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遺伝子ノックイン法により作製したハンチントン病

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遺伝子ノックイン法により作製したハンチントン病
神戸常盤短期大学紀要
第29号
2007
総説
遺伝子ノックイン法により作製したハンチントン病
モデルマウスの特徴
澤田
浩秀
Characterization of Huntington’
s Disease Model Mice
Generated by Gene Targeted Knock-in Method
Hirohide SAWADA
SUMMARY
Huntington ’s disease (HD) is a neurodegenerative disorder caused by the expansion of CAG
repeats in exon 1 of the HD gene. Thus HD patients have the expanded polyglutamine tracts
in the N -terminal fragment of huntingtin . To clarify the molecular mechanisms of the HD
pathology, a knock-in mouse was generated by replacing exon 1 of the mouse HD gene with
exon 1 containing expanded 77 CAG repeats of the human HD gene. Chimeric protein composed
of human mutated exon 1 and mouse huntingtin were expressed in brain and peripheral tissues.
Neuropathological features in elderly heterozygous knock -in mice , aggregates of N -terminal
fragments of huntingtin were specifically formed in nuclei and neuropils in the striatal neurons,
and in neuropils in their projection regions. These mutant mice demonstrated abnormal aggressive
behavior. In elderly homozygous knock-in mice, heavy deposits of intranuclear and neuropil
aggregates were detected, and characteristic large perikaryal aggregates were also found. However,
cell death was not observed in these mutant mice. These huntingtin knock-in mice might be
useful to provide an effective therapeutic approach against HD.
キーワード:ハンチントン病、ノックインマウス、ハンチンチン凝集体、ポリグルタミン、線条体
は
じ
め
は通常中年期に発症し、発症から約20年すると死
に
に至る例が多い。HDの原因遺伝子(HD遺伝子)
ハンチントン病(HD)は常染色体優性遺伝方
は 、 1993 年 に 連鎖解析 により 4p16.3 の 遺伝子座
式をとる進行性の神経変性疾患であり、精神障害、
にあることが判明し、その遺伝子の5’領域のエ
知能異常、不随意運動などの症状を呈する。HD
クソン 1 に 存在 するCAG リピ ー トが 異常 に 伸長
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していることが 発見 された 1)。 そのためHD 患者
チンノックインマウスで観察された神経病理学的
では、それから翻訳される蛋白質であるハンチン
所見と行動異常に関する表現型を中心にまとめた。
チンのN末端に存在するポリグルタミン鎖も異常
ノックインマウス作製に関しては文献15に、マウ
に長くなっている。
スの神経病理および行動などの表現型に関する内
HD患者はその世代を経るに従ってCAGリピー
容は文献16に詳細に記述されている。このマウス
トが徐々に長くなる現象が認められる。このCAG
では、ヒトHDと共通する特徴的な病理学的所見
