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第 2 章 企業内容開示制度

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第 2 章 企業内容開示制度
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第
2章
企業内容開示制度
2.1 企業内容開示の仕組み
企業分析の出発点は、企業が公開する情報の入手から始まります。社会が課した規制の
もとで、企業に対して財務諸表などの情報を公表させる仕組みを、企業内容開示(disclosure)
制度といいます。もっとも、すべての企業が広く一般に向けて同じように情報を公開して
いるわけではありません。企業内容開示制度は、とりわけ、社会に影響力の大きい企業や
公共性の高い企業に対して、高い水準の情報開示を求める仕組みになっています。
たとえば、従業員が数名しか働いていない個人商店のような小さい企業と、従業員が何
十万人もいて株主が何百万人もいるような社会に大きな影響力をもつ企業とがあったとき、
これらに同じ水準の情報開示を求めると、一方では情報作成にかかる費用などの負担が大
きくなり、他方では社会に必要な情報開示が不十分になる、といった問題が生じます。こ
の点を踏まえて、現在では企業の規模や特性の違いに合わせた開示制度になっています。
株式会社を対象とした開示制度は、金融商品取引法と会社法という2つの法律によって規
定されています。金融商品取引法は、株式会社のうち、有価証券(株式や社債)を一般に
向けた市場で売り出している会社を規制の対象としています。他方、会社法は、すべての
株式会社を対象とする法律です。
また、株式会社以外の企業は、それぞれの設立の根拠となる個別の法令によって情報開
示が規定されています。たとえば、公立大学法人であれば、地方独立行政法人法や学校教
育法の中に情報開示に関する規定があり、病院であれば医療法の中に情報開示に関する規
定があります。もっともそれらの株式会社以外の企業の場合でも、証券市場において公債
や学校債を発行するなどの手段を通じて資金調達を行う場合は、金融商品取引法の対象と
して情報開示が求められることになります。
2.2 金融商品取引法における開示
金融商品取引法は、投資家保護を目的として、株式や債券、先物などの金融商品の取引
を規制している法律です。
有価証券は、多数の参加者が集まって売買する市場である証券取引所(stock exchange、
金融商品取引所)に売り出され、投資家によって売買されます。証券取引所でこれらを売
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企業内容開示制度
り出している会社のことを、上場会社(listed company)と呼びます。日本で最も上場企業数
が多く、売買金額と売買高が大きな株式市場は東京証券取引所(東証)です。東証の上場
企業数は、3,419社(2014年3月末)、年間の売買代金は707兆6,180億円(2013年度)です。
株式会社は、会社を支配する権利である株式を発行することで社会から幅広く資金を集
め、その集めた資金を活用して自らの事業活動を拡大させるという仕組みを有しています。
株式会社は、自らの必要に応じて素早く世の中全体から巨額の資金を調達することが可能
な存在であり、今日の世界において、経済活動を担う主体として中心的な役割を担ってい
ます。
株式会社は、上場すると金融商品取引法の規制を受けることになります。金融商品取引
法は上場会社に対して、株式という商品の発行者として、株式に関する情報を投資家に向
けて開示することを求めています。たとえば、私たち消費者は、購入しようとする商品の
良し悪しを判断するために、製造年月日、賞味期限、生産地、カロリー、トランス脂肪酸
の含有量など、商品の品質についての情報開示を求めます。同様に、投資家が株式という
金融商品の良し悪しを判断するためには、株式を発行している会社の品質を明らかにする
ための情報開示を必要とします。この品質に関する情報を伝達する手段が企業内容開示制
度です。このように、金融商品取引法は、 株式会社それ自体の品質”を投資家に提供するた
めの情報源として、企業内容開示制度を位置付けています。
さらに上場会社に対しては、金融商品取引法の条文だけではなく、金融庁などの規制当
局が各種規制を通じて企業内容の開示の充実を求めています。この種の規制の1つとして金
融庁の「企業内容等の開示に関する内閣府令」があります。そこでは、たとえば経営者個
人への報酬金額の開示や新株発行によって調達した資金の使途など、従来は開示されてい
なかった情報が新たに開示されるようになるなど、情報の量も質も拡充されつつあります。
また、実際に有価証券を売り出す市場である証券取引所も、法律で規定されている以上
に様々な自主規制を通じて、企業内容の開示の充実を求めています。これらの規制が求め
られるのは、市場の秩序と機能を守るために、そこに参加する投資家への情報の開示が何
よりも重要であると考えているからです。
なお、金融商品取引法の適用会社は、独立した立場の公認会計士により財務諸表の監査
を受ける必要があります。公認会計士による財務諸表監査を受けていないとその会社は上
場廃止となり、証券取引所から退場させられます。また、情報開示に際して虚偽の情報な
