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クックパッド株式会社2006 - 慶應義塾大学SIVアントレプレナー

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クックパッド株式会社2006 - 慶應義塾大学SIVアントレプレナー
慶應義塾大学 SIV アントレプレナー・ラボラトリー
クックパッド株式会社2006
イントロダクション
2006 年 12 月、クックパッド株式会社の佐野陽光社長は次なる事業戦略を模索していた。クックパッ
ド株式会社は COOKPAD(http://cookpad.com/)という口コミレシピサイトを運営している。1998 年
3 月のサービス開始以来、16 万品を越えるレシピを集め、月間ページビューは(PV)は 1 億 284 万 PV/
月、ユニークユーザーは 167 万人を超え(2006 年 11 月現在)、口コミレシピサイトとして国内 No.1
の地位を築いている。COOKPAD は20∼30代の主婦が集まるネットワークコミュニティーとして
も日本最大級の規模であり、若年層の主婦向けの広告媒体として非常に注目を集めている。
現在ではインターネットの分野で勢力を拡大しているが、佐野社長自身は COOKPAD の事業領域を
WEB 上には限定していない。曰く、
「学生時代自分の得意分野がITであったことが今のビジネスに大
きな影響を与えているが、WEB はあくまでユーザーとレシピをつなぐことができる有用なツールの一
つとして使用している。」これは次なる主力事業がネットの世界にはとどまらないカタチで行われると
いうことであろうか。佐野社長のやりたいことである、料理を「作る」、「人に見せる」、「楽しむ」「ま
た作る」というサイクルは現在の COOKPAD の仕組みで実現しつつある。佐野社長は次なる一手を模
索していた。
COOKPAD はレシピというコンテンツ用いてユーザーと食材提供者(食品メーカー等)を結び付けて
いる。いわば献立エージェントである。しかも特定のメーカーには息のかからない中立の立場でサイト
を運営している。この完全な中立性こそがユーザーの信頼獲得につながっていると言われている。佐野
社長は新規事業についての無数のアイデアが頭の中をぐるぐると駆け回っていたが、ビジネスの「型」
だけはすでに決まっているようだった。それは「スイッチボード利益型」のビジネスモデルを用いて収
益を上げていくということである。「スイッチボード利益型」のビジネスモデルとは最善最適な商品や
情報を組み合わせて顧客に提供し、自社はそれを結び付ける仕組みを提供するというビジネスモデルの
ことである。加えて佐野社長の頭には明確な数値目標も存在した。それは「現在の COOKPAD の競争
優位の源泉を活かし、3年後に売上高10億円を達成する。」ということものであった。佐野社長は
COOKPAD がここまで発展した経緯、ここまでユーザーが集まった仕組みの本質をじっくり頭の中で
考えながら、再びメモ帳にペンを走らせた。
本ケースは、慶應義塾大学環境情報学部 國領二郎教授、同大学院政策・メディア研究科助手 牧兼充の指導のもと、同大
学・総合政策学部 萩原聡が作成した。クラス討議の基礎資料として作成したものであり、経営・運営の巧拙を例示しよう
とするものではない。(2006 年 1 月)
1
業界動向
1
食品業界
∼成熟した市場∼
COOKPAD は「食」をテーマとした WEB サイトである。したがって COOKPAD が発展してきた経
緯は国内の食品産業の動向と大いに関係がある。日本国内の食品産業は、製品出荷額では電気機器、輸
送用機器、一般機械につぐ規模を持つ産業で、高度経済成長・ライフスタイルの変化と共に劇的に成長
してきた。ただし近年の輸入自由化の進展と市場の成熟化、さらには業態を超えた低価格競争によって、
目下は既存商品の収益悪化に苦しんでいる。つまり、食品産業は飽和状態にあると言える。加えて、近
年顕著になってきた少子高齢化により国内市場はますます縮小傾向にある。消費者のライフスタイルの
多様化も一層進展し、それに伴い必然的に食の多様化が加速している。食品業界に所属するプレイヤー
達は縮小化する市場、多様化する消費者ニーズの把握に腐心している。
