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メンタルヘルス不調者の出社継続率を 91.6% に改善した 復職支援

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メンタルヘルス不調者の出社継続率を 91.6% に改善した 復職支援
産衛誌 2012; 54 (6): 276–285
調査報告
メンタルヘルス不調者の出社継続率を 91.6% に改善した
復職支援プログラムの効果
難波克行 1
1
中外製薬株式会社
抄録:メンタルヘルス不調者の出社継続率を 91.6% に
どが問題となっている 1,2).多くの企業で復職支援の取
改善した復職支援プログラムの効果:難波克行―目的:
り組みを行っているが,復職可否の判断や職場の環境
メンタルヘルス不調者の復職支援の効果を定量的に評
調整など難しい課題も多い 2).中でも,復職後の再発・
価するために,異なる復職支援プログラムにおける復
再燃が多いことが問題となっており,その原因として
職後の出社継続率と費用対効果を比較調査した.方法:
は,十分に回復しないまま職場復帰することや,適切
ある企業においてメンタルヘルス不調者に対する新旧
2 つの復職支援プログラムを実施し,旧プログラムで
復職した 142 例,新プログラムで復職した 54 例,計
196 例を対象に分析を行った.新プログラムには,(1)
生活記録表を用いた復職判定,(2) 6 ヶ月間の段階的な
復職プラン,(3) 定期的な産業医面談,(4) 全社復職プ
ラン検討会などを盛り込んだ.結果:新プログラムの
休業期間は中央値で 60 日ほど長かったが,復職 1 年
後の出社継続率は 54.2% から 91.6% へと改善し,復職
後 1 年間の生産性も 6,226,192 万円から 8,418,514 円へ
と改善した.復職支援にかかった費用は 65,945 円から
300,898 円と増加した.経営者の視点から費用便益分析
を実施したところ,本取り組みの投資収益率(ROI)は
933% であった.結論:復職後の再発を予防するために
は新しい復職支援プログラムが効果的であることが示
唆された.
(産衛誌 2012; 54 (6): 276–285)
doi: 10.1539/sangyoeisei.E12001
キ ー ワ ー ド:Cost benefit analysis, Job retention rate,
Mental illness, Return to work
I. 取り組みの背景
近年,企業におけるメンタルヘルス不調者は増加傾
向にあり,労働力の損失や他の従業員への業務負担な
2012 年 1 月 14 日受付;2012 年 8 月 22 日受理
J-STAGE 早期公開日:2012 年 9 月 21 日
連絡先:難波克行
中外製薬株式会社
〒 103-8324 東京都 中央区日本橋室町 2–1–1
(e-mail: [email protected])
な業務上の配慮やサポートが難しいことなどが指摘さ
れている 3).
また,復職後の再発・再燃を防ぐためには,管理監
督者と産業保健スタッフが連携して対応方針を共有す
ること,十分な情報収集や評価を行った上で復職プラ
ンを作成すること,復職後も専門家によるフォローアッ
プを続けること,その他,事業所内の産業保健スタッ
フや人事担当者が定期的に面接を行うことや,休業中
から復職支援を行うことが重要であると報告されてい
る 3–5).
しかし,これまで,メンタルヘルス不調者の復職支
援の取り組みの効果や費用を,定量的に分析した論文
は少ない 3).今回,ある企業でメンタルヘルス不調者
の復職支援プログラムの改善の取り組みを行い,新旧 2
つの復職プログラムの効果や費用に関する比較分析を
実施したので,これを報告する.
II. 方 法
1. 対象企業および対象者
本研究を実施したのは医薬品の研究開発,製造,販
売を行う企業である.この企業の従業員数は合計 4,700
名である.従業員数が約 1,600 名の本社事業所,従業員
数 200 – 900 名の工場や研究所,従業員数 100 – 200 名の
営業系事業所など,全国に 17 事業所が点在している.
事業所内の産業保健スタッフとしては,本社事業所
に常勤産業医が 1 名おり,他の事業所には非常勤産業
医が 1 – 2 名ずついる.また本社,研究所,工場には常
勤の産業看護職が 1 – 2 名ずついるが,営業系事業所に
は産業看護職はいない.
この企業において,メンタルヘルス不調の診断書を
会社に提出して休業した事例のうち,2005 年 1 月から
2011 年 4 月までに復職したすべての事例(196 件)を
難波:メンタルヘルス不調者の出社継続率を91.6%に改善した復職支援プログラムの効果
調査対象とした.
