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長期的な石油需給逼迫は回避可能か? - JOGMEC 石油・天然ガス資源

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長期的な石油需給逼迫は回避可能か? - JOGMEC 石油・天然ガス資源
JOGMEC 調査部
特命審議役
石井 彰
アナリシス
長期的な石油需給逼迫は回避可能か?
―地道な探鉱開発投資 ・ R&Dと節約の努力で十分可能に―
はじめに
2 0 0 8 年 7 月に 1 バレル 1 4 7 ドルをつけた後、WTI 原油先物価格は大きく下落してきた。筆者は 2 年前
ひっぱく
に本誌において、WTI 原油先物価格の急騰は需給逼迫が原因というよりも、金融バブルの様相が強い
と指摘した(石油・天然ガスレビュー 2 0 0 7.1 Vol.4 1 No.1「2 1 世紀型石油危機の発生と資源ナショナリ
ズムの台頭」
参照)
。このような説はその時点で少数派であったが、石油価格が急落した現在ではむしろ
通説になった感があり、意を強くしている。しかし実際には、当時から“石油価格バブル”説は世間一般
では少数説であったものの、石油のプロの間ではむしろ通説に近いものであった。当時、石油価格の高
騰に呼応して金融関係や先物市場関係者の間に「にわか石油アナリスト」が雨後の竹の子のように出現
、
、
し、
「需給逼迫で価格急騰は当然!」
と、ためにする議論や、安易な価格トレンド便乗型の議論をマスメ
かまびす
かす
ディアで喧しく論じたために、多くの石油専門家の意見が霞んで見えただけの話である。米国サブプラ
イム・ローン問題が発覚した 2 0 0 7 年夏の後でも、大多数のエコノミストが信じていた「市場は常に正
しい」とする新古典派経済学(特にシカゴ学派)の勢いは継続していた。現在では、少なくとも 2 0 0 7 年
秋から 2 0 0 8 年夏までの 1 バレル 1 5 0 ドル近辺への 1 年間の価格高騰という事態は、取りあえずバブル
に相違なかったと、当の
「にわか石油アナリスト」たちも認めざるを得なくなったようだ。
だが、バブル崩壊でいったん下がった石油価格は、中国・インド等の長期的な経済成長持続によって、
石油需給が遅かれ早かれ構造的に逼迫するので、いずれ遠からず再び 1 0 0 ドル(ドル価値一定の実質価
格で)を超えて上昇していくことは必然であると、彼らの多くは依然として論じている。今は金融混乱
によりもたらされた石油価格上昇トレンドが小休止しているにすぎないと、多くのマクロ経済の専門家
もっと
たちも、これを支持する意見を表明している。その長期的な石油価格の必然的再上昇シナリオは一見尤
もらしいが、全く逆に、長期的に価格高騰しないというシナリオは成立し得ないのだろうか?
もちろん、金融バブル崩壊に伴う長期にわたる世界恐慌はないという前提での話である。穏当な長期
的世界経済成長シナリオ下においては、石油需給は必然的に逼迫し、価格は再び大きく上昇していかざ
るを得ないのであろうか。
本稿の目的は、穏当な世界経済成長持続を前提としても、石油需給の構造的逼迫は必然ではないとい
うシナリオを示すことにある
(石油価格シナリオではないことにご注意頂きたい)。
ただし、
「果報は寝て待て」
というわけにはいかない。
結論から先に言えば、世界的に
(日本も含めて)、石油の探鉱開発と開発技術・開発投資を鋭意推進し、
先進国・新興国を問わず各種のハイブリッド車の積極導入や燃費向上策、また新興国における国内石油
製品価格の統制を廃していけば、原油需給の長期的な逼迫は抑止可能であろうということだ。要は、容
易とは言い難いが、地道にやるべきことをやれば、必ずしも悲観する必要はないのではないかというこ
ちな
とである。因みに、これも石油専門家の間では、現在必ずしも少数説ではないのである。
参考までに歴史を振り返ってみよう。1 9 7 0 年代半ばから 8 0 年代半ばにかけて 1 2 年間続いた石油価
えいごう
格高騰時代には、
「石油価格は未来永劫上がり続ける」とほとんどの関係者が確信していたのであり、
1 9 8 6 年に石油価格が大暴落した後も、長期にわたって大半の関係者が「再び石油価格は上昇し続ける」
と信じ続けていた。そのような見方がようやく下火になったのは、価格暴落後 1 0 年近くたった 9 0 年代
半ばになってからである。実際の価格推移は、1 9 8 6 年の価格暴落後に 1 8 年間もの長期にわたって低価
格時代が続いた。その理由の一部は、恐らく供給側も需要側も価格が上昇し続けると信じたが故に、増
たど
産投資と省エネの努力を継続したからであろう。今後の 1 0 ~ 2 0 年程度も、これと同様の経緯を辿る可
1 石油・天然ガスレビュー
アナリシス
能性もあり得るだろう。ただし、再び投機・金融バブルや中東の政治環境の激変で、石油価格が高騰す
るのかしないのか、また 2 0 年先、5 0 年先という“超”長期需給のことも全く分からない。
ここで強調したいのは、本稿が長期の予想・予測をするものではないということである。
筆者は、
“真っ当な”
長期の予想・予測などは、原理的に不可能であると考えている。自信を持って予
測できるという人や、計量経済モデルやある種の“魔法の”方程式などで“科学的”に長期見通しが可能な
どと思っている人は、アブナイ人、あるいはいささか知性に問題がある人(幾ら肩書き・学歴等が立派
すいせい
な人でも)
であるとすら思っている。惑星や彗星の軌道予測でもない限り、そもそも長期予測なるものは、
ほとんどオカルト、星占い、手相見、ないし米国風の表現を借りれば呪術的性格が強い“ブードゥー
たぐい
(Voodoo)教”の類であって、筆者の好みではない。筆者は、未来が本質的に不確実で、未決定であり、
世の中は十分すぎるほど複雑であると考えている。なぜそう思うのか、理論的に説明するには紙幅が足
あ
ふう び
りないので、ここでは敢えて言及しないが、過去に一世を風靡したさまざまな長期予測とその結末の事
例を幾つか思い出してもらえば、論拠としては十分だろう。
したがって、ここで示そうとするのは、楽観的なシナリオ、すなわち、事実関係に基づき、かつ論理
的に矛盾しない楽観的ストーリーが、どこまで描けるのかということであり、断じて予測ではない。ま
た、楽観的シナリオが実現するためには、どのような条件が満たされねばならず、業界側、政策サイド
のいかなる行動がそれを支えるのかを考えることが重要である。現状の惰性の延長であっては、楽観シ
ナリオの蓋然性が高いとは到底言えないだろうが、同時に世間一般で言われているような悲観的見通し
が必然であると言える客観的根拠も、またないと考える。未来はある程度、消費国側、業界側双方の行
動によって、可変的であるという確信があるからである。
ここから、なぜそのような楽観シナリオが可能なのか、具体的に供給面と需要面の両サイドについて、
それぞれ検討してみよう。なお、供給面については、主として JOGMEC 調査部が執筆 ・ 編集したコロ
ナ社刊の『石油資源の行方』
(2 0 0 9 年 3 月発行予定)の要点に基づいているので、より詳しく知りたい向
きには、本書のご一読をぜひお勧めしたい。
1. 供給側の留意点
中長期にわたる需給逼迫見通しの一つの根拠となって
田発見がほとんどなくなったというピークオイル論者な
いる資源悲観論、例えば多くの環境派ジャーナリストな
どに対する、具体的事例に基づく反証といえる。
どが引用する C. キャンベルの「ピークオイル論」につい
ての専門的評価については、紙幅の関係から前掲書『石
① ブラジル深海プレソルトでの大発見
油資源の行方』や P. マッケイブ氏の議論(石油・天然ガ
2 0 0 7 年 1 1 月、Petrobras は リ オ デ ジ ャ ネ イ ロ 沖 合
スレビュー 2 0 0 8.9 Vol.4 2 No.5「ピークオイル説とエネ
2 5 0km に位置するサントス堆積盆地の Tupi 油 ・ ガス田
ルギー生産予測」
参照)
などに譲ることとし、ここではま
の可採埋蔵量は石油換算で 5 0 億~ 8 0 億バレルであると
ず最近の有望大油田の発見事例や既発見未開発油田の開
発表した。そして、Tupi 油 ・ ガス田の発見されたプレソ
発開始見通しを具体的に見ることにしよう。その後、そ
ルトの海域全体に大量の炭化水素資源が埋蔵されている
れらを踏まえて中長期的にどのような世界の石油生産能
可能性があるとの見解を示した。
力推移を描くことが可能なのか、さまざまな専門機関の
この見解を裏づけるように、その後もブラジル沖合、
見通しを参考にしつつ考えてみたい。
サントス盆地のプレソルトでは発見が相次いでいる
(図 1)
。2 0 0 7 年 1 2 月には Caramba 油田、2 0 0 8 年 1 月
(1)
最近の大規模発見
には Jupiter ガス ・ コンデンセート田、5 月には Bem-te-Vi
最近数年間、幾つかの有望大油田の発見、ないし有望
油田、6 月には Guará 油田、8 月には Iara 油田が発見さ
地域の確認事例には事欠かない。これは、新規の有望油
れたとの発表が Petrobras からなされた。
2009.1 Vol.43 No.1 2
長期的な石油需給逼迫は回避可能か? -地道な探鉱開発投資・R&Dと節約の努力で十分可能に-
0
Pirambu鉱区
Pirambu
岩塩分布エリア
リオデジャネイロ
サンパウロ
BM-S-10鉱区
Parati
BM-S-21鉱区
Caramba
サントス盆地
開発中
生産中
オープン
コンゴ民主
共和国
Block 14
BM-S-11鉱区
BM-S-8鉱区
Bem-te-Vi
探鉱中
アンゴラ
大 西 洋
Caxareu鉱区
Caxareu
Tupi
0m
40
0m
50
1,
エスピリトサント盆地
ブラジル
コンゴ
共和国
100 km
50
Block 15
Iara
BM-S-24鉱区
Jupiter
Block 31
カンポス盆地
Carioca Guara
BM-S-9鉱区
アンゴラ
Block 16
100Km
Block 32
Block 17
出所:各種資料より JOGMEC 作成
Block 33
図1
ブラジル岩塩分布エリアとプレソルトで
発見のあった鉱区
Block 18
Block 34
ルアンダ
さらに、2 0 0 8 年 4 月には、ANP(ブラジル国家石油庁)
のハロルド・リマ長官が、Carioca 油田周辺全体の埋蔵
量は Tupi 油・ガス田の 5 倍で、石油換算 3 3 0 億バレル
出所:各種資料より JOGMEC 作成
図2 アンゴラの海洋鉱区
に達する可能性があるとし、大きな話題となった。
このサントス盆地のプレソルトでは、これまでに 9 坑
が掘削され、そのすべてで石油・ガスの発見に成功して
3 3 が開放され、BP が Block 3 1 を、Total が Block 3 2 を、
いる。これは、石油業界の常識ではほとんどあり得ない
ExxonMobil が Block 3 3 を落札、3 鉱区合計のサインボー
僥 倖と言うべきである。野球で言えば、9 打席連続場外
ナ ス は 1 0 億 ド ル と 歴 史 的 な 高 額 で あ っ た。 そ の 後、
ホームランといったところである。
2 0 0 7 年 6 月までに、Block 3 1、3 2 の 2 鉱区で約 2 4 油田
2 0 0 8 年 1 1 月にブラジル政府は、このプレソルト海域
が発見された。2 0 0 8 年 8 月、アンゴラ政府は、同国初
全体の期待埋蔵量が800億バレルであると表明しており、
の水深 1,5 0 0m を超える“Ultra-deep water”油田開発を
これが本当になれば、ブラジルは将来において中東湾岸
承認した。BP がオペレーターを務める Block 3 1 の北東
諸国並みの大産油国に成長することになる。ただし、深
部 Plutao-Saturno-Venus-Marte(PSVM)油田である。
海の大深度油層なので、開発コストは高く、技術的にも
PSVM 油田の埋蔵量は約 5 億バレルで、2 0 1 2 年に生産
チャレンジングである。
を開始する予定である。この油田自体の生産プラトーは
南米に「中東並みの大産油国」が誕生するシナリオは、
1 5 万バレル / 日にすぎないが、その後続々と同鉱区内の
ありもしないことを事実として発表した、戦中期日本の
他の油田が開発予定である。技術的、コスト的にチャレ
ぎょう こう
「大本営発表」
の様相も呈しているが、ここは期待したい
