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山下哲郎

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山下哲郎
『宝物集』私解(八)
﹃宝物集﹄私解︵八︶
出家遁世説話記事の考証︵その五︶
山下哲郎
7さらはそのとき出家すへしとてかへりけるか又いか\おもひけん
世に出給ふへし弥勒をはしめておほくの仏なりとのたまひけれは
みろく
前稿︵﹁﹃宝物集﹄私解︵七︶1出家遁世説話記事の考証︵その
8仏むかしは出たまはさりしかと申けれは 9ほとけむかしもい
四︶1﹂本誌第二十六号 平成十年六月︶に引き続き第二種七巻
本の吉川本第四、出家遁世説話記事︵﹃岩波新日本古典文学大系40﹄
て給ひきくるそん仏をはしあておほくのほとけなりとのたまひけれ
にあひたてまつれるとき出家とんせいして浄土をもとあ給ふへきな
御弟子となりき 11はやくかの梵士のおもひななしてたまく仏法
て し ぼんし
し仏又出給ふともあはん事かたしとてやかて出家とんせいして仏の
しゆつけ
は 10むかしも仏いてたまひけれともまゐりあはさりけれはかひな
一六六頁∼︶の考証を行う。前稿と同じく、岩波新大系の底本の吉
川泰雄氏蔵本︵士口川本︶の原本を底本とし、︹本文︺︹校異︺を掲げ
た上で、考証を加える。本稿において参照︵引用︶した諸本は従来
の通り。
り 12ばらもん酒にゑひて僧のしたりしをはりに仏をみたてまつる
さけ そう
事ありき 13蓮華女かたはふれにあまのけさをきたりしゆゑにきく
れんげによ
︵十二門論の一、﹁道心をおこし、出家遁世して仏道をも
出家遁世説話記事私解︵四︶
事をえたりき 14されは出家したるもの、名を怖魔とは申たるなり
る\なり 17たとへは国に凶あらんとてはその国の大地震動するか
けう ちしんだう
の奴碑なり出家の後は仏の御弟子となりてなかく魔王のぬひをはな
ぬ ひ て し まわう
へにまをおとすとは申たるなり 16人いまた出家をせさる時は魔王
しゆつけ まわう
云事なり 15一人出家すれは第六天の魔王宮殿震動するなりこのゆ
まわうくうでんしんだう
比丘とは梵語なりふまと申へき也怖魔といふご\ろは魔をおとすと
びく ぼんご ふま ま
な ふ ま
とむべし﹂岩波新大系一六六頁5行目∼一六八頁9行目。︶
︹本文︺
ぽとけぎおんしやうしや とき ぽんし
1仏祇園精舎におはしまし\時一人の梵士まいりて申ていはく2
しウうむにそんよに しゆつけ
かりといへとも家たのしくして七宝にともしからす 4妻室かたち
いゑ ほう さいしつ
大聖牟尼尊世に出給ふとき出家とんせいしておこなふへき也 3し
ことし 18魔王もなくぬひをうしなふかゆゑに出家するものあれは
まくう しゆつけくどくきやう
魔宮しんたうするなりこまかには出家功徳経にとけり 19むかし七
へ んし ほとけ
よくして片時もはなれかたし 5仏又世にいてたまふ事あらはその
しゆつけ たいしやう
とき出家しておこなふへしと申けれは 6大聖ののたまふやう仏又
1
どげんぞく ぢうざい ちごく
度還俗したるものありき 20重罪なるかゆへに大地獄につかはしけ
る 21七度げんぞくしたる罪によりて大ちこくにおつ七度出家した
るくどくはあるへからすやと申ければ 22ゑんま大王玉のかふりを
じひしん
かたふけておかみたまひたりとこそ申ためれ 23まして大慈悲心を
おこして出家とんせいせんもの浄土に往生せん事あにうたかひあら
じやうど わうじやう
んや
︹校異︺
ヘシ弥勒ヲ初テ多ノ仏ナリトノ玉ピケレハ 7︿最﹀さらはその時・
出家すへしと。いひてかへりけるかいか\おもひけむ ︿身零﹀
︿久﹀サラバ其時出家スヘシトテカヘリケルカイカ∼思ヒヶン 8
︿最﹀ ・ むかしは出給ハさりしかと・申けれハ ︿身零﹀ ︿久
ホトケ
ク ル ソン ホトケ
﹀仏昔.出給.サリシカト申ケレハ 9︿最﹀ ・ 昔もいて給き
へ ゆ ホトケ
昔.出給,ヰ倶留孫仏,初テ多,佛也卜言.ケレハ ︿身零﹀佛昔モ出
倶留孫佛をはしめておほくの佛なりと・の給けれハ・ ︿久﹀仏
給キ倶留孫仏,初テ多,佛ナリトノ玉イケレハ ー0︿最﹀むかしも
ホトケ
スツケトン ボトケ ミ テ
рP∼11・14∼23なし。 ︿身零>14∼18なし。 ︿二V ︿平佛
古・
﹀いて給けれとも・まいりあはさりけれハかひなかりけり。佛・
ゴウシヤウシヤ トキ ホムシ
佛・砥疸精舎二おはしまし\時・一人の梵士まうて、・ ︿久﹀
佛出給共参逢事カタシトテ出家遁世〆佛,御弟子,成タリ ー1︿最
ヶリ ︿身零﹀昔モ佛出テ給ケレ共参逢サリケレハ甲斐ナカリキ又
子となりたり ︿久﹀昔.仏出給,ケレ共参り合バサリケレハ無成
ナリ仏又出.給、モ参り合.事難シトテ臆.出家遁世、仏.御弟子,ナリ
る時・出家遁世して・おこなふへきなり・ ︿久﹀大聖無尼尊世.
