ ネ ジ ャー
二は,中
国 人 従 業 員 の 行 動 や 態 度 を み て,個
主 義 志 向 が 強 い と 感 じ て い る 。 ヒ ア リ ン グ調 査 か ら,日
人
本 人 マ ネ ジ ャ ー か ら,
以 下 の よ うな声 を 聞 くこ とが で き た。
・「日 本 人 と 比 べ ,チ
ー ム ワ ー ク が な い」
・「中 国 人 の 営 業 マ ン は
,"人
の ク レ ー ム は,人
の ク レ ー ム"と
い った態 度
を と って い る」
・「中 国 人 マ ネ ジ ャ ー は
知 識 を 持 っ て,転
,自
分 が 習 得 した 知 識 を 部 下 に 教 え な い で,そ
の
職 し て しま う 」
・「部 門 間 と部 門 内 の 連 絡 が な い 。 同 じ 部 門 内 に お い て も ,同
僚 が残業 し
て い る の を手 伝 お う と しな い」
・「自 己 主 張 が 強 く ,例
え ば,中
譲 歩 し よ う と は せ ず,結
国 人 の み が 参 加 し た 会 議 で は,言
論 が 出 な い」
・「会 社 に 対 す る ロ イ ヤ リ テ ィ が な い 。 例 え ば ,5時
と,残
業 が あ る の に もか か わ ら ず,退
文 化 的 価 値 観 は,相
化 を 比 較 す る こ と に よ り異 な る 。 一 般 に,日
(393)219
に終 業 の ベ ル が 鳴 る
社 し て し ま う」
対 的 で あ る 。 つ ま り,個
ス ク テ イ キ ン グ に み え る が,米
い 争 い,
人 と 個 人,国
と 国,文
本 人 か ら み る と,米
国 人 か ら み る と,イ
化 と文
国 人 は,リ
ス ラ エ ル 人 は リス ク テ イ
政経 論叢
第73巻第3・4号
キ ング に み え るの で あ る。 日本 人 と 中国 人 を比 較 した場 合,日
本 人 か ら は,
中国 人 は 個 人 主 義 志 向 にみ え るの で あ る。
で は,女(性)ら
しさ の強 い 中国 人 従 業 員 を どの よ う に して モ チベ ー トで き
るの で あ ろ うか 。 ホ フ ス テ ッ ドに よ れ ば,女(性)ら
し さに 価 値 を 置 く人 は,
対 立 は,妥 協 と交 渉 に よ って 解 決 さ れ る とい う考 え方 が 強 い(13>。
日本 人 上 司
と中 国 人 部 下 の 相 違 に つ いて も,コ ラボ レー トしな が ら,落 と し所 をみ つ る
け る方 法 が,両 者 を解 決 に向 け て動 機 づ け て い くこ とが で き る。
前 回,大 連 で実 施 した調 査 で は,米 国 志 向 の 強 いMBAコ
い る大 学 院生
ー ス に参 加 して
大 半 の院 生 は仕 事 を 持 って い る 社 会 人 で あ る一
の リス
クテ イ キ ン グ の 価 値 観 が 反映 さ れ た た め か,不 確 実 性 の 回 避 が 約25%で
い(表2)㈹
弱
。
ホ フ ス テ ッ ドに よ れ ば,不 確 実 性 の 回 避 の 弱 い人 間 は,達 成 に よ って 動 機
づ け られ る㈹ 。 い わ ゆ る,自 己実 現 の欲 求 が 強 い。 ま た,不 確 実 性 の回 避 の
弱 い 人 間 は,絶 対 に必 要 な規 則 以 外 は,必 要 が な い と考 え る傾 向 が あ る。 言
い換 え れ ば,不 必 要 な規 則 は,彼 等 を デ ィモ チ ベ ー トす るの で あ る。 つ ま り,
彼 等 に は,最 小 限 の ル ー ルで,許 可 され る範 囲 で,行 動 の 選 択 と 自由 を与 え,
表2在
中 日系 企 業(大 連)に 勤 務 す る 中 国人 従 業 員 とMBAコ
に参 加 して い る 大学 院生 の文 化 的価 値 観(n=87)
やや小
小
(弱)
文 化的
価 値観
(や や 弱)
人数(%)
人数(%)
中程度
人数(%)
権力格差
0(0)
14(16.1)
68(78,2)
個人主義
0(0)
13(14.9)
61(70ユ)
不確実性
の 回 避
0(0)
22(25.3)
男(性)
ら し さ
3(3.4)
12(13.8)
出 典:拙
220(394)
著(2002)『
や や大
(や や強)
人 数(%)
ース
大
(強)
人数(%)
5(5.7)
0(0)
13(14.9)
0(0)
63(72.4)
2(2.3)
0(0)
63(72.4)
9(10。4)
0(0)
異 文 化 ビジネ スハ ン ドブ ック』 学 文 社,p.165.
