Comments
Description
Transcript
無担保社債の管理について
無担保社債の管理について 江頭憲治郎 (東京大学教授) I.はじめに 現在、社債法の改正がとりざたされているが)、その改正論議の大 きな争点を形成しているのが、無担保社債に関する受託会社の法的取 り扱いである。 無担保社債の受託会社は、通常、募集の受託会社と呼びならわされ ているが、それは、発行会社の委託を受けて、発行会社に代って社債 申込証の作成、社債払込金の徴収等を行う銀行または信託会社である (商法304条、商改施56条)。現行商法は、この募集の受託会社に対し て、社債権者のために一定の範囲で社債の管理を行う権限を賦与して いる.具体的には、社債権者のため社債の償還を受けるに必要な一切 の裁判上または裁判外の行為をなす権限(商法309粂)、社債権者集会 を招集する権限、集会に出席し意見を陳述する権限、集会決議の執行 権限(商法320条1項 322条1項 330条)等である。そのような法定 の権限にとどまらず、発行会社と募集の受託会社との間で締結される 募集委託契約(募集委託契約証書と呼ばれる書面が作成される)におい て、受託会社には、発行会社が財務制限条項等の特約条項に違反した 場合、社債全額につき期限の利益を喪失させる等適当な措置をとりう る権限等も賦与されている。 -165- 無担保社債の管理について 現在、わが国の証券市場で公募される無担保社債については、例外 なく受託会社が設置されているが、法制度上は、担保附社債の場合と 異なり(担信法2条参照)、その設置は強制されてはいない。しかし、 社債権者保護のため募集の受託会社が果している重要な役割に鑑み、 立法論としては、無担保社債についても、受託会社の設置を挨制すべ きであるとの意見がある。昭和61年6月に公表された、社債法等研究 会の「社債法改正試案」2'がその代表的なものである。 それに対して、無担保社債に受託会社の設置を義務づけることに反 対する意見もある。昭和61年12月の証券取引審議会答申「社債発行市 場の在り方について」は、受託会社が、適債基準の策定のほか、償還 期間の決定、財務制限条項の設定等、社債発行条件の決定に深くかか わってきたことを指摘した上で、そうした受託会社の実態を前提とし たままその設置を義務づけることは、効率的かつ機動的な社債市場の 確立を図っていく上で問題があるとする。そして、受託会社がないこ とからする投資家の不利益は、受託会社の有無が市場原理の下で発行 条件に反映され、投資家がこれを踏まえて投資判断を行うシステムを 構築する方向で解決すべきことを示唆している。 本稿では、無担保社債の受託会社をめぐる法的問題を考察するが、 上述の、それを法的に強制すべきか否かの問題を正面から取り上げる ことはしない。なぜなら、現在でも無担保社債の受託会社は、設置が 強制されているわけではないにもかかわらず、実際はつねに設置され ている。そして、その現状は、当分変わりそうにもない。そうだとす ると、強制・非強制の問題は、論じてみても実際上の影響は少ないよ うに思えるからである。 本稿で論じたいのは、受託会社の存在は一応の前提としたうえで、 その権限・兼務はいかにあるべきかという問題である。証券取引審議 -166- 無担保社債の管理について 会答申も指摘するように、受託会社は、従来、法的権限があるわけで もないのに事実上社債の発行条件の決定に関与してきたばかりでなく、 法的義務があるわけでもないのに、社債がディフォルトになると、例 外なく投資家から額面でその買取りを行ってきた。とくに後者の行為 の結果、受託会社の義務がいかなる範囲のものであるかは、法的に重 要な問題であるにもかかわらず、従来あいまいなまま放置されてきた0 しかし、今後ともつねに「買取り」が可能であるという保証はない。社 債法改正の重要問題は、受託会社の義務を中心とするその法的地位の 明確化であるように思われる。 このような問題設定に対しては、次のような反論もありえよう。す なわち、法律で受託会社の設置を強制するのであれば、その権限・義 務を法定すべきものであるが、設置が発行会社の任意に委ねられるの なら、義務の範困等も発行会社と受託会社との契約に委ねられるのが 当然であり3㌧ したがって、強制設置か任意設置かを決定せずに受託 会社の法的地位を論ずることは意義が乏しいという反論である。 しかし、たとい任意設置主義をとったとしても、設置された場合の 受託会社の法的地位を検討しておくことは、必要なことのように思わ れる。なぜなら、第一に、二当事者対立構造の契約の場合と異なり、 この契約は、当事者である発行会社と受託会社が、ともに、受託会社 の義務は軽ければ軽いほど良いと考えかねない性格のものなのである0 しかも、事実上、受託会社の設置されない社債発行はないとすると、 法律で受託会社につき相当高度の義務を規定することができれば、社 債権者保護に資する可能性が高い。第二に、任意設置でも、設置され た場合には投資家の期待を裏切らない最低限の義務を受託会社に強行 法として課する必要があることは疑いないが4)、最低限とは何をいう かを決するについて、受託会社の義務をまず網羅的に検討することを -167- 無担保社債の管理について しないと、ミスを犯す危険なしとしない。第三に、受託会社の権限・ 義務等を具体的に検討することを通じて、受託会社が存在しない場合 の問題点、あるいは、社債権者保護のため受託会社に代る法制度があ りうるのではないかといった、強制設置の要否に直接かかわる議論の 手がかりがつかめるかもしれない。 本稿で取り扱う主題は、生命保険会社にとっても、無縁なものでは ないと考える。社債は、生命保険会社の主要な投資対象の一つである から、生命保険会社は、社債権者の立場でこの間題にかかわると同時 に、もし法改正によって、受託会社の資格が銀行または信託会社以外 の者にまで拡大されるようなことがあれば、生命保険会社は受託会社 の立場で社債管理にかかわる可能性があるし、受託会社以外に、たと えば社債権者集会の代表者が社債管理に関する大きな役割を担うよう な法改正が実現すると、ますます関与の可能性が大きくなるからであ る。 