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№7「血圧のメカニズム」

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№7「血圧のメカニズム」
東 順子の症例研究
№7「血圧の
血圧のメカニズム」
メカニズム」
(平成 16 年 4 月 11 日の田園調布教室「東順子のからだ講座」における講義録)
私たちの健康状態を測る指標として、最もポピュラーなのが体温と血圧でしょう。特に中年以上
になると、日常会話の中にしばしば使われる言葉が「血圧」です。
たしか子供の頃はお医者さんに行っても血圧など測られなかったのに、いつの頃からか、風邪を
ひいて行っても、健康診断で行っても、居酒屋で「とりあえずビール」というように、病院では「とりあ
えず血圧」です(最近はそれに「とりあえず癌検査」がついてきますが)。
毎日血圧の薬を飲んでいるという人も珍しくありません。薬を飲むというのは、ほとんどの場合高
血圧の人です。低血圧で治療をしているというケースはあまり見かけません。ということは、血圧は
高いとイケナイのです。
それは何故なのでしょうか?高すぎると極端な場合、血管が破れたりするからですね。それは誰
でもわかっています。では何故血圧は高くなるのでしょうか?
その前に、だいたい血圧というのはどんなもので、どんなしくみで上がったり下がったりするのでし
ょうか?今日はそういう、みんなわかっていそうで、聞かれると意外に言葉に詰まる、そんな血圧の
お話です。
血液循環と
血液循環と血圧の
血圧の発見
時代劇に出てくる「医師」が、脈を取っているシーンはよく見ますが、血圧を測っているのは見たこ
とがありません。私たちの先祖は、いつごろ血液循環とか血圧に気づいたのでしょうか。
1.血液循環の
血液循環の発見
からだを傷つけると血が出ます。このことは人類誕生のごく初めからわかっていたこと
でしょう。それから、血液がからだの大切な要素であることもわかっていたでしょう。な
ぜなら、それが失われると死ぬからです。
血液が全身のどの部分にもあることは、からだのどの部分を傷つけても血が出ることで
理解できます。しかし、血液が「血管」という管の中を循環しているということがわかっ
たのはいつ頃かというと、西洋医学の本には 17 世紀に入ってからだと書いてあります。
“ウ
ィリアム・ハーヴェーという学者が 1628 年、心臓の働きによって血液が全身をくまなくめ
ぐっていることを示しました。
”
(
「血圧」嶋津秀昭/著)となっています。
※1628 年:日本では江戸時代。三代将軍徳川家光の頃。
しかしこれは、西洋医学的な体系の中で、
「心臓」
「血管」
「循環」ということを理解した
という意味であって、血液が血管の中を流れて、しかも循環しているということは、東洋
医学ではとっくの昔に理解されていました。
「黄帝内経(素問編)」に「脈診」が詳しく出
1
ていますし、
「血」は「心の気の働きに導かれ…」となっています。そして、
「血圧」とい
うのも、今のような方法で数値で測定していなかっただけで、
「血虚」
「血熱」
「心熱」とい
った言葉で表されることが血圧に関係していると考えられます。
※「黄帝内経」は、2,000 年前ともいわれるが、散逸、再編を重ねて、現在の「素門編」「霊枢編」
の内容は遅く見積もっても北宋代(10~11 世紀)には固定されたと考えられる。
そして、今日の講義でお話ししようとしているのは、西洋医学の概念としての血圧です。
東洋医学的な発想を盛り込むと、話が際限なくややこしくなりますので、それはまた後日
のお楽しみにしたいと思います。
昔は心臓や血管を調べようと思っても、生きたからだのまま胸の中まで見ることは不可能でした。
死体の心臓は止っているわけで、それを取り出そうとすれば血液が流れ出して、心臓の中には空洞
しか残っていません。
そのため、この空洞は魂が入っていた場所であって、だから死体から心臓を取り出すと空になって
いるのだと考えられていたようです。「こころ」や「気持ち」を示すとき、心臓のある胸を押さえるの
はそのためです。気持ちや精神状態といったものも、心臓のある胸のあたりで感じていると思われ
ていたのです。
2.血圧
2.血圧の
血圧の発見
実際に血圧が測定されたのは、血液循環の発見から約 100 年後、1733 年ステファン・ハ
ーレスという学者(牧師という資料もある)が、馬の頸動脈に真鍮のパイプを挿入して、
血液をからだの外に引き出し、これをガラス管につないで血液を送り出す圧力を測定しま
