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弘前大学経済研究第 2 5号 85-92頁 〔研究ノート〕 2 0 0 2年 ll月 30日 不完全競争と負債の期間構造 長谷 川 雅 目 次 人 1 はじめに 4 エージェンシー問題と戦略的な生産量の選択 2 モデル 5 3 . エージェンシー問題が存在しない場合 6 おわりに 借入期間の選択 上昇が予想される企業は,短期負債を利用する ことで\借入れ条件を有利に導くことができる。 1.はじめに 資金の貸し手が十分に情報を持っていない場 企業の最適資本構成に関連した問題に,借入 合,借り手の企業は,自社の信用格付けが上昇 することを,貸し手に認識してもらおうと.あ えて借り換えリスクをともなう短期負債を選択 期間の選択または負債の期間構造の問題があ る。これは短期負債または長期負債のどちらで 資金を調達するかという問題である。短期負債 して,借入れ条件を有利にしようとするインセ は,プロジェク卜の途中に満期を迎えるため, ンティブを持つ。このとき,信用格付けの低下 が予想される企業も,借り入れ条件を有利に導 借り換え時に新しい情報にもとづいた条件を織 り込むことができる。しかし借り換えできない 場合もあり,短期負債は借り換えリスクを伴う。 逆に長期負債は借り換えがないため,経営者に こうとして,短期負債を選択するかもしれない。 このような逆選択の状況を,貸し手が予想する とすれば,貸し手は資金の回収を図るため,過 負債を通した規律付けを与えることができな い。このように負債の期間構造は,ガパナンス 度に事業の清算が生じることになる。 爪t l o o r e [l 99 5 ] .Diamond[ l 9 9 1〕の分析の H a r t に関する問題でもある。 枠組みは次のようである。短期負債は.借り換 負債の期間構造の代表的研究として, Hart/Moor e [l 9 9 5] . Diamond[ l 9 91 ]等がある。 Hart/Moo r e [l 9 9 5]は,エージェンシー問題を が,借り換えの リスクを伴う。長期負債は,事 え時に新しい情報を債務条件に反映させやすい 業の途中での清算を回避できるが,新しい情報 を債務条件に反映させることができない。この 強調し清算するほうが望ましい非効率的な投 資であっても,経営者は投資プロジェクトの存 続に強いインセンティブを持つので,清算を避 けるため長期負債のほうを選択する傾向を持つ ようにして短期負債と長期負債のトレード ・オ ことを論じている。 Diamond[ 1 9 9 1]は,短期負債と長期負債の選 択それ自体が.資金提供者に送られる シグナル となるので\生産物市場の構造についての分析 が不十分である。 いっぽう企業の資金調達政策が.生産物市場 における生産量または価格の決定に与える影響 フが生じる。 Diamond[ 1 9 9 1]等では.負債の期間構造の選 択を次のように論じている。短期負債は.短期 間のうちに借り換えが行われるので\新しい情 報を債務条件に反映させやすい。信用格付けの 85 は,既存企業と潜在的参入企業のコ ス ト構造に 第 t(=1 , 2 )時点における,企業 aと企業 bの 関する情報の不完全性と参入阻止戦略の問題と 生産量をそれぞれ Xa,tと Xb ,tで表す。第 t時点 して分析されることが多しい) 。参入間止の問題 においては, コスト構造について情報不完全性 の価格 Pt は次の逆需要関数で定まるとする。 p,= y , Cxa.t+Xb.t), y,>O. ( I ) があるとき ,既存企業は生産量をシグナルとし 研究開発によるコスト削減効果は,単位当た て用いることで,潜在的競争者の参入を阻止で きることが知られている 2) 。この場合のシグナ りコスト主に直接影響する。第 0時点の設備投 資費用 5と研究開発投資にかかる費用 ( 1 / 2)rJ i 2の合計を Fi ( i=a,b)で表す3). jレ の受け手は潜在的競争者である。 a+(1/2)rt?=Fi Kanatas / Q i[ 2 0 0l ]は,経営者効用を高めるた ( i= a ,b ). ( 2 ) め,戦略的に生産量を決定することで,ライ バ 設備投資と研究開発投資の費用は,第 0時点 ル企業と資金提供者に伝わる情報をゆがめよう で発行される短期負債または長期負債によって とする経営者の行動が,負債の期間構造の選択 賄われる。短期負債は第 l時点で満期となるの に与える影響を分析している。 Kanatas / Qi で,第 2時点で生産を行うためには,第 1時点 [ 2 0 0 1]では,生産量の選択がシ グナノ レとなり, で借り換えが必要となる。