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名古屋東山周辺の昆虫相 - 椙山女学園大学 学術機関リポジトリ

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名古屋東山周辺の昆虫相 - 椙山女学園大学 学術機関リポジトリ
 椙山女学園大学研究論集 第 39号(自然科学篇)2008
内 藤 通 孝
名古屋東山周辺の昆虫相
Ⅱ.甲虫目 ⑴ カミキリムシ科
内 藤 通 孝*
Insect Fauna around Higashiyama in Nagoya
II. Coleoptera (1) Cerambycidae
Michitaka NAITO
はじめに
「名古屋東山周辺の昆虫相」各論の初回として,甲虫目の中の大きな一群であるカミキ
リムシ科を取り上げる。カミキリムシは漢字で「天牛」と書く。広辞苑第5版(新村出
編,岩波書店)には「髪切り虫」の字も記されている。また,「紙切り虫」の字も当てら
れることがあるようである。筆者の感覚から言うと,
「噛み切り虫」ではないかとも思う。
紙を切る,あるいは髪を切るような恐ろしげな口から来た名称で,わが国では昔から馴染
み深い昆虫の一群である。カミキリムシのもう1つの目立った特徴は長い触角である。と
くに♂では体長の3∼4倍に達するものもある。英語では,カミキリムシを longhorn
beetle あるいは longicorn beetle と言い,長い触角あるいは角(つの)をもつ甲虫の意であ
る。一般にカミキリムシの視力はあまりよくなく,主に触覚と嗅覚に頼って外界を認知し
ているようである。♂の特に長い触角は♀を認識するのに役立っているようである。
1)
わが国には 750 種を超えるカミキリムシが分布しており,
『日本産カミキリムシ』
には,
2)
亜種を含めて 946種が掲載されている。『愛知県の昆虫上』
によると,愛知県全体で269
種が掲載されている。このうち名古屋市内からは 50 種の記録がある。今回は名古屋市の
主に東山周辺で筆者が観察・採集したカミキリムシ科 30種について報告する(表 カミ
キリムシ科の分布種数)
。なお,他に今回は同定を保留した不明種が3種あるが,これら
については,確実な同定ができた時点で報告したい。名古屋市内からの記録がある亜科の
うち,今回の目録にはハナカミキリ亜科に含まれる種はない。ハナカミキリ亜科は多数の
種を含む大きな群であるが,これらが東山周辺に殆ど生息していないことは特筆すべきこ
とである。
『愛知県の昆虫上』に記録されているカミキリムシ科 269 種のうち,ハナカミ
キリ亜科は68 種を占めているが,名古屋市内での記録があるものはムネアカクロハナカ
ミキリ Leptura dimorpha とヤツボシハナカミキリ Leptura arcuata mimica の2種にすぎな
* 生活科学部 管理栄養学科/食品栄養学科
97
─ ─
内 藤 通 孝
表 カミキリムシ科の分布種数(ホソカミキリ科を含む)
ホソ
カミキリ
科
ニセ
ノコギリ クロ
クワガタ カミキリ カミキリ
カミキリ 亜科
亜科
亜科
日本全国
3
2
ハナ
カミキリ
亜科
ホソコバネカ
ミキリ
亜科
カミキリ
亜科
フト
カミキリ
亜科
合計
12
15
159
10
199
352
752
愛知県
1
0
5
8
63
5
70
117
269
名古屋市
0
0
3
3
2
0
13
29
50
本報告(名
古屋市東山
周辺)
0
0
2
2
0
0
11
15
30
注)日本全国の記録は『日本産カミキリムシ』
(2006 年)
,愛知県と名古屋市の記録は『愛知県の昆虫上』(1990 年)
に基づいて作成したが,両者の出版年には開きがあるので若干の種名変更等があるが,考慮しなかった。科・亜科
の分類は『日本産カミキリムシ』に依った。『愛知県の昆虫上』では,①ホソカミキリ科を亜科として,②マルク
ビカミキリ亜科をクロカミキリ亜科と独立して,③ホソコバネカミキリ亜科をハナカミキリ亜科に含めて,それぞ
れ扱っている。
い。東山周辺に里山的自然が残されているといっても,所詮,都会の中に孤立した里山の
