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重力方向知覚における視覚刺激の傾きと種類および 身体

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重力方向知覚における視覚刺激の傾きと種類および 身体
研究論文
光学 38, 5 (2009 ) 266-273
Received December 1, 2008;Revised February 12, 2009;Accepted February 23, 2009
重力方向知覚における視覚刺激の傾きと種類および
身体の傾きの影響
根岸
一平・金子 寛彦・水科
東京工業大学大学院
4259 -G2-3
晴樹
合理工学研究科物理情報システム専攻 〒226-8502 横浜市緑区長津田町
Effects of Visual Tilt, Kind of Images and Body Orientation on the
Perception of Gravitational Orientation
Ippei NEGISHI, Hirohiko KANEKO and Haruki M IZUSHINA
Department of Information Processing, Interdisciplinary Graduate School of Science and Engineering, Tokyo Institute of Technology, 4259 -G2-3 Nagatsuta, Midori-ku, Yokohama 226-8502
We measured human perception of gravitational vertical while manipulating tilt of visual stimuli
(scenic picture) and subject s body to investigate the integration mechanism of multi-modal
information on gravitational vertical. Our results showed that effect of visual information
affected the perception of gravity systematically.When the orientation of visual stimuli was close
to the real gravity,perceived gravitational vertical varied with the orientation of visual information. On the other hand, when the orientation of visual stimuli was very different from the real
gravity, the effect of visual stimuli was weaken. The effect of visual stimuli was stronger when
subject s body was tilted than when it was upright.We also manipulated the strength of gravitational information in visual stimuli by replacing a picture with poor information of gravity
(experiment 1) or by using low-pass filter (experiment 2). Stronger effect of visual stimuli was
observed with stimuli with stronger information. These results cannot be explained with
currently-proposed models (linear summation or vector summation models).We suggest that the
strength of visual and non-visual information vary with their reliability or reality, and their
contributions for the perception of gravitational vertical are determined by the strength of each
information.
Key words: orientation perception, gravitational vertical, multi-modal integration
1. は じ め に
下) 場合は身体の傾きを過大評価する傾向があることが知
われわれ人間は,前 系からの情報によって重力の方向
られ E-effect とよばれる.また一方,身体がある程度以
を知ることができる.これは,耳石にかかる重力を感覚毛
上傾くとその傾きを過小評価する傾向があり,これは A-
が前 神経へ伝えることによって直接的に重力の大きさを
effect とよばれる.いずれにしても,必ずしも正確な重力
検知することができるためである.また,体性感覚系から
方向を応答することができない
の情報によっても重力の方向を知ることができる.例え
に関しては,測定方法の違いによって被験者の応答特性が
ば,人間がある姿勢をとった場合に,身体の各部位にかか
異なることが知られている
.また,重力方向知覚
.
る圧力の大きさによって重力の方向を知ることができる
これらの力学的情報に基づく直接的な重力知覚とは別
し,内臓器官から腹部の内側へかかる圧力によっても同様
に,直接には重力を検知することのできない器官からの情
のことが可能である
報も重力方向の情報として利用できる可能性をもってい
.
身体が傾いたときに発生する力学的な情報による重力方
る.例えば,視覚系は重力そのものを検知することはでき
向知覚の研究においては,比較的傾きが小さい (約 45°以
ないが,一般的に網膜に映る像は重力の存在する現実世界
E-mail:ippei.negishi@ip.titech.ac.jp
266 (42 )
光
学
を反映するために,網膜像からさかのぼって重力の方向を
推定することが可能である.このため,視覚情報は重力の
情報をもつと えられる.
視覚情報が重力方向知覚に実際に影響する例として
Van Beuzekom ら は,調整法によって 1本の線
を知
覚的な重力軸方向に合わせるタスクを被験者に課し,線
の周辺に呈示した視覚刺激の傾きによる被験者の応答への
影響を調べ,その結果,周囲の刺激の傾きによって知覚さ
れた重力の方向が変化することを示した.このことは,視
覚情報が重力方向の情報として働いていることを示してい
る.
