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ニュースを読む - LCJE日本支部
ローザンヌ・ユダヤ人伝道協議会 日本支部発行
160
2013.2
〒541-0041 大阪市中央区北浜2-3-10 VIP関西センター3F
TEL. & FAX. 072-867-6721
ニュース
LCJE ニュース
2013.2.01発行
一部 ¥
E:mail [email protected]
http://www8.ocn.ne.jp/~j-lcje
郵便振替 LCJE日本支部・00950-4-25633
P2 3
ハーベスト・タイム
佐野 剛史
P4
巻頭言
ライフ・イン・メサイヤ
石黒 イサク
P5
シオンとの架け橋
主への祭壇を築く生活
石井田 直二
P6
アルコ・イリス・ミニストリーズ 早川 衛
―感謝・献身・従順―
P7
ハティクバ・ミニストリー
大西 敦
P8
LCJE 日本支部コーディネーター 黒田 禎一郎
支部長のことば
お知らせ
C・クリンゲンスミス
事務局より
「ノアは、主のために祭壇を築き、すべてのきよい家畜と、すべてのきよい鳥のうちから幾つかを選び取って、祭壇の
上で全焼のいけにえをささげた。」 創世記 8・20
■神の器ノア
神が人類史において、不義に対してはじめの裁きを行われたの
は、
「ノアの大洪水」でした。神は悪に対して非常に強い態度を
取られました。ノアは神が仰せられた命令に従い、箱舟建造を忠
実に行い、大洪水を避けるために家族とともに箱舟に入りました。
そして神のさばきは、すべての者の上に下りました。ノアと彼の
家族の上にも下りました。しかし、彼らは箱舟に入っていたので守
られ救われました。箱舟は刑罰の大洪水を経験しましたが、そこ
には神の救いがありました。神の前に不義を行う者は選民・異邦
人を問わず、さばきの対称となります。しかし、神はイエス・キリ
ストという尊い箱舟を備えてくださいました。なんという幸いでは
ありませんか。洪水後のノアと彼の家族に対して、神がいちばん
はじめにされたことは、彼らを祝福することでした。聖書は、
「そ
れで、神はノアと、その息子たちを祝福して、彼らに仰せられた。
『生めよ。ふえよ。地に満ちよ。
」
(創世記 9・1)と語っています。
確かに神は祝福の神です。
献身、従順を現すものでした。ノア一人だけでなく、彼の妻や息
子たち夫婦全家族が祭壇の周りに集まり、主を礼拝しました。
私たちも個人として、あるいは家族(教会)として祭壇を築き
歩む必要があります。イエス・キリストの箱舟によって救われた者
は、この事実を忘れてはなりません。イエス・キリストの十字架
の恵みとは、罪の赦しを経験したこと、神の子として特権を受け
たこと、御国の共同相続人とされたこと、永遠のいのちを受けた
ことなど、量り知れない多くの祝福にあります。それはただ神の
恵みとあわれみです。ノアがとった行動は、
私たちも主の前に感謝、
献身、従順の祭壇を築く大切さを教えています。私たちは人生の
節目節目で、信仰の祭壇を築く必要があります。
そこで、私たちはノアの行動に注目したいと思います。創世記
7 章― 8 章を読みますと、大洪水の経過を知ることができます。
40 日間も大雨がつづき、
その後 150 日間、
水は増え続けました(7
・
24)
。そして、水は減り始め最初の鳩が放たれるまでに 40 日間
が過ぎました(7・6-8)
。それから約 50 日が過ぎて、第1の月の
1 日となりました(7・13)
。洪水の始まりから終わりまで、およそ
310 日間以上が経過しました。神は人のはなはだしい罪のゆえに、
洪水により当時の人々を裁かれました。
■神への祭壇を築く生活の幸い
ところで、朝型人間の私は、毎早朝主の前に出ることを日課と
しています。そして、信仰の祭壇を築くよう努めています。主がこ
んな小さな取るに足りない者に、メシアであるキリスト・イエスを
お与えくださったことを覚えます。その十字架の愛を覚え感謝と
礼拝をおささげします。そして私は聖書を開き、主の声を聞くよ
う努めています。すると、主の恵みに対し感謝の思いが湧き上が
り、主を仰がせていただきます。神は正直にささげるものを、受
けとめてくださるお方です。ノアのように祭壇を築く生活こそ、私
たちにとって幸いなものはありません。神の守りと祝福、愛、慰め、
力を感謝し、賛美をおささげします。祭壇の中心には、常に十字
架の恵みが臨在しています。
■神への祭壇を築く
大洪水が引いて、ノアと彼の家族は箱舟の外に出て最初にした
ことは、神への祭壇を築くことでした。聖書は次のように記録し
ています。
「ノアは、
主のために祭壇を築き、
すべてのきよい家畜と、
すべてのきよい鳥のうちから幾つかを選び取って、祭壇の上で全
焼のいけにえをささげた。主は、そのなだめのかおりをかがれ、
主は心の中でこう仰せられた。
「わたしは、
決して再び人のゆえに、
この地をのろうことはすまい。人の心の思い計ることは、初めか
ら悪であるからだ。わたしは、決して再び、わたしがしたように、
すべての生き物を打ち滅ぼすことはすまい。
」
(創世記 8・21)
ノアが祭壇を築き全焼のいけにえをささげたのは、神への感謝、
