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空間高調波型磁気歯車の開発に関する研究

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空間高調波型磁気歯車の開発に関する研究
空間高調波型磁気歯車の開発に関する研究
平成 26 年 2 月
岡
克
目次
第 1 章 序論....................................................................................................................1
第 1.1 節 本研究の社会的意義................................................................................1
第 1.2 節 従来の研究の到達点と課題....................................................................4
第 1.3 節 本研究の目的............................................................................................6
第 1.4 節 本論文の概要............................................................................................7
第 2 章 磁気歯車の基本的性能評価と高伝達トルク化の検討...............................8
第 2.1 節 磁気歯車の現状........................................................................................8
第 2.2 節 従来の研究の到達点と問題点...............................................................11
第 2.3 節 基本的な構造の空間高調波型磁気歯車の解析..................................14
2.3.1 有限要素磁界解析.....................................................................................14
2.3.2 マクスウェル応力法による電磁力の計算とトルクの算出.................21
2.3.3 磁気歯車の動作原理と解析条件.............................................................25
2.3.4 解析結果の検討.........................................................................................31
第 2.4 節 高伝達トルク化の検討..........................................................................36
2.4.1 磁束集束型永久磁石配列構造の適用に関する検討.............................36
2.4.2 磁束集束型永久磁石配列構造.................................................................37
2.4.3 MCSPM 構造を用いた磁気歯車の解析結果..........................................41
2.4.4 低速ロータに MCSPM 構造を導入したモデルの解析結果.................45
2.4.5 磁石構造の最適化.....................................................................................48
第 2.5 節 ハルバッハ配列構造の検討..................................................................53
第 2.6 節 結言..........................................................................................................57
第 3 章 運動連成解析.................................................................................................58
第 3.1 節 従来の解析手法の問題点......................................................................58
第 3.2 節 運動方程式を用いた磁気歯車の解析手法..........................................59
第 3.3 節 運動連成解析の結果..............................................................................64
3.3.1 解析結果の検討.........................................................................................64
3.3.2 新たな条件での解析と結果の検討.........................................................69
3.3.3 最適な解析条件の検討.............................................................................73
第 3.4 節 より正確な挙動を解明する手法の検討..............................................76
3.4.1 1 次側ロータの運動解析..........................................................................76
3.4.2 伝達効率の計算.........................................................................................79
第 3.5 節 結言..........................................................................................................81
第 4 章 境界要素法による 3 次元連成解析.............................................................82
第 4.1 節 3 次元への拡張と課題...........................................................................82
第 4.2 節 境界要素法の導入..................................................................................87
4.2.1 有限要素法と境界要素法の違い.............................................................87
4.2.2 境界要素磁界解析.....................................................................................91
第 4.3 節 3D-BEM による解析..............................................................................94
4.3.1 3D-BEM の解析モデル作成......................................................................94
4.3.2 磁束密度を計算する領域の検討.............................................................97
4.3.3 基本的な構造のモデルの解析と検討.....................................................99
第 4.4 節 3D-BEM を活用した電気機器開発手法の提案.................................102
4.4.1 支持機構を含む磁気歯車モデル...........................................................102
4.4.2 ロータに加わる力の方向と支持機構に加わる負荷の関係...............104
4.4.3 3D-BEM の問題点と新たな解析手法の考案.......................................110
第 4.5 節 結言........................................................................................................111
第 5 章 結論...............................................................................................................112
第 5.1 節 本研究の総括........................................................................................112
5.1.1 本研究の総括...........................................................................................112
5.1.2 2 章の総括................................................................................................113
5.1.3 3 章の総括................................................................................................115
5.1.4 4 章の総括................................................................................................116
第 5.2 節 今後の課題............................................................................................117
参考文献
謝辞
第1章
序論
第 1.1 節
本研究の社会的意義
磁気歯車とは、永久磁石の吸引力を用いて非接触で動力を伝達、変速をすることがで
きる機構のことである。機械式歯車と比べ、非接触であるため摩擦や、接触抵抗による損
失が無く高効率に動力を伝達でき、騒音や振動の発生も抑えられる。磨耗しないため粉塵
が発生せず、注油が不要でメンテナンスフリーであるという優れた特性を持つ。しかし、
初期に考案された Fig.1.1 のような機械式の平歯車の歯を磁石に置き換えたモデルでは、伝
達可能なトルクが小さい。このため、50 年以上前に理論は考案されていたが実用化には至
らなかった。しかし近年 NdFeB 系の大きなエネルギー積を持つ希土類磁石が開発されたこ
とや、大きな減速比を実現できる Fig.1.2 のような機構が考案されたことにより[1]、より大
きなトルクの伝達が可能となり、注目を集めている。
基本的な構造の磁気歯車の利点は、主に非接触で動力を伝達できる点にある。歯車同士
の摩擦や磨耗が起こらないため粉塵の発生を抑えられ、入力側と出力側を隔離し片側をシ
ーリングすることもできることから、精密機器や食品の製造ライン、医療現場などのクリ
ーンルームでの使用が期待できる。また、部品が磨耗しないことからメンテナンスフリー
であり、地上数十メートルの発電用風車のナセルや宇宙用機材などの頻繁にメンテナンス
を行うことが困難な場所での使用に適している。他にも、永久磁石の吸引力により動力を
伝達するため、歯車同士の厳密な軸心合わせが不要であり、工場での生産後、現場での設
置が容易である。伝達可能なトルク内であれば、接触抵抗が発生しないため、接触型の歯
車よりも高効率で動力の伝達ができる。一方、伝達可能なトルクが低く、それを超える負
荷がかかると脱調してしまうという短所もあるが、この短所もトルクリミッター機能とし
て活用できる場合がある。過大なトルクがかかった場合でも、脱調が生じて力を逃がし、
機器の破損や使用者の安全を守ることができる。磁気歯車では歯車の局数を変えることに
より、加減速を行うことも簡単にできる。現在工業分野では、磁気歯車の使用が始まって
いるが、多くの場合 Fig.1.1 のような構造を発展させた Fig.1.3 に示すような、ベベル(直
交型変速伝達装置)やマイタ(直交型伝達装置・同速型伝達装置)
、遊星歯車型といった磁
気歯車を用い、上記の特徴の1つか2つ程度を組み合わせたモデルを各ユーザーの用途に
1
合わせて、ほぼオーダーメイドにより製作し使用している。これらのモデルではトルクの
伝達に影響しない磁石が多く磁石の利用効率が悪いほか、減速比にほぼ比例するようにロ
ータが大きくなり高減速比を実現できない、自重が重く設置が難しいことや実際の運転効
率が低いなどの問題があり、応用用途は限られている。
しかし近年、より高い加減速比を実現できる Fig.1.2 のような空間高調波を利用したモデ
ルの提案が行われたことで、用途の拡大が期待され広く研究が行われるようになった。
現在行われている磁気歯車の開発に関する研究は、主に電磁界シミュレーション技術を
用いたモデルの開発である。具体的には、高伝達トルク化を目指す場合や、電磁アクチュ
エータと組み合わせる場合の、ステータや磁石の極数、形状の最適化などが研究の中心で
ある。しかし、これら現在の開発現場で用いられている研究手法には、磁気歯車の動力伝
達機構を再現できていないという問題がある。
磁気歯車の実際の挙動では、1 次側のロータに入力された力が、変速されて 2 次側ロータ
に伝達される。
つまり、
2 次側ロータは 1 次側ロータの運動に連動して運動することになる。
1次側ロータも 2 次側ロータの挙動により受ける負荷が異なり、入力が一定でも回転運動
は一定とはならない。しかし、現在広く用いられている解析手法では、両方のロータに回
転数を与えるか、1 次側のロータに回転数を与えて 2 次側ロータの挙動のみ再現して解析を
行っている。これは実際の磁気歯車の動力伝達機構を再現しているとは言えず、その結果
は実際の磁気歯車の特性とは異なっている。
これらの課題から本研究では空間高調波型磁気歯車に対して、まず実用化に向けた磁気
歯車の高伝達トルク化の検討を行い、次に磁気歯車の正確な挙動を再現する解析手法の開
発を行った。磁気歯車の高トルク化には、本研究室で考案された磁束集束型永久磁石配列
構造を用いる。ロータ表面の磁石構造に適用することで、局所的に磁束密度の高い領域を
作り、高い吸引力を発生させる。正確な挙動を再現する解析手法としては、運動方程式を
導入して磁界と運動の連成解析を行う。このように、新しい解析手法を開発し、高性能な
磁気歯車の開発と、電磁アクチュエータの詳細な挙動を解明した。
2
Fig.1.1 A basic model of a magnetic gear.
Low speed rotor
Stationary
pole pieces
High speed rotor
Fig.1.2 Surface permanent magnet type magnetic arrangement.
(a)Bevels
(b)Planetary gear
Fig.1.3 Magnetic gear of put to practical use.
3
第 1.2 節
従来の研究の到達点と問題点
現在の磁気歯車の研究では、その内容は概ね以下の方向性に分けられる。
1.伝達トルクの向上を目指す
2.実際の生産、運用を考慮した構造の検討
3.その他の電磁アクチュエータと組み合わせた高機能なモデルの考案
それぞれの研究により、このうちのどれかを組み合わせる場合もある。項目1は実用化
の為に、不足している伝達トルク向上のための研究である。本論文でも第 2 章において、
高伝達トルク化を目指し検討を行っている。一方項目2は、項目1で開発されるモデルの
多くが実際の製作が困難で製造コストが高く、安全面でも課題のあるモデルが多いことか
ら、より容易に生産が可能で、実用化に向くモデルの研究を行っている。概ね、項目1に
より開発されたモデルに比べて低コストで製作でき、安全性も高いが、伝達トルクは低く
なっている[2][3][4]。このことから、項目1と項目2で考案されるモデルは、それぞれ異な
る適用分野を想定している。すなわち、項目1の方向性で開発されたモデルは、高伝達ト
ルク、高伝達効率の特徴を生かして、高価でも高性能が要求される宇宙分野などでの使用
が考えられる。一方項目2の場合は低コストや安全性を生かして広く普及させることを目
指している。この2つは概ねトレードオフの関係にあり、高トルクと低価格が両立できな
い点が普及の妨げとなっている。項目3は、磁気歯車とモータなどを組み合わせることに
より、可変減速比、小スペース、高出力トルクなどの機能性を持たせたモデルの開発とな
る[5][6]。磁気ギアードモータでは、片側のロータ磁石を電磁石とすることで、回転する磁
場を発生させてモータとして機能させ、その出力をステータともう一方のロータにより減
速して高トルクを出力する。可変減速比磁気歯車は、電磁石により発生する磁場を制御し、
磁極対の数を変えることで減速比を変更できるようにしている。このような付加価値を与
えたモデルではより複雑で高価となる他、メンテナンスなどの問題がある。
これらのモデル開発の研究に対して、コンピュータシミュレーションによるモデルの評
価と、試作機による性能試験が盛んに行われている。コンピュータシミュレーションでは、
主に 2 次元ないしは 3 次元の有限要素法を用いて磁場解析を行い、得られた結果から伝達
トルクやコギングトルクなどを算出して性能評価を行い、磁場分布から更なる高伝達トル
ク化のための形状最適化などを行う手法が一般的である。しかし、無負荷や負荷の条件で、
4
1 次側ロータから 2 次側ロータへ動力が伝達される状況をシミュレートする従来の手法には
問題がある。それは、1 次側、または両方のロータに対して回転数を与えて解析を行ってい
ることである[7] [8] 。
実際の磁気歯車では、入力された力により 1 次側ロータは回転し、2 次側ロータとの位置
関係により両ロータにはトルクが発生し、2 次側ロータに変速された動力が伝達される。こ
のとき、2 次側ロータは 1 次側ロータの動きに連動して回転している。また、1 次側ロータ
にもトルクは加わっており、入力トルクのみに従った回転にはならない。一方、従来の解
析手法では、各ロータに減速比に従った回転数を与えて解析を行っている。無負荷状態の
解析では、各ロータを同期速度に従った速度で回転させる。減速比 5 の減速機を解析する
場合、1 次側ロータを 2000rpm で回転させ、2 次側ロータを 400rpm で回転させるといっ
た具合である。負荷状態の解析でも、磁場解析から得られるトルク波形から、与える負荷
に相当する負荷角を低速ロータに与えて、両方のロータを同期速度で回転させて解析を行
う。低速ロータを同期角度より遅らせて回転させることにより、トルクが発生した状態で
解析を行う。このように、従来の解析手法は磁気歯車の動力伝達機構を正確に再現できて
いるとは言えず、詳細な運動を解析できる手法の開発が必要である。有用な方法として、
ロータに回転運動を与えるのではなく、発生するトルクからロータの挙動を求めるために、
運動方程式を用いる磁界と運動の連成解析が考えられる。
また、多くのシミュレーションによる磁気歯車の性能検討では、磁気歯車の挙動を回転
軸に沿った回転運動に限定している。しかし、多くの電磁アクチュエータと同様に、磁気
歯車にもロータ端部の支持機構などにより軸方向の磁場分布が存在する。当然軸方向の力
も発生することになり、ロータの支持機構、特にベアリングなどに対して影響を与える。
ベアリングに軸方向の力を加えると、摩擦により機器の破損につながる。磁気歯車本体に
は非接触によるメンテナンスフリー、長寿命の特徴があるが、その内部の支持機構である
ベアリングなどへの影響はまだ検討が不十分である。また、不要な接触抵抗も発生し、ト
ルクの伝達効率も低下してしまうと考えられる。これは、未だ実用に足るトルクを発生す
る磁気歯車は研究段階であり、実際の使用に耐える耐久性の検討は十分に行われていない。
このように磁気歯車は、通常の電磁アクチュエータに比べてその特性を生かすために極力
軸方向の力やロータの偏心を避けて設計されるべきである。このため、ロータの三次元的
な挙動と発生する力を解明・検証する解析手法の導入が必要である。
5
第 1.3 節
本研究の目的
本研究の目的は、空間高調波を利用した磁気歯車の実用化のため、高トルク化構造の開発
と運動時の詳細な挙動を解明することである。
本研究では以下の点を明らかにする。
(1) 空間高調波を利用した磁気歯車の 2 次元磁界解析を行い、特性を明らかにする。
(2) 高磁束密度設計を用いた磁気歯車の解析を行い、高伝達トルク化への知見を得る。
(3) 運動連成解析を導入することで、磁気歯車の詳細な挙動を解明する。
(4) より詳細な挙動の解明と発展的なモデルの考案のために、3 次元モデルでの解析手
法の検討を行う。
6
第 1.4 節
本研究の概要
本研究では、まず 2 次元有限要素法を用いて、磁気歯車の高伝達トルク化の検討を行なっ
た。ロータ表面に磁石を貼り付ける表面磁石型の空間高調波を利用した磁気歯車に、高伝
達トルク化を目指して、磁石構造の検討を行った。その結果、磁性体付き磁束集束型永久
磁石配列構造(MCSPM)を低速ロータに、ハルバッハ配列を高速ロータに導入したモデル
で、伝達トルクを向上させながら、磁石使用量を大幅に削減することが出来た。次に、磁
気歯車の詳細な挙動を解明するため、運動方程式を導入した運動連成解析手法を開発し、
従来法では検討できなかった磁気歯車の挙動を明らかにした。次に、磁気歯車のより詳細
な解析を行うために、3 次元での解析を行うこととしたが、磁場解析に有利な有限要素法と、
3 次元でのモデルの作成や運動解析に有利な境界要素法との併用を検討した。
最後に、検討結果を踏まえて、磁気歯車の開発に対する考察を行った。
各章の概要
第 1 章では、本研究を進めるに至った社会的意義、本研究の目的を述べ、研究の到
達点と課題点を明確にしている。
第 2 章では、空間高調波型磁気歯車を二次元有限要素法により解析し、高伝達トル
ク化の検討を行った。
第 3 章では、運動連成解析を導入することで、磁気歯車の動力伝達機構を再現し、
詳細な挙動を解明した。
第 4 章では、より詳細な検討のため、3 次元モデルでの解析を行った。3 次元での解
析では、有限要素法には短所があり、この短所を補完できる境界要素法の導入につい
て検討する。
第 5 章では、本研究の総括をし、今後の研究課題について述べる。
7
第2章
第 2.1 節
磁気歯車の基本的性能評価と高伝達トルク化の検討
磁気歯車の現状
磁気歯車は、永久磁石の磁束を用いて非接触で動力を伝達することができる機構で、摩
擦や磨耗がなく、騒音や振動の発生を抑えられ、メンテナンスフリーであるという優れた
特性を持つが、伝達可能なトルクが小さいため、50 年以上前に考案されたが実用化には至
らなかった[9]。しかし近年大きなエネルギー積を持つ希土類磁石が開発されたことや、大
きな減速比を実現する機構が考案されたことにより、より大きなトルクの伝達が可能とな
り注目を集めている。
磁気歯車の特徴は、前述のように非接触で動力を伝達することに由来するものが多い。
摩擦や磨耗が起こらないため粉塵の発生を抑えられ、クリーンルームでの使用や、部品の
損耗が無いためメンテナンスフリーが期待でき、ランニングコストを抑えられ省資源化で
きる。他にも、接触抵抗が発生しないため、機械式歯車よりも高効率で動力の伝達ができ
る。また、伝達可能なトルクが低くい短所も、トルクリミッター機能として活用できる場
合がある。過大なトルクがかかった場合でも、スリップが生じて力を逃がし、機器の破損
や使用者の安全を守ることができる。近年、より高い加減速比を実現できる様々なモデル
の提案が行われたことで、用途の拡大が期待されている。
しかし、現在産業分野に広く普及している機械式歯車と同様の用途で使用することは困
難である。現在報告されている磁気歯車の伝達トルクは 100kNm/m3 程度であるが、機械式
歯車の伝達トルクは 10000kNm/m3 以上を発揮することが可能である。機械式歯車は構造も
簡単で高価な材料も必要としないので、導入コストの面でも優れている。磁気歯車では現
在実用化されているモデルや考案されている加減速機構も、多数の永久磁石を使用するた
め自重が重かったり、多極着磁を必要とするなど、構造が複雑で製造が困難なためコスト
が高いなどの問題がある。このため、現在実用化されている磁気歯車の多くは、各使用現
場に合わせて上記のメリットのいくつかを生かすように設計された特注品である。一方で
磁気歯車には前述の様に非接触で動力を伝達することから、高効率であるというメリット
がある。高トルクの機械式歯車では接触による摩擦や潤滑油の使用により、伝達効率は 80%
程度である。トランスミッションのような油中で使用するものになると、その効率は 60%
8
程度にまで落ちるといわれている。磁気歯車では、伝達効率が 90%を超えるものも報告さ
れており、高効率な機器設計が可能である。
そこで本章では Fig.2.1 のような、現在の磁気歯車を上回る伝達トルクを実現しながら、
機械式歯車よりも高い効率、省資源で低コストなどの高い機能性を有する新しい用途の磁
気歯車の開発を行った。空間高調波を利用した基礎的な構造の磁気歯車を基に、より実用
的なモデルの考案、解析、評価を行った。円筒状の高速ロータ、低速ロータ、ステータを
同軸上に配置した Fig.2.2 のような構造は、漏れ磁束を有効に活用でき、力のバランスにも
すぐれている。本構造のモデルに対して高伝達トルクを実現するモデルの考案、解析を行
った。高い伝達トルクを実現する構造として、磁束集束型永久磁石配列構造(Concentration
Surface Permanent Magnet arrangement)に着目した。CSPM 構造とは、永久磁石の配列によ
り局所的に磁束密度を高める技術で、現在モータやその他のアクチュエータへの応用が研
究されている。CSPM 構造では、磁束密度を維持、増大させつつ、永久磁石の使用量を削減
することも可能である。動力の伝達を永久磁石の吸引力によって行っている磁気歯車は、
高い伝達トルクを実現するために多くの希土類磁石を使用しているので、この技術を応用
することが出来れば、近年価格が高騰し供給も安定していない希土類を用いた永久磁石の
量を削減し、低価格で製作することが出来るようになる。具体的には、CSPM 構造を発展
さ せ 、 磁 束 集 束 部 に 磁 性 体 を 挿 入 し た MCSPM 構 造 ( Magnetic-material-attached
CSPM)を各ロータの磁石配列に導入することにより、伝達トルクの向上を図る。
9
Efficiency
Usual magnetic gear
High function
magnetic gear
Mechanical gear
Torque
Fig.2.1. Characteristics of magnetic gears and mechanical gears.
Low speed rotor
Stationary pole pieces
High speed rotor
Fig.2.2. Surface permanent magnet type magnetic arrangement.
10
第 2.2 節
従来の研究の到達点と問題点
磁気歯車は、伝達トルクが小さいことから、考案から長い間実用化されなかった。しか
し近年、NdFeB 系の高いエネルギー積を持つ希土類磁石が開発されたことで研究が盛んに
行なわれるようになってきた。初期に開発された磁気歯車は、機械式歯車の歯を磁極に置
き換えた Fig.2.3 のようなモデルである。平歯車のようにロータ表面に永久磁石を貼り付け
たモデルで、減速比 2 の平歯車の歯を磁極に置き換えている。ロータ表面の白と黒の部分
が磁石で、それぞれ逆向きに着磁されている。2 つのロータが(a)のような位置関係の場
合、最接近点付近の磁束の向きはロータ表面の法線方向と一致しており、ロータ間に働く
吸引力にも接線方向成分が無いため各回転軸にトルクは発生せず、安定な位置となる。そ
れに対して(b)のような位置関係になると、各ロータ間に通る磁束は傾き、吸引力の接線
方向成分であるトルクが、各ロータが安定な位置に戻ろうとする向きに発生する。なお図
中の矢印は、各ロータが受けるトルクの向きを示している。左側の 6 極のロータを一次側
とし、時計回りに回転して(a)の状態から(b)の状態になると、
(b)の図中の矢印の向き
にトルクを受けるが,このとき一次側ロータは動力源により回されているので、固定され
ているのと同じと考えることが出来る。このため、右側の二次側ロータが反時計回りに回
転し、安定点となる。このようにして、磁気歯車は動力を伝達する[10]。
他にも、ベベル(直交型変速伝達装置)やマイタ(直交型伝達装置・同速型伝達装置)、
遊星歯車型といった磁気伝達機構が開発されたが[11]、これらのモデルではトルクの伝達に
影響しない磁石が多く磁石の利用効率が悪い。それぞれの歯車が 12 極の場合の平歯車型磁
気歯車の二次元有限要素法による解析結果が、Fig.2.4 の磁束線図である。歯車同士の最接
近点付近でしか相手側の歯車の磁石に磁束が通っておらず、磁気歯車を構成する多くの磁
石から出るほとんどの磁束のループは、同じ歯車内の隣り合う磁石同士で閉ループを描く
ことがわかる。自重が重い分、伝達効率が下がる他、多くの磁石を使用するため製造コス
トが高くなるなどの問題もあった。
その後、K.Atallah、D.Howe らによって、実用的な伝達トルクを実現する減速機構が考案さ
れた[1]。新たに考案された磁気歯車は、円筒状の高速ロータ、ステータ、低速ロータを同
軸上に配置した Fig.2.2 のような構造で、空間高調波を利用して動力の伝達を行っている。
磁石の利用効率が高く漏れ磁束を有効に利用でき、力のバランスにも優れている。改良が
11
行われた結果、現在では 100kNm/m3 を超える伝達トルク密度を実現する構造も報告されて
いる。また、空間高調波を利用した同様の原理で、モータと組み合わせた機構の他、直線
運動で動力の伝達、減速を行う機構なども開発された[2][3]。しかしこれらの構造では、多
極着磁を必要とする他、同軸にロータとステータを支持するため構造が複雑で製造が困難
であり製造コストが高いなどの問題がある。多量の希土類永久磁石を使用する点でも、昨
今の世界情勢から、磁石量を削減しコストを押さえなければ実用化できないため、より効
果的な構造で高伝達トルクを実現するモデルの考案が必要である。また、ロータ表面に大
きな吸引力を発揮する希土類永久磁石を貼り付けていることから、実際に高速回転させた
場合には、磁石が飛散する恐れがある。このため、磁石をロータ内部に埋め込んだモデル
や、リング状の磁石を上下に挟み込んだ構造のロータによるモデルなど、製造、運用を考
えたモデルの研究も行われている[4][5][6]。
しかし、現在の磁気歯車ではまだ伝達可能なトルクが小さく、その付加価値に見合う用
途が得られていないため、より高い伝達トルクを可能にしなければならない。そこで本章
では、高伝達トルク化に対しての検討を行った。
12
(a)
(b)
Fig.2.3.
A basic magnetic gear model.
Fig.2.4.
13
Flux distribution.
第 2.3 節
基本的な構造の空間高調波型磁気歯車の解析
2.3.1 有限要素磁界解析
マクスウェルの方程式から、準定常磁場解析の支配方程式を導出する。
マクスウェルの方程式は以下の 4 つの式で表される。
(2.1)
(2.2)
(2.3)
(2.4)
B:磁場[T] E:電場[V/m] H:磁界[A/m] J:駆動電流密度[A/m2] D:電束密度
次に3つの構成方程式を示す。
(2.5)
(2.6)
(2.7)
μ :媒質の磁気透磁率[H/m]
ε :媒質の誘電率[F/m] σ :媒質の導電率[S/m]
異なる媒質 1 ~ 2 における境界条件は、次の 5 つの式で与えられる。
(2.8)
(2.9)
(2.10)
(2.11)
(2.12)
n :媒質の境界に立てられた法線ベクトル
式(2.1)と式(2.2)では、電場と磁場が結びついているので、 高周波問題などの解析で
14
は 2 式を連立して解く電磁場解析を行う必要がる。一方、低周波問題では時間微分項は無
視できるので、静電場問題と静磁場問題に分離され、式(2.1)または(2.2)のどちらか一
方を解く準定常問題へと縮小される。渦電流を無視した静磁場問題について考えると、10
MHz 以下の低周波数領域において マクスウェル方程式(2.1)の変位電流の項は無視して
よいので、式(2.1)で時間微分項を無視した式と式(2.3)の 2 式を考える。
(2.13)
(2.14)
ここで、式(2.14)より磁場は発散しないので、 磁場 B [T] に対して
(2.15)
となるような磁気ベクトルポテンシャル A [ Wb / m ] を定義することができる。
二次元場では磁性体および導体が z 方向に無限に長いと仮定している。またベクトル A の
向きは電流の流れる向きに等しい。よって二次元場ではベクトルポテンシャル A は z 軸方
向成分のみを有する。ゆえに式(2.15)において Ax=Ay=0 とすれば二次元場の以下の式が
得られる。
A 
y 

