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Tennessee WilliamsのWhy Do You Smoke So Much, Lily? ―LILY の
Tennessee WilliamsのWhy Do You Smoke So Much, Lily?
―LILY の欲求不満と MRS. YORKE の虚栄心―
落 合 和 昭
序 LILY を主人公にした、三つの作品 1
第一章 劇中で吸われる、七本のタバコ 4
第二章 LILY の身体的特徴 17
第三章 LILY の「笑い」とストレス 20
第四章 MRS. YORKE の“vanity”
(虚栄心)と“vanity”
(浴室洗面台)
24
第五章 MRS. YORKE の「虚栄心」と彼女の夫、Stephen の人生 32
結 び 36
序 LILY を主人公にした、三つの作品
Tennessee Williams の一幕劇、Why Do You Smoke So Much, Lily?、
『何故そん
なにタバコを吸うの、リリー?』の初演は、2007 年一月十八日、Illinois 州
Chicago における、The Dream Engine Theatre Company よる公演である。
この劇が書かれた時期については、彼の初期に書かれた劇の中では、めず
らしく、明確にわかっている。というのは、2005 年に出版された、Mister
Paradise and Other One-Act Plays(この拙論は、この一幕劇集に収録されている、
Why Do You Smoke So Much, Lily?、p47-p54、をテキストとして使用している)
の巻末に付けられている、NOTES ON THE TEXT の Notes to the Individual Plays
の Why Do You Smoke So Much, Lily? の項にも、
−1−
落 合 和 昭
Our copy-text is a unique typescript filed in HRC (51.16), at the end of which
Williams has hand-written“Feb. 1953.”The script is filed along with a short story,
which bears the same title, and contains virtually the same action and dialogue.
An alternate version of Lily's attempt to cope with her situation occurs in the
unpublished, less focused playlet Lily and La Vie or The Chain Cigarette, filed in
HRC (23.10), where Lily's problem is focused more simply on sexual frustration.
After discussing her dissatisfaction with an effeminate male literary friend, Lily ends
the play by running out of the door after a virile delivery boy Butch....
(下線は引用者、点線部分は省略部分)
と書かれているからである。Williams は、この劇のタイプ原稿の最後に、手
書きで、“Feb. 1935”、
「1935 年 2 月」と書いているので、この劇の完成日が
1935 年 2 月であることがわかる(ちなみに、上記の引用文中、HRC は Harry
Ranson Humanities Research Center, Tennessee Willims Collection の 省 略 で あ り、
HRC に続く、括弧内の最初の数字と二番目の数字は、それぞれ、引用された
(1)
資料が、現在、収められているボックスの番号とフォルダーの番号である)
。
1935 年二月と言えば、彼の誕生日が、1911 年三月二十六日であるので、この
劇は、彼が二十四歳になる一ヶ月前の、二十三歳のときに書かれた作品という
ことになる。興味深いことに、上の引用文の第一段落目からもわかるように、
この劇と同じ「題名」で、
「筋」も、「台詞」も、ほとんど同じ短編小説が、と
もに、タイプ原稿の形で、この HRC に収められていることである。しかし、
劇が先に書かれ、のちに、それが短編小説に書き直されたのか、その反対に、
短編小説が先に書かれ、それが、のちに、劇化されたのかは、判断できない。
さらに興味深いことには、上の引用文の二段落目に書かれているように、こ
の Why Do You Smoke So Much, Lily? には、別バージョンの劇も、存在するこ
とである。それも、やはり、HRC(23.10)に収められているが、未だに、出
版されていないので、一般には、手に入れることができない。「題名」につ
いて言えば、この劇には、Lily and La Vie、
『リリーとその人生』と、The Chain
−2−
Tennessee Williams の Why Do You Smoke So Much, Lily?
Cigarette、
『休みなく吸われるタバコ』という二つの「題名」が存在しているが、
何故、「題名」が二つも存在しているかについてもわからない。
「題名」、『リリーとその人生』を見てみると、「人生」に当たる部分が、“La
Vie”と英語ではなく、フランス語に替えてあり、全体としては、いわゆる、シャ
レた感じが出ている。また、
『休みなく吸われるタバコ』では、
‘chain smoker’
「立
、
て続けにタバコを吸う人」という決まった言い方があるにもかかわらず、そ
れを用いずに、
‘chain cigarrette’というように、
‘chain’に続けて、
‘smoker’
で は な く、
‘cigarette’ を 用 い て い る。 こ れ は、 お そ ら く、Williams の 造 語
ではないかと思われる(ちなみに、いくつかの辞書で調べてみたが、‘chain
cigarrette’という言い方は、存在していなかった)。この‘chain cigarrette’と
いう言い方は、タバコを吸っている人ではなく、吸いつづけられているタバコ
そのものに重きが置かれていることになり、タバコを吸っている人からタバコ
自体に中心が移されているように感じられる。The Chain Cigarette、
『休みなく
吸われるタバコ』は、Why Do You Smoke So Much, Lily?、
『何故そんなにタバコ
を吸うの、リリー?』のあらすじとは異なって、LILY の性的フラストレーショ
ンにより重きが置かれているようである。この The Chain Cigarette では、女性
的で、文学好きのボーイフレンドに不満を感じ、男らしい配達員、Butch のあ
とを、主人公の女性が追いかけていくところで、終わっている。一方、『何故
そんなにタバコを吸うの、リリー?』では、強引に、娘に結婚を迫る、虚栄心
に満ちた母親が、彼女の文学的な才能をつぶそうとしている姿が描かれている。
そのため、『何故そんなにタバコを吸うの、リリー?』と『リリーとその人生』
(
『休みなく吸われるタバコ』)は、似ているところもあるが、それぞれが独立
した作品とも考えられる。
この一幕劇、
『何故そんなにタバコを吸うの、リリー?』に、もう一つのバー
ジョン、である、
『リリーとその人生』
(もう一つの「題名」は、
『休みなく吸
われるタバコ』)が存在し、さらには、短編小説まで存在しているということ
は、彼が、すでに、LILY を主人公にして、三つの作品を書いていることにな
り、この LILY という、主人公の女性に対する、Williams の思い入れの深さを
−3−
落 合 和 昭
感じることができる。彼にとっては、LILY という存在は、彼女を主人公にす
れば、いくらでも(?)
、作品を書き続けることができる、いわば、底の深い、
文学的金脈のような存在であるのかもしれない。確かに、この『何故そんなに
タバコを吸うの、
リリー?』の LILY 像からは、
Williams の後の作品に登場する、
数多くの女性主人公たちの原型を読み取る人も、多くいるのではないだろう
か。その意味でも、ここに描かれている、LILY 像は、Wiilliams の劇に対する
理解を深める意味でも、重要な劇の一つであるのかもしれない。
第一章 劇中で吸われる、七本のタバコ
この劇の「場所」は、冒頭の「ト書き」に、
Scene: A fashionable apartment in the west end of Saint Louis....(p47)
(点線部分は省略部分)
と書かれているように、中西部 Missouri 州 Saint Louis の西の端にある、高級
アパートである。この高級アパートについては、この冒頭の「ト書き」では、
具体的な描写はないが、五十一ページの「ト書き」に、
....She (LILY) rises stiffly to her feet and begins to wander aimlessly around the fiveroom apartment....(p51)
(点線部分は省略部分、下線は引用者)
と書かれていることからも、ベッドルームの数が五つもあり、このアパートが、
高級であるだけではなく、母と娘の二人だけが住むにしては、かなり広いア
パートであることを示している。
「時間」については、
「台詞」や「ト書き」の中では、何も書かれていないが、
−4−
Tennessee Williams の Why Do You Smoke So Much, Lily?
この劇が書かれた当時の現代、1935 年頃であると考えてよいだろう。という
ことは、この時代には、1929 年の大恐慌の影響が、まだ、色濃く、残ってい
た時代である。
この劇の
「題名」
、
Why Do You Smoke So Much, Lily? は、
母親の MRS. YORKE が、
娘の LILY に向かって言う「台詞」
、
MRS. YORKE [glaring]: Why do you smoke so much, Lily? It's making you dull!
(p47)
(下線は引用者)
から取られている。また、これと同じ「台詞」、それは、MRS. YORKE とは書
かれていないが、明らかに、彼女を連想させる声の持ち主、VOICE の「台詞」
、
VOICE [slow and whining]: Why do you smoke so much, Lily? It's ruining your
skin!.... [the voice grows more piercing.] .... [The voice becomes like a fist banging at
the door.] Lily, Lily! why do you smoke so much?....(p53)
(下線は引用者、点線部分は省略部分)
の中でも、二度(下線部)
、繰り返されているので、計三回、「題名」になって
いる、同じ「台詞」が繰り返されていることになる。
最初の引用文では、「ト書き」の中に、“glaring”
、
「睨み付けるように」と書
かれているので、その「台詞」は、MRS. YORKE が、語気もかなり強くて、荒々
しく、非難するかのように、
「何故そんなにタバコを吸うの、リリー?」と言っ
ていることになる。しかし、それとは反対に、二番目の引用文では、
「ト書き」
に、‘slow and whinig’
、
「ゆっくりと哀れっぽく」と書かれているので、今度
は、手のひらを返したかのように、VOICE の主は、相手の心情に訴えて、相
手の同情を引こうとして、優しく語りかけながら、「何故そんなにタバコを吸
−5−
落 合 和 昭
うの、リリー?」と言っている。続く「ト書き」では、“the voice grows more
piercing.”