以上のように,重力方向の知覚は複数の異なる感覚情報
によってもたらされる.すなわち,重力方向の知覚におい
て異種感覚情報の統合が行われているということである.
Fig. 1 The front view (left) and the side view (right) of
the apparatus. Subject was seated in a rotatable drum and
observed the visual stimuli presented on a LCD monitor in
front of the head.The drum could be rotated about the roll
axis of the subject. In the experiment, the facing direction
of subject was the same as that of rotational axis of the
drum.
Jenkin らは,この情報統合機構に関して,視覚情報の示
す方向と重力の示す方向と,身体が向いている方向の 3つ
のベクトルの和によって知覚的な上下方向が決定されると
た,視覚情報として方向に関する情報の強さが異なる 2種
している .しかし,彼らの研究は重力方向の知覚を直接
類の画像を用いて,視覚情報の内容によって重力方向知覚
測定したものではなく,視知覚上での判断における上下方
に対する影響が異なるのかどうかを調べた.これらの結果
向を測定したものであるため,実際に被験者が知覚した重
より,視覚刺激のもつ方向情報の強さとその向きの変化に
力方向は異なっているという指摘もある .いずれにして
対する重力方向知覚の特性が明らかになると
も,視覚情報と前 ・体性感覚系情報の統合過程に関する
2.1 実 験 方 法
研究は,十 に行われているとはいいがたく,その性質や
2.1.1 実 験 装 置
機構が理解されているとはいえない.
えられる.
被験者はロール軸方向に回転可能なドラム (直径 90
そこで本研究では,重力方向の知覚における異種感覚間
cm,長さ 160cm) 内のシートに,ベルトとヘッドバンド
統合の過程,その中でも特に視覚刺激に用いる画像の種類
で固定された.そして,そのドラムが傾くことで被験者の
の影響を明らかにすることを目的とした.奥行き知覚に関
身体の傾きが制御された.シートおよびベルトはレーシン
する情報統合の研究においては,絵画的手がかりや視差な
グカー用のものを用いたため,通常のシートよりも強固に
どの異なる手がかり間で情報を矛盾させ,知覚される奥行
固定できた.また,ドラム内部はディスプレイからの光の
きを測定する手法
反射を抑えるために黒く塗装されていた (Fig. 1).
がしばしば用いられる.これと同
様に,本研究においても,視覚情報が示す重力方向と視覚
視覚刺激は,被験者の正面に設置した 20インチの液晶
外情報が示す傾きを矛盾させて重力方向の測定を行い,重
ディスプレイ上に呈示された.ディスプレイの解像度は
力方向の知覚において視覚情報がどの程度影響しているの
1600×1200ピクセルで,視覚刺激はその中心に呈示され
かを調べ,異種感覚間統合の過程の性質と機構を推定し
た.視距離は約 25cm であった.ディスプレイの枠が方向
た.今回は,問題の簡潔化のため,実際に身体が傾くこと
情報として作用することを防ぐために,ディスプレイは直
により変化する情報をすべて視覚外情報とし,視覚情報と
径約 28°の円形部 を切り抜いた黒い紙で覆われていた.
視覚外情報の統合について調べた.
2.1.2 刺
激
刺 激 は Fig. 2に 示 す よ う な,風 景 画 像 を 円 形 (直 径
2. 実
験
1
1200pixel) に切り抜いたものであった.画像の大きさは,
実験 1では,被験者の身体を傾けた場合と正立した場合
上記のディスプレイを覆った黒い紙の切り抜き部 の大き
について,風景画像に傾きを付加して呈示することで視覚
さと同一であった.刺激の種類は,画像中の方向情報の強
情報と視覚外情報が示す重力方向を矛盾させた状態で重力
さが違うと思われる 2種類を用いた.一方の画像は 物が
方向知覚を測定した.その際の矛盾の大きさを制御して,
主となっており,画像中の多く含まれる垂直線がはっきり
重力方向の知覚がどのように変化するのかを調べた.ま
とした上下方向を示していた.この刺激を「Buildings」と
38巻 5号(2 09)
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身体の傾きについては,身体を正立させたままの条件と
ロール方向に左 15°傾けたものの 2条件であった.
