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福島第一原発事故による畜産物への影響とその克服
解説・報告 福 島 第 一 原 発 事 故 による畜 産 物 への影 響 とその克 服 ― 20km 圏内の汚染家畜を活用した研究― 伊藤伸彦†(北里大学副学長) 1 は じ め に できず,8 月頃まで警戒区域周辺の牧草や土壌のモニタ 平成 23 年 3 月 11 日に発生した リングを行うことしかできなかった.その頃,宮城県登 東日本大震災の大地震と大津波を 米市の肉牛肥育農家と北里大学の同窓生の獣医師から相 受けて,東京電力株式会社福島第 談を受け,原発事故後に収穫した稲わらを与えた牛の放 一原子力発電所(以下,「福島原 射性セシウム汚染の問題の原因究明と解決に向けて調査 発」という.)は電源をほとんど を行った.具体的には,当該農家と協力して,餌や畜舎 失い,炉心を十分に冷却できない 内の汚染状況の分析を行いながら,牛の尿中の放射性セ 状態となり,翌 12 日以降,第 1, シウム濃度を指標としながら,非汚染餌の給餌や畜舎の 2,3,4 号機の炉心溶融や水素爆発等が発生した.その 清掃を徹底するなどの飼育指導をしたところ,3 カ月ほ 結果として,核分裂により生じた放射性物質(主に,核 どで出荷することが可能となり,牛肉の放射性セシウム 分裂生成物[Fission Product] :以後 FP)が一般環境 濃度も 20Bq/kg 程度であることが確認された. 中に放出され,特に放出量が多くて物理的半減期が長い この成果により自信を得て,警戒区域内の牛を活用し 放射性セシウムが東北と関東のみならず北海道まで広範 た研究を行い,より精密な研究成果を得ることを目的と 囲にまき散らされた. して準備を開始した.まず,研究費に関しては,日本獣 その後,FP で高濃度に汚染された福島原発から半径 医師会の山根会長が中心となって,獣医師会事務局が農 20km の警戒区域が設定されたが,区域内には当時多数 水省などと交渉してくださり,譖日本草地畜産種子協会 の家畜が取り残された.発災当初に国から全頭安楽殺処 をはじめ,複数の助成資金をもって研究を開始する準備 分の方針が示されたこれらの動物に対し,国民はじめ多 ができた. くの研究者から保護した上で将来に向けた基礎的な研究 また,研究を実施するための場所の確保と警戒区域内 に資するべきとの意見が寄せられた.このため,福島原 で研究活動する許可を得るために南相馬市役所を訪問 発警戒区域内の中線量地域(空間線量率が毎時 1μSv 以 し,市長や部課長に面会してご説明したところ,域内に 上 10μSv 未満の区域)における繁殖雌牛等を対象とし 畜産施設を持つ農家の紹介や研究への協力の約束を取り て放射性物質による体内外の汚染状況の調査を行うとと 付けることができた.また,市役所が紹介した農家の方 もに,放射性物質で汚染された牛に放射性物質で汚染さ からも協力をいただき,地震の被害が少なくて放射能の れていない飼料を給餌した場合の牛の内部被ばくの減 汚染度も比較的低かった南相馬市小高区の畜舎と重機等 衰,堆肥中の放射線量の減衰を解析し,基礎データの収 を借用することが可能となった. 集・分析を行うことにより,牛における放射性セシウム これらの準備活動を平行して,人的な協力体制も構築 の精密な体内分布や生物学的半減期を求めて,汚染地域 することができ,平成 23 年 11 月から研究を開始するこ の畜産を再興するためのデータを得ることを目的として とができた.