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第3章 IR構文の地域バリエーションについて 1
第3章 IR構 文 の 地 域 バ リ エ ー シ ョ ン に つ い て 1 3.1 序 形 態 統 語 論 的 バ リ エ ー シ ョ ン の 言 語 地 図 G43 voy acabando と G44 voy llegando で は 、 同 一 の 継 続 ア ス ペ ク ト 構 文 ir + ger. に も 関 わ ら ず 、「 近 接 未 来 」 と 「 近 接 過 去 」と い う 意 味 的 に 相 反 す る 二 つ の ア ス ペ ク ト 解 釈 が 得 ら れ る こ と が 問 題 と な っ た 。 本 章 で は 、 こ の 解 釈 上 の 問 題 を 研 究 の 発 端 と し 、 ス ペ イ ン 語 圏 に お け る IR 構 文 の 機 能 変 種 の 地 域 分 布 と 機 能 拡 張 に 関 す る 分 析 を 通 じ て 、 移 動 動 詞 IR の 概 念 構 造 を 記述する。 移 動 動 詞 の 文 法 化 に 関 す る 認 知 言 語 学 的 研 究 で は 、動 詞 IR「 行 く 」の 文 法 化 は 、 語 源 で あ る 移 動 の 意 味 が メ タ フ ァ ー 的 拡 張 を 起 こ し た こ と に 動 機 を 求 め た( Lakoff 1987, Cuenca & Hilferty 1999)。自 然 な 移 動 行 為 と し て 、始 発 地 か ら 目 的 地 ま で 移 動 す る に は 、動 作 主 は 一 定 の 時 間 を か け て 経 路 を 通 行 し な け れ ば な ら な い 。こ こ で 空 間 と 時 間 に は 明 確 な 相 関 関 係 が 存 在 す る:EL TIEMPO ES ESPACIO「 時 間 は 空 間 」。 時 間 は 物 と 運 動 の 観 点 か ら 把 握 さ れ 、論 理 的 な 含 意 と し て 、運 動 と 時 間 は 一 次 元 的 かつ連続的である。 目 的 地 に 移 動 す る に は 、動 作 主 は 前 方 に 進 ま ね ば な ら ず 、出 発 時 か ら 見 て 目 的 地 へ の 到 着 は 未 来 の 出 来 事 で あ る 2 : EL FUTURO ES DELANTE「 未 来 は 前 」。 前 方 の 目 的 地 は 未 来 と の み 連 合 す る わ け で は な い 。目 的 地 へ の 移 動 に は 動 作 主 の 意 思 を 伴 う : LA INTENCIONALIDAD POR EL DESTINO「 目 的 地 に 代 わ る 意 図 」。 次 の 例 文 で は 、IRが 元 来 意 味 す る 空 間 軸 の「 目 的 地 」が 、時 間 軸 に お け る「 未 来 時 」へ と メ タファー的に対応する。 (1) ¿Dónde vas? - Voy a ver una película. ( ど こ に 行 く の ? − 映 画 を 観 る つ も り 。) 1 (未来・意図) 本 章 の 例 文 の 文 法 性 テ ス ト は 、 María Ferrerさ ん ( ス ペ イ ン ・ バ レ ン シ ア 市 出 身 20 代 女 性 )、 Raquel Rubioさ ん ( ス ペ イ ン ・ マ ド リ ー 市 出 身 20 代 女 性 )、 Juan Luis Perellóさ ん ( チ リ ・ サ ン テ ィ ア ゴ 市 出 身 20 代 男 性 ) に ご 協 力 い た だ い た 。 2 GO型 動 詞 の 構 文 が 常 に 未 来 を 指 示 す る と は 限 ら な い 。同 じ ロ マ ン ス 語 に 属 す る カ タ ル ー ニ ャ 語 の 構 文 anar + inf. は 過 去 時 制 の 標 識 辞 で あ る : Lo rei anà prendre ses armes. [Pér ez Saldanya 1998: 263]「 王 は 武 器 を 取 っ た 」。 ソ ー ス 領 域 の イ メ ー ジ が 目 的 地 へ の 移 動 で あ る という 点で はカス ティ ーリャ 語と 共通す るが 、相違 点は 、中世 カタ ルーニ ャ語 の不 定 詞 が 初 期 条 件 で 完 了 性 を 有 し て い た と い う こ と で あ る ( Pérez Saldany a 1998: 268)。 即 ち 、 目 的 地 と し て の 不 定 詞 が 示 す 完 了 事 象 に 向 か う イ メ ー ジ が 複 合 動 詞 形 式 か ら 発 せ ら れ 、や が て 過去を指示するマーカーに発展した。 113 そして、移動の経路はその経過に要する時間に対応する。 (2) Ellos iban cortando uno a uno los árboles. ( 彼 ら は 木 々 を 一 本 一 本 切 っ て い っ た 。) (継続) 上 記 例 文 は 、イ ベ ン ト に お け る 空 間 と 時 間 の 近 接 性 、つ ま り メ ト ミ ニ ー 的 な 対 応 が あ り 、 意 味 的 に 曖 昧 で あ る 。 つ ま り 、 例 文 ( 1) は 「 映 画 を 観 る 」 と い う 目 的 を 持 っ た 移 動 行 為 と し て 解 釈 可 能 で あ り 、同 様 に 例 文( 2)も 、 「 木 を 切 り な が ら 」と いう移動途中での連続した出来事としても捉えることができる。 し か し 、 例 文 ( 3-4) の よ う に 、 無 人 称 動 詞 で あ る llover「 雨 が 降 る 」 や 気 候 表 現 の hacer が ir a + inf. や ir + ger. と 共 起 す る と き 、IR は す で に 移 動 行 為 と し て の 意味が漂白されたテンス・アスペクト標識辞となる。 (3a) Parece que va a llover. ( 雨 が 降 り そ う だ 。) (3b) Va a hacer buen tiempo la semana que viene. [Cuenca & Hilferty 1999: 141] ( 来 週 良 い 天 気 に な る だ ろ う 。) (4a) Cada vez va lloviendo más intensamente. ( だ ん だ ん と 雨 が 強 く な っ て い く 。) (4b) Si ya va haciendo buen tiempo nos iremos a la playa. [El Mundo: 13-VI-2002] ( 天 気 が 良 く な れ ば 私 達 は 海 水 浴 に 行 く つ も り だ 。) IR の 意 味 拡 張 は 、 空 間 と 時 間 の メ タ フ ァ ー か ら テ ン ス ・ ア ス ペ ク ト 標 識 辞 に 発 展 し た だ け で は な い 。 文 法 地 図 G45 で 提 示 し た 構 文 ir-y-verbo は 、 ir-y に 後 続 す る 動 詞 verbo が 表 わ す イ ベ ン ト に 対 し 、< 驚 嘆 > ・ < 憤 怒 > ・ < 皮 肉 > な ど の 表 現 的 ニュアンスを与える。 (5) Va y se cae. ( な ん と 転 ん で し ま っ た 。) ま た 、 次 節 以 降 に 示 す 通 り 、 ir a + inf. や ir + ger. も ま た 、 地 域 変 種 や 文 脈 に よ っ 114 ては、これらのニュアンスを命題に与える働きがある。 3.2 IR 迂 言 形 の 標 準 用 法 三 つ の IR 迂 言 形 に は 、 そ れ ぞ れ 統 語 論 的 ・ 意 味 論 的 な 特 性 と 制 約 が あ る 。 標 準 語 法 は 典 型 的・中 心 的 な 機 能 で あ る が 、周 辺 的 な 地 域 変 種 を 分 析 す る 前 に 、ま ず は 先行研究に沿って、スペイン語圏に共通する標準語法を確認したい。 3.2.1 Ir a + inf. 「 Ir a+ 不 定 詞 」 は 、 参 照 点 に 近 い 未 来 や 、 話 者 の 意 思 や 推 量 を 表 わ す 。 不 定 詞 の位置には、ほとんど全ての動詞をとることができる。 (6) Mañana va a estar en la oficina. ( 明 日 は 事 務 所 に い る だ ろ う 。) (7) El estudiante fue a hablar sobre la violencia doméstica. ( 学 生 は 家 庭 内 暴 力 に つ い て 話 す つ も り だ っ た 。) 上 記 で 「 ほ と ん ど 全 て 」 と 制 限 的 に 述 べ た の は 、 可 能 poder や 義 務 deber な ど の モーダルな動詞とは共起できないためである。 (8) *Va a poder [deber] ganar. [García González 1992: 78] ( 彼 は 勝 つ こ と が で き る [勝 た な け れ ば な ら な い ] だ ろ う 。) テ ン ス・ア ス ペ ク ト 迂 言 形 の 中 で 最 も 文 法 化 の 進 ん だ 構 文 の 一 つ で あ り 、例 え ば 文( 9)の よ う に 、動 詞 迂 言 形 の 主 動 詞 に 再 び IR が 生 起 で き る ほ ど 漂 白 化 し て い る 。 (9) Voy a ir al cine. ( 映 画 館 に 行 く つ も り だ 。) Ir a + inf. は 大 抵 の 文 脈 に お い て 直 説 法 未 来 形 へ の 置 換 が 可 能 で あ る 。 但 し 、 未 来 形 は 客 観 的 な 未 来 標 示 が 基 本 機 能 で あ る の に 対 し て 、迂 言 形 は 主 観 的 に 話 者 の 意 115 思や目的意識を命題に含ませることが多い。 (10a) Mañana iré al cine. ( 明 日 は 映 画 に 行 く 予 定 だ 。) (10b) Mañana voy a ir al cine. ( 明 日 は 映 画 に 行 く ぞ 。) 迂 言 形 か ら 未 来 形 へ の 置 換 の 容 認 性 が 低 下 す る の は 、発 話 時 直 後 に 起 こ る 事 態 に 対 す る 推 量 を 表 わ す と き で あ る 。こ の 場 合 、迂 言 形( a)が 未 来 形( b)よ り も 好 ま しい。 (11a) Siéntate. La sopa se va a enfriar. (11b) Siéntate. #La sopa se enfriará. (「 座 り な さ い 。 ス ー プ が さ め る わ よ 。」 の 意 味 で ) (12a) Van a ser las doce. (12b) #Serán las doce. (「 12 時 に な る だ ろ う 。」 の 意 味 で ) Ir a + inf. と 未 来 形 の 差 異 は 文 体 的 価 値 に も 見 ら れ る 。 命 令 や 禁 止 ・ 義 務 の 表 現 と し て 使 わ れ る と き 、前 者 は 主 観 的 な 口 語 体 に 属 し 、後 者 は 法 律 文 等 の 客 観 性 の 要 求される文語体で好まれる。 (13a) ¡No vas a comerte todo! (全部食べちゃ駄目!) (13b) El Estado fomentará la capacitación para el trabajo. [Constitución: Art.78] ( 国 は 職 業 訓 練 を 促 進 す る も の と す る 。) 序 文 に お い て 意 味 拡 張 の 過 程 を 述 べ た 通 り 、 ir a + inf. は 、 語 源 的 な 理 由 に よ っ て 未来形よりも話し手の「意図」が主観的に表現されやすい。 116 3.2.2 Ir + ger. 「 Ir + 現 在 分 詞 」 は 、 基 本 的 に 参 照 時 か ら 未 来 へ の 継 続 ( 以 後 継 続 相 durativo posterior) を 表 わ し 、 継 続 性 や 段 階 性 を 意 味 す る 副 詞 句 ( poco a poco 「 少 し ず つ 」 や a lo largo de ~「 ∼ に 沿 っ て 」) な ど と 頻 繁 に 共 起 す る 。 例 文 ( 14) は 発 話 時 ( 現 在)から未来にかけての継続的な事態を示す。 (14) Te voy conociendo mejor poco a poco. [García González 1992: 56] ( 少 し ず つ 君 の こ と を よ く 理 解 し て い く 。) 文 ( 15) は 過 去 の あ る 過 去 の 時 点 か ら 段 階 的 に 起 こ っ て い る 出 来 事 を 表 わ す 。 (15) A lo largo de los años han ido desapareciendo las huertas. [Yllera 1999: 3413] ( 年 と と も に 果 樹 園 が 消 え て い っ た 。) こ れ ら は 典 型 的 な ir + ger. の 用 法 で あ る が 、こ の 構 文 に は 擬 似 的 な 表 現 法 が あ る 。 下 の 例 は 、時 間 の 経 過 が 認 め ら れ な い 静 止 し た 状 態 の 地 形 や 建 築 物 を 描 写 し た 文 で あ る が 、こ こ で 継 続 ア ス ペ ク ト 迂 言 形 を 用 い る こ と で 、実 質 的 に 経 過 す る 時 間 と は 関係なく、空間を辿る心理的な視線の動きが言語化されている 3 。 (16a) Itapúa es una zona con un gran declive que empieza en la ribera del río Paraná a unos 80 metros sobre el nivel del mar, que va ascendiendo hacia el norte. [ABC Paraguay, http://www.abc.com.py/paraguay/VIIItapua.htm] ( イ タ プ ア は 傾 斜 の 大 き い 地 区 で あ り 、そ の 傾 斜 は パ ラ ナ 川 の 河 岸 、海 抜 約 80m 地 点 に 始 ま り 、 北 方 面 に 上 昇 し て い く 。) (16b) Las ventanas del monasterio se van haciendo más pequeñas conforme más altas estén. [Aoto 2001b: 22] ( 修 道 院 の 窓 は 上 の 階 に な る ほ ど 小 さ く な っ て い く 。) Ir + ger. が 命 令・勧 誘 表 現 と し て 用 い ら れ る 場 合 、話 者 は 命 題 内 容 が 即 座 に 実 行 さ れ る こ と を 望 ん で い る こ と を 示 す 。 例 文 ( 17) は IR の 直 説 法 現 在 形 か ら な る 平 叙 文 と し て も 解 釈 で き る が 、こ の 発 話 の 意 図 は 、話 し 手 の 願 望 を 恰 も 発 話 時 以 後 に 3 心 的 走 査 m e nt a l sc a n ni n g (La n ga ck er 19 8 7 ) と 呼 ば れ る 認 知 活 動 に 基 づ く と 考 え ら れ る 。 例 え ば 、 la carretera va desde el pueblo hasta la estación( そ の 道 路 は 村 か ら 駅 に 行 く ) と い う表現 では 、実際 に道 路自体 が移 動する こと を意味 する のでは なく 、話者 の心 理的 視 点 が 村と駅の間の道路を辿っている。 117 継 続 す る 事 態 と し て 語 り 、相 手 に 対 し て 即 時 に 指 示 内 容( 就 寝 す る こ と )を 実 施 す るように伝達することにある。 (17) Ya te va entrando el sueño. (早く寝なさい。 [Yllera 1999: 3414] ←逐語訳:すでに眠気がお前に入っていく) 例 文( 18)は 、話 し 手 が 聞 き 手 に「 出 発 す る salir」行 為 を 勧 誘 す る 表 現 で あ る が 、 こ の 意 味 で よ り 頻 繁 に 用 い ら れ る の は 、 ir a + inf.( vamos a salir) で あ る 。 