食品業界の商品戦略を見てみると、食品の分野は決定的な商品の差別化が難しく、似たものの競争に
なり易い。そのような商品特性を持つ食品市場においてシェアを拡大するには、販促費・広告宣伝費を
多く投入する必要がある、と一般的に言われている。実際、広告業界の最大顧客は食品産業である。近
年は国産原料へのこだわりや、伝統的な製法を前面に打ち出してあえて高価格で勝負する商品が増加し
ている。また、広告戦略も、イメージ訴求型の単なる商品広告から、企業の姿勢・理念を伝えるものに
主流が移りつつある。
「本物」を提供できる企業のみが、この厳しい市場環境を勝ち抜くことができる。
∼消費者意識の変化∼
食品産業をマクロ的に眺めれば、食品産業は「調理加工」の分野で消費者ニーズを引き出し、商品化
することで成長してきた。すなわち消費者の利便性をより高めるために素材品消費から加工食品消費へ
食生活をシフトさせてきたのである。これまでの外食産業の成長、近年の中食分野の拡大はまさにそれ
を象徴するものである。従来の食品加工は貯蔵・保存のためのものだったが、消費者の利便性のために
調理時間を短縮し、生鮮物に対し比較的価格を安定させ、家庭内の調理では難しい味覚を提供している。
さらにカット野菜・切り身魚等生鮮分野でも加工食品は拡大し、「包丁・まな板」を必要としないまで
になっている。そのような、
「簡単」
「便利」といった消費者嗜好は働き盛りの若年層や忙しい主婦等の
間で多く確認される。
その一方で近年、加工食品が与える様々な負の側面が社会問題として取り沙汰されるようになり、加
工食品市場全体の成長にも陰りが見えている。例えば、高カロリー食品の大量摂取による生活習慣病の
増加や低年齢化である。さらに、運動不足やストレスの多い生活等の他の要因も重なり、現代社会の構
造的な問題となっている。
上記のような、加工食品の大量摂取が引き起こす健康への悪影響に加え、最近では「安全」という最
2
低限のラインすら崩壊してきている。2005 年 6 月に米国で二例目の BSE(牛海綿状脳症)感染牛が確認さ
れたのに続いて、茨城県の養鶏場で鳥インフルエンザウイルスが検出された。家畜の感染症以外でも、
水産物や農産物などの産地偽装表示などの問題も発生し、安全対策がこれまで以上に問われている。官
庁や大手食品メーカーといった権威への信頼感は相当なまでに薄れている。人々はいったい何を信頼し
て自らの食生活を営んでいけばよいのだろうか。
2
インターネット業界
∼WEB2.0∼
さて、次に COOKPAD をつかさどるキーワードであろう「Web」について見てみよう。今ではやや
陳腐化してきたが、少し前に「Web2.0」というキーワードは多くの人々が耳にしたはずだ。Web2.0 と
は「インターネット上でこの数年間に発生した Web の環境変化とその方向性(トレンド)をまとめた
もの」である。特定の技術やサービス、製品などを指すものではなく、過去・現在・未来において常に
変化し続ける Web を取り巻く環境の変化の総称である。2001 年のドットコムバブルの崩壊以降、WWW
の使い方が変化してきた。すなわち、情報の送り手と受け手が固定され、送り手から受け手への一方的
な流れであった従来の状態が、送り手と受け手が流動化し、誰でもが WWW を通して情報を発信でき
るように変化した。この変化を象徴する語として、変化後の状態を「Web 2.0」
、それに対応する形で従
来の状態を「Web 1.0」と呼ぶ。Web 2.0 においては、情報そのもの、あるいは中核にある技術よりも、
周辺の利用者へのサービスが重視される。そして、利用者が増えれば増えるほど、提供される情報の量
が増え、サービスの質が高まる傾向にある。
Web2.0 の提唱者であるティム・オライリー氏は論文「What is Web 2.0」において旧来の Web を「1.0」
とした上で以下のように具体的なサービスに違いが存在すると主張している。
(出所:Tim O'Reilly, “What Is Web 2.0 Design Patterns and Business Models for the Next Generation of Software”
3
さらに、前傾の論文では WEB2.0 的企業の特徴を以下のようにまとめている。
1. パッケージソフトウェアではなく、サービス提供者である