した。 ※1733 年:八代将軍徳川吉宗の頃。
1727 年:ニュートン万有引力発見。
このように、血管に直接管などを挿入して血圧を測定す
る方法は、「直接法」といって現代でもおこなわれますが、
当時の技術ではヒトに応用することはできませんでした。
人体に傷をつけることなく、間接的な方法で血圧を測定
できるようになったのは、ハーレスから 100 年後、1828 年の
ことでした。このときは既に、圧力を測定するのに水銀
柱を使用する方法が考案されていました。
※1828 年:11 代徳川家斉の頃。シーボルト来日中。
1847 年にはラドウィックが、血圧に対応して変化す
る水銀柱の高さを記録しました。
※1847 年:12 代家慶の頃(幕末)
1830 年代以降、間接法の装置が次々生み出されます。
しかし測定精度はあまり正確ではありませんでした。
現在のような血圧測定が可能になったのは、1896
2
年、イタリアのリバ・ロッチによる「圧迫用腕帯」が発明されてからのことです。腕帯は
マシェットあるいはカフと呼ばれます。※1896 年:明治 29 年(1895 年レントゲンが X 線を発見)
聴診器を使った方法(聴診法)は、血管を圧迫したときに「血管から出現する音」を利
用した方法です。1905 年、ロシアの軍医であったコロトコフによって発見された音で「
「コロ
トコフ音
トコフ音」と呼ばれます。※1905 年:明治 38 年日露戦争
コロトコフ音は、普通の腕帯自動血圧計でも聞くことができます。肘の内側に聴診器を当ててい
ると、最高血圧から最低血圧の間で「トントントン」という鼓動が聞こえます。
聴診器は東急ハンズなどで売っています。興味とおヒマのある方はお試し下さい。
血液循環と
血液循環と体のしくみ
血圧についてお話しする前の基礎知識として、血液循環ということについてひととおりおさらいを
しておきましょう。
1.血液循環の
血液循環の役割
血液循環系には、全身に栄養を供給するだけでなく、多くの役割があります。全身をぐ
るぐると回っている血液の流れに乗せて、からだの各部分に必要なものを送ったり、不要
なものを回収することができるのです。
右心と
右心と左心
全身の
全身の循環系の
循環系の模式図
右図は血液循環を模式的に示したものです。
血液は、全身を一巡する間に、心臓を 2 回通ります。
肺
心臓は、外からはひとつの臓器に見えますが、内部は二つ
に分かれていて、自分の右手側にある部分を「右心」
、左手側
を「左心」と呼びます。それぞれがポンプとしての働きをも
っているので、心臓は二つのポンプをまとめたものと考える
ことができます。
右心は血液を肺に送るために働いています。このあと肺を
右心
左心
通った血液は左心に入ります。左心は全身の各部へ血液を送
ります。全身の血液は再び右心へと戻ってきます。
心臓
肺循環と
肺循環と体循環
このように、心臓から見れば血液は二つの経路、すなわち
「肺循環系」と「全身の循環系」をもっていることになりま
す。全身の循環系は「体循環系」と呼ばれています。
右心が担当している肺循環系には血液中に酸素を供給する
とともに、全身から集まった不要な二酸化炭素を捨てる役割
があります。
3
全身
心臓と肺は同じ胸腔の中ですぐ近くにあり、両者を結ぶ血管「肺動脈」は太く短いので、
血管抵抗は小さく、小さな圧力でもスムースに血液を流すことができます。
これに対して、左心が担当している体循環系は全身に血液を送るため、血管は長く、ま
た、各部への血管はからだの構造に合うように分岐します。それぞれの血管も細くなりま
すので、結果として左心ではより高い圧力が必要となります。
私たちが普通、上腕の力こぶあたりで血圧を測定するのは、上腕の動脈が左心につなが
った血管のうちの一本ですので、その部分の血圧が体循環系の圧力を反映したものとなる
からです。
恒常性(
恒常性(ホメオスタシス)
ホメオスタシス)
からだは、約 60 兆個といわれる細胞の活動によって成り立っています。私たちの生命を
安定に維持するためには、この細胞を取り巻いている体内の環境が適切に保たれているこ
とが、重要です。
このように環境を一定に保つことを「恒常性」
(ホメオスタシス:homeostasis)といい、
温度や圧力、化学物質の濃度などさまざまな因子がかかわっています。循環系の究極の目
的は、この恒常性を保つことにあります。
そのために血液循環系は次のような機能を持っています。
血液循環の
血液循環の役割
①全身への物質の運搬
・肺で取り込んだ酸素を全身に運ぶ
・消化器系で取り込んだ栄養をからだの各部に運ぶ
・臓器間の物質運搬(例:ある部分の脂肪を肝臓に運び再配分する)