2.1.3 実 験 手 順
まず,被験者の身体に左 15°もしくは 0°の傾きを与え
た.この動作は 1 以内で完了した.その後,2 以上経過
してから最初の試行の視覚刺激を呈示した.被験者は,視
覚刺激を観察しながら応答用刺激を用いて知覚される重力
方向を応答した.応答に際して,制限時間は設けず,被験
者が応答した時点で試行終了とした.画像の種類の 2条件
それぞれに対し,視覚刺激の傾き 16条件の合計 32条件に
加え,画像を呈示せずに応答用刺激のみで重力方向を応答
させる統制条件を加えた 33条件をそれぞれ 3回ずつ,合
計 99試行をランダムな順番で行い,これを 1ブロックと
した.同一ブロック中では身体の傾きは常に同じであった.
2条件の身体の傾きそれぞれについて,各被験者 2ブロ
ックずつ,合計 4ブロックの実験を行った.ブロックの順
Fig. 2 (a)Visual stimuli used in the experiment 1. Buildings stimulus contained rich information regarding the
gravitational direction (left). Berries stimulus contained
poor information regarding the gravitational direction
(right). (b)Visual stimulus was presented with a short bar
and on a black disk (center of the figure).Subjects aligned
the bar to the direction of perceived gravity in each trial as
the task. In the control condition, the response bar was
presented without the surrounding picture to subjects.
序は身体の傾きが,
「左 15°
,正立,正立,左 15°
」または
「正立,左 15°
,左 15°
,正立」のどちらかであった.1ブ
ロックに要した時間は被験者間での差はあったものの,お
おむね 20∼30 であった.被験者は 9名で,全員裸眼視
力または矯正視力正常であり,前
系の疾病経験がないこ
とを各人に確認した.
2.2 実 験 結 果
Fig. 3に,被験者 SO についての結果を示す.横軸は被
験者の身体に対する視覚刺激の傾き,縦軸は被験者が応答
よぶ.もう一方の画像は樹木の葉と実の部
を写したもの
した重力方向である.横軸,縦軸ともに時計回りを正の方
で,光源情報や枝の伸びる方向など大まかな上下方向の情
向とした.また,太線で示した水平線は,統制条件の結果
報を含むものの,画像中において上下方向がはっきりとは
を示している.左のグラフは身体が正立している条件,右
わからない.この刺激を「Berries」とよぶ.この「Build-
のグラフは左に 15°傾いている条件の結果を示し,シンボ
ings」と「Berries」は,予備実験において全部で 6種類
ルの違いは視覚刺激の条件の違いである.
の画像をロール方向に回転させたものを呈示し,画像中の
Fig. 4に,身体が左 15°に傾いた条件での統制条件の結
上下方向を応答させた結果,応答の 散の値がそれぞれ最
果を示す.実際の重力方向を原点とし,正の方向は実際の
小および最大となったものを選択した.
傾き (15°
)より身体軸の水平方向寄りに応答したことを示
各試行において,これらの画像を,被験者の身体に対し
し,負の方向は身体軸の垂直方向寄りに応答したことを示
て 時 計 回 り に−30,−25,−20,−15,−10,−5,0,5,
す.多くの被験者において,統制条件において知覚された
10,15,20,25,30,35,40,45°の 16種 類 の い ず れ か
重力方向は実際の重力方向と有意に異なっていたが,身体
に傾けて呈示した.画像の中心には直径 7°の黒い円形部
の傾きを過大評価した被験者と過小評価した被験者が混在
があり,その中心に応答用刺激を呈示した (Fig. 2).こ
し,被験者間で一貫した傾向はみられなかった.しかし,
の刺激は,長さ約 2.5°の線
であった.被験者はテンキ
実験 1と実験 2 (後述するが統制条件の実験条件は実験 1
ーを用いてこれを回転させて,知覚される重力方向を応答
と全く同一であった) の両方に参加した被験者についてみ
した.回転の最小単位は 1°であった.被験者に呈示され
ると,被験者内で一貫した傾向を示していることから,被
る線
の傾きの初期値は試行ごとにランダムであり,ま
験者間での応答のばらつきは測定方法の問題ではなく被験
た,線 にはアンチエイリアス処理を施したため,滑らか
者の個人差によるものだと えられる.身体の傾きを過小
な直線に知覚された.