、「その声はしだいに甲高くなる」と書かれているので、おそらく、
VOICE の声が、しだいに、怒りがこみ上げてきて、甲高くなったのであろう。
そして、次の「ト書き」に至っては、
“The voice becomes like a fist banging at the
door.”
、
「その声は、拳でドアをドンドンと叩いているかのようである」と書か
れているので、彼女の声は、最も高い、罵声とも言えるような、怒鳴り声になっ
て、
「リリー、リリー、何故そんなにタバコを吸うの?」と大声で叫んでいる
ように聞こえる。このように、母親が、娘に向かって言っている、「何故そん
なにタバコを吸うの?」という同じ「台詞」に、最初は、
「睨み付けるように」
、
次は、「ゆっくりと哀れっぽく」
、そして、最後は、
「その声は、拳でドアをド
ンドンと叩いているかのようである」という「ト書き」が付けられて、それぞ
れにおいて、語気が変えられている。計三度も、同じ「台詞」が繰り返されて
いるが、語気が変えてあるため、その都度、同じ「台詞」でも、観客(読者)
に与える印象はまったく異なってくる。同じ言葉が、絶えず、同じ意味合いを
持っているとは、限らないことを示す、よい例にもなるだろう。MRS. YORKE
は、いわば、手を変え品を変えて、LILIY に、タバコを吸いすぎる理由を詰問
しているのである。
「題名」が、「何故そんなにタバコを吸うの、リリー?」という疑問文である
ので、観客(読者)は、劇を観る前に、その「題名」を見ただけで、その答え
が何であるかを期待しながら、
劇を観ることになる。
観客の、
そのような反応に、
答えるかのように、劇が進むに連れて、「何故そんなにタバコを吸うの、リ
リー?」という質問に対する答えが、じょじょに、読者(観客)が理解できる
ように、この劇は構成されている。この「題名」からも想像できるように、主
人公の LILY は、このわずか、八ページの短い一幕劇の中で、ほとんど立て続
けに、休みなく、と言ってもよいほどに、七本も、タバコを吸っている。彼女は、
タバコを吸っては消し、吸っては消しを繰り返しているのである。テキストの
ページ数に割り当てれば、ほぼ一ページ強に、一本の割合で、彼女はタバコを
吸っていることになり、かなりの頻度である。そのため、LILY が口にタバコ
−6−
Tennessee Williams の Why Do You Smoke So Much, Lily?
をくわえていないときは、ほとんどないと言ってもよいほどである。しかも、
それだけではなく、彼女が、この七本のタバコを吸うに当たっては、Williams
は、彼女がタバコを吸う機会を利用して、
「ト書き」や「台詞」を使いながら、
心理的にも、身体的にも、かなり詳しく、彼女を描写している。言い換えれば、
LILY が吸うタバコの一本一本のすべてが、彼女の心理や身体と密接に結びつ
いているような印象を与える。さらに言えば、そのタバコ一本一本が描写され
るごとに、音楽用語で言えば、ちょうど、
‘cresendo’
、「クレッシェンド」
(し
だいに強く)のように、しだいに、彼女の心の軋轢、葛藤、そしてストレスが
高まっていくような描写が、手に取るように、細かく描写されている。そこに
は、二十三歳にして、早くも、劇作家としての、Williams の希有な才能の芽生
えを感じさせる。
劇の幕が開いた時点で、すでに、LILY は、タバコを吸っている(一本目で
ある)。その時の様子を、Williams は、
....She (LILY) sits smoking in the sunroom. She looks slightly dazed. Her eyes stare
vacantly into the brackish aquarium where tiny fish like animated bits of coral and
mother-of-pearl eddy ceaselessly through their rock castles and forests of floating
green weeds.(p47)
(点線部分は省略部分、括弧内は引用者)
と描写している。彼女は、サンルームの枝編み細工の長イスに腰を下ろして、
少しぼーっとした様子で、タバコを吸っている。彼女は、海水の入った水槽を、
ぼんやり眺めている。その水槽の中では、生き生きとした、サンゴや真珠層小
片に似た、小さな魚が、岩の城や、浮かんでいる緑の草の間を、絶え間なく、
泳ぎ回っている。話しかけている母親の声も耳に入っていないように見える。
この水槽は、もちろん、鑑賞用の水槽であり、小魚が泳ぎ回っている。
LILY は、それをぼんやりと眺めているが、彼女自身、自分が、この中の小魚
−7−
落 合 和 昭
のように、虚栄心に満ちた、母親によって、鑑賞用の人間としてのみ、育て
られ、自由な自然界で、のびのびと、生きてこなかったと感じているのではな
いだろうか。この水槽と小魚の関係は、彼女の住んでいる世界と彼女の関係と
を、相似の形で表しているのではないだろうか。
彼女の、この状態からは、一見すると、彼女は、リラックスして、落ち着い
ているように見える。しかし、この「ト書き」の中の、
“dazed”
、
「茫然として」
、
“vacantly”、
「ぼんやりと」という語は、彼女の気持ちが、落ち着いて、リラッ
クスしていると言うよりも、どこか、気が抜けて、放心状態で、無気力である
かのような印象を与える。このような状況の中で、彼女は、一本目のタバコを
くゆらせている。
このような状況から彼女を揺り起こすかのように、母親の MRS. YORKE が、
娘の LILY を睨みつけて、非難するかのように、
MRS. YORKE [glaring]: Why do you smoke so much, Lily? It's making you dull!
(p47)
と言う。母親が、劇の「題名」にもなっている「台詞」
、「何故そんなにタバコ
を吸うの、リリー?」と詰問したときの、LILY の反応について、Williams は、
「ト書き」で、
LILY [her eyes taking color, a brilliant, tortured green]: Good heavens, mother!
What else can I do?(p47)
と書いている。退屈そうで、無気力状態にいた、彼女の雰囲気が、母親の、こ
の詰問で、吹き飛んでしまったかのように、一変する。「彼女の目は、色を帯
び、輝く、苦しんでいる、緑色になる」と書かれている。この「ト書き」の書
き方は、彼女が、タバコを吸いつづける理由には、何か精神的な苦痛やストレ
−8−
Tennessee Williams の Why Do You Smoke So Much, Lily?
スがあることを暗示している。しかし、考えてみると、この「ト書き」の書
き方は、少々、奇妙な感じを与える。というのは、この中の、“brilliant”
、「輝
いている」と、
“tortured”
、
「苦しんでいる」という二語は、お互いに、意味の
上からは、明らかに、相反する位置にあると思われるが、それが、“green”の
形容詞として、連続して使われているからである。それは、さらに厳密に言
えば、彼女の中では、
‘brilliant green’
、すなわち、
「輝いている緑」の部分と、
‘tortured green’,
「苦しんでいる緑」の部分が、混然一体となって、渦巻いて、
せめぎ合っていることを示していることになるのだろうか。彼女は、母親の
質問に対して、“What else can I do?”
、
「
(タバコを吸うこと以外に)他に何をす
ることができるの?」、すなわち、タバコを吸うこと以外に、何をすればいい
の、と答えている。タバコを吸うこと以外に、今の彼女には、することが何も
ない、せいぜい、できることと言えば、タバコを吸うことぐらいだと言ってい
る。しかし、彼女の中の、「輝いている緑」と「苦しんでいる緑」の葛藤やス
トレスが、彼女に、休みなく、タバコを吸い続けさせていることだけは、確か
だろう。それでは、この「輝いている緑」とは何か、「苦しんでいる緑」とは
何かが、当然のことながら、次の疑問として浮かんでくるだろう。
母親は、さらに、LILY を追い立てるかのように、他の若い女性がしている
ように、編み物でも習って、結婚の準備でもするように言うと、彼女の反応が、
次の「ト書き」、
LILY [closing her tortured eyes and inhaling deeply from the cigarrette](p48)
(下線は引用者)
に書かれている。この中では、彼女が、“her tortured eyes”
、「彼女の苦しんで
いる目」を閉じて、タバコを深く吸いながら話す様子が描写されているが、前
に引用した「ト書き」
、
−9−
落 合 和 昭
LILY [her eyes taking color, a brilliant, tortured green]....(p47)
(下線は引用者、点線部分は省略部分)
では、彼女の目は、色を帯び、
“a brilliant, tortured green”、
「輝く、苦しんでい
る緑色(の目)
」と書かれていたが、この「ト書き」では、
“brilliant”
、「輝い
ている」という語が完全に抜け落ち、
“tortured”だけがそのまま残り、
“tortured
green”
、「苦しんでいる緑色(の目)」
、すなわち、“the tortured eyes”
、
「苦しん
でいる目」になっている。このことは、彼女が苦しんでいるのは、早く結婚
をするように迫っている母親のせいであることを示していると考えてよいだろ
う。そうであるとすると、彼女の、
“a brilliant, tortured green”の中の、
“brilliant”
、
「輝いている」は、何を指しているのだろうかということになる。劇の、この
時点では、まだ、明らかにされていないが、のちに、明らかになるように、そ
れは、文学に対する、彼女の熱い思いであるように思われる。
やがて、二人の「台詞」のやりとり、
LILY [bitterly]: I know, I know! Our money's all gone!