悲しさというべきであろうか。詳細な理由は不明であるが,東山周辺はハナカミキリの生
息条件を満たしていないようである。
マツノマダラカミキリをはじめ,害虫として嫌われることの多いカミキリムシである
が,カミキリムシが食害する木は,多くの場合,衰弱した木や枯れ木であり,元気な樹木
を加害することは稀である。本来,地球上の全ての生物は,その生態系の中で,他の生物
と種々の関わりを有し,全体として生態系を保っているのである。人間との直接的な関係
からのみ昆虫を判断する,益虫と害虫という単純な図式は見直すべきである。
観察記録
分類,学名,和名は原則として『日本産カミキリムシ』に拠った。古いものは採集し,
標本として保管しているものが多い。2002 年からはデジタルカメラによる写真記録を原
則とし,種名確認等のやむを得ない場合や死骸は標本として保存している。採集・写真撮
影者の氏名がないものは全て筆者によるものである。
表記は簡略にするため,以下の原則に従った。
例数,性,観察日時,観察場所(名古屋市を省略)の順に記し,1例のみの場合は例数
を省略した。雌雄を鑑別した場合のみ♂,♀の記号を入れた。観察日時は記録が年月のみ
の場合は6桁,年月日の場合は8桁で示した。
例えば,
「2 ex 19970727 昭和区八事本町興正寺」であれば,2例で,1997年7月 27日に
名古屋市昭和区八事本町興正寺の境内で記録したことを表している。
カミキリムシ科 Family Cerambycidae
ノコギリカミキリ亜科 Subfamily Prioninae
1 ウスバカミキリ Megopis sinica sinica
標本:♀ 19970727 昭和区八事本町興正寺;♂ 20040802 名東区藤巻町.
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─ ─
名古屋東山周辺の昆虫相
写真:♂ 20030731 名東区藤巻町(写真1);♀ 20050807 昭和区八事本町興正寺(死
骸)
;20070731 東山公園(死骸)
.
「ウスバ」とは,上翅が薄い感じがすることから名づけられたと思われる。夜行性で燈
火に飛来することもある。幼虫の食樹はモミ,トドマツ,ヤマナラシ,セイヨウハコヤナ
ギ,キリなど,各種広葉樹からマツ科に及ぶ1,3)。分布域の広い種で,わが国では北海道
から先島諸島,小笠原諸島(先島諸島と小笠原諸島のものは別亜種とされる)まで広く分
布し,朝鮮半島,中国にも分布する1)。
2 ノコギリカミキリ Prionus insularis insularis
標本:♀ 19650704 昭和区広路町新福寺;♂ 196606 昭和区;♂ 19670703 瑞穂区;♀
20030630 名東区藤巻町(死骸)
.
写真:♂ 20040628 名東区藤巻町(写真2);♂ 20060618 昭和区八事本町興正寺;♂
20070705 千種区星が丘元町;♂ 20070706 名東区藤巻町.
「ノコギリ」は,とくに♂の鋸状の触角から名づけられた。燈火に集まる。東山周辺で
よく見られるカミキリムシの1つである。寄主植物は各種針葉樹,広葉樹,タケ類などで
ある1)。
クロカミキリ亜科 Subfamily Spondylidinae
3 クロカミキリ Spondylis buprestoides
標本:2 ex 198507 昭和区滝川町;19900719 昭和区滝川町(5階燈火)
;19940613 昭和
区滝川町(燈火);2 ex 199409 昭和区滝川町;20010819 昭和区滝川町;200205
昭和区滝川町(5階燈火)
;20060623 千種区星が丘元町.
写真:20070701 昭和区滝川町(写真3)
.
真っ黒,円筒状の体型で,触覚が短く,独特なカミキリムシである。東山周辺では,よ
く観察され,夜行性で燈火に飛来する。各種針葉樹を寄主植物とする1)。広域に分布し,
旧北区から東南アジアまで,わが国では北海道から沖縄諸島まで分布する1)。
4 オオクロカミキリ Megasemum quadricostulatum
写真:♀ 20060702 昭和区滝川町(燈火)
(写真4)
.