ンジングではあるが、今後の展開に期待したい。
ところだ。
③ 中国渤海の極浅海域における大型油田発見
② アンゴラ沖大水深油田における発見
2 0 0 7 年 5 月、中国石油天然気集団公司(CNPC)は、河
アンゴラでは、1,0 0 0m 以深の深海域で 1 9 9 0 年代以
北省唐山市に面した渤海湾の水深約 3m の極 浅 海 域で、
降大発見が相次ぎ、既に生産量は約 1 8 0 万バレル / 日に
大型の油田を発見したと発表した。
急増し、政情不安で生産が滞りがちなナイジェリアを抜
油田の名前は南堡(Nanpu)で、渤海湾盆地に位置して
いてアフリカ最大の産油国を窺う勢いとなっている。同
いる(図 3)。正式な発表は 2 0 0 7 年だが、発見井の掘削
国では、
最近さらに水深 1,5 0 0m 以深の探鉱が活況となっ
は 2 0 0 5 年に行われた。周辺海域では秦皇島 3 2-6 など複
てきており、大きな成果が出始めている
(図 2)
。
数の油田が発見されている。中国では、水深 5m 以深の
1 9 9 9 年に水深 1,5 0 0 mを超える鉱区 Block 3 1、3 2、
海域は主に中国海洋石油総公司(CNOOC)が単独あるい
うかが
3 石油・天然ガスレビュー
ごく せん かい
ナンプー
アナリシス
は外資と共同で石油の探鉱開発を行っているが、探鉱作
る見通しである。
業が困難だった水深 5m 以浅の海域のうち、特に渤海湾
ただし、これで中国が将来、石油で自立できるように
盆地に属する極浅海域では最大の国営石油会社、CNPC
は全くならない。必要輸入量が若干減少するのみである。
が鉱区ライセンスを保有し、極浅海用の特殊な探鉱機材
を開発の上、探鉱開発を行ってきた。
④ 北極海における発見
2 0 0 7 年 5 月の発表で、CNPC は南堡油田の原始埋蔵
図 4 は、北極海の海氷分布が過去最小となった 2 0 0 5
量を約 7 4 億バレル(石油換算)と発表した。内訳は原油
年 9 月の面積を、2 0 0 7 年 8 月にさらに下回ったことを示
の確認埋蔵量(proven)が 2 9 億 5,7 0 0 万バレル、推定埋
している。極地において、地球温暖化の進行が予想以上
蔵量(probable)が 2 1 億 7,8 0 0 万バレル、予想埋蔵量
のスピードで進んでおり、このことが北極海の資源開発
(possible)が約 1 4 億 7,6 0 0 万バレルである。これに、油
に対する関心を高めている。
田生産に伴って産出する随伴ガスの原始埋蔵量4兆9,480
北極海の極点付近は依然として学術調査の対象では
億立方フィート
(原油換算約8億バレル)
としている
(表1)。
あっても、周辺の大陸棚、特にロシア側においては、既
米大手コンサルタント会社の IHS Energy は回収率 2 5 %
に商業レベルでの資源開発が進行中である。これらの海
とした場合、原油の確認埋蔵量(確認+推定)は12億8,400
域は石油よりもガス ・ リッチであると考えられているも
万バレルになると試算した。
のの、最近かなりの量の石油資源が発見されてきている。
PetroChina は南堡油田開発に際し、複数の人工島を
建設し、坑井掘削や海底輸送パイプラインの建設を進め
・プリラズロムノエ油田
ており、2 0 1 2 年までに生産量は 2 0 万バレル / 日に達す
バレンツ海最南部のペチョラ海に位置するプリラズロ
しんのうとう
泰皇島 32-6 油田
ナンパオ
南堡 35-2 油田
北堡西
泰皇島
CNOOC(Chevron)
老堡 孤坨
渤海湾
05/36
Kerr-McGee
04/36
Kerr-McGee
11/05
ConocoPhillips
ナンプー
南堡油田
ほうらい
蓬莱 19-3 油田
09/06
Kerr-McGee
そう ひ でん
曹妃甸油田
ボーナン
渤南油田
中国
2005 年 9 月 22 日
(注)ピンク色は PetroChina 保有鉱区、
黄色は外資参加鉱区
(オペレーター
企業は鉱区名の下に明記)
、秦皇島鉱区は Chevron がマイナーシェ
アで参加。
出所:各種資料より JOGMEC 作成
渤海の南堡油田と周辺の主な生産中の
図3 油田(生産量 2 万バレル / 日超)
表1 南堡油田の埋蔵量(CNPC 発表)
埋蔵量
原油
億トン
億バレル
確認
4.1
29.6
推定
3.0
21.8
14.8
予想
2.0
天然ガス(随伴ガス)
原始
1.2
8.2
全体
原始
10.3
74.4
出所:CNPC
2007 年 8 月 15 日
(注)2007 年の氷象は、これまでの最小であった 2005 年 9 月を上
回るスピードで縮小しており最小記録を更新する見込み。
出所:宇宙航空研究開発機構(JAXA)プレス・リリース(2007/8/16)
図4 JAXA による北極海の氷の分布
2009.1 Vol.43 No.1 4
長期的な石油需給逼迫は回避可能か? -地道な探鉱開発投資・R&Dと節約の努力で十分可能に-
ム ノ エ(Prirazlomnoye) 油 田 は、 現 在 は Gazprom が
なくともガスは数兆立方フィート)を確認したが、当時
1 0 0 %権益を保有しており、石油の可採埋蔵量は 5 億バ
の石油価格と開発技術水準と海氷状況では商業開発は無
レル
(8,3 2 0 万トン)
と見られる。生産開始は 2 0 1 1 年を見
理として断念した経緯がある。昨今の石油価格上昇と極
込んでおり、日量 1 3 万 2,0 0 0 バレル(6 6 0 万トン / 年)で
地開発技術の進展、および夏場の氷海減退で再度本格的
2 5 年間の生産を見込む。これは、北極海の大陸棚で最
に探鉱開発に着手する方針に至った。落札額は 1 鉱区あ
初の油田となる。
たり約 1 億ドル、1km2 あたり約 4 5 0 万ドルとなる。同
社のこの海域の有望視への確信を表していよう。
・アドミラル・テイスカヤ油田
同海域の埋蔵量は、米国資源管理局(MMS)の評価に
アドミラル・テイスカヤ油田は、バレンツ海の北方で
よると、技術的に採取可能な埋蔵量は、石油 1 5 0 億バレ
ノバヤゼムリャ島の近くに位置する。天然資源省の推定
ル、ガス 7 6TCF である。
によると、アドミラル・テイスカヤ油田は原油 2 1 億バ
レル、ガス 2 1 兆立方フィート(6,0 0 0 億 m3)の推定埋蔵
⑤ カスピ海地域での新発見
量がある。
本油田は、
バレンツ海で最大埋蔵量を誇るシュ
・カスピ海のカザフスタン水域での発見
トックマン・ガス田よりもさらに北方にあるが、ノバヤ
カスピ海のカザフスタン水域では、周知のように可採
ゼムリャからの離岸距離は約 1 0 0km と、はるかに条件
埋蔵量最大 1 3 0 億バレルとも言われている巨大なカシャ
は良い。その開発はシュトックマン・ガス田などの開発
ガン油田(図 6)が 2 0 0 0 年に発見されている(ピーク時の
が本格化した次のフェーズと考えられている模様であ
生産量は 2 0 1 0 年代末に向けて 1 5 0 万バレル / 日に達す
る。
る見込みである)。その後、隣のカラムカス構造・アク
トテ構造・カイラン構造・南西カシャガン構造でも探鉱
はいたい
・アラスカ・チャクチ海の油・ガス田
で相当量の炭化水素の胚胎が確認されている(数値は公
Shell はアラスカ極地エリアの探鉱に本格着手するた
開されていない)
。ただし、発見されて 8 年以上の巨大
めに、2 0 0 8 年 2 月のチャクチ海の探鉱ライセンス入札
油田カシャガンも、さまざまなトラブルで本格生産開始
に積極的に応札し、入札総額の 8 割を占める 2 1 億 2,0 0 0
時期は数回も延期となり、現在は 2 0 1 2 年に繰り延べさ
万ドルという石油史始まって以来の高額入札ボーナスで
れている。この地域での油田開発の技術的、政治的ハー
2 7 5 鉱区を取得した。同社は既に 9 0 年代初めに 5 坑を掘
ドルは決して低くはない。
削して、うち 4 坑で相当量の石油・天然ガス埋蔵量(少
・カザフ水域 Zhemchuzhiny 鉱区での新発見
1,000
0
2,000
2 0 0 7 年に掘削された試掘井により、Hazar 構造での
km
アラスカ
(米国)
チュクチ海
ア
ル
フ
チュコ
ァ
ロ
ト海台
海
モ
ノ
溝
ソ
メ
フ
ン
海
ガ
デ
ッ
嶺
レ
ケ
ー
ル
エ
海
フ
嶺
海
嶺
ウランゲル島
カナダ
KAZAKHSTAN
東シベリア海
RUSSIA
カシャガン油田
TURKEY
AZER
-BAIJAN
TURKMENISTAN
ラプテフ海
IRAQ
Zhambyl
ロシア
Lagansky
Satpayev
Abai
Madina
IRAN
Rakuchechnoye
Kurmangazy
Atash
テンギス油田
Isatay
Caspian
Pearl
Darkhan
Mertviy Kultuk
カラムカス構造
TyubKaragah
カラ海
Khvalynskoye
KAZAKHSTAN
バレンツ海
グリーンランド
Tsentralnaya
アイスランド
ノルウ
ェー
スウェー
デン
洋
Nursultan
ンド
ンラ
フィ
大西
中央
海嶺
出所:各種資料より JOGMEC 作成
図5 北極海の極点付近
5 石油・天然ガスレビュー
深海
大陸棚
陸地
RUSSIA
Yalama
(D-222)
CASPIAN SEA
TAN
ENIS
KM
TUR
出所:各種資料より JOGMEC 作成
図6 北カスピ海の主な石油開発鉱区と油田
アナリシス
石油の存在が認められているが、7 億 3,0 0 0 万バレル以
⑥ メキシコ湾米国海域の新生代古第三紀層での発見
上の埋蔵量が期待されている。また、2 0 0 8 年 7 月には
メキシコ湾は巨大な岩塩の堆積盆地であり、主に大水
Auezov 構造で第 2 号井の掘削が始まったと伝えられて
深エリアに岩塩が厚く分布している(図 7)
。
おり、今後の探鉱作業によって油田開発の採算性が確保
岩塩より上位の地層は基本的に岩塩層を滑り面として
できる石油埋蔵量の発見が期待されている。
深海側に滑動し、大水深エリアには広範な褶曲帯が形成
されている。褶曲帯周辺に存在している新生代古第三紀
・ロシア水域カスピ海での発見
層で、最近大型油田が続々と発見されている。
2 0 0 8 年 5 月、カスピ海中央部、Tsentralnoye 鉱区の
2 0 0 1 年以降の約 5 年間で同層には試掘井 1 9 坑が掘削
探鉱が成功したと報じられた。ロシア、マハチカラの沖
され、1 2 の油田が発見されている。その成功確率は
合約 1 5 0km に位置する構造であるが、一部がカザフス
6 3 %と驚異的なレベルにある。これは地震探鉱データ
タン水域にかかっている可能性もあり、今後カザフスタ
の解析技術の進歩により構造把握のリスクが軽減された
ンとの共同開発も検討される見込みである。
今のところ、
ことが大きく寄与している。しかし新生代古第三紀層の
期待埋蔵量は原油 3 8 億バレル、ガス 9 1.7bcm とされて
油 ・ ガス田は発見後時間がたっておらず、現時点で未開
いる。2008年10月には3次元地震探鉱を追加的に行って、
発であることから、現時点では生産量ゼロとなっている。
地下構造をさらに詳細に把握する作業を行うとも報じら
水深は 5,0 0 0 フィート(約 1,5 0 0 m)以深の超大水深で
れている。
ある。各発見油田の埋蔵量規模については各種報道で数
さらに、ロシア水域カスピ海、アストラハンの南に位
千万バレルから数億バレル規模と示唆されている。今後
置する Lagansky 鉱区でも、2 0 0 8 年 7 月に原油が発見さ
の同層の探鉱活動は 1 2 油田の発見を受けて、加速して
れ、1 0 月には可採埋蔵量 5 億バレル弱程度と推定値が発
いくことが予想されるが、同層全体の埋蔵量ポテンシャ
表 さ れ た。 ま た、2 0 0 8 年 9 月 上 旬、 カ ス ピ 海 West-
ルについては、同層で最大の鉱区面積を持つ Chevron が、
Rakushechnaya 構造における探鉱でも石油の埋蔵が確
可採埋蔵量 3 0 億~ 1 5 0 億バレルに達する可能性を指摘
認されたが、推定埋蔵量規模は未発表である。
している。
・アゼルバイジャン水域での埋蔵量拡大
(2)大規模な既発見未開発油田の開発開始
2 0 0 7 年 1 1 月に BP がオペレーターを務める 巨 大 な
「最近、確かに有望な新規発見が次々あったといって
シャー・デニス・ガス田の深層で、新たなガス層が確認