長期負置の満期は第 シグナルの受け手は生産物市場のライバ/レ企業 3時点なので,第 1時点で借り換えの必要はな 、。 し と資金提供者である。Kanatas/Qi[ 20 0l ]は,生 産物市場のライバ jレ企業の行動と,財務政策で 計算を簡単にするために,取引費用や税金は ある借入期間の選択が相互にどのように影響す 存在せず,また利子率をゼロと仮定する。利子 るかを考慮した点で重要な研究である。 率がゼ ロなので負債の返済額は F iとなる。 本稿では, Kanatas/Qi[2001]では明示的に分 また事業を清算し,投資 F iを回収したとき, 析されていなかった企業のコスト構造の決定要 その残存価値は次のようになる。第 l時点で事 因について研究開発投資の効果を考え,また清 算価値の不確実性を導入したモデルを用いて, 業を清算し資産を回収すれば,投資 F iのうち πFiを回収できる。 πは O< π 豆 1の値を取る 生産物市場の構造が負債の期間構造に与える影 清算価値の不確実性を表す変数である。以下で は π= 1のケースについて分析する。投資 F iの 響について検討する。 残存価値は時間とともに減価し,第 2時点では 2.モデル iは 投資の回収価値はゼロになるとする。投資 F 固定費用と考えることができる。 2つの企業,企業 aと企業 bが.同質財を生 各企業の限界費用 C iはコスト削減効果を反 映して次のようになる。 産する,クールノー複占市場を考える。各企業 ι は,第 0時点で生産に必要な設備投資とコスト Ci=c− {) 削減のための研究開発投資を行い,第 l時点と 右辺の cは開発研究投資に関係のない単位 第 2時点で生産を行う。研究開発投資によるコ ス ト削減効果は,第 1時点と第 2時点の生産の 効果に関する項であり, θは確率 Phで θ= ( 3 ) 当たりの平均コストである。 。fはコスト削減 ι確率 p1で θ=百の値をとる確率変数であ コストに影響する。第 1時点の生産の利潤は第 2時点に実現し,第 2時点の生産の利潤は第 3 時点で実現する。実現した利潤はすべて分配さ れる。 応じて次のようになる 1)B o l t o n / S c h a r f s t e i n[ 1 9 9 0 ]など 2)T i r o l e[ l 9 8 8]などを参照 3)研究開発のスピルオーバー効果はないとする る。ただし 0~三旦<百三三 l である 。 企業 aの限界費用 Caは θ={ ι百}の債に QO F O 不完全競争と負債の期間構造 確率 Pa .l で) ( =百のとき.低コスト = c一 θ f ーになる, ( = f l _のとき,高コスト 確率 Pa.hで) =c-fl_ι になる, 企業 bの限界費用 Cbは) ( 応じて次のようになる し,実現した利潤から企業の限界費用を確実に C a .h= Ca ={ι百}の値に 確率 Pb.Iで θ=百のとき ,低コスト =c θ f i ,になる, Cb . I= Cb 確率 Pb.h、 で) ( =互のとき,高コス トCb.h= =c 第 l時点の生産の利潤4)は第 2時点で実現 C a . I=ca 推定することが可能であるとする。つまり第 2 時点で各企業の限界費用は共有知識となる。第 2時点で情報の非対称性は解消するので\第 2 時点の生産量の決定は,完備情報下における クール ノー競争となる。 経営者が,利潤を内部留保し借り換えを避け Cb E色になる, ようとすることを防ぐため.第 l時点の生産の 利潤は,すべて株主に配当されるとする。 3 . 工ージェンシー問題が存在しない場合 企業 aと企業 bの期待限界費用はそれぞれ 次のようになる。 E( cb ) = pb .h C b .h+ pb .1C b .1 はじめに,企業の経営者と資金提供者のエー ジェンシー問題が存在しない場合における第 l 各企業の限界費用が高コストか低コストのど 時点と第 2時点の生産量と利潤を計算する。 E(ca ) = Pa . hC a . h +Pa.I C a , ! ちらであるかは,第 l時点の生産量決定の段階 第 l時点における,企業 aの生産量を Xa .1 . J では,当該企業の経営者のみが知り得る個人情 で\企業 bの生産量を Xb,1 .kで表す。添え字 j ,k 報である。 は,それぞれ企業の限界費用が,高コスト j , k= hか,低コ スト j , k=Iであるかを表す。第 1時 第 l時点における経営者の選択は,ライバ jレ 企業の限界費用を予想して, 自社の生産量を決 点の生産により第 2時点で、実現する利潤につい て,企業 aの利潤を fla.l.jkで\企業 bの利潤を l式の逆需要関数から,企業 a 定することである。 