...

企業革新のモデル

by user

on
Category: Documents
12

views

Report

Comments

Transcript

企業革新のモデル
Kobe University Repository : Kernel
Title
企業革新のモデル(Models of Corporate
Transformations)
Author(s)
加護野, 忠男
Citation
国民経済雑誌,163(1):41-55
Issue date
1991-01
Resource Type
Departmental Bulletin Paper / 紀要論文
Resource Version
publisher
DOI
URL
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/00174702
Create Date: 2017-03-29
企 業 革 新 の モ デ ル
加 護 野
忠
男
序
企業 の戦略,経営資源,組織構造,組織文化の大 きな変革を,企業革新 と呼
ぶ。 この論文では,線維産業におけ る企業革新の歴史を振 り返 りなが ら,企業
1
革新についての新 しいモデルを提出す る。 このモデルは,成熟 した企業におけ
る企業革新 のプロセスを説 明しようとした ものであるが,それ以外の企業に も
通用す るか もしれない。そのために, まず企業革新について, これ まで どの よ
うなモデルが提出されてるかの展望か ら議論をは じめ,つ ぎにわれわれのモデ
ルを示す ことに しよう。それに よって,われわれが提出す る新 しいモデルの特
徴を明確にす ることがで きるか らである。そ して,最後に, このモデルか ら導
かれ る理論的 ・実践的含意を探 ることに しよう。
Ⅰ 企業革新の 3つのモデル
企業革新のプロセスを説 明す るモデル として, これ までの 3つのモデルが提
出されてきた。 1つは,戦略的企業革新のモデル (
吉原,1
986
)であ り,第 2
は,進化論的モデル (
野中,1
98
4
, カンター,1
982
)である.最後は,相互作
98
5,
加護野,1
9
89)である。
用モデルであ る (
竹内ほか,1
戦略的企業革新 のモデルに よれは,企業革新は トップか らお こる。 トップが
新 しい戦略を提示 し,それを もとに企業内部の さまざまな変化が階層的に誘発
され る, と考 えられ る。 ミドルは トップの方針を具体化す るとい う消極的な役
1 この研究は,山路直人氏との共同研究の一環であり,詳しいデータと叙述については,山路
(
1
9
8
9
)の付録ならびに加護野 (
1
9
90
)を参照されたい。
4
2
第 163 巻
第
1 号
割 しか果た さない。 これに対 して,進化論的モデルでは,変化は, ミドルか ら
自然発生的に起 こる。それが鼠織内部の淘汰過程を経 て,組織 の変化を もた ら
す。変化は下か ら上へ とい う方向で波及 してい く。 トップの役割は,新 しいア
イデアを実行に移す ことので きる条件を作 り出 した り,変化を正当化す るとい
う消極的な役割 しか果た さない。最後の相互作用 モデルは,両者を融合 した も
のであ り,組織革新は, トップとミドルの相互作用に よって起 こると考 え られ
る。
企業革新モデルの構造
以上で議論 してきた 3つのモデルは,組織革新 にかかわ る複雑なプロセスを
単純 なモデル として表現 した ものであ り, どれが より現実的かを語 ることにそ
れほ ど意味があるとは思えない。 このことは, これ ら 3つのモデルだけでな く,
他のモデルに も成 り立つであろ う。む しろ, よ り基本的な問題は, これ らのモ
デルに表現 されているメカニズムが, これ までの理論的研究のさまざまな主張
と対比 した ときに,理論的な納得性を もっているか ど うかである。
この ような観点か らみ ると,3つのモデルは,基本的に よく似た構造を持 っ
ているととがわか るo第 1に, これ らのモデルは,2種類 のプレーヤーか ら構
うほ, ミドルであるO ここで ト
成 されている。 1つは, トップであ り, も う1ップ, ミドル とい うのは,組織の中の具体的なポジシ ョンを示す もの とい うよ
りは, 2人のプレ」ヤーの相対的な地位 と,組織内に串け るそれぞれの境能に
注 目した ものである。 トップは,組織のなかで一般的な方針を正当化 した り,
資源配給を行 うとい う役割を演 じている。 これにたい して, ミドルは,一般的
な方針 と具体的なプロジェク トを連結す るとい う役割 を演 じている。.