中 国進 出 日本 企 業 に お け る中 国 人 従 業 員 の モ チベ ー シ ョ ンの 向上 と維 持
表3台
湾企 業 に勤 務 す る台 湾 人 従 業 員 と台 湾 人 大 学 生 の
文 化 的価 値 観(y=164)
文化 的
価値 観
小
(弱)
人数(%)
や や小
(や や弱)
人数(%)
中程度
人数(%)
やや大
大
(やや 強)
(強)
人数(%)
人数(%)
権力 格差
0(0)
20(12.2)
121(73.8)
22(13.4)
1(0.6)
個人主義
0(0)
20(12.2)
118(71.9)
26(15.9)
0(0)
不確実性
の 回避
0(0)
30(18.3)
llO(67.1)
22(13.4)
2(1.2)
男(性)
ら し さ
9(5.5)
99(60.4)
51(31.1)
0(0)
5(3.0)
モ チベ ー シ ョ ンを高 め る の で あ る。
因 み に,台 湾 で 実 施 した文 化 的 価 値 観 に 関 す る調 査結 果 を み て み よ う(表
3)。 この 調 査 の 対 象 と な っ た の は,台 湾 企 業 に勤 務 す る台 湾 人 従 業 員 と大 学
生 で あ った。 調 査 結 果 か ら,回 答 者 の 約66%が
女(性)ら
し さ に価 値 を 置
い て い る こ とが 分 か る。 この 点 に関 して は,上 海,杭 州 な らび に嘉 興 で 実 施
した調 査結 果 と類 似 して い る。
欧 米 型 モ チ ベ ー シ ョ ン と 中 国 型 モ チ ベ ー シ ョン
デ シ(E.L.Deci)は,モ
チ ベ ー シ ョ ンを 内発 的 モ チ ベ ー シ ョン と外 発 的
モ チ ベ ー シ ョ ン に 区 別 し て い る ㈹ 。 デ シ に よ れ ば,内
た 行 動 と は,有
発 的 に モ チ ベ ー トさ れ
能 と 自己決 定 的 で あ る こ とを 感知 したい とい う人 の欲 求 によ っ
て 動 機 づ け ら れ た 行 動 で あ る。 即 ち,自
シ ョ ン を 生 じ る 。 一 方,外
分 自身 の 内 に あ る もの か らモ チベ ー
発 的 モ チ ベ ー シ ョ ン と は,報
な ど 自 分 自 身 の 外 に あ る も の で あ る。 デ シ に よ れ ば,そ
酬,地
位,福
利厚生
れ らの外 的報 酬 は 内
発 的 モ チ ベ ー シ ョ ン を 低 下 さ せ る(17)。
ビ ッ グ ス(J.Biggs)と
(395)221
ワ トキ ン ス(D.Watkins)は,こ
の よ うにモ チ ベ ー
政経 論 叢
第73巻 第3・4号
シ ョ ン を 内 発 的 モ チ ベ ー シ ョ ン と 外 発 的 モ チ ベ ー シ ョ ン に 区 別 す る の は,欧
米 的 な 思 考 様 式 で あ る と 主 張 す る ㈹ 。 彼 等 に よ れ ば,中
ン は,内
国人 のモチベー ショ
発 的 モ チ ベ ー シ ョ ン と 外 発 的 モ チ ベ ー シ ョ ン が 重 な り合 っ て い る か
も し れ な い し,そ
の よ う な 概 念 が 存 在 して い な い か も しれ な い 。 ビ ッ グ ス と
ワ トキ ン ス は,中
国 人 の 特 徴 と して,プ
ラ グ マ テ ィ ッ ク(実
際 的 ・実 用 的)
を 挙 げ て い る。
レ ン ウ ィ ッ ク(G.Renwick)も
二 極 的 な 思 考 様 式 は 欧 米 的 で あ り,モ
ベ ー シ ョ ン が ど こ か ら 生 じ る の か を 分 析 す る こ と は 欧 米 に お い て は,重
あ る と 指 摘 す る('g)。一 方,彼
は な く,行
は,中
チ
要 で
国 人 が 関 心 を 払 う の は モ チ ベ ー シ ョ ンで
動 で あ る と 主 張 す る。 中 国 人 の 管 理 者 は 部 下 が,父
親 は 子 供 が,
適 切 な 行 動 を と る こ と を 期 待 す る。 部 下 や 子 供 は 悪 い 行 動 に は 罰 が 与 え ら れ
る た め に,期
待 さ れ た 行 動 を と ろ う と す る 。 つ ま り,日
米 人 の マ ネ ジ ャ ー が 中 国 人 従 業 員 を"モ
本 人 マ ネ ジ ャー や欧
チ ベ ー ト"し た い 場 合,彼
等 の期 待
や 役 割 の 明 確 化 が 不 可 欠 で あ る。 ビ ッ グ ス と ワ トキ ン ス と 同 様,レ
ンウ ィ ッ
ク も,中
国人 が プ ラ グ マテ ィ ックに 考 え 行 動 す る特 徴 が あ る と説 明 す る。
で は,プ
ラグ マ テ ィ ックな人 間 を 動 か す 良 い方 法 は な い だ ろ うか。
ブ ー ス(C.Boos)等
して,シ
国 人 従 業 員 の モ チ ベ ー シ ョ ンを 高 め る もの と
ン ボ ル に よ る 面 子 を 与 え る 方 法 を 挙 げ て い る(20)。シ ン ボ ル と は,携
帯 電 話,会
は,欧
は,中
社 の 車,快
適 な オ フ ィ ス,海
米 人 の マ ネ ジ ャ ー に,中
外 研 修 な ど で あ る 。 ま た,ブ
国 人 の 思 考 様 式 を 理 解 し よ う と し な い で,欧
米 式 の マ ネ ジ メ ン トス タ イ ル を 修 正 せ ず に,中
と ら な い よ う に 警 告 し て い る(2')。さ ら に,ブ
の 防 止 対 策 と して,社
ー ス等
国 に持 ち込 む とい った態 度 を
ー ス 等 は,他
社 か らの 引 き抜 き
内で キ ャ リア を高 め る プ ラ ンを提 示 す る こ との重 要 性