株主・債権者の選択は,事 f h. l . j kで表す。第 業を継続し第 2時点で生産するか,あるいは投 と bの利潤関数は次のようになる。 資資産を売却 して事業を清算するかを決定する f1a. J . j k ( X a . l . j,Xb.l.k:Ca ) = ( y1 一 ことである。 X b ,I .k ) 第 l時点における事業の継続 ・清算について f l b .1.jk(Xa.l,j,Xb.l.k Cb.k) = ( y1 の意思決定は,第 0時点で選択された負債の期 間構造に依存する。短期負債で資金を調達した ( xa.l . i+ Ca)X a .I .j , ( xa. l . j+ X b ,1 .k )一 Cb.k)Xb.l .k 第 I時点の生産量決定の段階では,限界費用 ならば,第 1時点で借り換が必要なので,借り の値は当該企業の経営者のみが知りえる個人情 換えの際に事業の継続・清算の問題が生じる。 報である。企業 aと企業 bの期待利潤は,それ ぞれ次のようになる。 長期負債で資金を調達したならば借り換えの必 要がないので,第 l時点で継続・清算の問題は EITa . l , j k ( X a . l . j , X b . l . k: Ca) = 2:k((y1 一(x a .1 . i 生じない。 第 l時点の生産完了後,各企業の選択した生 産量が観察可能となる。借り換えの際,株主 ・ 債権者が観察可能な情報は,企業の生産量のみ である。生産量から企業のコスト構造を予想し て,債権者は借り換えに応じるかどうか判断し 株主は事業の継続 ・清算を判断しなければなら ない。 + Xb ,, Ik ) I , j ) , Ca . j)X a ,1)P ( C b .k Ca EITb .l , j k ( X a ,l , j ,X b .l .k:Cb , k ) = 2:i((y1 ( xa . l .J + Xb,l ,k )- C b ,k )X b .l . k )p(ca.jlcb.k)' 各企業の反応関数は次のようになる。 4)収入から限界費用を控除したものを利潤としている。 87 - r r .2j k *=C l / 9)C y 2一2 c a. i+ C . bk ), 2 X a .l . j= ( 1 / 2 )( y 1- E( X b, i )- C a ), X. b1 .k=( 1 / 2 )( y 1- E( x•. i )- C b , k ) ( 4) r rb . . 2ρ = (1/ 9)( y 2 2 C b. k+ C a)2 ( 8 ) ただし E( x . ai )=P a .hX a. . lh+ pa . IX a. . 1I E( x b .i )=P h. hX b .. ih+ Pb . 1沿いである。 4 . エージェンシ一問題と戦略的な 上の第 4式から,不完備情報下のクールノー 生産量の選択 複占競争のペイジアン均衡を計算すると,均衡 x, a. li *, X b .. lk *)と均衡利潤 e r r•. 1 .j k*. 生産量 ( r r. bl . j k*)は次のようになる。 経営者と資金提供者 ( 株主 ・債権者)の利害 対立によるエージェン シ一問題を考える。 X. aL i *=( 1 / 6)( 2 y 1一 ( 3C a i+ E( c a )+ はじめに,企業 aの第 2時点の生産の利潤 口a . . 2j kは,確実に第 l時点での清算価値 πF aま 2Eb) ), X, b. 1k *= ( 1 / 6)( 2 y 1一 ( 3 C , bk+ E( c i , ) )+ 2E( c . )), たは負債額 Faを上回るとし第 l時点で事業の 継続・清算の問題は生じないものとする。 ( 5 ) また第 1時点で企業 bの清算が回避される r r•. l . j k*=C l / 3 6)C 2 y 1一 ( 3 c a. i+ E( c . ))+ Tb . 2 . i kが,第 のは,第 2時点の生産の期待利潤 EI ( 3 C b, k- E b ) ) )( 2 y 1一 ( 3c. ai十 E( c .) )+ l時点の清算価値 nFbまたは負債額 Fbを上回 c i , )), 2EC る場合のみである。 r r. b. lj k*=C l / 3 6)C 2 y 1一 ( 3 c b. k+ E( c i ,))+ 次に,経営者のインセ ンティブ問題を考える。 ( 3ca . j- E( c . ) ) )( 2 y 1一 ( 3 C b , k+ E b ) )+ 2E( c . )). 