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熊本大学学術リポジトリ Kumamoto University Repository System
熊本大学学術リポジトリ Kumamoto University Repository System Title 細胞接着と細胞骨格編成におけるαカテニンの役割 Author(s) 大園, 一隆 Citation Issue date 2011-03-25 Type Thesis or Dissertation URL http://hdl.handle.net/2298/21881 Right 学位論文 Doctoral Thesis 細胞接着と細胞骨格編成におけるαカテニンの役割 (Functional analysis of α-catenin in cell adhesion and cytoskeleton organization) 大園 一隆 Ozono Kazutaka 熊本大学大学院医学教育部博士課程生体医科学専攻形態形成学 指 導教員 嶋村 健児 教授 熊本大学大学院医学教育部博士課程医学専攻脳発生学 永渕 昭良 前教授 熊本大学大学院医学教育部博士課程医学専攻組織構築学 2011年6月 学 位 論 文 Doctoral Thesis 論文題名 : 細胞接着と細胞骨格編成におけるαカテニンの役割 ( Functional analysis of α-catenin in cell adhesion and cytoskeleton organization) 著 者 名 : (単名) 大 園 一 隆 Ozono Kazutaka 指導教員名 : 熊本大学大学院医学教育部博士課程医学専攻脳発生学 熊本大学大学院医学教育部博士課程医学専攻組織構築学 審査委員名 : 細胞情報薬理学担当教授 中西 宏之 組織幹細胞学担当教授 小川 峰太郎 神経分化学担当教授 田中 英明 2011年6月 嶋村 健児 教授 永渕 昭良 前教授 目次 要旨 ・・・・・・・・・・1 発表論文リスト ・・・・・・・・・・3 謝辞 ・・・・・・・・・・4 略語一覧 ・・・・・・・・・・5 第 1 章 背景と目的 ・・・・・・・・・・6 第2章 ・・・・・・・・・・11 実験方法 2.1 細胞培養と位相差像 2.2 ターゲティングベクター、ジーンターゲティング、サザンブロット分析 2.3 抗体 2.4 ウエスタンブロット分析 2.5 細胞分画 2.6 発現ベクターとトランスフェクション 2.7 細胞のトリプシン処理と解離実験 2.8 免疫細胞染色 第3章 結果 ・・・・・・・・・・15 3.1 カドヘリン・カテニン複合体の構成因子を欠損させたさまざまな F9 細胞の樹立 3.2 内在性 E カドヘリンが Eα融合分子の機能に及ぼす影響の解析 3.3 内在性αカテニンが Eα融合分子の機能に及ぼす影響の解析 3.4 F9、F9 派生細胞における ZO-1 の局在 3.5 F9、F9 派生細胞におけるアクチン系細胞骨格編成 3.6 アクチン重合阻害剤サイトカラシン D の E カドヘリン、Eα融合分子依存性細胞間接着に与える 影響 3.7 サイトカラシン D の E カドヘリン、Eα融合分子依存性細胞間接着面/部位に与える影響 第4章 考察 ・・・・・・・・・33 4.1 カドヘリン依存性細胞間接着とアクチン系細胞骨格編成におけるαカテニンの役割 4.2 AJ の極性を持った形成・発達におけるαカテニンの寄与 4.3 αカテニンによるアクチン線維束形成の分子機構 4.4 ZO-1 陽性/陰性のカドヘリン依存性細胞間接着部位 4.5 サイトカラシン D 感受性及び非感受性のカドヘリン依存性細胞間接着 4.6 カドヘリン-カドヘリン相互作用の解析 第5章 参考文献 結語 ・・・・・・・・・・39 ・・・・・・・・・・40 要旨 細胞-細胞間接着分子 E カドヘリンは、βカテニンを介してαカテニンと結合し、カドヘリン・カテ ニン複合体という機能単位を形成する。カドヘリン依存性細胞間接着の a) 強い細胞間接着、b) ZO-1 の集積を伴う接着部位の構築、c) 接着部位直下のアクチン線維束の形成、において、カドヘリンと複 合体を形成するαカテニン(カドヘリン結合分画)が重要な役割をしていることが信じられてきた。しか し、カドヘリン結合αカテニンではなく、むしろ、カドヘリンと複合体を形成していないαカテニン(細 胞質分画)が、c)に決定的な働きをしていることも示唆されている。また、この細胞質αカテニンの新 機能と a)、b)がどのような関係にあるのかはほとんどわかっていない。このように、カドヘリン依存 性細胞間接着におけるαカテニンの役割についてはいまだに不透明な部分が多い。そこで、私は、カ ドヘリン・カテニン複合体欠損 F9 細胞と E カドヘリン-αカテニン融合分子を用いた再構築系におい てこの問題に取り組んだ。 遺伝子破壊法にて、BP-2K(βカテニン・プラコグロビン二重欠損 F9)細胞から、E カドヘリンも欠 損する BPE-3K(βカテニン・プラコグロビン・E カドヘリン三重欠損 F9)細胞を単離した。次に、こ の BPE-3K 細胞からカドヘリン・カテニン複合体の4つの主要構成因子(βカテニン、プラコグロビン、 E カドヘリン、αカテニン)をすべて欠損させた F9 細胞(BPEA-4K 細胞)を樹立した。さらに、これら カドヘリン/カテニン欠損 F9 細胞に、E カドヘリン-αカテニン融合分子(Eα)を定常的に発現させた細 胞株(Eα-BP-2K、Eα-BPE-3K、Eα-BPEA-4K)を単離した。Eα融合分子は、βカテニン結合領域を欠 いた E カドヘリン欠失変異体とαカテニンの C 末端領域(509-906)を繋げた分子で、細胞質αカテニン 存在下において、正常なカドヘリン・カテニン複合体の上述した a)、b)の機能を模倣することがわか っている。Eα-BP-2K 細胞と Eα-BPE-3K 細胞の比較から、βカテニンとプラコグロビンの非存在下 において、内在性 E カドヘリンは Eα融合分子の接着機能を阻害することが示唆された。Eα-BPE-3K 細胞と Eα-BPEA-4K 細胞の比較により、細胞質αカテニンは Eα融合分子の a)、b)、c)の機能発現に は必要ないことが示された。また、E カドヘリンに定常的に繋げたαカテニンにおいて、その C 末端 領域が a)、b)、c)の機能発現において必要十分な領域であることが再確認された。親 F9 細胞と Eα-BPEA-4K 細胞の比較により、親 F9 細胞には ZO-1 陽性/陰性のカドヘリン依存性細胞間接着面/ 部位が存在することが確認された。このうち、ZO-1 陽性の接着部位の形成には、αカテニンの C 末 -1- 端領域(509-906)が積極的に関わっていることもわかった。さらに、この 2 つの ZO-1 陽性/陰性の接 着面/部位は機能的・構造的にも異なることが示唆された。 -2- 発表論文リスト ①関連論文 Ozono, K., Komiya, S., Shimamura, K., Ito, T., and Nagafuchi, A. Defining the Roles of α-Catenin in Cell Adhesion and Cytoskeleton Organization: Isolation of F9 Cells Completely Lacking Cadherin-catenin Complex. Cell Structure and Function, 36: 141-153, 2011 -3- 謝辞 熊本大学発生医学研究所組織構築分野(前・熊本大学発生医学研究センター・初期発生分野)の皆様 には大変お世話になりました。清水正幸博士には、御自身の体験談をはじめ、さまざまなアドバイス を頂き、よい影響を受けました。冨永純司博士には、博士課程初期の右も左もわからない時分にいろ いろと助けていただきました。曲梶智子さんには事務的な面かつ実験手技でお世話になりました。 小宮智医師には、この論文で使用した E カドヘリンターゲティングベクターの構築で大変お世話に なりました。 この研究の一部は 21 世紀 COE プログラム「細胞系譜制御研究教育ユニットの構築」の支援、文 部科学省組織的な大学院教育改革推進プログラム「臨床・基礎・社会医学一体型先端教育の実践」 (熊 本大学大学院医学教育部)の支援を受けました。 両親や兄弟には、全面的に協力してもらいました。そのおかげで、基礎研究に没頭することができ ました。心から感謝致します。 熊本大学大学院医学教育部機能病理学分野の伊藤隆明教授には、私の諸事情への御配慮、さらに私 の志望を御考慮下さり、熊本大学発生医学研究所組織構築分野の永渕昭良前教授の下で基礎研究をす ることを御提案・推奨して頂きましてありがとうございました。 