もっとも、本稿の主題は、具体的提言がなせるほど学者の研究の蓄 積が進んでいるものでもないし、実務的検討が進んでいるものでもな いので、本稿も、問題点を列挙しただけのものになる可能性が強い。 また考察の範餌も包括的ではないOいわば研究メモ的性格のものであ る点について、御寛恕いただきたい。 ( 1 )社債法改正問題を検討するため.本年3月に法制審議会商法部会のなかに社 債法小委員会が設けられ(小委員長・鴻常夫東大名誉教授。商事法務1107号48頁 の記事参照)、それと並行して、実務家をましえた民間の研究会として・社債 法改正検討研究会も5月に発足した(座長・鈴木竹雄東大名誉教授o商事法務 1110号94頁の記事参照)0 ( 2 )社債法等研究会「社債法等研究会の社債法改正試案(改正理由付き)」ジュリス ト864号69頁(1986)参照。 ( 3 )竹内昭夫「社債発行市場の在り方」商事法務1100号4頁、 8頁(1987)参照o -168- 無担保社債の管理について (4)竹内・前掲注(3)に掲げた文献8頁参照。 Ⅱ.発行会社の債務不履行発生前の受託会社の役割 1.特約条項の遵守に関する監視 無担保社債の受託会社の義務は、まず、発行会社に債務不履行がな いかを、社債権者にかわって監視することから始まるが、もし社債の 償還または利息の支払いの不履行があれば、社債権者も直ちに気づく であろうから(定時償還義務の不履行を除く)、受託会社の監視義務の 重点は、発行会社に、社債発行条件の一部として課された特約条項、 とりわけ財務制限条項の違反がないかを監視することにある5'。 財務制限条項として、いかなる義務が発行会社に課されるべきかは、 わが国では、発行会社と起債関係者間の個別の交渉に委ねられている わけでは必ずしもなく、社債の種類、会社の純資産額および格付に応 じて、いわゆる起債会の合意として定められている。その内容は、現 在、次のようである6'。 ( I )無担保普通社債については、下記の特約のうち、会社の純資産 額および格付により定まるランクに応じて7㌧ ③と④、 ①と③と④8㌧ または、 ①と②と③と④を、置かねばならない。 ①追加債務負担制限条項(自己資本比率維持条項を含む) 追加債務負担制限については、発行会社の信用度、業態等 を考慮し、社債権者保護に支障をきたすことのないよう定め る。 追加債務負担制限として、自己資本比率維持条項を適用す -Hmi 無担保社債の管理について るにあたっては、発行時の75%の水準を維持水準とする。た だし、当該水準が30%以上となる場合は、 30%をもって維持 水準とすることができる。 (診配当制限条項 内容は、原則として、 「発行会社は、配当累計額が、税引後 当期経常損益の累計額に-定常を超えることになるような配 当(中間配当を含む)を行わない。ただし、株式配当はこの限 りでない。」と定める。 上記の「一定額」は、下記(a)または(b)のいずれか大きい方 とする。ただし、当該社債発行日の直前2年分(中間配当前に おいては2年半分)の配当額を超えないものとする(a)当該 社債の発行直前期における配当可能剰余金の20%、 (b)当該社 債発行日の直前1年分(中間配当前においては1年半分)の配 当額。 連結財務諸表に基づき配当制限条項を規定する場合には、 連結税引後経常損益にかえて連結純損益(税引後)を用いるこ とができるものとする。 ③利益維持条項 内容は、期限の利益喪失条項中に、 「発行会社の経常損益が 一定期間連続して損失となった場合」という一項を設ける。 上記の「一定期間」は、原則として3期(3年)とする9㌧ 連結財務諸表に基づき利益維持条項を規定する場合には、連 結経常損益にかえて連結純損益(税引後)を用いることができ るものとする。 ④担保提供制限条項 内容は、原則として、 「発行会社は、本社債発行後、他の債 -170- 無担保社債の管理について 務のために担保権を設定する場合には、本社債のためにも同 順位の担保権を設定しなければならない」と定める。 上記の条項の適用除外として、次の場合を定めることができ る(a)発行会社が既に留保物件付無担保転換社債を発行して おり、そのために留保された特定物件の上に担保権を設定す る場合、 (b)発行会社が既に発行した担保附社債のために企業 担保権を設定しており、その社債のために留保された特定物 件の上に担保権を設定する場合、 (C)発行会社が既に担保権を 設定している債務のために担保の変更により担保権を設定す る場合、 (d)発行会社が、社債の減債基金の積立てまたは償還 準備資産の預託としてその資産の上に担保権を設定する場合、 (e)発行会社が承継または取得した資産の上に担保権が設定さ れている場合、 (∫)発行会社の業態、取引の特性等に徴し必要 やむをえないと認められる場合。 上記の各場合のほか、純資産の一定割合(原則として20%) を超えない範囲の担保権については、適用除外とすることが mam (Ⅲ )無担保転換社債については、下記の特約のうち、会社の純資産 および格付により定まるランクにおうじて】0㌧ ①と③、または、 ①と (卦と③が置かれなければならない.無担保普通社債の特約に比較する と、課される特約の数および特約内容において、緩和されている。 (D他の転換社債に対する担保提供制限条項 内容は、原則として、次のように定める。 「発行会社は、当該 転換社債発行後、他の転換社債のために担保権を設定する場合 には、当該転換社債のためにも同順位の担保権を設定しなけれ ばならない。」 -171- 無担保社債の管理について 上記の条項の適用除外として、無担保普通社債の担保提供制 限条項の適用除外に類似するものが置かれる。 ②配当制限条項 内容は、無担保普通社債の場合と同様である。 ③利益維持条項 内容は、無担保普通社債の場合と同様である。 (打)無担保(留保物件付)転換社債については、留保物件(negative pledge)を設けること自体が、財務制限として機能するが.