2. 独自性があり、同じものを作ることが難しいデータソースをコントロールする。
このデータソースは利用者が増えるほど、充実していくものでなければならない。
3. ユーザーを信頼し、共同開発者として扱う。
4. 集合知を利用する。
5. カスタマーセルフサービスを通して、ロングテールを取り込む。
6. プラットフォームを選ばない、単一デバイスの枠を超えたサービスを提供する。
7. 軽量なユーザーインターフェース、軽量な開発モデル、そして軽量なビジネス
モデルを採用する。
(出所:慶應義塾大学大学院
政策メディア研究科ケース
株式会社アイスタイル2006一部改変)
繰り返しになるが Web2.0 とはこのような Web の環境変化とその方向性(トレンド)の総称と捉えら
れている。
∼情報発信者の多様化∼
上述のような Web2.0 の動きの背景に存在するのが情報発信者の多様化である。従来の Web では、情
報発信者は大手企業・マスコミ・情報リテラシーの高い先進的ユーザーなどに限られてきた。厳密にい
えばユーザーが BBS や Email で情報発信することは可能であったが、これらの情報はさまざまなサー
バ上やローカルマシン上に点在し、個々の情報はあまり大きな意味を持たなかった。一方、Web2.0 時
代にはブログ・SNS(Social Networking Site)
・Wiki・ユーザーレビューサイトといった情報を発信・
集約するツールが誰でも簡単に利用できるようになった。集められた口コミ情報は点在するだけではな
く相互に連携し、口コミ情報はマス(集団)を形成するようになった。このことは CGM(Consumer
Generated Media)と呼ばれ、「ユーザーが情報を発信するメディア」として注目されている。
∼WEB2.0 的企業・サービス∼
Google
Google(グーグル)は、アメリカ合衆国のソフトウェア会社、あるいは、同社の運営するインターネ
ット上での検索エンジンである。Google の使命は「世界中の知を編纂し尽くす」ことであると言われて
いる。Google は世界中にネットワーク上にある全ての情報をデータソースとみなし(つまり、グーグル
のリソースは恒久的に増え続ける。) 独自の検索エンジンを用いてそれを瞬時に利用可能な知に編集し
ている。検索エンジンとしては、2002 年に世界で No.1 となった。(日本では、Yahoo! JAPAN に次い
でシェア 2 位)。同社は前述の WEB2.0 的企業の特徴を全て体現する WEB2.0 的企業の代表格である。
検索エンジンは従来、ページの内容と検索された単語との関連性の高さを判断し、検索結果の表示順位
4
を決めていたが、Google は独自の検索アルゴリスムである PageRank を導入することにより、
「どれだ
け多くの人が注目しているか」という新しい指標を検索エンジンに持ち込んだ。同社ではページ内容の
関連性の高さと PageRank の両方を総合的に判断して検索結果を表示している。つまり、「多くの人が
注目していればその分良質なサイトである」という前提に立っている。
ところで Google の収益の半分は「Google アドワーズ」という検索結果ページのコンテキスト(文脈)
を自動分析しそれにマッチした広告を表示するシステムで上げている。さらにもう半分は「Google アド
センス」はブログやWEBサイトの持ち主対して提供するコンテンツマッチ広告配信サービスであり、
これはまさにWEBサイト全体をマーケットとしたみたとき、ロングテールのテールの部分に着眼した
広告配信サービスと言える。
それだけではない、Google は Google Documents や Google Spread Sheet 等の従来 Microsoft 等の
ソフトウェア企業が有料で提供してきたサービスを無料で提供している。さらに、ユーザーの声を最重
要視し、ニーズが少しでもあれば Google Lab というベータ版公開ページでサービスに関して意見交換
が行われる。このような徹底した柔軟性、ユーザー志向、オープンマインドが WEB2.0 的企業の代表格
と言われる理由であろう。
Wikipedia
Web2.0 の事例として企業ではない例を挙げるとすれば、Wikpedia が筆頭に来るだろう。Wikpedia
は非営利組織である Wikipedia 財団が運営しているWEB上の百科事典である。この辞書の最大の特徴
