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組織の統治構造とパフォーマンス格差
経営戦略研究 vol. 2 207 組織の統治構造とパフォーマンス格差 小売業のケース 小 倉 高 宏 Ⅰ はじめに 景気、不景気によって企業の業績が左右されるということは単純明快だが、現実はその 逆で、ミクロの主体つまり個々の企業業績の集積がマクロの景気である 1。また日々のオ ペレーションは、一時の利益を下振れさせない戦術とされ、利益基盤そのものを本質的に 上方へ動かす戦略とは区別される 2。つまり長期的な業績格差の根本原因は経営者による 過去の戦略レベルの意思決定にある。 では、経営層の意思決定に「コーポレート・ガバナンス」は作用しているのか。中谷巌 (2003)は、低採算な系列企業間取引が社内の政治的理由で継続されることや、前例にな い取り組みは承認されにくい仕組みが会社にビルトインされていることを挙げ、その「問 題の根本はガバナンス構造にある」とし、もしも資本効率向上へのインセンティブとペナ ルティを組み込んだ「コーポレート・ガバナンスが確立していれば、このようなモラル・ ハザードは起こらない」と述べている 3。 本研究では先行研究で手薄な感のある小売業にフォーカスし、データ入手の困難さから 比較検討が回避されやすい「非上場企業」と株式会社ではない「生活協同組合(以下 : 生 協)」も加え、上場・非上場・非株式会社(生協)という 3 つのプレーヤー形態で、ガバ ナンスの態様や経営効率の差が生じているのかを考えてみたい。 Ⅱ Corporate Governance コーポレート・ガバナンスの系譜には、①不祥事や倒産防止のための「説明責任論 (Accountability)」と、②競争力構築のための「事業繁栄論(Business Prosperity)」の 2 つがあるが、これらの概念はお互いに深く絡んでおり、独立して存在するわけではな 1 寺本義也・坂井種次(2002)ⅰ頁 2 三品和広(2004)p. 273 3 中谷巌(2003)p. 15 208 経営戦略研究 vol. 2 い 4。コーポレート・ガバナンスの目的は、企業としての成功、つまり企業価値の向上と 持続的成長を遂げるためにどういうメカニズムが必要かという点に収斂され、そのメカニ ズムとは、企業経営において選択と集中の方向を与え、経営者を動機付け、実績を評価 し、経営全体を監視する仕組みである 5。株主を重視するアメリカでのコーポレート・ガ バナンスについて、田村(2002)は下記の 3 つを主旨とする特徴をあげている 6。 A: 「市場の失敗」がないわけではないが、原則として市場メカニズムを信頼する。 B:過度の権力集中は堕落の恐れがあり権力へのチェック&バランスが必要となる。 C:市場メカニズムの機能には、適正な会計と情報公開などの透明性が重要である。 なお、アメリカでは制度的に株主の力が制限されているが、株主主権であるからこそ 放っておけば株主の権限が強くなりすぎるために、巨大な権力の集中した株主の存在を制 限する制度の工夫がなされている 7。 Ⅲ Co-operative Governance 1.日本の生協の概略 日本の地域生協の加入者数は 1563 万人で、日本の人口の約 2 割、世帯換算では約 3 割 の加入率である。メンバーシップである生協は加入時に組合員から預かった出資金を資本 金とするが、その一人当たりの出資平均は約 3 万円。合計すると実に 5 千億円(=3.2 万 円× 1563 万人)という巨大資本となることはあまり知られていない 8。 2.生協の統治構造 組合員を主役とする生協の業務運営は専従役職員が担い、「ピラミッド型の内部経営組 織」が不可欠で、 「経営者支配」とか「ガバナンス」の問題が生じてくる 9。その形態は 一般の私企業と近似しているが、そのガバナンス構造には生協特有の問題がある。 