リピートの長さと発症年齢との間には逆相関の関
である神経細胞内凝集体が観察された。これが神
係が認められるため(anticipation)、患者の孫の
経変性や細胞死とどのように関わるのか、神経細
世代になればなるほど発症年齢が早くなる 。ま
胞にどのような影響を与えるのかなどについて、
た 、 CAG リピ ー トの 長 さが 長 いほど 、重篤 な 症
他のグループで作製されたHDモデルマウスによ
状を呈することが知られている
る成績と比較するとともに、その意義について考
2)
。神経病理学
3),4)
的には、HDは線条体の神経細胞が選択的に変性、
脱落し、そこにグリア細胞が増生する特徴をもつ。
病初期には、神経変性は主として線条体に起こる
察した。
Ⅰ.ハンチンチンノックインマウスの作製
が、病期が進行すると大脳皮質その他の領域にも
ある特定遺伝子に点突然変異、欠失、挿入など
及ぶ。さらに、線条体などの神経細胞の核および
の修飾が加えられた個体を発生させる遺伝子ノッ
軸索、樹状突起を含む細胞内に、ハンチンチンN
クイン法を利用して、HDモデルマウスの作製を
末端部分を含んだ凝集体が沈着するという特徴を
行った。相同組換えの原理により、HD患者由来
もっている。これらの所見はHD患者剖検脳にお
の 伸長 された80CAG リピ ー トを 含 むヒト 遺伝子
いて認められた
をマウスに導入することにより、マウス内在性HD
。
5),6)
従来行われてきた剖検脳のみによる解析では、
遺伝子 のエクソン 1 が 伸長 CAG リピ ー トを 含 む
HDの発症メカニズムを解明することは大変困難
ヒトHD遺伝子のエクソン1と置換された(図1)
。
であった。その発症機構や治療法開発について研
以下に、実際に行ったノックインマウス作製方法
究する目的で、多くの研究グループによってHD
とその結果について述べる。
モデルマウスがつくられた。マウス受精卵に導入
遺伝子を直接注入して作るトランスジェニックマ
ウスをツールとするグループ7)-11)と、ES細胞内で
の 遺伝子相同組換 えを 利用 し 、 そのES 細胞 を 受
精卵に注入することによってノックインマウスを
作製したグループ12)-14)とが存在する。筆者らは後
者の1グループとして、ヒトHD患者由来の伸長
されたCAGリピートを含んだHD遺伝子の一部分
を、マウスHD遺伝子の相同領域と置換させるこ
とにより、ノックインマウスの作製を行った15)。
このマウスは、ヒトハンチンチン蛋白質が発現す
るので、ヒトハンチンチンノックインマウスと呼
んだ。
本総説は、筆者のグループで作製したハンチン
図1
ハンチンチンノックインマウスの作製ストラテジ
80CAG リピ ー トを 持 ったヒト HD 患者由来 の HD 遺伝子
エクソン 1 を 含 む 部分 をES細胞 に導入 し 、 マウス 内在
性HD遺伝子のエクソン1と置換された細胞を選択した
ところ 、最終的 にマウスでは 77CAGリピ ー トを 持 った
ヒト/マウス・キメラ遺伝子が発現した。
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相同組換え用DNAとして、80CAGリピートを
実験に用いるためのマウスを選別するために、す
含んだヒトHD遺伝子のエクソン1の部分を、マ
べてのキメラマウスをC57BL/6Jマウスと 交配さ
ウスHD遺伝子のエクソン1の位置に挿入、置換
せた。遺伝子が子孫に伝わった(germline transmis-
を行い、さらにネオマイシン耐性遺伝子を組込む
sion )系統 は 、 18 クロ ー ンの ES 細胞由来 のもの
ことによって 作製 した 。 この 組換 え 用DNA をエ
のうち 1 つのクロ ー ン ( 77CAG リピ ー ト ) のみ
レクトロポーレーションよってES細胞に導入し、
であった。キメラマウスをC57BL/6Jマウスと交
またES 細胞 の 培養液 にネオマイシンを 加 え 生 き
配 させて 、 ヘテロ 接合体( Hht-Q 79/+ ) マウス
残ったES 細胞 のクロ ー ンを 選別 し 、 さらにサザ
が得られ、さらにヘテロ接合体マウス同士の交配
ン・ブロット法を用いて特異的に組換えされたES
によってホモ 接合体(Hht-Q79/Q79) マウスを
細胞クローンを厳選したところ、18クローンの組
得ることができた。
換えES細胞を得ることができた。
これらの選別されたES細胞を、C57BL/6Jマウ
Ⅱ.ノックインマウスにおける変異ハンチン
チン蛋白質の発現
スの3.5日受精卵(胚盤胞)に注入し、さらに受
精卵を偽妊娠雌ICRマウスの子宮に移植すること
ノックインマウスにおいて変異ハンチンチン蛋
。
により、キメラマウスを得ることができた(図2)
白質が発現したか否かを調べるために、各遺伝子
