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22W-03 状態‐事象相互変換による物語内容機構

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22W-03 状態‐事象相互変換による物語内容機構
日本認知科学会
文学と認知・コンピュータⅡ研究分科会(LCCⅡ)
第 22 回定例研究会
2010 年 7 月 17 日・キャンパスポート大阪
22W-03
状態‐事象相互変換による物語内容機構における相互変換
ルールの改善と多様な生成方法の検討
小野寺康*1
小野淳平*1
*1 岩手県立大学大学院ソフトウェア情報学研究科
小方孝*2
*2 岩手県立大学ソフトウェア情報学部
1. 概要
本研究では,ある情報が別の情報へ変化したとき,そこに何が起きたのかに着目する.例えば,
「太
郎がボールを持っている」という情報が,
「太郎が何も持ってない」という情報へ変化したとき,その
間には「太郎がボールを投げた」
「太郎がボールを置いた」等の事象が起こったと考えられる.このよ
うな事象とその背景的情報を相互変換することにより,物語内容(story)を生成する.本研究の概要を
図 1 に示す.
太郎がボールを持っている
変化
捨てた
何が起きた?
投げた
置いた
・
・・
太郎が何も持っていない
事象とその背景的情報を相互変換
物語内容(story)の生成
図 1:本研究の概要
1.1 背景
物語に関する研究は従来から行われている.Propp は「昔話の形態学」
([プロップ 1987],1928 年
初版)において,ロシアの魔法昔話を対象に,その構造を分析し,登場人物が起こすイベントである
「機能」によって昔話は構成されると述べている.この Propp 等による物語論を援用し,物語生成シ
ステムとしてモデル化する試みが 1960 年代より行われてきた.
また,[野家 2005]は哲学的観点から歴史物語論を考察しており,その中で年代記と歴史(図 2)に
ついて述べている.[野家 2005]によれば年代記とは,様々な歴史的出来事を時間順序に従って配列し
た一種の年表であり,歴史とは年代記から出来事を選り分け,主観的なフィルターを介して語ること
すなわち story であると述べている.
歴史(=story)
年代記
年号 出来事
1582 本能寺の変
1582 山崎の戦い
秀吉と合流するため、信長は本能
寺に向かった。しかし、そこで信長
は突然の敵襲に遭う。・・・
図 2:[野家 2005]における年代記と歴史
これに類似した研究として,[赤石・伊藤・箱石・石川 2010]は大量の編年型データから一部の情報を
絞り込み,それを可視化するツールの開発を行っている.また,[中嶋・小方 2008]は[野家 2005]の考
えも参考にして,物語内容機構の 1 つのモデルを提示した.
1
2. 状態‐事象変換システム
状態‐事象変換システムとは,状態と事象の相互変換による物語内容生成機構である([中嶋・小方
2008][中嶋・小方・小野 2009][小野寺・花田・小方 2010][小野・花田・小方 2010]).状態とはある登場人物
に関する静的な情報であり,フレームで表現する.また,事象とはある状態を別のある状態に推移さ
せる登場人物の行為等であり,概念表現で記述する.本システムの概要を図 3 に示す.
事象1
ストーリー世界生成機構
事象2
参照
・
・
・
ストーリーライン
ストーリーライン
ストーリーライン
状態‐事象変換知識ベース 概念オントロジー
変換ルール1
名詞概念
変換ルール2
動詞概念
・・・
他の諸情報
ストーリー世界
状態1
状態2
・
・
・
状態‐事象変換システム
ストーリーライン
参照
ストーリーライン生成機構
図 3:状態‐事象変換システムの概要
このシステムは,事象の生起時間順の並びであるストーリーラインから,状態の集合であるストー
リー世界を生成する「ストーリーライン生成機構」
,さらにストーリー世界から様々なストーリーライ
ンを生成する「ストーリー世界生成機構」,状態と事象を相互変換するための変換ルールを格納した「状
態‐事象変換知識ベース」
,名詞や動詞の上位‐下位関係を体系的に記述した「概念オントロジー」に
よって構成される.また,本研究ではストーリーラインを入力としてストーリー世界を生成している
が,本来ストーリー世界は様々な入力によって構成される.これに関しては後述する.