MRS. YORKE [working powder-puff angrily]: All gone is right! We're at our rope's
end!(p48)
の中で言っているように、彼女たちの家は、この時点では、はっきりとした理
由はわからないが、すべての金がなくなり、すべてを失い、追い詰められた状
態にいるので、母親は、彼女にできるだけ早く結婚(おそらくは、金持ちと)
してほしいのである(
「この時点では」と書いたのは、のちに、すべての金が
なくなった理由がわかるからである。この点については、のちに触れることに
する)
。このときの二人の気持ちは、
それぞれの
「ト書き」にある、
“bitterly”、
「苦々
しく」、
“working powder-puff angrily”
、
「腹を立てながら、パウダーを使いながら」
の中に表れている。娘の LILY は、絶えず結婚を迫る母親に、常に、
「苦々しく」
感じ、母親は、結婚するための準備もしようとしない娘に、
「腹を立てている」
− 10 −
Tennessee Williams の Why Do You Smoke So Much, Lily?
のである。
このやりとりののちの、LILY に関する「ト書き」
、
LILY [laughing harshly and lighting a new cigarette]: ....(p48)
(下線は引用者、点線部分は省略部分)
では、彼女は、辛そうに笑いながら、新しいタバコに火をつける(二本目)
。
彼女は、母親の結婚の勧めに対して、誰も結婚を申し込んでくれないのでしか
たがないと言い返す。そのときの「ト書き」には、
[Lily's laughter jerks painfully between puffs at her trembling cigarette. She seems to
be trying to stop her laughter with smoke, like water splashed futilely over a blazing
fire. The laughter keeps on. It shakes her thin body.](p48, p49)
と書かれていて、LILY の心の中で起こっている、激しいストレスと葛藤が表
れている。
「LILY は、震える手で、タバコを吸いながら、その合間に、辛そう
に、笑いをもらす。彼女は、手に負えないほどに、激しく燃えさかる火に、む
なしくかけられる水のように、タバコの煙で、その笑いを押さえようとしてい
るように見える。彼女の笑いは続き、その笑いは、彼女の細い身体を振るわせ
ている。」LILY が吸うタバコが、一本目から二本目にかかったとき、彼女の感
情やストレスは、さらなる高まりを見せているのがわかる。
MRS. YORKE から見れば、彼女は、母親として、できることはすべてして
きたと思っている。娘を社交界へデヴューさせるためには、何でもしてきた。
彼女は、娘を、Saint Louis で最高の私立学校へ行かせ、さらには、東部で最高
の“finishing school”
、
「教養学校」へ送り、最も豪華なヨーロッパ旅行もさせ
たり、多くの最高の結婚相手にも会わせてきた。しかし、彼女は、そのような
結婚相手には、見向きもしない。母親は、娘が、結婚できないのは、彼女が身
につけた、教養のせいであり、彼女が文学に対して興味を持っているせいであ
− 11 −
落 合 和 昭
ると思っている。それは、彼女の次の「台詞」
、
MRS. YORKE [jangling furiously from the mirror to the sun-room door]: ....You and
your intellectual nonsense! Enough to scare any sensible man clean out of his wits!
They don't want a walking book-report, Lily! They want flesh and blood!....(p49)
(点線部分は省略部分)
では、「、、、まったく、あなたのインテリぶったナンセンスときたら。どんな
賢い男でも、すっかりうろたえてしまうわ。彼らが望んでいるのは、歩く書評
ではなく、生身の人間なのよ、リリー、
、
、
」と、激怒しながら、言っている。
さらに、彼女は、次の「台詞」
、 MRS. YORKE [hoarsely]: ....you've reading too much filthy fiction! I'm going to
take all of these trashy, new-fangled magazines of yours and pitch them out the back
window! Who reads that kind of stuff? Bohemians, Bolshevicks, Bohunks, Longhaired Russians, and what not!(p45)
(点線部分は省略部分)
では、「、、、あなたは、汚らわしい小説を読みすぎるのよ。あなたの、くだ
らない、新しいだけの雑誌をみんな裏窓から放り投げてやるわ。誰が、あん
なもの読むのよ。ボヘミヤンで、共産党員で、移民労働者(ヨーロッパ中部
や東部からの)で、髪の毛の長いロシア人などの。
」と、耳障りな口調で言う。
この二つの「台詞」からは、少なくとも、母親は、LILY が、文学に興味を持っ
ていること、さらには、新しい思想や共産主義にも興味を持っているのではな
いかと思っていることがわかる。このあと、
「ト書き」
、
Lily's laughter dies of breathlessness....(p50)
(点線部分は省略部分)
− 12 −
Tennessee Williams の Why Do You Smoke So Much, Lily?
「リリーの笑いは、息ができなくなったので、止む。
」にもあるように、彼女
は、支配的で、高圧的な母親のせいで、極度のストレスがたまり、呼吸ができ
なくなって、笑うのをやめる。母親は、LILY が吸っている、タバコを奪い取
ると、それを水槽の中に捨てる。彼女は、
「ト書き」
、
....Lily lights another cigarette. She exhales the smoke with a loud sigh. Presses the
palm of one hand hard against her forehead, rapidly shaking her head and twisting
her lips down with pain....(p50)
(点線部分は省略部分、下線は引用者)
にもあるように、LILY は、再び、新しいタバコに火をつけている(三本目)。
気にかかるのは、この時、彼女は、大きなため息とともに、煙を吐き出し、彼
女の手を額に強く押しつけ、頭を激しくゆすり、苦痛で、唇をゆがめているこ
とである。彼女にとっては、母親が近くにいることには、これ以上は、もう我
慢ができない様子である。ここでも、
二本目のタバコから三本目のタバコへ移っ
ていくときに、さらなる、感情とストレスの高まりが表現されている。
母親が美容院へ出かけた後、一人になった LILY は、再び、ぼんやりとした
状態に陥り、あてもなく、部屋の中を歩き回りながら、
「ト書き」
、
....When the cigarette is half-consumed she extinguishes it against the paneled wall
of the dining room and deposits the butt on a serving-tray. Then she lights another....
(p52)
(点線部分は省略部分、下線は引用者)
にもあるように、タバコを、まだ半分しか吸っていないにもかかわらず、それ
を食堂の壁に、強く押しつけて消し、再び、新しいタバコに火をつけている
(四本目)。さらに、「ト書き」
、
− 13 −
落 合 和 昭
The cigarrette slips from her fingers and plops to the floor. She grinds it beneath her
heel and lights another. Puffing voraciously, she sinks down on the bed.(p52)
(点線部分は省略部分、下線は引用者)
にもあるように、彼女は、思わず、タバコを指から床へぽとりと落とした後、
それを踵で踏みつぶし、新たにタバコを取り出し、むさぶるようにして、吸い
始める(五本目)
。この四本目から五本目にかけては、どこか気が抜けて、ぼ
んやりしている、放心状態と、激しい感情の高まりが、交互に、彼女に訪れて
いる様子が描かれている。ここまで来ると、彼女の精神が、極めて不安定な状
態にあり、感情の起伏が激しくなっている様子が感じられ、彼女のストレスや
葛藤は、単なる悩みや辛さの段階を越えて、すでに、彼女の精神や神経を、少
なからず、蝕んでいるのではないかという印象を与える。
やがて、「ト書き」、
Lily extinguishes her cigarette against a spot in the mirror ― which reflects one of
her eyes. She opens the drawer of the vanity, takes out a silver case, press it open,
removes another cigarrette and flicks the lighter.(p52)
(下線は引用者)
にもあるように、大きな浴室洗面台の前で、LILY は、彼女の目の片方に当た
る、カガミに映った部分にタバコを押しつけて消す。それから、彼女は、浴室
洗面台の引き出しから銀ケースを取り出し、それを開いて、新しいタバコを取
り出して、ライターで火をつける(六本目)
。彼女は、
カガミに映った自分の顔、
しかも、目の部分にタバコの火を押し当てて、火を消している。これは、彼女
が、現実を見ることには、もう耐えられない状態に来ていることを示している
のではないだろうか。ここまで来ると、観客(読者)は、否応なしに、彼女の
心が追い詰められて、ほとんど病的な状態に置かれていると確信するようにな
るだろう。この後、彼女は、うつぶせに、ベッドへ身を投げ出す。このとき、
− 14 −
Tennessee Williams の Why Do You Smoke So Much, Lily?
