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[招待論文]宇宙太陽光発電とレーザーエネルギーネットワーク ⃝木皿且人
社団法人 電子情報通信学会 THE INSTITUTE OF ELECTRONICS, INFORMATION AND COMMUNICATION ENGINEERS 信学技報 TECHNICAL REPORT OF IEICE SPS2008-08 (2008-10) [招待論文]宇宙太陽光発電とレーザーエネルギーネットワーク ⃝木皿且人 、新野正之 宇宙航空研究開発機構 〒981-1525 宮城県角田市君萱字小金沢 1 (財)航空宇宙技術振興財団 〒981-1525 宮城県角田市君萱字小金沢 1 E-mail: [email protected], niino.masayuki @jaxa.jp あらまし レーザー方式のよる宇宙太陽光発電のベースであるレーザーエネルギーネットワークについて述べ、同ネット ワークの静止軌道/地上間の伝送に関する特性を把握する目的で実施された角田宇宙センターに置けるレーザー地 上伝送試験の空間伝送特性について報告する。報告の主要な部分は 2007 年の宇宙科学技術連合講演会にて述べた資 料をベースとしている。 キーワード L-SSPS、レーザー伝送 SSPS(Space Solar Power System) and Laser Energy NetWark Katsuto KISARA and Masayuki NIINO JAXA 1 Koganezawa, Kimigaya, Kakuda-city Miyagi-Pref. 981-1525 Japan JAST 1 Koganezawa, Kimigaya, Kakuda-city Miyagi-Pref. 981-1525 Japan E-mail: [email protected], 1. 概 要 レ ー ザ ー 方 式 の よ る 宇 宙 太 陽 光 発 電 (L-SSPS: Space Solar Power System using Laser) 研 究 の ベ ー ス は 1995 年 に 当 時 の 科 学 技 術 庁 航 空 宇 宙 技 術研究所の研究者が提唱した月面エネルギー基 地 構 想 で あ る 。そ の 構 想 に 基 づ く 宇 宙 で の エ ネ ル ギー利用の方式としてレーザーによるエネルギ ー ネ ッ ト ワ ー ク 構 想 が 導 き 出 さ れ 、静 止 軌 道 上 か ら地上へのエネルギー伝送の部分がクローズア ップされたのがレーザー方式による宇宙太陽光 発電と言える。概念を図1に示す。 本構想においては宇宙におけるレーザー伝送 の一つとして宇宙から地上へのエネルギー伝送 の 部 分 が あ り 、地 球 近 傍 の 大 気 圏 内 の 伝 送 は 気 象 や 大 気 の 影 響 が 影 響 す る た め 、 200 年 代 の 前 半 に JAXA 角 田 宇 宙 セ ン タ ー 敷 地 内 で 地 上 に お け る 伝 送 試 験 を 実 施 し た 。本 報 告 で は レ ー ザ ー エ ネ ル ギ ー ネ ッ ト ワ ー ク に つ い て 概 略 す る と と も に 、レ ー ザービームの空間伝送特性試験の結果について も触れる。 2. 目 的 お よ び 背 景 レーザーを用いた宇宙エネルギー利用システ ム の 研 究 が J A X A を 中 心 に 進 め ら れ て い る 。太 陽光を指向性のあるレーザー光に変換して長距 離 伝 送 を 行 う L-SSPS は 、 地 上 向 け や 月 面 活 動 な niino.masayuki @jaxa.jp 図1 LE-NET 構想 どの宇宙空間における遠隔地向けにエネルギー 供 給 を 行 う も の で あ る 。地 上 伝 送 の 場 合 、宇 宙 か ら伝送されるレーザービームが大気中を通過す る こ と か ら 、大 気 中 の レ ー ザ ー 伝 送 特 性 は 気 象 条 件に依存しシステム稼働率に大きく影響を与え る た め そ の 把 握 は 重 要 で あ る 。