トキ ス ツ ケ ト ン
出給トキ出家遁世シテ可キ行.一ナリ ︿身零﹀佛世.一出給タル時出
シツ セイ
家遁世〆行ヘキ也 3︿久﹀錐レ然家タノシクシテ七宝.トモシカ
サキ
ラス ︿身零﹀錐然家タノシクシテ七宝.乏シカラス 4︿最﹀妻
室かたちよくしてかたときも・はなれかたし。 ︿久﹀妻室姿夕吉
ホトケ
〆片時.難レ離. ︿身零﹀妻室形吉〆片時モ離カタシ 5︿最﹀佛
﹀はやく・かの梵士のおもひをなしてたまく・佛法にあひた口ロ
ロロロロひ・出家遁世して・浄土をもとめ給へきなり ︿久﹀早.
スツケトン シヤウト
彼梵士,思、,成.適.仏法.一逢奉.ル時出家遁世〆浄土,求.玉フヘキ
ヘキ也 12︿一﹀婆羅門酒一一酔テ法師,マネヲシタリシカバ後轟法,
ナリ ︿身零﹀彼梵士.思,ナシ適佛法二逢ル時出家遁世.浄土,求
けれハ・ ︿久﹀佛又.世.出給事アラバ其時出家シテ可,行.一申
りき ︿久﹀/波羅門酒.酔テ僧,マネヲシタリシヲハリニ仏,奉レ
もん酒にゑひて僧のまねをしたりしをはりに仏をみたてまつる事あ
ホロロ
りし・をはりに佛をみたてまつることありき・ ︿瑞﹀ ︿九﹀ばら
キクコトヲヱタリキ ︿最﹀波羅門さけにゑひて・僧のまねをした
ハ ラモン ソゥ
ケレハ ︿身零﹀佛又世.出給ハ其時出家〆行スヘシト申ケレハ
勒ヲ初テ多.仏也ト言.ケレハ ︿身零﹀大聖ノ玉フヤウ佛又出給
おほくの佛なりとの給けれハ ︿久﹀大聖,言ク仏又世.給出へ.弥
ヲ見タテマツル事アリキ ︿片三﹀婆羅門酒二酔テ僧ノマネヲシタ
見事有専 ︿身零﹀婆羅門酒二酔テ僧,マネ,シタリシヲハリニ佛
ダイジヤウ ホトケ ミロク
6︿最﹀大聖の\給やう・ 佛又いて給ふへし・弥勒をはしめて
又世にいて給ことあらは・そのときに・出家しておこなふへしと申
ス ッ ケ
ホンシ フツボウ
ホトケ
精舎.マシく給シ時一人.梵士詣テ\ 2︿最﹀佛・よに出給た
/○佛砥疸精舎.御座セシ時・一人.梵士参,.申云︿身零﹀佛砥薗
ン
︿平三>1∼18なし。︿片三﹀ ︿元>1∼11・13∼19なし。 1︿最
﹀・出給とも・まいりあふことかたしとて・出家遁世して佛の御弟
又
〈一
2
『宝物集』私解(八)
コト
リシタニモ終二奉見佛ヲ事アリキ ︿元﹀婆羅門酒二酔テ僧.真似
パ ラモンサケ エイ ソウ マ ネ
ホトケ ミクテマツ 有ヰ繹雄俊 ︿身零﹀昔七度還俗シタリシ者有キ ︿二﹀むかし七
ギウサイ コク
とげんぞく
どげんぞくしたりし物の ︿平古﹀ ︿平三﹀むかし七度還俗したり
︿久﹀重罪ナル.故.大地獄へ遣.ケルヲ ︿身零﹀重罪,者ナルカ故
しもの 20︿最﹀重罪の物なるかゆへに大地獄へつかはしけるに
ヲシタリシダニモ終二佛ヲ見奉ル事アリキ ー3︿一V蓮華女.タ
ツイ ワフレニ尼.袈裟,キタリシヲハリニ佛.アヒタテマツルコトアリ
レムケヨニヨ
ニ ︿元﹀重罪ノ者ナルカ故大地獄へ遣シケルニ ︿平古﹀ ︿二﹀
ジゥザイ モノ ユヘダイヂゴク ツカバ
.大地獄へ遣シケルニ ︿片三﹀重罪ノ者ナルカ故.大地獄へ使ヶル
キ ︿最﹀蓮花女か・たわふれにあまのけさをきたりし・ すへに
のりをきくことをえたりき・ ︿久﹀/蓮花女.戯レニアマ、ケサ
ヲ着タリシ末‘法,キク事ヲ得タリ ー4︿最﹀されハ出家したるも