a
型 のマウスの 尾 および Hht-Q79/+ マウスの 各臓
器の抽出物を用いてウェスタン・ブロット法によっ
て確認した。蛋白質の検出には、ハンチンチンの
181-810アミノ酸を認識する抗体(MAB2166) を
用いた。20週齢および100週齢の正常マウスでは、
約350kDaのハンチンチン 蛋白質 のバンドが 確認
され 、同 じ 週齢 の Hht-Q79/+ マウスでは 、 その
バンドに加え少し分子量の大きい変異ハンチンチ
ンと考えられるもう1本のバンドが確認された。
Hht-Q79/Q79マウスでは 変異蛋白質 のみが 検出
された (図 3a)。 また 、 Hht- Q79/+ マウスの 各
b
臓器におけるハンチンチンの発現について確認し
たところ、脳、肺、心臓、肝臓などでそれぞれ正
常ハンチンチンと変異ハンチンチン蛋白質が検出
された (図 3b)。 ヒト 由来 の 伸長 CAGリピ ー ト
を含んだHD遺伝子をマウスに導入することによ
り、伸長ポリグルタミン鎖由来の変異ハンチンチ
ン蛋白質がマウスにも発現されたことになる。
図2
ノックインマウスの作製
a. ES細胞をC57BL/6Jマウス受精卵(胚盤胞)へ注入
b. 受精卵を偽妊娠雌マウスに移植して得られたキメ
ラマウス
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図3
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ハンチンチンノックインマウスにおける変異ハンチンチンの発現
ウェスタン・ブロット法により、正常マウスでは約350kDaの正常ハンチンチン蛋白質のバンドが1本確認さ
れ(lane1)、Hht-Q79/+マウスでは正常および変異ハンチンチンの2本のバンドが(lane2)、さらにHht-Q79
。また、相同組換えされたES細胞(lane4)
、Hht/Q79マウスでは変異ハンチンチンのみが検出された(lane3)
Q79/+マウスの脳(lane5)、肺(lane6)、心臓(lane7)、肝臓(lane8)、脾臓(lane9)、腎臓(lane10)、およ
び精巣(lane11)でそれぞれ正常および変異ハンチンチン蛋白質が確認された。
Ⅲ.ハンチンチンノックインマウスの特徴的
な神経細胞内の凝集体形成
眼的に見 た異常と、HE染色、クリューバー・バ
レラ染色で観察した限り異常は認められなかった。
正常マウスの脳を、ハンチンチンN末端の17アミ
1.ノックインマウスの線条体神経細胞にハンチ
ノ酸を認識するN-18抗体を用いた免疫染色を行っ
ンチンN末端由来の凝集体が形成される
たところ、線条体では細胞質内の特に核周辺部が
ハンチンチンノックインマウスの脳に、ヒト患
弱く染まり、正常ハンチンチンの分布と一致した
者でみられるような異常が認められるか否かを調
)
所見が認められた17),18(図
。しかし、Hht-Q79
4a)
べるために、マウスの脳を肉眼的に観察するとと
/+ マウスの 脳 を 本抗体 で 染 めたところ 、60 週齢
もに、HE染色、 クリュー バー・バレラ染色、各
以降のマウスにおいては、線条体神経細胞の核内
種の抗体を用いた免疫染色による組織学的観察を
が全体的に染まり、核内およびneuropil(灰白質
行った。100週齢までのHht-Q79/+マウス、Hht-
における神経細胞体以外の軸索、樹上突起など)
Q79/ Q79 マウスの 脳 を 観察 したところ 、特 に 肉
に凝集体が沈着しているのが観察された(図4b,
図4
ハンチンチンノックインマウスの線条体神経細胞に形成された凝集体
ハンチンチンN末端の17アミノ酸を認識するN-18抗体を用いて染色した、100週齢の正常マウス(a)と HhtQ79/+ マウス (b, c) の線条体(側坐核)の組織像を示す。(c) は (b) の拡大像を示す(矢印は核内凝集
体、矢頭はneuropil凝集体)。
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c)。 Hht-Q79/+ マウスにおけるそれらの 陽性所
していた (図 5a-c)。 Hht- Q79/+ マウスの 線条
見は、いわゆる線条体(側坐核、狭義の線条体、
体各領域における核内凝集体について、週齢によ
および嗅結節)のみに観察された。しかし、ハン
る変動について図6に示した。つまり、60週齢で
チンチンMAB2166抗体で線条体などを染色して
は少量の凝集体が形成されるのに対して、80週齢
も、これらの凝集体は染まらなかったので、ハン
から100週齢にかけ急速に多くの凝集体が形成さ
チンチンのN末端のみが凝集に関与していること
れた。いわゆる線条体の中でも、特に側坐核にお
が 推察 された 。他方、 Hht-Q79/+ マウスの 脳 で