はコミュニティーに参加することで誰でも編集に加わることができるということである、WEB2.0 的に
言うとすれば「集合知」を用いて編纂されている百科事典なのである。
しかし、問題となってくるのはその信頼度である。WEB2.0 の概念は基本的に進歩的性善説に立ち、
ユーザーからの書き込みは信頼する。また故意・過失に関わらず間違った譲歩は自浄作用により淘汰さ
れていくというスタンスが堅持される。そこまでユーザーは信頼できるものなのかは議論の余地がある
が、2005 年 12 月米ネイチャー誌が Wikipedia に「一定の信憑性はある」と実証したことは非常に興味
がある。ある専門的な事柄に関して世界最大の百科辞典ブリタニカ百科事典と Wikipedia の誤記の割合
について調査を行ったところ、最終的に極めて重要な概念に関する一般的な誤解など、深刻な誤りが見
つかったものはわずか 8 件で、それぞれ誤りは 4 件ずつという結果になった。ただし、事実に関する誤
記、脱落、あるいは誤解を招く文章はいくつも発見された。Wikipedia にはこのような問題が 162 件あ
ったのに対し、Britannica のほうは 123 件だった。この数を 1 項目あたりに換算すると、Britannica
は 2.92 件、そして Wikipedia は 3.86 件となる。この差を大きいと見るか小さいと見るかは難しいとと
ころである。
(「Wikipedia の情報はブリタニカと同じくらい正確」--Nature 誌が調査結果を公表
http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20093147,00.htm
5
より一部抜粋)
COOKPAD 事業概要
∼企業沿革∼
これからはクックパッド株式会社の沿革を眺めることにする。クックパッド株式会社の前身は 1997
年 10 月、当時環境情報学部在学中の佐野陽光氏によって設立された。このときの社名は(有)コイン。翌
年 3 月、口コミレシピサイト COOKPAD の前身である kitchen@coin がスタートする。当初は月額50
0円の有料コンテンツであったが会員数の伸び悩みから、99 年 10 月全サービスを無料化する。99 年
10 月に 510 点だったレシピ数は翌年の 00 年 10 月に 6900 点を数えるまでになった(対前年 13.52 倍)。
02 年 10 月に、サイトの単月収支が設立以来、初めて黒字に転換した。2003 年 2 月 レシピ数が 5 万品
を超える。同年、
「みんなのレシピ」という本をぴあ(株)より発売し、認知度が向上した。その後も着実
に掲載レシピ数は増え続け、2004 年 12 月 レシピ数が 10 万品を超える。2006 年 1 月 クックパッド
リニューアルする。新たなWEB上のコンテンツとして「クックパッドラボ」を開設、顧客の声を反映
させた新コンテンツのβ版を同ページにおいて積極的に公開している。
∼創業時の想い∼
佐野社長が大学在学中に有限会社コインを設立したとき、事業内容は全く決定していなかったという。
しかし、佐野社長には1つだけ確固たる思いがあった。それは「世の中にスカッとした笑顔を増やした
い」という思いであった。そして、どんなときに人はスカッとした笑顔をするのかという問いに対して
佐野社長が考えぬいたときに、
「それはおいしいものを食べたときではないか。」という実に素直な結論
に至った。その結論に達した背景には、自身がアメリカ滞在していたころに電子レンジで調理する加工
食品の多さと味の悪さに衝撃を受けたという経験があった。料理は充実した生活を構成する上で最も重
要な要素の一つであることは間違いない。
佐野社長はさらに考えを進め、「料理がおいしいとき、人はとても自然に笑みを浮かべる。しかし料
理があまりおいしくないとき、いくら隠そうとしてもその人の顔はゆがんでしまう。それなのに、今は
料理を作ることも食べることも、心から楽しんでいる人はそんなに多くはないのではないだろうか。し
かし、料理を「食べる」ことを楽しくする会社やサービスは数多く存在する。だとすれば、「料理」を
楽しくする会社を作ろう!!」と、会社のビジョンを固めた。さらに、佐野社長はITスキルに自信が
あったので、「料理を楽しくするという思いとITを融合させられないか」ということを突き詰めて考