手に火のついたタバコを持っていることを忘れてしまったのか、そのタバコか
らベッドカバーに火がついたので、彼女はあわててその火をたたいて消す。こ
こでは、彼女は、放心状態に陥り、自分がタバコを持っていることすら完全に
忘れている。このとき、彼女には、再び、VOICE が聞こえてくる。そのとき
の「ト書き」には、
....Through all the rooms of the silent apartment she seems to hear the fretful ghost of
her mother's voice bearing in upon her again: quietly at first, then with a deafening
shrillness.(p53)
(点線部分は省略部分)
「、
、、静かなアパートのすべての部屋から、彼女は、再び、彼女にのしかかっ
てくる、母親の声の、イライラした亡霊が聞こえてきたように見える。最初は、
静かに、それから耳をつんざくような金切り声で。
」と書かれている。このア
パート全体に奥深く住み着いている、母親の声の亡霊が、彼女に取り憑き、そ
の声が、彼女を強迫観念へと駆り立てているように見える。さらに、この後の、
VOICE の「台詞」、
VOICE: ....It's wrecking your nerves! That's why you're cross all the time? You
can't sleep! You act like you're losing your mind! It's those damned cigarette that do
it! Those damned cigarette! That's why you can't sleep nights! It's wrecking your
nerves! Oh, it's no use wasting money on nerve-specialists, Lily, when you keep up
this eternal smoking! Smoking, smoking, smoking! All the time, Lily!(p53) (点線部分は省略部分)
「、
、
、それ(タバコ)があなたの神経をおかしくしているのよ。だから、あな
たは、いつも、腹を立てているのよ。気が変になったような振る舞いをして。
そのタバコがそうさせるのよ。その忌々しいタバコのせいよ。だから、夜、寝
− 15 −
落 合 和 昭
られないのよ。それがあなたの神経をおかしくしているのよ。神経の専門家
に金を使っても無駄だわ、リリー、こういつまでも、タバコばかり吸っていて
は。タバコ、タバコ、タバコ。いつもじゃないの、リリー。」では、彼女の神
経がおかしくなったり、怒りっぽくなったり、夜、眠れなかったり、神経の専
門家のところへ通うようになったのは、すべて、彼女が吸いつづけている、タ
バコのせいであると言っている。母親は、彼女自身のとどまるところのない虚
栄心の犠牲になって、娘にストレスがたまり、そのストレスを押さえようとし
て、多くのタバコを吸いつづけるようになったとは思わず、娘が、タバコを吸
い過ぎるために、そのような症状が起こるようになったと思っている。すべて
の原因は、娘のタバコの吸いすぎであり、母親である自分には、いっさい、責
任はないと思っている。母親は、タバコが、すべての原因であるのであって、
それが、結果であるとは思っていないのである。
「題名」の「何故そんなにタ
バコを吸うの、リリー?」という質問の答え、すなわち、LILY が、タバコを
吸いつづける原因を、ほんとうに、突き詰めて考えなければならないのは、母
親であるように思われる。
「ト書き」、
The cigarrette burns the tip of her fingers. She crushes it out and hastily, almost
frantically, lights another....(p53)
(点線部分は省略部分)
にもあるように、タバコが彼女の指先を焦がすと、彼女は、タバコを押しつぶ
すように消し、急いで、ほとんど気が触れたかのように、新しいタバコに火を
つける(七本目)
。この六本目から七本目にかけては、彼女は、彼女の放心状
態は、さらに進み、火のついたタバコを落とすだけではなく、タバコを持って
いることすら忘れているので、指に火傷までしている。そして、劇の終わりの
部分では、
− 16 −
Tennessee Williams の Why Do You Smoke So Much, Lily?
Lily is really frightened now. She buries her face in his hands and claws at the
forehead. The cigarette falls unnoticed on the ivory top of the dresser and burns a
brown scar....(p54)
(点線部分は省略部分)
「LILY は、今、本当に恐れている。彼女は、顔を手に埋め、額を爪でかきむし
る。タバコは、気づかれずに、化粧台の象牙色の表面に落ち、茶色い焦げ跡を
残す。」と書かれている。彼女は、恐怖を感じ、額に爪を立て、ほとんで、限
界にまで、追い詰められている状態で、火事を起こしかけている。そして、こ
のとき、ちょうど帰ってきた、母親は、劇の最後の「ト書き」と「台詞」
、
MRS. YORKE [screaming at the top of her voice]: Lily! Lily! The house is simply
filled with smoke and ashes!(p54) にもあるように、あらん限りの声を出して、「リリー、リリー、家が煙と灰で
充満しているわよ。」と叫ぶところで、劇は終わっている。
ここには、書かれていないが、この時点で、LILY の精神は、破壊されてしまっ
たのではないかと思わせる余韻が感じられる。父親に続いて、LILY も、母親
の虚栄心の犠牲になったのである。
第二章 LILY の身体的特徴
母親の MRS. YORKE が、LILY に、あまりにもしつこく、結婚するように迫
るので、彼女は、二回も、
LILY: ....Nobody's asked me....(p48)
− 17 −
落 合 和 昭
LILY: ....Nobody's asked me....(p48)
(点線部分は省略部分)
と言って反論している。
「誰も申し込んでくれない」ので、
結婚できないと言っ
ている。しかし、彼女は、母が紹介してきた、結婚相手にふさわしい男たちに
ついて、
LILY: All the eligible young men? You mean the pinked-faced dandies! God, how I
hated them! I stepped on their toes just to hear how they'd squeal!(p49)
と言っている。彼女は、
“the pinked-faced dandies”、
「ピンク色の顔をしたキザ
な男たち」なんか、大嫌いと言っている。
「ピンク色の顔をしたキザな男たち」
というのは、野性味に欠ける、現代風に言えば、弱々しい草食系の男たちとい
う意味であるとすると、彼女の好みの男は、反対に、野性的な肉食系の男性と
いうことになるのだろうか。
Williams は、この劇が、中ほどまで進んだとき、突然、思い出したかのよう
に、彼女の身体的特徴について書いている。「突然、思い出したかのように」
と書いたのは、通常、主人公の身体的特徴は、劇の早い段階で、
「ト書き」、し
ばしば、冒頭の「ト書き」の中に書かれる。しかし、彼は、劇の中ほどになっ
て、初めて、彼女の身体的特徴について書いている。それは、
「ト書き」
、
....Its furnishings are ivory and the curtains and bedspread are pink. Lily herself is
dark and sallow. Her feathers are biggish. Her body long and angular. She would
make a rather good-looking young man....(p51) (点線部分は省略部分)
の中に書かれている。ここでは、まず、彼女の寝室について書かれている。家
具類は、象牙色、カーテンやベッドカバーはピンク色で、部屋全体が、いわゆ
− 18 −
Tennessee Williams の Why Do You Smoke So Much, Lily?
る、女性らしい色で満ちている。それに対して、おそらく、彼女が、ヘビー・
スモカーのせいかもしれないが、彼女自身は、黒く、黄ばんでいる。母親の声
を表している VOICE は、娘に対して、
VOICE: ....Look at your fingers. Lily! They're yellow as Chinaman's! And your
teeth! Good HEAVENS! Tobacco stains all over them...(p53)
(点線部分は省略部分)
と言っている。手の指も、まるで、中国人の手のように、黄色くなり、歯も黄
色くなって、タバコのせいで、すべてが汚れている。すなわち、彼女の部屋の
色と彼女自身の色がまったく合っていない。黒くて、黄ばんでいる彼女は、女
性的と言うよりも、男性的であり、女性的な、象牙色やピンクの部屋の中では、
違和感を与える存在である。部屋の色が、彼女自身に合わないのか、彼女自身
が、部屋の色に合わないのか。この違和感こそ、彼女自身が感じている違和感
に他ならないだろう。
Williams は、部屋の色を描写するときになって初めて、それと対比させる形
で、彼女の肌の色を描写し、その描写に引きずられるような形で、彼女の身体
的特徴を描写している。彼は、彼女の身体的特徴について、
「彼女の目鼻立ち
は大きめで、背は高く、痩せているだけではなく、彼女は、かなりハンサム
な若者になる。
」と書いている。彼女の身体全体が男性的な印象を与える。し
かも、女性である彼女について、はっきりと、
“She would make a rather goodlooking young man.”