研究実施のための研究者と責任者を表に示 研究を行った. す. 2 研究体制の構築 3 繁殖雌牛の飼育方法 原発事故発生直後から,汚染家畜を活用した研究のア 研究開始当時に南相馬市小高区の肉牛肥育農家の施設 イデアは多くの研究者から寄せられたが,警戒区域の設 (以下,研究農場)内には約 50 頭の黒毛和牛が捕獲され 定後には,実際に研究を行うために区域内に立ち入るた ており,このうち研究には雌牛を対象として放射性物質 めの許可を得ることや人材と研究費の確保の問題が解決 の体内分布と非汚染餌を給餌した後の体内減衰を調べる † 連絡責任者:伊藤伸彦(北里大学獣医学部獣医学科獣医放射線学研究室) 〒 034h8628 十和田市東二十三番町 35h1 蕁 0176h23h4371 FAX 0176h23h8703 E-mail : [email protected] 日獣会誌 65 645 ∼ 652(2012) 645 表 研究実施機関及び研究参加者 研究参加機関 測定試料 研究参加者 北里大学獣医学部 吉川泰弘 伊藤伸彦 武藤顕一朗 小山田敏文 渡辺大作 上野俊治 和田成一 柿崎竹彦 富岡美千子 寶示戸雅之 久保田昭二 岩手大学農学部 佐藤れえ子 酪農学園大学獣医学部 林 正信 遠藤大二 酪農学園大学酪農学部 高橋圭二 帯広畜産大学畜産学部 山田一孝 佐々木基樹 日本全薬工業株式会社 福井真人 味戸忠春 葛西 圭 原田俊之 山田健太郎 佐藤洋一 鈴木 茂 公益社団法人 日本獣医師会 山根義久 矢ケ崎忠夫 事務局 動物福祉関連団体 川崎亜希子 南相馬市役所 経済部職員 液体窒素冷却部 図1 測定室遮蔽体 Ge検出部 北里大学のゲルマニウム半導体検出器 放射性セシウムなどから放射されるガンマ線を Ge 検出器で受け,最終的にはエネルギーごとにカウント 数を積算する仕組み. 遮蔽体は周囲からの自然放射線などをカットし,測 定精度を向上. 3 群: 9 % PB 投与群(清浄飼料+高濃度 PB を給与) 4 ことにした.すでに原発事故から 8 カ月が経過してお 実 験 方 法 (1)血液,糞,尿の採取 り,放射性物質で汚染された地域の乳牛や肥育牛には汚 研究期間中,1 から 2 週に 1 回の割合で,経時的に糞, 染濃度の低い餌を給餌することが浸透しており,今後 は,給与餌の基準が高めに設定されている繁殖雌牛の体 尿,血液を採取し,ガンマ線放出核種の分析と評価を行 内汚染の低減が求められる可能性が高いと判断されたた った. (2)解剖,臓器試料採取及び測定試料の調製 めである. 研究開始時には,研究農場の畜舎内は清掃がほとんど ア キシラジンの前投与により,鎮静を行い,体高と なされておらず,家畜衛生的に劣悪な環境であったた 推計尺による体重の推計を行った.(キシラジン投 め,また清浄飼料の給餌時に放射性物質の飼料への混入 与量は牛の体格で調整した) イ ペントバルビタールを用いて麻酔導入をし,牛を が懸念されたため,清浄飼料給餌時点までには,畜舎内 横臥させた.(ペントバルビタールの投与量は牛の の徹底的な清掃と敷料の交換を行った. 体格で調整した) まず,研究に使用する牛を 30 頭ほど選抜し,次に示 すように 4 群に分類した後,事故後に南相馬市内で収穫 ウ 麻酔下で頸部を切開し,頸動脈を露出させ,動脈 された飼料を入手し,ガンマ線放出核種を分析し汚染が カニューレを留置し,放血を行った.また放血の際 ないことを確認した後で給餌し,給与から 1 カ月経過し に得られる血液を一部採取するとともに,放出され た血液の全量を測定した. た後に,再度畜舎内の清掃を行い,輸入されたルーサン エ 放血の途中で,大槽穿刺により脳脊髄液を採取 ベール(米国産) ,トールフェスク(米国産) ,オーツヘ し,尿道カテーテルを通じて尿を採取した.また, イ(オーストラリア産)を給餌した.2 群と 3 群の牛に 直腸便も同時に採取を行った. は,除染剤としてプルシアンブルー(ヘキサシアノ鉄 (蠡)酸鉄(蠱) :紺青,以降 PB)を投与した.プルシア オ 放血終了後,研究参加者全員で黙とうを行った後 に解剖を開始した. ンブルー製剤には糖蜜が加えられており食いつきが良 く,1 頭あたり 100g 程度が投与されたが,牛は残さず カ 72 種の組織並びに臓器の全体を切除したのちに, 餌と一緒に食べた.それ以外は,一般的な繁殖和牛の飼 重量を測定し,測定に必要な量(大きなものはおよ 育法に従って飼育した. そ 1 kg 前後もしくは組織全体)を採取し,密封で きるビニール袋に保管した.