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ネッタイツメガエル運搬方法改善について

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ネッタイツメガエル運搬方法改善について
ネッタイツメガエル運搬方法改善について 倉林敦・掛橋竜祐・田澤一朗(広島大学:両生類研究施設)、原本悦和、大嶋友
美、伊藤弓弦(産業技術総合研究所:幹細胞工学研究センター) ナショナルバイオリソースプロジェクト(NBRP)— ネッタイツメガエルは、
過去 10 年間に渡り、ネッタイツメガエルの供給を行ってきた。これまでにカエ
ルの供給は、最も簡便かつ低コストの運送方法である宅配便(ヤマト運輸を利
用。以下、宅急便)を利用している。しかし、通常の宅急便による輸送では、
最低気温が 10℃、最高気温が 30℃を超える時期に運送を行うと、カエルが死亡
する場合がみられた。また、アメリカにおいてネッタイツメガエルを供給して
いるハーランド研究室(UC バークレイ校)においても、外気温 10〜33 ℃ 範囲
外では輸送を行っていないとの記述がある*。このため、これまでは特段の要望
がない限り、気温が安定している春秋期にカエルの供給を行ってきた。 しかし、実験系の生物学研究者にとって、材料となる動物が使いたい時に使
えないことは大きなストレスである。また、通年使用ができない動物種は、モ
デル生物としては問題があると言わざるを得ない。このため、第3期 NBRP ネッ
タイツメガエルでは、ネッタイツメガエル通年供給体制の構築を目標の一つに
掲げた。本年の冬期から、NBRP 中核機関の両生類研究施設と産業技術総合研究
所・幹細胞工学研究センターは、ネッタイツメガエル成体についての輸送方法
の改善の検討を開始し、温度耐性実験・運搬実験を実施してきている。現時点
でこの実験は完了していないが、本レポートでは、これまでの実験経過と、今
後の展開について述べる。 *
http://tropicalis.berkeley.edu/home/husbandry/shipping/shipping.html ① ネ ッタイツメガエル生存可能温度の検討 ネッタイツメガエルは、次世代のモデル動物の一つと考えられているが、意
外にも、生存限界温度(最低・最高温度)についての具体的なデータが存在し
ない。ただし、上述のように経験的には、最低温度・10℃、最高温度・30℃程
度が生存限界であると考えられる。また、宅急便を利用すれば、両生類研究施
設のある広島から日本のどこであっても、2日間以内に荷物の運搬は可能であ
る。このため、我々はまず、ネッタイツメガエル安田系統雌雄 1 個体ずつを用
いて、10℃、15℃、35℃の温度に設定した恒温槽を準備し、48 時間の生存実験
を行った。実験には、各温度につき雌雄 1 個体、計 6 個体を用いた。 実験の結果、これら3つの温度条件では、48 時間後も、全ての個体が生存し
ていた。実験後速やかに通常の飼育温度である 25℃に移し、飼育を継続した。
すると、10℃に 48 時間さらされた雄個体(1 匹)が、実験後 5 時間で死亡し、
さらに、35℃にさらされた雌個体(1 匹)が5日後に死亡した。それ以外の個体
については、実験後 1 週間程度で餌を食べ始め、現在も生存している。生存実
験に用いた個体数が少ないため、追加実験の必要はあるが、10℃と 35℃・48 時
間という条件は、ネッタイツメガエルにおいては生存限界にきわめて近いとい
うことが現時点の結論であり(N=4、死亡数=2:死亡率 50%)、これよりも低温
や高温、あるいは 10℃や 35℃に 48 時間以上さらされた場合は、死亡する可能
性が非常に高いと考えられた。 今後は、10℃と 35℃・48 時間という条件について個体数を増やして実験を行
い、さらに、12.5℃や 32.5℃など、やや温度ストレスを弱くした条件での実験
を行う予定である。 ② 運搬方法の改善 上述のように、ネッタイツメガエル輸送上の問題点は、運送時の温度低下(冬
期)と、温度上昇(夏期)である。宅急便を用いると、広島から日本のほぼ全