経営者は,事業の継続が株主 ・債権者に損失を 被らせる可能性が高い場合で、 も,清算よりも事 ( 6 ) 第 2時点で各企業のコスト構造は共有知識と 業の継続のほうを選択しようとするインセン なるので,第 2時点の生産は完備情報下での ティブを持つと仮定する。 クールノー競争となる。第 2時点における,企 2 0 0 1]では,企業 bの経営者の利 Kana t a s/ Q i[ 業 aの生産量を Xa . 2 , j で,企業 bの生産量を 得について次のような仮定を設けている。 Xb . 2 .kで表す。第 2時点の生産により第 3時点で 企業 bの経営者の利得 Mb. i kは.企業の利潤 に依存するので,企業 bの経営者は期待総利潤 実現する利潤について,企業 aの利潤を I T•. 2 . i k で\企業 bの利潤を日 b , . 2j kで表す。企業 aと企 業 bの利潤関数は次のようになる。 を最大化しようとする。 i i 《は,第 l時点の 企業 bの経営者の利得 Mb. 日a . 2( xa . 2 . , jXb ,2 . kCa ,j )= ( y 2一 C xa . 2 .i+ rb . l . j kと,第 2時点の生産の利潤 生産の利潤 r )一 Ca )X, a2 ・ 1 ・ X. b. 2k Db . 2. i kに依存し事業の継続・ 清算の状態に応じ 日b . 2( xa . 2 . i ,Xb .2 . k .Cb . k )=( y 2一 ( xa ,2 .j+ て次のような値を取る関数である。 X b ,2・ j k>0), ・第 2時点で生産を行う場合 ( X. b. 2k )一 Cb . k ) X b ,2 . k , M b . j k=r rb . . lj k+ r rb . 2 . j k F b , 各企業の反応関数は次のようになる。 X. a2 . j= ( 1 / 2 )( y2- X b ., 2k- C a . i ) , Xb , . 2k= (1 / 2 )( y 2- Xa . 2i- C b , k ), ・第 l時点で、 事業を清算する場合( xb . 2j k= O) , M b . i k=日 b . l. i k- K, 第 I時点で清算される場合の利得 −K は,コ 上の式から,完備情報下の クール ノー均衡に ン トロール ・レ ン トの損失と解釈される。企業 x a. 2 . i * ,X b. . 2k * )と均衡利 おける,均衡生産量 ( r r•. 2 . jk *.r h .2 . jk *)を計算すると次のよう に 潤 e なる。 Xa . 2 . j *=( 1 / 3)( y2 2 ca . i+ C b. k ), X. b2 . k *=( 1 / 3)( y2 2 C , bk+ C a). bの経営者は.期待利得 LiP•. i Mb . ikを最大化す b. lkを決定する。 るように,第 l時点の生産量 X 企業 bの経営者のイ ンセンティブ問題を明 確にするため, コントロー jレ・レン 卜と総利潤 白 ( 7) の大小関係に関連して企業 bの利潤の幅を定 00 0 υ 不完全競争と負債の期間構造 める。 需要関数のパラメーターと限界費用の最大 値と最小値を次のように定める。 Ymax = max{y1,yz},Ymin = min{y1,yz}. Cmax= max{ca,h ,C b .h },Cm i n= m in{ca.I ,C b .1 } .hを選 条件第 4式を満たす戦略は,生産量 Xb.l 利潤を最大化する生産量と ,その下での利潤 Ilb .m目 . A一Cmin) A , argrnax(ymax = ( ymax- A* を選択すれば,借り換えが可能になるとする。 しかし,企業 bが高コストの場合,最適反応の の最大値を次のように定める。 A . *= 企業 bが高コストの場合,高コストでないこ とを示すため に,低 コス トのときの生産量 Xb.1.1 1と生産量 Xb .l . h 択する ことである。生産量 Xb.1. の関係は, X b .1 .h= ( y1 Cmin)A *, rC r:. A*)で表 ( 1 / 2)(y1 - E( xa 1 ) Cb, h ) E(xa .1 )一 Cb.1 )= X b .! .! , <(1/2) Q0 す。このとき各時点における企業 bの利潤は, であり ,生産量 Xb.! .hを選択すれば, 企業 bは高 コストであることが明らかとなる。企業 bが高 下限 日 bmin= (ymin一2r一Cmax) Y と,上限 T Ib .max = (ym 出 A* Cmin) A* を持つ。 