に も触 れ て い る(22)。プ ラ グ マ テ ィ ッ ク な 人 間 は,将
来 像 を描 く こ とが で きな
い 会 社 に 見 切 りを つ け る の は 早 い か らで あ る 。
つ ま り,自
222(396)
己 の 利 益 を 追 求 す る プ ラ グ マ テ ィ ッ ク な 人 間 に は,シ
ンボ ル の
中 国 進 出 日本 企 業 に お け る 中 国人 従 業 員 の モ チ ベ ー シ ョ ンの 向 上 と維 持
供 与 は,有
効 な方 法 で あ る。 米 国 に進 出 して い るあ る 日系 企 業 で 行 って い る
方 法 だ が,パ
ー キ ン グ を1ヶ
パ ー キ ン グ の 場 所 が,シ
月 間,社
長 の 隣 に 許 可 を す る と い っ た 方 法 も,
ンボ ル 的 な役 割 を 果 た す の で あ る。
プ ラ グ マ テ ィ ッ ク な 人 間 に 限 っ た こ と で は な い が,自
観 を 修 正 せ ず に,中
文 化 の や り方 や 価 値
国 人 従 業 員 を マ ネ ジ メ ン ト し ょ う と す る 自文 化 中 心 主 義
的 な 態 度 も危 険 で あ る。 ブ ー ス 等 は,マ
化 中 心 主 義 的 な 態 度 を と っ て も,メ
ネ ジ ャ ー が,中
国 人 従 業 員 に,自
文
リ ッ トが あ れ ば 会 社 に と ど ま る か 否 か,
あ る い は,逆
に,他
社 に よ り強 い プ ラ グ マ テ ィ ッ ク な イ ン セ ン テ ィ ブ が 与 え
られ て も,マ
ネ ジ ャ ー と の 間 に 信 頼 関 係 が 構 築 さ れ て い れ ば,そ
の マ ネ ジ ャー
の下 に と ど ま るか 否 か につ いて は記 して い な い。
プ ラ グ マ テ ィ ッ ク な 人 間 は,メ
リ ッ トに よ っ て 動 く。 日 本 的 な 組 織 に 対 す
る 忠 誠 心 に よ っ て で は な い 。 「個 」 の 利 益 追 求 の 実 現 が,彼
等 に行 動 を 起 こ
させ るの で あ る。
中 国 ヘ シ ス テ ム 開 発 を 発 注 して い る1社
ン ジ ニ ア(SE)は,最
が 高 い 。 ま た,ハ
社 長 に よ れ ば,中
国人 システムエ
新 の シ ス テ ム 開 発 の ス キ ル を 習 得 しよ う とい う意 欲
イ レベ ル の 情 報 処 理 の シ ス テ ム 開 発 に 対 す る 参 加 意 欲 も高
い 。 プ ラ グ マ テ ィ ッ ク な 人 間 は,自
分 が 現 在,所
リ ア ア ッ プ が 可 能 で あ る か 否 か,可
能 で あ れ ば,ど
の よ う なKSAs(Knowledge,Skill,Ability:知
こ と が で き る の か,自
属 して い る 組 織 の 中 で,キ
ャ
の レ ベ ル ま で 可 能 か,ど
識
ス キ ル,能
力)を
得 る
問 して い るの で あ る。
中 国 人 従 業 員 の 意 識 と モ チ ベ ー シ ョン
日系 の メ ー カ ー は,品 質 に対 す る こ だ わ りが強 く,高 品 質 の 製 品 を 製 造 で
き る こ とを誇 りと して い る。 ま た,高 品質 の製 品 を 提供 す る とい う ミ ッシ ョ
ンを持 ち,そ れ が 社 会 的責 任 で あ る と い う意 識 が あ る。 しか し,こ の 意 識 は,
(397)223
政経論 叢
第73巻第3・4号
中 国 人 従 業 員 の意 識 と は乖離 しτ い る。 これ まで に,日 系 企 業 で働 く中 国人
従 業 員 を 対 象 に,ヒ ア リング調 査 を実 施 して き たが,彼 等 の声 の一 部 か ら も,
そ の こ と は 明 らか で あ る。 彼 等 の声 の 中 に は,真 面 目 な 日本 人 マネ ジ ャー な
らば,驚
き や呆 れ るよ うな声 もあ る。
・「(日本 人)上
司 は,良 品 と不 良 品 に つ い て細 か す ぎ る。 不 良 品 に ほ こ り
が つ い た原 因 を探 すが,そ
こま で や る必 要 は な い。 日本 人 が 不 良 品 と思
う もの は,中 国人 に は大 丈 夫 。 不 良 品 が 出 て も,買 う側 に 責 任 が あ る。
修 理 す るの は,買
う側 」
・「ドア を 閉 め る こ とが ,ど
中 国人 は,モ
ノを 造 れ ば よ い と思 って い る」
・「清 潔 にす る こ と が,ど
(中 国 人)と
う して 品 質 と 関係 が あ る の か理 解 で き な い。
の よ う に 良 品 と関 係 す る の か 理 解 して い る人
して い な い人 が い る」
上 の 中 国人 従業 員 の 声 か ら,日 系 企業 が 誇 る品 質 に対 す る意 識 づ く りが充
分 に な さ れ て い な い と い う問題 点 が み え て くる。 日本 人 と 中国 人 が モ ノ を造
る際,意 識 の ベ ク トル の方 向性 や ベ ク トル の 太 さが,か
な り異 な って い る の
で あ る。
品 質 管 理 の上 で は,極 あ て作 業標 準書 は重 要 で あ る。 しか し,ヒ ア リ ング
調 査 にお い て,受 動 的動 機 づ け に お い て す ら機 能 しに くい と疑 わ れ る よ うな
反 感 を,作 業 標 準 書 に対 して抱 い て い る 中 国人 従 業 員 もい た。
・「中 国 人 は ,作 業 標 準 書 が好 きで は な い。 な ぜ,作
業 標 準 書 を守 ら な け
