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INTEGRATING TECHNOLOGY INTO A TEXTBOOK - 2012 CASTEL-J

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INTEGRATING TECHNOLOGY INTO A TEXTBOOK - 2012 CASTEL-J
教科書とテクノロジーの統合——実践と課題——
INTEGRATING TECHNOLOGY INTO A TEXTBOOK:
IMPLEMENTATION AND ACCOMPANYING CHALLENGES
筒井通雄,ワシントン大学(シアトル)
要旨: インターネットと IT テクノロジーの進歩によって,新しいコンセプトに基づく教科
書作りが可能になって来た。内容が時と共に古くなる,スペースに制約があるなどの紙メデ
ィアの限界は,テクノロジーで解決可能である。例えば,日本語中級教科書『上級へのとび
ら』(くろしお出版,2009)は,ウェブ上の最新コンテンツと連動した読解の前作業教材や,
専用サイト上でのビデオ教材,会話練習ソフトの提供を実現している。しかし,教科書とテ
クノロージーの統合には,ウェブで提供するコンテンツの開発やサイトの維持にかなりの労
力やコストがかかるなど課題も伴う。本稿は教科書とテクノロジー統合の実践,課題,将来
の可能性について論じる。
キーワード: 教科書,紙メディア,テクノロジーの統合,『上級へのとびら』
1. はじめに
インターネットやモバイル技術に代表される昨今の IT テクノロジーの進歩は外国語の学
習法・教授法を大きく変えつつある。教科書との関連で言えば,教科書に付録の光ディスク
を付けることや,補助サイトを設置して学習者や教師をサポートすることはかなり以前から
行われている(例:「げんきな自習室」 <http://genki.japantimes.co.jp/self>)。筆者
らは中級教科書『上級へのとびら』(岡・筒井他(2009))(以下『とびら』)を上梓したが,
この本の開発時の方針の一つは「紙教科書の限界を超えるため,テクノロジーを積極的に取
り入れ,紙教科書とテクノロジーを連動させた新しいコンセプトの教科書を作ること」であ
った。本稿では,紙メディアとテクノロジーのそれぞれの長所を生かしてどのような教科書
作りが出来るかを報告し,その開発過程で明らかになった課題と将来の教科書の可能性につ
いて論じる。
2. 紙教科書のメリットとデメリット
まず紙教科書の主なメリットとしては,次のようなことが挙げられる。
(1) 機械や環境に依存しないで使える。コンピュータ,インターネット環境,操作知識や
スキルなどは一切不要で,したがって,これらに必要な費用もかからない。
(2) 持ち運びしやすく,いつでもどこでも使える。軽量のパソコン,モバイル端末が広ま
りつつあるといえども,紙教科書ほど簡便には使えない。
(3) 書き込みがしやすい。特に教科書は簡単に書き込み出来ることが大切だが,この点で
は紙メディアが圧倒的に優れている。
(4) 違うページを見比べやすい。例えば,読み物と単語表や文法ノートの間を行き来する
ような使い方では紙教科書の方が便利であろう。
このようなメリットにより,紙教科書への依存度は依然として強く,この傾向が急に変わ
るとは考えにくい。しかし,紙教科書には次のような問題もある。
(1) 改訂がしにくい。改訂は大きな作業であり,出版社の利益とも絡むので,内容が古く
なったり不適切な部分が出てきても,簡単に内容を変えられない。
(2) スペースの制約がある。本の値段や大きさを抑える必要から,教科書のサイズはかな
り制約を受ける。そのため,入れたいコンテンツでもカットしなければならないこと
が多い。
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(3) 紙で出来ることしか出来ない。つまり,文字,図,静止画のみしか扱えないので,音
声,動画,インターアクティブな教材は入れられない。また,カラーの使用は,技術
的には可能でもコストの関係で難しい。
(4) 訂正がタイムリーに出来ない。通常間違い訂正などは増刷まで待たなければならない
ので,毎年増刷されるような教科書でなければすぐに訂正は出来ない。
3.教科書作りにおけるテクノロジーのメリット
上の紙教科書の問題は,裏返せばそのままテクノロジーのメリットとなる。具体的には次
のようなメリットがあり,うまく使えば教科書のポテンシャルを大幅に上げることが出来る。
(1) 最新情報の提供。教科書は,長い開発期間や改訂の難しさなどからトピックや情報が
時代に合わなくなるということが避けられない。しかし,テクノロジーを利用すれば,
最新情報を取り込むことでこの問題を緩和することが出来る。
(2) 生教材の提供。ウェブ上には生教材があふれており,この中から教科書のコンテンツ
と連動可能なものを利用することが出来る。
