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教材 Ⅸ

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教材 Ⅸ
2013年度前期
民法Ⅱ(教材Ⅸ)
山田誠一
教材Ⅸ(第22回・第23回・第24回)
第13 弁済
[1] 【再論】弁済
(1) 弁済とは:債務者が債務の本旨にしたがって、債権者に対して履行を行なうことである。債務
者の任意の自発的な履行をいう。債務(債権)の内容である一定の行為をすることが履行であ
り、それが、同時に弁済である。
(2) 弁済の効果:債権債務が消滅する【重要】。しかし、このことを定めた規定はない。
(3) 給付保持力:給付が行なわれ、それが債務の履行である場合は、債権の存在が給付の法律
上の原因となる。そのとき、債権者はその給付を保持することができる。このことを、債権の効力
として把握し、「給付保持力」という。
[2] 代物弁済[民法Ⅲ:228-230]
(1) 代物弁済とは何か(482条):債務者が債権者の承諾を得て、その負担した給付に代えて他の
給付をすることを代物弁済という。民法は代物弁済を債権の消滅原因として位置づけている。
(2) 要件:①債権者と債務者の合意(債権の内容である甲という給付に、乙という給付を代えるこ
と)、②乙という給付が行なわれること。①②の両者が必要である。①だけでは、代物弁済には
ならず、したがって、債権は消滅しない。②だけでも、代物弁済にならず、債権は消滅しない。
②の給付は、弁済にならないため、債権者は、その給付について、給付保持力を有しない。
(3) 効果:代物弁済は、弁済と同一の効力を有する。したがって、債権が消滅し、債権者は、代物
弁済の給付について、給付保持力を有する。
(4) 具体例:A が、B に対して100万円の債務を負っていた。A が、B の承諾を得て、100万円の支
払の代わりに、A が所有する自動車の所有権を、B に譲渡した。これによって、100万円の債
務は消滅し、B は、自動車について、給付保持力を有する。
(5) 代物弁済を用いた担保[第28回]:C が D に対して金銭の貸付をする場合、弁済期に借入金
を返済出来ない場合は、D が所有している土地の所有権を借入金の返済に代えて C に移転
する旨を、金銭の貸付を行なう時点で、合意することがある。D に対する他の債権者に優先し
て、C がこの不動産の権利を確保するために、合意の時点(したがって、貸付の時点)で、D か
ら C への所有権移転登記の仮登記が行なわれる。この合意は、貸付金債権の回収を、簡易に
かつ強力に行なうことを内容とした担保としての意義を有する。
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山田誠一
[3] 供託[民法Ⅲ:230-234]
(1) 供託とは何か(494条):弁済の目的物を、一定の国家機関等に寄託することによって、債務者
が一方的に債務を消滅させることを、供託という。しかし、他の趣旨にもとづく供託制度(例え
ば、民事執行法上の供託)もあり、それらと区別する趣旨で、弁済供託とよばれることもある。供
託は、多くの場合は、金銭の供託であるが、金銭の供託には限られない。
(2) 要件:債権者の受領拒絶(①)、債権者の受領不能(②)、または、債権者の確知不能(③)の
いずれかの場合でなければならない。①債権者の受領拒絶には、弁済の提供を要する。すな
わち、債権者が現実の提供をしたが、受領を拒んだ場合、または、債権者が予め受領を拒ん
だときは、口頭の提供した場合(判例)、債権者の受領拒絶が認められる。ただし、債権者が受
領をしないことが明確なときは、提供をする必要はない(判例)。②債権者の受領不能とは、例
えば、事実上、受領できない場合である。受領できないことが、債権者の帰責事由にもとづくこ
とを要しない。③債権者の確知不能とは、弁済者(債務者)の過失なくして、債権者を確知する
ことができない場合(債権者が誰であるか分からない場合)をいう。