熊本大学発生医学研究所脳発生分野の嶋村健児教授、スタッフの皆様には、熊本大学発生医学研究 所組織構築分野の永渕昭良前教授転出後にこの論文の完成に向けて御支援をして頂きましてありが とうございました。 最後になりましたが、熊本大学発生医学研究所組織構築分野の永渕昭良前教授には、この論文完成 への全てのプロセスにおいて一貫してご指導して頂きましてありがとうございました。技術面、思考 面、そして、精神面で、多大なる影響を受けました。生粋の細胞生物学者としての生き様を肌で感じ、 さまざまなことを体験することができたのは非常によかったです。基礎研究は非常に面白い、しかし、 同時に厳しいものであることも学ばせて頂きました。心から感謝申し上げます。 -4- 略語一覧 AJ: Adherens junction BP-2K: β-catenin/plakoglobin-double knockout F9 cells BPE-3K: β-catenin/plakoglobin/E-cadherin-triple knockout F9 cells BPEA-4K: β-catenin/plakoglobin/E-cadherin/α-catenin-quadruple knockout F9 cells DS: Desmosome nE: nonfunctional E-cadherin TJ: Tight junction ZA: Zonula adherens -5- 第1章 背景と目的 細胞-細胞間接着は、多細胞生物の時間的・空間的に秩序だった組織の構築・維持やさまざまな細 胞イベントの基礎になっている(Takeichi, 1991; Gumbiner, 1996)。上皮細胞においては、この細胞細胞間接着の機能に特化した構造が、頂端(apical)部に近い細胞間接着面(apico-lateral 面)にはっきり と観察される(Farquhar と Palade, 1963)。頂端(apical)側から基底膜(basal)側へ、密着結合(TJ)、接 着結合(AJ)、デスモソーム(DS)の順で構成されている。上皮細胞では AJ は連続した帯状になってお り、接着帯(ZA)とも呼ばれる。TJ は、バリア機能に重要な役割をしており、4 回膜貫通型タンパク質 のオクルディン、クローディンと裏打ちタンパク質 ZO-1 が主要構成分子である(Furuse ら, 1993, 1994, 1998)。強い細胞-細胞間接着を担っているのは、AJ と DS である。AJ の主要な細胞間接着分 子は、カドヘリンである(Boller ら, 1985; Takeichi, 1988)(図 1 参照)。 カドヘリンはαカテニン、βカテニンと共にカドヘリン・カテニン複合体を構成している(Ozawa ら, 1989; McCrea ら, 1991; Nagafuchi ら, 1991; Herrenknecht ら, 1991)。カドヘリンは、長い細胞外ド メイン、膜貫通ドメイン、そして、短い細胞内ドメインを持つ 1 回膜貫通型の細胞-細胞間接着分子 であり、カルシウム依存性にホモフィリックな結合をする(Nagafuchi ら, 1987; Nose ら, 1987; Hatta ら, 1988)。αカテニンは、アクチン結合能を持つ細胞内タンパク質であり、分子中央部分と C 末端部 分でそれぞれビンキュリンと ZO-1 などのアクチン結合タンパク質とも結合する(図 2 参照、 Rimm ら, 1995; Itoh ら, 1997; Watabe-Uchida ら, 1998; Weiss ら, 1998; Imamura ら, 1999; Yonemura ら, 2010)。βカテニンはアルマジロファミリータンパク質であり、カドヘリン依存性細胞間接着と Wnt シグナル伝達の両方において機能する(McCrea ら, 1991; Peifer ら, 1993)。βカテニンとその類似タン パク質であるプラコグロビンは、カドヘリンの C 末端部分とαカテニンの N 末端部分に直接結合し、 カドヘリン・カテニン複合体の形成に中心的な役割をする(Aberle ら, 1994)。 βカテニン結合部分を欠いた E カドヘリンの欠質変異体は、カテニン分子群と複合体を形成できず、 接 着 活 性 を 示 さ な い こ と か ら 、 こ の 変 異 体 を 機 能 不 全 型 E カ ド ヘ リ ン (nonfunctional E-cadherin(nE))と呼ぶ(図 3 参照、Nagafuchi と Takeichi, 1988)。nE 変異体の C 末端側にαカテニ ンの C 末端部分(509-906 アミノ酸)を繋げた E カドヘリン-αカテニン融合分子を Eα(図 3 参照)と呼 ぶ。マウス線維芽 L 細胞のようなカドヘリン欠損細胞において、この Eα融合分子を外来性に発現さ -6- -7- -8- せると、全長のΕカドヘリンを発現させたときと同様に強い細胞間接着活性を回復させる(Nagafuchi ら, 1994)。このことは、αカテニンの C 末端部分とカドヘリンの直接的な結合がカドヘリンの強い接 着発現に必要十分であることを示している。このαカテニンの C 末端部分は、TJ の裏打ちタンパク 質として知られる ZO-1 と結合できる(Imamura ら, 1999)。 心筋細胞をはじめとする非上皮細胞で は、ZO-1 はカドヘリン依存性細胞間接着部位(AJ)に局在する(Itoh ら, 1993)。カドヘリンを欠損する L 細胞では、ZO-1 は細胞の周囲に局在するが、細胞-細胞間接着面への濃縮は見られない。外来性に カドヘリンを発現させた L 細胞では、ZO-1 がカドヘリン依存性細胞間接着部位に集積し、強い細胞 間接着活性を示すようになる(Itoh ら, 1993)。興味深いことに、Eα融合分子を発現させた L 細胞にお いても Eα融合分子依存性の細胞間接着部位に ZO-1 が集積するようになる(Imamura ら, 1999)。こ れらの知見から、少なくとも非上皮細胞においては、ZO-1 の細胞内局在は、カドヘリン・カテニン 複合体、特にαカテニンの C 末端部分によって影響されることが示されている。一方、上皮細胞では ZO-1 はカドヘリンの局在する AJ ではなく、オクルディンやクローディンの局在する TJ に主に局在 する(Anderson ら, 1988; Stevenson ら, 1986; Furuse ら, 1994; Itoh ら 1999)。現に、上皮細胞では、 ZO-1 やその関連タンパク質の非存在下においても spot AJ というカドヘリン依存性の細胞間接着装 置が形成されることがわかっている(Umeda ら, 2006)。このように、カドヘリン・カテニン複合体と ZO-1 との関係は複雑であり、完全には明らかにされていない。 カドヘリン依存性の強い細胞間接着はアクチン系細胞骨格によって支持されている(Hirano ら, 1987)。カドヘリンと複合体を形成するαカテニン(カドヘリン結合分画)が、直接的に、また、他のア クチン結合タンパク質を介して間接的にアクチン線維と相互作用し、細胞間接着部位におけるアクチ ン線維束の形成に重要な役割をしていると信じられてきた(図 1 参照、Gates と Peifer, 2005)。しか しながら、カドヘリンと複合体を形成しているαカテニンではなく、むしろカドヘリンと複合体を形 成していない遊離のαカテニン(細胞質分画)がこのアクチン系細胞骨格編成に決定的な役割をしてい るとの報告もある(Drees ら, 2005; Benjamin ら, 2010)。この細胞質αカテニンの新機能についてはま だ詳細なことはわかっていない。 F9 細胞は、強い細胞間接着活性を持つマウス奇形癌腫由来の細胞株である(Berstine ら, 1973; Takeichi ら, 1981)。我々は、以前、遺伝子破壊法によりαカテニン、βカテニン/プラコグロビンを欠 損させたさまざまな変異 F9 細胞を単離してきた(Maeno ら, 1999; Fukunaga ら, 2005; Tominaga ら, -9- 2008)。αカテニン欠損 F9 細胞を使って、αカテニンが強い細胞間接着に必要であり、弱い接着には 必要ないことを明らかにした(Maeno ら, 1999)。また、αカテニンの発現が、ZO-1 の細胞間接着面へ の集積に必要であり、F9 細胞においても E カドヘリン・カテニン複合体が ZO-1 の局在制御に関与 していることが示された(Maeno ら, 1999)。βカテニン・プラコグロビン二重欠損 F9(BP-2K)細胞(以 前の誌面上では BPD 細胞と命名)を使って、我々は、βカテニンもしくはプラコグロビンが、カドヘ リンを細胞膜上に安定的に発現させることで、カドヘリン依存性細胞間接着を支持することを明らか にした(Fukunaga ら, 2005)。これまで、E カドヘリン欠損 F9 細胞の単離も試みられてきたが、残念 ながら、失敗に終わっている。 