3?のモデルの違いは, この 2種類のプレーヤーが,変革 とい う組織過程で
演 じる役割の積極性の違いか らもた らされ る。第 1の戦略的企業革新 のモデル
では, トップが積極的な役割を演 じると考 えられ る。変革は トップか らミドル
へ とい う方向で波及す ると想定 されている。 これに対 して,第 2の進化論 モデ
ルでは, ミドルが革新の牽引者 と考 え られている。変革は, ミドルか ら トップ
企業革新 のモデル
4
3
へ と波及す る. トップは,せいぜいの ところ, ミドルが活躍す るための条件を
つ くる, ミドルが引き起 こした変化を正当化す るとい う消柾的な役割を演 じる
にす ぎない。 これに対 して,最後 の誘発的 自己組織モデルでは, トップと ミド
ルの相互作用が変革の鍵であると見なされ る。それぞれが, どの ような役割を
どの程度積極的に行 うかは,組織革新のフェーズ毎に異なると考 えられ る。
これ までの研究では,強力な トップが存在 し, しか も大規模 な革新が行われ
るときは,第 1のモデルで説明され ることが多 く,製品 レベルの革新 とい う中
規模な革新は,第 2のモデルに よって説明できることが多い。第 3のモデルは,
企業の基本的な考 え方の変化を ともな うよ うな革新の説明に適 している。 しか
し, これ らのモデルをある種の企業の革新 プロヤスに適用 しようとした ときは,
問題が生 じる。組織革新のプロセスで重要な役割を演 じているも う 1つのプレ
-ヤーの存在がまった く無視 されているか らである。
Ⅰ
Ⅰ 第 4のモデル
0
年にわた る リス トラクチャ リソグと組織革新のプロセスを見る
級維産業 の4
と, もう 1つの重要なプレーヤーが存在 し,それが重要な役割を演 じているこ
とがわか る。それは,反対者である。すべての企業で反対者が存在 したわけで
はない。反対者の存在が認め られ るのは,一部の企業である。 しか し, リス ト
ラクチャ リソグに成功 した企業ほ ど,反対者の存在が明確に識別できることが
多いのであるo以下では, この第 3のプレーヤーを も含めた組織革新のモデル
を試論的に展開す ることに しよう。
企業革新のプレーヤーたち
このモデルは三者のプレT ヤーか らな りた っている.
第 1は,資源配分者である。 これは, トップ経営者集団のなかの個人あるい
は集団で,事業構造の革新のためのプ ロジェク トに資源を与 える役割をす 考人
である。 この人は, ときには革新的なプロジェク トの庇護者 (メンターあるい
はスポンサー) として, プロジェク トに積極的な支援をお くることもある。す
4
4
第 163巻
第
1号
でに述べた 3つのモデルで示 されていた トップとよく似た役割を演 じる。
第 2は,促進者である。企業革新 につなが るような新 しいプロジェク トを提
案 し,社内にプロモー トし, 芋らにその実行の責任者 として動 く人々である.