ま た 、大 気 中 の レ ー ザ ー 伝 送 特 性 の 把 握 は 、エ ネ ル ギ ー 供 給 が 絶 た れた災害現場や危険地域での一時的な利用等に 対してもその利用可能性を検討する上で重要で ある。 -1- 写真1 走 行 小 屋 よ り 望 む 500m 伝 送 路 図2レーザーによるエネルギー伝送の概念 地 上 で の 受 光 レ ー ザ ー 光 の 利 用 に 際 し て は 、大 気中伝搬によりビーム内の強度分布が変化して 強 度 の 局 在 化 が 発 生 し 、例 え ば 光 電 変 換 素 子 へ の 照射時にその強度によっては損傷等の不具合を 引 き 起 こ す 可 能 性 が あ り 注 意 が 必 要 と な る 。従 っ て ど の 程 度 の 強 度 の 局 在 化 が 起 こ り 、そ れ が 気 象 条件にどのように依存するかを把握することが 重要となる。 ビーム進行垂直方向に媒質の温度分布が想定 さ れ る よ う な 場 合( お そ ら く 地 面 な ど の 熱 源 の 近 く )、温 度 分 布 は 屈 折 率 分 布 を 与 え 、伝 搬 に よ り ビームの進路が変化して到達位置に変動を生じ る 可 能 性 が あ る 。こ れ を 補 償 す る ト ラ ッ キ ン グ 技 術やより大きなレーザー受光面が要求されるた め 、位 置 変 動 の 規 模 と そ の 気 象 条 件 依 存 性 を 把 握 しておくことが必要となる。 写真2 地上でのレーザー実験(受光側より) 成 で あ る 。付 随 し て 各 種 気 象 条 件 を 計 測・記 録 す る 施 設 も 併 設 さ れ て い る 。送 光 小 屋 に は 最 大 出 力 10W 、 波 長 1.064 μ m のNd:YVO4(CW)レ ー ザ ー が 設 置 さ れ 、 光 学 系 を 調 整 す る こ と に よ り 5cm 程 度 までのビーム径にて伝送ビームを受光小屋に向 け て 送 り 出 す こ と が で き る 。伝 送 路 は 舗 装 さ れ て い な い 土 ( 道 路 ) ・ 草 地 の 上 で 、 高 1.3~2.1m の 範 囲 で ほ ぼ 水 平 方 向 に 設 定 さ れ て い る 。伝 送 距 離 は 500m 。 受 光 小 屋 に は 直 径 25cm の 放 物 面 鏡 に よ り ビ ー ム を 収 束 さ せ て パ ワ ー 測 定 等 が で き る 。光 学 系 が 設 置 さ れ て い る 。こ れ ら の 基 本 構 成 に 加 え て種々の機器を持ち込むことが可能な設備とな っている。 2.実験 2‐1 レーザー伝送試験設備 実験は宇宙航空研究開発機構の角田宇宙セ ン タ ー 内 、レ ー ザ ー 伝 送 試 験 設 備 で 実 施 し た( 写 真1) 。 図 2 に 設 備 構 成 の 概 略 を 示 す 。 図 中 左 端 の 送 光 小 屋 か ら レ ー ザ ー 光 を 発 射 し 、 500 m 離 れ た受光小屋で伝送されたレーザー光を受ける構 2− 2 実験内容 前項のレーザー伝送試験設備を利用しいくつ かの追加装置と合わせ実験を行った。 図 4 に 送 光 光 学 系 の 配 置 図 を 示 す 。図 中 右 上 の レ ー ザ ー 装 置 本 体 か ら 出 た 直 径 0.87mm の レ ー ザ ー ビ ー ム は 分 岐 比 が 約 6: 4( 反 射 : 透 過 )の 誘 電体多層膜コート付のビームスプリッタで分岐 さ れ 、 反 射 成 分 は パ ワ ー メ ー タ ) PM-B に よ り 送 光側のパワーモニターとして測定された。 透 過 成 分 は 、い く つ か の ミ ラ ー を 経 て 倍 率 32 倍のケプラー式望遠鏡を基本とした拡大光学系 に よ り ビ ー ム 径 を 拡 大 し て 500m 伝 送 路 へ ( 図 中 三 角 印 )と 送 り 出 さ れ る 。