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発表原稿 - Keio University

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発表原稿 - Keio University
間合い (JCSS SIG Maai)
Vol. 2015, No. 1
社会的相互行為における間合いの不一致 Inequality of MAAI in Social Interaction
坂井田 瑠衣
Rui Sakaida
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科
Graduate School of Media and Governance, Keio University
[email protected]
Abstract
者同士の身体の観察可能性が重要な役割を果たし
In this article, MAAI in social interaction is regarded
as a kind of participants’ interpretation. Describing
MAAI from the viewpoint of each participant, it is
shown that the difference of MAAI between the
participants does not necessarily disturb the
progressivity of social interaction.
ていることを示す.対面的状況において身体の相
互観察が達成される時,各自が相手に対して異な
る間合いを見出していても,相互行為全体として
は滞りなく進行するという現象を示すことで,社
Keywords ― Social Interaction, Observability of
bodies, Adjacency Pair, Interaction Analysis
会的相互行為における間合いの不一致と相互行為
1. 個人間で一致しない「間合い」 2. 身体の観察可能性 の円滑な進行性との関係について論じる.
本稿では,ある瞬間において,他者との間にリ
我々の身体動作や状態は,当人の意図とは無関
アルタイムに生起する現象に対し各々が与えてい
係に,何らかの情報を他者に対して表出 express
る解釈を,社会的相互行為における「間合い」と
し続けている (Goffman, 1963).そのため,互いに
捉える.間合いを解釈と捉えるならば,与えられ
他の存在を認識可能なほどに複数人が近接しあっ
る解釈は,共在する個人間で多かれ少なかれ異な
ている共在状態では,他者の身体を情報源として,
るのが常であろう.すなわち相互行為においては,
相手の意思や感情を推測することが可能になる.
各参与者が各々の視点で他者との間合いを感じな
また,それと表裏一体の性質として,ある人の意
がら,他者とのやりとりに参与していると考える
思が必ずしもそのとおり他者に理解されるとは限
ことができる.
らない.
個人間での間合いの相違は,たびたび相互行為
身体の観察可能性が担保されていることの重要
の進行上の齟齬として顕在化しうる.参与者間で
性は,公共空間などで複数人が共在しながら別々
の間合いの齟齬が表面化する時,その齟齬は「修
の活動に従事しているという「焦点の定まってい
復 repair」の対象となる.従来の相互行為研究で
ない相互行為」(Goffman, 1963) を考えれば明らか
は,話し手と聞き手の間に生じる聞き取りや認識
である.人々は公共空間において,見知らぬ他者
の齟齬が,いかにして当事者たちの言語的やりと
と言語的やりとりを交わすことは通常ない.その
りによって修復されるか,というプラクティスが
代わりに,相手の身体を一方的に観察することで,
明らかにされてきた (e.g. Schegloff et al., 1977).
自分にとっての意味 (例えば,危険な存在ではな
しかし実世界の相互行為においては,たとえ齟
い,美人である,など) を見出しつつ,その場を
齬が表面化しても,その修復を行わないままに相
やり過ごす.すなわち,互いに他者に対して,あ
互行為を進めることがしばしばある.本稿では,
る種の一方的な解釈としての「間合い」を見出し
対面相互行為において齟齬が生じた際,いかにし
....
てその齟齬が解消されないままに相互行為が展開
ている.
しうるのかを例証し,そのプロセスにおいて参与
出すことは,会話のように「焦点の定まった相互
このように,他者に対して一方的な間合いを見
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間合い (JCSS SIG Maai)
Vol. 2015, No. 1
行為」(Goffman, 1963) においても当然ありうる.
める.
双方向の言語的やりとりが不十分であったり,齟
齬が生じたりしても,相手の身体を一方的に観察
事例
することで,その不足した情報を補完したり,齟
01 B: こないだ XX 研のメンツで行った時何か 齬を解消したりできるはずである.電話会話では
02 (0.4) 相手の沈黙の理由を推測するのが難しい一方,対
03 B: 全部任された 面会話であれば,相手の表情から黙って考え込ん
04 (1.2) でいることを推測できるのは,対面的状況におい
((B の発話中,C が鉄板に油を流し始める. て身体の観察可能性が担保されているためである.
直後,A は C の動作に呼応しヘラで油を 本稿では,2 者間での言語的やりとりに齟齬が
伸ばし始める)) 生じ,不十分なままにやり過ごされる現象につい
05 B: 意外(.)なことに= て,それぞれの参与者の視点に立ってその解釈を
→ 06 C: =こんなもん(で)すか(ºねº) 記述することで,相互行為上の一つの現象に対し
((C,質問の直後に一瞬調味料ラックへ て複数の「間合い」が生じている可能性を示す.
