...

β 遮断薬内服中のため治療に難渋した造影剤アナフィラキシー ショック

by user

on
Category: Documents
22

views

Report

Comments

Transcript

β 遮断薬内服中のため治療に難渋した造影剤アナフィラキシー ショック
仙台市立病院医誌
索引用語
β 遮断薬
アナフィラキシーショック治療
グルカゴン
35, 62-65, 2015
症例報告
β 遮断薬内服中のため治療に難渋した造影剤アナフィラキシー
ショックによる心肺停止に対してグルカゴン投与で
救命できた 1 例
井 筒 琢 磨,中 川 孝,小 松 寿 里
佐 藤 英 二,佐 藤 弘 和,山 科 順 裕
三 引 義 明,石 田 明 彦,八 木 哲 夫
はじめに
β 遮断薬と造影剤は今日の循環器診療に必須の
下で SpO2 90 % と酸素化不良を認めたため,肺
血栓塞栓症を疑い造影 CT を施行した.造影剤注
入後に嘔気を訴え,徐々に意識レベルが低下し,
ものである.造影剤によるアナフィラキシーは比
心肺停止状態になった.蘇生処置を施行し,約
較的稀であるが,生命にかかわる重篤な合併症で
20 分後に自己心拍が再開したが,ショックと意
ある.β 遮断薬内服下ではアナフィラキシーその
識障害が遷延したため,蘇生後全身状態管理を目
ものが重篤化するという報告があり,さらにアナ
的に当院に救急搬送された.
フィラキシーショックに対する第一選択薬のアド
レナリンは β 遮断薬内服下でその効果が減弱する
【心停止前後の経過】
15 : 48 造影剤静脈注射開始
とも言われている .β 遮断薬内服中の患者が造
: 49 気分不快感出現,意識レベル低下
影剤によるアナフィラキシーショックのため心肺
: 50 動脈触知不能 PEA CPR 開始
停止となり,救命治療に難渋した症例を経験した
: 55 気管内挿管
ので,若干の考察を加えて報告する.
16 : 00 アドレナリン 1 mg×3 回 硫酸アトロ
1)
症 例
ピン 1 mg iv
: 10 自己心拍再開 心肺停止時間約 20 分
患者 : 70 歳 女性
: 16 血圧測定不能 アドレナリン 0.5 mg
主訴 : 心肺停止蘇生後意識障害
喫煙歴 : 20 本×50 年
iv,メイロン 250 ml
: 48 ショックが遷延しドパミン 30 γ,ノル
アドレナリン 0.1 γ 開始
内服薬 : ビソプロロール 2.5 mg(β 遮断薬)
,
17 : 55 救急搬送 当院到着
既往歴 : 関節リウマチ 発作性心房細動
アムロジピン 5 mg,ジゴキシン 0.125 mg,プレ
入院時現症 : JCS III-200(痛み刺激で除脳硬直
ドニゾロン 5 mg,カルボシステイン 250 mg,メ
位),血圧 56/32 mmHg,心拍数 110 bpm 心房細動,
ロキシカム 10 mg
SpO2 93%(挿管中),体温(腋窩)35.1°C,両側
アレルギー歴 : なし
現病歴 : 平成 26 年 5 月,転倒後に歩行困難と
なり,恥骨骨折の診断で前医に入院した.入院中
に呼吸困難感の訴えあり,鼻カヌラ酸素 3L 投与
瞳孔散大 両側対光反射なし
検査所見 :【血液検査】表 1 の通りである.
【12 誘導心電図】心拍数 110 心房細動 明らかな
ST-T 変化はなかった.
【心臓超音波検査】
LVEF 81.8% で asynergy なく,
仙台市立病院循環器内科
弁膜症,IVC 虚脱はなかった.呼吸性変動を認め
63
るアナフィラキシーショックと診断し,デカドロ
表 1. 入院時検査成績
白血球
22,000 /μl
Na
137 mEq/L
ン 6.6 mg,クロルフェニラミン 10 mg,ファモチ
赤血球
428 万/μl
K
5.3 mEq/L
ジン 20 mg の iv を追加した.血圧が上昇するも,
Hb
8.1 g/dl
Cl
102 mEq/L
意識状態の改善が見られないため,集中治療室へ
血小板
39.5 万/μl
AST
22 U/L
総蛋白
4.1 g/dl
ALT
12 U/L
アルブミン
1.5 g/dl
T-Bil
γ-GTP
0.3 mg/dl
BUN
22 mg/dl
Cre
0.16 mg/dl
CRP
CK
121 U/L
D-dimer
入室し低体温療法を導入した(図 1)
.
ICU に入室し,目標体温 35°C の低体温療法開
18 U/L
始したところで再度血圧が低下した.大量補液と
2.4 mg/dl
131.3 μg/mL
mmHg を保てなかった.β 遮断薬内服中のために
カテコラミン増量を行っても収縮期血圧が 80
アドレナリン抵抗性を呈している可能性を考え,
グルカゴン 1 mg を 2 回投与した.その後徐々に
た.
【CT】脳皮髄境界が不明瞭な箇所を認めた.両
血圧は上昇した.第 2 病日にはショックを離脱し,
側の胸水・腹水著明で,下肺野の虚脱を認めた.
カテコラミンを漸減中止した.48 時間で 35°C の
肺に気腫性変化が見られたが,前医での造影 CT
軽度低体温療法を終了とし,第 4 病日には開眼し
では肺塞栓症を認めなかった.
従命を認めた.第 7 病日には人工呼吸器を離脱し
入院経過 : 当院来院時も意識レベルは変わら
た.
しかしその後,基礎疾患である慢性気管支炎・
ず,ショックバイタルが遷延していたため,アド
レナリン 0.2 mg iv に加え 0.02 γ で持続投与開始
COPD に人工呼吸器関連肺炎を併発した.さらに
したところで血圧上昇傾向を示した.
蘇生処置施行の際の多発肋骨骨折により呼吸状態
検査所見,臨床経過から造影剤アレルギーによ
が不安定となり,ふたたび長期の人工呼吸管理を
図 1. 入院後の治療経過
64
要した.第 28 病日に ICU 退出し,長期のリハビ