②特定の器官への物質の運搬
・細胞の活動によって生じた不要物質を排出すべき部分に運ぶ
炭酸ガス→肺 尿素など→腎臓 余分な熱→皮膚
③血球の運搬
・血小板を出血部に送り、血管を修復する
・白血球を感染部分に送り処理する
④情報の伝達
・ホルモンなど
2.循環系の
循環系の構造
血液の
血液の配分
循環系は、ポンプ
ポンプとしての
ポンプとしての心臓
としての心臓と輸送管
心臓 輸送管としての
輸送管としての血管
としての血管から構成されています。
血管
肺循環系と体循環系は直列につながっていますので、右心と左心は同じ量の血液を拍出
しています。つまり、心臓を流れる血液の量=肺を流れる血液の量 ということです。
4
血液循環系
一方、体循環系では、各臓器は並列につながって
います。これは、一定量の血液(体重の約 1/13 で
肺
すから、体重 60Kg の人で約 4.6l)をいろいろな臓
器に分け与えているということです。
肺循環系
例えば腎臓には、心臓から送り出される血液の約
1/4 が流れ込むのですが、ではこの 1/4 という量
右心
左心
は誰が決めてどこで調節しているのでしょうか。
心臓が送り出すときに「これは腎臓の分」などと
仕分けしている様子はありません。心臓はただひた
すら血液に圧をかけて送り出しているだけです。
臓器
臓器同士で相談して決めているのでしょうか。こ
体循環系
れはむずかしい。臓器が多すぎて話がまとまるのに
時間がかかりすぎるでしょうから。
答えは、
「自分で決めて自分で調節している」です。
臓器
心臓からの血液は同じ条件(同じ成分・同じ圧力)
でそれぞれの臓器の動脈端(血液が臓器に入るとこ
ろ)まで送られてきます。すると、臓器の入り口に
臓器
はバルブ(蛇口)があって、締めたり緩めたりしな
がら流れ込む血液の量を調節しているのです。
下の図のようになっています。
血液循環系と
血液循環系と血液の
血液の臓器への
臓器への分配
への分配
脳
消化器
肝臓
筋肉・
筋肉・皮膚
心筋系
門脈
静脈
動脈は、水道のように各臓器に平等につながれています。
各臓器で、どのくらいの血液が必要となるかは、臓器の仕事の量や質によって違います。
5
また、脳のように常に一定の血液が必要な臓器と、筋などのように仕事をしているときと
そうでないときで極端に血流量の差がある臓器があります。
臓器はそれぞれの必要に応じた血液が流れるように、蛇口に相当する血管(臓器の入り
口の「細動脈」という部分)の抵抗を調節しているのです。
しかし、個々の臓器が欲しいだけ流すというわけにも行きません。各臓器の必要量が多
くなると、心臓が送っている血流が足りなくなって、動脈圧(血圧)が低下してしまいま
す(お風呂の水と台所の水と洗面所の水を同時に出すと、全部の水の出が悪くなるのと同
じです)
。
その場合、循環の中枢(脳幹)は、心臓の活動を促進するように命令を出します。する
と心臓は戻ってきた血液をせっせと送り出して動脈の圧が下がらないように頑張ります。
それと同時に中枢は現在のからだ全体の状態を判断して、緊急性のない臓器の血流を減少
させるように個々の臓器の血管抵抗を変えます(バルブの締め具合を調節します)
。
この伝達の役割をするのが、自律神経や各種のホルモンです。
例えば食後に眠くなるのは、消化器系への血流が優先されて脳への血流が減らされている状
態です。しかし、そこに急ぎの仕事が入り、走って出かけなければならなくなります。このときは
筋肉への血流が優先され、消化器系が犠牲になります。こんなことばかり繰り返していると、慢
性の消化不良で、やがて病気になってしまうのです。
このように循環系には全体と部分の両方を上手に適合して、効率よく働かせるための機
能が備わっています。この結果、血圧と血流のいずれの要求もほどほどに満たす状況を作
り出すことができるのです。
64%
64%
右図は、全身の血液がどこにどのくら
全身の
全身の血液の
血液の分布
いあるかをまとめたものです。血液の多
くは静脈にあることがわかります。静脈
は血液を集めて心臓に戻すための血管
ですが、同時に血液を貯留する血管系と
いうこともできます。
16%
16%
4%
左心系
4%
動脈
毛細血管
4%
静脈
右心系
(血液分配系) (物質交換系) (血液収集系)
3.心臓の
心臓の働き
細動脈
(抵抗血管)
心筋
心臓は血液を送り出すためのエネルギーを作り出すポンプです。
「心筋」という筋肉ででき
た袋状の臓器で、右心と左心の二つのポンプが一体となって構成されています。
6
右心と左心にはそれぞれ心房と心室があり、心室が収縮することにより、内部の血液が