燈火に飛来したものである。
『愛知県の昆虫上』に名古屋市の記録はない。寄主植物は
各種針葉樹である1)。
カミキリ亜科 Subfamily Cerambycinae
5 ミヤマカミキリ Massicus raddei
標本:♀ 19650720 昭和区広路町新福寺;♀ 19660720 昭和区;♂ 19670630 昭和区広路
町;♀ 196708 昭和区;♂ 19870717 昭和区滝川町;♀ 19940703 昭和区滝川町
(内藤孝二郎採集).
写真:♂ 20040619 昭和区八事本町興正寺(写真5)
;♀ 20040628名東区藤巻町;♂
20040629 名 東 区 藤 巻 町; ♀ 20050628 昭 和 区 八 事 本 町 興 正 寺( 燈 火 )
;♂
20070627 昭和区八事本町興正寺(燈火);♀ 20070709 昭和区滝川町.
東山周辺では,よく見られるカミキリムシで,燈火や樹液にやってくる。
「ミヤマ」と
は「深山」の意であるが,都市の里山的環境によく適応しているようである。『原色日本
99
─ ─
内 藤 通 孝
4)
昆虫図鑑上』
では,
「ヤマカミキリ」となっている。和名には学名のような命名規約はな
いので,自由に付けられ,また,変更されるが,勝手な変更は混乱の原因になるので好ま
しいものではない。幼虫の食樹は各種広葉樹でブナ科(アカガシ,アラカシ,シラカシ,
コナラ,クヌギ,ツブラジイなど)を好む1,5)。アジア極東地域に広く分布し,わが国で
は北海道から屋久島まで分布する1)。
6 キマダラカミキリ Aeolesthes chrysothrix
標本:♂ 198508 昭和区滝川町;♀ 19870604 昭和区滝川町;♂ 19910719 昭和区滝川
町;♀ 19920726 昭和区滝川町(死骸);♂ 20010513 昭和区滝川町;♂ 20010630
昭和区滝川町(燈火)
;♂ , ♀ 200407 名東区植園町(死骸).
写真:♂ 20020616 昭和区八事本町興正寺;♂ 20020718 昭和区八事本町興正寺;♂
20030429 昭和区八事本町興正寺(写真6)
;♂ 20040515 昭和区滝川町;♂
20060528 昭和区八事本町興正寺;♀ 20060602名東区藤巻町.
6,7)
4,8)
和名は,「キマダラヤマカミキリ」
あるいは単に「キマダラカミキリ」
としている図
9)
鑑が多いが,最近の『日本産カミキリムシ』
,
『日本産カミキリムシ検索図説』
,『新訂原
10)
色昆虫大図鑑第Ⅱ巻』
では「キマダラミヤマカミキリ」となっている。
「キマダラミヤマ
カミキリ」の名称は長すぎることと,都会にも生息するので「ミヤマ」を入れる必要はな
いと考え,ここでは従来の「キマダラカミキリ」を採用する。樹液の出ているクヌギなど
で見かけることがある。また,燈火にもやってくる。東山周辺ではよく見られる。35年
前に,穂積11)は,愛知県には多いが,三重県には記録がなく,岐阜県でも稀であると書い
ている。寄主植物は,クヌギ,スダジイ,クリ,ネムノキなどの各種広葉樹である1,6)。
中国南西部,台湾から日本列島に分布する。わが国では本州から先島諸島まで分布し,4
つの亜種に分けられている1)。
7 アメイロカミキリ Stenodryas clavigera clavigera
写真:20060701 昭和区滝川町(写真7)
.
自宅のある高層住宅に飛来したものである。クリやアカメガシワなどの花を訪れるほ
か,クリの枝上からもよく採集されるという1)。
『愛知県の昆虫上』に名古屋市の記録は
ない。
8 ヘリグロベニカミキリ Purpuricenus spectabilis
標本:♀ 20060613 名東区藤巻町(写真8).
次種に似るが,上翅に1対の小黒紋を有する。『愛知県の昆虫上』に名古屋市の記録は
ない。寄主植物は,イタヤカエデ(カエデ科),シロモジ(モクレン科),アブラチャン
(クスノキ科)などである1)。
9 ベニカミキリ Purpuricenus temminckii
標本:♂ 20010520 昭和区滝川町.
写真:♀ 20040515 名東区藤巻町(写真9).