A 
By  
x 
Bx 
(2.16)
ただし、Az を A とおいた。二次元場では A は磁束密度 B に垂直である。
電流が流れるとその周囲に磁場が誘導される。磁束線は電流源に対して渦状に生じるので、
磁束線は必ず始点と終点が同じ点となりループを形成する。したがって、必ず div B = 0 と
なる。
一般に,あるベクトル場 X が別のあるベクトル場 Y によって X = rot Y と 表されると
き Y を X のベクトルポテンシャルという。 よってベクトルの公式
(2.17)
15
より式(2.3)が恒等的に満たされることがわかる。ここで、任意のスカラポテンシャルφ
の勾配を加えた新たなベクトルポテンシャル A’ を次式のように定義する。
(2.18)
このことから、A´ が次の式を満たすことは明らかである。
(2.19)
以上より、この時点では A に関するベクトル場は、スカラポテンシャルφの勾配の数だけ
存在することになり、φは任意のポテンシャルとみなせる。そのため事実上ベクトル場は
無限に存在すると言える。
すなわち、この時点では A に関するベクトル場が一意に定まっていないことを意味し、
一般的にベクトル場が一意に定まるためには、回転と発散が与えられる必要がある。二次
現場では A=(0,0,Az)となり、かつ Az は z 方向に一定であるので次の式で与えられる。
(2.20)
つまり二次元場では常にクーロンゲージが満足されている。
式(2.5)を磁気抵抗率を用いて次のように変形する。
(2.21)
磁気抵抗率 ν は本来テンソル量であるが、そのすべての成分を考慮することは困難である
ことと、計算コストの面から一般的な磁場解析ではその直交成分のみを考慮した次の式で
表される近似を行う。
(2.22)
16
駆動電流密度を J0 とし,式(2.1)で変位電流を無視した式に式(2.22)を代入すると静
磁場問題の支配方程式が次のように得られる。
(2.23)
永久磁石のように磁化のヒステリシスを考慮して磁性体を扱う場合、磁性体の磁気特性を
磁化ベクトル M [T] を用いて表す。この場合、磁場 B [T] 、磁界 H [A/m]、磁化 M [T] の
関係は次の式で表される。
(2.24)
式(2.24)を,次のように磁界 H [A/m] について表す式に変形
(2.25)
式(2.25)を式(2.2)のマクスウェル方程式に代入すると次のようになる。なお低周波静
磁界問題を対象としているので、変位電流の項は無視する。
(2.26)
ここで、J0 [ A / m2 ] は駆動電流密度で、次の式(2.15)の関係を、式(2.26)に代入すれ
ば
(2.15)
(2.27)
式(2.27)が得られる。これを整理して
(2.28)
式(2.28)の右辺第 2 項は、磁性体の磁化が電流と等しい作用をすることを示しており、
これを等価磁化電流密度 JM [ A / m2 ] で表す。
(2.29)
17
準定常磁場解析の支配方程式は次のようになる。
(2.30)
項の内容を明らかにした形で表すと、次のようになる。
(2.31)
支配方程式は,要素の媒質に応じて異なるので,
空気領域
(2.32)
永久磁石領域
(2.33)
常磁性導体領域
(2.34)
支配方程式は式(2.31)で与えられており、その成分表示について考える。
静磁場項の成分を求めるため、ベクトルポテンシャル A の回転をとる。
(2.35)
18
次に回転をとる。
(2.36)
式(2.36)は静磁場項の成分表示である。次に渦電流密度項を成分表示すると次の式のよう
になる。
(2.37)
等価磁化電流密度項の成分表示は次のようになる。
(2.38)
19
支配方程式の成分表示は以下のようになる。
(2.39)
(2.40)
(2.41)
まとめると、準定常磁場解析の支配方程式は以下のように表される。
(2.42)
20
2.3.2 マクスウェル応力法による電磁力の計算とトルクの算出
マクスウェル応力法による電磁力の計算式は以下の式で表される。
F   T  ndS
s
 2 1 2
Bx  2 B
1 
 B y Bx
 
s
0 
 B B
z x

Bx B y
By 
2
1 2
B
2
Bz B y

 n
 x 
B y B z  n y  dS

1 2   n z 
2
Bz  B
2 
Bx Bz
(2.46)
2 次元場では、
式 2.46 の磁束密度の Z 方向成分を 0 と置いた次式によって電磁力を求める。
 2 1 2 

 B x  B n x  B x B y n y 

 Fx 
1 

2

F  

d
r
 0 B B n   B 2  1 B 2 n 
Fy 
 y
 y
y x
x
2

 

