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靴のクレーム事例から品質を見直す(1)

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靴のクレーム事例から品質を見直す(1)
靴のクレーム事例から品質を見直す(1)
都立皮革技術センター台東支所 砂 原 正 明・中 島 健
1.はじめに
しい問題になることもある。
当所に寄せられる技術相談の内容は、製
いずれにしてもしっかりした商品知識を
造技術や品質評価方法など幅広いが、ク
もって初期対応することが重要となる。
レーム処理に関わる問題も多い。このク
今回取り上げるクレーム問題は当所に持
レーム問題は選択ミス(フィッティングを
ち込まれた事例である。耐久性(寿命)に
含む)や取り扱いの誤解等を含めて皆無に
関わる問題が多く、顧客が納得せず複雑に
はならない問題である。また、この寄せら
なった事例が多い。また、製造から時間が
れた事例の対応は品質向上に欠かせない内
経っているため同種の製品が残っておら
容が含まれることから疎かにできないと考
ず、その性能を試験によって判別できない
えて、解説を試みることとした。
ことが多い。ISOに示された性能要件と照
クレームに関わる問題における当所の利
らし合わせ説明することができない。
用者は、メーカーや販売業者(流通含む)
そこで、過去に起きたトラブル時の性能
が主であるが、一般消費者や全国の消費者
値を参考にしたり、客観的な立場で原因の
センター等も含まれ様々である。
調査結果を示せるように顕微鏡写真やX線
消費者からの相談内容では、商品の不満
写真等で細かく観察した結果を顧客に報告
はもとより、「表示と異なっている の で
し納得が得られるように心がけている。こ
は?」などの品質表示に関わる問題や皮革
れらの対応は品質についての設計を改めて
と合成材料との識別に絡んだ問題も含まれ
見直す機会とすべきである。
る。また、
「クレーム原因の回答を得たが、
取り上げる内容は表底部分から甲部分や
これで妥当か?」と不信感を露わにされた
内装材あるいはその他の材料ごとにすす
事例もある。消費者に不快感を与えてし
め、さらに、履き慣らしてから起こる履き
まった例で、早期に信頼回復に努力する必
にくくさ等、靴の設計に関わる問題も取り
要があろう。
上げなければならないと考えている。
しかし、着用者の商品の取り扱い方や、
2.靴底に関わるクレーム
着用期間、目的以外に使用したこと等が原
因で問題が生じる、着用者に非があるケー
はきものを着用する目的は足裏の保護で
スもある。これらは商品知識の普及や取り
ある。その足裏保護を担う表底材料には、
扱い説明の改善で、
解決しなければならない。
硬く鞣された皮革が長い間使われてきた。
さらに、靴の苦情処理では、交換や返金
革製表底特有の重さ、滑り具合、感触、修
では納得せず「原因究明」を求められて難
理時期まで製造者は商品について熟知して
8
いた。今から60年ほど前から加硫ゴムに始
まる様々な材料が使われるようになった。
その歴史は革に比べるとまだ短い。新規材
料の性能がどうあるべきかがまだ確立され
ていないことがクレームの申し立てから感
じられる。
表底用ゴムの開発当初は革の代替品と見
図2 主な靴底材料の耐久性
なされていたこともあり、厚さ、外観、そ
して縫製加工は革と同じように扱われてき
た。しかし、ゴムの欠点である「重さ」や
材料の耐久性を図2に示す。図2は我が国
「色は黒色のみ」を改めようと、様々なプ
で多く使用されている靴底材料の耐屈曲性
ラスチックが用途に応じて使用され始め
と耐摩耗性の試験結果を「耐久性」として
た。軽量化が進み、着色性・クッション性
指数化した値のグラフである。
等が改良された。しかし、環境問題や耐久
2ー1.ボール部の屈曲割れ
性等で不都合が生じてきており解決が迫ら
写真1は加硫ゴム製表底が亀裂を起こ
れている。
し、
クレームとして持ち込まれた例である。
表底材料の役割を担う様々な性能要件を
ISOでは靴材料の基本性能として設定して
摩耗程度から長い期間使用されていること
いる。重要性能要件としては、耐屈曲性、
がわかる。同種の新品をISO方式の靴底屈
耐摩耗性、層間剥離強さ、耐滑性がある。
曲試験にかけると、屈曲割れは生じなかっ
付帯的な性能要件としては、面積安定性、
