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Page 1 京都大学 京都大学学術情報リポジトリ 紅
Title Author(s) Citation Issue Date URL ロシアにおける軍需産業政策の策定機構 伏田, 寛範 經濟論叢 (2006), 177(5-6): 462-484 2006-06 https://doi.org/10.14989/85275 Right Type Textversion Departmental Bulletin Paper publisher Kyoto University 経 済論叢 ( 京都大学) 第 1 77巻第 5・6号,2 006年 5・6月 ロシアにおける軍需産業政策の策定機構 伏 は じ め 田 寛 範 に ソ連崩壊後, ロシアは市場経済体制への移行 を進め,政治 ・経済 ・社会その 他のあ らゆる政策は市場経済への移行のための政策 ( 移行戦略)に強 く規定さ れるようになった。市場経済化の流れによ り, ソ連時代,産業部門の発展育成 において最優先 とされた軍需産業部門の優先性 は失われ,同産業を対象 とす る 産業政策 ( 軍需産業政策) もまた市場経済への移行戦略の一部 として位置付 け られ るようになった。 市場経済化の流れは軍需産業 ・企業のあ り方を も変化 させた。ペ レス トロイ カ以降の改革 によ り軍需産業 ・企業の 自立性 は向上 し,独 自の利害を持つ政 治 ・経済主体へ と変化 していったが, ソ連崩壊後の市場経済化はそうした傾向 をよ り一層際立たせた。つま り,軍需産業 とい う,政府 ・軍部 と並び軍産複合 体 を構成す る要素に変化が生 じたのである。 これはまた,移行期 ロシアにおけ る軍産複合体の構図が ソ連時代のそれ とは異なった形で現れていることをも示 唆 している。 このように,市場経済移行 に伴い移行期 ロシアの軍需産業政策が大 きく変 貌 した と考 えられ るに もかかわ らず,同政策 を分析す る視点は旧態依然 とし てい るように思われ る。 今 もなお,同政策は安全保障問題 の観点か ら議論 さ れ ることが多いl ) 。 これはロシア国内 において も同様であ り,経済安全保 障 1 ) sIPRI 年 鑑 ( 各 年 版上 ApMm PocoHn:000TO脚 光e 班 HepOⅡeHTHBH M.:Pq HCnH PAH, 1999日K.A.6arpHHOBOX嘘 ,M.A.BeHAHKOB,E.K).XpycTaJ l eB;MexaHH8Mh " eXHOJ I OrHt l eOXOrO / ( 463 ) 91 ロシアにお け る軍需産業 政策 の策定機構 論2) との関連で しば しば論 じられている。 こうした分析では,軍需産業政策は 安全保障政策 に規定 される-政策分野 として副次的にしか扱われず,軍需産業 政策 と同政策が対象 とする各政治 ・経済主体 との関係は必ず しも十分には分析 されてこなか った。 ソ連時代 の軍需産業政策 と各政治 ・経済主体 との関係に着 冒した研究 として は進藤 『 現代 の軍拡構造』が挙 げ られ る3 ) 。彼 は軍需産業政策の決定 に影響を 及ぼす各主体 を分析 し, ソ連の軍産複合体 の構造 を解明 した。市場経済化に伴 い移行期 ロシアの軍産複合体の構造が変質 していると考えられることを踏まえ れば,政策策定に関与す る各政治 ・経済主体 に着 冒した研究が必要であること は言 うを待たない。だが, ソ連崩壊後の移行期 ロシアを対象 とした同様の研究 は寡聞である。 本稿では,移行期 ロシアにおける軍需産業政策の策定に関与する各政治 ・経 済主体間の関係- 軍需産業政策の策定機構 と呼ぶ こととする- を明らかに し,それが策定された軍需産業政策 にどのように反映されているのかを検討す る。 Ⅰ ソ連 ・ロシアにおける軍需産業政策の変遷 経済学において軍需産業を分析す る際,軍需品 という財及びそれが扱われる 市場の特殊性 を無視することはで きない。軍需品はその性質ゆえに,通常,政 府 とい う独 占需要者 と少数の軍需企業 とい う寡占供給者か ら成 り立つ特殊な市 場で扱われ る。 政府はこの特殊 な市場 において需要独占力を行使することによ り,技術進歩,軍需企業間の競争,利潤率,軍需企業の所在地や所有形態,衣 \ pa3BHT滋見 8HOHOM HKH PoccHⅡ :M a叩 On Me80aXOHOMHqeC m e aCr r eRTも卜 M .:Hayx a, 2 0 03 .な どが 挙 げ られ る。 2 ) 経 済安全保 障論 とは,外 因的 ・内 因的 な脅威 か ら国内経 済 をいか に守 り,安定 した経 済発展 を 遂 げ るのか とい う議 論 で あ り,① 国家 の経 済 的権益 の保護,② 社 会 の安定性 の維持 ,③ 外 国 か らの経 済的独立性 の達成, とい った点 に関心が集 まる。経 済的安全保 障は国家安全保障 を支 え る 重 要 な基盤 と認識 され る。T. B. rypH孤 ,批 I く如 Ra oTHTyi l HOHaJIhHhr敦 aHaJ I HB MaJ I OrO r I PeA叩 滋HHMaTeJ I bOTBa m opa E ) HOHOMHt l eGXO痕 6e80naCHOCTI t,HoBOCH6HPCI t ,2 0 04. 3 ) 進藤条 -『現代 の軍拡構造』 岩波書店 ,1988年。 92 ( 46 4) 第1 77巻 第 5・6号 器輸出制限 とい った問題 を解決す る4 ) 。軍需産業政策 とは, こうした問題の解 決を目的 とした政策であると言 えよう。 ソ連時代,軍需産業の活動領域 は広範囲に及び,経済全体 に占める軍需産業 の比重 は極度 に高か った5 ) 。それゆえ ソ連の軍需産業政策は,上記のような西 側の軍需産業政策の分析 に用い られ る枠組みだけで捉 えるのは困難であった。 翻 って移行期 ロシアにおいては,体制転換 に伴い政策主体 ・対象共に変動 して お り, この変動 は既存の分析視点では捉 えきれないだろう。 こうした状況の下で策定され る軍需産業政策は,( ∋ 軍民転換政策,( む 民営 化政策,③ 産業再編政策,④ 産業育成政策,⑤ 兵器輸出政策,⑥ 兵器調達 ( 国防発注)政策 などの諸政策 ・施策 を主な内容 とす る。加えて, これ らの諸 政策 ・施策の うち何 に重点が置かれ るのかは1 9 9 0年代 を通 して変化 している。 以下では, ソ連時代末期以降,随時策定されてきた軍需産業の改革を内容 とす る各 プログラムを中心に,移行期 ロシアの軍需産業政策の変遷を辿 り,政策の 重点課題の推移を追 ってゆ こう。 1 ソ連時代末期の軍需産業政策 ソ連時代末期の軍需産業政策の柱 は軍民転換であった。1 9 8 8年 1 2月 7日,国 連総会で ゴルバチ ョフ書記長は ソ連の大幅な軍縮計画 を発表 し,それに伴 い大 規模 な軍民転換が開始された。 