れ ば な らな い の か。.日 本 人 は,統 一 性 を求 め るが,中 国 人 の 考 え方 は複
雑 で,統 一 で き な い。 目標 を達 成 す る に は,い ろ い ろな考 え や 方 法 が あ
る」
彼 は,中 国 人 の 間 で は,他 の 中国 人 従 業 員 に影 響 を与 え るよ うな ポ ジ シ ョ
ンに い る。 ま た,彼 の意 見 は,他 の 中国 人 従 業 員 の意 見 を集 約 して い る よ う
に思 わ れ た 。
224(398)
中 国進 出 日本 企 業 に お け る 中 国人 従 業 員 の モ チ ベ ー シ ョンの 向 上 と維 持
日 本 人 マ ネ ジ ャ ー は,作
業 標 準 書 を ト レ ー ニ ン グ に よ っ て,守
に な る と 考 え が ち で あ る が,中
国 人 の 目 か ら す れ ば,統
と 結 び つ い て 捉 え て い る と い う文 化 的 な 差 が,こ
中 国 人 従 業 員 に,作
一 性 が む しろ単 純 性
こ に 現 れ て い る 。 こ う した
業 標 準 書 を 受 容 さ せ る た め に は,意
行 わ な け れ ば な ら な い 。 そ の 中 で は,上
られ る よ う
味 づ け/意 義 づ け を
の 発 言 に み ら れ る 日本 と 中 国 の 文 化
的 な差 異 を縮 め る よ うな 工 夫 が な され な けれ ば な らな い。 中 国 人従 業 員 をマ
ネ ジ メ ン トす る 上 で,意
味 づ け/意 義 づ け が,極
め て重 要 にな って くるか ら
で あ る。
モ チ ベ ー シ ョ ンの 視 点 か ら言 え ば,中
国 人 従 業 員 は,罰
作 業 標 準 書 に 代 表 さ れ る詳 細 な ル ー ル な ど,受
金 を 主 と す る 罰 や,
動 的 動 機 づ け に よ って モ チ ベ ー
トさ れ て い る。 同 じ く,受 動 的 動 機 づ け と して,「 報 ・連 ・相 」(報 告 ・連 絡 ・
相 談)が
あ る。 日本 の 経 営 に お い て は,「 報 ・連 ・相 」 は,プ
す る こ と に よ っ て,良
ロセ ス を重 視
い 結 果 を 生 む た あ に 用 い られ て い る手 法 で あ る。 特 に,
現 地 の メ ー カ ー で は,高
品 質 を 維 持 す る た め に,必
マ ネ ジ ャ ー 達 に よ っ て,中
従 業 員 の 声 を 聞 く と,こ
須 の も の と し て,日
本人
国 人 従 業 員 に 課 せ られ て い る 。 と こ ろ が,中
国人
の 「報 ・連 ・相 」 が,実
に,不
評 で あ る。
・「仕 事 を 任 せ られ て い な い 」
・「信 頼 さ れ て い な い 」
・「細 か す ぎ る 」
こ れ ら の 中 国 人 従 業 員 は,日
本 人 上 司 が,頻
繁 に仕 事 の 進 捗 状 況 を 彼 等 に
求 あ る フ ィ ー ドバ ッ ク の 行 動 を,「 干 渉 」 と し て 捉 え て い る。 「報 ・連 ・相 」
に よ っ て,彼
等 は,行
動 の 選 択 を 奪 わ れ,不
じて い る の で あ る 。 つ ま り,良
自 由 な 状 態 に 置 か れ て い る と感
品 の 経 営 を 確 保 す る た め の 手 段 の は ず が,デ
ィ
モ チ ベ ー トの 要 因 と化 し て い る の で あ る 。
ケ リ ー(C.Kelley)が,日
本 人,中
化 適 応 テ ス トの 結 果 を み る と,感
(399)225
国 人,米
情 的 回 復,柔
国 人 を対 象 に 実 施 した 異 文
軟 性/開 放 性,感
覚 の 鋭 さ,
政経論叢
自 律 性 の4つ
の 次 元 の 中 で,中
第73巻 第3・4号
国 人 と米 国 人 は 自 律 性 の ス コ ア ー が 日本 人 よ
り も高 い ㈱ 。 自律 性 の 高 い 人 間 は,自
ト さ れ る 。 「報 ・連 ・相 」 は,自
己 決 定 や 自 己 効 力 感 に よ っ て,モ
チベー
己 決 定 の 意 識 や 自 己 効 力 感 を 低 下 さ せ,彼
等 を デ ィ モ チ ベ ー トす る 結 果 を 導 く の で あ る 。
で は,日
本 人 上 司 は,「 報 ・連 ・相 」 の 手 法 を 止 め る の か,あ
け る の か,続
け る な ら ば,ど
る い は,続
の よ う な形 で デ ィモ チ ベ ー シ ョンを 妨 げ る こ と
が で き る の か。
多 く の 日 本 人 上 司 は,ま
だ,「 正 直 な と こ ろ 」 中 国 人 従 業 員 に 対 し て,不
信 を 抱 い て い る 。 彼 等 に と っ て,「 報 ・連 ・相 」 は,や
き な い 管 理 手 法 で あ る。 そ れ な ら ば,デ
「報 ・連 ・相 」 を 維 持 して い く に は,ど
こ れ に 対 し て は,ト
み る(24)。彼 は,デ
は り捨 て る こ と の で
ィ モ チ ベ ー トを し な い よ う な 方 法 で,
の よ うに した らよ い の だ ろ うか 。
ー マ ス(K.Thomas)の
内発 的報酬 の概念 を用 いて
ィ モ チ ベ ー シ ョ ンを 緩 和 し,人
を 内 発 的 に 動 機 づ け る に は,
「自 分 で 行 動 を 選 択 で き る と い う感 覚 」 が 必 要 で あ る と述 べ て い る ⑳ 。 そ こ
で,日
本 人 上 司 は,許
容 で き る 範 囲 の 行 動 の 自 由 を 与 え る。 筆 者 は,こ
れ に
