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「2:6:2 の法則」に関する一考察
「2:6:2 の法則」に関する一考察 1 -マルチエージェント・シミュレーションによる検討- 柿沼 英樹 (青山学院大学大学院) 1. 問題意識 企業のなかだけに限らず、組織全般に起こる事象として「働きアリの法則」または「2:6:2 の法則」と 呼ばれるものが、広く一般に知られている。 「2:6:2 の法則」とは、組織において、上位 2 割の人が高い 生産性を上げ、 中位 6 割は普通に働き、 下位 2 割がそれらにぶら下がり足を引っ張るという法則である。 ここで下位 2 割を取り除くと、全体の生産性が高まるわけではなく、残った 8 割が再び 2:6:2 の比率に 分かれるとされる。また、上位 2 割を取り除いた場合も、同様に残りの 8 割が 2:6:2 の比率に分かれる とされる。組織のなかでは「2:6:2 の法則でいう上位 2 割のコア人材をどう定着させるか?」などと用い られることがあるが、この法則は、実際の組織において実証された理論ではなく、いわゆる経験則の域 を脱していないといわれる。 本研究は、この「2:6:2 の法則」が実際に組織において有効なものであるかを、マルチエージェント・ シミュレーションを用いて検討するものである。具体的には、会社組織(職場)をゲーム的状況にある ものとして捉えてモデリングし、シミュレーションの結果出力を統計的に処理することで、組織成員の 構成比について確認を試みる。 2. 職場のゲーム構造 職場のゲーム構造は、近藤(1992)や高橋(1997)では囚人のジレンマゲーム、小林(2005)ではチ キンゲーム(タカ・ハトゲーム)として捉えられている。本研究では、囚人のジレンマゲームとタカ・ ハトゲームの 2 つのゲーム状況をそれぞれモデル化し、各ゲーム状況下における組織成員の構成比を検 討する。以下、囚人のジレンマゲームにおける協力戦略、タカ・ハトゲームにおけるハト戦略を利他的 戦略、囚人のジレンマゲームにおける非協力戦略、タカ・ハトゲームにおけるタカ戦略を利己的戦略と 呼ぶことにする。 職場のゲームを囚人のジレンマゲームと設定するときは表 1 の利得行列、タカ・ハトゲームと設定す るときは表 2 の利得行列を用いる。両ゲームの違いは、戦略の組み合わせが「利己的,利己的」となっ たとき、すなわち「いがみ合い」状態をどう評価するかにある。タカ・ハトゲームは、囚人のジレンマ ゲームと比べて、プレイヤーが、いがみ合いの状態をよりマイナスに評価するよう設定されている。 1 本研究は、株式会社構造計画研究所様より artisoc academic 2.6 の無償貸与を受けて行ったものである。ここに記して謝 意を表したい。 利他的戦略 利己的戦略 利他的戦略 0.8 0.0 利己的戦略 1.0 0.1 表 1:囚人のジレンマゲームの利得行列 利他的戦略 利己的戦略 利他的戦略 0.8 0.0 利己的戦略 1.0 -0.7 表 2:タカ・ハトゲームの利得行列 3. モデルの概要 50×50 の 2 次元正方格子空間の各セルに、 エージェントをランダムに配置する。 各エージェントには、 年齢・役割内行動能力𝑃𝑜 ・役割外行動能力𝑃𝑐 ・協力ウェイト𝑊𝑐 ・残業性向 E・戦略・戦略変更ポリシー がランダムに設定されている。なお、初期設定値のうち、年齢・戦略以外は、シミュレーションを通し て変化しない値である。各エージェントは自身と隣接する 8 人のエージェントを参照してステップ t に おいて 1 回ゲームをプレイするものとし、周期的境界条件を用いることにより、すべてのエージェント が 8 人の隣人を有するようにした。 ステップ t において 8 人の隣人が取る戦略を確認したあと、エージェントは自らが取る戦略の利得関 数にしたがってステップ t における利得(満足度𝑆𝑡 )と貢献度𝐶𝑡 を確定させる。貢献度𝐶𝑡 は、協力ウェ ・弱い利己的 イト𝑊𝑐 によって、利己的戦略・利他的戦略ともに 2 段階に分かれ、強い利己的戦略(0.2) 戦略(0.4)・弱い利他的戦略(0.6)・強い利他的戦略(0.8)の順に大きくなる。