あ え て ir + ger. を 用 い る 意 図 は 、そ の 行 為 が 発 話 時 か ら 段 階 的 に 行 な わ れ る 様 子 を 述 べ る こ と に よ り 、話 し 手 の 願 望 す る 出 来 事 が 確 実 に 現 実 化 す る よ う に 仕 向 け る こ と に あ る。 (18) Venga, vamos saliendo. [García González 1992: 56] ( ほ ら 、 出 て 行 き ま し ょ う 。) 本 論 に お け る 最 大 の 関 心 事 は 、 序 文 で 述 べ た 通 り 、 IR 構 文 の 有 す る 表 現 の ニ ュ ア ン ス で あ る 。 以 後 継 続 相 構 文 ir + ger. に お い て は 、 文 脈 に 従 い 、 命 題 内 容 の 実 現 に 努 力 す る 話 し 手 の 意 思 や 、実 現 へ の 難 し さ な ど を 強 調 す る 働 き が あ る( Morera 1991: 224)。 例 文 ( 19a-b) は そ の よ う な ニ ュ ア ン ス を 表 わ す 慣 用 句 で あ る 。 (19a) Vamos tirando 4 . ( な ん と か や っ て い き ま し ょ う 。) (19b) Iban viviendo. ( ど う に か 生 き て い っ た 。) こ の よ う な ir + ger. の 機 能 は 慣 用 表 現 に 留 ま ら ず 生 産 的 で あ る 。 次 の 例 文 は 、 サ ッ カ ー 評 論 家 が ス ペ イ ン の 常 勝 チ ー ム で あ る レ ア ル・マ ド リ ー ド を 批 判 し た 記 事 の 冒 頭 部 分 で あ る が 、 ir + ger.( voy diciendo) に は 、 語 り 手 が こ れ か ら 段 階 的 に 論 述 し て い く こ と を 宣 言 す る と 共 に 、大 方 の 読 者 の 見 解 に 反 す る 形 で 批 評 し よ う と 努 力 する気持ちもニュアンスとして含まれている。 4 動 詞 tirarは 「 引 っ 張 る 」 の 原 義 か ら 、「 長 持 ち す る 」、「 な ん と か 暮 ら す 」 な ど の 意 味 に 拡 張 し た 。最 後 の 派 生 的 語 義 で 使 う と き は 、慣 用 的 に ir+現 在 分 詞 の 形 式 か 、現 在 分 詞 単 独 ( tirando) で 生 起 す る こ と が 多 い 。 118 (20) Ahora voy diciendo que no me gusta que el Madrid sea favorito. [El Mundo: 3-V-02] ( マ ド リ ー ド が 優 勝 候 補 で あ る の を 望 ま な い こ と を 今 述 べ て い き ま す 。) こ う し た 表 現 の ニ ュ ア ン ス が 生 ま れ る 意 味 的 背 景 と し て 、ガ ル シ ア・ゴ ン サ レ ス とヒリ・ガヤは以下のように分析する: “Por su valor de acción en desarrollo gradual, esta perífrasis puede añadir un matiz expresivo de esfuerzo, dificultad” [García González 1992: 56] ( 段 階 的 に 展 開 す る 行 動 を 意 味 す る の で 、こ の 迂 言 形 は 、努 力 、困 難といった表現のニュアンスを加えることができる) “un sentido general de lentitud (...) prevalece la idea de dificultad y esfuerzo” [Gili Gaya 1943: 114] ( 遅 さ と い う 一 般 的 な 意 味 が ... 困 難 や 努 力 の 念 を 増 大 さ せ る ) 両者の分析に共通する点は、 「一歩一歩」 「 少 し ず つ 」と い う 移 動 の 様 態 の イ メ ー ジ が 源 と な り 、< 困 難 > や < 努 力 > と い っ た ニ ュ ア ン ス が 含 ま れ る と い う こ と で あ る 。 Ir + ger. は 一 義 的 に は 事 態 の 継 続 性 を 指 示 す る が 、そ の 出 来 事 に 付 随 す る 心 理 状 態 が表現のニュアンスとして言語情報に加味されるのである。 3.3 Ir + ger. の 機 能 的 バ リ エ ー シ ョ ン 3.3.1 地域分布 前 章 3.11 節 に お い て 言 及 し た と お り 、 以 後 継 続 相 迂 言 形 ir + ger. は 、 本 来 と 異 な る 機 能 で 使 わ れ る こ と が あ る 。文 法 地 図 G43・G44 で は 二 つ の 機 能 的 バ リ エ ー シ ョ ン を 挙 げ た 。 一 つ は 近 接 未 来 的 解 釈 で あ る : voy acabando = voy a acabar, estoy a punto de acabar( も う す ぐ 終 わ る だ ろ う )。 も う 一 つ は 、 そ れ と 時 間 軸 上 対 称 す る 近 接 過 去 的 解 釈 で あ る:voy llegando = he llegado, acabo de llegar( 着 い た ば か り だ )。 こ の よ う に 、 ir + ger. は 一 つ の ア ス ペ ク ト 標 識 辞 が 完 了 性 perfectivity と い う 点 に おいて相反するという奇妙な地域変種を有する。 近 接 過 去 の 指 示 形 式 と し て は 、( イ ベ リ ア 半 島 の ) 標 準 ス ペ イ ン 語 の 時 制 体 系 に 119 は 複 合 完 了 過 去 形 が 備 わ っ て い る た め 、G44 の よ う な 近 接 過 去 的 用 法 は 周 辺 的 な 時 制 表 現 で あ る 。 し か も 、 IR の テ ン ス ・ ア ス ペ ク ト 迂 言 形 が 典 型 的 に 未 来 を 指 示 す る こ と か ら 考 え る と 、 そ れ と 逆 向 き の 過 去 時 制 を 指 す G44 は 、 IR 迂 言 形 の 典 型 的 価値に矛盾する。 二 つ の 解 釈 の 地 理 分 布 は 、 言 語 地 図 G43・ G44 が 示 す 通 り 、 地 域 に よ っ て 揺 れ が 見 ら れ る 。そ こ で 、二 つ の 分 布 傾 向 を 視 覚 的 に 比 較 し や す く す る た め 、双 方 の 言 語 地 図 を 重 ね 合 わ せ て み た 。こ こ で 新 た に 作 成 し た 地 図 G48 の 分 布 模 様 を 観 察 す る と 、 近 接 未 来 解 釈 の 優 勢 な 地 域 は 主 に ス ペ イ ン で あ り 、近 接 過 去 解 釈 が 最 も 優 先 す る 地 域 は ア ル ゼ ン チ ン 5 で あ る の が 一 目 で わ か る 。そ し て 、両 者 の 解 釈 が 共 存 す る 中 間 地 帯 は 、メ キ シ コ 、中 米 、及 び カ リ ブ 海 地 域 で あ る( パ ラ グ ア イ も 共 存 型 に 属 す る )。 以 上 を ま と め る と 、 言 語 地 図 G48 は 次 の 三 地 域 に 区 分 さ れ る 。 1)近接未来優勢地域:スペイン 2)近接過去優勢地域:アルゼンチン 3 ) 1・ 2 共 存 地 域 : メ キ シ コ ・ 中 米 ・ カ リ ブ ・ コ ロ ン ビ ア ・ パ ラ グ ア イ ほ か IR 迂 言 形 が 典 型 的 に 未 来 を 指 示 す る こ と か ら 評 価 す る と 、 や は り ス ペ イ ン が 標 準 地 域 で あ り 、ア ル ゼ ン チ ン は 周 辺 的 で あ る と 言 え る 。し か し 本 論 の 研 究 姿 勢 と し て は 、周 辺 地 域 の 語 法 を 例 外 扱 い に し て 記 述 か ら 除 外 せ ず 、む し ろ 地 域 変 種 を 含 め た 上 で IR の 機 能 拡 張 の 要 因 に つ い て 分 析 し 、 動 詞 の 概 念 構 造 を 記 述 す る 。 