いて凝集体の形成された細胞が顕著に増加してい
は、線条体以外の大脳皮質、海馬、扁桃体、小脳、
た16)。また、これらの神経細胞が投射し別のニュー
橋、延髄などの領域では凝集体は観察されなかっ
ロンにシナプスを形成する領域、つまり線条体に
た。ヘテロ接合体HDノックインマウスでは、神
対する淡蒼球、黒質網様部、側坐核に対する腹側
経細胞内凝集体が線条体特異的に形成されていた。
淡蒼球 について 観察 したところ 、 Hht-Q79/+ マ
ウスではこれらの領域のneuropilにN-18抗体また
2.ハンチンチン凝集体の週齢依存的増加と凝集
は伸長ポリグルタミンを特異的に認識する1C2抗
体形成細胞の特異性
体に染まる凝集体が観察され、凝集体は週齢に依
ハンチンチン神経細胞核内またはneuropil凝集
存して増加していた (図5d-f)。HDは進行性 の
体の形成に関して、60週齢から100週齢までのマ
疾患であり、このノックインマウスにおいても加
ウスについて観察したところ、週齢に依存してい
齢に伴う病変の進行が観察されたことになる。
わゆる線条体におけるハンチンチン凝集体は増加
図5
ハンチンチン凝集体は週齢に依存して増加
Hht-Q79/+マウスのそれぞれ 60週齢(a)、80週齢(b)、100週齢(c) における線条体(側坐核)のN-18抗体
染色像と、80週齢(e)、100週齢(f) における淡蒼球の伸長ポリグルタミン(1C2)抗体を用いた染色像を示
す。対照として 100週齢正常マウス (d)における淡蒼球の1C2抗体染色像を示す。
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図6
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線条体内における核内凝集体形成細胞の週齢による変動
60週齢、80週齢、100週齢のそれぞれHht-Q79/+マウスの線条体(側坐核、線条体、嗅結節)における核内凝
集体形成細胞数を示す。側坐核、線条体については面積当たりの凝集体形成細胞数(a) を、嗅結節について
は切片毎の平均の凝集体形成細胞数(b)を計測した。
NA:側坐核、St(ventral):腹側線条体、St(dorsal):背側線条体、St(caudal):尾状側線条体。*p < 0.05;
**
。
p < 0.01(対60週齢Hht-Q79/+マウス)。 ♯p < 0.05;♯♯p < 0.01(対80週齢Hht-Q79/+マウス)
3.ホモハンチンチンノックインマウスは顕著な
ハンチンチン凝集体の分布、特徴について、同週
凝集体の沈着と特徴的な細胞質内凝集体の沈着
齢のヘテロ接合体マウスと比較し、観察した。こ
が観察される
のマウスでは 、 Hht-Q79/+ マウスと 比較 して 線
変異ハンチンチンの発現がいっそう増えていた
条体神経細胞に形成された凝集体がより顕著に増
ら、このノックインマウスはどのような脳病理像
えていたことと、神経細胞質内の核周囲部に特徴
を呈するであろうか。そのことについて、ホモ接
的な大型の凝集体も観察された(図7)。100週齢
合体 マウスであるHht-Q79/Q79 マウスにおける
のHht-Q79/Q70マウスをHht-Q79/+マウスと 比
図7
ホモハンチンチンノックインマ
ウスにおける特徴的な細胞質内
大型凝集体の形成
N-18 抗体 を 用 いて 染色 した 、 100 週齢 の
Hht-Q79/Q79マウスの線条体(側坐核)
の組織像を示す (a, b)。(b) は (a) の
拡大像を示す(黒矢印は核内凝集体、白矢
印は細胞質内凝集体、白矢頭はneuropil凝
集体)
。二重染色による線条体神経細胞と
凝集体との関係(c-f)について、それぞ
れ、N-18抗体(c)、細胞質(DARPP-32
抗体, d)
、核(TO-PRO-3, e)染色と、
これらの合成像(f)を図に示す。
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較すると、側坐核、線条体、嗅結節におけるハン
死の所見は認められないことから、HDにおける
チンチン 凝集体 は 顕著 に 増 え 、 Hht- Q79/ + マウ
初期症例のモデルとも考えられる。ヒト剖検脳に
スでは確認されなかった細胞質内凝集体が多数認
おける報告では、線条体などを中心として核内あ
められた 。さらに、Hht-Q79/+マウスと比較し
るいはneuropil凝集体は観察されているが、ヒト
て、凝集体の形成はいわゆる線条体以外にも、中
症例では線条体よりも大脳皮質において多くの凝
隔、大脳皮質、小脳顆粒層にも認められた(表1)。
集体が認められ、むしろ線条体では神経細胞死が
16)
多く認められた6)。その点では、ヒト病態との差