神への感謝と礼拝、それは祭壇を築く生活から始まります。そ
れは主がもっとも喜ばれるものです。
「わたしは彼らを、わたしの
聖なる山に連れて行き、わたしの祈りの家で彼らを楽しませる。
彼らの全焼のいけにえやその他のいけにえは、わたしの祭壇の
上で受け入れられる。わたしの家は、すべての民の祈りの家と呼
ばれるからだ。
」
(イザヤ 56・7)イスラエルの歴史では、選民た
ちがこの大切な「主への祭壇を築くこと」を怠った時、主の祝福
を失っています。この原則は、今日も然りでありアーメンです。世
界はますます混沌としてきましたが、私たちはイスラエルの神を仰
ぎ、
「主への祭壇を築くこと」を常に覚え、そして歩もうではあり
ませんか。
No.160 LCJE 日本支部発行
1
◀アーノルド・フルクテンバウム博士著▶
ハーベスト・タイム・ミニストリーズ 佐野 剛史訳
『イスラエル学』
( 4)~組織神学の失われた環~
本記事は、アーノルド・フルクテンバウム博士著『Israelology(イスラエル学)
』の翻訳連載の第四回目です。
本書は、イスラエルの過去、現在、将来を論じ、これまで組織神学の盲点であったイスラエル論を体系化した
先駆的著作です。本書は、神の人類救済計画を理解する上で、また聖書の全体像をつかむ上で、正しいイスラ
エル理解が欠かせないことを教えてくれます。
今回もイスラエルの過去の部分について論じます。前回に引き続いて、イスラエルの選びに深く関係する四つ
の無条件契約のうち、アブラハム契約とパレスチナ契約(土地の契約)について論じます。
A. 過去のイスラエル
2. 無条件条約
主はそのあわれみをいつまでも忘れないで、そのしも
べイスラエルをお助けになりました。私たちの父祖たち、
アブラハムとその子孫に語られたとおりです。
a. アブラハム契約(続き)
イスラエルは約束の地で不従順と偶像礼拝を繰り返し、神
の懲らしめを繰り返し受けたが、それでも神はアブラハム契
約のゆえにイスラエル民族は必ず存続すると約束された。イ
スラエルに対して怒りを燃やす神に、モーセはこの約束を根
拠に民を滅ぼさないでくださいと嘆願した(出エジプト 32:
11 ~14)
。
しかしモーセは、彼の神、
【主】に嘆願して言った。
「
【主】
よ。あなたが偉大な力と力強い御手をもって、エジプト
の地から連れ出されたご自分の民に向かって、どうして、
あなたは御怒りを燃やされるのですか。……あなたのし
もべアブラハム、イサク、イスラエルを覚えてください。
あなたはご自身にかけて彼らに誓い、そうして、彼らに、
『わたしはあなたがたの子孫を空の星のようにふやし、わ
たしが約束したこの地をすべて、
あなたがたの子孫に与え、
彼らは永久にこれを相続地とするようになる』と仰せられ
たのです。
」すると、
【主】はその民に下すと仰せられたわ
ざわいを思い直された。
もう一つの例が、第二列王記 13:22 ~ 33 である。
アラムの王ハザエルは、エホアハズの生きている間中、
イスラエル人をしいたげたが、
【主】は、アブラハム、イサク、
ヤコブとの契約のために、彼らを恵み、あわれみ、顧みて、
彼らを滅ぼし尽くすことは望まず、今日まで彼らから御顔
をそむけられなかった。
神はアラム人を用いてイスラエルを罰したが、その被害は神
が許された範囲にとどまった。それはアブラハム契約のゆえ
である。
神はイスラエルが従順になるように望んでおられたが、
それでもイスラエルの不従順ゆえに約束を反故にするような
ことはなかった。まさに、これがディスペンセーション神学者
の言う無条件条約の意味である。
そして、メシアがイスラエルに贖いをもたらすために来られ
たのも、アブラハム契約のゆえである。ルカ 1:54 ~ 55 に
はこうある。
また、ルカ1:68 ~ 73 にもこう記されている。
「ほめたたえよ。イスラエルの神である主を。主はその
民を顧みて、贖いをなし、救いの角を、われらのために、
しもべダビデの家に立てられた。……主はわれらの父祖
たちにあわれみを施し、その聖なる契約を、われらの父
アブラハムに誓われた誓いを覚えて、……」
そして、復活を信じないサドカイ人に対してイエスが復活は
あるということを教えた時も、アブラハム契約に基づいて議
論された(マタイ 22:23 ~ 33)
。パウロも使徒 26:6 ~ 8
で同じことを語っている。
ガラテヤ 3:15 ~18 で、パウロはアブラハム契約とモー
セ契約を比較して、モーセ契約が一時的であるのに対して、
アブラハム契約は永遠に有効であると言っている。
ヘブル書の著者は、ヘブル 6:13 ~ 20 で、みずからの救
いの確証をアブラハム契約から引き出している。
最後に、イスラエルの最終的な民族的回心が起こるのも、
アブラハム契約が根拠になっている。レビ記 26:40 ~ 42
にはこう書かれている。
彼らは、わたしに不実なことを行い、わたしに反抗して
歩んだ自分たちの咎と先祖たちの咎を告白するが、しか
し、わたしが彼らに反抗して歩み、彼らを敵の国へ送り込
んだのである。……わたしはヤコブとのわたしの契約を思
い起こそう。またイサクとのわたしの契約を、またアブラ
ハムとのわたしの契約をも思い起こそう。そしてわたしは
その地をも思い起こそう。
神は、イスラエルへの約束を過去に果たされたのと同じく、