ヲキタリシ末.法.聞ク事,得ク,キ ︿身零﹀蓮花女.戯二尼,袈裟
ス ツ ケ
度還俗シタル罪一一ヨリテ大地獄ニヲツ七度出家シタル功徳ハ不可有
ト ス ツ ケ トク
罪業おもきかゆへに大地獄におちしとき ︿平三﹀罪業おもきかゆ
ゾロ
へに大地こくにおつる 21︿最V七度還俗し口口罪によりて地獄ニ
ヒク ボムコ フマ
の\なをは・怖魔とは申たるなり・比丘とは・梵語なり・怖魔とそ
をつ・七度出家したる口徳はある口からすやと申けれハ ︿久﹀七
﹀サレハ出家シタル者,名,ハ怖魔トハ申タル也比丘トハ梵語ナリ怖
フ マ
フマ 申へきにて侍・怖魔といふことはまを\とすと申ことなり・ ︿久
ヲトス ス ツ ケ
一欺,申ケレハ ︿身零﹀七度還俗スル罪.依.地獄.堕.七度出家
セシ功徳ハ有ヘカラスヤト申ケレハ ︿片三﹀七度還俗スル罪ニヨ
魔、申ヘキナリ怖魔,云事ハ魔,怖,云事也15︿最﹀一人出家すれ
リテ地獄二落又七度出家セシ功徳ハ虚カラント申ケレハ ︿元﹀
ロヰ テンノマワウ ロウテンシントウ
は第六天魔王の宮殿振動するなりこのゆへにま口\とすとは申なり
スレハ
クド ク ムナ マウ
罪人力云我已二七度還俗スル罪ニョリテ地獄二墜又七度出家セシ
ザイニン イハクワレステ シチドゲンゾク ツミ ヂゴク ヲチ シチドシユツケ
︿久﹀﹁人出家 第六天,魔王,宮殿,振動スルナリ此故二魔,
スツケ マロロ ヌ
功徳ハ虚シカランヤト申シケレハ ︿二﹀ざいにんがいはくわれす
ヲトストハ申タル也 16︿最﹀いまた出家せさるほとは魔王の・奴
ホトケミコ マワウヌヒ
ヒスツケ 蝉なり・出家しつるのちは・佛の御子となりてなかく・魔王の奴碑
でに七度げんぞくしたるつみによりてぢごくにおつさて七たび出家
ざい
かには出家功徳経にとけり く最V魔王にもなかく奴碑をうしな
ヲガミタマ
テ拝ミ給ケルトコソ申タルメレ ︿元﹀焔魔大王冠ヲ傾ケテ拝給
ヱン マ タイワウカフサカヌフ マウ
閻魔王冠,傾一ア拝玉フトコソ申タンメレ ︿片三﹀閻魔大王冠ヲ傾
久﹀焔魔大王玉,カフリヲ傾.ア拝,給タリトコソ申タメレ ︿身零﹀
大王・たまのかふりを・かたふけてをかみ給とこそ申たあれ・ ︿
タイワウ
かぶりをかたふけてをおかみたまえりとこそ申たあれ ︿最﹀焔魔
ヱム マ
出家したりし功徳はいかにといひけれは 22︿九﹀ゑんま大王玉の
わく我すてに七度還俗したる罪によりて地こくにおつるさて七度
げんぞく うみ
したりしくどくはいかにといひけれは ︿平古﹀ ︿平三﹀罪人かい
をはなる\なり・ ︿久﹀人未出家時、魔王,奴碑ナリ出家,後,仏
,御弟子トナリテ永ク魔王ノ奴碑,離ル、ナリ ー7︿最﹀たとへは・
クニキロ ロ クニ ダイチンントウ
國凶あらむとては・その国の・大地振動するかことく・ ︿久﹀
例ハ國.凶有ントテハ其国,大地振動スル如シ ー8︿九V魔王ぬひ
をうしなふがゆゑに出家するものあれは魔宮しんどうするなりこま
マ ワウ オ ヒ
ク トクキヤウ
ふゆへに・出家の物一人あれハ魔王振動するなり・こまかには出家
スツヶ モノ マワウシントウ スツケ
功徳経にいへり・︿久﹀魔王モ永,奴碑ヲ失フ故,,出家.モノ有レ
アクタウ マヌカ
ムカシ ト
ハ魔宮,振動スル也細カニハ出家功徳経﹂ムヘリ ー9︿最V昔七度