277
とんどのケースで就業制限を解除している.また,復
職後の産業医面談などは実施していないことが多い.
2. 倫理的な手続き
本調査研究にあたっては,調査対象となった企業の
個人情報管理規定,健康情報管理規定に従って情報の
入手・管理・利用を行った.また,論文発表や学会発
表を行うことについては,当該企業に対して情報の公
開に関する申請を行い,承認された.
3. 調査内容
メンタルヘルス不調による休業者のうち,2005 年 1
月から 2010 年 7 月までに従来の復職支援プログラムに
て復職した 142 例を旧プログラム群,2008 年 6 月から
2011 年 4 月までに新しい復職支援プログラムにて復職
した 54 例を新プログラム群とした.
それぞれの群で復職時の年齢,性別,所属事業所,
診断書病名,休業開始日,復職日,休業から復職まで
の期間,復職後の転帰(再休業または退職の有無)に
ついて調べた.職種・職位に関するデータは得られな
かったが,所属事業所については「本社事業所,営業
系事業所,工場・研究所」のいずれかに分類した.本
人が提出した診断書の病名を「うつ病,うつ状態,自
律神経失調症,適応障害,心因反応,不安障害,双極
性障害,睡眠障害,物質関連障害,その他」のいずれ
かで集計した.
4. 従来の復職支援のプログラム
この企業における従来の復職支援のプログラムは,
厚生労働省の「心の健康問題により休業した労働者の
職場復帰支援の手引き」を元にしたもので,Fig. 1 (A)
に示す通りである.
従業員が病気で会社を 14 日以上休業する際には,診
断書の提出を求めている.休業期間中も,上司が月に 1
度ほど従業員と連絡をとって状況を確認する.
従業員が復職を希望した場合,主治医の「復職の診
断書」を会社に提出する.28 日以上休業している場合
には,復職前に産業医面談を実施し,復職の可否や復
職後の就業制限などに関する産業医の意見を入手する.
さらに復職判定委員会を行い,復職後の業務内容や復
職日などを決定する.
復職に先がけて,必要に応じて試し出勤を実施する.
この企業の試し出勤は,コアタイム勤務 1 週間,フル
タイム勤務 1 週間の計 2 週間で実施される.試し出勤
の終了時にも産業医面談を行い,体調や出社状況に問
題が無いことを確認する.その後,必要に応じて行わ
れる全社復職判定委員会を経て,正式な復職となる.
復職後は「1 ヶ月程度の残業禁止・出張禁止」の措置
が実施されることが多く,復職 2–3 ヶ月目からは,ほ
5. 新しい復職支援のプログラム
従来の復職プログラムに以下の (1)–(4) の工夫や改善
を加え,Fig. 1 (B) のような新しい復職プログラムを作
成した.新しい復職支援プログラムの内容は,復職支
援の手引きに書かれている「休業中の生活状況などの
評価」,「段階的な職場復帰支援プランの作成」,「休業
期間中からの労働者への関わり」について,より丁寧
に具体的にしたものである.新しい復職プログラムの
詳細は,文献 6 に詳しく記載されている 6).
(1) 生活記録表を用いた復職判定
復職の判定基準を「出社を模した生活を最低でも 2
週間以上,安定して続けられること」と定め,付録 1
のような生活記録表を用いて復職可否の判断に用いる.
生活記録表には 24 時間× 14 日間の記入欄が設けられ
ており,おおよその症状が回復し,復職にむけた意欲
が回復してきた頃から,休業者が起床・就寝・外出な
どの様子を記入する.人事担当者が生活記録表の記入
を本人に指示する際には,産業医または主治医に事前
に確認を取ることとする.
(2) 6 ヶ月間の復職プランの策定
復職後 6 ヶ月間は業務負荷を段階的に調整すること
とし,その期間の具体的な業務内容などの復職プラン
を作成する.復職プランは事業所の人事担当者が,職
場の管理監督者や産業保健スタッフと共同で作成し,
付録 2 のような用紙に記入する.段階的な業務負荷の
目安 として は「復 職後 3 ヶ月 間は 残業禁 止,復職後
4–6 ヶ月目は残業 1 日 1 時間未満」とし,「復職当初は,
高度な判断・折衝・調整を必要とする業務は避け,自
分のペースで進められる業務」を行い,「復職 6 ヶ月後
に元の担当業務の 7 割程度になるよう」にする.ただし,
病状や経過,職場の状況などから,従前の業務を担当
することが難しい場合には,業務の変更などを検討す
ることがある.