参 加 とオ ー ナ ー シ ップの 感 覚 を 加 え た い。
例 え ば,両
者 が 協 議 を し て,定
期 的 に 中 国 人 従 業 員 か ら,フ
を さ せ る 期 日 を 設 定 す る 。 そ れ は,両
ィ ー ドバ ッ ク
者 の 合 意 で 決 定 し た の で,「 干 渉 」 に
は な らな い。
そ の よ う に し て,中
彼 に,日
本 人 上 司 が,許
国 人 従 業 員 の 認 識 を 変 え,プ
容 で き る範 囲 で,行
シ ッ プ の 感 覚 を 持 た せ る。 そ れ が,モ
以 上,品
質,作
ロ セ ス も重 視 し な が ら,
動 の 選 択 と 自 由 を 与 え,オ
チ ベ ー トす る 秘 訣 で あ る 。
業 標 準 書,「 報 ・連 ・相 」 の3点
につ い て述 べ た。
こ れ ら に 対 す る 中 国 人 従 業 員 の 考 え 方 や 捉 え 方 は,日
本 人 に と っ て,全
「異 」 の 部 分 で あ る。 こ の 「異 」 の 部 分 を ど の よ う に し て 扱 い,彼
ボ レ ー ト し な が ら品 質 の 高 い 製 品 を 造 っ て い け る の だ ろ う か 。
226(400)
ーナー
く
等 とコラ
中国進 出日本企業 における中国人従業員のモチベ ーシ ョンの向上 と維持
こ こ で,一 つ の原 理 原 則 が見 え て く る。 そ れ は,第1に,「
異 」 に 対 して,
譲 れ る もの と譲 れ な い もの を 区別 す る こ とで あ る。 大 抵 の 日本 企 業 で は,品
質 につ い て は,絶 対 に譲 る意 思 は な い。 その 時 点 で の作 業 標 準 書 につ い て も,
ほぼ 同 様 で あ る。 譲 れ な い もの に対 して は,コ ラ ボ レー テ ィ ング,教 育 研 修,
デ ィス カ ッシ ョ ン等 を通 じて,徹 底 して意 味 づ け/意 義 づ けを 行 う。
その 過 程 で,品 質 の概 念 や作 業 標 準 書 の重 要性 が 理 解 で き た上 で,受 容 で
き る中 国 人従 業 員 が 出 て くるで あ ろ う し,理 解 はで きて も,受 容 に関 して は,
心 理 的 に抵 抗 を 示 す 中国 人 従 業 員 も出 て く るで あ ろ う。 前者 の 場 合 は,受 容
に よ って,能 動 的 動 機 づ け の段 階 に入 る こ とが で き る。 一 方,後 者 の 場 合 に
は,相 変 わ らず,受 動 的 に と どま る か も しれ な い が,少 な くと も,日 本 企 業
側 が 望 ん で い る意 思 と い う もの,こ の工 場 で働 く限 り作 業標 準書 が 不 可 欠 で
あ る と い う こ と は,理 解 で き る はず で あ る。 そ れ は,極 め て 重要 で あ る。
以 下 では,ヒ
ア リ ング調 査 に基 づ い て,中 国人 従 業員 の 声 の 中 か ら,モ チ
ベ ー シ ョ ンと関 係 の あ る要 因 を,一 部,挙
第1に,中
げ て み よ う。
国 人 従 業 員 の提 案 の扱 い で あ る。
・「(日本人)上 司 は ,意 見 を 聞 い て くれ るが,実 行 して くれ ない 。 例 え ば,
電 力 不 足 の た あ に,発 電 機 を購 入 した。 私 は,各 工 場 で,電 気 を 分 け る
の で は な く,一 つ の 工 場 に だ け,そ の購 入 した 発電 機 を 使 い,他
は,市 の 電 力 で カバ ーす る こ とを提 案 した。 しか し,取
の工 場
り入 れ て くれ な
か った 」
提 案 を した現 地 従 業 員 に は,不 採 用 の 理 由 につ い て 明確 な説 明 が な か った。
現 在,金 融 機 関 の あ る海 外 支 店 長(日 本 人)の 経 験 談 で は,国 内 で 提 案 を し
て 採 用 され な か った 時 に,彼 の 上 司 は,単
に,「 採 用 さ れ る もの を持 って 来
い」 と言 った のみ で あ った。 しか し,海 外支 店長 とな った彼 の 仕 事 の 一 つ に,
不 採 用 の 提 案 を 出 した 現 地 従 業 員 に対 す る 明確 な理 由 の 提示 が あ る。 不採 用
の 明 確 な 理 由を 添 え な い と,現 地 従 業 員 は納 得 せ ず,モ チ ベ ー シ ョンを 低 下
(401)227
政経論叢
第73巻第3・4号
させ て しま うか らで あ る。
第2に,愛
社 精 神 と契約 主 義 に対 す る理 解 の 程 度 で あ る。
・「『会 社 の た め に ,頑 張 れ』 『全 力 をつ く して,こ の 会 社 の た め にや れ 』」
と い うよ うな こ と は,契 約 主 義 的 な 考 え をす る 自分(中
理 。 この こ とは,(日 本 人 の)上 司 に は,話
国人)達
に は無
して い な い けれ ど」
・「中 国 人 は,契 約 を結 ん で い る。 『日本 人 は うち の会 社 』 と言 うけ れ ど,
自分 の会 社 で はな いで し ょ」
確 か に,中 国 人 従 業 員 の 中 には,日 系 企 業 に対 して愛 社 精 神 を持 って い る
従 業 員 もい る。 筆 者 もその よ うな 中 国 人 従 業 員 に 出会 った こ とが あ る。
・「私 は ,こ の会 社 の 立 ち上 げ の 時 か ら関 わ った の で,会 社 に対 して感 情
的 な もの が あ ります 」
契 約 主 義 的 な 思 考 様 式 の強 い 文 化 で は,明 確 な職 務 範 囲 を記 した職 務 記 述