ヒテ悪道ヲ免レタリトコソ申シタルメレ ︿二﹀ ︿平古﹀ ︿平三﹀
ケムソク シヤウウウスン
還俗したる物ありき・繹雄俊なり ︿久﹀/昔七度還俗シタル者,
3
えんま らい あくだう
最﹀まして・大悲心をおこして・出家遁世せむもの・浄土二往生
ダイヒシン スツケトン よ ト ワウシヤウ
炎魔王たなごころをあはせて礼し給ひて悪道をまぬかれけり 23︿
の罪を免れる話︵震旦︶
七度還俗の雄俊が出家の功徳を主張して堕獄
⑤︹本文︺19∼23
︵○は該当記事がある、△は記事はあるが内
れぞれ示す。︶
容が他本と異なる、×は記事のないことをそ
︽諸本記事対照表︾
セン者浄土,.往生..事豊。疑.有ランヤ ︿身零﹀増テ大悲心,発一.
せむことあにうたかひあらんや ︿久﹀増〆大悲心,起.出家遁世
出家遁世セン者浄土,一往生セン事豊疑アランヤ︿片三﹀マシテ大悲
×
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
○
スミヤカ
○
コトアニウタガ ×
モうヤウド ウマレ ×
ダイヒシン ヲコ タテマツ ンユツケトンセイ ○
心ヲ奉起出家遁世セン者浄土二生ン事豊疑アランヤ ︿元﹀マシテ
×
最明寺本
×
瑞光寺本・九冊本・吉川本
×
︵抜書本︶久遠寺本
○
身延文庫蔵中巻零本
×
ホトケ ナリタマ スツゲ
片仮名古活字三巻本・元禄本
X
トンセイ 平仮名古活字三巻本・平仮名整版三巻本
×
大悲心ヲ発シ奉リ出家遁世セン者浄土二生ン事豊疑ピアランヤ速
二巻本
○
ニ遁世〆佛二成給フベシ ︿二﹀いわんやだうしんをおこして出家
×
○
△
としたるくどくこれにておもひやり給ふへきなりはやくだうしんを
×
○
△
や道心をおこして出家としたる功力これにて思ひやり給ふへしはや
①︹本文︺1∼11
②︹本文︺12
③︹本文︺13
④︹本文︺14∼18
⑤︹本文︺19∼23
×
×
おこしてとくほとけになり給ふへきなり ︿平古﹀ ︿平三﹀いわむ
く りき
く道心をおこしてとくく仏になり給ふへきなり
︹考証︺
本節にも前節に引き続き、天竺・震旦の出家遁世者の説話︵例証
話︶が挙げられているが、諸本によって記事の有無や配列順序等、
冊本・久遠寺本︵抜書本︶等の第二種七巻本系諸本である。以下、
異同が甚だしい。記事のもっとも多いのは、吉川本・瑞光寺本・九
おく。
①∼⑤に吉川本の記事を列挙し、さらに諸本の記事対照表を掲げて
①︹本文︺1∼11梵士が仏には逢い難いということを悟り、出
家遁世して仏弟子となる話︵天竺︶
②︹本文︺12 酔婆羅門の話︵天竺︶
③︹本文︺13 蓮華女の話︵天竺︶
④︹本文︺14∼18怖魔の話・出家功徳経の出典注記︵天竺︶
×
×
4
『宝物集』私解(八)
種七巻本系諸本および身延文庫蔵巻零本に載る。﹁梵士﹂は婆羅門
但出家。問言。破戒當堕地獄。云何可破。答言。堕地獄便堕。諸
我等少壮容色盛美。持戒爲難。或當破戒。比丘尼言。破戒便破。
貴婦女皆笑之言。地獄受罪云何可堕。比丘尼言。我自憶念。本宿
︹本文︺1∼11の梵士が出家遁世して仏弟子となる説話は、第二
︵バラモン︶の漢訳で、﹁梵志﹂とも言った。外道を指すこともある
世時作戯女。著種種衣服而説雑語。或時著比丘尼衣以爲戯笑。以