採取する筋肉に関して は,筋肉の起始部から終始部までの採材と重量の測 ○牛群の仕分け 定を行った. 1 群:対照群(清浄飼料のみを給与) 2 群: 3 % PB 投与群(清浄飼料+低濃度 PB を給与) キ 得られた試料はチルド(− 4 ℃∼ 0 ℃)の状態で, 646 (Counts) 100,000 Cs-134 Cs-137 消滅放射線 10,000 Ag-110m 1,000 K-40 Cs-134sum Cs-134sum 100 10 1 0 500 1,000 1,500 2,000 2,500 3,000 3,500 4,000 (Channel) 図2 ガンマ線スペクトラムの 1 例 試料は清浄餌給餌開始直前の肝臓 (Counts) 1,000 Ag-110m Cs-137 Ag-110m 100 K-40 10 1 0 500 1,000 1,500 図3 2,000 2,500 3,000 3,500 4,000 (Channel) ガンマ線スペクトラムの 1 例 試料は清浄餌給餌開始 3 カ月目の肝臓 スチック容器へ空気を含まないように圧迫充頡し, 青森県十和田市の北里大学獣医学部キャンパスまで 郵送した.経時的に採取した尿や血液も同様に郵送 測定用試料とした. (3)ゲルマニウム半導体検出器による放射能測定 した. ク 採材した臓器や組織は,流水で十分に洗浄した. 試料中のガンマ線放出核種の放射能は,ゲルマニウム ケ 使い捨てのカッターナイフ刃かメス刃を用いて表 半導体型ガンマ線スペクトロメータを用いた.遮蔽体は 10 cm 以上の鉛厚で構成されており,周囲は鉄で固定さ 面部分を除去(トリミング)した. コ トリミングした試料をミキサーを用いてミンチ状 れている(図 1) .遮蔽体は周囲からの自然放射線などを にし,採材できた量に応じて 10,20,100 ml プラ カットし,測定精度を向上させる役割を持ち,放射能を 647 ほとんど含まない材料で製作された.検出部は同軸型高 (Bq/kg) 純度ゲルマニウム半導体検出器(CANBERRA 社)を用 1,024 い,得られた電気信号をポケット型マルチチャンネル波 512 Csh137 Agh110 m 256 高分析器(MCA8000A,AMPTECK 社)で 4096 チャ 128 ンネルにてエネルギー弁別を行った.計測時間は,計数 64 値がその標準偏差の 3 倍以上に相当するまで測定を行っ 32 た. 16 測定値の放射能換算は試料の計数値に,幾何学的計数 8 効率,比重及びガンマ線エネルギーに依存した減弱係 4 2 数,エネルギー依存性計数効率補正及び自己吸収補正を 1 考慮して放射能を算出する絶対測定法を用いたが,具体 開始前 的な補正方法と放射能の計算方法は省略する.また,ゲ 開始時 1 月後 2 月後 3 月後 清浄餌給与後経過期間 ルマニウム半導体検出器を用いて得た資料のスペクトル 図4 図を図 2 と図 3 に示す.A g h 1 1 0 m のピークの一つは 清浄餌給与前後の肝臓中の C s h 1 3 7 濃度及び A g h 110m 濃度 Csh137 と重複するため,Csh137 の放射能を求める際 ウムは流出することを示唆している. には,Agh110m のピーク面積を評価し,差し引いて求 Kh40 は天然の放射性核種であり,地球上のカリウム めた. 中には必ず同じ割合で存在するので,一定の常数をかけ 5 研 究 成 績 れば正確にカリウム濃度を示す.したがって,食餌に放 (1)経口投与された放射性セシウムが体内平衡に達す 射性セシウムが多く含まれる場合には,カリウムと化学 る時間 的性質が類似している放射性セシウムは,カリウムが多 解剖した牛肝臓中の放射性セシウム(Csh137)濃度 く集まるところに集積するが,完全に同じ性質ではない と放射性銀(Agh110m)濃度について,清浄餌を投与 ことから,食餌中に含まれない場合には,肝細胞から排 開始する前の時点から経時的変化として見ることができ 泄されやすいという現象が生じると推測される. (2)尿中の放射性セシウム濃度からみた生物学的半減 るよう図 4 を作成した.