(3) 供託手続:債務履行地の供託所(法務局など)に、債務者が、供託を行なう(495条)。
(4) 効果:債権が消滅する(494条)。その債権を被担保債権とする抵当権も消滅する。その結果、
供託をすると直ちに、強制執行や抵当権の実行を中止させることができる。債務の履行につい
て債権者の協力が得られない場合、弁済の提供、債権者の受領遅滞の要件をみたす場合が
あるが、それらはいずれも、債務の消滅という効果をもたない。
(5) 債権者の供託物交付請求権:供託所に対して、債権者は、供託物の交付を請求することがで
きる。
[4] 弁済の充当[民法Ⅲ:225-227]
(1) 「弁済の充当」に関する規律が必要となる事情:同一の債権者債務者間に、複数の同種の債
権がある場合に、債務者が債権者に弁済として給付をしようとしたとき、または、弁済として給
付したとき、その給付が、複数の債務の全部を消滅させるのに足りないということがある。このと
き、どの債務の弁済となるのか、したがって、どの債務が消滅するのかを決める規律がないと、
その後、どの債務がまだ消滅していないのか、したがって、どの債務を履行しなければならな
いのかが決まらないため、法律関係が明確にならないという不都合がある。複数の債権のそれ
ぞれの利息の定めが異なる場合や、複数の債権の一部に抵当権が設定されていたり、保証が
行なわれている場合に、具体的に問題となる。
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(2) 債権者と債務者の合意による充当:債権者債務者が、その給付を、どの債権に充当するかを
合意すれば、その合意にもとづいて充当が行なわれる。
(3) 充当の指定(488条):充当について債権者と債務者の合意がない場合、弁済をする者(債務
者)は、給付のときに、充当を指定することができる。弁済をする者が指定しない場合は、弁済
を受領する者(債権者)が、充当を指定することができる。
(4) 法定充当(489条):債権者と債務者の合意がなく、指定もない場合、弁済期の到来の有無、
債務者のために弁済の利益の多少、弁済期の到来の先後にしがって、充当され、これらによ
って決まらない場合は、各債務に債務額に応じてそ充当される(各債務に一部弁済となる)。
(5) 元本と利息と費用(491条):費用、利息、元本の債務を支払うべき場合、弁済をする者の給付
が、その全部を消滅させるのに足りない場合、費用、利息、元本の順に充当される。
■ 復習用リスト
(1) 代物弁済の要件と効果と具体例について、説明できるか。
(2) 供託の要件と効果と具体例について、説明できるか。
第14 弁済による代位
[1] 【補論】抵当権とは何か
(1) 金銭債権の強制執行:金銭債権の債権者は、債務者に履行の強制をすることができる(414
条)。履行の強制は、民事執行法が定める強制執行手続にもとづいて行なわれる。金銭債権
の強制執行においては、債権者は、債務名義(確定判決)をもって、強制執行の申立てをす
る。
(2) 不動産に対する強制執行:債権者が、裁判所に対して、具体的な不動産を特定して、強制競
売の申し立てをする。裁判所は、債権者が特定した不動産を差し押え(処分を禁止し)、換価
し(第三者に売却する)、換価代金を債権者に配当する。
(3) 債権者平等:複数の債権者が、同一の不動産について、強制執行を行ない(差押え・配当要
求)、換価代金が、複数の債権者の債権(強制執行を行なう債権)の額の合計額を下回る場合、
各債権者には、債権額に按分比例した額が配当される。
(4) 抵当権とは何か:他人の不動産の換価代金から、他の債権者に優先して、自己の債権の弁済
を受けることができる権利。他の債権者に優先して弁済を受けることができることを、優先弁済
効という。抵当権によって優先して弁済を受ける債権を、被担保債権(抵当権によって担保さ
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れる債権)という。①抵当権者(抵当権を有する債権者)は、債務名義なく、抵当権の実行を申