評価した被験者においては E-effect の効果はみられなか
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光
学
Fig. 3 Result of experiment 1for subject SO.Symbol indicates the condition of visual stimulus.
The horizontal thick line shows the result of control condition in which no visual stimuli was
presented. The left and right panels show the results of upright and tilted body orientation
conditions, respectively. Error bar shows standard error of the mean.
きの変化によって知覚された重力方向が変化した.変化の
方向は,画像を呈示していない場合に比べて,呈示した画
像の示す下向きの方向に近づいた.変化の大きさは,画像
の傾きが±10∼20°の範囲では画像の傾きの増大とともに
大きくなっていったが,画像の傾きがそれ以上大きくなる
と視覚刺激の影響が減少し,視覚刺激を呈示していない場
合の重力方向知覚に近づく傾向がみられた.この傾向は,
Fig. 4 Results of the control condition in experiment 1and
2 for each subject. Vertical axis shows perceived gravitational direction (clockwise).Signed positive when body tilt
is over-estimated.Black bar shows results for experiment 1
and hatched bar shows results for experiment 2. Error bar
shows standard deviation within each subject. Asterisk
indicates that the value is significantly different from 0.
Subject SO and NM didn t conduct experiment 2 and AM
didn t do experiment 1.
身体の傾きがある場合と正立の場合のどちらでもみられた
が,身体が傾いている条件においてより顕著であった.以
上のような傾向は,統計的にも確かめられた.身体が正立
した条件と身体が左 15°に傾いた条件それぞれについて視
覚刺激の種類 (2条件) と傾き (16条件) の 2要因で 散
析を行ったところ,両条件ともに視覚刺激の傾きの主効
果 (身体の傾きなし:F (15,120)=1.601, p<0.01,身体
ったことになる.触覚での応 答 を 用 い た 実 験 で は,E-
の傾きあり:F (15,120)=15.80, p<0.001)と,視覚刺激
effect は全く観測されないという報告もあるが ,今回の
の種類と視覚刺激の傾きの
実験はこれには該当せず,半数以上もの被験者において
F (15,120)=2.598,p<0.001,身体の傾きあり:F (15,120)=
E-effect が観測されなかった理由ははっきりしない.
25.72, p<0.001) があり,Buildings の画像による単純主
互作用 (身体の傾きなし:
重力方向と視覚刺激の示す方向の差が重力方向知覚に与
効果があったが,両条件ともに視覚刺激の種類による主効
える変化の大きさをみるために,Fig. 3のグラフを,横軸
果はみられなかった.方向情報の弱い画像 (Berries)条件
の原点 (0)を外界座標系での重力方向に,縦軸の原点 (0)
については,身体の傾きの有無にかかわらず,視覚刺激の
を統制条件の結果の値とすることで,横軸で視覚情報と視
方向による重力知覚への明確な影響はみられなかった.
