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ニューコメンの大気圧機関とワットの蒸気機関の再現
高 校 物 理 ニューコメンの大気圧機関とワットの蒸気機関の再現 三重県立名張桔梗丘高等学校 川 上 晃* 目 的 高校物理の学習内容に「熱機関」の学習がある。人 類史上初の熱機関である大気圧機関を、教室で運転が 可能なかたちで再現し、熱機関の作動原理や熱力学の 第 1 法則・第 2 法則等に関して具体的イメージを伴っ た理解に導くことをめざした。また、エネルギー資源 や環境の問題を考えるとき、量的な理解が大切である と考え、熱効率の測定ができることをめざした。 冷却水 タンク シリンダー部 0.024% ボイラー部 井戸 B 概 要 ガラス製注射器を使って、教室で運転が可能なニュ ーコメンの大気圧機関とワットの蒸気機関の再現装置 を開発した。大気圧機関は新鮮で意外性があり、大気 圧の存在を意識化させてくれる。また、装置を動かし 続けるには、水蒸気を入れては冷やし、入れては冷や しを繰り返さなければならない。このことが、高温熱 源と低温熱源の必要性をよく示してくれる。特に凝縮 用冷却水を注入して冷やすという行為により、見落と されがちな低温熱源の存在を意識化させることができ る。ワットの分離凝縮器付き蒸気機関は、凝縮器が冷 却水の中に沈められており、低温熱源の存在を視覚的 に理解させることができる。 授業実践としては、再現したニューコメンの大気圧 機関を実際に運転して「熱機関の作動原理」や「熱力 学の第 1 法則」「熱力学の第 2 法則」を定性的に理解さ せることを目標とした授業と、ボイラーでの供給熱量 やピストンがする仕事量、井戸ポンプがする仕事量を 測定して熱効率を求める授業を行った。 0.16%(1.6%) ビーム A 排水装置 図1 装置の全体図と熱効率の測定値 2.ボイラー部 500mÎの平底フラスコをボイラーの容器として用い た。100V-400W のニクロム線をフラスコの水中に入れ て、水を沸騰させるための熱源とした。ニクロム線に 流す電流は、単巻き可変変圧器でコントロールした。 水蒸気はガラス管・ビニールチューブを介してシリン ダー内に流入させる。また、図 2 のように、ロート、 つる巻バネ、非弾性衝突球を用いて安全弁を作り、ゴ ム栓に装着した。 教材・教具の製作方法 銅線 ø.ニューコメンの大気圧機関 1.装置の全体 図1は開発した装置の全体図である。本装置は熱機関 部と井戸ポンプ部からなる。ビームによって熱機関部と 井戸ポンプ部は連結されている。再現装置の運転は、図 1 のピンチコック A、B を用いて、水蒸気と冷却水の注 入を手動で制御することによって行う。図中の数値は、 生徒が測定した熱効率である。シリンダー部の括弧内の 数値は熱伝導等による熱損失を含まない熱効率であり、 高校物理の教科書で学習する熱効率に相当する。 * ロート 非弾性衝突球 つるまきバネ 図 2 安全弁 かわかみ あきら 三重県立名張桔梗丘高等学校 教諭 〒 518-0627 三重県名張市桔梗が丘 7-1-1926-1 @(0595)65-1721 E-mail [email protected] 1 3.ピストン・シリンダー部 100mÎのガラス製注射器を利用した。図 3 に示す位 置で注射筒の一端を切り落とし、図 4 のように工作し たゴム栓を装着した。注射筒の切断は、円盤状の工作 用ダイヤモンドカッター(ホームセンターで購入でき る)をボール盤に取り付け、540rpm の低速回転で行 った。ゴム栓には凹みを作ってある。これは、ピスト ンが下降してきてゴム栓に衝突するときに、蒸気注入 口のガラス管や冷却水注入ノズル(ガラス管を用いて 製作)が破損するのを防ぐためである。また、蒸気注 入口と冷却水ノズル口は排水口より高くしてある。シ リンダーは鉄製スタンドで支えた。また、ピストンの 激しい衝突でゴム栓が抜けないように、銅線を利用し てゴム栓を固定する。シリンダーから真空計までの管 はガラス管を用いた。 5.排水パイプ部 ガラス管を J 字状に曲げ、ゴム栓とゴムシートを利 用して、図 5 のような排水パイプを作った。