(2.47)
n x 、 n y 、 n z はそれぞれ、積分路の法線ベクトルの x、y、z 方向成分である。
図 2.5 に積分路および積分路上の法線ベクトルの模式図を示す。法線ベクトルと x 軸とのな
す角をθとする。積分路の1つに立てられた外向き法線 n の x 方向成分と y 成分は(b)より
n x  n cos   cos 
(2.48)
n y  n sin   sin 
周回積分が節点 1 から節点 2 に向かう場合、
nx 
y 2  y1
Lm
(2.49)
x  x1
ny  2
Lm
となる。これを式 2.47 に代入することにより、Z 方向に単位長さを仮定した力が算出され
る。この力を磁気歯車の軸方向の長さに合わせることで、2 次元解析から各ロータに加わる
力が算出できる。
以上のマクスウェル応力法により、磁気歯車の各部に加わる電磁力を求めるが、ロータ
に回転運動を与えるのは、ロータに働く力の周方向成分である。Fig.2.6 にロータに回転運
動を与える力の関係を示す。ロータ上のある点 P における電磁力を F とすると、F がロー
タの接線方向と成す角θを用いて、電磁力の周方向成分 Fc と径方向正分 Fr が以下のように
表せる。
21
Fc  F sin( )
Fr  F cos( )
ロータの回転軸から P までの距離 L と Fc を掛けた値がトルクであり、単位は Nm となる。
T  Fc L
この T を全周にわたって積分することにより、ロータ全体に加わるトルクを算出するこ
とが出来る。回転運動を行う電磁アクチュエータでは、このトルクの値が性能の評価に広
く用いられる。磁気歯車においては、トルクが大きければ大きいほど伝達可能な力が大き
くなる。
また、2 章、3 章では用いないが、電磁力の径方向成分 Fr も、ロータの挙動にかかわって
くる。
22
y
Path of integration
Normal vector
Magnetic
material
0
x
(a) Path of line integration.
Node 1 (x1 y1)
n (normal vector)
ny
y2-y1
θ
θ
nx
Path of integration
Node 2 (x2 y2)
x2-x1
Lm
(b) Components of the normal vector.
Fig.2.5. Electromagnetic force calculation in two-dimensional.
23
F
θ
Fc
Fr
P
L
(0,0)
Fig.2.6. Relationship between torque and the Maxwell stress.
24
2.3.3 磁気歯車の動作原理と解析条件
現在広く研究されている空間高調波型磁気歯車の基本的な構造モデルを Fig.2.7 に示す。
2 つのロータが同心円状に配置されている。内側ロータのコア表面と、外側ロータのコア内
面にそれぞれ永久磁石が貼り付けられている。隣り合う永久磁石は逆向きに磁化されてい
る。
減速機では、回転数の高い動力を内側のロータに接続し、変速して外側のロータに伝達
する。このため外側のロータでは回転数が低くなって出力されることから、内側のロータ
を高速ロータ、外側のロータを低速ロータとする。磁気歯車の減速比 G は以下の式で決ま
る。
G
nl
nh
(2.50)
nl は低速ロータの極数、nh は高速ロータの極数である。Fig.2.1 に示すモデルは、低速ロー
タ 44 極、高速ロータ 8 極であることから、減速比 G は 5.5 となる[12]。
Fig2.8(a)のとき、磁束は図中の青い矢印のように通る。磁石 A から出た磁束はエアギャ
ップを通過してステータに入り、
更にエアギャップを通過して低速ロータの磁石 B に入る。
磁束は磁石 B から低速ロータのコアを通り隣り合う磁石 C に入る。磁石 C からは再びエア
ギャップ中のステータを通過して高速ロータの磁石 D に入り、高速ロータのコアを通って
磁石 A に戻る。Fig.2.8(a)の場合、磁石 C とステータの間に通る磁束は高速ロータ表面の法
線方向から傾いており、磁石 C には磁束と同じ方向の吸引力が働く。吸引力の周方向成分
がトルクとなるため、磁石 C には反時計回りの力が働く。しかし各ロータの全周において、
時計回りの力と反時計回りの力の和が 0 になるため、各ロータの周方向の力は平衡してお
り、安定な状態となる。
次に、高速ロータが Fig.2.7(a)の状態から 22.5 度時計回りに回転した Fig.2.7(b)の場合、
磁束は青い矢印のように通る。磁石 E からステータに通る磁束は大きく傾いており、磁石
E には反時計回りに大きなトルクが生じる。低速ロータ全周において同様のトルクがかかる
ため、低速ロータは反時計周りに大きなトルクがかかる。低速ロータは反時計回りに回転
し、再び安定な状態となる。この運動を繰り返すことにより高速ロータから低速ロータに
トルクが伝達される。
また磁気歯車の性能を評価する指標として、伝達トルク密度がある。体積あたりの伝達ト
25
ルクを現すもので、以下の式で与えられる。
伝達トルク密度(Nm/m 3)=
伝達許容トルク(Nm)
歯車体積(m3)
この指標が高いほど、高密度設計ができていると言える。
26
(2.51)
Low speed rotor core
High speed rotor core
Permanent magnet
Permanent magnet
Stator
High speed rotor axis
Fig.2.7. Magnetic gear model
(a)Magnetically balanced position
(b)Magnetically unbalanced position
Fig.2.8. Operational principle of magnetic gear
27
解析に用いる磁気歯車は Fig.2.1 で、高速ロータ 8 極、低速ロータ 44 極、減速比 5.5、
ステータ 26 個である。各ロータの永久磁石は、環を極数で等分した形状となっている。ス
テータも、環を磁極片と空気領域を合わせた 52 等分した形状となっている。低速ロータの
コアの直径は 90mm である。高速ロータとステータ間、ステータと低速ロータ間のエアギ
ャップは 2mm とした。本研究では二次元モデルによる磁界解析を行うが、磁気歯車の軸長
は 40mm とする。
磁石には残留磁化 1.2T のネオジム磁石を用いている。
解析モデルの作成、
メッシュの生成は、FEMAP ver.9.31 を使用した。解析メッシュは三角形要素で、歯車部分
のメッシュを Fig.2.9 に示す。二次元有限要素法による静磁場解析には、μ-MFVer,3.3(相
当)を使用した。解析はフルモデルで行っている。永久磁石の磁化方向は磁石中央部の径
方向であり、Fig.2.10 の矢印のように磁石全体が同じ方向に磁化されているとした。各部の
寸法、使用材料、節点数、要素数は Table2.1 の通りである。また、各材料の B-H 曲線を
Fig.2.11(a)~(d)に示す。
磁気歯車の特性を評価する上で重要なのが、最大伝達トルクである。最大伝達トルクと
は、低速ロータが得られる最大のトルクである。この値が大きいほど伝達可能なトルクが
大きい。最大伝達トルクは、拘束状態での解析時に低速ロータに現れるトルク波形から得
られる。拘束状態での解析手法を Fig.2.12 に示す。Fig.2.12(a)図中の矢印は、永久磁石の
磁化方向を示している。拘束状態での解析では、Fig.2.12(a)の初期状態から、Fig.2.11(b)
のように低速ロータを固定した状態で高速ロータを回転させていき、ロータに加わるトル
クを計算する。高速ロータは 1 ステップ 4 度で反時計回りに回転させ、永久磁石の位置関
係が初期位置と同じになる 90 度までを 1 周期として解析を行う。
28
Fig.2.9. FEM mesh model.
Fig.2.10. Magnetization.
Table.2.1 Magnetic gear model
外側寸法(㎜)
90
長さ(㎜)
40
低速ロータ磁石数
44
高速ロータ磁石数
8
高速・低速ロータコア
SS400
低速ロータ回転軸
SUS304
ステータ
電磁鋼板
永久磁石
ネオジム磁石
節点数
54978
要素数
109922
29
2.4
1.2
2
0.8
B(T)
B(T)
1.6
1.2
0.8
0.4
0.4
0
0
0
5000
10000
15000
20000
25000
0
0.2
H(a/m)
0.4
0.6
0.8
1
1.2
H(a/m)
H[A/m]
H[A/m]
(a)SS400
(b)SUS304
2
1.6
1.6
B(T)
B(T)
1.2
1.2
0.8
0.8
0.4
0.4
0
0
10000
20000
30000
H(a/m)
40000
0
-1000000
50000
-800000
-600000
-400000
-200000
0
H(a/m)
H[A/m]
H[A/m]
(c)Silicon steel
(d) NdFeB permanent magnet
Fig.2.11. B-H curves.
Low speed
rotor
hold
High speed rotor
rotate
(a)Initial position
(b)A rotated position
Fig.2.12. Holding analysis.
30
2.3.4
解析結果の検討
Fig.2.13 に、拘束状態での静磁場解析結果から各ロータに現れるトルク波形を示す。トル
クが正のときは反時計回りに、負のときは時計回りに力が働いていることを表す。高速ロ
ータ、低速ロータ共に正弦波状のトルク波形が現れた。低速ロータに発生するトルクの最
大値である最大伝達トルクは、回転角 0 度の初期状態のとき約 9.00Nm を発生し、伝達ト
ルク密度は 35.1(Nm/m3)となる。また、高速ロータの回転角が 22.5 度及び 67.5 度のとき
トルクが 0 となっていることから、低速ロータに加わる力が全周の和で平衡していること
がわかる。よって安定点は、Fig.2.8(a)の初期位置から、高速ロータが 22.5 度回転した状態
である。また低速ロータに加わる力は、高速ロータに加わる力の約 5.5 倍となっていること
から、減速比と一致しており、磁気歯車の基本的な性能を有しているといえる。
解析結果から Fig.2.14 及び Fig.2.15 に、磁束密度ベクトル分布図の 1/4モデルを示す。
Fig.2.14 は安定点での磁束密度ベクトル分布図で、(a)図中の赤枠部分を拡大した図が(b)
である。(a)から、高速ロータとステータ間のエアギャップ中は、広い範囲で磁束密度が 0.7
~0.8T と比較的高くなっていることが解る。(b)から、高速ロータの磁石 A から出た磁束は、
青い矢印のようにステータ S1 に入る。S1 と向かい合う低速ロータの磁石 b は内向きに磁
化されており、磁石 A の磁束は磁石bに入らない。ステータ S1 から磁束は、低速ロータの
外向きに磁化された磁石 a と磁石c、ステータ S2 に通る。磁石 a と磁石 c に通る磁束は少
ないことから発生するトルクは小さく、磁石 a と磁石 c では反対方向に力が働くため低速
ロータにはトルクは伝達されない。一方ステータ S2 に通った磁束は、高速ロータの磁石 B
に入り、高速ロータのコアを通ることで再び磁石 A に戻る。高速ロータ回転角 22.5 度の場
合、全周で同様の磁場分布となることで、低速ロータにトルクは発生せず、安定な状態に
なっていると考えられる。
次に Fig.2.15 は、最大トルク角度での磁束密度ベクトル分布図である。Fig.2.15(a)から、
高速ロータとステータ間のエアギャップ中は、ステータに近い部分でのみ磁束密度が最大
0.9T に上昇していることが解る。またステータと低速ロータ間では赤い矢印の向きに磁束
が通っていることが確認でき、磁束密度は 0.8~1.0T である。Fig.2.15(b)から、高速ロータ
の磁石 C から出た磁束は、ステータ S3、S4 に入る。ステータ S3、S4 に入った磁束は、そ
れぞれのステータと向き合う低速ロータ側の磁石 d、f にほとんどの磁束が入る。このとき、
31
磁石 e・g から出る磁束の影響を受け、径方向から傾いて磁石 d、f に入る。ステータと低速
ロータの間でも多くの磁束が通ることから、大きな吸引力が発生しトルクも大きくなる。
低速ロータに入った磁束は、低速ロータの磁石を通りながら、再び高速ロータに戻る。こ
の際の磁束も Fig.2.15(a)から径方向から傾いていると考えられ、トルクを発生することか
ら、全周の和ではトルクが大きくなる。
32
Fig.2.13. Torques generated in the high speed rotor and the low speed rotor at each
rotating angle.
33
(a)1/4 model
B
c
S2
b
A
S1
a
(b)Expansion model
Fig.2.14. Distribution of magnetic flux density vectors(stable angle).
34
(a)1/4 model
g
f
S4
C
e
S3
d
(b)Expansion model
Fig.2.15. Distribution of magnetic flux density vectors
(Maximum transmission torque angle).
35
第 2.4 節
高伝達トルク化の検討
2.4.1 磁束集束型永久磁石配列構造の適用に関する検討
第 2.3 節の結果から、基礎的な構造の磁気歯車では最大伝達トルクは 9.0Nm で、伝達ト
ルク密度は 35.1Nm/m3 であることが解かった。本節では、歯車の極数などの大まかな仕様
は変えず、高伝達トルク化を達成する構造を検討する。
高伝達トルク化のため注目したのが、磁束集束型永久磁石配列構造(Concentration
Surface Permanent Magnet arrangement)である。CSPM 構造とは、永久磁石の配列に
より局所的に磁束密度を高める技術で、その高い磁束密度を利用して大きな吸引力を得る
ものである。現在、モータやその他のアクチュエータへの応用が研究されている[13]。
本節では、磁気歯車に磁束集束型永久磁石配列構造を導入することにより、伝達トルク
の向上を図り、その解析結果から特性を検討する。初めに、磁束集束型永久磁石配列構造
について述べる。次に、より高トルク化が期待できる MCSPM 構造を、それぞれのロータ
に用いて特性の検討を行う。更に、両ロータに MCSPM 構造を用いて特性の検討を行う。
最後に、磁石配列構造を最適化することで、高トルク、高機能化を実現するモデルの考案
を行なう。
36
2.4.2
磁束集束型永久磁石配列構造
磁気歯車は、永久磁石の吸引力により動力を伝達している。永久磁石の吸引力は式 2.46
から、磁束密度に比例するため、吸引力を高めるためには磁束密度を高める必要がある。
つまり、磁石のエネルギー積が大きいことは伝達トルクの向上に直結し、このため希土類
磁石の登場が磁気歯車の開発を進める要因になったのである。しかし、現在研究が行われ
ているモデルにおいては、希土類磁石を使用し高い減速比を実現する構造を用いても、発
揮できる伝達トルクは未だ不十分である。
そこで注目したのが、磁束集束型永久磁石配列構造(Concentration Surface Permanent
Magnet arrangement)である。Fig.2.16 に CSPM 構造の基本的なモデルを示す。複数の
永久磁石をそれぞれの磁化方向が一点に集中するように配列することで、その一点の空間
には強磁場が発生する。磁束集束型永久磁石配列構造によって、局所的に強磁場の発生が
可能となり、Fig.2.16(b)に示すように磁束密度分布は突極形の分布となる。局所的に磁束密
度が上昇すると、磁場勾配が大きくなるため、その一箇所においては大きなトルクが発生
すると考えられる。
実際の解析モデルでは、MCSPM 構造(Magnetic-material-attached
CSPM)と呼ば
れる配列を高速ロータおよび低速ロータに応用した。MCSPM 型とは、既に研究が進んで
いるモータの磁束集束型永久磁石配列構造を参考に、CSPM 型ではエアギャップとなって
いる開口部に磁性体を挿入し磁気抵抗を低減した構造である。Fig.2.17 に、MCSPM 型の
永久磁石配列構造を示す。図中の青の部分が挿入する磁性体で、赤い矢印が磁石の磁化方
向である。挿入した磁性体は電磁鋼板で、表面磁石と同じ外径、内径の環の一部である。
SPM 型と同様の条件で検討を行うため、極数は 8 極であり、磁石数は 16 個である。
拘束状態での解析結果から最大伝達トルクについて SPM 型との比較を行う。磁性体の大
きさを、高速ロータでは中心からの角度θを 5 度、10 度、15 度、20 度と変え、低速ロー
タでは 1 度、2 度、3 度、4 度と変えたモデルを Fig.2.18 および Fig.2.19 に示す。
ここで、永久磁石の量について考える。磁石部の厚さは SPM 型と同様であるため、磁性
体を挿入すると、磁石の体積が減少する。高速ロータに中心角 20 度の磁性体を挿入した場
合、磁石の量は 12.7%も減少する。この磁石量の差は伝達トルクへの影響が大きいと考え
られるので、磁石量に対しての検討が必要である。そこで、単位磁石量あたりの伝達トル
37
クの大きさを表す指標として、磁石利用密度を設定する。磁石利用密度は、以下の式で表
される。
磁石利用密度( Nm / m 3 )=
伝達許容トルク( Nm)
磁石量(m 3 )
この数値が大きいほど、磁石を有効に活用した構造であると言える。
38
(2..52)
L [mm]
Magnetization
[T]
(a)CSPM structure
W[mm]
L [mm]
(b) Distribution of magnetic flux density
Fig.2.16. Concentration surface permanent magnet arrangement..
Magnetic material
θ:Magnetic material angle
Magnet
Fig.2.17. MCSPM structure.
39
(a) θh = 5 degrees
(b) θh = 10 degrees
(c) θh = 15 degrees
(d) θh = 20 degrees
Fig.2.18. Definition of width magnetic material of with angle on the high speed rotor.
(a) θl = 1 degrees
(b) θl = 2 degrees
(c) θl = 3 degrees
(d) θl = 4 degrees
Fig.2.19. Definition of width magnetic material of with angle on the low speed rotor.
40
2.4.3
MCSPM 構造を用いた磁気歯車の解析結果
高速ロータに MCSPM 配列を用いた場合の各モデルの伝達トルク、磁石量、磁石利用度
の解析結果を Table 2.2 及び Fig.2.20 に示す。MCSPM 型のどの磁性体角度の場合でも、
SPM 型を上回る最大伝達トルクを発揮することは出来なかった。
この結果を検証するため解析結果から、Fig.2.21 に SPM 型と MCSPM 型の最大トルク
位置の磁束密度ベクトル分布図を示す。SPM 型と MCSPM 型で、分布が大きく異なる。(a)
の SPM 型では全てのステータで内部の磁束密度が上昇し、その多くが低速ロータへと入る
ことで吸引力が発生していると考えられる。一方(b)の MCSPM 型では、MCSPM 構造の集
束部に対向する1つか2つのステータしか磁束密度が高くなっておらず、その他のステー
タに入る磁束は少ない。さらに、磁束密度が高いステータと低速ロータのギャップ中の磁
束密度も、SPM 型と比べて非常に高くなってはいない。これらの結果から、MCSPM 構造
を高速ロータに用いた場合の問題点を考察する。SPM 構造の磁石配列を用いた場合、広い
範囲で磁束が放出、吸収されているが、MCSPM 型は磁束集束部付近の限られた部分のみ