3. これまでの課題と今回の目的
これまでの研究で,次の 5 つの課題が示された.結果から,本研究には 5 つの課題がある.第 1 に,
状態‐事象変換知識ベースにおける状態の変化の分類である.特に,場所の移動に関する分類が粗く,
「(高所に)登る」と「(低所に)落ちる」等の動詞概念が 1 つの分類に混在している.第 2 に,状態
‐事象変換知識ベースに格納されている動詞概念の格フレームや制約条件が不適切である.制約条件
とは,例えば事象「N1 が立つ」の「N1」にはどの名詞概念が当てはまるかを設定したものである.
第 3 に,2 つの事象間における一貫性に関する課題である.例えば事象 1「坊主が家を出る」の次に,
事象 2「坊主が紛争で死ぬ」が生成されたとして,坊主が家を出ていきなり紛争で死ぬのは不自然であ
り,一貫性がない.第 4 に,ストーリーラインとストーリー世界を循環的に生成してもバリエーショ
ンが生まれないという問題,第 5 に,様々な手法によるストーリー世界の生成法に関する課題がある.
これら 5 つの課題は,次のように,2 つのテーマにまとめて検討することができる.2 つの目的を提
示する.1 つは,状態‐事象変換知識ベースの再構成であり,これは第 1 と第 2 の課題と関わる.再
構成の手順としては,まず動詞概念ごとにそれぞれ変換ルールを定義した後,同じ変換ルールを持つ
動詞概念をまとめ,分類する.さらに,再構成した状態‐事象変換知識ベースにあわせて,状態‐事
象変換システムの修正も行う.もう 1 つは,ストーリー世界・ストーリーラインの多様性である.こ
れは第 4 と第 5 の課題に関連しており,さらに 2 つのテーマに分けることができる―(1)様々な手法に
よりストーリーラインとストーリー世界の循環生成のバリエーションを増やし,(2)さらにストーリー
ライン以外を入力としたストーリー世界生成法により,多様性を生むこと.以上の 2 種類のテーマに
ついて検討することを,本稿の目的とする.
4. 状態‐事象変換知識ベース
状態‐事象変換知識ベースには複数の変換ルールが格納されており,さらに 1 つの変換ルールには
複数の動詞概念が対応付けられている.変換ルールとは,2 つの時点間の状態の変化と 1 つの事象を
変換するためのルールであり,どの状態がどのように変化したかを表す「変化内容」
,状態が変化する
ための「前提条件」
,複数の動詞概念を格納した「動詞概念群」によって構成される.なお,ストーリ
ー世界においては,time が変わるたびに状態が変化するという前提を置いている.現在,状態‐事象
変換知識ベースには 54 個の変換ルールと 80 種の動詞概念が格納されている.状態‐事象変換知識ベ
ースの概要を図 4 に示す.
2
ストーリー世界
状態‐事象変換知識ベース
状態A(フレーム)
ストーリーライン
変換ルール1
フレームの変化
動詞概念1
動詞概念2
・・・
状態B(フレーム)
変換ルール2
事象
図 4:状態‐事象変換知識ベースの概要
状態‐事象変換知識ベースを再構成した結果,変換ルールを 26 種に分類した.分類の手順としては,
まずフレームにおける変化したスロットにより第一の分類を行い,さらに動詞概念のタイプごとに細
分化した.分類の一覧を表 1 に,再構成した状態‐事象変換知識ベースの一例を表 2 に示す.