(3) 休業中∼復職後の毎月の産業医面談の実施
休業開始時から復職後まで,毎月 1 度の産業医面談
を継続して実施し,回復状況や治療状況,職場への適
応状況を確認する.遠方で療養している場合や,体調
が悪く外出が困難な場合には,産業医が電話で状況を
確認する.面談の後には,必ず産業医と人事担当者と
のミーティングを行い,本人の回復状況や職場の状況,
今後の対応方針について情報共有を行う.また,人事
担当者から職場の管理監督者に,面談結果や今後の対
応について連絡する.
(4) 全社復職プラン検討会の実施
復職に先だって,本社人事部の担当者,本社産業医,
産衛誌 54巻,2012
278
Fig. 1.
新旧の復職支援プログラム.
事業所の人事担当者,事業所の産業保健スタッフ,事
退職した事例とを打ち切り群とし,復職から解析時点
業所の管理監督者が参加する会議を行う.1 事例に 1 時
までの日数,または退職までの日数を観察期間とした.
間ほどかけて,事例の背景,疾病の特徴,治療経過,
(3) 生存分析の結果についてはログ・ランク検定を行い,
復職支援プログラムの効果を比較した.
職場の特性,復職の可否などを再検討し,復職プラン
の内容を調整する.
6. 分析方法
旧プログラム群と新プログラム群の比較を行うため,
復職時の年齢,休業期間については t 検定,性別と所属
事業所についてはカイ二乗検定,診断書病名について
はフィッシャーの正確確率検定を用いた検定を実施し
た.なお,本研究のすべての解析には統計解析ソフト
R version 2.14.0 を用いた.
復職支援の効果判定については,Kaplan-Meier 法に
よる生存分析を行い,再休業せずに出社を継続してい
る事例の割合(出社継続率)を求めた.Kaplan-Meier
法は,対象となるデータが少数で観察期間にばらつき
がある場合でも,復職日,再休職日(あるいは退職日)
を得るだけで分析できるため,復職支援プログラムの
効果を見るには適していると考えられる.
Kaplan-Meier 法による生存分析は以下のように行っ
た.(1) 復職後に病気の悪化によって再休業(または退
職)した事例については,復職から再休業(または退職)
までの日数を観察期間とした.(2) 解析時点(2011 年 4
月)まで出社が続いている事例と,それ以外の理由で
7. 費用便益分析の方法
新旧の復職支援プログラムについて,復職後の生産
性と復職支援のコストを次の方法で求め,経営者の視
点からの費用便益分析を行った.
(1) 復職後 1 年間の生産性の算出
従業員が 1 年間勤務したときの勤務率を 1.00 とし,
その期間の生産性を年間給与に等しいとした.復職者
の平均勤務率は,出社継続率を表すグラフの 0–365 日
の区間の面積から,0.00–1.00 の範囲で求めた.その値
に年間給与を掛けることで復職後 1 年間の生産性を算
出した.従業員の年間給与は,職位,職種,年齢ごと
に求めることが困難であったため,2010 年の有価証券
報告書から得た平均年収を用い,一律に 8,769,285 円と
した.
(2) 復職支援に関わるコストの算出
復職支援プログラムに関する人件費と,休業者の休
業中のコストの 2 つを算出した.
