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56:857 症例報告 痙攣重積発作を呈した Brugada 症候群の 1 例 松井 未紗1)* 井上貴美子1) 藤村 晴俊1) 佐古田三郎1) 要旨: 症例は 35 歳男性.半年前に全般性痙攣発作を伴う意識消失にて救急搬送され Brugada 症候群の疑いを指 摘された.意識消失発作にて当科へ緊急受診した.診察中に共同偏視・左上肢の間代痙攣が生じ全身性強直発作へ 移行し,約 1 分で回復した.脳波検査中に,発作性心室細動から心肺停止となり,除細動で洞調律に回復した後 に痙攣重積となった.Brugada 症候群と診断し,除細動器埋め込み術を施行.以後は抗てんかん薬を中止してい るが発作の再発はみていない.Brugada 症候群は心室性不整脈と突然死をきたす遺伝性心疾患であり,痙攣発作 の診療においてはてんかんまたは不整脈の可能性の両者を念頭に置くことが重要である. (臨床神経 2016;56:857-861) Key words: Brugada 症候群,てんかん,心室細動,意識消失発作,痙攣重積状態 はじめに をすすめられたが放置していた.2015 年 1 月中旬より感冒症 状・発熱があり,クエチアピンの内服を中止し感冒薬を内服 てんかん患者は一般人口に比し突然死のリスクが約 24 倍 していた.2 日後には解熱し出勤した.昼に休憩室で臥床し 高いと報告されており ,その一因として不整脈の関与が指 て休んでいる際に,片腕を伸ばすような姿勢で突然奇声を発 摘されている.Brugada 症候群は心室細動を引き起こし突然 したが,同僚が声をかけたところすぐに覚醒した.その 1 時 死の原因となる疾患であり,近年,その一部にてんかんと共 間後,ロッカーの前で倒れているところを発見されたが,す 通する遺伝子異常が解明されている .Brugada 症候群の不 ぐに意識は回復した.意識消失発作の精査目的で,当科を緊 整脈による意識消失発作がてんかんとして加療されている 急受診した. 1) 2) ケースもある 3)一方で,てんかんと不整脈を合併したと考え られる症例の報告も多くなされている 4) ~8) . 受診時現症:意識は清明で,診察に協力的で質問への返答 は正確であった.四肢に明らかな麻痺はなく独歩は可能で 今回,我々は痙攣重積発作を呈した Brugada 症候群の 1 例 あった.問診の最中に,意識が遠のく感覚を訴えた.右への を経験した.痙攣重積状態の診断・治療において示唆に富む 共同偏視が出現しその後左への共同偏視へ移行,左上肢の間 症例と考えられたため,文献的考察を加えて報告する. 代痙攣が出現した.四肢は強直肢位となり呼びかけに応答し なくなった.数十秒で意識を回復し会話が可能な状態となる 症 例 が,緊急入院となった. 入院後経過:脳波測定中に,再び応答がなくなり四肢を 症例:35 歳男性 強直させる肢位をとった.この際,脳波上は後頭葉優位の α 主訴:意識消失発作 波を認めており同時測定の心電図モニターは脈拍 40 回程度 家族歴:神経筋疾患・突然死の家族歴はなく血族婚もな の徐脈をしめしていた.その後,心電図波形は心室細動 かった. (ventricular fibrillation; VF)波形に移行し,脳波は徐波化を認 嗜好歴:10 本 / 日×15 年の喫煙歴があり飲酒歴はなかっ め前頭部から前頭極部を中心とする 3~4 Hz 150 μV の徐波 た.約 1 年前に危険ドラッグの使用歴があった (詳細は不明) . バーストとなった.この間,脳波上では明らかなてんかん性 既往歴:2014 年 11 月,うつ病の診断でクエチアピンを投 活動は確認できなかった(Fig. 1).直ちに除細動を行い,洞 与された. 現病歴:2014 年 7 月に自宅で意識消失発作を起こし,数 調律へ回復したが,意識の回復はなく四肢を強直させ,小刻 みに震わせるような発作が持続した. 分で自然に回復したが呂律の回りにくさが残っていた.救急 痙攣重積状態と判断し,ジアゼパム・フェニトイン・プロ 搬送先において 12 誘導心電図で Brugada 症候群を疑われ精査 ポフォールを投与したが,回復は認めなかった.気管内挿管 *Corresponding author: 独立行政法人国立病院機構刀根山病院神経内科〔〒 560-8552 大阪府豊中市刀根山 5 丁目 1 番 1 号〕 1) 独立行政法人国立病院機構刀根山病院神経内科 (Received August 17, 2016; Accepted October 24, 2016; Published online in J-STAGE on November 25, 2016) doi: 10.5692/clinicalneurol.cn-000945 臨床神経学 56 巻 12 号(2016:12) 56:858 Fig. 1 Electroencephalography (EEG) findings during convulsive attack. Initially, EEG data were normal with bradycardia on rate monitoring. Approximately 15 seconds later, ventricular fibrillation appeared accompanied by an EEG change of a bilateral slow wave with frontal dominancy. し人工呼吸器管理とした上でチアミラールナトリウムでの鎮 症状を認めない状態まで回復し,退院となった.