動脈に押し出されます。
心筋は「横紋筋」という筋で、これはからだを動かすための筋(骨格筋)と共通の性質
を持っています。しかし、心筋の収縮のメカニズムは骨格筋とは大きく異なります。
骨格筋は運動のための中枢(脳)と、それにつながる神経によって収縮のタイミングが
決められます。これに対して心筋は心筋細胞自身の力で興奮し、収縮することができます。
そのため、脳の機能が停止した状態でもしばらくの間は心臓は活動を続けることができ
ます。脳死のときにも心臓が動き続けているのはこのためです。
左右心室の
左右心室の圧力
左右の心室はそれぞれ別の動脈へ血
液を拍出しています。
右心室から肺へつながる血管は太く短
い肺動脈です。圧力があまり高くなくて
も十分に血液が流れるので、右心室が作
り出す圧力は低い値でよいのです。
通常、
拡張期
収縮期
最大で 20mmHg 程度です。
これに対して、左心室はより高い圧力を作り出します。左心室で発生する圧力は、動脈
で測られる最高血圧と同程度です。
このように、左心室と右心室の仕事量は大きく違うので、心筋の厚さもこれに対応して
異なっています。左心室の心筋は厚く、心筋の活動に伴って必要となる酸素の量も、左心
室のほうがはるかに大きな値となります。
左右心室の拍出量は同じですが、同じ量の血液を送り出すための圧力が違うのです。
心臓の
心臓の仕事量
安静時で 1 分間に 60~70 回収縮。1 回の収縮で約 100ml の血液が動脈に送られます。
100ml×60 回=6000ml/分 心拍数や心臓の収縮力は体の活動によって変化します。激しい運
動時では、安静時の 10 倍にも達することもあります。
血圧の
血圧の意味と
意味と役割
1.血圧という
血圧という圧力
という圧力
私たちは、地球の引力の中で生きています。この引力に抗してからだの隅々まで血液を
送り、寝ているときも、激しい運動をしている時も、血液の供給を途切れさせないように
するには、何らかの力が必要です。
それを可能にしたのが「血圧」という圧力です。
水が高いところから低いところへ流れるように、血液も圧力の高いところから低いとこ
7
ろへと向かって流れます。
私たちのからだで血液の圧力の高いところは「動脈」と呼ばれています。圧力の低いと
ころは「静脈」です。動脈と静脈の間に「毛細血管」という細い血管があって、血液とか
らだの組織との間で栄養などの物質のやりとりをしています。
血圧とは、血液の循環を作り出す源であり、この圧力は心臓の働きによって得られます。
血圧が高いということは循環のパワーが大きいということですが、高ければ高いほど良
いわけではありません。
2.血圧と
血圧と血管抵抗と
血管抵抗と血流
血液は血圧という圧力によって血管を流れます。しかし血管は細いチューブですので、
そこを流れるときに血液は与えられたエネルギーを失っていきます。これを「血管の抵抗」
といいます。
血管の抵抗が大きければ、
「血流」は小さくなります。血管の抵抗は血管の太さによって
変化しますので、血管が収縮すれば抵抗が大きくなります。他にも、血液がねばねばして
いれば、それだけ血液が流れにくくなり、抵抗が上昇します。
血管抵抗が高い状態で、からだに必要な血液を流すために、より高い血圧が必要になり
ます。この場合、血圧が高いことは、血流が流れにくくなっていることの現れであって、
血流が良いことを示すものではありません。
血圧が高いと、血管をそれだけ強く膨らませてしまうことになり、その結果、血管の弱
くなっている部分で血管の破裂が起こる原因ともなります。
さらに、高い血圧を発生させるために、心臓はより強く働かなければならず、心臓への
負担が大きくなってしまいます。
このように、血圧は循環状態を表わす鏡として、心臓や血管系の様子を判断するために
重要な情報のひとつです。
血圧の
血圧のメカニズム
血圧は、血管の内側に生ずる血液の圧力をいい、本来、動脈、静脈、毛細血管など循環
系を構成する血管のどの部分の圧力も血圧といいます。
しかし、一般的には体循環の動脈、すなわち
・左心室につながる
左心室につながる動脈血管系
につながる動脈血管系の
動脈血管系の圧力
のことを単に「血圧」といっています。
1.血圧の
血圧の考え方
心臓が収縮すると心臓内の血液は動脈に押し出されます。大動脈と、これに続く太い動
8
脈は、弾力性に富んだ組織を多く含んでいます。このため、血液が押し込まれると袋のよ
うに膨らみ、血液をためます。
通常の心拍数では心臓の収縮は 0.3 秒で終了し、その後拡張します。
心臓が拡張している間は血液が送られてこないので、太い動脈にためられた血液は、血