た。表底を修理することで対応できた事例
圧縮エネルギー、接着性、可溶性成分、耐
である。
水性が定められている。
性能要件とは別に、ファッション面の色
合いと感触、歩きやすさの面や使いやすさ
等が求められている。これらに関わる性能
値をクレーム品から割り出す手立てを確立
することが靴の品質向上につながると考え
られる。
写真1 加硫ゴム
参考として、1970年から2005年までの靴
底材料の生産量の推移を図1に、主な靴底
屈曲部の割れは、表底の厚さ、形状、取
り扱い(体重や歩様あるいは路面状況等)
等に影響されることから、同じ材料であっ
ても屈曲性能を考慮した厚さ、底意匠、形
状の設計が必要である。ファッションタイ
プのハイヒール靴では底の屈曲角度が小さ
いが、カジュアルタイプでは屈曲角度が大
図1 靴底材料の生産量の推移
きくなる。靴種に応じた性能が要求される
9
しいこともあって我が国ではほとんど使わ
ことになる。
れなくなっている。しかし、低価格で使い
カジュアルタイプには、耐久性の面から、
「耐屈曲性の優れた配合」を行うべきであ
やすいこともあって、欧州では未だに生産
る。このタイプでは、快適歩行のために耐
量が多い。熱可塑性ゴム(TPR)やエチ
屈曲性や耐摩耗性を犠牲にしてまで軽量化
レン-酢酸ビニル共重合樹脂(EVA)ある
設計がされている。ここに品質と性能の期
いはニトリルブタジエンゴム(NBR)の
待にずれが生じて不満となる原因がある。
中に混入されて使用される量も含まれてい
軽量化した効果は仕様としてなかなか表わ
ると考えられる。可塑剤に禁止物質のフタ
しにくいが、最低限の性能は維持しておく
ル酸ジオクチル(DOP)が使われていな
べきである。
いか確認が必要である。さらにこの材料は
ISOの性能要件は靴種(使用目的別に分
可塑剤の移行で色移りしたり、接着剤のは
類、すなわち一般スポーツ用、就学期用、
がれの原因になることもあり、この点の
カジュアル、男性タウン、女性タウン、
チェックも忘れてはならない。焼却廃棄時
ファッション用、幼児靴、室内履き、寒冷
の塩化物による焼却炉の破壊やダイオキシ
地用の9種類)によって使用される程度を
ン発生の問題も解決されていない。
予測して定められている。屈曲試験は直径
30mmの丸棒に接触させながら90°曲げる
動作を3万回繰返して屈曲割れが拡がるか
どうかを測定する。因みに過酷な使用が見
込まれるスポーツタイプと学童期用靴は4
mm以下でなくてはならないのに対して、
室内履きやファッションタイプでは屈曲亀
写真3 EVA
裂を起しにくいとの考えから12mmまで許
容される。
写真3はEVA製表底のクレーム事例で
ある。EVAは発泡量を上げると靴の軽量
化が図れるので急激に利用されるように
なった材料である。価格面でも有利である
として我が国では多く使われている。しか
し、圧縮永久歪み(へたり)が大で、濡れ
た路面では耐滑性が劣り、耐摩耗性も推奨
写真2 PVC
できないレベルである。子供靴のように短
期間にサイズ変更しなければならない靴で
写真2はポリ塩化ビニル(PVC)製の
さえ、屈曲割れでクレームが寄せられたこ
表底に亀裂が生じクレームになった事例で
とがある。行き過ぎた軽量化が招いた結果
ある。PVCはプラスチックとして最初に
である。これを改良するためにPVCやゴ
使われるようになった材料である。寒冷地
ム系化合物を混合することがある。
しかし、
での使用で亀裂が発生しやすいこと、滑り
加硫ゴムの性能にはとても及ばない。消費
やすいこと、あるいは環境的にも処理が難
者は外観が加硫ゴムと似ていることから不
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満がつのる。ゴムと混同して使用されてい
熱をかけて起きた割れである。革繊維がゼ
ることがクレームの原因となっている。
ラチン化し硬化して亀裂が起きた現象であ
る。革底靴が主体の時代では濡れた植物タ
ンニン革が熱に弱いことは常識であった。
ゴムやプラスチックが靴底材料の主体と
なった時代になって、忘れられてしまった
商品知識である。
写真4 PU
写真4はポリウレタン(PU)で作られ
た表底が爪先で割れた事例である。保管状
態が悪いと加水分解が起きて劣化する現象
写真6 トウシューズの革製表底の割れ
とされている。ポリウレタンのすべてが加
水分解を起こすのでなく、エステルタイプ
が加水分解したり微生物に影響を受けたり