である。このため、磁束が入るステータの数は、SPM 型では 1 つの磁極あたり 3、4 個で
あるのに対して、MCSPM 型では 1、2 個である。本来、MCSPM 技術はこの局所的に高ま
った磁束密度をうまく利用して高い吸引力を発揮するものであるが、今回解析したモデル
では、ステータや低速ロータの形状が MCSPM 型に対応した形状になっていないため、効
率的に磁束密度の高い領域を使えなかったと考えられる。
しかし、磁性体の中心角を大きくした場合、磁石使用量は大きく減少するのに対して、
伝達トルクの減少は小さい。これを磁石利用密度で表すと、SPM 型では、96.3×103 Nm/m3
であるのに対して、
MCSPM 型磁性体中心角 20 度では 103×103 Nm/m3 となっており、SPM
型よりも 7%高い値を示している。MCSPM 型では、全ての場合で磁石利用密度が SPM 型
よりも高く、磁性体中心角度 20 度で最大である。これは、磁場分布が SPM 型に近づくた
め、動力伝達に多くのステータを使えるようになるためだと考えられる。MCSPM 型では、
磁性体の中心角度により磁場分布が大きく変わり、角度が小さいほど集束効果の高い急峻
な分布になるのに対して、角度が大きいと磁束密度の最大値は下がるものの、広い範囲で
高い磁束密度を発揮できる。磁性体を挿入したことにより磁石量が減少したが、磁束集束
型永久磁石配列により磁束密度の最大値は上昇して最大伝達トルクの減少が抑えられたた
41
め、高い磁石利用密度になった。これは、昨今の世界的な情勢から、供給が安定せず価格
も高騰している希土類磁石の使用量を削減することができ、磁気歯車の実用化に有用な技
術であると言える。
42
Table2.2 Performance of MCSPM model
伝達許容トルク(Nm)
磁石使用量(m3)
磁石利用密度(Nm/m3)
SPM
8.92
92.6×10-6
96.3×103
MCSPM(5°)
8.79
89.7×10-6
98.0×103
MCSPM(10°)
8.52
86.7×10-6
98.2×103
MCSPM(15°)
8.47
83.8×10-6
101×103
MCSPM(20°)
8.33
80.9×10-6
103×103
Fig,2.20. Performance of MCSPM model.
43
(a) SPM
(b)MCSPM(θh = 10°)
Fig.2.21. Distribution of magnetic flux density vectors (maximum transmission torque
angle).
44
2.4.4
低速ロータに MCSPM 構造を導入したモデルの解析結果
低速ロータに MCSPM 配列を用いた場合の各モデルの伝達トルク、磁石量、磁石利用度
の解析結果を Table 2.3 及び Fig.2.22 に示す。低速ロータに MCSPM 構造を用いることに
より、最大伝達トルクの向上を達成した。磁性体中心角度 2 度のとき最大伝達トルクは
10.9Nm となり、SPM 型に対して 21.8%向上した。他の中心角度の場合でも、SPM 型よ
りも最大伝達トルク、磁石利用密度とも高くなっていることから、低速ロータに MCSPM
構造を用いることは、磁気歯車の高伝達トルク化、高機能化に非常に有効であると考えら
れる。
Fig.2.23 に、最大吸引位置での SPM 型と低速ロータ磁性体中心角度 2 度の場合の、磁束
密度ベクトル分布図を示す。
(b)の MCSPM を用いた低速ロータでは、挿入した磁性体部
分で磁束密度が非常に高くなっていることがわかる。SPM 型と MCSPM 型では、磁場分布
に大きな違いは見られないが、ステータと低速ロータ間のエアギャップ中では、MCSPM
型ではステータと低速ロータの磁性体との間で磁束が通る部分で磁束密度が高くなってい
る。低速ロータでは磁極のピッチが狭く、磁場分布に SPM 型との大きな差が出ないことか
ら、SPM 型と同じようにステータへ磁束が通り、磁束集束により高まった磁束密度から高
い吸引力が得られ、最大伝達トルクが向上したと考えられる。
45
Table2.3 Performance of MCSPM at low speed rotor model
伝達許容トルク
磁石使用量(m3)
磁石利用密度(Nm/m3)
8.92
92.6×10-6
96.3×103
MCSPM(1°) 9.60
89.8×10-6
10.7×103
MCSPM(2°) 10.9
86.9×10-6
12.5×103
MCSPM(3°) 10.8
84.0×10-6
12.8×103
MCSPM(4°) 10.3
81.2×10-6
12.7×103
(Nm)
SPM
135.00
130.00
Maximum transmission torque
The quantity of the magnet
Magnet use efficiency
A rasio for the SPM(%)
125.00
120.00
115.00
110.00
105.00
100.00
95.00
90.00
85.00
SPM
MCSPM
(1°)
MCSPM
(2°)
MCSPM
(3°)
Fig.2.22. Performance of MCSPM at low speed rotor model.
46
MCSPM
(4°)
(a) SPM model
(b) MCSPM at low speed rotor (θl = 2°)
Fig.2.23. Distribution of magnetic flux density vectors (Maximum transmission
torque angle).
47
2.4.5
磁石構造の最適化
2.4.3 節、並びに 2.4.4 節から、低速ロータに MCSPM 構造を用いることで、最大伝達ト
ルクを向上させながら、磁石の使用量を削減することが出来ることが解かった。高速ロー
タに MCSPM 構造を用いた場合、最大伝達トルクは減少するものの減少幅は小さく、逆に
磁石量は大幅に削減することが出来る。これらの結果から、更なる高トルク化、高機能化
の検討を行う。
どちらのロータに MCSPM 構造を用いた場合でも、磁石利用密度は向上することから、効
率的に永久磁石を使用することが出来る構造であるといえる。そこで、低速ロータと高速
ロータの両方に MCSPM 構造を用いた場合について検討を行う。挿入する磁性体は、高速
ロータは 2.4.3 節で検討した 5,10,15,20 度、低速ロータは 2.4.4 節で検討した 1, 2, 3, 4 度
とする。これらの組み合わせにより、高伝達トルク、高機能化を検討する。両方のロータ
に MCSPM 構造を用いることから使用する磁石は、高速ロータで 16 個、低速ロータで 88
個であるため、計 104 個となる。
なお、高速ロータの磁性体中心角度と、低速ロータの磁性体中心角度により、各モデル
を呼称する。たとえば HM10LM3 とは、高速ロータ(High speed rotor)から H、MCSPM
構造を用いているため M、磁性体の中心角度 10 度で、低速ロータは L(Low speed rotor)
以降を同様に定める。また、各ロータに SPM 構造を用いた場合は、HSPMLM2などとす
る。
各モデルの解析結果を SPM 型と比較したものが Fig.2.24~Fig.2.28 である。最大伝達ト
ルクが最大となったのは、2.4.3 節で解析した高速ロータは SPM 構造とし低速ロータに中
心角度 2 度の磁性体を挿入した MCSPM 構造を用いた HSPMLM2 であった。このモデル
では、伝達トルク密度は 42.7kNm/m3 を発揮する。
一方、磁石利用密度が最大となったのは高速ロータに 20 度の磁性体、低速ロータに 4 度
の磁性体を挿入した HM20LM4 で、磁石利用密度は HSPMLSPM の 145%となった。
HM20LM4 は、磁石の使用量が最も少なく、尚且つ最大伝達トルクは向上したために磁石
利用密度が最大となったと考えられる。
また、モデルごとの傾向をみる。低速ロータの磁性体の角度を変えていった場合、どの
高速ロータのモデルでも、中心角度2度または 3 度で伝達許容トルクが最大となる。高速
48
ロータに合わせて更なる最適化が必要であるが、最適な中心角度は 2 度から 3 度の付近で
あると考えられる。一方、高速ロータの磁性体の角度ごとの結果は、概ね磁性体の角度を
大きくしても最大伝達トルクの低下は小さく、磁石量が減ることから磁石利用密度は向上
する。
49
Fig.2.24. High speed rotor used in SPM structure.
Fig.2.25. The angle of the magnetic material of high speed rotor (θh = 5°).
50
Fig.2.26. The angle of the magnetic material of high speed rotor (θh = 10°).
Fig.2.27. The angle of the magnetic material of high speed rotor (θh = 15°).
51
Fig.2.28. The angle of the magnetic material of high speed rotor (θh = 20°).
52
第 2.5 節
ハルバッハ配列構造の検討
更なる高伝達トルク化の検討として、ハルバッハ型永久磁石配列構造の導入について検
討を行う。ハルバッハ型配列の基本的な構造を Fig.2.29 に示す。図のように永久磁石を配
列することによって、磁石の片側のみにほとんどの磁界を発生させることができる。この
配列を用いることで、ヨーク部に発生していた磁界をエアギャップ中に集中させることが
出来、SPM 型よりも片側での磁束密度が高くなる。また、磁場分布は SPM 型とあまり変
わらないことから、高速ロータにハルバッハ配列を用いれば、より伝達トルクを高めるこ
とができると考えられる。これを、2.4 節の検討で伝達トルク最大となった、高速ロータの
磁石が SPM 型、低速ロータの磁石が MCSPM 型磁性体角度 2 度の HSPMLM2 のモデルに
適応して検討を行う。但し、高伝達トルク化のため、高速ロータとステータ間、ならびに
ステータと低速ロータ間のエアギャップは 1mm とする。高速ロータの外径及び低速ロータ
の内径は変えずに、ステータを径方向内側と外側にそれぞれ 1mm 延長する。またハルバッ
ハ型のモデルでも、これまでの呼称と同様に、高速ロータにθm = 20 度のハルバッハ配列、
低速ロータに磁性体中心角度 2 度の MCSPM を用いた場合、HH20LM2 などと呼称する。
Fig.2.30 にハルバッハ配列の検討モデルを示す。
ハルバッハ配列では径方向と周方向に着
磁された磁石が交互に並ぶが、高速ロータの極数を 8 極とすると、径方向磁石と周方向磁
石の 1 組の中心角度は 45 度となる。この範囲で、Fig2.30 図中の径方向磁石の中心角であ
るθm を変化させて、最も伝達トルクが大きくなる角度を検討する。ハルバッハ配列では、
磁石量は SPM 型と変わらないので、各モデルは拘束状態の解析結果から、最大伝達トルク
により効果を検討する。
Fig,2.31 にθm = 20°から 40°の場合の最大伝達トルクの解析結果を示す。ハルバッハ
配列を高速ロータに用いることにより、全てのモデルで高速ロータが SPM の場合に比べて
最大伝達トルクが向上した。θm が 30°の場合で伝達トルクは最大となり、HSPMLM2 の
モデルにくらべて約 6.9%最大伝達トルクが向上した。Fig2.32 に HSPMLM2 および
HH30LM2 の最大伝達トルク位置での磁束密度ベクトル分布図を示す。高速ロータのコア
に着目すると、SPM 型ではコアに多くの磁束が通っているのに対して、ハルバッハ型では
あまり通っておらず、磁束密度が低下しているのがわかる。高速ロータとステータ間のエ
アギャップ中では、分布に大きな違いは見られないが、ハルバッハ型のほうが磁束密度が
53
高くなっている部分が多い。また、ステータと低速ロータの間の磁場分布も大きな差は見
られないが、図中の赤丸の部分で、HSPMLM2 では磁束密度が 2.01T なのに対して、
HH30LM2 では 2.24T となっている。これらの結果から、高速ロータにハルバッハ配列を
用いると、SPM 型に比べて磁場分布に変化は無いが磁束密度は上昇するため、各磁束の通
過点において高い吸引力を発揮でき、高伝達トルク化につながったと考えられる。
54
Permanent magnet
Magnetization
Fig.2.29. The Halbach type magnet arrangement.
Magnetic material
Permanent magnet
Torque(Nm)
θm
24
22Fig.2.30. Definition of magnet width on the high speed rotor with angle.
20
18
16
14
12
10
8
6
4
2
0
SPMSPM
HSPMLM2 HH20
HH22.5
HH30
HH40
SPM
HSPMLM2
H200
H225
H300
H400
Fig.2.31. The angle of the magnet of high speed rotor.
55
2.235[T]
BMAX:2.014[T]
Low speed rotor
High speed rotor
State
(a)HSPMLM2
2.235[T]
BMAX:2.235[T]
Low speed rotor
State
High speed rotor
(b)HH30LM2
Fig.2.32. Distribution of magnetic flux density vectos(Maximum transmission torque
angle).
56
第 2.6 節
結言
本章では、空間高調波型磁気歯車に二次元有限要素法を用いて磁場解析を行い、その基本
的な特性を解明し、高伝達トルク化のための検討を行った。
基本的な構成の空間高調波型磁気歯車では、磁気歯車の動力伝達の仕組みを解き明かすと
ともに、基本的な性能の知見を得た。
次に、磁石配列の検討を行った。複数の磁石の磁化方向を一点に集中して配置し、局所
的に高磁場を作り出す磁束集束型永久磁石配列構造を用いることで、伝達トルクの向上が
可能かどうか検討した。具体的には各ロータ表面の磁石配列について、磁束集束部に磁性
体を挿入した実用的な磁束集束型配列である MCSPM 配列を適応し、そのときの磁石の形
状の最適化を行った。この結果、低速ロータに中心角度 2 度の磁性体を挿入した MCSPM
配列を用いることにより、伝達トルクを 22%向上し、磁石の使用量を 6%削減できた。こ
れは、磁束集束型永久磁石配列構造の効果により、ステータと低速ロータ間のエアギャッ
プ中の磁束密度が大きく向上し、吸引力が大きくなったためである。
一方、高速ロータに MCSPM 配列を用いた場合、トルクの低下に比べて大きく磁石使用
量を削減できたものの、伝達トルクの向上はできなかった。これは、極数の少ない高速ロ
ータでは、MCSPM 配列を用いると、SPM 型にくらべ大きく磁場分布が変化し、高速ロー
タと低速ロータの間に通る磁束を増やすことが出来なかったためである。
MCSPM 配列を高速ロータに用いても、高伝達トルク化は達成されなかったので、ハル
バッハ配列の導入について検討を行った。ハルバッハ配列は、磁石配列の片側のみに磁束
を発生させる技術で、片方の磁場をほぼ 0 に出来るため他方の磁場が強くなる。SPM 型と
磁場分布も大きく違わないため、高速ロータに適用すれば高伝達トルク化できると考えた。
ハルバッハ配列の径方向と周方向に着磁された磁石の大きさを変えながら検討した結果、
最大 7%の伝達トルクの向上が図れ、低速ロータ部の MCSPM 配列と合わせることで、30%
の伝達トルク向上を達成した。
57
第3章
運動連成解析
第 3.1 節
従来の解析手法の問題点
2 章では、磁気歯車の基本的な性能の検討と、高トルク化のための検討を行い、磁石構造
を最適化することにより、30%の伝達トルク向上を達成した。
一方、藤田らによって今回検討した磁石配列を持つ磁気歯車の試験機による実験結果[14]
から、コギングトルクの発生や脱調が報告されているが、現在の解析手法ではそれらの現
象について表すことが出来ない。このため、従来の解析手法では磁気歯車の正確な挙動が
再現されておらず、その性能評価の有効性は限定的であるといえる。従来の解析手法では
表現できない挙動がある理由として、磁気歯車の動力伝達機構を再現していないことが考
えられる。
従来の磁気歯車の研究においては、各ロータに回転数を与えて解析を行っていた。各ロ
ータは与えられた回転数で等速回転し、トルクなどの外力による影響を受けないものとし
て解かれている。例えば、本論文で取り扱う減速比 5.5 の磁気歯車では、高速ロータの回転
数を 3000rpm と定めると、理論的には低速ロータの回転数は 545rpm となる。この回転数
により各ロータが等速回転運動をしているものとして解析を行っている。
しかし、実際の磁気歯車の動力伝達機構では、二次側ロータは一次側ロータの運動に連
動して動作しており、減速比に沿った等速運動では無い。また、従来の解析手法では、強
制的にロータを回転させているため、実際に動力を伝達することが可能な構造なのかは検
討できなかった。このため、実際の磁気歯車の詳細な挙動を再現することができれば、試
作機による実験結果から報告されているコギングトルクに対して、滑らかな動力伝達を実
現する構造の検討や、新たな構造のモデルに対してより具体的な性能の評価を行うことが
できるようになると考えられる。
そこで本章では、磁気歯車の詳細な挙動を解明するために、運動方程式を導入して磁気
歯車の動力伝達機構を再現する。二次側ロータには回転数を与えず、回転する一次側ロー
タとの位置関係により発生するトルクとロータの運動状態から算出される慣性力により、
一定時間後の挙動を算出し運動を再現することで、動力伝達機構の詳細を解明する。
58
第 3.2 節
運動方程式を用いた磁気歯車の解析手法
磁気歯車の実際の動力伝達機構を Fig.3.1 に示す。t0 秒の(a)の静止状態から、一次側の
高速ロータが時計回りに回転し、t1 秒のとき高速ロータと低速ロータの位置関係が(b)のよ
うになると、二次側の低速ロータには反時計まわりのトルクが働く。このトルクにより低
速ロータは反時計周りの回転を始めるが、この間に高速ロータも回転を続けるため、t2 秒で
の両ロータの位置関係は(c)のようになる。このような運動を両ロータが繰り返すことによ
り低速ロータに動力が伝達される。このとき、高速ロータの速度や、各ロータとステータ
の位置関係から、低速ロータに発生するトルクは一定ではなく、そのため低速ロータの角
加速度も一定とならないため、角速度の上昇にもむらがある。
一方従来の解析手法では、t0 秒の静止状態(a)から両ロータは減速比に従った回転数で強
制的に回転させられて解析される。つまり、本論文で取り扱う減速比 5.5 の磁気歯車では、
一次側ロータである高速ロータの回転数を 3000rpm と定めると、二次側ロータである低速
ロータの回転数は 545rpm となる。この回転数により、各ロータが t0 から等速回転運動を
しているものとして解析を行っている。このため、t1 秒の時点で各ロータは(d)のような位
置関係となる。
このように、磁気歯車の実際の挙動と従来の解析手法で想定されている挙動とには大き
な違いがある。このため従来の解析手法では、コギングトルクなどの回転むらや、実際に
解析しているモデルが動力を伝達することが出来るのかは解らなかった。そこで、磁気歯
車の詳細な挙動を再現する新たな解析手法を考案する。
実際の磁気歯車の低速ロータへの入力は、高速ロータ及びステータとの位置関係から発
生する伝達トルクである。このトルクから低速ロータの挙動を求める場合必要となるのが、
剛体の回転運動の運動方程式である。以下に、この運動方程式を示す。
Fig.3.2 に、磁気歯車のロータを模擬した円筒状の剛体のモデルを示す。まず、Z 軸の周
りを回転する質点 P について考える。質点 P の、物体の回転運動の変化のしにくさを表す
慣性モーメント Ip は、
Ip=mprp 2
(3.1)
で表される。mp、rp はそれぞれ質点 P の質量と回転軸 Z からの距離である。剛体を N 個の