目を向け,鉄板へ視線を戻す)) その際,それぞれの参与者が身体の観察可能性に
→ 07 (4.4) ((A,無言で油を引き伸ばす)) 依拠していることが重要である.間合いの個人間
08 C: ((調味料ラックへ視線を向けて))油が での不一致が存在しながらも,相互行為全体とし
09 (0.4) ては滞りなく進行したことを示しつつ,その成功
10 C: なんか= が,間合いの不一致ゆえに偶有的なものであった
11 A: =((鉄板を見たまま))はいはいはい ことを論じる.
12 (.) 13 C: ((油引きのジェスチャを伴い)) 3. 応答されない質問
14 ああいうのはないんですね 会話の齟齬として顕在化しうる現象の一つが,
15 (0.6) 隣接ペア第一成分 (Schegloff & Sacks, 1973) とし
16 A: あれないん[ですよ] て発せられる「質問」に対して,規範的に返され
17 B: [あ::: ]あれね
るべき第二成分としての「応答」が発せられない
場合である.ここでは,ある者が特定の相手に宛
油を鉄板に流し入れ終えた C は「こんなもん
てた質問に応答が返されない時,質問者と質問の
(で) すか (ね)」と質問を発する (06 行目).これ
受け手の各々にいかなる間合いが生じえていたか
は,C が直前に流し入れた油の量が十分足りてい
という解釈の可能性を,推論的に記述する.
るかを問うている質問であると考えられる.油を
ここで示す事例は,親近性の高い大学生 A,B,
伸ばしているのが A であること,また B と C は
C の 3 名が食卓を囲み,協同してもんじゃ焼きを
同学年であるのに対し,A は年長者であり C は A
1
調理している場面の会話である .もんじゃ焼きを
に敬体で接する習慣があることから,この質問は
作り始める場面で,C が鉄板に油をボトルから流
A に宛てられたものと解釈できる.しかし,A は
し入れ,それに呼応して A はヘラで油を伸ばし始
C に応答を返さないまま,ヘラで油を伸ばし続け
る (07 行目).
本稿で使用する転記の記号は以下のとおりである.
「[」は発話の重なりの開始地点,「]」は発話の重なり
の終了地点,
「=」は途切れなく密着している発話,
「(0.0)」
は無音区間の秒数,
「(.)」は 0.2 秒以下の無音区間,
「言
葉::」は音の引き延ばし,「言葉」は強勢が置かれた言
葉,「º言葉º」は小さい音声,「(言葉)」は聞き取りが確
定できない言葉,「(( ))」は注記を示す.
1
4.4 秒の沈黙 (07 行目) の後,C は右手に存在す
る調味料ラックに視線を移し,
「油が,なんか,あ
あいうのはないんですね」(08,10,14 行目) と,
左手を 2 回転させるジェスチャーを伴って発言す
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間合い (JCSS SIG Maai)
Vol. 2015, No. 1
る.ここで「ああいうの」とはたこ焼きなどの調
ア第二成分としての応答の産出責任を C が請け負
理に使用する「油引き」を指していると考えられ
ったことになる.さらに言えば,C は A に質問を
る.その発言の終盤で,C は右手に持っていた油
投げかけたものの,それに対して A がすぐに応答
のボトルを片付ける.この間,C の「なんか」の
できない可能性を見出し,配慮していた可能性も
直後,A は「はいはいはい」と発言し,C がその
ある.
後に言おうとしていることを先読みして理解した
その後 C は「油引きがない」というトピックに
ことを示す.すなわち,遅くとも 11 行目に至った
関心を移していることからも,応答を得ることを
時点で,A と C の両者にとって「油が足りたか」
あきらめたというより,応答に相当する情報は充
という問題はやり過ごされ,
「油引きがない」とい
足されたと考えるのが自然であろう.
うトピックに関心が移っている.
この場面で,C が発した質問に A が応答しない
4.2. A の視点からの間合い
ことが問題化されなかったのはなぜだろうか.次
次に,A の視点から解釈した間合いについて検
章では,C によって A に宛てられた質問 (06 行目)
討する.
に A が応答しなかった際,C と A のそれぞれに生
A が C から質問を宛てられた時に応答しなかっ
じえていたと考えられる間合いを記述する.その
た理由として,まず考えられるのは,(1) C の質問
際,客観的振る舞いから間合いを記述することの
が聞き取れなかった,(2) 質問の内容や自分に宛
難しさに鑑み,必ずしも分析者にとって観察可能
てられているということが理解できなかった,な
な振る舞いに依拠せず,分析者の主観的解釈を用
どである.(1) や (2) であった場合,そもそも A
いた推論的な記述を行う.
は C に応答することが難しい.その場合は A が C
に質問の内容を聞き返すなどしてやりとりが修復
4. 間合いの不一致と偶有的相互行為
(Schegloff et al., 1977) されるのが一般的である.
4.1. C の視点からの間合い
しかし,ここでは修復のやりとりは見られない.
まず,このやりとりにおいて C の視点から解釈
(1) でも (2) でもない解釈として,(3) 油を引き
した間合いについて検討する.