(3) マルチメディア教材の提供。教科書のコンテンツと連動した音声,動画,カラーの教
材を提供できる。
(4) CALL ソフトの提供。教科書のコンテンツと連動した CALL ソフトを提供できる。
(5) スペースの制約がない。ウェブ上の材料を使う限りスペースは問題にならない。また,
サーバーで教材を提供する場合も,ほとんどの場合,スペースの制約は考えなくても
よい。コンテンツの一部をサーバーで提供出来れば,教科書はスペースの制約からか
なり自由になる。
(6) 教材のコストがかからない。サーバーで提供する教材は印刷・製本等のコストがかか
らないので,教科書からはずすことで本の値段を抑えることが出来る。ウェブ上の一
般素材の利用にもコストは発生しない。
(7) 教材・意見・情報の共有ができる。利用者同士が自分たちの開発した教材を共有した
り,意見・アイディア・情報の交換をしたりできる。これによって学習者,教師,執
筆者がお互いに支援し合うコミュニティー作りが可能になる。
(8) 誤植や変更をすぐ通知出来る。教科書の誤植や変更は増刷まで待たずに即時ユーザー
に知らせられる。またウェブで提供するコンテンツはいつでも変更出来る。
4. 『とびら』におけるテクノロジーの統合
『とびら』の開発に当っては,上のような紙メディアとテクノロジーのメリットを考慮し
つつ紙教科書とテクノロジーの統合を図った。以下,『とびら』のねらいにテクノロジーが
どう関わっているか,そして,『とびら』のテクノロジー利用を具体化している「とびらサ
イト」(『とびら』利用者用専用サイト)が何を提供しているかについて述べる。
4.1. 『とびら』のねらい
『とびら』には二つの大きなねらいがある。一つは「学習者の知的好奇心を刺激し,学習
意欲を高め,それを維持すること」,もう一つは「日本語運用能力を高める効果的な教材や
ツールの提供」である。次に,それぞれのねらいのためにテクノロジーがどう取り入れられ
ているかについて述べる。
第一のねらいの実現ためには,日本についての最新情報や生コンテンツの提供が有効であ
る。しかし 2 で述べたように,これを紙教科書だけで行うのは,内容が時と共に古くなる,
スペースの制約があるなどの理由で難しい。そこで『とびら』では,内容的に長持ちするコ
ンテンツは読み物や会話文にして教科書に入れ,すぐに内容が古くなりそうなトピックにつ
いては,出来るだけウェブからコンテンツを取り込むようにした。例えば,第3課「テクノ
ロジー」では,本文のロボットについての読み物を読む前の作業の一つとして,日本のロボ
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ットを紹介したサイトに行って情報を取り,与えられた質問に答えるというタスクが課せら
れている。この作業のためには「とびらサイト」で関連リンク集を提供しているので,学習
者は自分でウェブ検索をする必要はない。またこの課では,ウェブの記事を読む時にいちい
ち紙の辞書を引かなくてもいいように,Popjisyo.com や Rikai.com などのオンライン辞書
も紹介している。
もう一つの例はビデオ教材である。これは日本で撮影した,各課の読み物に関連した動画
やインタビューを含むオリジナルビデオと,内容の理解チェックの質問や短い意見文を書く
タスクを含むワークシートからなる。ビデオもワークシートも「とびらサイト」からアクセ
ス出来るようになっている。例えば,第1課「日本の地理」では,道後温泉や姫路城の紹介
があるが,ビデオでは,道後温泉や姫路城がナレーションと共に紹介され,道後温泉の旅館
の支配人のインタービューが収録されている。
第二のねらい,すなわち,効果的な練習教材・指導教材の提供に関しては,例えば,筆者
が別に開発したオンライン対話型会話練習プログラム Language Partner Online (LPO)を
『とびら』のコンテンツとして使えるようにした。このブログラムは,コンピュータのスク
リーン上の会話者を相手にモデル会話を練習出来るプログラムで,日本語,または英語のス
クリプトを見ながら(あるいは見ないで)練習する機能,各発話者の後付け練習機能の他,
録音機能もあるので自分の発話をチェックすることも出来る。練習ソフトとしてはこの他に
Anki デジタル・フラッシュカードがあり,各課の単語や漢字をコンピュータで練習出来る。
4.2. 「とびらサイト」
「とびらサイト」<http://tobira.9640.jp/xoops/login>は『とびら』の使用者を支援す
るための教材や情報にアクセスするためのポータルサイトである。ここからはアクセス資格
に応じて次のようなコンテンツにアクセス出来る。(「とびらサイト」教材の詳しい使い方
については近藤・岡他(2011)を参照。)
(1)学習者用(『とびら』内の指示に従ってサイトに登録し,ID とパスワードでアクセス)
 ダウンロード教材(漢字練習シート,漢字練習問題,文法練習問題など)
 『とびら』ビデオ(各課のテーマを扱ったオリジナルビデオ,ワークシート)
 Language Partner Online (機能別モデル会話 10 ユニット,41 モジュール)