質点の集合体とすると、剛体全体の慣性モーメント I は、Ip を体積分足しあわせることで得
59
られる。
2
I=Σm
i ir i
(3.2)
mi、ri は i 番目の質点の質量と回転軸 Z からの距離である。このとき、運動量のモーメント
を表す角運動量 L は以下の式で表される。
L=Iω
(3.3)
ωは角速度である。また、角運動量 L の時間変化は、剛体に加わる外力であるトルク N に
よるため、
dL/dt =N
(3.4)
と表される。運動解析では、ある時間間隔(ステップ)毎に運動を計算し、次の磁場解析
用のモデルを作成するステップ-バイ-ステップ法で行う。ステップ間隔を⊿t 秒とすると、
(3.3)、(3.4)から、ステップnでの角速度ωn は以下の式に書きなおすことができる。
ωn=(N⊿t+Ln-1)/I
(3.5)
Ln-1 は、
1 ステップ前の時点での剛体の角運動量であり、
ロータの始動時であれば 0 となる。
角加速度は角速度の時間微分で求められるので、ステップnでの角加速度 An は
An=(ωn-ωn-1)/⊿t
(3.6)
で表される。角加速度と角速度から,低速ロータが⊿t 秒間に変化する角度θは
θ=An⊿t2/2+ωn-1⊿t
(3.7)
と表され,次のステップでのロータの位置が判明する。
このように、磁場解析から得られた低速ロータに加わるトルクより、⊿t 秒毎のロータの挙
動を求め、動力伝達機構を再現する。
実際の解析では、無負荷状態での挙動の検討を行い、従来法との比較を行う。無負荷状
態の解析では、従来法では減速比に沿った同期回転数で各ロータを回転させている。解析
モデルは 2.3 節で使用した基本的な構造の空間高調波型磁気歯車の、エアギャップ長 1mm
のモデルを作成した。その他の条件は従来と同様である。このモデルの拘束条件での解析
結果を Fig.3.3 に示す。最大伝達トルクは 17.7Nm である。
運動連成解析では、両ロータにトルクの働かない安定な初期状態から、高速ロータに
300rpm 一定の回転を与えて解析を行う。慣性モーメント I を計算するのは、磁気歯車の磁
気回路部分のみとし、支持機構の重量や摩擦は考慮しない。
また、解析メッシュの作成については、エアギャップ中のメッシュの作成は、各ステッ
60
プ毎に作成しなおすこととした。これは、従来回転機の計算に用いられているスライドメ
ッシュなどの手法についても、ロータの動きは完全に自由ではなく、予め用意されたメッ
シュの細かさに依存し、特に運動連成解析によりロータの挙動が未知となる今回の解析手
法では、より正確なロータの位置の再現には適さないと考えられるためである。
61
(a)
(b)
(c)
(b)
Fig.3.1 The power transmission model of magnetic gear.
62
Axis Z
Distance from the axis : rP
Mass point : P(Mass : mp)
Cylindrical rigid body
Fig.3.2 Equation of motion for cylindrical rigid body.
18
15
12
Torque[Nm]
9
-45
6
3
0
-30
-15
-3 0
15
30
-6
-9
-12
-15
-18
Rotating Angle of High Speed rotor[deg]
Fig.3.3 Transmission torque
63
45
第 3.3 節
運動連成解析の結果
3.3.1 解析結果の検討
Fig.3.4 に低速ロータに加わるトルクを、Fig.3.5 に低速ロータの角速度を、Fig.3.6 に低
速ロータの角加速度を、Fig.3.7 にその時間までに低速ロータが回転した角度(回転角度)
を示す。Fig.3.7 では、値が増加している部分では低速ロータは反時計回りに回転しており、
減少している部分では時計回りに回転していることになる。
角速度は、従来法ではロータに等速回転運動を与えているので一定となり、角加速度は 0
となる。回転角度は、等速回転であることから、時間変化に対して比例して増加している。
一方、運動連成解析で得られる結果は、どのグラフも大きく脈動しており、従来法による
結果と大きく異なることが解る。これらの解析結果から、低速ロータの挙動を詳しく分析
する。
両ロータにトルクの働かない安定な初期状態から高速ロータが時計回りに回転を始める
と、すぐに低速ロータには大きなトルクが加わっていることが Fig.3.4 から解る。しかし、
始動時には低速ロータの角運動量 L は 0 であるため、加速している事は Fig.3.5 から解る
が、角速度はまだ遅いため 1 ステップ毎の回転角度は小さく、低速ロータはほとんど位置
を変えていないことが Fig.3.7 から解る。この結果、等速で回転している高速ロータとほぼ
回転していない低速ロータとの位置関係は安定な状態から大きくずれていき、低速ロータ
に発生するトルクがさらに大きくなっていることが Fig.3.4 から解る。
しかし、トルクは 0.02 秒付近から減少に転じる。これは、両ロータの位置関係から生じ
る伝達トルクのピークを過ぎたためである。Fig.3.3 から、高速ロータが 22.5 度進んだ状態
のとき、最大伝達トルク 17.7Nm を発揮する。それ以上の位置関係のずれ、相対的な位相
差が大きくなると、伝達トルクは減少に転じる。運動連成解析の場合も、低速ロータがほ
とんど動かないまま高速ロータが進むため、相対的な位相差が大きくなり、伝達トルクの
ピークである相対的位相差 22.5 度を超えて、低速ロータに加わるトルクが減少したと考え
られる。
0.03 秒付近になると低速ロータの角速度が、従来法で想定される同期状態の場合より早
くなることが Fig.3.5 から解る。この結果、低速ロータは反時計回りに回転し、徐々に高速
64
ロータとの相対的位相差は小さくなる。そのため、Fig.3.4 から、一旦減少に転じた伝達ト
ルクは再び増加に転じる。0.05 秒付近で再び最大伝達トルクとなるころには、低速ロータ
は同期状態の 2 倍程度の角速度まで加速されており、0.055 秒付近で相対的位相差が安定状
態を追い越すことが Fig.3.7 から解る。Fig.3.4 からも、低速ロータに加わるトルクの向き
が変わったことがわかる。このとき、低速ロータは反時計回りに回転しているが、高速ロ
ータとの位置関係から、時計回りのトルクが働いており、低速ロータの角速度が減速に転
じたことが Fig.3.5 から解る。
0.055 秒付近で角速度最大となった低速ロータは、最も大きな角運動量を持っている。始
動時と異なり、トルクが生じる方向とは逆向きの大きな慣性モーメントが働いているため、
徐々に減速はしているが、回転方向は反時計回りのままであることが Fig.3.5 からわかる。
そして、反時計回りの加速のときと同様、時計回りのトルク最大となる相対的位相差が-22.5
度の状態を 0.065 秒付近で過ぎて時計回りのトルクが減少に転じることが Fig.3.4 からわか
る。このとき減速する割合が小さくなっていることが Fig.3.5 から解る。Fig.3.5 から、0.095
秒付近で同期状態よりも低速ロータの角速度が遅くなる事が解り、今度は高速ロータが追
いつき、時計回りのトルクが再び大きくなることが Fig.3.4 から解る。反時計回りの回転か
ら減速を続け、
0.105 秒付近で低速ロータの回転が時計回りになることが Fig.3.5 および 3.6
から解る。
Fig.3.5 から、低速ロータに加わるトルクは反時計回りに急激に増加し、回転方向も反時
計回りに戻る。これは、両ロータが時計回りに回転しているため、急速に相対的位相差が
大きくなったためである。このとき、始動時の角運動量 L が 0 のときと異なり、一旦時計
回りの回転を始めたロータには時計回りの角運動量が存在する。このため、低速ロータが
再び反時計回りの回転を開始するには、反時計回りの大きな入力が必要となる。この結果、
低速ロータ本来の回転方向である反時計周りにロータが回転を始め、同期速度に達する前
に、両ロータの相対的位相差が 45 度を超える。これは、Fig.3.4 の 0.155 秒付近で低速ロ
ータに時計回りのトルクが発生するためであり、低速ロータは再び減速してしまうことが
Fig.3.5 からも解る。このように、Fig.3.7 から運動連成解析の結果は、従来法の理想的な同
期状態の回転角からは外れていき、0.185 秒付近まで減速を続け、その間の 0.17 秒付近か
らは再び時計回りに回転していることがわかる。この間にも高速ロータは廻り続け、相対
的位相差が 0 度から 45 度の間は反時計回りのトルク、45 度から 90 度の間では時計回りの
65
トルクが低速ロータに働き、低速ロータは細かな脈動を繰り返し、回転角度が増加しなく
なることが解る。これらの挙動から、低速ロータは高速ロータの挙動に追従できず、同期
運転に達しなかったものと考えられる。
今回検討を行ったモデルでは、試作機による実験結果から、実際には高速ロータ 3000rpm
まで同期運転が可能であることが確認されている。しかし試作機による実験では、入力は
もっと緩やかに与えられている。今回の解析条件では、大きな速度変化を入力した形にな
っており、低速ロータの慣性モーメントによる回転のし難さに対して、加速させるための
トルクの入力時間が短く、同期速度まで加速できなかったと考えられる。
以上の解析結果から、大きな入力速度を高速ロータに与えると、低速ロータは同期でき
ない事が確認された。これは、低速ロータに大きな負荷を瞬時に入力する場合と同様であ
り、これにより運動連成解析が磁気歯車の脱調などの詳細な挙動を解き明かす上で有効で
あることが解った。
66
Coupled magnetic field and moving problem
The Conventional Method
21
18
15
12
9
Torque[Nm]
6
3
0
-3 0
-6
0.03
0.06
0.09
0.12
0.15
0.18
0.21
0.24
0.27
0.3
-9
-12
-15
-18
-21
Time[sec]
Fig.3.4. Torques generated in the low speed rotor.
700
Angular Velocity[rad/s]
600
Coupled magnetic field and
moving problem
The Conventional Method
500
400
300
200
100
0
-100 0
0.03 0.06 0.09 0.12 0.15 0.18 0.21 0.24 0.27 0.3
-200
Time[sec]
Fig.3.5. Angular velocity in the low speed rotor.
67
Coupled magnetic field and moving problem
18000
The Conventional Method
15000
Angular acceleration
in the low speed rotor[rad/s ]
12000
9000
6000
3000
0
-3000 0
0.03 0.06 0.09 0.12 0.15 0.18 0.21 0.24 0.27 0.3
-6000
-9000
-12000
-15000
-18000
Time[sec]
Fig.3.6. Angular acceleration in the low speed rotor.
Rotated Angle of Low Speed rotor[rad]
50
45
40
35
30
25
20
Coupled magnetic field and
moving problem
The Conventional Method
15
10
5
0
0
0.03
0.06
0.09
0.12 0.15 0.18
Time[sec]
0.21
0.24
Fig.3.7. Rotated angle of the low speed rotor.
68
0.27
0.3
3.3.2 新たな条件での解析と結果の検討
3.3.1 の解析から、運動連成解析が磁気歯車の挙動を解明するために有効であることが確
認された。一方、入力を大きくし過ぎたために、無負荷条件での解析ではあったが、すぐ
に二次側ロータが一次側ロータに追従出来なくなり、定常状態などの挙動の解明には至ら
なかった。
そこで解析条件を変更し、始動時から定常状態にかけてのロータの挙動の解明を試みる。
3.3.1 では高速ロータを 300rpm で回転させたが、新しい条件では高速ロータに 7200θ/s2
の角加速度を与える。これは、1 分間で 1200rpm まで角速度が上昇する条件である。回転
開始初期の段階では、高速ロータも回転速度が遅く、3.3.1 の条件に比べて、単位時間あた
りの両ロータ間の相対的な位相差の変化が小さくなっていることから、より微小な変化を
考慮するため、解析のステップ間隔は 3.3.1 の 1/5 となる 0.001sec とした。このときの解
析結果を、低速ロータに加わるトルク、角速度、角加速度、回転角度について Fig. 3.8、3.9、
3.10、3.11 に示す。
始動時には、高速ロータが少し進むと低速ロータに小さなトルクが発生し、このトルク
により小さな角速度が低速ロータに与えられる。この結果、低速ロータはゆっくりと加速
していくが、その間も 3.3.1 のときと同様、相対的位相差が拡大縮小を繰り返すことでトル
クが増減し、加速度、回転角度とも波形は脈動している。
Fig.3.8 から、同期状態の回転角度に沿う形で回転していることが解るが、0.055 秒及び
0.07 秒付近で回転方向が反時計回りとなるなど、その波形の脈動が大きくなっていること
がわかる。各グラフから、時間変化に伴い脈動が大きくなっていることが読み取れるが、
これは高速ロータが加速していき、1 ステップでの角変化量が大きくなるに従い、1 ステッ
プで生じる両ロータの相対的位相差が大きくなり、発生するトルクが大きくなるためであ
る。一方、0.055 秒や 0.07 秒で見られる逆回転についても、3.3.1 の場合と異なり一次側ロ
ータの挙動に追従している。これは、ロータが逆回転を起こすと、その回転方向に持つ角
運動量を打ち消し、回転方向を正常に戻すために大きなトルクが必要となるが、3.3.2 の解
析条件では両ロータに発生するトルクが徐々に大きくなっていることから、回転方向を元
に戻すために必要な大きなトルクを発生させられるためである。
このまま解析を継続すると、トルクの脈動は大きくなり、ピークである 17.7Nm を超え、
69
トルク波形が 3.3.1 の解析結果の 0.03 秒付近のようになり、二次側ロータが一次側ロータ
に追従できなくなると考えられる。これを防ぐ為、低速ロータに発生するトルクが 17.7Nm
を超える前に、高速ロータの加速度を小さくし、加速を緩やかにすることで低速ロータが
追従するのを待つ必要がある。
70
6
Torque[Nm]
C o u p l e d
T h e
4
m a g n e t i c
C o n v e n t i o n a l
f i e l d
a n d
M e t h o d
2
0
0
0 . 0 10 . 0 20 . 0 30 . 0 40 . 0 50 . 0 60 . 0 70 . 0 8
-2
-4
Angular Velocity[rad/s]
-6
Time[sec]
Fig.3.8. Torques generated in the low speed rotor.
500
Coupled magnetic field and
moving problem
The Conventional Method
400
300
200
100
0
-100
0
0 . 0 10 . 0 20 . 0 30 . 0 40 . 0 50 . 0 60 . 0 70 . 0 8
-200
Time[sec]
Fig.3.9. Angular velocity in the low speed rotor.
71
m o v i n g
p r
Angular acceleration in the
low speed rotor[rad/s ]
150000
Coupled magnetic field and
moving problem
The Conventional Method
100000
50000
0
0
0.01 0.02 0.03 0.04 0.05 0.06 0.07 0.08
-50000
-100000
-150000
Time[sec]
Fig.3.10. Angular acceleration in the low speed rotor.
Rotated Angle of Low Speed
rotor[red]
6.00
Coupled magnetic field and
moving problem
The Conventional Method
5.00
4.00
3.00
2.00
1.00
0.00
0
0.01 0.02 0.03 0.04 0.05 0.06 0.07 0.08
-1.00
Time[sec]
Fig.3.11. Rotated angle of the low speed rotor.
72
3.3.3 最適な解析条件の検討
3.3.1 および 3.3.2 の結果から、両ロータの相対的位相差に対して、より大きなトルクを
発生させる 2 章で検討を行ったようなモデルでは、始動時の相対的位相差が小さい状態で
も高いトルクが低速ロータに発生し、より大きな角加速度が低速ロータに与えられる。つ
まり、高速ロータの小さな挙動にも敏感に反応する応答性の良いモデルとなる。また、最
大伝達トルクが大きいため、脱調も起こしにくく、高速ロータに高い加速度を与えても追
従できる。
一方、大きく波形が脈動し、激しく低速ロータが加減速する原因は、現在の運動連成解
析には抵抗の要素が入っておらず、伝達効率が 100%であるためだと考えられる。機械損を
考慮した場合、ベアリングの摩擦などにより伝達率は低下する。この結果、ロータの運動
には一定の負荷がかかった状態となり、入力に対して出力はギア比に沿った値よりも低下
する。3.3.1 のとき、運動の始動後すぐに追従できなくなったため、抵抗が考慮されていな
いことの影響は少ないと考えられるが、伝達効率が下がる場合、低速ロータが加速し辛く
なるため、より早く追従出来なくなり、その後の振動もより早く収束するものと考えられ
る。一方 3.3.2 の場合、やはり低速ロータの加減速が緩やかになり、角速度や回転角度に見
られる脈動のピークが下がると考えられる。
高速ロータを初期状態から、定常状態の目標値と同じ回転数で回転させる条件では、目
標の回転数が大きい場合、同期できない。一方、高速ロータに加速度を与える条件では、
解析のステップ数が大幅に増加し、解析時間が増大する。解析に用いたモデルでの同期が
実験により確認されている 3000rpm まで高速ロータを回転させるには、3.3.2 の高速ロー
タの角加速度条件では 2500 ステップが必要となる。また、3.3.2 の解析結果から、比較的
早く最大伝達トルクに達し、角加速度一定では追従出来なくなってしまうと考えられ、解
析の途中で角加速度を小さくする必要があると考えられる。
また、3.3.1 では 50 ステップ、0.3 秒までを解析したのに対して、3.3.2 では 60 ステップ、
0.08 秒までの解析を行った。
ともに 1 ステップあたりの解析時間は 3.2 節で述べたとおり、
ステップ毎にエアギャップ中のメッシュを作成しなおしていることから、メッシュの生成
と磁場解析、運動の計算で、1 ステップあたり約 1 時間の計算時間が必要である。この場合、
3.3.1 では 50 時間、3.3.2 では 60 時間を解析に要した。3.3.2 では運動初期の段階では発生
73
するトルクや角変化量が小さいため、この部分での挙動を正確に表すためには細かいステ
ップ分割が必要であり、今回の解析条件では、それを満たすことが出来ていると考えられ
る。一方、3000rrpm まで高速ロータを加速させるには膨大な時間が必要になるため、実用
的でない。このとき、解析時間短縮の方法も検討するべきではあるが、解析ステップ数を
削減するための、高速ロータの入力条件も検討する必要がある。
Fig.3.8 から始動初期の状態では、低速ロータに加わるトルクは最大伝達トルクに比べて