4 光定洋介(2005)『日本における企業・株式価値向上のためのコーポレート・ガバナンスの運用』産 能大学論文 p. 2 5 田村達也(2002)p. 117 6 田村(2002)pp. 22-23 7 伊丹敬之(2000)p. 45 8 生協の指標は日本生活協同組合連合会の年次総会資料から出所 9 角瀬保雄・川口清史(1999)p. 11 組織の統治構造とパフォーマンス格差 組合員総会 209 株主総会 監事 取締役 監査役 理事会 取締役会 監査役会 常勤理事会 代表取締役 会計監査人 執行組織 執行組織 理事 《図 1 「組合員総会と株主総会の概念図」》 3.生協ガバナンスの 10 の問題点 (1) 生協の営利性と非営利性 協同組合の 2 つの社会的役割 10 は、第 1 に『協同組合の事業活動そのものが市場にお ける対抗力となること』 、第 2 に『事業活動のなかから本来生まれてこない社会問題への 参加』が挙げられる。生協が Going-Concern であるには、営利目的ではないが(Not-forprofit) 、非営利でもなく(Not-non-profit)、利潤を獲得とする企業(profit organization) である必要がある。 「採算性」のためには「所有と経営の分離」「経営(管理)と労働の分 離」が生じ、 「労使関係」も生まれ「生協の企業化」が促進する。 (2) 役員層の設置基準が曖昧 法的な生協役員の職務・責任の規定はなく、民法上の善管注意義務を負うものと通念解 釈され、個々の生協の定款で自主的に規定するのが一般的である 11。 (3) 役員支配による内向き経営(理念による正当化) 生協では「理念による活動の正当化」に傾斜しがちで、自ら修正する能力に乏しく 12、 理念を隠れ蓑にしたかのように、生協役員および職員の不祥事が発生している 13。 (4) 役員の評価基準が不鮮明 4 4 4 4 生協経営への評価の曖昧さは「非営利性」と「利用原理」に起因する。生協は「事業利 4 4 4 4 用を通じた組合員利益の最大化」つまり「利潤原理」ではなく「利用原理」に従う。不採 4 4 4 4 算店舗の閉鎖に手間取る理由に、出資者である組合員の「利用原理」がある。 10 角瀬保雄(1993)『協同組合の企業経済理論序説〜基本的価値・市場経済・経済民主主義〜』法政大 学論文 p. 18 11 山本・吉田・小池編著(2000)pp. 28-31 12 角瀬・川口(1999)p. 156 13 杉本貴志(2004)『事業連合時代の生協ガバナンス』関西大学論文 2(2)より 210 経営戦略研究 vol. 2 (5) ガバナンスの範囲拡大の弊害 大規模な生協は「事業の自己目的化」に陥りやすい。角瀬・川口(1999)14 によると、 協同組合は他の成功事例を模倣し、競争相手と同じ土俵でのプレーを選好しやすいが、同 質化競争における競争優位は量が勝敗を決し、つまり協同組合が本来志向する方向とは矛 盾し、異質化・差別化の追求により競争を回避すべきだとしている。 (6) 統治階層の複雑化 生協間同士の提携・合併が模索されているが、杉本(2004)15 は、事業連合のガバナン スと、その傘下の各単協のガバナンスの困難性を指摘している。 (7) 会計制度が未熟 生協は、組織の官僚化により前年対比増額の予算の立案遂行を選好すること、投資効率 についての評価基準が未整備であることなどが挙げられる 16。 (8) 財務体質が脆弱 角瀬・川口(1999)17 によると、株式会社は「資本の結合」で株式売買に統制権が帰属 4 4 4 4 するが、協同組合は「人の結合」で統制権は「人格」に帰属し、出資額の大小ではなく、 一人一票という議決権に象徴される。この制度の問題には、資本コストであるはずの出資 配当や利用割戻が再び各組合員の増資に自動繰り入れされる場合、当該生協の内部留保形 成の努力を低下させてしまう点や、組合員の脱退は減資を意味するために、経営安定には 常に一定の資金プールを要する点などが挙げられる。 (9) モニタリングの機能不全 生協の「監査体制はとかく弱体で遅れている」との指摘もある 18。また組合員の出資額 は約 3 万円で、事業リスクに値するレベルではないため、組合員の経済的インセンティブ (出資配当への期待)は薄い。つまり、生協には経済的に強くコミットメントする主権者 たる有力株主が存在せず、 「総フリーライダー化」ともいえる状態にある。 (10) 情報開示に消極的 生協で起きる不祥事の背景として、下記の構造的問題が挙げられる 19。 ⅰ相互牽制が効きにくい構造 ⅱ理念で欠陥を覆い隠す体質 ⅲ他の生協・社会に対する閉鎖性 ⅳ甘い経営スキル ⅴ法制度上の問題 生協は経営指標の情報公開には消極的であるとも指摘され 20、たとえば経営体の健全性 アピールのために格付機関から格付取得するといった積極姿勢はみられない。 14 15 16 17 18 19 20 角瀬・川口(1999)p. 166 杉本(2004)2(3)より 角瀬・川口(1999)p. 165 角瀬・川口(1999)p. 39 山本・吉田・小池編著(2000)p. 97 岡本(1999)「問題発生の要因を考える」(『生協総研レポート』No. 23) 山本・吉田・小池編著(2000)p. 84 組織の統治構造とパフォーマンス格差 211 Ⅳ 定量分析 1.標本と変数について 「小売・卸売企業年鑑 2006 年版」 (2005 年 12 月日本経済新聞社発刊)を使用し定量分 析を行った。サンプル数と主な顔触れは《表 1》《表 2》のとおりである。 《表 1 「サンプル数」》 合計 上場 55 15 スーパー・生協 214 55 117 42 合 計 269 70 157 42 百貨店 非上場 生協 40 《表 2 「サンプル名(抜粋)」》(※ 2005 年度単体売上高でソート) 上場(標本合計=70) 1 イオン 2 イトーヨーカ堂 3 ダイエー 4 高島屋 5 三越 6 ユニー 7 西友 8 丸井 9 大丸 10 伊勢丹 11 ライフコーポレーシ ョン 12 イズミ 13 平和堂 14 イズミヤ 15 マ ルエツ 16 阪急百貨店 17 近鉄百貨店 18 松坂屋 19 フジ 20 ヨークベニマル 21 東急ス トア 22 オークワ 23 イオン九州 24 いなげや 25 カス ミ 26 マ ックスバリ ュ西日本 27 バロー 28 ユース トア 29 ヤオコー 30 タイヨー(鹿児島) 非上場(標本合計=157) 1 西武百貨店 2 そごう 3 東急百貨店 4 万代 5 ベイシア 6 東武百貨店 7 サミット 8 マ ルナカ 9 サンリブ 10 小田急百貨店 11 天満屋 12 京王百貨店 13 阪神百貨店 14 三和 15 山陽マ ルナカ 16 マ ルショク(サンリブ,サンク) 17 オ− ケー 18 丸井今井 19 ラルズ( アークス) 20 丸広百貨店 21 コモディイイダ 22 名鉄百貨店 23 富士シ ティオ 24 とりせん 25 ユニバース 26 オギノ 27 鶴屋百貨店 28 小田急商事 29 福田屋百貨店 30 トキハ 生協(標本合計=42) 1 コープこうべ 2 コープさっぽろ 3 コープとうきょう 4 コープかながわ 5 さいたま コープ 6 みやぎ 生協 7 ちばコープ 8 京都生協 9 コープしずおか 10 東京マ イコープ 11 エ フコープ 12 おかやまコープ 13 大阪いずみ市民生協 14 生協ひろしま 15 おおさかパルコープ 16 東都生協 17 名古屋勤労市民 18 いわて生協 19 コープながの 20 な らコープ 21 いばらぎコープ 22 大阪北生協 23 コープかごしま 24 コープぐんま 25 道央市民生協 26 コープぎふ 27 コープみやざき 28 生協エ ル 29 コープえひめ 30 コープかがわ 伊丹(2000)によると、企業の付加価値(売上と買い入れた資源の差)は多数の意思決 定の集積であるが、意思決定は権限によって分配・共有がなされ、そうした分散シェアリ ングの変数は、平たく言えば、 「権力・カネ・情報」であるとしている 21。 