多 くの場合は部長 クラスの人物,あるいはそれを中心 とす る集団である. とき
には課長 レベルであることもあれば,役員であることもある。
第 3は,反対者である。 これは, トップあ るいは ミドルのなかで新 しいプロ
ジェク トにたい して反対 の意思を示す人々である。経営意思決定の機関であか
らさまに反対を表 明す ることもあれば,非公式 に反対の立場を表 明す る人 々で
ある。 どの ような表現の形 を とるかは, トップ集団の文化, トップのパ ワーの
大 きさに依存す る。
この 3着が,企業革新 のプロセスの基本的 プレーヤーである。 しか し,企業
革新 のプロセスには も う 1種煩のプレーヤーがいる. このプレーヤーとは,級
織 の世論を代弁す る人々である。一般 の世論 と同様,多様 な人々か ら構成 され,
誰が これに含 まれ るかを特定す ることは難 しい。誰の発言が世論かを特定す る
ことも難 しい。 しか し, トップの決定,推進者の動 きに同調す ることもあれは,
それに反対す ることもある。一般の世論 と同様,つかみに くい し, どれが支配
的な世論かを知 ることも難 しい。世論は,企業の意思決定を実際に決め るもの
ではないが,組織革新 のプ ロセスで重要 な, ときには決定的な役割 を演 じる。
世論は,企業革新 のための動 きや決定の正当化の基盤 となるか らである。三者
のプレーヤーの地位や動 きは, この世論に よって,影響 され るのである。
企業革新のプロセス
企業革新は,上で述べた三者の相互作用がのプロセスである。 このプ ロセス
紘,大 きく 4つのフェーズにわけ ることができる。
(
彰成熟 の認識
企業革新の第 1のフェーズは,成熟の認識か ら始 まる。 これ までの事業をこ
れ までのや り方でや っていると,企業 としての発展の余地はな く,何 らかの革
新が必要だ とい う認識である。その認識 が,何 らかのアー
クシ ョソ,多 くの場合
企 業 革 新 の モ デ ル
4
5
には間接的なアクショソをもた らす。 この認識が組織のどこか ら起 こるのかは,
企業に よって異なる。帝人の場合には, トップ ・マネ▲
ジメソ ト集団の世論 とい
うかたちで,それが政界に進出 していた大屋晋三角の復帰 とい う意思決定をも
た らした。 これが トップか ら起 こった場合には,組織の設置,方針の発表 とい
うアクションが取 られ ることが多い。成熟の認識が ミドルか ら起 こることもあ
る。ある特定の ミドルあるいはその集団が,具体的な事業計画を トップに対 し
て提案す るとい うかたちで成熟の認識が始まることもある。あるいは ミドルが
より一般的に,企業革新の必要を具申するとい うかたちで成熟の認識がアクシ
ョンに移 されることもある。
しか し,多 くのケースで誰が この認識を最初に獲得 したかを同定することは,
むずか しい.それは科学論で議論 されてきた同時発見 とい う現象 t,
よく似てい
る。同時発見 とは, よく似た現象,まった く同 じ現象が,相互にコミュニケ∼
ショソがない ところで起 こるとい う現象である。 この現象は,構造論的科学論
が成立す る一つの根拠を与えるもので, どこで発見が起 こるかを特定す ること
はできないが,ある一定の構造条件がそろえば,一定の認識進歩が起 こる可能
性があることを示 している。成熟の認識 も同様である。環境の変化 とともに,
どこで起 こるかを特定することはできないが,企業のどこかで成熟の認識が起
こり,それが実際のアクションにつながってい くのである。
この段階では,明確な反対者を識別することは難 しい。 もちろん, ミドルの
具申が トップによって支持 されないとい うことも起 こる。つま り,一部で起 こ
った成熟の認識が,組織的な認識につなが らないとい うこともあ りうる。 この
場合は, トップが反対者であるとい うことが識別できる。 しか し, この段階で
明確な反対が出て くるとい うことはまれである。認識の結果 として起 こるアク
シ ョンが もた らす組織的な影響が少ないか らである。新 しい事業を模索する部
門が設置 された としても,そ こに投入 される資源は僅かであるし,それによっ
てさまざまな部門が蒙 る被害は少ないか らである。また,それが組織の将来に
対 してもた らす リスクも小 さい。この段階の反対は, もしあった としても,小
4
6
第 163 巻
第
1 号
さな抵抗程度である.