とても小さい。このため低速ロータの角加速度も小さくなってしまうことから、より効率
的に高伝達トルクの領域を活用すべきである。具体的には、始動初期の段階では、もっと
大きな角加速度を与えても、伝達トルク内であるため低速ロータは追従するはずである。
一方、大きな加速度を与え続けると脱調に達してしまうと考えられる。そこで、始動初期
には高い角加速度で、徐々に加速度を下げていくようにすれば、効率的に高トルクを発揮
させて、低速ロータを早く加速させることができると考えられる。この場合の角加速度の
グラフは Fig.3.12 のようになり、このような入力を行った場合の角速度は Fig.3.13 に示す
ような波形となる。また、最大伝達トルクが大きい 2 章で検討したようなモデルは、より
脱調し辛いく、高い加速度を与えても追従できると考えられるので、実用化に有利である。
このような新しい解析条件で最適となる高速ロータの角速度の増加曲線は、最大伝達ト
ルクや慣性モーメント I の関係から算出できると考えられる。これらを定式化することが、
今後の課題の一つとなる。
74
Angular acceleration
Condition of angular
acceleration at 3.3.2
New condition to propose
Time
Anguar Velocity
Fig.3.12. Angular ac in the high speed rotor.
Condition of angular
acceleration at 3.3.2
New condition to propose
Time
Fig.3.13. Angular velocity in the high speed rotor.
75
第 3.4 節
より正確な挙動を解明する手法の検討
3.4.1 1
次側ロータの運動解析
3.3 節までに基本的な運動連成解析手法の検討を行い、詳細な挙動の解明のために必要な
高速ロータの加速条件や、解析時間の問題について検討したが、もっとも改良しなければ
ならないのは、高速ロータの入力についてである。
そもそも、従来の両ロータに回転数を与える解析手法が磁気歯車の動力伝達機構に沿っ
ていないことから、運動方程式を用いた連成解析により低速ロータの挙動を未知として解
析できる手法を考案した。しかし、高速ロータの挙動については考慮されておらず、従来
と同様の強制回転による解析を行っている。本来磁気歯車への入力とは Fig.3.14 に示すよ
うに、モータなどのアクチュエータであり、動力を伝達する上で高速ロータにもまた低速
ロータからうけるトルクが働くことを考えると、高速ロータの回転数一定の条件を満たす
ためには、モータの出力を制御する必要がある。つまり、磁気歯車にモータを接続した場
合、その入力は、モータへの入力電圧、ないしはモータの出力トルクであるべきである。
また、増速機として風力発電機に用いる場合などでは、入力は風車による力であり、この
場合制御することは不可能で、負荷が大きい場合には風車の方が回転しなくなることも考
えられる。これらの場合の、両ロータの挙動について考えてみる。
ある安定な状態の減速比 R の磁気歯車に、時計回りの出力αNm のモータを接続したと
する。このとき、1 ステップ目では高速ロータの角運動量 L は 0 であるため、高速ロータ
の慣性モーメント I から 2 ステップ目の高速ロータの位置が求まる。次の 2 ステップ目で
は Fig.3.15(a)のように、高速ロータには低速ロータとの位置関係から、反時計回りのトル
クβが発生する。このため、3 ステップ目の高速ロータの位置を求める運動方程式では、高
速ロータに加わるトルクはα-βとなる。一方、低速ロータに加わるトルクγは、γ=β×R
となり、3 ステップ目の位置を求めることが出来る。3 ステップ目の両ロータの位置関係か
ら Fig.3.15(b)のように、高速ロータに加わるトルクδ、低速ロータに加わるトルクηが求
まり、4 ステップ目の位置の計算には、高速ロータはα-δが使われる。このように、高速
ロータに加わるトルクは一定ではなくなり、当然回転も一定ではなくなる。
一方、3.3.1 の条件のように、大きなトルクを入力する場合、次のステップでは高速ロー
76
タにも回転を妨げる方向に大きなトルクが働くことになるので、次のステップで高速ロー
タを回転させるトルクは入力よりも小さくなる。このため、ロータの回転は抑制され、脱
調が遅くなると考えられる。
このように、高速ロータにも運動方程式を導入した場合、これまでの解析で検討してき
た挙動とは大きく異なると考えられる。よって、高速ロータにトルクを入力する解析手法
について検討する必要がある。
77
Motor
High speed
(Generator)
rotor
Stator
Low speed
Propeller
rotor
(Windmill)
Magnetic gear
Fig.3.14. Power transmission mechanism including a magnetic gear.
β
η
γ
δ
α
α
(a) Step 2
(b) Step 3
Fig.3.15. Force applied to the high speed rotor at each step.
78
3.4.2 伝達効率の計算
実際の空間高調波型磁気歯車では、伝達率は最大 95%程度である。これは、同規模の機
械式歯車の 70~80%程度の伝達率に比べてとても高いが、それでも 5%程度は損失が発生し
ている。磁気歯車で考えられる損失は、主に鉄損と機械損である。
鉄損は、ロータやステータ、磁束集束を用いたモデルでは磁束集束部の挿入磁性体部な
どで、磁束の時間的変化により特にステータ部などで渦電流が発生し、発熱して損失とな
る。これらについては、試作機を用いた検討で、ステータの材質を積層電磁鋼板とするこ
とで大幅に低減できることが確認されている。
一方、3.3 節で述べたように、現在の運動連成解析にはベアリングなどの支持機構の摩擦
やロータの風損などの機械損は含まれていない。
Fig.3.16 に磁気歯車の高速ロータの実物の
写真を、Fig.3.17 に磁気歯車の断面構造図を示す。Fig.3.16 の写真から解るとおり、磁気歯
車はロータ表面を比較的平滑に成形できる他、ロータ表面に貼り付けた磁石の高速回転時
の飛散を防ぐため、フィルムを貼って強度の向上を図っており、このためロータ表面はよ
り平滑になり、風損は比較的小さいと考えられる。しかし、ベアリングの摩擦に関しては、
数が多いため、大きな損失が発生すると考えられる。摩擦抵抗があり伝達効率が 100%とな
らない場合、3.2.2 のような解析を行うと、低速ロータの回転開始はさらに遅くなり、加わ
るトルクに比べて回転が進まないことから相対的位相差がより大きくなると考えられる。
そのため、低速ロータは脱調しやすくなると考えられる。一方、加わるトルクに対して挙
動が鈍くなることから、回転方向が逆になる要因となるトルクの大幅な脈動に対して、低
速ロータはその通りには動かなくなると考えられる。具体的には、働くトルクに比べ、角
加速度の値が小さくなると考えられる。
このように、機械損に注目した場合、ロータの挙動が抵抗を考慮した場合としていない
場合で大きく異なると考えられる。また、鉄損を含めた全損失は、磁気歯車の実用化に対
して重要な要素であるので、今後検討が必要である。
79
Coating
Bearing
Fig.3.16. Structure of the high speed rotor.
Bearing
Output
High speed rotor
Input
Stator
Low speed rotor
Cover
Fig.3.17. Cross-sectional view in the axial direction of magnetic gear.
80
第 3.5 節
結言
磁気歯車の詳細な挙動の解明のため、運動方程式を用いた磁場解析と運動解析の連成解
析手法について検討を行った。2 次元有限要素法による磁場解析からあるステップのロータ
に加わるトルクを算出し、想定するロータの大きさや材料と磁場解析より求めたトルクで
低速ロータの挙動を明らかにし次のステップで磁場解析に用いるモデルを得る、ステップ
バイステップ法により磁気歯車の出力について検討を行った。
運動方程式を用いることにより脱調等の従来の手法では再現できなかったロータの挙動
を再現できることが解ったが、抵抗等の条件を与えなければ正確な解析結果は得られず、
発散してしまうこともわかった。
また、始動時から高速での定常状態の解析に至るまでの検討を行い、入力条件の検討や、
解析の高速化などが必要であることがわかった。
そして、現在の条件でもまだ磁気歯車の動力伝達機構を再現しているとは言えず、高速
ロータの挙動についても運動連成解析により求める手法や、抵抗及び損失について今後検
討する必要がある。
81
第4章
境界要素法による 3 次元連成解析
第 4.1 節
3 次元への拡張と課題
2 章では、
2 次元有限要素法により高トルク化のための磁石構造の検討とモデルの最適化、
3 章では磁気歯車の動力伝達機構におけるロータの詳細な挙動の解明のための運動連成解
析について検討を行った。
現在電磁アクチュエータの研究においては、多くの場合 2 次元か 3 次元の有限要素法が
用いられている。磁路の構成が 2 次元で表現可能なモデルについては、計算用量の小ささ
から必要となるコンピュータが小規模でよく計算時間も短いことから、2 次元での解析が有
利である。一方、磁路の構成が軸方向に及ぶアキシャルギャップ型アクチュエータなどで
は、当然 3 次元解析で無ければならない。これは磁気歯車も同様であり、軸方向に磁気回
路を持つモデルの解析では 3 次元有限要素法が用いられるが[2][7][8]、本論文では周方向の
みに磁気回路を持つモデルで検討を行ってきたので、2 次元有限要素法でもその磁場分布を
把握し、性能向上のための構造の検討を行うには十分である。一方、どのような電磁機器
でも、支持機構まで含めて解析することが出来れば、ロータ端部の磁束漏れによる影響等
も考慮でき、より詳細な性能の検討が出来るが、3 次元モデル作成時のエアギャップ中のメ
ッシュの取り扱いの煩雑さや、解析容量が大きくなる問題がある。本論文で検討している
磁気歯車の、支持機構を含む構造の断面図を Fig.4.1(a)に示す。非常に複雑な構造になって
おり、ロータおよびステータ端部の磁場分布の影響は大きいと考えられる。また Fig.4.1(b)
に実際の試作機に使用されているステータとその支持機構の写真を示す。ステータには磁
気吸引力により大きな力が加わるので、ステータ自体の変形を防ぐために両端に支持機構
と補強材が取り付けられており、これらの部分が磁気回路や力に及ぼす影響も検討する必
要がある。
一方、運動解析については、ロータの運動を支持軸による回転運動に限定すれば、2 次元
での解析でも支障は無い。しかし、試作機による実験結果から、ロータの偏心などが報告
されており[15]、ロータの振動や支持機構などに漏れる磁束から受ける力の影響を考慮する
と Fig.4.2 中の矢印で示すような力が、ロータ及び回転軸に加わると考えられる。1つはロ
ータ全体に軸方向や径方向に働く力で、もう 1 つはロータの回転をロールとした場合の、
82
ヨーやピッチに相当する力である。これらの力は、軸や支持のベアリングなどの変形、損
耗を招く。磁気歯車では、高伝達トルクを実現するため、エアギャップを 1mm 以下で設計
を行っており、軸の変形やベアリングの磨耗によるがたつきなどが発生すると、ロータと
ステータが接触してしまうなどの機器の破損が起こると考えられる。また、支持機構その
ものの損耗、破損自体が伝達効率の低下を招くことから、磁気歯車機構全体での高伝達効
率、メンテナンスフリーなどのメリットを活用するためには、ロータに加わる力の支持機
構への悪影響を最小限にとどめる必要がある。このように、実用機の振動や伝達効率、そ
れらから求められる実用機に必要な強度や寿命などを解明するためには、これらの 3 次元
的にロータに加わる力を把握する必要があり、より詳細な挙動の解析には解析モデルの 3
次元への拡張が必要になると考えられる。
以上のように、3 次元のモデルで解析を行うことは、精度の向上には役立つが、モデル作
成の手間や計算の大規模化による高性能なコンピュータの必要性や計算時間の増大などの
問題があり、構造の最適化などの大量のモデル数を解析する必要がある電磁アクチュエー
タの開発現場では、3 次元での解析の効果が特に大きくはないモデルの場合、2 次元で解析
を行うのが一般的である。特にモデルの作成については、3 次元でのメッシュ作成が非常に
煩雑で作業上大きな障害となる。3 章でも触れたとおり、運動連成解析で詳細な挙動の検討
を行う場合、予め作成されたメッシュにより運動が限定されてしまうことを避けるため、1
ステップ毎にメッシュを作成しなおすことが望ましい。昨今では解析手法の発達により、
解析メッシュの影響を極力抑えた自動メッシュ生成方法も開発されてきているが、あくま
で運動は回転のみを考慮している場合がほとんどである。上記のようなロータの水平方向
の運動や姿勢の変化も考慮する場合、有効なメッシュを自動的に生成するのは困難である。
3 次元の解析では 2 次元のモデルと異なり、磁気歯車内部のエアギャップが周辺の空気領域
と接することとなり、非常に細かいメッシュ分割を必要とする部分と、おおまかな分割で
よい部分とが連続になり、正しくメッシュを生成するのが難しい。また、モータと比べて
も磁気歯車はエアギャップの形が特異であり、よりメッシュの作成を困難にしている。3 章
の今後の方針で述べたとおり、2 つのロータそれぞれの自由な運動を再現するためには、極
めて複雑なメッシュの生成が必要であり、解析ステップ数が増大する運動解析を行うのは
困難である。
これらの問題に対して有効であると考えられるのが、境界要素法(Boundary Element
83
Method: BEM)である。FEM が解析領域内全体を同次元で分割しなければならないのに
対し、BEM は領域の境界部のみを分割して解析を行う手法である。磁場解析に用いる場合、
解析対象を構成する部品の中で、材料の異なる境界でのみメッシュを分割すればよい。こ
のため、BEM の特徴として、解析次元が 1 次元下がり計算用量が低下することがあげられ
る。これは、2 次元の解析領域において 2 つの物体の境界は線上の 1 次元であり、3 次元の
解析では境界は 2 次元の面となるためである。このことから、BEM は FEM に比べて、モ
デルの作成およびメッシュ分割が容易で、尚且つ計算も高速化できる。また、解析モデル
表面だけにメッシュを配すればいいので、エアギャップ中に 3 次元のメッシュを張り巡ら
せる必要のある FEM と異なり、解析対象が可動するモデルの解析でもステップ毎の煩雑な
メッシュの生成を行わなくて良い。このため、3 章で行った運動連成解析のような場合でも、
ロータを完全に自由な状態にして解析を行うことができる。これは、偏心による軸の変形
や、軸方向の力による振動などを考慮した解析を行う場合、ロータの運動や姿勢を詳細に
解明するためには非常に有効であると考えられる。このように、BEM を導入することで、
3 次元の解析が容易になると考えられることから、3D-BEM の導入について検討を行う。
84
Magnetic field is generated in the axial direction.
Magnet
(a) Cross-sectional view in the axial direction of magnetic gear.
(b) Stator of the real thing for prototype.
Fig.4.1. The structure of the magnetic gear.
85
Fig.4.2 Schematic diagram of the force applied to the rotor.
86
第 4.2 節
境界要素法の導入
4.2.1 有限要素法と境界要素法の違い
境界要素法(Boundary Element Method: BEM)とは,物理現象を支配する偏微分方
程式を,積分定理によって積分方程式に変換し,形状関数を導入して代数方程式にしたも
のである[16]。有限要素法が領域内で支配方程式を満足するように近似方程式を作り、変分
原理,ガラーキン法を用いて節点ポテンシャルを解くのに対して,境界要素法では境界上
で境界条件を満足するように近似方程式を作り、グリーンの定理を用いて境界上の節点ポ
テンシャルおよびその微分値を解く。有限要素法と境界要素法の解析手法上の特徴を
Table.4.1 に示す。両者の大きな違いは離散化の方法にあり,有限要素法では領域全体を分
割するのに対して,境界要素法では境界を分割する。つまり,有限要素法では解析に際し
て解析対象を含む空気層全体及び,解析対象の内部まで要素を分割する必要があるのに対
して,境界要素法では解析対象の境界のみを分割すればよい。よって,2 次元のモデルを解
く際はその輪郭のみを分割すればよく,3 次元のモデルを解く際はその表面のみを分割すれ
ばよい。結果的に,境界要素法では解析対象から 1 次元低いモデルで計算を行うことにな
り,小型の計算機でも 3 次元解析を取り扱うことが出来るとされている
また、解析手法上の特徴として、以下のような点が上げられる。
1. 入力データの取扱いが容易で,連立1次方程式の元数が少ない。特に3次元解析に
おいては有力な解法である。
2. 領域内の所望の点において解析が可能であるため,領域内部をいくらでも詳細に調
べることができる。
3. 境界上の解析の後,領域内部の解析を行なうため,領域内の任意の点に関する対話
形式の計算が可能となる。
4. 領域内部の値を知る必要がなく境界面での値や,特性面を知りたいときは当然,領
域内部に関する計算を行なう必要がなく能率的である。
応用上の特徴を Table4.2 に示す。注目すべき点として、境界要素法では非線形計算が難
しいことがあげられる。これは計算手法上、ある領域内部を同一の条件で取り扱うので、
高磁束密度となる部品の一部のみに異なった材料特性を与えることが難しいためである。
87
一方、複雑な形状のモデルの作成には非常に有利である。次節で後述するが、エアギャッ
プ中のメッシュの作成から開放されるという点で、機器開発上の解析オペレータの作業量
は大幅に削減できると考えられる。
88
Table.4.1 Comparison of FEM and BEM
解析方法
境界要素法(BEM)
有限要素法(FEM)
境界上で境界条件を満足するよう
領域内で支配方程式を満足する
に禁じ方程式を作る(支配方程式
ように近似方程式を作る(境界条
は満足している)
件は満足している)
離散化の方法
境界を分割
領域全体を分割
基礎の原理・式
グリーンの定理
変分原理・ガラーキン法
原理
分割法
未知数
計算時間および
境界上の節点ポテンシャルおよび
その微分値
節点ポテンシャル
小
大
計算精度
良い(FEM と比較)
-
プログラミング
容易(FEM と比較)
-
入力データ作成
容易(FEM と比較)
-
非対称フルマトリクス
スパースなバンドマトリクス
必要メモリ容量
全体係数マトリ
クスの性質
89
Table.4.2 Comparison of the application of FEM and BEM
解析方法
境界要素法(BEM)
有限要素法(FEM)
複雑な境界形状の
次元が1次元下がり境界上の分割でよい
取扱い
ので極めて簡単
材料定数の取扱い
容易でない
容易
非線形問題
不向き
向いている
開領域問題
向いている
工夫が必要で対象による
3次元解析
向いている
不向き
計算機
小型機
大型機
容易
・領域全体のポテンシャル分布を求める
その他
には不向き
・複雑な問題が扱える
・所望の点のみの値を求めることが可能
・汎用性がある
・対話形式の計算が可能
90
4.2.2 境界要素磁界解析
Fig.4.に示すような、永久磁石(Ωm)
、磁性体(Ωf)及びその外部領域(Ωa)における
静磁界問題を考える。基礎方程式はマクスウェルの方程式から一般に次式で与えられる。
 2 A    M
(4.1)
但し、A は磁気ベクトルポテンシャル、M は永久磁石の磁化の大きさであり、永久磁石を
除く磁性体領域(Ωf)及び空気領域(Ωa)では M=0 とする。
境界要素法の基礎方程式は、ベクトルグリーンの定理にベクトルポテンシャルを代入す
ることによって、次式で表される。
Q
 1 
 1