21 伊丹(2000)p. 57 212 経営戦略研究 vol. 2 本研究でも、この「権力・カネ・情報」という視点を参考に、小売業年鑑の掲載項目 のなかから、筆者が使用可能と判断した 19 項目を変数とした。このうち「取締役会(権 力) 」の構成人員に関する 5 変数を「Director」、「持株比率(カネ)」に関する 3 変数を 「Own」 、 「統治規模と説明責任(情報) 」に関する 5 変数を「Responsibility」、「経営効 率」に関する 6 変数を「Efficiency」と定義した。これら 19 の変数は《表 3》のとおりで ある。 《表 3 「19 変数と N 数」》 《小売業年鑑をもとにした 19 変数》 分類 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 Director 変数 Own 変数 Responsibility 変数 Efficiency 変数 【変数の略称記号】 と 変数の名前 上場 【D1】 役員会の規模 (役員合計人数) 69 【D2】 役員人数に占める会長 ・ 副会長 ・ 社長 ・ 副社長の割合 69 【D3】 役員人数に占める専務 ・ 常務の割合 69 【D4】 役員人数に占める平取締 ・ 執行役員の割合 69 【D5】 役員人数に占める監査役の割合 69 【o1】 身内の持株割合 (創業家 ・ 持株会 ・ 親会社 ・ グループ企業) 70 70 【o2】 金融機関の持株割合 (信託 ・ 年金 ・ 保険 ・ 銀行 ・ ファンド) 70 【o3】 所有の寡占度 (上位3者の持株比率) 【R1】 組織規模 (単体売上金額) 70 【R2】 統治スパン (単体売上金額 ÷ 役員人数) 69 【R3】 統治生産性 (単体経常利益高 ÷ 役員人数) 69 【R4】 情報公開への積極性 (項目回答数) 70 【R5】 赤字店舗数公開姿勢 《※名義尺度》 70 【E1】 資産効率 (使用総資本利益率 ROA) 70 【E2】 組織の収益効率 (単体売上経常利益率) 70 【E3】 事業の収益効率 (単体売上粗利益率) 70 【E4】 事業に要するコスト (売上高販管比率) 70 【E5】 従業員への分配度 (売上高人件費率) 64 【E6】 負債への依存度 (売上高有利子負債比率) 70 有効な度数 (N) 非上場 生協 70 24 70 24 70 24 70 24 70 24 120 120 120 157 70 55 157 146 87 120 111 107 93 77 42 24 22 42 42 37 39 39 36 39 28 計 163 163 163 163 163 190 190 190 269 163 146 269 258 194 229 220 213 196 175 2.検定によるインプリケーション 上記の 19 変数に対し、上場・非上場・生協の 3 水準で、統計的な違いを検出するため に、有意水準 5%の検定を実施した。 《図 2》〜《図 3》は検定結果の抜粋である。 紙幅の都合上、詳細結果は割愛し、有意差に基づく考察骨子は次のとおりである。 (1)上場企業《所有の分散、高い情報開示度、効率的経営》 上場企業は 3 水準で「所有の分散」が進み、金融機関の持株比率は高く、負債比率も高 い。売上規模や情報公開項目数および監査役の割合も統計的に最大で、多方面のステイク ホルダーに対する透明性確保の積極姿勢が顕著である。また役員一人当たり換算の売上高 と経常利益額も最高で経営の効率性がうかがえる。 