この段階では,世論 も明確ではない。成熟の認識に ともな うアクションが,
同業の他社 よりもかな り早い段階で起 こる企業では,世論は驚 きと微妙な反対
を示す ことがあるかもしれない。 しか し,その場合でも,企業に とっての リス
クは小 さいので,世論 もとくに強い反対を示す ことはない。成熟の認識が遅れ
た企業では,社 内世論は革新への動 きに対 して好意的であることが多い。 とき
には,漠然 とした社内世論がアクシ ョソを生み由す基盤 となることもある。
@資源配分機会の発見 と資源の配分 :戦略的学習
成熟の認識に ともなって,企業内部でさまざまなアクションが起 こ りは じめ
る。新たな成長機会の模索,技術開発,既存事業の問題の分析などである。こ
れ らの活動のためには資源が必要であるが,その要求資源量は僅かであること
が多い。 しか し, これ らの活動を通 じて新 しい事業機会が発見されるとこ この
事業機会-の資源投入が必要になる。この資源投入は,通常何 らかの リス クを
もっている。 しか も,初期の段階での資源投入が僅かであっても,長期的な投
入が予想され るものについては,大 きな リスクをもつ ものがある。 このような
プロジェク トに対 して トップ経営陣の評価は分かれる。プロジェク トに対 して
積極的な評価を与えているグループと,それに反対するグループ,いずれにも
態度を固めていないグループに分かれる。 このような意見の分化は, プロジェ
ク トの リス クが大 きい ときほ ど明瞭である。
織維産業のように成熟化 した産業での企業革新のプpセスを見ると,業界で
の動 きにかんして,はっき りとした特徴を認めることができる。それは,業界
の多 くの企業が, よく似た事業分野を志向するとい う動 きである。合成織経,
プラスティック,住宅,化学,薬品などがそれである。最近の鉄鋼産業で も,
この ような動 きが見 られる。 このような現象が生 じる 1つの理由は,同業の企
業が よく似た経営資源をもっているとい うことに求め られる。 しかし理由はそ
れだけではない。企業の トップ集団の リス ク評価にも依存 している。同業他社
がすでに進出している場合には, リスクは小 さく評価 されがちであるのに対 し,
企 業 革 新 の モ デ ル
4
7
同業他社がまだ進出していない場合には, リスクは大 きく評価 されがちである。
逆にい うと,競争の リス クよりも事業別道の リスクが より大 きく評価 され るこ
とが多いのである。
このような状況で, どんな資源配分の意思決定が行われ るかほ, さまざまな
要因によって影響 され る。 1つは, トップ集団のなかで も資源配分の権限を握
る社長の性格な らびに認識である。●
社長が,成熟を認識 し,積極的な姿勢をも
つ ときには, リスクは過小評価 されることが多い。第 2は,社長へのパ ワーの
集中度,つま りト,
;プ集団の他のなかでの/
くワ-分布であるO社長へのパ ワー
の集中が大 きい ときには,社長は トップ集団の他のメソノミ-の反対を押 しきっ
て, プロジェク ト-の資源配分 を行 うことができるO社長のパ ワー基盤が脆弱
な ときは, このような意思決定を行 うのに時間がかかった り,そ もそ もこのよ
うな意思決定が棄却 され ることも多い。第 3は,社内世論である。漠 とした社
内世論が積極的な評価を与える場合には; Jス クは過小評価を受けがちである。
この段階での社内世論の形成に大 きな影響を及ぼすのは,企業文化である。積
極的で攻撃的な文化があるときは,積極的な世論が形成 され ることが多い。逆
に,慎重にものごとをはこぶ とい う文化があるときには,消極的な社内世論が
形成 され ることが多い。第 4は,推進者のコミッ トメン トである。 ミドル ・レ
ベルにプロジェク トにたいする積極的な推進者が存在 し,彼 (あるいは彼 ら)
が,そのプロジェク トに対 して,強いコミッ トメン トを示す場合には, トヅプ
のなかに積極的な支持者が出て くる場合 も大 きい。
企業によっては,①の成熟の認識 と,②の資源の配分 とが同時に起 こること
もある。た とえば,東 レの場合は, トップの決断によって,デュポソのナイロ
ソの特許を買 うとい う意思決定が行われたが, この資源配分の意思決定は,大
きな資源配分であると同時に,成熟の認識を明確に表現するアクシ ョンであっ
た。 もちろん,その以前か らナイpソ技術についての研究は社内で進め られて
お り,成熟の認識はすでにあった, と見ることもできる。
実際に企業革新に成功 した企業の多 くは,反対者が存在する段階で,新 しい
4
8
第 163 巻
約
1 号
事業-の資源配分 を決定 している。 この ような状況で,新 しいプ ロジェク トに
対 して資源配分を行 うとい う意思決定が行われても,社 内の反対者がいな くな
るわけではない。む しろ,彼 らはその後 も反対を続ける。世論 も括れ動 く。 と
きには,反対者が世論を動員 して, トップの更迭を画策す るとい う動 きも見 ら
れ る.実際に, カネボ ウでは,企業革新 の初期の段階で,社長にたいす るクー
デターが起 こるとい う事件 もあった.