ci Ai      n  Ad      n   Ad   d
r 
r
r




n M
1

d     Md
r
r


(4.2)
ただし、Ωは考えている領域、Γはその境界を表し、n は境界Γの外向き単位法線ベクトル、
r はソース点 i と観測点の間の距離、Ci は境界点 i の形状により定まる定数である。また、
Q は Q    A  n を意味する。
ここで、式 4.2 の右辺第 2 項の領域積分項は、一般に体積要素で拡散かすることにより処
理できるので、磁化の大きさが磁石内で一様でない場合も解析可能となる。さらに、磁石
内部で磁化の大きさが一様である場合には、発散定理により、領域積分は境界積分に変換
できて、次式で表すことができる。
1
rn
d
r 
  r  Md   M  


(4.3)
したがって、この場合には磁石の境界上のみを分割しさえすればよいことになる。
以上から、求められた式 4.3 が一般的な境界要素の境界積分方程式である、Fig.4.に示し
たそれぞれの領域ごとにもとめられることになる。今、ベクトルポテンシャル及び磁束密
度の接線成分を、それぞれの領域ごとに仮定すれば、境界上において次の適合条件と平行
条件を満足する。
Am  Aa
onm
A f  Aa
on f
Qm  M  n  Q a
onm
(4.4)
91
Qf  
f
Qa
0
on f
ここで、添え字の m、f 及び a はそれぞれ永久磁石領域Γm、磁性体領域Γf 及び空気領域Γ
a 内のそれぞれの値であることを示す。また、μf は磁性体の透磁率、μ0 は真空の透磁率を
表す。
Fig.4.に示した問題は、それぞれの領域で成り立つ式 4.2 を、式 4.4 の結合条件を用いて
連立することにより解析できる。連立方程式のマトリクス表示は次のようになる。







 


 




































 
  
 
 
 
 
  
  
 

  
  
  
 
 

 
 
  

  
  


  
  
 