ての地域に(沖縄本島や北海道を含むが、それ以外の離島などは含まない。後
述)2 日間以内で荷物を運搬できるが、10℃以下や 35℃以上の温度に 48 時間さ
らされると、死亡率が高い。このため、運搬を実施する上では、運搬容器の中
を少なくとも 10℃から 35℃までの間に保っておく必要がある。 宅急便には生鮮食料などの運搬のためにクール宅急便というシステムがある。
これは、運搬物を、およそ 3℃(10℃まで)の一定温度のカーゴ内に入れ、低温
を保って運送をおこなうシステムである。このため、我々は、第一にクール宅
急便の利用を考えた。この場合、外気温 3℃の条件で、48 時間にわたり運搬ケ
ースの中を 10〜35℃の範囲に保つ方法を確立できれば、理論上、広島から日本
のほぼ全域にネッタイツメガエルの通年運搬が可能となる。ただし、クール宅
急便で送れる荷物の大きさには限りがあるため(120 サイズ:重量 15kg 以内か
つ、容器の外寸—縦横奥行き幅の合計—が 120cm 以内)、このサイズに合わせた運
搬条件を検討する必要があった。また、保温性の高い運搬ケースや、温度保持
時間の長い保温材などが存在する(後述)が、これらはいずれも高価であり、
不特定多数のユーザへの運送に用いるには、コストの面や、器材を返送して頂
けない場合があるなどのリスクがあると考えたため、当初は通常の発泡スチロ
ールケースに、100 円均一ショップで購入可能な安価な保冷剤や、通常の使い捨
てカイロを用いて実験を実施した。 様々な条件の運搬ケースを作成し、気温3℃に設定した低温室の中に 48 時間
静置し、発泡スチロールケース内の温度変化を温度ロガーによって記録した。
その結果、以下(1)
・
(2)の条件の運搬ケースを作成することで、外気温 3℃に
おいて 48 時間 10〜35℃の温度を保ちうることが分かった。 (1)大型の発泡スチロールケース(外寸 456×370×350・内寸 375×292×280 mm3、厚さ 35mm :商品名 R30・価格 600 円)の中に、中型のケース(外寸 368×
275×210・内寸 310×220×150 mm3、厚さ 23mm::商品名 50P ・価格 250 円)を
入れ、外部ケースと内部ケースの間に使い捨てカイロ(商品名:ニューハンド
ウォーマー[桐灰])8 つ、内部ケース内に同カイロ 2 つと、あらかじめ 37℃に
暖めた保温材(ダイソーで販売している 100 円のもの)1 リットルを入れる。こ
の容器の外観を図 1 に示す。 (2)上記の大型ケースに、37℃に暖めておいた保温材 12 リットルを入れる
(カイロは用いない)。 図 1. 運搬容器(1)の外観 上記の(1)の条件の運搬ケースに、カエル生体を 8 匹入れ(上述のビニール
袋に入れて密封、各々のビニール袋には、1〜2 匹のみ入れた)、外気温 3℃で 48
時間静置するという、生存実験を 4 回行った。この際の容器内の温度変化を図 2
の容器(1)試行 1-4 に示す。その結果、意外なことに、容器内の温度は上記の
生存限界 10〜35℃に達していないにもかかわらず(ただし、1 回の試行では 48
時間後の終温度 9.7℃になっていた)、生存実験に用いた 32 匹のカエル中、31
匹が死亡した(生存率 3%:試行 3 において雌 1 個体のみ生存)。 この死亡率の高さは、まず、ケース内に入れたカイロが酸素を奪ってしまう
ことが原因であると考えられた。なぜなら、使い捨てカイロ 1 つを完全に酸化
するのに要する酸素はおよそ 6g といわれており、この体積は発泡スチロール内
の気体体積を大きく超えるためである。実際に、温度ロガーを見ると、容器内
の温度上昇は最初の 2 時間程度に限られる。これは、カイロが容器内の酸素を
短い時間で使い切り、以降カイロはほとんど発熱していない。さらに、48 時間
後、発泡スチロールを開封した直後では、カイロは冷えきっているが、容器の
外に出すと再び発熱を開始する。このため、カイロを用いない(2)の条件で、
カエル生体 6 匹を用いて生存実験を行った(容器内の温度変化を図 2 の容器(2)
-試行 1 に示す)。しかし、この場合も、48 時間後にケース内のカエルは全て死