管のもつ弾力性により末梢に送られます。
下図は動脈血管中の血圧変化を模式的に示したものです。これを血圧波形といいます。
右の図は血圧の意味を考えるための血液循環系の
モデルです。
①心臓によってくみ出された血液は動脈に運ばれま
す。ひしゃくは心臓の働きを示しています。
②ひしゃくから注がれた血液は動脈タンクの水かさ
を上げます。この瞬間に血圧(水かさ)は最も高く
なります。これが最高血圧に相当します。
③心臓が拡張期に入ると、ひしゃくは静脈のタンク
から次の血液を汲みます。この間、動脈の血液は抵
抗となる血管を通って静脈側へ流れ込みます。この
ため、動脈タンクの水かさは次第に下がってきます。
④次の心拍によって、血液が再びタンクに注がれる
直前に、水かさは最も低い値を示します。これが最
低血圧となります。
1 心拍間の水かさの変化が「脈圧」であり、また、
1心拍中の平均的な水位が「平均血圧」ということになります。
血圧は、1 回拍出量(ひしゃくの大きさ)
、心拍数(ひしゃくで汲み出す頻度)
、末梢臓器
の抵抗、血管の弾力性(動脈タンクの太さ)などによって変動することが、この図から直
9
感的にわかるかと思います。
2.血圧に
血圧に関係するさまざまな
関係するさまざまな要因
するさまざまな要因
血圧を変化させる因子は次のようなものです。
(1)1回拍出量と
回拍出量と血圧の
血圧の関係
心臓が拍出した血液は動脈血管を押し広げますので、1 回拍出量が増えれば最高血圧、
最低血圧、脈圧が上がります。
また、心拍出量(1 回拍出量×心拍数/分)が増加するので、平均血圧が上昇します。
(2)心拍数と
心拍数と血圧の
血圧の関係
1 回拍出量が変化しなければ、心拍数が増えても脈圧は変りません。
心拍出量(1 回拍出量×心拍数/分)が増加するので、
(1)と同様、平均血圧が増加し
ます。この場合も最高血圧、最低血圧が上昇しますが、血圧の変動幅(脈圧)は変化しま
せん。
(3)末梢抵抗と
末梢抵抗と血圧の
血圧の関係
私たちの循環系では、細動脈とよばれる毛細血管の入り口に近い血管がもっとも強く
末梢抵抗に関与しています。すなわち、いろいろな臓器へ血液を分配するとき、どのくら
いの量の血液をその臓器へ流すかを、この血管が決めているといえます。
今、末梢抵抗が全体として大きくなったとします。心臓の拍出によって動脈に送られ
た血液は、心臓の拡張期にも末梢を通って静脈へ流れ続けます。この流れが末梢抵抗の増
加によって少なくなると、拡張期の動脈圧があまり下がりません。この状態で再び次の血
液が動脈へ送られるので、血圧は全体的に高くなります。
(4)循環血液量と
循環血液量と血圧の
血圧の関係
循環系では静脈のほうが血液をためる能力が大きいので、例えば輸血すれば、その血
液の大部分は静脈系に入ります。それでは動脈側の血圧に変化がないかというと、実際に
は、血液量の変化は血圧を大きく変化させます。これは、心臓が送り出す血液の量が、心
臓に入ってくる血液の量に影響されているからです。
心臓の拡張期には血液は静脈側から心室へ流れ込みます。このとき、心臓へ流入する
血液の量は静脈圧が高いほど大きくなります。このため、心臓は大きく拡がることになり
ます。引き伸ばされた心筋は、より強い力で縮みます(強く伸ばしたゴムは、強く縮みま
す)。したがって、心臓へ帰ってきた血液量が多くなると、心臓はより多くの血液を拍出
するようになります。
この結果、静脈圧の上昇は心臓の拍出量の増大と同じ効果をもたらします。
(5)血管の
血管の弾力性と
弾力性と血圧の
血圧の関係
血管、特に太い動脈血管は心臓から拍出された血液を一時的に貯めるため、弾力性に
富んだ構造をしています。血液が心臓から太い動脈へ送り込まれると、血管は膨らみます。
血管を膨らませる力は血圧です。
10
血管が硬ければ、血管を一定量膨らませるのにより高い圧力が必要です。また、拡張
期に血液が太い血管から末梢に流れるとき、硬い血管ではより強い力で押し出されますの
で、血圧は急速に低下します。このため、血管が硬いと血圧の変動幅、すなわち脈圧が大
きくなります。血管の平均的な太さが等しければ平均的な血圧は変らないので、結果とし
て血管の硬化は最高血圧の上昇と最低血圧の低下をもたらします。
循環諸因子が
循環諸因子が血圧の
血圧の変化に
変化に与える効果
える効果
心拍出量
血管抵抗
脈圧
最高血圧
最低血圧
1回拍出量
↑
↑
↑
↑
↑
心拍数
↑
↑
→
↑
↑
末梢血管収縮
↑
↗
↑
↑
末梢血管拡張
↓
↘
↓
↓
↑
→
↑
↑
柔軟な血管
→
↓
↓
↑
硬化した血管
→
↑
↑
↓