のうち,H2-blocker は β 遮断薬のクリアランスを
リを要したが,神経学的後遺症なく第 103 病日に
低下させ効果を延長させるため,β 遮断薬内服患
独歩退院した.
者では使用を推奨しないとの報告もある1,2).
β 遮断服用中の患者のアナフィラキシーショッ
考 察
クに対して,グルカゴン投与(表 3)が有効であ
を改善することが知られており,循環器領域を中
ると報告されている3,4).アドレナリン投与による
β 刺激は,心臓の陽性変力および陽性変時作用を
心に広く使用されている.その一方で,β 遮断薬
有する cAMP 放出をさせる.グルカゴンは β 受
の副作用とは別に,他の治療に対する悪影響の存
容体を介さずに心筋の cAMP 濃度を上昇させる
在も示唆されている.そのひとつがアナフィラキ
作用を有するため,β 遮断薬の影響を受けない.
シーショック治療への影響である.
本例においてはグルカゴン 1 mg 2 回の投与で血
β 遮断薬は心不全や心筋梗塞の患者の生命予後
アナフィラキシーの治療に対する第一選択薬は
圧の上昇が得られた.ただし,グルカゴンの急速
アドレナリンである.しかし β 遮断薬内服下では
な投与は嘔吐を誘発するため,意識障害患者では
アドレナリンの効果が減弱し,推奨投与量の 2 ∼
側臥位での投与が重要で,気道の安全性を確保し
5 倍量が必要であると報告されている1).本例で
ておく必要がある1).日本のアナフィラキシーガ
もカテコラミンの増量にも関わらず,血圧の上昇
が見られなかった.さらに β 遮断薬内服患者は,
イドラインではグルカゴンについて「β 遮断薬を
アナフィラキシーショックそのもののリスクが高
まるとされている(表 2)
.β 刺激はヒスタミン
るのみで,推奨度等は記載されていない5).また,
β 遮断薬内服中の患者のアナフィラキシーショッ
などのケミカルメディエーターを抑え込む作用が
クに対するグルカゴンの有効性を検討した大規模
ある.β 遮断薬を服用することによって,その作
研究は存在せず,有効性を示唆する症例報告が散
用が遮断され,アナフィラキシーがより誘発され
見されているのみである2,3) ので,慎重に使用す
やすい状態となる.更にアナフィラキシーショッ
る必要がある.
服用中の場合必要となる場合がある」と記載があ
クとなった場合,アドレナリン投与によるカテコ
ラミン刺激が α 刺激優位になり,高度徐脈を呈す
してアドレナリンに加え,ドパミン,ノルアドレ
る可能性があるとされている.また,アナフィラ
ナリンを使用したが血圧が維持できなかった.グ
キシー症状の改善のために用いる抗ヒスタミン薬
ルカゴン投与後から徐々に血圧上昇が見られ,カ
表 2. アナフィラキシー発症のリスク
*オッズ比
†オッズ比
気管支喘息
β 遮断薬
4.54
8.74
2.67
3.37
心血管疾患
NA
7.71
* Ann Intern Med 1991 ; 115 : 270-6
† Arch Intern Med 1993 ; 153 : 2033-40
表 3. グルカゴンの投与方法
成人
小児
1∼5 mg, 5 分間かけて静脈内投与
本症例は造影剤アナフィラキシーショックに対
テコラミンが減量可能となったことから,グルカ
ゴンの有効性が示唆された.アナフィラキシー
ショックに対してアドレナリンが治療抵抗性であ
る場合は,グルカゴンの使用が有効な選択肢の 1
つと考えられた.
結 語
β 遮断薬内服中のためアドレナリン抵抗性を呈
したアナフィラキシーショックの 1 例を経験し
た.アドレナリン抵抗性を示すアナフィラキシー
効果不十分な場合
ショックにはグルカゴンが有効である可能性があ
・5∼10 分毎に 1 mg ずつ投与
・5∼15 μg/分の持続静注を行ってもよい。
討が必要である.
20∼30 μg/kg(最大 1 mg)
るが,その効果については更なる症例の蓄積と検
65
文 献
1) 光畑裕正 : アナフィラキシーショックの治療指針
の標準化.Shock 26 : 77-84, 2011
2) Sampson HA et al : Second symposium on the definition and management of anaphylaxis summary reportSecond National Institute of Allergy and Infectious
Disease/Food Allergy and Anaphylaxis Network
symposium. J Allergy Clin Immunol 117 : 391-397,
2006
3) Goddet NS et al : Paradoxical reaction to epinephrine
induced by beta-blockers in an anaphylactic shock induced by penicillin. Eur J Emerg Med 13 : 358-360,
2006
4) Thomas M : Best evidence topic report. Glucagon
infusion in refractory anaphylactic shock in patients on
beta-blockers. Emerg Med J 22 : 272-273, 2005
5) psonZaloga GP et al : Glucagon reversal of hypotension in a case of anaphylactoid shock. Ann Intern
Med 105 : 65-66, 1986
6) 日本アレルギー学会 : アナフィラキシーガイドラ
イン 2014
Fly UP