、男に変えれば、かなりハンサムな若者になると言ってい
る。このことは、彼女にとっては、結婚の候補者たちが、みんな、
“the pinkedfaced dandies”、
「ピンク色の顔をしたキザな男たち」に見えたこととも、関係
がありそうである。象牙色やピンクの部屋の中で、違和感を感じた彼女は、ピ
ンク色のベッドカバーと同じ「ピンク色の顔をしたキザな男たち」にも、違和
感を感じたのだろう。
− 19 −
落 合 和 昭
少し深読みかもしれないが、彼女が、
「ピンク色の顔をしたキザな男たち」
を毛嫌いし、結婚も嫌がり、彼女の皮膚の色、身体的な特徴が、極めて、男性
的であることを考えると、彼女は、女性の同性愛者、すなわち、レスビアンで
はないかという思いが、筆者の頭の片隅をよぎる。もちろん、そのことについ
ては、これ以上、この劇の中では、何も書かれていないので、正確には、知る
よしもないが。
第三章 LILY の「笑い」とストレス
この劇の中で、LILY は、しばしば、笑うが、その笑いは、すべてと言って
よいほど、ストレスから来る笑いであり、彼女には、心の底から、笑える笑い
はない。彼女の笑いのすべては、ストレスの結果であり、ストレスが、彼女の
笑いを生んでいると言えるだろう。彼女は、ストレス以外では、ほとんど、笑
えない人になっている感じがする。
この劇における、最初の笑いは、
「ト書き」
、
LILY [laughing sharply]: ....(p48)
(点線部分は省略部分)
に書かれている。この「鋭く笑いながら」は、母親が、娘の LILY に、早く
結婚することができるように、
“knitting”
、「編み物」を習うように勧めている
ときの、彼女の反応を表している。母親による、この勧めは、これが初めて
ではなく、おそらく、何度となく、執拗に、繰り返されてきたものと思われ
る。この“sharply”,
「鋭く」の中に、母親が、彼女に強く結婚を迫る執拗さが、
LILY の神経を傷つけている様子が暗示されているようである。
次の「ト書き」、
− 20 −
Tennessee Williams の Why Do You Smoke So Much, Lily?
LILY [laughing harshly and lighting a new cigarette]: ....(p48)
(点線部分は省略部分)
の中では、母親が、すべてのもの(金も含めて)を失って、追い詰められた状
態にいると言ったときのものである。母親は、自分の虚栄心を満たすために、
しかも、娘のためと称して、全財産を失ったのである。娘にしてみれば、これ
は母親の虚栄心から生まれた結果であると言ったところで、自分のために、全
財産を失ったという事実は、
彼女の上に重くのしかかっている。
しかし、母親は、
それでも、彼女の虚栄心を満足させる生活をやめようとしない。そのような状
況に置かれている彼女にとって、彼女は、
“harshly”、
「不快そうに(辛そうに)
」
笑わざるをえないのである。
Williams は、彼女の笑いとストレスの関係について、
「ト書き」、
[Lily's laughter jerks painfully between puffs at her trembling cigarette. She seems to
be trying to stop her laughter with smoke, like water splashed futilely over a blazing
fire. The laughter keeps on. It shakes her thin body.](p48, p49)
(点線部分は省略部分)
「LILY は、震える手で、タバコを吸いながら、その合間に、辛そうに、笑いを
もらす。彼女は、燃えさかる火に、むなしくかけられる水のように、タバコの
煙で、その笑いを押さえようとしているように見える。彼女の笑いは続き、そ
の笑いは、彼女の細い身体を振るわせている。」の中で、さらに、細かく描写
している。ここでは、彼女は、タバコを吸うことによって、こみ上げてくる笑
いを、むりやり、抑えようとするが、なかなか、押さえきることができず、そ
れでも、さらに、強引に押さえ込もうとするあまり、身体自体が震えだしてし
まう。ここでは、彼女の“laughter”
、
「笑い」が、
“a blazing fire”
,
「燃えさかる
火」にたとえられ、彼女の“smoke(cigarette)
”
、
「タバコ」が、その炎にかけ
られるが、それを消すことができない、
“water”
、
「水」にたとえられている。
− 21 −
落 合 和 昭
それは、彼女の「笑い」が、どんなに水をかけても、消すことができない、激
しく「燃えさかる火」のように、激しいものであることを意味していると考え
てよいだろう。しかし、それにしても、そのように、激しく「燃えさかる火」
のような「笑い」とは、いったい、どんな「笑い」なのだろうか。
「笑い」を
激しく「燃えさかる火」にたとえなければならない「笑い」とは、いったい、
どんな「笑い」なのだろうか。
「燃えさかる火」という表現からは、
「激しい
情熱」、「激しい怒り」、
「激しい非難」、
「激しい痛み」、
「激しい苦難」などが、
次々に、連想されていくが、いずれにして、彼女の心の中の、激しい活動を表
していることには、間違いがないであろう。彼女は、どうしても、この「燃え
さかる炎」を押さえることができないのである。この中の、
“painfully”
、「辛
そうに」の背後には、それでも、なお、この「笑い」を、すなわち、「燃えさ
かる炎」を押さえようとしなければならない、彼女の姿が垣間見られる。この
ストレスから漏れてくる「笑い」は、すでに、彼女の神経にも、影響を及ぼし
始めているように感じられる。というのは、次の「ト書き」
、
Lily's laughter dies of breathlessness....(p50)
(点線部分は省略部分)
「リリーの笑いは、息ができなくなったので、止む。」では、母親が、娘が、常々、
あまりにも下品な言い方をするのは、新しい考えや共産主義的な本ばかりを読
んでいるせいであると言って、彼女を強く責め立てたとき、過呼吸であるかど
うかは、判然としないが、彼女は、呼吸ができない状態に陥り、笑うのを止め
ているからである。この「ト書き」も、ストレスが、彼女の精神や神経に強い
影響を及ぼしていることを示していると思われる。そのストレスの元凶である
母親が、美容院へ出かけるとき、
「ト書き」
、
LILY[laughing weakly]: ....(p50)
(点線部分は省略部分)
− 22 −
Tennessee Williams の Why Do You Smoke So Much, Lily?
では、彼女が、やっと、母親から解放されることを喜んでいるかのように、
「弱々しく笑っている。」しかし、母親が出かける前に、話し方を注意される
と、彼女は、「ト書き」、
LILY [slightly shaking with hoarse laughter]: ....(p51)
(点線部分は省略部分)
「不快な笑いで、少し身体を震わせながら」にもあるように、彼女は、母親に
対して、
思わず、不快な気持ちを持って、
反応してしまう。
この「ト書き」、
“slightly
shaking with hoarse laughter”
、
「不快な笑いで、少し身体を震わせながら」や、
前に引用した「ト書き」の“It(laughter)shakes her thin body.”、
「笑いは彼女
の細い身体を震わせる」、
“Lily's laughter dies of breathlessness”
、「リリーの笑い
は、息ができなくなったので、止む。
」の中に見られるように、彼女の「笑い」
は、彼女の身体に震えや過呼吸のような反応を引き起こしている。これは、彼
女の「笑い」が、精神的、神経的なもので、それが、彼女の身体に震えや過呼
吸を引き起こしていると考えられるので、彼女は、一種の心身症を患っている
のではないかと感じさせるのに十分である。
次の「ト書き」、
....She pauses in front of the vanity and looks into its huge polished mirrors. She
grins and simpers at her reflection.... Its ghostly whisper goes on, in the simpering,
falsetto tone which her mother employs on social occasions.(p51,p52)
(点線部分は省略部分、下線は引用者)
では、彼女は、“vanity”
、
「浴室洗面台」に映った自分の姿(それは、また、
母親の“vanity”、「虚栄心」の中の自分の姿でもあるが)を見て、“grins and
simpers ”
、「にこりと笑い、さらに、ニタニタと笑う。」一方で、VOICE の幽
霊のようなささやき声も、母親がパーティで用いる、“simpering”、
「ニタニタ
− 23 −
落 合 和 昭
と笑うような裏声」の調子で続いている。ここでは、娘の LILY に対しても、
母親の MRS. YORKE に対しても、
‘simper’
、「ニタニタと笑う」という動詞が
使われているが、この二人にとっては、「ニタニタと笑う」という意味が違っ
ている。LILY にとっては、
「ニタニタと笑う」というのは、自分が置かれて
いる状態に、もう、笑うしかないという思いがあるのだろう。それに対して、
MRS. YORKE にとっては、今は、反抗している娘も、かって、夫がそうであっ
たように、やがて、おとなしくなって、自分に従うようになり、彼女の虚栄心
も満足させられると思っての、笑いなのかもしれない。
Williams は、このように、「笑い」の持つ、意味の領域を、「登場人物」ごと
に広げて、「登場人物」の心の深淵にまで踏み込もうとしている。
第四章 MRS. YORKE の“vanity”
(虚栄心)と“vanity”
(浴室洗面台)
母親の MRS. YORKE は、冒頭の「ト書き」、
Her (MRS. YORKE's) every movement is replete with the rather gruesome vanity of
stout middle age. She pats her marcelled hair and preens herself fatuously this way and
that. Her pendulous bosom heaves. Her hands flutters about like puffy white pigeons
and heavy bracelets and ear-pendants jangle like harness of a trotting pony.(p47)
(括弧内、及び下線は引用者)
で、「彼女のあらゆる動きは、かっぷくのよい中年(女性)が持つ、ぞっとす
るような虚栄で満ちている。彼女は、髪をマルセルウエーブ(深いウエーブ)
にして、あちこち、愚かに見えるほどに、めかし込んでいる。彼女は、垂れ下
がった乳房を持ち上げている。彼女の手は、肥満した白いハトのように、はた
めき、彼女の重いブレスレットやイヤリングは、早足で進んでいる子馬の馬具
のように、ジャラジャラという音を立てている。
」と描写されている。
− 24 −
Tennessee Williams の Why Do You Smoke So Much, Lily?