人件費については,一般的な復職支援事例の作業工
数について人事担当者にヒアリング調査を行い,それ
ぞれの人件費を求めた.担当者の人件費は,職位や職
難波:メンタルヘルス不調者の出社継続率を91.6%に改善した復職支援プログラムの効果
279
Table 1. 新旧復職支援プログラムの性,復職時年齢,所属事業所,診断書病名の分布,休
業日数の比較*
事例数
性別
男性
女性
復職時の年齢
所属事業所
本社事業所
営業系事業所
工場・研究所
診断書病名
うつ状態
うつ病
自律神経失調症
適応障害
心因反応
不安障害
双極性障害
睡眠障害
物質関連障害
その他
休業日数
中央値
旧プログラム
新プログラム
n = 142
n = 54
96 (67.6%)
46 (32.4%)
36.1±8.3 (23–55)
38 (70.4%)
16 (29.6%)
37.0±9.5 (22–57)
31 (21.8%)
49 (34.5%)
62 (43.7%)
24 (44.4%)
16 (29.6%)
14 (25.9%)
56 (39.4%)
54 (38.0%)
10 (7.0%)
7 (4.9%)
3 (2.1%)
4 (2.8%)
1 (0.7%)
1 (0.7%)
4 (2.8%)
2 (1.4%)
168.1±176.1 (1–950)
107.5
20 (37.0%)
15 (27.8%)
3 (5.6%)
5 (9.3%)
4 (7.4%)
4 (7.4%)
2 (3.7%)
0 (0.0%)
1 (1.9%)
0 (0.0%)
251.6±231.1 (14–1,142)
167
p値
0.84
0.46
< 0.01
0.24
< 0.01
*復職時の年齢と休業期間は t 検定を用いて検定を行った.性別と所属事業所はカイ二乗
検定を,診断書病名はフィッシャーの正確確率検定を用いて検定を行った.
種に関わらず上記の平均年収を用いて計算し,非常勤
た結果,有意差は認められなかった(p=0.46).診断書
嘱託産業医の人件費は 1 時間あたり 20,000 円とした.
病名についてフィッシャーの正確確率検定を用いて検
休業者の休業中のコストは,休業期間中の賃金や傷
定したところ,有意差は認められなかった(p=0.24).
病手当金の支払い,または労働力の損失などを考慮し
所属事業所についてカイ二乗検定を用いて検定したと
て,新旧の復職支援プログラムの休業期間の中央値に
ころ,有意差が認められた(p<0.01).
従業員の年間給与を掛け合わせて算出した.
旧プログラム群の休業期間の平均値は 168.1 日,標
(3) 投資収益率の算出
準偏差 176.1 日,最小値 1 日,最大値 950 日,中央値
本取り組みの投資対効果を計るために投資収益率
III. 結 果
107.5 日であった.新プログラム群では 平均値は 251.6
日,標準偏差 231.1 日,最小値 14 日,最大値 1,142 日,
中央値 167 日であった(Table 1).休業期間について対
応の無い t 検定で検定を行ったところ,有意差が認めら
れた(p<0.01).
旧プログラム群には,休業期間が 1–7 日と極端に短
い例が少数含まれていた.それらは復職直後に勤怠が
不安定になり,数日単位で休職・復職を繰り返した事
例などであった.
1. 調査対象者の属性の比較
旧プログラム群 142 件と新プログラム群 54 例におい
て性別・復職時の年齢・所属事業所・診断書病名を比
較した(Table 1).性別についてカイ二乗検定を用いて
検定した結果,有意差は認められなかった(p=0.84).
復職時の年齢について対応のない t 検定を用いて検定し
2. 復職後の出社継続率の比較
復職後の出社継続率について,Kaplan-Meyer 法で生
存分析を行い,復職後の経過日数と出社継続率を表す
生存曲線を作成した(Fig. 2).
旧プログラムでは,復職 1 ヶ月後の出社継続率は
92.3%,復職 3 ヶ月後では 83.0%,6 ヶ月後では 67.9%,
(ROI)を求めた.ROI は「得られた利益 ÷ 投入した投
資額 × 100」で求められ,ROI が 100% を超える場合
には有利な投資案件であると判断される.本取り組み
においては,ROI を「新旧復職プログラムの復職者の
生産性の差 ÷ 新旧復職支援プログラムのコストの差 ×
100」で算出した.
産衛誌 54巻,2012
280
Fig. 2.
新旧復職支援プログラムの出社継続率の比較 *.
* ログ・ランク検定を用いて検定したところ有意差が認められた(p<0.01).
1 年 後 で は 54.2%,2 年 後 で は 47.2%,3 年 後 で は
42.5% であった.
新プログラムでは,復職 6 ヶ月後の出社継続率は
96.3%,1 年後では 91.6%,2 年後では 87.6% であった.
生存分析の結果についてログ・ランク検定を用いて検
定を行ったところ,有意差が認められた(p<0.01).
3. 新旧の復職支援の便益の比較
新旧の復職支援の復職後 1 年間の平均勤務率を求め
たところ,旧プログラムでは 0.71,新プログラムでは
0.96 であった.これに年間給与を掛け合わせ,復職後
1 年間の生産性を金額として求めた.旧プログラムでは
6,226,192 円,新プログラムでは 8,418,514 円であった.