えた。そして、料理に関しては「料理はカタチに残せないが、やはり料理はその人にとって一種の芸術
作品だからそれをカタチに残したいという欲求は人々の中にあるはずだ」さらに、「人は自分の作った
ものが別の人から『おいしい』と言ってもらえることほどうれしいことはないはずだ」という2つの仮
説に到達した。この想いに、ネットの力を融合させれば、日本中に散らばっている「人」と「料理」を
マッチングすることができる。佐野社長はこの想いを実現すべく、「自分が作った料理を『レシピ』と
してカタチに残し、それをできるだけ多くの人が見て、おいしいと言ってくれるシステム」を構築する
にいたった。これが「毎日の料理を楽しみにする会社」クックパッド株式会社の原点である。ちなみに
一般的な認識では、「レシピサイト」というものは「レシピを検索するサイト」という意識が強いので
6
はないだろうか。しかし、佐野社長はクックパッドを「レシピを載せる」ためのサイトであると言い切
る。このビジョンの違いに、他の競合レシピサイトとの決定的な差異が現れている。ユーザーがレシピ
を掲載する、それによって発生するリアクションを「楽しむ」ことこそが佐野社長が最も意識している
COOKPAD の価値観である。
∼創業時の苦労∼
1998 年 3 月、サービス開始当時は月額 500 円の有料コンテンツであった。当時、ほとんどの口コミ
サイトが使用料無料であったにもかかわらず佐野社長は有料でサービス提供を開始した。理由は特に戦
略的な理由に基づくものではなく、創業者のこだわりによる部分が大きい。ヒアリングの際に佐野氏は
二つの理由を述べている。一つは、単純に他人と同じビジネスモデルにするのが嫌だったからというこ
と。もう一つは、WEBの収益モデルは広告モデル一辺倒であるが、対価に見合ったコンテンツを提供
すればユーザーは利用料という対価を支払ってくれるはずであると考えたからである。しかし、ユーザ
ー数は思うように増加していかなかった。創業メンバーはサービスを必死でブラッシュアップした。人
がWEBサイトの紹介を人に行うとき、よほど有用なサイトでない限り月額 500 円のサービスというの
は薦めにくい。試行錯誤はしたものの会員数の伸び悩みから、99 年 10 月に全サービスの無料化に踏み
切った。それが主要なきっかけとなり、99 年 10 月に 510 点だったレシピ数は翌年の 00 年 10 月に 6900
点を数えるまでになった。これは対前年 13.52 倍である。しかし、有料サービスにこだわったことは遠
回りではなかった。今の経営状況から振り返って見ると最初に有料化でサービスを展開したことが経営
環境を厳しくし、その厳しい環境がサービスを洗練させていったからである。
∼ビジネスモデル∼
あえて同社のビジネスモデルを既存のビジネスモデルに当てはめるとすればそれは「スイッチボード
利益型」と呼ばれるビジネスモデルになるだろう。「スイッチボード利益型」のビジネスモデルとは最
善最適な商品や情報を組み合わせて顧客に提供するビジネスモデルのことである。このビジネスモデル
はエイドリアン・スライウォッキー著『ザ・プロフィット』の中で述べられている、利益を生む 23 の
ビジネスモデルの内の1つのビジネスモデルであり、インターネット業界でもいくつかの成功事例が出
ているモデルである。例えば、コスメ情報専門ポータルサイトである「@cosme」
(http://www.cosme.net/
運営:株式会社アイスタイル
代表取締役社長:吉松 徹郎)は、世の中に存在する化粧品に関する情
報を口コミで集めることによって、特定のブランドやメーカーに依存せず、企業横断的な商品レビュー
をユーザーに提供している。このレビューこそが同社の利益の源泉となっており、同時に顧客にとって
自らの悩みを解決する最適なソリューションとなっている。つまり「@cosme」は散在する化粧品情報
を集積し、編集することで、顧客に唯一無二の価値を提供しており、その点において「@cosme」はス
イッチボード型の利益モデルに当てはまる事例と言うことができる。
大雑把ではあるが、これを一般化すればスイッチボード型の利益モデルが成り立つ条件は、
① ソリューション提供のために必要な製品や情報が集積する仕組みと場が存在すること
7
② 顧客にとって他の選択肢を残さないほど大量の情報や製品が集積していること