ゲーム利得は「各プレ イヤーがそれぞれの戦略にしたがって行動したときにもたらされる結果に対して彼らが持つ評価値」 (武藤, 2001)であり、このモデルでは、ステップ t におけるエージェントの満足度𝑆𝑡 として用いること とした。業務に対する報酬(給与)は、年功序列型賃金システムによって決定され、働き者度やゲーム 利得の高低に左右されないと仮定している。 ステップ t における働き者度𝐷𝑤𝑡 は、役割内行動能力𝑃𝑜 と役割外行動能力𝑃𝑐 の和に貢献度𝐶𝑡 と残業性向 E を掛けた値であり、以下の(1)式によって算出されるとした。 𝑫𝒘𝒕 = (𝑷𝒐 × 𝟏. 𝟓 + 𝑷𝒄 ) × 𝑪𝒕 × 𝑬 ……(1) 役割内行動能力𝑃𝑜 は自らの担当領域として明示されている業務(たとえば、営業担当者であれば日々 の営業活動)に関する能力であり、役割外行動能力𝑃𝑐 は特に担当は決められていないが、誰かがやらな ければいけない業務(たとえば、部署宛の電話をとる)に関する能力である。𝑃o・𝑃𝑐 ともに、複数ステ ップにおよぶ採用選考(フィルタリング)を経て入社することを踏まえ、5 段階で 3 以上(=3,4,5)の 値をランダムに割り当てている。なお、 (1)式においては、本来業務である役割内行動のほうが評価に あたり重視されると考え、𝑃oに対してウェイト付けを行った。 残業性向 E は、エージェントの残業の多さを、他のエージェントと比較して相対化した値である。こ こでは、E=1.2(平均以上の残業量) 、1.0(平均的な残業量) 、0.8(平均以下の残業量)の 3 段階とした。 (1)式では、エージェントの能力にウェイト付けを行った値である第 1 項に、第 2 項の貢献度𝐶𝑡 を 掛けることによって、エージェントが自らの能力をどれだけ組織に対して提供しているかを表している。 また、第 3 項の残業性向 E を掛けることによって、残業の多さが日本企業にみられる「尻ぬぐい」や「泥 かぶり」といった行動に起因する(高橋, 1996)ものであり、これらによって働き者に見える作用がも たらされていることを反映している。 ステップ t における働き者度𝐷𝑤𝑡 を算出したあと、各エージェントは自らの戦略変更ポリシーにした がい、ステップ t+1 における戦略を決定する。戦略変更ポリシーは以下の 4 種類であり、ゲーム期間中 のポリシー変更は行わないものとした。また、利己的戦略と利他的戦略とのあいだに違いがないときは、 戦略の変更を行わない。なお、 「働き者度志向」ポリシーでは働き者度𝐷𝑤を参照して戦略を決定してい るが、これは、職場において周囲の他者と比較されるものが働き者度であり、多くの成員は自己の働き 者度を最大化するよう行動するとの予測に基づいている。つまり、このモデルにおいては、職場をある 同一種のゲームとして捉えていながらも、ゲーム利得(満足度)の最大化を目指して行動を決定するエ ージェントと、ゲーム利得の大小とは無関係に行動を決定するエージェントの 2 者が混在することにな る。 ①ステップ t における働き者度𝐷𝑤𝑡 がもっとも高かった隣人の戦略を採用する「働き者度志向」 ②ステップ t において満足度𝑆𝑡 が高くなる戦略を採用する「満足度志向」 ③隣人のなかで取っている人数がもっとも多い戦略を採用する「和志向」 ④いかなるときも戦略を変更しない「無変化志向」 このモデルでは、ステップ 2t を現実世界での 1 年と仮定し、エージェントはステップ 2t ごとに加齢 するよう設定されている。 エージェントは、 ①各ステップの満足度の総和 ∑𝑡𝑖=0 𝑆𝑖 がゼロになったとき、 あるいは②自身の年齢が 65 歳を超えたとき、のいずれかで退職する。退職者が生じた場合、次ステッ プのはじめに新たなエージェントを追加し、常にすべてのセルにエージェントが存在するようにした。 また、定期的な人事異動を想定し、エージェントの配置を 5 年ごとにランダムに変更するようにした。 4. シミュレーションの結果とその解釈 各ゲームは、それぞれ 10 回ずつシミュレーションを行うこととし、全体を通して現れる傾向の把握 に努めた。