将来にもそうされる。それは、アブラハム契約が無条件契約
であるからである。
アブラハム契約は、無条件契約であるがゆえに、今も有効
である。歴史的には、約束の時代(ディスペンセーション)の
基(もとい)となった。
(6)契約のしるし
アブラハム契約のしるしは割礼である。その割礼を受け
2 LCJE 日本支部発行 No.160
るのは男子だけで、それも生まれて八日目に限られる。八日目
に割礼を施すのは、
ユダヤ人の割礼とその他の民族が当時行っ
ていた割礼と決定的に違う点である。また、それは、この契
約が血の契約であることを思い出すためのものでもあった。
割礼はユダヤ人であることのしるしでもある。割礼を施さない
父親は、イスラエルの民から「断ち切られる」
、つまり処刑さ
れる。モーセが第二子に割礼を施さなかったことで命を落と
しそうになったのはそのためである。そして、その子に割礼を
施すことで、モーセは一命を取り留めた(出エジプト 4:24 ~
26)
。
(7)契約条項が成就するタイミング
先ほど述べたように、契約は歴史上のある時点で締結され
るのであるが、その時点ですべての契約条項が効力を発する
のではない。そこでは次の 3 つのことが起こる。まず、一部
の条項は即座に効力を発する。たとえば、アブラムとサライ
の名前が変わるとか、割礼を施すといった条項である。一部
は近い将来に効力を発する。たとえばイサクの誕生
(25 年後)
や、
エジプトに寄留し、
奴隷となり、
出エジプトを経験する
(四百
年後)といった条項である。一部の条項は遠い将来に効力を
発する。たとえば、約束の地の全土を族長たちとその子孫が
所有するといった条項である。
b. パレスチナ契約(土地の契約)
二番目の契約は、あまりよい命名とは言えないが、パレス
チナ契約と呼ばれる契約である。それは長年パレスチナと呼
ばれてきた土地に関する契約だからであるが、その名称は二
つの理由で適当ではない。
(1)パレスチナという名前は、ユ
ダヤ人がローマに対し反旗を翻したバル・コクバの乱(132 ~
135 AD)の後、ローマ皇帝ハドリアヌスによって、この土地
からユダヤ人の痕跡を消してしまおうという「非ユダヤ化」の
一環として付けられた名称である。
(2)20 世紀以降の中東
の歴史的展開で、今やパレスチナという名前はユダヤ人ではな
くアラブ人と関連付けて語られることが多くなった。もっと良
い名前をつけるとすると、それは「土地の契約」だろう。い
ずれにせよ、パレスチナは聖書にはない呼び名である。しか
しながら、パレスチナ契約という名前が一般的に通用してい
るので、本書でもその名称を一定の留保付きで使用すること
にする。
パレスチナ契約の内容は、モーセ五書の五つ目の書、申命
記に記されている(申命記 29:1 ~ 30:20)
。冒頭の申命記
29:1 では、パレスチナ契約がモーセ契約とは別の契約であ
ることが明言されている。
これは、モアブの地で、
【主】がモーセに命じて、イス
ラエル人と結ばせた契約のことばである。ホレブで彼ら
と結ばれた契約とは別である。
申命記 30:1 ~10 に、パレスチナ契約の主な条項が記さ
れている。この契約は、神とイスラエルの間で結ばれた。こ
の箇所から、以下の八つの契約条項を抜き出すことができる。
(1)イスラエルがモーセの律法に従わなくなり、全世界に散
らされることになるというモーセの預言(29:2 ~ 30:1)
。
残りは、
いずれもイスラエルの最終的回復について語っている。
(2)イスラエルが悔い改める(30:2)
。
(3)メシアが帰ってく
る
(30:3)
。
(4)
イスラエルが再び集められる
(30:3 ~ 4)
。
(5)
イスラエルが約束の地を所有するようになる(30:5)
。
(6)イ
スラエルが再び集められる(30:6)
。
(7)イスラエルの敵が
裁かれる(30:7)
。
(8)イスラエルがあらゆる祝福を受け取る。
ここで語られているのは、
特にメシア的王国の祝福である
(30:
8 ~10)
。
パレスチナ契約の特に重要な点は、約束の地に対するイス
ラエルの所有権を再確認したことである。イスラエルは、不
忠実で、不従順な道を歩むことになるのであるが、約束の地
に対する権利は決してイスラエルから取り去られることがな
い。その土地に実際に住み、その祝福を享受するかどうかは
神への従順にかかっているのであるが、土地の所有権は無条
件にイスラエルに与えられている。さらに、パレスチナ契約の
内容から、条件付契約であるモーセ契約の登場で無条件契
約であるアブラハム契約が無効になったのではないことがわ
かる。アブラハム契約がモーセ契約に置き換わったと考える
人もいるが、パレスチナ契約を見れば、それは間違っているこ
とがわかる。パレスチナ契約は、アブラハム契約の延長線上
にある。パレスチナ契約は、アブラハム契約の土地に関する
条項を発展させたもので、たとえ不信仰に陥ったとしても、土
地はイスラエルに与えられていることを強調したものである。
パレスチナ契約は、その数世紀後、エゼキエル 16:1 ~
63 で再確認されている。神のイスラエルとの関係を記した
この大切な箇所で、神は、イスラエルがまだ幼かった頃のご