組織の統治構造とパフォーマンス格差 ︻ D 4 ︼ 役 員 人 数 に 占 め る 平 取 締 ・ 執 行 役 員 の 割 合 % の 平 均 値 度 20 数 0.3997 上場⇔非上場 0.33 上場⇔生協 0.3734 差 0.02631 差 0.1434(*) P値=0.640 P値=0.015 P=0.703>0.0167 P=0.006(*)<0.0167 10 5 0 非 上 場 20 15 10 非上場⇔生協 0.30 等分散性の検定 P 値=0.000 クラスカルウォリス(ノンパラメトリック検定) 0.27 上上 場場 ・ 非 上 場 ・ 生 協 15 0.39 0.36 213 5 差 0.11712 0 P値=0.067 20 P=0.027>0.0167 15 平均の差の検定 P 値=0.000(*) 10 0.2563 多重比較 Games-Howell 5 0 上場 生 協 生協 非上場 0.00 0.20 0.40 0.60 0.80 1.00 【D4】役員人数に占める平取締・執行役員の割合% 上場・非上場・生協 《図 2 「役員に占める平取締役・執行役員の割合」》 ︻ R 4 ︼ 情 報 公 開 へ の 積 極 性 ︵ 項 目 回 答 数 ︶ の 平 均 値 40 38.8 等分散性の検定 P 値=0.003 クラスカルウォリス(ノンパラメトリック検定) 上場⇔非生協 35 差 17.169(*) 平均の差の検定 P 値=0.012(*) 多重比較 Games-Howell P値=0.000 30 20 40 30 20 10 0 50 上場⇔生協 P値=0.009 差 13.824(*) P=0.002(*)<0.0167 20 10 24.98 0 50 生 協 40 30 21.63 20 P=0.000(*)<0.0167 10 0 上場 非 上 場 30 非上場⇔生協 P=0.000(*)<0.0167 P値=0.000 上上 場場 ・ 非 上 場 ・ 生 協 40 差 3.346(*) 25 度 50 数 非上場 上場・非上場・生協 生協 0 10 20 30 40 【R4】情報公開への積極性(項目回答数) 《図 3 「情報公開への積極度(情報開示した項目)」》 50 214 経営戦略研究 vol. 2 (2)非上場企業《所有の集中、低い情報開示、低コスト構造》 非上場企業は上位 3 者の株主構成比が高く「所有の集中」が顕著で、負債比率は上場企 業と同程度だが金融機関による持株比率は低く、情報公開への積極性は低い。非上場企業 は、売上規模という量の力では劣るが、一般に地域を集中するドミナント展開をはかるこ とで、低い販管比率を実現するなど、規模のマイナスを補っている。 (3)生協《役員人数の多さ、役付き役員比率の高さ、低い情報開示、非効率経営》 負債比率が格段に低い生協は、経常利益高に比べ役員人数が過多で、その役員の 6 割が 役付きで、人数も肩書きもオーバースペックである。一方で監査役人数割合は最低で、情 報開示数も少ない。粗利益率は最高だが、販管比率も高く、経常利益率は最少で、経営の 効率化が充分でない。生協は、M&A や TOB の危険性も皆無で、負債比率も低いために 金融機関からのモニタリング圧力も少なく、経営の緊張感、経営者への規律づけが醸成さ れにくい組織特性であることがうかがえる。 3.相関によるインプリケーション 個々の変数同士の影響をはかるために、4 水準(3 水準+全数)で相関分析を実施し た。相関の組数は 564 組となったが、 《図 4》はその分析からの一例である。 順位相関係数 .458(**) 有意確率(両側) 0.001 N 49 非上場の百貨店・スーパー ︻ o 100.0 3 ︼ 所 有 の 寡 80.0 占 度 ︵ 上 位 3 者 60.0 の 持 株 比 率 ︶ 40.0 20.0 -500 0 500 1000 1500 【R3】統治生産性(単体経常利益高 ÷ 役員人数) 《図 4 「所有寡占度(上位3者持株比率)と統治生産性(役員一人当たり経常利益)」》 組織の統治構造とパフォーマンス格差 215 有意差(5%)が検出された相関係数を中心に考察した骨子は次のとおりである。 (1)上場企業「資本市場による規律づけ」 上場企業の変数では「金融機関の持株比率」において有意な相関が多い。しかも、その 相手方の変数は経営パフォーマンスに関するものが並び、その相関はプラスを示す。一 方、 「所有の寡占度(上位 3 者の持株比率)」の相関は全項目でマイナスを示しており、上 場企業においては、所有は集中させないほうが好ましい結果がでている。 したがって、上場企業のカギは、 「機関株主の存在」と「所有の分散」であり、つまる ところ、「資本市場による規律」が経営の効率化に作用すると考えられる。 《表 4》 変数(上場) o2金融 機関の持株比率 o2金融 機関の持株比率 o2金融 機関の持株比率 o2金融 機関の持株比率 o2金融 機関の持株比率 o2金融 機関の持株比率 o2金融 機関の持株比率 D1役員 会規模 D1役員 会規模 D1役員 会規模 o3所有 の寡占度 o3所有 の寡占度 o3所有 の寡占度 R1売り 上げ規模 R1売り 上げ規模 R2統治 スパン ⇔ ⇔ ⇔ ⇔ ⇔ ⇔ ⇔ ⇔ ⇔ ⇔ ⇔ ⇔ ⇔ ⇔ ⇔ ⇔ 変数(上場) o3所有の寡占度 R1売り上げ規模 R2統治スパン R3統治生産性 E6有利子負債 D1役員会規模 R4情報公開への積極性 D5監査役の割合 R2統治スパン o1身内の持株比率 R4情報公開への積極性 R3統治生産性 R2統治スパン D5監査役の割合 E4販管比率 E4販管比率 相関係数 符号 0.584 ▲ 0.525 + 0.495 + 0.400 + 0.335 + 0.325 + 0.323 + 0.802 ▲ 0.373 + 0.273 ▲ 0.277 ▲ 0.276 ▲ 0.246 ▲ 0.495 ▲ 0.462 + 0.395 + (2)非上場企業「所有の集中」 非上場小売業では「所有の寡占度(上位 3 者の持株比率)」および「身内の持株比率」 などの「所有と経営の一体」に絡む変数が多い。その相手方の変数は、経営効率指標が多 く、しかも全てで正相関を示している。したがって、非上場小売業では「所有の集中」を パフォーマンスに結び付けることの重要さがうかがえる。 《表 5》 変 数(非上場 ) o3所有 の寡占 度 o3所有 の寡占 度 o3所有 の寡占 度 o3所有 の寡占 度 o3所有 の寡占 度 o3所有 の寡占 度 R2統治 スパン R2統治 スパン o1身内 の持株 比率 o1身内 の持株 比率 R1売り 上げ規 模 R1売り 上げ規 模 D2経営 トップ の割合 ⇔ ⇔ ⇔ ⇔ ⇔ ⇔ ⇔ ⇔ ⇔ ⇔ ⇔ ⇔ ⇔ 変数(非 上場) R3統 治生産 性 D1役 員会規 模 E1資 産効率 E2経 常利益 率 R2統 治スパ ン R1売 り上げ 規模 E5人 件費率 E2経 常利益 率 D1役 員会規 模 o2金 融機関 の持株 比率 D5監 査役の 割合 E5人 件費率 D1役 員会規 模 相関係 数 符号 0.458 + 0.424 + 0.308 + 0.298 + 0.286 + 0.243 + 0.498 ▲ 0.423 + 0.382 + 0.279 ▲ 0.295 + 0.273 ▲ 0.700 + 216 経営戦略研究 vol. 2 (3)生協「情報開示による経営の規律づけ」 生協では「専務・常務の割合」に関する項目が多いが、その相手方に肝心の経営パ フォーマンスとの相関は見出せない。他方「情報公開への積極性」は「統治生産性(経常 利益高÷役員人数) 」 「売上規模」と正相関を示している。したがって、株主や資本市場に よる規律づけが困難で、役員構成の状況が経営効率と相関しない生協では積極的な「情報 開示による規律づけ」が、パフォーマンス向上へのカギとなる。 