遺伝子検査 静を開始した.また,経鼻チューブよりカルバマゼピン・フェ は,本人の同意が得られず,施行できなかった.以後も発作 ノバルビタールの投与を開始した. はなく ICD の作動もなく経過しており,発作半年後,1 年半 検査所見:CPK 683 IU/l と上昇があり AST 85 IU/l,ALT 後に行った脳波検査では明らかな異常を認めていない. 158 IU/l と肝酵素の上昇を認めたが,CRP 1.91 mg/dl,WBC 考 察 6,070/μl と炎症反応の上昇は軽度であった.抗核抗体・腫瘍 マーカーは陰性でウイルス抗体は既感染パターンであった. 髄液所見は細胞数 5/mm³(多核球 2,単核球 3) ,蛋白 26.3 mg/dl てんかん患者は,一般人口に比し突然死のリスクが高いこ と正常でヘルペスウイルス DNA は陰性であった.頭部 MRI とが知られており 1)不整脈の関与が示唆されている.てんか は明らかな異常を認めず,心臓超音波検査でも器質的異常を ん発作の 90%以上で頻脈を示すが,徐脈を認めるとの報告も 指摘されなかった.12 誘導心電図では,V1~V3 に coved 型 ある 11).また,てんかん患者は心血管イベントや先天性の心 の ST 上昇を認めた(Fig. 2). 疾患の合併率が高い 12). 繰り返す意識消失発作があり心室細動を起こしている 近年,QT 延長症候群や Brugada 症候群など不整脈から突 こ と, 心 電 図 で coved 型 ST 上 昇 を 認 め て い る こ と か ら 然死を引き起こすリスクのある疾患で,てんかんと共通する Brugada 症候群と診断した.埋め込み型除細動器(implantable 遺伝子変異が報告されている.Brugada 症候群の原因遺伝子 cardioverter defibrillator; ICD)の class I 適応と判断し 9),他 の一つである SCN5A 遺伝子はラットでは辺縁系に発現する 院循環器内科にて ICD の埋め込みを行った.経過中に,脳波 ことが報告されており関連が疑われる 2). 検査を繰り返し行った.鎮静終了後も意識レベルの低下が遷 Brugada 症候群は,常染色体優先遺伝の疾患でアジアにお 延していた第 8 病日の脳波では,前頭部優位の δ 波が左右差 ける有病率が高く,1,000 人あたり 0.5~1 人と言われており, なく認められた.第 13 病日には,軽度の失見当識を残すもの 男性の発症率は女性の 8~10 倍高い 9).器質性心疾患のない の会話が可能なまでに回復しており,この時の脳波では一部 若年者で VF 発作のリスクを上昇させる.安静時の発作が多 に 9 Hz の α 波を認めるようになっていた.明らかなてんかん いが,誘因として発熱や過度のアルコール摂取,抗ヒスタミ 性活動は確認できなかった.抗痙攣薬は Na チャネルに影響を ン剤や麻酔薬などの各種薬剤の投与が知られており 10)13),投 与えないバルプロ酸ナトリウムに変更して継続していたが , 薬に際して注意が必要である.本症例でも,痙攣発作のコン 脳波検査で異常を認めないことから,漸減し中止した.以後 トロール目的で当初はカルバマゼピン・フェニトインを使用 も発作の再燃はなく,高次機能を含め明らかな神経学的脱落 していたが,これらの薬剤は Na チャネルに影響を与える 10) 痙攣重積発作を呈してんかんと Brugada 症候群の合併が疑われた症例 56:859 Fig. 2 Electrocardiography (ECG) pattern at admission. ECG upon admission showed a coved pattern ST-segment elevation on V1–V3. Table 1 Brugada syndrome (Brs) patients with epilepsy. Age/ Gender Family history Type of seizure EEG Antiepileptic therapy ECG Clinical course Case 1 5/M Father, uncle Sudden falls Generalized slow spike wave Clobazam, Levetiracetam Type 1 Brugada pattern Implantation is planned Case 2 42/M Father of case 1 Sudden drops, tonic clonic seizure Focal posterior left abnormality Phenobarbital Type 1 Brugada pattern Treated well with PB up to 14, and diagnosed with Brs in adulthood Case 3 40/M Brother of case 2 Same as case 2 Same as case 2 Same as case 2 Same as case 2 Same as case 2 Case 4 41/M Not particular Irregular breathing, tonic flexion of upper limb, Tongue biting, Unresponsiveness Rapid rhythmic seizure discharge followed by ipsilateral and contralateral