自身の愛について語っている(1 ~ 7 節)
。イスラエルは神に
選ばれ、ヤハウェと婚姻関係に入り、
「ヤハウェの妻」と呼ば
れるようになった(8 ~14 節)
。しかし、イスラエルは遊女の
ようにふるまった(15 ~ 34 節)
。そのため、イスラエルを民
族離散によって罰する必要が出てきた(35 ~ 52 節)
。しか
し、この離散は最終的なものではない。パレスチナ契約に
基づく将来の回復が約束されているからである
(53 ~ 63 節)
。
パレスチナ契約は無条件であるために、今なお有効な契約で
ある。 (続く)
No.160 LCJE 日本支部発行
3
ライフ・イン・メサイヤ・インターナショナル日本委員 石黒 イサク
☆ブルックリンにて
ニューヨーク、ブルックリンの街角で、福音トラクトを配布
していたライフ・イン・メサイヤのスタッフに、一人の男性が近
づいてきて、丁寧な態度でこう言いました。
「私はあなたたち
と争いたくはありませんが、どうして血で汚れた手でこのよう
なモノ(福音トラクトのこと)を配ることができるのか不思議
でなりません。
」
彼の話によると、彼の家族の幾人かがドイツのホロコース
トで苦しめられ、また遠縁の親族はロシアのポグロムの被害
者だったそうです。スタッフは彼に「イエスの名を用いてユダ
ヤ人迫害が行われたこと」を素直に詫びました。しかし「イェ
シュアがメシアであるというこの眞実は、いかなる反対や拒絶
にあっても、
語り続けていかなければならないのです。
」と語っ
たのです。
すると彼は「もしタナハ(旧約聖書)に、イェシュアの名が
記載されていれば、信じますよ。
」と言いました。
「彼について
の預言はたくさん記されているでしょう。またインマヌエルと
いう名も記されているではありませんか ?」と言ってもなかな
か納得できないという応答です。彼の疑問点は、
「天地の創
造者がどのようにして人間になって地上で暮らすことができる
のか ?」ということだそうです。そして信じるためには、
「イェ
シュアの名前がトーラにも出てくることが当然だろう」と繰り
返すわけです。
「現在はインターネットで、いろいろなユダヤ人の体験談を
見つけることができるから、ぜひ調べてみてください。
」
「では
あなたもタナハから、イェシュアの名前を探して知らせてくだ
さい。
」彼はそう言って通りを横切り、正統派ユダヤ人たちと
話をはじめました。
丁寧であれ、暴言であれ、硬く心を閉ざしたユダヤ人の福
音に対する反応はこのような感じです。
☆イスラエルのアッコにて
アメリカ 人の 若 者 た ち
(イェス・イスラエル伝道チー
ムのメンバー)が地中海を眺
めながら、はたして言葉が
通じる人と出会うことができ
るだろうかという不安を抱え
てアッコの街角に立っていま
した。一人の男性(R)が立
ち止まり、会話を始めました。
「あなたの心は満たされてい
ますか ?」まだ会話が噛み合
わないところへ、別の男性
が通りがかり、会話を妨害し
ます。
「俺たちは満たされている。よけいなお世話だ。おま
えたちなどお呼びではない。ここから出て行け、宣教師た
ちめ。
」そのような言葉を繰り返しながら、彼は歩き去って
行きました。
すると R は、その男の態度に腹を立てて「なんと無礼な男
だ。あなたたちにあのような暴言を吐くなんて…。 悪いヤツ
4 LCJE 日本支部発行 No.160
だ。
」
「彼は悪人ではありませんよ。ただ、彼の信じている情
報が悪いのです。
」
「しかし、あの態度は許せない。無礼な悪
者だ。
」
そのことが会話を進めるきっかけになったのです。リー
ヴァイは R に語ります。
「私たちはただ“良い人”であるだけ
ではダメなのですよ。…」
R は心の痛みを持っていることを
語り始めました。
「私は到底救われるような者ではないのです。
あまりにも辛い人生を歩んでいるので…」
御聖霊が会話の中で働きを進めておられました。
「そうで
す。その心の痛みを癒やすことのできる御方がイェシュアな
のです。私も大きな心の痛みを持っていましたが、イェシュア
によって癒やされたのですから。…」リーヴァイは自分の経験
を話しました。聞きながら R の眼から涙がこぼれ落ちたので
す。彼は祈りを願い、
また喜んで新約聖書を受け取ったのです。
別れるときに R がたずねました。
「もし、私がイェシュアを
信じる者になったら、アメリカに移住しなければなりません
か ?」
「いえいえ、イェシュアを信じている者たちは世界中に
います。このアッコの町にも大勢いるのですよ、ご心配なく。
」
これらは、私たちが出会うユダヤ人の生の声です。そしてそ
の一つ一つに神様の導きと御業があらわれているのです。ど
うかさらにこの福音の種が、多く蒔かれ、多くの収穫を得ら
れるように、お祈りください。
以下は、まもなく来日される、この度の集会の講師ウェス
レィ・テーバー師よりのメッセージです。
皆さんはイスラエルに関する情報を、聖書とメディアから受
けています。聖書からは、民族と土地の歴史や、創造主との
関わりについて、またマスコミなどのメディアからは、現在の
状況政治などです。
ある方々にとっては、今のイスラエルと、聖書に記されてい
るイスラエル王国やユダ王国とを連接することが困難かも知れ