働き者度𝐷𝑤𝑡 の「上位層:中間層:下位層」構成比グラフについては、各ゲームとも 10 回を通 じて類似したものとなったため、ここでは働き者度の総和のステップ平均値がもっとも高かった回のグ ラフを用いることとする。 なお、 終状態に落ち着くまでに必要なステップは t=200 で十分であることが、 シミュレーションより確認されている。 図 1:働き者度𝐷𝑤𝑡 の「上位層:中間層:下位層」構成比グラフ (左:囚人のジレンマゲーム、右:タカ・ハトゲーム) 働き者度𝐷𝑤は、組合せ上 1.2≦𝐷𝑤≦12.0 の間の値をとり、値の幅は 10.8 である。図 1 のグラフでは、 働き者度𝐷𝑤の値の幅を均等に 3 分割して、上位層(12.0≧𝐷𝑤>8.4) ・中間層(8.4≧𝐷𝑤>4.8)・下位層 (4.8≧𝐷𝑤≧1.2)とラベル付けを行っている。図 1 を確認すると、タカ・ハトゲーム状況下において、 上位層:中間層:下位層が、おおよそ「2:6:2」に近い比率をとっていることがわかる。10 回の試行のなか で、働き者度の総和が最大となったステップにおいては、上位層(17.64%) 、中間層(58.84%)、下位層 (23.52%)という比率であった。 働き者度𝐷𝑤が正規分布にしたがっているとき、上位層:中間層:下位層は、自ずと 2:6:2 に近い比率に なるであろうことが予想される。そのため、2:6:2 に近い比率をとった任意の 50 ステップについて、 PASW Statistics 17 を用いて、働き者度𝐷𝑤の正規性の検定を行った。その結果、すべてのステップで、 Kolmogorov-Smirnov 検定および Shapiro-Wilks 検定のいずれにおいても有意確率 p<0.05 となり、帰無仮 説は棄却された。よって、働き者度𝐷𝑤は正規分布にしたがっていないものと考えられる。 さらに、エージェントの構成比が 2:6:2 に近づく要因を検討するため、いくつかのパラメータに変化 をつけて、再度シミュレーションを試行した。その結果、エージェント数の増減を行ったときには上記 と同様の傾向が見られたが、エージェントの能力や残業性向、協力ウェイトをすべてのエージェントで 共通としたときには、いずれの場合も上位層:中間層:下位層が 2:6:2 の比率に近づかなかった。この結果 を踏まえると、 「成員の多様性が確保されている組織」においては、 「2:6:2 の法則」が有効性をもってい るのではないかと考えられる。 5. 考察 本研究では、会社組織(職場)をゲーム的状況にあるものとして捉えてモデリングし、シミュレーシ ョンの結果出力を統計的に処理することによって、経験則として広く一般に知られている「2:6:2 の法則」 が、組織において有効なものであるか検討を試みた。その結果、タカ・ハトゲーム状況下においては、 組織成員の人数の多少に関わらず、働き者度𝐷𝑤について、上位層:中間層:下位層が「2:6:2」に近い比率 をとることが確認された。しかし、能力や残業性向、協力ウェイトにエージェントごとの違いがない(成 員の多様性があまり見られない)場合は、上位層:中間層:下位層が 2:6:2 の比率には近づかなかった。 「2:6:2 の法則」でいう下位層の 2 割が、成員の多様性を確保するがゆえに存在しているとすれば、下 位層にあたる成員の存在が、組織にとっては何らかの意味合いを持つ可能性も考えられる。この点につ いては、モデルの精緻化を目指すなかで検討を行いたい。 文献 小林盾(2005)「職場のゲーム-フリーライダー問題のゲーム理論的予測と組織調査-」大浦宏邦編『秩序問題への進化 ゲーム理論的アプローチ』科学研究費補助金報告書, pp.287-298. 近藤哲夫(1992) 「組織の活性化と囚人のジレンマ」 『組織科学』Vol.26, No.3, pp.44-55. 高橋伸夫(1996) 『できる社員は「やり過ごす」 』ネスコ / 文藝春秋. 高橋伸夫(1997) 『日本企業の意思決定原理』東京大学出版会. 武藤滋夫(2001) 『ゲーム理論入門』日本経済新聞社. ※発表者メールアドレス:[email protected]