是因縁故。迦葉佛時作比丘尼。自侍貴姓端正心生驕慢。而破禁戒。
@華経﹄讐喩品等︶。この説話は新大系注︵一六六頁︶では出典
未詳とされている。典拠は不明であるが、例えば﹃経律異相﹄巻四
故堕地獄受種種罪。受罪畢寛。値繹迦牟尼佛出家得阿羅漢道。雛
即便走去。諸比丘問佛。何以聴此醇羅門作比丘。佛言此婆羅門無
十ー七、﹁梵志奉佛鉢蜜衆食不減施水中衆生﹂︵﹃大正新脩大蔵経﹄
量劫中初無出家心今因醇故暫畿微心。以此因縁故。當出家得道。
比丘。佛勅阿難。與剃頭著法衣。酔酒既醒驚怖怪已身忽爲比丘。
喜心生焉。蹄命法僧奉受戒禁続佛而去。︵中略︶出蜜具経。﹂といっ
如是種種因縁。出家之利功徳無量。以是故白衣雛有五戒。不如出
復破戒可得道果。復次如佛在祇桓。有一醇婆羅門。來到佛所求作
た記事があり、このように菩提心を失くした梵士が仏に会って再び
巻五十三・二︷二c︶には、﹁昔有梵志。要不観佛霧入他舎。大聖
発心を起こしたという類の説話は、経典にはよくみられるものであ
家功徳大也。
懲之到其目前。欲避馳走不能自致。來詣佛所。彼時世尊。爲説経法
る。
︹本文︺12の酔婆羅門の話と︹本文︺13の蓮華女の話は、両者並
鉢羅華比丘尼本生経﹄の所説として、戯れに尼の服を着た者は﹁優
られている。ところで、右の記事のように、﹃法苑珠林﹂では﹃優
経﹄巻二十五︶に求められる。﹃大智度論﹄にも両話が並んで載せ
右の一節の原拠はさらに﹃大智度論﹄巻第十三︵﹃大正新脩大蔵
に遭ったとしており、他本と両者の結末が逆になっている。また、
鉢羅華比丘尼﹂となっているが、これは﹁蓮華女﹂の異称の一つで
一巻本の記事は他本と異なり、酔婆羅門が仏法を聞き、蓮華女が仏
んだ形で第二種七巻本系諸本・身延文庫蔵中巻零本・一巻本に載る。
ともに蓮華女の話を欠いている。二つの説話は﹃宝物集﹄では諸本
あり、諸経典により﹁蓮華色女﹂﹁青蓮華尼﹂﹁花色比丘尼﹂等、さ
酔婆羅門の話は片仮名古活字三巻本・元禄本にもみえるが、両本は
ともに簡略に記されているが、両話の典拠は、﹃法苑珠林﹄巻二十
まざまな呼称があって、それぞれ同名同人・同名異人の場合があり
一定しない。総じて美人の形容の呼称であると考えられている。
二、入道篇第十三である。︵﹃大正新脩大蔵経﹄巻五十三・四四八c
宝絵﹄序を直接の典拠としたと考えられるが、﹃三宝絵﹄には﹁因
﹃宝物集﹄の記事は新大系の脚注等にも指摘されるように、﹃三
又智度論云。佛法中出家人。雌破戒堕罪。罪畢得解脱。如優鉢
二尼ノ衣ヲ服ケルハ、其力二今仏ノ奉遭レリ。﹂︵新日本古典大系所
弦婆羅門暫程酔テ僧形二成カバ、此故二後二法ヲ聞キ。蓮華色ガ戯
∼四四九a︶
入貴人舎常讃出家法語諸貴人婦女言。姉妹可出家。諸貴婦女言。
羅華比丘尼本生経中説。佛在世時。此比丘尼得六神通獲阿羅漢果。
5
(『
を説く際によく用いられたようである。
収の梵舜本による。︶酔婆羅門と蓮華女の話は、ともに出家の功徳
︹本文︺14∼18の怖魔についての話は、吉川本等の第二種七巻本
収の東寺観智院本による。︶とあり、一巻本のみ記事が一致してい
にのみみられる記事である。記事末に﹁出家功徳経﹂の所説である
る。新大系注はコ部句を入れかえて引用したもの﹂︵一六七頁︶
とするが、吉川本をはじあ一巻本以外の諸本の典拠については、さ