今回の論文で、細胞-細胞間接着におけるαカテニンの役割を解析するために、私は、BP-2K 細胞か ら、遺伝子破壊法を用いて E カドヘリンも欠損する BPE-3K 細胞を単離した。次に、この BPE-3K 細胞から、βカテニン、プラコグロビン、E カドヘリン、αカテニンのカドヘリン・カテニン複合体を 構成する 4 つの主要因子を全て欠損させた F9 細胞(BPEA-4K 細胞)を単離した。さらに、Eα融合分 子を定常的に発現させた BP-2K、BPE-3K、BPEA-4K 細胞(ぞれぞれ、Eα-BP-2K、Eα-BPE-3K、 Eα-BPEA-4K と命名)を単離した。Eα-BP-2K 細胞と Eα-BPE-3K 細胞の比較から、βカテニンとプラ コグロビンの非存在下において、内在性の E カドヘリンは Eα融合分子の接着機能を阻害することが 示唆された。Eα-BPE-3K 細胞と Eα-BPEA-4K 細胞との比較により、細胞質αカテニンは Eα融合分 子の機能発現には必要ないことを示した。親 F9 細胞と Eα-BPEA-4K 細胞との比較により、親 F9 細 胞は ZO-1 陽性/陰性の 2 つのカドヘリン依存性の細胞間接着面/部位を持っていること、ZO-1 陽性の 接着部位は、アクチン線維束の形成を高効率に伴うこと、Eα融合分子は ZO-1 陽性の接着部位を再現 することが示された。また、この 2 つの ZO-1 陽性/陰性の接着面/部位は機能的にも異なることが示 唆された。 -10- 第2章 実験方法 2.1 細胞培養と位相差像 マウス F9 細胞(Berstine ら, 1973)とその派生細胞は、熱不活化処理後仔牛血清(FCS)を 10%含む Dulbecco 変法 Eagle 培地(Gibco BRL)で培養した。培養皿、カバーグラスはあらかじめ 0.2%のゼラ チンで 15 分間コートした。βカテニン・プラコグロビン二重欠損 F9 細胞(BP-2K 細胞、以前の誌面 発表では、BPD 細胞と命名)の単離については、以前報告している(Fukunaga ら, 2005)。各実験は、 実験施行一日前に細胞を新しく用意した培養皿に播いて行った。位相差顕微鏡画像は Coolpix 990 デ ジタルカメラ(Nikon)付き ECLIPSE TS100 顕微鏡(Nikon)を用いて撮影した。 2.2 ターゲティングベクター、ジーンターゲティング、サザンブロット分析 E カドヘリンの遺伝子クローンは 129/Sv マウスの遺伝子ライブラリー(千坂博士より供与)から単 離した。 E カドヘリンのターゲティングベクターpET2-RE-PEn2SIBP は以下の 5 つの異なる断片から構成 されている。1)28bp のリプレッサーエレメント、2)エクソン 6-8 を含む 2.8-kb KpnI-XhoI 断片、 3)PEn2SIBP トラップ型薬剤耐性カセット、4)エクソン 16 を含む 5.6-kb ApaI-AccI 断片、5) pBluescript SK-プラスミド。リプレッサーエレメントはタイプ II ナトリウムチャンネル遺伝子に由 来するもので(Kraner ら, 1992)、ターゲティングベクターがゲノム DNA にランダムに組み込まれた ときには薬剤耐性遺伝子の発現を抑制することが期待される。PEn2SIBP トラップ型薬剤耐性カセッ トでは、PSIBP トラップ型薬剤カセット(Maeno ら, 1999)のスプライシングアクセプターを別のスプ ライシングアクセプターを含む en-2 配列(Gossler ら, 1989; Mountford ら, 1994)と置き換えた。この en-2 配列は、pGT1.8IREShygropA2(丹羽博士より供与)の EcoRI-ClaI 断片として得た。 81µgのEカドヘリンのターゲティングベクターpET2-RE-PEn2SIBPを、NotIで直線化し、0.4ml のHEPES緩衝生理食塩水に溶解しジーンパルサーを用いて 250 V, 960 µFで 2.0×107個のBP-2K細 胞にエレクトロポレーションを行った。Eカドヘリン遺伝子の一つのアリルがノックアウトされた BP-2K細胞(Eカドヘリン単一アリル-ノックアウトBP-2K細胞)を単離するために、G418 薬剤選択培 養を 361µg/mlで 2 週間、さらに、100µg/mlで 3 日間行った。Eカドヘリン遺伝子の 2 つのアリル、3 -11- つすべてのアリルがノックアウトされたBP-2K細胞(それぞれ、Eカドヘリン二重アリル-ノックアウ ト、Eカドヘリン三重アリル-ノックアウトBP-2K細胞と命名)を単離するために、Eカドヘリン単一ア リル-ノックアウトBP-2K細胞を高濃度G418(1.5-2.0 mg/ml)存在下で 16 日間培養した。薬剤選別後 にシングルコロニーを形成しているG418 耐性細胞株を単離した。 βカテニン・プラコグロビン・E カドヘリン三重欠損 F9(BPE-3K)細胞におけるαカテニン遺伝子破 壊に用いたターゲティングベクターは、以前記載されているものと同様である(Maeno ら, 1999)。方 法については一部改変しており、αカテニン単一アリル-ノックアウト BPE-3K 細胞株にαカテニンの ターゲティングベクターをエレクトロポレーションにより再び導入する代わりに、高濃度 G418 薬剤 選別を行い、αカテニン二重アリル-ノックアウト BPE-3K 細胞株を単離した。 トラップ型薬剤耐性カセットの切り出しは、以前の報告のように行った。簡潔に述べると、Cre 相 同組み換え酵素発現ベクター、Cre-pac(Taniguchi ら, 1998)を一時的に発現させた細胞をピューロマ イシン存在下で 2 日間、その後、ピューロマイシンを抜いて培養し、単離した。 ゲノム DNA の準備とサザンブロット分析は以前記載されたように行った(Maeno ら, 1999; Saitou ら, 1997)。破壊した遺伝子を特異的に認識するプローブでハイブリダイゼーションを行い正しい位置 に相同組み換えが起きたことを確認した。さらに、トラップ型薬剤耐性カセット PSIBP と PEn2SIBP 中のβ-geo を認識するプローブでハイブリダイゼーションを行い、相同組み換えが目的の遺伝子のみ で起きたことを確認した。 2.3 抗体 以下に述べる一次抗体を用いて免疫蛍光染色とウエスタンブロット分析を行った。ラット抗マウス E カドヘリンモノクローナル抗体 (mAb) (ECCD-2; Shirayoshi ら, 1986、竹市博士より供与)、ラッ ト抗マウスαカテニン mAb (α18; Nagafuchi と Tsukita, 1994)、マウス抗βカテニン mAb、マウス抗 γカテニン/プラコグロビン mAb (BD Transduction Laboratories)、マウス抗ラット ZO-1 mAb (T8-754; Itoh ら 1993)。 二次抗体には、FITC または Cy3 結合ロバ抗マウス、ラット IgGs (Jackson ImmunoResearch)を用いた。アクチン線維(F-アクチン)の染色には Alexa Fluor 488- or 594-labeled phalloidin (Molecular Probes) を用いた。 -12- 2.4 ウエスタンブロット分析 SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動 (SDS-PAGE)とウエスタンブロットを以前記載された方法 で行った( Imamuraら, 1999)。1 日間培養した細胞をカルシウム、マグネシウム不含HEPES緩衝生 理食塩水(HCMF; Takeichi, 1977)で洗浄後、1×SDSサンプルバッファー(0.125M Tris-HCl, pH6.8, 2%SDS, 10% glycerol, 0.002% bromophenol blue, 5% 2-mercaptoethanol)に溶解・煮沸する。1.25 ×105細胞由来のサンプルをSDSポリアクリルアミドゲル電気泳動にて分離した。ウエスタンブロッ トを行うために、蛋白をゲルからニトロセルロース膜に電気泳動を用いて移した。その後ニトロセル ロース膜を一次抗体、二次抗体と反応させた。Amersham biotin-streptavidinキット(GE Healthcare) をメーカーの説明書通りに用いて抗体を検出した。 2.5 細胞分画 細胞質分画、膜分画の調整のため、9 cmの培養皿に 1 日かけて密集培養した細胞を回収し、80 µl の分画液(1 mM CaCl 2 、2 mM Pefabloc SC Plus(Roche)、10 µg/ml leupeptin、10 µg/ml aprotinin を含むHMF)に懸濁した。細胞懸濁液を液体窒素で凍結したのち解凍し、20,000 gで 10 分間遠心した。 SDSの最 終濃 度 2% で同じ 体積にな るよう に上清 と沈殿物 にSDS 溶解バ ッファ ーを加え て、 SDS-PAGEのサンプルを作成した。