それ以 外に、起債会により置くことが要求されている財務制限条項は、存在 しない。 財務制限条項としては、以上にのべたもののほか、セー)V アン ド・リースバック取引制限条項川、保証債務負担制限条項、重要な子 会社に関する制限条項、運転資金維持条項、投資制限条項等もありう る12-0 なお、減債基金積立義務を発行会社が負担する場合、当該義務 も、重要な特約条項の一つである。 発行会社が特約条項に違反した場合の効果としては、一定の期間 (補正期間)内に違反状態を解消しない限り、発行会社は社債全額につ き期限の利益を喪失する旨が、募集委託契約証書中に定められている のが通常である。もっとも、補正が行われなくても、社債権者のため に受託会社が適当と認める担保が提供された場合にも、発行会社は期 限の利益喪失を免れると定める募集委託契約証書もある。また、社債 権者集会の決議により、特約条項違反により生じた発行会社の責任を 免除しまたは和解することにより期限の利益喪失を免れる方法もない ではない(商法319条、担信法85条)。 このように、発行会社の特約条項違反は、重大な法的結果をひきお -172- 無担保社債の管理について こすので、受託会社のその監視義務は、重要であるように思われるけ れども、既にしばしば指摘されているように131、アメリカ合衆国では、 1939年信託証書法14)上、受託会社がこの義務を免れることが許されて いる。すなわち、信託証書法315条(a)項は、 「(個別の)信託証書中で 定義された債務不履行(default)前」は、財務制限条項等の特約条項 が遵守されている旨の発行会社役員および公認会計士の証明書】5'の内 容を真実であると受託会社が確定的に信頼することが許されると定め ており、しかも、通常の信託証書では、特約条項違反が発生し、かつ、 受託会社が当該違反の事実を発行会社に通知した後30日を経過した時 点が、そこにいう「債務不履行」の時点であると定義されているので )6)、受託会社は、証明書の記載等によって発行会社の特約条項違反の 事実を現実に認識させられるまで、自分の方から積極的に違反を調 査・監視する義務を負わないのである。 イギリスには、受託会社の監視義務の範囲を明定した制定法はない が、実務上、信託証書では、受託会社に発行会社の特約条項違反の監 視義務を負わせている例は少なく、受託会社は、発行会社から提出さ れる特約条項遵守に関する証明書の受動的受領者a passive recipient)にとどまっているのが通常であるといわれるmoもっとも、 諸外国法のなかには、受託会社に、積極的監視義務を負わせている例 もないではない18)。 わが国の募集の受託会社については、法律上、強行法規として、募 集の受託会社に特約条項違反の監視義務を負わせる規定は、どこにも ない190 しかし、わが国の募集委託契約証書は、発行会社に対し、証 券取引法に基づき大蔵大臣に提出する各書類を受託会社に対しても提 出する義務を負わせるほか、通常、発行会社は受託会社に対してその 事業の概況を随時報告すべきものと定め、そして、受託会社は、社債 -173- 無担保社債の管理について 権者の利益保護のために必要であると認めたときは、随時、発行会社 の事業、経理、帳簿書類等に関する報告書の提出を請求し、または自 らこれらにつき調査をすることができるものと定める。その上で、受 託会社は、善良なる管理者の注意をもって、社債権者のために募集委 託契約に定める受託会社の権限を行使すべきことを定める。これらの 条項を総合的にみれば、募集委託契約上の義務として、受託会社は、 発行会社の特約条項違反につき、善良なる管理者の注意をもって監視 する義務を負担しているものと解されよう20)。特約条項のうち財務制 限条項の多くは、発行会社に対し、財務諸表の数値を一定水準以上に 維持することを要求することを内容としているので、その違反の監視 義務(善管注意義務をもってする)とは、発行会社の提出する財務諸 表に粉飾がないかを調査する義務も含むことになるが、わが国の現状 では、受託会社は発行会社のいわゆるメインバンクであるから、この 義務の負担に耐えられるであろう。 以上にのべたところに基づき考察すると、発行会社による特約条項 違反の監視システムとして、可能性としては、次の三つの型がありう るように思われる。 ⑦受託会社が、発行会社による特約条項の遵守を、杜債権者のため、 善管注意義務をもって監視する義務を負うタイプ。ただ、受託会社が M メインバンクであることを前提としないと、この制度の存立は難しい0 ㊥受託会社は、発行会社の特約条項の遵守状況に関する調査義務を 負わず、公認会計士等独立の専門家から提出される特約条項遵守に関 する証明書の記載を確定的に信頼することができるものとするタイプ0 受託会社となりうる者の資格を拡張し、機関投資家等も受託会社とな りうる制度にした場合には、メインバンクのケースと異なり、こうし た受託会社に特に生ずる費用・労力を考慮すると、このシステムをと -174- 無担保社債の管理について らざるをえないであろう。また、大陸法系の諸国にしばしば見られる ような、社債発行後直ちに杜債権者集会決議により杜債権者団体の代 表者を選任し、その者に社債管理の権限を委ねる制度22'を採用した場 合にも、このシステムとならざるをえないであろう。 ㊤上記㊥のシステムでは、この局面に関する限り受託会社は何の機 能も果さないことに鑑み、受託会社をおかず、特約条項の遵守に関し ては、発行会社が選任した公認会計士等独立の専門家の遵守状態に関 する監査証明書を、定期的に大蔵省、証券取引所等に提出させ、それ を公衆の縦覧に供するだけですませるタイプ。 上記の三タイプを比較した場合、 ④のタイプ、すなわち、特約条項 違反の監視につき受託会社が責任を負うタイプと、 ㊥またはOのタイ プ、すなわち、その監視につき公認会計士等独立の専門家が責任を負 うタイプとの実質的な差異は、どこにあるのだろうか。 ④のタイプの メリットとしては、監視とその後の職務遂行の連続性、すなわち、発 行会社の決算期に財務制限条項違反が生ずるであろうことに、決算期 前に監視義務者は気づくのが通常であろうから、当該監視義務者が受 託会社であれば、迅速に、財務制限条項違反後の事態に対する準備に 入るであろうことが期待できることがあげられよう。補正期間の長さ を考慮すると、この点は重要のように思われる。それに対して、 ㊥ま たはOのタイプのメリットは、発行会社から受託会社または(および) 専門家に支払われる報酬が、おそらく⑦の場合より安くなるという 点につきよう。具体的にどの程度安くなるのか、実務関係者の議論を 期待したいところである。 ( 5 )受託会社の監視義務の内容として、そのはかに、財務制限条項違反以外の期 限の利益喪失事由がないかの監視、すなわち、発行会社の他の債務に対する不 -175- 無担保社債の管理について 履行、発行会社に対する破産宣告・会社更生手続開始決定.差押・競売・滞納 処分等がないかの監視もある。 (6)従来の定めであった昭和62年2月 証券引受部長会「無担保債に関する考え 方」商事法務1115号160頁(1987)は、ごく最近、財務制限条項の内容を緩和す る方法で改正されたo鈴木良之「社債発行市場改革の進展状況-証券取引審 議会報告に伴う改善措置の概要」商事法務1117号17頁、 21頁(1987)参照。 (7)ランクにつき詳しくは、鈴木・前掲注(6)に掲げた文献21頁参照。 (8)会社の純資産および格付次第では、追加債務負担制限条項に代えて、純資産 維持条項を置くことができる会社もある。純資産維持条項とは、発行会社が 「発行時の純資産の75%の水準を維持する」むねを特約するものであるO鈴 木・前掲注( 6 )に掲げた文献21貞参照。 9) tzだし、 3期目の経常損失額が2期目より減少しており、かつ3期目の経常 損失額が当該期末の純資産顎の10%以内である場合は、 1年間の猶予が認めら 蝣iE* (10)ランクにつき、詳しくは鈴木・前掲注(6)に掲げた文献22頁参照。 (ll)これは,担保提供制限条項に類似するものとみることができようo (12) American Bar Foundation, Commentaries on lndentures 喜§10-14, 10-15, 10-16(1971)参照。 (13)竹内・前掲注(3)に掲げた文献8頁,江頑「社債の管理に関する受託会社の 義務と責任」鴻常夫先生還暦記念・ 80年代商事法の諸相105頁、 128頁(1985 参照。 (14) Trust Indenture Act of 1939, 15 U.S.C.A. §§77aaa-bbbb(1987).この 法律については、現在、公社債月報370号(1987)以下に解説が連載されつつあ る。鴻常夫「アメリカ合衆国信託証書法の研究の掲載を始めるにあたって」公 社債月報370号13頁(1987)参照。 (15)無担保社債の場合、発行会社は.財務制限条項等特約条項の遵守に関し、受 託会社の承認をえて選任した公認会計上の証明書を、定期的に受託会社に対し て提出しなければならない(信託証書法314条a)(2)および(C)参照)。なお担保 附社債の場合は、担保権の存在に関する弁護士の証明書および担保権の評価に 関する専門家の証明書が、発行会社から受託会社に対して提出されなければな -176- 無担保社債の管理について らない(信託証書法314粂(c (2)および(d)参照)O (16) American Bar Foundation, supra note 12, §§5-1(3), 6-1 (a)参照。 (17) Wood, Law and Practice of International Finance 9.4(6) (1980). (18)たとえばシンガポール会社法 Wood, supra note 17, at 9.4(6)参照。 (19)商法309条は、発行会社か元本支払につき債務不履行となった後の募集の受 託会社の権限を定めた規定であり、権限の存在は、同時にその行使に関する善 管注意義務を伴うものと解することができるとしても、債務不履行発生前につ いては、同条は何も規定しておらず、したがって募集の受託会社にその義務を 負わせた規定と見ることはできないO (20)担保附社債については,わが国では、アメリカと異なり.担保の受託会社は、 発行会社の債務不履行前も、担保の保存につき善菅注意義務を負っていること は疑いないo担信法69粂・ 70粂2項参照o注釈会社法 7 )148頁[赤堀1, 169貞 [満田] (1971),小林憲一.担保附社債信託法社債等登録法136頁(1974)参照O (21)アメリカでも.実際には、受託会社となるのは、発行会社の主取引銀行であ るにもかかわらず、信託証書法上、このシステムが採用されていない理由は、 自己の計算においてなす貸付債権を有する主取引銀行が受託会社となるシステ ムは、潜在的な利益相反(conflict of interest)が存在するため、本来は好ま しくないという考え方に立つものであろうか。江頭・前掲注(13)に掲げた文 献118頁参照o (22)この制度については、フランスにつき落合誠一「社債法全面改正問題の若干 の検討-社債の管理を中心として」商事法務1096号2百、 4頁(1986);スイ スにつき鴻常夫「スイス社債法(正文翻訳)」社債法の諸問題1237頁(1987);社 団法人公社債引受協会・欧米社債制度調査EE報告番(スイス・西ドイツ社債制 度調査Efl報告) 8頁(1986)参照o 2.発行会社の行為に対する承認 発行会社の債務不履行発生前において、特約条項違反の監視となら んで重要な受託会社の役割として、発行会社のなす一定の行為につき、 -177- 無担保社債の管理について それが社債権者に対して及ぼす影響を判断のうえ、承認(または不承 認)をなすことがある。一定の行為として、通常、募集委託契約証書 に記載されている事項は、次のようなものである。 ( I )無担保普通社債、無担保転換社債および無担保(留保物件付) 転換社債に共通の事項 ①発行会社の事業経営に不可欠な資産を譲渡または貸与しようとす るとき。 ②事業の管理を他に委託しようとするとき、または事業の全部もし くは重要な部分を休止もしくは廃止しようとするとき。 (彰資本の減少または他の会社との合併をしようとするとき。 ( Ⅱ )無担保(留保物件付)転換社債に特有の事項 ①留保資産の交換・除外23' これらの行為をなした後、受託会社の承認が得られず、受託会社の 指定する補正期間内に補正がなされないときは、発行会社は、社債全 額につき、期限の利益を喪失する。 上記の事項以外に、 172頁でのべたように、発行会社に特約条項違反 が生じた場合につき、社債権者のために受託会社が適当と認める担保 が提供されれば、発行会社は期限の利益喪失を免れるむねが募集委託 契約に定められているとき、受託会社に対して、担保提供の承認が求 められることもある。 こうしてみると、以上にのべた事項は、すべて受託会社の承諾があ れば、その違反とならない旨が募集委託契約に定められている、特殊 な特約条項であると要約することができよう。 このように、発行会社の一定の行為につき承諾する権限をもつ受託 -178- 無担保社債の管理について 会社を設置することは、直接には、発行会社の利益となることであっ て、社債権者にとっての利益は、間接的なものにとどまる。財務制限 条項等の特約条項だけが存在して、一定の範囲でその違反に対する承 認権限をもつ者が存在しない場合、つまり、そうした行為を発行会社 がなすにつきそのつど社債権者集会を開催することが要求された場合、 困るのは発行会社であろう。 なお、 _1-ロ債発行の際、社債の種類が転換社債または新株引受権 附社債であれば通常受託会社(trustee)が設置され、普通社債につい ては受託会社が設置されないケースが多い理由は、前者についてのみ、 受託会社の承認が必要なケースが多いからであると説明されることが あるが24㌧ それは必ずしも適切な説明とも思えない。普通社債であっ ても、特約条項いかんによっては、承認権限を有する者がないと、発 行会社は困るはずである251。 この発行会社の行為の承認の問題に関し、第-に問題となるのは、 承認権者として誰がふさわしいかということである。 1.でのべた、発 行会社の財務制限条項等特約条項の遵守状況の監視については、公認 会計士等独立の専門家にその役割を委ねることも考えられようが、発 行会社の資産譲渡の可否、合併の可否、担保として提供された物件の 適否の判断等をなす者としては、それら専門家は、あまり適当とはい えないかもしれない.これらの事項に関する判断は、企業q)将来の収 益力に関する判断であって、わが国のそれら専門家が必ずしも習熟し ているとも思えないからである。受託会社が、善管注意義務をもって 承認・不承認を決するという制度以外、考えられまい。 もっとも受託会社以外に、 175百でのべた社債権者集会の代表者に承 認権限を委ねることも、可能性として考えられないではない。しかし その場合には、代表者の資格として、社債の保有比率(商法329条1 -179- 無担保社債の管理について 項)以外の要件を要求する必要が出てこないであろうか。また、無報 酬の者に継続的に重い責任を負わせられるかという問題もあるのでは WEB 第二に、発行会社に対して何ら特約条項が課されていなければ、 1. でのべたその遵守状況監視についても、ここでのべた承認についても、 受託会社の役割は不要となり、したがって発行会社の債務不履行発生 前につき受託会社は不要となることである。そうした行き方も考えら れるであろうか。 特約条項が存在しない社債というのは、社債の償還または利息の支 払いの不履行のみが債務不履行となる社債であり、したがって、社債 権者ないし受託会社は、社債の償還または利息支払の不履行が生じな いかぎり、発行会社に対して何の行為もとれない社債であることを意 味する。発行会社が社債の償還または利息の支払をできなくなったと きは、既に発行会社の資産にはほとんど第三者の担保が設定されてい るであろうから、社債権者が債権を回収しうる見込みはきわめて低い0 他方、無担保社債であっても、財務制限条項等特約条項の内容が厳し く、それに違反すると発行会社に杜債権者への担保の提供が要求され るものの場合には、それは、事実上、担保附社債に類似する性格のも のとなる26)。 このように、無担保社債が、事実上担保附社債的性格のものとなる か、いったん発行会社の収益力が低下すれば回収の見込みの低い性格 のものとなるかは、特約条項次第なのであるが、いわゆる市場原理が、 特約条項の内容いかんについてまで浸透し、特約条項の内容いかんが 適切に社債の発行価格に折込まれる保証が果してあるのか否か、とく に格付制度が特約条項の内容を適切に評価のなかに折込めるものか否 ∴l か、わが国では、未だ今後の研究課題という域を出ないのではないか0 -180- 無担保社債の管理について 少なくとも、受託会社を不要とする目的のためだけに特約条項を廃止 するというのは、本末転倒の議論であろう。 一口に特約条項たとえば財務制限条項といっても、 (a)文字どおり 発行会社の財務に関する意思的行為に一定の制約を課すタイプの条項 (配当制限条項、担保提供制限条項、投資制限条項等。場合によって は追加債務負担制限(自己資本比率維持)条項もこれに入る)と、 (b)発行会社の意思ではいかんともしがたい経営悪化の徴表を示すに すぎないタイプの条項(利益維持条項。場合によっては自己資本比率 維持条項、運転資金維持条項等もこれに入る)とがあるように思われ る。そして、財務制限条項等特約条項の目的を、発行会社の経営が決 定的に悪化しないうちに社債権者への担保を提供させることであると 割切って考えるならば、 (b)のタイプの条項が制度の目的に合致する し、また、このタイプの条項が、財務制限条項が必要以上に発行会社 の企業活動の抑制となってはならないとが8㌧ 社債の安定性は継続企 業としての企業の収益性・成長性に依存する29'という論者の指摘とも 矛盾せず、望ましいタイプのように思われる。 