覚外情報の矛盾の大きさを,縦軸で視覚情報が重力方向知
2.3
察
覚に与えた影響を直接示すように改め,全被験者の平 デ
実験結果から,視覚情報が重力方向知覚に影響している
ータをプロットしたものが Fig. 5である.Fig. 5の上 2つ
ことがわかった.また,方向情報の強い画像と弱い画像の
のグラフは Berries 条件,下 2つのグラフは Buildings 条
2つの結果を比較すると,当然ながら,視覚情報がもって
件の結果で,左側が身体が正立した条件,右側が身体を左
いる方向情報が強いほど,重力方向知覚における視覚情報
に 15°傾けた条件になっている.グラフは全被験者の応答
の影響が強くなる傾向がみられた.しかし,今回の Berries
の平
を示しており,誤差棒は被験者間の標準誤差を示
条件では視覚刺激の影響が全くみられなかったため,視覚
す.方向情報の強い画像 (Buildings)条件では,画像の傾
刺激のもつ方向情報が大きくなるに従って重力方向知覚へ
38巻 5号(2 09)
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Fig. 5 Averaged results of experiment 1 across all subjects. Results of visual stimuli Berries
(upper) and Buildings (bottom). Horizontal axis indicates the tilt of visual stimuli against real
gravitational direction, and vertical axis indicates the difference of subjects responses relative to
the control conditions (no visual stimulus presented).Error bars show standard error of the mean.
の影響も大きくなっていくのか,それとも二値的に閾値以
3. 実
験
2
上の方向情報をもつ視覚刺激の影響は一定なのかといった
実験 1では,異なった 2種類の画像を視覚刺激として用
ことは,実験 1の結果からは明らかではない.このことに
いることで視覚刺激に含まれる方向に関する情報の強さを
ついては,実験 2において段階的に情報量を変化させた視
制御して実験を行った.その結果,一方では視覚刺激の方
覚刺激を用いることで調べた.
向によって重力方向知覚に変化がみられ,他方では視覚刺
また,視覚刺激が実際の重力方向から 10∼20°程度傾い
激による変化はみられなかった.この結果は,視覚刺激中
た条件で最も大きな変化がみられ,視覚刺激の傾きをそれ
の方向情報の強さに応じて,視覚刺激が重力方向知覚に与
以上大きくしていっても増加し続けることはなく,むしろ
える影響の強さが変化していることを示すと
減衰する傾向がみられた.もしも重力方向知覚に関する情
できる.しかし,この変化が視覚刺激のもつ方向情報の強
報統合が各情報のベクトル足し合わせで表せる場合には,
さに対して段階的に大きくなっているのか,それともある
視覚刺激の傾きが 90°のときに重力方向の変化量は最大値
閾値を境にして一定の変化が発生するのかは明らかではな
をとり,また単純な角度の重み付け線形足し合わせであっ
かった.そこで,実験 2ではその情報の強さを段階的に変
た場合には,視覚刺激の傾きと重力方向知覚の変化量が正
化させることで,視覚刺激中の方向情報の強さの増加に伴
比例するはずである.しかし,視覚情報と視覚外情報の統
う,視覚刺激の重力方向知覚への影響の大きさを調べた.
合の性質を示すと えられる今回のデータは,上記のいず
ここでは,ガウス型のブラーフィルターを用い,ブラーの
れの説でも説明することができない.
大きさによって視覚刺激中の方向情報の強さを段階的に制
視覚刺激の傾きがさらに大きい場合の知覚を調べるため
に,Buildings の画像において,画像の傾きを拡張して補
足 実 験 を 行 っ た.補 足 実 験 で は,−150,−120,−90,
えることが
御した.
3.1 実 験 方 法
実験装置,刺激形状など以下に記述する点以外に関して
−60,−30,0,30,60,90,120,150,180°の 12条件 の
は実験 1と基本的に同様であった.
画像の傾きを用いた.実験手順は実験 1と同様で,被験者
3.1.1 視 覚 刺 激
は 3名であった.結果として,
±10∼20°
付近にみられたよ
実験 1と同様に,視覚刺激である風景画像と応答刺激を
うなピークは他の傾きでは観察されず,このことから,知
呈示した.ただしここでは,実験 1で用いた方向情報の強
覚された重力方向の変化は±30°以内の限られた傾きにお
い画像 (Buildings)に,ガウスフィルターをかけてぼかし
いてのみみられると
たものを用いた.ガウスフィルターの σの値は,3種類
270 (46 )
えることができる.