凍結融解後の上清を細胞質分画、沈殿物を膜分画として実験を行 った。各分画の 10 µl分をSDS-PAGEにて分離した。 2.6 発現ベクターとトランスフェクション Eα融合分子と nE 変異体の発現ベクターpCAG-EαC と pCAG-EM22 を設計するために、以前報告 されている以下の 4 つのプラスミドを用いた。a) pBATEαC。βアクチンのプロモーター下に E カド ヘリン-αカテニン融 合分子(Eα:nEαC(509-906)) を発現するベクター(Nagafuchi ら, 1994) 。b) pCAG-neo-KS。マルチクローニングサイトを持つ CAG プロモーター発現ベクター(Niwa ら, 1991; Shimizu ら, 2008)。c) pBATEM22。βアクチンのプロモーター下に nonfunctional E カドヘリンを発 現するベクター(Nagafuchi と Takeichi, 1988)。d) pCAG-EM2。CAG プロモーター下に全長の E カ ドヘリンを発現するベクター(Shimizu ら, 2008)。pCAG-EαC の作成では、pBATEαC の BglII(平滑 末端化)-XbaI 断片を pCAG-neo-KS の EcoRV と XbaI サイトの間に挿入した。pCAG-EM22 の作成 -13- では、pCAG-EM2 の XhoI-XbaI 断片を pBATEM22 の XhoI-XbaI 断片と入れ替えた。 発現ベクターは Lipofectamin 2000 (Invitrogen, Carlsbad, CA)を用いて細胞に導入した。細胞を 400 µg/ml の G418 存在下で 2 週間培養し、安定に発現する細胞株を単離した。 2.7 細胞のトリプシン処理と解離実験 細胞は(Takeichi, 1977)に記載されたように、2 種類の異なった方法でトリプシン処理を行った。簡 潔に述べると、細胞を 1 mM CaCl 2 の存在下 (TC処理) または 1 mM EGTAの存在下 (TE処理)で 0.01 %のトリプシンで処理した。一般的にはカドヘリンはTC処理を行っても変化がないのに対して、 TE処理を行うと分解される。細胞解離実験は、まず、前日に細胞をディッシュの上に播き、密に培 養した細胞を用意する。次にTC処理、TE処理を 15 分間行った後、10 回ピペッティングして細胞を 解離させて行った(Nagafuchiら, 1994)。細胞解離実験は細胞解離指数N TC /N TE で定量化した (N TC はTC処理後の総粒子の数、N TE はTE処理後の総粒子の数を示す)。サイトカラシンD処理後の細胞解 離実験では、密に培養した細胞を 1 µM サイトカラシンD入り培地で 3 時間インキュベートした後、 細胞解離実験を行う。この細胞解離実験のすべての過程は 1 µMサイトカラシン存在下で行った。 2.8 免疫細胞染色 以前記載されたように(Imamura ら, 1999)、免疫蛍光染色法は、0.2%ゼラチンで 15 分間コートし た径 15 mm のカバーガラスに 1 日かけて密集培養させた細胞を HCMF にて洗浄、3.5%パラホルム アルデヒドで 15 分間固定して 0.1% Triton X-100 で 10 分間処理した。その後、一次抗体、二次抗体 と反応させた。サンプルは SlowFade Light Antifade Kit (Molecular Probes)を用いて包埋した。 FLUOVIEW FV1000D 共焦点レーザー顕微鏡(対物レンズ 60×/1.35 NA UPLSAPO、Olympus)を用 いて、共焦点画像を得た。Adobe Photoshop CS5 を用いて、明るさ、コントラスト、色のバランス、 大きさ等を調節した。 -14- 第3章 結果 3.1 カドヘリン・カテニン複合体の構成因子を欠損させたさまざまな F9 細胞の樹立 Εカドヘリン依存性の細胞-細胞間接着におけるαカテニンの役割を解析するために、私は、E カド ヘリン-αカテニン融合分子 Eαをカドヘリン・カテニン複合体の全ての構成因子を欠損した細胞に導 入することを計画した。このために、まず、私は E カドヘリン欠損 BP-2K 細胞の単離を試みた。タ ーゲティングベクターpET2-RE-PEn2SIBP(図 4A)をエレクトロポレーションにより導入し、E カド ヘリン遺伝子の破壊を行った。サザンブロット分析から G418 耐性 BP-2K 細胞 200 クローンのうち 2 クローンで E カドヘリン遺伝子のアリル 1 つが破壊されていた。野生型アリルとノックアウトされ たアリルのバンドの信号強度の比較から、F9 細胞由来の BP-2K 細胞は、E カドヘリンのアリルを 3 つ持っていることが推察された(図 4B レーン 2,6)。F9 細胞には核型の異常があり、アリルがひとつ 余分にある遺伝子がいくつか存在することが報告されている(Stephens ら, 1993)。実際、F9 細胞はβ カテニンと p120 カテニン遺伝子においても 3 つのアリルが存在している(Fukunaga ら, 2005; Liu ら, 2007)。E カドヘリン単一アリル-ノックアウト細胞株(ES(G))の 2 つのクローンのうち1つ(クロー ン 2)において、β-geo の配列を認識する Probe B を用いたハイブリダイゼーションを行い、E カドヘ リン遺伝子でのみ相同組み換えが起きていたことを確認した(実験データ省略)。ES(G)細胞(クローン 2)に Cre 組み換え酵素発現ベクター(Cre-pac; Taniguchi ら, 1998)を一過性に導入し、ノックアウト アリルから G418 耐性遺伝子β-geo を除去できることを確認した(図 4C レーン 1,5)。次に、E カドヘ リン二重アリル-ノックアウト細胞を得るために、この ES(G)細胞(クローン 2)を、高濃度 G418 下で 培養・選別し、2 つ目の E カドヘリンのアリルの破壊を試みた。高濃度 G418 耐性細胞株 41 クロー ンのうち 40 クローンが、バンドの信号強度から E カドヘリン遺伝子の 2 つ目のアリルが破壊されて おり、そのうちの1つ(クローン 2-17)を E カドヘリン二重アリル-ノックアウト細胞株(ED(G))の代表 株とした(図 4B レーン 3,7)。高濃度 G418 耐性細胞株の1つ(クローン 2-36-61)では、ノックアウト アリル由来のシグナルしか認められず、E カドヘリン三重アリル-ノックアウト細胞株(ET(G))の単離 に成功した(図 4B レーン 4,8)。これら ED(G)細胞(クローン 2-17)、ET(G)細胞(クローン 2-36-61)は、 Probe B を用い、E カドヘリン遺伝子でのみ相同組み換えが起きていたことを確認した(実験データ省 略)。Cre-pac 法にてこれらのノックアウトアリルから G418 耐性遺伝子β-geo を除去できることも確 -15- -16- 認した(図 4C レーン 2,3,6,7)。以上、E カドヘリン遺伝子が破壊され、かつ G418 耐性遺伝子β-geo が除去された BP-2K 細胞株(ET(クローン 2-36-61-61))を単離することに成功した。この ET 細胞を BPE-3K(βカテニン・プラコグロビン・E カドヘリン三重ノックアウト)細胞と命名した。BPE-3K 細 胞では、タンパクレベルでも E カドヘリンのシグナルが完全に消失した(図 4D レーン 4)。免疫蛍光 染色を行ったところ、BP-2K 細胞では細胞膜に分布する微弱な E カドヘリンのシグナルと E カドヘ リンの細胞内凝集が見られる(Fukunaga ら, 2005)のに対し、BPE-3K 細胞ではこれらの E カドヘリ ンシグナルが完全に消失していた(図 4E)。 次に、αカテニン欠損 BPE-3K 細胞を樹立するために、BPE-3K 細胞に対してαカテニン遺伝子破 壊用ターゲティングベクターpαT2-DTA-PSIBP (Maeno ら, 1999)(図 5A)をエレクトロポレーション により導入した。サザンブロット分析から、G418 耐性細胞株 101 クローンのうち 2 クローンでαカ テニン遺伝子のアリルの 1 つが破壊されていた。このうちの 1 つ(クローン 66)を、αカテニン単一ア リル-ノックアウト細胞株(αS(G))の代表株とした(図 5B レーン 2)。このαS(G)細胞(クローン 66)にお いて、β-geo の配列を認識する Probe D を用いたハイブリダイゼーションを行い、αカテニンの遺伝 子でのみ相同組み換えが起きていることを確かめた(実験データ省略)。Cre-pac 法にてこのノックア ウトアリルから G418 耐性遺伝子を除去できることも確認した(図 5C レーン 2,3)。αカテニンのアリ ルの 2 つともが破壊された細胞を単離するために、αD(G)(クローン 66)を高濃度 G418 下で培養・選 別した。