表 1:動詞概念の分類の一覧
分類
分類
動詞概念の例
動詞概念の例
場所の移動
行く(3)
登場
生まれる(1)
上へ移動
登る(1)
退場
無くなる(1)
下へ移動
落ちる(3)
死ぬ・壊れる
死ぬ(1)
外へ移動
出る(3)
損傷・生命力の低下
傷つける(1)
中へ移動
入り込む(1)
焼く
焼く(3)
接近
近付ける(1)
成長・補修
直す(1)
所有物を上へ移動
上げる(2)
補修∨生成
縫う(1)
所有物を下へ移動
下ろす(1)
引越し
引っ越す(1)
所有物を中へ移動
入れる(6)
摂取
食べる(2)
所有物を移動
投げる(1)
座る
座る(2)
所持
(手に)取る(40)
立つ
立ち上がる(3)
放棄
捨てる(3)
立つ∨設立
立つ(3)
受け渡し
譲り受ける(1)
寝る
寝る(3)
これまでの状態‐事象変換知識ベースとの違いとしては,まず動詞概念のタイプごとに分類するこ
とにより,以前は「太郎が山から麓に登る」等の不自然な事象が生成されていたのに対し,
「太郎が山
から麓に落ちる」等のより自然な事象の生成が可能となったことが挙げられる.さらに,1 つの動詞概
念が複数の状態変化に対応できないという問題があったが,それを改善し,たとえば,事象「食べる」
は,「人物の所持放棄」「対象物の消滅」「人物の完全性(欠損や健康状態を表すパラメータ)の増加」
の複数の変化を伴う変換ルールとして定義し直した.今後は,引き続き動詞概念ごとに変換ルールを
定義し,それを分類することで,より良いカテゴリー分けを検討していく予定である.
4.1 ストーリー世界生成機構
ストーリー世界生成機構の概要を図 5 に示す.ストーリー世界生成機構では,ストーリーラインと,
各フレームの初期値を入力として,ストーリー世界を生成する.生成の手順は,(1)ストーリーライン
中の 1 つの事象名をキーに状態‐事象変換知識ベースを検索,(2)事象名を動詞概念群に持つ変換ルー
ルを選択,(3)選択した変換ルールの前提条件から事象生起前の状態を,変化内容から事象生起後の状
態を生成となる.実行例を図 6 に示す.入力となるストーリーラインは,「遠野物語」[柳田 1955]の
第二十八話を基として手作業で作成した.図 6 では,例えば事象「猟師が餅を手に取る」により,状
態「猟師が餅を所持している」が生成される.
3
表 2:再構成した状態‐事象変換知識ベース(一部)
動詞概念名
変化するスロット 変化内容
行く(3)
登る(1)
location
落ちる(3)
出る(3)
入り込む(1)
譲り受ける(2)
食う(2)
所持(c-agent)
所持(agent)
所持
location(to nil)
完全性(up)
食べる(2)
前提条件
存在
場所の移動
(agent/object)
存在
上へ移動
(agent)
存在
下へ移動
(agent)
存在
外へ移動
(agent/object)
存在
中へ移動
(agent)
存在(agent)∧
存在(c-agent)∧
放棄(c-agent,object)
存在(object)∧
受け渡し
所持(agent,object)
( ¬ 所 持 (agent,object))
∧
所持(c-agent,object)
存在(agent)∧
摂取
存在(c-agent/object)∧
(agent,c-agent/object)
所持(agent,object)
摂取
存在(agent)∧
摂取
存在(object)∧
(agent,object)
所持(agent,object)
各フレームの
初期値
ストーリーライン
猟師が家から
山に行く
ストーリー世界生成機構
状態‐事象変換知識ベース
(event 行く(3)
(time (time1 time2))
(agent 猟師#1)
(from 家#1)
(to 山#1))
変換ルール
フレームの生成
ストーリー世界
家#1
山#1
time1 猟師#1
time2
分類
移動
(agent/object,from,to)
移動[上]
(agent,location)
移動[下]
(agent,from,to)
移動[外]
(agent/object,from,to)
移動[内]
(agent,from,to)
猟師#1
key
動詞概念群
行く(3)、行く(4)…
行く(3)、行く(4)…
前提条件
agentがfromに存在
agentがfromから
toに移動
変化内容
図 5:ストーリー世界生成機構の概要
ストーリー世界生成機構の評価を行うため,生成実験としてストーリー世界生成を 5 回実行した.