し立てることができる。裁判所は、債務者または第三者が所有する不動産を換価し、換価代金
を、抵当権者に配当する。②同一の不動産について、抵当権者と、一般債権者(抵当権を有
しない債権者)が抵当権の実行・強制執行を行なった場合、換価代金は、抵当権者に優先し
て配当される。
[2] 【補論】抵当権についての規律の概略
(1) 抵当権の成立:抵当権者になろうとする者は、不動産の所有者との合意(意思表示)によって、
抵当権を取得する(176条)。抵当権者は、被担保債権を有していなければならない。不動産
の所有者(抵当権設定者)は、被担保債権の債務者であっても、債務者でなくてもかまわない。
抵当権設定者が、被担保債権の債務者でない場合、抵当権設定者を物上保証人という。不
動産の所有者でない者は、抵当権を設定することができない。
(2) 被担保債権の存在:抵当権が成立するためには、被担保債権が存在していなければならない。
このことを、抵当権の成立における附従性という。したがって、被担保債権が、弁済により既に
消滅していた場合、または、被担保債権の成立原因である契約が不成立・無効・取消の場合
は、抵当権は成立しない。
(3) 抵当権の目的物:不動産(369条1項)に抵当権は成立し、動産には成立しない。地上権・永
小作権にも抵当権は成立する(369条2項)。
(4) 抵当権の設定登記:抵当権設定者と抵当権者は、共同申請によって、抵当権の設定登記を行
なう。抵当権の設定は、抵当権設定登記がなければ、不動産の譲受人・他の抵当権者・他の
債権者に対抗することができない(177条)。複数の抵当権が成立した場合には、抵当権設定
登記の先後によって、抵当権の順位が決る(373条1項)。
(5) 物上保証人:抵当権設定者は、債務者である場合と第三者である場合とがある。第三者が抵
当権設定者の場合、その者を物上保証人という。
(6) 抵当権の実行:抵当権者は、被担保債権の弁済期の到来後、抵当権を実行することができる。
被担保債権が弁済されると、抵当権が消滅するため、抵当権は実行することができない。
(7) 抵当権実行の申立て:抵当権者が、裁判所に、抵当権実行の申立てをすると、裁判所が、民
事執行法にもとづき、抵当権を実行する。抵当権者は、抵当権実行の申立てにおいて、抵当
権設定登記の登記簿謄本・抵当権の存在を証する確定判決を提出しなければならない(民事
執行法181条1項1号3号)。債務名義は不要である【重要】。
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(8) 配当を受けることができる地位:抵当権者は、①自ら抵当権実行を申し立てた場合だけではな
く、抵当不動産について、②他の抵当権者が抵当権実行を申し立てた場合、③抵当不動産の
所有者に対する他の債権者が差押えをした場合にも、配当を受けることができる。抵当権者は、
配当要求をする必要はない(②③の場合)【重要】。
(9) 換価・配当:裁判所は、抵当不動産を第三者に売却して換価する。抵当不動産の所有者は、
抵当不動産の所有権を失う。物上保証人は、自己が債務者ではない債権の弁済のために、
所有する不動産が第三者に売却され、その所有権を失う。換価代金は、①抵当権者、②差押
債権者・配当要求債権者、③抵当不動産の所有者の順に配当される(優先弁済効)。抵当権
者(①)が複数いる場合には、そのなかでは順位にしたがって配当が行なわれ、債権者(②)が
複数いる場合には、そのなかでは、債権者平等で債権額に按分比例して、配当が行なわれる。
抵当権の優先弁済効が実現する具体的な局面である。この優先弁済効が実現するためには、
抵当権を第三者に対抗することができなければならず、そのためには、抵当権の設定の登記
が行なわれていなければならない(177条)。
(10) 被担保債権の消滅による抵当権の消滅:被担保債権が消滅すると抵当権は消滅する。被担
保債権は、①債務者による弁済、②相殺、③消滅時効(物上保証人・第三取得者も消滅時効
を援用することができる)、④物上保証人・第三取得者による弁済(第三者弁済)により、消滅