発行会社の経営悪化の徴表を示す指標として何が適切かは、経験を ふまえて十分に検討されねばならないが、商法学界にも、最近、この 観点からみてきわめて注目すべき実証的研究が現われていることを付 言する30} (23)募集委託契約証書に、たとえば、次のように規定される。 「①発行会社は、本社債の未償還残高の減少またはやむを得ない事情がある場 合には、受託会社の書面による承諾を得て、留保資産の一部または全部につき受 託会社が適当と認める他の資産と交換し、または留保資産から除外することがで きる。 -181- 無担保社債の管理について ②前項の場合、受託会社は、交換または除外後においても留保資産の価格の総 額が、本社倍の未償還残高に--の債務の残高を加えた額を超え、本社債権保全 上支障かないと認められるときに限り、前項の承諾を与えることかできる。」 たとえば、日本興業銀行編・証券(新銀行実務総合講座8巻 百 参 照。なお、石黒一意・金融取引と国際訴訟269頁 参照。 たとえば、普通社債の発行会社が消滅会社となる合併の場合、当該社債の財 務制限条項として、募集委託契約証書中に自己資本比率維持条項が含まれておれ ば、合併後の存続会社かその義務を承継して困難を感じないケースばかりでは、 必ずしもないと思われる。 昭和61年12月 証券取引審議会答申「社債発行市場の在り方について」第 2部第1章 か参照O アメリカには、財務制限条項の経済的効果に関する研究は少なくない。 Mぐ い L Lmtt、 、 。ぐ . に掲げられた文献参照。 昭和61年lZ月12日証券取引審議会答申第2部第1章 か 参照o 昭和61年12月12日証券取引審議会答申第2部第1車 参照。 吉原和志「会社の責任財産の維持と債権者の利益保護( 2 )」法学協会雑誌102 巻5号881百、 914頁 吉原助教授は、昭和50年-58年に倒産したわが国の 会社100社について、倒産前3年間の当期利益、流動比率および資産負債比率を、 同業種・類似規模の非倒産会社と比較し、結論として、そのうちでは資産負債比 率が、もっとも的確に会社の経営危機を反映する指標であるとしている。 班.発行会社の債務不履行発生後の受託会社の役割 1.社債権者に対する特約条項違反の通知 発行会社に財務制限条項等の特約条項違反が生じた場合、まず問題 となるのは、受託会社は、社債権者に対してそれを通知すべきか否か -182- 無担保社債の管理について である。現在、商法にも、通常の募集委託契約証書にも、受託会社に 対してこの通知義務を負わせた条項はないけれども、受託会社が通知 義務を負うことが望ましいとも考えられる3日。なぜなら、発行会社の 特約条項違反の発生を知れば、社債権者は、市場において個別的行動 をとるにせよ、社債権者集会開催という形で集団的行動をとるにせよ、 遅くなりすぎないうちに、損害を軽減するための何らかの行動を取り うるかもしれないからである。 しかし他方で、社債権者への通知という形で、発行会社の特約条項 違反の発生を受託会社が公表することは、杜債権者の利益を害する可 能性も高い。とりわけ、その公表が原因で、以後発行会社が金融機関 その他の取引先から信用の供与を受けることが難しくなることがある とすると、ことは重大である。 また、通知義務を課すとすれば、いつまでに通知すべきものとする か、および、通知事項をいかに定めるかという問題も出てくる。 アメリカ合衆国の 年信託証書法は、受託会社による上記の通知 が要求される場合およびその通知時期について、強行規定をおいてい る 条 それによれば、受託会社が特約条項違反の発生を知 ったときは、その発生後90日32'以内に、知れたる社債権者に対して、 原則として、その通知をしなければならないものとされている。裏か らいえば、当該90日の期間内は、受託会社に、通知をなすか否かの戟 量権が与えられているわけである。そして、その期間経過後も、その 通知をしないことが社債権者の利益であると受託会社が誠実に判断し た場合には、受託会社は、通知をしなくてもよいものとされている33'。 ただし、受託会社の当該判断は、受託会社の取締役会、執行役員会、 取締役会中の信託部門担当委員会または責任役員 によってなされなければならないO -183- 無担保社債の管理について なお、同法中には、通知事項については、特段の定めはない。 以上に見たように、特約条項違反の通知は、もし受託会社の義務と された場合には、かなり微妙な問題を含む。 第一に、通知(公表)するのが社債権者の利益に合致するのか否か は、個別具体的ケースごとに、受託会社の判断に委ねざるをえない。 その場合、受託会社としては、結果的には自己の判断が誤りであった 場合に備えて、判断の根拠となった資料の保存等が重要な課題となろ う 第二に、通知期間は、受託会社にとって、通知しなくても責任を負 わなくてよい安全港(セーフ・ハーバー)での待機期間を意味するが、 これは本来どの程度の長さが適当か。 第三に、通知内容に関しては、問題のポイントは、単に違反の事実 のみを通知すれば足りるものとするか、それとも、当該違反の補正の 見込み、受託会社が発行会社に対して行っている交渉の内容、または、 杜債権者がとるべき行動への助言等も記載することを要求すべきかで あろう 第四に、通知方法に関して、無記名債券が使用され、かつ、個人投 資家は社債等登録法(昭和17年法律11号)に基づく登録を行わないわ が国においては、現在のところ、各社債権者への個別の通知は難しい ことであるO通知を可能とするための制度の改善は、単にこのケース ばかりでなく、社債制度の全体にわたる問題なので36'、ぜひとも立法 論的検討が必要であろう。 稲葉威雄「社債関係法規の改正に関する詰問顕 」商事法務 号2百、 7百日 参照o 百でのべた、受託会社か当該違反の事実を発行会社に通知した後30日を経 -184- 無担保社債の管理について 過した時点かこの起算点ではなく、当該違反事実が発生した日が起算点である。 