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世界を解く

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世界を解く
連
載
企
画
世界を解く
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第
十
六
回
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マ
学ぶ、働く、遊ぶ…。
人間は日々、さまざまな行為を営んでいます。どれも一見、ごく当たり前のこと。
国境も地域も、民族も歴史も、時間も空間も超えて、
普遍的に存在しているこれらの行為は、その普遍性ゆえに見過ごされてしまいがちです。
しかし、例えば「学ぶ」という行為の本質を深く掘り下げ、
さまざまな角度から「学ぶこと」の意味を問うたとき、
そこには驚くほど豊かな世界が現れてきます。
学ぶことの社会的意味とは、その歴史的経緯が伝える価値観の変遷とは、
学びの経済効果と社会システムとの関係とは、等々。
ごく当たり前の行為は、その相貌を一変し、生きるという営為の本質に迫る、
あるいは社会と人間のあり方の原点を理解する、貴重な手がかりとなるのです。
本特集企画は、こうしたキーワードにスポットをあて、そこから浮かびでる多様で豊かな世界を、
それが示唆する多くの問題点をありのままに考えていきます。
第16回のテーマは、
「決める」
。
異なる専門領域、視点をもつ研究者たちに、
それぞれの立場から「決める」という言葉が連想させる今日的諸問題を語っていただきました。
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s
s
a
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言語社会研究科教授 ●糟谷啓介
「偶然に身を任せて」
作曲家のジョン・ケージは、易経を使って音を偶然のままに
か否かを決めるときに、易経に頼ることはないにちがいない(ケ
生起させるような作曲のやり方を発明した。名づけてこれを
ージは名だたるキノコ研究家である)
。食べられるキノコと食べ
「偶然性の音楽」という。ケージは「当たるも八卦、当たらぬも
られないキノコの区別は偶然が決めるのではなく、キノコそのも
八卦」と唱えながら曲を作ったのかもしれない。わたしに音楽
のの性質が決めるのである。物事の道理で決まっていることにつ
の素養はないが、このやり方なら覚えがある。むかし試験でど
いては、偶然性の診断は役に立たない。
の答えを選べばいいかわからないとき、机の上に鉛筆をころが
「決める」とは、いくつかの選択肢のなかから一つを選び出す
して、書くべき答えを決めていったものだった。こうしてわた
行為であるとするなら、そのとき大切なのは、物事の結びつき
しは「偶然性の答案」を作るのを得意としていたのだが、手法
をはっきりと見通すことである。そして、ぎりぎりのところま
があまりにも前衛的だったせいか、採点者にまったく評価され
で見極めたあげく、それでもなお筋道が見えてこないなら、に
なかったのは、かえすがえすも残念である。
っこり微笑んでサイコロを振ればよいのだ。わたしたちに偶然
たしかに偶然性による決定は、いろいろなことに使うことがで
と見えるものは、実は必然であるのかもしれない。ただ、悲し
きる。事実、ケージは日常生活のなかで困ったことに出あったと
いことに、人間にはその間の区別がよく見えないだけなのだ。
き、よく易経を用いて選択肢を決めていったらしい。なるほど、
だから、そんなとき、まなじり決し
何を選べばいいのか迷ったときには、無理やり結論をしぼり出し
て「決意」やら「決断」やらの剣を
て失敗に終わるよりは、偶然に身を任せた方がいいかもしれない。
振りまわす必要はまったくない。そ
何事も「当たるも八卦、当たらぬも八卦」である。
ういう物騒な道具は、実のところ、
そうはいっても、このやり方があらゆることに応用できるわけ
ではない。ケージといえども、森で見つけたキノコを食べるべき
わたしたちの不明や怠惰の隠れみの
にしかすぎないのである。
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