寄主植物は,モウソウチク,マダケ,メダケなどである5)。
10 ヒメスギカミキリ Callidiellum rufipenne
標本:♀ 19910427 昭和区滝川町;♂ 19920403 昭和区滝川町;♀ 19920430 昭和区滝川
町;♀ 19930429 昭和区滝川町(上翅が淡褐色の個体)
;♂ 19960512 昭和区滝川
町(写真 10 左から順に)
.
100
─ ─
名古屋東山周辺の昆虫相
色彩の個体変異が大きい。スギ,ヒノキの害虫とされるが,生木には産卵しない12)。寄
主植物は,スギ(スギ科)
,ヒノキ(ヒノキ科),モミ,アカマツ,エゾマツ(マツ科)な
どの針葉樹である1)。
11 クビアカトラカミキリ Xylotrechus rufilius
標本:♀ 20010819 昭和区滝川町(8階自宅に飛来した)
(写真 11a)
;♂ 20050813 昭和
11b)
区滝川町(死骸)
(写真
.
「トラカミキリ」は,黄と黒の縞模様を基本とし,トラに似ているために名付けられた
一群のカミキリムシであるが,実はハチに擬態しているのだという。『愛知県の昆虫上』
にはクビアカトラカミキリの名古屋市における記録はない。成虫は広葉樹の伐採木に集ま
るという1)。寄主植物は,アキニレ,ヤチダモ,イヌシデ等の各種広葉樹である1)。
12 エグリトラカミキリ Chlorophorus japonicus
標本:19650605 昭和区.
写真:20060630 千種区東山公園(写真 12).
各種広葉樹の伐採木に集まるほか,クリやノリウツギ等の花上に多いという1)。寄主植
物は,各種広葉樹である1)。
13 タケトラカミキリ Chlorophorus annularis
標本:♀ 20050812 千種区星が丘元町(死骸)
(写真13).
本種を確認したのはこの一度のみである。穂積11)は,1972年の時点で,以前は普通種
だったが最近は見ることが少なくなったと書いている。成虫は乾燥したタケ類に集まると
いう9)。メダケ,マダケ,アズマネザサなどのタケ類の他,トウモロコシやサトウキビも
寄主植物になるという4,8,9)。
14 ヒメクロトラカミキリ Rhaphuma xenisca
標本:♀ 19920429 昭和区滝川町(8階自宅に飛来した)
(写真14)
.
小型のトラカミキリで,各種花上や伐採木に集まり,春はカエデの花に多いという4)。
寄主植物は各種広葉樹およびマツ科である1)。
15 フタオビミドリトラカミキリ Chlorophorus muscosus
写真:♂,♀ 20050626 昭和区八事本町興正寺(写真 15)
.
「フタオビ(二帯)
」というが,帯模様には変異が多い。成虫はアカメガシワやアジサイ
類などの花上に集まるほか,オオバヤシャブシなどの伐採木に多いという1)。また,本種
は海流により分布を拡大し,海岸沿いに多く分布し,内陸では少なく,海岸気候性カミキ
リムシの指標種となっている4,7)。太平洋側では房総半島が北限であるのに対し,暖流が,
より北上している日本海側では奥尻島まで分布している9)。
フトカミキリ亜科 Subfamily Lamiinae
16 カタシロゴマフカミキリ Mesosa hirsuta
標本:♀ 19880615 昭和区滝川町(写真 16a)
;♀ 19900801 昭和区滝川町(写真 16b).
「ゴマフ」とは,胡麻のような白黒の小さな斑(ふ)が散在しているという意,「カタシ
ロ(肩白)
」は,上翅の基部に白い紋があるという意味である。寄主植物は,モミ,サワ
グルミ,クリ,フジなどの各種広葉樹,マツ科である1,5)。
17 ナガゴマフカミキリ Mesosa longipennis
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─ ─
内 藤 通 孝
標本:♀ 19920626 昭和区滝川町(燈火)
;♂ 20030615 昭和区八事本町興正寺;♂
20040605 名東区植園町.
写真:♂ 20060624 昭和区八事本町興正寺(写真17);♂ 20060810 昭和区八事本町興正
寺(燈火)
.