も、これだけでは増大する世界需要を長期的に賄うには
されたことから、同ガス田のコンデンセートの埋蔵量評
いかにも力不足ではないのか」と懸念する向きには、次
価もこれまでの 3 億バレルから 1 0 億バレル以上へと拡
に既に何年も、あるいは何十年も前に埋蔵が確認されて
大された。
いながら全く開発に手が着いていなかった大油田が、今
や次々に開発に着手されようとしているさまざまな事例
を提示しよう。
ミシシッピ州
テキサス州
アラバマ州
① 中東湾岸の通常型油田
ルイジアナ州
世界最大の石油埋蔵量を誇る中東湾岸には、既に発見
ニューオーリンズ
されてから数十年という長い時間が経過しているにもか
5,0
ft
00
1,0
ヒューストン
00
Silvertip
Tobago
Tiger
Gotcha
Great White Trident
Kaskida
Jack
ft
Cascade
Chinook
Stones
St.Malo
古第三系プレイエリア
かわらず、開発に着手されていない巨大油田が多数存在
する。
・イラク
50
0
50mi
50
0
50km
出所:MMS 他より JOGMEC 作成
図7 メキシコ湾の古第三系プレイエリア位置
イラクではこれまで 7 3 の油田が発見されているとの
こと。このうち6油田が埋蔵量50億バレルの超巨大油田、
2 3 油田が同 5 億~ 5 0 億バレルの巨大油田、4 4 油田が同
5 億バレル以下の中 ・ 小規模油田とされる。7 3 の既発見
油田のうち、開発済み(生産中)の油田は南部のルメイラ
油田、北部のキルクーク油田等の 1 5 油田程度にとどまっ
2009.1 Vol.43 No.1 6
長期的な石油需給逼迫は回避可能か? -地道な探鉱開発投資・R&Dと節約の努力で十分可能に-
0
200
400
km
38
油ガス田
トルコ
探鉱鉱区
トルコルートパイプライン
タウケ油田
チグ
リス
川
(ジェイハンへ)
アインザラ油田
61
62
63
カイヤラ油田
ー
ユ
16
テ
ラ
フ
ス
川
シリア
キルクーク
12
13
49
同上ガス田
48
46
ク戦
イラ
6
42 ザ
44 43
ク
ダウラ
パイ
プラ
イン
キフル油田
37
ナジャフ
34
3
ガラフ油田
31
30
サマワ 29
2
ヌール油田
ハルファヤ油田
26
25
21 24
28 ナシリア
ラタウィ油田
27
スバ油田
20
1
30
ブズルガン油田
ジャバルファウキ油田
西クルナ油田
22
9
ルハイス油田
ツバ油田
ルメイラ油田
8
ミサン油田群
アブギラブ油田
38
39
35 ラフィダン
油田
32
23
36
33
ナシリア油田
サウジアラビア
イラン
ロ
メソ
ポ 40 ス褶
41 タ
曲
ミア
帯
ダフリヤ油田 堆
積
盆
アフダブ油田
地
バクダッド
マルジャン油田
4
マンスーリヤガス田
45
東バグダッド油田
略
10
5
32
第一次入札対象油田
ジャンブル油田
アルハディーサ
アッカス・ガス田
7
クルド自治区(3州)
ライン 12A ハムリン油田 47
11
ヨルダン
製油所
スレイマニア州
56
55
ティクリート
パイプ
チェマルガス田
50
51
14
ルート
(閉鎖中
)
34
52
カッバズ油田
バイジ
出荷ターミナル
57 チェム
53
バイ・ハッサン油田
15
都市
タクタク油田
54
65
パイプライン
キルクーク油田
モスル
フルマラ・ドーム
県境
アルビル州
58
59
64
シリア
国境
60
ドホーク州
17
36
地質区境界
アフワーズ
アザデガン油田
マジュヌーン油田
19
ビン・オマール油田
(ナールウムル油田)
アバダーン
バスラ
ズベイル油田 18
バスラターミナル
コルアルアマヤ
クウェート
ターミナル
ブルガン油田
カフジ油田
カフジ
サファニア油田
28 N
サウジアラビアパイプライン
(閉鎖中)
40 E
42
44
46
48
出所:各種資料より JOGMEC 作成
図8 イラクの油ガス田位置
ており、残りの大多数の油田が開発初期か未開発のまま
バレル / 日、マジヌーン油田が 6 0 万バレル / 日、ナール・
残されている。未開発で埋蔵量の大きい油田はイラク南
ビン・ウマール油田が 4 5 万バレル / 日、その他について
部に集中しており、
可採埋蔵量100億バレル超のマジヌー
も 1 0 万~ 3 0 万バレル / 日が見込まれている。イラク以
ン油田、
西クルナ油田、
50億~ 60億バレル規模のナール・
外の国でこれほど多くの既発見巨大油田が未開発(また
ビン・ウマール油田、ハルファヤ油田、2 0 億~ 3 0 億バ
は開発初期段階)で残されている国はない。これこそが
レル規模のラタウィ油田、ナシリヤ油田等の大型油田が
イラクが世界の石油産業から大きな注目を集める所以で
多く含まれている。生産能力は、西クルナ油田が 8 0 万
ある。
7 石油・天然ガスレビュー
ゆえん
アナリシス
イラク戦争後 5 年となる 2 0 0 8 年に入り、ようやく同
・サウジアラビア
国の本格的石油開発の実施に向けた動きが見られるよう
サウジアラビアは現在、生産能力を日量 1,1 0 0 万バレ
になった。2 0 0 8 年 6 月に石油大臣が第 1 次入札の実施と
ル(2 0 0 5 年末)から 2 0 0 9 年中に 1,2 5 0 万バレルに引き上
入札対象 8 油ガス田(6 油田、2 ガス田)をアナウンスし、
げる計画を進めている。
2 0 0 9 年 6 月の契約締結を目指している。今回、入札対
注目すべき点は、サウジアラビアの能力増強は当面
象となる 6 油田はいずれも既存生産中の油田であり、既
(フェーズ 1)、クライス油田等の中軽質油主体で進めら
発見未開発油田は含まれていないが、シャハリスターニ
れるが、今後、開発対象となる中軽質油油田は限られ
石油相は、2 0 0 8 年末から 2 0 0 9 年にかけて第 2 次入札お
ており、次の段階(フェーズ 2)では市場流通性の低いア
よび第 3 次入札を発表する予定としており、既発見未開
ラビアン ・ ヘビー(AH、API 2 9 °以下)の重質油田(マ
発油田の新規開発案件が探鉱案件とともに入札対象に加
ニファ、サファニア、ズルフ等)が主体となることが確
えられる見込みである。
実。AH を処理可能な消費国側精製設備が日本などを除
これが実現すれば、イラクの石油生産能力は、現在の
き世界的に不足している現状を踏まえ、サウジアラビ
日量 2 5 0 万バレル程度から 1 0 年以内に 6 0 0 万~ 7 0 0 万
アは国内 2 カ所(ジュベイルとヤンブー)に AH をフィー
バレル/日程度に飛躍的に拡大することになる。ただし、
ド可能な輸出製油所(フル・コンバージョン装置)を国
周知のように、このような本格的投資が可能になるよう
際石油企業との合弁で 2 0 1 2 年までに建設する計画を進
な政治的環境への改善は、いまだ不透明であり、相当後
めている。
にずれ込む可能性がある。
出所:各種資料より JOGMEC 作成
図9 サウジアラビアの油ガス田位置
2009.1 Vol.43 No.1 8
長期的な石油需給逼迫は回避可能か? -地道な探鉱開発投資・R&Dと節約の努力で十分可能に-
表2 サウジ原油生産能力の増強計画の内訳(2010 年以降)
2008 年 6 月ナイミ石油相提示
能力増強分(b/d)
完成時期
① Zuluf 沖合
油田名
+90 万
NA
Arab Medium(AM)/Arab Heavy(AH)
② Safaniyah 沖合
+70 万
NA
Arab Heavy(AH)
③ Berri 沖合
+30 万
NA
Arab Extra Light(AXL)
④ Khurais
+30 万
NA
Arab Light(AL)
⑤ Shaybah
+25 万
NA
Arab Extra Light(AXL)
合計
油種
+245 万
その他の増強計画
Manifa 沖合
+90 万
2011 年
Arab Heavy(AH)
出所:JOGMEC
・イラン
開発(EOR により、3 万 5,0 0 0 バレル / 日を 1 6 万バレル
イラン石油省と国営石油会社 NIOC は、現在の 5 カ年
に増産)、チェスメ・コーシュ陸上油田開発(ガス圧入に
経済計画(2 0 0 5 ~ 2 0 1 0 年)終了までに石油生産量を現
より、生産能力を 1 万バレル / 日から 8 万バレル / 日に増
在の約 4 0 0 万バレル / 日から 5 4 0 万バレル / 日、2 0 1 5 年
強する)
、バンゲスタン油田開発(ガス圧入による EOR
までに 7 0 0 万バレル / 日、2 0 2 0 年までに 8 0 0 万バレル /
で約 2 3 万バレル / 日の生産能力)。
日を目指すという大幅な生産能力拡大計画を公表してい
ただし、イランには現状では主要な生産中油田の多く
る。
が老朽油田のため生産能力の減退に直面しているという
これは、
「大本営発表」
ではあるものの、生産能力増強
問題があり、同国が掲げる能力増強計画の実現は、高度
に向けて、イランは既存油田における EOR プロジェク
な技術力と資金力を誇る外資導入なしには困難との見方
ト、および陸上 ・ 沖合の新規油田開発を多数実施、また
が有力である。しかし、外資にとっては、イラン独特の
は計画中であるとのこと。イランは同国が有する豊富な
「バイバック契約」と呼ばれる契約方式の条件の悪さ、イ
天然ガス資源(埋蔵量世界第 2 位)を活用した大規模なE
ラン国内の反外資感情の根強さ、核開発疑惑をめぐるイ
ORを実施しており、現状、約 4 0 億立方フィート / 日以
ランと国際社会の緊張の継続という政治的リスクの高さ
上の天然ガスが油田へ圧入されたと推定されており、
など、対イラン投資環境は劣悪な状況が続いている。米
2 0 1 0 年には 6 0 億立方フィート / 日まで引き上げられる
国新政権の登場もあり、中長期的にこれらの問題が解決
可能性がある。開発が進められているサウス・パースガ
し、外国石油企業が参入を決断できるような状況が訪れ
ス田第 6 ~ 8 フェーズで生産されるガスも、6 0 年以上操
れば、イランの油田開発は進展して、原油生産能力の拡
業している老朽油田であるアガジャリ油田(生産能力 2 0
大計画が実現に近づくものと考えられるが、現時点で必
万バレル / 日)への圧入に使用される計画である。ガス
ずしも政治的には楽観できない。
圧入による2次回収は、
アガジャリ油田に加え、
アフワズ・
アスマリ油田(7 0 万バレル / 日)
、ガチサラン油田(4 8 万
・中東の重質油開発
バレル / 日)
、マルーン油田(5 2 万バレル / 日)等の既存
中東湾岸産油国では、これまでほとんど手着かずで
の陸上巨大油田でも実施され、生産量の減退抑制と拡大
あった在来型原油のうちの重質油(API 比重 1 0 °~ 2 0 °
)
が図られている。
の可採埋蔵量は、7 8 0 億バレルに及ぶと言われている。
また、新規油田開発も多くのプロジェクトが実施中で
オマーンからサウジアラビア、クウェート、イラク、イ
あるが、なかでも、アザデガン油田(生産能力 2 6 万バレ
ランからシリアにかけて北西~南東部に延びるアラビア
ル / 日)
、ヤダバラン油田(同 1 8 万 5,0 0 0 バレル / 日)が、
ン・イラニアン盆地およびイランからイラクに跨るザグ
能力拡大に向けた大きな目玉プロジェクトである。
ロス褶曲帯において、これらの重質油の多くが高濃度の
その他、増産投資が進行中なのが、ダルクウェイン陸
硫化水素を含むサワー原油であること、常温では粘性が
上油田開発(現 5 万バレル / 日を 2 0 0 9 年に 1 6 万バレル /
強くパイプライン輸送が困難で、井戸元での改質が必要
日に増産)、エスファンディア / フォローザン沖合油田
な場合もあることから、開発を阻害する原因となってい
9 石油・天然ガスレビュー
またが
アナリシス
た。また、これまでは、欧米などの消費国には重質油処
みであることから、本テストの動向に注目しており、将
理が可能な製油所が少なく、市場流通性が低いことも
来のマニファ油田等への適用も視野に入れている。サウ
ネックとなっていた。しかし、ここへきて、サウジアラ
ジアラビアのナイミ石油相は 2 0 0 6 年 8 月、
「サウジアラ
ビアやクウェートでは重質油田の開発と併せて、自前の
ビアには公式の確認埋蔵量(約 2,6 0 0 億バレル)に含まれ
輸出製油所を国内に建設する動きが伝えられ、重質油の
ない多くの重質油資源が存在している。新技術による重