3.3.2 IR の コ ピ ュ ラ 的 機 能 動 詞 IR は 過 去 分 詞 を 用 い た 叙 述 文 に 生 起 す る と き 、 所 在 ・ 状 態 動 詞 ESTAR と 置 換 可 能 な 準 コ ピ ュ ラ 動 詞 verbo cuasi-copulativo と な る : va bien vestido「 身 な り が よ い 」; va mareado「 気 分 が 悪 い 」; va escrito「 書 か れ て い る 」; va provisto「 備 わ っ て い る 」。 動 詞 IR が ESTAR に 類 似 す る コ ピ ュ ラ 的 機 能 を 有 す る こ と か ら 、 参 照 点 か ら 未 来 へ の 継 続 ア ス ペ ク ト を 指 示 す る 迂 言 形 ir + ger. が 、 と き に estar + ger. と 同 様 の 進 行 ア ス ペ ク ト を 表 わ す こ と が あ る 。次 は パ ラ グ ア イ に お け る 口 語 文 の 例 である。 (21) Ella todavía va platicando con aquel hombre. 5 ‘está platicando’ 19 世 紀 ア ル ゼ ン チ ン の 文 学 作 品 で あ る El gaucho Martín Fierroに は 次 の よ う な 文 が あ る : Vamos dentrando recién a la parte más sentida [Hernández 1983: 53]( 我 々 は 最 も 悲 し い と こ ろ に 入 っ た ば か り だ )。 reciénは 直 前 の 出 来 事 に 用 い ら れ る 副 詞 で あ る た め 、 vamos dentrandoは 近 接 過 去 と し て 解 釈 さ れ る 。 120 ( 彼 女 は ま だ あ の 男 と 話 し て い る 。) こ の 例 文 の 動 詞 句 va platicando は está platicando と 置 換 可 能 で あ る 。そ の 証 拠 と し て 、 副 詞 todavía「 ま だ 」( 下 線 部 ) は 、 話 し 手 の 視 点 が 過 去 か ら 現 在 に 向 け ら れ る こ と を 示 す た め 、進 行 ア ス ペ ク ト と の 相 性 が 良 く 、視 点 が 未 来 に 向 け ら れ る 継 続 ア ス ペ ク ト 構 文 と は 共 起 し な い : *Luis todavía va queriendo comprar el coche. [García González 1992: 55]( *ル イ ス は ま だ 車 を 買 い た が っ て い く )。 よ っ て 、 例 文 ( 21) に お い て todavía と ir + ger. の 共 起 が 容 認 さ れ て い る こ と か ら 、IR 迂 言 形 は 進 行 ア ... スペクト「話している」を指示するということになる。 こ の よ う な IR の コ ピ ュ ラ 的 機 能 に よ り 、問 題 の 近 接 過 去 的 解 釈 は 、構 文 を ir + ger. か ら estar + ger. に 置 き 換 え て も 成 り 立 つ 。 Varilex (2002: 115) の デ ー タ に よ る と 、 ス ペ イ ン ・ サ ラ マ ン カ 市 、ド ミ ニ カ 共 和 国 ・ サ ン テ ィ ア ゴ 市 、ニ カ ラ グ ア ・ レ オ ン 市 、 コ ロ ン ビ ア ・ ボ リ ー バ ル 市 な ど の 多 く の 地 点 に お い て 、 近 接 過 去 と し て voy llegando と estoy llegando の 併 用 が 認 め ら れ て い る 。 ま た 、 文 法 地 図 G44 に お い て 見たとおり、パラグアイでも双方の現在分詞構文が近接過去を指示している。 進 行 ア ス ペ ク ト 構 文 estar + ger. で も 近 接 過 去 の 指 示 が 可 能 で あ る 理 由 と し て 考 え ら れ る こ と は 、 共 起 す る 動 詞 の 語 彙 ア ス ペ ク ト で あ る 。 G44 の 動 詞 llegar「 到 着 す る 」は 、時 間 的 な 終 了 点 を 内 在 す る 完 了 性 動 詞 で あ る 。こ の タ イ プ の 動 詞 に 現 在 分 詞 構 文 の 進 行 性 が 加 わ る こ と に よ っ て 、完 了 し た 出 来 事 の 結 果 状 態 が 進 行 中 で あ る こ と 、つ ま り「 イ ベ ン ト 終 了 直 後 の 状 況 」と し て 近 接 過 去 的 に 解 釈 さ れ る と 考 え ら れ る 。 し た が っ て 、 問 題 の ir + ger. の 近 接 過 去 的 解 釈 で は 、 本 来 の 以 後 継 続 ア ス ペ ク ト が 機 能 し て い る の で は な く 、進 行 ア ス ペ ク ト と 動 詞 の 完 了 ア ス ペ ク ト が 融 合した結果として解釈すべきである。そして、近接未来的解釈についても同様に、 完 了 性 動 詞 acabar「 終 わ る 」 と ir + ger. の 進 行 ア ス ペ ク ト に よ っ て 、「 イ ベ ン ト 終 .. 了 直 前 の 進 行 状 況 」 即 ち 近 接 未 来 の 読 み が 得 ら れ る 。 但 し 、 構 文 の 要 素 に IR が 含 ま れ る か ら に は 、や は り 参 照 時 か ら 未 来 に 向 か う イ メ ー ジ が 残 る た め 、主 動 詞 の 示 す イ ベ ン ト に 対 し 、 estar + ger. よ り も 動 態 的 な 印 象 を 聞 き 手 に 与 え る 。 こ こ で ir + ger. の 持 つ 動 態 的 イ メ ー ジ に つ い て 考 え た い 。 問 題 の 近 接 過 去 解 釈 が 与 え ら れ る 文 に お い て 、近 接 過 去 の 典 型 的 な 指 示 形 式 で あ る 複 合 完 了 過 去 形 と 常 に置換可能であろうか。次のパラグアイのデータ(新聞記事)を見たい。 (22) Se incautaron de armas blancas que fueron arrojados por los reclusos cuando los efectivos iban llegando para realizar el cateo. [Crónica: 25-I-06] (警察隊が到着して捜査を行ない、囚人達によって投棄された刃物類を押収 し た 。) 121 こ の 例 文 に お い て 、主 節 と 従 属 節 の 表 わ す 二 つ の 出 来 事 の 前 後 関 係 を 常 識 か ら 判 断 す る と 、 従 属 節 ( cuando ... el cateo) の 意 味 す る 「 警 察 隊 の 到 着 」 は 、 主 節 ( Se incautaron ... los reclusos) の 示 す 「 武 器 の 押 収 」 よ り も 前 の 出 来 事 で あ る ( 警 察 は 現 場 に 着 か ず し て 武 器 を 押 収 で き な い )。 そ こ で 、 主 節 の 単 純 完 了 過 去 形 ( se incautaron) に 相 対 す る 従 属 節 の 時 制 は 、 参 照 点 以 前 の 過 去 を 指 示 す る 過 去 完 了 形 ( habían llegado) が 典 型 的 に 生 起 す る が 、 本 例 で は ir + ger.( 未 完 了 過 去 形 iban llegando) が 使 用 さ れ て い る 。 相 対 時 制 と し て は 過 去 完 了 形 の 代 用 形 式 で あ る も の の 、 IR の 動 的 な イ メ ー ジ か ら 、 現 場 到 着 か ら 証 拠 品 押 収 へ と 即 座 に 移 行 す る 捜 査 活 動 の 緊 迫 し た 様 子 が 主 観 的 に 描 写 さ れ て い る 。つ ま り 、前 後 連 な る 二 つ の 出 来 事 に 一 層 の 近 接 性 が 与 え ら れ る の で あ る 。こ の よ う に 、ir + ger. の 近 接 過 去 的 解 釈 は コ ン テ キ ス ト に 依 存 す る と 共 に 、静 態 的・客 観 的 に 近 接 過 去 を 指 示 す る 複 合 完 了 過 去形とは文体的価値が異なる。 