する。被担保債権の一部弁済、一部消滅では、抵当権は消滅しない。被担保債権の消滅によ
り、抵当権が消滅することを、抵当権の消滅における附従性という。
(11) 抵当権の実行による抵当権の消滅:抵当権が実行されると、たとえ、被担保債権の全部が弁
済されなくても、抵当権は消滅する。抵当不動産について、他の抵当権が実行され、または、
他の債権者の差押にもとづいて強制執行が行なわれると、抵当権の被担保債権が全く弁済さ
れなくても、抵当権は消滅する。強制執行・抵当権の実行により売却を受けた第三者は、抵当
権の負担のまったくない所有権を取得する(消除主義という。民事執行法59条1項参照)。
(以上、第22回)
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[3] 弁済による代位(その1)―債務者を中心とした関係[民法Ⅲ:215-217]
(1) 前提となる事情:保証人が弁済をすると、主たる債務は消滅し、保証人は主たる債務者に対し
て求償権を取得する。主たる債務を被担保債権として、債務者所有の不動産に抵当権が設定
されていた場合、主たる債務者に対する他の債権者との関係で、保証人の求償権が、右の抵
当不動産から優先的な弁済を受けることができるだろうか。
(2) 法律構成:保証人が弁済をすると、保証人は、債権者が有していた債権(原債権)と、原債権
を被担保債権とする抵当権を取得する(随伴性)。原債権と抵当権を取得することを、弁済によ
る代位と呼ぶ。保証人は弁済をすると求償権を取得するが、求償権と原債権とは、別個の債権
であり、原債権は求償権を担保すると理解されている。
(3) 要件:①弁済をするについて正当な利益を有する者は、弁済によって、当然に、債権者に代
位する(500条)。保証人・物上保証人・抵当不動産の第三取得者が正当な利益を有する者に
あたる。弁済には、強制執行による配当や抵当権の実行による配当が含まれる。②弁済をする
について正当な利益を有しない者は、弁済と同時に債権者の承諾を得て、債権者に代位する
ことができる(499条)。
(4) 効果:債権者が主たる債務者に対して有していた原債権(弁済された債権)・原債権の担保
(原債権を被担保債権とする抵当権、原債権を主たる債権とする保証債権)を、弁済者が取得
する。ただし、原債権と原債権の担保は、弁済者が有する求償権の範囲内でのみ行使するこ
とができる(501条前段)。
(5) 保証人が弁済をした場合:主たる債務者が主たる債権を被担保債権として、自己所有の不動
産に抵当権を設定しているとき、保証人は、主たる債権(原債権)と抵当権を弁済による代位に
よって取得する。保証人の主たる債務者に対する求償権の範囲内で、原債権と抵当権を行使
することができる。
(6) 大判昭和6年4月7日民集10巻535頁[百選Ⅱ・40事件]:債権者・抵当権者 B 銀行、債務者・
抵当権設定者 A、保証人 X。X は、B 銀行に保証債務を一部履行し、抵当権設定登記に代位
の附記登記を行なった後、抵当権実行のため、競売の申し立てをした。執行裁判所は、申立
てを却下した。判決は、X の抗告を棄却した原判決を取消し、差し戻した。
[4] 弁済による代位(その2)―債務者以外の者相互間の関係[民法Ⅲ:217-220]
(1) 債務者以外の者相互間では、どのような問題が生ずるか:同一の債権を被担保債権とする物
上保証人と主たる債務とする連帯保証人がいる場合、①物上保証人の出捐によって被担保債
権=主たる債務が消滅した場合、物上保証人は連帯保証人に対して何かを求めることができ
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るか、②連帯保証人の出捐によって主たる債務=被担保債権が消滅した場合、連帯保証人
は物上保証人に対して何かを求めることができるか。
(2) 物上保証人と連帯保証人の関係:出捐をした者は、弁済による代位によって、原債権と担保と
を取得する。同一の債権を被担保債権とする物上保証人と主たる債務とする連帯保証人の間