ゴルバチ ョフによる軍民転換計画は,既存 の軍 需品生産設備 を活用 して民需品生産を増産 し,1 995年 までに軍需産業内で生産 される軍需品 と民需品の割合 を 6対 4か ら 4対 6- とすることを目標 としてい た 。 この軍民転換政策の基本方針 は,Q)軍需産業の科学技術力を維持す る,( a 軍需産業の技術力 を考慮 したハ イテク民需品の生産 を増加させ る,③ 既存 の 生産 設 備 を 活用 して軍需品生産か ら民需品生産へ と移行す る ( つま り民需品生 4) T.Sa ndi e ra nda Ha r t l e y,The&onomz ' c so fDe fe n s e ,Ca mbr i dgeUni ve r s i t yPr e s s ,1 995. ( 深 谷庄一監訳 『 防衛 の経 済学』日本評論社,1 9 9 9年) . 5) 進藤 ,前掲書,41ペ ー ジO ロシアにおける軍需産業政策の策定機構 ( 465) 9 3 産のための大規模 な設備投資は しない), とい った ものであ った。 こうした方 99 0年 にソ連閣僚会議軍需産業国家委員会,国防省,国家計画委 針に基づ き,1 1 995 年までの軍需産業の軍民転換及び民需品生産発展 貞会国防部会によって 「 のための国家 プログラム」が立案され,軍民転換の促進が図 られた。 1 991 年まで に軍需産業における軍需品生産 と民需品生産の割合を 4対 6にす るとい う当初の計画 は達成された。1 992年の民需品生産は総生産の71%を占め ていた6 ) 。 また,軍需品生産に携わ っていた40万人以上の労働者が民需品生産 に携わ るようになった。公式にはこうした軍民転換の成果が強調 されたが,転 換 の質に着 冒し,実際の成果は限定的であった とす る見解 もあ る。 例 えば, 1 9 89年 に立案 された 1 2 0種類の新型製品の開発生産計画の うち,実際に軍需企 業で生産を開始 したのは23 種類に過 ぎず,また,生産された民需品の うち1 5% のみが世界水準の品質に達 していた と言われている7 ) 。 ソ連時代末期の軍民転換政策は,その実施過程 に問題があ り必ず しも成功 し た とは言 えなか った8) が,その基本方針 は移行期 ロシアの軍需産業政策にも受 け継がれてい った9 ) 。 2 1 9 9 0 年代初期の軍需産業政策 1 99 0 ' 年代初期 の軍需産業政策の中核 となったのは, ソ連時代か ら引 き継いだ 軍民転換政策 と市場経済移行に伴い新たに加わ った軍需企業の民営化政策であ る。 まずは軍民転換政策についてみてみよう。 ソ連崩壊後 しば らくはソ連時代の軍民転換政策が惰性的に続 けられていたが, 1 9 92年 3月に軍民転換法 ( 「 9 2年転換法」 )が制定され,同年 7月には 「 1 99 3「 9 3年 プログラム」 )が策定され, 1 995年における軍需産業の転換 プログラム」 ( 6) oobMaqKO C. , r l on HTHqeOt ' Oe H OO岬 aJ l bHO・ 9訳07 7 0M耶 eOKOe Pa8BHTHe CCCP, PoooH如 Ho政 ⑳eA eHpaqH( 1985 1999rr. ) ,f l pocJ I aBJ I t ':H8ABO月ry,2 003. 7) TaM 2 Ke. 8) 。epeBanOBK). ,t t o斑BepOH見BPoccH才 : t l eO6HBIHHeO… aABe㌶AH //Bor l POCH Of ' OHOMHm ,1999,汲 7. 9) cr onber g, T. ,Tr an s for mi ' n gRu s s i a:F' l o m aMi l z ' t ar yl oaPe ac eEc onomy,Ⅰ.B.Tauri s,2 003. 9 4 ( 46 6) 第1 7 7巻 第 5・6号 名実共にソ連時代か らの軍民転換政策は終了 した。 9 3 年 プログラム」 は,同時期 に策定された 「 1 9 9 3-1 9 9 5 年作業計画 : この 「 「 9 3 年作業計画」 )の影響 を受 けて策定され ロシア経済の改革発展 と安定化」( た。「 9 3 年作業計画」では,当初のいわゆる 「シ ョック療法」的な政策 を修正 し,生産刺激のために選別的 。重点的な産業政策を行 うことを提案 しているユ 0 ) 。 「 9 3 年 プログラム」において も,重点的発展分野 として航空宇宙産業や造船業 4の部門を選定 し, これ らの部門に優先的に資金配分す ることが意図され など1 るな ど, 「 9 3 年作業計画」で示された産業政策重視の方針が反映された。 また,地方 レベルでは連邦政府の軍民転換 プログラムに対応 した転換 プログ ラムが策定 された。 こうした地方政府によるプログラムでは,当該地域 におけ るインフラ整備の一環 として軍需産業の民需転換が捉 えられてお り,当該地域 の市場向け消費財生産や食品の生産に重点が置かれだ 1 ) 。 とは言 え, この新生 ロシア政府 による軍民転換政策の基本方針 もまた,① 軍需産業の科学技術力 を維持す る,② 軍需産業の技術力 を活用 したハイテ ク 民需品生産を増加させ る,③ 軍需産業の既存の生産設備 を活用 して民衰品生 産- と移行す る, といった ものであ り, ソ連時代 の軍民転換政策 と大差 はな か った 2 ) 。 1 次 に民営化政策についてみ よう。「 9 3 年 プログラム」の策定 と並行 して政府 9 9 2 年 7月に大統領令 「 国有企業の民営 は軍需企業の民営化方針 を決定 した。1 化 と公開塑株式会社への改組について」が発効 し,軍需企業の民営化が開始 さ れた。1 9 9 3 年 8月には大統領令 「 軍需産業部門における民営化の特性 とその活 動 に対す る国家の追加的方策 について」 が公布 され,軍需企業の所有形態 は ① 国有企業,② 国家参加型株式会社,③ 完全民営化企業のいずれか となる こととなった。 この うち,① と( むに分類 され る企業は今後 も軍需生産を続 け, 1 0) 航空宇宙産業や造船業 な ど1 4の優先発展部門が定め られた。 l l ) 溝端佐登史 『ロシア経済 ・経営 システム研究- ソ連邦 ・ロシア企業 ・産業分析 』法律文化社, 1 9 96年。 1 2 ) cr onbe r g,坤. c z ' t . ロシアにおける軍需産業政策の策定機構 ( 467) 95 軍需産業の枠内に留 まることが,③ に分類される企業は将来,軍需生産を停止 99 3年 1 2月の大統領令 し軍需産業か ら退出す ることが想定 された。その後,1 「ロシア連邦 における国有 ・公有企業の民営化 プログラム」により,軍需企業 のバウチ ャー民営化が開始 された。 