開発に弾みがつこうとしている。
質油回収率の向上が実現すれば、サウジアラビア全体で
オマーンでは、Occidental がムカイズナ油田(原始埋
埋蔵量が数百億バレル増加する可能性がある」と述べ、
蔵量 2 0 億バレル)で水蒸気攻法によって、現在 5 万バレ
期待の大きさを示した。 ル / 日への増産投資を実行中であり、2 0 1 5 年に 1 5 万バ
クウェートでは、ExxonMobil が 2 0 0 7 年 1 0 月、重質
レル / 日への増産も視野に入れている。
油共同開発に関する合意書を締結した。北部のラトカ油
サウジアラビアでは、Chevron が同国とクウェート間
田の浅層にあるローワーファース砂岩層の重質油を共同
の分割地帯
(中立地帯)
陸域のワフラ油田で、水蒸気攻法
開発する。ローワーファース層には API 1 4 °程度の重質
のパイロットプラントを設置しテストを実施中である。
油が90億バレル以上(原始埋蔵量)あるとされる。
ただし、
本技術の適用により回収率が現状の 3 %程度から約
開発態勢をめぐって交渉が続いており、最終契約にはま
4 0 %へと大きく向上することが期待されている。今後、
だ至っていない。クウェートには、これまで全く開発対
大規模パイロットプラントでのテストを実施し、商業生
象となっていない API 1 0 °~ 2 0 °の重質油の埋蔵量が
産(2 0 1 5 年生産目標 2 5 万バレル / 日以上)に移行する計
2 0 0 億バレルある。この膨大な量の重質油が今後の石油
画である。同油田には、深度数百メートルの地下に存在
開発の重要なターゲットになってくる。2 0 2 0 年までに、
する新生代古第 3 紀層に 2 2 0 億バレル以上の API 2 0 °以
現在ゼロの生産量を、7 0 万~ 9 0 万バレル / 日に増産す
下の重質油の原始埋蔵量がある。中立地帯全体で約 3 0 0
る計画である。実現には、資源ナショナリズムの後退が
億バレルの重質油の原始埋蔵量という、膨大な資源量で
条件になろう。
ある。全体が開発されると、重質油生産量は飛躍的に拡
大することになる。
② 東シベリア
サウジアラビアは既述のように、今後の生産能力増強
西シベリアでは 1 9 6 0 年代にサモトロール油田をはじ
計画のフェーズ 2(
「2 0 1 0 年以降、需要があれば生産能
めとする超巨大油田が続々と発見され、新興の油田地帯
力を 1,5 0 0 万バレル / 日に増強する」
)
の対象が、マニファ
として、大きく発展していったのに対し、消費地からよ
油田、ズルフ油田など重質油田開発がメインとなる見込
り遠く、パイプライン ・ インフラはもちろんのこと、ア
クセスのための道路すらも不十分な東シベリアは本格的
ルメイラ油田
ズベイル油田
な探鉱開発から大きく取り残されることになった。まず
イラク
ウンム・カスル油田
イラン
発見埋蔵量が少ないためにパイプライン・インフラの整
ラトカ油田 アブダリ油田
備が進んでない。同時にインフラが整備されていないた
ロワーファース
サブリヤ油田
ムトリバ油田
ラウダタイン油田
ウンム・
ニカ油田
ペルシャ湾
バハラ油田
ノールーズ油田
クウェート
カラア・アルマル油田
大ブルガン油田
ウンム・
グデイル
油田
シュアイバ
ソールーシュ油田
ドラガス田
ミナアブドラ
ワフラ油田
エスファン
ディアル油田
分割地帯
フート油田
ルル油田
カフジ油田
サウス・フワリス油田
サウジアラビア
という、典型的な「鶏と卵の問題」の比喩を連想させる様
相を呈していたからである。
クウェート市
ミナアルアハマディ
ミナ・ギッシュ油田
めに、新規の埋蔵量確保のための探鉱投資が進んでない
ズルフ油田
製油所
チョン油田(1 9 7 8 年発見、埋蔵量 1 1 億バレル)、タラカ
ン油田(1 9 8 3 年発見、埋蔵量約 9 億バレル)など、西シ
ベリア程ではないが、他の国であれば相当の規模の埋蔵
マルジャン油田
カフジ
ただ一方で石油探鉱は散発的に進められ、ベルフネ
量を有する油田が発見され始めた。これらの油田の埋蔵
ふ せつ
量だけでは、パイプラインの敷設には十分でないが、西
サファニヤ油田
出所:各種資料より JOGMEC 作成
図10 クウェート周辺油 ・ ガス田位置
シベリアからの原油も併せてパイプライン容量を大きく
して、東方のアジア市場を目指す動きが出始めた。
パイプライン ・ ルートは、1 期工事としてタイシェッ
トから分岐してサハ共和国まで油田地帯の主要部を通
り、スコボロディーノまでの 2,6 9 4km を建設するとい
2009.1 Vol.43 No.1 10
長期的な石油需給逼迫は回避可能か? -地道な探鉱開発投資・R&Dと節約の努力で十分可能に-
Vankorskoye Fields
Western Siberian
Basin
Vilyuy Basin
Yakutsk
Tersko-Kamov Block
Kuyumbinskoye
Sea of Okhotsk
Chayanda
VerkhneChonskoye
YurubchenoTokhomskoye
Sakhalin Isl.
Aldan
Talakanskoye
Dekastri
Tomsk
Novosibirsk
Tynda
Krasnoyarsk
Skovorodino
Kovykta
Tayshet
Angarsk
Irkutsk
Komsomolsk na Amure
150K bbl/d
Khabarovsk
Lake Baykal
Prigorodnoye
Sapporo
State Boundary
Daqing
Provincial Boundary
Harbin
City
Vladivostok
Perevoznaya
MONGOLIA
Oil Field
200K bbl/d
Nakhodka
Kozmino
LNG
9.6MM t/y
Gas Field
PEOPLE’S REPUBLIC
OF CHINA
Existing Oil Pipeline
Planned Oil Pipeline
Existing Gas Pipeline
Planned Gas Pipeline
0
500
1000km
JAPAN
600K bbl/d
Tokyo
Sea of Japan
出所:各種資料より JOGMEC 作成
図11 東シベリアの油ガス田と東シベリア・太平洋パイプライン
うもので、スコボロディーノから極東ナホトカに近いコ
に約 1 0 0 億円を投じて地震探鉱と 4 ~ 5 坑の掘削を行う
ズミノ ・ ターミナルまでは当初は鉄道輸送、追って 2 期
計画である。
工事として 2,0 8 1km のパイプラインを敷設するという
ものである。
③ メキシコ湾のメキシコ海域深海
2 0 0 8 年の 7 月時点で、パイプラインはベルフネチョ
既に述べたように、米国海域メキシコ湾深海部では最
ン油田、タラカン油田の近傍まで建設が進んでおり、両
近開発と新規発見が相次いでいるが、その南に隣接する
油田は生産原油をパイプ内に送り込む作業に入ってい
メキシコ経済水域のメキシコ湾深海部にも、未開発の巨
る。第 1 期で最終的に日量 6 0 万バレル、第 2 期では同
大油田群の存在が確実視され、将来の開発が期待される。
1 0 0 万バレルに達する。東シベリアからの生産量だけで
2 0 0 4 年 8 月に発表された国営 Pemex の地震探査等に基
は不足するため、西シベリアから一部の原油が東方に送
づく地質スタディーによれば、原油換算で 2 9 3 億バレル
られる。具体的には、TNK-BP の保有するサモトロール
が期待できるとしている(メキシコ全体の期待埋蔵量
油田などの名前が挙がっている。
5 3 8 億バレルの 5 4 %)。
このパイプラインの建設によって、近い将来に東シベ
メキシコでは、主力油田カンタレルの生産減退が顕著
リアでの新規探鉱と油田開発も本格化しようとしてい
に見られる(2 0 0 8 年 7 月時点で 1 0 1 万バレル / 日:2 0 0 4
る。現在、頻繁に鉱区の入札が実施され、大半の鉱区に
年ピーク時の半分以下)
。原油生産量や埋蔵量の維持回
既にライセンスが付与された。今後、これらの開発に伴
復にメキシコ湾の未確認資源量に期待するところ大だ
い、逐次開発に移行していくものと思われる。
が、開発には水深 5 0 0m 以深の掘削技術や地震探査技術
これに関連して、弊機構 JOGMEC は、東シベリアに
が不可欠である。その知見とノウハウが決定的に不足し
おける日露エネルギー協力の第1号案件として、イル
ている Pemex は、国外から技術導入を図る必要がある。
クーツク州を地盤に活動を展開している民間企業である
メキシコ水域のメキシコ湾大水深は探鉱密度が米国水域
「イルクーツク石油
(INK)
」
と49%対51%でJVを設立し、
に比べて極めて低く、広大なフロンティアである。因み
当 該 パ イ プ ラ イ ン か ら 1 5 0km 北 方 に 位 置 す る 面 積
に試掘井は Pemex が 2 0 0 3 年に開始した試掘キャンペー
3,7 4 7km の「北モグディンスキー鉱区」において、5 年間
ンでも、試掘井は南部にわずか 4 坑(成功 2 坑)あるにす
2
11 石油・天然ガスレビュー
アナリシス
MAGNANIMO
MAXIMINO
PEP
生産量に相当する。
ALAMINOS
CHACHIQUIN
AFOTICA
3,000m
500m
コンデンセートは OPEC の原油生産量規制、ないし統
計には含まれないが、ほとんどガソリン成分と同等であ
るために通常原油よりも経済価値の高い石油資源であ
る。他の、豪州、ナイジェリア、ベネズエラ、アンゴラ、
イラン等の大ガス資源国で LNG が増産されてくれば、
コンデンセートの生産量は世界的に大幅に伸びることに
PATINI
TLAHUAN
MUKUT
KALAPU
KAMBAL
CAHUAN
KOLULU
TASIU KUYAH
ESLIPUA
CAXUI-1
LABAY
LAKACH
NOXAL
Mexico
NEN
LEEK
NOX-HUX
NAB-1
ETBAKEL
TAMIL
CHUKTAH
なる。
(3)非在来型石油資源
試掘許可の下りたプロスペクト
ピークオイル論や石油資源悲観論は、なぜかオイルサ
未許可のプロスペクト・リード
ンド、オイルシェールや、CTL、GTL 等の非在来型石
出所:Pemex 資料より JOGMEC 作成
油系資源には触れないが、世界の石油需要を満たすには、
い
在来型と非在来型を明確に差別する謂われはない。問題
図12 メキシコ水域大水深のプロスペクト・リード
は相対的な生産コストと環境負荷の高さだけである。在
来型に比べれば、非在来型は“一般的に”コストと環境負
荷は高いが、その差は相対的なものであり、時間の経過
ぎない。また、試掘井の位置決定に必要な地下の貯留層
とともに技術革新により差はかなり縮小していく。
現に、
構 造 を 把 握 す る 3 次 元 地 震 探 査 の 実 施 面 積( 約 2 万
オイルサンドを中心にその開発は加速してきている。
は米国水域の 1 0 分の1にすぎない。
6,0 0 0km )
2
既に探鉱プロスペクト ・ リードとして抽出された構造
① カナダ・オイルサンド
は 1 7 5 以上あり、試掘許可の下りたプロスペクトは、北
現在、アルバータ州でのオイルサンド事業は計画段階
部 6 件、南部 1 8 件で南部優先となっている
(図 1 2)
。
を 含 め て 5 0 プ ロ ジ ェ ク ト 以 上 が 立 ち 上 が っ て お り、
これら大水深に眠る埋蔵量を開発生産するには、技術・
Shell、ExxonMobil などの欧米系メジャーだけでなく、
資金の両面から外資導入が不可欠であることは言うまで
カナダや米国の中堅石油会社のほか、日本企業も事業に
もない。資源ナショナリズム
「原理主義」
の同国が、外資
参画する。現在では、ビチューメン生産量は 2 0 0 7 年で
に対してどの程度門戸を開くのか、国益に沿ったエネル
日量約 1 2 0 万バレルと相当な量に達している。今後も開
ギー改革政策に注視したいところである。
発中や計画中のプロジェクトが次々に生産段階に移行
し、カナダ生産者協会の見通しによると、2 0 2 0 年まで
④ コンデンセート
(世界のガス田の副産物)
に約 3 倍近くの日量 3 5 0 万バレルに達すると見込んでい
米国エネルギー省エネルギー情報局(EIA)の 2 0 0 7 年
る。比較的大規模な開発が多い露天掘りによるビチュー