この ような状態でスター トした新事業は,社 内か らさまざまな反対を受けた
り,抵抗を受けた りす る。 とくに,新 しい事業への人の移動 とい う資源配分 に
か しての抵抗は大 きい。それに よって,明確な被害を蒙 る部署が出て くるか ら
である。多 くの場合は,有能な人を既存部門に温存 し,評価の低い人をまわす
とい うかたちでの抵抗や反対が起 こるのである。 トップのなかの,資源配分者
は, この段階では,社 内か らのさまざまな反対か らプロジェク トをまもる防波
堤 としての役割を演 じる。
この ような反対は, プロジェク トの推進に とって,マイナスの影響を及ぼす
と考 え られている。 しか し,反対が プロジェク トに とってプラスの影響をもた
らす こともある。その第 1は,反対が,社 内における弁証法的な コンセプ ト創
造を促進す るとい う効果である。反対があるために,推進集団のなかでは, コ
ンセプ トが練 り上げ られてい く。それがなければ,反対ほ より強 まってい く。
第 2は,推進集団のなかの コミッ トメン トを強めるとい う効果である。反対が
あるために,集団内部の凝集性が高 ま り,同質性が強化 され,_
それが推進のた
めのエネルギーの源泉 となることがあるのである。
この ような反対 のなかで, プロジェク トの コンセプ トは さまざまに変化 して
い く。その変化の方向は,大 きく, 2つに分かれ る。 1つは,反対派に妥協す
るとい う形 で, プ ロジ ェク ト推進派の側が妥協す るとい う変化である。第 2は,
逆に, プT
=ジェク ト推進派の コンセプ トが先銃化するとい う変化であるO両者
は ともに, リス クと長所 を持 っている。前者の方向での変化が起 こる場合には,
プロジェク トの前提が より現実化 され るとい う長所があるが,逆に, プ T
lジェ
企 業 革 新 の モ デ ル
4
9
ク トのコンセプ トが酸味になるとい う欠点がでることもある。後者の方向での
変化が起 こる場合には, コンセプ トの明確化がはかれ るとい う長所 と,過大な
1
)スクが もた らされ るとい う欠点が同居することにな考。
③成果の出現 と組織的波及
新 しいプロジェク トは,組織 とい う文脈のなかで推進 される。推進者を積極
的にサポー トす る集団 も存在す る,それに反対する集団 も存在するoそのなか
で組織の世論は揺れ動 く。事業のコンセプ トも,環童の変化,組織の影響を受
けて変わ る。 ときには,プロジェク トが失敗 と見なされ,中止 され るこ ともあ
る。実際,紗維産業の歴史をみると,失敗は多い。成熟産業における企業革新
は,失敗の歴史だ といっても言い過 ぎではないか もしれない。
さまざまなプロジェク トのなかで,収益をあげ,累積赤字を解消す るものが
現れて くる。それまでにどの位の時間がかかるかは, プロジェク トの性質, プ
ロジェク トに配分 され る経営資源の量 と質,プロジェク ト・メンバ ーの学習の
程度,な らびに企業 としての資源の供給余力に依存す る。 このなかでも,資源
の供給余力は, プロジェク トの成否に大 きな影響を及ぼす。企業革新のプロセ
スは長期にわた る。その過程で企業は不況に も直面する。その段階での資源供
給余力が,プロジェク トの継続の決定の鍵 となる。 しか し,資源供給余力は,
客観的なものではない。それは,当該 プロジェク トで今後必要 となる資源量,
企業 としてそのプロジェク トに配分できも資源量の評価を もとに している。両
者は ともに不確実なものであるム ここで,再び,組織的な意思決定が必要にな
る。つま り,LJったん始めたプロジェク トを継続するか,今中止 して,撤退す
るかの決定である。 この決定は, トップ集団のなかの対立 した意見,揺れ動 く
社内世論を反映 して行われ る。 これで撤退が行われたプロジー
iク トが失敗 と見
なされる。
この失敗か ら,企業はさまざまな学習を行 う。その学習は,大 きく2種類に
わかれる。 1つは,あるプロジェク トは失敗するが,それを通 じて新 しい経営
資源が獲得され るとい う学習,あるプロジェク トを通 じて,企業の既存の経営
5
0
第 163巻
第
1号
資源に対する再発見が起 こるとい う意味での学習である。第 2は,企業革新の
動 きそのものを無理なもの として認識す るとい う学習である。実際,級維産業
の企業の うち何社かは,初期の失敗に こりて,本業のなかで企業の存続をはか
るとい う方向に転換 している。 これ らの企業の多 くは,当初は収益率を短期的
に改善できるが,長期的には成長の壁にぶつかっている。
あるプロジェク トが成功 しは じめると,企業のなかでさまざまな変化が起 こ
りは じめる。新 しい事業の成功は, さらに新 しい事業の模索,それへの資源配
分を強化するとい うアクシ ョンを促す。 これは,プロジェク トの成功が企業内
部のパ ワー構造を変えるために生 じる。推進派 と,それ-の資源配分を決定 し
た資源配分者は, この実績をもとにパ ワーを獲得 し,反対派はパ ワーを弱める.