ウエスタンブロット法で確認すると、高濃度 G418 耐性細胞株 37 クローンのうち 5 クロー ンで、αカテニンの発現が消失していた(図 5E レーン 3)。予想通り、サザンブロット分析によりこれ らのクローンでは、ノックアウトアリル由来のシグナルしか認められなかった。これらのうち 1 つ(ク ローン 66-36)を、 αカテニン二重アリル-ノックアウト細胞株(αD(G))の代表株とした(図 5B レーン 3)。 αD(G)細胞(クローン 66-36)において、β-geo の配列を認識する Probe D を用いたハイブリダイゼーシ ョンを行い、αカテニンの遺伝子でのみ相同組み換えが起きていることを確かめた(図 5D レーン 2)。 このαD(G)(クローン 66-36)を Cre-pac 法で処理し、最終的にβカテニン、プラコグロビン、E カドヘ リン、αカテニンの全ての遺伝子が破壊され、かつ G418 耐性遺伝子β-geo が除去された細胞株αD(ク ローン 66-36-61)を単離することに成功した(図 5B レーン 4,5、D レーン 3)。この細胞株を BPEA-4K 細胞と命名した。ウエスタンブロット法にて、BPEA-4K 細胞では E カドヘリン、αカテニン、βカテ ニンの発現が認められなかった(図 7B レーン 2)。 -17- -18- 3.2 内在性 E カドヘリンが Eα融合分子の機能に及ぼす影響の解析 Eα融合分子は、マウス線維芽 L 細胞において正常なカドヘリン・カテニン複合体の1)細胞間接 着と2)ZO-1 の接着部位への集積という 2 つの重要な機能を模倣する最小の人工融合タンパク質で ある(図 3 参照、Nagafuchi ら, 1994)。E カドヘリン依存性の細胞-細胞間接着におけるαカテニンの 役割を解析するための第一歩として、Eα融合分子を定常的に発現した BP-2K 細胞(Eα-BP-2K 細胞) を単離した。しかしながら、外来性に発現させた Eα融合分子は、接着活性を完全には回復させるこ とはできなかった(図 6 参照)。我々は以前、L 細胞において Eα融合分子が接着活性を完全に回復する ことを報告している。L 細胞と異なり、BP-2K 細胞では内在的に E カドヘリンが発現しており、βカ テニンは発現していない(BP-2K;図 6A レーン 2)。このことから、内在性の E カドヘリンが Eα融合 分子の機能を阻害している、もしくは、Eα融合分子の機能に内在性βカテニンが必要である、という 2つの可能性が考えられる。これら 2 つの可能性を検証するために、Eα融合分子を定常的に発現さ せた BPE-3K 細胞(Eα-BPE-3K 細胞)を単離した(図 6A レーン 5)。BPE-3K 細胞が BP-2K 細胞と異 なるのは、内在性の E カドヘリンを発現しないという点のみである(図 6A レーン 2,3)。したがって、 Eα融合分子における内在性 E カドヘリンの影響を評価することが可能である。ウエスタンブロット 法により、F9 細胞と F9 派生細胞の E カドヘリン、βカテニン、αカテニン、そして、Eα融合分子の 発現レベルを調べた。 Eα-BP-2K、Eα-BPE-3K 細胞における Eα融合分子の発現量は、親 F9 細胞の E カドヘリンの発現量と同等であった(図 6A レーン 1,4,5)。BP-2K 細胞の E カドヘリンは、親 F9 細胞の E カドヘリンより発現量が少なかった(図 6A レーン 1,2)。BPE-3K 細胞では、E カドヘリン の発現が認められなかった(図 6A レーン 3)。興味深いことに、Eα-BP-2K 細胞の内在性の E カドヘ リンの発現量は、BP-2K 細胞の E カドヘリンの発現量と比べても明らかに低かった(図 6A レーン 1,4)。 免疫蛍光染色法にて、内在性の E カドヘリンと Eα融合分子は、これらの分子を発現している細胞に おいて、細胞-細胞間接着にきちんと局在していることが確かめられた(図 6B)。この結果と一致して、 内在性の E カドヘリンと Eα融合分子は膜分画にそのほとんど全てが検出された(図 6C 上段)。単層 培養(一日後)下における F9 細胞と F9 派生細胞の形態を位相差顕微鏡で観察した(図 6D)。F9 細胞は 隣り合った細胞同士が接着し、密なコロニーを形成した。一方、BP-2K、BPE-3K 細胞は、非接着性 の形態を呈した。個々の細胞はコロニーを形成することなく培養皿に散在していた。Eα-BP-2K 細胞 は、不完全な接着性の形態をとり、隣り合った細胞同士が接着することはできるが、密なコロニーは -19- -20- 形成できなかった。興味深いことに、Eα-BPE-3K 細胞は、少し形態は異なるが F9 細胞と同様に、 密なコロニーを形成した。 次に細胞解離実験を行ったところ、強い細胞間接着活性とコロニー形成能には相関があった(図 6D とEを比較)。親F9 細胞とEα-BPE-3K細胞は、ピペッティング後もほとんど解離せず、大きな細胞集 塊として存在した。一方、BP-2K、BPE-3K細胞はカルシウム存在下ですら、ピペッティングにより 容易に単細胞に解離した。Eα-BP-2K細胞は、中間の表現型を示し、ピペッティングにより単細胞に までは解離しないが、大きな細胞集塊は保てなかった(実験データ省略)。その結果、F9、Eα-BPE-3K 細胞の細胞解離定数(それぞれN TC /N TE ;0.14、0.21)は、BP-2K、BPE-3K(それぞれN TC /N TE ;0.89、 0.914) よ り 明 ら か に 低 か っ た 。 Eα-BP-2K 細 胞 の 細 胞 解 離 定 数 は こ れ ら の 細 胞 の 中 間 の 値 (N TC /N TE ;0.398)をとった(図 6E)。これらの結果から、BP-2K細胞において内在性Eカドヘリンは外 来性に発現させたEα融合分子の細胞内局在には影響を与えずに、その機能を阻害することがわかっ た。さらに、融合分子Eαは、内在性Eカドヘリンとβカテニン非存在下において、完全に接着活性を 回復することもわかった。 3.3 内在性αカテニンが Eα融合分子の機能に及ぼす影響の解析 我々は、以前、L 細胞に外来性に発現させた Eα融合分子が内在性αカテニンと複合体を形成しない ことを報告している(Nagafuchi ら, 1994)。また、L 細胞のαカテニンの発現量は、とても少なく、Eα 融合分子を外来性に発現してもその量は変化しないが、E カドヘリンを外来性に発現すると増加する ことがわかっている(Nagafuchi ら, 1991,1994)。一方、F9 派生細胞において、E カドヘリン、βカテ ニン、プラコグロビン非存在下でも十分量のαカテニンの発現が認められ、その多くが細胞質分画に 認められる(図 6A レーン 2、C の下段 レーン 5,6)。細胞質分画のαカテニンについては、カドヘリン の発現に依存しない独自の機能がある可能性が示唆されている(Drees ら, 2005; Benjamin ら, 2010)。 F9 細胞において、内在性αカテニンが Eα融合分子の機能に必要かどうかについて検討するために、 私は、Eα融合分子を定常的に発現した BPEA-4K 細胞(Eα-BPEA-4K 細胞)を単離した(図 7A レーン 4)。陰性コントロール細胞として、nE 変異体を定常的に発現した BPEA-4K 細胞(nE-BPEA-4K 細胞) も単離した(図 7A レーン 3)。Eα-BPEA-4K 細胞、nE-BPEA-4K 細胞については多数のクローンを単 離し、導入した分子の発現量が多く、共通の表現型を示すものを一つ選び、代表株とした。ウエスタ -21- -22- ンブロット法により、Eα-BPEA-4K 細胞の Eα融合分子は、F9 細胞の E カドヘリンと同等の発現量 であった(図 7A レーン 1,4)。nE 変異体の発現は、単離した中で高発現細胞株においても、F9 細胞 の E カドヘリンより発現量が少なかった(図 7A レーン 1,3)。 細 胞 解 離実 験( 図 7B) で は、 Eα-BPEA-4K 細 胞の 細 胞 解離 定 数(N TC /N TE ;0.136) は 、 F9 細 胞 (N TC /N TE ;0.132)と同等であった。一方、nE-BPEA-4K細胞の細胞解離定数(N TC /N TE ;0.87) は、 BPEA-4K細胞(N TC /N TE ;0.952)と同等であった。位相差顕微鏡で、単層培養(1 日後)下の形態を観察 し た とこ ろ、 F9 細 胞同 様に 、Eα-BPEA-4K 細胞 は 密な コロ ニー を形 成 した が、 BPEA-4K 、 nE-BPEA-4K細胞は、BPE-3K細胞と同様に、密なコロニーを形成できなかった(図 7C)。免疫蛍光染 色にて、Eα融合分子は、大部分が細胞-細胞間接着部位に主に局在した(図 9,11J)。