においては、①物上保証人が出捐をした場合は、原債権と連帯保証債権を取得する。ただし、
連帯保証債権は2分の1のみを弁済による代位によって取得する(501条後段5号。1を物上
保証人と連帯保証人の人数で割った割合)。②連帯保証人が出捐をした場合は、原債権と抵
当権を取得する。ただし、抵当権は2分の1のみを弁済による代位によって取得する(501条後
段5号)。①②のいずれにおいても、原債権の行使は求償権の範囲内であり(501条前段)、弁
済による代位によって取得した抵当権・連帯保証債権の行使は、原債権(被担保債権・主たる
債権)範囲でのみ行なうことができる(附従性)。
(3) 複数の物上保証人の関係:同一の債権を被担保債権とする二人の物上保証人の間において
は、出捐をした物上保証人は、原債権と抵当権を取得する。ただし、抵当権は、自己の抵当不
動産ともう一人の物上保証人に抵当不動産の価格の割合に応じてのみ取得する(501条後段
4号)。例:自己の抵当不動産3000万円、もう一人の抵当不動産2000万円、被担保債権400
0万円の場合、4000万円の原債権を取得し、抵当権は4割のみを弁済による代位によって取
得する。
(4) 代位割合を変更する合意:物上保証人と連帯保証人との間、または、複数の物上保証人相互
間では、弁済による代位によって、割合的に担保を取得する(501条後段4号5号)。しかし、
弁済による代位よって担保を取得する割合(代位割合)を、あらかじめ、物上保証人・連帯保証
人間で変更することができる。
(5) 最判昭和59年5月29日民集38巻7号885頁[百選Ⅱ・39事件]:債権者 A 信用金庫、債務者
B、物上保証人かつ連帯保証人 C、保証人 X 信用保証協会。X が抵当権設定登記に代位の
附記登記を行なった。抵当不動産の競売が行なわれ、X 信用保証協会には、元本を227万円、
損害金を6パーセントとする配当が行なわれた。X が、後順位抵当権者 Y に対して、元本454
万円、損害金18.25パーセントの配当を行なうよう訴えを提起した。判決は、請求を認容し
た。
[5] 担保保存義務[民法Ⅲ:220-221]
(1) 担保保存義務:債権者が、担保を故意または懈怠によって喪失または減少した結果、法定代
位者が償還を受けられなくなることを回避すべき義務が、債権者に課されている。債権者が、
この義務に違反した場合、法定代位者(保証人、物上保証人、抵当不動産の第三取得者)は、
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償還を受けられなくなった範囲で、債権者に対する責任を免れる。例:債務者所有の不動産に
抵当権が設定され、また、保証人がいる場合に、債権者が、抵当権を放棄する。
■ 復習用リスト
(1) 弁済による代位とはどのような制度であるか、その趣旨を明らかにし、具体例を挙げて説明で
きるか。
■ 例題
(1) A が債権者、B が債務者、C が連帯保証人、D が物上保証人で、A の B に対する債権の全額
を、①C が弁済をした場合、②D が弁済をした場合、BCD の法律関係はどうなるか。
(以上、第23回)
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第15 相殺
[1]相殺とはどのような制度か[民法Ⅲ:234-235]
(1) 相殺とは:二つの債権債務を交互に有し負う二当事者間で行なう債権債務の差引計算で、一
方当事者の意思表示によって、二の債権債務が消滅すること。例:A が B に対して100万円の
金銭債権(甲債権)を有し、B が A に対して80万円の金銭債権(乙債権)を有している場合、A
が相殺の意思表示をすると、乙債権(80万円)を免れると同時に、甲債権の一部(80万円)を
失う。B の同意は不要である。B が相殺の意思表示をした場合も同じであり、その場合は、A の
同意は不要である。相殺の意思表示をする当事者が有する債権を自働債権と呼び、その者が
負う債務を受働債権と呼ぶ。
(2) 相殺の意義:自働債権について、債権者が単独で、弁済された場合と同一の結果を生じさせ