3.4 Ir-y-verbo 構 文 い わ ゆ る GO-AND-VERB 構 文 は 、 ギ リ シ ャ 語 を 起 源 と し 、 英 語 ・ ド イ ツ 語 ・ ス ウ ェ ー デ ン 語・ス ペ イ ン 語・イ タ リ ア 語 な ど の ヨ ー ロ ッ パ 諸 語 に 広 く 分 布 す る 。予 想外または突然の出来事に対する驚き・怒り・恐怖・皮肉といった情意を表わす ( Coseriu 1977: 142)。 次 は 英 語 の 例 で は 、 主 語 の 人 物 が 職 を 失 っ た こ と に 対 す る 驚きが表現される。 (23) He’s gone and lost his job. [Stefanowitsch 1999: 124] ( 彼 は な ん と 失 業 し た 。) Ir-yの 後 続 に は 動 詞 ( 活 用 形 ) が 生 起 す る こ と が 多 い た め 、 ir-y-“verbo”構 文 と 呼 ば れ る が 、後 続 の 位 置 に 節 を と る こ と も あ る 。次 の 二 つ の 例 文 で は 、va y ...の 後 部 に se me cae 6 や el señor sabeと い っ た 節 が 生 起 し て い る 。 (24) Te traía una carta; pero va y se me cae de la bolsa. [Kany 1945: 241] ( 君 に 手 紙 を 一 通 持 っ て き た ん だ け ど 、 な ん と バ ッ グ か ら 落 ち て し ま っ た 。) (25) 6 ¿Y si va y el señor sabe? [Montes 1963: 400] 再 帰 動 詞 c a e r se 「 落 ち る 」 と 間 接 目 的 格 代 名 詞 m e 「 私 に ・ か ら 」 に よ っ て 構 成 さ れ る 。 122 (それで、その男性は知っているのか?) こ の 構 文 に お け る IR に は 移 動 の 意 味 は な い 。 そ の 証 明 と し て 、 方 向 の 前 置 詞 a 及 び 場 所 の 前 置 詞 en と の 共 起 可 能 性 を テ ス ト す る と 、ir a + inf. (26) や ir + ger. (27) は 双 方 の 前 置 詞 と 共 起 可 能 で あ り 、移 動 と テ ン ス・ア ス ペ ク ト の 双 方 を 指 示 で き る が 、ir-y-verbo (28-29) は 前 置 詞 a を 取 る こ と が で き な い た め 、移 動 の 意 味 と し て は 構文が成り立たない。 (26) Voy a comprar los croissants {a / en} la pastelería. ( ク ロ ワ ッ サ ン を ケ ー キ 屋 { に 買 い に 行 く / で 買 う つ も り だ }。) (27) Mi amigo va estudiando {a / en} la universidad. ( 私 の 友 は 大 学 { に 勉 強 し な が ら 行 く / で 勉 強 し て い く }。) (28) El viejito dobladito va y compra su café {*al / en el} parque. ( 腰 の 曲 が っ た お じ い ち ゃ ん が{ *行 っ て 公 園 に コ ー ヒ ー を 買 う / な ん と 公 園 で コ ー ヒ ー を 買 っ て い る }。) (29) Va y se duerme {*a / en} casa. ({ *行 っ て 家 に 寝 る 。 / な ん と 家 で 寝 て や が る 。}) 加 え て 、ir-y-verbo 構 文 は 無 人 称 動 詞 と 共 起 す る こ と が 可 能 で あ り 、IR に 移 動 の 意味がないことは明らかである。 (30) Y el viernes va y llueve. ( そ れ で 金 曜 日 は な ん と 雨 だ 。) こ の よ う に 、 ir a + inf. と ir + ger. は 、 空 間 移 動 の 意 味 と テ ン ス ・ ア ス ペ ク ト 標 示 の 両 義 的 な 解 釈 が 得 ら れ る た め 、先 述 の 通 り 、複 合 動 詞 に 空 間 ‐ 時 間 の メ タ フ ァ ー 的 対 応 が 確 認 で き る 。し か し 、方 向 の 前 置 詞 a と 共 起 で き な い ir-y-verbo 構 文 は 複 合 形 式 が 元 々 移 動 の 意 味 を 持 た な い た め 、前 者 の テ ン ス・ア ス ペ ク ト 構 文 と 同 じ 原 理 に よ っ て 変 化 し た も の で は な く 、 IR が 単 独 で 意 味 的 に 変 化 し た も の と 考 え ら れる。 さ ら に 、IR 単 独 で 変 化 し た と 思 わ れ る ir-y-verbo 構 文 の 機 能 変 種 が 中 米 か ら コ ロ ン ビ ア の 地 域 に 見 ら れ る 。 こ の 地 域 で は 、 ir-y-verbo 構 文 が ir a + inf. の よ う に 未 123 来 時 制 を 指 示 す る : va y se cae ‘se caerá’ [Zamora Vicente 1960: 434]; va y da ‘dará’ [Kany 1945: 240]。 前 述 の 通 り 、 ir-y-verbo 構 文 に は ir a + inf. や ir + ger. の よ う な 空 間 と 時 間 の メ タ フ ァ ー 的 対 応 が 認 め ら れ な い た め 、複 合 形 式 か ら は 文 法 化 の 動 機 付 け を 見 出 す こ と は で き な い 。 し た が っ て 、 IR 自 体 の 概 念 要 素 ( あ る 目 的 地 へ の 前 方 移 動 な ど )に 基 づ い て 、未 来 マ ー カ ー と し て 局 地 的 に 変 異 し た こ と は 間 違 い な い 。 こ う し た 事 例 か ら も 、 ir-y-verbo 構 文 が 提 示 す る 表 現 の ニ ュ ア ン ス は 、 構 文 を 構 成 す る 複 合 形 式 に よ る も の で は な く 、IR 自 身 か ら 発 せ ら れ る も の と 考 え ら れ る 。 IR 自 体 が 表 現 の ニ ュ ア ン ス を 有 す る 例 と し て 、 成 句 の vaya( IR の 接 続 法 現 在 ・ 三人称単数形)は、命題内容に対する驚嘆、不快、抗議などの意を表明する。 (31) ¡Vaya, eres poeta! (まさか、君が詩人なの!) 次 の メ キ シ コ シ テ ィ ー の 事 例 で は 、ir + ger. は 事 態 の 継 続 を 指 示 し て い る の で は な く 、 話 し 手 の 現 状 に 対 す る 驚 嘆 を 表 現 し て い る ( Luna Traill 1978: 406)。 (32) Era una austriaca fea, grandota, con la nariz así para arriba. Y que le voy componiendo un verso. ( 醜 く 、大 柄 で 、鼻 が こ ん な ふ う に 上 に 向 い た オ ー ス ト リ ア 女 だ っ た 。そ れ で 、 な ん と 私 が 彼 女 に 詩 を 作 る ん だ 。) 下 の コ ロ ン ビ ア の 例 で は 、近 接 未 来 迂 言 形 ir a + inf. が 潜 在 的 な 出 来 事 に 対 す る 話 者 の 恐 怖 心 を 表 現 す る ( Montes 1963: 399)。 (33) Es que ella es muy conversona y va a meterle cuentos a usté. ( 彼 女 は と て も お し ゃ べ り だ か ら 、 あ な た に 口 を 挟 む で し ょ う 。) こ の よ う に 、 < 驚 嘆 > や < 恐 怖 > な ど の ニ ュ ア ン ス は 、 ir-y-verbo 構 文 に 限 ら ず 、 IR 自 体 に よ っ て 表 現 さ れ て い る こ と が 理 解 で き る 。 