借り換えが不可能となるため,企業 bの経営者 企業 bの最大生産能力を コストのとき,もし企業 aが低コストならば, 企業 bの利潤の幅を Eで表す。 ) @ E= Ilb .m阻一 日b .n 1 1 n , 企業 aについては経営者の インセンティブ は,偽って低コストのときの生産量 Xb.1.1を選択 する インセンティブを持つ。 問題が生じないので,企業 aの経営者は,期待 企業 aは,自社のコスト構造に応じて,最適 総利潤 ~k Pb .k(Ila .! . i k 日a .2 , j k Fa )を最大化 .Jを選択 反応の条件第 4式を満たす生産量 Xa.l .1 .1と生産量 Xa .1 . hの関係は, する。生産量 Xa X a .I .h= ( 1 / 2 )(y1 E (Xb 1 ) Ca1 ) <(1 / 2) , jを決定する。 するよう,第 1時点の生産量 Xa.l 企業 bが,短期負債で借入を行う場合を考え ( y1 - E ( x b .1 )一 Ca.1) = Xa.1 . 1 , 0 2 ) る。このとき,企業 bの経営者は,清算を避け るため,第 1時点の生産量を操作して, 自社の であり,生産量 Xa.1.jG = h,! )を選択すること で,企業 aのコスト構造は明らかになる。 コスト構造に関する予想に影響を与えようとす るインセンティブを持つ。 企業 aは,自社のコスト構造に対応した最適 はじめに,企業 bの第 2時点の生産の利潤に 闘し清算との関係について以下のような仮定 を置く。企業 bの限界費用が高コスト C b .h, かっ 戦略 ( 分離戦略)を採るとする。 このとき,企業 bの経営者が,高コス 卜のと .h き , 利潤最大化条件第 4式を満たす生産量 Xb.! を選択して得 られる経営者の期待利得は次のよ .lのとき,企業 企業 aの限界費用が低コス トCa うになる。高コストに対応した生産量 Xb.l.hを bの第 2時点の生産の利潤日b .2 .l h*は.返済額 選択して得られる第 l時点の生産の利潤を Ilb .l .l h 0で 、表す。 .2.ρ < Fb )とする。コスト 構 五を下回る(日b ,C b .h)以外の場合は,企業 bの第 造が状態(c a .1 2時点の生産の利潤 Ilb.2 .j k* は負債額 Fbを上回 るとする。つまり次のような制約を設ける。 .2 .日 < Fb <ma x{ 日b ,2 .出 *, 日b .z .u *}. 仙 日b 企業 bが低コストの場合,第 2時点の生産の 利潤 Ilb .2 .j k* は負債額五を上回るので,企業 a のコス ト構造に関係なく,第 l時点で借り換え が可能になる。したがってこの場合,企業 bは. 第 l時点で\ 利潤最大化条件第 4式を満たす, .lを選択する。 生産量 Xb.l - 89 p a , l( 日 b l.lh0 k)+Pa .h(Il b .! .h h 0+Ilb . 2 .h h* - Fb ) 企業 bの経営者が,高 コス トのとき,偽って 低コストのときの生産量 Xb.l.h= Xb.1.1を選択 して得られる経営者の期待利得は次のようにな る。高コストのとき,偽って低コストのときの 生産量を選択して得られる第 l時点の生産の利 .! .h で表す。 潤を Ilb Pa .I ( 日 bl .l h+ 日 b .z .l h* - Fb ) +Ilb.2.hh* Fb ) +pa.h(Ilb.1 .h h 企業 bの経営者が,高コ ス トのとき,偽 って X b. . 1k b= ( 1 / 3)( y1 Zcb . 1+ EC e a ) ) 日al ρ =( 1 / 36)( 2 y 1一( 3ca .i+ E( ca ) )+ . lh= Xb . . lI を選択 低コストのときの生産量 Xb. する条件は,第 l時点の生産の期待利潤につい 2 C b. 1 )2 , て次の関係式が成立する場合である。 1/18)( 2 y 1 一( 3Cb .k- C b .1 )+ T i. b. 1ρ = ( P a. I ( K -F b )>P a .I ( T Ib .l . l h 0一 ( 日 b . l . l h+ ( 3ca . i EC e a) )( y 1一2Cb .I+ EC e a )). Q 5 ) ) ) + pahmb.L出。 − T i b . 2凶 *) . I 1b . , 2l h本 上の式について次の関係が成り 立つ。 P a . 1( K - Fb )> E : ; : :P. a1 ( 日 bl . l h 0 企業 bが生産量を操作したとき,次のよ うな ( 日 b. ll h 予想 ( b e l i e f )を持っとする。 