想定した状態が出力されているか,同一のストーリー世界が生成されるかを評価基準とする.後者の
評価基準に関しては,正確な変換ルールが定義されていれば,事象の背景的情報を表すストーリー世
界は同一のものに収束するという考えに基づくものである.結果としては,5 回のストーリー世界生成
すべてにおいて想定した状態が生成され,さらに同一のストーリー世界が生成された.また,これま
での研究では事象と状態の変化との対応関係が 1 対 1 であり,1 つの事象からは 1 つの状態変化しか
生成されなかったが,今回は,1 つの事象から複数の状態変化が生成可能となった.これにより,複数
の状態変化を 1 つずつ事象に変換するだけでなく,それをまとめて 1 つの事象として生成することも
可能となる.
4
入力となるストーリーライン(一部)
event1(time1~2):猟師#1が餅#1を焼く
・・・
event4(time4~5):猟師#1が餅#1を手に取る
event5(time5~6):猟師#1が餅#1を食べる
・・・
生成された状態
餅#1が焼けている、餅#1の完全性が減少している
猟師#1が焼けた餅#1を所持している
猟師#1は何も所持していない、焼けた餅#1が消滅している
図 6:ストーリー世界生成機構の実行例
4.2 ストーリーライン生成機構
ストーリーライン生成機構の概要を図 7 に示す.この機構では,ストーリー世界を入力として,ス
トーリーラインを生成する.この機構は,(1)ストーリー世界中の 2 つの状態を比較し,どのフレーム
が変化したかを取得,(2)事象生起前の状態と取得した変化をキーに状態‐事象変換知識ベースを検索,
(3)前提条件と変化内容を満たす変換ルールを選択,(4)選択した変換ルールの動詞概念群における動詞
概念が制約条件を満たしているかをチェック,(5)格フレームに要素を割り振るという手順で,事象を
生成する.実行例を図 8 に示す.図 8 では,図 6 で使用した入力ストーリーラインと生成されたスト
ーリーラインの比較を行っており,例えば「坊主が家に入り込む」という事象が,
「猟師が坊主を家に
上げる」という異なる事象に変化している.
ストーリー世界
家#1
ストーリー世界生成機構
山#1
状態‐事象変換知識ベース
time1 猟師#1
time2
猟師#1
1
制約条件のチェック
つの動詞概念を選択
(event 行く(3)
(time (time1 time2))
(agent 猟師#1)
(from 家#1)
(to 山#1))
格フレームに
要素を割り振る
ストーリーライン
猟師が家から
山に行く
変換ルール
key
前提条件
変化内容
動詞概念群
agentがfromに存在
agentがfromから
toに移動
行く(3)、行く(4)…
く(4)…
行く(3)、行
図 7:ストーリーライン生成機構の概要
生成されたストーリーライン
基となるストーリーライン
event6:坊主#1が家#1へ入り込む
event6:猟師#1が坊主#1を家#1へ上げる
event12:坊主#1が家#1を出る
event12:坊主#1が山#1を転がる
event20:坊主#1が石#1を齧る
event20:石#1が磨り減る
event23:坊主#1が命を落とす
event23:坊主#1が病虫害で死ぬ
図 8:ストーリーライン生成機構の実行例
5
また,入力としてストーリー世界を参照する際,ある特定の要素のみに着目し,ストーリーライン
生成を行うことも可能である.例えば,agent「太郎」を着目する要素として選択すれば,入力情報か
ら太郎に関連する状態の変化のみが取得されるようになり,太郎に関連する事象が抽出されたストー
リーラインが出力される.同様に,location「家」を選択すれば,家を舞台としたストーリーラインが
生成される.選択できる要素の一覧を表 3 に示す.