こ の 拡 大 光 学 系 の 倍 率 設 定 は 、伝 送 後 の ビ ー ム 強 度 分 布 を 近 視 野 像 と し て解析することを目的に決められた。 図3設備構成 -2- 図 4(b) に 受 光 小 屋 内 に 設 置 し た 受 光 光 学 系 の 配 置 を 示 す 。BS2 透 過 成 分 を パ ワ ー メ ー タ PM-A に て受光パワーとして測定した。 3. 実 験 結 果 と 検 討 3‐1 伝送効率 各 種 気 象 パ ラ メ ー タ の 中 、最 も 依 存 性 が 大 き か っ た の が 視 程 で あ っ た 。 図 5に 晴 れ 、 霧 、 雪 の 各 図5 (a) 送 光 側 ( b) 受 光 側 ( c) 受 光 側 (ビームパターン測定時) 図4 送受光光学系 図 4(c) は 伝 送 さ れ た ビ ー ム の 形 状 観 測 を 行 う 光学系の配置図である。 以 上 の セ ッ ト ア ッ プ に よ り 、各 種 天 候 な ど の 気 象条件に対する依存性について伝送実験を行い、 パ ワ ー 計 測 に て 伝 送 効 率 を 、パ タ ー ン の 高 速 測 定 にてビーム径と位置変動の高速変化についての デ ー タ を そ れ ぞ れ 取 得 し た 。気 象 条 件 と し て 、天 候(晴れ、雪、霧)、視程、気温、湿度、気圧、 風 向 、 風 速 、日 射 、 大 気 ゆ ら ぎ ( 陽 炎 に 相 当 )の 強 さ を 示 す 屈 折 率 構 造 定 数 ( Cn2 ) を 同 時 観 測 し た。 -3- 伝送効率の気象条件依存性 天 候 時 の 伝 送 効 率 の 視 程 依 存 性 を 示 す 。伝 送 距 離 500 m に 対 し 、 視 程 が 10,000 m 以 下 に な る と 伝 送 効 率 は 顕 著 に 低 下 し 、 400m 以 下 で は ほ ぼ ゼ ロ で あ っ た 。そ の 低 下 の 程 度 に は 天 候 依 存 性 が あ る こ ともわかる。 快 晴 時 で 視 程 が 20,000m 以 上 に な る と 95% 程 度 の 伝 送 効 率 と な る が 、 80% 程 度 に ま で 落 ち 込 む と き も あ り 、 変 動 が 大 き い 特 徴 が 見 ら れ る 。 図 6に 大 気 揺 ら ぎ 依 存 性 を 示 す 。大 気 揺 ら ぎ が 大 き い と き に 伝 送 効 率 の 変 動 が 大 き い こ と が わ か る 。日 射 の デ ー タ か ら 、晴 れ て い て 日 射 が あ る と き に 屈 折 率 構 造 定 数 が 大 き く な る こ と も わ か っ て お り 、伝 送 ビーム位置の地上高が1∼2m程度と低いこと か ら 、日 射 に 起 因 し た 大 気 揺 ら ぎ の 増 大 が レ ー ザ ー ビ ー ム 内 で の 散 乱 を 増 大 さ せ 、受 光 光 学 系 視 野 外にパワーが散逸して伝送効率が低下している こ と が 予 想 さ れ る 。図 6 か ら 、屈 折 率 構 造 定 数 が お お む ね 10-13 (m-2/3) 程 度 以 下 で あ れ ば 伝 送 効 率の変動(低下)が見られないことがわかる。 伝 送 効 率 の 予 測 に つ い て 、 HITRAN デ ー タ ベ ー ス を 利 用 し た Fascode3P に よ る PcLnWin ソ フ ト ウ ェ ア を 用 い て 検 討 し た 。設 定 条 件 は 実 験 条 件 に 合 わ せ 、 光 路 高 さ 1.5m 、 地 上 面 の 海 抜 高 10m 、 気 圧 1006hPa、気 温 2℃ 、相 対 湿 度 50%、降 雨 強 度 0mm/hr、 エ ア ロ ゾ ル の 種 類 を 田 園 モ デ ル と し て 、視 程 3 種 類に対して計算した結果が図5のグラフ内にプ ロ ッ ト さ れ て い る 。い ず れ も ほ ぼ 実 験 値 の 上 限 付 近 で あ る こ と が わ か る 。