しやすい。エーテルタイプは劣化が起きに
くいために使用が盛んになってきているこ
とは業界では常識となっている。しかし、
多くの消費者は両者に同じ性能を望むた
め、予めエステルタイプかエーテルタイプ
写真7 トウシューズの底革断面
かの表示が必要であろう。いずれのタイプ
のポリウレタンにおいても、薬品の取り扱
いや反応制御が難しかったことが改善され
写真6はバレエで使用するトウシューズ
て、見直されている材料である。耐摩耗性
の革製表底が体重を支える中央部で折れた
や軽さ・衝撃吸収性の点で優れていること
事例である。
顕微鏡で革断面を観察すると、
で、安心して使用できるように検査方法を
革繊維の絡みが少なく、革表面に対して垂
確立しなければならない。
直方向に走っているいわゆるパルピーな革
写真5は植物タンニン鞣し革製の表底で
であった(写真7)
。そのため折り曲げに
ある。これは濡れた革靴を乾かそうと高い
耐えられなかったと考えられる。
写真8と写真9は踵部の割れ事例であ
る。写真8は加硫ゴム、写真9はEVAで
ある。いずれも底の薄い部分と踵の厚い部
分を同時に成形することから、樹脂が円滑
に流れにくいことや加熱と冷却の温度差等
で均一な樹脂にならなかった結果であると
考えられる。また、踵の外側先端は歩行時
写真5 植物タンニン鞣し革
に全体重を支えなければならないことから
11
丈夫な作りが必要なところでもある。
写真8 加硫ゴム
写真10 革製表底の摩耗
表底の場合、100万歩着用しても摩耗量が
0.5mm以下であった。このことから、革製
表底の耐久性を推し量れよう。
革製表底は早期に摩耗してしまうし、水
と熱にも弱く繊細な底材料である。
しかし、
写真9 EVA
欧州での生産量は60年前と全く変わってい
ない。これは驚異的なことである。蒸れな
写真9の例は成形による欠陥と考えられ
い、履き心地がよい、として高級靴に今で
る。左右両方の靴に起きたのであれば温度
も使われているので愛用者は減らない。こ
や時間等の成形条件が原因と推定できる。
のことを伝統的な郷愁として捉えるのでな
もう片方の靴を調べることでより多くの情
く、履き心地を科学的に捉えようとする動
報が得られる。
きも始まっている。
2ー2.靴底の摩耗が早い
写真10は革製表底の片側に穴があいてし
まったとのクレームである。穴のあいてい
ない反対側もかろうじて持ちこたえている
状態であったことから、使用限度に達した
と判断しなければならない。
写真11 粗悪な革製表底
革製表底は摩耗が激しいといわれている
が、重要なポイントはどのくらいの期間着
用できるかである。今から25年ほど前、
我々
写真11は同じように摩耗で穴が開いてし
が行った実験においては、紳士靴用のレ
まった植物タンニン鞣し革底の商品であ
ギュラータイプ革製表底で50万歩は着用で
る。底革としては粗悪であると判断した。
きたのに対し、軽量化した底革では30万歩
底革の耐久性向上を図るため鞣し方法が長
しか使用できなかった。また、耐久性を改
年にわたり工夫されてきた。根本的な問題
善すべくクロム鞣しを併用した底革は70万
として動物の種類によるところが大きいと
歩から100万歩使用できた。一方、ゴム製
されている。特に牛の種類と飼育方法によ
12
り大きな差が出るといわれている。この靴
の底革の断面写真を見ると写真12のように
革繊維が革表面に対して水平方向に走って
いる。摩耗しやすい構造である。参考とし
て写真13に革繊維が密に絡み合った、摩耗
しにくい底革の断面を示す。
写真13 革底断面
(革繊維が縦横に絡み合っている)
本件は前述の30万歩の歩行に耐えられな
かった材料と同様である。耐摩耗性は革繊
維の絡み合いと緻密さの影響を受けること
から、高級靴として高価格で販売する製品
であれば、それだけの価値のある材料を選
択することが当然の仕事である。本件の場
合、調べてみるとクレーム品と新品の革繊
維構造が同様であったことから、そもそも
牛の種類が高級靴に使うべきものではな
写真14 EVA製表底の激しい摩耗
かったと考えられる。革底靴のイメージを
損ねてしまう粗悪なレベルである。
写真14はEVA製表底の摩耗が早過ぎる
量損失200mg以下となっている。比重が0.9
とのクレームである。EVA製表底の中に
以上ならば体積損失を、0.9未満ならば重
は革底と変わらない低レベルの耐久性しか
量損失を見るということである。