これと一致してEα 融合分子の大部分が膜分画に検出された(図 7D)。これらの結果より、F9 派生細胞において、Eα融合 分子は、内在性αカテニン非存在下においても強い接着活性を示すことがわかった。また、Eカドヘ リン-αカテニン融合分子において、αカテニンのC末端部分がカドヘリンの強い接着活性発現に必要 十分な領域であることが確かめられた。 3.4 F9、F9 派生細胞における ZO-1 の局在 ZO-1 の接着部位への集積におけるαカテニンの役割を調べるために、私は、E カドヘリン、Eα融 合分子が ZO-1 の発現量及び局在に及ぼす影響について評価した。ウエスタンの結果より親 F9、F9 派生細胞間で、 ZO-1 の発現量に明らかな差は認められなかった(図 8)。 カドヘリンやその関連分子は、 細胞の上部と中部で異なった局在を示す。共焦点レーザー顕微鏡を用い、隣り合った細胞同士が面し ている側面の上部、中間部の高さに焦点を合わせて得た x-y 平面の免疫蛍光染色像をそれぞれ、上部 レベル、中間レベルと記載することにする。 まず、上部レベルの親 F9、F9 派生細胞の ZO-1 の局在を比べた。以前の報告同様(Chiba ら, 2003) に、F9 細胞では、細胞-細胞間接着面において ZO-1 と E カドヘリンが部分的に局在を共にした(図 9A-C)。この細胞-細胞間接着面の E カドヘリンシグナルは、βカテニン、αカテニンときれいに共局 在する(実験データ省略)。カドヘリン・カテニン複合体を欠損した BPEA-4K 細胞では、ZO-1 は細胞 -細胞間接着面には集積せず細胞周囲にドット状に局在した(図 9E)。nE 変異体の発現では BPEA-4K 細胞における ZO-1 の局在に明らかな変化は認められなかった(図 9H)。 この BPEA-4K 細胞において、 -23- Eα融合分子の発現により、ZO-1 の局在が劇的に変化した(図 9K)。Eα-BPEA-4K 細胞において、細 胞-細胞間接着面の Eα融合分子のシグナルのほとんどが ZO-1 シグナルと重なっていた(図 9J-L)。次 に、中間レベルについて観察した。このレベルにおいては、F9、F9 派生細胞間で ZO-1 の局在に明 らかな違いは認められなかった(図 10B,E,H,K)。すべての細胞で、ZO-1 は細胞-細胞間接着面には集 積せず、細胞周囲にドット状に局在した。これらの結果より、Eα融合分子は、内在性の E カドヘリ ン、βカテニン、αカテニン非存在下で、上部レベルに限局して細胞-細胞間接着面に ZO-1 を優位に濃 縮させることがわかった。また、F9 細胞は、上部レベルに ZO-1 陽性/陰性の 2 つの E カドヘリン依 存性接着面を持つことが確かめられた。今後、この上部レベルの細胞-細胞間接着面に焦点を当てて 解析していく。 3.5 F9、F9 派生細胞におけるアクチン系細胞骨格編成 次に、ZO-1 はアクチン線維結合タンパク質であることから、各細胞の上部レベルの x-y 平面像に おけるアクチン線維の局在について調べた。親 F9 細胞では、アクチン線維のシグナルは、細胞-細胞 間接着面の E カドヘリンシグナルと部分的にしか重ならず、2 つの E カドヘリンシグナル(アクチン 線維シグナルと共局在するものとしないもの)が存在した(図 11A-C)。アクチン線維は細胞質にも局在 しているため、アクチン線維と E カドヘリンとの共局在は不明瞭である。一方、BPEA-4K、 nE-BPEA-4K 細胞では、アクチン線維は、細胞膜付近や細胞質で不規則な局在を示した(図 11E,H)。 Eα-BPEA-4K 細胞では、アクチン線維は細胞-細胞間接着面で太い束を形成(図 11K)し、Eα融合分子 の大部分がこのアクチン線維束と共局在した(図 11L)。これらの結果より、ZO-1 陽性の細胞-細胞間 接着面に優位に、アクチン系細胞骨格編成が起こり、太いアクチン線維束が形成されることが考えら れた。このことを確かめるために、親 F9 細胞においてアクチン線維と ZO-1 の局在関係を調べた(図 12)。ほとんどの ZO-1 陽性の細胞-細胞間接着面に優位に、アクチン線維の強いシグナルが観察され た。以上より、親 F9 細胞には同じカドヘリンを有しながら、太いアクチン線維が形成される部位と 形成されない部位という少なくとも 2 種類の細胞-細胞間接着部位が存在し、前者には ZO-1 が局在し ていることが示唆された。おそらく、Eα融合分子はアクチン線維束を伴う ZO-1 陽性の細胞間接着部 位を主に再現していると思われる。 -24- -25- -26- -27- 3.6 アクチン重合阻害剤サイトカラシン D の E カドヘリン、Eα融合分子依存性細胞間接着に与え る影響 細胞間接着におけるアクチン系細胞骨格の役割を明らかにするために、アクチン重合阻害剤サイト カラシンDにてアクチン系細胞骨格を破壊した際のカドヘリン依存性細胞間接着活性について調べた。 我々は、以前、Eα融合分子を発現するL細胞において、サイトカラシンD処理にてアクチン系細胞骨 格を破壊すると、Eα融合分子の強い接着活性が減弱することを報告している(Imamuraら, 1999)。つ まり、サイトカラシンDで処理した後に細胞解離実験を行うとEα融合分子を発現しているL細胞は容 易に単細胞に解離する。今回、F9、BPEA-4KとEα-BPEA-4K細胞についてサイトカラシンD処理の 有無で細胞解離実験を行い、カドヘリン依存性の細胞間接着活性がどう変化するのかを調べた(図 13A)。その結果、サイトカラシンD処理により、これら3種類の細胞は異なった反応を示すことが明 らかとなった。予想に反してサイトカラシンDで処理した場合にも親F9 細胞は、ピペッティング後に より単細胞には解離せず、大きな細胞塊として存在し(実験データ省略)、解離指数にもほとんど変化 は見られなかった(図 13A N TC /N TE ;0.16→0.15)。一方、カドヘリン・カテニン複合体を欠損した BPEA-4K細胞はサイトカラシンD処理、未処理にかかわらずほとんど接着性を示さなかった。ただサ イトカラシンD処理後のピペッティング操作でBPEA-4K細胞は完全には単細胞に解離されず、2~3 個の細胞が作る小さな細胞塊が残ったため(実験データ省略) 細胞解離指数はわずかではあるが、減少 した(図 13A N TC /N TE ;0.92→0.8)。サイトカラシンD処理によりEα-BPEA-4K細胞の解離指数は大き く変化した(図 13A N TC /N TE ;0.14→0.41)。サイトカラシンDで処理したEα-BPEA-4K細胞は、サイト カラシンD非処理時に比べてピペッティング操作により細胞が解離しやすくなった。ただし、Eα融合 分子を発現するL細胞とは違い、単細胞までに解離されない細胞塊がある程度残った。BPEA-4K細胞 の結果と合わせると、F9 細胞派生細胞はサイトカラシンD処理により、カドヘリン非依存的な接着活 性が上昇する可能性が考えられる。単層培養下では、親F9、BPEA-4K、Eα-BPEA-4K細胞のどの細 胞も、サイトカラシンD処理後、細胞間接着面を保ちながら、丸みを帯びた形態をとっており、サイ トカラシンDがアクチン系細胞骨格を破壊していることが確認された(図 13B の下段: サイトカラシ ンD入り培地で 3 時間インキュベート後)。これらの結果から、親F9 細胞にはサイトカラシンDに非 感受性のカドヘリン依存性接着機構が存在する可能性、Eα融合分子はサイトカラシンD感受性の細胞 間接着を担っている可能性が示唆された。 -28- -29- 3.7 サイトカラシン D の E カドヘリン、Eα融合分子依存性細胞間接着面/部位に与える影響 次に、サイトカラシン D でアクチン系細胞骨格を破壊したときの ZO-1 陽性/陰性のカドヘリン依 存性細胞間接着部位の変化を調べた。まず、サイトカラシン D 処理後の E カドヘリン、Eα融合分子、 アクチン線維の局在を調べた。サイトカラシン D 処理により、親 F9、BPEA-4K、Eα-BPEA-4K 細 胞のどの細胞においても、同様の破壊されたアクチン系細胞骨格の像が認められた(図 14B,E,H)。2 種類のアクチン線維シグナル(細胞膜付近では、分断化したアクチン線維を、細胞質内にはアクチン 線維の凝集体)を認めた。親 F9 細胞のほとんどの E カドヘリンシグナルは、アクチン線維シグナルと 局在を共にせず、細胞-細胞間接着面に連続性を保って局在した(図 14A-C)。一方、Eα-BPEA-4K 細 胞の Eα融合分子シグナルの多くが、この 2 種類のアクチン線維シグナルと重なる傾向があり、サイ トカラシン D 非処理時(図 11J)と比べて断片化した像を呈した(図 14G-I)。次に、E カドヘリン、Eα 融合分子、ZO-1 の局在を調べた。親 F9 細胞の細胞-細胞間接着面に存在する E カドヘリンシグナル のほとんどは、ZO-1 陰性シグナルであった(図 15A-C)。