ることができる。債務者の協力を必要とせず、しかも、強制執行手続を利用する必要がない(債
務名義が不要である)。
[2]相殺の要件と効果[民法Ⅲ:235-240、244-245]
(1) 要件:①同種の目的を有する二つの債権債務が、債権者と債務者が交互になっていること(5
05条1項)。通常は、二つの金銭債権について、相殺が行なわれる。②二つの債権債務が弁
済期にあること(505条1項)。③自働債権について債務者の抗弁権がないこと(505条1項た
だし書)。例えば、同時履行の抗弁権が認められる場合。以上の要件を満たすことを、二つの
債権が相殺適状にあるという。
(2) 相殺の意思表示:債務が消滅するためには、相殺適状にあるだけでは足りず、当事者の一方
から相手方に対する意思表示が必要である(506条)。単独行為である。
(3) 効果:自働債権と受働債権が、対当額について消滅する(505条1項)。対当額とは、同額の
意味であり、具体的には、自働債権と受働債権の小さい方の額である。相殺の効果は、相殺
適状となった時点に遡る(506条2項)。
[3]債権差押えの効果
(1) 債権差押えの仕組み(金銭債権の場合):債務者が第三債務者に対して有する金銭債権につ
いて、債権者は強制執行をすることができる(債務名義が必要である)。債権者の申立てにもと
づいて、裁判所が、債務者が第三債務者に対して有する金銭債権(甲債権)を差し押える。そ
の後、差押の効力として、債権者は、甲債権を、第三債務者から直接、取り立てることができる
(民事執行法155条1項)。債権者が取り立てた金銭は、自己が債務者に対して有する債権
(乙債権)の弁済とみなされ(同条2項)、同時に、第三債務者が債権者に金銭を支払うことは、
甲債権の弁済とされる。
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(2) 債権差押の効果:債権者が、債務者が第三債務者に対して有する債権(甲債権)を差し押さえ
ると、債務者は第三債務者から甲債権を取り立てることを禁止され、第三債務者は債務者に甲
債権を弁済することを禁止される(民事執行法145条1項)。その結果、差押え後、第三債務者
が債務者に甲債権を支払った場合、甲債権は消滅せず、債権者は、第三債務者から、さらに
取り立てることができる(民法481条)。
[4]差押えと相殺[民法Ⅲ:240-244]
(1) 問題となる事例:債権者 A 債務者 B の甲債権があり、甲債権は A の債権者 C によって差押え
られた。B は A に対して乙債権を有している場合、差押えの後に、B は、乙債権を自働債権と
して、甲債権を受働債権として相殺することができるか。
(2) 差押前に甲債権と乙債権とが相殺適状となっていた場合:差押え後であっても、第三債務者 B
は差押債権者 C に対して、相殺を対抗することができる。
(3) 差押前に B は A に対して乙債権を有していたが、相殺適状とはなっていない場合:差押え後
であっても、B は C に対して、相殺適状となった時点で、相殺を対抗することができる。甲債権
と乙債権の弁済期の先後は問わない(最大判昭和45年6月24日民集24巻6号587頁[百選
Ⅱ:42事件])。511条の反対解釈である(無制限説と呼ばれる)。学説には異論がある。その
見解は、乙債権の弁済期が甲債権の弁済期より先に到来する場合は、B は C に対して、相殺
を対抗することができるが、乙債権の弁済期が甲債権の弁済期より後に到来する場合は、B は
C に対して、相殺を対抗することができないという内容である(制限説と呼ばれる。最判昭和3
9・12・23民集18巻10号2217頁がこの見解をとったが、最大判45年によって否定された)。
(4) 差押後に B が A に対する乙債権を取得した場合:相殺適状になった後でも、第三債務者 B は
差押債権者 C に対して相殺を対抗することができない(511条)。
(5) 期限の利益喪失特約:債務者に対して差押えの申立てがあった場合には、自働債権につい
て、期限の利益が喪失する旨の特約がある場合がある。この特約を有効であると解するととも