伸ばすという調理動作を続けて C にその様子を見
質問に対する応答が得られない時,質問者は,
せることで,応答の不在を正当化しようとした,
(1) 応答が得られるまで待つ,(2) 質問を繰り返し
という可能性がある.より強く言えば,言語的に
たり言い換えたりして応答を再度要求する,(3)
応答する代わりに,調理動作を見せ,応答に相当
得られない応答を何らかの情報源から補完する,
する情報を提供しようとした,という可能性すら
(4) 応答を得ることをあきらめる,といった方策
ある.その場合,A には C の質問に応答するとい
を持ちうる.本事例の場合,結局応答は得られて
う明確な意図があった一方で,その伝達意図は C
いないので (1) の方策は取られていないし,明ら
に対しては表出されない.言語的な発話と異なり,
かに (2) の試みは観察されない.では,ここで C
元々別の目的を持っている動作 (ここでは調理動
は (3),(4) のうち,どの方策を取ったのだろうか.
作) に伝達意図を込めることは難しいためである.
ここで C は,単純に応答を得ることをあきらめ
たようには見えない.C は A に質問した直後から,
4.3. C と A における間合いの不一致
鉄板上を 3 秒以上にわたって注意深く観察してい
仮に 3.1 および 3.2 で展開した解釈の記述が正し
る.A の応答を待っているというより,むしろ A
いとするならば,この場面における C と A の間合
の身体動作や環境 (鉄板) の状態を観察すること
いは一致していなかったことになる.つまり,C
で,応答に相当する情報を補完していた可能性が
は A の応答を得られないため,A からの情報伝達
高い.この場合,本来は A に帰されるべき隣接ペ
としての応答を求めるのではなく,あくまでも一
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間合い (JCSS SIG Maai)
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方的に A の動作を観察し,情報を補完しようとし
側面であり,それゆえに相互行為が,揺らぎを伴
ている.他方で,C が応答の不在を調理動作によ
う一回性を帯びた現象であるという点であった.
って正当化していたならば,C は自分の調理動作
が A にとって観察可能になっているという性質に
付記
自覚的である.ここに,両者における間合いの不
本稿の分析事例に関する記述は,坂井田・諏訪 (印
一致を超えて相互行為の進行性が保たれていると
刷中) において展開された議論に,新たな解釈の
いう,偶有的現象が生じている.
可能性を与え,大幅に加筆したものである.
おそらくこの場面で,C と A の各々の解釈とし
て生じた間合いは,互いに他にとって明示的には
参考文献 観察可能にされていなかったであろう.C は A に,
Goffman, E., (1963) “Behavior in Public Places: Notes
A は C に自らの意図が伝わっているだろうとは思
on the Organization of Gatherings”, The Free
わないままに各々が振舞っているにもかかわらず,
Press.
相互行為上で生じた齟齬は円滑に解消されている
坂井田瑠衣・諏訪正樹, (印刷中) “身体の観察可能
ように見える.
性がもたらす協同調理場面の相互行為 ―「暗
C から投げられた質問に対して応答しないこと
黙的協同」の組織化プロセス―”, 認知科学,
を調理動作によって正当化するという A の図々し
Vol. 22, No. 1.
さと,A から応答が得られないことを主体的観察
Schegloff, E. A. & Sacks, H., (1973) “Opening up
によって補完するという機転の利いた C の臨機応
Closings”, Semiotica, Vol. 8, pp. 289-327.
変さが,偶然にも共存したために,進行性が失わ
Schegloff, E. A., Jefferson, G. & Sacks, H., (1977)
れないままに相互行為が展開したと言えるであろ
“The
う.その点で,この事例は,相互行為において生
organization of repair in conversation”, Language,
じうる現象は様々な可能性の幅を持っていて,実
Vol. 53, No. 2, pp. 361-382.
preference
for
self-correction
in
the
際に生起した現象はその可能性の一つにすぎない
高梨 克也, (2010) “インタラクションにおける偶
という相互行為の偶有性 (高梨, 2010) を如実に
有性と接続”, 木村 大治・中村 美知夫・高梨
示してくれるものであろう.
克也 (編), インタラクションの境界と接続 ―
サル・人・会話研究から―, pp. 39-68, 昭和堂.
5.相互行為の裏に生じる個の間合い
本稿では,社会的相互行為における間合いを,
必ずしも個人間で一致しない解釈であると捉えて
検討してきた.相互行為上の現象に対する個人に
閉じた認知の観点から間合いを考えることで,相
互行為という営みの偶有性が強調されたはずであ
る.
もっとも,他者を観察することによって個人内
に生じた間合いは,必ずしも個人に閉じたままで
終始せず,再び他者にとって観察可能な振る舞い
として表出しうることには留意しておきたい.本
稿で強調したかったのは,目に見える営みとして
の相互行為の裏に生じている個々人の間合いが,
個人間で一致しないことが大いにありうるという
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