『愛知県の昆虫上』に名古屋市の記録はないが,東山周辺で繰り返し観察しているので,
定着しているものと思われる。燈火にも飛来する。寄主植物は,各種広葉樹(コナラ,ク
ヌギ,クリ,フジ,ノグルミ,ケヤキ,ヤマフジ,アカメガシワなど),アカマツ(マツ
科)などである1,5)。
18 ケシカミキリ Sciades tonsus
標本:19910718 昭和区滝川町(写真 18);199909 昭和区滝川町(8 階自宅燈火).
体長約3mm の小型カミキリムシである。ケシは芥子粒のように小さいという意味で,
食樹とは関係ない。わが国に産するカミキリムシの中で最小の部類に属する。名古屋市内
では守山区志段味での記録がある2,11)。寄主植物は,クリ,クワ,イチジク,タブノキ,
フジ,アカメガシワ等の各種広葉樹およびマツ科である1,9)。
19 タテジマカミキリ Aulaconotus pachypezoides
標本:♀ 20020815 昭和区滝川町(写真19).
成虫で越冬することが知られている。本例も飼育によって 20030505 まで生存した。名
古屋などの暖地では新成虫は夏季に羽化脱出し,寄主植物やその周辺にボート状の溝を掘
り,そこで触覚を前方に伸ばした姿勢で越冬し,翌春に交尾・産卵するが,東北地方など
の寒冷地では,新成虫は寄主植物の中で越冬し,翌春になってから材外に脱出する9)。幼
虫の食樹はヤツデ,カクレミノ,アズマネザサなどである5)。国内での分布は本州から九
州までで,中国にも分布する9)。
20 トガリシロオビサビカミキリ Pterolophia caudata caudata
標本:♀ 19900628 昭和区滝川町;♀ 19980705 昭和区八事本町興正寺.
写真:20050718 昭和区八事本町興正寺(写真 20)
.
「トガリ」とは上翅の後端が尖っているということ,「シロオビ」とは上翅に白い横帯が
あることを意味している。寄主植物は,各種広葉樹(フジ,クズ,クワ,クリ,オニグル
ミなど),とくにフジである。
21 アトモンサビカミキリ Pterolophia granulata
標本:19900628 昭和区滝川町(写真 21).
上翅後方に 1 対の白い紋,即ち,「アトモン(後紋)
」を有する。成虫で越冬するとい
う4,7,8)。寄主植物は,各種広葉樹・針葉樹(オニグルミ,ブナ,クワ,フジ,カラマツ,
スギなど)である9)。
22 ハイイロヤハズカミキリ Niphona furcata
標本:♀ 19970802 昭和区八事本町興正寺(写真 22).
「ヤハズ(矢筈)
」とは,矢の後端にある,弓の弦(つる)に噛ます部分のことで,上翅
の後端の形が矢筈を連想させることから名づけられたと思われる。穂積11)は,1972 年に,
南方系の種で当地方では少ないと書いている。秋に羽化した新成虫は,そのまま寄主植物
内に留まり,翌春に野外に脱出して交尾・産卵するという9)。また,観察には冬季がよく,
笹薮で枯れた材を割ると新成虫や幼虫が見られるという12)。寄主植物はタケ,ササ類であ
102
─ ─
名古屋東山周辺の昆虫相
る1)。わが国では,本州から沖縄にかけて生息し,台湾,中国にも分布する1)。
23 マツノマダラカミキリ Monochamus alternatus endai
標本:19910609 昭和区滝川町(5階燈火)
(写真 23).
自宅のある高層住宅 5階の燈火に飛来したものである。穂積は,1972 年には当地方では
少ないと書いているが11),1979 年には名古屋市内でも見られると書いている13)。幼虫の
寄主植物はアカマツ,クロマツなど 15種の針葉樹である14)。松枯れの原因であるマツノ
ザイセンチュウ(松の材線虫)Bursophelenchus xylophilus を媒介する害虫とされるが,マ
ツノマダラカミキリ♀成虫は枯れはじめた木(樹脂浸出能力を失った木)に産卵し,健康
な木には産卵しない14)。松の衰弱が先にあり,マツノザイセンチュウによる感染はその結
果に過ぎない。対策は松の衰弱の原因を明らかにし,原因の除去に努めることが第一であ
る。
「松くい虫特別措置法」による殺虫剤の空中散布は生態系の破壊に終わった。しかも,
材線虫病は,人間の活動によって 1900年代の初めに輸入材とともに日本に侵入したと考
えられており,マツノマダラカミキリ害虫化の原因は人間自身にあることを知るべきであ
る。
24 ゴマダラカミキリ Anoplophora malasiaca
標本:♀ 19650627 瑞穂区;♂ 196507 昭和区;♂ 19660627 昭和区;♀ 19880803昭和区
滝川町;♂ 19910724 昭和区鶴舞町;♂ 19920728 昭和区鶴舞町(死骸);♀
199309 昭和区滝川町(内藤孝二郎採集);♀ 20060706 昭和区滝川町(死骸)
.