表 3:着目する要素の選択の種類
選択の種類
1
全範囲選択
ストーリー世界をすべてを見通したストーリーライン
2
時間選択
特定の時間をつぎはぎしたストーリーライン
3
人物選択
特定の人物に焦点を当てたストーリーライン
4
場所選択
特定の場所に焦点を当てたストーリーライン
5 各選択の組み合わせ 2~4の参照範囲の選択を組み合わせたストーリー世界の参照
ストーリーライン生成の評価に関しては,まずストーリーライン生成を 5 回実行し,その中で想定
した事象が出力されているかという評価基準を設けた.結果としては,おおむね想定した事象が生成
されたが,一部想定外の事象が生成された.例えば,本来「坊主が石を齧る」という agent による事
象が生成されるはずが,「石が磨り減る」という事象が生成されている.動詞概念「磨り減る」には,
何によって磨り減ったのかが格フレームに明記されていないため,格フレームに記述されていない情
報をどう扱うかは今後の課題である.また,これまでは,
「坊主が(家から)山へは入り込む」
(「室内
から室外へ入り込む」)という不自然な事象が生成されていたが,状態‐事象変換知識ベースの再構成
により,「坊主が家を出る」(
「室内を出る」)という自然な事象を生成することが可能となった.
5. 循環生成のバリエーションを増やす方法案
ストーリー世界・ストーリーラインの循環生成を行う際にバリエーションを増やす方法として,今
回は 4 つの案を提示する.1 つ目は,状態‐事象変換知識ベースに関連するもので,動詞概念に複数
のルールを定義することで,1 つの動詞概念から様々な状態を生成するという手法である.2 つ目は,
動詞概念に関する手法である.動詞概念における制約条件を変動させることで,選択する動詞概念を
増加または減少させ,循環生成のバリエーションを生み出す.3 つ目は,状態・事象の値の変更に関す
る方法である.例えば,状態や事象の一部の値を,一定確率で変化(変異)させたり,フレームのあ
る値を他のフレームと入れ替える.4 つ目は,状態・事象の拡張である.ストーリー世界・ストーリー
ラインにおける time を追加したり,ストーリー世界・ストーリーラインを分割または統合することに
より,バリエーションを生み出す手法が考えられる.
今回は,循環生成のバリエーションを生み出す手法として,
「状態や事象の変異」を採用した.この
循環生成のイメージを図 9 に示す.この手法は,ストーリー世界生成における agent・object フレーム
の location・所持・完全性・体勢スロットやストーリーラインにおける物や場所に関する格を一定確率で
変異させるものである.変異確率が 0.1 の場合の生成結果を図 10 に,変異確率が 0.5 の場合の生成結
果を図 11 に示す.下図に示すようにフレームの変異により事象が追加されたり,格の変異により一部
が異なる事象が生成される.変異の確率に関しては,その高さに応じて状態の変化が増える確率も高
くなる.つまり,新たな事象が追加される確率も高くなる.
フレーム(agent・object)の変異
ストーリー世界
生成機構
ストーリーライン
生成機構
格(物・場所)の変異
図 9:変異による循環生成のイメージ
6
循環生成により生成された
ストーリーライン
基となるストーリーライン
フレームの変異
フレームの変異
猟師#1が石#1を炉#1に置く
坊主#1が家#1に入り込む
猟師#1が石#1を炉#1に投げる
坊主#1が山#1へ旅に出る
猟師#1が坊主#1を家#1に上げる
坊主#1が家#1から山#1に飛び出す
坊主#1が命を落とす
坊主#1が家#1から山#1まで来る
坊主#1が石#1を捨てる
坊主#1が津浪で死ぬ
格の変異
格の変異
猟師#1が餅#1を焼く
猟師#1が餅#4を焼く
図 10:変異確率 0.1 の循環生成の結果
循環生成により生成された
ストーリーライン
基となるストーリーライン
猟師#1が餅#1を焼く
猟師#1が石#1を山#1まで転がす
餅#1が猟師#1の手に渡る
猟師#1が餅#1を食べる
猟師#1が餅#1を焼く
猟師#1が餅#1を手に取る
猟師#1が餅#1を食べる
猟師#1が餅#4を焼く
猟師#1が石#1を焼く
猟師#1が石#1を炉#1に置く
猟師#1が餅#4を家#1まで転がす
猟師#1が炉#1を焼く
猟師#1が石#1を焼く
炉#1が猟師#1の手に渡る
猟師#1が餅#1を炉#1に投げる
坊主#1が石#1を投げる
坊主#1が餅#3を捨てる