ません。しかし実際には、周囲を敵に囲まれているという地
政学上も、イスラエルの神から心が離れているという霊的状態
も、非常に類似点が多いのです。ですから、神様が常に気に
かけておられる特選の民族 = ユダヤ人に対しては、私たちク
リスチャンも重要な関心を持つべきではないでしょうか。
私たちは、神様がイスラエルを立てておられる御心・御目
的を理解する必要があります。それによって、彼らのためにど
のように祈るべきであるかも、理解できるようになります。
このたび日本の皆様に、またお会いすることができますこ
とを感謝しています。
シオンとの架け橋 石井田 直二
メシアニック運動の世代交代の現場から …………………………………
若手指導者、ユダ・バハナ師 を迎えて
現在のメシアニック運動の基礎を築いたのは、1960 〜70 年代にイエスを信じたユダヤ人たちです。しかし、当
時は 20 代だった人々も、それから 50 年近くを経て 60 〜70 代に達しており、世代交代の時期を迎えて来ました。
■牧師の世代交代の難しさ
ンとは違うセンスを持っています。
彼らのユダヤ性は、
ユダヤ人に対しては「イエスを信じても、
規模が大きく、歴史ある教団では、牧師の養成や交替に
ユダヤ人をやめる必要はない」という証しとなり、一方、異
関するノウハウが確立しており、教会員の方でも何度も牧師
邦人クリスチャンに対しては、従来のキリスト教とは違う、新
交代を経験しています。しかし、開拓伝道を行った牧師がずっ
しい光で聖書を読む祝福となって来ました。
と指導を続けて来た単立教会での牧師交代は、日本でもと
ところが、第二世代のメシアニック・ジューたちは、初め
ても難しいものです。
からメシアニック・ジューとして育てられています。そのた
イスラエルのメシアニック運動では、設立以来、同じ指導
め、ユダヤ性に対する理解が、どうしても弱くなってしまう
者に導かれて来たコングリゲーションの多くが、世代交代の
のです。
時期を迎えています。彼らは既存の教派とは関係なく、独自
の運営方針でやって来たため、世代交代のノウハウがほとん
■ネティブヤの課題
ど無く、話は簡単ではありません。
私たちが支援を続けて来た、エルサレムのメシアニック・
第一の難関は、適切な人材の発見と育成です。イスラエル
コングリゲーション、ロエ・イスラエル(ネティブヤ)でも、ちょ
では、次世代教育のシステムが貧弱だったのですが、最近で
うど世代交代の時期を迎えています。ヨセフ・シュラム師は、
は、イスラエル聖書大学のほか、ハイファでも神学校が作ら
激務であるコングリゲーションの指導を引退して、研究や執
れるなど、いくつかの教育組織が生まれつつあります。
筆活動と、若手のサポートに回りたい考えです。
もうひとつ、あまり語られない難題が、コングリゲーショ
そこで、シオンとの架け橋では、ネティブヤの若手指導者
ンの財政です。引退した指導者の生活を支え、同時に新し
として重要な働きをしておられるユダ・バハナ師を3月にお招
いフルタイムの指導者の生活を支えていくと、当然、コング
きし、現在のネティブヤとイスラエル全体の若いメシアニック・
リゲーションの負担が倍増します。
これは小さなコングリゲー
ジューの状況について語っていただく予定です。
ションでは深刻な問題です。この点は、日本の多くの教会で
ちょうど過越の祭の直前になるため、イスラエルから本物
も事情は同じで、似たような問題が発生しています。
の「種入れぬパン」
(マッツァ)を持参していただき、
「過越
■ユダヤ性の維持
の食事」の体験会も開催する予定です。とても深い意義の
ある過越の食事をユダヤ人ビリーバーと共に体験するのは、
メシアニック運動に特有の問題が、ユダヤ性の維持です。
大きな祝福ですので、ぜひご参加いただければと思います。
初期のメシアニック・ジューは一般のユダヤ人家庭で育てら
なお、大阪の過越の食事については、大阪クリスチャンセ
れているため、
「ユダヤ人」という意識が明確です。また、ユ
ンターの主催となりますので、お問合せ、ご予約はそちらま
ダヤ的な教育の結果、特に旧約聖書などに対してクリスチャ
でお願いします。
【ユダ・バハナ師を招いてセミナーと過越の食事】
● 3 月 16 日(土)
主 催:聖書に学ぶ会 開催協力:シオンとの架け橋
● 3 月 22 日(金)
ラボール京都 第一会議室
大阪クリスチャンセンター 301 号室
四条通御前西入 阪急西院徒歩 5 分 京福西院徒歩 3 分
JR玉造駅西へ徒歩 8 分・
午後 1 時半~ 4 時半 セミナー *(過越の食事はありません)
地下鉄玉造駅徒歩 5 分
午後 1 時半~ 4 時 セミナー *
● 3 月 20 日(水・祝)
TKPお茶の水カンファレンスセンター
地下鉄:千代田線 新御茶ノ水駅 B1 出口徒歩 3 分
午後 1 時半~ 3 時半 セミナー *
午後 4 時 15 分~7 時 15 分 過越の食事体験会(要予約)
体験会の参加費は 3,000 円(テキスト・弁当つき)
ご予約は 078-341-7501(シオンとの架け橋)
《過越の祭を体験する会》 午後 6 時~ 8 時半 主催:
(財)大阪クリスチャンセンター
参加費 4,000 円(テキスト・食事つき)要予約
ご予約は 06-6762-7701 まで