写真:♀ 20040629 昭和区滝川町;♀ 20040903 名東区藤巻町(写真24);♀ 20050716
昭和区八事本町興正寺.
都会でカミキリムシというと,この虫を思い浮かべる人が多いようである。キボシカミ
キリ,キマダラカミキリ,ミヤマカミキリ,ノコギリカミキリなどとともに都会の環境に
よく適応しているということであろう。寄主植物もミカン類,プラタナス類(スズカケノ
キ)
,クワ類,イチジク等,都会でも見かけるものが多い3)。
25 ヤハズカミキリ Uraecha bimaculata bimaculata
標本:♂ 20020803 昭和区八事本町興正寺(写真25).
寄主植物は,カシ類,サクラ類,イチジク,アカメガシワなどの各種広葉樹である9)。
26 キボシカミキリ Psacothea hilaris
標本:♀ 19900819 昭和区南山町.
写真:♀ 20040930 名 東 区 藤 巻 町( コ ウ ゾ( ク ワ 科 ) の 若 枝 を 齧 っ て い た )
;♀
20050728 名東区藤巻町(アカメガシワの葉脈を齧っていた)
;3 ♀ 20050912 千種
区東山公園(コウゾの若葉を食していた)
(写真 26).
2005年の観察では,1本のコウゾ若木に3匹の♀が集まって,若葉を齧っていた。最
近の東山周辺では比較的よく見られるカミキリムシである。しかし,私の子供の頃には,
図鑑で非常にヒゲの長いカミキリムシとして憧れていたが,実際に見ることはなかった。
穂積11)も,1972年の時点では,東海地方では大変稀であると書いている。
「キボシ」の黄
色い斑点は,死ぬと白くなる。古い図鑑ではキボシヒゲナガカミキリとなっている6)。寄
主植物としては,クワ類,コウゾ,イチジク,イヌビワ,ガジュマル,アコウなどのクワ
科,柑橘類(ミカン科),ヤツデ,カクレミノ(ウコギ科)
,クサギ(クマツヅラ科),ム
クノキ(ニレ科)が報告されている1)。日本では本州から先島諸島まで分布し(島嶼は別
103
─ ─
内 藤 通 孝
亜種とされている)
,朝鮮半島,中国,台湾にも生息する9)。本州に生息するものは関西
型と関東型に分けられ,DNA 解析によると関西型は中国大陸のものと,関東型は台湾の
ものと同じ塩基配列を示すというが1),東山周辺の個体群について型の検討はしていない。
27 シロスジカミキリ Batocera lineolata
標本:♀ 20020701 昭和区隼人町.
本例は親類の家で切り株(樹種不明)から発生したものである。シロスジカミキリの♀
は胸高直径5∼15 cm の樹皮が薄く滑らかなコナラに産卵し,胸高直径25 cm を超える樹
皮の厚いコナラには産卵しないという15)。里山の雑木林は,以前は薪炭林として利用さ
れ,手入れされていたが,これらの林が放置されるようになった現在では,シロスジカミ
キリの産卵に不適切な太さにコナラが成長して,シロスジカミキリは減少しているとい
う15)。寄主植物は,コナラの他,クリ,クヌギ,アカガなどのブナ科である3)。ヤナギ科,
カバノキ科も食する1)。いずれにしても,都会の住宅街でシロスジカミキリが発生したの
は驚きである。シロスジカミキリは,わが国に産する最大のカミキリムシ(体長60 mm)
で,ケシカミキリ(体長3mm)と比べてみると,その大きさの違いがわかる(写真27)。
名称は「シロスジ」だが,生きているときの斑点・線条は黄色で,死ぬと白くなる。
28 アトモンマルケシカミキリ Exocentrus lineatus
標本:20050531 名東区藤巻町(写真28).