spread Valproate, Oxcarbazepine, Levetiracetam Type 1 Brugada pattern Attack remained after ICD implantation Case 5 52/F Sudden death on father Generalized tonic clonic convulsion attack Bilateral frontal intermittent rhythmic delta wave Levetiracetam Type 1 Brugada pattern VPA is effective Implantation is planned Case 6 8/M Sudden death on Father and grandfather Syncope, convulsion Rapid rhythmic and low voltage activity in left temporal region Valproic acid Type 1 Brugada pattern Not mentioned Case 7 24/M Not particular Syncope with urine loss and tongue biting Normal Diazepam, Phenobarbital Type 1 Brugada pattern No attack after implantation EEG; Electroencephalography, ECG; Electrocardiography, ICD; implantable cardioverter defibrillator. ため Brugada 症候群に対する使用は不適切とされているた 族例であり 1,2 は遺伝子検査で SCN5A 遺伝子異常を認めて め ,診断確定後は中止した.心電図変化では,V1~V3 で いる.症例 1~65)~7)は,脳波で局所異常を認めたことや,抗 coved 型・saddleback 型の ST 上昇が特徴的とされるが,安静 痙攣薬で発作が抑制されたこと,ICD 埋め込み後も発作が持 時には変化がみられないこともあり,繰り返し検査すること 続したことなどから,てんかんの合併があったものと判断さ が大切である 13). れた.症例 78)は,ICD 埋め込み後に発作は消失しているも 10) 過去に,てんかん発作と Brugada 症候群の合併をうたがわ のの,脳波異常があったことと,失禁・咬舌を伴う発作様式 れた症例も複数報告されている(Table 1).症例 1~3 は家 から,てんかん発作の合併があったものと診断されている. 4) 臨床神経学 56 巻 12 号(2016:12) 56:860 Table 2 Brugada syndrome patients misdiagnosed as epilepsy. Age/ gender Family history Type of seizure ECG Clinical course Case 1 27/F Mother of case 1 Sudden consciousness loss Right bundle branch block No attacks after implantation Case 2 49/F Mother of case 2 Dizziness, loss of consciousness Ajmaline test provoked Brugada change No symptoms after implantation Case 3 8/M Son of case 1 Drop attack, tachycardia Right bundle branch block (postoperative change) No attacks after implantation ECG; Electrocardiography. 一方で,てんかんと診断されていたが,のちに Brugada 症候群による意識消失発作との診断に至った報告もある (Table 2).これらは,ICD 埋め込み後に発作が消失している ことから,てんかんの合併はなかったものと判断されている. 脳波検査の記載はないが,発作は失立発作であり心原性の意 識消失発作と考えて矛盾がないとしている 3). 本症例は,徐脈から VF に移行する心電図異常を示し,同 時記録の脳波では明らかなてんかん性活動を確認できていな いことから,痙攣性失神として発症したものと考えられた. 一方で,部分発作を疑う発作様式がみられ,洞調律に回復後 も痙攣が持続したことからは,痙攣性失神からてんかん性の 痙攣発作へ進展し重積状態となったものと考えた.鑑別とし ては脳塞栓症や低酸素脳症が挙げられたが,繰り返し行った 画像検査や脳波所見でも異常を確認できず否定的と考えた. 確認された痙攣発作が初発であったことと,検査上はてんか んを確認できていないことより,現在は抗痙攣薬を中止し注 意深く経過観察を行っている. 失立発作では心原性の意識消失を疑い精査されることが多 いが,部分発作などてんかんとして矛盾のない症状で発症し た症例では,心原性の要因が見落とされる危険もあり,不整 脈の合併の可能性を念頭に置いて詳細な病歴聴取と心電図検 査を行うことが重要である. ※本論文に関連し,開示すべき COI 状態にある企業,組織,団体 はいずれも有りません. 