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平成27年07月 第64号

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平成27年07月 第64号
寺
禅
松
三
第 64 号
(1)平成27年7月10日
昔を生きる
平成27年7月
第 64 号
︻善はいそげ︼有名なこ
の言葉は実はおしゃか様の
﹁主人公﹂とは、ごく自
体の苦痛が無くなる事は無
という真実です。いくらサ
トリを開いても、病気や肉
1つな
﹁何も感じない考えない状
いのです。うっかり﹁無心・
然で純粋な人格・本来の面
善をためらっていては、
ただ自分がやるべきこと
いい。 ︵法旬経50︶
の人生を気に入る 気に入
らないと、さ迷い生きる事
態﹂と間違ってしまい心の
病になる人がいます。自分
ここで云う悪とは、執着心・
生老病死の苦楽が自分の修
では無く・現実を認め、安
をしたかどうかを問うが
怒り・怠惰・放逸などの心
行の場
らぎを目指して、今ここに
なり﹄
きる事です。
された方法︵八正道︶ で生
覚悟を決め、お釈迦様の示
消やネットなどに時間を使
苦諦 ︵苦・ドゥクハ︶ の諦
苦はわたしたちを
尊い生命にめざめ、
たむけることば ︵回向文︶
わたしは生きとし生け
苦はわたしたちを
支えている幹
身と心と国土を清め、
強くする根
苦は私たちを美しく
いのちを美しく、
は老いて、いつ死ぬかもわ
ておく薬を飲んで、おのお
からない。もしわたしの死
教える。仏は、その寿命に
限りはないが、欲を食って
の元気になるがよい。﹂ こ
を聞いたなら、ここに残し
飽くことのない人びとを目
うして彼はふたたび長い旅
に出た。そして使いを遣わ
してその死を告げさせた。
帰ってこの有様を見、驚い
てよい薬を与えた。子供た
苦しんだとしよう。医師は
覚ますために、手段として
死を示す。
例えば多くの子を持つ医
師が、他国へ旅をした留守
に子供らが毒を飲んで悶え
仏はただことばで教える
だけではなく、身をもって
円かにいたします。
三枚寺 大兵 合掌
自由な智慧と慈悲を
げない
こだわりなく さまた
るものの
する花
﹃四苦八苦﹄
生・老・病・死 必然に対
する覚悟︻四苦︼
後の四苦を足して八苦
愛別離苦
愛する対象と別れる。
怨憎会苦
憎む対象との出会い。
求不得苦
求めても得られない。
五藩盛苦
︻色︼肉体︻受︼感覚
︻想︼想念︻行︼意思決定
︻識︼認識などに執着する。
人生を﹁苦行﹂ に生きるの
か、安らぎを目指して ﹁苦
心﹂するのか。あなたはど
しますか?
う︻苦︼を覚悟・決心いた
なきごというな
くよくよするな
子供たちはこれを聞いて
深く悲しみ、﹁父は死んだ。
もはやわれわれにはたよる
者がなくなった。﹂と嘆い
た。悲しみと絶望の中で、
彼らは父の遺言を思い出し、
その薬を飲み、そして回復
お釈迦様は ﹃苦行﹄を否
定されます。いやいや・
渋々・自分を否定して身体
うしろをむくな
よわねをはくな
を傷付ける等、しかし﹃苦﹄
ひとつをねがい
失ってしまった者はその薬
を飲もうとしなかった。
父である医師は、彼らの
に、仮にこの世に生と死を
なものである。
か。仏もまたこの父のよう
師のうそを責めるであろう
世の人はこの父である医
し
た
。
の下に﹃心﹄を付けますと
﹃苦心﹄物事に対してコツ
ひとつをしとげ
病をいやすために思いきっ
仏は、欲望に追いまわさ
れている人びとを救うため
ちのうち、正常な心を失っ
ていない者はその薬を飲ん
で病を除くことができたけ
れども、すでに正常な心を
コツ精進して完成に導く事、
はなをさかせよ
た手段をとろうと決心した。
が大切な生き方です。
よいみをむすべ
﹃一切皆苦﹄一日の身命を
敬愛し・懇ろに﹁苦修・苦
微笑みながら声を出して
坂村真民
示したのである。
学﹂ いたしましょう。
言ってください。
なければならない。わたし
彼は子供たちに言った −
﹁わたしは長い旅に出かけ
﹁苦を生きる﹂
う、勝ち負けにこだわり自
に、思い通りにはいかない。﹂
着せず、今有るものを有効
に使い・感謝して生き抜く。
︻苦集滅道︼
間違いやすいのは、﹁人生
は苦しい﹂と否定的に読み
替えてしまうこと。︻苦︼
とは﹁苦痛﹂精神と肉体が
悩む状態・苦しみのことで
はなく、﹁物事は自分中心
に対し、喪失感・未練・執
覚悟とは、過ぎ去った事
め ︵覚悟︶
禅︶・つつしみの身体作法
︵戒定慧︶ で調うのです。
自分の心を調えて煩悩の
心に従わず、心を制御す
る主 ︵あるじ︶ となれ。
行動・落ち着いた修行︵坐
問題は心で心を制御せずに、
いる。 ︵法句経35︶
は安らかな日々が待って
心をよく制御できる人に
つけたりしてしまう。
すぐに腹を立てて怒りをぶ
分の思い通りにならないと、