光
学
Fig. 6 Visual stimuli used in the experiment 2. Sharp stimulus was identical to Building
stimulus used in the experiment 1(left). Moderate (center) and Blurred (right) stimuli
were made by applying a Gaussian low-pass filter to the Sharp stimulus. The variances of
the Gaussian filters for Moderate and Blurred stimuli were 20and 120pixels,respectively.
Fig. 7 Averaged results of experiment 2across all subjects.The thickness of the line indicates the
condition of visual stimulus:Sharp (thick),Moderate (middle)and Blurred (thin).Horizontal axis
shows the tilt of visual stimuli relative to the real gravitational direction, and vertical axis shows
the subjects responses for each condition of visual tilt relative to that for the control condition.
Error bars indicate the standard error of the means among 8 subjects.
(0,20,120pixel) を用いた.σの値が小さいものから
左 15°
,左 15°
,正立」の順序で 2ブロックずつ行った.1
Sharp , Moderate , Blurred とした (Fig. 6).刺激
ブロックの試行に要した時間は,実験 1と同じく 20∼30
のサイズは実験 1と同様であった.
視覚刺激の傾きは,被験者の身体に対して−25,−20,
−15,−10,−5,0,5,10,15,20,25°の 11条 件 で あ
った.また,実験 1と同様に,応答刺激のみを呈示する統
程度であった.各試行内での実験手順は実験 1と同様で
あった.
3.2 実験結果・ 察
Fig. 7に実験結果を示す.図の横軸と縦軸は Fig. 5と同
制条件を行った.
様で,それぞれ実際の重力軸に対する視覚刺激の傾き,被
3.1.2 実 験 手 順
験者が応答した重力方向であり,横軸,縦軸ともに時計回
被験者は 8名で,全員裸眼視力または矯正視力正常であ
りを正の方向とした.左のグラフは身体が正立した条件,
り,前 系の疾患がないことを各人に確認した.8名のう
右のグラフは左 15°の傾きのある条件の結果を示し,実線
ち 7名は実験 1にも参加していた.1つのブロックでは視
の太さの違いは刺激画像にかけたガウスフィルターの σ
覚刺激の種類が 3条件,視覚刺激の傾きが 11条件の合計
の値の大きさの違いを示す.
33条件をそれぞれ 3回ずつの 99試行に,統制条件を 6試
被験者の身体を左 15°に傾けた条件では,ぼかしのない
行加えた合計 105試行をランダムな順序で行った.身体の
刺激 (Sharp) については,実験 1の Buildings と同様に
傾きが正立した条件と左に 15°傾いた条件それぞれに対し
視覚刺激の傾きによって知覚される重力方向も変化した
て,4名の被験者は身体の傾きが「左 15°
,正立,正立,
が,強いぼかしが付加された刺激 (Blurred) については,
左 15°
,左 15°
,正 立」ま た は「正 立,左 15°
,左 15°
,正
実験 1の Berries と同じように視覚刺激の傾きによる重力
立,左 15°
,正立」の順序で 3ブロックずつ,残りの 4名
方向知覚の変化はみられなかった.弱いぼかしが付加され
の被験者は「左 15°
,正立,正立,左 15°
」または「正立,
た刺激 (Moderate) の条件では,変化は小さいながらも
38巻 5号(2 09)
271 (47 )
Sharp と同様の傾向がみられた.