文 献 Ficker DM, So EL, Shen WK, et al. Population-based study 1) of the incidence of sudden unexpected death in epilepsy. Neurology 1998;51:1270-1274. Hartmann HA, Colom LV, Sutherland ML, et al. Selective 2) localization of cardiac SCN5A sodium channels in limbic regions of rat brain. Nat Neurosci 1999;2:593-595. Plunkett A, Hulse JA, Mishra B, et al. Variable presentation 3) of Brugada syndrome: lessons from three generations with syncope. BMJ 2003;326:1078-1079. Parisi P, Oliva A, Vidal MC, et al. Coexistence of epilepsy and 4) Brugada syndrome in a family with SCN5A mutation. Epilepsy Res 2013;105:415-418. Sandorfi G, Clemens B, Csanadi Z. Electrical storm in the brain 5) and in the heart: epilepsy and Brugada syndrome. Mayo Clin Proc 2013;88:1167-1173. Gülşen K, Eker A. Arrhythmia and challenges in anti-arrhythmic 6) therapy. Am J Cardiol 2014;113:S84. Van Gorp V, Danschutter D, Huyghens L, et al. Monitoring 7) the safety of antiepileptic medication in a child with Brugada syndrome. Int J Cardiol 2010;145:e64-67. 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Dtsch Arztebl Int 2015;112:394-401. 痙攣重積発作を呈してんかんと Brugada 症候群の合併が疑われた症例 56:861 Abstract A case of Brugada syndrome which developed status epilepticus Misa Matsui, M.D.1), Kimiko Inoue, M.D.1), Harutoshi Fujimura, M.D., Ph.D.1) and Saburo Sakoda, M.D., Ph.D.1) 1) Department of Neurology, National Hospital Organization Toneyama National Hospital A 35-year-old man showed a convulsive attack with consciousness loss and was suspected of having Brugada syndrome 6 months prior to admission to our hospital. At the initial examination, the patient showed conjugate deviation, followed by left limb convulsions and consciousness loss. He regained consciousness after 1 minute, though cardiac arrest from ventricular fibrillation was noted during an electroencephalography (EEG) examination. Sinus rhythm recovered with defibrillation, though the convulsions persisted and a Status Epilepticus developed. The patient was diagnosed with Brugada syndrome and received implantable cardioverter defibrillator (ICD). After ICD, he has suffered no further convulsive attacks. Brugada syndrome is an inheritable cardiac disease causing sudden death by ventricular fibrillation. It is important to consider both epilepsy and arrhythmia in diagnosis of the seizures. (Rinsho Shinkeigaku (Clin Neurol) 2016;56:857-861) Key words: Brugada syndrome, epilepsy, ventricular fibrillation, syncope, status epilepticus