ときには, この反対派が消滅することもある。成功が大 きく,社内世論が推進
の方向へ大 きく傾 くと,反対派が意見を表明することは難 しくなる.反対派は3
他の事業への関心を弱め, 自分 自身の仕事に専念するようになる。それ こそが,
パ ワーを回復する唯一の方法だか らである。 これが,既存事業の活性化 とい う
形で,企業全体に とって, プラスに作用することもある。
通常の企業革新の研究は, この段階をもって企業革新が終了 した とみなす。
しか し,静雄産業の長い歴史を見てみると, この後に,重要なフェーズが存在
しているO企業革新を一つの ドラマだ と考えれば,エビp-グとも呼ぶべ き現
象が起 こるのである。 とくに初期の成功が大 きい企業ほど,その影響は深刻で,
ときには悲劇的な結末がもた らされることさk'
ぁるo最後のフェーズは,企 業
革新の成功のプロ′
セスで起 こるパ ワー構造の変化に起因 している。
④革新の余波
企業革新のテコ トとなるプロジェク トが成功するまでのプロセスで,企業内
部のパ ワー構造 も変化す る. このパ ワー構造の変化は,不可逆的であることが
多いO推進者,資源配分者が獲得 したパ ワーは, もと-は戻 らないことが多い
のである。 目ざましい成功を収めた推進者や資源配分者は,発言力を獲得す る
が,予測がはずれた反対者はパ ワーの基盤を失 ってしま うか, きわめて弱体化
企 業 革 新 の モ デ ル
51
させ ることにな る。 この段階では,反対者の発言が世論を動かす とい うことは
な くなる。そればか りではない。 この ような状況では,世論は,推進者や資源
配分者の側になびき, これ らの集団に対す る新たな反対者の出現を抑制 して し
ま う。その結果, これ らの集団が押 し進め よ うとす る革新に対す る歯止めがな
くなって しま う。革新への動 きが加速 され る。最初, この動 きは積極的な雰囲
気 を会社 のなかにつ くりだす。 しか し,それが行 き過 ぎにな り,つ まづ きの原
因 となることも少な くない。ある段階で, きわめて大 きな リスク↑の挑戦が行
われて しま うか らである。実際に,帝人は, このよ うな動 きに歯止めが きかな
くなった典型例である。 この最終的な動 きが破綻 した後,企業は逆に,保守的
な方向への急展開を見せ る。
Ⅰ
Ⅰ
Ⅰ モデルの検討 と含意
以上で示 したモデルは, これ までの分炉に従 えば,政治的モデルの一種 と分
類 され る。た しかに,組織革新 のプロセスで,人々の問の対立は顕在化す る。
しか し, このモデルを伝統的な政治的モデル と同一視す るのには抵抗を感 じる0
伝統的な政治的モデルは,基本的には,組織革新をさまざまなプレーヤーの利
害対立 と,パ ワー行使のプロセス と見な してきた。 プレーヤーの行動は,各 自
の個人的,党派的利害を反映 した ものであると考 えられ るのである。 しか し,
企業革新 のプロセスでの政治的対立は,利害の対立 とい うよ りは,認識 の対立
の プロセスであるとい うのがわれわれの結論である。企業革新のプロセスで提
議 され るさまざまな プロジェク トは,その成否にかん して大 きな不確実性をは
らんでいる。だか らこ,
i,それを ど う評価す るかについて, さまざまなプレー
ヤーの認識が対立す るのである。逆にいえば,企業革新のプロセスでの対立は,