5. 新旧の復職支援の費用便益分析
メンタルヘルス不調者の復職支援プログラムの改善
の取り組みについて,経営者の視点から費用便益分析
を行った.新旧の復職支援プログラムを比較すると,
復職後 1 年間の生産性は 2,192,321 円増加していた.復
職支援のコストは,人件費のみで 234,953 円増加し,人
件費と休業コストを合計した場合は 1,664,467 円増加し
ていた.これらの値から投資収益率(ROI)を計算した
ところ,人件費をコストとした場合の ROI は 933% (=
2,192,321 ÷ 234,953) となり,人件費と休業コストを合
計 し た 場 合 の ROI は 132% (= 2,192,321 ÷ 1,664,457)
となった.
IV. 考 察
4. 新旧の復職支援のコストの比較
新旧の復職支援に必要な作業工数と人件費を調べた
(Table 2 (A) (B)).復職事例 1 件あたりの人件費は,旧
プログラムでは 65,945 円,新プログラムでは 300,898
円であった.また,休業期間の中央値から休業中のコ
ストを求めたところ,旧プログラムでは 2,582,735 円,
新プログラムでは 4,012,248 万円であった(Table 2 (C)).
復職支援の人件費と休業中のコストの合計は,旧プロ
グラムでは 2,648,680 円,新プログラムでは 4,313,146
円となった.
1. 調査対象者の属性の比較
新旧プログラムの対象者において,復職時年齢,性
別,診断書病名に有意差は認められなかった.しかし,
事業所ごとの人数には有意差が認められた(Table 1).
これは,新プログラムの導入時期が事業所ごとに異なっ
ていた影響と考えられる.新プログラムは,まず本社
事業所に導入し,その後,しばらくしてから他事業所
に順次展開したため,新プログラム群では本社事業所
の割合が多くなっている.
復職支援に関連する他の要因として,メンタルヘル
難波:メンタルヘルス不調者の出社継続率を91.6%に改善した復職支援プログラムの効果
Table 2.
281
新旧復職支援プログラムのコストの比較
旧プログラムの人件費
産業医の人件費
産業医面談
面談後の人事担当者との打ち合わせ
人事担当者の人件費
回復の状況を月に1度確認する
産業医面談の手配
産業医面談後の産業医との打ち合わせ
休職開始時の社内調整など
復職時の社内調整など
復職判定委員会の人件費
産業医
人事担当者
上司
時間
回数・人数
人件費
20分
10分
2回
2回
¥13,332
¥6,666
30分
15分
10分
120分
120分
3回
2回
2回
1回
1回
¥7,353
¥2,451
¥1,634
¥9,804
¥9,804
30分
30分
30分
1人
1人
1人
¥9,999
¥2,451
¥2,451
合計
¥65,945
新プログラムの人件費
時間
回数・人数
産業医の人件費
産業医面談
面談後の人事担当者との打ち合わせ
30分
15分
12回
12回
¥119,988
¥59,994
人事担当者の人件費
産業医面談の手配
産業医面談後の産業医との打ち合わせ
休職開始時の社内調整など
復職時の社内調整など
15分
15分
120分
180分
12回
12回
1回
1回
¥14,706
¥14,706
¥9,804
¥14,706
全社復職プラン検討会の人件費
本社産業医
本社人事部の担当者
事業所の人事担当者
事業所の管理監督者
事業所の産業看護職
事業所の担当者の移動時間(往復)
100分
60分
60分
60分
60分
120分
1人
3人
1人
1人
1人
3人
¥8,170
¥14,706
¥4,902
¥4,902
¥4,902
¥29,412
合計
休業期間中のコスト
旧プログラム
新プログラム
人件費
¥300,898
休業期間の中央値
休業コスト
107.5日
167日
¥2,582,735
¥4,012,248
スに関する教育研修の実施などについては,新旧プロ
しまい,早期に体調が悪化したケースであったと考え
グラムの実施期間中に特に差は無かった.
られる.
復職後 31–120 日の期間にも 14.3% の事例が再休業
2. 従来の復職支援プログラムの評価
新旧プログラムの復職後の出社継続率を比較したと
ころ,旧プログラムでは,復職直後から 1–3 年後まで
のさまざまな時期に再発・再燃している様子が見られ
る(Fig. 2).こうした事例のいくつかの経過を確認し
たところ,次のような特徴が見られた.