放射性銀については,後述す 期 る.図 4 で,開始前というのは清浄餌を投与する 3 週間 個体ごとに体格や摂食する量が異なることから尿の初 前を指し,体内汚染を個々の牛間で均一化するために汚 染稲わらを給与し始めて 1 週間目のことである.また, 期濃度に差異があったため,清浄飼料の給与開始日を 0 清浄餌投与開始時とは汚染稲わらを給与して 4 週間目に 日目とし,その時点の濃度を 100 %として,相対値で評 畜舎を徹底的に清掃し,放射能汚染のない清浄な餌を給 価を行った.その結果,図 6 に示すように初期数日間に 与開始した当日に清浄餌給与前に解剖した牛から採取し は清浄餌給与のみの対照群に比べて,プルシアンブルー た検体である. 投与群の方がわずかに尿中濃度は低かったが,それ以降 図 4 から,汚染餌を給与されて 1 週間では,体内の濃 の減衰速度には差が認められなかった.つまり,生物学 度が飽和していないことがわかる.また,汚染餌給与後 的半減期には大差がないことがわかった.また,投与し 4 週間目(清浄餌給与開始時)では 1 週間目よりも肝臓 たプルシアンブルーの量が 3 倍多くても減衰速度に有意 中の放射性セシウムは高濃度となっており,少なくとも な差が生じなかった. プルシアンブルーの腸管内の作用として,腸管から分 1 週間では体内平衡には達していないと推測される. 図 5 に,放射性セシウム汚染餌の給餌中及び清浄餌給 泌された放射性セシウムを吸着して排泄するというメカ 餌中の牛肝臓中の Kh40 と Csh137 の相関関係を示す. ニズムが考えられているが,少なくとも牛の場合には, 汚染餌を給与されて 4 週間の時点だけでなく,1 週間の 第 1 胃などの消化管内容物中のセシウムがプルシアンブ 時点でも,肝臓中の Kh40 と Csh137 は正の相関を示し ルーに吸着することで,血中すなわち体内への移行は抑 た.また,清浄餌を給餌した後では負の相関を示すよう えられるが,体内に取り込まれたセシウムの排泄が促進 になった.清浄餌給与後 3 カ月では Csh137 の濃度が相 されるわけではないと推測された. 尿中の放射性セシウムの減衰曲線から計算された牛の 当低下したため,相関は明確ではないが,少なくとも食 放射性セシウムの生物学的半減期は,約 14 日であった. 餌中に放射性セシウムが存在し,腸管から取り込まれつ (3)肝臓中の放射性セシウムと放射性銀の濃度 つあるときには,肝臓中のカリウムの多寡と関連して放 射性セシウムが肝臓に集まるが,清浄な食餌を与えられ 図 2 は,清浄餌給餌開始前に解剖した牛の肝臓を測定 ているときには肝臓からカリウムは流れ出ないが,セシ したガンマ線スペクトラムの 1 例であり,Csh134 は主 648 A 清浄餌給与前,汚染餌給与 1 週 300.0 B 清浄餌給与直前,汚染餌給与 1 月 1,200.0 y = 10.335x+92.291 R2 = 0.8723 250.0 y = 44.237x+78.569 R2 = 0.8193 1,000.0 200.0 800.0 150.0 600.0 100.0 400.0 50.0 200.0 0.0 0.0 0.0 5.0 10.0 15.0 20.0 0.0 5.0 C 清浄餌給与開始 1 月後 140.0 15.0 20.0 D 清浄餌給与開始 3 月後 35.0 y = −16.351x+314.13 R2 = 0.9715 120.0 10.0 y = 0.9162x −0.6325 R2 = 0.0646 30.0 100.0 25.0 80.0 20.0 60.0 15.0 40.0 10.0 20.0 5.0 0.0 0.0 0.0 5.0 10.0 15.0 20.0 0.0 5.0 10.0 15.0 