* 各セミナーは、参加無料・予約不要で、席上献金があります。
No.160 LCJE 日本支部発行
5
イスラエルの 12 部族
ダン部族の巻
‐蛇は獅子の子になれるのか?‐
(創世記 49:16 ~ 18)
早川 衛
アルコ・イリスミニストリーズ (Arco Iris Ministries) 代表 これは、ヤコブが語ったイスラエルの 12 部族に関する
をかむことが出来る。ゲリラのように草むらの中に隠れ、
預言解説の第 6 回目である。今回は、ダン部族を取り上
ガブリとやることが出来るからだ。それが、ダン部族に対
げる。
する主の召しである。ダン部族が、その召しに生きるとき
創世記 49 章 16 節のみことばは成就される。
ダン部族の祖ダンは、ヤコブの第 5 番目の子。その母
はビルハであり、彼女にとっては初の子となる。このダン
人には、それぞれに主からの召しがある。その召しに
は自分の母の女主人ラケルが、その姉レアに対して抱いた
生きることが大切だ。だけれども、それが分かり、それを
嫉妬心によって生まれた(創 31:1 ~ 6)。ラケルは、
「神
受け入れるまでは苦労する。蛇が獅子のように生きようと
は私をかばってくださり、私の声を聞き入れて、私に男の
したら、それは難儀なことであるからだ。
子を賜った」と言った。それゆえ、その子をダンと名づけ
しかし、聖書はやがてダン部族が、
「表舞台」あるいは
たのである。ちなみに、ダンの意味は「かばう」あるいは
「メインストリート」に出て来ることを預言している。それ
「裁く」である。
は、文字通り、蛇も獅子も何もかもが平和のうちに共存
このダンは、自己を憐れんでも決しておかしくない境遇
するとき、すなわちイザヤ書 11 章 6 ~ 9 節のみことばが
の中で生きた。なぜなら、ダンの兄ルベンは、自分の母
成就するときである。それに続く同 11 章 16 節には、
「残
と寝たから(創世記 35:22)。そして、ダンに与えられた
される御民の残りの者のためにアッシリヤからの大路が備
子は、フシムただ一人であったからである(創 46:23)。
えられる。イスラエルがエジプトの国から上って来た日に、
また、ダン部族は、どこへ行っても、また何をしても成
イスラエルのために備えられたように。」とある。すなわ
功しなかった民と言える。その相続地は、ユダ部族とベニ
ち、その時には、ダン部族の相続地に大路が通るのである。
ヤミン部族の相続地の西に与えられた。しかし、エモリ人
そして、その時には、申命記 33 章 22 節に書かれたモー
は、ダン部族を山地に圧迫した(士師記 1:34)。そのため、
セの預言も実現する。同箇所には、
「ダンは獅子の子、バ
彼らは北上し、ライシュ(レシェム)を攻め取り、そこを首
シャンからおどり出る。」とある。その時、ヤコブによって
都として住んだのである(士師記 18 章)。しかし、ライシュ
は、小道のほとりのまむしと預言されたダン部族が、獅子
は北からの侵略者の出入り口となった。すなわち、アッシ
の子のごとく大路を喜び踊りながら走るのである。蛇が獅
リヤ軍が、北王国イスラエルを侵害した際、同軍は、そこ
子の子となるのである。それは、まさにメシヤ的王国の実
から入り、出て行ったのである。そして、ダン部族も侵害
現であり、イエスによってもたらされるイスラエルの救いの
され、捕虜となったのだ。
成就である。このようにして、ヤコブが待ち望むと語った
現代社会の中にも上記のダンおよびダン部族に似た者
救い(創世記 49:18)が実現するのである。ちなみにダ
がいる。しかし、誰でもが、ダン部族に将来と希望を与え
ン部族が攻め取った上述のライシュは、獅子に由来するこ
たイスラエルの神である主の中に同様の将来と希望を見出
とばであり、ヨブ記 4 章 11 節、箴言 30 章 30 節、イザ
すことが出来るのである。
ヤ書 30 章 6 節においては雄獅子と訳されている。
創世記 49 章 17 節をご覧いただきたい。そこには「ダ
さて、この小論の副題は、
「蛇は獅子の子になれるのか?」
ンは、道のかたわらの蛇、小道のほとりのまむしとなって、
である。主イエスは、ユダ族から出た獅子である(黙示録
馬のかかとをかむ。それゆえ、乗る者はうしろに落ちる」
5:5)。この方を信じる者は、誰もが「獅子の子」となれ
とある。蛇は、蛇として、蛇にしか出来ないことをして生
るのである。私たちはみな、顔のおおいを取りのけられて、
きるしかない。どんなに頑張っても獅子のようにはなれな
鏡のように主の栄光を反映させながら、栄光から栄光へと、
いからだ。しかし、獅子には出来ないが、蛇には出来るこ
主と同じかたちに姿を変えられて行く。これはまさに、御
ともある。獅子は、馬のかかとをかむことが出来ない。馬
霊なる主の働きによる(Ⅱコリント 3:18)。その時まで、
の方が獅子よりも早く走るからだ(獅子/ライオンは 100
自分に与えられた所で、与えられた召しに従い、主と人と
mを 6.2 秒で、馬は 5 秒で走る)。だが、蛇は馬のかかと
に仕えて行こう。
6 LCJE 日本支部発行 No.160
ハティクバミニストリーボランティアスタッフ 大西 敦
アートミニストリー vol.8
「やる気をもつということ」
やるんだ、今!