図 11:変異確率 0.5 の循環生成の結果
変異による循環生成の評価を行うにあたって,生成のバリエーションがどの程度生まれるか,自然
である事象・不自然だが可能である事象・不可能である事象はどの程度生成されるかを評価基準とし,
変異確率を 0.1 に設定し,5 回循環生成を繰り返した.結果として,循環生成を 1 回繰り返すごとに,
およそ 2 つの事象が追加された.例えば,「猟師が餅を手に取る」「坊主が餅を譲り受ける」という 2
つの事象の間に,
「猟師が家を転がる」という事象が追加された.このことから,循環生成のバリエー
ションを生み出すことには成功したといえる.しかし,1 回の循環生成で,不自然な事象・不可能な事
象がそれぞれおよそ 1 つずつ生成された.例えば,
「猟師が餅を食べる」の後,「坊主が(同一の)餅
を食べる」ことは不可能な事象である.また,「猟師が餅を手に取る」の後,「猟師が石を食べる」こ
とは,1 つの事象として不自然であり,2 つの事象間の一貫性からも不自然である.なお,変異確率が
0.5 の場合は,不自然な事象はおよそ1つ生成され,不可能な事象は平均 6 つ(最小で 3 つ,最大で
11 つ)生成された.これらの事象は状態または事象の値を無作為に変異させているために生じるもの
であり,変異を制御することが必要である.
6. 様々なストーリー世界生成法
本研究では,ストーリーラインを入力として,ストーリー世界生成を行った.しかし,前述のよう
に,ストーリー世界はそれ以外の様々な入力によって生成されるべきである.本節ではストーリーラ
インを入力とする以外の様々なストーリー世界生成法の考案を行う.
今回提示するストーリー世界生成法は,大きく 2 つに分類できる.1 つが,目標の設定である.こ
れは,ユーザがある時点における状態を与え,その状態を目標としてストーリー世界を生成する方法
である.もう 1 つが,要素の指定による自動生成である.これは,ストーリー世界で使用する要素の
みを指定し,自動的に生成する方法や,人物に行動パターンを指定し,自動的に選択した行動から生
成する方法である.
7
今回は「入力状態を目標とした生成法」を実装した.概要を図 12 に示す.この生成法は,ある時点
における状態と別の時点における状態を比較し,その差分を time を細分化しながら埋めていくという
手法である.まず現在の状態と目標状態とを比較し,どれくらい時間の差があるか,状態のどの値が
変化しているのかを取得する.次にどの値を変化させるかをランダム関数を利用して選択し,それを
時間の差の分だけ繰り返すことにより,目標状態に近づけていく.実行例を図 13 に示す.なお,入力
状態には time と agent の ID が必須であるが,他のスロットに関しては任意である.
入力となる状態
変化した値
time1:寝転がった猟師が家にいて、餅を持っている
比較
time3:立った猟師が山にいて、何も持っていない
体勢:寝->立
location:家->山
所持:餅->なし
ランダム
選択
生成されたストーリー世界
家
山
time1 猟師(所持:餅、体勢:寝)
time2
猟師(所持:なし、体勢:寝)
time3
猟師(所持:なし、体勢:立)
time2:
寝転がった猟師が
補完 山にいて、何も
持っていない
図 12:入力状態を目標とした生成法の概要
入力となる状態
time1:寝転がった猟師が家にいて、餅を持っている
time3:立った猟師が山にいて、何も持っていない
time6:座った猟師が家にいて、石を持っている
生成されたストーリー世界
loc1
loc2
time1 猟師(所持:餅、体勢:寝)
time2
猟師(所持:なし、体勢:寝)
time3
猟師(所持:なし、体勢:立)
time4
猟師(所持:石、体勢:立)
time5 猟師(所持:石、体勢:座)
time6 猟師(所持:石、体勢:座)
図 13:入力状態を目標とした生成法の実行例
この手法の評価として,図 13 と同じ状態を入力として 5 回実行し,生成のバリエーションはあるか,
目標へ向かって変化しているかを調べた.結果の一例を図 14 に示す.少しずつ目標へ向かいながらも,
それぞれ異なるストーリー世界が生成されている.しかし,変化した値が取得できない場合は,全く
同じ状態を生成することとなる.本研究では time が変わるたびに状態の変化が発生するという前提を
置いているため,いずれかの値を選択し,その値を変化させること等により,変化を付加する必要が
ある.