次に,視覚情報の影響力はその情報の強さのみで決定さ
被験者の身体が正立した条件では,視覚刺激による重力
れるものではなく,画像の傾きと実際の重力方向の関係に
方向知覚への影響は身体が傾いている条件に比べて小さか
よって変化する.このことは,実験 1と実験 2の結果に対
った.この傾向は実験 1と同様であった.また,Sharp 条
して行った
件の刺激においてのみ視覚刺激による重力方向知覚の変化
の種類の
がみられ,Moderate 条件,Blurred 条件とフィルターの
る.知覚における情報統合においてしばしば用いられる
σの値の大きさの増大とともに変化量は小さくなった.実
maximum-likelihood-estimation (MLE) では,おのおの
験 1と同様に,それぞれの身体の傾きの条件に対して視覚
の情報の信頼性が統合過程における各情報の寄与率を決定
刺激の種類 (3条件) と傾き (11条件) で
しているとされるが
散 析を行っ
散 析において,視覚刺激の傾きと視覚刺激
互作用が有意であったことからも裏づけられ
,今回の実験結果をこの MLE に
たところ,視覚刺激の傾きの主効果 (身体の傾きなし:
当てはめて解釈すると,画像の傾きが実際の重力方向に対
(F (10,70)=7.088,p<0.001,身体の傾きあり:F (10,70)=
して十 に小さいときは,視覚外情報による重力方向と視
13.19, p<0.001) と,視覚刺激の種類と傾きの
互作用
覚情報が示す重力方向の差が少ないので,視覚情報の信頼
(身体の傾きなし:F (20,140)=3.417, p<0.001,身体の
性は高くなると判断され,結果として知覚される重力方向
傾きあり:F (20,140)=4.353,p<0.001)がみられ,Sharp
は画像の示す重力方向に近づくと
と Moderate の条件において刺激の傾きの単純主効果があ
の傾きがある程度の大きさの範囲においては,画像の傾き
った.両条件ともに,視覚刺激の種類による主効果はみら
の増加に伴って知覚される重力方向の変化も大きくなる一
れなかった.
方,画像の傾きと実際の重力方向があまりにもかけ離れて
えられる.また,画像
身体の傾きの有無による視覚刺激の影響の違いを明確に
いる場合には,視覚情報は実世界の重力方向を反映してい
するため,実験 2の結果に対して被験者の身体に対する視
ない“画像”であり,重力方向の情報として適切ではない
覚刺激の傾き (11条件)と,視覚刺激の種類 (3条件),身
と判断されて情報の強さが低下すると
体の傾きの有無 (2条件) の 3要因で
析を行ったと
て,視覚刺激に含まれる方向情報の強さは,視覚系以外の
ころ,被験者の身体の傾きの主効果はみられなかったが,
重力方向の情報との関係によって決定されていると えら
身体の傾きと視覚刺激の傾きの
互作用 (F (10,70)=
れる.これは,今回の実験結果で,同じ傾きをもつ視覚刺
3.741,p<0.001)と,さらに視覚刺激の種類を加えた 3つ
激を呈示した場合でも身体の傾きの有無によって結果が異
の要因の
互作用 (F (20,140)=1.467, p<0.001) は有意
なったことから推測される.例えば,今回の実験では,正
であったことから,統計的にも身体の傾きの違いにより視
立していた条件よりも身体が傾いていた条件のほうが視覚
覚刺激の影響力が変化することが確認できた.また,Fig.7
刺激の影響を強く受ける結果になった.これは,われわれ
をみると,Moderate 条件の結果がおおむね Sharp 条件と
は普段多くの場面で正立した状態にあり,受動的に身体を
Blurred 条件の間の値になっていることから,視覚刺激中
傾けられるといった状況は稀であるので,身体が傾いてい
の方向情報の強さの変化に応じて視覚刺激が重力情報に及
た条件では身体が傾いているということはわかっていて
ぼす影響の大きさが段階的に変化していたと えられる.
も,傾きの量については曖昧になり,前 系や体性感覚系
すなわち,実験 2のようにガウスフィルターを用いて画像
など視覚系以外の情報の信頼性が小さくなり,結果として
中の方向情報を曖昧にした場合も,実験 1のように画像そ
視覚情報の影響が相対的に大きくなったためではないだろ
のものを変えて方向情報の量を変化させた場合と同様に,
うか.また,今回の実験では,被験者は受動的に身体の傾
視覚刺激がもつ方向情報が強いほど重力方向知覚に与える
きを受けたが,身体を能動的に傾けた場合は,受動的に傾
影響が大きいという同様の結果になった.