③ 集積された製品や情報が組み合わさり、新しい価値が生まれる仕組みが存在すること
④ 新しい価値が顧客にソリューションを提供すること
⑤ 価値が利益となって還元されること
という5点を踏まえていることとなる。現在のCOOKPADは「食を楽しくする」という価値をユーザー
に提供するためにWEBサイトに数多くのレシピやレビューを集積させ、レシピやコメントを媒介にし
てユーザー間でインタラクションが起こして新しい価値を生み出している。そしてその場に集うユーザ
ーに対して広告を提供することで利益が生まれ、COOKPADに還元されている。
∼提供サービス・事業ドメイン∼
現在、COOKPAD では「毎日の料理を楽しくすることで、心からの笑顔を増やす」という Mission
から、3つの事業ドメインが派生している。ⅰは認知・ブランディング部門で「COOKPAD の Vision
Mission に共感してくれる人の数を増やす部門」ⅱは個人向け、ⅲは法人向けのビジネスを意味する。
さらに、この3つの事業ドメインの下に事業が行われ、現在の主要事業は①WEBサイト運営②書籍の
発行③PS(Premium Service)の展開④広告事業の4つである。現在、収益のほぼすべてが④の広告事
業から上がっている。[付属資料 8:事業概要図
参照]
∼認知・ブランディング事業∼
レシピ掲載&閲覧
COOKPAD のコアサービスはなんといってもレシピの掲載と閲覧、コメント機能である。総レシピ
数は19万点を超え、参照機能 COOKPAD では「旬」のメニューや各種イベント(受験、運動会、お
花見等)に応じて特集が組まれる。また、
「デザート」
「おつまみ」といった朝・昼・夜3食以外のレシ
ピも充実しておりレシピであればほぼすべての「食」に対応できるといっても過言ではないだろう。
この19万点の豊富なレシピを支えているのは全てユーザーからの投稿である。ユーザーは ID 登録
をすれば、
「My キッチン」
・
「My フォルダ」
・
「My ニュース」という機能が利用できるようになる。
「My
キッチン」では自分が作ったレシピを写真や自分なりのキーワードでタグ付けしてのせることができる
機能や、「つくレポ」というクックパッドに投稿されたレシピのフォトレポートを書くことが出来る機
能を利用することができる。
「My フォルダ」は他の作者のお気に入りレシピを登録し自分だけのレシピ
本を WEB 上で作成することができる機能である。さらに、「My ニュース」ではお気に入りの作者が
新たに公開したレシピや日記の最新情報を確認でき、自分のレシピにつくレポが書かれたかどうかを逐
一確認することができる。
8
モバれぴ
クックパッドの18万品レシピが携帯電話から検索できる機能である。電車の中や、スーパーで買い
物最中に、またキッチンで料理している傍らにレシピを見ることを想定している。ちなみに、コンテン
ツ利用料金はすべて無料である。
クックパッドラボ
WEB サイトの紹介文では「クックパッドラボは、
『こんなサービスみんな楽しんでくれるかなぁ』
『あ
とひと声でなにか生まれそうなのだけど』という、まだまだ卵のサービスをみんなと一緒に育てていく
研究所。」という風に紹介されている。これは Google Lab をモデルにしたと思われる機能である。ここ
では正式リリース前の機能をユーザーに試してもらったり、まずユーザーの声を受けてプロトタイプを
作ってみたりすることでユーザーと共に新機能を開発していく場として機能している。前述の「モバれ
ぴ」もクックパッドラボ内の一コンテンツとしてベータ版でリリースされている。クックパッドラボに
は「料理と食のコミュニティー」と「乾物事典」等ユーザーの声を直に受けた情報が掲載されている。
クックパッド使いこなし blog
クックパッドのサイトには「クックパッド使いこなし blog」というものがあり、ユーザーからの声を
受けてアップデートした点や利用上の工夫等が blog 形式で書かれている。記事を投稿できるのは運営
スタッフのみとなっていて、blog の掲載記事に関するコメントはスタッフ宛にメールを送信する形式と
なっている。
クックパッドのメールマガジン
クックパッドのメールマガジンは現在3種類存在する。
「すごれぴ」
(毎週水曜日発行)はクックパッ