どを提供すると犯罪として法に基づく罰則や、株価の下落や信用の失墜などを通じた社会
的制裁を受けることになります。
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2.3 会社法における開示
会社法は、すべての会社を規制する法律としての役割から、すべての会社に対して、計
算書類(会社法は、財務諸表のことを「計算書類」と呼びます)の作成と社会に向けての
情報開示を求めています。株式会社は年に1度、株主総会を開催し、そこで株主に決算を報
告します。総会終了後には、株主に承認された決算の内容を一般に向けて、新聞やwebなど
に計算書類を掲載し開示することになっています。これを決算公告といいます。
会社法では、会社の規模に応じて公表される計算書類にも違いがあり、社会への影響が
大きい会社ほど、情報開示にかかる規制が強化されています。そのために、会社法は、す
べての会社のうち、資本金5億円以上もしくは負債200億円以上の会社を大会社に分類します。
それ以外の会社は中小会社に分類されます。大会社に分類される会社については、公認会
計士による計算書類の監査(会社法では「会計監査人監査」と呼ばれます)が求められて
います。したがって、中小会社において提供される情報よりも信頼性が高い情報が社会に
向けて開示されます。なお、株式会社のうち、株式を上場している会社のことを会社法で
は公開会社(public company)と呼んでおり、金融商品取引法に基づく情報開示が行われて
いる場合には、会社法における情報開示を不要としている項目もあります。
なお、近年の金融商品取引法と会社法は、情報開示に関する要求について考え方が収斂
するようになってきており、これらの2つの法律の重なる部分を1つにまとめて整理しようと
する構想(「公開会社法」案)も議論されています。
2.4 開示される財務諸表の種類
企業内容開示制度において、企業に関する主たる情報源となるのが財務諸表です。現在
の企業内容開示制度の下で開示されている財務諸表には、貸借対照表、損益計算書、キャ
ッシュ・フロー計算書、株主資本等変動計算書の4つの種類があります。
貸借対照表は、ある時点における企業の財務状態を表す計算書です。損益計算書は、あ
る期間における業績を表す計算書です。株主資本等変動計算書は、ある期間における資本
の変動を表す計算書です。キャッシュ・フロー計算書は、ある期間における現金の変動を
表す計算書です。財務諸表は、それぞれの情報内容を持っていますが、いずれも企業の経
済活動の全体像をそれぞれの視点から把握したものであるという特徴を持っています。こ
こで重要なのは財務諸表の日付です。財務諸表には、たとえば「12月31日」といったある特
定の一時点を対象としたものと、「1月1日から12月31日まで」といったある特定の一期間を
対象としたものの2種類があります。4つの財務諸表のうち、貸借対照表はある時点における
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企業内容開示制度
状態を表した計算書であり、損益計算書、キャッシュ・フロー計算書、そして株主資本等
変動計算書の3つは、ある特定期間における利益、現金、そして資本といった要素の動きを
表した計算書です。
なお、これらの4つの財務諸表は多くの企業において基本となる形式ですが、企業の種類
や規則の内容に応じて名称が変化する場合があります。たとえば、非営利組織(Not-for-Profit
Organization、NPO)では損益計算書のことを活動計算書と呼ぶことがあります。また、国
公立大学などの独立行政法人では損益計算書のことを正味財産増減計算書と呼んでいます。
これらは、非営利目的の企業ということで損益計算という名称を使用していませんが、そ
れらの計算書が指し示そうとしている情報内容と、ある特定の期間における動きを捉えて
いるという点は同じです。営利企業の財務諸表は、その他の形態の多くの企業においても
同じようなかたちで作成され開示されるようになってきており、財務諸表の定量的情報を
読み解くことで、株式会社以外の企業の活動の様子や意義を評価することも可能となりま
す。
2.5 連結財務諸表の開示
これらの財務諸表には、企業の範囲の違いによって、個々の企業を対象として作成され
る個別財務諸表(または、単体財務諸表)と、企業集団を対象として作成される連結財務
諸表とがあります。
“連結”とは、1つの会社について1つの財務諸表としての個別財務諸表を作成するのでは
なく、1つの企業集団について1つの財務諸表としての連結財務諸表を作成することです。親
会社の赤字や負債を子会社に移転させて業績を良く見せようとする粉飾決算などを防ぐた
めに、親と子を1つの会社とみなした連結財務諸表が作成されます。1990年代後半に様々な
新しい会計基準が導入された際に、連結財務諸表についても新しい考え方の基準が公表さ
れ、今日では個別よりも連結を重視した情報開示が行われるようになっています。
2.6 有価証券報告書
金融商品取引法の下では、株式や社債などの有価証券の 商品 の品質を示す情報として、
その会社に有価証券報告書の提出を求めています。有価証券報告書は、会社に関する数多
くの情報源のうち、企業の全体像が網羅された最も詳細な資料の1つです。
有価証券報告書は、「第1部 企業情報」と「第2部 提出会社の保証会社等の情報」、そ