この方式 による民営化は軍需企業の民営化 を禁止す る法律が発効す る1 996年 まで続 けられた1 3 ) 。一連の民営化政策の結果, 1 995年までに軍需企業1 6 79 社の うち約 6割の企業の株式が売却された 4 ) 。 3 1 9 9 0 年代中期の軍需産業政策 1 99 0年代 中期の軍需産業政策 には, 「 93年 プログラム」に引 き続 き軍民転換 を重視 しつつ も,連邦政府の財政難 を背景 に,特定部門を選別的に育成 しよう とする志向が見 られ る。 民営化政策は修正 され,軍需企業の集団化を柱 とする 産業組織政策が打 ち出され るようになった。また,財政難の連邦政府に代わっ て,地方政府が独 自の利害か ら政策を打 ち出す動 きが顕著になった。 「 9 3年 プログラム」に代表され る1 990年代初期の軍需産業政策は,深刻な国 内経済状況を反映 した消費の低迷,政府の財政難による転換 プログラムへの慢 性的な融資不足,企業内部の資金不足,転換 に関す る法制度の不備などといっ た問題のために,限定的な成果 しか上げ られなか った。 とりわけ軍需産業にお ける生産低下や労働者流出は引 き続 き大 きな問題であった1 5 ) 。また,民営化政 策 によ り軍需産業内部の生産 ・技術 的連関が断ち切 られるなど,軍需産業の抱 える問題 は深刻化 してい った。 1 3) 1 995年末には軍需企業の民営化の中止が定 め られ,大統領令 No.5 41 ( 1 996年 4月1 3日付), 1 996年 7月 1 2日付) に よ り軍 需企 業 の民営 化 の法 的 な終 了が 宣言 され た。 政令 No.802 ( SAnc hez Andr b s ,A. ," Pr i va t i s a t i on,De c e nt r al i s at i onandPr oduc t i onAdj us t me nti nt heRus s i an "Eur o pe As i aSt udi e s ,50,2,1 99 8. De f e nc eI ndus t r y, 1 4) 1 995年時点で,国有企業は646社 ( 38. 5%),国家参加型株式会社は551 社 ( 32. 8%),国家非参 加型株 式 会社 は482社 ( 28. 7%) で あ った. coxoJ 1 0BA. ,06opoxェa 兄r I P OMH u J7eZ I HOCTt ,PoccH汰‥ cocTORI l l l el lTeH AeHl lMt p aaB l t Tl 帆 HoBOe ・ I 1 61 1 pCK : I t 30nnCOPAH,2 0 031 15) 1 99 4年まで に軍需産業 における民需品生産高 は3. 9兆 ルーブルであ り, これは計画の38. 1% に 過ぎなか った。軍需産業全体の生産高は60. 8%減少 したOまた,計画では65万人分の職を新たに 創出す ることになっていたが,労働者数は150万人減少 した.ochMat Z X O,yⅨ8 3.00q. 9 6 ( 46 8 ) 第1 77巻 第 5・6号 このような懸案を解決す るため1 9 9 5 年1 2月,後継 となるプログラム 「 1 9 9 5- 1 9 9 7 年 における軍需産業の転換 」( 「 9 5 年 プログラム」 )が策定 された。「 9 5 年プ ログラム」 は,緊縮財政政策への再転換,制度改革 による投資増加の奨励, 国 内生産者の保護,国家管理機関の改善 ・行政改革な どとい った内容の政府の新 た な経 済政策 ( 「 1 9 9 5-1 9 9 7年 ロシア経 済 の改 革 と発展」)1 6 )を踏 まえた もの だ った 。 同プログラムでは,軍需産業の技術力 を維持 し,軍需産業の持つ潜在能力 を 最大限活用 してハイテク民需品の生産の増産 を図るとい う 「 9 3 年 プログラム」 の基本方針を継承 しつつ も,軍需産業で不要 となった設備 を更新 し民生部 門へ 移転す ることによって, ロシア経済の輸出力強化 と輸入代替の促進 に繋げよ う とす る方針が示 された。 また,限 られた財源 を効率的に活用す るとい う観点か ら, 「 9 3 年 プログラム」で優先分野 とされた分野の見直 しと絞込み ( 1 4か ら 8 -)がなされた。さらに,民需転換 プログラムへの投資経路を多様化す ること 辛,民営化 によって分断された兵器生産 ・開発部 門を集約 し産業再編 を促す こ とも宣言された。 軍需産業の産業再編 を目指 した新方針 は,軍需企業の民営化 を制限す る政策 7 )を打 ち出す こと や軍需企業を中核 とした金融産業 グループの形成を促す政策1 によって部分的に実現 されてい った。軍需産業の再編 は,同時期 に実施 された 担保 オー クシ ョン塑民営化 によ り形成された銀行 を中心 とす る金融産業 グルー プ内に軍需企業を取 り込 ませ る形で も進め られてい った18)。 また この時期 は,財政難か ら軍民転換 プログラムに積極的 に実施で きな く なった連邦政府 に代わ り,地方政府が独 自の政策を打 ち出す ようにな った こと 1 6) 溝鼠 前掲書。 1 7) 金融産業 グループ設立 に関す る提案 自体 は比較 的早い時期 か らなされていたが,実際 に グルー 99 0年代半ば頃か らであ る。1 9 98年金融危機以後 は,体力の落 ちた金融 プの設立が相次 いだのは1 機 関 に代 わ り, 「カス コル ・グルー プ」や 「イルクー ト」, 「 新 プログラム ・構想」 とい った軍需 企業 を中核 とした新 しい企業 グルー プが設立 され てい った. 1 8) 「オネクシム銀行」や 「インコム銀行」 は,「スホー イ設計局」,「 北方造船」,「バ ル ト工場 」 と い った軍需企業 の支配権獲得 を巡 り競争 を繰 り広 げた。 ロシアにお ける軍需産業政策 の策定機構 ( 4 6 9 ) 9 7 も注 目される。地方政府独 自の軍民転換 プログラムでは,軍需企業の技術力の 維持や技術の民生部門への移転 といった問題 よ りも雇用の創出など当該地域経 済の安定 に力点が置かれた。 また,従来の産業部 門別省庁 による 「 縦割 り行 政」のために分断されていた企業を地域 レベルで結びつ け企業間ネ ットワーク を設立 し,当該地域 における各企業の協業を促す ことに も関心が寄せ られた 9 ) 0 41 9 9 0 年代後期以降の軍需産業政策 1 99 0年代後期以降の軍需産業政策は,政府主導による軍需企業の再編 ・統合 の促進 と,新たに設立された統合企業に対 して重点的に投資を行 う選別的な産 業育成を中軸 とす る。 従来の各 プログラムで重視 されて きた軍民転換政策は後 退 し,代わ って軍需 ・民需双方 に活用で きる技術 ( 両用技術)の開発 ・発展を 促す方針が全面 に出ている。 また,政府は兵器輸出を一層促進す る姿勢を打ち 出 している。 