書 が必 要 に な る。 職 務 範 囲 が,曖 昧 なた め に,モ チ ベ ー シ ョ ンが高 ま らな い
と語 った 日系 企 業 で 働 く現地 従 業 員 に ヒア リ ング を した こ とが あ る。 愛 社精
神 の な い契 約 主 義 的 な 思 考様 式 の 強 い現 地 従 業 員 に,「 会 社 の た め に頑 張 れ 」
と言 うの で は な く,敢 え て言 うな らば,「 そ れ は あな た の職 務 範 囲 です よ。
契 約 しま した よね 」 と 明示 的 に コ ミュニ ケ ー シ ョ ンを と る方 が 有効 で あ る。
第3に,中
国 人 従 業 員 に対 す る傲 慢 な態 度 で あ る。
・「偉 そ う な顔 を した り,そ
う した 態 度 を と る 日本 人 が い ます 。 表 情 や 目
つ きで 分 か ります 。 一 緒 に,外 出す る 時 に,日 本 語 で 中 国 人 従 業 員 に対
す る不 平 や不 満 を言 う人 もい ま す」
態 度 や 表 情,目
つ き とい っ た非 言 語 は,相 手 にメ ッセ ー ジを 送 る。 中 国 人
従業 員 は,そ れ らの非 言 語 に敏 感 な の で あ る。 裏 返 せ ば,モ チベ ー シ ョ ンを
高 め る よ う な態 度,表 情,目 つ き に も,同 様 に 敏 感 で あ る。
第4に,面
前 で の 叱 責 で あ る。
・「面 前 で 叱 る(日 本 人)上 司 が い ます 。 中 国人 に は,面 子 が大 切 で す 」
228(402)
中国進 出 日本企 業におけ る中国人従業員のモ チベ ーシ ョンの向上 と維持
面 前 で の 叱 責 は,個 人 の 尊 厳 を傷 つ け,モ チベ ー シ ョンを低 下 させ る と共
に,叱 責 した人 物 に 対 す る敵 意 や,心 理 的 抵 抗 を 招 く。 こ れ は,協 働 に対 す
る阻 害 要 因 で あ り,生 産 性 や 効 率 に 対 し逆 効 果 で あ る。 面 前 で の 叱責 を受 け
入 れ る 日本 文 化 とは,相 違 す る点 に 留 意 した い。
近 年,日 本 で も若 い世 代 の 従 業員 を 面 前 で 叱 責 で き な くな った と あ る企 業
の管 理 職 が筆 者 に語 った が,そ の 面 で は,日 本 文 化 に も変 化 が 出 て き た。 昔
は,確 か に,面 前 で の 叱責 は,見 せ しめ や 職 場 の 雰 囲 気 を 引 き締 め る と い う
効 果 もあ った。 と ころ が,現 在 の若 い 世 代 の 従 業 員 を 面 前 で 叱 責 す る と,そ
れ に対 して 思 い もか け な い反 撃 を く ら う こ と もあ る し,意 図 した範 囲 を 越 え
て,部 下 が 意 欲 を失 う場 合 が あ る。 あ る意 味,日 本 の 同一 文 化 に お いて も,
世 代 の ギ ャ ップ は,異 文 化 に等 しい もの が あ るの か も しれ な い。
中国 人 マ ネ ジ ャー は,ど の よ うに して 中 国 人 部 下 の モ チベ ー シ ョ ンを高 め
て い るの か 。 次 に,中 国 人 マ ネ ジ ャー に,①
どの よ う にす れ ば,中 国 人 従 業
員 の モ チベ ー シ ョ ンを高 め る こ とが で き るの か,②
日常 業 務 の 中で,ど
う に して 中 国 人 部 下 の モ チベ ー シ ョ ンを高 め て い るの か,③
のよ
も し,部 長 な い
し課 長 な らば,ど の よ うに して,中 国 人部 下 の モ チベ ー シ ョ ンを高 め る のか
に つ い て 質 問 して み たQ
① に関 して は,昇 給 が最 も多 か った が,そ れ 以 外 に も,い
くつ か の 要 因 が
挙 が った。 例 え ば,中 国 人従 業 員 か ら,以 下 の よ うな声 を 聞 くこ とが で きた。
・「自分 が上 司 な らば ,部 下 に 自分 が 信 頼 して い る こと を示 しま す」
・「良 い コ ミュニ ケ ー シ ョンを大 切 に します 」
・「良 い職 場 の人 間 関係 を作 りま す。 私 も,そ れ で や る気 が 出 る か らで す」
さ ら に,次 の よ う な回 答 もあ った。
・「日本 人 と中 国人 で は,給 料 の差 が大 き いで す 。 中国人 は不 公平 だ と思 っ
て いま す よ。 で す か ら,ご 馳 走 を して も ら う と うれ しい 。 心 の バ ラ ンス
が とれ るの で す 。 部 下 に も,ご 馳 走 を す る の が よ い で しょ う」
(403)229
政経論 叢
第73巻第3・4号
② と③ の 質 問 に 対 して は,大 抵 の 中 国人 マ ネ ジ ャーが,回 答 で き なか っ た。
それ につ い て は,日 常 の業 務 の 中 で,部 下 の モ チ ベ ー シ ョ ンにつ いて 意 識 し
て い な い,中 国人 マ ネ ジ ャー 自身 の モ チベ ー シ ョ ンが低 い,中 国人 マ ネ ジ ャー
が 育 成 され て いな い等 の理 由が 挙 げ られ る。
日本 人 上 司 が,中 国 人 部 下 の モ チ ベ ー シ ョンの 向上 とい う問題 に 直面 して
い る の と同 様 に,中 国 人 上 司 の 中 に も,中 国人 部 下 の モ チ ベ ー シ ョンの 問題
を抱 え て い る上 司 が い る。
・「部 下 に 対 して,将 来,日 本 人 が や っ て い る仕 事 が で き る よ う にな りま.