今こそ、おまえを表すとき。
神の力と恵みがおまえを追いかけてくる。
何が不可能なことがあろう?
状況を変える、キーはおまえが握る。
おまえしだいだ。
何が不可能なことがあろう?
世の人はもっていない輝きを…バアル預言者の大群がきても。た
とえ1 人として立ち向かわねばならないピンチになっても、勝利の
鍵を握っている…おまえはそういう者なのだ!!
弱さにおびえ、心配に震え上がり、心細くうじうじ泣いても、エリ
ヤがそうだったように、おまえは鍵、鍵なのだ!
それを使え!使うのだ!
天の軍勢が。聖霊が導き、案内する。け躓くこともないだろう。
前へすすむのだ!!
神が味方して、天の軍勢がおまえにつく。
火のクルマと火の戦車が敵を討つ。
なぜ、黙ったままうずくまっているのか!
しかし、物事を、特に新しいことをや
り始めるときの、腰は重く、足も重い。
だが、この一歩はどの一歩とも違う。今までにない決定的な一歩
なのだ!!
ユダヤ人伝道。新しいことを始めるときの一歩は記念すべき一歩
なのだ。すぐに実を結ばなくても、いいや、望む結果が得られな
くても。
ユダヤ人伝道。人生はチャレンジの連続。これで終わりという
ことはない。これでいいと、もし、おまえが言うならば、何かがそ
の時点から止まってしまっている。
成長して進歩すること。
私たちクリスチャンには、
これは聖化と、
栄化と?いうべきだろうか。
いいや、そんな難しいことを考えなくても、新しいことに取り組む
のに、理屈はいらない。
勇気をもって前へ進む――それだけだ。
何が困ったことがあろう。何が切り開けないことあろう。
力が…力が不足しているというのならば、神に願うのだ。真剣に。
情熱的に。繰り返して。そうして1つをなし、
また1つをなしていく。
このとききっと、自分の生きている意味が。つまり創造主である
神がなぜ、自分を造られたのかが、分かるに違いない。神のため、
手となり、足となっているだろうからだ。
だからこんなとき。目の前のことを投げ出して、泣き言を言って
いる場合ではない。
苦しみに悶えるとき、
悲しみを覚えるとき。反対に怒りを覚えるとき。
または諦めを感じるとき。神はどこにいるのか…叫ぶようなとき。
ある牧師先生から聞いたこと。神も一緒に苦しんで共にして下さっ
ているというのだ。
何も変わったことをしなくていい。神が創造主が、おまえを造った
目的を果たすのだ。それだけでいい。
人生は長いようで短いものだ。特に芸術について何かが分かり
かけてきた、この頃では、もう人生の半分は過ぎてしまった…。終
わりだと。自分の人生はあぁ、これで終わりだ、空しい、特に何と
言うこともなかったな・・そう思うときもある。
だが、神が。信仰があるということ。このこと。
命の書に自分の名前が書かれているということ。
何かをなすのに、遅いということはない。今が。今、取り組む
のが結局は一番早いのだ!
あとになるほど、腰は重く、やる気も失せる。
すべての道は開かれている。門までは聖霊が案内して下さる。鍵
はおまえが持つ。
開けるかどうかは、実におまえによる。真心をこめて、真実に取り
組めば、きっとかなうだろう。
いいや、たとえそうじゃないとしても、そのおまえを見て、神は
御心を動かされるに違いない。
おまえの上には、ハトの群れのように聖霊がいる。クリスチャンと
はそういうものだ。
何が幸いするか、クリスチャンにはすべては恵みに変わるのだ。そ
れは聖句の通り、
2000 年以上たった今でも、真理は真理として通用し、力を及ぼす。
聖句の 1 つ 1 つはまるで空気のように、おまえを取り囲み、おまえ
はその中で生き、呼吸する。
どこかに働き人はいないか、と神が探されるとき。果たして手
を挙げることができるだろうか。
神から救いを受けて今。何度かのイースターとクリスマスを過ご
して、またこうしているとき。
多くの人々の魂を救済するのだ!またそのための計画を神から頂く
のだ!