したがって、特約条項違反の発生後75日経過した後に受託会社がこれを知れば、 15日以内に通知する義務かある Corporate Trust Indentures The General Nature of the Trustee's Responslbillty and Events of Default, 15 St. Louis U.LJ. 203, 231 参照。 通知しないことが社債権者の利益であるか否かの判断は、時間の経過ととも に変りうるものなので、一度不通知を決定した後も、状況の変化により継続的 見直しが必要である。 参照o (34) Johnson, supTa JIOte 32, at 231. は監 k捉馴L q叩柏牲mH完甲 お計は) この間蓬については、江頭「転換社債・新株引受権附社債と希薄化防止条項」 法曹時報38巻11号 百、 百 参照。 2.補正期間の指定および当該期間中の行為 受託会社は、発行会社の特約条項違反の発生を知れば、一定の期間 (補正期間)内に、違反状態を解消するか、または、自己が適当と認 める担保を社債権者に提供すべきことを、発行会社に対して要求する0 そして、補正期間内に発行会社がいずれの行為も行わないときは、社 債全衝につき期限の利益喪失となる。 もっとも、発行会社による社債の期限の利益喪失は、通常、発行会 社がその時点で倒産することを意味するので37㌧ 必ずしもそれが社債 権者の最善の利益に合致するとは限らない。それゆえ、受託会社は、 発行会社が違反状態の解消または担保提供をなすことができないこと がわかっている場合、補正期間経過前に社債権者集会を招集し、当該 集会の決議により、特約条項違反により生じた発行会社の責任につき 免除または和解をなし(商法319条、担信法85条)、期限の利益喪失を -185- 無担保社債の管理について 避ける道を選ぶかもしれないo これらすべては、補正期間内に行われなければならないが、わが国 の募集委託契約証書上、補正期間をどの程度の長さにするかにつき、 募集委託契約証書にあらかじめ定めがある場合と、受託会社にその決 定が委ねられている場合とがある そこで第-の問題は、補正期間の設定が受託会社に委ねられている 場合、どの程度の期間を定めるべきかである。長い期間を設定し発行 会社に長期の猶予を与えれば与えるほど、最終的に期限の利益喪失を 免れなかった場合、社債権者の損害は大きくなる危険がある。したが って、発行会社の財務内容を十分把握していない受託会社ほど、リス クを避けるため補正期間を短かく設定する傾向があるかもしれない。 第二に、受託会社は、補正期間中、単に発行会社が補正をなすか担 保提供をなすかするのを待つだけでなく、補正期間経過により社債全 額につき期限の利益を喪失させることと、免除または和解という形で 発行会社の特約条項違反に決着をつけることとのいずれが社債権者の 利益に合致するかを調査・判断し、後者が望ましいと判断すれば、発 行会社との間で、和解条件等の交渉を行うであろう。そして、社債の 管理といわれる行為のうちで、この判断および交渉が、もっとも受託 会社の手腕が問われる局面であろう。この局面における受託会社の役 割をめぐる法的問題は、次の二点に集約できよう。 (Dメインバンクが受託会社として当該役割を担うことと利益相反の 可能性 わが国の現在の実務がそうであるように、受託会社が同 時に発行会社のメインバンクであると、発行会社の危機的状況におい て、銀行貸付債権の回収を優先させ、社債権については、社債権者に 不利に和解交渉等を行うという、利益相反の危険がないではない。ア メリカの裁判所には、過去、しばしば、この種の利益相反を攻撃する -186- 無担保社債の管理について 訴訟が提起されてきた3"。たしかに、利益相反を避けるという意味で は、受託会社はメインバンクでない方がよい。しかし他方では、発行 会社の将来の兄とおしに対する判断を適確になせること、および和解 条件と発行会社への救済融資が密接不可分の関係にあることが多いこ と等を考えると、メインバンクが受託会社であることのメリットは少 なくない。もっとも、発行会社の状況を適確に知りうる立場にあり、 かつ、利益相反を疑われる地位にあるからこそ、受託会社がメインバ ンクである場合に、特約条項違反に対する免除・和解後に発行会社が 倒産する事態が生ずれば、受託会社は責任を免れがたいという法的規 整にならざるをえないのではないか。 ②交渉の主当事者か助言者か 発行会社との和解等の交渉にお いて、受託会社が、社債権者側を代表する主たる当事者になるという 前提でことを論じてきたが、交渉はつねにそうした形で行われるので あろうか。アメリカでは、交渉を、社債権者側を代表して実貞的にと りしきるのが、大口社債権者であって、受託会社は、情報提供のため の助言者に徹するケースが少なくないようである40)。アメリカの受託 会社は、発行会社が債務不履行におちいった後は、関連する事実の確 認については高度の善菅注意義務を負担するものの、確認された事実 に基づく判断行為については、受託会社の責任役員により誠実になさ れた判断の誤り に関する 限り免責されうることを考えると41㌧ 政策決定につき大口社債権者が 主導権をとることになるのは、当然の帰結かもしれない。わが国でも、 社債権者集会での和解案の承認につき裁判所の許可および決議認可 (商法319粂 粂1項)を得る際、裁判所に利益相反を疑われ、手 続が遅延する危険を考えると、メインバンクが受託会社である場合は、 和解の主導権をとらない方が賢明なのかもしれない。 -187- 無担保社債の管理について おそらく、発行会社により会社更生手続開始の申立がなされる。 詳しくは、江頑・前掲注 に掲げた文献140貢参照。アメリカでは、特約 条項違反に関する限り、期限の利益喪失をいつの時点にするかは、受託会社の裁 量に委ねられているのが通常である。同文献141貞参照。 アメリカの判例については、江頭・前掲注 に掲げた文献131頁参照。 この点については、江頭・前掲注 に掲げた文献144頁参照o 信託証書法315粂 これについては、江頭・前掲注 に掲げた文 献129頁参照。 