体長6mm と小型で,上翅の縦方向に左右7対の黄白色線状紋があるが,後方で一旦途
切れ,地色(褐色)の紋(アトモン)に見える。寄主植物としては,ヤマグワ,イチジ
ク,アカメガシワ等,多種の広葉樹が知られている9)。
29 ルリカミキリ Bacchisa fortunei japonica
標本:196407 昭和区;19930605 昭和区汐見町(写真 29 左)
;20040613 昭和区滝川町
(写真29 右)
.
体長10∼12 mm で,「ルリ(瑠璃)
」色,即ち,青ないし紫がかった艶のある上翅を有
する。寄主植物は,ナシ,リンゴ,ズミ,カイドウなどバラ科各種の生木の幹や枝であ
る4)。
30 キクスイカミキリ Phytoecia rufiventris
標本:19930516 昭和区八事本町興正寺;19960526 昭和区八事本町興正寺.
写真:♂♀ 20030517 昭和区八事本町興正寺(写真 30)
.
体長8mm の小型カミキリムシで,キクの新しい茎に噛み傷をつけて産卵する。それよ
り上の部分が萎れるので,食害の目印になる。栽培するキクばかりでなく,ヨモギなどで
も見られる。台湾,極東ロシアまで分布する1)。
ま と め
1 名古屋市の東山周辺で観察されたカミキリムシ科の 30種を記録した。このうち,オ
オクロカミキリ,アメイロカミキリ,クビアカトラカミキリ,ヘリグロベニカミキリ,
ナガゴマフカミキリの5種は『愛知県の昆虫上』に名古屋市内の記録がない。
2 ハナカミキリ亜科は観察されなかった。東山周辺の自然条件は,これらハナカミキリ
の生息条件を満たしていないようである。
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名古屋東山周辺の昆虫相
3 ゴマダラカミキリ,キボシカミキリ,ミヤマカミキリ,キマダラカミキリ,ノコギリ
カミキリ,クロカミキリなどは東山周辺の環境によく適応しており,しばしば観察され
る。このうち,キボシカミキリは比較的最近になって,当地方に進出した可能性があ
る。
謝辞
本研究は 2007 年度の学園研究費助成金Bを受けた。筆者の専門ではない,趣味的な研究に対
して理解を示され,助成を決定された椙山女学園に深謝する。
文 献
1)大林延夫,新里達也編:日本産カミキリムシ 東海大学出版会 2007 (ISBN978-4-486-01741-7)
2)愛知県昆虫分布研究会:愛知県の昆虫上 愛知県 1990
3)森上信夫,林将之:昆虫の食草・食樹ハンドブック 文一総合出版 2007 (ISBN978-4-8299-0026-0)
4)日本甲虫学会編:原色日本昆虫図鑑上 甲虫編 増補改訂版 保育社 1965
5)日本産幼虫図鑑 学研 2005 (ISBN978-4-05-402370-3)
6)素木得一監修:甲虫〔Ⅰ〕 北隆館 1955
7)林匡夫,森本桂,木元新作編:原色日本甲虫図鑑(Ⅳ) 保育社 1984
8)黒沢良彦,日高敏隆編:原色昆虫百科図鑑 小学館 1967
9)大林延夫,佐藤正孝,小島圭三編:日本産カミキリムシ検索図説 東海大学出版会 1992 (ISBN4-486-01181-3)
10)新訂原色昆虫大図鑑 第Ⅱ巻(甲虫篇) 北隆館 2007 (ISBN978-4-8326-0826-9)
11) 穂積俊文:東海甲虫誌第 18報 佳香蝶 24: 37‒56, 1972
12)臼田明正,岡田正哉,穂積俊文,安藤尚,蟹江昇:なごやの昆虫 名古屋昆虫館 1989
13)穂積俊文:東海甲虫誌(第 23 報)
今までのまとめ,追加,訂正(その4) 佳香蝶 31:
54‒63, 1979
14)柴田叡一,富樫一巳編:樹の中の虫の不思議な生活 穿孔性昆虫研究への招待 東海大学出
版会 2006 (ISBN978-4-486-01735-8)
15)石井実,大谷剛,常喜豊編:日本動物百科 10 昆虫Ⅲ 平凡社 1998 (ISBN4-582-54560-2)
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