20.0 図 5 放射性セシウム汚染餌の給餌中,または清浄餌給餌中の牛肝臓中の Kh40 と Csh137 の相関 (横軸は Kh40 濃度 Bq/kg,縦軸は Csh137 濃度 Bq/kg) 100 days 放射能比(%) −0.051x 対照群 y = 71.822e y = 46.796e−0.053x 3 %PB y = 44.331e−0.057x 9 %PB 1.00 0 20 40 60 80 100 半減期 約15日 10 0.10 y = e−0.046x R2 = 0.9562 0.01 1 0 10 20 30 40 50 60 70 80 図7 清浄飼料給餌後日数 図6 肝臓中 Csh137 濃度の減衰(相対値) 尿中への放射性セシウムの排泄(初期値を 100 %と した相対値) なピークで 3 種類以上が認められ,Csh137 は 1 種類の 放射性銀は核分裂生成物ではなくて,銀の中性子放射 ピークが存在する.肝臓には放射性銀(Agh110m)の 化産物であり,文部科学省のモニタリング報告(2011 存在が認められ,Agh110m 由来のピークが複数認めら 年 6 月)では,Agh110m は Csh137 の 1/20 から 1/10 れた.また,図 3 は,清浄餌を給餌し 3 カ月経過後に解 程度が環境中にあると報告されているが,汚染餌を給与 剖した牛の肝臓を測定したガンマ線スペクトラムの例で されていた牛の肝臓にはそれくらいの比率で測定された ある.Csh134,Csh137 のいずれのピークも小さくなっ が,肝臓以外の臓器組織には検出されていない. 特筆すべきは,清浄餌を給与された後には,肝臓中の ているが,Agh110m は清浄餌給餌開始時点と大きく変 放射性セシウムは経時的に減衰してゆくのに対し,放射 わらない高さのピークを示した. 649 放射能濃度(Bq/kg) 6,000 5,000 Csh137 4,000 Csh134 3,000 2,000 1,000 0 唾 咬 腎 腎 大 舌 心 尿 上 中 頭 脾 大 膵 広 第 肺 左 副 横 ︵第 肝 液 腰 腕 臀 半 腿 背 1 浅 隔 食1 腺 筋 臓 臓 筋 臓 二 筋 棘 臓 四 臓 筋 胃 頸 腎 膜 魏胃 臓 ︵ ︵ ︵ 頭 筋 頭 ︵ リ ︵ 少内 耳 左 右 筋 筋 腹 ン 左 な容 下 ︶ ︶ 餒 パ ︶ い物 ︶ 腺 ︶ 節 ︶ 副 最 卵 右 食 上 肋 大 長 浅 腕 間 腿 腎 筋 巣 頸 道 三 筋 二 ︵ リ 頭 頭 右 ン 筋 筋 ︶ パ 節 放射能濃度(Bq/kg) 1,600 1,200 800 400 0 第 1 胃 内 容 物 延 第 腸 乳 第 子 膀 直 膣 盲 第 小 結 脊 大 気 脊 十 空 眼 眼 胆 回 胸 甲 項 心 第 腹 大 脳 髄 2 間 1 4 二 状 靭 餒 3 脊 ∼ 胃 膜 腺 胃 宮 胱 腸 腸 胃 脳 腸 髄 脳 管 髄 指 腸 球 球 汁 腸 腺 腺 帯 水 胃 膜 網 髄 脳 リ ︵ ︵ ︵ 腸 ︵ ︵ 液 幹 ン 背 胸 腰 右 左 パ 餒 髄 髄 ︶ ︶ 節 ︶ ︶ ︶ 放射能(Bq) 図8 放射性セシウム臓器中濃度の順位 8,000 7,000 6,000 5,000 4,000 3,000 2,000 1,000 0 Csh137 Csh134 大 最 大 肝 心 肺 乳 舌 上 中 横 大 咬 広 結 空 肋 頭 脾 腎 第 腎 上 第 唾 膵 子 食 直 第 膣 大 腿 長 腿 腕 臀 隔 腰 背 間 半 2 腕 4 液 3 四 筋 二 臓 臓 腺 三 筋 膜 筋 筋 筋 腸 腸 筋 棘 臓 臓 胃 臓 二 胃 腺 臓 宮 道 腸 胃 脳 頭 頭 頭 筋 ︵ ︵ 頭 ︵ 筋 筋 筋 左 右 筋 右 ︶ ︶ 耳 下 腺 ︶ 図 9 各臓器の放射性セシウム保持量の順位 第 1 胃内容物中の放射性セシウム量は,飛び抜けて高かったため棒グラフを省略したが,119,000Bq であった. れている可能性が高い. 