亡していた。また、以下に述べるが、カイロが最初の 2 時間程度で運搬容器内
の酸素を奪った結果、カエルが死亡していると考えると、以下に述べる 24 時間
の実験でもカエルは死亡するはずである。しかし、この場合の死亡率は極端に
低い。この結果から、比較的短い時間(48 時間以内)に、30℃程度の高温と、
10℃程度の低温に連続してさらされた場合、生存限界温度内であっても、カエ
ルは死亡する可能性が示唆された。 図 2. 48 時間生存実験時の容器内の温度変化 一方で、上記(1)の運搬容器条件で、外気温 3℃に 24 時間静置した場合は(図
3)、カエルの生存率は非常に高く、3 回の生存実験(6 匹、6 匹、4 匹)を行っ
た際に、1 個体が死亡したのみであった(試行 2 において雄 1 個体のみ死亡:全
生存率 93.8%)。さらに、24 時間生存実験に利用したカエルは、実験後数日か
ら摂餌を開始し、実験後 3 ヶ月程度が経過した現在でも全ての個体が生存して
いる。 24 時間と 48 時間で、生存率にこれほど大きな差が生じることは、24 時間の
場合、ストレスにさらされる時間が短いことに加え、低温にさらされる時間が
短いことが原因であると考えられる(3 回の試行のうち、15℃以下にさらされた
最長時間は 6 時間 45 分・図 3 の試行 3)。 図 3. 24 時間生存実験時の容器内の温度変化 広島から宅急便による発送を行う場合、北海道、東北 6 県・沖縄への運搬時
間は2日間である。また、九州の一部(鹿児島など)、中部の一部(長野など)、
北陸、北関東については、1 日半の運搬時間を要する。しかし、それ以外の地域
については、24 時間での発送が可能である。24 時間の生存実験における生存率
の高さとその後のカエルの状態を考慮すると、上記(1)
(2)の運送容器を用い
クール宅急便で発送することで、24 時間以内で宅急便が到着しうる地域に関し
ては、夏冬期を通じたネッタイツメガエルの供給が現時点で可能になったとい
える [ただし、容器(2)での 24 時間生存実験は現時点で実施していない]。 これまでの実験では、低予算で準備可能な容器やカイロ、保温材を用いてき
た。しかし、これらの器材を用いた方法では、24 時間の輸送は可能であっても、
2 日間(48 時間)以上の輸送は不可能であるということが明らかになってきた。
このため、初期投資のコストが高く、ユーザに器材の返送を求める必要がある
というデメリットはあるものの、より安定した温度で運搬可能な運搬容器や保
温材を用いる必要がでてきた。そこで、6 面真空パネルを有し、極めて保温性の
高い運搬容器、バイオボックス・プラス(スギヤマゲン社・4 万 9 千円)と、ネ
ッタイツメガエル至適温度に近い温度を長時間維持できる、パラフィン系の保
温材である エコジュール(JX 日鉱日石社・1 パッケージ [70 ゲルパック]・7
千円)を組み合わせた輸送システムを構築した(図 4)。このシステムを用いて、
外気温 4℃の条件下で容器内の温度変化を 72 時間測定した(図 5)。現在までに、
1 回の試行しか行っていないが、バイオボックス・プラスとエコジュールを用い
たシステムでは、48 時間後の容器内温度は 22.5℃であり、72 時間後でも 20℃
の温度を維持できていた。このため、この運搬システムを用いることで、48 時
間を超えて、ネッタイツメガエルの生存至適温度に近い条件が維持できること
が分かった。 図 4. バイオボックス・プラスとエコジュールを組み合わせた運搬システム 図 5. バイオボックス・プラスとエコジュールを用いた運搬容器内の温度変化 ③ 今 後の予定 上述したように、バイオボックス・プラスとエコジュールを用いた運搬容器
を用いると、外気温 4℃において、非常に長時間、ネッタイツメガエルの生存至
適温度を維持できることが明らかになった。今後は、外気温 3 〜 4℃(クール
宅急便条件)や真夏の室外(クール宅急便を用いない夏期の輸送の条件)での
カエル生存実験を実施し、夏冬期におけるネッタイツメガエル運搬システムを
確立していく予定である。 
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