《表 6》 変 数(生協 ) D3専 務・ 常務 の 割合 D3専 務・ 常務 の 割合 D3専 務・ 常務 の 割合 D3専 務・ 常務 の 割合 R4情 報公 開へ の 積極 性 R4情 報公 開へ の 積極 性 ⇔ ⇔ ⇔ ⇔ ⇔ ⇔ 変 数(生 協) D4平 取締 役の 割合 D5監 査役 の割 合 D1役 員会 規模 D2経 営ト ップ の割 合 R3統 治生 産性 R1売 り上 げ規 模 相 関係 数 符 号 0.801 ▲ 0.700 ▲ 0.628 ▲ 0.493 + 0.575 + 0.310 + Ⅴ 総括 ─小売業にみる組織統治の要諦─ 1.株式会社・上場 上場企業は非上場や生協に比べると、役員一人当たりの売上規模および創出利益などの パフォーマンスレベルは高く、情報開示によるアカウンタビリティの履行レベルでも有 意に高い結果となった。この要因であるが、上村(2002)を参考にすると、情報開示・会 計・監査の重要性はガバナンスにより確保され、その「ガバナンスの実現は証券市場の存 在で既に一定程度達成されており、証券市場が適度な資金調達と経営判断を大きく誤らせ ない歯止めの役割を果たす」としている 22。確かに日本の株式会社は、欧米に比べると資 本効率や株主価値重視に改善の余地はあろうが、少なくとも本研究では、非上場と非株式 会社(生協)よりも、上場小売業がガバナンスの実践と経営パフォーマンスにおいて秀で 4 4 た結果を示した。生協は「出資(所有)=運営(経営)=利用」の一体であるが、株式会 4 4 4 社に適用すると、 「所有⇔経営⇔利用」の独立性であるといえる。 こうした上場企業の特徴は本稿Ⅱ章で言及した『A:「市場の失敗」がないわけではな いが、原則として市場メカニズムを信頼する』に適合するモデルだといえる。 22 上村達男(2002)p. 5、p. 104 組織の統治構造とパフォーマンス格差 217 2.株式会社・非上場 「所有と経営の一体型」組織である非上場の小売業は、オーナー自らが出資し経営する ハンズ・オンであるために生き残りへのコミットメントは高く、厳しい競争環境のなか、 MBO(Management Buy-Out)などの思い切った経営判断も可能である。 但し昨今の非上場の同族企業において、密室経営が認識を誤らせ、社会的信用の失墜を 招く事態があとをたたない。老舗企業は内部留保が潤沢で銀行借り入れも不要であるこ とから、外部からのモニタリングも効きにくく、雇用での地域貢献や、高い知名度などか らも、成功の罠とでもいうべき“裸の王様”に陥りやすく 23、環境変化のなか「自分は間 違っている」という判断に逡巡し、仮説を変えるタイミングを逸し易い 24。そのような過 誤を防ぐためにも、創業一族以外のステイクホルダー、たとえば内部の労働組合のモニタ リングや、外部への情報の積極開示により、自らを律することが必要である。 つまり非上場企業の特徴は「所有=経営の一体」にあるために、本稿Ⅱ章で言及した 『B:過度の権力集中は堕落の恐れがあり権力へのチェック&バランス機構が必要となる』 ことが重要となる。昨今の不祥事の発覚源として内部告発を看過できず、とりわけ地元の 主婦であり従業員でもあるパートタイマーを多く雇用し地域密着の店舗展開を進める小売 業は、地域に開かれた経営スタンスを示すことで、公明正大さを訴求し、組織内外との信 頼関係を醸成すべきである。 3.非株式会社・生協 生協は買収の危険はなく、非上場経営者のように自らが多額の投資リスクを背負うわけ でもなく、組織の社会的位置づけに非営利的側面もあるため、利益責任に関する経営者の コミットが難しい。本研究でも、売上や利益に比して役員人数が有意に多く、しかも 6 割 が役付きである統計結果となった。また消費者の出資金を原資にする生協は、負債比率が 有意に低いため金融機関からのモニタリングも弱い。 