ドの 10 万品を超えるレシピの中から、思わず「すごいっ!」と感動してしまうレシピを紹介。毎週テ
ーマを決めてレシピ募集も行っている。
「れぴまが」
(毎日発行)は「今日作りたい」レシピを1日1レ
シピ毎朝届けるものである。
「コンテストお知らせメール」
(不定期発行)はレシピコンテスト開催前メ
ールでユーザーに告知を行っている。登録しておけばサイトアップ前に情報が入手できる。
出版
COOKPAD では豊富なレシピリソースとユーザーからの「つくレポ」を活かして出版事業を展開し
ている。COOKPAD が発行する本の最大の「ウリ」はやはり掲載されているレシピが 100 万人を超す
COOKPAD のユーザーからのレビューを受けたものである点だ。いわゆるレシピの本を使って料理を
作るのは、プロの料理人ではなく一般の人である。実際に毎日料理をする主婦や一人暮らしの人が料理
素人の視点から高く評価したレシピは素人にも再現しやすく、味も良いものであることが多い。現在ま
でに COOKPAD からは「みんなのレシピ」(2003 年 12 月発行
9
ぴあ(株))・「100 万人が選んだ大絶賛
お菓子」(2005 年 11 月発行(株)角川 SSC)12 万部・「100 万人が選んだ大絶賛パスタ」(2006 年 6
月発行(株)角川 SSC)・「100 万人が選んだ大絶賛おやつ」
(2006 年 11 月発行(株)角川 SSC)
という4冊の本が発行されている。特に「100 万人が選んだ大絶賛お菓子」については既に販売実績が
12万部を超えている。
∼個人向け事業∼
PS (Premium Service)
プレミアムサービスとはクックパッドの有料サービス(294 円(税込)/月)のことである。有料サービ
スに登録すると主に3つの拡張機能が利用できる。1つ目は、『人気検索』という新たな検索システム
が利用できるようになることである。ちなみに人気の基準はクックパッド独自のアルゴリスム(非公表)
で計算されている。2つ目はMYフォルダ・MYニュースの容量が大幅アップするということである。
MYフォルダの登録可能レシピ数が20レシピから3000レシピになったり、MYニュースのお気に
入り作者が10人から50人に増加したりする。3つ目は『写真検索』が利用できるようになることで
ある。この検索を使うとレシピの検索結果を写真のみで一覧表示し、写真からレシピを選ぶことができ
るようになる。
∼法人向け事業∼
法人に対しては広告事業をメインに展開している。広告スタイル主に3種類で、バナー広告とメルマ
ガ広告、タイアップ広告をメインで行っている。バナー広告の種類は6箇所あり、法人のニーズに合わ
せた細かい広告戦略に適合することができる。メルマガ広告はバナー広告に比べてリーズナブルである。
週刊「すごれぴ」と日刊「れぴまが」に掲載されるタイプがある。タイアップ広告ではたとえば、「○
○社の○○を用いたレシピコンテスト」を開催することで、その商品の認知度をあげたりすることがで
きる。レシピコンテスト「○○社のドレッシングを100名様プレゼント」といった形式で WEB ペー
ジを解説し広告効果を期待する商品サンプリング等がある。
∼ユーザー数&ユーザープロフィール∼
クックパッドのユーザーを見てみると性別では男性4%、女性96%である。さらに女性の年齢層で
見ると20代が33%と30代が48%で合計すると81%に達する。女性既婚者に限ったときのワー
クスタイルは専業主婦が60%、続いてフルタイムワーカーが20%となっている。つまり、クックパ
ッドのユニークユーザーのプロフィールは大多数が20∼30代の主婦である。
同じようのセグメントをユーザーとしている他社サイトと比較するとクックパッドの一人勝ちは明
らかである。例えば、「ボブとアンジー」というレシピサイトはトップ pv/月が43万 pv であるがそれ
に対してクックパッドは600万 pv
全体 pv/月では550万 pv に対して1億284万 pv とその差は
10
圧倒的である。ユニークユーザー数も約22万人に対して約167万人と競合サイトを大きく引き離し
ている。[付属資料 9:クックパッドユーザープロフィール
参照]
∼競合レシピサイト∼
競合レシピサイトとしては
「ボブとアンジーのキッチン」(http://www.bob-an.com/)と