という注記があるが、﹃仏説出家功徳経﹄︵﹃大正新脩大蔵経﹄巻十
あるが、怖魔については、﹃大智度論﹄巻第三に所説がある。﹁復次
らに検討の要があろう。なお、蓮華女︵優鉢羅華比丘尼︶の話は
比名レ怖。丘名レ能。怖二魔王及魔人民 。當下出家剃レ頭著二染衣一
六︶には該当記事はみえない。怖魔とは梵語の比丘の漢訳の一つで
酔婆羅門の説話は、広く諸書に散見し、﹃今昔物語集﹄巻一−二
受上・戒。是時魔怖。﹂︵﹃大正新脩大蔵経﹄巻二十五・八〇a︶また、
﹃三宝絵﹄下巻十三条にも詳しくみえるが、﹃法苑珠林﹄に拠ったも
八話。﹃言泉集﹄三帖之一、二・﹃金沢文庫本仏教説話集﹄﹃沙石
ののようである。
集﹄巻ニー十話・﹃三国伝記﹂巻五ー一三話等にも載る。諸書では、
宋の釈道誠撰﹃釈氏要覧﹄の﹁比丘﹂項においては、比丘を漢訳で
本心でなくとも出家の縁のたあ道果を証したと説いたという話で、
いて逃げ去った。不審に思い尋ねた弟子たちに、仏はわけを話し、
これは﹃宝物集﹄の所説と一致している。
魔宮振動.ル一故.。﹂︵寛永十年刊本による。︶と注する記事があり、
の三説のうちの一つとして﹁一云名ク・怖魔ト。即.因ルニ出家.時
﹁乞士﹂というなどの語義の説明に続いて、﹁比丘﹂について肇法師
酒に酔って本心を忘れた婆羅門が砥薗精舎の仏の許へ赴き、出家を
おおむね﹃法苑珠林﹄等の内容に近いものである。﹃言泉集﹄三帖
魔王の宮殿が振動するため﹁魔をおどす﹂と称すという説を載せて
﹃宝物集﹄では、﹁怖魔﹂について、一人が出家すれば第六天の
願い出たため、阿難が剃髪し僧衣を着せたところ、酔いが醒めて驚
之二には﹁戯女酔波羅門事﹂という題があり、同三帖之一には蓮華
位にある天で、他化自在天がこの第六天に居住する。常に仏道に障
いるが、典拠は不詳である。第六天は、欲界の六重の天の中で最上
女︵﹁女人﹂とする。︶と酔婆羅門の話が並んでみえる。﹁出家,功
キル
害を為すたあ﹁魔王﹂と呼ばれる。四魔中の天魔であり、仏の成道
徳.∫昔女人戯。.着種々.衣.一中昌着比丘尼,袈裟,一遂.値.一.迦葉
砥疸。有一醇婆羅門一無量劫,中.都.無出家.心︸泥劫.り至不可儀
界の六天を皆わがものと領じて、なかにも此界の衆生の生死をはな
﹁維盛入水﹂では、第六天魔王は﹁第六天の魔王といふ外道は、欲
を妨げようとしたため、仏に調伏されたという。﹃平家物語﹄巻十
ナル
佛∫出家。テ為比丘尼ト一後昌依テ繹尊.出世二一得阿羅漢果,﹁又昔
一時。乃得聞此希有,法,一元上佛果不.一ア久﹁當得﹂︵﹃安居院唱導集﹄
女は﹃言泉集﹄と同様﹁女人﹂となっており、両話がともに簡略に
るに﹂︵覚一本︵岩波古典大系︶︶とあり、愛欲により衆生の極楽往
る∼事をおしみ、或は妻となり、或は夫となッて、これをさまたぐ
上巻 昭和四十七年 角川書店︶また、﹃沙石集﹄でもやはり蓮華
記されている。﹁或女人ノ、戯ニケサウヲカケシ因縁二、破戒ノ比
生を妨げる魔王とされている。また、延慶本﹃平家物語﹄第二本1
丘尼トナルモ、因縁終二羅漢果ヲ得ト説リ。又酔ノ中二出家ノ心ヲ
発シ、終二如法出家ノ縁ト成トイヘリ。﹂︵岩波日本古典文学大系所
6
r宝物集』私解(八)
二﹁法皇御灌頂事﹂における後白河院と住吉明神の天狗問答の条に