生協経営のパフォーマンス向上には自らを律するための情報開示、アカウンタビリティ の履行が最重要である。なぜなら日本の企業システムのなかで注目されているステイクホ ルダー・モデルの姿は協同組合の姿そのものであり、ステイクホルダーとの関わりにおい てアカウンタビリティ(説明責任)が極めて重要だとされるためである 25。 生協の組織の特徴は「出資(所有)=利用の一体」であることからも、出資者の価値は 4 4 4 4 「利用原理」にある。 「利潤原理」が作用しにくいからこそ、経営層は自らを律するため に、本稿Ⅱ章で言及した『C:市場メカニズムの機能の前提条件は透明性確保で、適正な 23 日本経済新聞(2007/10/28)11 面「企業統治外部の目なく」 24 中谷巌(2003)p. 224 25 角瀬・川口(1999)p. 251 218 経営戦略研究 vol. 2 会計処理と情報公開が重要である』という点を大いに認識すべきである。 生協の店舗事業は恒常的に赤字であるが“利用原理”に従う性格上、“資本の論理”だ けの経営判断では、組合員との合意形成に到達しにくい。しかし、消費者から預かった資 金を元手に事業運営をする以上、不断の情報共有に努め、専従経営者としてのアカウンタ ビリティを十二分に果たすべきである。そうした姿勢がなく、抜本的な打ち手を講じない のであれば、経営者としての“資本の倫理”が問われるであろう。 なお、生協の現在の出資金制度は「出資一口 100 円・10 口千円単位(出資金 5 千円以 上の加入推奨) 」となっており、経営の安定性の確保のために生協法で「上限 100 万円」 「配当率上限 10%」が規定されている。実際の出資平均は一人約 3 万円と少額で、しかも 出資配当率はおおむね普通預金に近似し昨今は 0.2 〜 0.4%前後が多くリターンを期待す るには余りに低い。多様な金融商品をパソコンや携帯から容易に売買できる時代に、出資 額の大小に関わらず利率は一律固定で、さらには数ヶ月前に申請したうえでないと年に一 度の引き出し(減資)が認められない。100 万円を 0 コンマ数%で預けることが可能な生 活者は、よほどの生協ファンか蓄えに余裕のある層であろう。 これに対し、インカムゲインの期待を誘う「出資配当率の累進性」を導入すべきではな いか。出資額の大小に応じ配当利率を傾斜配分すれば、出資金の増強(=増資)ならびに 購買(=利用)へのインセンティブに作用するはずである。現にポイントカードやクレ ジットカードは、セールス時に還元ポイント率を数倍に上げることで充分な購買促進の誘 因となっている。累進的な出資配当率の適用は、加入組合員の経営への「フリーライダー 化」の是正策として一定程度の機能を果たすと考える。 高齢化による健康への願いや、食の安心への期待が高まるなか、モニタリング不全で、 いまだ経営改善の余地のある生協陣営による“Cooperative Governance”の実践を期待 し、本稿を締め括りたい。 以上 参考文献 伊丹敬之(2000)『日本型コーポレート・ガバナンス』日経新聞社 上村達男(2002)『会社法改革』岩波書店 角頼保雄・川口清史(1999)『非営利・協同組織の経営』ミネルヴァ書房 田村達也(2002)『コーポレート・ガバナンス』中公新書 寺本義也・坂井種次(2002)『日本企業のコーポレート・ガバナンス』生産性出版 中谷巌(2003)『コーポレート・ガバナンス改革』東洋経済新報社 平野光俊(2006)『日本型人事管理―進化型の発生プロセスと機能性』中央経済社 深尾光洋(1999)『コーポレート・ガバナンス入門』ちくま書房 三品和広(2004)『戦略不全の論理』東洋経済新報社 山本修・小池恒男・吉田忠(2000)『協同組合のコーポレート・ガバナンス』家の光協会 日本経済新聞社(2005)『小売・卸売企業年鑑 2006 年版』