こ こ で 、 IR 構 文 の も た ら す 表 現 の ニ ュ ア ン ス に つ い て 、 ど の よ う な 意 味 変 化 の 過 程 を 経 て き た の か 考 え て い き た い 。 Kany (1945: 240) は 、 ir-y-verbo 構 文 の 研 究 を 通 じ 、 IR が < 怒 り > や < 驚 き > を 表 現 す る の は 後 続 の 動 詞 句 を 際 立 た せ る 「 単 一 相 aspecto unitario」 の 機 能 を 持 つ た め で あ る と 分 析 し た 。 同 様 に Coseriu (1977: 128) は 、 IR が イ ベ ン ト 時 の 始 点 か ら 終 点 を 包 含 す る 「 包 括 性 globalidad」 を 有 す る と 主 張 し た 。( こ う し た 意 味 拡 張 の 動 機 付 け に 関 す る 分 析 は 後 述 す る 通 り 問 題 点 124 を 一 部 含 む も の の ) 双 方 の 先 行 研 究 に 共 通 す る 意 味 記 述 の 観 点 は 、 IR に は 対 象 を 有限的に囲い込み、際立たせる働きがあるということである。 こ の よ う な IR の 意 味 特 性 に 関 連 し 、 ir-y-verbo 構 文 に は 、 IR の 代 わ り に 動 詞 TOMAR「 取 る 」( ス ペ イ ン ) や AGARRAR「 掴 む 」( 中 南 米 ) を 用 い た 地 域 バ リ エ ー シ ョ ン が 存 在 す る( 文 法 地 図 G45 参 照 )。こ れ ら の 動 詞 が 意 味 す る 典 型 的 な 動 作 は 、「 手 の 指 で 有 限 の 固 体 を 包 み 支 持 す る 」 こ と で あ る 。 こ の よ う な 動 作 の メ タ フ ァ ー と し て 命 題 内 容 を 包 み 込 む イ メ ー ジ が 生 ま れ 、 ir-y-verbo と 同 義 の 構 文 に 発 展 したものと考えられる。こうしたバリエーションが見せる機能拡張の動機からも、 IR の 意 味 特 性 と し て 包 括 性 を 含 め る こ と に 問 題 は な い 。 IR が イ ベ ン ト に 与 え る 包 括 性 は 、ir-y-verbo 構 文 に 限 定 さ れ る 性 質 で は な く 、標 準 変 種・地 域 変 種 を 合 わ せ 、い く つ か の 事 例 が 報 告 さ れ て い る 。始 め に 紹 介 す る の は 標 準 語 の 慣 用 句 vaya で あ る が 、こ れ が 文 末 に 生 起 す る と 、直 前 の 命 題 は 包 括( 要 約)された情報として提示される。 (34) Es buen chico, ¡vaya! (良い子なのよ、要するに!) 次 の メ キ シ コ・ユ カ タ ン 半 島 に お け る 事 例 で は 、ir a + inf. の 動 詞 句 te fuistes caer が「 転 ん だ 」行 為 に 対 す る 驚 嘆 や 軽 蔑 を 表 わ す が 、そ こ に 標 準 語 法 で あ る 過 去 未 来 の 解 釈 は な い ( Suárez 1945: 152)。 (35) ¿Cómo te fuistes a caer? (どうして転んだの?) こ の よ う な ir a + inf. の 機 能 変 種 は ir-y-verbo 構 文 と 類 似 す る 。 つ ま り 、 IR が 不 定 詞 caerse の 指 示 す る イ ベ ン ト を 単 一 情 報 と し て 「 浮 き 立 た せ 」、 上 記 の ニ ュ ア ン スを生んでいると考えられる。 本 節 の 最 後 に 、 ケ ニ ー や コ セ リ ウ に よ っ て 主 張 さ れ た IR の 包 括 性 に つ い て 、 そ の 記 述 上 の 問 題 点 を 挙 げ た い 。 動 詞 IR の 持 つ 基 本 的 な 概 念 構 造 は 、 移 動 の 主 体 、 始 発 点 と 終 着 点 、並 び に そ の 間 の 経 路 な ど の 要 素 に よ っ て 構 成 さ れ て い る と 考 え ら れ る( Morimoto 2001: 209)。こ れ ら の 原 始 的 要 素 か ら 問 題 の 包 括 性 が 派 生 す る と 想 定 す る な ら ば 、考 え 得 る ソ ー ス 領 域 は 、コ セ リ ウ が 考 え た よ う に 、始 発 点 か ら 終 着 点 ま で の 空 間 的 な 有 限 界 性 で あ る 。 確 か に ir a + inf. で あ れ ば 、 前 置 詞 a に よ っ て 終 着 点 が 標 示 さ れ る た め 、構 文 に 包 括 性 が 与 え ら れ る 。し か し 、参 照 時 か ら 未 来 へ の 継 続 ア ス ペ ク ト を 示 す ir + ger. は 、 hasta「 ∼ ま で 」 の よ う な 副 詞 句 に よ っ て 終 125 了 時 が 明 示 さ れ な け れ ば 、構 文 の 初 期 条 件 と し て は 時 間 的 な 限 界 点 を 設 定 で き な い 。 問 題 の ir-y-verbo 構 文 も 同 様 に 、そ の 複 合 形 式 内 に 有 限 界 性 の 標 識 辞 で あ る 前 置 詞 a を含まないが、言語形式との対応関係のないところで意味特性を仮定するのは、 幾分直感的であるように思われる。こうした記述上の問題点を踏まえ、次節では、 先 行 研 究 と は 異 な る 視 点 と 論 理 か ら IR の 包 括 性 に つ い て 議 論 す る 。 3.5 現実化と焦点化 進 行 ア ス ペ ク ト 迂 言 形 の estar + ger. に は 「 現 実 化 actualización」 と 呼 ば れ る 機 能 が あ る( Yllera 1999: 3402)。こ の 機 能 は 、現 在 分 詞 の 示 す イ ベ ン ト が 話 し 手 の 予 想に反して実現している事を表わす。次のスペインの例文では、待ち合わせの日 に相手が来ないことを話し手が想定していなかった状況で、その人を「待ってい た 」 こ と を 強 調 し て い る ( Yllera 1999: 3402)。 (36) Te estaban esperando. (el día que no viniste) ( 君 を 待 っ て い た ん だ 。( 君 の 来 な か っ た 日 に )) 次 の パ ラ グ ア イ の 例 文 は 、 副 詞 句 desde hace「 ∼ 前 か ら 」 が あ る 過 去 の 時 点 か ら 参 照 点 ( 現 在 ) ま で の 継 続 を 標 示 す る た め 、 典 型 的 に は 現 在 完 了 形 ( se han dado) が 生 起 す る 統 語 論 的 環 境 で あ る が 、 現 在 進 行 形 ( se están dando) を 用 い る こ と に よ っ て 、話 し 手 に と っ て 意 外 な 出 来 事( = 政 府 が 十 ヶ 月 間 腐 敗 事 件 を 起 こ さ な か っ たこと)が実現したことを示している。 (37) Desde hace diez meses no se están dando hechos de corrupción en el gobierno. [Perfil Regional: 20] ( 十 ヶ 月 前 か ら 政 府 に 腐 敗 事 件 が 起 き て い な い 。) こ の よ う に 、 estar + ger. は 話 し 手 の 期 待 や 予 想 に 反 す る 「 現 実 世 界 」 の 結 果 を 強 調 す る 働 き が あ る が 、そ の 逆 の 世 界 と し て 、不 愉 快 な 現 実 世 界 に 対 す る「 仮 想 世 界 」の 願 望 を 表 わ す の に も 用 い ら れ る 。下 の 例 で は 、現 実 の 天 候 は 良 く な い が 、現 在進行形を用いて仮想的な願望(=天気が回復する)を(ある種の皮肉を込めて) 述べている。 (38) Es cierto que en Japón estamos teniendo muy buen tiempo. 