1 99 0年代 中期以降,政府の産業政策重視の姿勢が明確 になってゆ く中,1 9 98 年 3月に新たな軍民転換法 ( 「 98年転換法」 )が制定された。 この新たな軍民転 換法で も,軍需産業の科学技術力及び生産能力を維持 。活用す ることによって 科学集約的な産業部門を育成す るとい う基本方針は継承 されたが,政府の産業 政策を重視す る姿勢2 0 )を反映 して,投資促進政策や選別的産業政策を実施する 方針が全面に押 し出された。 「 9 8年転換法」で示された方針を具体化す る形で,1 99 8年 6月,新たな連邦 1 99 8-2 000年における軍需産業の再編 と転換 」 ( 「 9 8年 プログ 特別プログラム 「 ラム」 )が策定 された。「 9 8年プログラム」では,厳 しい財政事情の中で軍需産 業 をいかに維持 し発展 させてゆ くのかが課題 とされ,戦略的に重要な企業を中 1 9 ) Cr o nbe r g,o p.l i t . 2 0) 1 9 9 7年,政府 は 「産業政策概念」 を策定 し,軍需産業 を含むハ イテ ク部 門に対 し積極的な産業 政策 を実施 し,国内生産者 を保護育成す る方針 を明 らか に した。 また,金融産業 グルー プの形成 を促す ことによ り産業 と金融 とを結 びつ け,実体経 済へ の資金の流れ を確保 しようとす る方針 も 打 ち出 した。 98 ( 470) 第1 77巻 第 5・6号 核 とした統合 を推進す る2 1 )ことによって軍需産業 の規模 を適正化 し,先端技術 を持つ部門を優先的に発展 させ る方針が打 ち出された。その際,両用技術を活 用 したハイテク品の生産 。開発 22) と技術 その ものの発展が 目指 され,一層のハ イテク志向が見 られた。 2 0 01 年1 0月,政府は軍需産業政策の新 しい基本方針 として 「 2 0 1 0 年 までの及 びそれ以降の軍需産業 の発展 に関す る基本政策」を発表 した。 また同時に, 「 9 8 年 プログラム」の後継 プログラムとして新 しい連邦特別 プログラム 「 2 0 0 2 年 における軍需産業の再編 と発展 」( 「 0 2年 プログラム」 )を採択 した。 -2 0 0 6 0 2 年 プログラム」で は,「 9 8 年 プログラム」で明確 にされた軍需産業 の この 「 整理統合路線 を一層推進 し,軍需産業をハ イテク産業基盤へ と転換す ることが 謳われてい る2 3 ) 。従来の生産部 門毎の統合だ けで な く,生産部門横断的な統合 を進め,軍需企業での生産の多角化 を促す ことが定め られた。その際,戦略的 に重要ではない と認志 された企業は軍需産業か らの退出 し,両用技術 を活周 し た民生品生産に従事す ることが想定されてい る。 また,企業の統合の際,国有持 ち株会社 を中心 とす る新たな企業合同を設立 し ( 事実上 の再国有化),そ こに戦略的に重要な企業 を参加 させ, こうして設 立 された統合企業体 に対 して国防発注や輸 出契約 を重点的に割 り当てる方針 も 明 らか にされた2 4 ) 。政府 は,一連 の軍需企業 の整理統合及び再国有化政策 を打 ち出す一方で,将来的には再編 ・再国有化 された統合企業体 に民間資本が参入 21) 経済省 は,1 997年時点で1 75 0社ある軍需企業 を2000年までに670社へ と削減 し,さらに2 005年 までに405社 とすることを計画 した。 22) 優先部門は,①民間航空機,② 船舶,③ ェ レク トロこクス,④ 医療機器,⑤ コンピュー タ, ⑥ 光学機器,⑦ ェネルギー産業向け設備,⑧ 新素材の開発,の 8分野。 23) 2000年以降,軍事研究開発費に重点が置かれるよ うにな り,政府のハイテク志向は予算面で も 2001年の国家発注計画では前年の43%増)。また,国家財政の改善 に伴 ある程度裏付 けされる ( Eer OAHHXCHnPH い, 1999年以降は国家発注計画 のほぼ完全 な実施が なされてい るとい うo E) 2001,Boop y拭eH滋 S I ,pa 30Py} ReHHe H Me2K AyHap OAHa兄 6e80。a OHOOTも ,M∴ Hayx a,2002・ ,Col (O J I OB, yHa8・COtI・ 24) 軍需産業担当の産業科学技術相 イリヤ ・クレバノブは, インタビューの中で,軍需産業の改革 の柱 は軍需産業の中核 となる企業を設立す ることであ り,その際に政府主導による軍需企業の再 < 3xc r l ePT' '1 3gHBaP F T2 003. 統合を進める意向を明 らかに している。< ロシアにおける軍需産業政策の策定機構 ( 471 ) 9 9 す ることを認める姿勢 も見せた。再国有化政策は,主要な軍需企業に国家資本 を投下す ることによって財務 。経営面での体質を強化 し,軍需企業を民間資本 にとって魅力的な投資対象 とす る 「 呼び水」効果を意図 した政策だ と説明 して いる25)0 1 990年代後期以降の軍需産業政策の もう一つの柱 として,兵器輸出の更なる 促進 と輸出体制の強化が挙げ られよう。 悪化す る政府財政 を背景に兵器輸出は 貴重な外貨収入源 とみなされ,兵器輸出を拡大する方針 自体 はソ連崩壊後す ぐ に表明されていたが26 ) ,1 990年代後期以降 も兵器輸出の更なる拡大方針が打ち 出される。 近年,原油価格の高騰 を背景に政府財政は好転 しているが,依然兵 器輸出は貴重な外貨収入源であ り2 7 ) ,さらにロシアにとって数少ない国際的影 響力を確保す るための手段で もあるため,兵器輸出の拡大 は以前にも増 して重 要視 されている。 兵器輸出の拡大 と並行 して輸出体制の変革 も進められた。1 990年代 中期以降, 兵器輸出の国家独 占の度は強まっていたが, プーチ ン政権 はその流れを加速さ せた。2000年 4月,政府 は ライセ ンス供与 に携わ る 「ロシースキー ・テフニ キ」を国営中古兵器輸出会社 「プロムエクスボル ト」へ編入させ,さらに同年 11月には 「プロムエ クスボル ト」 と国営兵器輸出会社 「ロスヴァ-ルジェ- こェ」 を合併 し新たに 「ロスアバロンエクスボル ト」を設立 した。同社 はロシ アの兵器輸出の 8割か ら 9割近 くを管理 し28),兵器輸 出は事実上国家独 占 と なった。同社は輸出契約の受注企業 を決定す る権限を有 し,国防発注を行 う国 防省 と並び軍需企業 に対 して強い影響力を及ぼすようになった。政府はこの兵 器輸出会社 を通 じて軍需企業に対す る統制の強化を図っている。 2 5 ) TaM Xe. 2 6 ) 1 9 92年,エ リツィン大統領は 「 兵器輸 出は軍民転換 のための資金 を獲得す る重要な手段で あ る」 と述べているoCr onbe r g,o p. c i t .参照。 2 7) 1 9 9 0年代後期以降, ロシアの兵器輸出額は増加傾向へ転 じている。