す と言 って い るの で す が,(中
国人 部 下 は)信
じて くれ ま せ ん 。 『保 証 で
き ま す か 』 と 聞 き 返 す 人 もい ま す。 そ う言 わ れ る と,『 で き る 』 と は言
え ませ ん」
そ こ で,こ の 中 国 人 マネ ジ ャー は,日 本 人 上 司 が,3年
か ら5年 の 期 間 に
わ た って,将 来 像 を描 くこ と を強 く望 ん で い る。 能 力 の あ る中 国 人 部 下 とそ
うで な い 部 下 を 明 確 に区 切 り,給 料 に差 を つ け る べ き で あ る と語 った 中 国 人
マ ネ ジ ャー もい た。
彼 等 の上 司 に当 た る 日本 人 マネ ジ ャー は,ど の よ うに して 彼等 を も含 む 中
国 人 従 業 員 の モ チベ ー シ ョン を高 めて い る のか 。
・「不 良 品 を 出 して も,ペ ナ ル テ ィな ど恐 くな い とい う中 国人 従 業 員 が い
ま す。 『ど う して 不 良 品 を造 っ た の か』 と聞 くと,『 じゃ あ辞 め ます 』 と
言 うの です 」
この よ うな従 業 員 の数 は,驚
く こ と に,全 体 の 半 数 近 くに上 る と言 う。 つ
ま り,企 業 に よ って は,罰 金 とい う動 機 づ けが 機 能 しに くい 状 況 に あ る。 別
の 日本 企 業 で は,「 罰 金 を払 うの だ か ら,責 任 を持 つ必 要 は な い」 とい う社
員 が増 加 し,罰 金 制 度 の見 直 しを 図 って い る㈲。
2年 前 に,中 国 に進 出 して い る 日本 企 業 で,中 国 人 駐 在 予 定 者(当
時)を
対 象 に,中 国 を 取 り上 げ なが ら,異 文 化 ビ ジネ ス に 関 す る教 育 研 修 を 日本 で
230(404)
中国進出 日本企業 における中国人従業員 のモチベー ションの向上 と維持
実 施 した 。 今 日,そ の 追 跡 調 査 も現 地 で行 って み た。
・「あ の 時 は,ピ
ン と こ な か った の で す 。 説 明 さ れ て い る こ とが,本
あ るの か な あ と い う感 じで した。 通 訳 を使 え ば,で
当に
き るの で はな い か と
思 って い ま した」
同 じ教 育 研 修 に 参 加 した もう1人 の 日本 人 駐 在 員(現 在)は,次
の よ うに
語 った。
・「研 修 で や っ た ゲ ー ムの よ うな こ とが ,実 際,起
き て い ます 。 今 は,ど
の よ う に して,彼 等(中 国 人従 業 員)に 目標 を達 成 させ た らよい の か 困 っ
て い ま す」
2人 が勤 務 して い る 日系 企 業 で は,中 国 人 従 業 員 に,「 私 の 作 業 ポ イ ン ト」
を書 か せ,従 業 員 の 顔写 真 と共 に掲 示 して い る。 それ を見 る と,中 国 人 従 業
員 は,「 不 良 品 は,絶 対 に次 の工 程 に渡 さな い こ と」 「お客 様 に 不 良 品 を 渡 さ
な い こ と」 「工 具 を使 用 終 了後,も
お くこ と」 等,各
との所 に返 す こ と」 「部 品 の 見分 けを して
自が 作 業 の ポ イ ン トを 挙 げ て い る。 ま た,こ の 日系 企 業 で
は,「 受 け取 らな い ・造 らな い ・流 さな い」 に よ って,「 不 良 ゼ ロ化 活動 」 を
推 進 して い る。 さ らに,末 端 の 労 働 者 と い う イ メ ー ジが強 い ワー カ ー と い う
言 葉 を使 用 せず,彼
等 を 「先 端 作 業 者 」 と呼 ぼ う と い う運 動 を行 って い る。
米 国 に進 出 して い る 日系 企 業 の 中 には,ワ ー カ ー を は じめ トップ も含 め,
「ア ソ シエ イ ト(仲 間)」 と呼 ん で い る企業 が あ る。 米 国 人 が 重 視 す る 「平 等 」
や 「公 平 」 一
建 前 的 な と こ ろ も あ る が一
とい っ た価 値 観 に訴 え た や り
方 で あ る。 同様 に,「 先 端 作 業 者 」 は,中 国 人 が尊 重 す る面 子 を 考 慮 に入 れ
て お り,有 効 な方 法 で あ る。
「私 の 作 業 ポ イ ン ト」 や 「不 良 ゼ ロ化 運 動 」 も,意 味 づ け/意 義 づ け と関
係 が あ る。 日本 に い る 日本人 従 業 員 に と って は,中 国 人 従 業 員 が掲 げ た 「私
の 作 業 ポ イ ン ト」 は,理 解 し,自 己 の もの と して 受 容 して い る の で あ る。
これ ま で,中 国人 従 業 員 の意 識 に つ い て 述 べ て きた が,日 本 人 上 司 の意 識
(405)231
政経論叢
との ギ ャ ッ プを埋 め る研 修 や,何
第73巻 第3・4号
らか の 対 策 が 急務 であ る と い うこ とは,お
分 か り頂 け た で あ ろ う。 ま た,筆 者 は,2人
の 教 育 研 修 の参 加 者 に,現 地 で
追 跡 調 査 を行 う こ とが で き,赴 任 前 と赴 任 後 の2本 立 て で教 育 研 修 が必 要 で
あ る こ とを,改 め て認 識 した。
《注 》
(1)日
本 経 済 新 聞2004年6月23日p.1,p.5.