Williams は、この「ト書き」の中で、母親の MRS. YORKE を、愚かで、滑稽で、
グロテスクで、多くの装飾品で着飾り、過度にめかし込んだ、虚栄のかたまり
ような中年女性、いわば、虚栄の化身、虚栄そのものであるかのような存在と
して、描いている。その強調ぶりは、中世道徳劇の、アレゴリー的な「登場人
物」を想起させるほどである。この劇における、彼女に関する、他の描写と考
え合わせると、この「ト書き」の中の、中心をなす語句、
‘the rather gruesome
vanity of stout middle age’
、
「かっぷくのよい中年(女性)が持つ、かなり気味
の悪い虚栄心」の中の、さらに、中心をなす語、‘vanity’
、
「虚栄心」が、この
劇では、キーワードの一つになっていると考えてよいだろう。少々、誇張した
言い方に聞こえるかもしれないが、Williams は、劇における、あらゆる可能性
を用いて、MRS. YORKE が‘the rather gruesome vanity ’
、「かなり気味の悪い
虚栄心」のかたまりであることを示そうとしているかのように見える。そのた
め、観客(読者)は、劇が進むに連れて、まるで、彼女の虚栄心が、風船のよ
うに、途中で、破裂することもなく、じょじょに、途方もなく、巨大に、膨ら
んでいくのを、目の当たりに見ることができる。虚栄とは、かくも、恐ろしき
ものか、と感じるほどである。
まず、MRS.YORKE に関する、「ト書き」を、視覚の面から、順を追ってみ
ると、下に引用したように、彼女の「台詞」の前の「ト書き」には、
MRS. YORKE [fretfully primping]: ...(p47)
MRS. YORKE [applying rouge]: ....(p48)
MRS. YORKE [working powder-puff angrily]: ....(p48)
MRS. YORKE [applying lipstick]: ....(p49)
− 25 −
落 合 和 昭
MRS. YORKE: [raptly]: How does it look?
(点線部分は省略部分)
と書かれている。この、
“fretfully primping”
、
「イライラしながらめかし込んで」
、
“applying rouge”、
「ルージュをつけながら」
、
“working powder-puff angrily”
、
「怒っ
て、パウダー・パフを使いながら」
、
“applying lipstick”、
「口紅を使いながら」
、
“raptly”
、「
(自分の姿に)うっとりしながら」という描写は、すべて、娘の
LILY と話しているとき、カガミに向かっているときの、振る舞いである。こ
の五つの「ト書き」を通して、カガミの前で、ひたすら化粧に専念し続ける
MRS. YORKE が描かれているのと同時に、彼女の、不安定な感情の変化もの
ぞき見ることができるように描かれている。彼女の虚栄が強調されている一方
で、多分に、彼女の不安定な感情を読み取ることができる。
彼女が、外出するときの服装について、
「ト書き」では、
Mrs. Yorke returns to the front in her seal-skin coat, velvet toque, and black kid
gloves. The coat is new. She preens herself again before the long mirror, pursing her
wrinkled lips and arching her plucked eyebrows.(p50)
「ヨーク夫人はアザラシの毛皮のコートを着て、ヴェルベットのつばなし帽子、
黒のキッドの手袋の出で立ちで、舞台前面に戻ってくる。コートは新しい。彼
女は、再び、丈の高いカガミの前で、皺が出た唇をすぼめ、抜いたまゆ毛をアー
チ型にして、身繕いをする。」と書かれている。この中で描写されている、彼
女の高価な服装や、彼女の一連の動作も、彼女の虚栄心を視覚化したものと見
ることができる。
後に触れることになるが、彼女は、現在、ほとんど、文無し状態で、借金生
活をしているにもかかわらず、新しいコートを買い、タクシーを呼んで、美容
院へ行こうとしている。この事実も、彼女の虚栄心を物語っている。彼女は、
− 26 −
Tennessee Williams の Why Do You Smoke So Much, Lily?
借金生活をしている現在でも、それ以前の生活水準を落とすことができないの
である。
Williams は、MRS. YORKE の虚栄心を、さらに、聴覚と嗅覚の面からも描
いている。次の「ト書き」、
MRS. YORKE [jangling furiously from the mirror to the sun-room]: ....(p49)
....Mrs. Yorke jangles off, leaving only a strong scent of hyacinths to adulterate the
relief of her abscence....(p50)
....It is her mother returning from the beauty parlor. It is her mother, scented with
hyacinth, freshly marcelled....(p54)
(下線は引用者、点線部分は省略部分)
の中の、
“jangling”
、
“jangles”は、ジャンジャン、ガチャガチャという、耳障
りな音を表す動詞であるが、それは、MRS. YORKE が過度に身につけている、
装飾品から出るの音を表している。彼女が身体を動かすたびに、それらの装飾
品が音を出すのである。彼女は、故意に、音の出る装飾品を身につけて、まわ
りの人の関心を引きつけ、自分の存在を知らせようとしているように見える。
これは、彼女の持つ虚栄心が聴覚化されたものと見ることができる。
彼女は、また、ヒヤシンスの香水をつけているが、上の引用文、“a strong
scent of hyacinths”、「ヒヤシンスの強い香り」、“scented with hyacinth”、「ヒヤ
シンスの香りがする」にもあるように、彼女が立ち去った後も、そこに、ヒ
ヤシンスの香りが残るほどに香りが強く、彼女の虚栄心が強調されていると
見ることができる。
Williams は、このように、劇ならではの、視覚、聴覚、臭覚を駆使して、
− 27 −
落 合 和 昭
MRS. YORKE の、果てしなく増大していく虚栄心を描きながら、
「台詞」の面
からも、彼女の虚栄心を描いていく。
次の「台詞」、
MRS. YORKE [applying lipstick]: You've got only yourself to blame! Heavens
knows I did everything that a mother could do. I devoted my life to preparing you
for society. I never made a single misstep. You went to the best private school in the
city. You went to the best finishing school in the East. You took the most expensive
European tour. You met all the right people. All the eligible young men. . . (p49)
.
「責任はすべてあなたにあるわ。私は、母親として、できることはすべてし
たわ、そのことは神様もご存じよ。私は、あなたを社交界へ出すために、人生
を捧げてきたわ。一度も、誤った道は選ばなかったわ。あなたはセントルイス
で一番の私立学校へも、東部で一番の教養学校へも行ったわ。あなたは最も
高価なヨーロッパ旅行もしたわ。あなたは結婚にふさわしい人にはみんな会っ
たわ。あなたは結婚適齢期の人にもみんな会ったわ、、
、」では、母親である、
MRS. YORKE は、娘の LILY を社交界へデビューさせるためには、全生涯を捧
げて、何でもしてきたと自負している。それもこれも、すべて、娘を最もふさ
わしい人と結婚させて、自分の虚栄心を満足させるためであった。それはまた、
自分の虚栄心を満足させるために、娘を犠牲にしたということでもある。とい
うのは、そのような生活を、娘は、少しも、喜んでいないからである。喜んで
いないというよりも、苦痛にも、ストレスにも、感じている。その、娘の苦し
みやストレスに、母親は、気づくことはないのである。
MRS. YORKE が、美容院へ行って、不在の間、彼女を表していると思われ
る声の主、VOICE も、MRS. YORKE とほとんど同じく口調で、
− 28 −
Tennessee Williams の Why Do You Smoke So Much, Lily?
VOICE: What haven't I done for you, Lily! I've sent you to the most exclusive
schools. You took the most expensive European tour. Thousands of dollars spent on
your debut. I saw that you met the right people. All the eligible men in town. Lived
way beyond our means. Went into debt. Just to give you the proper background, Lily.
The best advantages, But it can't go on forever. You aren't getting any younger, you
know. You'll have to perk up. You don't have to be pretty. Just smile. Play up to them,
Lily. Let them see that you've got some life in your bones. That's what they want!