血液の粘性
血管弾性
平均血圧
↑
3.血圧と
血圧と血液循環を
血液循環を理論的に
理論的に考える
(1)流体における
流体における圧力
における圧力とは
圧力とは
少しややこしいかもしれません。興味と
おヒマのある方はお読み下さい。それ以
外の方はとばしてかまいません。
圧力とは、流体を容器などに封入したとき、流体が容器の壁に与える力のことで、一
般的には「単位面積あたりの壁に加わる力」のことをいいます。
通常の単位形では、力の単位を N(ニュートン)
、面積の単位を m2(平方メートル)
で表すので、圧力は
N/m2
という単位を持ちます。
1N/m2=1Pa(パスカル)
です。血圧も Pa(パスカル)という単位で表現すべきですが、通常の医療の場では mmHg
(ミリ水銀)などの古い単位が使用されています。
1 mmHg は、水銀(Hg)を 1mm 押し上げることのできる圧力を指します。
水銀は水の 13.6 倍の重さのある液体状の金属です。水銀を水に変えれば同じ圧力で
13.6 倍の高さまで押し上げることができます。圧力が 100 mmHg あるとき、この圧力は
水銀を 100mm=10cm 押し上げます。もし水であれば 10cm×13.6=136cm=1.36m 押
し上げることになります。
水銀によって圧力を測るようになったのは、このように水銀が重いので、測定装置を
小さく作ることができるためです。
11
実際のからだで考えると、血圧が 100mmHg なら、心臓は 1.36m の高さまで血液を押し上げる力
を人体に与えていることになります。
黒澤明監督の「椿三十郎」の有名な血しぶきのシーンは、つまり心臓に近い動脈(おそらく頸動
脈)を切ったということなのです。静脈を切ってもああはなりません。
(2)流体における
流体における摩擦
における摩擦
水や油のような液体、空気のような気体も含めて、流体の内部にも、固体で見られるよ
うな摩擦に似た作用があります。この摩擦力によって、流れている流体は抵抗力を受けま
す。
流体の内部で働く摩擦力は「粘り」として表現されます。つぎに、この流体が管の中を
流れる場合には、管の壁との間にも抵抗力が発生します。つまり、流体自身の内部的な抵
抗力(粘り)と、壁との間の外部的な抵抗力があるということです。このような抵抗力に
よって、流れは次第にエネルギーを失っていきます。
そのため、流れを維持するためのエネルギーが必要になります。血液の場合、そのエネ
ルギーが血圧という圧力です。つまり血圧とは、重力に対抗する力であると同時に、血液
の粘りや血管の抵抗に対抗する力でもあるのです。
流体が管の中を流れるとき、その流体の流れが乱れていなければ、この流れを簡単な式
で示すことができます。ポワズイユというフランスの学者が示した式で、流れの量(流量)
を Q とすると、
Q=
πr4(P1-P2)
で与えられます。
8μL
L
r
P1
Q
P2
Q
μ
r:管の半径、 L:管の長さ、 P1-P2:管両端の圧力差、 μ:流体の粘性率
この式の意味を言葉で表すと、次のようになります。
①流量は管の両端の圧力の差に比例する
=圧力の高いところから低いところへ、より多く流れるということ。血圧が高ければ
流れる血液の量も多い。
②流量は管の半径の4乗に比例する
=管の半径が細くなると急激に流れが悪くなるということ。血管の太さが 1/2 になる
と、流量は 1/16 に激減する。
③流量は流体の粘性率に反比例する
=粘り気があると流れが悪いということ。血液は水の 4 倍程度の粘性率があります。
「血液サラサラ」がもてはやされているのはこのためです。
12
④流量は管の長さに反比例する
=管が長いほど流れが悪いということ。
4.身体各部での
身体各部での血圧
での血圧
心臓で与えられた循環のエネルギーは流れと
ともに次第に失われ、血圧は末梢へ向かうにつ
れて徐々に低下していきます。
脈の大きさは反射波(血管の分岐点からの波
の反射)などで多少大きくなることはあります
が、平均血圧は確実に低くなっていきます。特
に、細動脈は血管の抵抗が大きく、血圧がこの
点を境に急に減少することがわかります。脈圧
も、細動脈を通過すると急に小さくなり、そし
て毛細血管の領域では脈のない、ほぼ定常的な
流れとなります。血圧の脈動は、物質交換の場
では不要であると考えることができます。
私たちが病院で測る血圧は、循環を成り立た
せている元のエネルギーである動脈の圧力です。
したがって、上腕で測るこの圧力だけで、単純
に全身の循環が説明できるわけではありません。
どうして血圧
どうして血圧は
血圧は変化するのか
変化するのか?
