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小児を取り巻く倫理:子どもの尊厳を守る
■ 日本看護倫理学会第7回年次大会 教育講演4 小児を取り巻く倫理:子どもの尊厳を守る Ethics in dealing with hospitalized children: protecting children s dignity in hospitals 大橋 恵 ◉チャイルド・ライフ・スペシャリスト協会 (元)独立行政法人国立成育医療研究センター 認定チャイルド・ライフ・スペシャリスト 1 .はじめに 小児医療における倫理的課題は、医療の発展、子ど もの権利の歴史とともに変化してきた。我が国では、 1994 年に『子どもの権利条約』が批准され、子ども は、大人が保護する対象としてのみ捉えるのではな く、自らの権利を行使する主体であるという見方が広 がった。大人には、子どもが自ら考え、積極的に意見 し行動できるよう支援することが求められる。病院に おいても、子どもの主体性を維持し、子どもが自らの 権利を守ることに参加していくことができる体制を整 える必要がある。一人ひとりの医療者にできること、 そして、組織として取り組めることは何か考える。 2 .子どもの入院環境とチャイルド・ライフ・スペ シャリスト チャイルド・ライフ・スペシャリスト(以下 CLS) は、子どもたちの入院環境を改善すべく生まれた職業 といっても過言ではない。1900 年代初期、北米の子 どもたちの入院環境は劣悪であった。子どもは、白い 壁とベッド柵に囲まれ、治療や処置以外は一人、面会 は数時間、自分に行われる医療行為に対する説明もな く怯えながら入院生活を過ごした。体の治療をして子 どもが、入院により精神を病んでしまうこともあっ た。退院後も過剰な分離不安、不眠、大人への攻撃的 な反応、不安定な精神状態、社会復帰困難という状態 に陥った子どももいることが分かった。入院環境を改 善すべく、心理社会的支援活動が始まり、CLSの活 動に発展した。 現在、北米の多くの病院では、面会時間制限の撤 廃、きょうだい面会の実現、遊びと教育環境の整備、 心理社会的支援を提供する各専門職の配置など、子ど もと家族に優しい病院が標準になりつつある。子ども と家族を中心とした医療の在り方(Child and Family 116 日本看護倫理学会誌 VOL.7 NO.1 2015 Centered Care)は、病院機能評価の中でも重視され ており、個々の医療者だけでなく組織的な取り組みに も力を入れ、病院における子どもの権利を守ってい る。北米では 400 以上の病院で CLSが活動し、北米 で学び認定を受けた CLSは、24 ヶ国4,787名にのぼ る(2014 年 6月時点)。日本では26 施設において31 名 が勤務し、医療者と共に病院における子どもの尊厳を 守る活動を実践している。 3 .病院における子どものストレス 病院では子どもたちは、日常にはないストレスを体 験する。親からの分離、検査、処置、治療、医療行為 や身体状態からくる痛み、入院そのもの、学校の友達 と交流できないことに関連した感情、外見上のイメー ジの変化、障害や死に対する不安など様々である。ま た、親に心配をかけてはいけないと思ったり、親や医 療者が隠していることに気づかないふりをしたりと、 大人の顔色を見ながら行動している場合もある。疑問 を聞くこと、意見を言うこと、恐怖・怒り・不安など の感情を表現することができずに我慢している子ども もいる。 様々なストレスに直面した子どもは、何らかの対処 をしようとするが、病院という非日常の怖い環境下で は、自分の力を発揮することができず、効果的に対処 できない場合が多い。その場合、恐怖感や無力感の増 強、自尊心の低下をまねき、次々と降りかかるストレ スへの対処がますます困難となり、精神的に不健康な 状態に陥ってしまう。逆に、病院であっても安心でき る環境があり、適切な心理社会的支援を受けることが できれば、子どもは、ストレスに対し効果的に対処で きる。そして、達成感や精神的安定を獲得し、成長が 促され、自尊心も向上し、この経験が新たな困難に直 面したときの糧となる。入院経験が子どもの精神的健 康を害するのではなく、心身の成長に繋がるために は、子どもがストレスに対して効果的に対処でき、主 体的に行動できたと感じられることが必要である。 4 .子どもの尊厳が守られる環境 子どもが安心して力を発揮できる環境とは、子ども が直面しているストレスに大人が気づき対応や支援が なされるという環境である。しかし、病院では、親の 精神的ストレスも高く、また医療者においては発達段 階別の対応方法を熟知し対応する時間的人的余裕もな いため、子どもが不安を訴えても大人に気づいてもら えない、大人は対応方法が分からず戸惑うということ が多々ある。知る権利という観点から、一方的な子ど もへの説明が先行しがちだが、日々の子どもとの関わ りの中に隠れている訴えやメッセージに耳を傾け、子 どもの本当の思いを「聞く、知る、気づく」こと、そ の上で子どもが必要としている説明や支援を考えてい かなくてはならない。これが、安心できる環境づくり の基本であり、子どもの主体性と権利を守る支援であ る。学会では、発達段階別に子どもがストレスと感じ る こ と、 そ の 支 援 方 法 の 一 例 に つ い て、 子 ど も と CLS とのやり取りを紹介した。 子どもが思いを自由に表現でき、親や医療者がその 思いに気づき一緒に対応していく、あるいは子どもの 挑戦を支援していく、この関係性が安心できる環境を 築き、一緒に歩んでいくプロセスこそが主体性を支援 するということである。このような体験は、子どもに 「自分は大事にされる価値ある存在なのだ」という感 覚と自尊心の向上をもたらし、子ども自身が自分を大 事にすること、尊厳を持つことに繋がる。 5 .組織による取り組み 個々の医療者が子どもの思いに気づき対応すること は重要であり、その行動が大きな波紋となり広がって いく。さらに、多くの子どもたちの尊厳を守るために は、病棟、病院、国が行う組織的な取り組みが必要で ある。その例を、子どもの権利という切り口から「説 明と同意」の在り方、「抑制と拘束」の盲点、「最小限 の侵襲」は心身の両面から、「家族からの分離の禁止」 を実現するための提案を述べた。筆者独自の項目とし て、「精神的健康が守られる権利」を追加した。子ど もは、思い、考え、信じていること、望み、感情を言 葉よりも自発的遊びの中で表現する。ストレスを受け ている子どもが、一人で苦痛を抱え込むことのないよ う、精神的な健康の回復や精神面の成長発達支援を受 ける権利を守るために、国は専門職の導入を推進する 必要がある。 6 .おわりに 病院の規模、マンパワー、入院期間などに関わら ず、子どもは安心できる環境で、発達段階に適した支 援を受け、自分の医療や人生に主体的に関わること、 精神的健康が守られることが保障されるべきである。 小児医療において、親、医療者、他職種は、権利を十 分に訴えることのできない子どもの最善の利益を意識 し、子どもが医療に主体的に参加できるよう支援して いく必要がある。また、病院や国という組織が、子ど もの精神的支援を重視した環境や体制の整備、人材の 配置を積極的に進めていくことが子どもの権利と尊厳 を守ることに繋がる。 日本看護倫理学会誌 VOL.7 NO.1 2015 117