仏教の出発 ﹃人生は苦
の弱さです。一日中だらだ
らゲームやテレビ、御菓子
を食べ続けたり、性欲の解
︵法旬経116︶
心が悪を楽しむ。
善は急げ、心を悪から遠
ざけよ。
教えです。︵法句経116︶
お願いします
無念無想﹂ を自分勝手に
檀家の皆様
ご寄稿を
目 ︵自分︶・仏性のこと
他人の過ちをあれこれ言
︵主人公︶ ︵法旬経380︶
孟夏載皆川大貴
三 松 禅 寺
第 64 号 三 松 禅 寺 平成27年7月10日(2)
(3)平成27年7月10日 三 松 禅 寺 第 64 号
若竹茶会
各地からの修学施行生
坐 禅
裏千客淡交合奈良青年部Ⅰ
Es、:
窯 勇
〇緩汚
誉字音寮※■菜※諾
墨:・〉 ;リミニ= 8㍍緩(
夕
揖
)藩
誉・2≒
簗㌍繋隼㌶窯圭※
迎えだんご
ナスのひたし おはぎ(砂糖2斤、謹採、1升、小豆1升)
煮〆(高野豆腐、椎茸、湯葉) 白豆腐の味噌汁
朝 昼 午後3時ごろ
夕
ま
朝
お茶湯、お菓子
野菜のひたし
ひろうす、ゆばなどの煮つけ
冬瓜の吸物
ご飯
藍 準
右、;′ご
:0、㍍3
6、獲 ご試
つけもの
赤飯
スイカ
レン根の酢の物
昆布巻き、タケノコ、ニンジン、
グリーンピースのたき合わせ
瓜の浅漬け
に、賃
第0、≡
ご飯
葦ギ 〇㌔縫 0簸 窪 舞
※睾 墾3≡ 六、・ 薫誹
ばのロ
自蒸し(梗米1合)
米だんご(米粉1合)
蒸し芋(赤芋2個)
そうめん(昆布と椎茸の出し汁)
※、‡
・ごて 朝 昼 ナスの浅漬け
午後3時ごろ わらび餅(わらび粉1台、水3合)
柚少々
夕
南瓜の煮つけ
干びょう、ひろうす、三度豆の煮物
キュウリとワカメの酢の物
つけもの(奈良づけ)
ふの吸物
茶飯(茶をいれてたく)
冥e
送りだんご(米の粉でシンコ国子をつくる)
寺
禅
松
三
平成27年7月10日(4)
第 64 号
十十 ∵一
おしゃかさまは、
シャカ族の王子さ
まとして、お生ま
れになるまえに、
なんどもなんども、
生まれかわって、
わしのおんがえし①
むかしむかし、おしゃかさまは おやこ
うこうな わしの子として お生まれにな
て そらをとべないので、おかあさんの
りました。おかあさんわしが、としをとっ
し
た
。
えさも とってきて、たべてもらっていま
ある日のことです。あめかぜが はげし
べず、えさも とれません。おなかが す
くて、おやこうこうなわしは そらを と
くので、ほかの わしたちと いっしょに、
そのたびにたいへ
んりつばな、おこ
みちばたで ふるえていました。
﹁みんなで あの おじさんに ご
わしたちは てんきのよい日、そ
おんがえしを しよう!﹂
らを とびながら、まちやむらの
アクセサリーを みつけると、さっ
あちこちに はしてある きものや
と まいおりて それを くわえ
おじさんの いえの にわに おと
しました。
に きちんと しまっておきました。
じぶんの ものとは べつのばしょ
おじさんは わしが おとしてい
おんがえし①﹂
はん④﹂より再掲
﹁ジャータカのえ
自照社出版
った きものや アクセサリーは、
だん しました。
あめかぜが やむと、わしたちは げんきに 山に かえり、そう
だを あたため、えさを さがしてきて、たべさせてくれました。
そして、たき火をして わしたちの から
へ わしたちを つれていってくれました。
おじさんが、あめの かからない ところ
そのとき、とおりかかった りっぱな
ないをされました。
そのけつか、シ
ャカ族の王子さま
に、お生まれにな
ったのだといわれ
ています。
では、おしゃか
さまは、どんなよ
いおこないをされ
たのでしょうか。
﹂ 工、∴ ナI・
重表‘
文・豊原 大成
絵・小西 恒光
﹁わしの
鴬貴
⑳
詠コ尽十方界真実人体づ給ふ
世の中に 粟の心や なれるらん
禦茹孟∴蚕の鮎
﹁尽十方界真実人体﹂正法眼蔵諸法実相の巻に、長沙景琴︵八六入寂︶禅師の語として、
尽十方界真実人体、尽十方界自己光明裏と説かれている。
この世界に存在するあらゆるものは、なんのいつわりもなく、変わることのない
真性そのものである という意味の語。
﹁真の人﹂ほんとうの道をさとった人。
︵
歌
意
︶
この世の中で、ほんとうに仏の教えをさとった人はいないものだろうか。今日も青
空が、涯もなく晴れあがり、明るい日ざしにかがやいている。
禅師は鎌倉滞在中、執権職に就て二年目の時頼に、妄執にはしるのを諌め、無欲情
淡に生きることを説かれている。偽りのない真の生活を、歌に托して、奨められた。
養TL七三串禅ヰ彼岸かな
絃すみれ桑名落選う一夕卑台
あおによ、し氷室の、しだれ食か七
億梓川の夜食峡ゆるまつ1の火
昏御大中一なるヰ終車七
一千或二十七阜三月骨日
高 賂 慈一宮
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