けた場合に比べて傾きの知覚が正確になる ので,視覚刺
散
えられる.そし
激が重力方向知覚に与える効果は小さくなることが予想さ
4.
合
察
れる.M LE においては,信頼性はおのおのの情報を単体
実験の結果から,視覚情報と身体の傾きに関する視覚外
で呈示した場合の知覚の 散の関数となっているので,今
情報の統合において,以下のような特性があると えられ
後これらの仮説を検証するために,各情報にノイズを加え
る.まず,視覚情報の影響力は,その視覚情報がもつ情報
て (視覚情報であれば画像にノイズを,体性感覚情報であ
の強さに依存する.これは視覚刺激が Buildings や Sharp
れば振動等)信頼性を制御した実験を行う必要がある.
条件で,Berries や M oderate,Blurred 条件よりも大きな
変化がみられたことと一致する.
272 (48 )
統制条件,すなわち視覚刺激が呈示されない条件下で
は,重力方向知覚に被験者間で一貫した傾向がみられなか
光
学
った (Fig. 4)が,Fig. 5や Fig. 7(身体が傾いたことによ
として用いられなくなるということを示唆している.これ
りバイアスが除去されている) においてグラフが原点につ
らの結果から,重力方向知覚における情報統合では,シー
いて点対称の形状を示していることから,視覚刺激による
ンの状況に応じて各情報の知覚に対する影響力が決定され
重力方向知覚の変化はこのバイアスされた方向を基準に変
ていると えられる.
化していることがわかる.つまり,これらのグラフは,線
形足し合わせやベクトル足し合わせ等のモデルでは説明す
ることのできない重力方向知覚における情報統合独特の特
性を反映していると
えられる.また.身体が傾いたこと
によるバイアスは視覚刺激によらずに存在し,知覚される
重力方向は身体が傾いたことによるバイアスと視覚刺激に
よる変化
を単純に足し合わせたものによって決定される
と えられる.
本文中で用いてきた「方向情報の強さ」というものに関
して,次のように
える.実験 1での Buildings 条件と
Berries 条件の結果の違いは,線
の垂直/水平成
との
対比効果によるものである可能性もあるし,実験 2で行っ
たようなフィルターによる画像の空間周波数のスペクトル
の変化,ほかにも今回の実験では制御しなかったが視覚刺
激の大きさや視距離,明るさや色などさまざまな要素が重
力方向知覚に影響する可能性が
えられる.また,画像を
風景としてとらえた場合の上下方向といったような,もっ
と高次な認知的なレベルでの情報量の違いが えられる.
視覚刺激が重力方向の情報となるためには,視覚刺激が外
界を反映しているという仮定が必要なので,これらの要素
によって視覚刺激のリアリティーが変化すると えられる
からである.視覚刺激中のどの要素が重力方向知覚に影響
しているのかについては,今回の研究の範囲を超えるが,
非常に興味深い問題であり,今後の重要な課題となる.
5. ま
と
め
本研究では,被験者の身体の傾きと,重力方向の情報を
含む視覚刺激の傾きを変化させ,重力方向知覚を測定し
た.その結果,重力方向知覚は視覚刺激の影響を受けた
が,身体を傾けた条件ではより大きな視覚刺激の効果がみ
られた.また,視覚刺激中の方向情報の量を変化させたと
ころ,視覚刺激による重力方向知覚は視覚刺激中の方向情
報の強さによって連続的に変化した.また,重力知覚の変
化は視覚刺激の傾きの変化に対して単調増加ではなく,一
度増大した後に 10∼20°付近をピークにして減衰する傾向
がみられた.これは,視覚刺激の傾き量が小さいときに
は,視覚情報が重力方向を反映していると判断されて方向
情報として用いられるが,傾き量が大きくなると,視覚情
報が重力方向を反映しているとは解釈されずに,方向情報
38巻 5号(2 09)
文
献
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