まず,復職直後 ∼ 30 日以内に全体の 7.7% の事例が
再休業している.おそらく復職開始の判断が早すぎた
ために,十分に回復していないうちに出社を開始して
している.復職後の業務軽減が不十分だったために,
業務負荷による疲労が蓄積して体調が悪化したものと
考えられる.
さらに,復職後 121–540 日の期間にも 26.2% の事例
が再休業している.復職後いったんは職場に適応した
ものの,その後体調や職場環境が変化した際に,適切
な治療的対応や職場環境の調整などが行われず,結果
として体調が悪化したケースと考えられる.
産衛誌 54巻,2012
282
3. 新しい復職支援プログラムの評価
新プログラム群では,復職 1 年後の出社継続率は
91.6%,復職 2 年後では 87.6% と有意に改善していた.
以下の工夫や改善点が効果的に機能したと考えられる.
(1) 生活記録表を用いた復職判定
メンタルヘルス不調者の復職支援において難しい問
題のひとつが,回復状況の把握と復職可否の判断であ
る 2).病状が十分に回復しないうちに復職すると,業務
上の負担が大きくなり,病状の回復が妨げられ,病状
が悪化することがある 3).
しかし,主治医の診断書だけで出社可否の判断を行
うことは難しい.主治医は一般的に,病状が回復して
自宅での日常生活が安定して行える「日常生活レベル
の回復」を目安とするが,一方で会社は,毎日決めら
れた時間に出社してフルタイム勤務を安定して継続で
きる「出社レベルの回復」を求めるためである.
そこで新プログラムでは,復職可否の判断基準を生
活リズムを基準に用いて明確に定義し,「生活記録表」
を用いて休業中の生活リズムを確認するようにした.
その結果,復職を希望する従業員が「出社レベルの回復」
に至っているかどうか,適切に確認できるようになっ
た.
(2) 6 ヶ月間の復職プランの策定
メンタルヘルス不調者の復職を行う際には,業務負
荷を軽減し,段階的に負荷を調整しながら経過を見る
よう「職場復帰支援の手引き」にも記載されている.
その際には,治療状況,業務上の配慮,職場の人間関係,
職場の理解,仕事の適性,本人の性格傾向など,さま
ざまな要因を考慮した調整を行わねばならない 3).しか
し,実際の場面では,復職後の業務をどう調整すれば
よいかわからず,職場の環境調整に難航することも多
い 2).
新プログラムでは復職後 6 ヶ月間の軽減勤務を行う
よう定め,6 ヶ月間の具体的な業務プランを,関係者が
共同で作成するようにした.その結果,本人の回復状
況を考慮した職場環境調整や復職後のフォローアップ
などについて,事前に準備できるようになった.
(3) 休業中∼復職後の毎月の産業医面談の実施
「職場復帰支援の手引き」には,休業期間中において
も,産業保健スタッフが本人と接触することが,労働
者の安心感の醸成のために望ましい結果をもたらすこ
とがあると記載されている.その他の文献でも,休業
中からの定期的な面接が職場復帰支援に効果的であっ
たという報告がある 5,7,8).
そこで,新プログラムでは休業中から復職後まで定
期的に産業医との面談を行い,その後,関係者間で回
復状況や今後の対応方針などの共有を図るようにした.
その結果,休業中から復職後まで,社内スタッフによ
る一貫した対応を行えるようになり,休業者の安心感
の醸成に役立った.また,復職後も面談を継続するこ
とで,体調や勤怠の変化を早めに把握できるようにな
り,必要に応じて,業務量の調整などの環境調整や,
主治医への病状についての情報提供などを行えるよう
になった.メンタルヘルス不調では復職後の回復が長
引くケースもあり,そのような場合は,業務の軽減な
どの就業上の措置と定期的な産業医面談を継続してい
る.
(4) 全社復職プラン検討会の実施
本取り組みを実施した企業は,事業所の規模によっ
て産業保健スタッフの配置が異なっているため,事業
所ごとの活動内容のばらつきが常に課題となっていた.
そこで,新プログラムの展開にあたっては「全社復職
プラン検討会」という仕組みを設けた.