1b . 2 .h h*).Q 3 ) +T ib . 2 .1 h *))+ P a . h ( I 1 bL出。− I ・企業 aのコ ス トについての予想 上の式の第 2番目の弱不等号は,第 9式による P( ca= C . aII Xa . l= Xa , 1 .l b )= 1 , 企業 bの利潤の幅 Eの定義と,コ ス ト構造と利 i. b2 . 1 h * <Fbによる。 潤の関係の仮定 0<T P( ca= C . aIIXa . l学 X. a. 1l b and X. al学 P( ca= C . aII X. al= Xa . . lh b ) = 0, ’ , X. a. lh b ) = Pa 次に,企業 bの借り換えを可能にするよ うな ・企業 bのコストについての予想 .1 *を次のように定める。企業 aが 限界的確率 Pb P( C b= C b. II Xb .l= X. b. ll b ) = P. bI , 低コスト のとき,企業 bの第 2時点の生産の期 待利潤が負債の返済額に等しくなるような,企 P( Cb= Cb .II X b ,l> X. bl . l b ) = Pb Xb .l<Xb .1 . 1b )= . o p( C b= C. bII ’ , 。。 b . 1*ε ( 0 ,1 )で 業 bが低コストである確率を P 定める。 p b . 1 * I 1b . 2 . 1 1*+ ( 1 第1 5式の戦略と第 1 6 式の予想、 の組み合わせ は,完全ペ イジアン均衡5)になることを簡単に Pb 1 .* )日b . . 21 h *= Fb . 確認しておく 。 このとき確率 Pb . Iについてい I>P. bげならば, I Q 4 ) Xb . l . l b ,X b .. lh b )と企業 aの戦略 企業 bの戦略 ( である。第 1 4 式は,企業 bが高コ ス トのとき , ( xa . 1 . 1 " .Xa . . Ih b )が均衡であるとすると,情報集合 偽って低コストのときの生産量 X b .. lh= Xb .. lI を選択した場合に企業 bの第 2時点の生産の 期待利潤が負債の返済額上回る条件,つまり企 は均衡経路上にあることになり, ベイズの公式 Pb . tT ib . 2. 1 1 *+ ( 1 P b . 1)f 1b . Z .1 h *> F b , と企業 bの戦略の下,高コストの企業のみが生 産量 X i. l , h b( i= a,b)を選択するので,予想、 は企 業 bの借り換えが可能となる条件を示してい る。 業の戦略と整合的である。 この予想の下,企業 aはコ ス ト構造(C a, , IC . ah )に 応 じ た 生 産 量 上の第 1 4 式が満たされているならば.企業 a ( xa . . 1l b ,Xa . . lh b)を選択するとする。企業 bの経 のコスト構造に関係なく, 企業 bは借り換えが 営者は,自社が高コストかっ企業 aが低コ ス ト 可能となる。そのため企業 aは,自社のコスト ならば.借り換えが不可能となるので, 自社の コスト構造に関係なく ,低コストのときと同じ 構造に応 じた最適反応の条件を満たす生産量 4 生産量を選択するのが最適な戦略となる。第 1 式を満たす予想、 Pb .I の下,企業 bは企業 aの戦 略に関係なく借り換えが可能となるので,企業 X. al . iを選択するのが最適な戦略となる。 企業 bの経営者が,清算されるのを回避する aは自社のコ ス ト構造に応じて最適反応の条件 aI Jを選択するのが最 第 4式を満たす生産量 X. 適な戦略となる。 ために,戦略的に生産量を操作したときの均衡 生産量を計算すると次のよ うになる。上付きの 添え字 bは,企業 bによる生産量操作がある こ とを示している。 Xa .1 . j b = (1 / 6)( 2y1 ( 3cai+ E( ca ))十 5)完 全 ペ イ ジ ア ン 均 衡 の定義は Fundenberg/ T i r ol e [ 1 9 9 3]など Zcb 1 . ) . 90 不完全競争と負債の期間構造 次に,この均衡が Cho/Kreps[1987]の直感的 をパスするかを確認しておく。企 基準テスト 6) の生産の利潤は,企業 bが低コストの場合, I h . 1 . j 1b>日b .I . i iキと増加する , しかし高コスト 業 aのコス卜構造に関する予想を見ると,企業 h . I . j l bとI h . 1 . j I*の大小関係は一意に の場合, I bの合同戦略を所与として,企業 aは自社のコ スト構造に応じた生産量を選択するのが最適と なる。 a .. 