ないものもある。軽量の靴は足への負担が
ちなみに、経験的に見て、比重が0.9以
少ないとして好まれる風潮があるが、足を
上のものは、比重が1.0〜1.2のものが多い。
支える機能がないレベルの表底をもつ靴も
0.9未満のものは0.3〜0.6のものが多い。比
作られていることも考えなければならない
重が0.9前後のものは現実には少ない。
問題である。
「350mm3」と「200mg」では絶対値が大
表底の耐摩耗性の性能要件がISO20880
きくかけ離れていると感じる人もいるだろ
に示されている。比重が0.9mg/mm 以上
う。 し か し、 仮 に あ る 表 底 材 の 比 重 が
か未満かで性能要件は変わる。紳士タウン
0.5mg/mm3で、 重 量 損 失 が200mgで あ っ
シューズを例に見ると、比重0.9以上では
たとしよう。このときの体積損失を計算す
3
3
ると200÷0.5=400mm3となり、350mm3に
体積損失350mm 以下、比重0.9未満では重
近い値になる。前述のように発泡した材料
では比重が0.3〜0.6のもの、すなわち比重
が0.5前後のものが多い。したがって「体
積損失350mm3以下」と「重量損失200mg
以下」は現実をよく考慮して設定された性
能要件であるといえよう。
また、密度が低い発泡性材料、例えば前
写真12 革底断面
(革繊維が主に水平方向のみ)
述の比重が0.5mg/mm3の試料の場合、性能
要件「重量損失200mg以下」を厳しいと感
13
じる人もいるだろう。しかし、先に示した
ようにこれを体積損失に換算すれば400mm3
という大きな数値になる。すなわち甘い性
能要件が定められているのである。本性能
要件は、発泡の程度が大きいものは摩耗が
激しくてもやむを得ないとしたものである。
靴底を軽量化して快適感を味わうには、一
写真15 トップピースの摩耗
方で摩耗が早いことを受け入れなければな
らないということである。EVA製表底では
この性能要件をも満たしていないものが多
く、注意をしなければならない。
2ー3.トップピースの摩耗
婦人靴において、ハイヒールのトップ
ピースは消耗品として交換修理することが
写真16 ウェッジヒールの摩耗
当然の取り扱いとなっている。トップピー
スの摩耗した例を写真15に示す。
しかし、あまりにも細い直径10mm未満
は直径16mm、厚さ6mm以上、のゴム状
のタイプは1週間程度で交換しなければな
物質を対象としている。試料に10Nの荷重
らないこともあり、着用者は苦労している。
をかけ研摩布に押し付け摩耗させる。細い
メーカーも様々な材料を研究している。細
ヒール用のトップピースの中には試験に必
いタイプとは別に、写真16のウェッジタイ
要な大きさを満たしていないものもあり、
プの婦人靴では、トップピースの役割を担
その場合は試料にかかる圧力が規定と変
う部分にデザイン上の問題から表底材料と
わったものになるのでイレギュラーな試験
同じものを使うことから耐摩耗性の優れた
となることに注意が必要である。
材料を使用できない場合がある。ウェッジ
参考文献
材料が硬いプラスチックであることから、
柔らかいトップピースは床とウェッジの間
本文は以下の文献を参考にした。
に挟まれて千切り取られ、摩耗が早められ
1)H arvey, A., J. : Footwear materials and
てしまうことがある。
process technology, A Lasra publication,
靴底全体で着用者の体重を受け止めるの
Reprinted in April 1999.
ではない。摩耗が見受けられる小さな部分
2)表 底材料の性能について,昭和58年度東京
が体重を受け止め、歩行を前進させる過酷
都皮革技術委託研究報告書,東京都産業労
な働きを担っている。ヒールはさらに狭い
働会館, 1984.
面積で体重を受け止めている。したがって、
3)靴・科学と実際,日本はきもの研究会編,
材料の強度を十分確認してから使用しなけ
初版, 1987.
ればならない。
4)菅野英二郎, 表底材料の性能について(2),
なお、トップピース材料の耐摩耗性は
かわとはきもの, No. 49, P. 6-9(1984).
ISO20871に基づき測定する。この試験法
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