全社復職プラン検討会では,復職支援の各プログラ
ムが確実に実施されているかどうかをチェックし,生
活記録 Table を用いた復職判定の行い方や,復職後の
具体的な業務プラン作りなどについて専門家を交えて
協議することで,各事例の復職支援に役立った.また,
職種別・事業所別の復職プランを全社で蓄積・共有す
ることで,対応の標準化やレベルの向上にもつながっ
た.
4. 休業期間の増加に関する評価
新旧のプログラムを比較すると,復職後の出社継続
率は大幅に改善しているが,休業開始から復職までの
休業日数は中央値で約 60 日も長くなっている(Table
1).
休業期間の延長の背景には,出社可能な生活リズム
への回復が生活記録表を用いて確認できるまで,しっ
かりと休業させるようになったことや,復職プランの
作成や職場の調整などの準備作業を時間をかけてきち
んと行うようになったことが影響していると考えられ
る.
休業期間が延長することは,休業中の労働力の損失
や,他の従業員への業務負担などが増加するという問
題がある.しかし,十分に回復しないまま,あるいは,
適切な職場の調整を行わないまま復職すると,再発や
再休業のリスクが高まる.メンタルヘルス不調の代表
的な疾患であるうつ病は,再発することによって,職
場への適応がいっそう難しくなり,さらに再発しやす
くなることも知られている 9).さらに,再休業となった
場合の職場内の調整コストも無視できない.
つまり,メンタルヘルス不調者の復職支援において
は,1 回の休業できちんと復職できるよう時間をかけて
準備を行うほうが,たとえ休業期間が延長したとして
も全体としてのメリットは大きいと考えられる.
難波:メンタルヘルス不調者の出社継続率を91.6%に改善した復職支援プログラムの効果
5. 費用便益分析の結果
これまで,国内において,メンタルヘルス不調者の
企業内の復職支援の取り組みについて費用便益分析を
行った報告はない.海外では,オランダの事例につい
ての報告があるが,企業レベルでの費用対効果は見ら
れなかった 7).
今回は,分析方法に限界はあるが,復職プログラム
の改善により復職後の再発が減少し,出社継続率が改
善したことの費用便益的な効果を示すことができた.
投資収益率(ROI)は 100% を超えており,メンタルヘ
ルス不調者の復職支援の取り組みが,経営者の視点か
らも投資価値があると示せたことは有意義である.
283
V. 結 論
ある企業において実施したメンタルヘルス不調者の
復職支援プログラムの改善の取り組みについて,復職
後の出社継続率や費用便益の評価などを実施した.新
復職プログラムにおいては,復職後の出社継続率の改
善(再発率の減少)の効果があることを定量的に示せた.
また,復職支援プログラムの改善を行うことが,経営
者の視点からの費用便益的なメリットがあることを示
せた.
メンタルヘルス不調者の復職支援においては,(1) 復
職判定に生活記録表を用いて,出社できる生活リズム
に回復しているかどうかきちんと確認すること,(2) 復
6. 本復職支援プログラムの応用可能性
新しい復職支援プログラムの実施により,全社を通
じて復職後の出社継続率を改善する効果が得られてい
る.新プログラムにおけるいくつかの改善点は,他の
企業で実施している復職支援プログラムへの導入など
も可能であると考えられる.特に,常勤の産業医がい
る大規模事業所では応用が容易であろう.
また,複数の事業所を抱える大企業においては,全社
統一のシステムを構築し,産業保健スタッフや人事担当
者の知識・技術の向上や平準化を図ることが重要となる.
そのためには,本社などが中心となって各事業所を支援
する仕組みを構築することが,復職支援プログラムの効
果を高めるために効果的であると考えられる.
一方で,中小規模の事業所においては,事業所内に
専門スタッフが少なく,大規模事業所と同じような対
策はとりにくいことが知られている 5,8,10).中小規模事
業所向けには,本復職支援プログラムを使用する際に
は,休業中の毎月の体調確認を行う方法や,生活記録
表や復職プランについて主治医と連携する仕組みなど
を検討することが必要であると思われる.
7. 本調査の限界
本調査は,ある企業において,メンタルヘルス不調
者の復職支援のプログラム改善を実施し,その前後で
復職者の出社継続率を調べたものである.ランダム化
比較試験(RCT)ではないため,厳密な効果評価は行
えていない.また,本取り組みの内容を他の企業へ一
般化できない可能性もある.