「レシピ大百科」(http://www.ajinomoto.co.jp/recipe/??top=rcpTopTxt)が挙げられる。
「ボブとアンジーのキッチン」は大阪ガスが100%出資する子会社が運営している老舗 WEB サイト
である。大阪ガスが 80 年以上の料理講習室運営によって蓄積した料理レシピやノウハウをもとに 食・
健康・美容に関する情報を提供している。1995 年 7 月に開設され、大阪ガスクッキングスクールなど
で実際に作られた、約 6.000 の信頼のレシピを収録。食材に偏ることなく中立で、信頼のおけるレシピ
が検索できる本格料理レシピサイトである。1996 年第1回日本経済新聞社インターネットアワード受
賞している。本日のおすすめ料理、基本のレシピ、占いレシピ、生活の知恵やワザなど、楽しくて便利
な情報を満載。 ユニークユーザー数、ユーザープロフィール等は上記参照のこと。
「レシピ大百科」は味の素総合WEBサイトのコンテンツとして存在する。1996 年 4 月、味の素株式
会社ホームページの 1 コンテンツとしてスタートしたレシピ情報の提供。当初は約 2000 件だったレシ
ピ件数は 2004 年 4 月に 2 度目のリニューアルが行われ、レシピ件数が 10000 件に拡充された。食品メ
ーカーが開設しているWEBサイトであるので、どうしても自社商品の宣伝媒体になりがちであるが、
きめ細かい検索条件、各々のレシピの完成度の高さからユーザーを集めている。
まとめ
佐野社長は駆け抜けてきた 10 年を振り返り、やりたいことは全く尽きないという想いを抱いていた。
有限会社コインを設立したあの日から、時は流れて今やレシピサイトと言えば「COOKPAD」と呼ばれ
るまでに会社は成長した。スタッフは全員、COOKPAD のビジョンに強く共感してくれていてなんと
もこころ強い。レシピ掲載数は今も増えつづけている。サイトの認知度が上がり、レシピを見るユーザ
ー、そして掲載してくれるユーザーが増えれば増えるほど料理は楽しくなっていく。このサイクルは相
当うまく回っている。しかし、
「料理を楽しくする」という目標に終わりはない。
「料理をもっともっと
楽しくする」ために次に打つことができる手はいったいなんなのであろうか。佐野社長がいつも言う、
COOKPAD が提供する事業においてクリアしなければいけない3条件、
「その事業は料理を楽しくする
ことができるか?」「その事業は儲かる仕組みがあるか?」「その事業は世界で1番になれるか?」、こ
の3条件を満たす新規事業はいったいどんなものであろうか。まだ見ぬ次のステージへと駒を進めるた
めに、佐野社長はまた思いを巡らせるのであった。
11
付属資料
■付属資料1:Web2.0 の主なキーワード群(出所:野村総合研究所)
■付属資料2:クックパッドユーザー数比較
(出所:同社 HP http://cookpad.com/info/images/cookpad_ad_menu_2007.1-3.pdf)
12
■付属資料 2:クックパッドサイトイメージ[トップページ] (出所:同社 HP http://cookpad.com/)
13
■付属資料 3:クックパッドサイトイメージ[レシピ閲覧時] (出所:同社 HP http://cookpad.com/)
14
■付属資料 4:クックパッド使いこなし blog (出所:同社 HP
15
http://cookpad.typepad.jp/renewal/)
■ 付属資料 5:会社概要
(出所:同社
16
HP http://cookpad.com/info/)
17
■付属資料 6:企業沿革
(出所:同社 HP
http://cookpad.com/info/history.cfm)
■付属資料 7:レシピ数の推移
(出所:同社 HP 内資料
http://cookpad.com/info/images/cookpad.pdf)
18
■付属資料 8:事業概要図(佐野社長へのインタビューを元にライター作成)
■付属資料 9:クックパッドユーザープロフィール
(出所:同社 HP http://cookpad.com/info/images/cookpad_ad_menu_2007.1-3.pdf)
19
不許複製
慶應義塾大学 SIV アントレプレナー・ラボラトリー
20
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