1 99 8年の輸出額は27 億 ドル で あったが,2002年 の輸 出額 は48億 ドル,2003年 には5 0億 ドルに達 してい る。 00t 1. 2 8 ) TaM He. coxoEOB,yHa3. 1 00 ( 472) 第1 77巻 第 5・6号 Ⅰ Ⅰ 軍需産業政策に影響力を及ぼす主体 市場経済への移行 は,軍需産業政策の策定に関与す る政治 ・経済主体 にも大 きな影響を及ぼ した。本章では,1 9 9 0 年代 を通 じて各主体が どのように変化 し たのかを検討 しよう。 1 政府官僚組織 ロシアの国防政策は大統領の諮問機関である安全保障会議での審議を経て策 定される。 ただ し,安全保障会議はその性格上,合議機関あるいは各省庁の利 害調整機関29) として国防政策全般に関わ る基本方針 を審議す る機関であ り,前 章で取 り上げた 「プログラム」 に代表される実際の軍需産業政策は,担当省庁 が中心 となって策定す ると考 えて差 し支えなかろう。 そこで本節では,軍需産 業の改革プログラムの策定 に関与 した軍需産業を管轄す る省庁 に注 目し,その 変遷を辿 ることにす る。 ソ連時代,軍需産業は ソ連閣僚会議軍需産業委員会の管轄下にある産業部門 別 9省30) によって統制 されていた。 ソ連崩壊後,軍需産業委員会はロシア国防 産業国家委員会 ( 1 9 9 3-1 9 9 5 )に改組され,1 9 9 6 年 には国防産業国家委員会は 国防産業省 ( 1 9 9 6-1 9 9 7 )へ と昇格 した。 ところが,国防産業省 は軍需産業の 利害を代弁す るロビー組織 と化 し,軍需産業の改革を推進 しなか った として翌 1 9 9 7 年 3月に解散 され,その一部の機能が経済省へ移管された31)。 その後1 9 9 9 年には,経済省か ら軍需産業を監督す る部門が分離 され, 5つの 0 0 0 年には経済省の再編 に伴い産業科学技術省が設 庁32)が設立された。さらに2 2 9 ) 乾一字 「ロシアの安全保 障政策決定機構- 安全保障会議 を中心 に2003年。 」『ロシア ・東 欧研究』 30) 航空機工業省,機械製作工業省,国防工業省,一般機械製作工業省,中規模機械製作工業省, 無線工業省,造船工業省,電子工業省 の 9省。 31 ) sa nc he z n dr A e s ,Aり" Re s t r uc t ur i ngt heDe f e nc eI ndus t r ya ndPr oduc t i oni nRus s i a, "Eur o pe ,52 , 5,20 00. As i aSt udi e s 32) 航空宇宙庁,管理 システム庁 ,通常兵器庁,弾薬庁,造船庁 の 5庁。 ロシアにおける軍需産業政策の策定機構 ( 473) 1 01 立 され,同省が軍需産業を管轄す ることとな り,軍需産業関連 5庁は産業科学 技術省 の傘下 に入 った。 この軍需産業 を管轄す る新たなシステムは,新 システ ムの設立 を推進 した産業科学技術相 イ リヤ ・タレバ ノフの名を とって 「クレバ ノフ ・システム」 と呼ばれた33) 。「ク レバ ノフ ・システム」 の下,政府 は軍需 産業の再編 ・統合 を主導 し軍需産業 に対す る統制 を強化す る方針を打 ち出 した。 だが, この 「クレバ ノブ 。システム」 も長 くは続かなか った。2004年 に実施 された省庁再編 に伴い,軍需産業関連 5庁 は改組 され,産業エネルギー省傘下 の連邦産業庁 の一部門になった。航空宇宙庁 は航空部門 と宇宙部門 とに分離さ れ,前者 は連邦産業庁 の一部 門 とな り,後者 は連邦宇宙局 として独立組織 と なった。 ここに 「クレバ ノフ 。システム」 は解体 ・再編 され,新たな軍需産業 の管理体制が築かれ ることとなった3 ㌔ 990年代 を通 じ,軍需産業 上記の省庁変遷過程 は以下のように解 され よう。1 政策策定の主導権 を巡 って, リベ ラル志向の強い経済省 と軍需産業 と緊密 な関 990年代の 係 を有 し産業政策 に強い関心 を示す産業省 とが綱引 きを していた。1 初期か ら中期 にか けては経済省が政策策定 に対す る影響力 を強めてい った。 1997年の国防産業省の解体 と経済省-の機能移管 は,経済省の影響力増大 を象 990年代後期以降は産業省 の巻 き返 しが顕著 徴す る出来事だ った。 ところが,1 となった。 「ク レバ ノブ ・システム」 の成立 とそれ に続 く軍需産業 を管轄す る 省庁の再編 は,産業省の軍需産業 に対す る影響力が強まった結果 と言えよう。 こうした省庁 間の主導権争いは政府の政策方針 に大 きな影響 を及ぼ し,翻 っ て政府の方針変化 は各省庁のスタンスにも影響 を及ぼ している。 従来 リベ ラル 2000年,経済省 を改組 し設立) 志 向が強い と考 えられてきた経済発展貿易省 ( が近年,産業政策の実施 に関心 を示す ようになった35) のは,政府の方針変化が 33) { < 3Ⅹor l ePT' '15-21MapTa2004. , 連邦産業庁長官には軍需産業 との強い関係 を持つ ボ リス ・ア7 )ヨーシンが就任 してお り 「ク レバノフ ・システム」の解体後 も軍需産業 と政府 との間に緊密 な関係が存在することが窺われ る。 35) 同省 は,軍用技術 と民生技術の統合の促進 ( 両用技術の発展) を制度的に支援することの必要 34) 件 を 認や て い るL I Ml t l 3h OHOMP83Bl l Tl t R P小. nl l BepCl ゆ t Kaut n POCCl t 血eKOI t 3h ・ 0Ⅰ . ONt lh ・ l l: coB peMeHHHer I PO6neML IH3aAaW //Bor z pooH 9t e 0Ⅰ I OMnX H,2003 湖 .12. 1 02 ( 47 4) 第1 7 7巻 第 5・6号 省庁のスタンスを変えた典型例 と解 される。 こうして特 に1 9 9 0年代後期以降は,政府内に産業政策 を重視す る傾 向が強 まってお り,産業政策 を求める軍需産業の利害が軍需産業政策の策定過程に反 映されやすい状況 となっていると考えられ る。 2 産業界及び軍需企業 産業界及び軍需企業は,1 9 9 0 年代 を通 じて,政府官僚 と強い関係 を保持す る ことによって利害関係者 としての影響力の拡大 を図 った。例 えば,軍需産業 を 管轄す る省庁の トップに軍需産業 との関係 の深い人物を送 り込み,政府内人事 を通 じて軍需産業政策の策定過程 に影響力 を及ぼそ うとした3 6 ) 。 こうして産業 界は自らの求める保護育成を目的 とす る政策の実現 を図った。また,兵器輸出 に携わ るような大手軍需企業は,政府 との公式及び非公式の関係 を最大限に活 用す ることによって特恵的な利権 を確保 しようとした。