異を認めざるを得なかった。
Ⅳ.ハンチンチンノックインマウスの異常な
攻撃性
60-70週齢の Hht-Q79/+ マウスの運動異常、
情動異常について、正常マウスとの比較による解
表1
100週齢のHht-Q79/+マウスおよびHht-Q79/
Q79マウスの脳内各領域における核内凝集体
および細胞質内凝集体形成細胞数
5-20切片中の単位面積当たりの核内および細胞質内の凝
集体形成細胞数 を 計測(number / mm2)。嗅結節 は5-6
切片中の平均凝集体形成細胞数を計測(number / section)
。
a:核内凝集体形成細胞数は 7-8切片当たり1個
析を行った。マウスの自発運動量については、動
物用運動自動解析装置を利用して解析した。具体
的には、マウスをケージごと本装置上に静置し、
30分間の(水平方向の)運動回数、(垂直方向の)
立ち上がり回数の測定を行った。両者の計測は3
回の異なった日時に行い、慣れるに従って運動量
は減少傾向にあったが、Hht-Q79/+ マウスと正
4.ノックインマウスは神経変性および細胞死が
常マウスにおける差は認められなかった(図8)
。
攻撃性の 検定 として、resident-intruder 試験
認められない
100 週齢 までの Hht- Q 79/ + マウスおよび Hht-
を行った12)。あらかじめ 60-70週齢の雄マウスを
Q79/ Q70 マウスの 線条体 を 中心 に 、神経細胞 の
試験1ヶ月前から1匹飼いにさせ、検定(resid-
減少、脱落および変性が認められるか否かについ
ent)用 として準備 した。試験当日には、12 週齢
てHE染色、 クリュー バー・ バレラ染色 などで観
の C57 BL/6J 雄 マウスを 侵入(intruder )用 と
察したところ、これらの明らかな所見は観察され
し 、resident マウスのケ ー ジに10 匹 を 同時 に 侵
なかった 。 また 、 in situ アポト ー シスキットや
入 させた 。 Resident マウスは intruder マウス
single-stranded DNA (ssDNA)抗体染色 によ
に対して攻撃行動を行ったため、6分間における
る標本を用いて細胞死について観察を行ったとこ
マウスの 攻撃回数 と 、intruder マウスに 対 して
ろ、陽性所見は得られなかった。さらに、神経変
最初 に 攻撃行動 をとるまでの 時間 を 計測 した 。
性 によるグリア 細胞増生反応 を 見 るため 抗 glial
Hht-Q79/+ マウスは正常マウスと比較し、攻撃
fibrillary acidic protein (GFAP)抗体染色を用
回数が多いことが観察され、また intruder マウ
いてアストロサイトの定量化を行ったところ、ノッ
スに 攻撃 を 加 えるまでの 時間 は 有意 に 短 かった
クインマウスにおける明らかなアストロサイトの
(図9)。
増加は認められなかった。
本ノックインマウスは神経細胞内に顕著な凝集
体が認められるにもかかわらず、細胞変性や細胞
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図8
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ハンチンチンノックインマウスの運動障害は認められない
60-70週齢のマウスの自発運動量の測定として、30分間の運動回数(水平方向、a)と立ち上がり回数(垂直方
向、b)を行った。白:正常マウス、黒:Hht-Q79/+マウス。
図9
ハンチンチンノックインマウスは攻撃性が亢進
60-70週齢のマウスの攻撃性について、resident-intruder試験による、一定時間における侵入マウスへの攻撃
回数(a)と、侵入マウスに対して最初に攻撃を加えるまでの時間の測定(b)を行った。白:正常マウス、
黒:Hht-Q79/+ マウス。*p < 0.05(対正常マウス)。
前項で記述したように、本ハンチンチンノック
インマウスはハンチンチン凝集体が側坐核に多く
Ⅴ.他のハンチントン病モデルマウスとの比較
認められた。この事実は、攻撃性の亢進が認めら
HDモデルマウスとして、多くの種類のトラン
れたことと関係が深いと考えられる。側坐核は情
スジェニックマウスあるいはノックインマウスが
動あるいは報酬行動に関する中枢であり、それに
作製された。前者の方法では、導入遺伝子がマウ
対する線条体は運動調節に大きく関わるといった
ス内在性遺伝子の何れの場所に組込まれるかは不
局在的 な 機能 が 存在 するからである 。他 の HD
明であり、挿入された位置によっては導入遺伝子
ノックインマウスの研究において、表現型として
から転写、翻訳されるべき蛋白質が発現しない場
攻撃性の亢進のみ認められた報告もある 。つま