8
生成されたストーリー世界1
loc1
loc2
time1 猟師(所持:餅、体勢:寝)
time2
猟師(所持:なし、体勢:寝)
time3
猟師(所持:なし、体勢:立)
time4 猟師(所持:なし、体勢:立)
time5 猟師(所持:石、体勢:立)
time6 猟師(所持:石、体勢:座)
生成されたストーリー世界2
loc1
loc2
time1 猟師(所持:餅、体勢:寝)
time2 猟師(所持:なし、体勢:立)
time3
猟師(所持:なし、体勢:立)
time4
猟師(所持:なし、体勢:立)
time5
猟師(所持:石、体勢:立)
time6 猟師(所持:石、体勢:座)
図 14:入力状態を目標とした生成法の実行例
7. 今後の課題
課題としてまず第 1 に挙げられるのは,状態‐事象変換知識ベースの妥当性の検討である.今回は 1
つの目的である状態‐事象変換知識ベースの再構成を行い,より正確な変換ルールの定義を行った.
これにより,自然な事象の生成が可能となり,さらに事象と複数の状態の変化を対応付けることが可
能となった.しかし,これは題材として取り上げた「遠野物語」の第二十八話を基としたものである
ため,他の民話や童話を取り上げ,状態‐事象変換知識ベースの分類や変換ルールが妥当であるかど
うかを検証する必要がある.
次に今回提示した様々なストーリー世界・ストーリーラインを生成する方法の実装および新たな生
成法の検討である.本稿では,その一部の方法案の提示・実装を行ったが,その他の手法の具体的な
実現方法に関しては述べていない.これらをどのように今後実現していくのか,多様な生成が可能で
あるかを検討する必要があると考える.
最後に事象間の一貫性に関する課題である.課題として 3 節で挙げながらも,今回は事象の一貫性
に関しては触れなかったが,より自然なストーリーラインを生成するためには無視できない問題であ
る.これを解決するためには,システムが事象間あるいはストーリーライン全体の文脈を読み取り,
自然な事象あるいは格を選択する能力を有する必要がある.
8. まとめ
以上,状態と事象の相互変換による「状態‐事象変換システム」の研究において,先行研究で明らかになっ
たいくつかの検討を議論した.状態‐事象変換知識ベースの再構成を行い,さらに,ストーリー世界・ストーリー
ラインの多様性を生み出す様々な案を考案し,その一部の実現方法を提示した.
結果としては,これまでの研究に比べ,より自然な事象を生成することができ,基となるストーリーラインから
様々な言い回しや解釈によるストーリーラインを生成することが可能となった.また,ストーリー世界・ストーリー
ラインの循環生成を行うことにより,生成のバリエーションが増加した.
しかしまだシステムの規模が小さく,不明確な部分も数多い,今後もモデルに基づくシステムの実装と評価
のサイクルを繰り返すことで研究の質を向上させていきたい.また,物語生成システムの他のモジュールとの統
合を図ることも必要である.
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参考文献
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[中嶋・小方・小野 2009] 中嶋美由紀・小方孝・小野淳平: ストーリーと物語世界の関係のモデルに基づくシ
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[野家 2005] 野家啓一:物語の哲学,岩波書店,2005.
[小野・花田・小方 2010] 小野淳平・花田健自・小方孝: 物語内容におけるストーリーライン生成機構の試作
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[小野寺・花田・小方 2010] 小野寺康・花田健自・小方孝: 物語内容におけるストーリー世界の表現と生成,
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[プロップ 1987] プロップ,V.: 昔話の形態学,北岡誠司・福田美智代訳,白馬書房,1987.
[柳田 1955]柳田国男:遠野物語-付・遠野物語拾遺-,角川書店,1955.
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