Play up to them. Play up to them Lily. God knows that I've done all I can!(p54)
「私があなたのためにしなかったことあるの、リリー。あなたを最高の学校
へやったわ。あなたは最も高価なヨーロッパ旅行もした。あなたを社交界デ
ビューさせるために、何千ドルも使った。あなたの結婚相手にふさわしい人に
も会わせたわ。セントルイスにいる、結婚にふさわしい人すべてに。私たちは、
持っている財産以上の生活をしてきた。そのために、借金をしたわ。ただ、あ
なたに、ふさわしい経歴を与えるために。最も有利なものを手に入れてきたわ。
でも、それは、いつまでも続かない。あなたも、もう若くはなれないでしょう。
あなたは、おめかしをしなくっちゃ。かわいくなる必要はないわ。ただ、微笑
むことよ。彼らに媚びるのよ。あなたの身体にも命があることを見せるのよ。
それこそ彼らが望んでいることよ。彼らに媚びるのよ。彼らに媚びるのよ、リ
リー。私はできることはすべてしたことは、神様もご存じよ。
」と言っている。
この中には、前に引用した、MRS. YORKE の「台詞」と重なり合う部分もか
なりあり、声の主、VOICE と MRS. YORKE が同じであることを暗示している
(しかし、厳密に言えば、VOICE は、LILY の心の中の「声」、彼女のみに聞こ
えてくる「幻聴」であるかもしれない)
。彼女は、
娘の LILY を社交界へデビュー
させるために、全財産を使い果たし、借金生活をしている。まさに、そのため
に、彼女は、身を滅ぼそうとしている。しかし、それでも、彼女は、飽くこと
なく、自分の虚栄心を満足させるために、娘を金持ちと結婚させたがっている。
彼女の虚栄心が、彼女自身の生活をも、破壊し始めていることに、暗に、気づ
− 29 −
落 合 和 昭
いていながらも、気づいていないふりをしながら、虚栄心を捨てることができ
ないでいる。
Williams は、MRS. YORKE の、果てしなく増大する虚栄心を描きながら、
同時に、その虚栄心の犠牲になっていく娘の LILY を描いている。娘は、明ら
かに、母親を表していると思われる VOICE の声を聞くが、これは、おそらく、
彼女のみに聞こえる声であると想像することができる。彼女のみに聞こえるこ
とができる声、それは、別の言い方をすれば、彼女の「幻聴」ということにな
るかもしれない。もし彼女に、幻聴が聞こえているとすれば、彼女は、病理学
的に言えば、統合失調症にかかっている可能性があり、彼女は、精神的に、か
なり病んでいる状態にあると言える。
母親の MRS. YORKE が、美容院へ出かけたあと、LILY は、落ち着かなく、
部屋を歩き回り、やがて、
“vanity”の前に来て、立ち止まる。言うまでもなく、
この“vanity”は、「虚栄心」の意味ではなく、「浴室洗面台」の意味である。
この時の彼女について、「ト書き」では、
....She pauses in front of the vanity and looks into its huge polished mirrors. She
grins and simpers at her reflection....(p51)
(下線は引用者、点線部分は省略部分)
「、
、、彼女は“vanity”
、
「浴室洗面台」の前で立ち止まり、その大きな磨いたカ
ガミをのぞき込む。彼女は、映った自分の姿に、にこりと笑い、さらに、に
たにたと笑う。、、
、」と書かれている。Williams は、この場面で、「浴室洗面台」
という意味の“vanity”と、
「虚栄心」という意味の“vanity”を重ねて用いて
いる。しかも、そのカガミを、
“its huge polished mirrors”
、
「巨大な、磨かれた
カガミ」と書いていることは、その「虚栄心」が、巨大で、念の入った「虚栄
心」であることを暗示しているように見える。それは、次の「ト書き」
、
− 30 −
Tennessee Williams の Why Do You Smoke So Much, Lily?
Lily extinguishes her cigarette against a spot in the mirror ― which reflects one of
her eyes. She opens the drawer of the vanity, takes out a silver case, press it open,
removes another cigarrette and flicks the lighter.(p52)
(下線は引用者)
「リリーは彼女の片方の目に当たる、カガミの部分にタバコを押しつけて消
す。彼女は、浴室洗面台の引き出しを引いて、銀のケースを取り出して、それ
を押して開き、もう一本タバコを取り出して、ライターで火をつける。
」を読
むと、さらに、明らかになる。母親の虚栄心に押しつぶされている LILY は、
まるで、恨みがこもっているかのように、“vanity”、「浴室洗面台」に映った、
彼女の片方の目に向かって、タバコを強く押しつけて、消す。そのときの、力
の入れ方から、それは、まるで、カガミに映った彼女、すなわち、虚栄の彼
女、母の虚栄心の中の彼女を、そのタバコの火を使って、抹殺しようとしてい
る行為のように感じられる。彼女は、カガミの中の彼女、母の虚栄心の中の彼
女による支配から、抜けだそうとする願望の表れかもしれない。そのあと、彼
女は、浴室洗面台の引き出しから、タバコを取り出して、火をつける。彼女が
“vanity”、「浴室洗面台」から、タバコを取り出す動作は、彼女がタバコを吸う
原因は、母親の“vanity”
,
「虚栄心」にあるということを、視覚化して見せた
のではないだろうか。
劇の終わりに、母親の YORKE 夫人が、美容院から戻ってくるが、Williams は、
その時の「ト書き」、
....It is her mother returning from the beauty parlor. It is her mother, scented with
hyacinth, freshly marcelled....(p54)
(点線部分は省略部分、下線は引用者)
では、
“It is her mother....”という表現が二度も使われて、強調されているだ
けではなく、それに続く表現として、
“returning from the beauty parlor”、
「美容
− 31 −
落 合 和 昭
室から戻ってきた」
、
“scented with hyacinth, freshly marcelled”
、「ヒヤシンスの
香水をつけ、髪をマルセルウエーブにした」という表現を付け加えている。
Williams は、帰ってきたのが、母親の YORKE であると指摘するだけでとどめ
ないで、何故、
“It is her mother....”という表現を二度も繰り返して強調し、さ
らには、わざわざと言ってもよいほどに、
「美容室から戻ってきた」
、「ヒヤシ
ンスの香水をつけ、髪をマルセルウエーブにした」というような描写を付け加
えたのか。それは、他でもなく、彼女の「虚栄心」を強調していることに他な
らない。
第五章 MRS. YORK の「虚栄心」と彼女の夫、Stephen の人生
MRS. YORKE の夫、すなわち、LILY の父親については、VOICE の「台詞」
の中で、
VOICE: Lily's a most unusual child. She's really very much like poor father. He
was the intellectual type, too, you know. Quite intereted in writing. Dear Stephen!
He had to give it up, of course, when we got married. But he kept all his old papers.
Kept them locked up in his desk. I'll never forget the fuss that he made when I
burned them. He cried like a baby. Poor, dear Stephen! A brillian man. But he had
such an impractical nature before our marriage. I cured him of that. He came around
beautifully after the first few years. I managed nearly all his affairs. Lily's just like
him, dear child! It's just a stage that she'll have to pass through, this intellectual
nonsense. Sooner or later she'll be wanting a home and children, of course, like all
the other young girls, and I'm sure, quite sure, that she'll make some man an awfull
good wife!(p52)
「リリーはとても変わった子だわ。彼女は、死んだ父親に、本当によく似てい
るわ。彼も、インテリタイプだったわね。書くことに興味を持っていたわ。で
− 32 −
Tennessee Williams の Why Do You Smoke So Much, Lily?
も、スティーヴンは、私たちが結婚したときに、それはあきらめなければなら
なかったわ。でも、彼は、以前書いたものをとっておいたの。それを、机にカ
ギを掛けてしまっておいたの。
私がそれを燃やしてしまったときの騒ぎったら、
けして忘れないわ。子供のように泣いていたわ、かわいそうに、スティーヴン
たら。すばらしい人だったわ。でも、彼は、結婚する前は、ほんとうに、非現
実的な人だった。私は彼を直したわ。彼は、数年後には、すばらしく元気なっ
たわ。私は彼のことは何でもしたわ。リリーは、彼にそっくりだわ。知的なナ
ンセンス、それは、彼女が乗り越えなければならない単なる一段階よ。遅かれ、
速かれ、彼女は、もちろん、他の若い女の子のように、家や家族を欲しがるわ。
きっと、きっと、彼女は、誰かの、とても良い奥さんになるわ。
」と言っている。
この箇所は、夫、Stephen について、妻の MRS. YORKE の側から、最も詳し
く語られている箇所である。いや、彼については、ここ以外では、ほとんど語
られれていないと言っても過言ではない。Stephen は、書くことが好きであっ
たが、どのような理由であるかは、書かれていないのでわからないが、結婚を
機に書くことをやめさせられてしまう。その上、それまでに書きためて、机の
引き出しに、カギをかけて、大事に保管していた原稿までもが、彼の知らな
いうちに、MR. YORKE によって、焼かれてしまう。すっかり気落ちして、無
気力になった彼が、再び、立ち直るまでには、数年もかかっている。彼は、現
実をうまく対処できない人間であったが、彼の、そのような性格を、妻であ
る MRS.YORKE 自身が、ようやく、矯正したと思っている。しかし、それは、
彼女から見た、一方的な見方であるように感じられる。おそらく、彼は、書く
ことをやめさせられて、大いに傷ついたに違いない。さらにそれに追い打ちを
かけるかのように、彼にとっては、最も大切な原稿を焼かれたのちは、腑抜け
たように、気落ちし、絶望し、文学に対する、熱い気持ち(MRS. YORKE に
言わせれば、“intelectual nonsense”
、
「知的ナンセンス」)を捨て、あとは、惰
性だけで、生きたのかもしれない。そのような状況に追い込まれている、夫の
心境を知るよしもない、MRS. YORKE は、夫が、彼女が喜ぶような人生を生
きるようになったことを、内心喜んでいる。彼女は、夫の心をまるで理解して
− 33 −
落 合 和 昭
いない。LILY は、父親が、妻である、MRS. YORKE の虚栄心の犠牲になった
ことをよく知っている。LILY も、今、父のように、
「知的ナンセンス」を捨て
て、家や家族を求めて、結婚をし、良き妻になるようにと強いられているので
ある。彼女も、また、父と同様に、母親の虚栄心の犠牲になっているのである。
この MRS. YORKE の「台詞」の背後には、一人の、飽くことを知らない虚
栄心に満ちた女のせいで、文学的な才能を開花させようとしていた、一人の
男、夫 Stephen が、無残にも、その夢がくだかれていく姿が描かれている。娘
の LILY は、父が、そのようにして、母によって、文学的な熱意を踏みにじら
れたことをよく知っている。MRS. YORKE の、父に関する「台詞」が、終わっ
た後、Williams は、LILY について、
LILY [whimpering like a tired child]: Father. . .father. . .why did you have to leave
me like this?