以下,主な利害関係者 として国防産業助成 り-グ,商工会議所,そ して一部軍需企業の動向を紹介す る。 国防産業助成 リーグ 1 9 9 2 年,軍需産業の利害を主張 し軍需産業政策の策定過程 に参加す ることを 目的 と して国防産業助成 リー グが設立 された。 同 リー グは兵器 プログラム ( 1 9 9 3-1 9 9 6 )や 「 9 8年 プログラム」な どといった政策 の策定 に関わ った。 リーグのメンバーは 「 軍需産業構造改革省庁間委員会」 などの政府委員会に出 席 し,政府 との関係強化 を図った。 リーグの主な主張は,安定 した国防発注の 実施,国防発注制度の効率化,兵器輸出の拡大 とその自由化などである。 ただ 3 6 ) 1 9 9 0年代 初期か らこう した傾 向は見 られ,兵器調達担 当国防第一次官 にア ン ドレイ ・ココ- シ ンが就任 した ことや,国防産業国家委員会委員長 に ヴ イク トル ・グル ヒフが就任 した ことな どが その好例であ るO また,近年で は,1 9 99年 に産業科学技術相 に元 「J i OMO」社長 イ リヤ ・ク レバ 00 4年 には連邦産業庁長官 にボ リス ・ア リ ョ-シ ンが就任す るな ど,軍需産業 と深 い関 ノブが,2 係 を持 つ 入物 が 軍 需 産 業 問題担 当 の 閣僚 に就 任 して い るO r e ar I m aJr HBMa a Pocc三 相 .M. :BarlpHyO,2 003. H omy r I PHHa耶 e拭 m PoccH見A O ner r ロシアにおける軍需産業政策の策定機構 ( 475 ) 1 03 し,同 リーグの政治力は必ず しも強い とは言えず, リーグ自身 も自らの主張が ) 。 政府 にたびたび無視 されて きた ことを認めている37 商工会議所 商工会議所は様 々な産業部門の企業か らなる団体 のため,軍需産業の利害の みを主張 してい るわ けで はないが,政府 に対 して産業政策の実施 を求め るロ ビー活動 を展開 しているとい う点で注 目すべ きだ。彼 らは次のように主張する。 従来の原燃料部門を重視す る政策の結果,原燃料輸出に過度に依存する歪んだ 経済構造が生 じた。製造業 を主な対象 とす る, ロシアの競争力を高めるための 適切 な政策が実施されなか ったために,1 99 0年代 を通 じて軍需産業を含むハイ テク部門が著 しく衰退 した, と。 そ してロシア経済の安定的発展のために,翠 需産業を含む戦略的に重要な企業を保護育成す る包括的な産業政策を積極的に 8 ) 0 実施す ることを提案す る3 軍需企 業 軍需企業は利害関係者 として軍需産業政策の策定に影響 を与えている。1 990 年代初期の軍需企業の民営化や 1 990年代中期の金融産業 グループの設立,ある ,「スホーイ設計局」な ど大手軍 99 0年代後期以降の企業の統合路線 には いは1 需企業の利益が反映されていると指摘 されている3 9 ) 。 また,政策策定過程 には直接関 らな くとも,軍需企業は政策のあ り方に影響 。 を及ぼ している 「スホーイ」 グループの統合過程で見 られたように,統合 さ れ ると地方工場の収益 はモスクワの持 ち株会社 に,地方政府の税収は連邦中央 へ吸い上げられ ると危供 した地方の生産工場及び地方政府は,共同 して連邦 中 央の進める統合路線 に反対 した事例が好例だろう4 0 ) 0 3 7) ht t p‥ //l i ga. vpk. ru/i ndex. h上 m. 3 8 ) Ha黙 C ' 魯opMHPOBaTbH PeaJ L 社80BaTb rOOyAapCTBeHHyE )r i POMhm J I eHHyX'r Z OJ I m HK y?//PoccH虫G式H虫 ( 2 0 0 4年 9月20日最終確認) aHo‡ 王 OMHqeCm 虎 拭yp‡ 王 aJ I ,2003Tu t .7 . 3 9 ) MeHHI bX OB C . ,Ct i eHaPH np a 3BHT 4 0) Homyr lp HHK) J I eX HTPo coHf li O neT Z はr I HTanH3MaaPoooHmM. :BarpHy C,2 0 03 . H fr BIIK/ / Bor l pO OH 3KOHO M汰X H,1999,T叫.7. 104 ( 476) 第 177巻 第 5・ 6号 よ り一般的には,市場経済移行 に上手 く適応で きな く,経営困難 に陥 った企 業は自らの生 き残 りのために政府に しば しば救済を求めることが指摘 されてい る。 その際,政府 との公式 ・非公式の交渉経路 を通 じて利益 ( 例 えば国防発注 や兵器輸出権,補助金の獲得な ど) を得 てい ると言われている4 ㌔ 具体的には, 民営化や統合の際に,軍需企業は政府に支配株や黄金株 を譲渡 した り,政府 の 増資 を受 け入れ政府主導の統合計画に参加 した りする代わ りに国防発注や輸 出 契約 を獲得 しようとす ることが挙げられよう4 2 ) 。 こうした軍需企業の行動が軍需産業政策の策定過程 に直接 ・間接的に影響 を 及ぼ した面 は無視で きないだろう。 Ⅰ Ⅰ Ⅰ 1 9 9 0年代 ロシアにおける軍需産業の策定機構 第 Ⅰ章では, ロシアの軍需産業政策の重点項 目の変遷を確認 した。ではなぜ, そのような政策の転換が起 こったのであろうか。 一般 に,政策の策定 には階層 的に存在す る政策策定主体 ( 各政治 ・経済主 体)の相互関係の影響が強 く作用 していると考 えられる。 政策の変遷には,政 策策定過程 における各政治 ・経済主体の相互関係及び力関係の変動が影響 を及 ぼ している。 また同時に,変化する環境へ適応す るに伴い各主体 自身が変質 し てゆ くことも政策の変遷に影響 を及ぼす。つ ま り,政策の変遷の背後には,政 策策定主体の相互関係の変化 と彼 ら自身の変化 とがあると言えよう。 そ こで本章では,1 9 9 0年代初期,中期,後期以降 と三つの時期 に分 け,それ 9 9 0年代 を通 じて ど ぞれの時期 において各主体が どのような相互関係 を築 き,1 のように変遷 してい ったのかを検討す る。 こうして描かれる各主体の相互関係 の構図を本稿では軍需産業政策の策定機構 と呼ぶ こととし,その概念図を示す。 41 ) ロ シ ア企 業 全 般 の 目的 関数 につ い て は,溝 端 佐 登 史 「コー ポ レー ト ・ロ シ ア」 ( 上原 -慶編 『 躍動す る中国 と回復 す るロシア』 高菅出版 ,2005年)を参照されたい。 42) nep兄6HHa M. ,PoJ l b qaOHOrO Kar I m aJr a a peOopMHpOBaHHH pOOOH免oⅨOroO r I K//Bor l pOCh r∂Ⅹ・ q.4. ,MeHZ , HI HXOB ( 1999) 及 び h t t p: //www.C ompr oma t .r u/ma i n/t op50 / oI I OMHX恥 2002 TI vpkO4. ht m ( 2004年 9月20日最終確認)を参照O ロシアにおける軍需産業政策の策定機構 第 1図 ( 47 7 ) 1 05 1 9 9 0 年代初期 における軍需産業政策 の策定機構 注 :矢印の太さはそれぞれ関係の強弱を表す。 