一方、Eα-BPEA-4K 細胞の断片化した Eα 融合分子シグナルのほとんど全てが、ZO-1 シグナルと重なった(図 15G-I)。これらの結果から、Eα 融合分子が再現する ZO-1 陽性の細胞-細胞間接着面は、構造的にサイトカラシン D 感受性であり、 その構造の維持にアクチン線維束を伴う細胞骨格編成が重要な役割をしていることが推察された。 -30- -31- -32- 第4章 考察 この論文で、私は、βカテニンとプラコグロビンを欠損した BP-2K 細胞から、βカテニン・プラコ グロビン・E カドヘリンを欠損した BPE-3K 細胞と、カドヘリン・カテニン複合体の 4 つの主要因子 であるβカテニン、プラコグロビン、E カドヘリン、αカテニンの全てを欠損した BPEA-4K 細胞を作 ることに成功した。これらのノックアウト細胞に E カドヘリン-αカテニン融合分子(Eα)を発現させた 再構築系において、a)強い細胞間接着、b)ZO-1 の集積を伴う接着部位の構築、c)接着部位のアクチン 系細胞骨格編成、には細胞質αカテニンは必要でないことを示した。以下、カドヘリン依存性細胞間 接着とアクチン系細胞骨格編成におけるαカテニンの役割、ZO-1 陽性/陰性のカドヘリン依存性細胞 間接着、ノックアウト F9 細胞の有用性、の 3 つの観点から、今回得られた知見について議論をすす める。 4.1 カドヘリン依存性細胞間接着とアクチン系細胞骨格編成におけるαカテニンの役割 αカテニンには、 カドヘリンと複合体を形成しているもの(カドヘリン結合分画)と複合体を形成せず に細胞質に存在するもの(細胞質分画)、の 2 つの機能分画がある。αカテニンをノックアウトした細 胞において、E カドヘリン/βカテニン複合体はカドヘリン本来の強い接着活性を生み出すことができ ないため、細胞質αカテニンが完全に欠失した状態でカドヘリン依存性細胞間接着やアクチン系細胞 骨格の再構築を観察することは不可能である。この論文で、私は、細胞質αカテニン非存在下で、カ ドヘリン結合αカテニンを定常的に模倣した Eα融合分子が強い細胞間接着活性を生み出し、アクチン 系細胞骨格編成と ZO-1 の集積を伴う接着部位を構築できることを示した。細胞質αカテニンは二量 体を形成し、細胞間接着とは独立してアクチンの動態制御を行うことが報告されている(Drees ら, 2005; Benjamin ら, 2010)。また、カドヘリンの細胞外領域は、シス二量体を形成する(Shapiro ら, 1995; Nagar ら, 1996; Pertz ら, 1999)。そのため、Eα融合分子内のαカテニン C 末端領域(509-906) がカドヘリン結合αカテニンの機能に加え、細胞質αカテニンの C 末端部分の機能を模倣している可 能性は否定できない。しかしながら、今回、細胞質αカテニンは Eα融合分子の機能発現(強い細胞間 接着活性、アクチン系細胞骨格の再構成と ZO-1 の集積を伴う接着部位形成)には必要ないことが実 証された。さらに、αカテニンを E カドヘリンの C 末端に繋げて融合分子として発現させる場合にお -33- いて、αカテニンの C 末端領域(509-906)が、これらの機能発現に必要十分な領域であることが確かめ られた。 4.2 AJ の極性を持った形成・発達におけるαカテニンの寄与 カドヘリンは、特に上皮細胞において、頂端部付近でアクチン線維束に裏打ちされる帯状の AJ(ZA) に濃縮する(Boller ら, 1985; Hirano ら, 1987)。αカテニンがこの ZA およびアクチン線維束の形成・ 発達に関与していることが報告されている(Kobielak ら, 2004; Noda ら, 2010; Yonemura ら, 2010)。 今回、nE 変異体と Eα融合分子の解析からαカテニンの C 末端領域(509-906)がカドヘリン分子の上 部レベルの AJ への濃縮に機能することが明らかになった。未分化の F9 細胞が通常は極性を持たな い非上皮細胞であることを考えると、カドヘリンが細胞上部 AJ へ濃縮する機構については興味が持 たれる。1つには上皮分化誘導可能な F9 細胞は未分化状態でも何らかの上皮極性をもち、それによ りカドヘリンが上部に局在する可能性が考えられる。一方で、非上皮細胞においても上皮極性とは独 立に上部と下部という極性が存在している可能性が考えられる。カドヘリン・カテニン複合体欠損 F9 細胞にさまざまなカドヘリンやその変異分子を戻すことにより、細胞の持つ極性について新しい 知見が得られるかも知れない。 4.3 αカテニンによるアクチン線維束形成の分子機構 αカテニンのアクチン線維の束化機構は、大別して 2 つのモデルがある。一つは、カドヘリンと複 合体を形成するαカテニンが、別のアクチン束化能を持つタンパク質をカドヘリン依存性細胞間接着 面直下に動員し、間接的にアクチン線維の束化を促進するというモデルである。このアクチン束化タ ンパク質としてフォルミン-1 やエプリンが報告されている(Kobielak ら, 2004; Carramusa ら, 2007; Abe ら, 2008)。もう一つは、カドヘリン・カテニン複合体を形成しない細胞質αカテニン自身がホモ 二量体を形成し、Arp2/3 依存性の分岐型アクチンネットワーク形成に拮抗的に働き、アクチン束化 を促進するモデルである(Drees ら,2005; Benjamin ら, 2010)。Arp2/3 依存性のアクチン重合に関し ては、αカテニンの C 末端部分のみで二量体を形成し抑制できることが in vitro の再構築系で示され ている(Drees ら, 2005)。一方、別の in vitro の実験系においては、αカテニン単独によるアクチン線 維束の形成には、全長のαカテニンが必要であり、N 末端、C 末端を削ったαカテニンの欠失変異体で -34- は不十分であることが示されている(Rimm ら, 1995)。一方で、血管内皮細胞においては、細胞質α カテニンは接着面を囲むアクチン線維束(circumferential actin bundles)の形成には必要ないことが 報告されている(Noda ら, 2010)。このようにアクチン線維束形成におけるαカテニンの役割について は不明な点が多い。今回、Eα融合分子がαカテニン C 末端領域(509-906)依存性にアクチン線維束を 形成することを示した。Eα融合分子内の E カドヘリン部分がαカテニン C 末の二量体化を促して、 アクチン線維束形成に寄与している可能性、別のアクチン束化タンパク質と協調的にアクチン線維束 の形成を促進している可能性などが考えられる。Eα融合分子により形成されるアクチン線維束が、 ZO-1 陽性の細胞間接着面において優位に形成されることから別の可能性も考えられる。ZO-1 はアク チン線維結合タンパク質であるが(Itoh ら, 1997)、アクチン束化能を有することは報告されていない。 しかし、TJ の存在する上皮細胞に特徴的なアクチン線維束(linear actin cables)の形成・発達に重要 な役割をしていることが示されている(Ikenouchi ら, 2007; Yamazaki ら, 2008)。F9 細胞は、TJ の 存在しない未分化な細胞である(Komiya ら, 2005)が、上皮細胞同様 ZO-1 が積極的にアクチン線維束 の形成・発達に関与している可能性も十分に考えられる。これまでアクチン線維束構築におけるαカ テニンの影響を見るために siRNA 干渉法や細胞質分画のαカテニンを他の分画(細胞膜やミトコンド リア分画)にリクルートさせる方法を用いて、細胞質αカテニンの選択的除去が試みられてきた。しか し、これらの方法では完全に除去することはできず、このことが矛盾する結論を招いている原因にな っていることが十分に考えられる。今回作成したノックアウト F9 細胞では、内在性αカテニンは完 全に消失している。さらに、細胞間接着活性に影響を与えずに、BPEA-4K 細胞や Eα-BPEA-4K 細 胞にどんなタイプのαカテニン変異体を導入することも可能である。今後この系を用いることにより、 カドヘリン依存性細胞間接着と独立して細胞質αカテニンがアクチン線維束の構築において果たす役 割を解明することが可能になると考えられる。 4.4 ZO-1 陽性/陰性のカドヘリン依存性細胞間接着部位 ZO-1 の濃縮を伴うものと伴わない、少なくとも 2 つのタイプのカドヘリン依存性細胞間接着部位 が報告されている。ZO-1 陽性カドヘリン依存性細胞間接着部位は、主に非上皮細胞で観察され、ZO-1 陰性のカドヘリン依存性細胞間接着部位は、上皮細胞に存在していると考えられている(Itoh ら, 1993)。今回 F9 細胞には、これらの 2 つのタイプの接着部位が存在することが確かめられた。