費用便益分析においては,休業開始時・復職開始時
の職場調整に関するコスト,再発事例における職場調
整に関するコストなどを計上していない.復職後の生
産性についても,一時的に生産性が低下していること
を考慮した調整を行っていない.そのため,再発回数
の減少,復職後の業務遂行力の低下などに関する経済
的評価を適切に行えていない可能性がある.
職後 6 ヶ月間の復職プランをあらかじめ作成しておく
こと,(3) 休業中から定期的な産業医面談を続けること
の 3 点を改善することで,復職支援の効果が高まるこ
とが示唆された.また,複数の事業場を抱える企業に
おいては,(4) 復職支援の経験のある担当者や専門家が,
それぞれの事業所の復職支援の取り組みを支援する仕
組み作りが重要であることが示唆された.
文 献
1) 労働政策研究・研修機構.職場におけるメンタルヘルス
ケア対策に関する調査,2011.
2) 産業人メンタルヘルス白書(2009 年度版).東京:財団法
人 日本生産性本部 メンタル・ヘルス研究所 東京都,2009:
23–61.
3) 畑中純子.「うつ」の職場復帰後の困難.精神科治療学
2011; 26: 197–201.
4) 有馬秀晃,秋山 剛.疾患に応じた復職支援の実際(ポイ
ント)気分障害の視点から.産業精神保健 2011; 19: 145–
56.
5) 榊原佐和子,佐渡充洋.職場における「うつ」一次予防か
ら三次予防まで,厚生労働省のガイドラインを踏まえて.
精神科治療学 2011; 26: 9–17.
6) 難波克行.メンタルヘルス不調者の職場復帰支援の実務.
労政時報 2012; 3822: 95–121.
7)van Oostrom SH, Heymans MW, de Vet HC, van Tulder MW,
van Mechelen W, Anema JR. Economic evaluation of a workplace intervention for sick-listed employees with distress. Occup
Environ Med 2010; 67: 603–10.
8) 井上 都,安部 猛,宮崎彰吾ほか.症例報告に基づく
うつ症状を呈するホワイトカラー従業員への復職支援の
検討.産衛誌 2010; 52: 267–74.
9) 吉村美幸,長見まき子.EAP における職場復帰支援プロ
グラムの実績─ 5 年間の実績及び職場再適応群と不適応
群の比較─.産業精神保健 2010; 18: 55–61.
10) 厚生労働省.平成 19 年労働者健康状況調査結果の概況.
2008.
Appendix Fig. A1, Fig. A2
産衛誌 54巻,2012
284
Appendix 1.
生活記録表
Appendix 2.
復職プラン記入用紙(一部)
難波:メンタルヘルス不調者の出社継続率を91.6%に改善した復職支援プログラムの効果
285
A Return-to-work Program with a Relapse-free Job Retention Rate of 91.6% for Workers
with Mental Illness
Katsuyuki Namba1
1Chugai
Pharmaceutical Co., Ltd., 1–1 Nihonbashi-Muromachi 2-choume, Chuo-ku, Tokyo 203-8324, Japan
Objective: We evaluated the relapse-free job retention rate and cost-effectiveness of return-to-work (RTW) programs for
workers with mental illness. Method: We retrospectively evaluated a group of 196 employees of a pharmaceutical company
in Japan who had taken sick leave because of mental illness. We found that the old RTW program led to 142 employees
returning to work and the new RTW program resulted in 54 employees returning to work. In the new program, we introduced
the following improvements: evaluation of recovery and readiness to return to work by using the “Daily Activity Record
Sheet”; planning for RTW with reasonable steps in 6 months; monthly interviews with an occupational health physician, to
keep in touch with workers in the RTW process; and arranging a “Return-to-Work Coordination Meeting” with occupational
health specialists, to make reasonable adjustments to a return-to-work plan. Results: The median duration of sick leave was
60 days longer in the new program. The relapse-free job retention rate within 1 year was 54.2% in the old program and was
increased to 91.6% in the new program. The old and new programs cost 65,945 yen and 300,898 yen, respectively. The benefits
of the old and new programs were 6,226,192 yen and 8,418,514 yen, respectively. The return on investment (ROI) was 933%.
Conclusion: The new RTW program is effective at improving the relapse-free job retention rate of workers with mental illness.
(San Ei Shi 2012; 54: 276–285)
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