1l bO fX. a. 1h b以外の生産量 X. al . jは 生産量 X 均衡支配されるので,均衡経路上にない予想 P( c a= Ca . II Xa . l学 X. a. Il ba ndX a .Io / = -X . a. 1h b ) に確率ゼロを割り振らなければならない。次に 企業 bのコスト構造に関する予想を見ると,均 b .I (> X. bI . l b) は , 借 衡生産量を上回る生産量 X り換えの確率を高める ことなしに利潤の低下を もたらす,また企業 bの経営者は,低コストの 定まらず,利潤の増減はあいまいである。 場合に限らず高コストの場合も,低コストのと きと同じ生産量を選択するインセンティブを持 金を調達する際,短期負債と長期負債のどちら 5 . 借入期間の選択 これまで,企業 bが短期負債で資金を調達す る場合を考えてきた。短期負債に替えて長期負 債を利用するならば,第 1時点で清算の問題は 生じないので,経営者のインセンティブ問題も 生じず,利潤最大化条件第 4式を満たすように 生産量が決定される。 この節では,企業 bの株主が,第 0時点で資 を選択するかを考える。 b .. ll bは他の生産量を均衡 つ, したがって戦略 X 企業 bは戦略的に生産量を選択するとする。 支配しているので\均衡経路上にない予想に確 率ゼロを割り振らなければならない。 このとき企業 bの株主が,長期債よりも短期債 のほうを選ぶ条件は,第 l時点の生産の期待利 潤が,生産量の操作がないときよりも大きくな 以上のことをまとめると次のようになる。 ることである。つまり次式が成立することであ る 。 [ Resul tl ] Pb . I>Pb . I*かっ K > E/ p. a!とする。第 1 5式の . l : i . l :kP•.i P b . kl l. bl . i k b a .l . j bと X b .. lk bと,第 1 6式の予想の組み合 戦略 X b . kl l b .I . i k* , >. l : i . l : k P•.i P わせは,純戦略による完全ペイジアン均衡であ り 直 感的基準を満たす。この場合,企業 bは 上の式を計算し, Y Iについて整理すれば次のよ うになる。 自社のコスト構造に関係なく,低コストのとき L :j . L : k Pa . j P b. k l l b . l .j k b- L : j . L : k p a , j P b . k の生産量を選択する合同戦略を採り,企業 bの 。 短期負債は借り換えが可能となる 7) I h . 1. i k *> . o この完全ペイジアン均衡における生産量を, 戦略的な生産量の選択がない場合と比較する Eb ) ) 2> 0 , と 企 業 bの第 l時 点 の 生 産 量 は X b .l . k b> Y I> [(L :k P b .k( 3 C bk+Eb))2 8( 3Eb) X. b. 1k*と増加し,企業 aの第 l時点の生産量は ( 4( Eb) - Cb ,I )C b ,I )I ( 1 / 3 6)( 4( y 1+E( c . ) )(Eb) c b . 1)+ 8(3Eb)一 Cb .1 )C b .I L ;kP b. k( 3 C b. k十 X, a, lj b<X. a. lグと減少する。企業 bの第 l時点 C b .I ))J -E(c.) 的 上の第 17式の左辺を y 1*とおく。 Y I *= [(L :kP b .k( 3 C b .k+Eb))2 8(3Eb) - C b . I)C b . I ) /( 4( Eb ) Cb .I ) ) ]- E(c.) 6)F u n d e n b e r g バ 、 町o l e [ l 9 9 3]などを参照。 7)K a n a t a s / Q i[ 2 0 0 1]の P r o p o s i t i o nlでは, B a n k s / S ob el iv in e均衡を用いている。 d iv in e均衡については [ 1 9 8 7]の d F u n d e r 】b e r g / T i r o l e[ 1 9 9 3]などを参照。 以上の条件をまとめると次のようになる。 9 1 [Resu l t2 ] Pb.I>Pb . t*かつ K > E/ pa .!とする。このとき ある需要パラメータ − yげが存在して, て.負債による規律付けの有効性を論じる研 究8)に沿うものである。短期負債は.借り 換え リ YI> y汁ならば企業 bの株主は短期負債を スクを通してして,経営者に効率経営へのイン センティブを与えるが,同時に資金提供者に伝 選択し わる情報を歪めて企業価値を上昇させようとす YI<y 1*ならば企業 bの株主は長期負債を るインセンティブを与えてしまう。