[She springs sudenly from the chair. Slams both doors. Locks them. Throws herself
face downwards upon the bed.]
LILY [passionately]: Father, she's getting me like she did you! She's killing me,
father! Did you hear her last night! I tell you . . . (p52-p53)
.
(下線は引用者)
と描写している。ここでは、彼女は、疲れた子供のように、めそめそしながら、
「お父さん、お父さん、何故、私をこのようにおいて言ってしまったの」と言っ
て、部屋のドアにカギをかけ、ベッドにうつぶせに身を投げ出す。
この「台詞」と「ト書き」は、筆者には、『新約聖書』「マルコによる福音
者」第十五章三十四節、英語訳では、
34. And at the ninth hourJesus cried out in a loud voice.“Eloi, Eloi, lama sabachthani?”
― which means,“My God, my God, why have you forsaken me?”
(下線は引用者)
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Tennessee Williams の Why Do You Smoke So Much, Lily?
日本語訳では、
34. そして、三時に、イエスは大声で、
「エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ」
と叫ばれた。それは「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになっ
たのですか」という意味である。
(下線は引用者)
を思い出させる。これは、イエスが、十字架上で、最後に叫んだ言葉で、イエ
ス自身は、『旧約聖書』「詩篇」43 篇二節、英語訳では、
2. You are God my stronghold. Why have you rejected me?
日本語訳では、
2. あなたはわたしの寄り頼む神です。なぜわたしを捨てられたのですか。
(下線は引用者)
をもとにして発している。
神に向かって発せられた、この、イエスの最後の言葉と、この場面で、
LILY が、今は亡き父親に向かって発した言葉、「お父さん、お父さん、何故、
私をこのようにおいて言ってしまったの」が、重なり合うと感じるのは、筆
者だけであろうか。この場面では、重なり合うのは、イエスの言葉と LILY の
「台詞」だけではなく、彼女が、ベッドの上に身を投げ出したときの姿は、形
はうつぶせであるが、十字架上のイエスの姿とも重なり合う。イエスと同様
に、彼女は、彼女なりの十字架を背負って生きることを強いられている。さら
に、彼女は、熱意を込めて、
「お父さん、お母さんは、お父さんにしたことと
同じことを私にしているわ。私を殺そうとしているのよ、お父さん。お母さ
んが、夕べ、言ったことを聞いた? 私は、お父さんに、、
、」と言っているよ
− 35 −
落 合 和 昭
うに、イエスの存在の意義をまったく理解できなかったローマの兵士やパリ
サイ人たちが、イエスを十字架にかけて処刑したのと相似の形で、今まさに、
LILY は、彼女をまったく理解できない母親によって、まさに、殺されようと
しているのである。ここでは、娘の LILY の姿は、イエスの姿に重なり、母の
姿は、ローマの兵士やパリサイ人と重なり合う。LILY は、母が、父に対して
したこと、すなわち、父の才能を押しつぶしたのと同じことを、娘である、彼
女にしていると思っている。
MRS. YORKE の虚栄心によって、夫であり、LILY の父である Stephen が犠
牲になり、そして、今まさに、LILY が犠牲になろうとしている。
結 び
LILY は、母親の MRS. YORKE の虚栄心の犠牲になるが、母親自身は、罪を
犯しているとは思っていない。母親は、娘を、良い学校に入れ、良いところへ、
嫁がせるために、すべてを犠牲にし、しかも、無一文になるまで、犠牲を払っ
てきたのだから、犠牲になっているのは、自分であると思っている。娘が、犠
牲になっているとは、まったく思っていない。母親にしてみれば、これだけの
犠牲を払ってきたのだから、言いたいことは言わしてもらうという気持ちがあ
るのだろう。しかし、この母親が気づいていないのは、彼女が、それだけの犠
牲を払ったのは、娘のことを第一に考えてのことではなく、自分の、増殖し続
ける、虚栄心を満たそうとしているに過ぎないということである。彼女は、娘
に対して、良いことをしていると、考えているので、何ら罪意識がない。罪意
識というものが、全くない状態で、彼女は、罪を犯し続けている。このことは、
人間は、罪であると知りながら、罪を犯す場合もあるが、罪であると、気づか
ずに、罪を犯すということである。まさに、原罪である。
このことは、イエスが、十字架につけられたときも同じである。ローマの兵
士たちやパリサイ人たちも、自分たちは、正しいことをしていると思って、イ
− 36 −
Tennessee Williams の Why Do You Smoke So Much, Lily?
エスを十字架につけた。彼らは、
イエスが治安を乱し、
神を冒涜していると思っ
て、処刑しようとしている。イエスが、処刑されるのは、当然であると思って
いる。彼らは、自らが罪を犯していると思って、
イエスを十字架につけていない。
「ルカによる福音書」第二十三章三十四節では、
十字架につけいる人々に対して、
イエスが、英語訳では、
34. Jesus said,“Father, forgive them, for they do not know what they are doing.”
日本語訳では、
34. 、、、父よ、彼らをおゆるしください。彼らは、何をしているか、わから
ずにいるのです。
と言っている。人は、罪を犯しながら、罪であることが気がつかないことを、
イエスは、「彼らは、何をしているか、わからずにいるのです。
」と言葉で、表
現している。 Williams は、これから、劇作家として生きようとしていたときに、MRS.
YORKE の虚栄心のような、文学的な才能を押しつぶす力を、当時、ひしひし
と感じていたのかもしれない。
おわり
テキストは、New Directions 版、
Mister Paradise and Other One-Act Plays by Tennessee Williams Edited, with an
Introduction and Notes by Nicholas Moschovakis and David Roesell
Foreword
by Eli Wallach and Anne Jackson New Directions Publishing Corporation 2005
Why Do You Smoke So Much, Lily?、p47-p54
− 37 −
落 合 和 昭
を使用した。また、Why Do You Smoke So Much, Lily? の登場人物欄には、
MRS. YORKE
Mary Mikva LILY
Leslie Frame
YOUNG MAN
Troy Slavens
(下線は引用者)
と書かれていて、MRS. YORKE と LILY は、拙論の中で見てきたように、二人
には、「台詞」もあれば、
「ト書き」における言及もあり、二人は、劇に登場し
てくる。しかし、下線部の YOUNG MAN について言えば、この劇には、彼の
「台詞」もなければ、「ト書き」にも、彼に関する言及もない。そのため、当然
のことながら、彼は、この劇の中には、一度も、登場もしてこない。しかし、
その人物の名前が、この登場人物欄には、載っている。これは、どのような理
由によるのだろうか。何らかの間違いが生じて、YOUNG MAN と、その役を
演じる俳優 Troy Slavens が載ってしまったのだろうか。それとも、この初演時
には、別のバージョンの Why Do You Smoke So Much, Lily? が上演されて、その
ときには、YOUNG MAN が登場したという意味であろうか。
論文中の『聖書』の引用はすべて、日本語訳は、
口語訳『聖書』
日本聖書協会 1984
英語訳は、
『バイリンガル聖書』 いのちのことば社 2006 年 による。
− 38 −
Tennessee Williams の Why Do You Smoke So Much, Lily?
注
1. Harry Ransom Humanities Research Center, Tennessee Williams Collection. (The
first and second numbers enclosed in parentheses following“HRC”designate,
respectively, the numbers of the box and folder in which the materials cited are
currently filed.)
参考文献
1. The Kindness of Strangers: The Life of Tennessee Williams by Donald Spoto
Little, Brown and Company 1985 Chapter Two Ghosts (1928-1937) p26-p62
2. Tenn at One Hundred: The Reputation of Tennessee Williams Edited by David
Kaplan Hansen Publishing Group 2010 Tennessee Williams' St. Louis Blues
Allean Hale p3-p10
3. 『心理学対決! フロイトとユング』 編著者 山中康裕 ナツメ社 2010
年
4. 『フロイトからユングへ』無意識の世界 鈴木 晶 NHK ライブラリー 2010 年
5. 『図解雑学 フロイトの精神分析』
鈴木 晶 ナツメ社 2010 年
6. 『図解雑学 ユング心理学』
福島 哲夫 ナツメ社 2010 年
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