の予測では、2 0 3 0 年までに世界の石油需要は年率 1.4 %
メンが全体の半分を占めており、残りが、深い層をター
で増加していくのに対して、天然ガスは年率 1.9 %とこ
ゲットにしたSAGD法(図13)など油層内回収法である。
れをはるかに上回る勢いである。天然ガスが増産される
ということは、副産物のコンデンセート
(天然ガソリン)
も足並みをそろえて増産される、つまり大規模な原油以
Steam Plant
Oil Treating & Tanks
外の石油増産がなされることを意味する。
世界平均で天然ガス生産量の 2 割弱がコンデンセート
生産量となる。例えば、カタールは、湾岸のイランとの
Steam
Chamber
Steam Well
境界付近に世界最大規模の埋蔵量 9 0 0 兆立方フィートを
擁するノースフィールドガス田を開発中で、2 0 1 1 年ま
でに LNG の年間生産量 7,7 0 0 万トン態勢を実現する見込
みである。結果、カタールの原油+コンデンセートの生
産量は、現在の約 1 0 0 万バレル / 日から 2 0 1 0 年には、
2 5 0 万バレル / 日に達し、クウェート並みの大産油国の
Production Well
出所:Nexen ホームページ(http://investors.nexeninc.com/)より
図13 SAGD 法
2009.1 Vol.43 No.1 12
長期的な石油需給逼迫は回避可能か? -地道な探鉱開発投資・R&Dと節約の努力で十分可能に-
今後も、油層内回収法によるプロジェクトが急増する一
方、プロジェクト単位の開発規模が大きい露天掘りから
集油基地
オリノコベルト
フローライン
の生産量もほぼ同じ割合で増大する見通しである。
パイプライン:
ナフサ
膨大な埋蔵量を有するオイルサンドの開発は、環境問
改質基地
ナフサで希釈された
超重質油
タンカー
合成原油
題の観点から厳しい事業化環境下にあるものの、業界挙
げてそれに対処すべく取り組んでおり、アメリカの石油
産業中枢への大量供給を視野に一層の生産拡大が今後も
期待されている。
これまで主流だった露天掘りと異なり、オイルサンド
層に水平坑井を複数掘削し、上側の水平坑井からスチー
ムを注入して下側の水平坑井で、流動性が向上したビ
チューメンを回収する SAGD 法等の油層内回収法は、大
量の水と燃料用の天然ガスを消費する。油層内回収法に
出所:各種資料より JOGMEC 作成
オリノコ超重質油の生産坑井の概念図:タコ足
図14 状の多数のマルチラテラル / 水平坑井技術
よるビチューメン生産量が巨大化してくると、水資源確
保の問題や CO2 排出の問題が深刻化してくるが、これを
Jose に輸送後、改質し、軽質化、脱硫、脱重金属化され、
回避する新たな生産方法として、溶剤などを圧入して化
合成原油としてマーケットに出されている。現在、4 プ
学的変化を加えて地下のビチューメンを流動化させよう
ロジェクト合計で合成原油約 6 0 万バレル / 日が生産可
とする VAPEX(Vapor Extraction)法(生産後に溶剤は
能となっている。
回収して再利用)
や、これら水蒸気と溶剤を併用する Co-
開発技術としては、ここ 1 0 年ほどで大きく技術革新
injection 法などの研究も進められており、一部ではパイ
があった3D 地震探鉱技術や、MWD 掘削制御技術など
ロット実験が行われている。
を組み合わせた水平のマルチラテラル坑井という新技術
また、
これまで埋蔵深度が 1 0 0 ~ 2 0 0m 前後の鉱床は、
の適用が特徴的である。これらの新技術の適用で、超重
露天掘りにも油層内回収法にも適さず、全く手着かずで
質油の本格商業生産が可能となってきた(図 1 4)
。
あり、いずれ効率的な生産手法が開発されてくると期待
現在、チャベス政権の過激な反米・ナショナリズム政
されている。ただし、生産に必要な水や労働者の確保が
策で、現行の 4 プロジェクトは、米系メジャーズとの間
当面の問題であり、さらには通常原油と異なり、生産そ
で 法 的 紛 争 に 発 展 し、 必 ず し も 順 調 で は な い が、
のものから大量の CO2 を排出するために、将来のカナダ
PDVSA が発表したオリノコベルトの長期的な展望によ
の CO2 排出キャップ(上限)政策に大きな影響を及ぼす可
ると、2 0 3 0 年のオリノコ超重質油の生産量は回収率が
能性もある。
8.5 % の 場 合 に は 3 0 0 万 バ レ ル / 日、1 2 % の 場 合 に は
4 5 0 万バレル / 日、1 6 %の場合には 5 0 0 万バレル / 日に
② オリノコ超重質油
増加するという。
オリノコ超重質油の資源量については、原始埋蔵量で
チャベス政権の強烈な資源ナショナリズム政策と、そ
1 兆 2,0 0 0 億バレルが存在し、そのうち技術的に採取可
の結果としての生産能力の急速な減退も、過去 4 年ほど
能な量が、楽観的だが回収率 2 0 %を適用すると、2,3 5 0
の石油価格上昇局面に触発された面が大きく、価格下落
億バレルに達すると推定できる。ベネズエラでは 1 9 9 6
局面や価格安定局面では、いずれ否応なく修正されざる
年から戦略的提携という契約で外資が参入しオリノコベ
を得ないと考えられる。中長期的にはベネズエラの大幅
ルトの開発が開始され、Sincor、Petrozuata、Hamaca、
増産路線への復帰の可能性はあると考えられる。
Cerro Negro の四つのプロジェクトが成立した。
オリノコ超重質油は油層深度が深く地層温度が高いの
③ オイルシェール
で、カナダのオイルサンドとは異なり、人為的に熱を加
オイルシェールが脚光を浴びたのは 1 9 7 0 年代の一連
えずに通常の坑井から回収できる。ポンピングにより地
の石油危機以降であり、石油メジャーズなどが先を争っ
表に汲 み上げられたオリノコ超重質油は、比重が API
て米国や豪州でのオイルシェール採掘・乾留事業に着手
比重 8 °~ 1 0 °と極めて重い上、硫黄分、重金属を多量
しようとしたが、その後 1 9 8 0 年代半ばの石油価格暴落
に含んでいるので、通常の製油所では精製できない。そ
と軌を一にして、ほとんどが採算割れと判断されて中止
のため、ナフサで希釈してパイプラインでカリブ海岸の
にされてしまった。だが、2 0 0 4 年以降の石油価格高騰
く
13 石油・天然ガスレビュー
アナリシス
によって再び世界的にオイルシェールの本格商業生産の
いので、一部を風力発電等で賄おうとするものとされ
機運が高まってきた。
ている。この方式では、回収率が胚胎ケロジェン成分
世界最大のオイルシェール資源が存在するとされてい
の 6 0 %以上になるとされる。同社によれば、回収油分
る米国では、
ロッキー山脈地域に良好なその鉱床があり、
のエネルギー量と投入電力のエネルギー量の比率は、
とりわけグリーンリバー鉱床に現在関心が集まってい
約 5:1 となり、在来型原油の比率にははるかに及ばな
る。この鉱床は、深度 3 0 0m 以深に原始埋蔵量として通
いながら、エネルギー産出 / 投入効率は十分高いことに
常原油換算で約 8,0 0 0 億バレルのケロジェンが存在して
なる。現在、米国政府は、本格商業生産に向けた鉱区
いると米国内務省は推定しており、過去 2 0 年間の技術
公開手続きの検討に入っている。ただし、地下水汚染
革新によって生産コストは平均で$7 0/ バレル程度と考
の可能性があるとして地元の環境団体はオイルシェー
えられている。この程度以上の価格が長期間にわたって
ルの本格開発には反対している。
継続することを石油企業側が確信すれば、本格開発され
中国の吉林省でも、地元企業と Shell がオイルシェー
てくる可能性が高い。
ル開発のジョイントベンチャー(JV)を組織して商業開
現在、連邦政府所有鉱床で、Shell、Chevron、ExxonMobil
発に着手しようとしている。
の大手石油企業と ESS 等のベンチャー企業数社が、か
つてのように浅部の頁岩を巨大なパワーショベルで露天
(4)問題は地下ではなく地上
掘りする方法によってではなく、坑井を掘削して地層内
以上、最近の有望資源の発見、既発見未開発資源の開
から直接油分を生産する新しいIn Situ生産法のパイロッ
発着手動向と非在来型資源の開発動向や技術革新につい
ト ・ プラントを建設して生産実験を行っている。これは
て具体的な事例を見てきた。多くの読者は、意外なほど
大きな技術革新である。例えば Shell は、坑井から頁岩
新規発見、有望地域や新規開発案件があり、技術革新も
層を熱し、同時にその周囲の地下水層を凍結させて地下
進んでいるという印象を持たれたことと思う。ただ、慎
水を遮断し効率良く液体分を生産する画期的な In Situ
重な人や悲観論に凝り固まっている人は、
「そんな都合
生産法を研究開発してきている。これは 1 単位の生産ブ
の良い個別事例の羅列だけでは、全体は判断できない。
ロックについて、数坑の垂直坑井をオイルシェール層に
定量的に全体像を示すべきである」と考えるだろう。そ
掘削し、それに電熱ヒーターを挿入して 3 ~ 4 年かけて
こで、幾つか詳細な資源情報を保有している研究機関の
オイルシェール層をセ氏300度以上に加熱して、ケロジェ
定量的な長期生産能力見通しや、資源量推定を示そう。
ンからガスと油成分を生成・流動化させて、それを別の
ここで取り上げるのは、信憑性、信頼性の低い単純なモ
垂直坑井で汲み出そうとするものだ
(図 1 5)
。
デル的方程式や統計などから予測している機関ではな
さらに、加熱用の電源は不安定な電源でも支障がな
く、膨大な実油田データに基づいて積算している専門機
しんぴょう
関・組織である。これまで述べてきた個別事例と併せて
考えれば、全体像の確度の感触は得られよう。
Producer
まず、世界中の詳細な油田データベースを保有してい
Heater
る米国 IHS = CERA が毎年、個別油田の生産計画 ・ 投資
Heater
Heater
Producer
Overburden
i
ct
e
sp
ve
ew
Vi
r
Pe
Shell 社の ICP(In Situ Conversion Process)法では、地表から地下のオ
イルシェール層に向けて垂直の孔を複数本掘削し、そこに電熱ヒーター
を挿入し、3〜4年間をかけて表土をカ氏 650℃(セ氏 343℃)まで加熱
する。ケロジェンから生成した水素リッチな軽質油成分およびガスを上
記加熱井の間に複数本設置した従来型の石油生産井を通して汲み上げる。
出所:Green Car Congress ホームページ
図15 Shell 社の ICP 法
出所:C.E.R.A. 資料より(2008 年)
2020 年までの石油生産能力
図16 の推移見通し
2009.1 Vol.43 No.1 14
長期的な石油需給逼迫は回避可能か? -地道な探鉱開発投資・R&Dと節約の努力で十分可能に-
計画を積み上げ計算している世界の石油系資源の生産能
に入れても当分の間は十分な量である。2 0 0 5 年以降 3
力推移見通しがある。これによれば、2 0 0 8 年秋に出さ
年間の開発コストの上昇トレンドは、昨年夏以降の資源
れた最新版では 2 0 1 5 年ぐらいまでは年平均 2 ~ 3 %程
全般の価格下落の結果、逆転しつつあるのだ。
度も拡大するとの結論を得ている。2 0 1 5 年以降伸び悩
ただし、このグラフ(図 1 8)は資源のアベイラビリ
んでいるように見えるのは、現時点で開発計画が立てら
ティーであり、現実の生産能力では全くない。資源のア
れていない既発見油田と今後の新発見分に積算不能な大
ベイラビリティーが実際の生産能力として移行するため
きな部分があるからで、
実際は 2 0 1 5 年以降も同様のペー
には、巨額な開発投資がなされなければならない。これ
スで拡大し続ける可能性が高い。
が十分、かつタイムリーになされる保証は現時点ではな
米国 IHS=CERA と世界の油田データベース業界を 2
い。
分する英国 WoodMackenzie 社の同様の積み上げ計算で
Available Oil Resources as a Function of Economic Price
も、2 0 0 8 年の最新版では、2 0 1 5 年頃まで年平均 2 %弱
Economic price 2004 (USD)
程度で拡大するという結果が得られている。
80
Include CO2 mitigation costs