も魔王︵天魔︶について、﹁魔王者、︸切衆生ノ形二似タリ。第六
︵北原保雄・小川栄一氏編﹃延慶本平家物語﹄本文篇︵勉誠社 平
意識反テ魔王トナルカ故二、魔王ノ形モ又一切衆生ノ形二似タリ。﹂
成二年︶という一節があり、驕慢で無道心の僧がこの第六天魔王と
なると述べている。この他諸書にさまざまな記事がみられる。︹本
文︺16の出家をしない人は﹁魔王の奴碑﹂であるという記事に関し
とする伝もある。就中﹃宋高僧伝﹂﹁唐成都府雄俊伝﹂
大蔵経﹄巻五〇・八六五c︶の記事を掲げておく。
蜷ウ新脩
釈雄俊。俗姓周成都人也。善二講説一無二戒行一。所受壇信非法
レ難還入二緬行一。大暦中暴亡入レ冥。見二王者一詞責畢引入レ獄去。
而用且多狡詐唯事二疎狂一。又経下反二初服﹁入中軍塁上。而因レ逃
俊抗レ声大呼日。雄俊償入・地獄一三世諸佛即成二妄語一 。曾読
レ罪不レ犯二五逆一。若論二念仏一莫レ知二其数一。仏語若有レ可レ信。
二観経一。下品下生者造二五逆罪一臨終十念尚得二往生一。俊雛レ造
已得レ往二生西方一。言畢承二費台一直レ西而去。︵後略︶
暴死却合レ得レ 。與二雄一傳語云。若見二城中道俗一告レ之。我
ては、新大系注︵一六七頁︶に日蓮﹃兄弟抄﹄に類似の記事がみら
なお、第六天魔王については、中世に広く流布した天照大神︵ま
れることが指摘されている。
たは諾再二神︶との契約説︵﹃中臣祓訓解﹄﹃沙石集﹄巻一﹁大神宮
御事﹂・通海﹃大神宮参詣記﹄・屋代本﹃平家物語﹄剣巻・﹃太平
ある資料は、日本撰述の諸書においてのみみられ、真福寺蔵偽撰戒
しかし、﹃宝物集﹄のごとく、雄俊の七度還俗についての記載が
珠集﹃往生伝﹄や﹃観心略要集﹄等に記事がある。﹃観心略要集﹄
記﹄巻十六﹁日本朝敵事﹂等に所見︶が知られており、諸家により
魔の世界﹄︵JICC出版局 平成五年︶・阿部泰郎氏﹁日本紀と
︵平成四年 百華苑︶所収の寛文十一年刊本による。︶
の記事を掲げる。︵西村間紹・末木文美士氏﹃観心略要集の新研究﹄
考究がなされている。︵細川涼一氏﹃逸脱の日本中世−狂気・倒錯・
氏﹁第六天魔王の説話﹂︵﹁文芸論叢﹂第四十四号平成七年三月︶・
説話﹂︵﹃説話の講座3 説話の場﹄ 勉誠社 平成五年︶・片岡一
︹本文︺19∼23の七度還俗の雄俊が出家の功徳を主張して堕獄の
としてー﹂︵﹃日本文学﹄第四十四巻七号 平成七年七月︶等。︶
還俗.。還俗。.入り二軍陣﹂。行..、二殺害,一無量ナリ。俗,中二有
.ハレ難。而.亦出家.。如.雪トレ此.凡.七遍。極悪不善ナリ也。袋二
身云無.二戒行一。所有,利益非法診.食用.。獺。テニ僧,行.一即チ
其ノ中梁朝昌有り専二一ノ僧一。名ヲ日二雄俊ト一。口品善ク説法スレトモ
伊藤聡氏﹁第六天魔王説の成立−特に﹃中臣祓訓解﹄の所説を中心
罪を免れる話は、一巻本を除く諸本に記事がある。雄俊は梁の僧で、
下十七話、﹃往生集﹄巻二、﹃往生西方浄土瑞応伝﹄﹃諸上人善人詠﹄
巻二十六、﹃宋高僧伝﹄巻二十四、﹃往生浄土伝﹄中、﹃新修往生伝﹄
成リナ.二妄語.夕;.二。何,ナ.ハ者。曾テ見ルニニ観経ワ一。説ヶり下下品
其ノ時.、俊高シテレ声ヲ日。俊若シ入スニ地獄,∫。三世ノ諸佛ハ即予
死。テ経テニ一日ヲ一蘇テ而語テ言ク。閻魔法王使ム三我引二入セ地獄.∫。