自力で、我力でできるわけがない。クリスチャンとは不思議なもの
だ。神がこの身に働いてくださり、時には信じられない、時には
思わぬことができるからだ。
神である主よ、いつまでも私から離れず、とらえていて下さい。
あなたは魂の安らぎであり、平安…
ユダヤ人伝道をする者には、この恵みも桁外れにあるのですから・
・
かつてダビデは部下を連れての戦いの帰り、空腹のあまり祭壇
からその分け前を頂き、糧を得て、力を取り戻しました。私も今、
苦しんでいます。神からダビデが受けた恵みを、私も実感したい。
そして皆様のお役に立てるようにアートミニストリーの働きを広げ
ていきたい、インパクトを与えていきたい、と思います。
お志のある方は、どうぞ、よろしくお願いいたします。
三井住友銀行、川西支店、普通預金口座、4363668
――ありがとうございました。
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No.160 LCJE 日本支部発行
7
イエス様を愛した正統派のラビ
LCJE 日本支部支部長 イエスを信じるユダヤ人の知られざる歴史があると
昨年末アメリカの大学の出来事が私に思わせてくれま
した。昨年 11 月 12 日に、ピーター・サロベー氏がエー
ル大学の新しい学長に就任したことで、2 週間後、大学
の日刊紙がユダヤ人であるサロベー学長がヨーロッパ
にもアメリカにもかなり影響力のあるラビの名門の家系
の子孫の一人であることを報じました。
そして、さらに 12 月半ばに TABLET ウェブマガジ
ン(ユダヤ人の生活文化思想の雑誌)が興味深いこと
を表しました。サロベー学長の先祖の家はソロベチェク
家で、その中にラビ、エリアス・ソロベチェク(1805
~ 1881)という「家族の恥」がいるということです。
その恥とは、エリアスは正統派のラビでありながらイエ
ス様を愛したという評判でした。彼は同胞のユダヤ人に
対してはキリスト教の味方となって、そしてキリスト者
に対してはユダヤ教の味方となった自由な人間でした。
C・クリンゲンスミス
若いころから新約聖書が彼の手に入り、マタイ伝と
マルコ伝の解説をユダヤ人のためにヘブル語で記しま
した。このラビはユダヤ教とシナゴーグを脱出したわけ
ではありません。なぜなら、新約聖書の教えこそ、モー
セのトラーの全うしたものであると思ったからです。エ
リアスは三位一体のキリスト教の教義に関して次のよう
にさえ述べました。
「現代のユダヤ人が大反対している
三位一体教義に関しては、この教義は実は最も学びに
すぐれた多くのラビたちが密かに持っていた理解で、と
ても麗しい教えであります。三位一体の教義は地球の
軌道より長く、海より広い、そして神様に関してさらに
麗しい教えを生み出してくれる教義であります。
」秘め
られた「残りの者」は思いがけないところで見つかりま
すね。
参考:http://www.tabletmag.com 「The Soloveitchik Who Loved Jesus」を検索
LCJE日本支部事務局レター LCJE は、ユダヤ人伝道団体の情報交換ネットワークです。加盟しているユダヤ人伝道団体それぞれの
立場・活動を尊重して、機関紙などに情報を掲載しています。しかし特定の立場・教理などを、LCJE と
して支持するものではありません。読者におかれましては、個々の見識によって提供される情報を判断し
てくださいますよう、お願いいたします。
2013年度祈祷会予定
2月
場 所
東京(1:30より)
大阪(6:30より)
8日(金)
9日(土)
3月
9日
14日
4月
13日
11日
会 場
御茶ノ水クリスチャンセンター4F 415号室
北浜スクエア(VI
P関西センター8F)
※ご注意:2 月の祈り会は、W・テーバー師の集会へ合流します。関東 8 日(金曜日)関西 9 日(土曜日)
LCJE日本支部2012年12月度会計
収入・献金
支出・現金
科 目 金 額 科 目 金 額
献 金
大阪祈り会献金
270,000 事
費
9,800
18,000 NEWSレター製作費
65,830
郵
務
送
費
郵便振替手数料
48,760
3,500
費
44,000
賃借・管理費
30,000
交 通 旅 費
7,000
通
信
講 師 謝 礼 金
0
祈 祷 会 経 費
1,000
合 計
288,000 合 計
209,890
残 高
78,110
前月よりの繰越
512,698 翌 月 へ の 繰 越
590,808
8 LCJE 日本支部発行 No.160
お知らせ&編集後記
LCJE 日本支部はコ・ワーカーの皆様の尊い献金で運営されて
います。
住所変更、電話番号変更など、お手数ですがお電話か、E メー
ルにてお知らせくださいますようによろしくお願いいたします。
LCJEJAPAN @ hotmail.com
LCJE ニュースレター 2 月号を皆様のお手元へ届けられる幸
いを主に感謝します。前月号において、祈り会の日時が大幅にミ
スプリントされていまして大変ご迷惑おかけしました。校正には
最善を尽くしてまいります。今後の校正作業の上に落ち度のない
作業ができますようお祈りください。大変失礼いたしました。
今月も、イスラエルの平和と一人でも多くのユダヤ人が救われ
ますことを祈ります。シャローム LCJE 日本支部事務局 高瀬真理
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