(4.5)
ここで、[Hm]、[Hf]、[Ha]及び[Gm]、[Gf]、[Ga]は、式 4.2 の境界積分に対する係数マト
リクスであり、{Fm}は式 4.2 の右辺第 2 項に対応する列ベクトルである。
上式を解けば境界上の全ての点の磁気ポテンシャル及び磁束密度の接線方向成分が求ま
り、離散化した式 4.2 を用いて、任意の点 i のベクトルポテンシャルを求めることが出来、
磁束密度の値は式 2.15 を用いて計算が出来る。
また、2.3.2 で述べたように、式 2.46 を用いることでマクスウェル応力法により電磁力を
求めることが出来る。式 2.46 は z 軸も含んだ3次元場であるため、3 次元解析においても
式 2.46 をとくことで電磁力を計算することが出来る。
92
Air
Magnet
r
z
Magnetic
material
0
y
x
Fig.4.3. Analysis region.
93
第 4.3 節
3D-BEM による解析
4.3.1
3D-BEM の解析モデル作成
エアギャップ中の解析メッシュが不要で、ロータの動きを制限しない境界要素法では、
運動連成解析における各ステップでの解析メッシュの作成を自動で行うことが出来る。具
体的には、各ロータおよびステータの解析メッシュを別々に作成する。これらのメッシュ
を読み込んで磁場解析と運動解析を行い、次のステップでの位置関係を算出する。次のス
テップでは算出した位置関係から、読み込んだメッシュの位置や磁化方向の情報を更新し、
解析を行う。このとき、エアギャップ中に解析メッシュが不要なため、新しくメッシュを
生成する必要がないので、容易に自動化できる。よって、自動で連続的に解析を行うこと
が出来る。Fig.4.4 に、解析に用いるメッシュを示す。境界要素法の導入について検討を行
うため、解析モデルは 3 章と同様とし、解析条件も従来と同様である。Table4.3 に解析モ
デルの緒言を示す。
Fig.4.5 に高速ロータと低速ロータの磁石にそれぞれ磁化を与えて解析を行った際の、軸
方向中央部の磁束密度ベクトル分布図を示す。解析プログラムの都合上ロータのメッシュ
を与えているが、材料は空気として扱っている。
Fig.4.6 に全ての磁石に磁化を与えて解析を行った際の、軸方向の断面での磁束密度ベク
トル分布図を示す。x 軸正方向の部分と、負方向の部分で、低速ロータと高速ロータの磁石
の磁化方向がそれぞれ異なっており、磁石端部およびステータ部の磁場分布に違いがある
ことが解る。特にロータ端部の空気中では、x 軸負方向の部分では磁束密度が高くなってお
り、一方正方向の部分では低くなっている。このことから、ロータ端部での磁場分布には
むらがあり、先に述べた支持機構などに漏れ磁束が通ることによって発生する軸方向の力
にもむらが生じると考えられる。
94
(a) Low speed rotor
(b) Stator
(c) High speed rotor
(d) Full model
Fig.4.4. Analysis mesh for 3D-BEM
Table 4.3 3D-BEM Analysis model.
永久磁石の磁化[T]
1.2
節点数
4264
要素数
9176
95
(a)Only high speed rotor magnet.
(b)Only low speed rotor magnet
Fig.4.5. Distribution of magnetic flux density
Fig.4.6. Distribution of magnetic flux density on cross-sectional view.
96
4.3.2 磁束密度を計算する領域の検討
有限要素法では領域内に作成したメッシュ全てに対して磁束密度を求めることになるの
で、解析を行えば全ての領域の分布を得ることが出来るが、反面全ての領域に対して必ず
計算を行うので、計算時間はメッシュの分割数に依存してしまう。例えば、磁気歯車の運
動を解析する際に必要なのは、各ロータ近傍の磁束密度のみであるが、正確な解析を行う
ためには、周囲に大きな空気領域を設定し、その部分まで解析を行わなければならない。
一方境界要素法では、任意の点に対してのみ磁束密度を求めることが可能である。この
ため、分布を得る場合は、分布を得たい点を指定して、点数だけ計算する必要がある。解
析時間はこの求める点数に依存するため、本来境界要素法は、有限要素法とは逆に分布を
求めるのには向かない。しかし、マクスウェル応力法により吸引力を求める場合に必要な
ロータ表面の磁束密度のみに求める点を絞れば、計算点数を絞ることができ、計算時間を
短く出来ると考えられる。そこで、領域全体の磁束密度を求める場合と、力を求める要素
周辺のみの計算を行う場合とを比較した。
Fig.4.7 に計算領域を示す。低速ロータに加わる電磁力を求めるとき、低速ロータを含む
モデル全体の磁束密度を計算する A の領域と、低速ロータのみの計算をする B の領域とで、
計算時間の比較を行った。その結果を Table 4.4 と Fig.4.8 に示す。Fig.4.8 では単位体積あ
たりの磁束密度を求めた点数を横軸、計算時間を縦軸にとっている。計算対象に対して単
位体積あたりの磁束密度を計算する点数が同じであれば、電磁力の計算精度は同じである
が、当然求める点数自体が少ない領域 B の方が計算間が速いことがわかる。このように、
精度良く運動を計算するために必要十分な点数を求めることで、解析時間の増加を抑制で
きるので、磁束密度を算出する点数と吸引力の計算精度についても検討を行う必要がある。
以降の検討では、低速ロータに加わる電磁力を計算するため、低速ロータ周辺部のみ
磁束密度を算出する。
97
Fig.4.7 Region for calculating the magnetic flux density.
Table4.4 Calculate time.
Number of calculated points
Calculation time (m)
192
38
448
44
4232
125
6877
189
25538
629
456
43
1368
64
2736
96
4560
134
13680
339
A
B
700
600
A
B
Calculating time (m)
500
400
300
200
100
0
0
1000000
2000000
3000000
4000000
5000000
6000000
Number of calculating points / m
3
Fig.4.8 Relationship of calculation time and accuracy.
98
4.3.3 基本的な構造のモデルの解析と検討
磁気回路部分のみで構成される 3 次元モデルの解析結果を Fig.4.9 に示す。各ロータの位
置関係は、2 章の Fig.2.15 と同じ最大トルク時のもので、(b)は軸方向の中間点での磁束密
度である。低速ロータとステータ間のエアギャップ中の分布はよく一致している。
次に、Fig.4.9 の解析結果から計算した各部での電磁力を Fig.4.10 に示す。力のベクトル
を、矢印の向きと大きさで表している。(b)から、磁束密度が高い部分で電磁力が大きくな
っていることがわかる。エアギャップ中の電磁力は、方向が一意には定まらない。これは、
各ロータの磁石配置とステータの位置関係が全周で細かく異なっているためである。これ
らの吸引力の周方向成分を全周で積分することにより、ロータに働くトルクを算出できる。
また、(c)は軸方向の断面に、力の z 方向成分のみを表示した図である。x 軸方向正の部分
では z 軸正方向の力が、x 軸方向負の部分では z 軸負方向の成分が明らかに多いことがわか
る。このことから、低速ロータにはロータを傾ける力がかかっていると考えられる。一方、
全周の z 方向正分を足した値はとても小さくなっており、ロータの z 軸方向への移動は無い
と考えられる。
99
(a)Analyzed by using 2D-FEM.
(b)Analyzed by using 3D-BEM.(z=0)
Fig.4.9. Distribution of magnetic flux density vectors.
100
(a)Magnetic force in 3-D
(b)x-y direction component.
(c) Only z-direction component.
Fig.4.10 Distribution of magnetic force vector.
101
第 4.4 節
3D-BEM を活用した電気機器開発手法の提案
4.4.1 支持機構を含む磁気歯車モデル
4.1 節の Fig.4.1 に示すとおり、磁気歯車の支持機構は複雑である。このため、実際の磁
気歯車モデルでは、4.3 節での解析に用いた Fig.4.4 のような磁気回路部分のみのモデルに
比べて、ステータや各ロータのコア部分の支持機構により高さや直径のばらつきがある。
この支持機構部分に磁束が通ると、各ロータやステータに軸方向成分を含む磁束が通り、
Fig.4.2 に示すような力が発生すると考えられる。
Fig.4.11 に、支持機構を含む磁気歯車モデルを示す。空間高調波型磁気歯車は、ロータが
二重にあり、尚且つその間にステータが挿入されているという特殊で複雑な構造になって
いるため、これらを支持するベアリングや軸の構成も特殊である。この特殊性から製造単
価が高くなってしまうため、低速ロータを固定し、ステータ部を回転可能として出力を得
るモデルも考案されている。その場合、低速ロータが系全体のカバーとして機能するため、
機構も簡素になり部品点数も減ることから、製造単価は低減できる。一方、ステータを出
力軸とする場合、減速比が半分となるため、高伝達トルク化には向かない。
本論文ではあくまで高伝達トルクを可能とするモデルについて検討するため、従来どお
り最外部のロータを出力軸として用いる。このとき、各ロータとステータには支持機構部
分についても磁場解析を行い、慣性モーメント I も計算することで、より詳細な挙動の検討
を行いたい。入出力軸やケースに用いる素材は SUS304 であり、ステータやコア部分に用
いるケイ素鋼板に比べて透磁率が小さく磁束を通し難いため、磁場解析においては取り除
いても問題はないと考えられるが、各ロータの慣性モーメントには含める必要がある。
102
Fig.4.11 Magnetic gear model with support mechanism.
103
4.4.2 ロータに加わる力の方向と支持機構に加わる負荷の関係
4.3 節および 4.4.1 の考察から、磁気歯車のロータには、駆動原理により想定されている方
向以外の力が発生することがわかった。Fig.4.12 に、ロータに加わる力と、そのときロータ
がどのような挙動をし、どの部分に力が加わるかを示す。高速ロータとステータの断面図
を模式的に表しており、赤の矢印がロータに加わる力、緑の矢印が支持機構に加わる力で
ある。
(b)では、ロータに X-Y 平面上の力が加わっている。このとき、力が加わっている方向に
支持機構にも力が加わる。Fig.4.10(a)に示したように、電磁力によりロータにかかる力は 3
次元的にあらゆる方向に向いており、
X-Y 方向のみに力が加わることはほとんど無い。
一方、
2.3.2 で示したとおり、多くの場合電磁力には周方向成分のトルクと、径方向成分が含まれ
ている。この径方向成分が(b)に示すような力なので、常にロータに加わっているとも言え
る。ベアリングなどは、この方向への力はある程度想定されているので、機器の損傷に対
しては大きな影響は無いと考えられる。
(c)では、ロータに軸方向の力が加わることにより、支持機構にも軸方向の力が加わる。
これも(b)と同様、このような向きのみの力が加わることはまず無いと考えられるが、ベア
リングに対しては、(b)よりも損傷が激しいと考えられる。
実際のロータの挙動で一番多いと考えられるのは(d)である。(b)、(c)の力が全周で複雑に
発生することでロータの姿勢が傾く。このときベアリングでは、支持輪と軸とがねじれて
しまうので、もっともダメージが大きいと考えられる。また、ロータが軸方向、ないしは
径方向に寄った状態から姿勢が傾いているような(b)~(d)の全てが起こるような状況も考え
られる。
上記のような場合に分けて考察を行ったが、実際にはベアリングの遊びは非常に小さく、
試作機において実際に姿勢、位置が目に見えて変わることは無い。しかし、その状態で長
く運転を行えば、ベアリングが磨耗し、遊びが大きくなる。ロータに加わる力によりベア
リングが破損すると、その分滑らかな回転が出来なくなり、回転のむらや振動が発生する。
動力伝達効率が低下する他、より振動などが大きくなり、ベアリングの損傷を進行させて
しまう。特に特定方向の力が加わり続け、損傷の 1 箇所に集中すると、機器の寿命が極端
に短くなってしまう。実用上は、必ず定期的にメンテナンスしなければならないが、これ
104
らの力の発生を極力抑えることが出来る設計を行うことができれば、メンテナンスの費用
や手間を抑えられ、ランニングコストに優れる動力伝達機構となる。
そこで、(d)のようにロータが傾いた場合に、どのように力が発生するかの検討を行った。
Fig.4.13 に解析モデルを示す。x-z 平面上で原点から y 方向を回転軸として、高速ロータお
よびステータを傾けた。傾き角が 1.98 度のとき低速ロータとステータが接触するので、高
速ロータとステータの傾きは 1.5 度とした。ステータと低速ロータの位置関係は、設計状態
と同様であり、これは低速ロータが傾いた状態を想定している。
105
Bearing
(a)High speed rotor & Stator.
(b) Force in the X-Y direction.
(c) Force in the Z direction.
(d)Force in the Yaw
Fig.4.12 Behavior of the rotor.
θ=1.5°
High speed rotor
Stator
Axis of rotation
(Y axis)
Low speed rotor
z
x
Fig.4.13. Tilted rotor.
106
Fig.4.14 に低速ロータに発生する力の図を示す。(a)の x-z 平面での解析結果から、低速
ロータとステータが接近している部分で大きな力が発生していることがわかる。これは、
低速ロータとステータが接近することにより、エアギャップによる磁気抵抗が低減され、
より多くの磁束が低速ロータとステータ間を通るようになったため、大きな電磁力が発生
したと考えられる。
Fig.4.15 に、x-z 平面での磁束密度ベクトル分布図を示す。低速ロータとステータが接近
している部分で磁束密度は高く、間隔が開いている部分では磁束密度が低い傾向にはある
が、顕著な差ではなく、更なる詳細な解析が必要である。
しかし、実際の運動解析をあわせてロータの姿勢を変える場合、問題となるのが支点で
ある。今回は、磁気回路のみのロータモデルで、その重心の y 軸方向を回転軸として回転
させた。しかし、実際の磁気歯車では、ロータの支持機構に拘束されており、またロータ
および軸端部の形状が両端部で異なるため、どの位置が支点になるかを検討する必要があ
る。また、実際の挙動ではこのような回転のほかにも、垂直、水平の動きも加わりながら
回転軸自体も 3 次元的傾き、移動が発生するとなると、その状況に対応した自動解析用の
座標変更のプログラミングは容易ではない。
107
(a) x-z direction.
(b) y-z direction.
Fig.4.14. Magnetic force in tilted model.
108
Fig.4.15 Distribution of magnetic flux density vectors .
109
4.4.3 3D-BEM の問題点と新たな解析手法の考案
実際に解析モデルの作成を行ったとき、境界要素法の利点の内でも境界面のみに解析メ
ッシュを作成すればよいという点は、機器開発の現場において極めて有意義であることが
解った。研究の初期過程において、3D-FEM での平歯車型磁気歯車の研究を行っていたが、
この際にもメッシュの作成には大変な労力を必要とした。現在検討を行っている空間高調
波型磁気歯車は、平歯車型に比べエアギャップ部で遥かに複雑な形状をしており、また 2
章で検討した高伝達トルクを発揮するモデルでは磁石形状も複雑で数が多いため、
3D-FEM 用の解析メッシュの作成には多大な時間と労力が必要になると考えられる。
機器開発の現場では、モデルの開発、設計、解析を行うのは、機器開発の専門家であり、
各過程で用いられるツールの専門家ではない。これまでの経験上、電磁界解析の現場でも
最も取り扱いが難しいのが、メッシュ作成ツールであり、3 次元モデルの作成は特に難しい。
市販の磁界解析ソフトウエアに付随するメッシュ作成ツールは、磁場解析に適したメッシ
ュを作成可能であるが、他のソフトウエアでの運用や、ソフトウエアメーカーが想定する
条件以外の条件を与えることが難しい。メッシュ作成のみを行うソフトウエアでは、今度
は磁場解析に適したメッシュを生成することが難しく、解析を行うソフトウエアに沿う形
への変換にも難点や労力が必要となる。どちらの場合でも、新しい解析手法に用いようと
すれば、そのメッシュ作成は困難を極める。この点で、3 次元モデルであるにもかかわらず、
各部品の表面のみにメッシュを作成すればよい 3D-BEM 用のメッシュ作成は、専門のオペ
レータを必要とせず、開発現場での人的資源を大幅に節約できると考えられる。
一方、4.2 節及び 4.3 節から、境界要素法を用いて実用的な伝達トルクを発揮する磁気歯
車の、正確な解析は難しい。ある境界内の材料を均一に取り扱う境界要素法では、材料の
特性が部分的に変化していく高磁束密度領域の非線形計算を取り扱うのは非常に困難であ
る。これは、第 2 章で検討したような高磁束密度設計手法である MCSPM 配列を用いたモ
デルの磁場分布を正確に解析できないということである。この点から考えて、磁気歯車の
開発は境界要素法のみでは十分ではなく、正確な磁場分布を算出するためには、従来の有
限要素法が必要となる。
よって、磁気アクチュエータの開発においては、境界要素法と有限要素法を適宜使用す
る必要がある。
110
第 4.5 節
結言
磁気歯車の詳細な挙動を解明するため、解析モデルを 3 次元へと拡張する検討を行った。
領域全体について解析を行う有限要素法が従来の研究では用いられてきたが、解析領域全
体の詳細な磁場分布や材料の非線形性を考慮した解析結果が得られる反面、計算用量が大
きく大型のコンピュータが必要であり、モデルの作成も困難で解析までの手間もかかる。
特にステップ毎にロータの位置を算出し、予め解析メッシュを用意しておくことが出来な
い運動連成解析においては、3 次元への拡張に伴ってエアギャップ中の解析メッシュ作成の
手間が極めて増大し、自動で連続的に解析を行うことは困難である。このため、ロータの
詳細な挙動、姿勢、支持機構に加わる力などを正確に把握するためには、3 次元での解析に
適した解析手法の導入が必要不可欠である。このことから、3 次元磁場運動連成解析に適し
た手法として、境界要素法の導入について検討を行った。対象モデルの境界面で分割して
解析を行う境界要素法では、エアギャップ中の解析メッシュを必要としないため、運動連
成解析において最も複雑なステップ毎のエアギャップ中のメッシュ再生成が不要となるの
で、3 次元モデルの解析には適切であると考えられる。また、計算の次元をモデルの次元か
ら 1 次元落とすことができ、小規模なコンピュータでも 3 次元の解析を可能とするため、
有用性が高い。これらを踏まえて、3 次元境界要素法の導入について検討した。
境界要素法では上記のような理由により、モデル作成の平易さや、計算時間の短縮など
が期待できる。一方、材料特性の非線形計算が困難な境界要素法では、特に高磁束密度領
域を活用する、磁束集束型永久磁石配列を導入した高伝達トルクの磁気歯車モデルについ
ては正確な解析が出来ないと考えられる。
111
第5章
結論
第 5.1 節
本研究の総括
5.1.1 本研究の総括
本論文では、今後の高効率、低損失、省資源社会に向けて期待される磁気歯車について
研究を行った。永久磁石の吸引力により非接触で動力を伝達できる磁気歯車は、機械式の
歯車に比べて動力の伝達効率が高く、磨耗や粉塵等も発生しないことからメンテナンスフ
リーでランニングコストの低減、省資源化を実現できる。一方、従来の研究では実用化の
ためには伝達可能なトルクが不足している他、動力伝達機構における運転中の詳細なロー
タの挙動の検討が十分ではなかった。そこで、高い伝達トルクが期待される空間高調波を
利用した磁気歯車について、高伝達トルク化と、ロータの詳細な挙動の検討を行い、その
結果を述べてきた。その内容は以下のように総括される。
(1)空間高調波を利用した基礎的構造の磁気歯車の特性を明らかにし、伝達トルク向上
のため磁束集束型永久磁石配列構造およびハルバッハ配列構造を用いた磁気歯車を
考案した。高伝達トルクを実現し、その有効性を明らかにした。
(2)運動連成解析により磁気歯車の動力伝達機構を再現し、無負荷始動時の詳細な挙動
を明らかにした。
(3)より詳細な磁気歯車の性能検討のため、3 次元での解析を行った。このとき、3 次元
解析に有利であると考えられる境界要素法の導入について検討を行い、実際に磁気歯
車モデルの解析に用いることにより有限要素法との特性の違いを示した。
112
5.1.2 2 章の総括
空間高調波を利用した基礎的構造の磁気歯車の動作原理を示し、研究の基礎となる減速
比 5.5 のモデルを考案し、二次元有限要素法による磁場解析で特性を明らかにした。その結
果を踏まえ、磁気歯車の実用化には不足している伝達トルク向上のために、MCSPM 構造
とハルバッハ配列構造を用いたモデルを考案し、特性の評価を行なった。2 つの種類の永久
磁石配列について、その構造の評価により、高伝達トルク化を達成できると判断されたの
で、各構造に対して磁場分布から適切と考えられる構造を検討し、磁石配列や挿入磁性体
形状の最適化を行った。その結果、以下の知見を得た。
(1)基本構造の空間高調波型磁気歯車の性能を評価するため、2 次元有限要素法を用いた
磁界解析を行った。現在、電磁アクチュエータの解析には、材料の非線形性を考慮し
ての解析が比較的容易な有限要素法が広く用いられている。これは、電磁アクチュエ
ータの高密度化、希土類永久磁石の登場などにより、アクチュエータ内部の磁路にお
いて、材料の透磁率が変化する高磁束密度領域の設計が増えたためである。空間高調
波型磁気歯車の場合も、ステータの角などで最大 1.95T と高い磁束密度となり、最適
設計を行う場合は詳細な磁場分布の解明のため非線形計算が必要不可欠である。
(2)低速ロータを固定し、高速ロータのみを回転させて低速ロータに加わるトルクを計
算する拘束条件での解析結果から、基本構造の空間高調波型磁気歯車の最大伝達トル
クは 9Nm であることが解った。高速ロータと低速ロータの位置関係により、ステー
タを通過して各ロータ間を通過する磁束の量などが変化する。これにより、ロータに
加わるトルクを計算すると、全周での合計がほぼ 0 になる位置関係と、最大伝達トル
ク 9Nm を発揮する位置関係とでは、高速ロータの位置が 22.5 度異なっており、拘束
条件での解析結果のグラフから、電気角は 90 度であることがわかる。
(3)解析を行ったモデルでは、両ロータの磁極数の比から減速比 5.5 となる。解析結果は、
低速ロータに発生するトルクは、高速ロータに発生するトルクの約 5.5 倍となってお
り、基本的な磁気歯車としての性能を有していることがわかる。
(4)伝達トルク向上のため、各ロータ表面に貼り付けられた磁石構造の検討を行った。
複数の磁石の磁化方向を 1 点に集中して配置することにより局所的に高磁束密度を
作り出す、磁束集束型永久磁石構造(MCSPM)を適応した。高速ロータに MCSPM
113
構造を用いた場合、伝達トルク向上の効果は得られなかった。磁場分布から、高速ロ
ータに用いた場合高速ロータ近傍のエアギャップ中の磁束密度が大きく変化し、高速
ロータから出た磁束の通るステータの数が少なくなり、効率的に高い磁束密度を利用
することが出来なかったためであると解った。一方、伝達トルクの低下に比べて、磁
石使用量を大きく低減することが出来ている。希土類磁石の世界的価格高騰を鑑みれ
ば、磁気歯車の実用化に際しては有効な構造であるといえる。
(5)低速ロータに MCSPM 構造を用いた場合、最大で約 22%の伝達トルク向上を達成し
ながら、磁石使用量を 6%低減できた。これは、高速ロータに用いた場合とは逆に、
低速ロータは磁極ピッチが狭く、基本的な構造の SPM 配列を用いた場合と MCSPM
配列を用いた場合で分布が大きく変わらず、効果的に高磁束密度領域を使用できたた
めだと考えられる。
(6)両ロータに MCSPM 配列を用いた場合の検討も行ったが、最大伝達トルクを更に向
上させることは出来なかった。一方、伝達トルクを 10%向上しながら、磁石使用量を
24%以上削減できるモデルもあり、高伝達トルクを必要としない用途では材料費を抑
えることが出来る構造といえる。
(7)更なる高伝達トルク化の検討として、高速ロータにハルバッハ型永久磁石配列構造
を適応した。ハルバッハ配列を適応した場合、全てのモデルで伝達トルクが向上し、
最大で 6%程度磁石量を削減しながら、伝達トルクを 30%向上させるモデルを開発し
た。
114
5.1.3 3 章の総括
運動方程式を用いることで、磁気歯車の詳細な挙動の再現を試みた。磁気歯車の性能評
価において従来用いられていた解析手法では、ロータに回転を与えて解析を行っていたた
め動力伝達機構が再現されておらず、詳細な挙動の検討が出来なかった。そこで磁気歯車
の動力伝達機構を再現し、詳細な挙動を解明するために、運動方程式を用いた磁場と運動
の連成解析を行った。解析は 2 次元とし、ロータの体格や重量などは仮定から導いた。こ
れにより、以下の知見を得た。
(1)静止した低速ロータに対して、高速ロータに大きな入力を入れて拘束で回転させよ
うとすると、慣性力により止まり続けようとする低速ロータを同期速度まで加速させ
ることができない。
(2)高速ロータへの入力も徐々に加速する条件で運動連成解析を行うと、低速ロータは
高速ロータに対して相対的位相差の遅れと進みを繰り返しながら加速されていく。
(3)低速ロータが加速されていくと、低速ロータの回転方向が変わる場合がある。これ
は、高速ロータと低速ロータの相対的位相差が大きくなりすぎ、低速ロータの回転方
向の慣性モーメントを打ち消すほどの力が働くためである。このような挙動は滑らか
な動力の伝達には不利であり、入力を制御する必要があると考えられる。
(4)本論文では出力側のロータに対して連成解析を行いその挙動の詳細について検討し
たが、磁気歯車の実際の挙動を再現するにはまだ不十分である。実際には、入力側の
ロータも反作用によって動きに影響が及ぼされるので、入力側のロータの挙動も入力
トルクと反作用によるトルクとで運動解析を行う必要がある。このため、系全体での
詳細な挙動の検討のためには、入力を回転数ではなくトルクとし、両側のロータとも
に運動連成解析による挙動を再現する必要がある。
(5)本論文で開発した手法では、機械的要素による摩擦、磨耗等は考慮していない。磁
気歯車の特徴として高伝達効率が上げられるが、実際にはベアリングなどにより損失
が発生しており、詳細な効率の計算をするためには抵抗の計算も必要不可欠である。
115
5.1.4 4 章の総括
4 章では、更に詳細な挙動の検討を行うために、解析モデルを 3 次元に拡張した。このと
き、解析モデル、とくにメッシュ生成が困難になることや、従来の有限要素法による解析
では計算用量の大規模化に伴って要求されるコンピュータの性能が飛躍的に高まり解析に
時間がかかることから、それらの問題を解決できると考えられる境界要素法の導入につい
て検討を行った。得られた知見を以下に示す。
(1)境界要素法を用いることで、3 次元モデルの作成が飛躍的に簡便になった。これは、
境界要素法では解析対象の表面のみをメッシュ分割すれば良く、2 次元として扱える
ためである。また、エアギャップ中の解析メッシュも不要であるため、モデルの取り
扱いが容易で、特に運動連成解析においてはステップ毎のメッシュ生成を必要とせず、
労力や時間を大幅に節約できる。また、境界要素法の場合、マクスウェル応力を計算
するために必要な磁束密度の値は、物体周辺の限られた領域のみ求めれば良く、効率
的に計算することが可能である。
(2)3 次元で解析を行った結果、ロータ端部には磁束漏れがあり、この磁束が支持機構な
どに通ることにより、ロータに軸方向の力がかかると考えられる。
(3)トルクの計算結果から、ロータには軸方向の力や径方向の力が働いており、ロータ
は平行移動や軸が傾くような運動をすることがわかる。実際には支持機構があるため
大きな位置、姿勢の変化は無いが、その分支持機構には余分な力が発生しており、機
器の破損につながると考えられる。
(4)境界要素法では材料の非線形性を扱うのは容易ではなく、構造の最適化などには向
かない。しかし、3 次元的な挙動の解明において影響は小さいと考えられ、境界要素
法と有限要素法のそれぞれに長所、短所があり、双方を適宜使い分けることで機器開
発に有効な解析手法が確立できると考えられる。
116
第 5.2 節
今後の課題
本論文の研究成果により、5.1 節のような知見を得た。一方、研究を進めた結果新たに発
見された問題や、十分な成果を得られなかった部分もあり、それらの今後検討されるべき
本研究の課題について以下に述べる。
(1)初期の試作機における実験から、ステータ部での発熱が報告されている。これは、
ステータ部では磁束の変化が激しく、渦電流が発生しているためである。本論文の
モデルでは、発熱を抑制するためステータに電磁鋼板を用いたモデルで解析を行っ
ているが、解析上は渦電流が考慮されていないので、実際に発熱がどの程度抑えら
れるのか、また発生する場合はどの程度損失になっているのかを検証する必要があ
る。
また、磁気歯車の伝達機構は非接触であるため機械損は発生しないが、ロータやス
テータを支えるベアリングにより機械損が発生する。運動を考慮するうえで、この
摩擦抵抗は無視できない。
このように損失の評価が不十分であり、磁場解析から求められる鉄損及び、運動解
析から求められる機械損について検討を行い、磁気歯車の詳細な性能の評価を可能
とする。
(2)3次元的な運動を考慮した詳細な運動解析が出来るように、境界要素法の導入や力
の作用について検討を行ったが、実際に解明するには至っていない。また、ロータ
の姿勢と損失の関係や、耐久性の向上を目指すモデルの開発などを行う必要がある。
以上のように、運動解析と高効率な磁気歯車の構造に関して評価が不十分であり、
磁気歯車機構全体に対して各モデルの詳細な挙動を解明し、実用化のための設計に
応用する。
(3)上記のように、解析手法や検討方法にまだ問題点が多い。これらを解決した上で、
これまでの研究結果をまとめ、高伝達トルク、高伝達効率、高耐久性などの優れた
特性を有する磁気歯車の開発を行う。
117
謝辞
本研究は著者が大分大学工学研究科に在学中、磁気工学研究室において行った「空間高調
波型磁気歯車の開発に関する研究」に関する研究についてまとめたものである。本研究の
遂行にあたって懇切なるご指導とご鞭撻をいただいた大分大学工学部電気電子工学科磁気
工学研究室の榎園正人教授、戸髙孝教授、槌田雄二助教、並びに大分県産業創造機構の長
屋幸助先生に心から感謝の意を表し、厚く御礼を申し上げます。
最後になりましたが、終始暖かく励ましてもらい精神的、経済的にも援助していただい
た両親に心から感謝すると共に、本論文を捧げます。
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