に、差押え後に、債権者は受働債権の期限の利益を放棄することができ、その結果相殺適状
になった場合は相殺をすることができると解すると、期限の利益喪失特約がある場合は、制限
説に立っても、無制限説の結論に近くなる。
[5]預金担保貸付における478条の類推適用[民法Ⅲ:224]
(1) 問題となる事例:債権者 A が債務者 B に対して債権(甲債権)を有していたところ、債権者とし
ての外観を有する第三者 C に対して、B が甲債権を担保として貸付(乙債権)を行なった。B は
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乙債権を自働債権とし甲債権を受働債権として相殺することができるか。
(2) 最判昭和59年2月23日民集38巻3号445頁[百選Ⅱ:37事件]:X が Y 信用金庫に定期預金
をした。Y 信用金庫は、B を X だと誤信して、定期預金を担保にして貸付をした。Y 信用金庫は、
定期預金と貸付金とを相殺した。X が Y 信用金庫に定期預金の払戻しを求めて訴えを提起し
た。原審は、X の請求を認容した。本判決は、原判決を破棄し、差し戻した。
■ 復習用リスト
(1) 相殺の要件と効果、その具体例および制度の趣旨にいて説明できるか。
(2) 差し押さえられた債権を受働債権として差押えをしようとする場合、何が問題となり、どのような
解決が与えられるべきかを説明できるか。
(3) 預金担保貸付における478条の類推適用について、何が問題となり、どのような解決が与え
られるべきかを説明できるか。
■ 例題
(1) 債権者 A が債務者 B に対して金銭債権300万円(甲債権)を有していた。反対に、B は A に
対して金銭債権200万円(乙債権)を有していた。①A が甲債権を自働債権とし、乙債権を受
働債権として相殺をした。A と B の法律関係はどうなるか。②B が乙債権を自働債権とし、甲債
権を受働債権として相殺をした。A と B の法律関係はどうなるか。
(2) 債権者 C が債務者 D に対して有している債権について、C の債権者 E が差押えをした。①E
と C と D の法律関係はどうなるか。②その後、D が C に弁済した。E と C と D の法律関係は
どうなるか。
(3) 債権者 C が債務者 D に対して金銭債権300万円(甲債権)を有していた。反対に、D は C に
対して金銭債権200万円(乙債権)を有していた。C の債権者 E が甲債権を差押えた。その後、
D が甲債権を自働債権とし、乙債権を受働債権として相殺をした。
(4) 債務者 F が、第三者 G を債権者 H であると誤認して、H が F に対して有している債権(甲債
権)を担保として、G に対して貸付(乙債権)を行なった。その後、G が乙債権の弁済をしない
ため、F が乙債権を自働債権とし甲債権を受働債権として相殺した。F と H との法律関係は、
どうなるか。
第16 債務の消滅原因(弁済と相殺を除く)
[1] 債権の消滅原因(概観)
(1) 消滅原因の例:債権には、多様な消滅原因がある。①弁済、②相殺、③消滅時効、④免除、
⑤混同、⑥更改などである。
(2) そのほかに、債権が消滅する場合:債権が履行不能になると、その債権は消滅すると考えるこ
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2013年度前期
民法Ⅱ(教材Ⅸ)
山田誠一
とができる。ただし、債務履行による損害賠償請求権が成立する場合は、履行不能になった債
権は、消滅するのではなく、損害賠償請求権に転化する(形を変える)とみることもできる。双務
契約にもとづいて成立した債権が履行不能になり、債務者に帰責事由がない場合、危険負担
のルールにもとづき、債務者主義が適用される場合には、反対債権は、消滅する。
[2] 更改[民法Ⅲ:245-247]
(1) 更改とは何か:債権者と債務者の合意によって、従来の債務を消滅させ、従来の債務に対して