126 ( た し か に 日 本 の 天 気 は と て も 良 く な っ て い る よ 。) [現 実 の 天 候 は 悪 い ] と こ ろ で 、 estar + ger. に 相 当 す る 進 行 ア ス ペ ク ト を 標 示 す る 日 本 語 の 複 合 動 詞 「 V テ イ ル 」に も「 現 実 化 」と 同 様 の 機 能 が 見 ら れ る 。次 の 例 文 の 真 意 は 、角 の 欠 落 と い う 事 態 が 進 行 中 で あ る こ と で は な く 、「 多 角 形 に 当 然 あ る べ き 角 の 一 つ が 失 わ れ て い る 」 と い う 話 者 の 認 知 を 表 現 す る も の で あ る ( 国 広 1985: 13)。 (39) 角が落ちている。 「 V テ イ ル 」は 、実 際 に 起 こ っ て い な い 仮 想 的 出 来 事 を 表 わ し 得 る 。下 記 の 例 文 に お い て 、動 詞「 な る 」は 道 幅 を 物 理 的 に 拡 張 す る 計 画 や 意 思 を 意 味 す る が 、複 合 動 詞「 な っ て い る 」は 話 し 手 が 道 幅 の 突 然 の 変 化 を 知 覚 し た 際 の 意 外 な 気 持 ち を 含 意 す る ( Matsumoto 1996: 142)。 (40) 道 の こ の 部 分 は 広 く { な る / な っ て い る }。 こ の よ う に 、 ス ペ イ ン 語 の 《 estar + ger.》 と 日 本 語 の 「 V テ イ ル 」 に は 、 想 定 外 の状況が実現していることを表現するという共通の機能がある。つまり両構文は、 話 し 手 と 聞 き 手 の 心 理 に 現 実 世 界 と 仮 想 世 界 を 構 築 し 、ど ち ら か 一 方 を 選 択・活 性 化 す る こ と で 、そ の 内 容 を 際 立 た せ 、文 脈 に 応 じ て 話 し 手 の < 驚 き > や < 皮 肉 > な どの感情をニュアンスに含めるのである。 こ こ で 本 章 の テ ー マ で あ る IR 構 文 に 話 題 を 戻 し た い 。Ir + ger. は estar + ger. と 同 様 の 進 行 ア ス ペ ク ト を 指 示 す る こ と か ら 、同 様 の「 現 実 化 」機 能 を 有 す る と 考 え ら れ る 。し か し 、ESTAR と IR の 概 念 上 の 相 違 点 と し て 、前 者 は 状 態 や 存 在 を 表 わ す 静 態 的 な 動 詞 で あ る が 、後 者 は 動 作 主 が 目 的 地 を 向 か っ て 移 動 す る と い う 動 作 動 詞 で あ る 。Stefanowitsch (1999: 129) は 、GO-AND-VERB 構 文 に 関 す る 研 究 に お い て 、 下 図 ( 図 5-1) の よ う な GO 型 動 詞 の イ メ ー ジ ス キ ー マ を 挙 げ て い る 。 最 も 原 始 的 な イ メ ー ジ は 直 線 的 な「 移 動 」 ( desplazamiento)で あ る が 、日 常 的 な 行 動 の 中 で 概 念 化 さ れ た 派 生 的 イ メ ー ジ と し て 「 潜 在 的 障 害 物 」( obstáculo potencial) 及 び 「 分 岐 」( divergencia) が 存 在 す る と 述 べ る 。 こ れ ら の 派 生 的 イ メ ー ジ は 構 文 を 発 す る 度 に 話 者 心 理 に 想 起 さ れ る も の で は な く 、イ メ ー ジ が 活 性 化 す る か 否 か は 文 脈 に よ る 。「 潜 在 的 障 害 」 は 、 GO が 文 で 生 起 す る と き の 発 話 内 容 が し ば し ば 困 難 な 状 況 に 値 す る こ と に よ っ て イ メ ー ジ 化 さ れ た も の で あ る 。「 分 岐 」 に 関 し て も 、 GO の 示 す 日 常 的 な 移 動 場 面 か ら 派 生 し た イ メ ー ジ で あ る 。即 ち 、移 動 方 向 は 潜 在 的 に 複 数 存 在 し 、 分 岐 点 に お い て 進 む 可 能 性 の あ る 方 向 ( H) を 棄 却 し 、 現 実 に 進 む 方 向 127 ( R) を 決 定 し た 上 で 移 動 行 為 が 実 行 さ れ る 。 desplazamiento obstáculo potencial H R divergencia 図 3-1 GO の イ メ ー ジ ス キ ー マ こ の よ う な 所 在 と 移 動 の 概 念 的 差 異 に 加 え 、 ESTAR と IR の 間 に あ る 相 違 点 は 、 話 し 手 の 視 点 の 位 置 で あ る 。 ESTAR の 場 合 、 話 し 手 の 視 点 は 典 型 的 に 主 体 の 所 在 地 ( 参 照 点 ) と 同 じ 位 置 に 置 か れ る が 、 IR の 視 点 は 進 行 方 向 に 向 け ら れ る 。 こ こ か ら ir + ger. は 、 空 間 認 知 の メ タ フ ァ ー と し て 、 現 在 分 詞 構 文 の 「 現 実 化 」 機 能 に よ っ て 構 築 さ れ る 仮 想 世 界 と 現 実 世 界 を 選 択 す る 分 岐 点 を 設 定 し 、そ こ で 選 択 し た 世 界 を 「 焦 点 化 」 す る 。 つ ま り 、 IR 構 文 に お い て 共 起 す る 主 動 詞 の 指 す イ ベ ン ト と IR の 概 念 構 造 が 融 合 す る と ( 、恰も夜間走行の自動車が進行方向にヘッドライ ト を 当 て て 暗 闇 に 光 輪 を つ く る よ う に )移 動 の 目 的 地 と し て の イ ベ ン ト に 焦 点 が 当 て ら れ 、 主 動 詞 の 指 示 内 容 が 「 際 立 つ 」 効 果 が 得 ら れ る の で あ る 。 こ の よ う な IR の焦点化は、移動行為と視覚現象が近接するメトニミー的拡張でもある。 こ の よ う に 、本 論 で は 、移 動 時 の 視 覚 現 象 と し て 、移 動 者 が 目 的 地 を 際 立 た せ る 「 焦 点 化 」 に 着 目 し 、 こ れ が IR の 意 味 派 生 に 重 要 な 役 割 を 果 た す も の と 考 え る 。 そ の 実 例 と し て 、次 の ir-y-verbo 構 文 の 用 例 を 見 た い 。 例 文 の 発 話 状 況 で は 、 話 し 手 は 自 分 の 与 え る 指 示 が 相 手 に 了 解 し て も ら え る も の と 想 定 し て い た が 、現 実 の 相 手 の 反 応 は そ の 想 定 を 裏 切 る も の で あ っ た 。 話 し 手 は 、 IR を 用 い て 現 実 の 事 態 に 焦 点 を 当 て 、予 想 外 の 結 果 と し て 際 立 た せ る こ と で 、怒 り や 驚 き な ど の 感 情 を 表 現 している。 (41) Yo te estaba intentando indicar como se hace la cosa bien, pero tú vas y te lo tomas como un ataque personal. (私は君にどうしたらその事がうまく成し遂げられるのか教えてあげようとし て い た け れ ど 、 な ん と 君 は そ れ を 個 人 攻 撃 と し て 受 け 取 っ て し ま っ た 。) 128 IR の 「 焦 点 化 」 機 能 は 、 estar + ger. の 持 つ 「 現 実 化 」 の 作 用 を 一 層 顕 在 化 さ せ 、 予想外の出来事に対する話者の情意を強調する。 さらに、次の例文を通じて「現実化」と「焦点化」の融合の様子を確認したい。 例 文 の 示 す 状 況 は 、話 し 手 が 相 手 に イ ン タ ビ ュ ー を し よ う と し て い た が 、別 の 仕 事 が あ る た め 実 現 し な か っ た た め 、話 し 手 は イ ン タ ビ ュ ー の 実 現 を 妨 げ て い る 仕 事 を 出来る限り片付けようという意向を述べている。 (42) Hace días que quería hacerle la entrevista, pero he tenido trabajo acumulado y lo voy sacando como puedo. ( 彼 に イ ン タ ビ ュ ー を し よ う と 思 っ て 数 日 経 つ け れ ど 、仕 事 が た ま っ て い る の で 、 出 来 る だ け そ れ を 片 付 け て い く の 。) こ の 話 者 の 心 理 に は 、 ir + ger. は estar + ger. と 同 様 の 「 現 実 化 」 機 能 に よ っ て 、 次のような現実世界 R と可能世界 H が構築されている。 R: た ま っ た 仕 事 を 片 付 け て 、 イ ン タ ビ ュ ー を 行 な う H: た ま っ た 仕 事 を 片 付 け ず 、 イ ン タ ビ ュ ー を 諦 め る 話 者 は ど ち ら か 一 方 の 世 界 を 選 択 し な け れ ば な ら な い 分 岐 点 に お い て 、 IR に よ っ て焦点化した R を選択したことを宣言する。さらに構文のニュアンスとして、選 択 し た 世 界 が 話 し 手 に と っ て 実 現 < 困 難 > な 目 標 で あ り 、実 現 に は < 努 力 > を 要 す ることも含意される。 3.6 結び 本 章 で は 三 つ の IR 構 文 “ir a + inf.”, “ir + ger.”, “ir-y-verbo” の 標 準 変 種 と 地 域 変 種 か ら 、 IR の 意 味 派 生 に つ い て 考 察 し た 。 一 義 的 に 目 的 地 へ の 空 間 移 動 を 意 味 す る IR は 、 テ ン ス ( 未 来 時 制 ir a + inf.) や ア ス ペ ク ト ( 継 続 相 ir + ger.) の 機 能 語 に 変 化 し た だ け で は な く 、 主 動 詞 が 示 す 事 態 に 対 す る 話 し 手 の < 驚 嘆 >・< 恐 怖 >・< 皮 肉 > と い っ た 心 情 、も し く は 事 態 の < 困 難 さ > 、さ ら に は 困 難 な 事 態 を 実 現 す る た め に < 努 力 > す る 意 思 な ど と い っ た 表現のニュアンスを与えるに至った。 IR の 示 す 移 動 行 為 に お け る 視 覚 認 知 と し て 、 動 作 主 の 目 は 目 的 地 に 焦 点 を 定 め 129 る 。そ の メ タ フ ァ ー で あ る 心 的 な「 焦 点 化 」は 、構 文 の 示 す イ ベ ン ト に 限 界 性 を 与 え 、 単 一 的 ま た は 包 括 的 に イ ベ ン ト を 際 立 た せ る 。 IR は 辞 書 的 な 意 味 と し て 驚 嘆 や 皮 肉 な ど の ニ ュ ア ン ス を 直 示 的 に 表 わ す も の で は な い が 、イ ベ ン ト に 焦 点 を 当 て 、 文脈の中でとりたてることで、そうしたニュアンスを言語情報に含めるのである。 さ ら に 「 焦 点 化 」 機 能 は 、 estar + ger. と 共 有 す る ir + ger. の 現 実 化 機 能 と 融 合 すると、現実化機能によって構築された現実世界と可能世界の一方に焦点を当て、 estar + ger. よ り も 現 実 化 の 作 用 を 強 度 に す る 。 本 章 の 議 論 の 出 発 点 で あ る が 、 典 型 的 に 未 来 時 制 を 指 示 す る IR が 使 わ れ て い る に も 関 わ ら ず 、 voy llegando が 中 南 米( 特 に ア ル ゼ ン チ ン )に お い て 近 接 過 去 と し て 解 釈 さ れ る 理 由 と し て 挙 げ ら れ る こ と は 、 こ の 動 詞 迂 言 句 が 未 来 へ の 継 続 ア ス ペ ク ト で は な く 、 estoy llegando に 相 当 す る 進 行 ア ス ペ ク ト を 指 示 す る こ と か ら 、未 来 と 過 去 の 矛 盾 が 起 き て い な い こ と 、 そ し て 、動 詞 llegar が 語 彙 的 ア ス ペ ク ト と し て 持 つ 完 了 性 が 進 行 ア ス ペ ク ト 構 文 に よ っ て 現 実 化 さ れ る た め で あ る 。 さ ら に は IR の 焦 点 化 が 機 能 す る こ と に よ っ て 、 主動詞の完了イベントが際立ち、完了時と参照時との近接性が尚一層強調される。 問題の近接過去的解釈にはこのような認知メカニズムが働いていると考えられる。 IR 構 文 の 地 域 バ リ エ ー シ ョ ン に 関 す る 考 察 を 通 じ て 得 ら れ た 知 見 に 基 づ き 、 最 後 に IR の 概 念 構 造 に つ い て 総 括 し た い 。下 図 は 、IR 構 文 の バ リ エ ー シ ョ ン を 含 め た 文 法 化 研 究 に 基 づ き 本 論 が 提 案 す る IR の 意 味 派 生 ネ ッ ト ワ ー ク で あ る 。 始発地 経路 目的地 継続 未来 焦点化 困難 驚嘆、憤怒 努力 恐怖、皮肉 ir + ger. ir a + inf. ir-y-verbo ir + ger. ir a + inf. 図 3-2 動 詞 IR の 意 味 派 生 130 移 動 動 詞 IR の 原 始 的 な 概 念 要 素 は 、 【動作主】 ・ 【始発地】 ・ 【 目 的 地 】及 び そ の【 経 路 】 で あ る 。 IR の 複 合 動 詞 《 ir a + inf.》 と 《 ir + ger.》 は 、 日 常 的 な 使 用 の 中 で 、 そ れ ぞ れ【 目 的 地 】か ら【 未 来 】、【 経 路 】か ら【 継 続 】へ の メ タ フ ァ ー 的 写 像 が 起 こ り 、移 動 表 現 か ら テ ン ス・ア ス ペ ク ト マ ー カ ー に 機 能 を 拡 張 さ せ た 。三 つ 目 の 複 合 形 式 《 ir-y-verbo》 は 、 後 続 の 動 詞 が 示 す イ ベ ン ト 内 容 を 包 括 的 な 情 報 と し て 際 立 た せ 、< 驚 嘆 > や < 恐 怖 > 、< 困 難 > や < 努 力 > な ど の ニ ュ ア ン ス を 与 え る( 中 米・コ ロ ン ビ ア で は 未 来 時 制 を 指 示 す る 変 種 が あ る )。本 論 で は 、こ う し た IR の 機 能 拡 張 は 、動 作 主 が 目 的 地 に 向 け て【 焦 点 化 】す る 視 覚 の メ タ フ ァ ー に よ っ て 動 機 付 け ら れ る と 主 張 し た 。つ ま り 、《 ir-y-verbo》に よ っ て 命 題 内 容 が 文 脈 上 際 立 つ の は 、 IR の 焦 点 化 が 作 用 し た 結 果 で あ る と 考 え る 。 ま た 上 記 ニ ュ ア ン ス は 、 《 ir-y-verbo》 の 標 準 語 法 に 限 ら ず 、《 ir a + inf.》 や 《 ir + ger.》 の 地 域 変 種 、 並 び に IR の 慣 用 句 で も 観 察 さ れ て い る が 、 IR の 概 念 要 素 と し て 【 焦 点 化 】 を 仮 定 す る こ と に よ り 、 全 て の 地 域 的 ・ 周 辺 的 現 象 が 《 ir-y-verbo》 と 同 じ メ タ フ ァ ー 原 理 に 従 うと説明することができる。 本 章 で は 、 Varilex な ど の 先 行 研 究 に パ ラ グ ア イ で の 調 査 デ ー タ を 加 え た 上 で 、 ス ペ イ ン 語 圏 に お け る IR 迂 言 形 の 機 能 的 バ リ エ ー シ ョ ン を 比 較 検 証 し 、 動 詞 IR の 文 法 化 を 分 析 し た 。本 章 で 扱 っ た 地 域 変 種 は 、語 彙 に 元 々 内 在 す る 概 念 構 造 の 要 素 か ら 局 地 的 に 変 異 し た 機 能 で あ る が 、そ こ か ら 標 準 語 法 の 観 察 で は 得 ら れ な か っ た 動 詞 の 意 味 特 性 を 知 る こ と が で き た 。地 域 変 種 や 周 辺 的 語 法 は 、例 外 的 現 象 と し て 文 法 記 述 か ら 排 除 さ れ る 傾 向 に あ る が 、言 語 中 心 地 の 中 核 的 問 題 を 解 く 鍵 と な り 、 言語の構造を記述する上で貴重なデータを我々に提供してくれる。 131