こ の 計 算 に は 、エ ア ロ ゾ ル に よ る 散 乱 効 果 は 考 慮 さ れ て い る も の の 、大 気 揺らぎによるビーム散逸の効果は考慮されてい な い の で 、伝 送 効 率 が 低 下 し て い る デ ー タ 点 と の 開きが大気揺らぎ効果であると推察される。 ら か に し 、伝 送 効 率 や ビ ー ム 特 性 に 及 ぼ す 定 量 的 影響の評価を可能にした。 図6 5. 付 録 : 高 出 力 レ ー ザ ー 伝 送 試 験 設 備 の 整 備 本 報 告 で 実 験 を 行 っ た JAXA 角 田 宇 宙 セ ン タ ー の 500m レ ー ザ ー 実 験 場 に 2 0 0 7 年 1 1 月 、 出 力 1kW レ ベ ル の レ ー ザ ー 実 験 が 可 能 な 設 備 を 整 備 し 、 こ れ ま で の 実 験 で 用 い て い た 10W レ ベ ル の 100 倍 の 強 度 で 実 験 が 可 能 と な っ た 。 こ の 整 備 に よ り 、大 気 中 の 空 間 伝 送 特 性 の 把 握 に レ ー ザ ー 強 度をパラメータとしたフィールド試験が可能と な っ た 。レ ー ザ ー 伝 送 に 置 け る 光 学 装 置 の 熱 的 特 性や光学系の耐久性が長距離伝送に及ぼす効果 等についての把握が可能となる。 本装置は現在研究開発中の太陽光励起レーザ ーとほぼ同じ波長帯の光を出力するファイバー レ ー ザ ー で あ る .今 後 送 受 光 系 間 の ビ ー ム 制 御 や トラッキングのためのシステム検証等に利用さ れ る ほ か 、 1kW ク ラ ス の 太 陽 光 励 起 レ ー ザ ー 実 証 試験用設備賭してもデータを取得する予定であ る。 伝送効率の大気揺らぎ依存性 3‐2 ビーム断面強度分布 高速度カメラで捉えたビームの高速変化の様 子 か ら は 、ビ ー ム 位 置 の 変 動( 揺 ら ぎ )は 夜 間 で は 小 さ く 、 日 射 の あ る 昼 間 で は 数 mm オ ー ダ ー の 大 き さ で あ る こ と が わ か っ た 。夜 間 は 大 気 状 態 が 安 定 し て い る こ と に 起 因 し て い る と 見 ら れ 、大 気 揺らぎとの相関を見れば明らかになると予想さ れる。 4.まとめ 大気中のレーザービーム伝送における伝送効 率とビーム特性の気象条件依存性について述べ た 。伝 送 効 率 に 関 し て は 、各 種 気 象 パ ラ メ ー タ の 中、最も依存性が大きかったのが視程であった。 伝 送 距 離 5 0 0 m に 対 し 、視 程 が 1 0 k m 以 下 に な る と 伝 送 効 率 は 顕 著 に 低 下 す る と と も に 、そ の 低下の程度には天候依存性があることがわかっ た 。大 気 揺 ら ぎ が 大 き い と き に は 伝 送 効 率 の 変 動 が大きくそれは 日射 依 存で ある こ とが わか っ た。 ビ ー ム 特 性 に 関 し て は 、ビ ー ム 位 置 と ビ ー ム 径 の 変 動 が 、共 に 大 気 揺 ら ぎ に 依 存 し て い る こ と が わかった。実験結果から、屈折率構造定数が 3 10-14(m-2/3) 程 度 以 下 で あ れ ば 、ビ ー ム 径 7mm に 対 し 、位 置 ず れ が ビ ー ム 径 半 分 程 度 、半 径 は ほ ぼ 維 持 、と す る こ と が で き 、か つ こ の 領 域 は 10-13 (m-2/3) 以 下 で あ る の で 伝 送 効 率 の 大 気 揺 ら ぎ 依 存が小さく、安定したパワー伝送が可能である。 こ の よ う に 、本 研 究 で は 、大 気 中 の レ ー ザ ー 伝 送 においてビーム経路の大気揺らぎの重要性を明 -4- 付録写真1 受光小屋のレーザー光 500m 伝 送 後 の レ ー ザ ー 光 、ビ ー ム 径 を の 調 整 中 の 写真(夜間撮影) 付録写真2 送光光学系の一部