性銀には経時的減衰が見られないことである.これは, 前述したように放射性セシウムは,カリウムを多く含む 図 4 の肝臓中 Csh137 のみの減衰を相対値として表し 臓器には多く取り込まれ,清浄餌の給与によってセシウ た曲線を図 7 に示す.これを解析した結果,肝臓中の放 ムは排泄されてゆくが,放射性銀は排泄されにくいとい 射性セシウムの生物学的半減期は約 15 日となり,尿中 うことは,放射性銀と放射性セシウムの集まる細胞が異 の放射性セシウム濃度から得られた生物学的半減期の なることが考えられる.おそらく放射性銀は肝臓に到達 14 日はほぼ同じであり,これまで放射性セシウムの生 するときには不溶性となって,クッパー細胞に取り込ま 物学的半減期が約 60 日といわれていたが,実際にはこ 650 肝臓に対する放射能比(%) 900 示す.肝臓に対する比で示したわけは,全身の放射性セ 12月 800 1月 2月 3月 シウム量に個体差があるために,図 7 に示したように肝 700 臓は全身の放射性セシウム量の増加や減衰の指標となり 600 得ると考えられたからである. 500 12 月とは放射性物質で汚染された餌を 1 月間給与さ 400 れ,清浄飼料を給餌し始める直前に解剖された牛のデー 300 タを示している.この状態の筋肉中の放射性セシウム濃 200 度を比較すると,咬筋,頭半棘筋,上腕二頭筋などの前 100 躯の筋肉の方が,最長筋,大腰筋,大腿二頭筋などの後 躯の筋肉よりも高い傾向が見られた.しかし,1 月以降 0 咬 筋 頭 半 棘 筋 広 背 筋 上 腕 三 頭 筋 上 腕 二 頭 筋 肋 間 筋 横 隔 膜 最 長 筋 中 臀 筋 大 腰 筋 大 腿 二 頭 筋 大 腿 四 頭 筋 の清浄餌を給与された後の放射性セシウム減衰期では, むしろ後躯の筋肉である最長筋,大腰筋,中臀筋,大腿 二頭筋,大腿四頭筋の方が,咬筋,頭半棘筋,上腕二頭 筋,上腕三頭筋,肋間筋といった前躯の筋肉よりも高濃 図 10 清浄飼料のみを給餌させた対照群における筋肉中の 放射性セシウム濃度の減衰(肝臓に対する比で示した) 度となった.また,広背筋についてはやや異なる傾向を 示した.これらの原因については考察中である. れよりも相当短いことがわかった. (4)体内の各種臓器中の放射性セシウムの濃度と存在 6 量 研究成果の活用と意義 警戒区域内には多くの家畜やペット動物が残された. 図 8 に臓器中放射性セシウム濃度の順位を棒グラフで 家畜に関しては,餓死した動物も多かったが,放任家畜 示した.また,図 9 には,濃度に各臓器や胃内容物等の となって生き延びた動物も多かった.政府は,これらの 重量をかけて得られた放射性セシウムの各臓器保持量を 家畜が食用とされることを避けるためであったと想像さ 棒グラフで示した. れるが,全頭安楽殺処分の方針を打ち出した.これを利 汚染餌を 1 カ月間給与された牛では,放射性セシウム 用して家畜の体内の汚染状況を把握するための研究が行 は体内の隅々まで行き渡っていると推測される.この状 われた[1] .しかしながら,チェルノブイリの事故時に 態における牛の臓器組織で,最も高い濃度を示したのは は畜肉やミルクへの移行係数の研究情報はかなりの数に 唾液腺(耳下腺)であった.一般に内分泌腺は放射性セ のぼる.しかしながら,体内に取り込まれた放射性物質 シウム濃度が高いといわれているが,約 70 種類の筋や が,清浄餌給与後にどのように減衰するのかについての 臓器のうち,唾液腺(1 位),膵臓(14 位),副腎(19 研究情報は見当たらない. 位),乳腺(35 位)と高濃度のものが多かったが,甲状 本研究では,原発事故による放射性物質で汚染された 腺は 56 位と低く,濃度は唾液腺の約 1/20 であった. 餌を給与したが,警戒区域内での研究ということもあっ 心臓,舌,横隔膜も含めた筋肉はいずれも高濃度を示 て,精度の高い給餌を行えなかったために移行係数を求 したが,最も高濃度の咬筋に比べて,大腿二頭筋と肋間 めるには至らなかった.