俗姓は周氏、成都の人である。中国の文献としては、﹃仏祖統記﹄
第四十等に伝がみえる。唐の大暦︵七六六∼九︶のころの人である
7
(『
ル.吾.雛造ルトニ罪業ヲ一。不レ造ヲニ五逆ヲ一。若シ論。ハニ往生ノ念仏ヲ
生,者、ハ造.、モニ五逆罪,﹁。臨終二十念..ハ尚得ト中往生.ル,ト,上。而
一即不レ知ラニ其!数ヲ一。俊若シ入え二地獄﹂。誰.力信セ.ヤトニ仏説ヲ
ィ.二比.語ヲ一時。慮.一.レ聲二華垂現.二空中∫。閻王見テレ之
,歎。.日。善.ヵナヤ哉善哉。禅師既‘得タリニ浄土,迎,一。獄中轟所有
﹃観心略要集﹄や偽撰戒珠集﹃往生伝﹄のごとき所説の淵源につい
伝については、前掲﹃観心略要集の新研究﹄解題に言及がある。︶
ては定かではないが、無住﹃雑談集﹄巻四にも、﹁七度還俗,悪人﹂
として雄俊が登場し、閻魔王との問答や阿弥陀の来迎等の内容を持
つ説話を載せている。また、﹁地蔵菩薩霊験記﹄巻ニー十三話にも
王ノ可ヲ一。欲.をド還.トニ娑婆へ一。所・現。ル華毫向テニ小路﹂去。
信,者,一。示.卜二不如法.念佛,功用,微妙ナル.ト,一。時昌俊蒙テニ閻
書の内容に近いものである。
観﹃往生十因﹄第十にも雄俊の説話が載るが、﹃宋高僧伝﹄等の諸
と近似の内容を持つが、﹁七度還俗﹂のことはみえない。この他永
﹃今昔物語集﹄巻十七−十七話に載る雄俊伝は﹃地蔵菩薩霊験記﹄
雄俊の﹁七度還俗﹂のことと往生のことが簡略に記されている。
俊随テ入.ハレ路晶如クレ比.蘇.ルナリト也。聞クニ此.語ヲ一者.謂.二俊力
五回にわたって﹃宝物集﹄の出家遁世説話について考証を加えてき
たが、依然として出典不明の記事が多い。追考を期したいと思う。
証言ナリト一。其ノ後俊六時二念佛シテ。精進勇猛ナリ。経テ三二月ワ一無
。.・病卒..。隣里郷闊。或ハ有り下聞,二音楽,﹁者上。或ハ有下見ルニ
次稿より十二門開示の第二﹁ふかく三宝を信じたてまつりて仏にな
︵やました てつろう 本学大学院博士前期課程修了
い。
るべし﹂の条︵新大系一六八頁十行目∼︶の考証に入ることにした
法は得意であったが、身に戒行なく極悪不善の者であり、出家して
・本学政治経済学部兼任講師︶
全体として、比較的簡略な伝を載せている。︵諸書にみられる雄俊
書では、七度還俗のことや不信の者への念仏の記事等はみられず、
ね同様であるが、先に掲げた﹃宋高僧伝﹄をはじあ、中国撰述の諸
し、三か月後には往生を遂げた。偽撰戒珠集﹃往生伝﹄の記事も概
して不信の者のために念仏せよと言う。雄俊は蘇生して六時念仏を
説いた。閻魔王は雄俊に対して、浄土への来迎があるが、一旦蘇生
王と問答し、﹃観無量寿経﹄の所説を述べて自らの堕獄の不当性を
し語ったことには、閻魔王が地獄に引き入れようとしたので、閻魔
は還俗を繰り返すこと七度であったという。死んでから一日で蘇生
右の﹃観心略要集﹄の記事の大要は以下のようである。雄俊は説
光明,一者,上。悉.得テニ信心,一念佛.ル者,益多.。云云
生.ル。ト,一。禅師從レ此直.ハ不。テニ往生一。暫ク還テニ人間﹂為昌二不
衆生。聞クニ汝.聲,一者ハ。亦皆念佛。テ。不。チレ久。..悉ク得.二往
一。
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