債務の要素が変更された新規の債務を成立させることであり、これにより、従来の債権は消滅
する(513条)。例えば、自動車の所有権を移転する債務を消滅させ、1年後に100万円を支
払う旨の金銭債務を成立させる合意。
[3] 免除【再論】[民法Ⅲ:247-248]
(1) 免除とは何か:債権者が債務者に対して債務を免除させる旨の意思表示(単独行為)であり、
これにより債権は消滅する(519条)。債務者は無償で、債務を免れることになる。
[4] 【補論】相続による権利義務の移転
(1) 人の死亡と相続:人が死亡すると、その人が死亡前に有していた権利や義務は、相続によって、
相続人に移転する。所有権が移転し、債権が移転し、債務も移転する。
(2) 相続人:誰が相続人になるかは、民法が定める(887条(子)、889条(親、兄弟姉妹)、890条
(配偶者)。ただし、例えば、子がいるときは、親は相続人にならない。親がいるときは、兄弟姉
妹は、相続人にならない。このような相続の順位についても、定めがある)。民法が相続人と定
めた者を、法定相続人という。
(3) 単独相続と共同相続:相続人が一人の場合、その相続人に被相続人の全財産(権利も義務も)
は移転する(896条)。相続人が複数の場合、それらの相続人に、共同して、被相続人の全財
産は移転する(898条)。この場合は、その後、遺産分割手続が行なわれる(906条)。
[5] 混同【再論】[民法Ⅲ:248-250]
(1) 混同とは何か:或債権債務の債権者と債務者とが同一人になった場合、その債権は消滅する
(520条)。例えば、債権者が債務者を単独相続した場合、債務者が債権者を単独相続した場
合。
第17 【まとめ】債権とは何か
[1] 債権の成立原因・種類[民法Ⅲ:8-19]
(1) 成立原因:①契約(契約によって直接成立する債権と、契約を間接的な原因とする債権とがあ
る)、②不当利得、③不法行為。
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(2) 債権の種類:①金銭債権(履行不能にならない)、②物の所有権の移転を求める債権(履行が
可能である場合は、履行の強制は問題とならない)、③物の引き渡しを求める債権、④行為債
権、⑤登記の協力を求める債権(判決が確定すると、債務者(被告)の協力がなくても、債権者
(原告)が単独で、登記申請を行なうことができ、それによって、登記が行なわれる)。
(3) 特定物債権と種類債権(不特定物を目的とした債権):物の所有権の移転を求める債権や、物
の引き渡しを求める債権についての分類。①物の個性に着目して締結された契約によって成
立した場合は、特定物債権となる(履行不能になりうる)。②物の個性に着目せず種類・品質・
等級を決めて締結された契約によって成立した場合は、種類債権(不特定物を目的とした債
権)となる(一般に履行不能にはならない。特定が行なわれた後は、履行不能になりうる)。特
定物を目的とした契約であるか、不特定物を目的とした契約であるかは、適用される危険負担
の規律が異なる。
[2] 債権および請求権という概念[民法Ⅲ:1-5]
(1) 債権と請求権:①債権そのものが請求権である場合(金銭債権は、金銭の支払いを求める請
求権である)、②債権にもとづく請求権(賃借権)にもとづく妨害排除請求権、③債権とは無縁
の請求権(所有権にもとづく妨害排除請求権、占有訴権(占有権にもとづく妨害排除請求
権))。
(2) 請求権と形成権:請求権は、相手に対し、何かをすることを請求できる権利。形成権は、権利
者の一方的な意思表示によって、法律関係の変動を生じさせる地位(例、解除、取消、相
殺)。
(3) 債務と責任:債務者が債務を履行しないと、債権者は債務者に対して履行の強制をすることが
できる。この履行を強制される債務者の立場を責任という。原則として、債務には責任が伴うが、
例外的に、責任のない債務(消滅時効が完成した債務)や、債務のない責任(物上保証人が
負う責任)もある。
(以上、第24回)
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