このような 選択する。 経営者のエージェンシー問題を予想して,負債 Resu lt2は次のように解釈される。企業 bの の期間構造が決定される。ここまでの議論で得 られた結論は,Kanatas/Qi[2001]の分析結果を 経営者による戦略的な生産量の選択により,第 l時点における企業 bの生産量は増大する,し 支持するものである。本稿では投資額(借入額) の選択問題について議論の展開が不十分であ かし生産量の増加は財の期待価格を下落させる る。今後の課題とした い。 1 可能性がある。もし需要関数のパラメ ータ− y の値が十分に大きいならば, 期待価格の下落の 効果は,生産量増大の効果に比べ,相対的に小 さくなる。この場合,あえて経営者のインセン ティブ問題が生じる短期負債を利用すること で,第 I時点の期待利潤を増加させることがで きる。なぜならば,経営者の戦略的な行動によ り 利潤最大化レベjレ以上の生産が行われるか 引用文献 [1]Banks ,] . , and J . Sobel ,1 9 8 7 , " E qu i l ib r ium s el e c t i o ni ns i gna li ng games ,Econome 仕i c a ,5 5, 6 0 9 6 3 1 T .Schs r i st e in,1 9 9 0 , "At h o r y [2]Bol t on ,P, .a ndD. o fp 1 e d a t i o n ba s e do n agenc yp r o b1 e mi n 白na n ci a l らである。も し需要関数のパラメーター YIの値 c on t r a c t i ng が相対的に小さいならば,期待価格の下落の効 9 310 6 . 果は,生産量増大の効果を上回る。こ の場合, .,a ndD. Kr e p s ,1 987, “Si g n a l i nggamesand [3]Ch o ,I s t ab leequ i l i b r i um ,Qua r t e r l yJ our na lo fEconomi c s , 経営者のインセンティブ問題が生じない長期負 債を利用することで,期待利潤の低下を防ぐこ とがで、きる。 1 0 21 7 9 2 21 . [4] D ia m o n d , D. W . ,1 9 91 , “De b t ma t 叩 t ys t : r n c t u r 6 . おわりに [5]F und enbe r g ,D.and] .T ir ol e ,1 9 9 3 ,GameThe o r y , a n dl i q ui di t yr is k ’ ” Qu a r t e r l yJ ou r na lo fEcono m i c s , 1 0 67 0 9 7 3 7 . 本稿では, Kanat as/ Qi[ 2001]モデルに,コス MIT Pr e s s . [6]Ha r t , 0. ,a n d J . Mo o r e , 1 9 9 5 , " D e b t a nd n a l y si so ft h er ol eo fh a r dc l ai ms i n s en imi t y :An a ト削減のための研究開発投資の効果と.清算価 c o n s t r a i ni ng Manageme nt " , American Economic 値の不確実性を導入したモデルにより.生産市 場がクールノ ー複占競争の状態にあるとき,経 営者と資金提供者のエージェンシー問題が,財 務政策である借入期間の選択あるいは負債の期 間構造に与える影響について分析を行った。本 稿の議論は, コーポ レー ト・ガパナンスにおい Re v i e w ,8 5 ,5 6 7585 [7]Ka n a t a s , G. a nd J , Qi ,2 0 0 1 , " Imp e r i e c t C o m p e t i t i o n ,A g e n c y , and Fi na n c i n g De c i s i o n s, J o 出 羽a lo fB u s i n e s s ,7 4 ,3 0 7338 [8] T ir ol e , ] ., 1 9 8 8 , Th e Th e o r y o f l nd u s t : I i a l Organi z a t i on,MI T Pr e s s 爪f o o r e[ 1 9 9 5]などが代表例。 8 ) Ha r t 92 -