F9 細 -35- 胞は、上皮分化への誘導法が確立されており、その in vitro モデルとして使用されてきた(Sherman と Miller, 1978; Chiba ら, 2003; Komiya ら, 2005)。上皮分化誘導をしていない“未分化”な F9 細 胞においても上皮細胞の特徴を若干兼ね備えていて、その結果として ZO-1 陰性のカドヘリン依存性 細胞間接着部位を部分的に構築する可能性が考えられる。一方、非上皮細胞でさえ、細胞背景によっ てはこの 2 つのタイプの接着部位を形成できる可能性も十分にある。αカテニンの C 末端領域 (509-906)は ZO-1 結合ドメインを持っており、このドメインを有する Eα融合分子は、L 細胞におい て、ZO-1 陽性のカドヘリン依存性細胞間接着部位を再現することが以前から報告されている(Itoh ら, 1997; Imamura ら, 1999)。さらに、この論文で、ZO-1 陽性/陰性の 2 つのタイプの接着部位を持っ ている F9 細胞背景においても、Eα融合分子は ZO-1 陽性の接着部位を主に再現した。したがって、 αカテニンの C 末端領域(509-906)が ZO-1 陰性ではなく、ZO-1 陽性の接着部位の形成に積極的に関 わっていることが示された。ZO-1 とカドヘリン・カテニン複合体の相互作用及びその生理的意味に ついてはさらなる研究が必要である。 4.5 サイトカラシン D 感受性及び非感受性のカドヘリン依存性細胞間接着 今回 F9 細胞におけるカドヘリン依存性の強い細胞間接着はサイトカラシン D 抵抗性であるという 結果を得た。これまでアクチン系細胞骨格がカドヘリン依存性の強い接着に必要だと考えられてきた のでこれは予想外の結果である。一方、Eα融合分子による強い接着はサイトカラシン D 感受性を示 した。F9 細胞では上述したように ZO-1 陽性/陰性のカドヘリン依存性細胞間接着部位が混在してい る。Eα発現細胞においては ZO-1 陽性の接着部位がほとんどである。さらに ZO-1 陽性の接着部位が 太いアクチン線維束に裏打ちされていることを考えると、ZO-1 陽性の接着部位がサイトカラシン D 感受性の、陰性の接着部位が非感受性の細胞間接着を担っていることが想像される。実際、Eα融合 分子が作る ZO-1 陽性接着部位は、サイトカラシン D 処理により、断片化したが、F9 細胞の ZO-1 陰性接着部位は壊れずにきれいに構造を保っていた。つまり、ZO-1 陽性接着部位の構造の強固な維 持には、その直下に形成されるアクチン線維束が必要であると考えられる。サイトカラシン D 非感受 性の接着については分子機構も生理学的意味も不明である。ただアクチン系細胞骨格に支持されない カドヘリン依存性細胞間接着が存在する可能性は示唆されている。in vitro の再構築系では、αカテニ ンは、直接的にはカドヘリン・カテニン複合体とアクチン系細胞骨格を連結しないことが示されてい -36- る(Yamada ら, 2005)。また、一分子間力解析では、αカテニンが増強したカドヘリン依存性細胞間接 着力は、アクチン重合阻害剤ラトランキュリン B 処理により減弱しないことも報告されている (Bajpai ら, 2008, 2009)。カドヘリンは、カテニン分子群を介して直接的・間接的にさまざまな細胞 骨格と連結しうることが報告されている(Ligon ら, 2001; Gates と Peifer, 2005; Meng ら, 2008)。ま た、さまざまなカドヘリン-アクチン連結は、連結以上の意味があり機能的に異なることが予想され ている(Ozawa, 1998; Abe ら, 2008)。ショウジョウバエの上皮細胞では、DE カドヘリンとアクチン 系細胞骨格において、2 つのタイプの機能的・構造的な関係が示されている(Cavey ら, 2008)。今回 のサイトカラシン D 非感受性カドヘリン接着を解析することでカドヘリンのこれまで知られていな い接着様式を明らかにすることができるかも知れない。 4.6 カドヘリン-カドヘリン相互作用の解析 カドヘリン依存性の細胞間接着活性を示さない L 細胞と BPEA-4K 細胞において、Eα融合分子は その接着活性を完全に回復させる. しかし、同じく接着活性を欠く BP-2K 細胞においては、Eα融合 分子は接着分子としてうまく機能しなかった。BP-2K 細胞は、L 細胞や BPEA-4K 細胞と異なり、内 在的に E カドヘリンを発現している。したがって、内在性 E カドヘリンがドミナント・ネガティブ 型分子として Eα融合分子の機能を阻害していることが考えられた。BP-2K 細胞において、内在性 E カドヘリンは細胞膜上に安定的に発現できないことが報告されている(Fukunaga ら, 2005)。実際、 Eα-BP-2K 細胞の内在性 E カドヘリンの発現も、ごくわずかであり、発現が不安定であることが予想 された。よって、Eα-BP-2K 細胞の細胞膜上において、内在性 E カドヘリンは Eα融合分子とシスの ヘテロ二量体または多量体を形成し、細胞表面での Eα融合分子の安定性を減少させ、接着分子とし ての機能を十分に発揮できなくさせている可能性が考えられる。同様に、内在性 E カドヘリンがトラ ンスの二量体または多量体形成を介して隣の細胞の Eα融合分子の活性を抑制している可能性も考え られる。この詳細な機構については、今後の解析に委ねる。これまで、in vitro の実験系を用いて、 カドヘリン-カドヘリン結合においてさまざまな分子機構が報告されている(Shapiro ら, 1995; Nagar ら, 1996; Pertz ら, 1999; Chappuis-Flament ら, 2001)。しかしながら、生細胞においてどの分子機 構が採用されているのかについては詳細なことはあまりわかっていない。特に、カテニンと結合した カドヘリン同士のシス・トランス二量体化の分子機構については、in vitro の実験では技術的に限界 -37- があり、細胞レベルでの検証が必要である。ノックアウト F9 細胞では、さまざまなカドヘリン変異 体、カドヘリン-カテニン融合分子を導入し、機能評価することが可能であるので、この系を用いて カドヘリン-カドヘリン結合におけるカドヘリン、カテニンの役割を選択的に細胞レベルで明らかに することができるであろう。 -38- 第5章 結語 この研究において、私はカドヘリン・カテニン複合体の 4 つの主要構成因子(βカテニン、プラコグ ロビン、E カドヘリン、αカテニン)をノックアウトした F9 細胞の単離に成功した。このノックアウ ト F9 細胞と Eα融合分子を用いた再構築系を用い、カドヘリン依存性細胞間接着の a)強い細胞間接 着、b)ZO-1 の集積を伴う接着部位の構築、c)接着部位直下のアクチン線維束の形成、におけるαカテ ニンの役割を再検討した。Eα融合分子のαカテニン C 末端領域(509-906)は、細胞質αカテニン非存在 下において、a)、b)、c)を再現した。この再構築系においては、細胞質αカテニンはこの 3 つの機能発 現には必要ないことがはっきりと実証された。これまで解析が難しかった細胞質αカテニンとカドヘ リン依存性細胞間接着との関係について、一つの見解を提示することができた。また、E カドヘリン に定常的に連結したαカテニンにおいて、αカテニン C 末端領域(509-906)がカドヘリン依存性細胞間 接着の a)、b)、c)に必要十分な領域であることを再確認することもできた。 さらに、F9 細胞において、機能的にも構造的にも異なる 2 つのカドヘリン依存性細胞間接着が存 在することが示唆された。この 2 つの接着部位は ZO-1 集積の有無によって区別ができる可能性があ り、それぞれ、非上皮細胞/上皮細胞タイプの接着部位として以前から示唆されている。しかし、その 詳細な特徴はわかっていない。この研究において、ZO-1 陽性カドヘリン依存性細胞間接着の構築に 関しては、αカテニンの C 末端領域(509-906)が積極的に関与していることが示された。一方、ZO-1 陰性カドヘリン依存性細胞間接着は、従来から考えられてきたアクチン系細胞骨格に支持されるタイ プの接着とは異なることが示唆された。ZO-1 とカドヘリン・カテニン複合体の関係、及び、その生 理的意味を解明することで、これまでに知られていない接着様式を明らかにできるかもしれない。 カドヘリン-カドヘリン結合や細胞骨格編成などの、カドヘリン依存性細胞間接着の制御機構には、 いまだに解明されていない多くの問題が存在する。今回示したように、BPEA-4K 細胞にカドヘリン、 カテニンのさまざまな変異体を導入する再構築系を用いてこれらの問題を明らかにすることが可能 であろう。 -39- 参考文献 Abe, K., and Takeichi, M. 2008. 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