3.社債権者集会における受託会社の役割 発行会社が社債全額につき期限の利益を喪失し、会社更生手続が開 始された後は、手続は裁判所と更生管財人の主導の下に行われるので、 受託会社に手腕を発揮する余地がさほどあるわけではない。したがっ て、社債権者集会も、実質的な意義をもちうるのは、発行会社の特約 条項違反発生後、社債の期限の利益喪失発生前に、発行会社の責任を 免除し、または和解をなす場合に限られるように思われる。 ところが、わが国では、上記の形で和解等がなされた例が乏しいの で、決議の手続・効果等につき、不明な点が少なくない。 第-に、和解をなす際、社債権者集会に必ず和解案を提示して承認 決議を得る必要があるのか、それとも、受託会社に交渉および決定を 一任する旨の社債権者集会決議も適法になしうるのかという問題があ る。現行法は、社債権者集会の代表者に対して杜債権者集会が決議す べき事項の決定を一任する決議をなすことを認めていることに鑑みる と(商法329条1項)、立法論としては、裁判所の許可を得てなす受託 会社への一任決議を認めてもさしつかえないようにも思われるが、翻 って考えると、代表者への一任を含め、立法論としては、一任決議を 1188- 無担保社債の管理について 認めること自体に問題がありそうにも思われる。従来のわが国の例で は、会社更生手続開始決定がなされると直ちに社債権者集会を招集し、 受託会社に、更生手続に属する行為についての一切の権限を委ねる一 任決議が行われてきたが(会社更生法161条1項、そこに見られる ような、和解案も示さず白紙委任をなす慣行は、考え直す必要がない であろうか。 第二の問題は、社債権者集会には、受託会社が招集し受託会社が議 案を提出するもののはか、発行会社が招集するもの43㌧ および、社債 総額の一定割合以上を有する杜債権者が招集するもの44'があるo その うち、発行会社が招集し発行会社が和解等の議案を提出するものは、 杜債権者にとって内容が危険なものである可能性があることである。 裁判所による社債権者集会の決議の認可の制度(商法327条)によりそ の弊害を防止する行き方は、時間的迅速性を欠くおそれがあり、実際 的とは思われない。そこで、事実上、受託会社に、弊害防止の大きな 役割を期待せざるをえないと思われるが、社債権者集会の決議の帰趨 は、委任状で決まるであろうから、社債権者集会の議場における受託 会社の意見陳述権ばかりでなく(商法322粂1項)、委任状勧誘書類に 受託会社の意見が記載されることが制度的に保証されることが、必要 なのではないか。少なくとも、受託会社による当該議案の承認の存否 は、当該書類に記載させるべきものであろう45'。もっとも、メインバ ンクたる受託会社の利益相反という問題は、ここにもついてまわるの で、当該書類には、受託会社が発行会社に対して有する債権の種類・ 金額等の記載も要することになろう。 第三に、社債権者集会の決議に、受託会社を免責する効果があるか 否かである。アメリカの信託証書法は、未償還の社債総額の過半数を 有する社債権者の指図に従い誠実になされた行為については、結果が -189- 無担保社債の管理について 悪く出ても、受託会社は免責される旨を明示している わが国では、 規定の上からは明確でないが、受託会社は、杜債権者集会の決議に、 事実上その効果を期待しているであろうと推測される抑o しかし、受 託会社の善管注意義務違反の判断は、社債権者集会の決議を経たか否 かにかかわりなく、受託会社がメインバンクであったか否か等、実質 に応じて判断されるべきものであり、アメリカの規整にならうべきで はないと思われる。裁判所による決議の認可があっても同様である。 江頭・前掲注 に掲げた文献145頁参照。 商法320粂1項。 商法320粂2項。 受託会社が存在しないときは、当然に否と記載されることになる。 信託証書法315条 、 316粂 参照。 稲葉・前掲注 に掲げた文献6頁参照。 Ⅳ.結 語 発行会社が社債全額につき期限の利益を喪失し会社更生手続が開始 された後については、受託会社の役割は、さほど大きなものとは思わ れない。受託会社がなくても、管財人の職権活動または職権による特 別代理人の選択等を規定した立法をすれば、十分のように思われる。 受託会社の役割は、むしろ、その前の段階における、特約条項をめぐ る種々の問題の処理にあると思われる。 財務制限条項等の特約条項がない社債については、受託会社を設置 する意味はほとんどない。特約条項いかんによっては、受託会社は、 -190- 無担保社債の管理について 発行会社にとっても、なくてはならない存在となる。したがって、法 律により受託会社の設置を強制するか否かに先立って、一定の特約条 項の設置が強制されるべきか否かが本来議論されるべきではないか。 そして、この点をめぐる検討課題は多い。 受託会社がおかれる場合にも、それは、立法論としては、銀行また は信託会社に限らず、機関投資家等に資格を賦与することも考えられ よう。他方、社債権者集会の代表者に社債管理の権限を委ねる案につ いては、代表者の資格等、検討課題が多いように思われる。 受託会社が、発行会社の経営状態を知りつくしているメインバンク であることは、社債権者にとっても発行会社にとっても、有利に働く 場合が少なくないが、利益相反のおそれ等、欠点がないわけではない0 そして、メインバンクたる受託会社が関与した和解等につき惑い結果 が出た場合、受託会社にとり厳しい結論は避けられない。 メインバンクを受託会社とする現在の受託会社システムに対する批 判として、受託手数料の高さが、その大きな要素を占めているように 思われる。しかし、受託手数料が高い原因は、受託会社の過剰サービ スにあるのか、手数料算定基準の硬直性にあるのか、それ以外の原因 に基づくのか、筆者には、未だにわからないことが多い。 社債の管理の問題は、複雑な問題である。今後とも、経済学者およ び法律学者の、事実にそくした個別具体的研究が望まれる。 (完) -191-