( to make CO2 neutral compared to conventional )
70
WEO required
cumulative
need to 2030
60
50
40
Arctic
Oil
shale
Deep water
EOR Heavy oil
Bitumen
30
20
Already
produced OPEC ME
10
Other
conv.oil
Super deep
0
0
1,000
2,000
3,000
出所:IEA 資料より(2005 年)
4,000
5,000
6,000
Available oil in billion barrels
図18 資源量と供給コストの関係
出所:WoodMackenzie 資料より(2008 年)
2025 年までの石油生産能力
図17 の見通し
現実の生産能力曲線(経済学でいう供給曲線:コスト ・
プラス ・ 適正利潤を前提にした供給可能な量)が 2 0 2 0 年
頃までにどの程度になるかという推定を、石油メジャー
これらの積み上げ計算の結果は、過去 1 0 年間ほどの
ズの一角である ConocoPhillips が 2 0 0 8 年夏に発表した。
世界の石油需要の伸びが年平均 1 %台であったことを考
これによれば、2 0 2 0 年時点で石油価格がバレル 6 0 ドル
えれば、当分の間将来の需要増に対して十分に高い供給
程度であれば、日量約 1 億 1,0 0 0 万バレル弱が可能と
能力の伸びである。むしろ、このままでは大幅な供給過
い う 推 定 に な っ て い る。こ れ は、ほ ぼ IHS=CERA、
剰が生じかねない計算であるとも言える。
WoodMackenzie の推定と同様の結果である。
次に、資源量をベースとした長期的な供給アベイラビ
リティーを見よう。現時点での開発生産技術水準を前提
にした、各資源のコスト別アベイラビリティーの推定を
2 0 0 5 年に IEA(国際エネルギー機関)が発表している。
この時点のコストで、バレル 6 0 ドル程度で供給可能な
石油系資源量は、既に使用してしまった分を除いても 4
兆バレル近い。有史以来、人類が既に生産し使用してし
まった量が約 1 兆バレルであるから、その 4 倍の資源が
現状の技術水準で商業生産に関してアベイラブルである
ということになる。今後数十年にわたる大幅需要増を考
慮しても十分すぎるほどの量である。もっとも、その後
の急激な資機材インフレにより、現時点では 2 0 0 5 年コ
ストに比して平均 5 割程度コスト上昇していることが探
鉱開発の妨げとなる可能性はある。しかし、それを考慮
15 石油・天然ガスレビュー
Transportation Fuels Supply Curve - 2020
Total Production - $/BBL
130
Biofuels US
120
(Corn Based)
Conventional liquid sources
110
Non-Conventional liquid sources
100
Emerging sources of transportation energy
Renewal
Oil
90
Power
Sands
(Mining)
Conventional
80
Power
70
Arctic
CtL
60
Venezuelan
GtL
50
Heavy Oil
Oil Sands
EOR
40
(In-Situ)
30
Oil Shale
Other
FSU
Other
Conventional
20
Biofuels
OPEC
OPEC
Oil
(Sugar Cane
Deep
10
Middle East
Based)
water
0
0
20
40
60
80
100
120
Million Barrels of Oil Equivalent per Day
出所:ConocoPhillips 資料より(2008 年)
図19 2020 年までの石油供給曲線
アナリシス
このように世界の詳細な油田データにアクセス可能な
ンパワー不足は深刻である。その上、R & D 投資も他産
専門機関が、ほぼ同様の結論を出している。これによっ
業に比べて決して十分とは言えない。石油価格下落に
て、今後の長期需要増見通しに対する供給
「潜在力」は十
伴って、長期的には資源ナショナリズムはいずれ弱まる
分にある。ただし、これらの推計が実現するには、幾つ
可能性があるが、日本を含む消費国側は、現在石油上流
かの重大な条件がある。言うまでもなく、上記の数値は
事業が抱えるこれらの構造的問題に対して、地道な解決
「潜在能力」
であって必ずしも
「顕在能力」
ではないという
努力を重ねた結果、初めてここに想定した生産能力推移
ことだ。最大値と換言しても良い。
「顕在能力」になるた
見通しが実現化すると覚悟すべきであろう。
めには、
これから予定されている開発生産投資が十分に、
総合商社を含む日本の上流業界と政府も、この課題の
かつ順調になされることが必須である。また、2 0 2 0 年
一翼を担う大きな責任があるし、また、そこにはチャン
以降に生産能力が急減しないためには、探鉱投資も同時
スもあろう。因みに、現状で大半の国際石油会社、ない
に十分に、かつ順調になされることが必要である。その
し国営石油会社の投資判断基準となる長期想定石油価格
ためには、資源国全般で、政治的な意味での投資環境が
は、$5 0/ バレル前後と見られることから、現状の価格
健全であることはもちろん、石油企業全般が積極的に探
水準($5 0/ バレル台半ば)であれば、積極投資姿勢を取
鉱開発投資にコミットする必要があるし、それを許すだ
るには何ら問題はないはずである。逆にこの水準を大き
けの健全な金融環境も欠かせまい。
く一時的に割り込んだと仮定しても、必ずその後に投資
また、資金的な投資だけ確保されれば良いというわけ
不足で価格は反転するはずであるから、投資に後ろ向き
ではなく、投資作業の裏づけとなる十分な技術者数や深
になる必要はないと考えられる。
縷々述べてきたように、
海リグなど機材が確保される必要もある。長期的には、
地下の石油資源量自体は、この先数十年の石油需要を賄
絶えざる技術革新努力(R&D)も必須条件である。残念
うに十分な量があることがほぼ確実なのである。した
ながら現時点で、資源ナショナリズムが高まっている投
がって、あとは十分な探鉱開発投資と R&D 投資がタイ
資環境も、空前のキャッシュフロー増を実物投資よりも
ムリーになされるか否かがカギを握っている。現時点で
株主還元に回しがちな国際石油企業の投資意欲も、米国
その保証のないことが最大の問題なのである。問題は地
発の未曾有の危機に揺れる金融環境も今後の巨額投資プ
下にではなく、地上にこそある。
る
る
ロジェクトを投資環境として望ましいとは到底言えない
し、また何よりも技術者を中心とした石油上流業界のマ
2. 需要側の留意点
以上の供給増要因によって、今後消費国政府と石油業
て 2 0 0 4 年の 4 %弱の需要増だけが突出した例外なので
界側の努力によって、長期的に十分な供給が確保される
あり、それ以前も以降も伸び率は歴史的に見ても少しも
シナリオも描けるのに対して、需要側についても需要増
高くない。1 9 7 0 年代の一連の石油危機の前には、年率
トレンドが大幅に鈍化、ないし極端な場合には停止、な
7 ~ 8%も世界の石油需要が伸びていたことと比べれば、
いし減退する可能性がないかについて考えてみよう。
最近の石油需要の伸びは元来トレンドとして全く勢いが
これを考える際に、そもそも、過去 5 年、1 0 年間の世
なかったのである。事実は「毎年、着実に伸びてはいたが、
界の石油需要の伸びは、
中国・インド等の需要急増によっ
伸び率自体は決して高くないし、加速もしていなかった」
ても、大きく加速してきているわけではないという事実
ということなのである。
をまず確認する必要があろう。近年において、世界の石
近年、中国を中心とする途上国の高度経済成長によっ
油需要が急増してきたという根拠薄弱な解説が、統計数
て世界の石油需要が構造的急増へと向かい、その結果、
値を詳しく吟味することなく金融系のにわか石油アナリ
不可逆的なギアが入ったという「パラダイム・シフト」
は
ストやマクロ経済学者などによって、一般メディアで極
存在していない。まず、この事実をしっかり認識するこ
めて広く流布されてきた。しかし、石油統計を良く見て
とが重要である(図 2 0)
。
みれば、
そのような事実はない。むしろ、
特殊事情によっ
もう一つの重要な事実がある。それは、世界の GDP
2009.1 Vol.43 No.1 16
長期的な石油需給逼迫は回避可能か? -地道な探鉱開発投資・R&Dと節約の努力で十分可能に-
の伸び率と石油需要の伸び率との関係は、世界の GDP
平均 1.4 %であったのに対し、貨物輸送量の増減率は年
伸び率が年3%以上になると、明示的な比例関係を示さ
平均マイナス 1.5 %であるし、中国でも貨物輸送量 1 ト
なくなるという事実である。これは、石油需要がかつて
ンあたりの GDP は、1 9 9 0 年から 2 0 0 2 年までで 2 倍以
のような「産業の血液」
「産業のコメ」ではもはやなくな
上になっている(日本政策投資銀行「調査」、2004年10月)
。
り、交通・運輸用に限定されてきたためであると考えら
これは食料需要の性格と良く似ているだろう。貧しい
れる。過去 2 0 年ほどの石油需要の伸びのほとんどすべ
時代は、所得が増えれば、より腹いっぱい食べるように
ては、交通・運輸用である。GDP が伸びれば、当然な
なるだろうし、また穀物をより消費する美味なる肉食へ
がら交通需要も伸びるが、
「産業の血液」
「産業のコメ」
移行していくだろうが、胃袋の大きさは貧乏人も金持ち
である場合に比べれば伸び方はずっと鈍く、GDP 伸び
も変わらない。一定の所得以上では、エンゲル係数(限
率があるレベル以上では比例関係がほとんどなくなる。
界エンゲル係数)はどんどん下がっていく。コメ本位の
人間は金回りが良くなったからといって、特別にドラ
課税体系(石高制)に依拠していた江戸幕藩体制におい
イブや旅行好きが高ずるわけではないし、比例的に物流
て、経済成長と反比例して財政破綻が激しくなったこと
が増加するわけでもない。消費が量ではなく質、すなわ
が、これを象徴している。大幅な人口増がない限り、民
ち高級品に移行したり、サービス産業化したり、嗜好が
の胃袋の大きさは一定、すなわち需要は一定なので、コ
多様化するためであろう。所得水準が上がるにつれて、
メを増産しても価格が下落するだけである。これに対し、
石油需要のいわば嗜好品化が進んでいる。例えば日本で
他の手工業品や芝居などの第 2 次産業、第 3 次産業の需
は、1 9 9 4 年度~ 2 0 0 8 年度において、GDP 成長率が年
要には限りがないので、2、3 次産業中心に経済が成長
し こう
こくだか
すればするほど、相対的にコメの価値は下がり、収入が
コメからの税収だけであった武士階級は、長期的に困窮
10
%
するのは必然であった。
第2次石油危機:価格3倍
8
徳川吉宗や松平定信、水野忠邦などが、何度も幕政
「改
6
革」を行ったが、財政危機を回避できなかったのは、こ
4
2
のためである。同様に先進国では幾ら経済成長しても、
0
石油需要はほとんど増えない。伸びるのは低所得の中国・
−2
インドなどだけであるし、それらの国も貧富の差が激し
価格大暴落
−4
第1次石油危機:価格4倍
くなりながら成長する場合、さらには成長すればするほ
6
19 6
6
19 8
7
19 0
7
19 2
7
19 4
7
19 6
7
19 8
8
19 0
8
19 2
8
19 4
8
19 6
8
19 8
9
19 0
9
19 2
9
19 4
96
19
9
20 8
0
20 0
0
20 2
0
20 4
0
20 6
08
−6
19
年
(注)赤の点線は傾向線。
出所:JOGMEC 作成
ど石油需要の対 GDP 限界増加率は低下して、石油需要
の伸びは限定的となる。
現に近年の中国の石油需要の伸び率は、1 9 7 0 年代前
図20 世界の石油需要の対前年比増減率の推移(%)
半以前の世界石油需要の伸び率よりも低いし、GDP の
伸び率に対して石油需要の伸び率は半分近くにすぎな
い。
以上が、今後の需要シナリオを考える際の前提の事実
である。
Percentage Change in Global Petroleum Use
4
「そうは言っても、このまま 1 %台という低い伸び率