出所 :筆者作成。 1 1 9 9 0年代初期における軍需産業政策の策定機構 1 990年代初期の軍需産業政策の策定は,経済省,財務省,地方政府などが中 心 となって行い,大手軍需企業や産業団体は利害関係者 として政策策定 に影響 力 を及ぼそ うとしていた ( 第 1図参照)。 このような構図の下,政府組織 は, 政策策定過程 に影響力を及ぼそ うとす る大手軍需企業や産業団体 によるロビー 活動の圧力 に晒されていた。 とりわけ,軍需産業を管轄す る国防産業省は,翠 需産業側か らの強い圧力を受 け,それに屈す る形で事実上軍需産業の利害を代 弁す るロビー組織 となっていった。国防産業省の性質の変化は,市場経済化の 流れに沿 って軍需産業の改革を進めようとす る経済省 ・財務省などとの対立を 招 き,有効 な政策の策定を阻害す る要因 となった4 3 ) 。 こうした省庁間の対立は, 結果 として責任ある軍需産業政策の策定主体が政府内に存在 しない状況を生み 出 した と考 えられる。 4 3) M eHhu HXOB C. ,A naTOMHf lpOCCH如 KOrO Xar I H, raJ I H8Ma,M .: M e耶 yHapOAHhl e Or rHOI HeT mS I ,2 004. 1 06 ( 47 8 ) 第1 7 7巻 第 5・ 6号 ,「誰 も政策 に責任 を取 らな 政府内において責任ある政策主体が存在 しない い とい う状況」下では,軍需産業政策は副次的に策定 された。政府全体 レベル では,社会主義体制か ら決別 し市場経済へ移行す るとい うエ リツィン政権の隻 上命題 を受け,経済全体の改革を推 し進める経済省や財務省の影響力が強まっ ていった4 4 ) 。軍需産業政策は移行戦略 と整合 させ る形で策定された。\ その結果, この時期の軍需産業政策は自由化政策の影響 を強 く受 け,軍民転換政策や民営 化政策に重点が置かれた。 移行戦略の太枠内で軍需産業政策が策定 され る状況は,政策策定 に関与す る 主体の行動 にも影響を及ぼ した。例えば,軍需企業は市場経済化の流れの中で いか に自らに有利 な状況 を作 り出すか とい う関心か ら,政府 との交渉経路や 「 良い関係」 を維持活用す ることに腐心 し, ロビー活動 をさらに活発化させた。 こうした利害関係者の行動様式の変化は,以後の政策策定過程 にも大 きな影響 を及ぼ した と考えられ る。 2 1 9 9 0 年代中期における軍需産業政策の策定機構 1 99 0年代初期の 「 誰 も政策に責任 を取 らない状況」下では,明確な方針に基 づいた軍需産業政策が策定 ・実施されず,軍需産業に多大な混乱が もたらされ た。そ うした中,経済政策全般 について主導権 を握 っていた リベ ラル志向の強 い経済省が,軍需産業政策の策定において も主導権 を握 るようになった。ただ し,初期の政策の失敗の結果,政府内に高 まる産業政策の実施を求める声を無 視す ることはで きず,経済省 も徐 々にその立場を国家による経済への介入を是 とす る方向へ と転換 させていった4 ㌔ 一方,軍需産業 もまたこうした政府内部での力関係の変化 に同調す るかのよ うに,急速に悪化す る財務状況を背景 に政府に対 して救済措置を求め,産業政 策の実施を要求 した。さらに,1 9 90年代初期 に実施された民営化政策などの影 44) TaM㌶e. 45) Ta M〉 Re. ロシアにおける軍需産業政策の策定機構 ( 479 ) 1 07 響 によ り失われた企業間関係 を再編す る必要性 も声高に主張 した。 このように策定機構 における主体が変化 してゆ く中,新たな主体 として金融 9 90年代初期の改革の結果誕生 し,政府に対 して急 産業 グループが登場 した。1 速 に強い影響力 を及ぼす よ うになった金融産業 グループ ( いわゆ るオ リガル ヒ) は,政府 との公式 ・非公式の関係 を活用す ることによって軍需企業を も自 らの中に取 り込んでゆ き,軍需産業 に対する影響力を強めてい った。 こうして 軍需企業を取 り込んだ金融産業 グループは,軍需産業政策の策定過程 に も強い 影響力 を及ぼ してい った。 以上のような策定機構内における各主体の相互関係の結果,1 99 0年代 中期に は軍需産業を中核 とした企業集団を形成 し,産業育成を推 し進める政策が採用 されるようになった。また同時 に,連邦政府の財政難を理由として産業育成政 策における選別的性格が強ま り,産業再編政策 に関 しては予算以外の資金を軍 需産業 に流 し込む とい う名 目で金融産業 グループの参入を促す方針が打 ち出さ れた。 また, この時期の特徴 として,地方政府の権限が強まったことにも注 目すべ きだ。財政難によ り連邦政府による軍需産業政策の実施が困難 となる中で,敬 税権 を含む自立 した機能を有す る地方政府は地域の軍需産業を対象 とした独 自 の政策 を打ち出 してい った。 こうして軍需産業政策 は中央,地方 と重層的に策 定され るようになった。 31 9 9 0 年代後期以降における軍需産業政策の策定機構46) 1 9 9 8年の金融危機の結果 ,1 990年代 中期に見 られたような金融産業 グループ の影響力は凋落 し,代わ って軍需企業を中核 とす る企業集団が形成され彼 らの 影響力が強まった47 ) 。 1 99 8年の金融危機 はまた,政府の政策転換の契機 ともなった。 プリマコフ内 4 6 ) 200 4年の省庁再編 までの期間を対象 とす るC 47 ) 月ep兄6滋Ha,yIは 8.COT. 1 0 8 ( 4 8 0) 第1 7 7巻 第 2図 第 5・6号 1 990年代 中期 にお け る軍需産業 政 策 の策 定 機 構 注 :央印の太 さはそれぞれ関係の強弱を表す。 出所 :筆者作成。 閥の発足 に伴い,政府の政策は国家の積極的な介入を伴 う産業政策の実施を是 とする方向に舵が切 られた48)。 プリマコフ内閣による政策転換 を背景 として, 産業政策に関心 を持つ産業省の発言力は政府内でさらに強まっていった と考え られる。 こうして軍需産業政策の策定には,軍需産業 と密接な関係 を持つ産業科学技 術省が中心的な役割 を果たす ようになった。同省は 「クレバ ノブ 。システム」 を構築す ることによって,軍需産業 に対す る政府の権限及び影響力を強化 し, 政府主導による軍需企業の統合計画を推進 しようとした。「クレバ ノブ ・シス テム」を通 じて進め られた政策は,戦略的に重要 と認定 した国営 ・国有企業を 4 8 ) MeHbm,yXa8.00q.