 単語・漢字練習教材 (Anki デジタル・フラッシュカード,漢字練習問題)
 音声教材(読み物,会話,単語)
 リンク集(教科書といっしょに使うサイト,一般有用サイト)
(2)教師用(登録内容から教師であることが確認されるとアクセス資格が与えられる。)
 初級から『とびら』への移行の仕方,スケジュールのサンプル
 読み物・会話文の内容質問の解答例,文法ノートの例文英訳
 ビデオスクリプト,LPO会話スクリプト
この他に「とびらサイト」は次のようなフォーラムも提供している。
 Q&A フォーラム(学習者・教師用)
 教材・情報共有サイト(教師用)
 俳句川柳コーナー(学生の俳句川柳投稿サイト(L.13 で俳句川柳について学ぶ。))
このように,『とびら』はテクノロジーを統合することで,従来の紙教科書の制約を大きく
超えた。
5. 新しい課題
『とびら』にテクノロジーを統合する試みは利用者から高い評価を得ているが,今までの
教科書にはなかった課題も明らかになった。まず,LPO のようなオンラインソフトを常時利
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用可能にしたり,ウェブで教材を提供したりするためには安定したサーバーとそのメンテナ
ンスが不可欠である。しかし,教科書のような商品のために大学のサーバーを使うことは出
来ないし,出版社がこのようなサーバーを持つこともコスト的,技術的に無理がある。テク
ノロジーに大きく依存する教科書を作るには,まずこの問題を解決する必要がある。『とび
ら』の場合は外部のプロバイダーを使い,出版社がそのコストを負担している。
もう一つの課題はサイトのコンテンツのメンテナンスである。一般にサイトの利用度が高
いほどコンテンツのチェックや更新の仕事が多くなる。「とびらサイト」では教師登録の際
の資格チェックのような仕事もある。そして,これは教科書を販売している限り続けなけれ
ばならない。大きな組織で専任の担当者がいれば問題はないだろうが,教科書サイトのよう
なものにそれは期待出来ない。「とびらサイト」の場合は執筆者の一人が中心になり,他の
執筆者が適宜協力しながらこの仕事に当っている。
次に,ウェブ上で提供するコンテンツの開発は内容によってかなりの労力とコストがかか
る(例えば,LPO のコンテンツ開発に要した工数は約 100 人・時間)。しかし,これらは本
と違って無償提供のため,これを無闇に増やすわけにはいかないし,執筆者以外のリソース
を使う場合はそのコストを誰がカバーするかが問題となる。LPO のコンテンツ開発では作業
を依頼した人への謝礼,消耗品等の開発コストは執筆者が負担し,サーバーへ組み込むため
の技術スタッフのコストは出版社が負担した。
教科書会社について言えば,教科書会社は本作りが本来の仕事なので,出版物の範囲を超
えるコンテンツの製作やその配信などには一般に消極的である。またテクノロジーに関して
も専門知識を持たず,テクノロジー利用を積極的に主導することは期待出来ない。当然,テ
クノロジーを使うことで新しく発生するコストをカバーすることにも積極的ではない。従っ
て,『とびら』のような教科書作りをするには,テクノロジーのメリットを強く説いて出版
社を説得する必要がある。
最後に,大学人がこのような教科書作りをする場合,出版物にならないコンテンツ開発や
サイト維持など,目に見えにくい貢献や努力を大学がどう評価してくれるかという問題があ
る。現実には,このような仕事はなかなか評価対象にならないので,このような仕事に対す
るインセンティブが生まれにくいのではないかと思われる。
6. 結び
3, 4 で述べたように,テクノロジーを統合することで紙教科書の限界を大きく超えるこ
とが出来る。その意味で,これはもっと積極的に検討され,採用されてよいコンセプトと言
える。にも関わらず,今までほとんどこのようなコンセプトの教科書が出版されていないの
は,5 に述べたような理由があるからと思われる。5 に挙げた問題はいずれも難問で,簡単
な解決策はない。しかし,テクノロジーの分かるメンバーを含むプロジェクトチームを作り,
出版社が開発に深く関わることが出来れば,多くの問題は解決し得る。
次に,将来このような出版物が発展するかどうかは,出版社の考え方が変わるかどうかに
もかかっている。出版社がその意味や将来の市場性に確信を持ち,このような教科書作りに
積極的な姿勢を見せるようになれば,新しいタイプの教科書がもっと生まれるかもしれない。
『とびら』はその意味で,一つの試金石と言える。この教科書モデルが成功すれば,新しい
方向に教科書が発展する可能性がある。
参考文献
岡まゆみ,筒井通雄,近藤純子,江森祥子,花井善朗,石川智(2009).『上級へのとびら』
くろしお出版.
近藤純子,岡まゆみ,筒井通雄,花井善朗,石川智,江森祥子(2011).『中級日本語を教え
る教師の手引き』くろしお出版
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