(2)ChunhongLiu,DeanTjosvold&MayWong(2004),EffectiveJapanese
inChina:Co-OperativeGoalsandApplyingAbilitiesforMutualBenefit,
1ねごθγ犯α琵oη α`ノ ∂z〃ηαZo}HumanResourceManagement15:4June/15:5
August,pp.730-749.
(3)ibid.,pp.730-749.
(4)YingyanWang(2004),ObservationsontheOrganizationalCommitmentofChineseEmployees:ComparativeStudiesofState-OwnedEnterprisesandForeign・lnvestedEnterprises,InternationalJournalo}1動
η2αη
ResourceManagement15:4June/15:5August,pp.649-669.
(5)ibid.,pp.649-669.
(6)信
太 謙 三(2003)『
中 国 ビ ジ ネ ス 光
(7)AcademyofManagement(ル
と 闇 』 平 凡 社,p.73.
イ ジ ア ナ 州 ニ ュ ー オ リ ン ズ2004年8月)
に 提 出 さ れ た ∫iing-LihFarh,Bor-ShiuanCheng,Li-FangChot&Xiaoping
・Chuの
論 文
に 拠
る 。
タ イ
トル は
,AuthorityandBenevolent:Employee's
ResponsestoPaternalisticLeadershipinChina.
(8)同
上
(9)拙;著(2004)『
異 文 化
(10)2004年7月
プ に 拠
に 米 国 オ
コ ラ ボ レ 一 夕 ー の 仕 事 』 中 央 経 済 社,pp.114-11F.
レ ゴ ン 州 で 開 催
る 。 ワ ー ク シ ョ ッ プ の タ イ
さ れ たG・
nationalCorporation.
(ll)GreetHofstede(1997),CulturesandOrganizations.SoftwareoftheMina,
McGraw-Hill,pp.23-138.
(12)ibid.,pp.23-138.
(13)ibid.,pp.79-108.
(14)ibid。,pp.109-138
(15)ibid.,p.125。
232(406)
レ ン ウ ィ ッ ク の ワ ー ク シ ョ ッ
ト ル は,Cross-CulturalTraininginInter-
中 国進 出 日本 企 業 に お け る中 国 人 従 業 員 の モ チベ ー シ ョ ンの 向上 と維 持
(16)E.L.デ
シ
安 藤 延 男
・石 田 梅 男 訳(1981)『
内 発 的 動 機 づ け 』 誠 新 書 房,pp.
25-70.
(17)同
掲 書,pp.145-179.
(18)JohnBiggs&DavidWatkins(1996),TheChineseLeanerinRetrospect.
InJohnBiggs&DavidWatkins(Eds.),TheC励
PsychologicalandOoη`θ
θsθLearner.Cultural,
κ'παJInfluences,CERC&ACER,HongKong,pp.
269-285.
(19)2004年7月
プ に 拠
に 米 国 オ
る。
レ ゴ ン 州 で 開 催 さ れ たG・
ワ ー ク シ ョ ッ プ の タ イ
レ ン ウ ィ ッ ク の ワ ー ク シ ョ ッ
ト ル は,Cross-CulturalTraininginInter-
nationalCorporation.
(20)ChristineBoos,Engelbert&FrankSieren(2003),TlzθChinaノ
レ旋zηα92一
〃3θ窺Handbook,Palgrave,pp.180-186.
(21)ibid.,pp.180-186.
(22)ibid.,PP180-186.
(23)1988年11月
に 日 本 で 開 催 さ れ た 異 文 化 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン 学 会(Society
forInternationalEducation,TrainingandResearch)で
Kelley)の
プ
の ケ リ ー(C.A.
レ ゼ ン テ ー シ ョ ン に 拠
る 。 タ イ
ト ル は,Internationa1Cross-
CulturalAdaptabilityInvento.ry(CCAI)Data.
(24)KennethW.Thomas(2002),IntrinsicMotivationatWork:BuildingEn一
θ㎎y&CommitmentBerrett-KoehlerPublishing,Incapp.41-50.
(25)ibid.,pp.41-50.
(26)PHP研
(2004)PHP研
究 所 編
『「実 践 」
中 国 で 成 功 す る 人 材 マ ネ ジ メ ン
トマ ニ
ュ ア ル 』
究 所,p.134.
本 研 究 は,文 部 科 学 省 な ら び に明 治 大 学 の 助 成 に よ るオ ー プ ン ・リサ ー チ ・セ ン
タ ー整 備事 業(平 成14年
(407)233
度 ∼ 平 成18年
度)の 一 環 と して実 施 さ れ た もの で あ る。
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