組 織的な認識進歩に とって不可欠のプロセスで もあるのである。各 プレーヤー
紘, さまざまに対立す る認識を代弁す る。組織的なプロセスを経 て, さまざま
な認識か ら新 しい行動知がつ くりだ されてい くプロセスが,組織の変革,変動
の プロセスであ る。
5
2
第 163巻
第
1 号
それでは, この ようなモデルは, どの ような理論的,実践的含意を もってい,
るのか。
組按的認識進歩のプロセスとしての企業革新 '
まず最初に指摘 しておかなければな らない ことは,組織的な対立の中には,
認識 の対立が含 まれ るとい うことである。 この対立が,組織的な政治過程をへ
て,解消 された り,新たな認識が獲得 された りす るプロセスが企業革新 なので
ある。それは,合理的 で .
)ニア-な プロセス7
:
+
ほないO大 きな不確実性のなか
で,人々の知識は限 られているOそ こで発揮 され る合理性には限界がある。 ど
の よ うな前提か ら出発す るかで,人々の結論は大 きく異なる。政治的 プロセス
は, この ような状況のなかで意思決定 とアクシ ョンを行 うための方法なのであ
る. しか し,そ こにさまざまな論理,感情が持 ち込 まれ るoそれは,合理的 と
よぶには抵抗のあるプロセスである。 しか し,企業革新 の結果か ら見るか ぎ り,
よい結果を もた らす政治過程 と,そ うでない政治過程 とを識別す ることは可能
か もしi
7
J
ない。あるいは少 な くとも, この過程が破壊的にな らない よ うにす る
ための教訓を得 ることがで きる。
反対め積極的な役割
・これ までの企業革新 モデルでは,革新への反対は,革新 によって損失を蒙 る、
ひ とび との抵抗 と見なされがちであった。それは,克服 され るべ き邪魔 もので
しかない, と見なされ ることが多か った。 したがって, さまざまなモデルは,
この障害物の排除にかん して, さまざまな提言を行 っている。戦略的企業草新
モデルでは, トヅプ?パ ワーが鍵 となるし,進化論的モデルや相互作用モデル
では,防波堤 としてのノトップの役割が強調 されている。 また,組織開発の実践
的な立場か らは,事前に関係す る人 々を意思決定に参画 させ ることに必要性が
I
説かれている。それに よって,将来起 こるであろ う抵抗を減 らす ことがで きる
か らである. しか し, この論文で示 したモデルでは,反対は積極的な意味を も
つ ことがわか る。
その后極的な意味は 2つある.第 1は,組織 内部の弁証法的過程を活性化 し,
企 業 革 新 の モ デ ル
5
3
租織の認識進歩 を助けることである。組織の認識進歩は,実際のア クショソを
通 じて もお こる。 しか し,それには大変な コス トと, リス クが ともな う。実際
に ア クショソが起 こる前の対立は,組織的な発見 ・創造の機会を与 える。合理
的 で冷静な議論ではな く∴ひ とび との感情的な議論がそれを促進す ることす ら
ある。 この効果は,実際にプロジェク トが立ち上がってか らの反対に よって も
た らされ ることもある。
第 2は, との対立が もた らされ る感情が,推進派の心理的エネルギーの高揚
を もた らす ことである。それは,集団の凝集性を高め る。集団の内部での対立
解消の圧力 ともなる。仕事の速度 を速め る圧 力にもなる。実際に,旭化成の宮
'
9
8
9
)
.