合や、あるいは挿入部の内在遺伝子の発現が抑制
り、側坐核において核内などに凝集体が形成され
されると、期待すべき表現型を示さない場合も考
たことにより、その細胞において機能障害が起き
えられる。それに比較して後者では、マウス内在
ている可能性が考えられる。
遺伝子の特定の位置に導入遺伝子が組込まれるた
12)
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めに、前者のような不利益が発生することはなく、
子も一緒に凝集に巻き込まれることにより、核内
ヒト遺伝病の理想的なモデルとして考えられる。
凝集体の形成された神経細胞において転写障害に
しかし、実際のHDモデルマウスでは、トランス
よる 機能 の 障害 が 起 こることが 実際 に 報告 され
ジェニックマウスでは顕著なHDとしての表現型
た20)-22)。本ノックインマウスにおいても、線条体
が観察される報告が多いのに対して7)-11)、ノック
などの核内凝集体に転写因子であるCREB-bind-
インマウスではHDとしての表現型に乏しい報告
ing protein (CBP) が巻き込まれていたことを、
が 多い
。例えば、トランスジェニックマウス
この因子に対する抗体とハンチンチン抗体との免
モデルとして 研究報告 の 多 い R6/2 HD マウスで
疫二重染色によって確認している16)。また、細胞
は、約6週齢から凝集体の形成が線条体以外にも
レベルの 実験 で 、伸長 CAG リピ ー トを 含 んだ 遺
大脳皮質、小脳など広範囲に認められ、顕著な運
伝子を導入した細胞に、神経栄養因子を加えた場
動障害も観察されている
。しかもこのマウス
合と加えなかった場合を比較すると、栄養因子を
は150CAGリピートを有するため、早期に発症し
加えると死細胞の割合は減ったものの、逆に核内
症状 も 重篤 である 。 また 、伸長 した CAG リピ ー
凝集体を形成した細胞は増えていた23)。さらに、
トを 含 むHD遺伝子全体 をcDNA としてあるいは
コンディショナルトランスジェニックマウスを使っ
yeast artificial chromosome (YAC)に挿入して
たグループでは、テトラサイクリン誘導体により
作られたトランスジェニックマウスは、運動障害
ハンチンチンの伸長ポリグルタミンの発現を自由
を伴い、線条体などに凝集体が形成されるととも
にon またはoffできるシステムを 利用 し 、 この 発
に、明らかな神経細胞死が認められた
。これ
現 を on にするとマウスの 線条体 の 萎縮、凝集体
らのマウスと比較して、ノックインマウスでは運
形成、運動異常を認めたが、驚くことに、発現を
動障害は認められても軽度で、凝集体の形成は線
off にすることによってこれらの 所見 は 可逆的 に
条体が中心であり、神経細胞死の認められないも
消失し正常のマウスに戻っていた24)。これらの事
のが多い12)-14)。本ノックインマウスで観察された
実より、核内などに形成される凝集体は必ずしも
所見は、攻撃性亢進の表現型と細胞死を伴わない
細胞死に関わるとは限らず、機能障害と関係が深
神経病理学的変化を呈し 、ヒトHD患者の病態像
いことが推察される。
12)-14)
7),19)
8),10)
と比較して軽度である。しかし、遺伝子の構築は
ま
ヒトHD患者に最も類似している特徴がある。
Ⅵ.神経細胞内凝集体の形成が神経細胞に及
ぼす影響
と
め
HD患者由来の伸長CAGリピートを含むヒトHD
遺伝子をマウスに導入することにより、マウスHD
遺伝子のエクソン1を含む相同領域が置換され、
HDにおける神経細胞の凝集体形成と細胞死と
ヒトハンチンチンノックインマウスを作製するこ
の関係について多くの議論が掲げられている。HD
とができた。このマウスは、ハンチンチンN末端
はハンチンチン蛋白質におけるポリグルタミン鎖
においてポリグルタミン鎖の長くなった変異ハン
の伸長によって、蛋白質構築が変化し、ポリグル
チンチン蛋白質が全身に発現された。マウスの老
タミンどうしが重合しやすくなり凝集を起こすと
齢化に伴い、60週齢以降のマウスの側坐核、線条
考えられている。週齢に依存して凝集体形成細胞
体、嗅結節においてハンチンチンN末端における
が増加するのは、加齢による蛋白質分解および分
ポリグルタミンの凝集体が、それらの神経細胞の
子シャペロン機能低下も考えられが、詳細は不明
核内およびneuropil、さらにはそれらが投射する
である。ポリグルタミンの凝集によって、転写因
領域のneuropilに形成され、週齢に依存して増え
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ていた。本ノックインマウスにおける明らかな神