廃水漕は 500mÎのペットボトルの底部をカットして利用した。 図のように、底に穴を開けて排水パイプのゴム栓にセ ットして水を入れた。排水口のゴム栓にゴムシートを 貼り付けて逆流防止弁とした。図の位置に K 型熱電対 をセットして廃水の温度を測定した。 逆流防止弁 K型熱電対 水 ピストン 廃水漕 図 5 排水パイプ シリンダー ここでカットする 図 3 ガラス製注射器の切断 ピストン ゴム栓 冷却水注入 ガラス管 水蒸気注入ガラス管 排水ガラス管 図 4 ゴム栓の加工 4.冷却水注入装置 冷却水噴出ノズルは外径 6mm のガラス管の先を細 くし、注射筒のゴム栓に装着した。冷却水タンクはペ ットボトルを利用した。タンクとノズルの連結にはビ ニールホースとビニールチューブを利用したが、ピン チコック B の部分だけはゴム管を使用した。冷却水の 噴出は落差によって起こるが、タンク上部の大気圧と シリンダー内の水蒸気圧との圧力差も噴出の助けとな っている。 2 6.井戸ポンプ部 灯油タンクで利用する安価なハンドポンプの赤い部 分をはずして、その代わりに 30mÎのガラス製注射器 を装着して井戸用ポンプとした。この注射筒も機関部 のシリンダーと同じように一端を切断してある。ピス トン頭部にアルミ製のアングルを接着して、370g の 魚釣り用の鉛のおもりを 2 個装着した。このおもりに よって熱機関部のピストンが引き上げられ、ボイラー からの水蒸気がシリンダーに供給される。 7.ビーム ビームは木板で作った。ビームの中心位置にベアリ ングを埋め込み、丸棒を軸として通した。その丸棒を 鉄製スタンドで支えている。ビームには、図 1 のよう な円弧(円弧の中心は支持軸)状の板を両端に取り付 けてある。これは、機関部分のピストンや井戸ポンプ のピストンを常に鉛直に引き上げるためである。ビー ムとピストンは鎖で連結している。 ¿.ワットの蒸気機関 図 6 は開発した装置の全体図である。写真 1 は機関 部分の写真で、ピストンを取り出してある。ピンチコ ック A と B を操作して運転する。ピンチコック B を閉 じて A を開くとピストン上下の蒸気圧が等しくなり、 ピストンはおもりによって引き上げられる。このとき、 ピストン上部の水蒸気はピストン下部へ移動する。つ ぎに、ピンチコック A を閉じた後 B を開く。すると、 ピストン上部と下部に圧力差が生じ、ピストンは下降 しておもりを引き上げる。この操作を繰り返すとピス トン運動が継続する。詳しい製作方法は紙面制限の都 合で割愛する。 ロッド 水蒸気 安全弁 ピストン おもり A B 凝縮器 2.指導方法 初学者にとってニューコメン機関全体は複雑に見え る。そこで、図 7 のようないわゆる熱機関部分のみの 装置を用いる。冷却水の注入はスプレー用のハンドポ ンプを利用する。排水管をゴム管に換えて、ピンチコ ックで開閉できるようにしてある。まず、教師が演示 して説明した後、生徒に装置を運転させて体験を通し て前述の目標(1) (2) (3)を定性的に理解させる。定 性実験のときは、 ボイラーの熱源はガスバーナーでよい。 冷却水 ガラス製注射器 図6 ワットの蒸気機関の再現装置 排水 コック 凝縮用冷却水 図7 写真 1 再現装置の機関部分 学習指導方法 ø.熱機関の定性的学習 1.学習の目標 以下の内容を理解させることを目標とする。 (1)「ボイラー(高温熱源)から水蒸気(熱)を供給 し、それを冷却水(低温熱源)で冷却する(熱を捨 てる)ことによって動力を得ていること」(熱機関 の作動原理) (2)「熱の一部が仕事に変換されること」(エネルギー 保存の法則) (3)「供給した熱の多くを低温熱源に捨てなければな らず、その熱を再び機関の運転に利用することはで きないこと」 (熱力学第 2 法則) 機関部のみの再現装置 装置の運転手順 (1)シリンダーからピストンを取り外す。冷却水注入 用のハンドポンプを使って、シリンダー内に冷却水 が噴出することを確認させる。 (2)ピストンとシリンダーの間に潤滑剤としての水を 充分に含ませておく。 (3)排水コックを開いた状態で、水蒸気を注入する。 (4)排水パイプ口から水蒸気が出てくるようになった ら、排水コックを閉じる。するとピストンが上昇し 始める。 (5)ピストンが適当な位置まで上昇したら、冷却水を 注入する。するとピストン上部と下部に圧力差が生 じて、ピストンは勢いよく戻ってくる。上部は大気 圧、下部は水蒸気圧である。 (6)以後、排水コックの開閉と冷却水の注入を交互に 繰り返すとピストン運動を続けさせることができる。 ¿.熱効率の測定実験 1.学習の目的 (1)測定内容と測定方法の考察、理解、実行 (2)学習済みの知識の復習と知識の有用性の自覚 (3)量的理解 量を考察することの大切さを理解させる。実際に 量を測定することによって、いかに多くの供給熱 (エネルギー)が無駄になっているかを実感させる。 また、シリンダー部分がした仕事の熱効率と井戸ポ ンプがした仕事の熱効率の違いから、熱機関の出力 に見合った仕事をさせることの大切さにも気づかせる。 3 2.測定方法 測定項目が多いので 5 名程度で役割分担を行う。装 置を 1 分間運転して熱効率を測定する。写真 2 は、生 徒が再現装置を運転している様子である。 (4)ピストンの断面積と 1 行程の長さを測定し、(1) で求めた蒸発熱の値を使って、シリンダー容積に等 しい水蒸気が運んだ供給熱 q を求める。 (5)(1)∼(4)のデータをもとに、水のくみ上げ仕事の 熱効率 e1=W1/Qボ、機関部の熱効率 e2=W2/Qボ、熱伝 導による熱損失を除いた熱効率 e 3=W2/q を求める。 生徒による測定結果は、図 1 の図中に記してある。 実践効果 写真 2 ニューコメン機関の運転 (1)ボイラー内のニクロム線の端子電圧、電流、通電 時間(1 分)、水の蒸発質量を測定する。これらの測 定値より、ボイラーにおける供給熱 Q ボとボイラー における水の蒸発熱[J/g]を求める。 (2)井戸ポンプが汲み上げた水の質量、汲み上げた高 さを測定する。これらの測定値より、井戸ポンプが した仕事量 W1 を求める。 (3)ピストンの横にスケールをセットしておいて、ピ ストンの位置と真空計の示度を VTR カメラで撮影 する。映像をコマ送り再生してピストン位置とその ときの真空度を読みとる。これらの値より P − V 図 を描く。この P − V 図をもとにピストン・シリンダ ー部分(熱機関)の仕事量 W 2 を求める。図 8 は、 生徒実験で得られた P − V 図である。 テーマ研 6/14運転 P−V図 100000 90000 P(N/m2) 80000 70000 60000 50000 40000 30000 20000 10000 0 0.000E+00 2.000E-05 4.000E-05 V(m3) 図8 P−V図 4 6.000E-05 8.000E-05 定性的理解を目標とした授業実践後の感想は、「熱 機関の原理が分かった。」、「あんなふうにしてピスト ンを動かすのは凄い。」、 「熱機関の仕組みが分かった。」 等であった。また、熱効率の測定は本校独自の科目で ある物理テーマ研究(受講者 5 名)で実践した。ここ での感想は、「仕事、圧力、etc、etc、思い出せなか った。よく理解しようとすると、以前学んだことの応 用のようにも感じた。基本は大切だと思う。」、「ニュ ーコメン機関の作業効率について。まず、無駄が多い。 なんだよ。0.03%って。」(図 1 の中の数値と値が異な るのは計算間違いのためである)、「熱効率を普通に求 めても 0.16 %しかなくて、損失がないように求めれば もう少し上がって、20 ∼ 30 %くらいまでいくのかな ぁと思っていたところ、1.55 %しかなかったのですご く驚いた。」等であった。これらの感想より、「熱機関 の学習において、具体的イメージの伴った理解をさせ ること」や「量的な理解をさせること」という目標は ほぼ達成できたものと思われる。 その他補遺事項 本装置の開発の多くは三重大学大学院における研修 で行ったものである。このような研修の機会を与えて いただいた三重県教育委員会、三重県立名張桔梗丘高 等学校に感謝いたします。また、三重大学では西岡正 泰先生をはじめ多くの先生方にお世話になりました。 感謝いたします。