3
2
でも石油需要が着実に長期にわたって増加していけば、
1
0
いつかは供給増を上回り、需給逼迫は必然ではないのか」
ー1
と思う読者も多いだろう。原理的に、需要は複利計算で
ー2
ー3
き
か
幾何級数的に伸びていくのに対し、供給は一定量ずつし
ー4
ー5
0
1
2
3
4
Percentage Change in Global GDP
5
(注)赤の破線は傾向線。
出所:P.K.Verleger
世界の GDP と石油需要の対前年比
図21 増減率の関係(1980 ~ 2007 年)
17 石油・天然ガスレビュー
6
か増加しないからで、さらに石油が枯渇性資源である限
りは、ある時点でピークに達することは間違いない。こ
れは、古典的なマルサスの人口論そのものであり、時間
を限らなければいかにも正しそうに見える(因みに、マ
ルサスの人口論の正しさは、歴史的にはこれまでのとこ
ろ立証されていない。マルサス自身も、長期的には大き
アナリシス
な技術革新で段階的に環境容量が拡大するので、人口は
可能性は高いだろう。
必ずしも頭打ちにはならず、段階的に拡大していくこと
恐らく日本も巻き込んで、世界全体で環境技術開発の
があり得るとしていたようであるが、究極的には天井に
熾烈な競争となろう。その場合には、主として石油の将
達して減少に転じる)
。
来需要が大きく影響を受けるようになることは想像に難
そこで、世界の石油需要が着実には伸びないような要
くない。
因というのは考えられないのか、というのが以下の検討
特に有望視されるのが、プラグイン ・ ハイブリッド車
である。
の開発である。既存のハイブリッド車の電池を改良して、
し れつ
家庭用電源からも充電可能になる車であり、2 0 1 0 年か
(1)CO2 排出規制の抜本強化 !?:確実なトレンド
ら市場投入されるとも予想されている。例えば、これが
2 0 0 9 年 1 月には、米国の新政権が発足する。オバマ
米国で本格普及すると、米国のガソリン需要が最大で約
新大統領は、ブッシュ前大統領と異なって、環境問題に
7 0 %削減できると試算されている(CERA の 2 0 0 8 年 6
は積極的である。ほんの少しだけ歴史を振り返れば、京
月のレポート)。仮に、今後 2 0 年間でトラック・バスを
都議定書が大きくクローズアップされた 1 9 9 0 年代後半
除く自動車が全面的にこれに置き換わると考えると、今
には、世界的な環境規制、特に CO2 の排出規制が抜本的
後毎年、平均で 3 5 万バレル / 日程度の石油需要の削減
に強化され、長期的には石油需要の伸びは止まり、むし
となる。これは、米国における削減分だけで近年の中国
ろ減退していくのではないかと世界の環境派からは期待
の需要増をちょうど埋め合わせる量である。
され、
サウジなど産油国はこれを懸念していたのである。
将来の石油需要を考える際に、これらの要素を忘れる
ところが、唐突に京都議定書脱退を決めたブッシュ政
わけにはいかない。現にオバマ氏は大統領選挙キャン
権の登場後に、いつの間にかそのような期待 ・ 懸念が忘
ぺーン中から、2 0 2 5 年までに全米の自動車の半分をプ
れ去られて、むしろ中国などの高度経済成長で世界の石
ラグイン ・ ハイブリッドにして、石油消費量を 1/3 減少
油需要が長期的に大きく増大するとの懸念が 2 0 0 4 年以
させるべきであると訴えていた。ただし、プラグインに
降、大きくクローズアップされてきた。過去 1 0 年間に
しても既存のハイブリッドにしても、あるいは電気自動
おけるこのトレンドの逆転は、さらに近い将来に「再」逆
車にしても、自動車用高性能モーターには、埋蔵量自体
転する可能性が、米国新政権の登場で高まってきた。こ
も希少で、かつ中国が寡占状態にある希土類のディスプ
れは現在の景気後退や不況の長期化を捨象して考えて
ロシウム等が必要とされており、ハイブリッド車の大量
も、ということである。世界経済が年 5 %成長という異
普及にはこのボトルネックをどう回避するかという問題
例の高成長をし、さらになんら CO2 排出に効果的な削減
もある。
対策が講じられなかった 2 0 0 3 年以降にあっても、世界
の石油需要はほぼ年 1 %台の成長にすぎなかった。オバ
マ政権の具体的な環境政策は現時点(2 0 0 8 年 1 1 月末)で
(2)
大きい燃費向上の余地:小型車、既存ハイブリッド
車、ディーゼル化
不明であるが、CO2 排出に関するキャップ&トレードの
しかし、一方で風力や太陽光発電技術は、仮に大きく
規制導入や、プラグイン ・ ハイブリッド車などの高燃費
技術革新されたとしても、交通用需要が主である石油需
効率自動車ないし電気自動車の開発への抜本的な政府支
要への直接的な影響は、当分の間はほとんどないだろう。
援強化、あるいは再生可能エネルギーといった革新的電
原理的にスケールメリットがない不安定電源である風力
池開発などへの
“アポロ計画”
並みの一大国家プロジェク
・ 太陽光は、大幅コストダウンが元来困難だが、仮に実
トなどが取りざたされている。
現できても、電気自動車(プラグイン ・ ハイブリッドで
アポロ計画というのは 1 9 6 0 年代初頭にケネディ政権
はない)に利用するには電池技術の画期的な革新も伴わ
が、1 0 年以内に月への人類到達を画策した一大国家プ
なければ不可能だからである。また、それらで水素を作っ
ロジェクトであり、結果的に大成功を収めた。当時、米
ても、水素自動車は燃料搭載機器の重量と供給システム
国がソ連に宇宙開発で大きく後れを取っていた危機感が
構築の問題から、全く非現実的である。
大計画着手の最大の動機であった。ブラック ・ ケネディ
したがって、これらの電池を含む再生可能技術関連の
と渾名され、外交 ・ 経済両面で超大国の地位から凋落す
大きな革新や、プラグイン・ハイブリッド車の本格普及
る瀬戸際に立たされている状況下のオバマ政権が、本腰
がなくても、自動車用の石油需要が減退する可能性はな
を入れた環境技術開発支援による新たな戦略輸出産業育
いのであろうか。
成によって、米国経済の抜本的立て直し策を打ってくる
それは、実は十分にあるだろう。既存の燃費効率の良
あだ な
ちょうらく
2009.1 Vol.43 No.1 18
長期的な石油需給逼迫は回避可能か? -地道な探鉱開発投資・R&Dと節約の努力で十分可能に-
い小型車や、プリウスのような実動中のハイブリッド車
り替えても、燃費効率はかなり向上する。新型のディー
の普及である。これらは全く新たな技術開発を必要とし
ゼル・エンジンは、かつて悪評高かった黒煙をほとんど
ない
「今そこにある省エネ手段」
だ。
出さないので、地域環境的に特に問題はない。
私事ながら、現在筆者は石油価格高騰直前に購入した
要するに、世界中の自動車の燃費効率を平均で 2 倍程
2,0 0 0cc クラスの SUV に乗っているが、燃費効率は高速
度に上げるのは、なんら新技術の実現がなくても十分に
道路走行時でも 1 5km/ ℓ未満である。因みに、燃費効
可能である。因みに、現在米国での平均燃費効率実績は
率が良いことで知られる日本メーカーの製品だ。ところ
約 1 1km/ ℓであるが(日本は約 1 5km/ ℓ)、先に挙げた
が、国内旅行で遠方に行った際、しばしばレンタカー会
マツダのデミオ(4 人乗り 1,0 0 0CC)は 2 5km/ ℓ前後(1 0
社で、1,0 0 0cc 前後の最新型 4 人乗り小型乗用車(軽では
モード値ではない)、プリウスは 3 0km/ ℓ程度(同)であ
ない)を借りて乗るが、最近は常にその燃費効率の良さ
る。
に驚嘆する。一般道の山道でも 2 5km/ ℓぐらいは普通
消費国が本腰を入れて燃費効率規制を課したり、補助
である。それでいて車内の大きさや走行性能は、わが中
金を出せば、あるいは世の中の雰囲気が変われば(無駄
型車(3 ナンバー)とほとんど変わらず、小型車で走って
使いはカッコ悪い、環境意識が高いのはファッショナブ
いること自体をほとんど意識しない。すなわち、実質的
ルであるといった具合に)
、容易に達成可能である。今
な効用は中型でも小型でもほとんど差がないにもかかわ
度のオバマ政権の成立は、この可能性が高くなったこと
らず、燃費効率は 2 倍も違う。もちろん、外見の大きさ
を意味するだろう。米国では、2 0 2 0 年までに現状規制
や立派さはそれなりに違うが、世界の石油消費の1/ 4
より 3 割近くの大幅な自動車燃費効率の改善を義務づけ
を占めている米国では、このような小型車はほとんど普
た規制は、既にブッシュ政権下で 2 0 0 8 年に法律として
及していない。日本でも、
まだまだ主流とは言えないし、
成立済みである。さらに、オバマ新大統領は今後 1 8 年
中国やインドなどでの売れ筋も 1,6 0 0CC 以上の中大型
間で燃費効率を 2 倍にすると言っているようである。米
車である
(中国では、
現在4割以上のシェアで、
さらにシェ
国が大きく変われば、世界はそれに追随するだろう。
ア拡大中)
。
すなわち、世界的に消費者による車の選択は、実質本
(3)石油製品の価格統制撤廃:財政負担は限界
位ではなく、見せびらかしや、ステータス・シンボルと
近年の石油需要増のほとんどすべては、中国、インド、
して大きく意識され選択されている。
かつて日本では「い
中東湾岸諸国などの発展途上国によるものである。
つかはクラウン!」という CM があったが、環境問題と
ところが、これらの国のほとんどが、ガソリンなど国
資源枯渇懸念が声高に言われる現在でも、依然としてそ
内の石油製品価格を、国際価格より大幅に安く抑えてい
の意識が濃厚である。これは、心理の問題であるから、
る。中東湾岸やベネズエラなどでは、ガソリン 1 リット
世の中の雰囲気次第で大きく変わると考えられる。車社
ルが 2 0 ~ 3 0 円というのが普通である。だから、最近の
会の米国でも通勤・通学・ショッピングなど、車は日常
的に近距離使用されるので、小型車でもほとんど困らな
いはずである。この先、全く技術革新がなくとも、仮に
300
米国人の大半がマツダのデミオやトヨタのヴィッツなど
250
の 1,0 0 0cc クラス小型車(軽ではない)に乗り替えただけ
200
で、5 0 0 万バレル / 日程度も石油需要が減る。これは、
150
これまでの中国の石油需要増の約 1 5 年分に相当する。
100
済みの中型ハイブリッド車が普及しても結果は同じであ
る。どうしても大きめの車でなくては困る人、あるいは
経済力、ステータスを見せびらかしたい人は、若干高く
てもこちらにすれば良い。
さらに、欧州のようにガソリン車をディーゼル車に切
19 石油・天然ガスレビュー
A
ク
E
ウ
ェ
ー
ト
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ラ
国
サ
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ア
中
国
ネ
ド
本
米
国
イ
ン
このような小型車でなくとも、プリウスなど既に開発
日
可能性がある。
0
韓
油需要の 1/4 にあたる約 2,0 0 0 万バレル / 日近くが減る
50
ド
イ
イ ツ
ギ
リ
ス
フ
ラ
ン
ス
他の先進国や中国・インド等も同様になれば、現在の石
1リットルあたり小売価格
円
(注)2008 年 6 月現在、独技術協力会:Deutsche Gesellschaft für
Technische Zusammenarbeit(GTZ)資料を当時の円レー
トで換算。
出所:独技術協力会資料を基に JOGMEC 作成
図22 各国ガソリン小売価格の比較
アナリシス
数年間で国際石油価格が大きく高騰しても、これらの国
人口の 1 1 %だったが、2 0 2 0 年には 1 6 %まで上昇し、
の石油需要増は大きくは落ちなかっただけでなく、中東
今からわずか 6 年先の 2 0 1 5 年には労働力人口が減少し
やロシアなど石油輸出国では石油輸出収入の急増によっ
始める。(2 0 0 6 年の国務院白書、杜進拓殖大学国際開発
て、
かえって石油需要増にスパートがかかってしまった。
学部アジア太平洋学科教授)
。高齢化が進むと、自動車
しかし、ネット石油輸出国ではない中国、インド、イン
用石油需要が不調に陥るのは、既に日本で経験済みのこ
ドネシアなどでは、この価格の内外ギャップを埋めるた
とである。
めの財政負担が急増し、危機的な水準に至った。昨年以
現在の中国で自動車用石油需要は全石油需要の約3割、
降の原油価格の急落で、一息ついた感はあるが、構造的