2 )Duyao, M., Ambrose, C., Myers, R.,
経細胞変性および細胞死は観察されなかった。ま
Novelletto, A., Persichetti, F., Frontali,
た 、 Hht-Q79/+ マウスでは 運動異常、運動量 の
M., Folstein, S., Ross, C., Franz, M.,
変化等は認められなかったものの、攻撃性の亢進
Abbott , J . et al ., 1993. Trinucleotide
が認められた。これらの結果は、他のHD研究グ
repeat length instability and age of onset
ループ、特にノックイン法によって作製されたモ
in Huntington’s Disease. Nat. Genet. 4,
デルマウスにおいても観察された所見でもあ
387-392.
。しかし、本ノックインマウスの特徴とし
3)Snell, R.G., MacMillan, J.C., Cheadle,
て、 ハンチンチン凝集体が側坐核の神経細胞に
J.P., Fenton, I., Lazarou, L.P., Davis,
顕著であったこと、 ホモ接合体マウスでは神経
P ., MacDonald , M . E ., Gusella , J . F .,
細胞の核内およびneuropil凝集体以外にも細胞質
Harper, P.S., Shaw, D.J., 1993. Relation-
内に特徴的な大型の凝集体が形成されたことであ
ship between trinucleotide repeat expansion
る。
and phenotype variation in Huntington’s
る
12)-14)
Disease. Nat. Genet. 4, 393-397.
本ノックインマウスで認められたこれらの所見
をヒトHD患者の病態と比較すると、本マウスは
4)Andrew, S.E., Goldberg, Y.P., Kremer,
HDにおける初期病態モデルと考えられ、またHD
B., Telenius, H., Theilmann, J., Adam,
の発症メカニズムを研究するためには最適なモデ
S ., Starr , E ., Squitieri, F ., Lin , B .,
ル動物とも考えられる。さらに、本ノックインマ
Kalchman, M.A. et al., The relationship
ウスはHDに対する新たな治療法開発へのツール
between trinucleotide(CAG)repeat length
としても役立つと期待される。
and clinical features of Huntington’
s Disease.
Nat. Genet. 4, 398-403.
付記および謝辞
5 ) DiFiglia, M., Sapp, E., Chase, K.O.,
本総説は、藤田保健衛生大学・総合医科学研究
Davies, S. W., Bates, G.P., Vonsattel,
所ならびに疾患モデル教育研究センターで行われ
J.P., Aronin, N., 1997. Aggregation of
た研究についてまとめたものである。本論文に関
huntingtin in neuronal intranuclear inclu-
する研究でご指導ならびにご協力いただいた藤田
sions and dystrophic neurites in brain .
保健衛生大学総合医科学研究所・永津俊治名誉教
Science 277, 1990-1993.
授をはじめ、同衛生学部・山田晃司講師、同疾患
6 ) Gutekunst , C . A ., Li , S . H ., Yi , H .,
モデルセンター・西井一宏助教、カルナバイオサ
Mulroy, J.S., Kuemmerle, S., Jones, R.,
イエンス㈱・石黒啓司研究部長には深く感謝申し
Rye, D., Ferrante, R.J., Hersch, S.M.,
上げます。
Li , X . J ., 1999. Nuclear and neuropil
参
考
文
aggregates in Huntington’
s disease: relation-
献
ship to neuropathology. J. Neurosci. 19,
1 ) The Huntington ’s Disease Collaborative
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Research Group , 1993. A novel gene
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