して、それらに付記された「監査報告書」の3つの部分から構成されます。「第1部 企業情
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報」は、「第1 企業の概況」、「第2 事業の状況」、「第3 設備の状況」、「第4 提出会社
の状況」、「第5 経理の状況」、「第6 提出会社の株式事務の概要」、そして「第7 提出会
社の参考情報」という7つの小分類から成り立っています。このうち、財務諸表は「第5 経
理の状況」の部分に記載されており、有価証券報告書の全頁の中でも、半分以上の分量を
占める主要な情報源となっています。「第2部 提出会社の保証会社等の情報」の部分は、
その企業自身の債務について、第三者が保証人となっている場合にその情報が掲載される
箇所です。
有価証券報告書に付記されている「監査報告書」は、「第5 経理の状況」に掲げられて
いる財務諸表が持つ信頼性について、独立監査人による監査意見が表明されている文書で
す。独立監査人とは、監査を受ける被監査会社との間に利害関係を有しない外部監査人の
ことで、会社と監査契約を結んだ公認会計士や監査法人が就任します。
監査報告書では、独立監査人による財務諸表監査と内部統制監査のそれぞれについての
意見が表明されます。内部統制監査は、財務諸表作成の前提として会社内部で有効な管理
が行われているかどうかを判断するものです。有価証券報告書の第1部と第2部は、会社の経
営者が自身の責任の下で作成した情報ですが、監査報告書は会社の外部にいる第三者であ
る独立監査人が作成した情報である点が特徴です。とりわけ、何らかの事案が発生してい
る場合に独立監査人が監査報告書に書き記す注記事項は、独立監査人からの投資家一般に
向けた助言として情報価値を持つと考えられています。
このように有価証券報告書は、その企業に関する最も詳細な情報が掲載された資料であ
り、財務諸表の内容については第三者による監査の過程を経ているため、企業の外部の者
が分析を行う際に最も重要となる資料としての位置を占めています。このことは、他の分
析者の行動を予測しようとする場合にあっても、その他者が有価証券報告書に基づいた行
動が取る可能性が高いということを意味します。
2.7 四半期報告書
有価証券報告書は年に1度、決算の3か月後頃に公表されます。財務諸表が作成される期
間のことを、会計期間(fiscal year、FY)と呼びます。伝統的に用いられてきた会計期間は1
年です。日本の場合では、4月1日から翌3月31日にかかる365日間が、会計期間として広く用
いられています。他方、近年では、1年ではなく6か月分の情報を提供する半期報告書(また
は中間財務諸表)や、3か月分の情報を提供する四半期報告書(または四半期財務諸表)の
公表も行なわれています。
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2.8 決算短信
上場会社は、有価証券報告書や四半期報告書の他に、証券取引所の要請に応じて決算短
信を公表しています。決算短信は、決算の内容を迅速に投資家に開示する速報としての意
味を持つ文書です。決算短信は、決算日の後、30∼45日以内のうちに公表されます。したが
って、3月31日が決算日となる会社の業績は、4月下旬から5月中旬にかけて徐々に明らかに
なり、報道等でも決算の内容が取り上げられていくようになります。
なお、決算短信には、財務諸表そのものに加えて、経営者による業績予想が掲載されて
いる点が特徴です。この業績予想は、経営者が企業の将来の見通しを示したものとして、
株価の評価にあたって重要な情報源となります。
2.9 EDINETおよびIR活動を通じた情報の入手
現在では、多くの企業が公表している財務諸表は、webを通じて入手することできます。
とりわけ、上場会社の有価証券報告書は、金融庁が運営する「投資家のための電子開示ネ
ットワーク」(EDINET)というwebsiteで公開されており、各企業が開示した情報を無料で
入手することができます。また、近年では、情報開示が企業と社会との意思疎通の重要な
手段として位置付けられるようになっており、企業のweb site上に「IR」(investor relations)
や「投資家の皆様へ」といった頁を設けて、過去の財務諸表や業績の推移に関する情報提
供が行われています。企業が投資家に向けて情報を開示する活動をIR活動と呼ぶことがあ
ります。この活動は、自社の製品に関する情報を消費者に向けて開示するPR(public relations)
活動と並んで、企業と社会との間を繋げる媒介手段となっています。
また、従来の電子開示はPDF形式による提供が中心でしたが、近年では、分析者による
二次的加工がしやすいように、財務報告専用の言語であるXBRL形式を用いた提供も広まっ
ています。
企業に関する情報は、企業内容開示制度を通して提供される情報に限られません。それ
以外にも、企業に関する情報はたくさんあります。たとえば、新聞やTVの報道、経済雑誌
の記事、講演会や著作での経営者による発言内容、広告、研究者が企業分析を行った論文、
企業の関係者による内部告発の資料、官公庁の統計資料など多数の情報源が存在します。
企業の分析を行う際には、関心に応じてこれらの情報を収集し、吟味する必要があります。
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