するのか?
臓器や組織からみれば、血圧とは水道の水のように「決められた圧力で供給されるもの」
と考えることができます。
循環の目的が最終的に全身の各部分への物質の運搬であり、その量が全身の各部の要求
によって決められるとするならば、血圧はいつも一定に保たれているのが都合がよいこと
になります。
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しかし現実には、血圧はいつも一定の値となっているわけではありません。血圧はいろ
いろな要因で変化します。この変化はからだにとって都合の良いこともありますし、必ず
しもそうではないこともあります。
では血圧はどうして変化するのでしょうか。
1.物理的な
物理的な理由
血圧は血行力学、すなわち流体力学にしたがって決定されます。このため、いろいろな
原因で循環系の因子に変化があれば、血圧も変ります。自然の法則としての変動です。
表「循環諸因子が
循環諸因子が血圧の
血圧の変化に
変化に与える効果
える効果」
効果」(P1
(P11)参照
2.生理的な
生理的な理由
私たちのからだは全身に血液を循環させていますが、不必要なほど多くの血液を巡らせ
ているわけではありません。必要に応じて十分な血液を供給し、しかも、その目的を最も
効率よく果たすために、できるだけ少ない仕事でまかなえるように循環系はできています。
そのために、からだの動きや状態に応じて適正な血液の流れを維持できるよう、血圧は
体内のいろいろな調節系によってコントロールされています。
では生理的な血圧の変動要因を具体的に考えて見ましょう。血圧の最も基本的な生理的
変動要因は、
①心臓の
心臓の拍動による
拍動による変動
による変動
です。血圧は 1 心拍内で大きく動揺します。心臓の収縮によって血圧は上昇し、拡張と同
時に下降し、最高血圧、最低血圧を示します。
さらに、比較的短い周期の変動として、
②呼吸による
呼吸による変動
による変動
があります。呼吸器である肺は、心臓と同じ胸腔の中にあります。息を吸い込むと肺は膨
らみ、心臓や大静脈を圧迫します。その結果、血圧も呼吸の周期に合わせて変動するので
す。
呼吸による血圧の変動は通常それほど大きくはありませんが、5~10mmHg 程度の変化
は生理的にもよく見られます。血圧を測定するときに、大きな呼吸をするとこの変動が現
れて、測定した値がばらつく原因ともなります。
これらの基本的な変動のほかに、
③起立時の
起立時の血圧変化
④運動時の
運動時の変化
⑤気温の
気温の変化に
変化に応じた血圧変化
じた血圧変化
など、からだに与えられる環境因子による変動も日常的に認められます。また、
⑥からだの活動
からだの活動の
活動の日内周期による
日内周期による変動
による変動
もあります。普通、睡眠中はからだの活動が低下しているので、血液の需要も少なく、血
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圧もかなり低下しています。起床と同時にからだは活発に動き出し、代謝が増大します。
体温が上昇するのもこのためです。この代謝活動のために血流も増加しますので、心臓の
働きも強くなり、血圧も次第に上昇します。さらに、肉体的な活動だけでなく、精神的な
労作も血管緊張などの原因となりますので血圧を変動させます。仕事や勉強や家事などの
辛さや楽しさ、やる気や疲労、忙しさや緊張感など、こうした日常的な生活リズムに対応
して、血圧変動が現れます。
3.重力(
重力(姿勢)
姿勢)との関係
との関係
立った姿勢では重力の影響で血液が下肢(主に静脈系)にたまり、血液量が減少した
ときと同じ状態を示します。循環系は血圧の調節系を働かせて、血流を適正に維持します。
ですから、頭部の血圧を安定に保とうとすれば、立った姿勢では心臓位置での血圧は
上ります。座った姿勢から立ち上がったとき、私たちのからだは反射的に末梢の血管を収
縮させたりして、血圧を調節しています。たちくらみは、この調節系の反射が遅れたとき
に起こります。
4.疾患に
疾患に関係するもの
関係するもの
生理的にからだにとって都合の良い理由があるわけでなく、循環系の状態が病的に狂わ
されたときに生じる血圧の変動です。どのような疾患が、どのような血圧変動を起こすか