ただ し,1 99 7年 に 「 産業政策概念」 を発表 したように,政府 は金融危機以 前か ら産業へ積極的に介入 しようと意図 していた と見 るのが妥当だろ う。 ロシアにおける軍需産業政策の策定機構 第 ( 4 81 ) 1 09 3回 1 9 9 0 年代 後期 における軍需産業政策 の策定機構 注 :矢印の太さはそれぞれ関係の強弱を表す。 出所 :筆者作成。 中核 に据 えた統合 ( 事実上の再国有化) を推進す ることで産業再編を促 し,釈 たに設立 した企業合同の保護育成を図るものだ った49)。また, これまでの改革 過程で民営化 された軍需企業に対 しては,政府の進める統合計画に参加 して軍 需産業内に留 まるか,計画には参加せず に軍需産業か ら退出す るかを迫 るもの だった。 だが,政府の主導による軍需企業の統合,再国有化を中心 とした産業再編路 線 に対 しては, 自らを中心に据 えた企業集団を形成 しようとする企業 ( 主に兵 器開発部門の企業)は積極的に支持 を表明 したが,別の軍需企業 ( 生産部門の 企業 など)か らは強い反発が出た。それゆえ,政府主導による産業再編路線 は 必ず しも上首尾には進んでいない。その一方で, こうした政府主導による統合 とは別 に, 「イ ル クー ト」な ど民営化 された軍需企業が独 自に統合 を進め る 4 9 ) TaM 黙e. 11 0 ( 482) 第1 77巻 第 4図 政策 の重点項 目 と政策策定 に関与す る主体 の変遷 1 990年代初期 A 政 第 5・6号 中 期 後期 以降 経 済 省 産 業 省 ′ 莱 刀 巧 上 二 く , 与 関 に 地方政府 す 隻 軍需企業 A 一一一- - ∴ - 一一-- 企業合 同 金融産業 グルー プ 体 ∴ L 政 策 軍民転換 ′ -- -∴ 特定 産業部 門の、 保護 .育成 の開発 両用技術 塞 の 古 民 営 化 義 冒 - 再国有化 企業 の集 団化 妻j j =業 の統合 注 :矢印は政策 の継続 及び各主体 の影響力 を表す。 出所 :筆者作成。 ケー ス も見 られ,産業再編は多様 な形で進行 している5 O ) 。 とは言え,趨勢 とし ては,政府主導による統合 ・再編が軍需産業の再編過程の中心 となっているど 考えられる。 逢 軍需産業政策の策定機構 と軍需産業政策 の変遷 以上,1 9 9 0 年代の各時期 における政策の策定機構を見てきたが,策定機構内 に現れた各主体, とりわけ政策策定 に大 きな影響力を及ぼ した主体 と軍需産業 政策の変遷 とにはどのような関係があるのだろ うか。 第 4図は,本章 1- 3節で見た策定機構内での主体の変化 と第 Ⅰ章で確認 し た政策の変遷 とを照 らし合せた ものだが,政策主体の変化が軍需産業政策の変 5 0) 当初,政府 は軍需企業が独 自に主導す る形で の統 合 を認 め ようとは しなか ったが, な し崩 し的 に認 め て い っ た。 E拭erOAH滋RCHr I PH 2004,Boopy' 式eHHL l ,Pa80py2 ReHHe H MeH AyXapOAHaf l6e 昌 一 or l aOHOCTh,M∴ HayI く a,2 005. ロシアにおける軍需産業政策の策定機構 ( 483) 1 1 1 遠に影響を及ぼ していることが確認で きよう。 無論,政策策定を主導 した主体 の利害がそのまま政策に反映されているわけではな く,時には政策策定主体の 利害 と実際に策定された政策 との間に相違が認め られることもあるが,全体 と して両者の間には関連性があることが認め られ よう。 軍需産業政策はその対象 となる軍需産業の有す る特殊性 によ り,国家安全保 障政策の影響を強 く受 けて規定されることは言 うまで もない。だが,安全保障 論に基づ く接近は,軍事政策 として捉えるには十分に有効であるが,軍需産業 の産業動態を踏まえた分析視点 としては機能 しえない。移行期 においては,独 自の利害を持つ軍需企業が出現するなど,政策策定 に関与す る政治 。経済主体 に変化が生 じてお り,また各主体の行動様式 もソ連時代 とは著 しく変化 してい る。 彼 らの政策策定過程 に及ぼす影響力は無視 しえない もの となっている。 こ うした状況を踏まえれば,移行期 ロシアにおける寮需産業政策の分析 には政策 策定主体の変動 を踏まえた接近が必要であ り,既往の安全保障論による接近で はな く,各政治 ・経済主体の相互関係 に着 冒した政策の策定機構 を分析す るこ とが有効 となろう。 お わ り に ソ連崩壊後の移行期 ロシアにおいて,政治 ・経済 。社会その他のあ らゆる政 策は市場経済-の移行戦略に強 く規定されるようになった。軍需産業政策 も例 外ではな く,市場経済-の移行戦略の一部 として位置付 けられるようになった。 移行期 ロシアの経済状況 もまた軍需産業政策の性質を変化させた。1 9 9 0 年代 を通 して,機械製造業を始め とする国内産業が著 しく衰退す る一方で,資源部 門への傾斜が強まった。資源部門への依存が高 まるにつれ, こうした産業構造 の変化を危倶す る向 きが,学界のみならず政府,財界において も見 られ るよう になった。そ うした中,軍需産業政策は衰退す る国内産業の建て直 し,経済を 振興す るための政策 として期待 されるようにな り,移行期 ロシアの軍需産業政 策は,安全保障上の要請は もとよ り,それぞれの時期で課題 となった経済政策 11 2 ( 484) 第1 77巻 第 5・6号 上の要請 も受 けて策定されるようになった。つま り,移行期 ロシアの軍需産業 政策はソ連時代のそれ とは質的に異なっていると解 されよう。 市場経済への移行が及ぼ した影響は,軍需産業政策の質の変化だけにとどま らなか った。移行は政策策定に関与す る政治 ・経済主体のあ り方 まで も大 き く 変化させた。例 えば軍需産業 。企業は, ソ連時代 は政府の打 ち出す政策をその まま受 け入れ るに過 ぎない存在だったが,移行過程 に伴 う環境 の変化の影響 を 受け,独 自の利害を持つ政治 ・経済主体 として政策策定に関与す るようになっ た。政府官僚組織 もまた数回の再編 を経て,その性格及び行動様式 を変化させ てい った。 こうした政治 ・経済主体の変化は翻 って軍需産業政策の変動を促 し た 。 移行期 ロシアの軍需産業政策において,政策の策定機構内における官僚組織 や軍需産業 ・企業 とい った各主体の利害によって規定 され る部分は高まってい る。 軍需産業政策の経済振興策 としての性格が強まるにつれ,各主体の利害の 反映される余地は拡大 してゆ くだろう。 このような軍需産業政策の質的な変化 を踏まえれば,同政策の分析 には政策の策定機構 を明 らかにす る接近が有効で ある。 本稿で試みた政策の策定機構 の分析は,移行期 ロシアにおける軍産複合 体の構造を解明す る一助 となろう。