2 3 0 万バレル / 日となっているが、近年の中国の石油需
な問題は残ったままである。これらの国自身もこのまま
要の伸びの 7 ~ 8 割は自動車用であり、この面からも中
の継続は問題が多いと考えているようである。
国の石油需要減退が将来加速度的に作用する可能性が十
したがって、これらの国の国内価格規制を、WTO な
分ある。
ど、国際協議の場で消費国全体が問題視して強く改善を
しかし、中国は長期的に高齢化の進展で経済成長、石
迫れば、世界の石油需要増ペースを抑えるのにかなりの
油需要の両面に鈍化が見込まれるとしても、インドの石
ことが期待できよう。大きく国内価格統制を行っている
油需要は長期的に大きく伸びるはず、との反論も聞こえ
国との貿易や投資を交渉材料にすれば、効果は期待でき
そうである。確かに、人口構成や現在の経済水準の低さ
るのではないか。国内価格統制が撤廃されてくれば、世
からすると、そのように見える。ただし、インドの石油
界経済が本格回復してきたとしても、これらの発展途上
需要は元来目を見張るほどのものではない。現在、石油
国での石油需要増加率は有意なレベルで低下してくるは
需要が 2 7 0 万バレル / 日しかなく、年間 1 5 万バレル / 日
ずである。
程度しか伸びていない。このまま自動車用石油需要が伸
びていっても、長期的に中国の自動車用需要増と合わせ
(4)
中国の長期的な高度成長持続性への疑問:労働力減、
高齢化、人口減
ても最大で年間 3 0 万~ 4 0 万バレル / 日増程度、すなわ
ち世界の石油需要に対してはせいぜい 0.4 %程度にしか
中国の 1 人あたり GDP(国内総生産)は、現在 5,0 0 0 ド
ならない計算となる。したがって、自動車の燃費向上に
ル程度(購買力平価)であり、石油消費量は人口 1,0 0 0 人
よる先進国での石油需要減を上回らない可能性が十分あ
あたりで 1.5 バレル / 日である。中国の 1 人あたり GDP
る。
増加と自動車用石油需要が、かつての高度経済成長時代
の日本と同じ軌跡を描くとすると、1 万ドルに達した時
(5)中東需要増の鈍化可能性大
点
(日本では1960年代末:2007年ドル価値の購買力平価)
石油価格が急騰したここ数年、石油輸出収入が急増し
で人口 1,0 0 0 人あたり 2.5 バレル / 日の需要となる。これ
た中東産油国の石油需要増は、絶対量で中国のそれに迫
に達するまで年平均 8 %の実質経済成長とすると、今か
る勢いとなった。これが、石油価格が急騰したのに世界
ら 1 0 年かかり、この間の年間平均の中国の自動車用の
の石油需要が大きく減退しない一つの要因、すなわちパ
石油需要増は 1 3 万バレル / 日程度にすぎないという計
ラドックスとなっていた。しかし、昨年 8 月以降、石油
算になる。
先物バブルがはじけて石油価格が大幅に下落したため、
しかし、日本が過去に記録したこの数値は、1 9 6 0 年
中東産油国の石油収入は急減している。既に述べたが、
代半ばの低油価時代の、石油があらゆるエネルギー需要
元来国内石油製品価格を国際価格より大幅に安く統制し
部門に最大限使用されていた時代のものである。すなわ
ていることと、人口自体が増大しているので、これらの
ち、今後の中国に適用するには、過大推定となる可能性
国の需要増は今後も継続するだろうが、収入が急減して
がある。もちろん、日本は国土が狭隘で、公共輸送機関
いるので、伸び率が鈍化することは確実である。中東の
が著しく発達していたのに対し、中国は鉄道網が未発達
石油需要というのは、価格に対して正のフィードバック
で国土が広大との反論もあろうが、中国は砂漠等の居住
として働く増幅装置であり、通常の需要のような価格に
不能面積が国土の 7 割以上を占め、居住可能地がそれほ
対して安定化させる性格はない。価格が下がれば下がる
ど広いわけではないから、実質人口密度は大同小異であ
ほど、需要の伸びは鈍る。この地域の石油需要伸び率は
ろう。しかも、1 9 6 0 年代の日本と大きく異なり、現在
2 0 0 3 年以降の 5 %から、原油価格が$7 0/ バレル以下で
中国は日本を上回るスピードで高齢化が進展中である。
推移すれば年 3 %程度に低下するだろう。
きょうあい
2 0 0 5 年末の中国における 6 0 歳以上の高齢者人口は、総
2009.1 Vol.43 No.1 20
長期的な石油需給逼迫は回避可能か? -地道な探鉱開発投資・R&Dと節約の努力で十分可能に-
(6)
既定のバイオ燃料増大政策:後戻り不能
は 2 0 0 万バレル / 日を超えそうである。
2 0 0 5 年に米ブッシュ政権が打ち出したバイオ燃料増
米国に限らず、EU とブラジルでも、バイオ燃料の生
大政策は、その後、食料価格高騰の引き金を引いたと指
産に政策的にコミット済みであり、石油価格が低迷して
弾され評判が芳しくないが、既に再生可能燃料使用基準
も、着実に導入が増大する。各国の導入目標を合計する
(RFS)
を制定済みで、
後戻りが不能である。2012年には、
と、2 0 2 0 年で 5 0 0 万バレル / 日、輸送燃料需要の 1 割程
約 5 0 万バレル / 日を目標としており、2 0 1 5 年には約
度になる。これがそのまま、石油需要の減少になる。
1 4 0 万バレル / 日が見込まれており(EIA)
、世界全体で
3. 結論
以上、供給と需要の両面で長期的に需給逼迫化が生じ
石油価格低下の効果は別にして、最初にも書いたが、
ないシナリオが書けないのか検討した。その結果、十分
供給側に関しては、必ずしも上流投資が盛り上がっては
に書ける可能性があることが判明した。問題は、これが
いない現在の状況がそのまま推移すれば、楽観シナリオ
単なる多数のあり得る将来シナリオのうち、一つの楽観
が現実化するのはかなり厳しいだろう。とりわけ、資源
シナリオではなく、それが現実になり得るかどうか、そ
ナショナリズムに代表される上流投資の政治的環境悪化
の蓋然性を高くできるかどうかである。
と、技術者を中心とするマンパワー不足の問題は現状深
当面、石油価格が急落することによって、コストの高
刻である。特に、膨大な資源量がありながら、過度な資
い開発投資案件が中止になったり、遅延して、結局将来
源ナショナリズムの影響で、実際の生産能力が大きく減
の供給能力が押さえられて、長期的に需給が逼迫化する
退しつつあるメキシコとベネズエラの行方がどうなるか
のは必然との見方も出ている。特に 1 バレル 7 0 ドルを
は、将来の世界の供給能力を左右する極めて重要な要素
下回ると、オイルサンドや深海案件が進まなくなると懸
であろう。同様にイラクとイランの開発投資の可否も最
念されている。しかし同時に、
生産コストが著しく安く、
重要ファクターである。また、オバマ政権の登場で、様
石油収入依存が極めて高い中東湾岸 OPEC 諸国やロシア
変わりしそうな世界各国の環境政策についても、石油需
などでは、逆に増産インセンティブが強く働くことにも
要を減らす方向ばかりではなく、生産過程と改質 ・ 利用
なり、石油価格低下が初等経済学の理論どおりに、石油
段階で CO2 を大量に排出するオイルサンドなどの生産能
供給能力を低下させるかどうかは不明である。
力拡大の足を引っ張ることにもなる。
また、下落しているのは石油価格だけではなく、石油
また、目下の金融危機の影響で、大規模投資案件の資
開発に必要な鋼材など資材・機材コストも、若干のタイ
金調達にも問題が生じつつある。
ムラグはあるものの同様に下落してくる。したがって、
これらの問題にいかに対応していくのか、消費国政府
今回の価格高騰前(2 0 0 3 年以前)は、新規油田開発の採
と石油業界の知恵と努力が試される。もちろん、日本の
算が$3 0/ バレルでも十分に取れていたように、再び低
政策と上流業界の努力も、その一翼を鋭意担う必要が大
油価でも新規油田開発が進められる可能性がある。
である。
実際の石油の歴史では、低価格が必ずしも供給能力低
なお、今回の金融危機に関連して、世界的に決済・運
下にはつながらず、逆に価格高騰が供給能力増大には結
転資金の払底や不況対策のために昨年秋以降、再び世界
びついてこなかった。また、これまで急激に勃興してき
的に金融緩和がこれまで以上にドラスティックな形で進
た資源ナショナリズムもいずれ沈静化し、資源国の参入
行している。
条件も徐々に好転してくる可能性も考えられる。これま
これは見ようによっては、いつか来た道、
“déjà-vu”
で深刻だった深海掘削リグの不足も、このところ約 5 0
である。2 0 0 4 年以降の原油先物価格を中心とする資源・
基だったものが 2 0 1 1 年には約 9 0 基に増加する見通しで
商品バブル、さらにはサブプライム ・ ローンに代表され
あり、リース料(デイレート)は$4 0 万程度で横ばいか
る不動産バブルの根本原因は、IT バブル崩壊を修復す
ら下落する可能性も高い。
るための 1 9 9 0 年代末以降の長期にわたる米国(と日本)
がいぜん
21 石油・天然ガスレビュー
アナリシス
の過度の金融緩和が原因ともされている。現在の金融危
るような政策努力が消費国全体で強力に採られることが
機が一段落した後、蓄積された大量の余剰資金で再び原
肝要だろう。
油価格バブルが発生しない保証もない。
需給逼迫それ自体ではなく、先物市場主導の原油「価
一方で、需要側に関しては、再度の石油価格低下で力
格」に関しては、巷間ささやかれているドル暴落が将来
強く需要が喚起される可能性もある。
発生すれば、実質価格が仮に安定していても、ドル表示
ここ 3 年ほどの OECD 諸国の石油需要減退は、明らか
価格は暴騰する可能性が十分あるだろう。近年、価値の
に価格急騰に反応した部分があり、これが剥げ落ちる可
物差しとしてのドルはグラついており、名目価格の変動
能性はある。
に一喜一憂しない心構えも重要と思われる。人々は見か
しかし、現在良い方向の“パラダイム ・ シフト”(原義
けにだまされやすい。
と異なる意味不明快な用語使用だが)が起きつつある兆
仮にドル暴落が発生すれば、今度は原油価格の準拠通
候もある。それは、これまで一部で言われていた石油需
貨を大きく変更しようとする動きが、特に産油国側から
要加速のパラダイム ・ シフトとは全く逆の、需要増加率
顕在化してくることが容易に想像できる。この際に大き
逓減という“パラダイム ・ シフト”である。世界的に自動
な混乱が生じて、実体としての石油需給にも大きな影響
車の売れ筋が明らかに小型化してきているし、プリウス
を与える可能性も考えられる。
などのハイブリッド車の普及にも加速度がついてきた。
いずれにしても、さまざまなファクターが複雑に絡ま
消費国政府の政策的支援で、近い将来にプラグイン ・ ハ
り合った遠い将来のことを的確に予想することは極めて
イブリッド車が本格的に普及する可能性も高そうだ。先
困難である。したがって、好ましくない将来を招かない
進消費国側で起こっている“パラダイム ・ シフト”は、世
ように、探鉱開発投資の拡大努力と省エネ・燃費向上努
の中の環境意識の高まりと環境対応技術の開発や政策の
力を地道に行うことが切に求められるわけだ。それを強
加速である。その結果、先進国では交通用燃料の需要鈍
力に行えば、石油の将来に関して悲観する必要はないの
化が起こる蓋然性が高い。一方で、途上国の国内の交通
である。この結論は、ある意味、本稿をほとんど書き上
燃料小売価格規制の緩和 ・ 撤廃圧力も高く、値上がりし
げた直後に発表された IEA の「世界エネルギー展望:
たガソリン ・ 軽油は、価格効果が利いて、需要の伸びが
WEO2 0 0 8」のおおよその趣旨と、期せずして同じであ
抑えられる可能性もある。
ることをつけ加えておきたい。
石油価格が低下し続け、
また金融危機が一段落しても、
このようなトレンドの萌芽を不可逆的にし、かつ加速す
執筆者紹介
石井 彰(いしい あきら)
1974年、上智大学卒業。日本経済新聞記者を経て石油公団(当時)入団。その後、米国ハーバード大学国際問
題研究所客員研究員、同公団パリ事務所長等を経て、1992年より石油・天然ガスの国際動向調査に専門的に従
事。
趣味は山歩き、スキー、スキューバダイビング、テニス、音楽(クラッシックとジャズ)、グルメ(酒はだめ)、
読書。
最近の悩みは、仕事と趣味の読書で慢性的な眼精疲労状態にあること。
2009.1 Vol.43 No.1 22
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