を知っておけば、逆に血圧を測定することによって、私たちがどのような疾患にかかって
いるか、またその状態はどの程度のものなのかを知ることができます。
血圧は神経、ホルモンなどを介した多くの調節系によって安定に保たれています。逆に
これらのシステムになんらかの異常が起これば、血圧は不安定になります。また、調節系
が正常であったとしても、心臓や血管がこれに対して十分に反応できなければ、血圧の安
定を保つことはできず、異常をきたします。
血圧の変動を起こす疾患については、次回 4 月 12 日の症例研究「高血圧」
、5 月 9 日の
症例研究「低血圧」で詳しくお話したいと思います。
血圧のメカニズムについてお話しました。
血圧は、高いにつけ低いにつけ、何か私たちにとって不都合なもののようにいわれがち
です。しかし、血圧は本来、私たちの生命を維持するためのエネルギーであり、血圧の変
動は、さまざまな内的環境・外的環境の変化に応じて恒常性を保つための調節なのだとい
うことをお伝えしたかったのです。
以上
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動物たちの
動物たちの血圧
たちの血圧
★高い動物:①七面鳥(302-204mmHg)②ゾウ(270-175 mmHg)
③ヒトコブラクダ(209-169mmHg)④ニワトリ(207- mmHg)
ほかに、ハト、ウマ、アザラシ、キリン、ウシ、イルカ、ネコ、アヒル、アカゲザルなど。
鳥類が、ツグミをのぞいて全例高血圧。
★低い動物:①トカゲ(14-10 mmHg)②ガンギエイ(16-7 mmHg)
変温動物である両生類や魚類では、血圧が極端に低い。
★生物学的にヒトに近いチンパンジーは、136-80 mmHg とヒトとだいたい同じ。サルでも下等なキ
タオポッサムなどではもっと血圧が高いようだ。
ラクダを除いて、哺乳類は比較的ヒトに近く、チンパンジー、ヤギ、マウス、ウサギ、カンガルー、
イヌは、ほぼヒトと同じ血圧。
血圧は体の大きさではなく、種類=身体システムによってちがうようだ。
キリンは、心臓よりはるかに高いところに頭があるので、相当高そうに思う。実際、立ったとき
の頸での血圧は 200 mmHg といわれているが、横になると高くてもたかだか 160-107 mmHg に
しかならない。
★高血圧動物の第 2 位にランキングされたゾウの血圧は、多摩動物園で 27 歳のアフリカ象が歯の
治療を受けるとき全身麻酔をしたので、5 分間隔で約 1 時間連続測定したときのデータ。マンシェ
ットは尻尾に巻いた。ゾウがこんなに高血圧なのに寿命が 60~70 年と長いのはなぜなのか、よ
くわかっていない。
参考データ
参考データ
血流速:大動脈では秒速
40~50 ㎝、時速 1 ノット(約 1.8km)くらい、大きい毛細血管では秒速
血流速
0.2 ㎝(時速 0.0072km)。
毛細血管の
32 mmHg、静脈側で 12 mmHg ぐらい。
毛細血管の血圧:動脈側で
血圧
静脈の
静脈の血圧:3-10cmH
血圧
2O(ガラスの管の中の水を 3~10cm 押し上げる圧力)ぐらい。普通の血圧
計では測定できないので、直接法で測定。
心不全などのような場合には、静脈圧が上昇し、体の異常を知らせる。心臓の右側の部屋に
血液が滞ると、静脈から送られてくる血液は行き場を失い、太い静脈の血管の中に停滞す
る。
体の外から触
から触れる動脈
れる動脈:一般に動脈はからだの中心部を通っているが、部分的にからだの表面
動脈
から触れることができる。①こめかみ(側頭動脈)②耳の下にある顎の骨のさらに下(頚動
脈)③肘関節の内側(肘動脈)④そこから指を横に 2~3 本分上(上腕動脈)血圧を測る場所
⑤腕時計をつける親指の付け根の部分(橈骨動脈)脈を取るところ⑥大動脈の付け根(大腿
動脈)⑦膝の後ろ(膝窩動脈)⑧足の背面(足背動脈)など
参考文献
「からだ読本シリーズ 血圧」 嶋津 秀昭/著 山海堂/刊 ¥1,600(別)
「血圧はウソをつく~高い低いのなぞを読む」渡辺 尚彦/著 ネスコ・文芸春秋/刊 ¥1,400
「家庭の医学」時事通信社(デジタル版)
「素問ハンドブック」池田政一/著 医道の日本社/刊 ¥1,800(別)
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