崎 輝会長は, この意味での社内の反対の効用を認めている (
山路,1
む しろ,問題は反対を無 くしてしま うことか らくることがある。革新の余波
の部分で述べた ような問題は,組織内で反対意見が投出されないためにお こる
の である。 したが って,理論的に重要な問題は,反対を克服す る方法を探 るこ
とではな く,反対者 との対立のプロセスをいかに組織化す るかの方法を探 るこ
とである。
すでに述べた よ うに,対立は さまざまな結果を もた らす。反対意見が積極的
な認識進歩を もた らす場合 もある。積極的な認識進歩をもた らすためにどの よ
うな条件を作 り出さなければな らないかを明 らかにす ることが要求 され るので
あ る。
全員で議論を戦わせ,それを もとに決定を行 うとい う参画的方法は,望 草し
い結果を もた らす とはか ざらない。線維産業の歴史をみると, トップ集団のな
かに反対者がいる場合, ときには反対者が多数であるときに,企業草新 プロジ
ェク トへの資源配分を行 っている企業の方が,企業革新の成功率は高い。なぜ
そ うなるかの議論は, ここでは省 くが,単純 に参画の機会を増やすのは,有効
な処方卸 こな らない こともあるのである。
過剰学習
.企業革新のプロセスで,企業は ともすれば,
.過剰な学習を行ないがちである。
54
第 163巻
1号
第
初期の失敗に ともな う過剰学習は, きわめて保守的な動 きを もた らす し,成功
の後 の過剰学習は, ときには冒険的 とも思えるほど積極的な事業展開を もた ら
す こともある。その結果,企業革新 のプ ロセスに隼 振れが見 られ るのであ るO
こ の ような振れが起 こるのは,組織的な学習の 1つの特徴か もしれない。
この過剰学習は,多 くの場合,反対勢力の力が弱 くな りす ぎるか,逆に強 く
な りす ぎるために起 こる。 このためには,反対者の出現を保障す る組織的 メカ
ニズムを もつ必要がある。昭和 3
0
年代の線維産業の歴史をみ ると,企業の最高
意思決定検閲である取締役会や常務会で,かな りの議論が戦わ されていた こと
がわか る。 とくに,初期の段階での この ような議論は, さきに述べた ような効
9
8
2
)に陥るの
用を もっている。それに よって,企 業が集団思考 (ジャニス,1
が防がれていたのである。
過剰学習は長期的には,弊害を もた らす ことが多い。 しか し,短期的には さ
まざまな効用を もた らす. とくに積極的な方向での過剰学習は,組織を活性化
させ るように見えるし,組織に 「勢い」 をもた らす こともある。だか らこそ,
組織は過剰学習に陥 りク;
ちなのである。
あま りに も長い過剰学習を防 ぐ鍵になるのは,反対勢力である。 しか し,い
ったん反対勢力のパ ワーが弱まった後,それを回復 させ るのは きわめて難 しい。
その結果,資源配分者であった トップに過剰なパ ワーが集中 して しま う。過剰
学習を避け るには,対抗力の形成 を
こついての メカニズムを探 らな くてはな らな
い。
参
考
文
献
加護野忠男 『
組織認識論』千倉書房 ,1
9
8
8
0
加護野忠男 「
脱成熟化の戦略」鈴木和蔵先生古希記念論文集 『
経営維持 と正当性』白桃
書房 /1
9
9
0
0
,TheCh
a
ge
mas
t
e
r
s
,New Yor
k:Fr
e
ePr
e
s
s
,
Kant
e
r
,R.M.
J
ani
s
,I
.L,Gr
o
u
♪l
hi
nk
,Dal
l
as:Ho
ug
ht
onMi
爪n,1
9
82
.
野中郁次郎 『
企業進化論』 日本経済新聞社,1
9
8
5。
竹内弘高 ・榊原清則 ・奥村昭博 ・加護野忠男 ・野中郁次郎 『企業の 自己革新』中央公論
企 業 革 新 の モ デ ル
社 ,1
9
86
。
Ti
c
hy,N.
,Mana
gi
n
g・
SE
r
at
e
gi
cCha
カge
,New Yor
k:w
il
e
y,1
9
83
.
山路直人 「
組織変動 の歴史的研究」神戸大学大学院経営学研究科修士論文,1
9
8
9
0
吉原英樹 『戦略的企業革新』東洋経済新報社 ,1
98
6
。
5
5
Fly UP