そのかわり,定期的に実施した 筋は約 1/3.3 と 3 倍以上の濃度差があった.放射性セシ 解剖においては,約 70 種類の臓器や組織,体液などを ウムを排泄する腎臓は高濃度であり,脾臓,肺臓,肝臓 採取し,筋肉については起始部と停止部はもとより隣接 も比較的高濃度を示した.これに対して,腸管と中枢神 の筋との間も厳密に区分して研究材料の採取を行い,臓 経組織は総じて低めの濃度であった. 器全体を秤量し,記録した.解剖を行った個体の一部 汚染餌を 1 カ月間給餌された牛では,全身に分布する は,皮膚や骨に付着したわずかな筋肉も掻爬して秤量し 放射性セシウムのうち,約 58 %は第 1 胃内容物に存在 たため,各臓器等の放射性セシウム保持量も計算するこ することがわかった.第 1 胃内容物の濃度は,最も低い とができた. 濃度の大腿二頭筋とほぼ同濃度であったが,量が著しく チェルノブイリ事故後に得られているデータを概観す 多いためである.また,心筋,舌,横隔膜を含めた全筋 ると,まず放射性セシウムの生物学的半減期についての 肉には,体内の放射性セシウムの約 27 %が分布するが, データは少なく,しかも家畜の正確なデータがないた 第一胃内容物を含めない場合には,全臓器組織の約 め,60 日から 90 日の数値が世の中で一人歩きしている 64 %が筋肉中に存在する計算結果となった. 状況であった.これでは,畜産農家が家畜を飼育すると (5)筋肉中の放射性セシウム濃度と減衰パターン きの指導に支障があると思われる.代謝による体内から 図 10 に,清浄飼料のみを給餌させた対照群における の排泄に要する時間としての生物学的半減期は長めに設 筋肉中の放射性セシウム濃度の減衰を肝臓に対する比で 定した方が安全といえるが,それでは農家に負担を強い 651 るだけである.今回の研究で得られた牛の全身の生物学 うな研究結果は報告がないため,もう少し精度を高める 的半減期は,約 15 日であったことから,一般にいわれ ための研究継続が必要と思われる.筆者らは,と畜場に ているデータよりもずいぶん短いことがわかった.つま 搬入する前に農家の畜舎内で牛の体外計測を行い,放射 り,約 2 週で半分になるので,14 週で百分の一になり, 性セシウムに汚染されていないことを確認するシステム 20 週では千分の一になる計算だが,3 カ月より以降の減 の構築を開発してところであるが,安価で精度の高い機 衰については今後の継続研究が必要である. 器やシステムを開発する上で,本研究で得られた研究情 報は非常に重要である. 本研究では,体内からの除染剤としてプルシアンブル ーを用いたが,投与量を多くしても効果は高くならない 謝 辞 ことと,その効果は胃腸管内に存在する放射性セシウム を薬剤が捕捉して体内への吸収を抑制する効果はあるこ 本研究は日本獣医師会をはじめ,多くのご援助とご協力のも とに遂行されており,特に研究牧場のある南相馬市の桜井勝延 市長,南相馬市役所経済部長をはじめ職員の方々,福島県中小 企業同友会の方々,福島県酪農連合会,そして本研究の実施に は欠かせなかった農場施設・設備と多くの牛を提供していただ いた渡部信治様とそのご家族に心より感謝いたします. とが認められた.共同研究者の日本全薬工業譁中央研究 所では,この成果を生かして,牛に舐めさせる鉱塩にプ ルシアンブルーを混和することで,汚染の可能性がある 餌を給餌するときの摂取制限対策として,研究成果の活 用を行っている. 参 考 文 献 本研究で得られた成果のうち,部位の異なる筋肉間で [ 1 ] 福本 学:福島第一原発事故に伴う被災家畜の臓器別放 射性セシウム濃度,Isotope News 日本アイソトープ協 会,636(4) ,10h13(2012) 放射性セシウムの濃度に 3 倍程度の差があることや,そ の減衰パターンが筋肉によって異なることについては, 今後の食肉検査や尿や体外からの計測により体内の濃度 を推測する研究を行う際に役立つデータである.このよ 652